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2015年11月30日 (月)

通勤電車シリーズ 103系 35 常磐緩行線1000番台の改造、快速線へ その2

通勤電車103系の話題、前回に引き続き常磐緩行線を追われた103系1000番台の話題です。

常磐緩行線、地下鉄千代田線乗り入れ用103系1000番台はいくつかの問題を抱えていました。

1) 自然通風式主抵抗器の発熱によるトンネル内温度上昇
2) 主回路配線の劣化、電子部品を多用したCS40形制御機の故障頻発
3) 営団6000系との消費電力料金の差額精算
など、103系1000番台の性能に起因する問題が多くありました。

そこで、160両のうち、56両は前回の記事のように105系に改造し、京都、奈良、広島地区に投入しました。104両はそのまま松戸区に残り、常磐快速線、成田線(我孫子~成田間)に転用されました。

103_013_850429

両端の車両は基本番台(500番台)、中間車が1000番台の13編成 1985/4/29 亀有

103_013_850429_2

同編成の取手方のクハは-188  同日 北千住
根岸線事故で廃車されたモハ102-169に代わって-445が投入されたときに、製造された関西向けのクハ103-180~212の中で唯一関東に投入された異色の車両でした。

103_103188_850429_2

同日 上野
まずはこれらの写真のように中間車8両は1000番台、両端先頭車は基本番台の8M2T編成が2本出現しました。基本番台と1000番台のクハはブザー回路の違いからそのまま併結が出来ないため、基本番台のクハを改造して、対処しました。そのためこれらのクハには識別のため、番号の下に白線が引かれました。

19840401_103 表1 1984年4月1日の松戸区の103系 配置・編成データ による

なお、19編成にはその後 MM'-1064が入っています。

203系が続々と投入され、さらに台車がボルスタレスになった100番台が投入され、緩行線の203系化が完了すると、武蔵野線101系1000番台置き換え用に基本番台が転出して行き、松戸区の103系の構成は

0番台 6M4T 貫通8本
1000番台 8M2T 5本
両端クハのみ0番台 8M2T 2本
中間に0番台サハ入り1000番台 6M4T 4本  の190両体制でJR東日本へ継承されました。

1987年12月1日から平日朝のラッシュ時間帯の列車を15連化するため、山手電車区に205系5本投入で捻出された103系を浦和区に投入、京浜東北線編成の中間に封じ込まれていたMcM'ユニットをMM'ユニットに差し替え、松戸区に転属させ増結用5連を組成させました。一連の過程で浦和区から44両、中原区から6両、川越区から4両の54両が松戸区に転入し、このとき初めて常磐線に高運転台ATCタイプのクハ103が走り始めました(この辺のエピソードは以後の記事で)。

後にATC機器は撤去され、エメラルドグリーン(青緑1号)に塗色変更されました。冷房化もされました。冷房化も初期にされた車両はAU75ユニットを載せ、後に冷房化された車両はAU715ユニットが載せられました。

1031000_850429_2

クハ103-1000番台も地上線に移動となり、この顔が快速線に登場 1985/4/29 北千住

1031000_018_020427

18編成 やがて塗色もエメラルドグリーンに 2002/4/27 北小金
AU75による冷房化車両 取手方クハ103-1001, 1003, 1005, 1011, 1019, 1025先頭の編成

1031000_014_020427

14編成 2002/4/27 北小金
こちらはAU712による冷房化車両 クハ103-1007+モハ-1021, 1022, 1029+クハ103-1008

1990年には10両編成1本が三鷹区に転属し、地下鉄東西線乗り入れ用となり、営団東西線用ATC-3形(色灯式信号用ATC)が装備され、デッドマン装置付マスコンハンドル化や塗色変更がなされました。

1031000_1031009_030505

1031000_t1031010_030505

クハ103-1009 1010を先頭にした東西線乗り入れ転属編成 2003/5/5 吉祥寺

番号の表示がなかったら撮り逃がしていたと思います。

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電車103系」カテゴリの記事

コメント

B767-281様おはようございます。8M2Tで爆走する1000番台懐かしいです。それにしてもよく常磐線快速電車で頑張ったな、と思います。当時の写真を引っ張り出してみたくなりました。

