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2016年6月30日 (木)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part2 活躍した車両たち 103系part3

前回のこのシリーズでは広島地区で活躍した103系4連の写真を紹介しました。
今回は最後まで活躍した3連の写真です。

編成はD1 D2 D3の3本でした。

D1編成

103_d01_040903_3 2004/9/3 広島 
クモハ103-48 奇数エンド

103_d01_081209 2008/12/9 広島
クハ103-86 偶数エンド

103_d01_141219_2 2014/12/19 呉
地域単一色に塗り替え後

103_d01_141219_4 2014/12/19 呉

D2編成

103_d02_040903_2 2004/9/3 広島
クモハ103-2501  JR西日本のみの改造先頭車

103_d02_040903_4 2004/9/3 広島
クハ103-171 オリジナル単灯車からの改造車

103_d02_141219 2014/12/19 広島

103_d02_141219_2 2014/12/19 向洋

D3編成

103_d03_130322_4 2013/3/22 クモハ103-2502
末期色にななっていませんが、すでに尾灯が白くなっています。

103_d03_141219 2014/12/19 向洋

103_d03_130322_6 2013/3/22 海田市
クハ103-170

103_d03_141219_2 2014/12/19 海田市

どの写真を見ても冷房装置が、分散式のタイプであったことがわかります。

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2016年6月29日 (水)

公園保存蒸機 C59 161号機 広島子ども文化科学館

全国の公園等に保存されている蒸気機関車を見て歩くシリーズ、今回は2014年12月の広島、四国西南部旅行で訪れた広島子ども文化科学館のC59161号機です。

C59_161_141218 2014/12/18  広島子ども文化科学館

以前、C6120号機の話題ででも触れましたが、前輪軸のうち、前の方は水かき付きスポークタイプ、後ろの方はプレートタイプです。

場所はこの地図からも分かるように相生橋の北側、相生通の原爆ドームの北側になります。

C59_161_141218_3
C59形は我が国の旅客用パシフィック機としてC51, C53の伝統を受け継いだ本線優等列車用の機関車で1941年から1943年までに100両、1946年から1947年までに73両が製造されましたが、133-155は緊縮財政の結果、キャンセルとなり欠番となりました。ただ、軸重が重く、幹線の電化が進むと転用の可能性が限られ、一部は従台車を2軸にしたC60形に改造されましたが、1970年までに全機運用から外れ廃車となりました。

C59_161_141218_44

そのため完全な形で保存された車両は 以下の4両でした。
1号機 九州鉄道記念館に保存
161号機 本記事
164号機 京都博物館 梅小路機関区
166号機 JR西日本社員研修センター 2006/9/1 解体撤去

現在は3両が残っています。

C59_161_141218_33
C59形の炭水車は航続距離の確保のため、石炭10t、水25立方mの大容量タイプでそのため、戦後タイプのC59形はC62を上回る全長でした。

C59_161_141218_26 助手席側のキャブ前には潅水洗浄装置が取り付けられています。

C59_161_141218_11 キャブ内にも立ち入り可能ですが、メーター、水位計などのガラス類は殆ど欠如していました。

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2016年6月28日 (火)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part11 MT75

2015年8月22日の東京総合車両センター公開での直流電車の主電動機展示に沿ったこのシリーズ、今回は MT75形主電動機です。

Mt75_150822 2015/8/22

JR東日本の最新のといってもMT79形装備のE235系が走っているので最新より一つ前になりましたが、E233系E259系に搭載されたモータです。

出力はE231系などに搭載されたMT73形の95kWから140kWに大幅に増強されており、最高回転数は5800から5818rpmに上げられています。重量は560kgとなっています。

メンテナンスフリー化が推し進められており、軸受け構造は240万km走行まで非分解可能となっています。さらに騒音もMT73に比べて2dB低減されています。

E233_t1_061217 2006/12/17 三鷹
デビューしたてで試運転中のE233系T1編成

E2331000_101_090201_3 2009/2/1 さいたま新都心
京浜東北線用のE233系1000番台101編成 

E2332000_1_130707 2013/7/7 柏
地下鉄千代田線乗り入れ用のE233系2000番台1編成 

E2333000_e01_130427_4 2013/4/27 鶴見
上野東京ライン、湘南新宿ラインを介して東海道、東北、高崎線を走る国府津区、小山区のE233系3000番台 写真は国府津区のE1編成

E2335000_501150830 2015/8/30 海浜幕張
4000番台は飛ばして、京葉線用は5000番台に 501編成 (10両貫通タイプ) 6+4両タイプは550番台 6連 F50番台 4連

E2336000_h017_150830 2015/8/30 八王子
横浜線用は6000番台 8両編成

E2337000_101141025 2014/10/25 高田馬場
埼京線用は7000番台 10両編成

E2338000_n1_150822 2015/8/22 東京総合車両センター公開
最後に登場した南武線用は8000番台 N1編成

まさに今の首都圏の多くの線区をカバーしているのがMT75モータ搭載のE233系各番台となっています。

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2016年6月27日 (月)

朝日新聞社刊 年鑑 世界の鉄道 ’73

朝日新聞社が発行していた「世界の鉄道」シリーズ、今回は1973年版です。

1973  
表紙にあるように蒸機の特集はD52形蒸機とD62形蒸機、そして1964年版以来の路面電車特集となりました。後に出て参りますが,1983年のラストとなった刊でも路面電車 新時代の特集があり、まさにこの時代、いろいろな街から消えていった路面電車の姿が記録されています。

カラーページ

蒸気機関車 D52

函館本線
山陽本線 瀬野八の補機

世界の路面電車

ヘルシンキ市電のボギー車
ウィーン市電 単車とトレーラー
バーゼル市電の連結車
香港市電の2階式電車
ボストンのPCCカー
レニングラードの大形ボギー車
モスクワのボギー車
西ドイツ・ライン地方の3車体連接車
ベルギー・ブリュッセルの3車体連接車
オランダ・ハーグのアメリカタイプのボギー車
リスボンの単車

日本の路面電車

京阪電気鉄道京津線 260形
東京都電 6000形
名古屋鉄道 岐阜市内線 モ550
岡山電気軌道 100形
阪神電気軌道 国道線 201形
鹿児島市電 700形

***********************************

特集・蒸気機関車 D52、D62

D52は戦時下の貨物輸送の増大に対して1943年末に登場した形式で、大動脈のエースとして戦争末期に285両が製造されました。走行装置はD51とほぼ同じ、ボイラーは燃焼室付きで圧力はD51より、1kg向上し、16kg/cmとしました。そのため動輪周最大出力はD51に対して30%近く向上しました。

誕生早々、東海道、山陽、山手貨物の各線で長大貨物を牽引し、活躍しましたが、軸重が16.6tとC59を上回るものであり、走行線区が限定され、幹線電化といともに働き場を失い,この本が出た時点では函館本線、室蘭本線が働き場となっていました。

