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2015年12月31日 (木)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 函館貨物 (五稜郭) 駅 その5 キハ40形

2016年3月26日に予定される北海道新幹線新函館北斗開業で、整備新幹線に対する並行在来線は開業時にJRから経営分離されるという1990年12月24日の政府・与党申し合わせに従い、江差線は道南いさりび鉄道として第三セクター化されます。さらに将来、北海道新幹線が札幌まで延伸された際には、函館本線渡島大野(新函館北斗)~函館間も経営分離される予定だそうです。

一方で、本州側の津軽線はJR東日本の経営であり、北海道新幹線新青森~奥津軽いまべつ間はJR北海道の経営と経営主体が異なるため、第三セクター化はされません。

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函館駅の新幹線開業をアピールする掲示 2015/12/25

函館駅などでのポスターを見ていると待ち望んだ新幹線開業と言う雰囲気ですが、JR北海道の経営状態、過去数年間に起こった事故やトラブル、さらに新幹線のもたらす経済効果を考えるとどうも手放しでは喜べない雰囲気があります。

40_1809_151222 2015/12/22   12時56分函館発1871D七飯行きとして出発準備するキハ40 1809
今から思うと、前回2003年に函館に来た際、函館空港から函館駅に到着後、五稜郭に向かった際も同じ列車だったように思います。

今回は函館運輸区に配属されるキハ40形気動車に触れますが、これらの車両の一部が道南いさりび鉄道の主力車両として、引き続き江差線を走るのかと思われます。

40_734_151222 キハ40 734   

40_802_151222 キハ40 802

函館運輸所にキハ40形は
700番台11両 734, 802, 808, 831, 835 - 841 
1700番台20両 1792, 1793, 1796 - 1801, 1803 - 1807, 1809 - 1815 が配置されています。

700番台は北海道向け、酷寒地向として1977年上期より150両製造された100番台をワンマン対応工事を行ったグループで、キハ400形に改造された9両以外の141両がこのタイプになりました(関連記事)。

40_838_151222 キハ40 838

40_839_151222 キハ40 839

40_1796_151222 キハ40 1796
1796号は1792号とともに2004年・2005年の「大沼バーベキュー号」の動力車として、ナハ29000に合わせた茶色に塗り替えられた経歴を持ちます。

キハ40形1700番台は、長期間に渡る使用を考慮して700番台に延命工事を施したもので、駆動用エンジンのN-DMF13HZI (243kW (330 PS)/2,000 rpm) へ換装、液体変速機の直結3段式 (N-DW40) への換装、付随する機器の交換、客室の床材の張替え、扇風機のクールファンへの交換、ワンマン運転用機器の更新などが行われています(関連記事)。屋根上の水タンクは撤去され、車内設置に変更されました。改造車の番号は原番号に1000が加えられています。また水タンクの改造は一部在来700番台車にも施工されています。

40_1797_151222 キハ40 1797

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2015/12/25 函館    キハ40 1797 車内

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2015/12/25 函館   キハ40 1797 運転席

40_1798_151222 キハ40 1798

40_1805_151222 キハ40 1805

キハ40 802, 1803, 1804, 1805, 1813, 814, 815の7両は座席が1+2列シートに改造されています。

40_1806_151222 キハ40 1806

40_1812_151222 キハ40 1812

JR北海道においては留萌線(留萌~増毛)間の2016年度中における廃止がアナウンスされており、道内の赤字線は今後も余談が許されない状況であることは想像が出来ます。そして来春の新幹線開業で冒頭で記述したように江差線が経営分離されます。

新幹線を開業しても青函トンネルの維持費の負担が大きくのし掛かり、時間短縮効果はあまり見込めず、料金は在来線特急に較べかなり高くなり、函館は線形からして直接乗り入れ無し、江差線はJR北海道から経営分離と、素人の私から見ても新幹線開業が経営的にも函館周辺の人々にとって良いことなのかどうなのか分かりません。

今回の旅行で、以後の記事で紹介しますが函館が非常に魅力的な観光地であることはよく分かりましたので、それと新幹線効果が相乗作用を持つような施策が重要な気がしてなりません。

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2015年12月30日 (水)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 函館貨物 (五稜郭) 駅 その4 キハ281系

五稜郭駅で撮影した列車の話題、今回はキハ281系スーパー北斗」です。

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281_151222 2015/12/22     函館駅を出発するキハ281系 スーパー北斗7号 5007D 

キハ281系は1994年3月のダイヤ改正から営業運転を開始しました。表定速度が在来線列車で最速の系列としても有名ですが、振り子式気動車としての増備はキハ283系に移行したため、27両の小グループに留まった系列です。

27両全てが函館運輸所の所属です。
キハ281 1-6, 901, 902
キハ280  1-4, 101-110, 901
キロ281  1-4

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281_151222_12 2015/12/22 五稜郭

長万部方面から到着した281系団体臨時列車、普段は予備の6番線に入線

281_151222_3 5番線に待機していた789系特急との接続を行っていました。

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281_151222_22 その後 函館発スーパー北斗11号として札幌へ

スーパー北斗には2013年3月7日の記事で触れているように283系が使われるもありますが、その283系の方の試作車は2014年度末で廃車となっています(詳細はこちら)。

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2015年12月29日 (火)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 函館貨物 (五稜郭) 駅 その3 キハ183系

五稜郭駅の様子、今回からは貨物以外の旅客車両についてです。

現時点で函館周辺の路線、函館本線、江差線で活躍中の車両は殆ど函館運輸所に所属しています。函館運輸所は函館駅構内の本所と五稜郭駅に隣接する青函派出所からなり、本所には函館本線、江差線の普通・快速用気動車、特急列車用の電車、気動車が配置され、青函派出所にはED79形機関車が配置されています。

183_151222 函館駅に到着したキハ183系 特急「北斗6号」 5006D 2015/12/22

今回はキハ183系について触れようと思います。拙Blogにおいては2013年3月6日の記事でキハ183系「北斗」について触れました。

函館~札幌間には「スーパー北斗」5往復、「北斗」4往復が設定されており、「北斗」に函館運輸所の183系が充当されています。

編成は下の写真のようにハイデッカーグリーン車を連結した5両編成を基本とし、多客期、団体利用時は最大10両まで増結されます。下り、3,9,17号、上り6,12,16号は最高速度130km/h対応車、下り15号、上り4号には最高速度120km/h対応車が使用されます。所要時間は函館~札幌間約3時間40分です。

183_151222_2五稜郭駅を通過する特急「北斗9号」 2015/12/22

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183_151222_3

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停車駅は 函館駅 - 五稜郭駅 - (大沼公園駅) - 森駅 - 八雲駅 - 長万部駅 - 洞爺駅 - 伊達紋別駅 - 東室蘭駅 - 登別駅 - 苫小牧駅 - 南千歳駅 - 新札幌駅 - 札幌駅 で、大沼公園駅は3往復(下り1・15・17号、上り14・16・18号)が通過します。

函館運輸所には

キハ183形14両 208, 218, 405, 406, 1505 - 1507, 3563 - 3566, 4560 - 4562
キハ182形21両 404 - 406, 413, 507 - 511, 2551 - 2562
キロ182形5両 504, 505, 2551 - 2553
の計 40両が配置されています。200番台と400番台は波動輸送用で、臨時・団体列車を中心に使用されています。

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1827552_151222_2 柵の向こう側に姿を現したキロ182-7552 12015/12/22 五稜郭

なおキロ182-2550番台に関しては現在、重要機器取り替え工事が進められており、番号も7550番台に改番されているようです。

新製時はキロ183-500番台で、1993年頃、130km/h対応やアコモ改造、塗色変更がなされ、2550番台と改番され、今回の改番が二度目となります。

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2015年12月28日 (月)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 函館貨物 (五稜郭) 駅 その2 DF200-901

昨日に引き続き、五稜郭・函館貨物駅の様子です。

本州から青函トンネルを抜けた来た貨物列車がどのように五稜郭機関区のDF200に引き継がれるか、機関区の方を望遠レンズで眺めていたら、

Df200901_151222
14時23分 五稜郭機関区脇の待機線に現れた機関車、通常のDF200とは少し違う塗り分け、特徴的な□のライトです。
もしかしてDF200-901、試作機かと思い、見守っていると

Df200901_151222_2 まさに DF200-901号機でした。

DF200-901号機と言えば
以前からエンジンを外されて休車状態とか、廃車されたとか、あまり良くない噂を耳にしていた機関車でした。

ネットで検索してみると
2005/8/7    休車になる前の様子
2011/2/3    休車に関する質問
2012/3/25 始動開始!? 廃車!?
2012/4/25 苗穂工場出場
2012/8/11  復活したDF200-901の本線運用
2012/8/15? 休車から復活後の本線走行 フォト蔵
2014/1/22 目撃情報の殆どない機関車
2014/7/15  DF200-901に復活の兆し
2014/8/28 鷲別機関区の様子
2015/3/1  五稜郭機関区での様子

などが出て来ます。貨物チャンネルなどでも運用に入っている情報は全く見ない機関車でした。
Df200901_151222_2_2
それがまったくふらっと訪れた五稜郭で目の前に現れたのには驚きました。
Df200901_151222_3
出て来て何をするのかと見ていると、数本先の線路に停まっていたコキに連結され、

Df200901_151222_2_3 14時39分、コキを数両牽引して有川操車場の方に向かいました。

DF200の運用番号A261 14:22-17:40 の五稜郭入れ換え4を担当している様です。

Df200901_151222_3_2 15時45分 数両のコンテナ貨物を牽引して戻って来ました。

Df200901_116_151222_3 DF200-901が牽引してきた貨物は116号機に引き継がれたようです。

量産機と並ぶと塗り分け、ライト、屋根上の状態の違いが分かります。

こうやってDF200-901の姿を記録できたことは今回の旅行での最大の収穫だったように思います。

ホテルに到着後ネットをサーチすると同じ運用で2015年8月24日、函館貨物で入れ換えをする姿がYoutubeにありました。

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2015年12月27日 (日)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 函館貨物 (五稜郭) 駅 その1 貨物列車の継走

2015年12月22日木古内駅から、函館駅までバスに乗車した後、函館駅から再びJR函館本線で五稜郭駅に向かいました。

151222 下りホームから上りホームの長万部方向を見る 2015/12/22

五稜郭駅の構造は2面4線(3番線から6番線)ですが、上り線ホームの札幌よりが少し延伸されたようです。

2011年3月12日のダイヤ改正で函館貨物駅となった五稜郭駅の最大の魅力は津軽海峡線と函館本線の本州・北海道の貨物列車の機関車交換の様子を間近で見ることが出来ることです。

前回来た2003年9月の時点では青函側の担当はED79重連と新鋭EH500、北海道側はDD51と新鋭DF200でしたが、今回はED79、DD51の姿は無く、EH500とDF200が主力となっており、EH500も来年3月で撤退し、EH800に一本化されることになります。

3065列車の機関車継走

Eh50080_151222 13時17分 EH500-80牽引 3065レ 五稜郭到着

Df2002_3065_151222 機関区からDF200-2 がやって来て列車の最後部に連結され、

Df2002_3065_151222_2 13時48分 旅客列車の遅れでこちらも少し遅れて逆方向に発車して行きます。

Eh50080_151222_2 A113運用で昨夜21時5分に新鶴見信号所から3065列車を牽引して来たEH500-80号機はここで運用を終了し、五稜郭機関区に引き上げます。

8056列車 継走風景

Df200110_151222 13時43分 DF200-110牽引 8056列車 五稜郭到着

Eh50025_8056_151222 14時 EH500-25号機が継走して出発

Df200110_151222_2
DF200-110号機は五稜郭機関区に引き上げ

3084列車 継走風景

Df200114_3084_151222 14時13分 DF200-114牽引 3084列車 到着

Eh50016_3084_151222 今朝、蟹田で見た16号機が3084列車を継走

Eh50016_3084_151222_2 14時34分 こちらも8分遅れで3084列車出発 

Df200114_151222 DF200-114号機 引き上げ

3051列車 継走風景

Eh50022_3051_151222 14時57分 EH500-22号機牽引で3051列車 所定より14分遅れて到着

Df2009_151222 上の写真で既に機関区脇に待機していたDF200-9が接近

Df2009_3051_151222 15時7分 所定より8分遅れで3051列車出発

Eh50022_151222 EH500-22 は引き上げ

この後、列番不明の列車
EH500-41で 15時32分着、DF200-52で15時42分発 という継走もありました。

Eh80012_99_151222 最後に今朝、蟹田で見たEH800-12が99列車を牽引して戻って来ました。

次回の記事で記述しますが、一連の継走の合間に機関区から出区してきたDF200試作901号機による引き込み線入れ換え作業がありました。

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2015年12月26日 (土)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 津軽海峡線 2 青函トンネルを通って函館へ

ブラタモリの函館編でも青森から青函トンネルを潜って北海道に向かうシーンがありましたが、わたしも思えば、今年は鎌倉しかり、松江、出雲しかり、そして函館とかなりブラタモリの後を追うように旅をしています(笑)。

トンネルに入るときはいつ入るのか、これが青函トンネルなのかと思いながら意外とすぐに抜けてしまったりを繰り返しつつ、いつのまにか本トンネルに入っているものです。今回も同様で気がついたら青函トンネルに入っていました。

151222_3 奥津軽いまべつ駅を通過 2015/12/22

ただ、入る前から車窓を見ていると左手に新幹線の高架橋が見えて来て、アンダークロスして平行するように進み、やがて駅のような構造物が見えて来ます。これが奥津軽いまべつ駅です。在来線と新幹線の共用区間は中小国信号所から始まっていますが、在来線の列車は奥津軽いまべつ駅のホームは通らず、外側を通過します。

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車窓から上り線路を撮影 2015/12/22
中小国信号場から木古内手前までは3線軌条区間に 

青函トンネルは全長:53.85km、海底部:23.30kmで約40分程度で抜け、車内放送で木古内到着の案内があると、線路は3線軌条から新幹線と在来線に分離します。

さらに、車内アナウンスでは「青春18切符でご乗車のお客様は木古内までが乗車可能区間で、引き続き乗車されると、蟹田から目的地までの正規運賃を支払って頂くことになります」とのこと。

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新幹線駅に掲げられた表示

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木古内駅は新幹線駅も開業し、在来線の駅は並行在来線第3セクター道南いさりび鉄道 の駅となります。
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上が新幹線のJR北海道木古内駅 下が在来線 青函トンネル方面

