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2015年11月25日 (水)

東海道新幹線開業から50年 その25 短編成になって活躍した0系

1964年10月の東海道新幹線開業から51年、昨年の10月からその半世紀を超える歴史を車両別に見てきましたが、かつて東海道新幹線で活躍した0系100系が山陽路で短編成になって活躍する姿については触れませんでした。写真を整理していたら、オリジナル未整理の写真の中に、2004年10月に小倉駅で撮影した写真がありましたので、今回から紹介しようと思います。

0_r61_041017_2 2004/10/17 小倉に到着するR61編成

0系は1985年12月から1986年4月にかけて第38次車として、16両が新製されその製造に幕を下ろしました。

1985年には博多~小倉間の区間運転用ミニ新幹線としてR0編成、6両編成、全車普通車が登場しました。1986年には運転区間が拡大され、R1-R20編成が追加されました。このときR0編成は3,4号車を差し替えてR21編成になりました。

1988年3月13日に「ウエストひかり」の運行が開始され、R15, R2, R3、R1からWR:R51-R54編成が誕生し充当されました。航空機が運航されていない早朝・深夜の時間帯に4往復運転されました。当初は普通車のみの6両編成、2列+2列の横4列シートでしたが、1988年5月からはグリーン車を連結した8両編成になり、夏前には12両編成になりました。このなかでR51編成だけは6両編成で残され、後述のR23編成と連結した12両編成での運転がなされました。

1990年にはJR東海から先頭車21-127と22-127がJR西日本に移籍し、R20編成の先頭車を置き換えました。

R2、R24編成はデッドスペースだったビュッフェ部分と客室の一部を「こどもサロン」と称するプレイルームに改造し、全席指定の「ファミリーひかり」として運行されました。

R編成は6両編成のため、先頭車の非常用連結器を使用して2編成併結(R51+R23)で営業運転されることもありました。

2000年3月11日のダイヤ改正で700系ひかりレールスターが登場し、車両が揃った4月21日に「ウエストひかり」は運用を終えました。

0_r61_041017_5

0系6両編成としては延命工事や接客設備が優れた車両が多く残っていたので、「こだま」用6両編成6本(R61-66)が組成されました。2001年4月にはR67編成, 2002年2月にはR68編成が追加され、2002年から濃淡グレーにフレッシュグリーンの新色に変更されました。

Wr_r6168 JRR 2002年夏号の編成表による WR R61-68編成表

21/22形7950番台 7951 1988年にR編成先頭車用に25-2038、26-2245を先頭車改造したもの。定員は70/80名で通常の22形に較べて5名多くなっており、これは業務用室がない分、1列増えたため。2001年4月、座席を2+3から2+2に交換し、塗装もウエストひかり塗装になり、定員は56/64名となりました。

21/22形5000番台 5001 1000番台からの改造車 1988年、21/22-1046をウエストひかり用に改造したもので、内装の張り替え、客室内窓枠のFRP化、座席の4列化が行われ、塗装もウエストひかり用に塗り替えられました。座席間隔は980mm、定員は56/60名。

21/22形7000番台 7001~7008 2000番台からの改造車 1988年に5両ずつ、1990年に1両ずつ、2002年に1両ずつ改造。座席の4列化、塗装変更 定員 56/60名 

25形7000番台 7001~7014 25形2000番台のウエストひかり化改造車 定員76名

25形7900番台 7901~7906 7901はシネマカーの穴埋め用として25形2900番台(37形2500番台を売店車化した)をウエストひかり改造したもの 7902~7906はR60大編成増備ののため25形2900番台を改造したもの

26形7000番台 7001~7013 26形2000,2200番台をウエストひかり用に改造したもの 定員76名(2000番台由来)、84名(2200番台)

26形7200番台 7201~7211, 7213  7201, 7202は26-7005, 7006の改番 それ以外は26形2200番台のウエストひかり化

37形5300番台 5301~5303 ビュフェ室を窓一枚分拡大した37形1500番台ウエストひかり改造車5000番台のビュッフェをさらに窓2枚分拡大した車両 座席定員は16名に減少

37形7300番台 7001,7002  37形の2000番台車に相当する2500番台からのビュッフェ拡大車

これらの編成も車両を入れ換えながら長らえて来ましたが、2006年R65, R66編成が廃車、2008年3月14日にはR68編成が離脱、最後にR61, R67, R68編成が白/青のカラーリングに戻され、2008年12月14日にさよなら運転が行われ営業運転を終了しました。

0_r61_041017_6

「こだま」用4両編成としてQ編成1997年3月に登場しました。正式なQ編成の登場は1997年11月29日のダイヤ改正で広島、小倉~博多間の「こだま」の半数を4両編成で区間運転化するためのものでQ1-Q3, Q6がまず登場し、2000年1月17日からは6編成体制になりました。これらの4両編成は広島以西限定運用で、2001年10月1日のダイヤ改正で営業運転を終了しました。後日紹介しますが、四国鉄道文化館に保存されている21-141先頭車はQ2編成の表示が残されています。

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コメント

おはようございます。

今朝の天気情報で 群馬県北部では雪の確率になりましたね!


新幹線0系、1986年が最終製造だったのですか!?

恥ずかしながら これも知りませんでした!

鉄道ファンの表紙の写真に
0系と200系が並んでいたのは記憶しています。

それでも今から30年前になるんですね。


本題から外れてしまいますが、
昨夜は北戸田の友人宅へ寄りましたが、
埼京線がE233になったおかげで 騒音が軽減されましたね。

103系の爆音、205系の騒音に友人家族は悩まされていたそうです!

準急豊島園さま、こんばんは。

埼京線のお話、新幹線の方はボディマント構造で0系よりも静粛性の向上した200系が運転速度を110km/hに制限して走っており、103系の方が騒音が高かったという、何か本末転倒な話だったようですね。さらに205系も主電動機が低騒音のものが導入されたにも拘わらず、検査入場で原型の高騒音タイプに交換されたこともあったとか・・・

E233系のATACS導入工事が完了するまでは205系ハエ28編成が予備編成として活躍するようで、わたしも何回か遭遇しています。あと少しの辛抱のようですね。

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