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2016年2月29日 (月)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その4

正確に言えば、現在、8000系6R車は本線小菅付近は走っていませんが、8000系シリーズを続けているので、今回は6R車の話題で行こうと思います。

登場以来、4Rと2Rで製造が続けられていた8000系に初めて6R車が登場したのは1972年6月27日竣功の8156Fからでした。国鉄115系西武2000系などの5両編成と異なり、8000系の6R車は、4R用と2R用の制御系統を組み合わせた方式で3M3Tとなり、東武として初の通勤型電車新製冷房車でもありました。

    クハ8100   モハ8200   モハ8300   サハ8700 モハ8800 クハ8400
           CON1/PT   MG/CP     MG/CP    CON2/PT
8157_111204 8157F 2011/12/4 東岩槻
8156F, 8157Fはともに1972年6月27日竣工で、新製配置は8156Fは東上線川越電車区、8157Fは春日部検車区でした。

8157_151206_2
8157_151206 8157F 車内 2015/12/6 柏駅停車中
貫通路上の広告枠も残っています。

8157_151206_3 壁面には平成10年の修繕の年の表示が

1974年製の8164Fからは塗装色がそれまでのインターナショナルオレンジとロイヤルベージュのツートンからセイジクリーム一色となって登場しました。現在、4Rの81111Fがこの塗装になって活躍中です。まだこの復刻塗色編成を撮影していないので、

7800_7907071979/7/7 池袋

セイジクリーム一色時代の7800系 を載せます。この塗装は「下塗りのまま」とか、田畑山林の多い線区を走るため汚れが目立つなどと酷評された記憶があります。確かにわたしも上の写真を撮ったとき、西武の黄色い電車(ちょうど新101系が登場した頃でした)と比較して「なんて時代遅れで妙な塗装の車両が頑張っているのだ」と思いました。

8162_130525 2013/5/25 柏
1973年6月13日竣工の8162F 新製配置は森林公園検修区

8165_090905 2009/9/5  春日部
1974年6月10日竣工の8165F 新製配置は春日部検車区

8192_140524 2014/5/24 柏
1980年10月26日竣工の8192F 新製配置は春日部検車区

81110_151212 2015/12/12 柏
1982年2月13日竣工の81110F 新製配置は春日部検車区

81114f_110626 2011/6/26 大宮
1982年7月27日竣工の81114F 新製配置は春日部検車区

81117_111204_2 2011/12/4 東岩槻
1983年3月18日竣工の81117F 新製配置は春日部検修区

80006r 表 6R車として新製された8000系

現在6R車は東武博物館所有の8111Fを除き、全編成野田線の七光台検修区所属となっています。

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2016年2月28日 (日)

京急ファミリー鉄道フェスタ2015 part10 都営地下鉄5300系

2015年5月24日、久里浜の京急ファインテックで開催された「京急ファミリー鉄道フェスタ2015」、これまで同フェスタで展示された車輌を系列(京急の場合は形列?)ごとに紹介してきました。
京急ファインテックでは、京急の車両のみならず、相互乗り入れしている都営地下鉄浅草線や、横浜シーサイドライン、湘南モノレールなどの車両の整備も行っており、下の写真のように都営5300系の姿もありました。

そこで、今回は私個人としては殆ど縁がなく、写真も殆ど撮っていないのですが、都営地下鉄5300系について触れようと思います。

5300_150524_5
5300_150524
2015/5/24 京急ファインテック
庫内で修理中だった都営地下鉄5300系

そもそも東京には東京地下鉄(東京メトロ)だけでなく都営地下鉄があるのはなぜ?という疑問が沸きます、数年前、猪瀬直樹氏が都副知事の時代に両者の経営統合の話題が論議されました。

東京の地下鉄は東京地下鉄道1927年に浅草~上野間を開業し、1934年には新橋まで延伸しました。一方、東京高速鉄道が渋谷~虎ノ門間を開通させ、1939年1月に新橋まで延伸し、同年9月、両者が直通運転を開始し、今日の銀座線ができあがりました。

1938年、戦時体制下で鉄道やバスの経営統合を促進する陸上交通事業調整法が施行去れ、東京市内の地下鉄は1941年に半官半民で設立された帝都高速度交通営団に運営が移されることになりました。言うなれば国策会社の誕生です。

営団設立時の資本金は6000万円で、国が4000万、東京市が1000万円、東京横浜電鉄(東横)東武鉄道(東武)が各200万円、京成電気軌道(京成)・小田急電鉄(小田急)が各100万円、西武鉄道(西武)、武蔵野鉄道、国鉄共済組合が各50万円を出資しました。

戦後、GHQの「民間出資を排除するように」との要求に従い、1951年帝都高速度営団法改正がなされ、1952年に営団は民間から株式を買い取りました。
そういった経緯から東京の地下鉄は営団が建設するものとされていましたが、インフラ整備を急ぐため東京都は1957年6月の都市交通審議会において地下鉄建設は複数の事業主体で進めるべきと言う答申を出しました。

営団が受けていた第1号線(浅草線)の免許を東京都及び京浜急行が譲り受け、地下鉄事業に参入したのが始まりです。一方、営団は民間資本がなくなった後は国と都が同額ずつを出資し、国と都の出資比率は53.4対46.6になりました。政府は2001年、特殊法人などの整理合理化計画を策定し、営団は完全民営化に向けた第一段階として2004年を目処に特殊会社化することになりました。それが現在の東京メトロです。メトロの存在はメトロ法に規定されていますが、同法の附則第2条で出来るだけ早いメトロ法の廃止と株式の売却が求められています。

利用者にとっては同一事業者、単一の運賃が理想ですが、都営地下鉄はメトロに比べ経営規模が小さく、運賃も高く設定されています。一元化でメトロの運賃に一元化出来るのか、メトロ株を都が購入する出来るだけの資金的余裕があるのか、いろいろと問題があるようです。

5302_160211_2 2016/2/11 八ツ山橋 5302編成

話が大分それてしまいましたが、5300系は1960年の浅草線開業時から活躍していた5000系の置き換えを目的に1991年3月31日に営業運転を開始した車輌です。

8両編成 4M4T 27本 が

1次車・01 - 02編成(1990年度)/日立製作所製
2次車・03 - 06編成(1991年度)/川崎重工業製
3次車・07 - 10編成(1992年度)/日本車輌製造製
4次車・11 - 14編成(1993年度)/日立製作所製
5次車(日本車輌)・15 - 17編成(1994年度)/日本車輌製造製
5次車(近畿車輛)・18 - 21編成(1994年度)/近畿車輛製
6次車・22 - 26編成(1995年度)/日立製作所製
7次車・27編成(1997年度)/近畿車輛製  として製造されました。

GTO素子によるVVVFインバータ制御(1C4M:(三菱電機製T-INV1形、素子容量は4500V・2000A))方式で1時間定格出力165kW(5327編成は180kW)の主電動機を駆動しています。

台車は近畿車輛製の軸コイルばねの前後を筒型積層ゴムブッシュで支持したダイレクトマウント空気ばね台車(電動台車:T-1B (KD302) /付随台車:T-1C (KD302A))を装着しています。直通先の京浜急行電鉄(京急)の車両規定により、ボルスタレス台車は採用していません。昨日の東武の記事でも出てきましたが、ボルスタレス台車に関してはそれぞれの会社で大きく意見が分かれているようです。

ブレーキ装置は回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキで、遅れ込め制御を併用しています。基礎ブレーキ装置は、電動車が片押し式踏面ブレーキ、付随車は片押し式踏面ブレーキ併用ディスクブレーキとなっています。レール塗油装置は5310・5316・5326編成の7号車の京成成田側に取り付けられています。

補助電源装置は135kW出力のDC-DCコンバータ方式であり、電源変換は架線からの直流1,500Vを直流600Vに降圧し、空気圧縮機や冷房装置に供給しています。さらに、この直流600Vを内蔵の静止形インバータ(SIV)で単相交流200Vに変換、また整流装置で直流100Vに変換するシステムとなっています。

冷房装置は冷却能力48.9kW(42,000kcal/h)の集中式を1基搭載しており、制御方式はインバータによる容量可変式を採用し、DCコンバータからの直流600V電源を使用しています。

5302_160211_5edit
編成の構成は

←京急浦賀・西馬込
                          ◇  ◇            ◇  ◇
5300-1    5300-2   5300-3   5300-4   5300-5  5300-6  5300-7  5300-8
  M1c         T1          M1        T2         T3        M2       T4         M2c
VVVF,      DDC       VVVF      CP        CP      VVVF    DDC     VVVF
  BT                                                                                   BT

5次車からスカートの形状が長いものに変更となりました。

現在の運用区間は

都営地下鉄浅草線:押上駅 - 西馬込駅間
京急本線:泉岳寺駅 - 堀ノ内駅間
京急空港線:京急蒲田駅 - 羽田空港国内線ターミナル駅間
京急逗子線:金沢八景駅 - 新逗子駅間
京急久里浜線:堀ノ内駅 - 三崎口駅間
京成押上線:押上駅 - 青砥駅間
京成本線:青砥駅 - 京成成田駅間
北総鉄道北総線:京成高砂駅 - 印旛日本医大駅間  

となっており、最高速度が110km/hであることから、最高速度120km/hで運行ダイヤが設定されている成田スカイアクセス線での運用はありません。
5327編成以外は中高速域の加速が鈍いこともあり、京急線内のダイヤも長めに設定されています。

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2016年2月27日 (土)

東武ファンフェスタ 2015 2 工場内見学 11452編成の検査修理

2015年12月6日に東武鉄道南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ 2015」、前回に続いて工場内の様子で、今回登場するのは10000系 (10050番台) 4R 11452編成です。

11452_151206
10000系は8000系の後継として1983年に登場した通勤形車両で、7300系の置き換えも目的に製造されました。技術的には1983年より地下鉄有楽町線直通用に製造された9000系をベースに、4扉ステンレス製軽量車体、電動カム軸式バーニア界磁チョッパ制御方式で、2連、6連、8連が登場しました。

9001_151212 2015/12/12 朝霞台
東上線で活躍中の9000系

12201_160206_2 2016/2/6 西新井
9000系と非常に似たスタイルの10000系 2R車

1988年4月、マイナーチェンジした10030系が登場し、顔が変わりました。車体はコルゲート車体から,ビートプレス車体でステンレス光沢を押さえたダルフィニシュ(梨地)仕上げとなり、台車はボルスタレス台車に、補助電源はMGからSIVになり、2連、4連、6連、10連が登場しました。同じ時期、試作的にGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御を採用した4両編成1編成が登場し、10080系と命名されました。
1992年以降、製造された車両は10051以降に付番され10050系と呼ばれ、客室内車椅子スペース、補助送風機の設置、外観では冷房装置のカバーが連続式になるなどの変更がありました。
1995年までに総数486両が製造され、2007年から更新工事も施行されおり、2013年度からは制御器のVVVF化も行われています。

14452_091031 2009/10/31 朝霞台
東上線で活躍していた頃の11452F

11452_150429_2 2015/4/29 小菅
本線(スカイツリー線)急行線を行く11452F

11452編成は1992年10月26日にアルナ工機で製造・竣工し、東上線森林公園検修区に配属されました。2004年10月、川越工場で全般検査を受け、2008年3月、同じく川越工場で重要部検査を受けています。2012年2月29日、本線の南栗橋車両管区春日部支所に転属となり(転属の日は大雪だったようです)、2012年5月、南栗橋工場で全般検査を受けており、今回の入場は重要部検査だったようです(情報はこちらより)。

因みに東武の車両番号は 11452の場合を例に取ると
最初の1 10000系
2番目の1 浅草、池袋、柏から見て1両目
4      4両編成
52     第52編成 (50番台 第2編成)

西武の付番方式 20000系の場合 20152を例に
最初の2 20000系
3番目の1 飯能・西武新宿から見て1両目
5      8両編成 0なら 10両編成
2      第2編成            となっています。

11452_151206_1
台車は枕バリ(ボルスタ)の無いボルスタレス台車、SS009 付随車、SS110 電動車
空気バネに上下方向のみならず、左右方向の衝撃も吸収させることで、枕バリの機能を担わせ、枕バリをなくすことができました。

Ss009_151206_2 車体から分離された SS009 台車

軸箱支持装置     SU型ミンデンドイツ+軸エリゴバネ
揺れ枕装置     ボルスタレス空気バネ(ボスルスタレス用ダイアフラム)
牽引装置     1本リンク
固定軸距[mm]     2,200
車輪径[mm]     860

上の写真からは見えにくいですが、車体からの中心ピンが台車中央の牽引装置に差し込まれ、ゴムブッシュを介して1本のリンクで台車と繋がり、牽引力、制動力が伝達されます。

11452_151206_3
11452_151206_6 床下機器箱も開けられて中の様子を見ることができました。

他励式界磁チョッパ制御装置
力行:直列24段・並列21段・弱界磁他励界磁チョッパ制御
ブレーキ:回生及び抑速回生ブレーキ付
VMC-HTR20A : M1-M2 (1C8M)

12452_151206
普段見ることがない、中間車両の連結面や中間連結器も見ることができました。

14452_151206_2 台車を抜かれた14452

11452_160206_2 2016/2/6 西新井

11452編成、年末には検査を終え、南栗橋を出場し、上の写真のように2月6日には運用に復帰しているのを見かけました。

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2016年2月26日 (金)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 16 Northwest A320