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在来線ホーム 函館方面

平行在来線から3セク化される路線のなかでもこの道南いさりび鉄道は元々、人口が少ない地域を背景にしており、メインの収入が長距離旅客列車の廃止でJR貨物の線路使用料のみと云うことでかなり厳しいと予想されています。

木古内到着は9時47分、木古内からの普通列車は9時22分が既に出ており、次はなんと12時28分までなし。接続の悪さは何とかならないかと思いましたが、駅前から10時26分に函館バスセンター行きのバスが出ているとのこと。

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木古内駅から函館駅までは路線バスの旅となりました。運賃は800円、所要時間は2時間弱でした。
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函館山と函館市街

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函館の町に近づくに従って五稜郭タワーなども見えて来ました。

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左手車窓には冠雪した駒ヶ岳と新幹線高架も見えました。

津軽海峡を挟んで本州も見え、途中からは函館湾を挟んで函館山、函館市街を堪能しつつの2時間でした。

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2015年12月25日 (金)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 2日目 津軽海峡線 1 青森から蟹田へ

青森・函館の旅、2日目はいよいよ人生初の青函トンネル通過です。

2012年11月16日の記事1974年3月、祖父母の住む秋田県能代市を訪問した帰りに、青森まで行き、青函連絡船で函館に渡り、そのままとんぼ返りで青森に戻り、583系ゆうづる」で東京に戻った旅がありました。その時が人生初の渡道で、大学教養課程の1,2年では夏・秋・夏・秋休みの4回北海道を旅しました。大学院時代、社会人になってからは札幌等に出張する場合は飛行機利用となり、2003年の函館旅行も函館空港を利用しました。

1988年3月の青函トンネル開業後、竜飛(青森県東津軽郡外が浜町)の青函トンネル記念館は一度訪問しましたが、青函トンネルは一度もくぐること無くこれまで来てしまいました。来年3月26日には北海道新幹線が開業し、在来線旅客列車の運行が無くなるとのことで、一度は通過しておくべきと考えて今回の旅を思いつきました。

青春18切符は特急列車のみが走る線区や新幹線の開業で並行在来線が第3セクター化され飛び地線区になったケース対応で特急列車や3セク線に乗車可能な特例が設けられています。青函トンネルも現在は特急「白鳥」「スーパー白鳥」「カシオペア」急行「はまなす」のみが通過するため、蟹田~木古内間に限り、「白鳥」「スーパー白鳥」の自由席乗車が認められています。新幹線開業後、この特例制度がどうなるか、この年末に発表されるそうです。

海峡線を走るEH500の姿も是非記録しておこうと考え、さらに函館貨物(五稜郭)から青森にやってくるED79重連の運用を既に担当しているEH800牽引の貨物列車4094レと3096レは蟹田での接続待ちの間に撮影できるので、青森から蟹田までは津軽線初発の325Mに乗車、蟹田から特急「白鳥93号」に乗車して青函トンネルをくぐることとしました。

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津軽線の1番列車325Mは青森駅6番線から6時20分に発車します。青森発車直前の6時19分には札幌からの長旅の急行「はまなす」が一番線に到着する光景が見えました。

701_n11_151222 車両は秋田車両センターの701系N11編成 3連です。今の季節、未だ夜が明けていません。

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36分で蟹田に到着、蟹田では2番線に入線し、三厩からの気動車もほぼ同時刻に到着します。

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こちらはキハ40 558+555の2連です。

40_558555_151222_2
キハ40は到着後、入れ換えを行って3番線へ、7時7分に三厩に向けて出発します。一方、乗車してきた701系も7時8分,328Mとして青森に戻ります。
2本の列車が出発した後はホームには人影無く、次の9時前の列車到着まで静寂がおそいます。

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蟹田は北緯41度に位置し、ニューヨーク、ローマと同じ緯度だそうです。

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裏側は「蟹田ってのは、風の町だね。」という太宰治の小説「津軽」に出てくる言葉が刻まれています。

列車が接近・通過する際には下りは女性の声、上りは男性の声でアナウンスがあるので待合室にいても列車の接近が分かります。

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EH500-16 3059列車 2015/12/22 蟹田

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EH500-63 3050列車 2015/12/22 蟹田

まずはEH500-16牽引の3059列車が7時36分3番線に入線・停車、7時41分上り線をEH500-63号機牽引の3050列車が通過。この区間は単線なので蟹田駅で行き違いを行います。

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EH800-4 4094列車

続いて8時9分、EH800-4牽引の4094列車が通過、

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EH800-12 3096列車

8時29分、今度はEH800-12号機牽引の3096列車が通過。

いずれも数ヶ月前まではED79 50番台重連が牽引していた日本海縦貫線経由の貨物列車です。

その後、まもなく8時33分には三厩から戻ってきた330D キハ40が到着、さらに青森からの329M 701系N11編成も到着、今度は続々とホームに人が降りてきます。おそらく青春18切符で北海道に渡る人々が次に到着する「白鳥93号」に乗り換えるためかと思います。

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白鳥93号 485系3000番台

4853000_151222
485系3000番台 白鳥 車内

上り列車の遅れで出発は7分ほど遅延しましたが、自由席車両に座席も無事確保出来ました。

前回、485系に乗車したのはいつだったかと思いだしてもすぐ出てこないくらい久しぶりの乗車ですが、おそらくこれが最後の485系乗車となるとは思います。人生初の青函トンネル通過を楽しみました。

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2015年12月24日 (木)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 1日目 その2 弘南鉄道大鰐線

千刈踏切での鉄道撮影の後は、奥羽本線弘前行き、弘前から秋田行きを乗り継ぎ、大鰐温泉まで行きました。

JR東日本の大鰐温泉駅に併設される形で弘南鉄道の大鰐温泉駅も跨線橋の先にあり、私がl高校の頃、東急東横線で活躍していた7000系電車2両編成が2編成停まっています。

7037_151221 7037編成

足下を見ればオリジナルのパイオニア台車を履いています。

Ed22_1_151221
105_151221
さらに留置線には凸型電機ED221やラッセル車キ105の姿もありました。JRのホームから撮影しました。これらの車両はCSの「みんなの鉄道」で見た憶えがありました。

7031_151221
ホーム反対側にはつがる 弘前学院のHMを付けた7031編成も停まっています。

2010年に青森を訪問した際に、弘前駅で弘南鉄道弘南線の車両は撮影していたのですが、中央弘前までは行かず、大鰐線は今回が初めてでした。

151221
とりあえず、終点の中央弘前まで切符を購入し、乗車することにしました。

6000_7039_151221
そして、津軽大沢に到着するとどうやらここが車両基地のある駅のようで、車庫に車両が数両見えます。7000系のみならず旧東急6000系もいるではありませんか。さらにその横には6000系の車体を利用した倉庫もあります。

151221_2 かつては有人駅で検修設備もある駅 津軽大沢駅の駅舎

これらの車両を撮らずに通過するのはもったいないと云うことで、津軽大沢駅で途中下車することにしました。

151221_3
2011年12月に無人駅化されたようです。もう既に4年が過ぎているのですね。

駅周辺を見渡すと、線路を挟んで反対側にはどうやら老人ホームが建っており、駅前のも建設中で、まさに少子高齢化の現状をまじまじと感じました。

1時間待って、既に太陽は完全に没し、雨も振り出し、屋根の無いホームでかなり心細い思いをしましたが、上下方向の列車が行き違いをし、中央弘前まで乗車しました。

151221_4
中央弘前から雨の降る中でしたが、15分ほど歩き、見覚えのあるJR弘前駅に到着、そこから青森行き快速で青森に戻りました。

弘南鉄道大鰐線のミニ旅行、なにか時代が40年ほど逆戻りをしたような空間を経験できました。

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2015年12月23日 (水)

速報版 2015冬の旅行 青森・函館の旅 1日目 その1 千刈踏切

12月21日朝、青森に到着後まず向かったのは、前回青森に来た2010年10月にも訪れた千刈踏切でした。その前に12月の青森なので雪が積もっていることを予想して完全冬装備で来たのですが、雪が全く積もっていなかったのには驚きました。今年はかなりの暖冬のようです。

Photo
場所は上の地図のように青森駅を出発した奥羽本線が、青森信号所と奥羽本線を結ぶ線路と合流する三角線の左隅になります。

151221_4 千刈踏切 表示
奥羽本線の全長(福島~青森)は484.5kmです。

ここは青森駅に出入りする奥羽本線の列車、津軽線、海峡線の列車、そして青森信号所と津軽海峡線や奥羽本線・日本海縦貫線の貨物列車を撮影できるポイントです。

詳細編で通る列車については触れて行こうと思いますが、2010年12月の東北新幹線新青森開業で、津軽海峡線の特急「白鳥」が新青森始発なった関係もあって、在来線特急がよく通る場所でもあります。

789_he205_151221
2015/12/21 789系 HE205編成 白鳥 千刈踏切

新青森から奥羽本線の線路を来て青森駅に入り、スイッチバックして、手前の海峡線線路を行く789系「白鳥」 北海道新幹線新函館北斗開業時には廃止となります。

4853000_151221 JR東日本 485系3000番台 白鳥 2015/12/21 千刈踏切

こちらは津軽海峡線からやって来た特急「白鳥」 北海道新幹線開業で引退、車両も勤めを終えるのでしょう。

4853000_151221_2 JR東日本 485系3000番台 つがる 2015/12/21 千刈踏切

こちらは同じタイプの車両による特急「つがる」 
2002年12月 東北新幹線盛岡-八戸延伸で八戸-青森・弘前間で運転を開始し、2010年の新青森延伸では秋田-青森間の運行となった特急です。

751_a102_151221 751系 A102編成 つがる

さらに特急「つがる」は4連化された751系も使用されています。

701_n1_151221 701系 N1編成 

奥羽本線の快速や普通列車、津軽線蟹田までの列車には秋田センタ-配置のピンク帯の701系基本番台が投入されています。3連と2連があり、併結編成も見かけました。

Eh50011_151221 EH500-11

海峡線から青森信号所に向かうEH500牽引の貨物列車も来年3月の改正で見られなくなります。

Ef5107_151221 EF510-7

以前は富山区のEF81も見られましたが、ここ数年は日本海縦貫線の貨物はEF510のみのようです。

Ef510508_151221 EF510-508

かつては上野から寝台特急「北斗星」「カシオペア」を牽引して青森に通っていた★のEF510 500番台も現在はこのような姿で同所を通過しています。

Eh8007_151221 EH800-7

かつてはED79重連が担っていた運用、主に日本海縦貫線貨物の継走でしたが、今はEH800がすでに引き継いでいるようです。1日3本往復運用がありますが、22日に蟹田で2本撮影しましたがいずれもEH800でした。

Eh50081_151221 EH500-81 奥羽本線から

2015年春のダイヤ改正ではA137でEH500の大館往復運用があり、先日の隅田川のイベントで聞いた話では秋田まで進出との予定もあるとかで海峡線から撤退後もこういった風景は見ることが出来るようです。

151221 踏切横にはローソンが

2010年にはなかったのですが、この5年の間に踏み切り横にコンビニエンスストアが開店しており、食料の調達等でも重宝致しました。

151221_2
踏切線路上から新青森方向の眺め

151221_3
右手は青森信号所本面の単線、左手は青森駅方向の3複線

151221_5
最初の地図で千刈踏切を渡る道路が曲がって交わる道路が連絡線を渡る場所がこの第一大野踏切です。距離的には千刈踏切の手前のポイントが連絡線の0キロなので533mとなります。

151221_6
一方、同じ道路が旧東北本線の線路(現在の青い森鉄道)と交わる踏切が古川踏切です。距離表示は東北本線時代のままだと思います。

青森駅南の国道4号、7号線がJR線、青い森鉄道を越える跨線橋上から眺めると、

4853000_151221_4
奥羽本線、津軽線、津軽海峡線が右へ

100205_151221_4
大湊線から乗り入れてきたキハ100

青い森鉄道線が左へ分かれて行くのがよく分かります。

21日はこの後、奥羽本線を大鰐温泉まで行き、弘南鉄道大鰐線に乗車しました。

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2015年12月22日 (火)

通勤電車シリーズ 話題のE531系 その3 3000番台 K551~K553編成

E531系の話題、3回目は新規の枝番として登場した3000番台、5両編成です。

E5313000_k551_151219 2015/12/19 土浦
343Mで土浦に到着したK551編成他15連、当駅で付属編成切り離し

E531系3000番台、最初にその存在が目撃されたのは今年9月20日過ぎでした(こちらの情報)。その後、現時点で3編成が製造され、12月になってE531系付属編成の運用、A51~A72に入りました(K551が12月1日、K552が12月2日、K553が12月9日)。

運用の順序から、まずは水戸線運用(A51~A53)、A53の途中から水戸・勝田以北、竜田までの運用に入り、A56で深夜、土浦に588Mで到着し、翌朝から土浦電留線折り返しの上野、品川折り返し付属編成運用に入ります。ただ、ずっと土浦~上野・品川を往復するのではなく、A64運用で363Mとして、またA72運用で331Mとして勝田に戻る行路が設定されています。

151219 土浦駅の付属編成が勝田行きとなり、グリーン車を含む基本編成は土浦止まりとなる旨の表示   8:11発が331M、12:02発が363M

そんなことから、12月19日は荒川沖でA69運用334Mで上野に向かうK551編成、土浦でA68運用337Mで到着するK552編成、そして土浦発の1166Mで車内の様子を観察することにしました。

運用は全て予想通りでしたが、

E5313000_k551_151219_4
まず334M到着時、荒川沖駅土浦よりの跨線橋から狙おうとしたら直前になんと中線にE657系K12編成の回送が停車・・・ということで、土浦駅で折り返しの343Mを狙いました。まさに予期せぬことでした。

E5313000_k552_151219 2015/12/19 土浦

K552は土浦で所定の通り
ただこちらも京浜東北線での人身事故などで上野東京ラインも遅れが出ており、337Mも30ほど遅れての到着でした。

E5313000_k551_m3001_151219_2 3000番台の外観的特徴のひとつがモハのドア横の風道設置に伴うルーバーの存在です。床下機器も従来車と違う部分があるようなので、一応写真を撮っておきました。

