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2016年5月31日 (火)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その9 

このシリーズでは東武スカイツリーライン、小菅付近の複々線区間を行く車両を会社別にみており、現在は東武鉄道の車両で8000系シリーズです。

8000系は4Rと2Rで登場し、用途に応じて6R、8R車が登場、さらにワンマン化改造で8R車から4R、あるいは3R車が登場して来ました。前回の記事までに3R車まで触れてきましたので、今回からは特別塗装車について触れてゆこうと思います。

81107_160318_2 2016/3/18 小川町 

車体番号表記の仕方もあの頃の様式に従っています。

まずは8000系4R車、81107Fのツートンカラー塗装です。

81107_160318 2016/3/18 小川町

8108Fや8111Fと違い、修繕工事後の顔にツートンカラー塗装のケースは実は初めての組み合わせとなりました。

81107Fの落成は1981年3月20日で富士重工での製造でした。

新製配置は春日部研修区で、まずは伊勢崎線運用に就きました。

2003年、製造後22年で修繕の時期を迎え、西新井工場にてワンマン化改造を受け、2004年2月9日、森林公園研修区に転属となり、しばらく研修区に留置された後、東上線小川町~寄居間や越生線のワンマン運用に就きました。2010年11月には南栗橋工場にて重要部検査を受け、2014年11月の全般検査時に、8000系が登場した頃のロイヤルベージュとインターナショナルオレンジのツートンカラーとなりました。

81107_160318_4 2016/3/18 小川町

このツートンカラーは1974年5月新製の8164F・8564F以前に登場した車両が纏っていた塗装で、2004年10月30日から、2005年6月27日まで8108F東上線90周年を記念してリバイバル塗装としてこの塗装を纏い、さらに8111F2012年8月からこの塗装を纏っています。

81107Fに関しては2014年11月16日に開催された東武東上線森林公園ファミリーイベントにおいて告知され、11月22日から運行が開始されました。

84107_160318_2 運転席後部の様子

84107_160318_4 室内の様子

84107_160318_3 津覇車輌による平成16年改修工事施工の銘板

84107_160318_5 連結面には転落防止の突起が

84107_160318_21 クハ84107 2016/3/18 小川町

両サイドの妻面にはあの頃のサボ受けも再現されています。

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2016年5月30日 (月)

北総鉄道を走る車両たち 4 9000形(千葉ニュータウン鉄道所有車)

北総鉄道、北総線を走る車両、今回も千葉ニュータウン鉄道所有の9000形です。
前回の9100形が非常に垢抜けたデザインの車両だったのに対して、この9000形は些か前近代的といっては語弊があるかも知れませんが、そんなイメージの車両です。

9018_160211_2
9011_160211_21
9018_160211_21
9018編成 2016/2/11 八ツ山橋

登場は1984年で住宅・都市整備公団が千葉ニュータウン線(小室~千葉ニュータウン間)を開業した際に導入した車両で、日本車輌製造で製造されました。登場時は2000形と名乗っていました。8両編成2本が在籍していましたが、9200形が導入されたことにより、9008編成が廃車され、現在は9018編成1本が活躍中です。

登場時は4M2Tの6両編成で、2000形という形式は北総・新京成・京成・都営浅草線と被らない番号であり、2000年に向かって伸びゆくニュータウンの将来を象徴するという意味を込めてのものだったそうです。

直通運転の都合や運用や保守を北総開発鉄道に委託する関係で主要機器はゲンコツ電車と言われた7000形と共通機器が多用されており、それ以外の機器も他社線の車両とできるだけ共通化され、省エネルギー化、保守の容易化に貢献するとされた新技術に関しては信頼性の高いものが極力採用されたそうです。

9011_160430
9011_160430_3
2016/4/30 京成高砂

登場時の編成、番号構成

←千葉ニュータウン中央
番台  2100   2200  2300  2600  2700  2000
      Tc     M1   M2   M1   M2   Tc
     2101   2201  2301  2601  2701  2001
     2102   2202  2302  2602  2702  2002  
将来の10両編成化を考慮した付番になっていました。

1990年、北総7000形と同様に8両編成化が行われ、中間電動車2400、2500番台が増備、組み込まれ、6M2T編成となりました。さらに、1991年には京浜急行電鉄乗り入れに当たり、先頭車の電動車化の要請を受け、中間車の電装解除が行われ、2600番台、2700番台の連結位置が変更されました。

←千葉ニュータウン中央
番台  2100   2200  2300  2400  2500  2600  2700  2000
    Tc>Mc2   M1  M2>T  M1   M2  M2>T  M1 Tc>Mc2
     2101   2201  2301  2401  2501  2601  2701  2001
     2102   2202  2302  2402  2502  2602   2702    2002
                              連結位置変化

1991年からの北総開発鉄道、京成電鉄、東京都交通局、京急による直通運転開始で乗り入れ先の京急2000形と番号が重複するため、1994年9000形と改称され、付番方式も京成3700形と同じ方式となりました。

           9001  9002  9003  9004  9005  9006  9007  9008
      9011  9012  9013  9014  9015  9016  9017  9018    

仕様

全長 18,000 mm スキンレスステンレス車体 3扉
全幅 2830 mm
全高 4040 mm
編成質量 192t

制御装置 界磁チョッパ制御
台車 KHS-001 (T) KHS-101 (M, Mc)
制動方式 応荷重装置付き回生ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ、保安ブレーキ付、HSC-R

営業最高速度 120km/h
起動加速度 2.8km/h/s
減速度 4.0km/h/s 常用最大 4.5km/h/s 非常

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2016年5月29日 (日)

東武ファンフェスタ 2015 7 方向幕について

2015年12月6日、南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ2015」、今回は工場内展示の最終回として東武ならではの方向幕の展示について触れようと思います。

151206_3
5列に渡って展示された東武各線区列車の方向幕です。

見て分かるように、左から
アーバンパークライン (野田線)8000系、10030系
地下鉄日比谷線乗り入れ
日光線、伊勢崎線
東上線
日光線、会津線乗り入れ用 6050系 となっています。

かつては幕表示だった車両も最近はLED化された車両が多くなってきていますが、実車の方向幕の写真を

まずはアーバンパークライン

8101_121125_2
2012/11/25 大宮 8000系 8401 柏 表示

8126_111204_2
2011/12/4 東岩槻 8126 大宮 表示

8159_151212
2015/12/12 柏 8159 船橋 表示

8000系の場合、修繕やワンマン化で方向幕がオレンジ色のLEDになった車両を多く見かけます。

地下鉄日比谷線乗り入れ用 20000系 (20050系 20070系はLEDタイプ)

28801_120901_2
28801 2012/9/1 五反野 中目黒 表示

28803_160206_2
28803 2016/2/6 西新井 南栗橋 表示

本線、スカイツリーライン、伊勢崎線、日光線

8127_060709
2006/7/9 栗橋 オリジナル顔の8000系 南栗橋 表示

12203_120901
2012/9/1 小菅 12203 区間準急 北春日部 表示

12252_120901
2012/9/1 小菅 12252 区間準急 久喜 表示

12255_151206
2015/12/6 越谷 12255 浅草 表示

10000系の場合も更新で、LEDタイプ、黒字に白の文字で繊細なタイプになった車両を多く見かけます。

東上線 8000系10000系で見られました。30000系は登場時からLEDタイプでした。

8125_091031
2009/10/31 朝霞台 8425 準急 池袋 表示

8136_091031
2009/10/31 朝霞台 8436 急行 小川町

12202_130818
2013/8/18 大山 12202  池袋 表示

10003_150429
2015/4/29 朝霞台 10003 (先日、脱線事故を起こした編成) 池袋 表示

そして 6050系

6151_111104
2011/11/4 下今市 6151 下今市 表示

6253_150429
2015/4/29 小菅 6253 快速 東武日光・新藤原・会津田島 表示

6154_120901
2012/9/1 小菅 6154 快速 浅草 表示

以上です。

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2016年5月28日 (土)

西武線各駅探訪 2 沼袋駅

このシリーズ、前回は私にとって幼少時代からお世話になった駅と言うことで「萩山駅」について触れました。

今回は、この年になるまで通過や電車の写真撮影のために降りたことはあったものの、下車したことはなかった駅、しかし近い将来大きく変わろうとしている駅ということで、「沼袋駅」について触れようと思います。

160508
住所は中野区沼袋一丁目35-1で、開業は1927年(昭和2年)4月16日でした。

この日付は西武鉄道(旧)(川越鉄道の後身)が東村山~高田馬場間を村山線として複線・電化で開業した日です。ですから沼袋駅は村山線開業時からの駅ということになります。

ちなみに開業時の駅名は高田馬場(仮)駅、下落合駅、中井駅、新井薬師前駅、沼袋駅、野方駅、鷺ノ宮駅、下井草駅、井荻駅、上井草駅、上石神井駅、武蔵関駅、上保谷駅、西武柳沢駅、田無駅、花小金井駅、小平駅、久米川駅、東村山駅でした。まだ都立家政がなく、東伏見も駅名が異なっていました。

尤も高田馬場(仮)駅は現在の新宿線のコースよりもかなり南に設置されていたそうです(関連記事)。1929年11月20日に下保谷駅が東伏見駅に改称され、1937年12月25日に野方~鷺宮間に府立家政駅が開業、1943年7月1日に都立家政に改称しています。さらに1940年4月23日に花小金井~小平間に東小平駅開業、1942年9月5日には鷺宮~下井草間に西鷺宮駅開業、1953年1月15日に西鷺宮駅廃止、1954年10月10日、東小平駅廃止といった歴史がありました。

話がだいぶ横道に逸れましたが、沼袋駅は1955年に島式ホーム1面2線の外側に上下の追い越し線を新設し、西武鉄道初の急行追い越しが可能な駅となりました。

701_820808 701系 冷改車

801_820808 801系 冷改車 右は2000系オリジナル車

2000_820808 2000系 オリジナルタイプ

3枚とも 1982/8/8 新井薬師方向

上り側通過線と待避線の合流ポイントは手前の踏切の先にあったのに対して、下り側通過線と待避線の分岐ポイントは踏切の手前にあったことがわかります。そのため、下り通過線はかなりきついカーブとなっていたことが分かります。

