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2015年6月28日 (日)

常磐線を走る 昼行583系特急 みちのく そして 団臨「ひたち」

6月27日、土曜日、関東地方は先週とは違って典型的な梅雨空の一日でした。秋田車両センター配置の583系N1N2 6両編成がJR東日本水戸支社の「ふくしまデスティネーションキャンペーン」の一環として、上野(9:43)~いわき(13:10)間を走行するので、朝の常磐線貨物列車2095レや昼過ぎの2097レを撮影するひたち野うしく~荒川沖間の妙向寺踏切近くで撮影することにしました。

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上野を出発後、馬橋、ひたち野うしくで長時間停車があり、11:18頃、ひたち野うしく~荒川沖間を通過した583系N1N2編成 2015/6/27 いわき側は絵入りHM

1983年4月からつくばに32年間住んでいますが、1985年の筑波万博のときの「エキスポライナー」でも583系は撮影しておらず、臨時「ひたち」として盛アオの583系が使用されたこともあったそうですが、知りませんでした。

583_21a 上野駅地平ホームで出発を待つ11M  1972/10/2

常磐線の昼行特急といえば、この3月のダイヤ改正で名前が復活した「ひたち」と「はつかり 1M/2M」を補完して上野~青森間を往復した「みちのく11M/12M」が有名です。

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青森から到着した「みちのく」 1972/10/2 上野

そこで、この機会に特急「みちのく」の歴史を振り返って見ようと思います。東京以北の特急の歴史については2013年2月10日の記事で触れていますが、遡ると1891年(明治24年) 9月日本鉄道が東北本線上野~青森間740kmを全通させたのが始まりで、その時に設定された直通列車は26時間半強で上野~青森間を結んだそうです。1906年4月急行801、802列車が常磐線経由で設定され、時刻は
下り 上野発 11:45 青森着 7:00 上り 青森発 19:40 上野着 15:13 でした。
1908年5月、1,2等、食堂車、寝台車を連結した東北本線経由急行201、202列車が設定され、青森~函館の青函航路とも接続しました。

停車駅は
上野 - 赤羽 - 浦和 - 大宮 - 久喜 - 古河 - 小山 - 宇都宮 - 宝積寺 - 氏家 - 西那須野 - 黒磯 - 白河 - 矢吹 - 須賀川 - 郡山 - 本宮 - 二本松 - 福島 - 長岡(現・伊達)- 桑折 - 白石 - 大河原 - 岩沼 - 仙台 - 岩切 - 松島 - 小牛田 - 石越 - 一ノ関 - 水沢 - 黒澤尻(現・北上) - 花巻 - 盛岡 - 沼宮内(現・いわて沼宮内) - 中山(現・奥中山高原) - 一戸 - 三戸 - 尻内(現・八戸) - 古間木(現・三沢) - 野辺地 - 小湊 - 浅虫(現・浅虫温泉) - 青森 で、主な駅の時刻は
201列車:上野7時25分→浦和8時→宇都宮10時5分→福島14時50分→仙台17時15分→盛岡21時54分→青森翌3時40分
202列車:青森2時20分→仙台12時35分→上野22時40分

これらの列車は,その後変遷を経て,1944年戦局悪化で運休となります。

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1978年10月改正以降、HMが絵入りになった「みちのく」 1979/5/5 上野

1946年には連合軍専用列車が上野~青森、函館~札幌間に設定され、1948年のダイヤ改正で東北本線経由103、104列車、常磐線経由201,202列車が復活し,1950年 201,202列車に「みちのく」,203,204列車に「北斗」の愛称が付されました。

1958年10月1日の改正で上野~青森間常磐線経由で東京以北初の特急「はつかり」が新設され、1960年12月10日にはキハ81系気動車が投入されました。急行「みちのく」はこのときに盛岡以北は不定期に格下げされました。1961年3月1日、「はつかり」のスピードアップととともに、「みちのく」の盛岡以北が定期化されます。