E531_k553_151219_2 K553編成は土浦発品川行き1166Mとして3番線に入線
となりにはEH500-42牽引の2095列車が荷扱い中でした。

E531_k553_long_sheat_151219
ロングシート車両の車内

E531_k553_semicross_sheat_151219
セミクロスシート車内

E531_k553_151219_2_2
従来車との違いで最も顕著だったのがこの足下ヒーターの大型化で、モハの車両の上野寄り山側と勝田より海側の座席(点対称の関係)がそのタイプとなっていました。

E531_k553_151219_9 向かい側の座席は従来と同じタイプでした。

耐寒耐雪装備が強化されたと聞いていますが、この3000番台の投入で、これまでの415系1500番台を置き換えるのみならず、黒磯駅直流化のために必要となる交直両用車としても使うのか、すなわち勝田区所属で、常磐線、水戸線、東北線白河以北までの広域運用を担うのかいろいろと考えが巡らされる車両であります。

話はかわりますが、私は12月20日日曜の夜行バスで青森に21日朝到着し、5年ぶりの千刈踏切での海峡線貨物列車撮影や、来年3月の北海道新幹線部分開業で消える特急「白鳥」などを撮影し、午後からは奥羽本線を大鰐温泉まで行き、弘南鉄道大鰐線に乗車してきました。
22日はいよいよ、青函トンネルを抜けて函館に参ります。
その辺のレポートをこれからの記事で速報版として触れて行きます。

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2015年12月21日 (月)

通勤電車シリーズ 話題のE531系 その2 変則K421編成

昨日に続いてE531系の話題、今回はもう一つの変則編成K421編成の話題です。

K421編成は12月8日午後6時8分頃1229Mで運用中、神立~高浜間の踏切で乗用車と衝突し損傷を受けました。

余談ですが、私も常磐線乗車中に自動車(軽トラ)との衝突事故を経験しました。2005年8月6日の朝一番の321Mで北上しているところでしたが、南中郷駅手前の踏切で立ち往生していた軽トラックに415系K536編成が衝突したもので、ちょうど先頭車両に乗っていて、前でビデオを撮影していた男性が「ぶつかるぞー」を叫んで身構えたのを憶えています。

415k526_050806 2005/8/6 南中郷
事故車両のK536編成 クハ411-1526他

幸い人的な被害はなかったようですが、車両は現場に1時間以上停車し、ブレーキ管の損傷で自走不能となり、我々も18切符での仙台日帰り旅を中止した記憶があります。

E531_k421_120909 2012/9/9 ひたち野うしく~荒川沖間 妙向寺踏切
事故前に撮影した唯一のK421編成奇数方先頭車の山側からの写真 

さて、このK412編成も先頭車はスカートを外され、勝田センターに留置されている写真をSNSで見ることが出来ました。
E531系の基本編成は23本で、運用はA1~A21まであり、現在K418編成が入場中でK421編成を修理のため休ませると予備車無しの運用となってしまうため、E531系3000番台K551~K553編成の落成で比較的余裕のある付属編成の車両を一部利用して基本編成を運用復帰させようと言うことで登場したのが変則K421編成です。

事故で損傷した10号車クハE531-21と9号車 サハE531-2010を抜き、付属編成K455編成のクハE531-1005とサハE531-10に組み替えた編成となりました。

事故当日はK421編成はA18運用に入っており、運用復帰したのは12月13日でA2運用と聞いております。私も13日は偶然、妙向寺踏切で午後K551編成等を狙って付属編成を何本か撮っており、424Mで上野に向かうK421+K469編成を撮っていました。
E531_k469k421_151213
それがこの写真で、基本編成がK421編成と知って、拡大してみると
E5311005k421 確かに、本来の編成ならばあるはずのトイレが無いことが分かりました。

E531_k421_m23_151219 2015/12/19  荒川沖

ということでK421の運用を調べ12月19日はA8運用、2344Mで来ると言うことで狙うことにしました。

E531_k421_m23_151219_2 差し替えられた9,10号車

E531_k421_m23_151219_10 クハE531-1005の乗務員室扉の編成表示はK421となっています。

編成内のトイレが少ないことは放送でも流されているそうで、車内にもその旨のステッカーが貼ってあるそうです。また駅などでの表示ではこの状態は1月末までとの案内もあるそうです。
予備車のない状態での運用は避けるため、余裕のある付属編成の車両を組み替えてまでのいわば火の車状態の対策が感じられます。

以上、昨日と今回で基本編成の変則編成に触れました。次は新たに登場した3000番台5両編成です。

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2015年12月20日 (日)

通勤電車シリーズ 話題のE531系 その1 変則K404編成

E531系2005年3月に登場し、2007年3月の改正からはグリーン車も導入され、複雑な編成組み替えもありましたが、この秋からこれまで保ってきた編成がトラブル等によって組み替えられる事態が発生しています。

12月19日土曜日に今話題の組み替え編成や12月になって水戸線運用を皮切りに上野口、上野東京ラインの運用にもいよいよ投入された3000番台のK551~K553の3編成を撮影しました。”話題のE531系”のリポートを数回に渡って行いたいと思います。

1回目は11月10日に郡山総合車両センターを出場したK404編成の変則編成の話題です。

E531_k404_060208

2006/2/8 土浦

2階建てグリーン車が組み込まれる前のK404編成

K404編成は2005年5月25日、川崎重工で落成しており、当時はモノクラス10連でした。

K404 図1 K404編成の編成の変化
SCはセミクロスシート 0番台、Lはロングシート 1000、2000番台
サハE531-2007はK418、-2008はK419編成へ、オレンジ色の差し替えた車両はK453編成から

E531_k404_090607 2009/6/7  馬橋

2階建てグリーン車が組み込まれた後の編成ですが、現在とはクハのスカートの形が違います。

グリーン車を組み込むことが発表されてからは、既に落成していた10連6本から4,5号車のサハE531形2000番台を抜いて、サロE530/531に置き換えるため、まずK407-K411編成を4,5号車にCP搭載のサハE530形2000番台(2012~2021)を組み込んだ編成で落成させ、さらにK412ーK422編成を4,5,6,9号車抜きで落成させることにしました。

そして、サロ530/531を22組製造し、K401-K422編成の4,5号車に挿入し、K401-K406からはサハE531形2000番台12両を抜き出し、2001~2011をK412-K422の9号車に挿入、一方K407-K411の5編成からはサハE530-2012~2021を抜き出し、K412-K422の6号車に挿入しました。その結果、サハE531-2012が余り、K422編成の6号車用のサハが1両不足するのでサハE531-2012をサハE530-2022に改造して、K422編成に挿入しました。
E531_e5302022_150530 改造に関しては全く書かれていないサハE530-2022の銘板

E531_k404_150510 2015/5/10 田町

開通した上野東京ラインを行くK404編成、今回の入場前最後に撮った写真です。

E531_k404_151219_2 2015/12/19   荒川沖    以下の写真すべて

検査出場から2ヶ月以上経っていますが、まだ足回りは綺麗で、1号車、4号車以下の足回りと2 ,3号車の違いがよく分かります。2,3号車はK453編成のM'Mユニット-1003, -3に組み替えられています。セミクロス、ロングの編成順序も逆転しています。

E531_k404_m1003_151219_9 モハE530-1003

E531_k404_m3_151219_11 モハE531-3
付属編成であるK453編成は2005/5/17に東急車輌で落成しており、現在の変則編成は川崎重工製の車両と東急車輌製の車両が連結されていることになります。

E531_k404_tc4_151219_13 クハE530-4

先頭車は川重の特徴である妻面にビートがありますが、2,3両目の東急製の車両にはありません。また雨樋の形状も川重製は四角い断面のパイプなのに対して、東急製の車両は丸いパイプであることが分かります。

今回なぜ、本来のモハE531-4とモハE531-1004が出場できずに、K453編成のモハユニットと差し替えざるを得なかったのか、ネットの情報によれば、郡山入場中にクレーンから落下する事故があったのではないかという憶測もあります。

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2015年12月19日 (土)

豊田車両センターまつり その2 189系 M52編成 グレードアップあずさ塗色

れ2015年11月7日の豊田車両センターの公開、今回は昨年11月の大宮入場で往年の特急「グレードあずさ」塗装になった189系M52編成の話題です。

189_m52_151107_5 M52編成 2015/11/7 豊田車両センター

M52編成は2002年から田町車両センターに配置されていた全車189系で構成された8M2T編成H102編成2013年8月29日に長野車両センターに回送され、編成からモハ189/188ユニット-19,21の4両を抜かれ、6両編成となり、9月2日に豊田車両センターに回送されM52編成となったものでした。M52編成として原色で活躍したのは僅かで、11月には大宮センターに入場、1990年代のグレードアップあずさカラーに化粧直しし、12月から活躍の毎日です。私も、12月6日に四方津で、そして今年6月には北鎌倉で撮影しました。

<新宿
    Tc            M M'                 M M'               Tc
クハ189-509 モハ189/188-38 モハ189/188-41 クハ189-11

から構成されており、新宿より先頭車のクハ189-509のみがグレードアップ改造工事施工車であり、それ以外の車両はグレードアップシート交換車です。

今回のイベントでは足回りと一部車内を見学する機会がありました。

189系の走行システムは横軽協調運転の設備以外は183系1000番台と同じですが、運転台下のMG用冷却風取り入れ口のスリットの面積が大きい点が外観上の違いとなっています。

189_m52_151107_6 189系の特徴となっている大きなスリット

183_om102103_110521_2 2011/5/21 大宮

OM103編成、両先頭車とも改造車でしたが、クハ183-1527のスリットはこのようなサイズでした。

189_m52_151107_23
まず、足回りから
台車は183系基本番台はダイヤフラム式空気バネ、ウイングばね式軸箱支持のDT32E(電動車)、TR69E(付随車)でしたが、1000番台では耐寒耐雪強化でDT32I、TR69Iとなりました。189_m52_151107_19
基礎ブレーキ装置はDT32Iは片押し式踏面式で、TR69Iはディスク式です。

189_m52_151107_3
CS15系 主制御器の箱

手前のMMCOSは主電動機解放器で一部の主電動機が故障した際にその主電動機を主回路から切り離し、残りの主電動機で運転できるようにするための機器です。

189_m52_151107_24
GSと書かれた箱はGround Switchで、電気をレールに逃がすスイッチです。

189_m52_151107_2
断路器 主電動機に流れる電流を制御する装置で、主電動機の直並列切り替えなどを行って、力行時の電圧、電流を制御します。

189_m52_151107_15
MS Main disconnecting Switch BS Bus disconnecting Switch で検査時や主回路の異常時に電気を切るためのスイッチが納められています。

189_m52_151107_21
AVR Automatic Voltage Regulator でMGで発電された電気の電圧と周波数を一定に制御します。

189_m52_151107_13
MGで発電された三相交流を整流し、直流に変換します。

189_m52_151107_4
ブレーキ制御装置 空気ブレーキ用の機器や弁、コックなどが纏められています。189_m52_151107_22
保安装置関連では東中野追突事故から装着された地上子からの情報を車両がパターン化するATS-P関連機器が装備されています。

189_m52_151107_8
汚物処理装置

続いて車内です。

189_m52_151107_6_2
車内は前述のようにグレードアップシートに交換されています。

189_m52_151107_4_2
しかし、6号車以外はグレードアップ改造はなされていません。

生憎、新宿寄りの6号車は入場出来ませんでしたが、グレードアップ改造車は元々どうなっていたかというと、

・ 座席部分の床を170mm嵩上げしてセミハイデッキ化
・ 窓を100mm上方へ拡大し内窓キセをFRP製に変更
・ 座席の交換
・ 普通車は背面テーブル付リクライニングシートへ取り替えてシートピッチを910mm→960mmまたは970mmに拡大し定員は各車両4名減
・ グリーン車はシートピッチはそのままにC席を独立させた1+2配置の3列式とし従来より座面横幅の広いシートに交換→定員36名に変更
・ 荷棚は100系新幹線と同型の読書灯付
・ 仕切ドアを自動ドアに改造し上部に案内表示器を設置
・ グリーン車に当初は百円硬貨専用→テレホンカード式の公衆電話を新設
・ グリーン車のトイレ・洗面所をリニューアル
・ 車内チャイムを「鉄道唱歌」から「信濃の国」「雪山讃歌」「武田節」「ちょっとだけストレンジャー」の4曲に変更
・ 指定席車両が対象で、自由席車は外部塗装を変更して座席表地のモケットとカーテンを指定席車と同色のものに交換した程度
・ 「あずさ」は4号車指定席を閑散期には自由席で運用することもあったため該当車は、指定席改造のほか座席取付部にレールを設置しシートピッチを変更可能にした。

とのことです。

189_m52_151107_5_2
洗面所は昔ながらのスタイルです。

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2015年12月18日 (金)

通勤電車シリーズ 103系 36 常磐快速線103系の活躍 終焉まで

このシリーズ、前回の記事で地下鉄乗り入れ用103系1000番台車の常磐快速線での活躍を記述しました。今回の記事ではその後の快速線103系の15連化そしてE231系への置き換えまでについて触れようと思います。

103_031_050618 2005/6/18  馬橋 
取手方にMcM'を連結した15連の常磐快速103系

1987年12月からの常磐快速15連化に必要な5連の増結編成は、前回の記事にも記述したように205系投入で捻出された山手線103系を京浜東北線浦和区に転出させ、編成の中間に封じ込まれていたMcM'ユニットを常磐線に転属させて組成しました。

103_025_020420 2002/4/20 北柏
McM'の中にはAU712で冷房改造された車輌もありました。

1987年12月前後の松戸区への転属を車種別(先頭車のみ)にみてみると

浦和区から  

クハ103 基本番台
-125                1987/11/22
-335                1987/11/13
-336                1987/11/22
-395                1987/12/10
-396                1987/12/10
-427                1988/1/31
-428                1988/2/7
-433                1988/2/7
-434                1988/2/11
-465                1987/11/11
-466                1987/11/13

クハ103 500番台
-543                1988/2/7 
-604       1987/12/17
-606                1988/2/28
-607                1987/11/26 

クモハ103
-81               1987/11/22 
-111              1988/2/7
-113              1987/11/26 
-122              1988/2/28
-124              1987/12/17
-125              1988/2/20
                      