軸重軽減のため、従台車を2軸としたD62が20両、ボイラーが転用され最大の旅客機となったC62が49両誕生しました。

戦時形の写真と戦時形から脱却の様子
山手貨物線での活躍
瀬野八補機としての活躍,補機の走行中開放シーン
御殿場線での活躍、国府津機関区の様子
函館本線での活躍

D62は1949年から1950年かけて20両が改造されて誕生、1959年の姫路電化まではD52とともに山陽線に配置、姫路電化で全20両、一ノ関に移動,以来仙台以北で活躍し、1966年の盛岡電化で全機廃車となりました。 

2軸従台車のバークシャー軸配置機はその後、D60 (1951~1956), D61 (1959~1961) と登場しましたがD62が最初の形式でした。

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日本の路面電車

世界の鉄道’64年版では41社が掲載されましたが、’73年版の時点ではその4割が姿を消しました。

札幌市交通局 M100 210  220  230  320  330  700  710  720
                      A800  A810 A820 A830 (美濃電へ) A850 A870

旭川電気軌道 10 20 モハ100 モハ500 モハ1000  
          キハ05  排雪電車

函館市交通局 500 600 700 710 800 1000 排雪車

仙台市交通局 100 130 200 400 2000 3000

東京都交通局 3000 6000 7000 7500 8000

江の島鎌倉観光 105 106 300 500 600 800

東京急行電鉄 世田谷線 デハ70 デハ80 デハ150

豊橋鉄道 豊橋市内線 モ3100 モ3300 モ3700 モ3800

名古屋市交通局 1150 1160 1400 1500 1550 1900

静岡鉄道 清水市内線 クモハ50 クモハ55 クモハ60 クモハ65

名古屋鉄道 岐阜市内線 モ510 モ520 モ531 モ550 モ570 

名古屋鉄道 美濃町線 モ550 モ560 モ580 モ590 モ600

富山地方鉄道 富山市内線 デ3530 デ5000 デ7000 ボ1(除雪専用)

加越能鉄道 高岡市内線 5010 7050 7070

京福電気鉄道 嵐山・北野線 モボ101 モボ111 モボ121 モボ301 ク201

京阪電気鉄道 京津線 80 260 300 350

京都市交通局 600 700 800 900 1600 1800 1900 2000 2600 

南海電気鉄道 大阪軌道線 モ121 モ161 モ205 モ301 モ351 モ501 

阪神電気鉄道 国道線 1 31 71 91 201

岡山電気軌道 100 1000 2000 2500 2600 3000

広島電鉄 広島市内線 350 500 550 650 700 750 900 1100 1150 2000 2500

土佐電気鉄道 軌道線 100 200 300 500 600 700 800

伊予鉄道 松山市内線 モハ50

西日本鉄道 北九州線 66 101 118 125 138 201 500 600 1000   

西日本鉄道 北方線 321 323 331

西日本鉄道 福岡市内線 66 201 301 501 551 561 1001 1101 1201 1301

大分交通 別大線 100 150 200 300 500 1000 1100

熊本市交通局 130 1000 1051 1080 1090 1200 1350 

鹿児島市交通局 460 500 600 700 800 

長崎電気軌道 151 161 171 201 202 211 301 360 370 500 600 700

**********************************

世界の路面電車 

スウェーデン ゲーテボルク Göteborg (イエーデボリ)市電 マルメ Malmö市電

フィンランド ヘルシンキ市電

ノルウェー オスロ市電

ベルギー ブリュッセル市電

オランダ アムステルダム市電 ハーグ市電 ロッテルダム市電

オーストリア インスブルック市電 リンツ市電 ウィーン市電

東ドイツ 東ベルリン市電 

西ドイツ デュッセルドルフ市電 デュイスブルグ市電 ドルトムント市電 
      ブッパータール市電 ハノーバー市電 エッセン市電 ハンブルグ市電 
      キール市電 ボン市電 ハイデルベルク市電 マンハイム市電
      マンハイム~ハイデルベルク~バインムを結ぶ路面電車 ミュンヒェン市電

スイス  ジュネーブ市電 バーゼル市電 チューリッヒ市電 ベルン市電

フランス マルセイユ市電 

ポルトガル コインブラ市電 リスボン市電

スペイン バルセロナ市電 バレンシア市電

イタリア ローマ市電 ミラノ市電 ナポリ市電 

ソ連 モスクワ市電 ハバロフスク市電 レニングラード市電

香港 

カナダ トロント市電

アメリカ フィラデルフィア市電 ニューオリンズ市電 サンフランシスコ市電 ボストン市電

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新車情報

国鉄489系 183系 113系1000番台 DD16 キハ391系 14系客車 ED75 700番台

小田急電鉄 9000系 

東京都交通局 10-000形

京王帝都電鉄 6000系

京成電鉄 AE車

名古屋鉄道 モ7300系

東京急行電鉄 7200系冷房車

西武鉄道 101系冷房車

東武鉄道 8000系冷房車

相模鉄道 モハ5100形

銚子電気鉄道 デハ501

京福電気鉄道 2003

富士急行 モハ7033 クハ7063

高松琴平電鉄 1031・1032

三岐鉄道 モハ150

伊予鉄道 モハ131

西武鉄道 2号機

***********************************

新線開通

山陽新幹線岡山開業

国鉄 高千穂線

札幌市高速軌道 南北線

総武線 東京地下駅乗り入れ

**********************************

廃線

横浜市電   全廃

名古屋市電 残る営業区間は29.2kmに

京都市電   千本線、四条線、大宮線が廃止

岩手中央バス(旧花巻温泉電鉄) 東北地方からナロー鉄道が消えた。

北陸鉄道・能登線 全廃

浜中町営軌道

下津井電鉄 児島~茶屋町間 14.5km廃止

玉野市電

*********************************

巻末には

最強の超大型貨物機 D52 D62 久保田博氏

新時代の路面電車 清水武 藤野政明 柚原 誠氏

路面電車 諸元表 路線図

年誌 世界の鉄道

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2016年6月26日 (日)

東海道新幹線開業から50年 その33 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part5 グリーン車16形

リニア・鉄道館に保存されている新幹線車両、営業用車両としては、中間車ですが、グリーン車16形2034号が保存されています。

162034_140812 2014/8/12

16形M'sでパンタグラフ、主変圧器、整流装置、CPを搭載し、おなじグリーン車形式の15形とは異なり、客用乗降扉が両端2カ所に設置されていました。
基本0番台車が143両、1000番台車が41両、2000番台車が35両製造されており、2034番はラスト-1番でした。

162034_140812_3 貫通路からずらっと並ぶシートを眺めると不思議と旅情がかき立てられます。

2000番台は6-12次車の置き換え用に1981年から1986年まで製造され30-38次車として投入されました。当時量産中だった200系に準拠し、内装等を大きく変更したため新番台となったものでした。
グリーン車においてはシートピッチの変更はありませんでしたが、客用窓周りがFRPユニット化され、客用窓が850mmから900mmに拡大されました。