1983年にホーム有効長を8連対応とするにあたり、下り線の分岐ポイントの位置が問題となり、島式ホームの単純延長では対応出来ないため、最終的に現在のような外側に対向式ホームを設置し、通過線を内側に通す形態となりました。

160508_2 新井薬師方向

160508_2_2 野方方向
いずれも2016/5/8 跨線橋上から

かつては当駅での急行追い越しが頻繁に行われていましたが、現行ダイヤでは昼間の追い越しは、下りは鷺宮、上りは井荻が多いようで、野球開催時の臨時列車の下り方向回送列車の待避などが行われるに留まっているようです。

跨線橋はありますが、上り下りのホーム間の連絡のみで、橋上駅ではなく、

160513 北口

160513_2 南口
の2つの駅舎が存在する駅となっています。いずれも2016/5/13

160513_5
北口の自動券売機の並びにはこのような構内案内図もあります。

160513_2_2
駅北口商店街

北、南とも駅前に広いターミナルなどは無く、バス路線も一方通行となっており、昔ながらの商店街が存在します。

160513_3
160513_4
線路の北側には西武鉄道の変電所もあり、高圧線の鉄塔が高く聳え立っています。

Seiyu_160513
北口にはSEIYUもありますが、なんとこの5月31日で閉店とのことです。

その沼袋駅も現在、中井~野方間2.4km 連続立体交差事業による地下化工事が進行中で、上の跨線橋からの写真でも分かるように現在の駅の真下、地下約18~19m、幅約28~36mのトンネル内に新駅が建設されるそうです。2014年度に着手、完成は2020年度で、形態は島式ホームの駅となるそうです。

160513_3_2
工事の説明ボード

最近の沼袋駅で撮影した写真から

2000n_8_2081f_160508
2016/5/8 

新宿線の主力、2000系Nの場合、更新でナンバーが全面に表示される編成も増えてきましたが、多くの編成は側面の車両番号が写し込める距離を確保出来る駅として沼袋駅は非常に魅力的です。果たして、2000系Nグループは地下化工事完成時に残っているのでしょうか?

6000_6102f_160506
2016/5/6

番号を気にしなくても良い編成も上り下りとも編成を丸ごと写せるのは魅力的です。
6000系の6101、6102編成も言うなれば、地下鉄乗り入れを行わない異端児グループで、もっぱら新宿線で、しかも10連固定のため、急行運用で活躍中です。

4000_4009f_52_160508_2
2016/5/8

最近はこんな編成も通過します。この4月、デビューした4000系4109編成を改造した「52席の至福」レストラン電車で、週末新宿線・池袋線~本川越・西武秩父1往復に活躍しています。

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2016年5月27日 (金)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 21 American MD-82

San Diego Lindberg空港で撮影した旅客機、今回はAmerican 航空MD-82です。

アメリカン航空は1930年1月25日に「アメリカン・エアウェイズ・コーポレーション」と社名登録しましたが、それ以前は82社からなる「アメリカン・エアウェイズ」のブランド名で纏まった航空集合体でした。

N216aa_mcdonnell_douglas_md82_dc9_2 N216AA McDonnell Douglas MD-82 cn 49167 ln 1099 2003/1/13 SAN

ニューヨークを本拠地としてボストン、ニューヨーク、シカゴとダラスへの路線を運航し、ダラスからはロサンゼルスへ繋ぐことにより、早くから長距離路線によるコネクション方を編み出しました。設立当初の運行機材は主にフォッカー トライモーターフォード トライモータを利用していました。

N271aa_mcdonnell_douglas_md82_dc9_2 N271AA cn 49293 ln 1212 2005/1/21 SAN

1934年、数々の運搬会社を保有するコード・ホールディングス社がアメリカン・エアウェイズを買収し、現名のアメリカン航空に社名変更しました。当時はダグラス社と積極的に飛行機設計の提携を結び、1936年には共同によりダグラス DC-3の開発と運航に成功。長距離用のDC-3を導入後、運行機を「フラッグシップ」(旗艦)、空港ラウンジを「アドミラルズ・クラブ」(提督クラブ)などと航海用語を自社ブランドへ使い始めました。また当時のブランドイメージとして機長席の窓から四星の「提督ペナント」旗が掲げられていました。

N461aa_mcdonnell_douglas_md82_dc982 N461AA cn 49566 ln 1497 2002/1/17 SAN

第二次世界大戦後、欧州路線への拡張としてアメリカン・オーバーシーズ航空を子会社として設立しました。しかし1950年にアメリカン・オーバーシーズ航空は当時のライバル・パンアメリカン航空へ売却されました。同時期にアメリカン航空はメキシコ主要都市へ路線を拡大してゆきました。

1959年1月25日Boeing707で初のジェット機による大陸横断便を運航。1960年代にはアメリカ本土の西と東海岸をノンストップ便で結ぶジェット旅客機が積極的に導入され、当時の宇宙開拓ブームにより「アストロジェット」として親しまれました。

1962年にはIBM社との協力で世界初の電子航空予約システムSABREを導入。これにより今まで紙と鉛筆で行っていた予約システムがコンピューター管理で可能になり予約の効率性を高めることに成功しました。

この時代、アメリカン航空はユナイテッド航空、デルタ航空、イースタン航空と共に「Big4」と呼ばれる大手国内線航空会社へと成長してゆきました。

N477aa_mcdonnell_douglas_md82_dc982 N477AA cn 49652 ln 1529 2005/1/21 SAN

1979年に本拠地をダラスに移し、ダラスがアメリカ本土の中心地点であるという地理的条件を利用し、路線図をスポーク&ハブ・システムに組み替えました。1981年からダラス・フォートワース国際空港とシカゴ・オヘア国際空港を主要ハブとし、欧州や日本への路線を拡大してゆきました。

1990年、経営難のトランス・ワールド航空からロンドン・ヒースロー空港への路線権利を4億4500万ドルで獲得し、同年、経営難のイースタン航空からマイアミ空港のハブと中南米路線の権利を購入し、1990年代以降、アメリカン航空はマイアミのハブを最大限に利用し、カリブ海や中南米への路線開拓へ力を注いでゆきました。

1998年に、ブリティッシュ・エアウェイズカナディアン航空、キャセイパシフィック航空、およびカンタス航空と共に航空連合「ワンワールド」の結成を発表しました。

2001年4月、長い間経営難に悩まされていたトランス・ワールド航空とセントルイスのハブ権利を買収。大手ライバルを吸収することによってアメリカン航空の成長に期待感が生まれました。

N575am_mcdonnell_douglas_md82_dc982 N575AM cn 531521 ln 875 2008/1/18 SAN

同年の9月に発生したアメリカ同時多発テロ事件では、国内線の11便と77便がハイジャックされてテロに使われ、そのため利用客が激減して経営が悪化し、一時期は破産寸前まで追い込まれました。ユナイテッド航空・デルタ航空・ノースウエスト航空といった大手の同業他社が連邦倒産法第11章の適用を申請して破産宣告する中、アメリカンも破産宣告をする案が社内で議論されたましが、「機内サービスを減らし、コストダウンを図れるところは何でもし、何とか持ち直す」方法で破産を回避しました。

徹底的なコストダウン、機体重量の軽量化、ポリッシュドスキンボディの維持などを行い、2007年には業績利益を達成するまでに至りましたが。2008年頃からの燃料費の上昇で、2011年11月29日、ニューヨーク州裁判所に連邦倒産法チャプター11の適用を申請し、破綻に至りました。

以降の歴史は次回の記事で。

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2016年5月26日 (木)

西武3000系 新101系の車体と2000系のメカを受け継いだ通勤車 5

池袋線の省エネ化を推進するため、当時主流だった3扉車の車体に2000系から導入された界磁チョッパ方式を組み合わせて登場した3000系でしたが、その後、4扉が主流となると3扉車であることと、8連タイプしか製造されなかったことが結果的に裏目に出てしまい、2000系オリジナルタイプよりも先に鬼籍に入ってしまいました。

そんな3000系の話題、今回は前回に続いて「色物電車」の話題で、3011Fをベースとした『銀河鉄道999』デザイン電車です。

3000_3012_100102_2
3000_3012_100102_3
3000_3011_100102 2010/1/2 所沢

この車両の場合、奇数側と偶数側の塗装パターンが大きく異なっていたことも特徴でした。

車体全体に松本零士氏の漫画『銀河鉄道999』に登場する主要キャラクターであるメーテル・星野鉄郎・車掌のイラストをあしらい、2009年5月1日より運行を開始しました。

3000_3011_120407
3000_3011_120407_2 2012/4/7 東長崎

この企画はアニメ産業の振興ならびにアニメを活用した地域活性化を目指す練馬区と沿線価値向上を図る西武側とのタイアップにより、実現したもので、松本氏の地元駅である大泉学園駅の発車メロディを『銀河鉄道999』の映画版主題歌であるゴダイゴの楽曲「銀河鉄道999」に変更し、同駅構内に「車掌」像を設置したことに続くものでした。

3000_3012_120428 2012/4/28 練馬高野台

3011編成は2009年2月の定期検査出場に際して、側面車番表示を切り抜きプレート表記からステッカー表記へ変更したほか、旧社章プレートを撤去し、ラッピング編成化の下準備が実施されました。

3000_3011_141108
3000_3011_141108_3 2014/11/8 横瀬

上、イベント会場にて 下、横瀬駅ホームから

当初は2009年5月から2013年4月まで4年間の運行予定でしたが、2013年3月時点で運行期間を2014年12月まで延長することを発表し、その後2014年12月20日に西武球場前駅で開催された「さよなら銀河鉄道999デザイン電車イベント」を最後に運用を終了しました。

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2016年5月25日 (水)