中原区から
  
クモハ103
-116       1988/2/26
クハ103
-587       1988/2/26  が見つかります。

103_031_050730 2005/7/30 柏 

これらの転属車と既存の車両を組み替えて、増結用5連が12編成組成されました。そのうちの6本は McM'MM'T'c 4M1T編成、6本は TcMM'TT'c 2M3T編成でした。基本編成には1000番台の8M2T編成があり、組み合わせによっては12M3T編成となり、架線の電流値が容量を超え、溶断が起こる可能性があったので、4M1T編成は力行回路をカットして2M3Tで運転しました(電気ブレーキは生かされていました)。15両運転に対応して先頭車の運転台のユニット灯も増設されました。

103_002_020429 2002/4/29 我孫子
上野方のクハは500番台

1988年にも転入は続き、付属編成は14本に、基本編成は18本になりました。

CS30制御器(超多段式)を試用したモハ103-911~913の3両を電装解除したサハ103-800番台 -802, -801, -803と相棒を失ったモハ102-911、-913がそれぞれ別のモハ103-107, -62とユニットを組み、余ったM'-912、M'-107, M'-62がサハ103-804, -805, -806となり、この頃の松戸区の基本編成に組み込まれていました。

103_007_020427 2002/4/27 北小金

1988年12月5日に東中野駅で103系10連に201系10連が追突する事故が発生し、103系の先頭車と201系の最後尾車以外の18両が使用不能となり、車輌不足救済で三鷹区にクハ103-93が転出したのもこの頃(1989/1/23)でした。

この事故は乗客1名、運転士1名が亡くなり、116名が重軽傷を負うという分割民営化後最初の乗客死亡事故として当時大きく報道された様です。わたしは当時、西ベルリンにいたためこの事故に関しては全く知りませんでした。この事故の教訓としてATS-Pが設置されたのですね。

松戸区に転入した先頭車を列挙すると

1988/4/13      クハ103-487  山手区から
1988/4/21      クハ103-488 山手区から
1988/7/18      クハ103-747  山手区から
1988/8/8    クハ103-733  川越区から
1988/12/3     クハ103-283, 284 蒲田区から
1988/12/18  クハ103-702, -709  蒲田区から

1989/7/4        クハ103-746  川越区から

103_007_050409 2005/4/9 松戸

1989年度には前回の記事で写真を出した1000番台1編成が三鷹区に転出しました。1991年度には東西線乗り入れ用1200番台の10連化で余剰となった1200番台が転入し、4M1T付属編成が誕生しました。当時、東京通勤で我孫子の留置線にクモハ102-1200番台がいるのは目にしましたが、写真を撮る前に廃車になってしまいました。

103_008_020817 2002/8/17 新松戸

1990/7/8      クハ103-757  川越区から
1990/7/18    クハ103-770 川越区から
1990/8/8      クハ103-781 川越区から
1990/8/9   クハ103-792  川越区から
1990/8/12    クハ103-305, 306 川越区から
1990/9/7   クハ103-273, 274  川越区から
1990/9/21    クハ103-795, 798 川越区から

1991/5/18    クハ103-54 豊田区から
1991/10/29  クハ103-1202 クモハ102-1202 三鷹区から
1991/11/15  クハ103-1201 クモハ102-1201 三鷹区から

1993/3/11     クハ103-614  中原区から
1993/3/24  クハ103-352 中原区から
1993/8/21     クハ103-634  クモハ103-151 浦和区から
1993/9/24     クハ103-573  クモハ103-148 浦和区から
1993/10/28    クハ103-623 クモハ103-140 浦和区から
1993/11/13    クハ103-608  クモハ103-123 浦和区から

1994/10/1     クハ103-408, -425  浦和区から -581 京葉区から
1994/10/29     クハ103-785, -519京葉区から
1994/11/30    クハ103-410  浦和区から -415, -572 京葉区から

1995/7/8      クハ103-313 京葉区から
1995/9/7      クハ103-740  京葉区から

1996/3/14    クハ103-304 京葉区から
1996/10/31   クハ103-389  浦和区から

1997/2/19    クハ103-297, 298 浦和区から
1997/5/3   クハ103-391  浦和区から
1997/5/31     クハ103-468  浦和区から
1997/10/25    クハ103-715  浦和区から

Table_1_2002 表1 2002年4月時点での松戸区 103系基本編成データ

Table2_2002 表2 2002年時点での松戸区 103系 付属編成と訓練者 編成データ

(追記)23編成のモハユニット-1061, 34編成のクハ-623はAU712

JRR2002夏の編成表から表1、2のように当時の松戸区の103系編成表を作りました。

基本編成の顔は高運転台と1000番台どちらかになっており、T車ではまだ801、804が健在だったことが分かります。一方、付属編成は取手方にクモハ、クハ高運転台、上野方に高運転台、500番台、1000番台とバラエティ豊富だったことも分かります。

2001年にはE231系の新製投入が開始され、103系の淘汰が一気に進められました。2003年度にはE231系は基本10連17本、付属5連19本が揃い、2006年3月17日、103系定期運転終了の時を迎えました。

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2015年12月17日 (木)

San Diego Trolley 3000形 part1

San Diego Metropolitan Transit Systemが運営するSan Diego Trolley、これまで創業以来活躍してきたU2 Model (1000形) SD 100 Model (2000形) を見てきましたが、今回からは2004年から導入されたS70 Model (3000形)です。

3001_070114_santee_tc 3001 2007/1/14 Oldtown

製造はSiemens (Florin California)です。S70もしくはAvantoと呼ばれ、低床式LRVのモデルとしてアメリカやヨーロッパで広く採用されており、一方でBombardier、近畿車輛、Inekon, Brookville Corporationのモデルとも激しい市場争いを展開しています。

S70/Avanto にはLight rail 版とストリートカー版があり、San Diego Trolleyでは最初に11編成92-foot (28.04m)の車両が2004年に発注され、2005年7月までに納入されました。それかこの3000形です。しかしその後の発注は57.81-foot (24.69m)のストリートカー版となり、4000形となりました。2009年10月に発注され、既に65編成が導入されています。

3001_150113_santa_fe_depot 3001 2015/1/13 Santa Fe Depot

今年1月に3001号を見かけたらラッピング電車になっていました。

3002_150114_santa_fe_depot 2015/1/13  3002  Santa Fe Depot

3002_150113_santa_fe_depot2 2015/1/13   3002   County Center Little Italy

3002も同様でした。

アメリカ国内ではSan Diego以外に

Houston METRORail, Texas
LYNX Blue Line (CATS), Charlotte, North Carolina
MAX, Portland, Oregon
The Tide Light Rail, Norfolk, Virginia
Utah Transit Authority, Salt Lake City
Metro Transit, Twin Cities, Minnesota
Metropolitan Atlanta Rapid Transit Authority, Georgia
などが発注もしくは導入しています。

ヨーロッパではフランス パリ近郊のT4 Aulnay-sous-Bois ~Bondy間に導入されており、またMulhouse tramwayのMulhouse~Thann間に導入されています。

S70_avanto_090919_aulnary_sous_bois 2009/9/19   パリ近郊のAulnary sous Bois に発着するT4 S70/Avanto  

何か以前に似たような記事を書いたなと思って過去の記事を見てみたら1月10日にSan Diegoで書いた速報記事でも同じようなことを書いていました。 

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2015年12月16日 (水)

広島・四国西南部旅行 広島編 その3 広島電鉄 part 17 連接車 3950形

昨年12月の広島、四国西部旅行では撮影できませんでしたが、今年夏の広島、山口、島根旅行では撮影できた3950形の写真がありますので、今回の記事で紹介致します。

3951_150801_3 3951号 2015/8/1  広島駅前

3950形1997年に6両がアルナ工機で製造され登場しています。性能的には85kWのモーターの3900形と変わらず、ヘッドライトがバス用の部品を利用した4灯式となった点とパンタグラフがシングルアームになった点が違いだそうです。

3951b_green_liner_150801 3900形では「ぐりーんらいなー」でしたが、3950形ではGreen Linerになりました。

当初は6両全車、荒手車庫に配属となり宮島線直通として運用されましたが、高速運転で強い横揺れが生じるとのことで、5000形が1999年末に登場すると一部が千田車庫に車庫に転属となり、5000形の増備で全車市内線運用になりました。2007年5100形の登場、千田車庫への配置、台車の改良による揺れの軽減で再び全車両が宮島線運用に復帰しました。

3953_150801 3953号

以上です。

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2015年12月15日 (火)

公園保存蒸機 C12 69 安城総合運動公園

全国の公園等に保存されている蒸気機関車を見て歩くシリーズ、今回は昨年夏の京都、滋賀、岐阜、愛知、静岡旅行の一環で立ち寄った安城総合運動公園のC12 69号機です。

C12_69_140812_4 C12 69号機 2014/8/12 安城総合運動公園

今から思えばあの旅行は終止、雨に降られた旅行でしたが、この安城総合運動公園を訪問した8月12日の午前中も愛知県地方は激しい雨が降っていました。

まずは沖田祐作氏の機関車表のデータからこの機関車の履歴を見てみると

C1269      日本車輌名古屋工場=296           1934-03-00 S50.00t1C1t(1067)
   車歴;1934-03-00 製造→ 納入;国鉄;C1269→ 配属;? → 配置;? →
      1955-08-01 現在;糸魚川→1972-03-19 中津川→ 借入;木曽福島→1973-10-01 返却→
      借入;木曽福島→1974-03-27 廃車;中津川(木曽福島貸渡中廃車)→
      1974-05-00 保存;愛知県安城市「総合運動公園」;C1269
誕生は1934年3月、引退は満40歳を迎えた1974年3月でした。詳細な履歴データは無いようですが、中部地方で一生を過ごした機関車であることはわかります。

C12といえば66号機が真岡鐵道で現役であり、60番台は60号機が福島県飯野町公民館前(未訪)、64号機が宮崎県都城市旧志布志線今町駅跡(未訪)、67号機が長野県茅野市茅野駅東口広場(未訪)と多くが保存されています。

C12_69_140812_3edit
機関車は屋根付き、ホーム付きのスペースに保存されており大変美しい状態を保っています。前照灯は前後ともにシールビームライトです。

C12_69_140812_5

C12_69_140812_2
C12_69_140812 この表示板のように保存会も発足し、定期的なメンテナンスが行われており、内部の公開もあるようです。当日は訪問時間が早すぎて観覧時間ではなかったので、詳細を見ることは残念ながら出来ませんでした。

東海道線の安城駅からは歩いて20分くらいの場所です。公園を名鉄西尾線が突っ切っていますが、こちらも駅はそばにはありません。あまりに激しい雨だったので、帰りはJR安城駅までバスに乗りました。

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2015年12月14日 (月)

東海道新幹線開業から50年 その26 短編成になって活躍した100系

前回のこのシリーズの記事では2004年10月に小倉駅で撮影した短編成化された0系の写真を紹介しましたが、今回は同じ時に撮影した100系の写真を紹介致します。

100_k53_041017_2 100_k53_041017_4 100系 K53編成 2004/10/17 小倉

100系に関しては2015年1月30日の記事でX G V編成について記述していますが、これらの編成も1992年3月14日の改正で300系が登場するとまず食堂車に代わってカフェテリアを組み込んだG編成が「こだま」運用へのシフトが始まり、2000年10月1日の改正でJR東海所有のG編成が定期「ひかり」から撤退しました。臨時「ひかり」と「こだま」の運用に残りましたが、山陽区間では4両編成のP編成が登場しました。2003年8月22日、定期「ひかり」運用から完全撤退となり、2003年9月16日に東海道新幹線から撤退しました。

こういった動きの背景として、2000年5月31日2003年10月1日のダイヤ改正で東海道新幹線の最高速度を270km/hにするとの決定がありました。300系、500系、700系に較べると性能的に0系と大差のなかった100系は車体寿命を迎えて淘汰されたのではなく、性能的に時代の要請を満たせなくなり淘汰されたようです。

山陽区間では6連のK編成、4連のP編成に組み替えられ活躍しました。0系のR編成の大半とQ編成を置き換えるため、長距離運用から離脱したV編成を短編成化、車両延命工事を実施したもので、P編成はP1-P12の12編成が2000年から2001年、2003年から2005年にかけて、K編成は2002年から2003年にかけてK51-K60の10編成、組成されました。

100_p10_041017 100_p10_041017_3 100系 P10編成 2004/10/17 小倉

100系は長編成時代は付随車を含んでいましたが、編成短縮化で全電動車構成となりました。その他、短編成化に伴い、車掌室の新設、車椅子対応設備の設置、撤去されたパンタグラフの再設置、高圧引き通し線の設置、230km/h走行用トランスポンダ車上子の撤去なども行われました。

<博多
K編成     1             2              3              4              5            6
                  Mc           M'            M7            M'            M7          M'c
                 121          126          125           126           125         122
                               SC/C2                      SC/C2                     SC/C2
定員     52            80            58             72            72          60
SC: 補助電源装置 インバータ方式
C2 コンプレッサー

P編成     1             2              3              4             
        Mc           M'            M7            M'c   
        121          126          125          122
              SC/C2                      SC/C2 
定員     52            80            58            60   

編成組み替えで登場した形式は

121形
5000番台 

種車は121形3000番台 元番号に+2000 トランスポンダー車上子撤去、P編成に組み込まれた車両には出入り台に業務用電話、旅客指令操作盤を取付

5050番台 

125形3000番台にG編成123形0番台廃車体の先頭部を切り接いだもの、ATC装置は歯車比の違いから速度入力信号を変更、P編成に組み込まれた車両には出入り台に業務用電話、旅客指令操作盤を取付

122形
5000番台

種車は122形3000番台 元番号に+2000 トランスポンダー車上子撤去、新たにCPとパンタグラフを搭載、P編成に組み込まれた車両には出入り台に自動放送装置、列車案内中央装置、業務用電話、旅客指令操作盤を取付て車掌室としています。博多よりデッキには公衆電話を設置。

5050番台

121形5050番台と同様にG編成124形0番台廃車体の先頭部を切り接いだもの、ATC装置は歯車比の違いから速度入力信号を変更、P編成用の車両は5000番台と同様の変更。

125形
3750番台

3号車に入る車両で、G編成11号車に連結されていた125形700番台の車体とV編成の電装比を組み合わせています。客室ドアは空気式から電気式に方向幕を3色LED方式に変更。