162034_140812_2 2034号は1986年、日本車輌製造で落成しました。

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2016年6月25日 (土)

パリの6つのターミナル駅巡り サン・ラザール駅 3 BB27300形

パリ・サン・ラザール駅で目撃した車両、前回はBB17000タイプの電機でしたが、今回も電機でBB27300というタイプです。

以前、リヨン駅でBB26000というタイプを見かけましたが、交直両用機の系列として、2001年から2006年BB27000という貨物専用タイプが180両製造され、従来のゲンコツに対してPrimaEL2Pという愛称が与えられました。それに次ぐ、旅客用タイプのようです。

El_827357_090312_saint_lazare2 2009/3/12

Alstom製で、2004年から2009年まで67両が製造されました。2004年に最初の60両が発注され、最初の2両が2005年に試作として製造され,2008年にかけて逐次,納車されました。2次発注として,5両と2両が発注されました。

仕様は

全長       19.52m (64ft 1in)
ホイルベース  10.60m (34ft 9in)
質量       89t

電気方式 直流1.5kV 交流 25kV 50Hz 切り替えはパンタグラフで対応

最高速度 160km/h
出力 4,200kw

SNCF Transilien 運用でパリ・モンパルナス、パリ・サン・ラザール線に投入

El_827339_090312_saint_lazare2

最初の量産機は2006年にモンパルナス駅からの近郊ルートの営業運転に投入されました。現在、この路線に23機が投入されています。これによって、BB8500BB25500が運用から外れました。

El_827339_090312_saint_lazare5 A~Fまでずらっと並んだジャンパ栓も壮観です。

42機が続いて,サン・ラザール線に投入され、これによってBB8500BB17000が運用から外れました。

2015年以降はSNCFの貨物部門(Fret)の運用にも投入されているようです。

El_827341_090312_saint_lazare

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2016年6月24日 (金)

大宮鉄道ふれあいフェア2016 ガスタービン車キハ391系

鉄道のまち大宮「鉄道ふれあいフェア」の一環として5月28日に開催されたJR東日本大宮総合車両センターおよびJR貨物大宮工場の公開、今回で5回目なので、目新しかった点についていくつかご紹介してゆこうと思います。

391_160528_10

まず最初は、キハ391系カットモデルです。

国鉄キハ391系気動車は国鉄が1972年に試作したガスタービン動力の試作車でした。
プロジェクトは1967年に運輸省の委託予算で日本車両工業協会がガスタービン機関によるターボトレインの研究開発を行ったのが嚆矢とされています。

協会は国鉄の車両設計事務所、鉄道技術研究所、メーカー15社などからなる「ガスタービン車両技術委員会」を発足させ、大垣区で廃車となった国鉄旧型ディーゼルカーキハ07 204に石川島播磨重工業がゼネラル・エレクトリックとの技術提携で製作したヘリコプター用IM100-2形(CT58形)ターボシャフトエンジン (1,050 PS/19,500 rpm)を搭載し、キハ07形(キハ07 901)に改造しました。

391_160528_3

エンジンは床下に搭載されトルクコンバータ無しの一段減速機械式動力伝達装置を介して片方の台車の2軸を駆動する構造となっていました。
設計最高速度は150 km/hで動力台車をキハ181系気動車と同型のDT36Bに交換されました。鉄道技術研究所での連続153 km/h性能試験を含む台上試験1968年度に行い、最大推進軸伝達馬力は152 km/hで1,062 PS、最大動輪周引張力は85 km/hで2,050 kgを記録しました。

続いて汽車製造東京製作所で付随台車のTR205Bへの交換やFRP製の流線形前面の取付けを含む再改造の後、1969年11月以降の本線上での試験走行が行われました。

1970年2月より磐越東線郡山 - 船引間23.1 kmで試験が行われ、この試験では7ノッチ起動後60秒で55 km/hに達する加速性能を記録し、最大動輪周引張力は2,500 kg、懸念されていた騒音はディーゼル動車と同等でしたが、力行速度が想定より低かったこともあり燃料消費率は既存の急行用ディーゼル動車の1.8倍に達しました。

同年7月には川崎重工業製のKTF1430 (1,230 PS/18,500 rpm) を床上に搭載して同じく磐越東線で走行試験が行なわれました。こちらでは7ノッチ起動後60秒で57.5 km/hに達する加速性能で、最大動輪周引張力は3,100 kg、騒音は機関の床上搭載の効果によりディーゼル動車より低減し、減速比を大きくして燃費の良い回転数を中心に使用したことから燃料消費率は現行ディーゼル動車の1.4倍に改善しました。これらの試験結果を基にしてキハ391系気動車が製作されることとなり、1971年に再び役目を終えて除籍されました。

391_160528_12

キハ391系は動力車を中間にしたTcMTc3両編成で、両端の先頭車(Tc)は軽合金車体で重量を軽減。さらに低床化と振り子構造を採用することで、曲線部での高速走行を可能としました。中間車には出入口とガスタービン機関だけが搭載されており、その全長は6m前後と短く、先頭車となる2両に客室を持っていました。

ガスタービン機関は石川島播磨重工業がゼネラル・エレクトリックとの技術提携によって国産化した1,100PSのものを搭載しました。

1972年4月7日から28日に川越線で慣らし運転を実施後、6月6日から9日に山陰本線・伯備線(米子 - 江尾 - 上石見)、6月20日から23日に山陽本線(岡山 - 吉永)、6月28日に山陰本線・伯備線(米子 - 黒坂 - 新見)で走行試験を行いました。10月5日の走行試験において、米子駅構内にてクラッチの破損事故が起きました。その後、減速機の改造や排気消音機の改良がおこなわれ、1973年2月13日から15日に田沢湖線(盛岡 - 田沢湖 - 羽後長野)、2月16日・17日に田沢湖線・奥羽本線(盛岡 - 大曲 - 秋田)で、2月18日には山田線で耐寒耐雪試験を行いました。

その後は高速度試験に用いられ、3月7日から9日に伯備線(伯耆大山 - 生山)、同月12日から14日に山陰本線(米子 - 鳥取)、同月22日から24日に山陽本線(岡山 - 吉永)で行われ、最高速度130km/hを記録し、振り子の性能も591系と同等もしくはそれ以上であることが確認された。

非電化線区において高速列車を走らせる構想でスタートしたプロジェクトでしたが、投入予定線区の電化、安定した運用への疑問、ガスタービン気動車の将来性などから量産化が断念されました。
391_160528_2

海外ではアメリカ、カナダ、フランスなどで運用実績があります。
アメリカ、カナダではユナイテッド・エアクラフト・コーポレーション (United Aircraft Corporation)が製造した高速列車としてカナダでは1968年から1982年まで、アメリカでは1976年まで運行されました。両端に機関車を配置した方式で、ガスタービンエンジンで発電した電力でモーターを駆動する方式でした。
フランスではTurbotrainとして1967年にSNCFが製造、2005年まで運用され、TGV開発の基礎となりました。

