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2015年8月31日 (月)

ダンボール製原寸大D51観てきました

8月29日、18切符の最後の1日分を利用して、イオンモール幕張新都心に展示されている段ボール製 原寸 D51 1162号機を観てきました。

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当日のポスター 実際の展示ではデフレクターのタイプが標準タイプとなっており、大阪の展示ではスペースの関係で炭水車は省略されていましたが、今回は製作されていました。

これは段ボール工芸家 島英雄 氏が新しい工芸分野開拓の試みとして段ボールで原寸大の蒸気機関車を製作したもので、今年5月16,17日に大阪の阪急梅田駅そばの茶屋町周辺で展示されたのをこちらのBlogにもコメントを書き込んで下さっているやぶおさんの掲示板の書き込みで知ったのが始まりでした。

8月の末にはイオンモール幕張新都心でも展示されるとのことで楽しみにしておりました。

追記:島英雄氏のサイトが見つかりましたので、URLを貼っておきます。

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公式サイド側からのショット
レールから車輪、ピストン、煙室扉、空気ダメ、ボイラー、給水温め器などの曲線部も見事に再現されています。

ナンバーは1162号機です。1162号機はWikipediaの記述などによると、国内向けに製造されたD51の最終ナンバーは1161で、1161号機1945年、海南島の日窒興業石碌鉄道で使用するために日本車輛製造本店で製造されましたが、制海権が既に失われていて発送できなくなり国鉄が購入した機関車でした。

一方、それに続く1162から1166の5両は1944年日立製作所製で、台湾総督府鉄道向け D51 28-32として製造されましたが、こちらも制海権を失って発送できず、一時的措置として国鉄が借り入れたもので、戦後1946年4月に台湾に発送され、台湾鉄路管理局に引き継がれ、DT650形(DT651-DT682)と改称されました。形態としては戦時形に属するタイプですが、蒸気・砂箱一体ドームは標準形とされました。

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会場で観覧者を迎えられ、記念入場券を渡される島英雄氏

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流石に3本の砂管は省略されていましたが、動輪、主連棒、クロスヘッド、逆転機モーションプレートなどもきちんと再現されており、普段公園保存蒸気を観ているのと同じ感覚になりました。

ダンボール作品の悩みは垂直荷重を支えることで、コンクリートブロックなどでその辺は補強されているとのことでした。

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従台車周辺の曲線の多い部品もきちんと再現されています。

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テンダーの周囲足元には重量を支える足が目立ちましたが、D51らしい形態が再現されています。

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機関助手側キャブ周辺 灌水清浄装置は未搭載たいぷで、ボイラー上の発電機もきちんと搭載されています。

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ボイラー横の手摺り、標準タイプの蒸気ドーム、ランボード、空気ダメ、4つの動輪の構成も極めてリアルです。

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会場は吹き抜け構造ですので、ひとつ上のフロアーから上からの眺めを楽しむことも出来ました。

機関車の横では子供たちが機関車のスケッチをしていました。

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同じフロアーの少し離れた場所では実際に段ボールで小さなSL模型を組み立てる親子参加型のイベントも開かれていました。

島氏によると、今年の各所回りはこれで最後で、来年はC62(C61?)形の製作に挑戦するそうです。

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2015年8月30日 (日)

ご苦労様でした トワイライトエクスプレス part9 スシ24形

トワイライト・エクスプレスの引退に続いて、北斗星の臨時列車の運転も終了し、客車列車として残るのは「カシオペア」と「はまなす」だけという事態がやって来ましたが、今回は北斗星同様にトワイライエクスプレスの食堂車「ダイナープレヤデス」について触れてみようと思います。

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札幌到着後、引き上げるトワイライト編成 サシ24 3   2002/8/27

プレヤデス(Πλειάδες, Pleiades) とはギリシャ神話に登場する7姉妹のことで、ティーターン族のアトラースと、海のニュンペーであるプレーイオネーとの間の7人娘のことだそうです。女神アルテミスの侍女であり、ヒュアデスの7人姉妹と共に、幼いディオニューソスの乳母兼教師を務めました。牡牛座の散開星団にもこの名が付けられています。

形式はスシ24形で0番台、1-3がサシ489形やサシ481形から改造されました。

サシ489 3・4・サシ481 52→スシ24 1 - 3

サシ489-3 1972年1月18日 近畿車輛製 新製配置は大ムコ 1973年度に金サワに転属
        1988年3月7日に鷹取工場でスシ241に改造

サシ489-4 1972年2月8日  近畿車輛製 新製配置は大ムコ 1973年度に金サワに転属
        1988年3月7日に鷹取工場でスシ242に改造 

大ムコ時代は、485系とともに山陽・九州・北陸特急に使用され、1975年3月改正以降は「白山」で本領発揮、その後は雷鳥などで活躍しました。まさに誕生から改造、現在に至るまで姉妹のように一緒の車生を送っています。台車はTR69A、冷房装置はAU12(2ユニット入り2台、1ユニット入り2台)。

サシ481-52 1973年1月24日 日本車輌製 新製配置は大ムコ 食堂車廃止で1986年3月31日付けで廃車となりますが、 1988年3月6日復籍し、スシ243に改造 台車はTR69H、冷房はAU13Eを5台搭載。

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終着、大阪もあと僅か 山崎を通過するトワイライト編成 サシ24 1 もしくは 2 2003/3/24

最初の改造は「日本海」のグレードアップのためだったようで、青20号に銀色帯を纏い、宮原に配置され、イベント列車グルメ列車に使用されました。食堂部分に絨毯を敷き、照明を間接照明に変更し、ベネシャンブラインドをカーテンに取り替えるなど内装をオリエント急行風に仕上げました。引き通し回路を変更し、簡易運転台も撤去され、耐寒耐雪改造も施されました。

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直江津駅に進入する下り「トワイライト・エクスプレス」 サシ24 3 2010/7/18

1.2は1989年7月の「トワイライト」編成整備で内装をさらに豪華仕様にグレードアップし、食堂を2+1列配置に変更するため4人掛けと2人掛けテーブルを設置し、定員も40名から28名に減少しました。一人あたりのテーブル面積もフルコース料理に対応するため拡大されました。3は増備編成に組み込まれ1991年から運用開始されました。

2001,2002年にリニューアル工事が行われ、化粧板は木目調になるなど内装更新が行われました。車体外装の帯色も黄色から白線で縁取られた黄色に変更されました。

現在も「特別なトワイライト・エクスプレス」として、編成に組み込まれて活躍中ですが、車齢は42~43年を超えています。

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2015年8月29日 (土)

西武電車フェスタ 2015 in 武蔵丘車両検修場 その3 屋根上見学

え2015年6月7日の西武鉄道武蔵丘車両工場の公開、第3回目は屋根上の見学です。
今回のイベントでは入場中だった10000系1010630000系32102が2両、縦列に並べられ屋根上見学コースとなっていました。

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屋根上見学用に展示されていた10106 2015/6/7 西武武蔵丘検車場

見学の順路は10106から、32102という順番でした。

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普段は見ることが出来ない10000系のジャンパ連結器と中間連結器
ジャンパ栓の本数の多さがなにか時代を感じさせてくれます。

10000系1993年から製造された5000系レッドアロー」の後継車で「ニューレッドアロー」という愛称が与えられました。7両編成で構成され、1993年12月に新宿線特急「小江戸」でデビュー、1994年からは5000系の置き換え投入も開始され、1995年までに11本が揃いました。

これらの車両は日立製作所笠戸事業所で製造されました。その後、2003年に同じく日立製作所製の1本(第12編成)が追加製造されました。間が10年近く空いたため、1~11編成に対して第12編成は大きな変化がありました。

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エアコンキセ 冷房能力はこれ一台で一般家庭の15~20台分あるそうです。

MT比は4:3で、電動カム軸多段抵抗制御方式、出力150kWの主電動機8個分を制御するMM'ユニット方式です。第12編成は20000系に準じたIGBT素子によるVVVFインバータ制御へ変更されました。主電動機は20000系と同じ出力135kWのかご形三相誘導電動機になり、メンテナンス軽減が図られ客室内の主電動機点検蓋(トラップドア)が省略されました。

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避雷器 雷による大きな電流の変化を吸収し、機器に異常が発生しないようにするための装置でパンタグラフの横には必ず装備されています。

ブレーキは発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-D)で抑速ブレーキ併用方式です。第12編成のブレーキは電気指令式空気ブレーキ・直通予備ブレーキ・回生ブレーキとなっています。

台車は住友金属工業製FS372系を改造したFS542(電動台車)、FS042(付随台車)です。第12編成の台車はFS372とFS072になりました。但しこれは新品ではなく、廃車発生品の再利用です。

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昔のガーランド式ベンチレーターを彷彿させるベンチレーター

静止形インバータ 補助電源装置(SIV) ・低騒音形交流電動機駆動空気圧縮機(CP)を採用し、屋根上には冷凍能力36,000kcal/hの集中式冷房装置を搭載しました。

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菱形タイプからシングルアームタイプに換装されたパンタグラフ

パンタグラフは1~11編成は菱形3基搭載、12編成は当初からシングルアーム2基搭載(モハ10600に未搭載)でしたが、2003年度から2008年度にかけて行われた更新工事で全てシングルアームタイプに換装されました。

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ヒューズ箱は母線回路用と主回路用、2つ搭載されています。

続いて、32102の屋根上です。

30000系2008年4月26日、営業運転を開始した西武では最新の系列です。「スマイルトレイン」の愛称が与えられました。

101系、301系といった3扉系列の車両を置き換える目的で2007年から製造されており、西武としては初の拡幅断面形状の車体が採用されました。車体は摩擦攪拌接合工法によって組み立てられたアルミ合金製ダブルスキン構造で、廃車時のリサイクル製も考慮して単一合金種別で統一した「モノアロイ化」が推進されています。

主要機器における特徴は列車情報管理装置の採用で、6000系副都心線直通対応改造編成において採用された制御伝送装置を発展・改良したS-TIM Seibu-Train Integrated Management systemというそうです。力行、制動時に発生する加減速トルクをユニット単位では無く、編成一括で管理制御し、消費電力の軽減や乗り心地の向上を目指すものだそうです。

制御装置は2レベル方式のIGBT素子VVVFインバータ制御装置VFI-HR1820A を搭載し、8連、2連においてそれぞれ1C4Mの1群、もしくは2群制御を行っています。主電動機は三相交流かご形誘導電動機HS32534-15RB (7次車はHS32532-04RB)を電動車1両あたり、4基搭載し、ています。

台車はこのシリーズ前回の記事で写真を紹介したSS175M, SS175T台車です。制動装置はナブテスコ製の回生制動優先全電気指令式電磁直通ブレーキHRDA-1を採用しています。

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パンタグラフは東洋電機製造製のシングルアーム式パンタグラフPT7116-B です。クモハ32100形では2基仕様となっています。

補助電源装置は三菱電機製の静止形インバータ (SIV) MELSIV-iを搭載しています。電動空気圧縮機 (CP) は三菱電機製MBU1600Y-3を搭載しました。