126形
3200番台

種車は126形3000番台。博多より2列分の座席を撤去し、車掌室に。パンタグラフは撤去、博多よりデッキに公衆電話を設置。

塗色はK51-K53、P1-P6は白地に青帯で登場しましたが、2002年8月からアコモデーション改善をアピールするため、写真の様な塗装に変更されました。その後、一部の編成が再び、白地に青帯の塗装に戻され、2011年3月12日のダイヤ改正でP編成が運用を離脱し、2012年3月17日のダイヤ改正で100系の運用は全て終了となりました。このとき、300系も運用を終了しました。

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2015年12月13日 (日)

パリの6つのターミナル駅巡り オステルリッツ駅 2 気動車 X 72500

パリの6つのターミナル駅を巡るシリーズ、オステルリッツ河岸のそばにあることからオステルリッツの名前が付けられた駅ですが、Lyon駅では見ることがなかった気動車が停まっていました。おそらく非電化路線直通用だと思います。

72717_090313_gare_dausterlitz 72717 2009/3/13 Gare d'Austerlitz

形式は Class X 72500と云うようで、1997年から2002年にかけてAlstomで製造された気動車です。

                                                    

                                                                        Ter.svg

パリから西、もしくは南の路線に投入されており、フランス国鉄のTER (Transport express regiona: 地域急行輸送)列車に導入されたタイプです。パリからラン方面のトゥール、ナント、トゥールーズ、リヨン、ディジョン、ヌヴェール、グルノーブル、ボルドーなどの列車に活躍しています。

2両編成のタイプと3両編成のタイプが製造され、それぞれ、90編成、15編成製造されました。最高速度は160km/hで、編成あたり4台のMAN製の6気筒300kWのエンジンを搭載しています。
Voith製のトルクコンバーターで動力伝達する他、ライト、空調、ドア開閉などのために135kWのPerkins/Mecalte製のディーゼル発電機も搭載しています。ブレーキシステムはディスクブレーキとエンジンブレーキの併用となっています。

72717_090313_gare_dausterlitz2 72717

運転席はTGVのようなセンターキャブ方式で、コンピュータが燃料、オイル、冷却水などの状態をモニターし、乗務員に伝えるシステムとなっています。ただ、これらのコンピュータにもトラブルはつきもので、これまでにセキュリティシステムの変更や乗客の快適性の向上などのためにコンピュータシステムの更新が行われました。

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2015年12月12日 (土)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その2

製造両数の多さと製造期間の長さから「私鉄の103系」とも呼ばれた東武8000系も現在は東武スカイツリー線(浅草~東武動物公園、押上~曳舟間)や東上線(池袋~小川町間)における営業運転からは退きました。

8401_121125 8401 2012/11/25 大宮
8000系4連のトップナンバー編成 後に8701+8801が組み込まれて6連(6R)化されました。

8000系は4連、2連、6連、8連が用途に合わせて製造され、最後に8連から800系、850系の3連も造られました。東武では4連を4R車というようですので、私もそれに従って記述します。

8000系は登場後23年目の1986年から2007年にかけて、いわゆるリニューアル、(東武では修繕)が行われました。この修繕も、1986年度施工分、1987年度~1996年度施工分、1997年度~2000年施工分、2001年度・2002年度施工分と5期に分かれて行われ、それぞれで内容が異なります。

1) 1986年度施工分 8104, 8108, 8111, 8112, 8127, 8130, 8509, 8516

    これらは外板の張り替え、塗膜をはがしての再塗装、側面行き先表示器の新設、シートモケットの変更、車内化粧板のデザイン変更が行われ、内装は当時の新製車10000系と似たカラースキームとなりました。前面形状はオリジナルのまま残され、

Photo
後の修繕済み車両に付けられた津覇車両の銘板も付けられませんでした。

2)   1987年度~1996年度施工分

1987: 8102, 8103, 8105, 8106, 8107, 8110
1988:  8101, 8109, 8113, 8114, 8131, 8132, 8503, 8519
1989:  8116, 8117, 8121, 8122, 8133, 8136, 8504, 8508, 8511, 8513, 8517, 8523
1990:  8118(4R), 8120, 8135, 8137, 8502, 8505, 8506, 8507, 8510, 8520, 8527
1991:  8115, 8125, 8139, 8501, 8512, 8521, 8528, 8543,
1992:  8118(6R), 8129, 8140, 8119, 8123, 8124, 8138, 8514, 8522, 8531
1993:  8126, 8128, 8134, 8141, 8524, 8525, 8526, 8530, 8532, 8533, 8534, 8535, 8536, 8537
1994:  8142, 8143, 8145, 8147, 8148, 8151, 8541, 8542, 8544
1995:  8144, 8150, 8152, 8155, 8538, 8539, 8547
1996:  8149, 8153, 8159, 8163, 8167, 8168, 8549, 8555

前面形状が6050系に準じたデザインに変更され、運転台も10030系タイプに交換されました。「津覇車輛」の銘板を設置するようになり、途中から運転席側の客室との仕切り窓の廃止や蛍光灯の増設が実施されました。

3)   1997年度 - 2000年施工分

1997:  8158, 8161, 8162, 8164, 8169, 8553, 8556, 8557
1998:  8157, 8165, 8168, 8170, 8173, 8552, 8569
1999:  8156, 8172, 8175, 8179, 8191, 8558, 8567
2000:  8160, 8171, 8181, 8185, 8559, 8560, 8566, 8573,

車椅子スペースの新設、行先表示器の字幕式からLED式への変更、当時の新製車である30000系と同様のHID式前照灯となり、ケースの形状も変更されました。運転台のワイパーが電気式となり、大型化されました。列車無線アンテナの形状が棒型から逆L字型に変更されました。クハ8100形・モハ8500形の正面の向かって右下にジャンパー栓の台座が設置されました。

4)   2001年度・2002年度施工分

2001:  8177, 8183, 8192, 81108, 8561, 8562, 8565, 8568, 8575
2002:  8197, 8199, 81109, 81111, 81112, 81117, 8563

修繕内容は1997年度 - 2000年施工分と同じで後期台車装備車が主に対象となりました。また、自動放送設備、車外スピーカーを装備したワンマン運転改造編成もこのグループです。

5)   2003年度 - 2007年度施工分

2003:  81107, 81110, 81113, 81114, 81120    ワンマン対応: 81111, 81112
2004:  81119, 8570, 8577, 801, 802, 851, 852  ワンマン対応: 81109
2005:  8572, 803, 804, 805, 853, 854, 855
2006:  8189, 8190, 81105, 81106, 81118, 8564, 8574, 8576, 8579
2007:  81115, 81116  ワンマン対応: 8183, 8184, 8197, 8198, 8199, 81100, 81108

LEDスクロール式車内案内表示装置(客室内1両あたり4箇所の扉上に設置)・ドアチャイム・車外スピーカー・自動放送装置・デッドマン装置の設置、7名掛け座席にスタンションポール追設、側窓を一部固定化したバリアフリー仕様編成が登場しました。

次に新製時の編成タイプごとに登場後の変化を追ってみましょう。

4R車

1963年から製造された基本の編成タイプで1970年製8155Fまではすべて4Rで製造されました。

8126_111204 8126F   2011/12/4  東岩槻 
4連のままで生涯を終えた編成です。

<浅草・池袋・柏
     Tc1              M1            M2          Tc2 
クハ8100 - モハ8200 - モハ8300 - クハ8400
                   CON1/PT    MG/CP
 
といった形式番号構成です。

81018155f 表1 東武8000系 8101F~8155F

このグループは現時点では2編成が現役、1編成8111Fが動態保存という状態になっています。

819181120f 表2 東武8000系 8191F~81120F
表1,2のデータは「東武8000系写真館」および「Kasukabe」総合車両センターさまのデータを参考に作成致しました。

CPは標準型のC-2000Nを搭載していましたが、後期車からはHB-2000CAに換わりました。

晩年は野田線に集結しましたが、8155Fまでの4R車の一部は3通りの方法で6R化されています。

A) 1971年から1972年にかけて8101Fから8114Fの14編成はサハ8700 - モハ8800を組み込んで6連化されました。西武701系701F~713Fと似た経緯を辿っていますが、新製された1M1Tの中間車を組み込んでいる点が違います。

8106_111204_2 8106F 2011/12/4  東岩槻
4連で登場後、サハ8700-モハ8800を新製し、組み込んで6連化された編成でした。

B) 修繕工事の際に中間車化改造された2R編成を組み込んで6Rになった編成が10編成あります。2R編成は4R編成と編成番号が同じ番号の編成が組み込まれました。

8145_111204_2 8145F 2011/12/4  東岩槻
2Rの同番号編成(8545+8645)を修繕工事の際に、中間車化して組み込んだ6連

C) 4+2 併結の6連編成でクハ8400、クハ8500の運転台を撤去して6R化された編成

8153_111204_2 8153F  2011/12/4  東岩槻
併結相手の8542Fとの間の中間運転台を撤去して6連化した編成です。

一方、ワンマン運転対応のため東上線用の8R編成が分割されて4Rになったものもあります(このタイプは8R車の記事で触れます)。

84108f_090905 81108F 2009/9/5   栃木

8156F以降、 8191F, 81107F-81109F, 81111F, 81112F, 81118F-81120Fと9本の4R編成が製造されましたが、これらから6連に改造された編成は出ていません。

長期間に渡る大量製造で、編成番号は99を越えてしまい、81000なる番号、所謂インフレナンバーが出てしまいました。面白いことに、このインフレナンバーの読み方は81111の場合ははっせんひゃくのひゃくじゅういちと読むそうです。

これらの4連のうち、81107Fはツートンカラー復元塗装

8000_151206 2015/12/6  南栗橋車両管区

8111Fと同様のインターナショナルオレンジ+ロイヤルベージュのツートンカラー

151206_2 2015/12/6  南栗橋車両管区

81111Fはセイジクリーム塗装となっています。これら2枚の写真は先日の東武ファンフェスタでの色見本展示からです。

因みにフライング東上塗装の8198Fは8R車からの改造車です。

B,Cなどの方法で6R化された際に出た運転台関連の部品は後述する8R車からの800系、850系改造や、4R化の際に流用されたそうです。

今回はここまでです。

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2015年12月11日 (金)

江ノ電を撮る 車輌編 その9 20形

1997年10形が新造され、その5年後の2002年江ノ電開業100周年を記念して導入されたのが20形です。

21_150524 2015/5/24 峰ヶ原信号所
10形ほど凝ってはいないものの、レトロ感のある20形

製造目的は冷房装置を搭載したくても、構造上無理だった500形の置き換えで、2002年4月4日21-61編成2003年4月4日22-62編成が導入されました。走行装置は500形のものが流用されました。

61_141230_3 2014/12/30 江ノ島~腰越
江ノ島駅を出発し、腰越までの併用軌道に入る21-61+305-355編成

10形と似た造りであるものの、構造は簡略化され、製造コストも削減され、前面の排障器は省略され、側面窓は角形に屋根カバーも省略されました。前面の絞り込み形状も変更され、乗務員室は広くなりました。
22_151128 22-62編成 2015/11/28 峰ヶ原信号所

前面側面にLED方式の行き先表示器が設置され、連結面には転落防止幌が設置されました。これらは江ノ電初の装備でした。
62_150524_3 22-62編成 2015/5/24 江ノ島

車内設備はドアチャイム設置、車椅子スペースの設置など交通バリアフリー法に対応したものとなり、車内自動放送装置はIC式となりました。

21_151128_2 21の運転台 2015/11/28 極楽寺検車区
11/28の江ノ電タンコロ祭りでは21-61編成が休憩車輌となっており、内部の写真を撮ることが出来ました。

車体塗装は江ノ電カラーの緑とクリーム色ですが、色調は300形などの旧型車とは若干異なり、1000形新500形も同様の塗装になりました。

62_150524 22-62編成の連節台車 2015/5/24 江ノ島

江ノ電タンコロ祭 2015の様子は車両関連の記事終了後、この江ノ電シリーズで報告致します。

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2015年12月10日 (木)

京急ファミリー鉄道フェスタ2015 part9 1000形(2代) その1

2015年5月24日、久里浜の京急ファインテックで開催された「京急ファミリー鉄道フェスタ2015」、今回は1000形(2代)の紹介です。

1000_057_100613 通常塗装時代の1057編成   2010/6/13   八丁畷

デビューは2002年4月15日で、その頃はまだ初代1000形も現役でしたので、新1000形と呼ばれました。700形や初代1000形の置き換え用として、2100形の車体、主要機器をベースとして設計され、快適性の向上、環境への配慮、省エネルギー化、保守の低減を目指した車両です。増備されるにつれ、800形2000形をも置き換えて行きました。

2006年までに製造された車両(1~5次車)はアルミ軽合金車体、ドイツ製主制御器、主電動機を採用しているのに対して、2007年以降に製造された車両はステンレス製車体、日本製主制御器、主電動機搭載車になっています。

車体は都営地下鉄浅草線乗り入れ規格「1号線直通車車両規格」に基づいた、全長18m、片側3扉車で、外観デザインは2100形の三次元曲面を踏襲し、正面向かって左側に非常用スイングプラグドアが設置されました。座席は5次車までは客用扉間ロングシート、車端部クロスシートなのに対して、6次車からは車端部もロングシートとなりました。

8両、6両、4両編成が製造され、8両編成は1001から、6両編成は1301から、4両編成は1401から付番されました。2015年までに8両編成22本(アルミ車9、ステンレス13)、6両編成12本(すべてステンレス)、4両編成23本(アルミ12、ステンレス11)が製造され、京急で最大の340両の所帯となっています。

アルミ車両

主要機器

制御装置はVVVFインバータ制御装置で1/2次車では2100形と同じGTOサイリスタ素子方式、3-5次車ではIGBT素子方式となっています。3次車以降、雨天時の空転対策のためMT比が上げられました。

主電動機はSiemens社製 1TB2010-0GC02系、出力190 kW で1-5次車で互換性を持たせてあります。
SIVは三菱電機製のIGBT素子 (IPM) を使用した静止形インバータ方式で8両編成では150 kVAのNC-EAT150Aを、4両編成では75 kVAのNC-EAT75Aをそれぞれ編成に2台搭載しており、出力電圧は三相交流440 Vです。
CP はドイツ・クノールブレムゼ社製のスクリュー式の装置で、除湿装置、起動装置などを一体形としたものです。8両編成ではSL-22形(吐出量1,600 L/min)、4両編成ではSL-6形(吐出量800 L/min)を編成に各2台搭載しています。