キハ391系は試験終了後、長らく大宮車両センター敷地内で留置保存されていましたが、2015年初頭解体され、先頭部分が保存されることになりました。

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2016年6月23日 (木)

江ノ電を撮る 施設編 3 江ノ島駅

江ノ電の特徴的な駅を紹介しているシリーズ、今回は江ノ島駅です。

141230 2014/12/30

所在地は神奈川県藤沢市片瀬海岸一丁目4-7 で、駅番号はEN06です。全線15駅を管理する駅で駅員が常駐する駅です。

150524_3
2015/5/24
駅前の商店街
奥が江の島方面、手前に湘南モノレールの湘南江の島駅があります。

141230_2

登記上の本店の所在地であり、乗務員の交代も行われています。

150524

開業は1902年9月1日で、片瀬駅として開業し、1929年、現在の駅名に改称されました。1991年に駅舎が改築され、現在の姿になりました。

150524_2
相対式ホーム2面2線の地上駅でホームは構内踏切で結ばれています。

150524_2_2
2006年9月、IC乗車券対応で自動改札機が設置されました。

141230_3
鎌倉方には3本の留置線があります。

150524_4
藤沢行きの上りホーム裏には「ガー電」 があります。最初は何かと思いましたか、gardenだったのですね。

141230_4 2014/12/30

303_150524
待合室内には江ノ電300形303号の先頭部や

141230_5 江ノ電の資料、模型

150524_5 台湾鉄路管理局の関係資料などが展示されています。

江ノ電の中では最も活気に満ちた駅かと思いました。

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2016年6月22日 (水)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その10 

1963年の登場から今年で53年が過ぎ、終焉が近づいている8000系ですが、前回の記事ではオレンジとグレーのツートンカラーの特別塗装車81107Fについて触れましたが、今回は同じ4Rワンマン車グループの81111Fについて触れようと思います。

84111_160318_4 2016/3/18 川角

81111_160312_2
2016/3/12 小川町

字体も当時のままのようです。 

塗装は、セイジクリーム色で東武鉄道では1974年6月から標準色として採用され、当時在籍していたロングシート車全車と熊谷線用のキハ2000形に適用されました。1985年まで標準色として多くの車両がこの塗装を纏いましたが、よく言われるように「下塗り塗色ではないか」などと陰口を叩かれる塗色であったことも事実でした。

81111_160318_2
81111_160318_6 2016/3/18 坂戸

84111_160318_5 2016/3/18 川角

越生線での活躍

東上線の最初の区間である池袋~田面沢(たのもざわ:現在の川越市~霞ヶ関間の中ほどに位置)間33.5㎞が1914年5月1日に東上鉄道の手によりにより開業してから100周年を迎えることを記念し、2014年4月、81111Fをセイジクリーム塗装にしました。

81111_160312_3

81111_160312_4 2016/3/12 小川町

東上線ワンマン区間 小川町~寄居間での活躍

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2016年6月21日 (火)

京成電鉄の車両たち プロローグ

昨年5月23日に「京急ファミリーフェスタ」に参加して以来、このシリーズでは京浜急行、都営地下鉄浅草線、北総鉄道、千葉ニュータウン鉄道の車両を、さらに10月24日の「新京成サンクスフェスタ」以来、新京成の車両も形式別に見てきました。

ということで、私のこれまでの鉄道沿線生活としては全くと言って良いほど縁がなかった京成電鉄ですが、これらの流れから乗車し、写真を撮ることを始めましたので、今回からは京成電鉄の車両についてみてゆこうと思います。

151024 京成グループのネットワークの図 2015/10/24 新京成サンクスフェスタの展示にて

京成の名が示すように東京と成田(成田山新勝寺参拝)を結ぶ電気鉄道として1909年6月30日京成電気軌道株式会社として設立したのが始まりでした。

1911年11月9日 第一期工事として押上 - 市川(仮・現江戸川駅西方)・曲金(現・京成高砂) - 柴又間を着工し、1912年11月3日に開業しました。

1912年4月27日には金町線の前身である帝釈人車軌道(柴又 - 金町間)を買収しました。

1913年10月21日に柴又 - 金町間が開業し、1914年9月1日に江戸川 - 市川新田(現・市川真間)間、1915年11月3日に市川新田 - 中山間、1916年12月28日には中山 - 船橋間と延伸を繰り返しました。

1921年7月17日船橋 - 千葉間が開業。京成千葉駅(現・千葉中央駅)は現在の千葉中央公園の位置にあり、千葉市の中心部には省線の千葉駅よりも近く、1935年7月1日に省線が電化されるまでは利用客数で圧倒的優位に立っていました。

1925年9月成宗電気軌道を買収し、10月には本来の目的地・成田への延伸に着手し、1926年12月9日に津田沼 - 酒々井間、24日には酒々井 - 成田花咲町(仮駅)間を開業し、東京と成田までが結ばれました。1930年4月25日に現在の位置に京成成田駅を設置しました。

東京側のターミナルは長らく押上でしたが都心へは市電の乗り換えを必要とし、押上 - 浅草間の路線延長を計画しました。東武鉄道が隅田川を越えて浅草花川戸地区への路線延長を計画すると京成側でも、これを計画して東武との競願になり、1928年9月に京成は自社に有利になるよう東京市議に働きかけ、不正資金供与発展した京成電車疑獄事件が発覚して、社長・専務ら会社幹部が逮捕される事態となり、結果的に浅草延伸は断念に追い込まれました。

その後、日暮里 - 筑波に鉄道敷設免許を有していた筑波高速度電気鉄道を東武鉄道との競合の末に1930年10月21日に吸収合併、その免許を利用する形で1931年12月19日に青砥 - 日暮里間、1933年12月10日に日暮里 - 上野(当時・上野公園)間を開業し、念願であった都心延伸を果たしました。

1927年8月21日に谷津支線開業。1928年4月7日には白鬚線(向島 - 白鬚間)を開業しました。白鬚橋を渡って三ノ輪橋で王子電気軌道(現在の都電荒川線)と結ぶ計画もありましたが、上野延伸と引き換えの形で1936年2月28日に廃止されました。

1927年8月21日には谷津支線(京成花輪 - 谷津遊園地間)を開業しましたが、後に谷津海岸駅(現・谷津駅)からの道路が開通したために1931年10月27日に休止、1934年6月22日に廃止されました。

1945年2月20日、全線を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更しました。

沿線の下総台地にあった陸軍施設が軍隊解散とともに民間施設に転用され、千葉・津田沼には鉄道連隊が設置され、演習線が津田沼を起点に千葉・松戸に延びていました。この演習線跡地に目を付けた京成電鉄は仮称・下総電鉄を設立して、連合軍総司令部 (GHQ)・運輸省への払い下げ交渉を開始しました。西武鉄道との激しい競合の末に1946年3月に転用許可を、8月には路線免許を獲得。10月には正式に新京成電鉄を創立して新線開業を押し進めることとなりました。