電気機関車 EH500シリーズ 14号機

エコパワー金太郎こと、EH500形電気機関車のシリーズ、今回は14号機です。

14号機は3次車のなかでも全面の前照灯枠の幅が広いタイプ、2.5次車とも言われますが、その最終号機にあたります。落成は2002年3月11日でした。

Eh50014_030128 2003/1/28 盛岡

14号機との最初の出会いは雪の盛岡駅でした。

Eh50014_030215_2 2003/2/15 黒磯

交流区間牽引を終え、交流機溜まりに引き上げる14号機、今は見ることが無くなった光景です。

Eh50014_030419_2 2003/4/19 黒田原~高久

Eh50014_031026 2003/10/26 新白岡

3087列車を牽引して宇都宮線を北上

Eh50014_040821 2004/8/21 黒川橋梁

Eh50014_040917 2004/9/17 西浦和

3087列車を牽引して、武蔵野線を通過

Eh50014_050528 2005/5/28 大宮

約1時間程遅れて、3087列車が大宮を通過

Eh50014_070330 2007/3/30 府中本町

雨の府中本町、南武線下りホームから、3087列車

Eh50014_071222 2007/12/22 東仙台

Eh50014_080731 2008/7/31 南仙台

Eh50014_080801 2008/8/1 郡山

Eh50014_090823 2009/8/23 日和田

Eh50014_110917_2 2011.9/17 赤羽 

3086列車を牽引して、山手貨物線を南下

常磐線貨物

Eh50014_130518 2013/5/18 吉川美南

2095列車

Eh50014_131230 2013/12/30 荒川沖~ひたち野うしく

安中貨物

以上です。

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2016年5月24日 (火)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 6 Boeing 707 Air Seychelles

1989年5月、フランクフルト・アム・マイン空港でのスポッティング、今回は日本ではあまりなじみのないセーシェル航空 Air Seychelles のBoeing707です。

S74hm_b707324c_19871_711_air_seyche S7-4HM Boeing 707-324C cn 19871 ln 711 1989/5/6 FRT

まず国の場所ですが、アフリカ大陸東岸から1300kmほど離れたインド洋上に浮かぶ115の島からなるギリス連邦加盟の国家で首都はヴィクトリアです。地図上ではマダガスカル島の北に位置します。2年前の2014年3月8日に行方不明になったマレーシア航空370便の機体の一部と思われる残骸がセーシェル諸島で発見されたという報道もありました。

                   

Air Seychelles logo.svg

セーシェル航空はセーシェル共和国のフラッグキャリアで、1977年9月15日Air MahéInter-Island Airwaysの合併で設立されました。1978年9月からAir Seychellesと名乗り、1983年には国際線サービスを開始、フランクフルト、ロンドンに就航しました。

S74hm_b707324c_19871_711_air_seyc_2

現在は休止となっていますが、私がFRTで撮影したのはその時期の特定の曜日だったのだと思います。ヨーロッパ以外にも近隣諸島、アフリカ、中東への路線を運航し、日本への乗り入れも長いこと希望していました。

またイギリス国防省と契約し、2010年1月から英国本土とフォークランド諸島を結ぶ路線も運航していましたが2011年、第3四半期に終了しました。

2011年に新塗装を導入、事業戦略の見直しも行い、UAEのフラッグキャリアのエティハド航空 Etihad Airwaysの株式を40%取得し、戦略的提携関係を進め、2012年3月からエティハド航空のハブであるアブダビに就航して、同社とのコードシェア便運航も開始しました。
長年運航してきたシンガポール線を廃止し、香港乗り入れも開始しました。

フリートは 
Airbus A320-200 2機

Airbus A330-200 1機 

デハビランド・カナダ DHC-6 -300 2機 -400 4機  です。

S74hm_b707324c_19871_711_air_seyc_3

このフランクフルトで撮影したBoeing 707はVarig やコンチネンタル航空で活躍した機体で1988年2月から1989年8月までAir Seychellesで運航されました。その後、TC-GHB Golden Horn となり、D2-TON Angola Charterとなり、1999年ルアンダで用途廃棄(WFU)となりました。

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2016年5月23日 (月)

函館市電で活躍中の車両 2000形

2015年12月の函館旅行で撮影した函館市電の車両を紹介しており、今回は2000形です。

2002_151223_5
2002_151223_6 2015/12/23 駒場車庫電停付近

1993年800形の登場以来27年ぶりにアルナ工機製の新車として登場したのがこの2000形だそうです。

2000形、3000形と2形式が同時に登場し、800形の車体更新車、8000形の車体構造を基本としつつ、換気装置として軸流ファンや蛍光灯の増設が行われました。2000形は冷房なし、3000形は冷房付きで登場しました。

2002_151223_7 2015/12/23 駒場車庫内

2001,2002の2両が登場し、側窓は2001が二段式、2002は一段下降式となりました。函館市電としては初のVVVFインバータ制御、カルダン駆動車1993年4月23日に営業運転を開始しました。

営業最高速度 40km/h
車両定員 58名 座席30名
全長 12,320mm
全幅 2,340mm
全高 3,700mm
車両質量 18.0t
軌間 1,372mm
電気方式 DC600V
主電動機 60kW 2台
駆動装置 平行カルダン方式
台車 住友金属工業FS92

2001 1993年3月製造 2002 1994年3月製造

今回の旅行では2001には遭遇の機会がありませんでした。再度、チャンスがあれば是非撮影したく思います。

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2016年5月22日 (日)

通勤電車シリーズ 103系 42 大阪環状線における活躍 part4

大阪環状線の103系、基本番台、一つ目で登場したクハを先頭にした写真を紹介致します。

103_103111_050822 2007/3/10 野田 111の文字間が広い?

クハ103-111は1967年11月10日、帝國車両の製造で、品川電車区に新製配置されました。1975年6月4日、明石区に転属、1976年9月25日、冷房改造(吹田工場)、1983年6月2日、森の宮区転属、1987年1月28日、特別保全工事(吹田)、1990年2月22日、延命工事NA、1991年1月10日、ATS-P取り付け(吹田)、2007年6月23日、奈良区転属、2011年6月29日、廃車

因みに帝國車両製のクハ103は-84~-87, -92, -93, -99~-102, -111, -112, -578, -579, -609, -610, -631, -632と極めてマイナーなグループです。1890年頃、創業の梅鉢鐵工所から、1939年京成電気軌道の傘下となり、1941年に帝國車両工業株式会社となり、堺市鳳の工場を中心に国鉄車両から南海電気鉄道の車両、多くの路面電車の製造を行いましたが、1968年東急車輌製造と合併しました。

(付記)細井忠邦さまのコメントにあるように、山手線時代の1972年6月23日、日暮里駅構内追突事故で京浜東北線1332C電車103系10連(クハ103-544)と衝突した車両です(1370電車)。

103_103168_030327 2003/3/27 桜宮

クハ103-168は1970年1月27日、東急車輌にて製造、新製配置は明石区。1983年8月23日、淀川区に転属。1985年3月14日、森の宮区に転属。1988年6月10日、冷房改造(吹田)。1990年11月27日、ATS-P取り付け(吹田)。2002年2月6日、前面改造、2006年4月4日、奈良区転属。

103_103169_050708

2005/7/8 桜宮 169の文字間は明らかに広い。

クハ103-169は168と同じ車生を歩み、前面改造は2001年11月27日、2007年2月28日、日根野区に転属

103_103174_050708 2005/7/8 桜宮

クハ103-174は1969年11月24日、日本車輌で落成。森の宮区に新製配置。1980年2月25日、吹田工場で冷房改造(川崎重工)、1987年7月13日、特別保全工事(吹田)、1991年1月11日、ATS-P取り付け(吹田)、1993年6月23日、特別保全工事(吹田)、2002年7月26日、前面改造、2006年5月26日、奈良区転属

103_103175_050708_2 2005/7/8 桜宮

クハ103-175は誕生は-174と同じですが、1979年12月19日、吹田工場で冷房改造(近車)は若干早く、以降の工事、転属は-174と同じです。

以上で、元祖、一つ目のクハ103、基本番台は終わりです。次は、500番台クハです。

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2016年5月21日 (土)

勝田車両センターまつり その2 415系1500番台 part4 K538~K540編成

2016年3月5日の勝田車両センターの公開、今回も同公開で展示された415系1500番台の編成の写真で前回はK531~K537編成まででしたので今回はK538編成以降の編成を出して行きます。

K538編成
4151500_k538_030308
2003/3/8 内原~友部間 常磐線の上下線が分離する区間で好撮影地なのですが、クルマで現地にアプローチするのに当時は苦労した思い出があります。

4151500_k538_131120_2
4151500_k538_131120_3 2013/11/20 稲田付近

4151500_k538_131120
2013/11/20 東結城~川島間 鬼怒川鉄橋

K539編成

4151500_k539_020427 2002/4/27 北小金

4151500_k539_030308_2 2003/3/8 滑川

4151500_k539_100508 2010/5/8 稲田~福原

K540編成

4151500_k540_030211 2003/2/11 友部

4151500_k540_050905 2005/9/5 馬橋

4151500_k540_071222 2007/12/22 原ノ町

4151500_k540_131120 2013/11/20 稲田~福原

今回は以上です。

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2016年5月20日 (金)

San Diego Trolley 4000形 part3

San Diego Trolley の話題、4000形の3回目です。

前回は4014まで紹介しましたので、今回は4015から参ります。

4015_150113_santa_fe_depot_2
 4015 2015/1/13 Santa Fe Depot

4016_150114_seaport_village_2
4016 2015/1/14 Seaport Village
中間に2000形を挟んだ、3併結編成です。

4017_150109_santa_fe_depot 4017 2015/1/9 Santa Fe Depot

サイドから眺めると、4000形の3連接車体のうち、中間車体は短いことが分かります。

4018_150108_santa_fe_depot
4018 2015/1/8 Santa Fe Depot

上の写真と同じ場所で。

4018_150113_county_center_little_it
4018 2015/1/13 County Center Little Italy

以前、ご紹介したダウンタウンの西側で、空港にも近く、上空を着陸機が通過する場所でもあります。

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2016年5月19日 (木)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part2 活躍した車両たち 103系part1

2014年12月の旅行で訪問した可部線の話題、今回は同線で活躍した103系の話題です。

103_b01_040903 2004/9/3 広島
いわゆる瀬戸内色を纏った4連103系 B01編成

103_e04_040903 2004/9/3 広島 
下に記述されている2003年度、宮原からスカイブルーのまま転入した編成

103系は別のシリーズでも展開しており、広島地区の話題もいずれはと思っていましたが、こちらの話題で取り上げた方が良いかと判断し、先に触れることにしました。

まずはいつも参考にさせて頂いている毛呂信昭氏の「103系物語」から広島地区への103系投入の歴史を調べてみると、

1)1992年5~6月にかけて、奈良、日根野、淀川区から下関運転所に4連4本が転入しました。塗色は瀬戸内色となり、山陽本線広島~下関間で運転が開始されました。海田市から呉線経由で呉までの運用もありました。