このシリーズ、前回、前々回の記事ではデルタ航空Boeing 767/757について触れました。

今回は2010年1月31日にデルタ航空と経営統合し、その名前が消えてしまったNorthwest航空A320について触れてみようと思います。                      

                  

Northwest航空の社名は創業時に初めて定期便を飛ばした路線がシカゴと本拠地ミネアポリスの旧北西部領土(Northwest Territory)を飛んでいたことから同社の社名に選ばれたそうです。また日本との関わり合いも長く1947年から就航しており,東京のみならず,名古屋、大阪にも路線を持っており、さらにインカンバンド・キャリアとしてアメリカ本土~成田~アジア各地の路線、すなわち以遠権も無制限に与えられていました。

N340nw_airbus_a320212_cn_372_020117 N340NW Airbus A320-212 cn 373 2002/1/17 SAN

日本支社はアメリカ国外の支社として充実した体制を有しており、客室乗務員基地や整備部門、機内食部門だけではなく運航管理部門までも設置され、アジア太平洋地区におけるあらゆる業務を行うことから「第2の拠点」とさえ言われていました。

整備部門では200名近い要員を配置し、修理やエンジン交換も日本で行うことが多く、特に747用のエンジンは常時4基の予備エンジンを確保し、アメリカ本国から747の修理のために日本へフェリーフライトさせたり、日本支社の整備担当者がアジア地区の就航地へ出張することも多くあったそうです。

N352nw_airbus_a320212_cn_778_080118 N352NW Airbus A320-212 cn 778 2008/1/18 SAN

設立は1926年9月1日ノースウエスト・エアウェイズ (Northwest Airways) として創立し、3座席の複葉機 Curtiss OrioleWaco JYM を使用した航空郵便事業からスタートし、旅客輸送は1927年から開始されました。1934年に、Northwest Airlines, Incとして改組しました。株式上場は1941年2月14日でした。

特徴的だった赤い尾翼は、拠点のミネアポリスの冬の豪雪での視認性を良くするためのもので、1948年から保有機全ての尾翼が赤く塗られました。私もミネアポリス・セントポール空港で写真を撮影しましたが、ノースウエストのターミナルはまさに赤一色の世界でした。

N372nw_airbus_a320212_cn_1633_03011 N372NW Airbus A320-212 cn 1633 2003/1/14 SAN

この頃、アジア方面に積極的に路線を展開し、日本、台湾、韓国などへの運航を開始しました。1950年代になるとそれまでのBoeing 377 Stratocriser, Douglas DC-6B, Lockeed L188 (エレクトラ)などのレシプロもしくはターボプロップ機から、ジェット旅客機への機種変更がなされ、Douglas DC-8, Boeing 720, Boeing 707-320などが長距離路線に投入されました。

1970年代にはいち早くBoeing 747を就航させ,太平洋路線に投入、1972年5月にはDC-10を導入、エンジンをP&WのJT-9D仕様にしたDC-10-40が導入されました。1979年、カーター政権のディレギュレーション(規制緩和)政策で多くの路線に参入し、1986年には中堅のリパブリック航空を買収し国内線を強化しました。

1980年代Boeing747-400のキックオフカスタマーとなり、さらに757Airbus A320も大量導入しました。1997年には最高益をあげますが、2001年の9.11テロ事件、2005年には原油価格の高騰などで9月14日、連邦倒産法第11章の適用をデルタ航空とともに申請、2007年5月31日、経営再建となりました。

2006年にはインディペンデンス航空の運航権の買収、子会社コンパス航空の設立、さらにオランダKLM航空とのウイングス・アライアンスという名の航空連合、コンチネンタル、アリタリアも加わる予定でしたが、スカイチームの結成で消滅しました。

2008年1月、デルタ航空との合併交渉が開始され、同年10月29日、司法省の認可で合併が決まりました。合併当時はアメリカ最大の航空会社の誕生と言われましたが、2013年12月9日アメリカン航空US Airwaysと合併して1位の座を譲りました。

Table_a320_fleet 表1 Northwest Airlines A320 fleet list
Table_a320_fleet2 表2 Northwest Airlines A320 fleet list  つづき
Dataは Planespotter.net から

Airbus A320に関しては78機これまでに導入されており、初期の8機は既にリタイアしています。残りの70機のうち1機 cn 400 (ex N346NW) 以外は同じ登録記号のまま、デルタ航空に引き継がれ現役で活躍中です。

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2016年2月25日 (木)

4扉車 西武2000系 3 5次車、そして初期車両の廃車

西武鉄道、2000系の話題、今回はオリジナルタイプの中でも異色の存在である第5次車についてです。

1986年3月23日に田無駅で発生した追突事故で、2017F 6連のうち、2017,2117,2118, 2217の4両、2023F 6連のうち、2224,2024の2両、2415F 2連全車の8両が廃車となったことは前回の記事でも記述しました。

1989年には2017Fの2218,2018を2224と2024 (二代目)と改番して、2023Fの生き残った4両と組み合わせて新2023Fが組成されましたが、それよりも前の1987年に代替車として、6連2本

2031F (二代目) 1987.8.21 所沢車両工場
2033F (二代目) 1988.1.6   所沢車両工場

さらに1988年に、2連2本

2417F       1988.3.15 所沢車両工場
2419F       1988.4.18  所沢車両工場

が製造されました。 これらが第5次車です。

すでに新2000系が登場する時期でもあったため、車体はオリジナルタイプの2000系でも、箱形のベンチレーター、前面窓の助手席側にもワイパーの装備、側面の方向幕(2031F,2033Fは準備工事,2417F,2419Fは本工事), 客用扉窓の金属押さえなど、オリジナルタイプとは異なる点が多い形態となりました。主制御器も新2000系に準じたものになりました。

2000_011231 2001/12/31 小平

スカートのない更新前のスタイルの頃の5次車。最大の特徴は通風器がグローブタイプから箱形にかわったことです。

2000_2033f_140720_2 2033F 2014/7/20 所沢

更新を受けた後の2033F スカートが取り付けられ、行き先、種別表示器はLED方式に,パンタグラフはシングルアームになりました。バリアフリー化もなされ、側面ナンバーもプレート化されました。

2000_2_011231_2
2001/12/31 萩山
更新前の姿 既に行き先・種別表示幕の下地は黒となっています。

2000_2_2417130101_2 2417F 2013/1/1 萩山

更新後の姿、こちらもスカート、行き先・種別表示器、パンタがそれぞれかわっています。

<初期車両の廃車>

1977年から1979年の製造以来、36年の長きに渡って新宿線を中心に活躍してきた2000系オリジナル車も老朽廃車の時期がやって来ています。

2023F 2015年10月1日 上述のように田無事故で生き残った車両同士で組成された二代目の編成が最初に廃車回送されました。

2000_2009f_130813_3
2000_2009f_130813_2 2009F 2013/8/13 小川

2009F 2015年10月19日 6連では最も古いこの編成がそれに続き、

2013f_150926
2013f_150926_2 2013F 2015/9/26  萩山

2013F 2015年11月11日に廃車回送され、

2030_121231_2
2030_121231 2029F 2012/12/31  東村山
2029F 2015年12月3日に廃車回送となり、

2000_2026_121231 2025F 2012/12/31 萩山

2025F 2015年12月23日  最後はこの編成でした。

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2016年2月24日 (水)

隅田川貨物駅フェスティバル 4 鉄道コンテナについて2

2015年10月25日の「隅田川貨物フェスティバル」の話題、前回から鉄道コンテナについて触れています。前回の記事では国鉄時代からの有蓋コンテナの歴史、3tから5tへ、12ftコンテナの歴史を見て参りました。

今回はそれ以外の形式のコンテナということで、これまで何気なく撮った貨物列車の最後尾の写真なども含めて紹介して行きます。

Nel9779_151025 NEL-9779 2015/10/25 隅田川貨物駅

NELコンテナは6フィート、妻面・側面2方開きの日本通運オリジナルコンテナで貨車に積み込む際にはUM9A台枠の上にコンテナを2個搭載して運用されます。
私も萩の祖母が亡くなった際に萩の家にあった家具等を移す際にコンテナを利用したのを憶えていますが、12ftコンテナでは大きすぎるため、個人の家具一式等の移送用に開発されたのではと思います。

Ur18a_050822 UR18A-5624 2005/8/22 山科

Ur19a_151025 UR19A-1680

Uは私有コンテナの識別記号、Rは冷蔵コンテナで、URシリーズには
12ft: UR1 - UR4 - UR15A - UR16A - UR17A - UR18A - UR19A - UR20A
20-24ft: UR5 - UR29A
30-31ft: UR48A - UR52A
といった形式が存在します。
UR1は国鉄時代から1990年代にかけて九州を中心に活躍した鮮魚輸送コンテナなどが有名です。

050423 UF15A-700 2005/4/23 黒田原

UF15Aは冷凍コンテナで、700は日本石油輸送所有で総重量6.8tです。0番台はコンテナ毎に発電エンジンを搭載した方式、1000番台はコキ50000形57000番台に積載されたG30A形電源コンテナ・ZG形電源コンテナによる給電を受けて冷凍輸送する集中電源方式の冷凍コンテナでした。現在は集中電源方式は終了しました。

冷凍コンテナも

12ft: UF11A - UF12A - UF13A - UF14A - UF15A - UF16A - UF16R - UF17A
20-24ft: UF24A - UF25A - UF26A - UF27A - UF28A
30-31ft: UF39A - UF40A - UF41A - UF42A - UF43A - UF44A - UF45A - UF46A - UF47A  といった形式があります。

Uv51a_151025 UV51A-35157

Vは通風コンテナで、UV51Aは30ft私有コンテナで、35000番台は写真からも分かるように日本石油輸送所有(ヤマト運輸借受)で、全高2,600mm(規格外)、全長9,189mm(規格外)、総重量13.5tのコンテナです。コキ50000形貨車には積載禁止となっています。全て東急車輛和歌山製作所製です。2005年度登場で82台製造されています。
UVシリーズも
12ft: UV1 - UV17A - UV18A - UV19A
20-24ft: UV26A - UV30A - UV31A - UV32A
30-31ft: UV42A - UV46A - UV47A - UV50A - UV51A - UV52A - UV53A - UV54A - UV56A - UV57A
といった形式が存在します。

U54a_151025 U54A-30128,30124

U54Aは30ft・31ft私有コンテナ(有蓋コンテナ)であり、製造は東急車輛製造の大阪製作所及び和歌山製作所と中国国際海運集装箱で、30000番台で製造され、

Mc250_6_050812 2005/8/12 浜川崎付近

佐川急便所有 (SRCに搭載)

日本フレートライナー所有(西濃運輸借受)

北海道西濃運輸所有

ブリヂストン物流所有

福山通運所有

Exp_140622_50 U51A-30000番台コンテナの福山通運貨物列車

ディーライン(ダイニチグループ)所有

日本梱包運輸所有(西濃運輸借受)

Toyota_longpass_exp_070330 2007/3/30 府中本町

因みにトヨタロングパスエキスプレスはU55A-30000番台です。

U34a_060326 U34A-5013 2006/3/26 宇都宮貨物ターミナル

12ftより大きい有蓋コンテナの形式は
20-24ft: UC5 - UC7 - U8D - U28A - U28B - U29A - U29B - U30A - U30B - U30D - U30S - U31A - U31D - U32A - U33A - U34A - U35A - U36A - U37A - U38A - U40A - U41A - U42A

30-31ft: U43A - U45A - U46A - U47A - U47B - U48A - U49A - U50A - U51A - U51D - U52A - U53A - U53D - U54A - U55A - U60A
となっています。

151025_4
隅田川貨物駅のイベントでは49Aコンテナのリフトローダーによるつり上げ実演も行われていました。

140727_2094 UT5-6 2014/7/27 妙向寺踏切 2095レ

Ut18a_081130_3 UT18A-15 2008/11/30 常磐貨物線

UT5、UT18A はそれぞれ形態から分かるように、タンクコンテナです。

タンクコンテナにも
12ft: UT1 - UT3 - UT2A - UT2C - UT3A - UT3C - UT4A - UT4C - UT4F - UT5A - UT5C - UT5E - UT5F - UT6C - UT07C - UT10A
20-24ft: UT5 - UT6 - UT7 - UT9 - UT03C - UT6A - UT06C - UT7A - UT7C - UT8A - UT8C - UT9A - UT9C - UT9F - UT10A - UT10C - UT11A - UT11C - UT11F - UT12A - UT12C - UT13A - UT13C - UT13F - UT14A - UT14C - UT15C - UT16A - UT16C形 - UT17A - UT17C - UT18A - UT18C - UT19A - UT19C - UT20A - UT20C - UT21C
30-31ft: UT24C - UT26C   といった形式があります。

110824 2011/8/24 八丁畷 クリーン川崎号

UM13Aは20ft・床面積13平方メートルの一般品輸送向け私有無蓋コンテナで、1000番台は川崎市環境局所有で、
1001-1038 最大総重量10.1t、自重3.3t
1039-1050 最大総重量10.3t、自重3.3t
1051-1090 最大総重量10.1t、自重3.3t 1001 - 1050の老朽取換え用となっています。

UMシリーズも

12ft: UM1 - UM8A - UM8C - UM9A - UM9C
20-24ft: UM5 - UM11A - UM12A - UM13A - UM14A - UM14C - UM15A - UM16A - UM19A - UM20A - UM21A - UM21Z
30-31ft: UM20A - UM21Z - UM30S といった形式があります。