交通統制が緩んだこの時期に東京の電鉄各社は都心延伸の免許申請を行いました。しかし、電鉄各社や営団、東京都との利害が輻輳し、京成も1950年8月に押上 - 有楽町間の免許申請を行ったものの、1957年6月に運輸省の行政指導で「地下鉄網の建設・運営は『営団』『東京都』が担当」「各電鉄は地下鉄に相互乗り入れ運転」の方針が決定される。京成電鉄は京浜急行電鉄とともに東京都が担任する1号線(現・浅草線)に相互乗り入れすることとなり、京成 - 京急では軌間の違い(京成1372mm/京急1435mm)が最大の問題となりました。

京成・京急・都の3者での協議の結果、軌間は1435mmに決定。そのため、京成電鉄では全線を11工程13工区に分けて改軌工事を実施、運転を継続したまま1959年10月9日夜から12月1日朝までの50日間にわたって工事を行いました。同年2月には押上駅の地下移設工事に着工し、1960年11月30日に現在の新駅が営業開始、予定の12月1日より3日遅れの4日午後より1号線押上 - 浅草橋の開業によって初の郊外電車 - 地下鉄の相互乗り入れが行われることとなりました。

戦災にあった千葉市は、戦後都市復興計画により抜本的な区画整理が行われたが、この時に国鉄・京成電鉄の路線変更および両者の千葉駅の移転も行われることとなり、京成千葉駅(現・千葉中央駅)が現在地に移転(仮)開業したのは1958年2月10日でした。

83141115_820214

1982/2/14 日暮里付近で国鉄線を撮影した際に偶然映り込んだ当時の京成電車

1970年代に入ると、1969年営団(現:東京メトロ)東西線西船橋延伸や1972年総武本線東京 - 津田沼間複々線(総武快速線)開業といった競合路線の新設や輸送力の増強によって旅客を奪われるようになり、交通事業での収益を上げることが難しくなり、収益源を兼業部門に求める傾向がますます強くなり、特に沿線を離れた東北・北海道での土地買収・開発を押し進めていきました。

ニュータウンの交通機関として新線建設を目的とした会社、北総開発鉄道1972年。現:北総鉄道)、千葉急行電鉄1973年1998年解散、現京成千原線を経営)、遅れて東葉高速鉄道1981年)が相次いで設立されました。さらに、成田空港へのアクセスを目指して1968年12月に新線免許を申請しました。しかし、運輸省と新東京国際空港公団が空港ターミナルビル地下への乗り入れを拒否し(当時予定されていた成田新幹線との兼ね合いもあった)。結局、第1・第2ターミナルビルの中間に駅を設置(空港通勤者の交通機関という位置付けとされた)することとなり、1970年11月に着工、突貫工事により1972年11月には建設工事を終了し、1973年2月には習熟運転も始まった。しかし、反対運動による開港の延期(さらには初代AE車への放火)で6年あまり営業できない期間が続いた。都心側でも、京成上野駅の改良工事が1973年6月から1976年7月まで行われ、さらにオイルショックに見舞われ、1977年度決算ではついに無配に転落。空港新線が開業できなかったことも一因としてあるが、とりわけ積極的な土地投資が裏目に出て、土地評価額の下落と金利負担が経営を圧迫、ついには累積赤字が1980年度上半期で133億円、1983年度下半期で281億円に達した。この時、京成線の廃止を検討されるに至りました。

Ae_skyliner 初代スカイライナー 日暮里

1980年10月に経営再建計画を策定、25%に上る人員削減といった徹底した合理化と系列百貨店閉鎖などの兼業整理、谷津遊園跡地や津田沼の車両工場などの資産処分を次々と行い、同年3月には日本民営鉄道協会からも脱退(再建後の1990年4月に復帰)し、春闘の賃上げ交渉も独自に行うなど、なりふり構わぬ経営再建を図りました。このため、1980年代前半までは労働組合による単独のストライキが頻発することもありましたが、傘下のオリエンタルランドが東京ディズニーランドの招致に成功したことや、リストラ策が功を奏して経営が好転し、1988年度には単年度の経常利益を計上、1989年度上半期には累積赤字を解消。下半期には株式配当も復活し、ようやく経営危機からの復活を果たすこととなりました。

Ae100_100207 2010/2/7 AE100 成田空港

Ae138_151031 AE100 先日、引退した2代目 スカイライナー 2015/10/3 公津の杜

1980年代後半以降、成田空港のアクセスを巡っては開港後も駅の立地の悪さから離れた場所で苦戦を強いられ、投資が回収できない状態が続きました。しかし、高速道路の渋滞によりリムジンバスの遅延が慢性化するようになったため、1988年になって空港アクセス鉄道建設に対して真剣に検討が行われた。この結果、東日本旅客鉄道(JR東日本)と共同でのより空港に近い成田空港駅(旧来の成田空港駅は東成田駅に名称変更)への乗り入れ(1991年3月19日)が実現し、利便性が向上しました。

2002年10月27日には 芝山鉄道東成田 - 芝山千代田間が開業。東成田線との直通運転が開始されました。

2010年7月17日には成田スカイアクセス(成田空港線)が開業し、日暮里 - 空港第2ビル間を北総線経由で最速36分で結ぶことになり、成田空港へのアクセスの利便性がさらに向上しました。

Ae7_151031_2 2015/10/31 三代目 スカイライナー

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2016年6月20日 (月)

東武ファンフェスタ 2015 8 車両撮影会

2015年12月6日、南栗橋車両管区で開催された「東武ファンフェスタ2015」、最後は毎回大人気の車両撮影会について触れようと思います。

151206
2015/12/6 南栗橋車両管区

撮影会は日光詣特別塗装の100系スペーシア、200系りょうもう、1800系、350系、60000系、8111F、8198F「フライング東上特別塗装の7編成が揃えられました。

写す方も、時間をを区切って撮影場所に入場し、所定時間内に撮影という方式がとられました。

上の写真のように向かって右から
100系スペーシア 106F 「日光詣」 
200系りょうもう 203F
1800系 1819F
350系 353F
60000系 61617F
8000系 8111F
8000系 8198F 「フライング東上」塗装

の7編成が揃えられました。

また撮影する方も人数ごとに入場し、時間制限のもと撮影する方式がとられました。

100106f151206
100系スペーシア 106F 「日光詣」 

通常はJRの保安装置を装備しているため新宿発着のスペーシアに投入されていますが、この日は横を103Fの「日光詣」で通り過ぎるシーンもありました。

200203f151206
200系りょうもう203F

500系の製造開始で先が見えてきた感もあります。
また208Fが台湾の台鉄自強号“普悠瑪”デザイン列車の特別塗装になったという話題もありました。

18001819f151206
1800系の中で唯一1800系として生き残り、イベント列車等で頑張っています。

350353f151206
350系 353F
200系同様、500系の登場でいよいよ廃車の時も近いのでしょうか?