2)1993年3月の改正で広島運転所に転入、合わせて宮原区から4連2本が転入し、6本で由宇~呉線経由で糸崎までの運転が開始されました。

1
1993年 ジェーアールアールのJR電車編成表による広ヒロ 103系編成表データ

6本のうち、4本は両端両渡りクハによる編成、2本はクモハ103を含む編成でサハは片町線増結編成用として登場した方向転換サハ102形5000番台を再改造した付随車サハ102形で13両改造されたうちの2両が入っていました。

3)1993年、淀川、明石区から36両が転入し、4連15本体制となり、このときはじめて臨時列車で可部線古市まで入りました。

4)1994年度には明石区から4連6本が転入しました。同年8月20日の改正から、可部まで入るようになりました。

5)1995年度、日根野区に3両、淀川区に1両、転出、宮原区から4両転入しました。1996年3月16日の改正で広島~呉間ノンストップ運用が開始されました。

6)1997年度、日根野区へ9両、宮原運転所へ1両、森ノ宮区へ1両が転出、廃車1両で12両が減少

7)2001年度、4連3本を3両化、ワンマン化改造、T'(サハ102)は運用外に。2002年3月23日の改正から、呉~広島間でワンマン運転を開始。

8)2002年度、運用外のT'3両が宮原運転所、日根野区に転出。10月5日から、山陽線瀬野まで運用開始。

9)2003年度 宮原から4連1本がスカイブルーのまま転入。

2 2002年夏 ジェーアールアール編成表データによる2002年当時の広ヒロの103系

103_d01_040903 2004/9/3 広島
クモハ103-48、WAU102冷房装置付きのD01編成

この頃の4連でAU75タイプの冷房装置搭載の編成はB編成、WAU102タイプの編成はE編成、クモハ103を含む3連編成はD編成となりました。

クモハ103-2501は片町線木津電化開業用にモハ103ー248を先頭車化改造したもので分割併合用に電連を装備し、5000番台を名乗っていました。広島転出に合わせて電連は撤去され、番号は5002から2501に、変わりました。

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2016年5月18日 (水)

公園保存蒸機 常陸大子駅横 C12 187号機

日本全国の公園等に保存されている車両を観て歩くシリーズ、今回は現在、水郡線常陸大子駅横に保存されているC12 187号機です。

C12_187_140906_2 2014/9/6

2014年9月6日
、水戸から水郡線経由で、「郡山車両センター公開」に出かけた時と2014年11月30日、常陸大子で開催された「水郡線営業所祭り」に参加した際の二度、この機関車を見る機会がありました。

C12_187_141130 2014/11/30

まずこの機関車の履歴から、いつものように沖田祐作氏の機関車表データで見てみると

C12187  日本車輌名古屋工場=589 1938-07-00 S50.00t1C1t1067    車歴;1938-07-00製造→納入;国鉄;C12187→配属;門司局→  1938-07-27竣工[門鉄局達617=総裁達617=配属指令の錯誤か?];門司局→  1938-08-02配置;東唐津→1938-09-23豊後森→1942-03-05借入;南延岡→  1942-03-20返却→1943-10-08宮崎→1943-10-19借入;南延岡→1943-10-24返却→  1964-06-02鹿児島→1967-07-067/9?)水戸→  1970-06-01高鉄局配置表(5/31?)高崎一→1970-11-28廃車;高崎一→       保存;茨城県大子町「中央公民館」;C12187

誕生は1938年7月、日本車輌名古屋工場で、C12の場合は川崎車輌、汽車製造会社、日立製作所、日本車輌製造、三菱重工業の五社で製造されました。新製配置は門司局でした。九州各地を転々とした後、関東に異動、水戸から最後は高崎管理局で桐生機関区に配置されて、足尾線で活躍していたそうです。その頃は、現在、桐生市桐生ヶ丘公園に保存されている49号機と一緒だったそうです(詳しくはこちら)。

C12_187_141130_8 2014/11/30

保存に関しては、引退直後は袋田駅横に保存されていたようです。その後、常陸大子町中央公民館に移転し、2010年10月1日、現在の場所に再移転したそうです(詳しくはこちら)。

C12_187_141130_2_2 2014/11/30

見て分かるように、非常に綺麗な外観が保たれています。

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2016年5月17日 (火)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part9 MT68

2015年8月22日の東京総合車両センター公開での直流電車の主電動機展示に沿ったこのシリーズ、今回は MT68形主電動機です。

MT65形というモータもあり、こちらは交流専用の701系に搭載されています。

Mt68_150822
901系C編成、後の209系920番台に使用されたMT68形モータの説明 2015/8/22 東京総合車両センター

209_92_070203 209系 900番台 92 編成 2007/2/3 西川口

209_92209921_070203

Mt68a_150822 改良型としてのMT68A

前回のMT63の後、国鉄は213系電車用にMT64形モータを開発しました。端子電圧750V、定格回転数1,530rpm,定格出力120kW、弱界磁率最大38%のモータでした。ただ、213系は東京総合車両センターでは担当していないため、展示はありませんでした。これが国鉄最後の電車用モーターとなりました。

民営化されてから登場した電車用主電動機形式はJR東海のC-MT66形からで、1995年登場の373系、313系に採用されました。

Mt68_150822_2

Mt68a_150822_2
MT68、MT68A両方ともカットモデルが展示されていました。

さて、本題のMT68形主電動機は出力95kWのかご形三相誘導電動機で207系900番台から引き継いだVVVF方式の本格的量産化通勤車両となった209系(500番台2次車からはMT73に)やE217系(1次車から6次車まで)に採用されました。

E217_f06_030426 E217系 F-06編成 2003/4/26 新川崎

制御装置は三菱電機製のGTOサイリスタ素子によるもので1台で4台のモータを駆動する1C4M方式です。これまで見てきた直流直巻き方式の電動機に較べ定格出力は小さめですが起動時に一時間定格出力以上の過負荷使用を前提に設計されており、直流電動機の150kW相当の出力を持っているそうです。
そのため、209系地上用車は10両編成でも従来の6M4Tを4M6Tにすることが可能となりました。
また、ブラシ・整流子といった直流電動機特有のメンテを要する部分が交流誘導電動機ではなくなり、メンテナンスコストの削減に貢献しました。

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2016年5月16日 (月)

朝日新聞社刊 年鑑 世界の鉄道 ’71

朝日新聞社が発行していた「世界の鉄道」シリーズ、今回は1971年版です。

1971
1971年版の特集は蒸機C55・C57、国鉄、私鉄専用線の客車と各国の客車でした。

以前に、何かの記事で触れたことがあったかと思いますが、私にとってこの本の客車の特集は客車の形式を理解する上での教科書でした。

カラーページでは
関西本線、総武本線、山陰線でのC57
宗谷本線のC55のシーンが収録され、世界の客車、フランスTEE「ミストラル号」、ドイツTEE「ラインゴルド」「ヘルベチア」の食堂車、スイス国鉄一等車内、アメリカのステンレス客車、イギリス国鉄のプルマンカーなどが収録されています。

特集・蒸気機関車 C55 C57

スポーク動輪のパシフィック 宗谷本線、筑豊本線での活躍
流線形時代のC55
完成されたパシフィックC57 お召し牽引写真
各地で活躍するC55 C57
羽越本線、磐越西線で活躍するC571号機の写真もあります。
C55の動輪が水かき付きであることもこの書で知りました。
日本のパシフィック機の系統について理解を深める特集記事でした。

特集・日本の客車

国鉄の客車

前書きでは1956年頃からの幹線電化、気動車化で従前型の客車の新製はなくなり、車齢の古い客車の陶太が進んでいる現状が記述され、一方で1970年の大阪万博開催による臨時輸送で新形急行用12系客車328両の登場が明るい話題として触れられています。

皇室用客車

1号編成 5両
2号編成 5両
3号および14号御料車

32系 1929年から1938年までの20m鋼製、狭窓車
スハフ32 スハ32 スハネ30 スハネフ30 オハフ35 スハ33

35系 1938年度から戦後の切り妻車までの広窓車
オハ35 オハフ33 スハニ32 マユ34 オハ36 スハ42 マニ35 マニ34

43系 1951年から1955年、軽量客車出現までの戦後の標準タイプ
スハ43 オハ47 スハフ42 スハフ44 マロネ41 マロネ40 マシ35 マニ36 スロ54 スロ51

44系 1951年、「つばめ」「はと」「かもめ」の特急用、後に「はつかり」に
スハフ43 スハ44 スハニ35

60系 木造客車の鋼体化で登場した20m級鋼体客車
オハ60 オハフ60 オハフ62 オハ61 スユニ61 オハユニ61 マニ60 オハニ61 オハニ36 スロ62 スロフ62

10系 普通鋼による軽量構造の車体と鋳鋼に代わる軽量プレス溶接構造の台車の開発で誕生したのが10系客車でした。

ナハフ10 ナハフ11 オロ11 ナハ10 ナハ11 スハネ16 オロネ10 オロハネ10 オハネ12 オシ16 オシ17 オユ10 オユ11 オユ12 スユ13

20系 言わずと知れた「走るホテル」と言われた20系
ナロネ20 ナロネ22 ナハネフ22 ナハネフ20 ナハネフ23 ナハネフ21 ナハネ20 ナシ20 ナハフ20 ナロ20 カニ21 マヤ20

12系 波動輸送用
オハ12 スハフ12 オハフ13

通勤形ロングシート車
オハ41 オハ63 オハ64 スハ57

和式客車
オハ80 スハ88 

パレット輸送車
スニ40 スニ41 

事業用客車
暖房車 ホヌ30 オヌ33 マヌ34
試験車 オヤ31 マヤ34 マヤ10 
救援車 スエ38 オへ70 スエ71 スエ31 オル31 スエ30 スエ73