Uh20a_081130 UH20A-419 2008/11/30 常磐貨物線

UHシリーズはホッパコンテナで、
12ft: UH1 - UH3 - UH6A - UH8A - UH10A
20-24ft: UH5 - UH10A - UH16A - UH17A - UH18A - UH19A - UH20A - UH20B - UH22A   といった形式が存在します。

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2016年2月23日 (火)

新京成サンクスフェスタ in くぬぎ山 4 N800形

2015年10月24日、新京成くぬぎ山車両基地で開催された「新京成サンクスフェスタ」、今回はN800形です。

N818_141102 N818編成 2014/11/2 滝不動

N800形は2006年12月10日から開始された京成電鉄千葉線への片乗り入れ対応車両として、また登場から30年以上経過していた800形の後継車両として2005年に登場しました。NはNewを意味するそうです。

3016_151024 2015/10/24 京成津田沼
新京成N800形のベースとなった京成新3000形

新京成では1971年登場の800形以降、8000形、8800形、8900形と自社オリジナルの車両を設計・導入してきましたが、N800形では京成新3000形をベースとした車両になりました。

N838_151024 N838編成 2015/10/24 くぬぎ山

この旧塗装の側面の4本のマルーンの帯は新京成沿線の4つの自治体(松戸市、鎌ケ谷市、船橋市、習志野市)をイメージし、白帯は新京成電鉄を意味しているそうです。

N828_141102 N828編成 2014/11/2 滝不動

N828_151024_2
2015/10/24 くぬぎ山車両基地

ピンクのコーポレイトカラーをベースにした新塗装となったN828編成

まだ撮影はしていませんが、2015年12月には第4編成N848編成が新塗装で導入されました。

仕様

車体 軽量ステンレス製18m級 両開き3ドア

制御方式 IGBT素子 VVVFインバータ制御1C4M x 2 群 東洋電機製造製RG-692-A-M形

電動機 三菱電機製MB-5117-A形 かご形三相誘導電動機(端子電圧1,100V、電流83A、周波数80Hz、1時間定格出力125kW、定格回転数2,360rpm)

ブレーキ方式:三菱電機製MBSA形 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ

保安装置:1号型ATSおよびC-ATS

冷房装置:東芝製RPU-11018形(N818編成・N828編成)、三菱電機製CU-718形(N838編成・N848編成)屋根上集中式、能力46.52kW(40,000kcal/h)

編成構成

       <松戸
         号車    6          5          4          3          2         1
         形式 モハN808  モハN807 サハN806 サハN803 モハN802 モハN801
           M2c       M1            T              T             M1         M2c
                    CP/BT   PT/VVVF      SIV          SIV      PT/VVVF    CP/BT

2005/ 4          N818        N817        N816         N813        N812       N811
2010/12         N828        N827        N826         N823        N822       N821
2012/ 9          N838        N837        N836         N833        N832       N831
2015/12         N848        N847        N846         N843        N842       N841

製造は全て日本車輌製造

形式やMT比からみて、3,4号車の間に中間電動車を挿入して8連化可能となっていますが、今のところ増備計画はないそうです。

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2016年2月22日 (月)

電気機関車 EH500シリーズ 9号機

電気機関車EH500シリーズ、二次形最後の9号機です。

沖田祐作氏の機関車表データによる車歴です。

EH500-9     東芝府中工場=              2001-01-29 E134.4tBBBB(1067)
   車歴;2001-01-29 製造→ 納入;JR 貨物;EH500-9→ 配置;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部

落成は2001年1月29日です。

Eh5009_040208_1 2004/2/8 常磐貨物線

3056レを牽引して隅田川貨物駅に到着した9号機が田端に単機で回送される様子です。東北本線を走行中に台車に付いた雪が極寒の中、解けずに首都圏まで運ばれて来た様子が分かります。

Eh5009_040902 2004/9/2 西国分寺~新小平

西武国分寺線恋ヶ窪駅そばの武蔵野線撮影ポイントで3087列車を撮影したものです。

Eh5009_060312_1 2006/3/12 黒磯

Eh5009_060805 2006/8/5 北府中

3087列車を牽引して武蔵野線を北上

Eh5009_081123 2008/11/23 大宮

3087列車を牽引して大宮を通過

Eh5009_120721_2 2012/7/21 日和田

東北本線、郡山のひとつ先の日和田駅、中線があり、撮影しやすい駅です。

Eh5009_140211 2014/2/11 妙向寺踏切 (荒川沖~ひたち野うしく間)

フル編成の安中貨物を牽引

Eh5009_140301 2014/3/1 妙向寺踏切 (ひたち野うしく~荒川沖間)

こちらは下り列車、撮影時間は14時頃ですが、2097列車が遅れた時の写真です。
以上です。

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2016年2月21日 (日)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 1 Pan AM Boeing 737-200

ヨーロッパ各国の国際空港巡り、西ベルリン時代のテーゲル空港、デュッセルドルフ空港に続いては同じく西ドイツのフランクフルト・アム・マイン空港です。

言うまでも無く、ドイツ最大で、ヨーロッパにおけるゲートウエイ空港です。わたしも1986年の新婚旅行、1988年から1989年の西ベルリン滞在中、1998年のベルリン訪問、21世紀に入ってからも数度訪問しています。

空港コード FRA/EDDF

RUNWAY  07C/25C    4000 x 60 m アスファルト
       07R/25L    4000 x 45 m  アスファルト
       18 take off  4000 x 45 m  コンクリート
              07L/25R   landing  2800 x 45m コンクリート

日本から現在ドイツに飛ぶ便もフランクフルト・アム・マイン空港かミュンヒェン空港発着となっています。

1936年にライン=マイン空港、空軍基地として開設され、第二次大戦中はベルリン・テンペルホーフ空港に次ぐ第二の空港としての役割を果たしていました。戦後、1948年6月からのソ連によるベルリン封鎖では西ドイツ政府の主要な物資輸送基地として重要な役割を担いました。国際的なハブ空港となったのは1972年の乗客用ターミナル(現在のターミナル1)建設からです。

N68af_b737222_19058_49_panam_860622 Boeing 737-222 cn 19058 ln 49 Pan AM   1986/6/22 FRA

フランクフルト空港内部にベルリン線専用ゲートがあり、東西ドイツ分裂時代は西ドイツの飛び地であった西ベルリンとの間の空路を飛ぶ旅客機はこのゲートからの発着となっていました。西ドイツ人でもここから西ベルリンに飛ぶためにはパスポートの提示が求められました。
西ドイツ本土から西ベルリンに乗り入れられる航空機はN, G, F. SUの国籍機、すなわちベルリン地区を占領した占領国国籍機に限られ、空路も東ドイツ上空に定められたAir Corridor (Luftkorridor) と呼ばれた幅32km、高度10,000フィートの空路を飛ばなければなりませんでした。

この写真は新婚旅行でフランクフルト・アム・マイン空港からパリ・シャルル空港に戻る際にエールフランス機から撮影したものです。フランクフルト~西ベルリン間を運航していたのはパンナムでした。パンナム機は国際線としてもニューヨークなどから、フランクフルト・アム・マイン空港に乗り入れていました。

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2016年2月20日 (土)

函館市電で活躍中の車両 500形

今回から開始するこのシリーズでは2015年12月の函館旅行で撮影した函館市電の車両を形式ごとに紹介して行こうと思います。

501_151223_3 駒場車庫で休む501と530 2015/12/23
3004の奥の白い車体が501二代(元505)

まず最初は500形です。1948年から日本車輌製造東京支店製造で登場しました。形態的には名古屋市電BLA形札幌市電600形と同じタイプで、半鋼製低床ボギー車です。
501号から530号までが1948年11月から1950年11月にかけて4次に分けて製造されました。
1970年から1971年にかけてワンマン化改造され、当初3枚あった扉のうち、後扉が埋め込まれました。さらに中扉は2枚引き戸から1枚引き戸に改造されました。運転台前面窓もHゴム固定化されました。

530_151223_2 2015/12/23 駒場車庫 530号

505は1987年1月に国鉄五稜郭工場で車体更新を行い、501(2代)に改番されました。車体は前年に更新された710形711号と似たスタイルになりました。711号は500形更新車の先鞭として更新されたようです。しかし、その後500形の更新は行われず、711号も2010年3月定期運用を離脱、廃車されました。当時の国鉄工場が函館市電の車体更新作業を請け負った理由はこちらに記されています。

509が1987年3月に貸し切り用カラオケ電車に改造されましたが、1996年7月に廃車となったため、501(2代)がカラオケ電車となりました。
530はNHKブラタモリでも登場しましたが、2007年6月3日の路面電車の日、記念イベントでツーマン運転が再現されるにあたって、中扉付近に電鈴および押しボタンが設置されました。

仕様

全長         13050 mm
全幅         2336mm
全高         3700mm
車両質量  16.5t
軌間        1372mm
電気方式  直流600V 架空電車線方式
主電動機  MB-172LR  出力 37.3kw x 4
駆動装置 吊り掛け方式
制御装置 直接指揮抵抗制御 KR 泰平
台車    日本車輌ウイングバネ式 K-10

530_151224 2015/12/24 函館駅前
ピューゲルが切れてしまいましたが、函館駅前で市電を待っていたらいきなり530号がやって来て慌てて撮った写真

530_151224_2 530号のサイド

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2016年2月19日 (金)

豊田車両センターまつり その3 クハ201-1展示

2015年11月7日の「豊田車両センターまつり」、今回は201系運行終了後も保留車として同センターに保管されているクハ201-1の話題です。

2011_151107 2015/11/7 豊田車両センター

クハ201-1は201系が量産開始された昭和55年度第一次債務予算で4両編成5本、6両編成5本が製造された際に東急車輌で製造されました。落成日は1981年7月10日でした。長らくH1:4+6分割編成の先頭車として活躍し、2008年6月に相棒の3両が廃車回送される中、1両保留車として残されてきました。

2011_151107_2

保留車として存置される間に塗装もだいぶ痛んできましたが、2014年11月の「豊田車両センターまつり」から公開されるようになりました。

201 1982年頃 阿佐ヶ谷~荻窪
編成番号が無いのでクハ201-1かどうかは特定できませんが、201系量産車4+6編成が中央快速線で活躍し始めた頃のショットです。

                             <東京            高尾>
                   Tc M M' T'c Tc M M' M M' T'c
1986年11月1日
西ムコ A57               1   1  1   1   2  2  2  3  3   2

1993年4月1日
東ムコ H17                        同じ構成

2002年4月1日
八ムコ   H1                         同じ構成   

2006年10月1日
八トタ   H1                         同じ構成 

201_01_070102_4 2007/1/2 三鷹

豊田区で現役時代のクハ201-1

2011_151107_32015/11/7 豊田車両センター

後姿、以前細井忠邦さんのコメントにありましたが、やはり電車を保存するなら編成単位で動態保存が理想ですね。生涯を通じて一緒だったモハユニットとクハ200-1が廃車になったのは残念ですね。

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2016年2月18日 (木)

通勤電車シリーズ 103系 37 関西本線における103系の活躍

4扉通勤車両103系の活躍を線区ごとに登場から今日まで見ていますが、今回は関西本線について触れてみようと思います。

関西本線の車両の話題は、拙blog初期の2012年12月2日の記事で1976年3月に関西方面を旅行した記事の中で触れました。今から40年前の旅行でしたが、1973年10月に投入された101系が活躍しており、1982年8月の台風による水害で多くの101系が被災し、1983年3月から103系が投入され、1985年には置き換えが完了しています。

1983年に投入された103系は東海道緩行線に201系が投入されたことによる捻出車両であり、ウグイス色に塗り替えられた車両と、下の写真の隣の車両のようにスカイブルーのまま営業に就いた車両もありました。最初は日根野区配置でしたが、1985年3月14日に奈良電車区が開設されました。

1986年11月1日、国鉄最後のダイヤ改正では短編成フリークエントサービス実施のため、関東との広域転配も実施され、McM'Tcの3連も登場し、クハ100改造のクハ103-2000番台もこのときに初めて登場しました。民営化時には6連12本、3連10本が継承されました。

クハ103-2001~2004 クハ100-92, 35, 31, 60 から改造

19861101_103_2 表1 1986年11月1日改正時の天ナラ 103系編成表

関西本線加茂駅からJR難波駅(1994年9月4日に湊町駅から改称)までの区間に『大和路線』の愛称が付けられたのは加茂~木津川間が電化された1988年3月13日からでした。

103_870204_2 1987/2/4 天王寺
民営化直前の国鉄関西本線で活躍する103系
101系に引き続き103系も踏切事故防止のための警戒色として黄色(黄5号)の帯が入れられていました。

103_920314
103_920314_2 2枚とも 1992/3/14 天王寺

1990年度には前照灯を点灯して運転するようになったため、帯は一旦撤去されましたが、保線従事者から車両と山の色が類似して識別が困難との指摘があり、1996年度から白色の帯が前面に入れられました。特に法隆寺-王子駅間では大和川やその支流で奈良県特有の濃霧が発生することが多く、視認性の確保は重要たそうです。

民営化当初に関西本線103系では改造車が登場しています。

クハ103-2500番台 2501~2504   モハ102-387, 388, 397, 398 を改造 (鷹取工場)
目的: 短編成化高頻度化運転のため、6連の4,5号車間にTcT'cを挿入、不足分の改造