60000_61617f151206 60000系 61617F

野田線、アーバンパークラインに投入されて目下、増殖中

8000_8111f_151206 8000系 8111F

8000系、登場時のスタイルを今日に伝える貴重な生き証人

80008198f_151206 8000系 8198F フライング東上塗装

この車両に関しては別シリーズにて。

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2016年6月19日 (日)

西武線各駅探訪 3 小川駅

西武鉄道の各駅を紹介するシリーズ、今回は1回目の「萩山駅」同様、幼少のころからお世話になっている小川駅です。

160508 2016/5/8 国分寺線の駅名標

150607 2016/6/7 拝島線の駅名標

小平市小川東町一丁目20-1に所在し、1894年12月21日川越鉄道川越線(国分寺駅~久米川(仮)駅(現在の東村山駅)8.0kmが開業した際に開業した西武鉄道最古の駅のひとつです。

160424 2016/4/24 駅北側の踏切から見た駅構内

一番左が拝島線下り、中2本が国分寺線、右側が拝島線上り
国分寺線を拝島線が平面交差する構造となっています。

東村山、小川、小平の三角線を使っての編成の方向転換もしばしば行われることがあり、拝島線の上下渡り線も用意されています。

160605 拝島線下り線から上り線に渡る連絡線 2016/8/5

川越鉄道は1895年3月21日に久米川(仮)駅と川越駅(現在の本川越駅)間を開業しました。当時の川越鉄道は甲武鉄道の子会社で飯田町~川越間の列車も設定されていたそうです。

1911年2月16日、軽便鉄道に指定され、1927年4月16日、東村山~川越間が直流1500Vで電化、同時に村山線高田馬場(仮)駅~東村山駅間が開業し、高田馬場~川越間で直通運転が開始され、国分寺方面は支線となりました。

4000_4021f_141101_2 2014/11/1 小川
川越鉄道開業120周年のイベントで「西武アニバーサリートレイン」として国分寺線を走った4000系4021F 

国分寺~東村山間が電化されたのは戦後の1948年11月5日でした。その後、1950年5月15日には、小川~玉川上水までの上水線が開業、萩山駅の記事で触れたように、1962年9月1日には小川~萩山間が開業しました。

0km_160605 2016/6/5 萩山に向かっての0kmポスト

141101 2014/11/1 玉川上水に向かっての0km ポスト

1981年3月31日に廃止されるまで国分寺線や小川駅、国分寺駅は貨物営業を行っており、西口には日通の営業所がありましたし、駅構内ではE51電機などが入れ換えを行っており、トフ5などといった無蓋車の中央に車掌室のついた緩急車が構内に留置されているのもよく見ました。

E52_800524 1980/5/24 所沢
現役時代のE52電機 鉄道省が1923年に2両輸入したスイス、ブラウンボベリ・シュリーレン製電機で1020形から1928年10月の車両形式称号改正でED12になり、1949年、西武鉄道に譲渡されました。西武ではE51が1976年に引退、E52は1987年に廃車されました。E51は解体されましたが、E52は横瀬車両基地に保存されており、イベントで展示されています。

私は1959年ごろから、父親が通産省工業技術院機械試験場に勤務していた関係で東村山の公務員住宅(当時は回田、現在の富士見町)に住んでおり、1962年4月に小学校入学し、1963年の2学期から編入学で国立の小学校に通うことになり、小川の駅まで歩いて通ってました。

160424_2 2016/4/24
小学校2年から3年にかけて毎日通学で利用していた小川駅西口

当時の国分寺線では151系が活躍しておりました。小川駅が橋上駅になったのもちょうどこの頃で1964年7月19日のことでした。

1964年12月に父親の勤務先が村山分室から井荻の本所に移った関係で、杉並区清水3丁目の公務員宿舎に転居することになり、この地を離れました。

2000_2_2404_160424 府中街道を超える高架部分を経て小川駅に進入する2000系2連 2404を先頭とする10両編成

20012年10月7日に立体交差化が完成しましたが、この工事は府中街道の拡幅事業の一環であり、西武鉄道の事業計画ではなかったそうです。

160424_2_2 2016/4/24 小川~東大和

小川を出発した拝島線はほぼ直角にカーブして進路を西にとりますが、

160424_3 カーブする線路の南側には小川変電所があります。

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2016年6月18日 (土)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 22 American Boeing 737

San Diego Lindbergh空港でのSpotting、今回は前回に続いてAmerican Airlinesで機種はBoeing 737です。

N854nn_boeing737824_cn33214_ln3412_ N854NN Boeing 737-824 cn 33214/ ln 3412 2015/1/15 SAN

American AirlinesnsのFleet listを見てみるとこれまでに323機の737を運航しており、タイプ別では

-100 2機
-200 21機
-300  8機
-400  14機
-800 278機

でした。

N904an_boeing_737823_cn29506_ln207_ N904AN Boeing 737-823 cn 29506/ln 207 2015/1/16 SAN

面白いのは第一世代の-100、JT-8D搭載タイプは30機のみの生産でルフトハンザドイツ航空が殆ど購入したことは歴史的に有名ですが、-130以外のCustomer Codeを持つのは

-112 (5機)と-159(2機)で 

-112(cn 19768~19772) はMalaysia-Singapore Airlines が
-159(cn 19679/ 19680) はAvianca が1968年11月12日、20日に購入しています。

この-159の機体2機が1987年7月1日からAmerican Airlinesに購入されています。

-200にしても-300から-500のクラッシックタイプにしても、-800に較べると運航機数は極めて少なく自社発注の-*23のカスタマーコードを持つ機体は1機もいません。

N947nn_boeing_737823_cn31190_ln4811 N947NN Boeing 737-823 cn31190/ln 4811 2015/1/15 SAN

この頃の737クラスに関してはAmerican Airlinesは興味を示さず、もっぱらMD-80系を購入していたものと思われます。

Next Generationタイプ-600/-700/-800/-900から方針が転換され-800を積極的に購入し、現時点で273機、4機発注、1機(2009年12月22日、ジャマイカ、キングストンで着陸に失敗して大破、乗客148名、乗員6名のうち15名が負傷)が失われています。

N951aa_boeing_737823_cn_29538_ln_72 N951AA Boeing 737-823 cn 29538/ln 720 2001/1/13 SAN

網ごしに撮ったら網がもろに映り込んだ写真ですが、707時代のレトロ塗装を反映させたAstro Jet塗装の737-800もSan Diegoで遭遇していました。
この機体はアメリカの空港でなぜかよく遭遇する機体で

N951aa_010727_ord2 2001/7/27 ORD

同年7月にはシカゴで

N951aa_boeing_737823_cn29535_ln_720 2011/9/9 DFW

10年後の2011年9月、ダラス・フォートワース空港でも遭遇しました。
同機はデリバリー後、16年目に入っていますが現役で活躍中のようです。ちなみにウィングレットは2007年11月に装着されました。