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冷房装置は三菱電機製の集中式CU723を1両当たり1基搭載しました。冷房能力は58.1kW (50,000kcal/h) と従来車の42,000kcal/hと比較して1.2倍に増強されており、混雑時における冷房性能を向上させました。

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連結器は、先頭車の前頭部寄りのみ回り子式密着連結器を採用し、連結器直下には、編成同士の連結・解放を速やかに行う目的で自動連結・解放機能付の電気連結器が設置されました。

余談ですが、8月24日、西武鉄道は新型通勤電車40000系の導入を発表しました。運転開始は2017年春で10両編成、8本を導入ということです。ロングシートとクロスシートの転換車両ということで、30000系の後継ともアナウンスされています。時代の流れに対応してなのか、西武鉄道は6000系、20000系、30000系、40000系と編成数が多くならない程度でモデルチェンジをよくしますね。

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2015年8月28日 (金)

通勤電車シリーズ 103系 30 福知山線

通勤電車103系シリーズ、前回は7月18日の記事阪和線の103系について触れました。
これまで関西地区の103系は
片町線関西本線大阪環状線東海道緩行線 などに触れてきましたが、福知山線について触れるのは今回が初めてです。民営化されてから、大阪~篠山口間の路線はアーバンネットワーク路線のひとつとなり、JR宝塚線の愛称が与えられました。

福知山線は1891年7月、尼ヶ崎(後の尼ヶ崎港)~伊丹間に馬車鉄道として開業した川辺馬車鉄道が発祥です。1893年12月12日、蒸気動力の軽便鉄道となり、尼ヶ崎~池田(現在の川西池田)間の摂津鉄道となりました。

その後、阪鶴鉄道に譲渡され、改軌が行われ、宝塚まで延伸、1899年7月15日には福知山南口まで開通しました。日露戦争の開戦もあり、軍部からの要請で舞鶴鎮守府までの開通が急がされ、1904年11月3日には福知山~綾部~新舞鶴(現在の東舞鶴)は官設で開通、阪鶴鉄道も福知山(天田)まで延伸し、福知山~新舞鶴間は貸与され、大阪と舞鶴を結ぶ鉄道が完成しました。

1907年8月1日に国有化され、阪鶴線と呼ばれ、1912年の山陰本線の京都~出雲今市間の開通で、神崎(現在の尼ヶ崎)~福知山間、塚口~尼ヶ崎間が福知山線となりました。

大阪と山陰方面を結ぶ亜幹線でありながら、線路改良や電化は大幅に遅れ、C54形蒸機やDD54形DLが特急「まつかぜ」も設定されましたが、1972年設定の特急「はまかぜ」は時間短縮を理由に姫路駅経由となりました。1986年10月31日までは客車普通列車が走るのどかなローカル線といったイメージの路線でした。

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かつては大阪駅でDD54牽引の列車も見ることができました。 1974/9/30

客車から乗客の転落事故などもあり、自動ドア付きの12系客車が投入されたのは1985年3月のダイヤ改正でした。阪急宝塚本線、今津線などとも競合し、さらに国鉄末期には運賃値上げも数回実施されたため、阪急との競争は完全にギブアップ状態でした。

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関西地区では初のカナリアイエロー色を纏って登場した福知山線103系 1981/11/30 大阪

1981年4月1日、宝塚までの電化で普通として103系6連カナリアイエロー(黄5号)が投入されました。当時の国鉄としては阪急との競争が少しでも挽回されるかと期待したようですが、運賃値上げや1時間に一本程度の運行頻度では太刀打ち出来なかったようです。

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福知山線103系 4連 1984/12/6 尼ヶ崎

1984年2月1日のダイヤ改正では4両編成に短縮されてしまいます。

その後、国鉄民営化でJR西日本になってから6両編成に戻されました。10年後の1997年9月1日のダイヤ改正で、JR京都線と直通運転が開始され、7両編成となり、1999年以降、順次スカイブルーに塗り替えられました。2003年8月14日、高速化やJR東西線開業で運用を退きました。
2005年4月25日に発生した尼ヶ崎事故の影響で、車両不足を解消するため、8月1日より、321系の運用開始までの間、一時的に復活し、11月30日まで運用されました。

所属は宮原電車区でした。

1 表1 新製配置から4連化での転属による変化

表1に宮原区における103系の配置と4連化での転属の様子を纏めました。

クハ103は-833から-850の15 両(845, 847と849は欠番)のうち、834はヒネ、836, 838はヨトに配属され、それ以外の12両が、モハユニットは775/2032~786/2043ユニットがミハに配属となりました。恐らく、番号順に編成が組成され、4連化にあたっては,番号の大きい方のユニットが抜かれたのだと思われます。抜かれたユニットのうち、784/2041だけは予備車として2年半ほど、宮原区に引き続き置かれました。

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2015年8月27日 (木)

San Diego Trolley 2000形 part5

San Diego trolley 2000形の話題、今回は2022, 2023, 2025, 2026の写真を紹介いたします。

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2022 2003/1/15 El Cajon Transit Center

サンジエゴのダウンタウンから約40分、内陸部にあり、スペインやインディアン文化に触れられる地域のセンター的な場所です。

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2023 2005/1/19 Downtown Civic Center

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2025 2015/1/9 12th & Imperial Transit Center

同駅に隣接したTrolleyの車庫、検車場です。

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2026 2007/1/14 Gillespie Field

El Cajonのそばにある群管轄の飛行場です。名前は1840年代にカリフォルニアのメキシコからの分離に功があったArchibald H. Gillespie海軍大尉にちなんで命名されました。バルボアパークにある航空宇宙博物館 San Diego Air and Space Museum の別館もあるそうです。

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2015年8月26日 (水)

広島・四国西南部旅行 広島編 その3 広島電鉄 part 11 800形

2004年12月の旅行に加え、この夏の広島訪問で撮影した広電の車両をこのシリーズではご紹介して行くつもりですが、今回は単行車800形です。

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801号 2014/12/19 袋町
この車両と802号のみ前照灯、後部標識灯が縦に並んだデザインとなっています。また緑の帯も太帯となっています。車両定員は801、802が91名(着席37名)なのに対して、803-814は69名(着席37名)と異なっています。

広電にとって800形は2代目であり、初代は1951年から1983年にかけて活躍しました。初代は京都市電800形をベースにして、ナニワ工機で10両製造されましたが、前後扉構造であったため、ワンマン化対応改造が出来ず、1976年1月までに9両が廃車となりました。ただ、1975年に千田車庫で火災が発生し、車両不足に陥ったため、803号のみ前中扉に改造し、801番に改番され1983年まで生き残ったそうです。

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803号 2015/8/1 広島駅前
この車両からライトセットは横配置となり、凹みができました。

そして、現在の二代目800形1983年700形(二代目)に続いて登場し、1997年までに14両が製造されました。

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804号 2014/12/18 本川町
803、804は1987年製3800形前期型に準じたデザインとなりました。

車体は700形(二代目)と殆ど同じでしたが、集電装置をZパンタに、制御系を三菱電機製の回生制動付き電機子チョッパ制御に、駆動系を平行カルダン駆動に変更し、台車の軸バネにシェブロンゴムを採用したした点が700形と異なります。

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806号 2014/12/18

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806号 2015/8/1 広島駅前

806号は805-808号4両一緒に1990年製造のグループでライトが角形になり、ライトケース付近の凹みも無くなりました。ワイパーは3900形と同様のタイプになりました。昨年12月撮影したときは標準色でしたが、今年8月にはこのように広告電車となっていました。

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807号 2014/12/19 広島駅前

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807号 2015/8/1 広島駅前
逆に807号は広告電車から標準色に戻っていました。

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808号 2014/12/18 先日、ミャンマーに売却された3006の活躍する姿も見えます。

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809号 2015/8/1 広島駅前

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810号 2014/12/18 本川町

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811号 2015/8/1 広島駅前

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812号 2015/8/1 広島駅前

809-812号の4両は1992年製造で、前面方向幕下にあった横桟と方向幕左右にあった縦桟が廃止され、フロントガラスが完全な1枚構造になりました。バックミラーの取り付け位置は側面に移りました。

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813号 2015/8/1 広島駅前

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814号 2015/8/1 広島駅前

813,814号は1997年製で、ライトケースが車体と同色となり、「眠たそうな目つき」になりました。

803-809の7両が江波車庫、それ以外の7両が千田車庫配属で、前者は6,7,8号線、後者は1,3,5号線で運用されています。

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2015年8月25日 (火)

保存施設と車両 名鉄旧美濃駅 part4 モ512

昨年夏に美濃市を旅した際に訪問した旧名鉄美濃市駅訪問の記録、モ593、モ601と見てきましたが、今回は現在、揖斐線と谷汲線の分岐駅だった黒野駅に一時的に里帰りしているモ512号の話題です。

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モ512号 2014/8/11 旧名鉄美濃市駅 

モ512号は先日ご紹介した岐阜市内金公園に保存されているモ513号、通称「丸窓電車」で1926年(大正15年)製で美濃電気軌道ではセミボ510形と呼ばれた形式でした。511~515の5両が製造され、80年近くに渡り活躍し、2005年3月31日の美濃町線廃止で廃車されました。モ512号は2000年に旧美濃駅に搬入されました。

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今年2015年は
岐阜市内線、揖斐・谷汲線と美濃町線が廃止されて10周年であり、かつて揖斐線と谷汲線の分岐駅だった黒野駅は黒野レールパークとして整備されており、そこにかつての花形電車モ512号を展示したらとの企画が持ち上がり、大野町が借り受ける形で、4月から来年3月末までの1年間、黒野レールパークに里帰りとなりました。(経緯は「達人に訊け!」のBlogに詳述されています)。

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特徴的な丸窓は内側からも丸窓です。

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座席は撤去されていました。

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ちんちん電車を彷彿させるセンター方式の運転台でした。

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メーター類は圧力計が2個のみ

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台車はJ.Gブリル社製27MCB-1型の国内デッドコピー製品の日本車輌製造製27MCB1型釣り合い梁式台車でした。

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2015年8月24日 (月)

九州鉄道記念館訪問 その8 ED72 1号機

2004年10月17日の九州鉄道記念館訪問の記録、最後はED72 1号機、試作機です。

Ed72_1_041017_4 ED72 1号機 2004/10/17 九州鉄道記念館
2個の前照灯を長円のケースで囲むスタイルは本格的交直両用機のプロトタイプとなったED46 1 (後にED92 1)のスタイルを彷彿させます。

ED72形電気機関車については拙Blogにおいて、2012年11月13日の記事でも触れました。国鉄が1961年鹿児島本線門司港~久留米間の交流電化に向けて開発・投入した機関車であり、東北本線向けに開発・投入されたED71試作2号機で東芝が提案した乾式変圧器・風冷式イグナイトロン水銀整流器方式を採用した交流機であり、旅客用としてSG搭載のED72,貨物用としてED73が開発されました。ED72は重量増加に対応するため、国鉄電機としては初の中間台車採用機ともなりました。