583_820214_2

尾久もしくは東大宮から回送される583系 この後11Mとして青森へ 1982/2/14

1965年10月1日の改正で前年の1964年10月1日の改正で登場していた20系客車特急「はくつる」は品川客車区から尾久客車区に移管され、新たに「北斗」の格上げで常磐線経由寝台特急「ゆうづる」が20系で設定されます。「みちのく」は客車急行(2/1号)と多層建てDC急行(1/2)号の2往復体制となりました。

1968年10月1日のヨンサントウ改正で盛アオに583系が配置され、「はつかり」「はくつる」「ゆうづる」が電車化、新たに「十和田」の格上げで20系客車による「ゆうづる」も存続しました。急行では「三陸」が「八甲田」に客車急行「みちのく」は「十和田」に統合・改称となり、一旦「みちのく」の愛称が消え,「十和田」は昼行1往復、夜行4往復となりました(関連記事)。

1972年3月15日の改正で昼行「十和田1号」を格上げする形で常磐線経由583系電車特急「みちのく」が登場しました。

583_820214
新松戸で後追い撮影した「みちのく」 1982/2/14

前述のように11M みちのくは1M はつかりを補完するように走っており、1974年頃の時刻表によると
下り みちのく

1431 上野20番線入線 1448 - 1614/1616 水戸 - 1639 常陸多賀 - 1719 湯本 -1726/1728 平 -1826/1827 原ノ町 -1923/1925 仙台 1954/1955 小牛田 - 2028 一ノ関 - 2127/2129 盛岡 - 2214 一戸 - 2243/2244 八戸 - 2259 三沢 - 2348 青森

上り みちのく

青森 453 - 541 三沢 - 556/557 八戸 - 626 一戸 - 710/712 盛岡 - 809/810 一ノ関 - 842 小牛田 - 913/917 仙台 - 1010/1011 原ノ町 - 1110/1111 平 - 1119 湯本 - 1200 日立 - 1223/1224 水戸 - 1348 上野     でした。

ちなみに「はつかり5号/1号 1M/2M」は

上野16:00 青森 015  青森 450 上野 1314 でした。 

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583系 「ひたち」 2015/6/27 ひたち野うしく~荒川沖間

上野よりHMは字幕でした。細かいことを言うと、ちょっと現役時代の字体とは違うようですが(笑)。   

1978年10月2日の改正で「はつかり」はエル特急に、「はつかり」「みちのく」に自由席が設定されました。

197810_583 交友社鉄道ファン編集部 編 特急列車撮影ガイドによる
1978年10月改正の盛アオ583系の運用行路

1982年11月15日、上越新幹線開業、東北新幹線の大増発で廃止となりました。

リバイバルトレインとして、2002年11月3日、上野~青森間,583系12両編成で運行されました。

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コメント

クハ415-1901さん、こんにちは。

583系(ひたち)のアルバムを拝見しました。
撮影場所はクハさんのお庭でありますね。
ここは上下どちらのも狙えるとは最高だと思いました。
両端の愛称サインが異なることを見越しての撮影でしょうか。
青空にウメをかたちどった愛称サインのかわいいこと・・・
実際にありそうという感じがしました。
一方白地に文字のみのサインは新鮮ですね。
「ひ」「た」「ち」の3文字と583系の結びつきにうれしいショックでした。

国鉄時代の(みちのく)のお写真には魅せられました。
赤地にこけしをデザインした愛称サインがほほえましいです。
475系電車が名脇役で登場していますね。
583系(みちのく)と475系(ときわ)は名コンビではなかったでしょうか。

583系の運用表ですが、
まさにブルトレとは違う昼夜問わずのスジが引かれて、
この電車のハードな活躍の事実がわかりました。

やぶおさま、こんばんは。

掲示板のみならず、こちらにもコメントありがとうございます。
6両編成とは言え、583系が編成として残され、いろいろなイベントで活躍している様子、素晴らしいですよね。
常磐線はつくばに来るまではあまり縁の無い路線でしたが、こうして近くで583系を見ることが出来る機会ははそうあることではないので、写真を撮ることに致しました。

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