クハ103-2550番台 2551~2553     モハ103-233, 242, 243を改造 (鷹取工場)
目的: 短編成化高頻度化運転のため、6連の4,5号車間にTcT'cを挿入、不足分の改造

上記の改造で1両余ったモハ103-232は片町線用 サハ103-2501に改造 (吹田工場)

台車は種車のDT33形を小改造してWDT33形とし、継続使用しました。

1991年度、淀川電車区に207系が103両投入されたことで、クモハ103、モハ102-5000番台、サハ102などを含む冷房車が転入し、冷房化率は100%になりました。1993年度には高槻に207系が投入されたことで、明石区からの捻出車が投入されました。

表2 1993年2月時点での天ナラ 103系編成表

103_030327 2003/3/27 新今宮 体質改善40N工事車

1996年度からは体質改善車が奈良電車区にも登場しました。

延命のために腐食の原因となる各種改造が施されるようになり、

窓の閉塞 雨水の浸入を防ぎ、車体の腐食を遅らせることと、窓清掃の簡略化を目指して、戸袋窓、妻面窓の閉鎖工事が施工されました。
扉交換 腐食防止のため、側扉、貫通扉がステンレス製のものに交換されました。

前面金属板設置 窓支持用Hゴム保護と運転台への風雨進入防止のため先頭車の是面窓ガラス・運行表示窓・行き先表示器の縁の部分を金属板で覆いました。

103_030326 2003/3/26 新今宮

高運転台車の配置されました。戸袋窓が埋められていますが、これはATC準備工事車ではなく、JR西日本の体質改善工事で埋められたものです。

スカートの設置工事も全先頭車に施工されました。

103_050823 2005/8/23 新今宮

103_060620 2006/6/20 寺田町

103_050823_3 2007/3/10 新今宮

国鉄時代の特別保全工事を発展させる形で

延命N 

製造から30年の使用を目指し外板整備・機器の一部更新・配管の交換および内壁の張替などが行われました。1972年までの製造車大半が該当。

延命NA

国鉄時代の特別保全工事施工車に内壁の張替など前述の延命N工事と同様の工事を施工しました。施工済部分は省略しました。

延命NB

製造から40年の使用を目指し、外板整備・機器の一部更新・配管の交換・内壁の張替・窓サッシの交換(上段下降・下段固定の黒色サッシ)など上述3種の工事よりも徹底した内容の工事が施工されました。

体質改善工事

1996年以降、延命N40以上に徹底した延命を目的としたリニューアル工事が実施されました。車番表記もJR西日本独自の書体になりました。

<体質改善40N工事の内容>

張上屋根化
屋根上通風器の撤去
一部外板のステンレス化
側面ルーバーの形状変更
方向幕の形状変更
運転台の整備
運転台・ドア窓支持の変更
運行番号表示器・行先表示器・前灯部分の内支持化
ドア間窓を下段固定・上段上昇の3分割バス風逆T字サッシに交換
車端部窓を固定1枚窓サッシに交換
内壁・床の張替
座席クッションの更新
荷棚のパイプ化
照明へのカバー取付
扇風機→ラインデリアへの交換
冷房風道のラインフロー化
車内スピーカーの更新・増設

<体質改善30N工事の内容>

2002年以降は、新車投入ペースが速まったこともあり、製造後30年までの使える程度に工事内容は縮小されました。直接保守面・接客面への影響が少ない外装の改造は大幅に簡素化され、体質改善40Nに比べてドア・側窓・屋根樋などが原形のままとされました。

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2016年2月17日 (水)

San Diego Trolley 3000形 part2

アメリカ西海岸、カリフォルニア州でロサンゼルスに次いで人口が多い基地の街、San Diegoを走るSan Diego Trolleyのシリーズですが、前回から3000形に入っています。

3003_070114_fvtc 3003 2007/1/14 Fashion Valley Transit Center

3000形の場合、全長が長いためか3併結にはせず、3000形同士で2併結で運用される様です。

3005_090114_oldtown 3005 2009/1/14  Oldtown

3004は撮り逃がしています。

また運用もGreen Line専用のようです。

11編成導入された後は、全長が短い(3000形が88.5 feet (26.975 m)なのに対して、79.2 feet (24.140 m))な4000形が大量増備されているので、マイナーグループになってしまいました。

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2016年2月16日 (火)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part1

このシリーズ、2014年12月、広島から四国西部、宇和島~高知を旅行したときのレポートですが、前回までは 17回に渡って広島電鉄の車両を紹介して来ました。

あの旅行の広島における行程をもう一度整理すると、
12月18日 新幹線で広島へ 広島交通科学館訪問
12月19日 可部線乗車 向洋などで山陽線撮影 呉へ海事歴史博物館など訪問
12月20日 広島港から松山港へ でした。

ということで今回からは可部線です。

141219_2
2014/12/19 ロゴが非常に印象的な可部線の分岐する広島市西区の横川駅の正面

141219_3
駅前には広電が乗り入れています。

可部線は山陽本線横川駅から可部駅に至る14kmの路線で、「広島シティネットワーク」に属し、広島市の都市近郊路線ですが、料金的には地方交通線です。

1909年12月19日大日本軌道広島支社線として横川停車場~祇園停留場間が開業しました。軌間762mmの非電化路線でした。可部線を訪れた日はちょうど開業105周年の日でした。
1910年11月19日、祇園~古市橋間延伸、12月25日、太田川橋まで延伸
1911年6月12日、可部駅まで延伸開業
1919年3月11日可部軌道に譲渡
1926年5月1日、広島電気に合併
1928年11月9日、横川停留場~古市橋間改軌 1067mmに 電化 直流600V
1930年1月1日、太田川橋完成により、全線の改軌電化が完成
1931年7月1日広浜鉄道へ譲渡
1935年12月1日、地方鉄道法に基づく鉄道へ
1936年9月1日、横川~可部間買収、国有化10月13日、可部駅~安芸飯室駅間が旅客線として開業(非電化)
1946年8月15日、安芸飯室駅~布駅間延伸開業
1948年10月1日、架線電圧750Vに
1954年3月30日、布駅~加計駅間開業
1962年4月23日、架線電圧1500Vに
1968年9月4日、可部駅~加計駅間が「赤字83線」に 廃止勧告
1969年7月27日、加計駅~三段峡駅間が開業
1974年、浜田駅までの建設工事に着手(今福線)

<今福線について>

今福線とは広島と浜田を結ぶ陰陽連絡鉄道線のひとつとして、1892年鉄道敷設法に明記されている路線でした。島根県側も、1933年下府から今福まで着工されましたが、工事完成直後、太平洋戦争の開戦で中止に、戦後、戦前の路線とは別のルートで鉄道建設公団により、工事が開始され、上記のように三段峡~今福間も着工されましたが、1980年国鉄再建法により、工事が凍結されました。浜田側からの工事路線跡の調査はこちらに。

1989年3月11日、可部線から呉線へ乗り入れる列車の運転開始
1992年3月14日、呉線から可部線に乗り入れる列車の運転開始
1998年9月、JR西日本が可部駅~三段峡駅間廃止の意向表明

141219_5 構内踏切を渡る地元の中学高校生 
左手奥に続く線路が三段峡方面への線路

<可部駅~三段峡駅間の廃止に関して>

廃止直前の列車運行密度は可部~加計間1日8往復、三段峡まで5往復で4時間運行されない時間帯もありました。一方、並行する路線バスは1時間に2本程度運行されていました。最初に廃止の論議が起こったのは1968年9月の赤字83線リストアップでしたが。営業係数は519円でした。この時は地元議会が反対し、本郷線(加計駅~三段峡駅間)の工事も進んでおり、廃止されませんでした。
1984年再び廃止論議が起こりましたが、可部駅~河戸駅間の電化存続案や1985年2月19日に『国鉄可部線対策協議会』の結成もあり、反対運動も活発で廃止とはなりませんでした。
1997年、JR西日本の経営収支で横川~可部間は収入15億円、経費20億円、可部~三段峡間は収入1.4億、経費7.4億と発表があり、横川~可部間は好転の見通しがあっても、可部~三段峡間の赤字は看過できないとのことでした。その後、列車の試験増発や輸送密度調査でも存続条件がクリアされず、第三セクター移行も検討されましたが、可部線対策協議会も存続断念を決定、JR西日本は2002年11月29日、廃止届を提出しました。

2003年12月1日、可部駅 - 三段峡駅間 (46.2km) および、河戸駅 - 三段峡駅間の21駅が廃止
2013年2月1日、JR可部線の電化延伸 (1.6km) について、広島市とJR西日本との間で合意。
2014年2月25日、可部線電化延伸事業の鉄道事業許可をJR西日本が取得。

<廃止区間復活へ向けた動き>
廃止後も廃止区間を復活に向けた動きがあり、2004年1月には住民グループ「太田川流域鉄道再生協会」が結成され、線路や鉄道施設の撤去に反対する運動が行われました。しかし、復活に向けた資金はなかなか集まらず、議員の支持も得られず、2005年には活動を断念、解散に至りました。一方で河戸駅周辺の亀山地区住民、約6,000世帯が「可部駅・河戸駅間電化促進期成同盟会」を結成し、電化延伸運動を開始しました。1996年9月には、地元自治会を中心に377世帯が加入した「河戸地区まちづくり協議会」が旗揚げしました。2003年の廃止の際にも可部駅 - 河戸駅間に関してはJR西日本と広島市の間で「市から電化延伸の協議があれば応じる」と確約を取り付けていました。
2008年9月に、「可部線活性化調査」が国の補助対象に選ばれ、計画が具体化し、JR可部線活性化協議会が設置され、広島市・JR西日本のほか、バス会社やオブサーバーとして国土交通省が参加し、2009年12月には、活性化素案に電化延伸を盛り込む意向が明らかとなりました。2011年2月3日、広島市は可部線で2003年に廃止された区間のうち可部駅から廃止区間にある河戸駅西方約400m付近に設置される予定の新駅までの約2kmを電化して復活させることを明らかにしました(一旦廃止されているため、延伸新線として開業)。

広島市による駅建設用地取得の手続きが遅れ、延伸開業が2017年春に延期すると決まりました。地権者毎に土地の境界を確定する作業に予定より時間がかかり、予定していた2014年内の用地取得が半年ずれる見込みで2016年のダイヤ改正に間に合わず、さらに次の改正時期まで延期となりました。

当初の予定よりは数年遅れての開業となりますが、一旦廃止されたJR路線が復活開業する初めてのケースとなりました。

141219_4 2014/12/19 梅林駅駅舎

2014年8月の豪雨災害では大きな被害が出た梅林駅 土砂が流入し、梅林~上八木間では線路が冠水、上八木駅 - 中島駅間で法面2カ所が崩壊し、始発から全線が運休となりました。

可部線沿線が再び注目されたのは2014年8月20日の「平成26年8月豪雨」による土砂災害でした。太平洋高気圧の張り出しが弱いことと偏西風の蛇行などにより、西日本は大気が不安定で台風の通り道になりやすい条件でした。8月19日11時から、20日6時までの総雨量が243mm1976年の統計開始以来最大の雨量となり、安佐北区可部、安佐南区八木、山本、緑井などの住宅地後背の山が崩れ土石流が発生し、死者74名、重軽傷者44名を出す大災害となりました。

141220 可部駅のホームからみた山肌に残る土石流の跡

可部線はその後、9月1日に復旧しました。

2015年3月14日、横川駅構内の山陽本線~可部線間の複線化工事終了。10月3日227系が運用開始。
2016年3月26日のダイヤ改正からは平日昼間時間帯の使用車両は227系に統一されるそうです。

ということで、次回の記事では可部線で活躍していた車両について触れる予定です。

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2016年2月15日 (月)

公園保存蒸機 岡崎南公園 その1 D51 688号機

日本全国の保存車両を観て歩くシリーズ、今回からは岡崎南公園の保存車両です。

140812
2014/8/12 公園入り口のシンボルマーク
アクセスはJR岡崎駅からバスを利用しました。場所はこちらの地図に。

140812_2
交通広場の地図

南公園は岡崎市立公園ですが、指定管理者制度に基づき、一般社団法人岡崎パブリックサービスが管理・運営を行っています。開園は1962年4月1日で、遊園地、市民プール、テニスコート、交通広場などがある総合公園です。今回の南公園シリーズでは交通広場に保存されているD51688号機、HSST、名鉄モ400形電車を紹介致します。

まずは沖田祐作氏の機関車表から688号機の履歴です。

D51688     国鉄浜松工場=[67]              1942-08-00 S77.60t1D1T(1067)
   車歴;1942-08-00 製造→ 納入;国鉄;D51688→ 配属;? → 配置;? →1948-07-01 現在;福井→
      1957-11-01 現在;福井→1968-04-00 糸魚川→ 金沢→1970-10-10 青森→
      1971-10-11 中津川→1973-06-20(6/16= 履歴簿)廃車;中津川→
      1973-07-28 岡崎駅到着→ 保存;愛知県岡崎市「南公園交通広場」;D51688

太平洋戦争中の1942年8月、国鉄浜松工場で製造されており、新製配置は不明ですが、北陸から青森、中津川と転属しています。現役期間が31年、岡崎に来て42年以上が経過しています。

D51_688_140812_26
2014/8/12 岡崎南公園 交通広場

D51688号機、この機関車の形態的特徴は公式サイドのデフレクター下部が切り欠かれていることでしょうか。

D51_688_140812_4
シールドビームの副灯装備、連結器は白く塗られています。

D51_688_140812_14
肌というか、外板の黒光りの様子から非常に綺麗に整備されていることが分かります。最後は中津川機関区だったせいか、長野式の集煙装置が装備され、逆転器のモーションプレートの穴は小穴タイプです。砂管のパターンも特徴的です。
ボイラーサイドの罐逆止弁からのホースは後付けでしょうか。