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制御方式は高圧タップ切換方式・水銀整流器格子位相制御・弱め界磁制御方式で、動台車は固定軸距2,800mm「逆ハ」リンクによる軸重移動補償としたDT119A形、中間台車はスポーク動輪のTR100形です。

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通称「鳩胸」と言われたこのスタイはED72量産車、ED73へも受け継がれました。他の形式にはない独特のスタイルとなりました。

Ed73_1008_791218 ED73 1008 寝台特急「あさかぜ」を牽引 1979/12/18 小倉

試作車は1,2の2両が製造され、駆動方式はクイル式駆動を採用、主電動機はMT103形として2,050kWの出力となりました。クイル方式はヨーロッパ(スイス、ドイツ、フランス、イタリア)の電機などで多く採用され,我が国の初期の新性能機 ED60, ED61,EF60 一次形1~14 EF61、ED71 1~44 でも採用されましたが,狭軌鉄道における問題点が解消されず,運用面での不具合が多発したため,量産車からは吊り掛け式となりました。主電動機もMT52へ変更され,定格出力は1900kWとなりました。
前照灯も試作機と量産機では形態が大きく異なっています。側面のエアフィルターも量産機からは採光窓を配して横一列に並べるようになりました。量産機は22号機まで製造された時点で打ち切られ以降の増備はED76形となりました。

Ed72_1_741002
現役時代のED72 1号機 1974/10/2 門司機関区

試作機は1976年に廃車され、量産機は1978年廃車が始まり,1980年には北陸本線からEF70が転入し,運用離脱機が増え、1982年までに全車が廃車されました。

1号機は廃車後北九州市門司区の老松公園で静態保存されていましたが2003年の開館時に移転となりました。

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2015年8月23日 (日)

東海道新幹線開業から50年 その20 N700系 part3 1000番台 4000番台

あ昨年10月の開業50周年以来、東海道新幹線の車両を形式ごとに見て参りました。今回はN700系の改良型として登場したN700系1000番台、4000番台(通称N700A)の話題です。AはAdvancedの略だそうで、700系の老朽取替を目的にした投入となりました。

N700a_g3_150503

N700A系 G3編成 2015/5/3 東京駅

アナウンスは2011年5月で、2012年8月21日に落成第1編成が公開されました。

N700系に対する改善点は

車体,走行システム系では
1) キャリパー式車輪ディスクブレーキのブレーキディスクのボルト締結方式を遠州締結式から中央締結式に変更し,制動距離を短縮しました(効果は700系に比べ20%、N700系に比べ10%の短縮となりました)。
2) 台車振動検知システムを採用しました。
3) 車体傾斜装置の動作範囲を半径5,000m未満のカーブにまで拡大することで,乗り心地を改善しました。
4) 台車カバーをステンレス製に変更し,リサイクル性を向上させました。
5) 電動車両全車に搭載されている主変換装置を走行風を利用して半導体素子の冷却を行う走行風冷却式主変換装置(TCI101)に統一し、N700系のTCI100に比べて容積比で75%、質量比で85%となる小型軽量化が図られました。
6) モニタ中央装置と各車両のモニタ端末機を接続する通信回線伝送容量を100Mビット/secから1Gビット/secに向上させ,新たに搭載されたモニタ幹線データ記録装置に対応させました。
7) ATC情報を活用した定速走行装置を搭載しました。

N700a_g6_150712_08
N700A系 G6編成 2015/7/12 東京駅

室内では
1) グリーン車のみに採用されていた吸音床構造を普通車にも採用し、グリーン車の内壁には新たに制振パネルを搭載しました。
2) 背もたれのヘッドレストを改良しました。
3) トイレ、洗面室の照明をLED化して省電力化しました。
4) 自販機を廃止しました(2013年投入の車両から)。

JR東海の編成はG編成2013年2月8日から営業運転に投入され、2015年8月までに21編成が落成し,活躍中です。
JR西日本の編成はF編成2013年11月27日にF1編成が落成し、さらにこの8月にF2編成が登場しました。

N700a_f1_150712_12 JR西日本のN700A系 F1編成 2015/7/12 東京駅

N700a_f1_150712_32

この1000番台、4000番台として登場したN700Aは車体側面のAの字が大きく書かれたデザインであることからN700largeAと呼ばれるのに対し、N700系として登場したZ編成、N編成が同様の改造を受けてN700AとなったX編成、K編成はAの字が小さく加えられているので、N700smallAと呼ばれているそうです。現在、Z編成は全てN700A化改造を終え、X編成となり,消滅しました。N編成については1,2,3,4,5,6,8,10,12,13,14,15、16が既にK編成となっており、N7,9、11はそのままで活躍中です(2015/8/22現在)。

N700a_f1_150712_31 F1編成はG編成と走行系、内装は違いなく作られているそうです。

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2015年8月22日 (土)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その14

松江城を見学し、昼食を済ませた後は、松江しんじ湖温泉駅まで戻り、レンタサイクルを返却して、出雲市方向に向かいました。

 

帰りの車両は雲州平田から松江しんじ湖温泉まで乗車した2102編成でアテンダントも同じ方が乗務されていました。

 

一畑電車では鉄道ファンからの要望に応えてか、車両の運用をネットで公開しています(サイト)。

 

平日の場合は              列車番号
A:  電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 301、333、341
   電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉    330、338 
B:  電鉄出雲市←雲州平田      200
     電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 303、313、329、337
   電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉 306、324、334、342 
   電鉄出雲市→雲州平田      207

 

C:  電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 307
   電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉 300
D:  電鉄出雲市←雲州平田      202
      電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 305、315、321、325  特急
      電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉  308、314、320、328
★D:電鉄出雲市←雲州平田      202
   電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 305           特急 併結
   雲州平田←松江しんじ湖温泉  400 
E:  雲州平田→松江しんじ湖温泉  203
   電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉 304、312、318、326、336、344
   電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 311、319、323、331、339
F:   雲州平田→松江しんじ湖温泉  201
     電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉 309、317
  電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉 302、310、316
  電鉄出雲市→川跡→出雲大社前 501 以後終日 大社線 往復 出雲大社前泊
G: 出雲大社前 発 大社線往復
  出雲大社前→川跡→松江しんじ湖温泉 101
  電鉄出雲市→松江しんじ湖温泉  327、335
  電鉄出雲市←松江しんじ湖温泉 322、332、340
  電鉄出雲市→雲州平田      205

 

といった構成で8月4日はWEBサイトでは
    予定       実際
2101 定期検査
2012 D運用      315  雲州平田~松江しんじ湖温泉 
             320 松江しんじ湖温泉~電鉄出雲市乗車
2013 C運用     雲州平田で休憩
2014 ★D運用    行きは雲州平田で休憩 帰りに途中で行き違い
3006 G運用  →C運用に変更
3007 B運用     313 川跡~雲州平田間乗車
5009 休み      雲州平田で目撃
5010 F運用     309 電鉄出雲市~川跡間乗車
1001 A運用
1002 E運用 →G運用に変更 川跡~出雲大社前間往復乗車  

 

2012_150804

 

 


電鉄出雲市に到着した2102編成

 

150804
最後に電鉄出雲市駅について触れておきます。

 

今は一畑電車の駅は独立していますが、1914年4月29日の開業時から1964年4月1日のターミナルビル移転までは国鉄と共同駅でした。国鉄駅も最初は出雲今市駅1957年4月1日に現在の駅名に改称しています。

 

2000年12月9日、高架駅となり、一畑百貨店出雲店と分離しました。

 

また出雲市駅からは陰陽連絡鉄道を目指して大社宮島鉄道が出雲~三次間91.7kmの鉄道を敷設する計画で、1932年12月12日に出雲須佐までの18.7km11駅の出雲鉄道が開業しました。戦後、この鉄道を一畑電気鉄道が吸収し、非電化のまま立久恵線として営業を続けていましたが、経営状況は芳しくなく、1964年の梅雨末期の集中豪雨で路盤が流出し、営業休止となり、そのまま1965年2月18日廃止となりました。

 

150804_2

 

 


電鉄出雲市駅の窓口風景 2015/8/4

 

一畑電車、今回初めて乗りましたが、また機会があれば、訪れて見たく感じました。

 

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JR出雲市駅南口

 

出雲大社を模した北口に較べると南口はシンプルな近代的玄関です。

 

150804_4

 

 


JR出雲市駅に合った出雲~松江の観光地模型

 

左端のこの模型にはありませんが、広電、岩国の錦帯橋から始まって、SLやまぐち号、萩の短時間散策、益田から出雲まで汽車旅、さらに木次線3段スイッチバック体験、そして一畑電車、松江城観光と4日間で有意義な旅となりました。

 

明日の記事からは、通常サイクルに戻る予定です。

 

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2015年8月21日 (金)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その13

本丸で登閣のための入場券(¥560)を購入し、いよいよ天守閣に上ります。

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ブラタモリでもシーンがありましたが、二の丸から本丸に上る階段には祝 国宝決定と大きく書かれた板が立てかけてあります。

150804_2
松江城の天守閣は1871年(明治4年)廃藩置県の際の廃城令で当時の価格で180円で処分されるところでしたが、幸い保存されました。

城全体の構えは東向きですが、天守は南向きで附櫓を設けた複合式望楼型で、一二重目は大入母屋屋根で全面下見板張り、望楼部と附櫓は一部白漆喰、窓廻りの木部は黒塗りで黒を基調とした天守となっています。

12_150804
日本には12の天守が現存し、平面規模では2番目、高さでは5番目にあたります。
地上5階、地下1階の構造ですが、
150804_3
(松江城紹介のパンフレットの図をスキャンしました)
赤、緑、黄、黒で示された2階分を貫く柱を利用することで長大な柱を使わず、上層の重さを下層に伝える構造となっています。

150804_4
鯱は木製で銅板が貼ってあり、現存天守の中では最大の高さ約2mで、屋根上の鯱は昭和の修理で作り直されたもので、旧鯱がこのように建物内に展示されています。

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地階は籠城用の生活物資の貯蔵庫で井戸があります。井戸がある天守閣も他には無いそうです。

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宇和島城のときにも経験しましたが、結構急な階段を上って最上階に到着します。

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最上階、5階は望楼式で四方がよく見える構造となっています。

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5階の四方に開かれた窓

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松江城散策マップ (城紹介パンフレットからスキャンしました)

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東方向の風景 手前の大屋根が松江歴史館 奥の山は和久羅山 右手奥の工事中の体育館の場所が北公園

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南方向 銀色の特徴のある屋根は県立美術館

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西方向 宍道湖が見えます。

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階下には城の模型も展示されています。

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松江はもともと湿地帯で軟弱な地盤の土地であったため、石垣の崩れや城が建ててから30年ほどで傾くと云った問題もあったそうです。
そのために石垣の中に人柱を立てた戸か色々な言い伝えも残っているそうです。