こんばんは。

常磐快速線に移籍した103系1000番台、
一般型の103系でさえも ぶっ飛ばしているときの轟音に 大丈夫なのかと思いました。


クハ103-188の車号したの白いアンダーライン、ありましたね!
ユニットサッシ、豚ヘッドライト、非冷房のクハ103が関東では唯一というのが話題でした。


でも常磐慣行千代田線色からエメラルドグリーンにしただけで
不安感が やや低減しました!(笑)。


当時、401、403、415に乗って安心しました。

MT54は、素晴らしかったですね。


こんにちは~。モモパパです。
僕はあまり車輌の知識が無いので教えてもらいたいのですが名古屋から中央線を走ってた車輌は103系でしたでしょうか。最近見かけなくなりましたが。

こんにちは~。モモパパです。
僕はあまり車輌の知識が無いので教えてもらいたいのですが名古屋から中央線を走ってた車輌は103系でしたでしょうか。最近見かけなくなりましたが。

細井忠邦さま、こんばんは。

わたしも1992年から1994年にかけて東京勤務で、常磐線快速電車はよく見てました。まさに地下鉄運用で散々文句を言われた車両が、その後20年間よく頑張りましたね。

準急豊島園さま、こんばんは。

あの頃は情報網が今ほど発達してしてはいませんでしたが、クハ103-188のことは雑誌で取り上げられたのか、広まっていましたね。

1000番台も地下線と決別して地上線に回って元気を取り戻したように長生きしましたね。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

確かに中央西線名古屋口にも103系が投入されていました。わたしも以前、2015/2/4の記事で触れました。
あの頃はスカイブルーでしたが、後年はJR東海カラーで活躍しましたね。

二枚目の写真は日暮里ではなく北千住駅ですね。上り電車です。クハ103-188は配置後はかなり長い間、中間に挟まれ、屋根には常磐無線の配線のみで使われていました。運転台内には無線機本体は無く、とぐろを巻いたケーブルがあるだけでした。たまたま便乗のとき、この車両が連結されていたので
観察できました。その後は先頭になり、総武線で消えましたね。 元常磐線車掌

田端車掌区レカ 様

おはようございます。
はじめまして。
貴重なご指摘、ありがとうございます。北千住でしたか、以前から日暮里の様だけれども、少し変だなと感じておりました。
TXが開業する前の風景だったのですね。
-188は車内的にも少し変わった車両でしたか。

クハ103-188の運転室の天井は、後日無線機を取り付けるための窪みが、施されていました。この車両は最初から松戸に転属させるために、制作されたような準備がされていました。(松戸で加工されたかも)。 営団6000系は暖房が弱く寒かった。5000系はまあまあ、103系は暖かかったですね、但し1000番は貫通ドアからのすきま風が多く、雨も運転台にしみこんできました。思い出すままに、、、。

田端車掌区レカ 様

おはようございます。

クハ103-188は関西大量配備の中の一両ではありながら、常磐線用列車無線はきちんと準備されていたのですね。そして、同じ時期に乗務された先頭車の体験ありがとうございます。

こんばんは。
常磐線の103系、大変興味深く拝見しました。
営団地下鉄の車両に注目することはありませんでしたが、最新の技術の車両が多く走っていた中で、国鉄からの乗り入れ車は見劣りしていたのではないかと感じます。203系になって初めて、営団車と互角になったのではないでしょうか。
一方で、快速に移ってからは、全速力で走り、15両の長い編成も相まって、迫力のある活躍をしていたと思います。103系には過酷な運用だったのかもしれませんが、趣味的には爆音を立てて車体を揺らしながら走る様子は好きでした。
旅に出たときに出会った105系にその面影を見て、懐かしく感じたのも思い出です。
風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com

風旅記さま、おはようございます。

私も大学3年から大学院5年間、根津駅を利用してましたので毎日のように103系1000番台の千代田線乗り入れ車にお世話になっていました。
巷で言われていたように営団6000系に較べると、騒音の大きさ、トンネル内の発熱量の多さがかなり目立っていましたね。
その残党が奈良線、和歌山線などで最後の活躍を先日まで行っていたのが凄いですね。

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