D51_688_140812_17
潅水清浄装置も装備されています。

D51_688_140812_18_2
テンダー上の出っ張りは重油併燃装置用タンクでしょうか。

D51_688_140812

非公開日だったので、接近範囲は限られていました。奥に見えるのは名鉄モ400形です。

この機関車の保存会があり、毎月第二日曜日に清掃活動を行っているとのことです。

D51_688_140812_2
こちらの説明板では製造年月日が8月13日と書かれていました。訪問日は満72歳の誕生日の前日だったことになります。

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2016年2月14日 (日)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part4 MT55

2015年8月22日の東京総合車両センター公開での直流電車の主電動機展示に沿ったこのシリーズ、青森/北海道旅行前のドタバタで前回は1回飛んでしまいましたが、今回は103系に使用されたMT55形主電動機について触れます。

Mt55_150822 2015/8/22 MT55 展示パネル 東京総合車両センター

103系に関しては拙blogにおいて別のシリーズがあり、その最初の記事でMT55に関して触れていますが、今回はもう少し踏み込んでみようと思います。

新性能電車の第一系列として登場した101系では、試作車に東洋電機製造の出力100kWのMT46形、量産車はMT46A形 が搭載されました。国鉄では同じモータを各種タイプの車両に搭載し、ギヤ比を変化させることでそれぞれの用途に対応させる方針を採用しており、MT46Aも特急形151系、急行・準急形153系、近郊形111系などに搭載されました。電化区間が山岳線区に広がり、勾配区間での運転に対応するため、出力を120kWに上げたMT54形が開発されました。

1957年12月、101系は10両全電動車編成で運転を開始したものの、使用電力量の多さが問題となりました。運転方法は起動加速度を3.2km/h/sとし、応荷重装置を使用して、限流値を空車時350A、満車時480Aとしました。起動時のピーク電流は5600Aに達し、架線溶断の危険性が指摘されました。その結果、応荷重装置は不使用とし、限流値を280Aに固定し、ピーク電流は3650Aに抑えて運転することとしました。
この運転方法を旧形車 (6M4T編成) と比較すると、満車時の101系の起動加速度 約2.2km/h/s 旧形車約2.0km/h/sであり、新性能化、全電動車化の効果が殆ど発揮されていないことが明らかとなりました。

量産車は1958年3月に投入され、運転を開始しますが、状況は改善されず、全電動車計画は同年11月に断念され、MT比を1:1に近づける方向に方針変更されました。

今度は主電動機の温度上昇が問題となりました。1959年11月に営業列車を使用してMT比1:1 (4M4T)の条件での主電動機の温度上昇試験が行われました。その結果、限流値を350Aに設定し、空車、満車条件での温度上昇は限界温度以上であることが判明しました。さらに、この頃、電動機の熱容量を実車試験を行わず机上で計算する方法として、RMS(root mean square value 実効値)電流計算法が普及し、主電動機の温度上昇限度としてRMS電流値が一時間定格電流の80%以下でなければならないことが、速度定数査定基準規定(1964年12月10日)(第33条)に定められました。

MT54形が開発される過程で国鉄では1961年に出力120kWのMT909を試作し、101系モハ101-69+クモハ100-70ユニットに搭載し、試験が行われました。この結果が、日立製作所のMT54形として実を結びました。一方で、電力回生ブレーキに関しては試作910番台MT50形電動機が搭載され1960年6月から7月に試験が行われました。しかし、大量製造する通勤電車にしてはイニシャルコストが高すぎると言うことで採用には至りませんでした。

1959年末には101系を引き続き通勤線区に投入し続けることは断念され次期通勤車両として、経済的な車両の開発が唱えられました。その方策として「オール電動車+回生ブレーキ装備」、「MT比1:1で高出力電動機装備」の二案が検討されました。まずMT54を次期通勤車両に搭載することは出力アップの分だけ、起動電流が上昇し、使用電力量が増え、熱容量的にも限界を超えることが問題になり、可能性として排除されました。
その結果、経済性が最優先され、通勤用途に適合した新たな電動機が設計されることとなり、MT55形が開発されました。

103_050827 2005/8/27
2005年当時の同所の公開では首都圏で活躍中の3色の103系が展示されていました。

MT55の特徴は出力110kW、定格回転数1350rpm (85%界磁) で出力的にはMT46Aの100kW、MT54の120kWの中間、定格回転数ではMT46Aの1860rpm (70%界磁), MT54の1630rpm (100%界磁)に較べかない低速なモーターとなっています。許容回転数はMT46A, MT54が4320rpmなのに対して、MT55は4400romとなっています。
駅間の短い線区に投入され、高速での走行の少ない線区で使用される通勤車両、しかも大量生産される車両としては当時、これしかない選択だったようです。

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2016年2月13日 (土)

東海道新幹線開業から50年 その27 保存されている新幹線車両 1 四国鉄道文化館

2014年10月の東海道新幹線開業から、はやいもので1年4ヶ月以上が過ぎましたが、このシリーズでは、日本全国に保存されている新幹線車両を観て行こうと思います。

新幹線車両と言えば東海道系はJR東海のリニア・鉄道館に0系、100系、300系、700系、ドクターイエロー922形、試作955形、JR西日本の京都鉄道博物館にも500系が展示され、JR東日本の鉄道博物館(大宮)にも0系、200系の先頭車が保存されています。

まずは、2014年12月20日に訪問した西条市の四国鉄道文化館の0系先頭車 21-141から進めようと思います。

141220 四国鉄道文化館 北館 2014/12/20

JR予讃線 伊予西条駅の線路の北側に2007年11月26日に四国鉄道文化館 北館がオープンしました。この写真の手前(西側)には新幹線建設に尽力した第4代国鉄総裁の十河信二記念館があります。北館の中に0系の特徴的な姿がみえます。

141220_3 四国鉄道文化館 南館 2014/12/20

一方、線路を挟んで反対側に2014年7月20日、新たな展示施設が完成し、こちらを南館、従来からある施設を北館と呼ぶようになりました。
屋外にはフリーゲイジトレイン(FGT) 第二次試験車両GCT01-201が展示されています。

21141_141220_12
21141_141220_2
展示車両 0系 21-141

施設の関係から約半分、前頭部と側窓2個分のカットモデルですが、0系の特徴はよく残されています。

21141_141220_5
21、22-141は1976年6月から7月にかけて第21次車として登場したひかり用H93~H96編成グループの車両で、0系基本番台(大窓車)最後のグループです。

H94編成の先頭車として製造され、短編成(4連)化0系 Q2編成として最後の活躍をした21-141で、反対側の先頭車22-141はイギリスのヨーク国立鉄道博物館に寄贈され保存されています。21-141は引退後、JR西日本からJR四国が譲り受け、多度津工場に運ばれ、保存・展示されていました。

私も1998年9月に出張でヨークを訪問した際に鉄道博物館を訪問しましたが、まだそのときはありませんでした。2001年に贈られたそうです。

21141_141220_8 入り口は切断した胴体に壁と扉が付いています。

21141_141220
21141_141220_5_2
車内は0系 最終時のシートが残されています。

21141_141220_3

21141_141220_5_3
21141_141220_7
運転台の見学も可能です。今となっては、時代を感じる運転設備です。

コンピュータ技術、ディスプレイの進化、人間工学の進化を感じずにはいられません。

21141_141220_11 運転士背面の機器の箱

何かトラブルがあった際にこれらの表示からなにを読み取り、判断するか、今の設備から見れば格段に難しいかも知れません。

21141_141220_11_2
四国には以前、紹介したキハ32形の0形もどきも走っており、隣のDF501号機の場所にそのキハ323が入線し、ツーショットにということもありました。

0_141220_3 そばには0系の下枠交差式パンタ(S200B)も展示されていました。

0_14122021141_141220_4 説明板
相方の22-141に関する説明もありました。

四国鉄道文化館には0系以外にもDF50 1号機 (北)、 C57 44号機DE10 1号機キハ65 34号車、はじめに登場したFGT (南)など興味深い車両が展示されています、以前の九州鉄道記念館同様、シリーズ化してご紹介致します。

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2016年2月12日 (金)

パリの6つのターミナル駅巡り オステルリッツ駅 3 各種の電気機関車

2009年3月のフランス出張の際、モンペリエでの用事を済ませて、パリから日本に戻る途中でリヨン駅から時計回りにパリのターミナル駅巡りをしたときの記録ですが、前回に続いてオステルリッツ駅です。

7304_090312_gare_dausterlitz BB7200形 7304    2009/3/12 Gare d'Austerlitz

以前、リヨン駅の記事でも登場したフランス国鉄(SNCF) BB7200 (DC)/BB15000 (AC)/BB22200  (DC & AC) 形電気機関車です(ゲンコツタイプ)。

本来は7304と番号が書かれているプレートはSNCFの銘板であり、その下の板に番号が書かれるべきかと思いますが、SNCFのシールは横に貼ってあり、こういうところがフランス的なのかも知れません。
このシリーズ、最初に登場したのが交流機 BB15000形で、1971年から量産され、1974年に15007を直流化改造して、BB7003 が登場、これをプロトタイプに1976年からBB7200形が240両製造されました。シングルアームパンタを >  < のように2基装備しています。
交直両用のBB22200形1976年に登場していますが、こちらのパンタは >   >  と云う配置になっています。なお、形式の22200は15000と7200の和からということです。

直流・交流・交直流の3種類の電気機関車を、同一仕様で製作する手法は、この系列が最後となりました。

26050_090312_gare_dausterlitz BB2600形 26050   

こちらもリヨン駅の記事で登場したBB26000形です。上のゲンコツタイプの後継機であり、交直両用機としてはBB22200形の後継機となります。1988年から1998年にかけて234両が製造されました。

09245_090312_gare_dausterlitz BB9200形 09245   

こちらもリヨン駅の記事で登場したBB9200形電気機関車です。
それまで2D2やCCといった軸配置が主流だったフランス国鉄の電機において軽量かつ高出力のBB軸配置の電機1号として開発された車両で、1957年5月24日から1964年6月1日にかけて、クルゾー=ロワール (Creusot-Loire) 、ジューモン=シュネーデル (Jeumont-Schneider) 、CEM (Compagnie électromécanique) により、92両が製造されました。

この形式が最初に用いられたのがオステルリッツ駅から南西部方面への長距離旅客列車で、中でも「ル・キャピトール」は営業最高速度200km/h運転の列車でした。

写真の車両は貨物部門塗装機で現在の番号体系によれば本来は409245となるものかと思います。
次回はTGVの補間列車 Téoz に触れます。

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2016年2月11日 (木)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その3

製造両数の多さから『私鉄の103系』などとも言われる東武鉄道8000系、だいぶ間が空いていますが、前回の記事では8000系、4R車(4連)の修繕、6R化について触れました。

今回は2Rとして製造された編成について触れます。

8574_100508 2010/5/8 館林
館林では佐野線、小泉線が伊勢崎線から分岐しており、8000系2R車 (8500系)が運用されています。

通勤需要の増大に対処するため4R編成増結用に1964年から製造されました。8500、8600番台の番号が与えられていることから、8500系とも言われます。

<浅草・池袋・柏     
Mc              Tc3         
モハ8500 - クハ8600
CON2/PT     MG/CP  

といった番号構成になりました。

1983年1月までに8501~8580の80編成が製造されました。

8562_140427

2014/4/27 桐生球場前
桐生線を行く8562F 手前の線路は上毛電鉄

CPはD3-FRを搭載し、修繕工事などでHS-20Cへ換装されました。1974年製の8564FからはHB-2000CAになりました。前述のように中間車化されて4Rに組み込まれ6連化された編成が10本あります。組み込み先は同一編成番号(下二桁)4R車でした。

8560_130818 2013/8/18 中板橋
東上線における8R+2Rによる10連運用

東上線系統所属車では森林公園検修区から秩父鉄道寄居~羽生間を経由して南栗橋車両管区まで移送の際の牽引車として8505F,8506F, 8510Fに秩父鉄道のATSが装備され、マスコンも10000系同様のものに交換されました。8505F, 8510Fは既に廃車。 2R車は本線で運行される場合、現在は8+2編成のみのようですが、かつては2Rx5の10連(ブツ10)という編成もあったようです。

修繕は4R車同様、1986年から行われており、

1986年度 8509F, 8516F      初期修繕車 原型の顔を維持
1988年度  8503F, 8519F   中期修繕車
1989年度  8504F, 8508F, 8511F, 8513F, 8517F, 8523F
1990年度  8502F, 8505F, 8506F, 8507F, 8510F, 8520F, 8527F
1991年度  8501F, 8512F, 8521F, 8528F, 8543F
1992年度  8514F, 8522F, 8531F
1993年度  8524F, 8525F, 8526F, 8530F, 8532F, 8533F, 8534F, 8535F, 8536F, 8537F
1994年度  8541F, 8542F, 8544F
1995年度  8538F, 8539F, 8547F
1996年度  8549F, 8555F
1997年度  8553F, 8556F, 8557F   後期修繕車
1998年度  8552F, 8569F
1999年度  8558F, 8567F
2000年度  8559F, 8560F, 8566F, 8573F
2001年度  8561F, 8562F, 8565F, 8568F, 8575F  ワンマン対応
2002年度  8563F, 8575F                               ワンマン対応
2004年度  8570F, 8577F                               ワンマン対応
2005年度  8572F                                         ワンマン対応
2006年度  8564F, 8574F, 8576F, 8579F            ワンマン対応