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城を一通り見学したところでランチタイムとなったので、大手門のそばの茶屋で出雲そばによる割子そばを食べることにしました。 濃いめの量の少ない汁で食べるのが特徴だそうです。

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2015年8月20日 (木)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その12

北公園でC56131保存機を見学した後は、松江城に向かいました。

150804_2_2
大手木戸門跡の入口から天守閣を望む

150804
この地図でいうとちょうど南西の角の位置が大手木戸門で

150804_3 堀尾吉晴公の像

150804_4 昨日の記事で触れた堀尾氏による松江開府の歴史

150804_5 松江城は別名 千鳥城とも言い、平山城であり、天守閣はこの7月8日に国宝に指定されました。こういった幟がお城の周りでよく見かけました。急行などで使われた「ちどり」はこれに由来するのですね。

江戸時代までは松江藩の藩庁として出雲地方の政治経済の中心でしたが、明治時代初頭の廃城令で存城処分(陸軍省所管)となったため、天守閣以外はすべて払い下げられ撤去されました。

150804_6
廃城令により、天守を除く建物は4円から5円で払い下げられすべて撤去され、天守も180円で売却されることになりましたが、出雲郡の豪農の勝部本右衛門や元藩士の高木権八が同額の金を国に納めるかたちで買い戻され、保存されることとなりました。

150804_7 大手門跡を通り、

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二の丸下の段あたりは,かつて米蔵 (主として藩士の扶持米の貯蔵用)があった場所です。

150804_9 長い直線の階段を上り、三の門跡へ

150804_10
三の門を入ると二の丸で、

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この建物は太鼓櫓で城内に号令や時刻を告げる際に用いられたと考えられています。2001年に復元されました。

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また二の丸には松江神社もあります。

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この神社は1899年(明治32年)に城に関係が深かったかつての藩主、(松平直政、堀尾吉晴、松平治郷(不昧)や徳川家康を合祀し、松江神社と改称されました。

二の門、一の門を通るといよいよ本丸で天守閣は目の前です。

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2015年8月19日 (水)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その11

一畑電車の松江しんじ湖温泉駅は宍道湖の東の岸、大橋川にかかる宍道湖大橋のすぐそばにあります。松江市中心部から見れば西の方に位置します。

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松江市中心部の島根県庁前にある松平直政公の像

150804_2

松江市は島根半島の宍道湖と中海に挟まれた地域に広がり、松江藩の城下町として発展してきました。山陰地方最大の都市で、宍道湖から中海に注ぐ大橋川によって市街地は南北に分かれ、北側が橋北、南側が橋南と呼ばれているそうです。

豊臣政権時代は出雲地域が毛利氏の支配下で一族の吉川広家がかつて尼子氏の居城だった月山富田城(現 安来市)を政庁として出雲一国を経営していました。

1600年の関ヶ原の戦い以後、毛利氏は周防・長門2国に減封となり、吉川広家も岩国に移され、遠江国浜松の堀尾忠氏が、父堀尾吉晴とともに出雲・隠岐24万国で入部し、出雲富田藩が出来ました。忠氏が27歳で早世したため、父吉晴が幼児だった忠晴の後見として事実上の藩主となり、月山富田城が山城であり、不便だったため、1607年から5年がかりで松江城を築城し、1611年完成に至り、松江藩が成立となりました。

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県庁前あたりから見た松江城天守閣

吉晴は城の完成を見届けまもなく死去し、忠晴は成人しても男子に恵まれず1633年33歳で死去すると堀尾家は無嗣改易となり、1634年若狭国小浜藩より、京極忠高が入部となりました。京極氏は戦国時代の出雲守護であり、故地復帰となりました。24万石の領地に加え公儀御料の石見銀山、石見国邇摩郡・邑智郡の計4万石を預かることとなりました。

しかし3年後の1637年、忠高は死去し、1638年結城秀康の三男松平直政が18万6千石で信濃国松本藩より転封となりました。これ以後、出雲国は越前松平家の領するところとなり、松平家は公儀御料となった隠岐1万4千石も預かることとなりました。

藩の財政は年貢米の収入だけでは苦しかったため、早くから専売制を敷き、鉄の生産を統制しました。次に行く機会があれば見学しようと思いますが、安来にはたたら製鉄やたたら吹きの製鉄技術を伝える和鋼博物館があります。また7代藩主松平治郷の時代は藩政改革の成果も上がり、8万両の蓄財も出来、茶道の新興に務め、不昧流を創設しました。この頃より、松江は京都、奈良、金沢と並んで和菓子の一大名所となったそうです。そのために治世の後半では散財が嵩み、再び藩の財政が危うくなったそうですが。

幕末期、松江藩は政治的スタンスを明確にせず、新政府からは不信を買ったそうですが、一方で隠岐の代官が島民の不満爆発で放逐されるという隠岐騒動も起こり、隠岐には自治政府が誕生し、1869年の隠岐県誕生に繋がったそうです。

猛暑の中でしたが、自転車でまずは北公園に保存されているC561131号機を見学しようと思いました。
市内を西から東に進む過程で

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松江城の堀 片原町付近

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米子町にある米子橋

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堀川巡りの遊覧船 米子橋を潜るために屋根が畳まれる光景は「ブラタモリ」でも観ることが出来ました。

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松江市を西から東へ横断するので、歩いたらかなりの距離ですが、自転車の威力で数分で北公園に到着しました。スマフォのマップソフトによる位置確認の効果もありました。C56131号機に関しては保存蒸機のシリーズで触れる予定です。

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北公園にはC56131号機が「ちどり」のHMを付けて展示されており、その横にはシベリア強制抑留者の慰霊碑、さらに原爆慰霊碑もありました。

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2015年8月18日 (火)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その10

一畑口駅で、前後が入れ替わった列車は、進行方向右手に宍道湖を眺めながら、終点松江しんじ湖温泉駅を目指します。

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一畑口を発車してから始まる宍道湖の風景

宍道湖は日本では7番目に面積の広い湖沼で、島根県では中海に次ぐ広さとなっています。生成の理由は海流または波浪が海岸付近の砂を流動させて砂州をつくり、海を区切ることで湖沼となった海跡湖 (潟湖)で、開水路(境水道・中海・大橋川)などを介して外海と繋がっているため、水質的には汽水湖です。水深は最大でも6mと浅く、底質も砂質泥や砂で、透明度は1.0mと低く、富栄養化が進んでいます。
汽水湖のため、魚種は豊富で、スズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオなどが捕獲され、宍道湖七珍と呼ばれているそうです。これらの頭文字を取って、スモウアシコシと呼んで記憶しているとか。

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地図で見ると対岸は近いようですが、車窓から観ると結構、遠くに見えます。

一畑電気鉄道の歴史を見ると、このあたりの線路が延伸されたのを契機に1925年7月に会社名を一畑電気鉄道株式会社に改め、1927年10月1日、出雲今市 (現、電鉄出雲市)~一畑間が電化され、1928年4月5日、小境灘 (現、一畑口)から北松江 (現、松江しんじ湖温泉)間が当初より、電化路線として開業しました。その頃導入された電車がデハ1形デハニ50形でした。

沿線には松江フォーゲルパーク駅や、松江イングリッシュガーデン前といった沿線の観光施設に誘導する駅もありますが、松江イングリッシュガーデン前駅は、面白い歴史ももっています。

最初は古曽志駅として開業しましたが、1964年4月1日、隣の浜佐陀駅を統合、移転し、古江駅と改名しました。2001年4月2日、同駅そばにルイス・Cティファニー庭園美術館がオープンしたことで駅名もルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅と改称されました。

このとき、駅名としてはそれまで一番長かった南阿蘇鉄道の南阿蘇水の生まれる里白水高原駅を抜いて、日本一長い駅名となりました。しかし、2007年3月31日限りで美術館は閉館し、付属の松江イングリッシュガーデンのみが残ったため、駅名も同年5月21日付けで松江イングリッシュガーデン前と再改称となりました。これに伴って、最長駅名も南阿蘇水の生まれる里白水高原駅となりました(実はこの駅名話は南阿蘇鉄道の記事でも触れています)。

150804
雲州平田から約40分弱で、電車は終点 松江しんじ湖温泉駅に到着します。

この駅は1928年4月5日、開業で当時は北松江駅と言いました。1970年10月1日松江温泉駅と改称し、現在の駅名になったのは2002年4月1日でした。

150804_2
現在の駅舎は2001年、田中正夫建築事務所によって設計され竣工しました。

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ホームは頭端式2面2線で、反対側のホームには雲州平田まで乗車した3007-3017編成が休息していました。

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さらに、電留線が数本あり、もう一本の3000系編成もこちらで休んでいました(8月14日の記事の写真)。

駅の横には温泉を引いた足湯もありましたが、外気温35度を超える日だったので、パスしました。

150804_6
一畑電車の主要駅(松江しんじ湖温泉、出雲大社前、電鉄出雲市、雲州平田)ではレンタサイクルがあります。普通の自転車300円、電動アシスト500円で、夜10時までに返却とのことでした。

松江市はこれまで萩などの帰りに汽車で通過することはあっても市内を散策するのは初めてでした。そこで、暑さもあり、レンタサイクルを借りて市内散策をすることにしました。

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2015年8月17日 (月)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その9

今回は一畑口駅の話題です。

150804
一畑電車は,電鉄出雲市から、北松江線で松江しんじ湖温泉に向かう列車の場合、

同社のWEBサイトの路線図を見る限りではストレートに繋がっているように見えますが、一畑口駅でスイッチバックします。
なんで傾斜もない平坦線なのにスイッチバックするのか、その理由は,同線の生成にあります。
150804_2 行き止まりの線路と開きっぱなしの構内踏切
かつての一畑駅までの区間は現在、道路になっているようです。

一畑電気鉄道は1915年2月4日に雲州平田から一畑間が開業し、同駅も小境灘駅として開業しました。一畑駅は「目のお薬師様」として知られる一畑寺(一畑薬師)の最寄り駅でした。
さらに、1928年4月5日に北松江(現在の松江しんじ湖温泉)駅からの路線が開業し、小境灘駅が接続駅となりました。

150804_3 プラットホームは2本あり、列車交換が出来るようになっています。

1944年12月、戦時中の鉄材供出で小境灘~一畑間 (3.3km) が営業休止となり、1960年4月26日に正式に廃止となりました。
1952年10月1日に一畑口駅と改称されておりますが、運転形態はその後も維持されたため、現在に至るまでスイッチバック駅となっています。

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駅南に存在するシーザスクロシング 右手が電鉄出雲市方面、左手が松江しんじ湖温泉方面
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それぞれの方向の出発を現示する2灯式信号機

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2015年8月16日 (日)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その8

2015年8月4日、川跡から3000系3007-3017編成に乗車し、雲州平田駅で途中下車し,次の電車まで駅構内、及び周辺を見学しました。昨日の記事では駅周辺について触れましたが,今回は駅構内の様子です。

