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2016年3月 6日 (日)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part2 活躍した車両たち 旧国から105系

2014年12月の旅行で訪問した可部線の話題です。今回からは可部線を走った車両です。

前回の記事で記述したように1909年12月に開通して以来、長い歴史のある路線で、蒸機牽引時代、国有化前の時代があり、

17_100320
今も熊本電鉄に現存するモハ90形は、広浜電鉄から継承された社形半鋼製車だそうです。1945年8月6日の原子爆弾投下でモハ90形3両以外は焼失し、廃車となったそうで、残ったモハ90形は1953年まで活躍したそうです。

11

160072 南武支線で活躍中のクモハ11+クハ16の2連

その後、クモハ11、クハ16形の時代となり、1976年から

73

広島運転所で休む可部線 クモハ73

72系が投入されます。塗装はこの写真のようにウグイス色で前面に警戒色のオレンジ色が入れられていました。この写真は1977年3月、瀬野八のEF59を撮影した帰りに、広島に接近する列車から撮ったものです。

これら72系も1984年105系が投入されて置き換えられました。

105_105100_850418_2

105_850418_4 可部線に105系が投入された直後 1985/4/18 広島

2+2の105系編成ですが、前後で顔は違う、扉の枚数も違う珍奇な編成です。

上の写真のクハはクハ105形100番台101-104の4両のどれかで、クハ103形0番台(-73, -11, -12, -25) からの改造車で、新製配置はイケ、シナ (-25のみ)で1972年2月3月にマトに転属し、エメラルドグリーンで活躍しており、1984年に常磐緩行線の103系1000番台が105系に改造された時に、一緒に改造を受けています。担当工場は-101が吹田、-102が広島、-103, -104が幡生でした。4両とも広島運転所に配置され、偶数向きに統一されました。

下の写真はクモハ105形500番台、運行窓の表示から-531かもしれません。こちらはモハ103形102形1000番台から改造の制御電動車で、105系新造車によく似た(詳細に言えば、前面窓下の手すりの位置が少し上だそうです)運転台が装着されました。

モハ103-1031, 1012, 1051, 1027, 1063, 1007, 1020, 1011, 1023, 1024, 1050, 1043, 1054, 1019, 1014, 1015, 1062, 1042, 1006 > クモハ105-501~519

モハ102-1050, 1043, 1054, 1014, 1042 > クモハ105-520~524

モハ103-1035, 1059 > クモハ105-525, 526

モハ102-1035, 1059, 1062, 1006, 1015, 1019 > クモハ105-527~532

改造は広島、名古屋、吹田、大宮、幡生、長野、大井、新津、大船の各工場で施行されました。

これらの中で、MのみがMcに改造されたのが10両あり、M’はクハ104-500番台に改造されました。

モハ102-1031, 1012, 1051, 1027, 1063, 1007, 1020, 1011, 1023, 1024

>クハ104-501~510

改造後の配置はクモハ105-501~524が奈良電車区に525~532が広島運転所に、クハ104-500番台は全車奈良電車区に配置されました。台車はDT33から101系廃車発生品のDT21Tに交換されました。

105系、その後の様子は、次回の記事で。

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コメント

B767-281様今晩は。何故か広浜のモハ90知っていました。101系のモハ90を検索して出てきたのが一つ、後は電車のアルバム1.に出ていたような?書棚の何処に有るので探してみます。

細井忠邦さま、おはようございます。

確かにモハ90といえば国鉄101系の旧名とヒットしますね。

電車としてもかなりの歴史のある車両なんですね。

おはようございます。雨ですが、暖かい朝ですね。


広島運転所での73系とEF58の並び、懐かしいですね。


広ヒロの73系電車には、全金属車両は配備されなかったのでしょうか。


横浜線から73系が淘汰されたとき、状態の良い車両を 疎開させていたら、
大雨により 水没してしまった事故があったような記憶があります。


富山港線の73系には、全金属車両が多かったように感じますが、最後の最後に集められたからだったのでしょうかね。

準急豊島園さま、こんばんは。

広ヒロの1975年頃の配置表をみると、モハ72934というのがいましたが、それ以外はみな古そうですね。

横浜線の72系、久里浜に疎開させたところ、集中豪雨で冠水してしまいあえなく廃車になったという悲話ですね。
ネットで調べると写真付きの記事で紹介されていますね。

富山は私も以前、記事にしましたがクハ79の全金製928、934が配置されていましたね。

B767-281様今晩は。富山港線、最後はクモハは全金更新車、クハは全て920番台で揃えられていました。因みに予備でどちらの代わりにもなれるクモハ40が配置されていましたが、老朽化したため、御殿場前後から73のやはり全金更新車とクハ79939が転入しました。クハ79939は方向転換して転入です。私の知る限りではこれが旧型国電最後の転配だと思います。久里浜に散った73系、鉄道ファン誌にも大きく取り上げられていました。

細井忠邦さま、本日2本目のコメントありがとうございます。

1975年以降も富山港線には続々と最終版の旧形国電が集結したのですね。
クモハ40は私も見ました、青梅線でもそうでしたが、クモハ40はそういった意味で便利な車だったのですね。

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