8515F                      1991年度修繕で中間車化、6連化組み込み
8518F, 8529F, 8540F  1992年度修繕で中間車化、6連化組み込み
8545F, 8548F, 8551F  1994年度修繕で中間車化、6連化組み込み
8546F, 8550F, 8554F  1995年度修繕で中間車化、6連化組み込み

8571F, 8578F,8580F                     修繕されずに2008年度に廃車

8570_151025 2015/10/25 五反野
亀戸線と大師線の車両交換のため、本線を走行する8570F

8500

表 現時点での8500系 編成データ

表に現時点での8500系の状況を纏めてみました。データはKasukabe総合車両センターさまのサイトのデータを参考にしました。

ちなみに上の写真のように毎日13時11分頃、小菅あたりを8500系2連が通過します。その後の西新井での車両交換の様子も先日記録しましたのでアップします。

8568_160206_8 2016/2/6 大師線西新井

この日の午前中は8568Fが大師線運用中でした。

8568_160206_10 通常は1番線に入線する車両が、13:08着の1302Dは2番線に入線し、表示が回送に切り替わります。

8568_160206_11 客扱い終了後、本線の信号が変化を待って、下り急行線へ出発します。

8568_160206_12
8670_160206_2 それと入れ替わりに本線急行下り線から午前中亀戸線で運用されていた8570Fが2番線に入線し、

8570_160206 大師線運用に入ります。

次回は6R、8Rとして製造された編成です。

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2016年2月10日 (水)

江ノ電を撮る 車輌編 その10 500形

江ノ電の車両シリーズ、最後は300形の置き換え用に2006年から投入された500形です。

501_502_150524 2015/5/24 峰ヶ原信号所
501F, 502Fの交換

これまで2編成投入されており、501Fが2006年3月27日、304Fの置き換え用として、502Fが2008年3月31日に投入されました。製造は両編成とも東急車輛製造でした。

車体は枕梁と中梁以外は江ノ電では初のステンレス製で、20形と同一の塗装が施されました。国鉄EF81301, 302のようにステンレス車体を塗装するのは極めて珍しい例だそうです。

551_141230 2014/12/30 鎌倉高校前

552_151128 2015/11/28 鎌倉高校前

前面にはスカートを装備し、乗降扉は両開き構造、窓ガラスは複層ガラスとなりました。

集電装置はシングルアーム式パンタグラフとし、屋根中央部に集中式冷房装置と空調制御装置が搭載されました。潮風による腐食対策で機器のカバー主枠はステンレス製となりました。

552_141230 2014/12/30 江ノ島

走行系は江ノ電初となるVVVFインバータ制御(2レベルIGBT)となりましたが、台車、補助電源、CP,蓄電池は置き換えられた300形のものを流用しました。

主制御装置は東洋電機製造製のATR-M460-RG695Aで江ノ電では初の回生ブレーキも装備され、回生失効対策として発電ブレーキも併用されています。

551_150620 2015/6/20 極楽寺

主電動機はTDK-6252-A(端子電圧440V、電流106A、周波数55Hz、出力60kW、定格回転数1,615rpm)です。駆動装置は300形の更新工事で採用された中空カルダン駆動用のものをTD継手用に変更したKD-110-B-Mであり、小歯車周りは新製されましたが、歯車箱は廃車になった300形のものを流用しました。歯車比は82:13(6.31)です。

551_150103_3 2015/1/3 江ノ島~腰越

車内は江ノ電初の英語放送併用の自動放送装置が導入され、扉上部の車内案内表示器は初採用の2基の液晶ディスプレイとなり、右側に路線案内、左側にDVDによる沿線案内が表示されます。
次回からは2015/11/28に極楽寺検車区で開催された『江ノ電タンコロ祭り』の様子を報告します。

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2016年2月 9日 (火)

京急ファミリー鉄道フェスタ2015 part9 1000形(2代) その2

2015年5月24日、久里浜の京急ファインテックで開催された「京急ファミリー鉄道フェスタ2015」、今回も1000形(2代)の紹介で、前回の記事では5次車までの紹介でしたので今回は6次車からです。

1000_081_151017 2015/10/17 金沢八景
800形と並んだ1000形2代 第11編成
1000形2代目の6連の新規導入で800形の淘汰が進んでいます。

6次車以降は京急初となる軽量ステンレス製車体となりました。前頭部は普通鋼製で赤く塗装され、側面は赤と白のフィルムが貼付されました。フロントガラスは従来の左右二分割から、運転席前・貫通扉・左右前照灯・種別行先表示器の5分割構成となりました。

車端部4人掛けクロスシートは5人掛けロングシートになりました。

運転台は踏切事故対策と運転操作性を考慮し、700形1次車以来40年ぶりとなる高運転台構造を採用しました。踏切事故対策として、前頭部はアルミ車両よりも1.5倍以上の強度向上がなされました。

主要機器も主制御器・主電動機が日本製となり、予備部品の共通化も考慮し、制御装置・主電動機は1500形VVVF化改造車で実績のあるものが採用されました。

VVVFインバータ装置は日本製の2レベルIPM・PGセンサレスベクトル制御となり、電動機制御は1C4M2群方式に変更されました。8連・東急車輛製は三菱電機製、4連・川崎重工業製は東洋電機製造製のインバータ装置を搭載しました。主電動機は三菱電機製、一時間定格155 kWの誘導電動機MB-5121-A形を搭載しています。

補助電源装置は東芝製の静止形インバータ装置 (INV153-F0) を採用、8両編成・4両編成とも出力は170 kVA となりました。電動空気圧縮機 (CP) は三菱電機製のスクロール式CP(MBU1600-Y形)に変更され、省スペースと軽量化のため関連機器ごとステンレス製の一体箱に収納されました。

集電装置、駆動装置、歯車比、空調装置、ブレーキ制御装置はアルミ車両と同一、台車は3次車以降と同一の円筒案内式TH-2100BM(電動台車)/TH-2100BT(付随台車)を履いています。

赤字は東急車輛、青字は川崎重工 6次車以降は8連が東急、4連が川重 11次車から登場の6連は川重製作となりました。

6次車

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc
SIV/BT     VVVF        CP         VVVF                   CP       VVVF     SIV/BT

                P    P                           P                              P     P          

1073        1074        1075        1076       1077     1078        1079        1080      07/03

7次車

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc

 1081       1082       1083         1084        1085     1086     1087         1088      08/01

  1089        1090      1091         1092        1093     1094     1095         1096      08/02

1000_088_151017 2015/10/17 金沢八景
第11編成 車体がかわり、無塗装になることでイメージがかなり変わりました。

8次車

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc

 1097       1098       1099         1100        1101     1102     1103         1104      08/10

  1105        1106      1107         1108        1109     1110     1111         1112      08/11

  1113        1114      1115         1116        1117     1118     1119         1120      08/12

デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u           M1s         M2sc
SIV/CP/BT  VVVF      VVVF    SIV/CP/BT
        P            P

   1449        1450        1451         1452    08/09
   1453        1454        1455         1456    
08/09

1000_456_100613_2 2010/6/13 八丁畷
4連 第14編成

4連は全車電動車となり、中間に付随車を挿入し、6連化も可能な設計でした。

9次車  仕様は8次車と同じでした。

デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u           M1s         M2sc

1457         1458         1459        1460               09/04
1461         1462         1463        1464
1465         1466         1467        1468
1469         1470         1471        1472
1473         1474         1475        1476               
09/05
1477         1478         1479        1480
1481         1482         1483        1484               
09/06
1485         1486         1487        1488

1000_465_150524 2015/5/24 京急ファインテック
第17編成

1000_473_110508 2011/5/8 八丁畷
第19編成

1000_477_151017 2015/10/17 仲木戸
第20編成

1000_481_151017 2015/10/17 堀之内
第21編成

10次車 バリアフリー設備の充実のため、ドア上部に液晶モニター2画面が設置されました。

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc

 1121       1122       1123         1124        1125     1126     1127         1128     10/05

  1129        1130      1131         1132        1133     1134     1135         1136      10/06

  1137        1138      1139         1140        1141     1142     1143         1144      10/06

1000_128_151017 2015/10/17 京急川崎
第16編成

1000_144_151031 2015/10/31 高砂
成田空港~羽田空港を結ぶ空港連絡特急

デハ1000 デハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u           M1s         M2sc

 1489         1490         1491        1492              11/03

1121編成(第16編成)から車内/運転台に他社線で使用する乗務員支援情報(運行情報など)や停車予告機能を有する車上情報管理装置を設置し、運転台計器盤にモニター画面が設けられたため、600形8連とともに成田スカイアクセス線での運転が可能となりました。

11次車 このときから800形の置き換えを目的に、6両編成が製造されました。

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc

 

1145       1146       1147         1148        1149     1150     1151         1152     12/01

6両編成

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  M2uc       M1u          Tu           Ts          M1s         M2sc
SIV/CP/BT  VVVF                                VVVF    SIV/CP/BT
                P                                       P       P
  1301      1302         1303       1304        1305        1306      11/04
  1307      1308         1309       1310        1311        1312
  1313      1314         1315       1316        1317        1318      
12/03 

1000_301_151017
2015/10/17 南太田
6連 第1編成

1000_307_150524 2015/5/24 京急ファインテック
第2編成

1000_313_150524 2015/5/24 京急ファインテック
第3編成
 
12次車  車内照明が全車LEDになりました。このときから東急車輛は総合車両製作所になりました。

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc 

1153       1154       1155         1156        1157     1158     1159         1160     12/04

1000_160_151031 2015/10/31 成田湯川
成田スカイアクセス線に乗り入れた第20編成

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  M2uc       M1u          Tu           Ts          M1s         M2sc

1319      1320         1321       1322        1323        1324      12/04
1325      1326         1327       1328        1329        1330

13次車 

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc

 

1161       1162       1163         1164        1165     1166     1167         1168     13/08

1000_161_151017 2015/10/17 神奈川新町
第21編成

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  M2uc       M1u          Tu           Ts          M1s         M2sc

1331      1332         1333       1334        1335        1336      14/01
1337      1338         1339       1340        1341        1342      14/03

1000_337_151017 2015/10/17 京急川崎
第7編成

14次車

←浦賀                                       
デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
   M2uc       M1u          Tu          M1u'       M2s        Ts        M1s         M2sc 

 1169       1170       1171         1172        1173     1174     1175         1176     14/06

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  M2uc       M1u          Tu           Ts          M1s         M2sc

1343      1344         1345       1346        1347        1348      14/04
1349      1350         1351       1352        1353        1354      14/05  
1355      1356         1357       1358        1359        1360      14/08    

1000_343_151017 2015/10/17 神奈川新町
第8編成

15次車  行先表示LEDが600形や2100形と同じタイプのものになりました。

 

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  M2uc       M1u          Tu           Ts          M1s         M2sc

1361      1362         1363       1364        1365        1366      15/04

1000_361_150524_3 2015/5/24 京急ファインテック
第11編成 昨年5月の時点では最新の1361編成が展示されていました。

16次車  主制御器・主電動機が従来の編成と全く異なり、東芝製の永久磁石同期電動機(PMSM)を採用しています。             

デハ1000 デハ1000 サハ1000 サハ1000 デハ1000 デハ1000
  1367      1368         1369       1370        1371        1372      
15/11  

投入          淘汰
1301編成       801編成
1307編成       803編成
1313編成       809編成
1319編成1325編成 2000形4連3編成
1331編成       805編成
1337編成       807編成
1343編成       814編成
1349編成       813編成
1355編成       811編成
1361編成       815編成
1367編成       812編成 

と1000形2代 6連の導入に伴って800形、2000形の淘汰が進められています(データはこちらのサイトを参考に致しました)。

これで京急ファインテックで開かれた『京急ファンフェスタ 2015』のシリーズは終わりです。

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2016年2月 8日 (月)

東武ファンフェスタ 2015 1 工場内見学 102編成の検査・修理の様子

このシリーズでは2015年12月6日、南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ 2015」の様子を報告して行きますが、まず最初は見学順路(前回の記事のマップ)に沿って、工場内の様子です。

100_102_151206_26
最初に登場したのは屋外にも停めてあった100系 102編成です。庫内には102-5、6が入場していました。

102編成のこれまでの履歴をKasukabe総合車両センターさまのサイトのデータから引用しますと、
1990年3月30日 東急車輌で製造・竣工、春日部検修区に新製配置
2003年12月   全般検査(西新井工場)
2006年7月    重要部検査(南栗橋工場)
2008年12月   全般検査(南栗橋工場)
2011年1月    重要部検査(南栗橋工場)
2012年3月    塗装変更 雅へ (南栗橋工場)
2013年9月    全般検査(南栗橋工場)
2015年12月   重要部検査(南栗橋工場)

ということで、今回の入場は重要部検査でした。

庫内に入場中の車両はちょうど目の高さに床下機器が来るような位置関係になっています。

100_102_151206_30
台車はTRS-90型 住友金属のSS115形 ボルスタレス台車で牽引装置は1本リンク式です。軸箱方式はSUミンデン式、固定軸距は2300mmです。

100_102_151206_27
VVVFゲート制御装置

有料特急で最初にVVVFインバータ制御を採用したのはこの東武100系でした。日立製作所製の大容量GTOサイリスタ素子による1C8M方式となっています。

100_102_151206_29
VVVF装置本体

おそらくこの装置は1986年の日立評論に掲載された岡松らによる「DC1500V電車駆動用VVVFインバータ制御装置の開発」の論文に記述されている装置の実用化版と思われます。ポイントは従来の2500V耐圧素子から4500V耐圧素子を用いることで主回路を簡素化・軽量化できたこと、制御装置に従来の8ビットマイクロプロセッサ(MP)から16ビットMPにすることで高精度化を実現できたことだそうです。

100_102_151206_32
102-5と-6の連結部
201年5月に武蔵丘で見た西武10000系の連結部同様、かなり多い結線であることがわかります。普段、お目にかかることのない棒状連結器も見えます。

100_102_151206_33
制御車に装備されている蓄電池 ニッケル・カドミウム電池でしょうか?