3017_150804
雲州平田を出発する3000系3007-3017編成  2015/8/4 雲州平田
この時点では3017が後ろであることを憶えておいて下さい。一昨日の松江しんじ湖駅での写真は3017が駅寄りになっていました。なぜこうなるかは後日の記事で。

2104_150804
雲州平田駅は1~3番線まであり、通常は1番線を使っていますが,列車交換のあるときは1,2番線が使用されます。3番線には休憩中の車両が停車し、それ以外に3本程度、線路があり、車庫に通じています。デハニ53体験運転線路はさらにその南側に用意されているようです。

写真の奥に線路をくぐる地下通路があります。それを使って2,3番線に行くと
2114_150804
2104_150804_2
2104-2114編成 「ご縁電車」しまねっこ号で元京王5000系であることがよく分かるスタイルです。元クハ5718、クハ5768です。
さらにその隣の線路には
2113_150804
2103_150804 2103-2113 編成 「楯縫」 デハ5121、クハ5766です。

2111_150804
2101_150804
車庫の中には2101-2111編成 デハ5119、クハ5869です。
京王5000系オリジナル塗色が検査中なのか分離状態で停まっていました。
5009-5109編成も一番奥の線路に停まっているのが見えました。

2102_150804
そして1041発の電車としてやってきたのは2102-2112編成 旧一畑塗色でした。

2100系は1994年から1995年にかけて一畑電車の近代化のために京王帝都電鉄の5000系を京王重機整備で改造し、導入しました。デハ2100形(Mc1)-デハ2110形(Mc2)の2連4本となり、初めての冷房装置、カルダン駆動装置、発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキを装備した車両となりました。

導入当時はイエローをベースに側窓下が白、貫通扉・側扉がブルー、車体裾がグレーでしたが、
2101編成
2012年7月28日より、京王時代の塗装になりました。ただ、2111にヒゲがあるのに対して2101はヒゲが無いそうです。
2102編成2012年12月1日より、一畑電鉄時代の塗装に塗り替えられ、
2103編成2011年3月10日より、映画「わさお」の公開に併せてラッピングが施され、さらに6月13日より、日本航空の「鶴丸」ラッピング電車となり、2012年4月頃まで運行されました。そして2013年7月18日からイベント用に改造され、10月26日、「楯縫」という愛称が与えられました。
2104編成2010年5月24日より、映画「RAILWAYS」の公開に併せて『RAILWAYS応援ラッピング列車』として運行されました。2012年4月27日から「神話博しまね」をPRするラッピング列車となり、2013年9月21日より、「ご縁の国しまね」観光PRキャンペーンの一環として「ご縁電車しまねっこ号」として運行されています。
ということで、現在、2100系導入当時の塗装の車両はいません。2101と2102編成は3扉車で、2103と2104編成は2扉車です。

2100系4編成については2016年・2017年度に後継車の導入で2編成が廃車され,残存する2本は2018年度に車体更新を行い15年ほど継続使用するとのことです。

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2015年8月15日 (土)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その7

川跡駅で3000系に乗り、そのまま松江しんじ湖温泉終点まで乗り通そうかと思ったのですが、途中、雲州平田駅には車庫が併設されており、何編成か車両も見えたので、急ぐ旅では無かったので途中下車することに致しました。

150804
雲州平田駅は一畑電車の本社が駅舎の二階に置かれ、運転指令室、列車区、車両区が併設された一畑電車のヘッドクオーター的な駅で、唯一の直営駅でもあります。開業は1914年(大正3年)4月29日ですから、既に101年の歴史を数えています。開業時は出雲今市方面からの終着駅でした。1915年2月4日、一畑までが開通し、中間駅となりました。

1970年10月1日
から平田市駅となり、2005年3月22日に平田市が出雲市と合併したことで、開業時の駅名に戻したそうです。

150804_2
今回の旅では一日乗車券(1500円)を購入していましたので、あまり関係はありませんが、一畑電車の駅の中では一畑口駅とともに途中下車可能駅となっています(2011年10月22日から)。

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駅に併設された車両区

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ホームに展示されていた平田一式飾

平田一式飾とは、仏具、陶器、金物、茶器など身近な生活用具一式を使って神話、歴史上の人物、おとぎ話やテレビのキャラクターなどを造り上げる平田地域の民族芸術のことだそうです。ご当地、島根のゆるキャラ「シマネッコ」が展示されていました。

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待合室スペースにはおんすう「ふらたろう」出雲市鰐淵寺に伝わる弁慶伝説に基づいたご当地ゆるキャラの平田一式飾も展示されていました。

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出雲大社前駅にもありましたが、この駅のプラットホームではRAILWAYSのロケが行われ、そのときの様子が紹介されていました。

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周辺観光案内

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改札口と電車出発案内

改札は電車の到着10分くらい前から開始されるので、それまでは入場出来ません。電車の出発時刻の表示は駅員がハンドルを回すと次の列車の時刻が現れるようでした。

いつもならば周辺を散策して回るところですが、気温は既に35度を超えているようで日なたに出るのが厳しい状況もあり、待合室で休んでいました。

次回の記事ではホームから眺めた電車区の様子と2100系の紹介を致します。

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2015年8月14日 (金)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その6

一畑電車の車両、続いては3000系です。

3007_150804
今回の旅では川跡~雲州平田間で乗車しました。
見ての通り、かなり年季の入った外観になっております。

3000_150804
典型的な湘南スタイルの元南海ズームカー21000系で、車内にも由来を示す案内が掲示されていました。         南海時代
デハ3005-3105   21009  21010    
      3006-3016     21013  21014
      3007-3017     21011  21012
   3008-3018     21005   21006

高野線山岳区間への直通運転対応車として、南海電気鉄道では最初のカルダン駆動車として1958年に登場した車両でした。
モハ21001-モハ21100-モハ21100-モハ21001の4両編成、全電動車方式で、1964年までに8編成が帝國車両工業で製造され、1997年まで使用されました。

<追記>

21000_7603_2

21000_7603 新今宮に到着する21000系 1976/3

南海時代の21000系の写真が出てきたので追加します。

21000系登場の前年1957年に1956年のトンネル火災事故で車体が焼失した旧型車の機器を再用してモハ21201-モハ21203-モハ21801-モハ21202の4両編成が帝国車掌で新製されており、こちらは21201系と呼ばれています。

第1,2編成(クロスシート)の先頭車4両は大井川鐵道に譲渡され、21001系
第3・5~7編成の先頭車8両が一畑電気鉄道に1996年に譲渡され、3000系

2112_3017_150804
元京王5000系の2112と顔を揃えた3017 2015/8/4 松江しんじ湖温泉 

3000系は4本導入され、この導入によって一畑電車の近代化が完了したと言われています。編成はデハ3001-デハ3010となり、デハ3001形では連結面側のパンタグラフが撤去されました。

3006_150804
デハ3006 2015/8/4 松江しんじ湖温泉

3000_150804_2
3007車内

3000_150804_3
17m級車体といえども2扉車のため、長~~いロングシートという感じがします。

長らく4編成が活躍してきましたが、1000系の導入で、3005編成が2015年2月6日に、3008編成が2015年3月に運用を離れ、解体されました。

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2015年8月13日 (木)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その5

一畑電車の車両、現役では体験運転用のデハニ50形53 (1929年製)以外では、1994年から1995年にかけて導入された2100系 (元京王5000系)、1997年に導入された3000系 (元南海21000系)、1998年に導入された5000系 (元京王5000系)、そして昨日の記事で紹介した2014年導入の1000系 (元東急1000系)が活躍しています。

今回の記事では電鉄出雲市駅から川跡駅まで乗車した5000系について触れようと思います。

5010_150804 デハ5010-5110編成 2015/8/4 電鉄出雲市

2編成あり、

デハ5009+デハ5109  <= クハ5715 クハ5765
デハ5010+デハ5110  <=  クハ5717  クハ5767   
入線時期は両編成とも 1998/9/24

末尾が9,10なのは3000系の追番だからだそうです。

5110_150804 入線するデハ5010-5110編成 2015/8/4 電鉄出雲市

5000系は一畑電車へ分社化される前の一畑電気鉄道時代1998年に導入した電車で、京王5000系を京王重機整備で改造の上、譲渡されました。

京王5000系は既に2100系として1995年に譲渡されていましたが、今回は出雲大社方面への観光輸送を重視して、外観、内装が大きく異なった形での譲渡となりました。

塗装は出雲平野の雲をイメージして白をベースににしており、屋根と裾は宍道湖をイメージして青、前面窓周りと車体下部は黒が配されました。

貫通扉は埋め込まれ、前照灯は2灯から1灯になり、元の標識とも撤去され、丸型のものが新設されました。京王5000系と云われれば確かにその面影は残すものの、イメージは大きく変わった車両となりました。

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5010 車内 運転席側

運賃表示器や自動両替機付き運賃箱が設置されています。

5010_150804_2_2
5010 車内 客席側

側面は中央の扉が埋められ、内装は青を基調とした2+1のクロスシートになっています。2人掛けの方は回転式、1人掛けの方は転換式で回転式クロスシートは小田急3100形(NSE)車のものだそうです。連結面には防犯カメラも設置されています。

デハ5009-5109編成に乗る機会はありませんでしたが、こちらは2013年に島根県産木材の需要拡大を目的に制定された「島根県森林整備加速化・林業再生事業費補助金」の平成25年度事業として採択された関係もあり、木質化改装工事がなされ、座席はボックスシート化され、各座席は杉のパーテーションで区切られているそうです。

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京王線由来の5000系と東急線由来の1000系の並ぶ光景 2015/8/4 川跡

5000系は1372mmの軌間でしたから、1067mmの一畑電車に入線するにあたり、台車を帝都高速度営団3000系から流用したFS510に履き替えています。冷房装置は分散式のRPU-2203AJをデハ5001形に3基(パンタグラフ設置のため連結面の1基を撤去)、デハ5010形に4基搭載しています。

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2015年8月12日 (水)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その4

今回は出雲大社を参拝せずに、出雲大社前駅から、川跡行き電車に乗り、松江方面に向かいました。

一畑電車で最初に乗車した電車は、出雲市駅から、川跡駅までのデハ5009-クハ5010でしたが、今回の記事では1000系について触れようと思います。

1001_150804
デハ1001-クハ1101編成 150804 川跡  デハ1405から改造

川跡駅では北松江線の上下列車の交換と同時に大社線の接続も行われます。右の5000形編成で出雲市からやって来て、この先のホーム踏切を渡り、2枚下の大社線1102編成に乗り換えて出雲大社方面に向かいました。1001編成は出雲市方面行きです。

1005_130113
東急1005F編成 2013/1/13 祐天寺

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デハ1002 2015/8/4 川跡 デハ1403から改造

1102_150804
クハ1102 2015/8/4 川跡 デハ1453から改造

1000系は老朽化した3000系(元南海21000系ズームカー)置き換えのため、東急1000系を譲り受けたもので、車番が示すように、8両編成の7号車デハ1400形および6号車デハ1450形に運転台取り付け改造し、デハ1450形を非電装化したものです。2014年に2本が改造、入線しました。今年度中に、あと1本入線予定とのことです

