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2015年9月17日 (木)

通勤電車シリーズ 103系 31 筑肥線 1500番台 part1

通勤電車103系シリーズ、今回は筑肥線電化にあたって投入された1500番台について触れようと思います。

1923年(大正12年)12月5日、北九州鉄道が福吉~浜崎間を新規開業し、福吉、鹿家、浜崎の3駅が開業したのが筑肥線の始まりだそうです。その後、東西に延伸し、1925年6月15日には(初代)東唐津まで開業、1926年10月15日には博多まで繋がり、1935年3月1日には東唐津でスイッチバックして伊万里まで開業しました。1937年10月1日、国が買収、国有化され筑肥線(86.1km)となりました。
1962年8月1日からは博多から筑肥線、松浦線平戸口駅を経由して運行される準急列車「九十九島」が新設され、1963年6月1日には大村線経由で長崎まで延長されました。さらに1966年3月5日には、急行に昇格、同月25日からは博多~佐世保間を筑肥線・松浦線有田駅・佐世保線経由で運行する急行「からつ」も運行開始となりました。1968年10月1日には「平戸」に改名されました。

23
電化前の筑肥線 1976年頃 博多駅 
この頃の筑肥線は博多駅から発着しており、キハ23+キハ35などが活躍していました。

1983年3月22日、博多~姪浜間(11.7km)は福岡市営地下鉄1号線として地下化され、姪浜~西唐津間はルートを一部変更して電化開業されることになりました。このときのルート変更で東唐津駅も新駅(二代目)となりました。

1031500_850419_3
103系1500番台 E04編成 1985/4/19 姪浜

姪浜で福岡市営地下鉄との相互直通運転が始まり、福岡空港まで乗り入れることになり、103系1500番台6両編成が9本が投入されました。所属は新設の唐津電車区で、当時九州唯一の直流電車で、103系の編成単位の新製も最後となりました。

E01/E02 日立              昭和56年度第1次債務
E03~E07  川重 E08/E09 日立   昭和56年度第3次債務 

4M2T 6連で車体構造、アコモデーションは201系に準じ。前面は105系、側面は203系に準じるというおよそ103系らしくない車両になりました。

1031500_850419_2  E03編成 1985/4/19 姪浜

地下鉄乗り入れ用AA基準に準拠しており、先頭車には非常用貫通扉が設置されました。車体腐食防止対策として、戸袋底にポリウレタン塗屋根材を塗布、台枠、外板を連続突当溶接し、シール材を塗布、側梁にステンレス水切りを設置、戸袋下レールを廃止、床板の厚みを5mmにするなどの変更が施されました。屋根は塗り屋根となりました。

1031500_850419 E05編成 1985/4/19 姪浜

工場入場が機関車牽引となるため、後部標識掛けフックが装備されたのもこの車両の特徴です。

その後、短編成化、塗装の変更が行われました、その様子はpart2で。

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コメント

B767ー281様おはようございます。この車両、足回りが残念です。103ではなく、113並にして、しかもDT32系列を履かせればまだ残っていた急行型とも部品共通化がはかれる、などと考えてしまいます。何れにしてもそろそろ過去帳いりですね。お邪魔いたしました。

おはようございます。

この103系が出たとき、またまた千代田線と同じ二の舞か!?

せめてボディは、これでも
201系にしてあげたら???


晩年の あの真っ赤な塗装より
オリジナルが良かったと個人的に感じました。


細井忠邦さま、準急豊島園さま、おはようございます。

今から思えば、国鉄末期の時代でしたね。なにかあのパンダスタイルをみると、105系、飯田線の119系を思い出します。確かに晩年の真っ赤な塗装も火の国九州とは言え、ちょっと異様でしたね。

B767さん…こんばんは(^^)筑肥線の103系1500番台ですね‼︎そうそう‼︎登場当時は…ブルーの車体にホワイトの帯でしたね。

こんにちは~。モモパパです。
おお~。
懐かしいキハ車両編成のお写真。
この頃は2ドア車両も3ドア車両も関係なく平気で編成を組んでましたね。
電化」されて103系が走り始めて近代的になったんですね。

マスダっち1971さま、 モモのパパさま、おはようございます。

1500番台、大きく塗装が変化しましたね。

わたしも筑肥線非電化時代の写真は長崎・佐世保線が電化され、「かもめ」「みどり」が走り出した頃に撮ったのではと思いますが、あの姿がそれから数年後に見られなくなるとは思いませんでした。

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