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2016年6月17日 (金)

西武2000N系 4扉車を主流にした車両 6次車-1 4連

2000系オリジナル車は新宿線のみの4扉異端車といった扱いでしたが、2000N系が登場してからは、池袋線、新宿線ともに4扉車が主流となりました。

最終的に314両が製造された2000N系の歴史、形態、構成を製造年次ごとに追っかけてゆきたく思います。

2000n_42608_160530 2016/5/30 井荻
2000系オリジナルタイプ(奥)と2000N系前期車(2507F)のツーショット

2000n_on_6120506 2012/5/6 東村山 西武園線と国分寺線と新旧2000系

2000N系の製造は1988年701系の廃車代替計画により開始され、2000系オリジナルタイプの製造後、10年以上経ってからでした。性能面はオリジナルタイプと統一されたものの、内外装は大きく変わりました。

前面は東急車輌によるデザインで、オリジナルタイプとの形態の違いは

1)排障器は登場当初は未装着でしたが、直ぐに装着

2)窓、種別、行き先表示器の周りが黒く塗られ、

3)パノラミック・ウインドウの傾斜はなくなりました。

4)側面は戸袋窓が復活し、側窓の天地寸法が拡大され、一段下降式となりました。

5)登場時から側面に行き先表示器が取り付けられました。

第一陣として1988年3月に2000系オリジナル車から続く第6次車として、以下の編成が落成しています。製造はいずれも東急車輛でした。

4両編成

1988/3/26 2501F
1988/3/30 2503F
1988/3/31 2505F 2507F

2両編成

1988/5/17 2451F

6両編成

1988/5/19 2051F

ちなみに田無事故の補充用として、2000系オリジナル車のスタイルで第5次車が落成したのは

1987/8/21 2031F(二代目)
1988/1/6  2033F(二代目)
1988/3/15 2417F
1988/4/18 2419F   

で、6次車の製造時期とオーバーラップしているのは、以前にも記述したとおりです。

但し、こちらは全車所沢車両工場製でした。

2000N系は1992年3月からの第11次車まで6次に渡って製造されました。

2000n_4_2501_120428 2012/4/28 東長崎

最初に登場した編成はオリジナルでは存在しなかった4連でした。

←飯能、西武新宿、国分寺

  Mc1     M2     M3    Tc2
 クモハ    モハ    モハ    クハ  形式
  2401        2101      2101      2001
 CONT    MG CP  CONT    CP
  2501       2502       2601      2602
  2503       2504       2603      2604
  2505       2506       2605      2606
  2507       2508       2607      2608    

と2500,2600番台が使われ、番号は1から振られました。

2000n_4_2505_160606_21 2016/6/6 井荻 2505F

4連といってもクハ+モハ+モハ+クハではなく、上記のように3M1Tの構成となっており、2500番台は1C8M方式、一方、2600番台は1C4M方式となっています。

上の写真のように4連を併結して8連にする場合は貫通8連(6M2T)と性能を合わすため、2連(1M1T)と併結する場合も、貫通の6連(4M2T)と性能を合わすための措置かと思います。

2000n_4_2608_160508 2016/5/8 沼袋 クハ2608他

クモハは当初、パンタグラフ2丁装備で登場しました。後に撤去されましたが、パンタ台の跡や配線・ランボードは残されています。パンタグラフも長年使用されてきた工進製作所のKP-62-Aから東洋電機製のPT4320-S-A-Mに変更となりました。

2000n_4_2505f_160506_2 2016/5/6 沼袋

所謂、前期車と言われる6次車から7次車(~29まで)は戸袋窓が小さく、側扉窓も角の丸い小型でした。正面貫通扉窓も(~19)までは小型でした。

クハ2602~2608(偶数)の床には将来の電動車化を考慮して主電動機点検蓋の形骸がみられるそうです。

補助電源装置は交流ブラシレスMG 140kVAが搭載されました。
2504、2506、2508のCPはHB2000からRW-20に、換装されています。

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2016年6月16日 (木)

電気機関車 EH500シリーズ 15号機

Eco Power金太郎」こと、EH500形電気機関車を1両ずつ紹介しているシリーズ、今回は正真正銘の3次タイプとなった15号機です。14号機までと比べるとライトケースの枠の幅が小さくなりました。

2002年4月26日に落成しています。

まずは新鶴見から五稜郭まで牽引していた3087列車の写真から

Eh50015_070826 2007/8/26 府中本町

Eh50015_050730 2005/7/30 新秋津

Eh50015_040310 2004/3/10 西浦和

続いて、隅田川から五稜郭までの3056列車

Eh50015_040602 2004/6/2 大宮 3087列車でも時間は違いますが、同じような光景が

再び、3087列車

Eh50015_030215_4 2003/5/17 黒磯

上り列車の機関車継走

Eh50015_030517 2003/5/17 黒磯駅での機関車交換

3086列車

Eh50015_030301 2003/3/1 蓮田

Eh50015_040501 2004/5/1 品鶴線 蛇窪

続いては、交流区間

Eh50015_120720_2 2012/7/20 郡山

Eh50015_071223 2007/12/23 長町

Eh50015_101024 2010/10/24 第一大野踏切 (青森信号所付近)

最後は常磐線貨物

Eh50015_140824 2014/8/24 荒川沖~ひたち野うしく 安中貨物

Eh50015_140508 2014/5/8 同上 常磐コンテナ貨物

以上です。

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2016年6月15日 (水)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 7 ASA DC-8-63

1989年5月、冷戦時代の西ドイツ、フランクフルト空港でのスポッティング、前回までは当時、旅客機としてはかなりマイナーとなっていたBoeing707の写真を紹介して参りました。

今回は同じ世代の4発機として707のライバル機だったDouglas DC-8の写真を紹介しようと思います。

Hbibf_cn_46141_533_dc863_african_sa 1989/5/6  HB-IBF cn 46141 ln 533 DC-8-63

航空会社はAfrican Safari Airwaysです。1967年にケニアのモンバサのMoi International空港を拠点にチャーターフライトを運航してきましたが、2009年に運航を停止しました。

IATA code  A2
ICAO code QSC
Callsign Zebra       でした。

Hbibf_cn_46141_533_dc863_african__2

アフリカンサファリグループの子会社として創業し、ヨーロッパの主要ハブ空港、ロンドン、フランクフルト、ミュンヒェン、バーゼル、ミラノ、ローマ、マドリッド、ウィーン、パリからエジプト、ケニアにチャーター便を運航しました。当初の使用機材はBristol Britannnia1972年に廃棄になるまで飛びました。

Hbibf_cn_46141_533_dc863_african__3

続いて1976年8月KLMからDouglas DC-8-53を購入し、1982年11月に売却されるまで使用されました。この後、機材はDC-8-63へと更新されたものと思われますが、1999年ケニア国内線を運航する航空会社や2隻のクルーズ船、10のホテル、5のロッジを運営するグループ会社が経営危機に陥りました。