集電装置は東洋電機製造製のPT7117-A形シングルアーム式パンタグラフを搭載しています。

駆動装置は2100形と同一のTD平行カルダン駆動方式で、たわみ板材質を特殊鋼から炭素繊維強化プラスチック (CFRP) へ変更し、継ぎ手カバーを不要として保守の容易化を図りました。

台車
は乗り心地・走行性・保守性の点から乾式ゴム入り円筒案内式のボルスタ付き台車を採用し、車体支持装置は車体直結空気バネ方式です。

冷房装置には三菱電機製の屋根上集中式CU-71H形・能力41.86 kW (36,000 kcal/h) を搭載しています。暖房装置は出庫時に外気気温が摂氏10度以下の際に作動する急速暖房器を備えています。

アルミ車両は8連と4連のみが製造されました。

1000_008_151017 8連第一編成 1001編成  2015/10/17 金沢八景

1000_408_151017 4連第二編成 1405編成 2015/10/17 金沢八景

一次車                                       赤字 東急車輌製造製 青字 川崎重工業製

←浦賀                                       
デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000
    Muc       Tpu           Tu           Mu            Ms          Ts        Tps         Msc
VVVF/CP  SIV/BT                   VVVF         VVVF                 SIV/BT   VVVF/CP

   1001      1002       1003         1004          1005       1006      1007       1008   02/2
   1009      1010       1011         1012          1013       1014      1015       1016   02/6
   1017      1018       1019         1020          1021       1022      1023       1024   02/5

デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000
  Muc1     Tpu1         Tps1        Msc1
VVVF/CP  SIV/BT   SIV/BT     VVVF/CP
    1401      1402       1403         1404        02/6
    1405      1406       1407         1408   
02/6

8両編成1本と4両編成1本を6両編成2本に組み替えられるような機器構成となっているのが特徴でした。4両編成の付随車浦賀方には編成替え時の増設用パンタグラフの準備工事もなされていました。

1000_033_151031_2 8連 第五編成 1033編成 2015/10/31 京成高砂

1000_416_120_151017 4連 第四編成 1413編成 2015/10/17 京急川崎

二次車

←浦賀                                       
デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000
    Muc       Tpu           Tu           Mu            Ms          Ts        Tps         Msc
VVVF/CP  SIV/BT                   VVVF         VVVF                 SIV/BT   VVVF/CP

   1025      1026       1027         1028          1029       1030      1031       1032   03/5
   1033      1034       1035         1036          1037       1038      1039       1040   03/6

デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000
  Muc1       T            Tp            Msc1
VVVF/CP    BT        SIV/SIV     VVVF/CP
    1409      1410       1411         1412   03/7
    1413      1414       1415         1416 
03/7

8両編成の機器配置は1次車と同じですが、4両編成はパンタグラフをTp車に2基搭載し、蓄電池とSIVの搭載方式も変更しました。1次車で考慮された編成の組み替えは2次車では考慮されなくなりました。

1000_056_151017 8連 第七編成 1049編成 2015/10/17 南太田

1000_420_110508 4連 第五編成 1417編成 2011/5/8 八丁畷

三次車

←浦賀                                       
デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000
    Muc       Tpu           M2u        M1u        M1s        M2s       Tps         Msc
VVVFA/CP SIV/BT VVVFB     VVVFA    VVVFA      VVVFB  SIV/BT  VVVFA/CP

  1041       1042      1043        1044         1045        1046       1047       1048    05/1
  1049       1050      1051        1052         1053        1054       1055       1056    05/3

デハ1000      デハ1000   サハ1000    デハ1000
  Muc1            M2            Tp            Msc1
VVVFA/CP  VVVFB/BT  SIV/SIV/BT  VVVFA/CP
    1417            1418          1419          1420       05/3
    1421            1422          1423          1424     
05/3

三次車では8両編成は6M2T, 4両編成は3M1T へとMT比が上げられたため、ユニットが電動車2両からなるユニットと電動車と付随車からなるユニットの2種類になりました。VVVFAは1C4M制御ですが、VVVFBはVVVFA側から1C8M制御されます。

素子もGTOからIGBTに代わり、冷却方式も強制風冷方式からヒートパイプ自冷方式になりました。主電動機は従来品との互換性を保つため190kWのままとされました。

1000_057_keikyu_yellow_happy_train_ 8連 第八編成 1057編成 2015/5/24 京急ファイテック YELLOW HAPPY TRAIN

1000_433_110508 4連 第九編成 1433編成 2011/5/8 生麦

四次車

←浦賀                                       
デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000
    Muc       Tpu           M2u        M1u        M1s        M2s       Tps         Msc
VVVFA/CP SIV/BT VVVFB     VVVFA    VVVFA      VVVFB  SIV/BT  VVVFA/CP

  1057       1058      1059        1060         1061        1062       1063       1064    05/8

デハ1000      デハ1000   サハ1000    デハ1000
  Muc1            M2            Tp            Msc1
VVVFA/CP  VVVFB/BT  SIV/SIV/BT  VVVFA/CP
    1425            1426          1427          1428       05/7
    1429            1430          1431          1432     
05/7
    1433            1434          1435          1436      05/8
    1437            1438          1439          1440      05/8

1000_065_151017 8連 第九編成 1065編成 2015/10/17 金沢八景

1000_441_151017 4連 第11編成 1441編成 2015/10/17 京急川崎

五次車

←浦賀                                       
デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000
    Muc       Tpu           M2u        M1u        M1s        M2s       Tps         Msc
VVVFA/CP SIV/BT VVVFB     VVVFA    VVVFA      VVVFB  SIV/BT  VVVFA/CP

  1065       1066      1067        1068         1069        1070       1071       1072    06/10

デハ1000      デハ1000   サハ1000    デハ1000
  Muc1            M2            Tp            Msc1
VVVFA/CP  VVVFB/BT  SIV/SIV/BT  VVVFA/CP
    1441            1442          1443          1444       06/11
    1445            1446          1447          1448     
06/11

ステンレス車両(六次車以降)については次回の記事で。

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2015年12月 9日 (水)

東武ファンフェスタ 2015 プロローグ

2015年12月6日、東武鉄道南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ 2015」に参加してきました。2011年に次いで2回目の参加となります。

151206_5 南栗橋駅でのこういったお出迎えの様子は前回も同じでした。

151206 開場直後の様子 2015/12/6

南栗橋駅からシャトルバスに乗車して5分程ですが、すでに門から会場奥まで長蛇の列でした。

151206_2 会場の南栗橋車両管区の表札

前回2011年は東武野田線開通100周年を記念して、野田線(現在はアーバンパークライン)と伊勢崎線(東武スカイツリーライン)を結んだイベント列車が運行されたのに対して今回は北千住から会場まで、先頃登場した「フライング東上号」 復刻塗装の8198Fと東武博物館所有の動態保存車8111Fの10連の特別列車が運転されるとのことで、そちらも越谷駅で撮影致しました。

8198f8111f_151206 8198F+8111Fによる北千住から会場に向かう特別列車 越谷

8198Fと51092F11月28日からこの塗装、ラッピングで東上線で活躍中ですが、8198Fは秩父鉄道経由で伊勢崎線に回送され、イベント特別列車としての走行となりました。

151206_1 151206_2_2
会場は車両撮影会、車両工場、物販コーナーに分かれますが、

151206_4 車両撮影会は混乱を避けるため人数限定入場方式、各回15分の時間制限でした。

編成は左から8198F「フライング東上」、8111F、61617F、300/350系、1819F、200系、106F「日光詣」(JR乗り入れバージョン)でした。

20052014 2005年の第1回から昨年の第10回までの車両撮影会の写真も展示されていました。

2005年1800系の通勤改造車が展示されていたり、2006年には東急から伊豆急に行った車両が展示されていたりと10年間で車両の顔ぶれも随分変わっていることを感じました。

C11_207_151206 また、東武鉄道ではJR北海道、新ひだか町と協力してC11207号機の復活プロジェクトも手がけており、その紹介もありました。

12202_151206 10000系 12202Fを使ったドア開閉実演

工場の方も、歴代の車両に搭載された電動機、制御器などが紹介されており、なかなか興味深かったです。

105_111204 前回、2011年には100系105編成がリニューアル工事で入場していましたが、12月29日から新塗装「雅」で運転を開始しました。

100_102_151206 今回は102編成 雅が入場中でした。

これからシリーズ化して報告致します。

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2015年12月 8日 (火)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 14 Boeing 767 Delta Airlines

毎年1月に開催されるゲノム、遺伝子関係の学会参加で2000年代に入ってからSan Diegoにはよく出張し、そのついでに空港でのスポッティング、市内でのTrolleyなどの鉄道の撮影をしました。
空港で撮影した旅客機の写真、アメリカのメジャーキャリアの写真は他の空港でも撮影しているので避けてきましたが、ネタも底をついてきましたので今回からは既に他空港の写真で紹介済みのメジャーキャリアの写真を紹介しようと思います。

最初はデルタ航空のBoenig 767-300です。

N129dl_boeing_767332_cn_24079_ln209
N129DL Boeing 767-332 cn 24079 ln 209 2003/1/13 SAN         

デルタ航空はジョージア州アトランタ (Hartsfield–Jackson Atlanta International Airport)に本拠地を置く航空会社です。航空連合ではスカイチーム(他にAir France -KLM, Alitalia, Virgin Atlantic, Virgin Australia)の創設メンバー、中心的な航空会社でもあります。日々5400便を運航し、六大陸の64カ国、334を目的地とするネットワークを構築しています。ローカルサービスは傘下のDelta Connection が担当しています。

                Delta logo.svg

1924年5月30日Huff Daland Dusters, Incorporated という作物の散布作業会社としてジョージア州Maconで設立し、1928年9月13日、買収により、ルイジアナ州モンローに移転しDelta Air Serviceと改名しました。
社名はミシシッピーデルタに由来するそうです。1929年6月17日から旅客サービスを開始し、1941年アトランタに移転しました。世界で6番目に古い航空会社であり、現存するアメリカの航空会社としては最長の歴史を持つ会社です。ちなみにデルタ航空の歴史において吸収されたWestern航空1926年に、Northwest航空1927年に旅客サービスを開始していました。

デルタ航空の86年間の歴史は合併に次ぐ合併の歴史でもあり、それを見てみると

1) Chicago and Southern Air Lines 1933年に設立 1953年統合 1953年に合併し、2年間Delta-C&Sの社名が使われました。

2) Northeast Airlines 1931年に設立 1972年統合

3) Northwest Airlines 1926年に設立 2010年統合 Northwest Orient Airlinesの時代もありました。
4) Republic Airlines 1979年に設立 1986年に Northwestが統合

5) Hughes Airwest 1968年 Air Westとして設立 1970年にHughes Airwestに 1980年 Republicと統合
6) Bonanza Airlines 1945年に設立 1968年にAir Westと統合

7) Pacific Air Lines 1941年に設立 1968年にAir Westと統合

8) West Coast Airlines 1941年に設立 1968年にAir Westと統合

9) North Central Airlines 1944年にWisconsin Central Airlinesとして設立 1952年に改名 1979年にRepublic Airlinesと統合
10) Southern Airlines 1944年に設立 1979年にRepublic Airlinesと統合

11) Pan American World Airways 1927年に設立 1991年の倒産時にDeltaが資産とルート権を購入
12) Atlantic, Gulf, and Caribbean Airways 1927年に設立 1928年にPan AMと統合

13) American Overseas Airlines 1937年に設立 1950年にPan AMと統合

14) Aviation Corporation of the Americas/American International Airways 1926年設立 1928年にPan AMと統合
15) National Airlines 1934年に設立 1980年にPan AMと統合

16) Western Airlines 1925年に設立 1987年にDeltaと統合

17) Standard Airlines 1927年に設立 1930年に Western Airlinesと統合

まさに資本主義国家アメリカを象徴する食いつ食われつの統合劇の繰り返しのように見えます。

N1200k_boeing_767332er_cn_28457_ln6 N1200K Boeing 767-332ER cn 28457 ln 696 2002/1/17 SAN

第二次世界大戦の際には米軍への協力を余儀なくさせられ、戦後は規模を急速に拡大させました。

1955年、アトランタにおける「ハブ&スポーク」の乗り継ぎシステムが確立し、1960年代にはDouglas DC-8などのジェット機を導入し、1970年代には機材はジェットで統一されました。

1987年、太平洋路線に進出し、DC-10でポートランドから成田に就航、1991年にはPan AMから大西洋線とヨーロッパ路線を買収しました。

2005年、原油価格高騰による燃料費増加で収益が悪化、さらにハリケーンカトリーナにより、地盤のアメリカ南部が被害を受け、経営危機に陥りましたが、2007年5月1日には連邦倒産法からの脱却に成功し、ニューヨーク証券取引所への再上場も果たしました。

Boeing 767フリートは

N101DA ln6 からN115DA ln 83までの-200タイプ 20機 すべて-232 (5機は発注のみ)
N116DL ln136 から N143DA ln 721までの-300タイプ 30機 すべて-332
N171DN ln 304 から N1613B ln 847までの-300ERタイプ 60機
N828MH ln 791 から N845MH ln874までの-400ERタイプ 21機 すべて-432(ER)

-200は既に全機リタイアしており、多くはABX Airで第二の機生を送っています。N102DAは"The Spirit of Delta" として有名な機体で保存されています。

-300の約半数は未だ現役ですが、初期の機体はハワイアン航空に売却され、N594, 596, 597, 598HAのレジで登録されています。

写真のN129DLもまだ現役です。

-300ERは一機N179DZ cn 30597 ln 797 がB-4025になり、中国空軍機になった機体があるもののそれ以外は全て現役です。上の写真のN1200Kも現役です。

N830mh_boeing_767432er_cn_29701_ln_ N830MH Boeing 767-432ER cn 29701 ln 803 2003/1/20 LAX

-400ERは以前、ORDとEWRの話題でも出てきましたが、-300の胴体を21.1ft (6.43m)延長し、ウイングスパンも14.3 ft (4.36m) 拡大し、raked wingtipsを装着し、脚長も再設計し、操縦席を777タイプにした機体で、まさにデルタ航空の要望で作られた派生型でした。エンジンはP& W PW4000 とGEのCF6が選択できました。結局、デルタとコンチネンタルのみが購入し、バーレーンの王室がVIP機として購入した以外は売れなかった機体です。

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2015年12月 7日 (月)