中間車から改造のため、オリジナルの顔が最初から無い電車ですが、オレンジに白い帯のスタイルと相まってこのお顔はちょっと残念な気も致します。

一畑電車としては5000系以来、16年振りとなる新車で、「オールステンレス車体」「ワンハンドルマスコン」「シングルアームパンタグラフ」「VVVFインバータ制御」と同社にとっては初の新機軸満載の車両となっています。

1102_150804_2
車内は東急時代から変更はありませんが、ワンマン運転対応、バリアフリー化が進められています。

9105_130113 東急9105F 2013/1/13 代官山

台車は東急9000系の廃車発生品と交換されており、主電動機はTKM-88形を装備しています。

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2015年8月11日 (火)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その3

旧大社駅を見学した後は、再び一畑電鉄の出雲大社前駅に引き返しました。

150804_2
この駅の歴史もかなり古く開業は1930年2月2日で、当時は大社神門駅と云ったそうです。

現在の駅名に改名したのは1970年10月1日でした。1996年登録有形文化財に登録されています。2009年2月6日には近代化産業遺産に認定されています。

旧大社駅が純和風建築なのとは対照的に洋風モダンな建築で、教会を思い起こさせるステンドグラスが窓に埋め込まれています。

150804
一畑電車の駅名標は現在、このスタイルに統一されているようです。

50_150804
デハニ50形の体験運転のポスターも掲示されています。後日、紹介予定の雲州平田駅構内に体験運転用の120mのコースが準備され、そこを2回走らせてくれるとのことです。

52_150804 駅構内に保存されているデハニ52号 車内も見学可能でした。

デハニ50形に関しては出雲大社駅構内に52号、雲州平田車庫内に53号が保存されており、ポスターのように53号の方が体験運転に供されているようです。

52号に関しては保存車両シリーズで触れる予定です。

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この7月に屋根瓦の交換が行われ、古い瓦がこのように展示されることになったそうです。

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8月1日放映分は新山口のホテルで観ましたが、21日の放映も楽しみな「ブラタモリ」、松江・出雲訪問のポスターが駅構内に

1102_150804
1102 東急1000系の中間車に運転台取り付け改造を施し、オレンジに塗装し、白い帯を巻いた1101、1102が現在活躍しています。

出雲大社前から川跡までの区間 (8.3km、両端駅を含め5駅) この日は1102 1編成が運用に就いているようでした。沿線の案内、集札等を行う電車アテンダントも乗車していました。

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2015年8月10日 (月)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その2

旧大社駅は出雲大社の門前町に相応しいように純日本風の木造平屋建てで造られています.。

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この駅舎は曽田甚蔵氏の設計です。屋根の中央には千鳥破風が取り付けられ棟には鴟尾(しび)が乗り、各破風には懸魚(げぎょ)が付けられています。

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高尾駅北口駅舎 2013/5/18

中央線高尾駅の北口駅舎も同氏の設計とのことです。明治から昭和にかけて日本を代表する建築家、建築史家の伊東忠太氏もお墨付きを与えた建築だそうです。

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駅舎に関する説明

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天井は高く、大正風の灯籠型和風シャンデリアが30個備え付けられています。左手は一般待合室。

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出札口の横に二等待合室

昭和初期まで、2つの待合室が使い分けられていたそうです。

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出札口

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マネキンが国鉄・JRの夏・冬の制服を着てお出迎え

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廃止時点での運賃表

大社駅から東京都区内まで 
山陰線経由 11120 円 福知山線経由・伯備線経由 11740円 
参考に現在の運賃を計算すると出雲市から智頭急行経由で乗車券片道12640円です。また、1974年12月時点で,松江・大社ミニ周遊券では東京発で7500円、学割6000円で、有効日数 10日でした。

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発車時刻表 出雲市駅からの接続列車も書かれています。

150804_7
観光案内所もあり、建物内部の様式に合わせて造られていました。

駅ホール横のスペースには国鉄時代のヘルメット、タブレット、伯備線電化開通時の記念物などが展示されていました。

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こちらは団体用改札口

ホームには線路も残っており、写真にあるように2001年7月、旧大社町合併50周年を記念し、出雲大社神苑内から移設したD51774号機が構内に展示されていました。この機関車については保存車両のシリーズで触れます。

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2015年8月 9日 (日)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 4日目 その1

広島からスタートして、宮島厳島神社、岩国の錦帯橋、新山口からSLやまぐち号、津和野散策、生誕の地 萩訪問、益田を経て、出雲から奥出雲、さらに広島、岡山、鳥取を擦り、出雲まで戻った旅の最終行程は、旅の目的のひとつであった、一畑電車と旧国鉄・JR大社駅訪問、そして松江観光です。

150804 JR出雲市駅の北口はこういった出雲大社を模した造りに 2015/8/4

150804_2 一畑電鉄出雲市駅はJRの高架線に沿って,少し東側に

電鉄出雲市駅で一日乗車券を購入し、その沿線を楽しむことから始めました。
まず最初に旧国鉄・JRの大社駅を訪問することにしました。出雲市駅から一畑電車に乗り、川跡駅で乗り換え、出雲大社前駅へ、

Map_150804

出雲大社前駅に貼ってあった街歩きmap 隣には8月1日に前編、21日に後編が放映される「ブラタモリ 松江・出雲編」のポスターも

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出雲大社に通じる神門通り

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途中、出雲市小山の三木与平衛が1616年(元和2年)に菱根池を干拓するために開削した堀川を渡ります。 宇迦橋は1914年に架けられています。大鳥居は1915年の御大典記念として九州小倉の篤志家小林徳一郎氏により、松280本とともに寄進されました。鉄筋コンクリート製で、高さ23メートル、柱の周囲6メートル、中央の額面は畳5畳敷もあります。

150804_5 出雲の阿国像

150804_6 久しぶりにこの名前をみた感がありますが、歌舞伎の祖といわれる出雲の阿国は出雲大社の巫女だったのですね。

150804_7 出雲大社に通じる神門通りを10分程、南下すると旧国鉄・JR大社駅が見えてきます。

150804_8 旧大社駅駅舎

150804_9
1912年6月1日、国鉄大社線出雲今市(現 出雲市)~大社間の開通で開業し、1924年2月28日、2代目駅舎として竣功したものですが、1990年4月1日、大社線の廃止により、駅も廃止されました。2004年に重要文化財に指定され,2009年2月6日には近代化産業遺産に認定されました(駅舎内に関しては後の記事で)。

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2015年8月 8日 (土)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その5

新見駅まで来たのは2013年3月以来でした。

130321 伯備線発着ホームからみた米子方面の風景   2013/3/21 新見

駅の開設は1928年10月25日の伯備線全通時で、1929年4月14日、作備西線(後の姫新線)が岩山駅まで部分開業、1930年2月10日、三神線が備中神代駅から分岐して部分開業しました。
130321_2 同ホームからみた倉敷方面 2013/3/21

伯備線といえばD51三重連が有名です。新見機関区には当時、集煙装置装備のD51が25両配置され芸備線のC58とともに、単機、重連、逆向き補機などいろいろなタイプの蒸機牽引列車が運行されていました。なかでも有名なD51三重連列車2492レは足立駅から積み出される生石灰を姫路の新日鉄広畑工場へ運搬するD51重連の貨物列車に新見機関区に回送するD51を連結したため、三重連になったそうです。

1972年3月で三重連運用は消滅し、私が鉄道趣味を始めた頃には既に終焉を迎えていました。昨日の記事で紹介した布原駅も当時は信号所で、当時は好撮影地として大変なフィーバーぶりだったそうです(関連記事)。鉄道時代10にも布原信号所の特集記事が載っています。

150803 姫新線、芸備線発着ホームからみた備中神代方面 2015/8/3

今でも新見駅構内は2面4線の他、貨物列車が停車できる長大なホームの無い線路が2本島式ホームの間に存在します。

150803_2 駅前には特徴的なモニュメントが展示されており,最初に目をひいたのが,新見大名行列の様子でした。

毎年10月15日に新見船川八幡宮秋季大祭のひとつとして古式ゆかしく開催される伝統行事で、1697年初代新見藩主として関備前守長治が津山より移封された際のお国入りの様子を再現したものだそうです(関連サイト)。

150803_3 こちらは、「縁の広場」とあり、中世の時代、新見は京都東寺の荘園で京都から代官として祐清という僧が派遣されますが、税の取り立てを行っている最中に幕府方の領地を通りかかった際に殺されてしまいました。祐清を世話していたのが領家の役人の妹のたまがきで、彼女は祐清の亡き後、遺品を整理し、東寺に形見が欲しいと一通の書状「たまがき書状(東寺所蔵)」をしたためたとのことで、現在に残る当時の農村女性の書状として国宝に指定されているそうです(関連サイト)。

150803_4 駅前を線路と平行に流れるのは高梁川

伯備線は高梁川の渓谷に沿って敷設されており、新見以北は西川の渓谷に移ります。

115_g08_150803 岡山区所属115系G-08編成 2015/8/3 新見

新見から出雲市まで乗車したのはこのような運転台取付改造の115系2連でした。

115_g08_020329_2 115系 G-08編成 2002/3/29 倉敷

カフェオレ塗装時代にも撮影しており、

115_g08_150803_2 実は8月3日の朝、出雲市駅で最初に撮影した編成が同編成でした。

821Mとして、546に新見を出発して、米子から281Mで851出雲市到着、折り返し908発282M,米子から824Mで1258新見到着、その後、1623発831M~289Mで西出雲へという運用かと思われます。

岡山区のG編成は2001年、D編成からクハ115形を外し、モハ114形に運転台を取付、クモハ114形化したもので、8本改造されました。赤穂線、伯備線、山陰本線米子地区が守備範囲です。G07編成のみ1パンタで、後は全て2パンタ搭載です。

以前から,この切り妻断面,前パンタの顔は西武のクモハ451形、クモハ411形→クモハ401形を彷彿させましたが、末期色(地域色)になってますますという感があります。G08編成はクモハ115-1551+クモハ114-1118で、種車はモハ115-1124+モハ114-1118です。

伯備線も新見以北は殆ど単線区間となるため、831Mも交換待ちで待たされることが2度あり、最初は新見を出発して次の布原駅でした。

381_150803
二度目は下石見信号所で、約10分待つと上り特急「やくも」が通過して行きました。

115_g08_150803_3
米子では後からやって来た特急「やくも」の接続待ちで18分停車 隣のホームでは架線の下を走るDC列車1854発145D が出発待ちしていました。

150803_5 米子駅の山陰線時刻表

米子周辺ではかなり列車密度が高いことが分かります。

Jr_150803 JR西日本 岡山周辺の路線図から

289Mは1930に宍道に到着しました。1121に木次線方面に出発してから、8時間10分で1周となりました。米子~松江~出雲市間は夕方の通勤列車といった感じでかなり混雑していました。