私鉄専用線の客車

日曹炭鉱 天塩鉱業所 オハ31197
日本セメント 上磯専用鉄道201他
三菱大夕張炭砿大夕張鉄道 ナハフ2 スハニ6 ナハ1 オハ2  
三菱鉱業 美唄鉄道 ナハフ1 オハフ8
夕張鉄道 ナハニフ100 151
三井芦別鉄道 ナハニ2 ホハ10
津軽鉄道 ナハフ1200 オハ310
羽後交通 雄勝線 ハフ11 ハフ14 ホハフ5 ホハニ2 ホハフ2
       横荘線 ホハニ3 ホハニ1 ホハフ6
山形交通 尾花沢線 ハフ4 ハフ3
頸城鉄道自動車 ホハ1
茨城交通湊線 オハフ701 ナハニフ20 
関東鉄道鉾田線 オハフ801
越後交通 栃尾線 ホハ8 ホハ10 ホハ22 ホハ20 ホハ24 ニフ17 ニフ23 
       長岡線 ホハ2003
銚子電鉄 ハフ1
上武鉄道 ハフ3
西武鉄道 山口線1 21
大井川鉄道 井川線 Cスロフ1 Cスハフ Cスロフ301 Cスロニ201
関西電力黒部鉄道 ホハフ2001 ホハフ1000 ハフ19 ハフ52 
静岡鉄道 駿遠線 ハ111 ハ115
尾小屋鉄道 ホハ5 ホハフ6 ハフ2 ホハフ8 ホハフ1 
南海電気鉄道 サハ4801
加悦鉄道 ハ21 サハ3104 ハ10
北丹鉄道 ハ12 ハ11 
別府鉄道 ハフ7 ハフ6
井笠鉄道 ホハ2 ホハ11 ホハ10 ホハ5
三井金属明延鉱業所専用線 あおば、わかば、くろがね
水島臨海鉄道 ホフ301
同和鉱業片上鉄道 ニフ15 ホハフ2002 ホハフ2005
住友金属鉱山別子鉱業所鉄道 ホハフ14
三井三池港務所 ホハ201 ホハ103
大分交通 ホハ1 ハニフ12 ホハフ5 ハフ25 ハニフ22
島原鉄道 キサハ212 キサハ211 ニ107 ユニ101
鹿児島交通 テフ25 ホユニ66

前回の気動車同様に当時の私鉄の客車の貴重な写真が集められています。

特集・外国の客車

汎ヨーロッパ特急TEEの客車  
 
西ドイツTEE ラインゴルド号の客車
区分室、開放室、食堂車、ドーム展望車、バー 
フランスTEE ミストラル号の客車
開放室、区分室、理髪・美容室    

イギリス
新旧プルマン客車

オランダ
西ドイツ
フランス
スイス           軽量客車
オーストリア
イタリア
スペイン     一軸客車カタラン・タルゴ号の客車
スウェーデン
フィンランド

ワゴンリーの客車

東ドイツ 5両ユニットの2階建て連接客車
チェコスロバキア
ソ連 窓間にリブがあるのがソ連の客車の特徴とか

アメリカ サンディエゴでよく見かけた2階建てステンレス客車
カナダ 

アフリカ

東南アジア インドネシア、インド、韓国

でした。

<新車のコーナー>

国鉄EF651000番台

西武鉄道 E851

福島臨海鉄道 DD552  増備車

上武鉄道 102

国鉄DE50 
2000psエンジン一台搭載、価格や保守面で2台エンジン機よりも有利とされましたが・・・

国鉄103系冷房車 関西地区は113系1編成

京阪神急行電鉄 5200系

京阪電気鉄道 2400系

南海電気鉄道 7101系 2次 6101系 22001系

阪神電気鉄道 7000系

近畿日本鉄道 モ2600系

相模鉄道 2100系 クハ6700

東京急行電鉄 8000系

新京成電鉄 モハ250

北大阪急行 2000系

国鉄 クモハ591

西武鉄道 5000系

新潟交通 モハ16

岳南鉄道 1108+2106

富士急行 モハ7031

越後交通長岡線 モハ1400

名古屋鉄道 モ600

高松琴平電鉄 1020

近江鉄道 500

三岐鉄道 モハ140

札幌市電 A870

函館市電 1000

長崎電軌 700

岡山電軌 3000

名古屋鉄道 キハ8200

国鉄 キユニ21

雄別鉄道(廃止) キハ106 最後の新車

関東鉄道 キクハ1

国鉄、私鉄の通勤車両に冷房車が登場した時期でした。

<新線開通>

西武・秩父線

国鉄・根岸線 磯子~洋光台間 1970/3/17 

帝都高速度交通営団 千代田線 北千住~大手町間の開通 1969/12/20

近鉄・志摩線

北大阪急行電鉄

名古屋鉄道・田神線

<廃線>

江若鉄道

雄別鉄道

東京都電 1969/10/25 7,17,21,33,34系統 1970/3/27 12,13系統

横浜市電 1969/9/30 

花巻電鉄

山陽電軌 下関市

定山渓鉄道

名古屋市電

京都市電 

巻末の記事では

C55、C57形式蒸気機関車 三品勝暉氏
日本の客車 星 晃氏
鉄道界の話題

国鉄客車諸元表

私鉄及び専用線の客車諸元表

国鉄優等列車 編成順序表

年誌・世界の鉄道 などの資料が付いています。

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2016年5月15日 (日)

東海道新幹線開業から50年 その31 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part3 300系試作車

全国に保存されている新幹線車両、今回も名古屋のリニア・鉄道館で車両は300系試作車両です。

3229001_140812_3
322-9001 2014/8/12

300系登場の背景は以前の記事でも触れ、写真もリニア・鉄道館の写真を使っているので、飛ばそうかとも思いましたが、一応記事にします。

形式番号から分かるようにJ0編成の東京方の先頭車(16号車)として1990年3月8日に落成し、量産先行試作車として東京第二車両所に配属され、「スーパーひかり」として数々の性能試験が行われました。因みにJ0編成の製造費用は46億円、100系G編成と較べて15億円高く、量産車編成は40億円でした。

1992年3月12日に編成番号がJ1となり、1993年3月10日に量産化改造が行われました。

1992年3月14日のダイヤ改正で「のぞみ」の運転が開始されると山陽新幹線で試運転が行われました。特に300X、A0編成が廃車になった後はJ1編成が数々の走行試験に利用されました。

3229001_140812_4
隣の700系と較べて見ると先頭部の形の違いがよく分かります。

2007年3月28日、300系の中で最初に廃車となり、浜松工場に入場し、17年間の現役生活に終止符を打ちました。

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2016年5月14日 (土)

パリの6つのターミナル駅巡り サン・ラザール駅 1

リヨン駅からスタートして、オステルリッツ駅、モンパルナス駅と時計回りにパリの6つのターミナルを巡って来ていますが、今回はサン・ラザール駅 (Gare Saint-Lazare) です。

開業は1837年8月26日、パリの駅でも最も古い駅です。

4_090312_saint_lazar
駅舎の正面は4つ星のターミナルホテルです。 2009/3/12

1837年といえば、イギリスでは6月20日ビクトリア女王が即位し、バッキンガム宮殿に移り住むようになり、総選挙も行われました。アメリカではモールスが有線電信機を発明し、特許を申請した年でもありました。

090312_saint_lazar

日本では天保8年、徳川将軍では第11代将軍家斉の時代から12代家慶へ将軍職が譲られた年(就任は10月1日(天保8年9月2日)で、3月25日(天保8年2月19日)には大坂で大坂奉行所の元与力大塩平八郎が前年まで続いていた大飢饉を顧みない町奉行のやり方に対して反旗を翻した大塩平八郎の乱が起こった年でした。

また、マカオで保護された日本人漂流民、音吉、庄蔵、寿三郎など7人を載せ、送還と通商、布教のため、鹿児島湾や浦賀沖に現れたアメリカ合衆国の商船「モリソン号」異国船打払令に基づき、砲撃した所謂、モリソン号事件が起こった年でもありました。当時はイギリス軍艦と非武装のアメリカ商船の区別をしなかったために起こったようですが、この事件を渡辺崋山は「慎機論」で、高野長英は「戊戌夢物語」を著して、幕府の対外政策批判を展開したことにより、逮捕されるという蛮社の獄に繋がる事件となりました。

高校の頃、歴史で習ってはいますが、こうしてこの頃に何があったかを世界日本で同時並行的に知ることは大事ですね。

この駅は長い歴史を持っているため、古典的な絵画作品にも登場しており、モネの作品にこの駅を題材にした連作があります。

090312_saint_lazare
発着する列車を示す看板

CORAIL, TER, Transiien, Metroの複数の路線が集まって来ています。

長距離列車はノルマンディー地方へ向かう特急列車(コライユ・アンテルシテ Corail Intercités)が発着しています。また、地上ホームからヴェルサイユ、ナンテール、ポントワーズなど、パリ北部、西部の郊外へ向かう列車が発着しています。

090312_saint_lazare_2 看板の隣には、時計のようなタイヤのようなオブジェもあり、名物となっています。

090312_saint_lazare_3 2003年12月、メトロ14号線の延伸で新たに作られた球形ガラスのメトロの出入り口

ルーブル美術館にもガラスのピラミッドがありますが、フランス人はこういった古い建築に新しいものを添えるのが好きなのでしょうか?