4扉車 西武2000系 1 その登場の頃

最近は関東地方のいろいろな私鉄の車両について触れていますが、幼稚園時代からお世話になっている西武鉄道が自分の鉄道趣味の原点と言えそうです。

2000_800524 小平を出発する準急西武新宿行 中央の折り返し線には701系 1980/5/24

今回からは1977年に登場した2000系です。1977年登場の2000系と若干形態が変わって1988年に登場した新2000系がありますが、2000系の方は今年になって老朽化による廃車も出始めています。

2000_7707 西武新宿を出発した各停 上石神井行き 1977/7 新大久保のホームから

2000系登場の頃、私は大学3年でした。専門課程に通うため、保谷から池袋、地下鉄丸ノ内線本郷三丁目のルートでした。ただ、学科の本拠地は地下鉄千代田線根津駅に近かったので、途中から東伏見~高田馬場~大手町~根津経由に切り替えた記憶があります。2000系は当時、新宿線の乗車時間短縮のため導入されており、朝夕のラッシュ時間帯は各停、昼間は準急、急行に使用されていました。

2000_800601 各停田無行き 1980/6/1 武蔵関~東伏見 

抵抗制御、吊り掛けモータの赤電や601系、701系、801系カルダン車の冷房改造、HSCブレーキ化改造が盛んに行われていた時代に省エネ車両として界磁チョッパ制御、回生ブレーキ付き4扉車両であったことでかなり異彩を放っていたのは憶えています。

2000_810805 すでに方向幕は急行 本川越行きとなっている西武新宿行 1981/8/5

吊り掛けタイプの赤電がどんどん廃車され、601系以降が冷房改造されて塗色も黄色の時代になって行くということでこの変化を記録しておかなければというのが、私の西武鉄道撮影の原点だったので、それと重なる2000系の生涯はちょうど登場の頃からの記録となります。

2000_820808 現在とは違い、島式ホーム、外側通過線だった頃の沼袋駅を出発する西武新宿行 1982/8/8

1977年当時、西武新宿線は各停6連、池袋線は8連でしたので、2000系もクハ(2001)+モハ4両 (2101, 2102, 2201, 2202) +クハ (2002) の6連で登場しました。もちろん、今と違ってスカート、電連、側面表示器も無しでした。

製造はすべて所沢車両工場で、
2001     1977.2.11
2003     1977.3.31
2005     1977.5.28
2007     1977.7.21     
2009     1977.9.30
2011     1977.11.14
2013     1978.3.30   以上が一次車
2015     1978.5.31
2017     1978.7.28   
2019   1978.9.29
2021     1978.11.29
2023     1979.1.30
2025     1979.3.28
2027     1979.5.18
2029     1979.7.11   以上が二次車
2031     1979.9.4
2033     1979.10.30  以上が三次車

1976年度末から1979年にかけて17編成がほぼ2ヶ月おきに竣工したことが分かります。

2031、2033編成は1983年、新宿線のホーム有効長が延伸されたため、編成が解体され、モハは2両ずつ、2001から2007編成に組み込まれ、改番2301~2308とされ、8連化、両端クハは半数が方向転換され、、新製されたクモハ2401形 (2409, 2411, 2413, 2415)とペアを組むことになりました。このときに、同じ形態の2401~2407編成が製造されました。

クモハ (奇数車) クハ (偶数車)

2401 x2     1983.2.7
2403 x2     1983.3.1
2405 x2     1983.4.7
2407 x2     1983.5.12      
2409         1983.6.13   + 2410 (ex. 2031)  
2411         1983.6.13   + 2412 (ex  2032)
2413         1983.7.13   + 2414 (ex  2033)
2415         1983.7.13   + 2416 (ex  2034)    以上4次車

1983年の秋、所沢車両工場ではこれら2000系2連の製造を終えた後、3000系の3001, 3003, 3005編成が11月、301系311編成も11月に竣工しています。私は1983年4月からつくばに移り住んでいました。

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2015年12月 6日 (日)

隅田川貨物駅フェスティバル 2 EH500-5

2015年10月25日、JR貨物の「隅田川貨物フェスティバル」、今回はもう1台の機関車展示、EH500-5号機です。

Eh5005_151025_2 EH500-5 2015/10/25 隅田川貨物駅

拙BlogではEH500形の写真を1両ずつ紹介しており、ちょうど10月26日5号機を紹介予定だったこともあり、5号機が展示されているのを見たときは「あれっ!」と思いました。今回は当日の写真とEH500に関連した話題で記事にしようと思います。

Eh5005_151025_16 憧れのマンモス機を間近で見ることが出来た貴重な機会でした。

EH500形は1997年から製造され、2012年度(2013年3月)に製造された81号機が現在のところラストナンバーとなっています。
901、1~44、51~66、73~81号機の70両が仙台総合車両所に45~50、67~72の12両が門司機関区に配置され、仙台配置車両は首都圏から五稜郭(函館貨物)の貨物列車を、門司機関区配置車両は幡生操車場から福岡貨物ターミナルまでの貨物列車牽引を担当しています。門司へのEH500形の配置は九州への1300t貨物の直通を可能にしたとされています。

本来、交直両用機であり、交流区間も50/60Hz対応なので、保安装置と軸重の問題がなければ電化区間ならどこでも運用可能な機関車ですが、面白いことに、首都圏では東京貨物ターミナル乗り入れはありません。また東海道、山陽ルートも幡生操車場以東への乗り入れもありません。

Eh5005_151025_5
2016年3月26日、北海道新幹線、新青森~新函館北斗間の149kmの開業がすでに発表されています。、青函トンネルを含む津軽海峡線のうち新中小国信号場から木古内までの約82kmは新幹線と在来線の共用区間で、2014年12月1日からH5系新幹線電車を使用した走行試験が開始されています。

津軽海峡線は日中の在来線運行時間帯は在来線運行管理システムが管理し、夜間の新幹線走行試験時間帯はCYGNUS (Computer system for signal control and useful maintenance of Hokkaido Shinkansen) と名付けられた列車の運行管理、制御機器監視システムに切り替えて、新青森以南のJR東日本のCOSMOS (Computerized Safety, Maintenance and Operation Systems of Shinkansen) と接続して試運転を管理しています。
新幹線の走行試験はこの切り換え方式で行えますが、開業後は貨物列車がCYGNUS管理下の共用区間を走るため、CYGNUS管理状態に固定した状態で1日以上システムが安定して稼働するかのチェックが2016年1月1日に全列車を運休して行われることも既に発表されています。

Eh800901_151025 まだEH800の実物に逢っていないものですから、こんな写真で

新幹線の架線電圧25kVと従来からの20kVの両電圧に対応し、新幹線用保安システムDS-ATCに対応した複電圧交流電機がEH800で、2012年11月901号機が落成し、12月から性能試験が実施され、2014年度から量産も開始され、7月16日からED79の運用を代走する形で営業運転に投入されています。量産機もすでに14号機まで落成、五稜郭機関区に配置されています。

Ed79_5355_101024_2 来年3月でお役ご免?となるED79 50番台 2010/10/24 千刈踏切

来年春以降、EH500形はEH800形の製造、投入分余剰となるわけで、それがどのような運用の変更、所属の変更になるか興味があったのでイベントの際にJR貨物の方に質問してみました。

1) 現時点では仙台配置機が門司に移動するような転属の話はない。
2) 青函からの撤退で余裕が生じる分は首都圏、奥羽本線北部の運用に回す予定。
3)  門司機関区の運用範囲は熊本まで拡大

という状況で現時点では3月改正以降の運用を考えているとのことでした。

首都圏の運用については黒磯における地上切り替え方式の交直接続が、設備の老朽化もあって近い将来、黒磯~高久間にデッドセクションを設けて車上切り替え方式とするプロジェクトがあるそうで、その辺の推移を考慮して東北本線の直流機の運用をEH500形の運用の南下延伸で置き換えて行くのではないでしょうか。既に同区間用なのかE531系3000番台5連3本も出場しています。

2015年3月改正の運用における黒磯折り返しを見て見ると
                                                                              折り返し時間
A109   3084レ  2:32  ======   8:02    4083レ A110    5h30m
A126   4070レ  0:18  ======   6:58    3089レ A127    6h40m
A130   3064レ  9:00  ======  11:43  3083レ  A131         2h43m
A138   3078レ  3:07  ======   6:38   1075レ  A139         3h31m
A139   1074レ   12:48  ======  10:07  3085レ  A140        21h19m
A154   4086レ   2:45  ======  10:22  4089レ  A155        7h37m
A158   4078レ 19:54 ======    0:28  4053レ  A159       4h34m
A160   4054レ  3:38   ======   9:53   臨8179レ A161      6h15m
A161  臨8178レ 19:48 =====    1:40  4085レ  A162        5h52m
A174 4084レ  23:38  ===== 5:42   1071レ  A175        6h04m
A175  1070レ  11:07  ===== 1:24   3079レ  A176    14h17m
A181  3082レ  21:08 ======  2:33  4071レ  A182        5h25m

となっており、折り返し時間から考えて、黒磯で折り返さず、首都圏のターミナルあるいは新鶴見のような継走場所までEH500が運用された場合、現行の折り返しに対して新たに機関車が必要なケースと必要でないケースに別れますが、いずれにせよ機関車運用に余裕が生じるのでこれらの運用のいくつかかは首都圏直行となり、東京ターミナルや蘇我などまだEH500が乗り入れていない場所に運用が設定されるのかと思われます。

私も、北海道新幹線開業前の在来線での青函トンネル通過と函館貨物や津軽海峡線でのEH500、ED79の見納め、EH800の初撮影に12月20日からの1週間、青森、函館旅行を計画しております。

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2015年12月 5日 (土)

新京成サンクスフェスタ in くぬぎ山 2 8800形

2015年10月24日の「新京成サンクスフェスタ」、今回は新京成8800形について触れようと思います。

88051_151024_2 2015/10/24  くぬぎ山車両基地

イベントでは8805編成が運転席での記念撮影、車内放送体験、休憩所として開放されており、車内見学もできました。

新京成で現在活躍中の車両は、前回の8000形を最古参に、8800形、8900形、N800形と8ではじまる形式名となっています。これは既に引退した800形が新京成にとってみれば非常に使いやすく会社の発展に貢献した車両であったため、その800にこだわったという説もありますが、京成グループとして、相互乗り入れしている都営地下鉄、京浜急行などとの協定から車番重複を避けるため、京急は1,2(例外で600, 800)、京成は3,4、都営は5,6、北総は7、新京成は8、9は千葉ニュータウン鉄道に割り当てられているからだそうです。

8800形は1986年に登場した8000形のモデルチェンジ車であり、直流1500V鉄道路線用として早期に、関東地方の新規製造車両では最も早くVVVFインバータ制御を本格採用した車両としても有名です。8800という数字は新京成オリジナルの800形と8000形の総集編的意味合いもあるそうです。

製造年次 1986年~1991年
車体 18m級 普通鋼製 両開き3ドア

88055_151024_3
制御方式 GTOサイリスタ VVVFインバータ 三菱電機製 MAP-148-15V06形
1C2MX2
電動機 三菱電機製かご形三相誘導電動機 135kW
駆動方式  歯車比 101:15 (6.73)
ブレーキ 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
8805_151024
台車 住友金属製ダイレクトマウント式空気バネ台車 電動車FS514,FS514A 付随車 FS014,FS014A
保安装置 1号型ATSおよびC-ATS
冷房装置 三菱電機製 CU-195A型集約分散式冷房装置

8805_151024_2
車内の様子 座席モケットは登場当初、一般席はオレンジ、優先席は灰色でしたが、後に交換され、一般席は薄紫、優先席は青系の柄入りになり、現在は8900形同様の一般席はワインレッド、優先席は青となっています。

8805_151024_3
ドア横のミラーは新京成の特徴のひとつです。

8800
表1 新京成8800形の登場時の編成

製造は日本車両製造で8両編成12本が登場しました。編成は松戸より先頭車の番号で8808編成と呼ばれました。

VVVFインバータ黎明期の車両であるがため、雨天時の空転が激しかったそうです。
88166_151024_3
8813と8816 塗装が変わるとイメージも大きく変わります。

88146_151024
編成展示では旧塗装の8805、8813の他、新塗装になった8814、8816が展示されていました。

京成千葉線直通運転が開始(1955年以来の再開)された2006年12月10日のダイヤ改正で編成替えが行われ、8連3本が6連4本に改造されました。

8800_2
表2 6連化改造工事と改番の様子
表1、表2ともにWikipediaを参考に作成しました。

2006年11月から8両編成を6両編成に改造する工事が開始され、松戸よりユニットのM2車(7号車)とT2車(5号車)が編成から抜かれ、搭載機器がVVVFに関しては相手方M1車にCPとSIVは両端先頭車に移設されました。さらに各編成から抜かれた中間車2両の先頭車化工事が京成車両工業・京王重機整備・日本電装で実施され、8804、8808,8812,8816編成が組成されました。
新たにCP, SIVが搭載され、パンタグラフはシングルアーム式になりました。

88011_140510 8801編成 2014/5/10 新鎌ケ谷

現在は新塗装になっていますが、旧塗装時代は側面の帯に細い線が入っており、これは京成線乗り入れ仕様を意味しました。8801~8804、8808、8811、8812、8816が乗り入れ仕様となっています。

88011_151024 新塗装になった8801編成 2015/10/24 松戸

8804_141011 ドアにも帯があった8804の旧塗装時代 2014/10/11 松戸

88071_140510 8807編成 2014/5/10 新鎌ケ谷

ドアの帯は省略された塗装です。

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2015年12月 4日 (金)

電気機関車 EH500シリーズ 7号機

ECO-POWER金太郎の愛称で親しまれているJR貨物、EH500形電気機関車、今回は7号機です。落成は2000年11月23日でした。

Eh5007_021229 2002/12/29 大宮

札幌貨物ターミナルから、新鶴見を経由して、名古屋ターミナルまで向かう3086~3075列車の五稜郭(函館貨物ターミナル)~新鶴見信号所間を担当するのがEH500の役割で、白昼、山手貨物線を駆け抜ける数少ない貨物列車でもあります。
この写真は私が初めてEH500を撮影した一枚です。接近してきたときのブロワー音の大きさなどこれまでの機関車とは異なる迫力を感じました。

