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2015年12月14日 (月)

東海道新幹線開業から50年 その26 短編成になって活躍した100系

前回のこのシリーズの記事では2004年10月に小倉駅で撮影した短編成化された0系の写真を紹介しましたが、今回は同じ時に撮影した100系の写真を紹介致します。

100_k53_041017_2 100_k53_041017_4 100系 K53編成 2004/10/17 小倉

100系に関しては2015年1月30日の記事でX G V編成について記述していますが、これらの編成も1992年3月14日の改正で300系が登場するとまず食堂車に代わってカフェテリアを組み込んだG編成が「こだま」運用へのシフトが始まり、2000年10月1日の改正でJR東海所有のG編成が定期「ひかり」から撤退しました。臨時「ひかり」と「こだま」の運用に残りましたが、山陽区間では4両編成のP編成が登場しました。2003年8月22日、定期「ひかり」運用から完全撤退となり、2003年9月16日に東海道新幹線から撤退しました。

こういった動きの背景として、2000年5月31日2003年10月1日のダイヤ改正で東海道新幹線の最高速度を270km/hにするとの決定がありました。300系、500系、700系に較べると性能的に0系と大差のなかった100系は車体寿命を迎えて淘汰されたのではなく、性能的に時代の要請を満たせなくなり淘汰されたようです。

山陽区間では6連のK編成、4連のP編成に組み替えられ活躍しました。0系のR編成の大半とQ編成を置き換えるため、長距離運用から離脱したV編成を短編成化、車両延命工事を実施したもので、P編成はP1-P12の12編成が2000年から2001年、2003年から2005年にかけて、K編成は2002年から2003年にかけてK51-K60の10編成、組成されました。

100_p10_041017 100_p10_041017_3 100系 P10編成 2004/10/17 小倉

100系は長編成時代は付随車を含んでいましたが、編成短縮化で全電動車構成となりました。その他、短編成化に伴い、車掌室の新設、車椅子対応設備の設置、撤去されたパンタグラフの再設置、高圧引き通し線の設置、230km/h走行用トランスポンダ車上子の撤去なども行われました。

<博多
K編成     1             2              3              4              5            6
                  Mc           M'            M7            M'            M7          M'c
                 121          126          125           126           125         122
                               SC/C2                      SC/C2                     SC/C2
定員     52            80            58             72            72          60
SC: 補助電源装置 インバータ方式
C2 コンプレッサー

P編成     1             2              3              4             
        Mc           M'            M7            M'c   
        121          126          125          122
              SC/C2                      SC/C2 
定員     52            80            58            60   

編成組み替えで登場した形式は

121形
5000番台 

種車は121形3000番台 元番号に+2000 トランスポンダー車上子撤去、P編成に組み込まれた車両には出入り台に業務用電話、旅客指令操作盤を取付

5050番台 

125形3000番台にG編成123形0番台廃車体の先頭部を切り接いだもの、ATC装置は歯車比の違いから速度入力信号を変更、P編成に組み込まれた車両には出入り台に業務用電話、旅客指令操作盤を取付

122形
5000番台

種車は122形3000番台 元番号に+2000 トランスポンダー車上子撤去、新たにCPとパンタグラフを搭載、P編成に組み込まれた車両には出入り台に自動放送装置、列車案内中央装置、業務用電話、旅客指令操作盤を取付て車掌室としています。博多よりデッキには公衆電話を設置。

5050番台

121形5050番台と同様にG編成124形0番台廃車体の先頭部を切り接いだもの、ATC装置は歯車比の違いから速度入力信号を変更、P編成用の車両は5000番台と同様の変更。

125形
3750番台

3号車に入る車両で、G編成11号車に連結されていた125形700番台の車体とV編成の電装比を組み合わせています。客室ドアは空気式から電気式に方向幕を3色LED方式に変更。

126形
3200番台

種車は126形3000番台。博多より2列分の座席を撤去し、車掌室に。パンタグラフは撤去、博多よりデッキに公衆電話を設置。

塗色はK51-K53、P1-P6は白地に青帯で登場しましたが、2002年8月からアコモデーション改善をアピールするため、写真の様な塗装に変更されました。その後、一部の編成が再び、白地に青帯の塗装に戻され、2011年3月12日のダイヤ改正でP編成が運用を離脱し、2012年3月17日のダイヤ改正で100系の運用は全て終了となりました。このとき、300系も運用を終了しました。

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