6つのターミナルの中では最もデパートなどの多く集まっている商業地区に近い駅であります。

090312_haussmann_saint_lazare
1998年開業の併設地下駅、Hausmann St-Lazare オスマン・サン・ラザール駅
RER E線が発着しています。

Eglise_saint_augustin_090312_paris3

近くにはサン・オーギュスタン教会 (Eglise Saint Augustin)もあり、夜になるとこの交差点は教会の不気味な大きさを感じさせられます。

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2016年5月13日 (金)

江ノ電を撮る 施設編 1 藤沢駅

江ノ電に関しては、車両編で現在活躍中の車両や保存車両について触れ、さらに昨年11月28日、29日に開催された「タンコロまつり 2015」の様子についても触れました。

141230 小田急百貨店の2階部分にある、江ノ電 藤沢駅 2014/12/30(撮影はすべて同じ日です)。

今回からは江ノ電が藤沢側から鎌倉に向けて延伸開業していった歴史に合わせて、藤沢駅から順に駅を紹介して行こうと思います。
藤沢に最初に駅が開業したのは1887年(明治20年)7月11日のことで、官営鉄道の旧・横浜~国府津間の開通と同時でした。藤沢は東海道の宿場町でしたが、線形の関係から鉄道駅は宿の中心から1kmほど南に設置されたため、開業時は閑散としていたそうです。

1902年9月1日
、江ノ島電鉄の駅が開業しました。この頃の駅舎は2面2線構造で、国鉄藤沢駅に隣接していました。
1923年9月1日に発生した関東大震災では藤沢駅駅舎は倒壊しました。
1929年4月1日、小田急江ノ島線の駅が開業しました。

1974年6月7日、駅周辺の再開発で国鉄駅からターミナルを挟んで反対側の小田急百貨店の2階に江ノ電の現駅舎が開業しました。

141230_2 現在のホームは2面1線で、向かって左側が乗車、右側が降車ホームとなっています。

当初は地下化の案もあったそうですが、車両の難燃化などの問題で、高架化となりました。藤沢駅の高架化で江ノ電の車両の方でも600形の出力増強が行われたり、そのためにモータを供出した車両も出現しました
市役所や多くの公共施設あ駅周辺に移転し、駅前に多くの百貨店も出店し、湘南地域の有数の繁華街となりましたが、近年は大型店の撤退が相次ぎ、空洞化が見られるようです。

151128
線路終端の車止めはドイツ製RAWIE 車止めの上には江ノ電のミニュチュアが

150524_2 ホーム端の構造もなかなか洒落ています。

150524
清算窓口はかなりレトロです。

151128_2
今ではどこでも自動改札機は当たり前のように見かけますが、江ノ電の自動改札導入はPASMOなどが導入されるまえから導入されているそうです。

151128_3 出札口には自動券売機が設置されています。

また改札外には江ノ電グッヅのショップ等もあります。

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2016年5月12日 (木)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その8 

このシリーズ、前回は8000系8R車から、ワンマン化改造で登場した800系 3R車について触れました。今回は同じ8R車から登場した850系 3R車です。

今から11年前の2005年5月に、800系同様
8R               3R    3R
 8195F   → 801 851
81101F   →   802  852
 8189F   →  803 853
 8193F  → 804   854
81103F    → 805   855    がそれぞれ誕生しました。
なんと言ってもパンタ付のモハ8200が3両編成の一方に出た構成なので、前パンスタイルの独特の形態になりました。8000系には無かったユニークな顔の車両の登場となりました。

8511_160425_2
851-1 2016/4/25 館林

334Eとして伊勢崎から館林に到着する851F 2番線に入線します。

8513_160425_22 851-3 2016/4/25 館林

一旦、久喜方面の引き上げ線に入線し、12時56分発の伊勢崎行き331Eとして3番線に入線します。

8521_160409_3 852-1 2016/4/9 太田

8523_160409 852-3 同上 太田に到着する331E 

853f_160306_2 853-3 2016/3/6 佐野駅に到着する853F

853f_160306_6 853-1  2016/3/6   館林駅を出発する佐野線葛生行き列車

8541_160312_22 854-1 2016/3/12 館林

館林を出発する854F、横に並ぶのは小泉線8576F

8551_160312_5 855-1 2016/3/12 館林

佐野線運用に入った855F

8553_060826
2006/8/26 伊勢崎

高架化される前の伊勢崎駅

8551_160409
2005年 津覇車輌での改造銘板

8551_160409_4 2016/4/9 太田

850-1 の独特なスタイル

伊勢崎線館林以北や佐野線に8000系改造の車両が登場して、早いもので11年が経過しています。先日の越生、東上線小川町以北のワンマン車の廃車発生を考えるとこちらもあとどれくらい活躍できるのだろうかと感じます。

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2016年5月11日 (水)

北総鉄道を走る車両たち 3 9100形(千葉ニュータウン鉄道所有車)

北総鉄道、北総線を走る車両、今回は北総鉄道所有の車両は出尽くしているので千葉ニュータウン鉄道所有の9100形です。

9101_151031 9100形 第一編成 2015/10/31 高砂

この車両、正式には住宅・都市整備公団9100形電車と言うそうで、現在は千葉ニュータウン鉄道が所有し、 北総鉄道が管理しています。「C-Flyer」の愛称を持っています。千葉ニュータウン鉄道の路線を保有していた住宅・都市整備公団が1994年秋に導入。8両編成3本(24両)が在籍します。
最初は1995年4月1日の千葉ニュータウン中央駅 - 印西牧の原駅間の延伸に備えて1次車として8両編成2本(16両)が製造されました。
その後、2000年の印西牧の原駅 - 印旛日本医大駅間の延伸開業時に2次車として8両編成1本(8両)が製造されました。

9111_151031_2 第二編成 2015/10/31 高砂
千葉ニュータウンのイメージアップや省エネルギー化、乗り心地の向上、乗客サービスの向上などを設計の基本としました。
車体は独自の設計ですが、検査業務を北総鉄道(北総)に委託し、(工場検査業務は京成電鉄に依頼)関係から、走行機器類は北総7300形及びその原設計車両である京成3700形と基本的に同一となっています。

9111_151031 9111編成の側面
愛称のC-Flyerの由来は、
「C」はChiba-Newtown(千葉ニュータウン)、
Comfortable(快適)、
Clean(清潔)、
Culture(文化)の頭文字を取り、
「Flyer」とは速い列車(急行列車、快速列車など)の意味だそうです。
都営地下鉄浅草線乗り入れ用車両として、京急600形・京急新1000形1 - 5次車と同様に、固定セミクロスシートを採用し、京成電鉄(京成)・東京都交通局(都営地下鉄)浅草線・京浜急行電鉄(京急)に乗り入れています。
登場時から1999年9月30日までは住宅・都市整備公団(住都公団)、同年10月1日から2004年6月30日までは都市基盤整備公団(都市公団)が所有して車両の管理業務を北総開発鉄道が行っていましたが、同年7月1日に都市公団が都市再生機構(UR都市機構)へ改組されたのに伴い、同公団保有の鉄道施設と車両が千葉ニュータウン鉄道に譲渡され、北総開発鉄道も北総鉄道に商号変更されたため、「千葉ニュータウン鉄道所有・北総鉄道管理」となりました。
車体は軽量ステンレス製で、全面的にダルフィニッシュ仕上げとしました。前面形状は鳥のオナガをイメージしたものとし、車体カラーリングもそれをベースとしたものになりました。車体断面は裾絞りのように緩くカーブした形状となっています。
前頭部は「まろやかさとスピード感」のイメージから三次元曲面を採用した丸みを帯びた形状で、普通鋼で構成されています。上部はブラック、それ以外をシルバーメタリックを、下部に設置したスカートは青色に塗装されています。正面には地下鉄線内における非常口に使用するプラグドアを設置しています。
走行機器類は基本的に北総7300形京成3700形と同一であり、車両性能も同一としている。制御装置は東洋電機製造製のGTO素子によるVVVFインバータ制御です。制御器1台で130kW出力の主電動機を8台制御する1C8M制御方式とし、編成のMT比は6M2T構成です。

9128_160211 二次車として製造された9121編成 9128 2016/2/11 八ツ山橋
台車は住友金属工業製のSUミンデン式(U形ゴムパッド付き片板バネ式)軸箱支持方式の空気バネ台車を使用しています。動力台車はFS547形、付随台車はFS047形と称し、補助電源装置は東芝製のGTO素子を使用したDC-DCコンバータ方式(150kW出力)で、架線からの直流1,500Vを直流600Vに降圧しています。交流回路にはパワートランジスタ素子を使用した静止形インバータで単相交流200Vに変換して使用しています。

9121_160211 9121
ブレーキ装置はMBSA方式で、回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキとし、保安ブレーキと耐雪ブレーキ機能を有します。 空気圧縮機 (CP) は交流駆動のC-2000ML形を使用し、集電装置は下枠交差形のパンタグラフを搭載しています。
編成構成
←印旛日本医大
形式 9100   9100  9100  9100  9100  9100  9100  9100
            1       2       3       4       5       6       7       8
         M2c     M1     T      M2     M1'    T      M1    M2c
         CP     VVVF DDC   CP   VVVF  DDC VVVF  CP
    9101   9102  9103   9104  9105  9106 9107  9108   一次車
         9111   9112  9113   9114  9115 9116  9117  9118
         9121   9122  9123   9124  9125  9126  9127  9128  二次車

9100形、実質的には北総7300形や京成3700形と同じそうですが、車体が持つ雰囲気からは全くそうは思えなく感じます。

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2016年5月10日 (火)

東武ファンフェスタ 2015 6 南栗橋入場中だった10000系 2連

2015年12月6日、南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ2015」、以前、工場内見学のシリーズで10000系4R車11452編成について触れました。

今回は、同じイベントで見かけた10000系2R車について触れようと思います。

構成は    ←浅草・池袋
        モハ11200形  クハ12200形

搭載機器   Cont2/PT    MG/CP
自重        39.0t                34.0t
定員       150        150
車輌番号   11201                12201
  10000系          |                       |
                   11204                12204

  10030系      11251                12251
                      |                       |
                   11268                12268

と10000系が4編成、10050系が18編成製造されました。

主として4R車の増結用ですが、3併結で6連(ブツ6)や4併結で8連(ブツ8)という運用もあります。

製造は11201F~11203F がアルナ工機、11204Fが東急車輌で1983年から1985年にかけて製造されており、所属は11201Fが森林公園、11202~11204Fが春日部

11251F~11268Fに関しては1992年から1996年にかけて製造されており、
51, 52, 63, 64編成が東急車輛、68編成が富士重工、それ以外はアルナ工機
所属はすべて春日部です。

12201_160409 4R車と併結の6連で北千住ローカルで活躍する11201編成 2016/3/12 曳舟

通常はパンタのあるモハが併結側になるので前パン姿は見られません。

12202_151206 12202

12202_130818 11202Fは東上線配属時代もありました.。2013/8/18 大山

12203_151206 12203 館林行き区間急行の先頭に 2015/12/6 越谷

6R車同様に7年のブランクを経て製造された10030系では顔が大きく変わりました。

11254_151206 11254 2015/12/6 越谷
ブツ6編成では前パン姿を見ることが出来ます。

11256_151206_2 11256

12261_150425_3 12261 2015/4/25 小菅

11261_151206 11261

12261_151206 番号は見えませんが12261

12268_150429 2R車ラストナンバー 11268編成 2015/4/29 小菅

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2016年5月 9日 (月)