Eh5007_030909 2003/9/9 大宮

朝9時前に大宮を通過する3087列車

Eh5007_031228 2003/12/28 常磐貨物線

EF641000番台とともに、単機重連で隅田川から田端まで回送される7号機

Eh5007_040306 2004/3/6 黒磯

雪の黒磯駅での機関車交換 黒磯駅の交直地上切り替え設備の老朽化でシステム変更も近いと聞いています。かつては当たり前だった交直機の引き継ぎもやがては見られなくなるのでしょうか。

Eh5007_050423 2005/4/23 熊久保踏切

交流区間の南端、黒磯を目指す7号機

Eh5007_060711 2006/7/11 東仙台

ここは長町、宮城野(仙台貨物)を経由した貨物線が東北本線と合流し、仙台センターに至独特の線形の駅です。

Eh5007_060924 2006/9/24 大宮

Eh5007_060924_2 2006/9/24 田端

通常よりも5時間程度遅れて、大宮を通過した3056列車、10月1日開催の鉄道フェスティバル東北のHM付きの7号機で、田端でそのHMを撮影

Eh5007_101024 2010/10/24 第一大野踏切

奥羽本線や津軽海峡線から青森信号場に向かう列車が撮影出来るポイントですが、来年3月以降は大きく変わることでしょう。

Eh5007_101103_2 2010/11/3 中通り踏切 栗橋~古河

Eh5007_140717 2014/7/17 ひたち野うしく~荒川沖 二十三夜尊前踏切

Eh5007_141012 安中貨物 2014/10/12 荒川沖~ひたち野うしく 妙向寺踏切

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2015年12月 3日 (木)

1989年のDüsseldorf Airport その41 NLM City Hopper Fokker F-27

1989年5月、ベルリンの壁崩壊前の西ドイツ、Düsseldorf空港で撮影した旅客機のシリーズ、前回に引き続きNLM City Hopper社の機体、日本でも全日空が使用していたFokker F27 Friendshipです。
Phkfl_cn_10606fokker_f27500_friends PH-KFL cn 10606 Fokker F27-500 Friendship 1989/5/4 DUS

Douglas DC-3の後継市場を狙って1950年代に開発が開始され、原型機の初飛行は1955年11月24日でした。エンジンはYS-11などにも採用されたロールスロイスのダートエンジンで、客室は与圧された28席機でした。

最初の生産型モデルは-100で乗客数44名のタイプでAer Lingus1958年11月に納入されました。初期のオペレーターは欧州ではBraathens SAFE、Luxair、他地域ではNew Zealand National Airways Corporation、Trans Australia Airlines、East-West AirlinesTurkish Airlinesでした。

1960年のRDa.6エンジン装備機の基本価格は23万8千ポンドで、生産は1987年まで続けられ、586機製造されました。さらにアメリカ合衆国でFairchildHiller社によるライセンス生産でF-27、FH-227として207機製造されています。

晩年多くが旅客型から貨物型にコンバートされましたが、最後の最大の貨物型オペレーターはFedEX Expressで末端の運送を担うFeeder 機として使用されました。これらも2009年にはATR42ATR72に置き換えられて行きました。このうちの1機はHickory Aviation Museumに展示されているそうです。

2010年6月
時点で65機が約30の航空会社で活躍しており、2013年6月時点では25機まで減少しましたが、13の航空会社で現役で多くは-500型、2機の-400、1機の-600が活躍しています。会社別ではイタリアの貨物航空会社MiniLinerが6機、Air Panamaが4機運航しています。アメリカ陸軍パラシュートチームがC-31Aとして1985年から使用しています。

日本でも冒頭に記述したように全日空1961年から25機使用し、当時まだアメリカの統治下だった那覇と鹿児島を結ぶ国際定期便にも使用されました、わたしも小学校の社会科見学で羽田空港を訪問した際に見ています。

一般的な仕様
乗員 2~3名
乗客 48~56名
全長 25.06m 82ft3in
全幅 29m 95ft2in
全高 8.72m 28ft7in
翼面積 70m2 750 sqft
MTOW   19,773kg 43,592 Ib
巡航速度 460km/h 286mph 248kn
航続距離 2600km 1616 mi 1404 nmi
上昇率  7.37 m/s 1451 ft/min

バリアント

-100    最初の生産モデル 44名
-200    Dart Mk532エンジン搭載機
-300 Combiplane   客貨両用タイプ
-300M Troopship オランダ空軍輸送機
-400   客貨両用タイプ Dart7 エンジン装備 大型貨物扉装備
-400M アメリカ陸軍 C-31A 
-500   胴体1.5m 伸長タイプ Dart Mk532エンジン搭載機 52名 1967年初飛行
-500M 軍用タイプ
-600   -200に大型貨物ドアを装備したクイックチェンジタイプ
-700   -100に大型貨物ドアを装備
200-MAR  非武装の海上哨戒機
F27 Maritime Enforcer 武装海上哨戒機
F-27  アメリカfairchild Hillerによるライセンス生産機
FH-227 F-27の胴体伸長バージョン

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2015年12月 2日 (水)

ご苦労様でした トワイライトエクスプレス part14 オハネ25 510番台

最近のこのシリーズでは「トワイライトエクスプレス」の特徴的な客車を紹介しています。今回はオハネ25の分化について触れてみようと思います。

1974年4月、日豊本線南宮崎電化のダイヤ改正で最初の二段ハネオハネ25 0番台 がデビューしました。新幹線博多開業を翌年に控え、寝台特急の輸送力にも余裕が見えて来た頃で、定員は減少するものの設備の充実を優先した結果の登場でした。1974年から1976年にかけて91両が新潟鐵工所、富士重工業、日本車輛製造で製造されました。前年の1973年に登場した三段式オハネ24を基本に寝台を自動昇降装置付きの二段式に変更しての登場でした。

1976年から1980年にかけて寝台のセット、解体作業の省力化のため、上段寝台を固定したオハネ25 100番台が新潟鐵工所、富士重工業で146両製造されました。

2425_100718_2 電源車を含めて4両目の客車がオハネ25 510番台 20107/18 直江津
前位側の大窓がサロンコーナー

トワイライトエクスプレスの7号車に連結されるオハネ25 510番台はミニサロン付き2人用B個室寝台車”ツイン”でオハネ25 0番台 (40, 51, 67)から、1989年と1991年に鷹取工場で改造されました。

車内は前位側にサロンコーナーを設置し、その他の部分に2人用個室ツインを9室配置しています。ツインは間口1430mmで枕木方向に向かい合わせで2つのソファを配置し、その上に電動で上下する上段ベッドを設置しています。ソファは転換して下段ベッドになり、開放式2段寝台を2人用に仕切った形の2段式寝台となります。上下の寝台に窓が設けられているため、外観も特異な形態となっています。

25_510_020827_6 2002/8/27 札幌

各個室にはオーディオ装置が備えられ、後位側の2室は仕切り版を開けると4人利用が可能となっていました。サロンコーナーにはソファ、自動販売機、電話機が設置されていました。

特別なトワイライトエクスプレス」においてB寝台車は7号車に「乗務員室等」としてオハネフ25形が一両連結されるのみなので、今年3月のダイヤ改正でオハネ25 510は役割を終えました。

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2015年12月 1日 (火)

豊田車両センターまつり その1 E233系 0番台

2015年11月7日の豊田車両センターまつり、これから展示車両に関して系列ごとに記事にして行こうと思いますが、

展示車両(2015/11/7)

E233系 H48編成、青664編成、H53編成、T11編成、T39編成、青661編成、青662編成、青463編成、T20編成
E231系 A520編成
189系 M52編成、N102編成
211系 N323編成、N603編成
651系 K105編成

庫内
E233系 T26編成 T34編成 H56編成、青467編成
クハ201-1

のうちで、E231系A520編成2015/1/25の記事にしており、189系M52編成2014/12/7  や2015/6/21の記事で登場しており、N102編成2013/5/19の記事で登場しており、中央線の211系2015/2/19の記事などで触れております。

ということで今回は現在の中央快速線の主力であるE233系0番台について触れてみようと思います。

E233_467_151107 青梅線開業120周年のHMを付けて展示されていたE233系 青467編成 2015/11/7

E233系はE231系の改良・発展系列として、E231系によって置き換えられなかった通勤型車両の201系、203系、205系、209系、近郊形車両の211系の置き換え用として製造されてきました。製造メーカーは東急車輛製造 (2012年4月より、総合車両製作所横浜事業所)、川崎重工業、新津車両製作所(2014年4月より、総合車両製作所新津事業所)です。

製造に当たっては、車両の信頼性の向上、サービスの向上で、故障に強く、人に優しく、情報案内や性能を向上させ、車体強度を向上させることなどを基本コンセプトに据えています。

E231系やE531系の軽量ステンレス製車体を踏襲し、2005年の福知山線脱線事故の教訓から側面衝突時における安全対策も強化されました。
その一環として、台枠の側梁部材をそれまでの2種類の部材から厚みのある部材に統一し、側構体では戸袋部分の強度向上のため出入り口部材を厚みのあるものとし、補強板を追加しました。屋根構体でも屋根垂木材の板厚を増加させ、垂木部材の本数を増やしました。従来はバラバラであった骨組み部材の位置を直方体にくみ上げた後、一致するように配置し、車体の骨組みがリング状になるようにしました。その結果、E231系に較べて、静止強度が側面で約10%、台枠及び屋根で約30%上昇しました。

前頭部は踏切事故における安全対策から、衝撃吸収構造を通勤タイプにも取り入れ、乗務員室扉付近は意図的に壊れやすくしたクラッシャブルゾーンとして、衝撃エネルギーを吸収するようにしています。一方で運転士着席位置や客室部はサバイバルゾーンとして強固な構造にしています。先頭車後位の連結器も衝撃吸収緩衝器付き半永久固定連結器として、後位側の車両への衝撃の伝達を軽減しています。

前照灯はHID灯(キセノンガス、水銀、ヨウ化金属などを封入したバルブ内の電極間の放電で発光)とし、輝度の上昇、消費電力の減少、長寿命化に貢献しています。車外スピーカーも設置され、乗降時のアナウンスや発車メロディーが流されます。行き先表示器も初めてフルカラーLED方式になりました。

E233_tims_151107 TIMSの箱

走行系の機器類は故障や事故に備えて同一機器を2基以上搭載する二重化設計思想が採用されました。情報制御装置はTIMS (Train Information Management System)で運転台からの力行、制動指令はTIMSを介してVVVFインバータ制御装置やブレーキ制御装置に伝達されます。

E233_vvvf_151107 主制御器CCOS 2レベル方式は0/1、3レベル方式は0/0.5/1の方式でモータ電流を制御

主制御器は64ビットマイコンとIGBT素子による2レベルVVVFインバータ制御方式で電動機(MT75形 140kW)を1C4M 2群構成で制御しています。歯車比は1:6.06でE531系と同様です。
補助電源はIGBT素子を利用したSIV SC86形で容量は260 kVA (三相交流440V)で、こちらも片方が故障した際にバックアップが働く待機二重系となっています。

E233_cp_151107 E233系のCP 以前の系列では如何にも圧縮機といった形態が外観からも判別できましたが、最近の車両は箱に収められています。

CPはE531系で新規開発されたスクリュー式のナブテスコ社製MH3124-C1600SN3形式を採用しています。

E233_ps33d_151107 シングルアーム式 PS33Dパンタグラフ

集電装置はシングルアーム式PS33Dで、編成内で予備のパンタを装備しており、万が一常用パンタが全て壊れても予備のパンタで1ユニットが働くように設計されています。
ブレーキは回生ブレーキ併用の電気指令式空気ブレーキでTIMSを介して編成単位でブレーキ制御を行います。
台車はボルスタレス台車で制御車と付随車がTR255形およびTR255A形、電動車がDT71形を装着しています。

0番台には、
T編成 10両貫通編成 T1~T42
H編成 6+4両編成 H43~H59
青編成 青梅・五日市線用 6両 青660~670 4両 青460~467があり、

メーカーは

新津 T1~T14、T17~T19、T22、T23、T26、T27、T30、T31、T34~T42
東急 T15、T16、T20、T21、T24、 H43、H45~H52、H56~H58
    青660, 460, 663,463, 665, 465, 666, 466, 667, 467, 668~670

川重 T25、T28、T29、T32、T33、H44、H53~H55、H59
    青661, 461, 662, 462, 664, 464

となっています。

各編成における車両の番号の構成はE233系の場合、編成毎に下二桁の車両番号を揃えるように、モハなども枝番で区別していますが、

T編成

クハE233 モハE233/2 モハE233/2 サハE233 サハE233 モハE233/2 クハE232
  0               0             200             500           0              400            0

H編成 青編成

クハE233  モハE233/2 モハE233/2 クハE232 + クハE233  モハE233/2 クハE232
  0              0               200             500          500            600            0  

    A              A              A'                 B             B'              C      D

A:  T編成    1-42     H編成 43-59        青編成 60-70
A':  T編成 201-242  H編成 243-259     青編成 260-270         
B: T編成 501~542 H編成 501~517   青編成 518~528
B':  T編成  1~42  H編成 501~517   青編成 518~525
C: T編成 401~442 H編成 601~617   青編成 618~625
D: T編成    1~42   H編成 43~59      青編成 60~67

と10両貫通と6+4編成で形式の違う車両があるため、番号の並びがややこしくなっています。

E233_661_120817_2 事故後、5両を新造して生き返った青661編成 2012/8/17 拝島

青661編成2008年9月8日に東青梅~青梅間で発生した踏切障害に伴う脱線事故でクハE232-519以外の5両を新津車両製作所で代替新造しています。内装品は再利用されていますが1000番台に準じたマイナーチェンジ(アンテナの位置の変化、ワイパーがアームの長いタイプに)も行われています。青661編成は川重製造でしたが、クハE232-519以外は新津製となったため、妻面のビートの有る無し、雨樋の形状に違いが見られるようです。事故後の様子、新造の回送の様子はこちらこちらに。

H58編成は青658+458編成として出場しましたが、2008年4月1日付けでH58編成に変更されており、H59編成も2015年5月から青659+459編成からH編成になっています。

E233系 0番台の話題ではJR東日本が今年2月4日2020年度まで二階建てグリーン車2両を現在のT,H編成の3,4号車間に2両導入すると発表しました。車輌製造、ホームの延伸、信号機の移設、グリーン券売り場の設置工事、車両基地の汚水処理施設の設置などで総事業費750億円かけて施工されるようです。

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