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2015年8月 7日 (金)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その4

木次線の終着駅、備後落合駅はかつては急行「ちどり」の機関車付け替え、分割併合、スイッチバックなどで運転上重要なターミナルとしての機能を持ち,多くの職員が常駐した駅でしたが,現在は新見駅管理の無人駅となっています。

ちょうど、岡山支社・米子支社・広島支社の境界となっており、私が乗った1449Dが到着した1422頃は,同駅に3方向から列車のやってくるゴールデンタイムでした。

120206_150803 キハ120-206 1449Dとして宍道から到着、折り返し1462Dとして1444 宍道に

120335_150803 キハ120-335 443Dとして新見から1424に到着、折り返し1434 444Dで新見に

12017_150803 キハ120-17 最後に1431 三次から356Dとして到着、1438 359Dとして三次に折り返す

といったように、木次線と芸備線の列車が集まる時間でした。3両とも枝番、塗装が異なるのも興味深いです。

150803 因みに、これから乗る芸備線備中神代方面、新見までの区間も超過疎路線で、新見まで全区間を走る列車は1日3本、新見~東城間3本という頻度でした。

芸備線の歴史には「芸備鉄道」「庄原線」「三神線」という名称が登場します。

芸備鉄道が1915年4月28日、東広島~志和地間を開業し、同年6月1日には三次(現在の西三次)まで延伸しました。1920年7月15日には東広島~広島間が貨物線として開業し、国鉄広島駅まで乗り入れしました。1922年6月7日、三次~塩町間が開業、1923年12月8日、塩町~備後庄原駅間が開業しました。1930年1月1日、十日市駅(現在の三次駅)が開業しています。

1933年6月1日、備後十日市駅~備後庄原駅間は国有化され庄原線となりました。1934年1月1日、塩町駅が神杉駅に、田幸駅が塩町駅に改称、同年3月15日、備後庄原~備後西城間が開業、1935年12月20日、備後西城~備後落合間が開業となります。

一方、1930年2月10日、国有鉄道三神線として、備中神代~八神駅間が開業、同年11月25日、八神~東城駅間が延伸開業しました。1935年6月15日、東城駅~小奴可駅間が開業、1936年10月10日、小奴可~備後落合駅間が開業し、庄原線を編入しました。

1937年7月1日、芸備鉄道の広島~備後十日市間を国有化、三神線が芸備線に改称されました。

線名的には備中神代~備後落合間ですが、この区間を走る列車はすべて新見発着となっています。備後落合を出た列車は25‰の急勾配を上り、道後山駅の先で芸備線の最高地点を通過します。地図を見ると線路は山地を避けて大きく迂回しているのが分かります。

150803_2
東城駅までの間、成羽川に沿って列車は走り、東城駅 - 野馳駅間の大竹山トンネルで広島県から岡山県に入ります。

150803_3
木次線には出雲坂根駅がありましたが、こちらは岡山県の坂根駅(備中坂根)駅でしょうか。この辺では日本古来の製鋼法,砂鉄から和鋼を製造する「たたら吹き」が行われていたそうです。今回の旅行では訪問出来ませんでしたが,安来に和鋼博物館があり、我が国における製鉄の歴史が紹介されおり、またD51488号機も保存されているようですので、またの機会に是非訪問したく思います、

坂根駅から先は平坦路線となり、
150803_4
備中神代で伯備線と合流します。

150803_5駅側から倉敷方面

150803_2_2 トンネル側から駅方向

伯備線と芸備線の分岐はこのように、倉敷からやってくるとトンネルを出てすぐに芸備線の分岐ポイントがあり、その直後に備中神代駅行き違いのポイントがあります。

150803_6
備中神代と新見の間に布原という駅がありますが、この駅は伯備線上にあるものの、伯備線の列車は客扱いせず,芸備線の列車のみが停車する駅です。伯備線の各駅停車が行き違いのため運転停車することがあります。

130321
新見駅伯備線ホームの駅名標は隣駅が備中神代 2013/3/21

130321_2
新見駅芸備線・姫新線ホームの駅名標では隣駅が布原 2013/3/21

120335_150803_2 1434に備後落合を出発した444Dは1558 新見に到着しました。51kmの旅程でした。

新見駅には2013年3月、姫新線に乗車した際に到着しており,今回2度目の訪問となりました。伯備線列車との20数分の接続待ちの間、駅前を少し散策してみました(次の記事に続く)。

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2015年8月 6日 (木)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その3

木次線は簸上(ひるがみ)鉄道が宍道~木次間を1916年10月11日に開業し、後に鉄道省によって南方に延伸し、芸備線と備後落合で接続することで、1937年12月12日に全通した路線です。
1950年代から1990年代にかけては広島~松江間を結ぶ急行「ちどり」などの優等列車が運転されていましたが、道路整備の進展と自家用車・高速バスの隆盛に押されて、1990年代以降、陰陽連絡線としての役割は失われてしまったようです。保守点検の合理化を目的とした25km/hの速度制限区間があるのもこの路線の特徴とのことです。管轄は宍道駅が米子支社、備後落合駅が岡山支社でそれら以外は米子支社木次鉄道部です。

(急行「ちどり」に関しては8月4日に松江の北公園に保存されているC56131号機を見学しましたが、「ちどり」のHMを付けていました。)

昨日の記事では宍道発備後落合行きの列車は1日1本と書きましたが、木次から652, 1504発の列車が備後落合まで行っており,スイッチバックを越える定期列車は1日に3往復です。

また、中国地方きっての山岳路線であり、豪雨・豪雪での運休もしばしばあり、冬の豪雪では2005年度に出雲横田~備後落合間が2005/12/22-2006/3/29まで、2011年度は1/4-3/29、2013年度は12/28-3/22が積雪を理由に運休となり、夏場の豪雨でも、2006/7/20-7/27に運休となっています。

現在は国道314号が整備され,出雲横田~備後落合間は大雨・大雪の際にはタクシーによる代行輸送が頻繁に行われています。保線に費用を投じるよりも代行輸送の方が費用がかからないといった現実もあるようです。国鉄末期の廃線が盛んに行われた頃は,「沿線道路が未整備」という理由で廃線になりませんでしたが、昨今の現状は廃線になってもおかしくない状況ですが、廃線提案が浮上しないのは観光資源としての価値が見いだされてきているのかも知れません。私も,テレビの鉄道番組「全国百線鉄道の旅」や「鉄道絶景の旅」で木次線の3段スイッチバックが紹介されるのを観ていまして,今回乗ってみようと思いついた次第でした。

150803
JR西日本が観光として力を入れているのが、昨日の記事にも登場した「奥出雲おろち」号で通常(6月から9月の金土)は木次発1007備後落合着1224、備後落合発1245木次着1502で往復しており、日曜日や祝日は出雲市発845で片道直通運転されています。

1_150803
出雲坂根の駅から先、直進は出来ずここが最初の折り返し点になり、運転士は反対側の運転席に移動します。

150803_2
出雲坂根を発車した列車はシーザース・クロッシングを渡り、2段目の線路へ

150803_3
しばらく上ると3段目線路との切り替えポイントが,ポイントは豪雪から守るためスノーシェッドに覆われています。

2_150803
2段目の行き止まり  この構造のため、列車の編成長は行き止まり部分から,ポイント部分までの有効長に制限されます。勾配は30‰だそうです。

23_150803
先ほどのポイントが切り替わった後、3段目に進入
3段スイッチバックはJR九州の立野(阿蘇の外輪山越え)でも経験していますが、JR西日本では唯一のもので大変興味深い眺めでした。

150803_4
出雲三成を出たあたりで車窓から見えた「おろちループ」の案内看板

150803_5
平行する国道314号の方はこの高低差をループ線で行き来しています。

314_150803
列車は少しすると見晴らしの良い区間に出て,平行する道路のループ橋などが見えてきます。運転士さんが気を効かせて,減速してくれました。

この後、第八坂根トンネルがサミットで、次の三井野原駅がJR西日本では最も標高の高い駅だそうで、木次線宍道駅との標高差は722mだそうです。

150803_6
1422 終点の備後落合に到着です。宍道を1121に出発して,3時間1分かけて、81.9km走って来ました。

150803_7 備後落合駅名標と木次線列車 2015/8/3

備後落合から先は,来た路を戻るか,別ルートが思案したのですが、ここから芸備線で新見へ、新見から伯備線で米子へとのルートも接続が比較的良いのでそちらを選択しました。(次回の記事へ)

なお、木次線の沿線の様子は「咲子の奥出雲 山里だより」の記事に木次線の歴史とともに、奥出雲町内7駅が紹介されており、大変素晴らしい記事です。2010年7月17日の記事ですが,大変参考になりました。

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2015年8月 5日 (水)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その2

2015年8月3日、出雲市発1041の132Dで宍道へ

47_31_150803
132Dはタラコ色キハ47の2連でした。

120206_150803
木次線列車 キハ120-206+207

1121発の備後落合行きで2連ですが、後は回送で乗車できるのは前1両です。

150803_4
現行の木次線宍道駅発車時刻表 このうち、備後落合まで行く列車は1121発1本のみで、0729, 0910, 1357, 1708, 1845, 2111発は木次止まり、1600, 1802発は出雲横田止まりです。宍道発で3段スイッチバックを超える定期列車は1日1往復のみです。

出発して最初から勾配はきついようで、エンジンのうなり音が結構大きく感じました。

150803_5
出発後、1時間20分程で、亀嵩駅に 松本清張の「砂の器」に登場する地名ですね。

120207_150803
1252に出雲横田に到着、回送で連結してきたキハ120-207を切り離し、運転士は木次で交代した際に2名乗務し、1名が備後落合へ、一名は回送で来た車両を運転して上り列車として木次方面へといった仕業のようです。備後落合方面は1307出発

150803_6
出雲横手駅は駅舎やこのしめ縄などが特徴的です。

150803_7
三段スイッチバックの出雲坂根駅

この駅では木次線で運転されるトロッコ列車「奥出雲おろち号のイベント駅のような感じでした。

De10_1161_150803 12系客車を改造したトロッコ列車を牽引するDE10 1161 2015/8/3 出雲坂根

そして、私が乗車した定期列車とトロッコ列車「奥出雲おろち号」がこの駅で交換となりました。

150803_8
スイッチバックの推進運転に備えて簡易運転台が装備されているトロッコ客車

トロッコ列車を見送った後、いよいよ三段スイッチバックに進入します。 その3へ続く

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2015年8月 4日 (火)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その1

旅程3日目は、当初この旅行を計画した際に、「山陰トワイライトEXP」が下関から大阪に戻る日であることも分かっており、益田から3泊目の宿泊地である出雲市への移動とトワイライトのスケジュールがうまく合えばということで、最初からスケジュールは空白にしておいてありました。

しかし、昨日、東萩駅で「山陰トワイライトEXP」上りのスケジュールを聞くと、14:00に到着、17:47に出発とのことでした。益田からまた萩まで戻って撮影すべきか、あるいは無視するか考えた結果、後者を選択しました。