西武線各駅探訪 1 萩山駅

1983年につくばに就職して以来、33年ぶりにこの4月から、、週末限定とはいえ、西武線沿線住民となり、しかも幼稚園時代にお世話になった、西武多摩湖線をよく使う立場となりましたので、今昔比較もかねて、西武線の駅、その周辺を見てゆこうと思います。

150607
萩山駅の駅名標 ST 西武多摩湖線 SS 西武新宿線

第1回は萩山駅から行きたく思います。
所在地は東村山市萩山町二丁目1-1です。

路線的には新宿線のひとつの本線である拝島線と多摩湖線が平面交差する駅です。ホームは2面3線で、

1番線 多摩湖線 上り 国分寺方面 下り 西武遊園地方面

2番線 拝島線 下り 拝島方面 多摩湖線 下り 西武遊園地方面

3番線 拝島線 上り 小平・西武新宿方面 多摩湖線 上り 国分寺方面 

となっています。

160424 南口 2016/4/24

160424_5 北口 2016/4/24

070812 八坂(中央)と小川(左)方面 2007/8/12

多摩湖線用の電留線も中央に2線あります。

萩山駅は国分寺からの多摩湖鉄道の終着駅として1928年(昭和3年)4月6日に開業しました。

160504 多摩湖線青梅街道駅方向から萩山駅方向を見る 2016/5/4
おそらくこの辺が最初の萩山駅の場所かと思われます。

場所は現在の萩山保線区のそばでした。距離数は4.4kmで、桜堤、小平学園、青梅街道が中間駅として開業しました。

30000_38806_160424 小平を出発し萩山に向かう30000系急行 拝島行き 2016/4/24

同年11月2日には小平線、萩山~本小平間(1.0km)が開業し、本小平駅は西武鉄道の小平駅近くに設置されました。

1930年1月23日
、萩山駅~村山貯水池(仮)間(3.6km)開業で、村山貯水池(仮)駅は現在の武蔵大和駅でした。萩山駅でスイッチバックすることなく、小平と村山貯水池方面を結ぶ線路もあり、三角線を形成していたそうです。

1958年9月16日に萩山駅の配線が変更され、多摩湖方面に0.3km移設され、新宿線からの直通運転が開始されました。

160424_2 暁星幼稚園 正門 2016/4/24
何時以来か忘れましたが、先日散歩がてら幼稚園まで行ってみましたが、当時の雰囲気がそのまま残っていました。

10000_160424 車両は変われど、幼稚園の裏を西武線(小平~久米川)が通過するのは今も変わらずです。
線路の向こう側は小平霊園です。

私の通っていた幼稚園は萩山駅から歩いて数分の西武新宿線小平~久米川間の線路沿いにある暁星幼稚園でした。当時の自宅は、八坂駅から西方に歩いて十数分のところにあった東村山公務員住宅(回田~富士見町)で、幼稚園時代は水道道路(正式な名称は都立狭山・境緑道というそうです)の八坂~萩山間を歩いて通っていました。

Photo
小平駅前にある、都立狭山・境緑道の案内表示
狭山湖と境浄水場を結ぶ水道管が敷設された上にある遊歩道なのでこの名が付いているそうです。

160424_3 萩山付近の都立 狭山・境緑道 多摩湖自転車道とも言うようです。

幼稚園当時(1960年から1962年)、既に萩山駅は現在の位置にありましたが、まだ現在の拝島線はなく、西武新宿から多摩湖行が本川越行きに混じって出ていました。当時の西武線は黄色と茶色の2色塗装から赤電塗装に置き換わって行く頃で、旧形国電払い下げの311系、371系に混じって両開き扉、国鉄101系に似たクモハ451形が登場した頃でした。

45121411_800524 新所沢に到着する回送列車 クモハ451+クハ1411 に701系4連の併結 1980/5/24

小川から玉川上水までの上水線(4.6km)は1950年5月15日日興工業専用鉄道から1949年5月21日に譲渡された路線を地方鉄道に免許を変更した上で開業したそうですが、幼稚園の年長組の頃の1962年9月1日1944年4月1日に小川駅から陸軍の施設まで敷設され、その後、ブリジストンの引き込み線となっていた線路を延伸する形で、小川まで上水線が繋がりました。

小平線小平~萩山間が上水線に編入され、新宿線と直通運転が開始され、西武新宿~玉川上水・多摩湖の解併結が萩山で行われるようになりました。
当時は電車の前面にサボをさして行き先を表示する方式でしたから、萩山駅での解結、併結の際にはサボの差し替えを見るのも楽しみでした。

1967年11月7日、小平~萩山間が複線化され、1968年5月15日、玉川上水~拝島間が開業し、拝島線が全線開業となりました。小平~拝島間は拝島線と改称されました。

160424_4
水道道路をもう少し小平方向に行くとかつては水圧の調整のためか、地下の水道管を流れる水が一旦地上に顔を出す施設があり、年がら年中、ものすごい勢いで水が回っている場所がありました。子供にとっては怖い場所でしたが、かつての記憶を頼りに、その場所に行ってみるとすっかり蓋がされた状態で、写真のようになっていました。

1979年3月25日多摩湖は西武遊園地と駅名が変更され、青梅橋も東大和市に改称され、同年12月7日、萩山~小川間が複線化されました。

701_1755_80812
西武遊園地発の電車は西武新宿までは行かず、小平止まりに 1980/8/12

351_80812 多摩湖線では351系3連や401系冷改車が活躍をしていました。 1980/8/12

この頃から、拝島線は国鉄中央線との競合関係もあってか、本川越方面の本線と同じように格上げされて行き、西武遊園地行きの方は、小平折り返しとなり、立場が逆転して行きました。

2000_8_2001f_160424 萩山を出発する2000系 2001F 玉川上水行き 2016/4/24

拝島線は現在は本線待遇ですが、歴史的経緯から、キロポストの構成は複雑で

0_130101 小平駅のゼロキロポスト 2013/1/1

小平~萩山~西武遊園地 小平起点のキロポスト

141101 小川駅のゼロキロポスト 2014/11/1

小川~萩山 ブリジストンの引き込み線を延伸しているので、上り方向に

小川~玉川上水 

玉川上水~拝島 延伸の際、玉川上水駅構内の線路を付け替えたため、玉川上水駅に0キロポストがあるとのことです。

一方、多摩湖線は1998年11月20日に国分寺~萩山間がワンマン化され、2013年3月16日のダイヤ改正で小平~西武遊園地間の運転形態が、国分寺~萩山間の運転形態と統合されました。
101n_4_263f_160418_5 3番線から出発する西武遊園地~萩山~国分寺方面 2016/4/18
4Mの263F

160508 2016/5/8
電留線に101系N編成が2本休み、その横を国分寺発西武遊園地行きが通過する 

多摩湖線の場合、2016年3月26日改正の現行ダイヤでは春休み、ゴールデンウィーク、夏休み期間、プロ野球公式戦開催日に西武新宿発急行西武遊園地行きが3本、2551、2553,2555列車、夕刻に上り西武遊園地発西武新宿行き急行が2本、2552、2554、また小平行きが午前中に3本、5552、5554、5556列車運行される以外は、すべて萩山折り返しか、国分寺~西武遊園地間の運行となっています。

拝島線は今後、西武のフラッグシップ車両が続々と投入されて行くと思います。一方で多摩湖線は101系Nによる運行がいつまで続けられるのか、いずれは2000系N4連の時代が来るのでしょうか。

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2016年5月 8日 (日)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 20 TWA MD-83

San Diego Lindberg空港で撮影した旅客機、今回は今は亡きTWA航空MD-83です。

N9401w_mcdonnell_douglas_md83_dc983 N9401W McDonnell Douglas MD-83 cn53137 ln 1872 2002/1/17 SAN

撮影時期からして、TWAがアメリカン航空に吸収合併された後、まだ同社の塗装のまま飛んでいた機体を撮影したものです。

TWA航空 (Trans World Airlines)の設立は1925年で、当時の名前はウエスタン・エアー・エキスプレスでした。1930年1928年創立のトランスコンチネンタル・エアー・トランスポートと合併し、トランスコンチネンタル・アンド・ウエスタン・エアーと改名しました。その後、ハワード・ヒューズによる経営などで、世界を席巻する航空会社として君臨する黄金時代を迎え、ロッキードコンステレーションシリーズの導入、パンアメリカン航空と張り合っての国際線進出などの時代がありましたが、2001年12月アメリカン航空に吸収される形でその名前が歴史の彼方に消えて行きました。

TWAのその後の歴史は、以前、西ベルリン・テーゲル空港での記事で触れましたので今回は省略します。

N9401w_mcdonnell_douglas_md83_dc9_2 N9401W

この機体、初飛行は1992年6月19日で、1993年7月19日にTWAに納入されました。2001年12月2日、吸収合併により、アメリカン航空に転籍となり、現在も同社で現役で活躍中です。

TWAのフリートリスト
によると、MD-80タイプは104機所有しており、うち39機がMD-82、残り65機がMD-83でした。
65機のうち、1機 HL7271としてKorean Air Linesに納入されたcn49785 ln 1628はTWA時代もEI-CIWのレジで飛んでいましたが、その後Meridianaに移り、現在Kam Air (YA-KMD)として活躍中、これ以外の64機はアメリカン航空で活躍中です。

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2016年5月 7日 (土)

西武3000系 新101系の車体と2000系のメカを受け継いだ通勤車 4

101系Nタイプ4連がワンマン路線で生き残り、2000系オリジナルタイプの廃車が出ているものの、まだ多くが現役で活躍している状況を見れば3000系の全廃は些か早すぎた感がしないでもありません。
そんな3000系の活躍の歴史に触れる上で避けて通れないのが、「西武ライオンズのL train」と「銀河鉄道999」デザイン電車です。

