京急ファミリー鉄道フェスタ2015 part1 湘南電鉄 デ1形
2015年5月24日、久里浜の京急ファインテック久里浜事業所で開催された上記のイベント、まずは事業所に保存されていたデ1形の紹介から始めようと思います。デ1形というとピンときませんが、後に京急デハ230形に統合された車両です。
デ1保存車 2015/5/24 京急ファインテック久里浜事業所
デ1形は京浜急行電鉄の前身の湘南電気鉄道が1930年、開業に伴う新規設計の新造車として神戸の川崎車輌兵庫工場に25両製造発注したセミクロスシート車です。京浜電鉄への乗り入れも考慮し、直流600V/1500Vの複電圧仕様で設計され、東京地下鉄道との直通運転も考慮して、第三軌条用のコレクタシューの取り付け準備も行われていました。
湘南電気鉄道は鉄道院副総裁や南満州鉄道総裁を歴任した野村龍太郎を中心に、横浜から南へ伸びて三浦半島を一周する電気鉄道として敷設が計画され1917年に免許申請(免許の上では1067mm軌間)、1925年に会社設立、1930年に黄金町-浦賀、金沢八景-湘南逗子間で営業運転を開始し、1931年12月に、黄金町-日ノ出町間が開業し、京浜電気鉄道と連絡、横浜駅への乗り入れを行った会社です。軌間は1435mm標準軌、電圧は直流1500Vでした。
一方、京浜電気鉄道は1897年8月26日、大師電気鉄道として、免許を得て、1898年に会社を設立し、1899年1月21日、六郷橋-大師間で営業を開始しており、4月25日に京浜電気鉄道に社名変更しています。
1902年には六郷橋-川崎間を開業し、1904年には全線標準軌から、東京馬車鉄道(後の東京市電)との相互乗り入れを考慮し、1372mm馬車軌間に改軌、1930年2月5日、高輪-横浜間が開業しました。1931年12月26日、横浜-日ノ出町間、野毛山トンネルが開通し、標準軌で日ノ出町まで延伸され湘南電気鉄道と、横浜-浦賀間直通運転を開始しました。
1933年4月1日、高輪駅を廃止し、品川駅に乗り入れ、全線を標準軌に改軌し、横浜-浦賀間相互直通運転を開始しました。
横須賀線は1889年6月16日に大船-横須賀間が開業し、このとき鎌倉、逗子、横須賀駅が開業しました。1909年、国有鉄道線路名称設定で横須賀線と命名され、1925年には電化されました。1930年3月15日、電車運転が開始され、1944年4月1日に横須賀-久里浜間が延伸開業されました。
こういった国鉄側の動きに対して京浜電気鉄道、湘南電気鉄道は合理化を迫られ、1941年11月に湘南半島自動車を含めた3社で合併して京浜電気鉄道となりました。その後、1942年8月には東京横浜電鉄が小田急電鉄とともに京浜電気鉄道を合併し、東京急行電鉄(大東急)となりました。
現在、デ1形として復元され保存されている車両は湘南電鉄デ18、京浜急行デハ248です。
1932年、デハ71形として増備車が京浜・湘南相互乗り入れによる、品川-浦賀直通に合わせて汽車会社で71-82の11両が新造されました。2扉セミクロスシート両運転台車で京浜電気鉄道としては最初の鉄道線規格車両でした。それまでは写真の奥に見えるデ51形のような車両が走っていました。デ51形はこの後の記事で紹介予定です。
1936年、デ71形の増備車として、汽車製造会社で83-94の11両が製造されたのが京浜電気鉄道のデ83形で、戦時体制への移行、乗客増で全車ロングシート車として製造され、室内灯が2灯増設、妻面幕板中央に通風機が設置され、前照灯が屋根上に移設されました。
1939年、湘南電気鉄道ではデ1形の増備車として、26-31の6両が製造されました。これが湘南デ26形で、溶接工法を取り入れウィンドウ・シルのリベットがなくなり、屋根上の前照灯後部に流線型のケーシングが取り付けられました。
1940年、京浜電気鉄道ではデ101形として101-108の8両を汽車製造会社に発注し、京浜電鉄線内専用として600V3扉車を製造し、東京地下鉄道1000形電車とほぼ同じ外観となりました。溶接組立の使用範囲が拡大し、リベットが無くなった反面、在来車との混結の関係で弱め界磁付き自動加速制御器は搭載されず、戦時の影響で部品調達の関係からモーターの定格出力が低下するなどのスペックが下がった車両となりました。
これらデ1,デ71、デ83、デ26、デ101の55両は昭和初期の京浜電鉄のイメージを大きく打ち破る軽量高速電車であり、京浜電鉄合併、大東急合併でデハ5230形およびデハ5170形に整理統合され、戦後京浜急行電鉄、分離独立次にデハ230形およびクハ350形へ改番されました。
デ1号 説明板
現在、戦後230形として整理統合されたこれらの車両は、他に新宿区西落合のホビーセンターカトー東京にデハ268、埼玉県川口市の青木町公園にデハ236が保存されています。
この機会に、戦後のデハ230形について纏めようと思います。次回の記事では青木町公園のデハ236について記述し、最後にホビーセンターカトーのデハ268について触れようと思います。
最後まで読んで戴きありがとうございます。
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コメント
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b767-281様 おはようございます。保存車はやはり原型に限りますね。特に色が渋い。今この色の電車があっても良いくらいだと思います。737の件ご教示ありがとうございました。京急とも繋がりますが、羽田でさえご無沙汰の今日この頃、いかなくちゃ、と思います。お邪魔致しました。
投稿: 細井忠邦 | 2015年6月16日 (火) 07時00分
細井忠邦さま、こんばんは。
TADAさんの保存車のサイトでこの車両のことを調べて見ると、昔のイベントではデ1,デ51ともに内部に立ち入りが出来たようです。
なかなか特徴的なセミクロスシート構成のようです。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2015年6月16日 (火) 19時56分