時刻表を調べると、益田を朝1番に出る上り列車、0539発 浜田まで340D、浜田から出雲市322Dは0850に出雲市に到着、出雲市ではこの後、1時間の間に「スーパーまつかぜ」「アクアライナー」東京からの「サンライズ出雲」岡山からの「やくも」などが続々到着する撮影向きゴールデンタイムになることが分かりました。

さらに、1041発米子行き132Dで宍道まで行き、木次線列車に乗ると、三段スイッチバック越えをして、備後落合、さらに芸備線で新見へ、そして伯備線で米子から出雲市に戻ってくるとちょうど一日がかりの乗り鉄の旅が味わえることが分かりました。

ということで、3日目は朝の5時台から夜8時前まで、ほぼ15時間鉄道とべったりの一日になりました。

150803 5時39分発、出雲市行き一番列車の出発案内 益田駅改札口

150803_2
しかし、駅の営業開始は列車発車後の5時40分からとの案内が

事務所に人影はあるものの、ノックしても返事が無いので、運転士さんに18切符使用開始のサインをして貰い、乗車
120_319_180803
列車はバスのようなキハ120 300番台2連 

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早朝の益田駅に停まっていた石見キャラクターズトレインSP 2015/8/3

150803_3
途中、漁港の街、浜田、江津、石見銀山の世界遺産認定で賑わう大田市などを通り、その度に乗客が入れ替わり、0850 定刻に出雲市に到着

出雲市は1977年3月以来ですが、ホームは高架になり、随分雰囲気が変わりました。

1264_150803
1261005_150803
こちらも実物を見るまで存在すら知りませんでしたが、キハ126系 JR西日本が山陰線高速化のために開発した車両で、「アクアライナー」などに米子~益田間で投入されているそうです。詳細版でしっかりと勉強致します。

285_150803
ブルートレイン「出雲」「瀬戸」の伝統を引き継ぎ、近い将来、我が国唯一の夜行列車として残る285系「サンライズ出雲」が定刻に到着

381_150803
数分後に岡山からの381系「やくも」も到着

サンライズ出雲の285系編成は随分長い時間ホームに停車していたので、一両一両記録することが出来ました。

この後、数駅先の宍道まで行き、そこから木次線列車に乗りました。

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2015年8月 3日 (月)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 2日目

新山口(小郡)で朝を迎えるのは、初めてのことですが、まずは駅窓口で電話予約していた「SLやまぐち」号の切符を入手。本日は満員とのことでした。

昨年8月の梅小路蒸気機関車館訪問で、現役で活躍中のC571C56160に会えなかったことから、是非「SLやまぐち」号には乗っておこうと思い今回の旅を思いついたのですが、よく考えるとSL牽引列車を撮影したことは何度もあるのですが、乗車するのは1964年の山陽本線広島以西以来かもしれません。

出発は10:48とのことなので、まずは新幹線ホームに入場し、山陽新幹線を見学することにしました。東海道区間では見ることの出来ない、500系、700系レールスター、N700系九州乗り入れバージョンなどが次から次へとやっています。

500系8連V編成の中に1編成、「カンセンジャー」ラッピング編成がこの4月から登場したとのことですが、そのV6編成が上りこだま732号に投入されており、ラッキーにも写すことができました。実物を見るまで存在すら知りませんでしたが。

500_v6_150802 500系 V6編成 2015/8/2 新山口

500_v6_150802_up 前頭部のアップ

500_v6_150802_2 やはり500系のスタイルは秀逸です。

2時間の入場券有効時間を目一杯使って、在来線ホームに戻ると、C571が始動をしており、東の方で蒸気の立ち上るのが見えます。

Img_2596
9:37頃、機関区からホームまでやって来てるC571

C571に対面するのも1974年9月29日の梅小路蒸気機関車館訪問以来です。

C57_1_150802 ホームでポイントの切り替え待ち  美しく整備されています。

Sl_150802
10:26 「SLやまぐち」号入線

オハ12形700番台5両編成の客車も新しい客車への置き換えがアナウンスされており、活躍もあと僅か、詳細版で内部について触れようと思いますが、新山口寄り1号車より、「展望室風客車」「欧風客車」「昭和風客車」「明治風客車」「大正風客車」となっています。

10:48に発車し、

C571_sl_150802
途中、仁保ではこれからの連続勾配に備えて、蒸気圧を上げるために少し停車、さらに地福でも12分程の停車時間が確保されており、撮影タイムに

機関車のHMの黄色地は山口県の名産「なつみかん」、そして県の鳥、ナベヅルが描かれています。これは運転開始以来かわらないそうです。

満員の乗客と35度を超える暑さのためか、徳佐手前で客車のディーゼル発電機がダウンし、冷房、室内灯が切れ、トンネル通過時は真っ暗というトラブルもありましたが、無事、津和野に到着しました。

D51194_150802
津和野駅横に保存されているD51194号機 2015/8/2

駅横のD51194 保存機を見学して、市内散策へ、有名な鯉の泳ぐ街並を見学し、

150802

2時間ほどの滞在の後、バスで萩へ

萩は自分の生誕の地ですが、母親の実家の家は築120年ほどになりますが、まだ残っており、1996年3月以来19年振りに訪問しました。1972年7月の訪問では岡山まで新幹線、岡山~小郡間は山陽本線特急、1996年3月は宇部空港経由で空港からはレンタカーでした。

150802_2 萩の笠山のそばにある反射炉も今年の世界遺産登録に含まれていました。

さらに市内を散策し、

150802
指月山と菊が浜 2015/8/2 萩

小学校の3学年、5学年の夏休み、東京から萩まで家族旅行で来ており、菊が浜では海水浴を楽しみました。

東萩駅から山陰線列車で益田へ、ホテルにチェックインしました。山陰線も益田~下関間は列車が少なくあまり使い勝手の良い路線とは言えませんが、沿線風景は小学校の夏休み、萩から浜田まで各停のDCに乗り、浜田から東京行き急行「出雲」に乗車した頃見た風景と同じでした。

因みに明日(8月3日)の「山陰トワイライトEXP」は東萩に14:00~17:47まで停車とのことなので、昼は益田から出雲市に向かい、木次線を旅することにしました。

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2015年8月 2日 (日)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 初日

まだ、2014年夏の旅行や冬の旅行のシリーズが続いていますが、2015年夏の旅行が始まってしまいました。

今回は、広島~山口~島根ということで、今日は昨年12月の旅行でも訪問した広電広島駅から、始めました。

広電から始めたのは、この季節、広島の原爆投下の8月6日も近く、被爆電車が運行されること、さらに前回昨年12月の訪問で撮り逃がしていた系列の写真撮影、そして前回乗車しなかった宮島線への乗車、さらに厳島神社訪問でした。

651_150801
9:10頃、広島駅前を発車した「貸切」被爆電車651号 
WEBサイトの案内では653号で10:30と14:00の二回とありましたが、たまたま早めに到着したので、651号での運行に間に合いました。

3953_150801 3953 2015/8/1 広島駅前

昨年12月の訪問では撮り逃がした3950系、今回は撮ることがで来ました。

5004_150801 5004 2015/8/1 広電西広島 

昨年は西広島も訪問しませんでしたが、今回はそのまま宮島線で終点まで行きました。

5101_150801 5101 2015/8/1 広電宮島口

宮島に渡る前にちょうどお昼時だったので、テレビの旅行番組で見て知っていた、あなご飯を食することに

150801
ふじの屋はメニューはあなご飯のみのお店ですが、美味しかったです、1580円でした。

Jr_150801
宮島に渡るフェリーは宮島松代汽船とJRが運航していますが、つられるままに前者に乗船してしまいましたが、思えば18切符で宮島フェリーに乗れたことを思い出しました。360円損をしました(笑)。

150801_2
生憎、潮は満ちていましたが、大鳥居を撮影

227_a08_150801
次の目的地、岩国の錦帯橋を訪問するため、宮島口からJR山陽本線に、349Mでやって来たのは227系 A-08編成でした。 2015/8/1 宮島口

岩国から錦帯橋へは、バスか、岩徳線川西駅から徒歩のルートがありますが、岩国に到着すると、そんなに本数の無い、錦川鉄道の529Dが8分の接続で待機

150801_3
529Dは「こもれび」号 NT3003でした。 2015/8/1 岩国

錦川清流鉄道では「せせらぎ」「ひだまり」「こもれび「きらめき」の4両のNT3000形が活躍中です。

150801_4
川西駅で岩徳線から錦川清流線は分岐、錦川鉄道の車両でも、ここまではJR区間なので、18切符で乗車できます。

ここは小説家、着物デザイナーなどとして活躍された宇野千代女史の生家があり、その案内も駅前にありました、錦帯橋までは歩いて1km、しかし外は35度を超える暑さ

150801_5
川西駅から錦川の橋梁を渡ると、上流方向に錦帯橋が見えて来ました。

150801_6
日本三名橋(東京の日本橋、長崎の眼鏡橋)、あるいは日本三奇橋(山梨の猿橋、日光の神橋)と言われる橋で、私の一応山口県生まれですが、錦帯橋は初めての訪問でした。

向こうの山の上に岩国城がさらに山肌にロープウエイが見えますが、そこまでは今回訪問しませんでした。

岩国駅までバスで戻り、山陽線を西下し、新山口のホテルにチェックインしました。明日は、初めての「SLやまぐち」号で津和野に向かいます。

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2015年8月 1日 (土)

パリの6つのターミナル駅巡り リヨン駅 9 SNCF BB8500 電機

パリのターミナル巡り、相変わらずリヨン駅ですが,今回はSNCFのBB 8500電機です。

8641_090312_gare_de_lyon 8641号機 2009/3/12 Gare de Lyon

面白いことに妻面の表記は旧表記、側面の表記は40:貨物輸送部門(Fret)を頭に付けた表記となっております。

BB8500形はAlsthomがSNCF用に製造したシリーズのうちの直流用バージョンで、交流25kV用BB17000形、交直流用BB25500形とは姉妹機の関係です。以前、紹介したBB7200BB15000、BB22200の関係と同じです。

1964年から1974年にかけて146機が製造されました。このうちの31両が前回紹介したBB88500形に生まれ変わりました。

番号によって仕様が異なっており、
                      8501-8536          8537-8587      8588-8646
全長          14.70m             14.94m           15.57m
機関車重量    78t                      79t                80t

主電動機    2×660 TAB A1    2×TAB 660B1

最高速度    100 もしくは 140km/h  (ギヤ比の設定による)
最大出力    2,610 kW                2,940 kW  
最大牽引力   323 kN   もしくは 197kN  (ギヤ比の設定による)

愛称       Danseuses (Dancers)

Bb408604_fret_070603_montpllier モンペリエ駅に到着する旅客列車 2007/6/3

機関車の所属は40から貨物部門、塗装もグリーンのFret (貨物)塗装、でもなぜか牽引している列車は旅客列車でした。

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