今回は2010年7月10日に運行を開始し、2013年12月5日に運行を終了した、ライオンズデザイン電車「L train」の写真を紹介します。

3000_3015_020817_2 2002/8/17 新大久保

標準塗装、といっても誕生時の2色塗装ではなく、黄色一色の省略塗装時代の3015F

3000_3015_120428_2 2012/4/28 東長崎

3000_3015_120506 2012/5/6 練馬高野台

今でこそ、それ程驚くことではありませんが、3000系の銀河鉄道999とLtrainが登場したときのインパクトはかなり大きかったと思います。

ベースとなった紺色は以前はライオンズブルーでしたが現在のライオンズのチームカラーであり、L trainの愛称は一般公募で決まりました。

3000_3016_120428 2012/4/28 東長崎

3000_3016_120506_2 2012/5/6 練馬高野台

3016側のデザインは3015側のデザインとは異なっていました。

L trainとしての運行を終了後、2013年12月6日付けで廃車となりました。

3000系L trainが消えてから、2シーズン経過した2016年シーズン、今度は9000系9108編成が2代目L trainとして、活躍を開始しました。

9000_9008_160423 2016/4/23 所沢
なお、9000系は9103編成も京浜急行の塗装を思わせる「RED LUCKY TRAIN」となっています。

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2016年5月 6日 (金)

電気機関車 EH500シリーズ 13号機

エコパワー金太郎こと、EH500形電気機関車のシリーズ、今回は13号機です。落成は2002年1月6日でした。

Eh50013_030507 2003/5/7 大宮
3087列車を牽引して大宮を通過

Eh50013_031009 2003/10/9 西浦和
3087列車を牽引して西浦和を通過、本来は富士山の見える構図ですが、霞んでいたのか何も見えません。その後、マンションが出来てしまいましたが。

Eh50013_040522 2004/5/22 豊原

Eh50013_070415 2007/4/15 西浦和

最近は日常の光景になりましたが、この頃はレアな風景で、確か新宿駅の工事か何かで3086列車が武蔵野線迂回をした際のものだったと思います。

Eh50013_070804 2007/8/4 黒磯

今はもう見られない黒磯での機関車交換風景

Eh50013_080731 2008/7/31 南仙台

Eh50013_080809_3 2008/8/9 黒磯

3087列車、黒磯到着 一旦、パンタを下げて交流モードにして出発
この頃までは、前面センターにHM用のステーが取り付けられていましたが、以後外されました。

Eh50013_100711 2010/7/11 栗橋~古河間 中通り踏切

Eh50013_120623_2 2012/6/23 大宮

続いて常磐線シリーズ

Eh50013_140126 2014/1/26 荒川沖~ひたち野うしく間 妙向寺踏切

トキ6両のみの短い安中貨物を牽引

Eh50013_140202 2014/2/2 土浦跨線橋

土浦電留線脇をトキ12両の安中貨物を牽引

Eh50013_140517 2014/5/17 妙向寺踏切

約3時間半遅れの2095レを牽引

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2016年5月 5日 (木)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 5 Boeing 707 TMA

1989年5月、フランクフルト・アム・マイン空港でのスポッティング、今回は日本でもというか成田でも、あの頃、飛来していたレバノンのトランス・メディテラネアン航空 (TMA) の707貨物機です。ちなみにアラビア文字で表記すると الخطوط الجوية عبر المتوسط‎ となります。

Odafy_b707327c_19108_511_tma_890506OD-AFY  Boeing 707-327C cn 19108 ln 511 1989/5/6

アルファベットのphonetic (文字・数字の組み合わせを聞き間違いの無いように伝達するための頭文字の規則) IATAコードのTLからタンゴリマの愛称で親しまれていました。

    2004年まで使用されていたロゴ

レバノンのベイルート・ラフィック・ハリリ空港を本拠地に1953年に創業された不定期の貨物及び旅客の航空会社で、1959年には貨物専門の航空会社となりました。しかし、湾岸危機で経営危機に陥り、1996年11月には「Horizon2000」という名のレバノン再建計画で運航の現代化が図られ、経営の正常化が模索されました。

2002年にはAirbusA310-304FIslandflugから4月から11月までリースし、707の代替運航を試み、さらにAirbusA320をリースして、TMA-Leisureという社名で旅客チャーター便の運航も試みましたが、2002年中には実現出来ず、11万ドルの損益を出してしまいました。

2004年2月に主力機の707の安全性が疑問視され、全てのフライトが休止に追い込まれました。

TMA Logo.png     2010年運航を再開した際に使用されたロゴ

2008年にメッドエアウエイズが経営支援を行い、Airbus A300一機を新たに取得し、2010年に運航を再開しましたが、現在は再び運航停止状態となっています。

Odafy_b707327c_19108_511_tma_8905_2OD-AFY

Frankfurtで目撃したこの機体、元は1966年に初飛行し、カスタマーコードが示すようにブラニフ航空が購入した機体でしたが、1993年7月26日、172便としてアムステルダムスキポール空港からレバノン国際空港に向かう途中、離陸前のタキシングの最中に右主脚部の翼の梁が永年の金属疲労で亀裂が入り、修理不能と判断され飛行断念に追い込まれました。

歴代のフリートは

Airbus A310-304F - leased from Islandsflug
Boeing 707-320C
Boeing 707-330C
Boeing 747-100SF
Canadair CL-44 - operated by Seaboard World Airlines
Douglas DC-4
Douglas DC-6

です。

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2016年5月 4日 (水)

函館市電で活躍中の車両 800形

2015年12月の函館旅行で撮影した函館市電の車両を紹介しているシリーズ、今回は800形です。

812_151223_2 812号 2015/12/23 駒場車庫

1962年から1965年にかけ、新潟鉄工所で12両製作され、710形とおなじ外見、制御方式は間接自動制御方式、加速制御は「手動進段式」でした。定員は90名でした。現在は812号、一両のみが現存し、9両は8000形に1両は8100形に改造されています。

812_151223_3 2015/12/23 運用を終えて、入庫する812号 

812_151223_4
2015/12/23 駒場車庫

805_740329 805号 1974/3

再掲ですが、1974年の函館訪問でも805号を函館駅前にて撮影していました。

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2016年5月 3日 (火)

通勤電車シリーズ 103系 41 大阪環状線における活躍 part3

大阪環状線の103系、今少し基本番台が続きます。

クハ103-66

103_10366_050708 2005/7/8 桜宮

103_10366_060620 2006/6/20 寺田町

1965年8月20日落成、東急車輌、池袋区新製配置、1973年3月16日、浦和区転属、1976年10月28日、森の宮区に転属、1977年1月20日、吹田工場冷房改造、1990年2月2日、吹田工場延命工事、1990年12月6日、吹田工場ATS-P取り付け工事、2002年1月21日、前面整備工事、2008年4月1日、廃車。

クハ103-67

103_10367_030327 2005/7/8 桜宮

1965年8月31日落成、東急車輌、池袋区新製配置、1973年3月28日、浦和区転属、1976年10月19日、森の宮区転属、1976年12月7日、吹田工場冷房改造工事、1990年1月9日、延命工事、1990年10月26日、ATS-P取り付け工事、2002年3月29日、前面整備工事、2007年10月29日、日根野区転属、2011年2月2日、廃車。

クハ103-68

103_10368_050708 2005/7/8 桜宮

1965年8月31日落成、東急車輌、池袋区新製配置、1973年3月28日、浦和区転属、1976年2月17日、森の宮区転属、1976年7月30日、吹田工場冷房改造工事、1990年10月19日、ATS-P取り付け工事、2001年12月14日、前面整備工事、2006年1月19日、奈良区転属、2007年7月18日、日根野区転属、2011年6月16日、廃車。

クハ103-108

103_103108_030327 2003/3/27 桜宮

1967年11月21日落成、東急車輌、品川区新製配置、1975年6月4日、明石区転属、1983年6月23日、森の宮区転属、1976年9月25日、吹田工場冷房改造、1990年12月2日、鷹取工場ATS-P取り付け、2001年8月28日、前面整備工事、2006年6月27日、日根野区転属、2011年9月5日、廃車。

履歴的にはどのクハも関東では山手線から京浜東北(108以外は)、そして関西へといった流れにある車両ですね。

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2016年5月 2日 (月)

勝田車両センターまつり その2 415系1500番台 part3 K531~K537編成

2016年3月5日の勝田車両センターの公開、今回は同公開で展示された415系1500番台の編成の写真を順に紹介して行こうと思いますが、既にK525~K530までは出しましたので、これからはK531以降の編成を出して行きます。

K531編成

4151500_k531_030308 2003/3/8 日立

4151500_k531_110109 2011/1/9 小山

K532編成

4151500_k532_050806 2005/8/6 荒川沖

4151500_k532_090519_3 2009/5/19 水戸

K533編成

4151500_k533_030308 2003/3/8 内原

4151500_k533_131223 2013/12/23 高萩

K534編成

4151500_k534_050903 2005/9/3 いわき

K535編成

4151500_k535_041223 2004/12/23 北小金

いまでも九州ではあるかも知れませんが、常磐線でもかつては4連3併結の12連という運用がありました。

4151500_k535_060409_2 2006/4/9 大和~岩瀬間

K536編成

4151500_k536_030126 2003/1/26 ひたち野うしく

4151500_k536_131120_2 2013/11/20 稲田

K537編成

4151500_k537_050905 2005/9/5 馬橋

4151500_k537_070204 2010/5/8 稲田~福原

常磐線上野~土浦間を15連で走る姿も水戸線の単線区間を4連で長閑に走る姿も今では過去のものとなってしまいました。

次回の記事ではK538~K544編成の姿を載せます。

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2016年5月 1日 (日)

San Diego Trolley 4000形 part2

San Diego Trolley の話題、前回から4000形に入っています。

今回は4006から行きます。

4006_150109_el_cajon_tc 2015/1/9 El Cajon Transit Center

El Cajon はスペイン語で引き出しという意味だということをつい最近知りました。

4009_150113_santa_fe_depot
4009 2015/1/13 Santa Fe Depot 2000形との併結運用

4010_150113_santa_fe_depot
4010 2015/13 Santa Fe Depot

4013_150113_santa_fe_depot
4013 2015/1/13 Santa Fe Depot

4014_150110_civic_center
4014 2015/1/10 Civic Center

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