100_102_151206_35
補助電源の起動装置

100_102_151206_34 パワーユニットと冷却パイプでしょうか
半導体素子冷却装置?

100_102_151206_36
空調制御関係

100_102_151206_38
102編成はその後、2015年12月24日に出場し、試運転が行われています(関連記事)。 
私も2016年2月6 日に運用に就いているところを目撃しました。

100_102_160206
2016/2/6 西新井

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2016年2月 7日 (日)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 15 Boeing 757 Delta Airlines

San Diego空港でのスポッティング、前回の記事ではDelta AirlinesBoeing 767に触れましたが、今回はBoeing 757です。

N649dl_boeing_757232_cn_24389_ln229
N649DL Boeing 757-232 cn 24389 ln 229 2003/1/15 SAN

前回の記事に書きましたように現在のDelta Airlinesはいろいろな航空会社が合併して出来た航空会社であるために、757のフリートリストを見てもそういった過去が分かる構成となっています。

記事を書く際に参考にしているSpotters.netのDelta のFleet Listをみると、フリート全体で822機、14機が発注中で、平均年数は17.1年です。

757に関しては133機が現役、2機が追加予定、71機が退役機です。

タイプ          平均年数    現役機    導入予定機  退役機
MD-80                     25.6 年      116機              35機 
747            24年         9機              26機   
A320                       20.9年        69機
767                         19.6年                93機              31機
757            19.3年      133機       2機     71機        
MD-90                     19年        65機               9機

以上が平均を超える機材で

717                        14.4年               90機       1機
A319                      14年        57機
777                        11年        18機
A330                       9.2年       37機       3機
737            9.2年      135機       7機     106機

といった構成になっています。

導入予定の機材は
A321                               1機

過去に使用していた機材としては
A310                                                             30機
727                                          7機
DC-8                                                                                  42機
DC-9                                                          159機 
DC-10                                                           14機
MD-11                                                           17機   
がリストにあります。

N610dl_boeing_757232_cn_cn22817_ln6N610DL Boeing 757-232 cn 22817 ln 66 2008/1/18 SAN

わたしはこういった写真しか写せませんでしたが、乳癌予防キャンペーン (Breast Cancer Awareness) ピンクリボン運動のスペシャルマーキング機として2010年5月まで飛んでいましたが、現在は退役しています。

デルタ航空が-32のBoeing cusotmer codeで発注した757-200 (757-232 と757-232(WL)は116機あり、64機が現役とのことです。

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2016年2月 6日 (土)

4扉車 西武2000系 2 1次車から4次車のその後

西武鉄道、2000系の話題、前回は6連の製造、一部8連化、そして2連の製造について触れました。今回はその後の変化について触れようと思います。

2000_2001_111029 2011/10/29 新大久保
   
現在の2001F スカートが取り付けられ、行き先・種別表示器はLEDタイプに変更されています。

まず、前回書き忘れたことの補足ですが、

1)西武の車両のコンプレッサーは長いことAK-3でしたが、2000系から水平対向式HB2000が導入されました。但し、2連のクハのCPは依然としてAK-3でした。

2)6連の2031F, 2033Fを解体して、2001~2007Fに組み込んだ際に、M2車(2100)、M4車(組み込みでM6の2200)のMGは120kVAタイプから150kVAタイプに置き換えられました。

追記:準急豊島園様のコメントにあるように2001~2007Fの8連では編成におけるモハの順序が

←西武新宿 (奇数)
  Tc1    M1/M2     M3/M4       M3/M4    Tc2

2000-2100/2100-2300/2300-2200/2200-2000  という順序で組み込まれています。

これは新2000系シリーズで登場した8連のケース

2000-2100/2100-2200/2200-2300/2300-2000 とは異なる順序ですが、機器の配置は同じです。

3)この工事の際に6連のTc車には電連が装備されました。8連には当初装備されませんでしたが、後年装備されました。

2000_2003f_150607 2015/6/7 萩山      2003F

2000_2005_070812 2007/8/12  萩山 
2005F  更新修繕後の姿
菱形パンタで行き先・種別表示が幕式

2005_121231 2012/12/31 東村山 
2005F その後の入場でパンタはシングルアームに、行き先・種別表示もLEDに

2000_2007_140720 2014/7/20  所沢 2007F

2007Fは2016/1/20に幕式に交換されたそうですね (関連記事関連記事)。

1次車 2001~2013F

更新修繕は1996年から開始され、2003年までに終了しています。
外観上の変化は,Tc車へのスカート取り付け、8両編成では上の写真のようにパンタグラフを減らし、シングルアームタイプに交換する工事が実施されており、M1、M5車の2位側パンタと歩み板が撤去されています。

2000年以前の更新工事では2005Fの2007年の写真のように行き先・種別表示が幕式で出場しています。

パンタのシングルアーム化は2001Fの2004年検査出場から実施され、全編成に普及しました。

2000_060505_5 2006/5/5 恋ヶ窪

2次車 2015F~2029F

1次車との外観的違いは冷房機脇の歩み板がFRP製だけです。
1986年の田無事故で大きな変化があったグループです。

<1986年田無事故>
1986年3月23日、12時10分頃、大雪の降りしきる田無駅に接近した上り急行2000系(2415F+2017F)が車輪と制輪子の間に雪が詰まり、ホームに停車中だった先行の準急2000系 (2407F+2023F)に追突し、乗員・乗客204名が負傷した事故。2415Fが永久直列制御で、電力回生制動の打ち切り速度が高く、制動能力が低下したのが原因と考えられています。

当時、池袋線用の101系、5000系には耐雪(圧着)ブレーキが装備されていましたが、2000系には装備されておらず、この事故の教訓として全ての車両に装備されました。

この事故で 
急行側 クモハ2415+クハ2416 クハ2017+モハ2117+モハ2118+モハ2217
準急側 モハ2224+クハ2024  の8両が廃車となりました。

生き残った2017Fのモハ2218+クハ2018 は改番され、2代目 モハ2224+クハ2024となり、2023Fの残存車両と組み、二代目2023Fとして1989年に運用復帰しました。

1999年、更新修繕を受けた2019、2021Fから行き先・種別表示もLED式に変更され、CPもHS-20Kに変更されました。

2004年に更新修繕を受けた2023F, 2027Fからはパンタグラフが電磁鉤外し式のPT7116BTとなりました。モハ2024, 2124のCPはHB2000のままだそうです。

3次車 モハ2301~2308  クハ2410 2412 2414 2416(田無事故廃車)

当初、2031F, 2033Fとして落成し、後に2001Fから2007F に組み込まれた編成ですが、M4車ではMG, CPが撤去され、M3車では減パン改造でパンタが1基になりましたが、
モハ2301 2305 では2位側パンタ撤去後、歩み板、配線が残り、モハ2303 2307ではこれらが整理されました。

クハのCPはAK-3からHS-10に換装されました。またクハ2414の補助電源装置はMGからSIV(MB1603-Y3)に変更されました。

4次車  クモハ2401~2415 (奇数車)(2415は事故廃車) クハ2402~2408 (偶数車)

20002x2_820829
20002x2_830829_6
1983/8/29 東村山 登場直後、国分寺線に2連2組で投入された姿

20002_830829_5
同日、西武園線にも同じタイプの編成が投入されていました。

2000_2_060102 2006/1/2 西武新宿
更新後も菱形パンタ、LED表示器

 

更新修繕は2003年12月、2413Fから開始され、パンタグラフのシングルアーム化、スカート取り付け、車椅子スペースの設置などのバリアフリー化工事が施工されました。

2405_141025 2014/10/25 新大久保

更新終了後の2403編成 パンタはシングルアーム化されていますが、行き先・種別表示器はLED化はされていません。

2000_2_120428 2012/4/28 所沢

こちらの編成は行き先・種別表示器もLED化されています。

5次車として、田無事故の補充車 クハ2031~2034、モハ2131~2134 2231~2234 クモハ2417/2419 クハ2418/2420 が製造されました。これらについては次回の記事で触れます。   

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2016年2月 5日 (金)

隅田川貨物駅フェスティバル 3 鉄道コンテナについて1

2015年10月25日の「隅田川貨物フェスティバル」の話題、今回は鉄道コンテナについて触れようと思います。

19d_151025_2 2015/10/25 現在の12ft 主力コンテナ19Dタイプとコキ107形貨車 隅田川貨物駅

我が国において最初に貨物列車運転されたのは新橋(後の汐留)と横浜(後の桜木町)間で1873年9月15日のことでした。
1970年代、貨物列車の運行方式の一部に貨物取扱駅間同士を直接結ぶ「直行型輸送方式」も取り入れられていましたが、大半は「ヤード集結型輸送方式」で、操車場で貨車を組み替えつつ継走し、目的地までの到着に日数がかかり、要する日時も不確定な方式でした。

Ef10_35_7608_2 1976/8 巣鴨駅の様子

<ヤード集結型輸送方式の手順>

・荷物を出荷駅で回送されて来た貨車に積み込む
・貨車は解結貨物列車に連結され、近くの操車場へ
・貨車を目的地別に組み替える
・操車場間を結ぶ貨物列車に目的地別の貨車群を連結し、別の操車場へ
・到着した操車場で目的地別に組み替える
・目的地近くの操車場で貨車を切り離し、解結貨物列車に連結、目的地駅で貨車を切り離す。

日本全国に高速道路網が整備されてくるとトラックによる輸送が主流となり、鉄道貨物輸送は衰退してゆきました。
国鉄も赤字を生み出し、非効率なヤード輸送方式を1984年2月1日のダイヤ改正で全廃し、コンテナ貨車と石油、化成品、セメント類などの物資適合貨車(専用貨車)による拠点間直行輸送方式に改めました。

この改正で、操車場は全廃、貨物取扱駅も851駅から457駅に削減されました。

国鉄におけるコンテナ開発の歴史を調べてみると、こちらのサイトに詳しい説明がありました。

有蓋コンテナは1955年10月3トン(2.5トン積み)3000形式の試作(5個)が嚆矢とされています。ターンバックル付き金具で緊縮し、無蓋車トラ30000形式に積載し、汐留~梅田間で試験輸送が行われました。1957年4月から、営業を開始しましたが、取引単位に適合しないこと、軽量貨物では運賃が割高になること、コンテナの個数が少なく利用しにくいことなどから、3トン方式ではなく5トン方式で行くことになりました。

55007_150815 2015/8/15 初期の国鉄コンテナ模型 青梅鉄道公園展示

1959年3月5トンコンテナが試作され、トラックの側板を立てた状態で積載可能、積載時に道路輸送の制限高(3.5m)を超えない、構想中の新幹線コンテナ線用電車の幅に合致することなどが条件とされました。緊縮装置はアンカーをコンテナ車に、緊縮金具をコンテナ側につけ半自動式中央緊縮方式とし、片妻開きで鋼製、アルミニウム製、木製の3種類が試験的に製造されました。量産は鋼製片妻開き方式とし、5000形式と名付けられ、5100~が東急車輛、5500~が富士重工で製造されました。

1960年に隅田川、加茂(新潟)、東札幌のコンテナ列車増発に対応して6000形式が増備され、1962年には小口貨物の積み合わせ輸送用に、車両に搭載したまま積み卸し可能な両側開きタイプの7000形式が製造されました。

後に11ft級コンテナに分類されるこれらの後継として、1961年から

C10形式  片妻開き クレーン上部吊り フォーク二方差し
C11形式  片妻両側開き クレーン上部吊り、フォーク二方差し
C12形式  屋根スライド開閉、片妻開き が量産されました。

1970年にコンテナ及びコンテナ貨車の規格体系が見直され、5トンコンテナは12ft、10トンコンテナは20ft、15トンコンテナは30ft、20トンコンテナは40ftとなりました。

ISO規格に準拠した5トンコンテナ(12ft)として、T11パレット (1100mm x 1100mm) を6枚搭載可能にしたコンテナとしてC94形式1970年に試作されました。この形式が1971年からはC20形式として量産され、さらに1974年に上隅金具を設けたC21形式が登場しましたが、荷役設備が対応できず増備はC20形式で行われました。

このC20形式に合わせて登場したコンテナ貨車がコキ50000系です。

Ed73_1020_791218 1979/12/18 ED73牽引のコンテナ貨物列車 筑前新宮
大学院時代に福岡に学会で出かけた際に朝のブルートレインの撮影の合間に撮ったものです。

1984年、トラックに2個積みもしくはコンテナ貨車に積載したまま荷扱いが可能な、片妻片側開きコンテナとして、C30形式がC20,C21を改造し、作られました。同じように新製されたのが、C31形式でした。
C35形式
はコンテナの構造を大幅に見直し、妻壁荷重及び床荷重強度を引き上げ、製造コストを低減させた形式であり、C36形式はC35で撤廃された内張の合板を復活させた形式です。

1987年、嵩高い荷物輸送を目的に高さを2500mmにし、C31の容積を拡大したのがC40形式で主にたばこ輸送に特化して用いられました。

C95形式はC20をベースとした簡易保冷コンテナ、NC1は日本通運所有だった元私有コンテナ、ZC1は全国通運所有だったC35ベースのコンテナです。

以上が非常におおざっぱですが国鉄の5トン~12ftコンテナの歴史です。

民営化後、JR貨物では、国鉄C40形式をベースとして、内容積18立方メートルの18A形コンテナが1987年から2500個量産されました。

18シリーズ
18B 中越パルプ工業 東京~八代限定 両側面開き  25個
18C  18Aの床面高さを下げて容積拡大 5000個

041017 2004/10/17 18Dタイプ 幡生

18D  全長拡大 両側扉二方開き 23600個
18E 床面二重構造防振材挿入試作 2個

さらに18シリーズの全幅を大きくして内容積を19立方メートルにしたのが19シリーズです。
19A 全幅拡大 1001個
19B  19Aの幅を減少 3000個

051218 2005/12/18 19A 19B 大船

19C  19Bに荷崩れ防止のため仕切り用ポリプロピレン製パネル装備 400個
19E  19Cの後継で上部四隅に簡易隅金具が付きました。
19D  19Bの改良型で脚部四隅に船積用のツイストロック式の金具を装着 29505個    (2014.2現在)

19d_151025 2015/10/25 隅田川

と云うことで漸く今回の19Dタイプが登場します。現在、12ftタイプの主力がこの19Dと19G (片側妻扉・側扉二方開きの19Fに脚部四隅に船積用のツイストロック式の金具を装着)となっています。

天井開き試作コンテナとして20Aが1個、高さが高くコキ100系限定のコンテナ20B (224個)、同じく両側扉・片妻面三方の開きタイプの20C (479個)、その後継の20D (448個)もあります。

次回は別のタイプのコンテナ系列について触れます。

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2016年2月 4日 (木)

新京成サンクスフェスタ in くぬぎ山 3 8900形

2015年10月24日の「新京成サンクスフェスタ」、今回は新京成8900形について触れようと思います。
8918_151024_4 20125/10/24 くぬぎ山車両基地

8900形は8800形に続いてVVVFインバータ制御方式、軽量ステンレス車体(前面は普通鋼製)の車両として1993年11月に登場しました。製造は1996年6月まで続けられ、8両編成3編成が日本車輌製造で落成しました。

8918_141011 2014/10/11 新コーポレートカラー化直後の8918編成 松戸

車体は18m級、両開き (幅1500mmワイド) 3ドアで京成3700形を基本にしています。
制御方式はGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御で、装置構成は1C4Mx2群(三菱電機製MAP-148-15V37形制御装置)となっています。

8921_151024 2015/10/24 京成津田沼に到着する8928編成

電動機は三菱電機製MB-5018-C型かご形三相誘導電動機で出力135kW、端子電圧1,100V、相電流90A、回転数1,860rpm、周波数64Hz、すべり3.1%です。

駆動方式は歯車比:101:15=1:6.73のWN継手駆動です。

8928_151024 2015/10/24 8928編成 京成津田沼

補助電源はGTOサイリスタ2重チョッパ併用3レベルIGBTインバータ(三菱電機製MELSIV-4500形)方式のSIVにより、定格容量:200V、140kVA、60Hzが供給されます。

CPは当初、当初8800形と同じ三菱電機製でしたが後にクノールブレムゼ製のスクリュー式に交換されました。

ブレーキ方式は回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキと純電気ブレーキです。

運転台の主幹制御器は新京成初採用となるT形ワンハンドル式です。段数は8800形に準じた力行4段・ブレーキ7段で、デシタル表示される計器類もまた新京成初採用です。ただし主回路電流計はアナログのままです。

8938_140510
8931_140510
2014/5/10 8連時代の8938編成 習志野

台車は住友金属工業製ボルスタレス台車(電動車SS134型・付随車SS034型)です。2009年京成にAE車が登場するまでは唯一のボルスタレス台車採用車両でした。

保安装置は新京成電鉄・京成電鉄・北総鉄道・京浜急行電鉄・芝山鉄道・東京都交通局(都営地下鉄)浅草線で使用されている1号型ATSおよびC-ATSです。

集電装置は工進精工所製KP91です。

冷房装置は三菱電機製CU-715型集約分散式冷房装置(能力  18,000kcal/h(75.6kWh)) ×2基/両(1両36,000kcal/h≒151.2kWh)です。

編成は
←松戸                                      京成津田沼→
   Tc2           M2           M1           T              T            M2          M1          Tc1
クハ8908 モハ8907 モハ8906 サハ8905 サハ8904 モハ8903 モハ8902 クハ8901
  BATT      PT/VVVF   SIV/CP                                PR/VVVF   SIV/CP    BATT

の8両編成で製造されました。
2014年8月22日に機器更新が行われた際に、8918編成が中間サハ2両が抜かれて6連化され、8928,8938編成も同年9月30日までに6連化されました。抜かれたサハは廃車となりました。

8918編成は6連化と同時に新コーポレートカラーに塗色変更され、2015年10月には8928編成も塗色変更されました。

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2016年2月 3日 (水)

電気機関車 EH500シリーズ 8号機

ECO-POWER金太郎 EH500形電気機関車の写真を順番に紹介しているシリーズ、今回は8号機です。

沖田祐作氏の機関車表データによりますと
EH500-8     東芝府中工場=              2000-12-23 E134.4tBBBB(1067)
   車歴;2000-12-23 製造→ 納入;JR 貨物;EH500-8→ 配置;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部

落成は2000年12月23日です。

Eh5008_040310 2004/3/10 大宮 
撮影時間から、3086列車牽引の様子と分かります。

Eh5008_060312_1 2006/3/12 黒磯

黒磯駅に到着する3086列車
3086列車はそのまま機関車を交換せずに直流区間に進入しますが、機関車交換する列車同様、交直切り替えは車上切り替え方式ではなく、一旦停止、パンタを降ろして、架線電流が直流になってからパンタを上げて、出発して行きます。
この光景が見られるのも、あと数年でしょうか。

Eh5008_061021 2006/10/21 北府中

3087列車を牽引して武蔵野線を行く。

Eh5008_071222 2007/12/22 東仙台

長町経由の貨物線から東北本線に合流、仙台総合鉄道部まであと僅か

Eh5008_081123_2 2008/11/23 常磐貨物線

3056レを牽引して隅田川駅に到着後、単機で田端まで回送

Eh5008_101024 2010/10/24 第一大野踏切

前々回の青森訪問の際の撮影、青森信を出発し、奥羽本線、海峡線方面を目指す。

Eh5008_130413 2013/4/13 土浦~荒川沖

トキのみの安中貨物牽引

Eh5008_140614 2014/6/14 荒川沖~ひたち野うしく間 妙向寺踏切

土浦発の2094レを牽引

以上です。

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2016年2月 2日 (火)

1989年のDüsseldorf Airport その42 Air EuropeのShort 360-100

1989年の西ドイツ Düsseldorf空港で撮影した写真、いよいよ今回で最終回となりますが、最後に取って置きの珍奇なスタイルの機体を紹介しようと思います。

Gbpco_cn_sh3604_short_360100_890504
Short 360-100 G-BPCO cn SH3604  Air Europe  1989/5/4 DUS

このユニークなスタイルの双発ターボプロップ機はイギリスのショート・ブラザーズが製造したショート360というタイプの旅客機です。航空ファンの間では「ハコフグ」といった渾名を持つ飛行機です。

オリジンは同社が短距離旅客機、軍用輸送機として1959年から開発、1960年から組立が開始され、1963年1月17日に初飛行したショートスカイバンです。

最初はレシプロエンジン搭載のスカイバンシリーズ1からスタートし、シリーズ1A1963年10月2日初飛行)でアスターズIIターボプロップエンジン装備の試作型に、さらにシリーズ2で量産され、エンジンはアスターズXIIになりました。1968年からはギャレット製TPE-331エンジン搭載のスカイバンシリーズ3が登場、これをベースにシリーズ3A (最大離陸重量アップ)、シリーズ3M (軍用、捜索救難用)、3M-200 (3Mの重量アップ)と発展して行きました。豪華版純旅客輸送タイプのスカイライナーシリーズも生産されました。

胴体断面は搭載能力を最大限まで上げるため、特徴的な四角形となり、主翼は上翼式、降着装置は固定式、水平安定板の両端に垂直尾翼を立てたH型の尾翼構造となりました。
キャビンは非与圧式で旅客仕様では定員19名、後部にヒンジ式カーゴドアを装備していました。1986年まで北アイルランドのベルファストで生産され、153機が製造されました。我が国でも海上保安庁が運用していました。

Gbpco_cn_sh3604_short_360100_8905_2
スカイバンの胴体を延長させ、最高30名まで旅客定員を増やしたのがショート330でした。降着装置は引き込み式とし、5翅プロペラの採用による騒音の低下などの改良が行われました。

1974年8月22日に原型機が初飛行し、1976年にはカナダの航空会社が採用、C-23Aシェルパとして、胴体後部に大型化した貨物扉を設置したバージョンがアメリカ陸空軍で運用されました。

初期量産型は330-100でプラット&ホイットニー・カナダPT6A-45A又は-45Bエンジンを搭載しています。改良型は 330-200でPT6A-45Rエンジン搭載しています。330UTTと名付けられた多目的戦術輸送機(Utility Tactical Transport)型もあり、空挺降下用のドアを有し、タイにて採用されました。

330の派生型として、前部胴体を0.9m、後部胴体を3.8m延長させて36席級の旅客機にしたのがショート360です。

尾翼は再設計され、後退角をもった一枚のものとなりました。主翼は支柱で支えられた半方持ち式で、主脚は胴体側面のスポンソンに収納されています。
1981年6月1日にプロトタイプが初飛行し、1991年までに165機が製造され、今日も多くの機体が現役で活躍しています。
-100 前期量産タイプ
-300 後期量産タイプ エンジン換装 プロペラ翅を5枚から6枚に
-300F 貨物機型。尾部にリアローディングドアを装備。

機体性能
運航乗務員: 2
乗客: 36
全長: 17.69 m
全幅: 22.78 m
高さ: 4.95 m
翼面積: 42.1 m²
空虚重量: 6,440 kg
最大離陸重量: 10,387 kg
最大速度: 352 km/h
巡航速度: 296 km/h
航続距離: 1,239 km
巡航高度: 3,500 m (11,500 ft)

続いてAir Europe1978年に創設された英国の航空会社です。当時はInter European Airwaysといいました。
本拠地は当初Reigate, Surreyで後にCrawley, West Sussexとなりました。拠点空港はロンドンガトウィック空港でした。1979年に3機のBoeing737-200で営業を開始し、パッケージツアー会社として業績を伸ばし、1980年代には定期便も運航しましたが、1991年3月8日、倒産に至りました。

フリートは29機、
7 Boeing 757-200
4 Boeing 737-400
5 Boeing 737-300
7 Fokker 100
6 Shorts 360   1991年3月8日時点で でした。

この航空会社に関してはこれから他の空港の写真でもよく出てくるので今回はここまでに致します。

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2016年2月 1日 (月)

ご苦労様でした トワイライトエクスプレス part15 オハネ25 520番台

今回の記事から、以前のサイクルに戻ります。

2015年3月のダイヤ改正で引退したトワイライトエクスプレス、前回はその客車編成からオハネ25形510番台について触れましたので、今回はオハネ25形520番台について触れようと思います。

25_520_020827_7 2002/8/27 札幌
到着後、運転所に引き上げるトワイライト編成
手前の2両が、オハネ25 520番台 2段窓部分がツイン、3個の1段窓部分がシングルツイン
3両目の車両はオハネ25 510番台で、こちらはツインとミニサロンの構成、大窓の部分がミニサロン

電源車を含めて10両の客車で構成されていたトワイライトエクスプレス編成において唯一1編成あたり、2両含まれていたのがこの形式で、5,6号車に割り当てられていました。
B寝台のツインとシングルツインの合造車で、改造種車はオハネ25 0番台車 -39, 50, 43, 55, 59, 47の6両でした。

7室のツインは2段ベットを枕木方向に配置し、上段は昇降式、日中は上昇させ、下段をソファーにする方式で、各個室上下2段の窓がありました。乗降口に近い、1,2番の部屋は可動式間仕切りで、4人部屋としても使用可能でした。

6室のシングルツインはセンターの廊下を挟んでプルマン式A寝台を個室にしたようなタイプで、2段ベッドが線路に平行に設置され、上段は固定式エキストラベッド扱いで、下段は折りたたんでソファーになりました。

25_520_020827_8 編成中に2両入っていた520番台

ツイン部分は片側廊下、シングルツイン部分はセンター廊下となっていたため、車内で廊下は折れ曲がっていました。

生憎、反対側の写真はありませんが、反対側はオリジナルの窓5枚と、天地寸法が短い3枚の窓の構成でした。

2001, 2002年に更新工事が施工され、内装は木目調に、外装は帯が白線で縁取りされたものになりました。

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