Hbibf_cn_46141_533_dc863_african__4

2001年、再び利益が出るようになり、老朽化したDouglas DC-10Airbus A310に置き換えられ、2008年、ケニアの選挙後に発生した暴動などにより、経営が再び悪化し、会社名をAfrica Safari Airに変更しましたが2009年運航停止に至りました。

DC-8 super60 seriesはJALなどでも運航していましたが、胴体をストレッチしたタイプが-61, エンジンを航続距離の長いタイプに変更したのが-62, その両方を行ったのが-63でした。

その後、エンジンを換装した-73などがアメリカなどではよく見られましたが、フランクフルトで見かけたのは,細いエンジンの-63でした。

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2016年6月14日 (火)

函館市電で活躍中の車両 3000形

2015年12月の函館訪問の際に撮影した函館市交通局の車両、今回は3000形です。

3001_151223
3001_151223_4 2015/12/23 駒場車庫

3000形は前回2000形と同時期の1993年4月23日に27年ぶりの新車として登場しました。車体構造は2000形と同じで、北海道の路面電車として初めて冷房装置搭載で登場したタイプが3000形と命名されました。

さらに、回生ブレーキ搭載や、側窓が一段下降式の点、塗色が青と白の点が2000形と異なりました。公募により、「マリンブルー号」の愛称も与えられました。

全車アルナ工機製で
3001 1993年3月
3002 1994年3月
3003 1995年3月
3004 1996年3月 と4両が毎年3月に竣工しました。

3004_151223 2015/12/23 函館駅前

営業最高速度 40km/h
車両定員    88名 座席30名
全長 12,320mm
全幅 2340mm
全高 3700mm
車両質量 19.0t
軌間 1372mm

電気方式 DC600V 架空電車線方式
主電動機 60kW x 2
駆動装置  平行カルダン駆動方式
制御装置 VVVFインバータ制御
台車 住友金属工業 FS92


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2016年6月13日 (月)

通勤電車シリーズ 103系 43 大阪環状線における活躍 part5

大阪環状線における103系の活躍、前回までは基本番台、単灯で製造されたクハの写真を紹介して参りました。

今回からは2つめシールドビームライトに行く前に、500番台クハを先に紹介致します。

500番台クハは本来、京浜東北線用、7+3分割編成対応用や常磐線増発用として、501~616の116両が製造されており、製造予算との対応は以下の様になっています。

103500_103
クモハ103の方がクハ103-500より一足先に製造されているのは、1965年11月1日から8連で運転を開始し、McM'・McM'TMM'T'c この時のT'cは500番台ではなく、上記の表のように75-91の基本番台が投入されたためであるようです。ちょうど両車の数が17編成分にあたることがわかります。後に75-91のクハの多くは中京地区に転属となっています。

本来ペアであるクハ103-500とクモハ103の両数の違いは最初の時期の編成構成にあったことがわかります。

103_103501_050708
103_103501_050708_3 2005/7/8 桜宮

クハ103-501

1966年3月17日、日本車輌で落成、浦和区新製配置
1976年4月6日、森の宮区転属
1976年6月18日、吹田工場 冷房改造
1987年11月16日、吹田延命N工事
1990年11月15日、吹田工場ATS-P取り付け工事
2003年9月4日、全面整備工事

クハ103-1同様に歴史的価値のある車両ですが、2006年2月10日、廃車されてしまいました。

103_103502_050708 2005/7/8 桜宮

103_103502_050822 2005/8/22 野田

1966年3月17日、日本車輌で落成、浦和区新製配置
1976年7月1日、森の宮区転属
1976年9月2日、吹田工場冷房改造工事
1983年1月25日、特別保全工事
1990年12月22日、ATS-P取り付け工事
2002年11月15日、全面整備工事
2006年2月16日、奈良区に転属
2007年9月10日、廃車

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2016年6月12日 (日)

勝田車両センターまつり その2 415系1500番台 part5 K541~K542編成

2016年3月5日の勝田車両センターの公開、今回も同公開で展示された415系1500番台の編成の写真です。前回はK540編成まででしたので今回はK541編成以降の編成を出して行きます。

K541編成

4151500_k541_050505 2005/5/5 北小金

鋼製の4連を真ん中に挟んだ12連

4151500_k541_090617 2009/6/17 水戸

4151500_k541_131120 2013/11/20 稲田

4151500_k541_131120_2 2013/11/20 東結城~川島 鬼怒川鉄橋

4151500_k541_140906 2014/9/6 いわき

K542編成

4151500_k542_030304 2003/3/4 土浦

4151500_k542_130727 2013/7/27 結城

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2016年6月11日 (土)

San Diego Trolley 4000形 part4

San Diego Trolley の話題、4000形の4回目です。

前回は4018まで紹介しましたので、今回は4020から参ります。

4020_4028_150112_12th_imperial_tc 2015/1/12   12th & Imperial Transit Center

4020_150112_12th_imperial_tc
Habor Drive に沿って走る区間で、PECTO Stadiumのそばです。

4021

4021_150108_santa_fe_depot 2015/1/8 Santa Fe Depot

4021_150109_la_mesa_blvd 2015/1/8 La Mesa Blvd

後日、紹介する予定ですがこのそばに昔のSan Diegoの鉄道のミニ博物館があります。

4021_150109_santa_fe_depot2

4021_150109_santa_fe_depot 2015/1/9 Santa Fe Depot

4022

4022_150108_santa_fe_depot
4022_150108_america_plaza2 2015/1/8 America Plaza

4022_150109_el_cajon 2015/1/9 El Cajon

今回は以上です。

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2016年6月10日 (金)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 可部線 part2 活躍した車両たち 103系part2

2014年12月の旅行で訪問した可部線の話題、今回も同線で活躍した103系の話題です。

103_b01_040903_2 2004/9/3 広島
4連 B-01編成

103_b02_040903_3 2004/9/3 広島
4連 B-02編成

広島地区の103系、前回のこのシリーズの記事で記述したように1992年5月頃から、関西地区で活躍していた車両が転入し、広島地区での活躍が始まりました。

2005年度、岡山電車区からマスカット色4連2本が転入、、前年度宮原区から転入した1本と合わせて3本が廃車になりました。

103_b07_040905_2 2004/9/5 天神川
4連 B-07編成

103_b09_040905_2 2004/9/5 天神川
4連 B-09編成

2005年度、岡山電車区からマスカット色4連1編成が転入し、JR東日本から購入した8両のうち、高運転台、非ATCの先頭車2両(-821, 828)が瀬戸内色に塗装され、代わりに先頭車2両が宮原区に転出しました。

103_h03_020329 2002/3/29 倉敷
岡山区のこの塗色の103系が広島地区でそのままの塗色で活躍した時期がありました。

2007~2008年度にかけて3連3本のTc'に便所取り付け工事が行われました。便所内に行き先表示器が設置されたケースでは悪戯により、とんでもない表示に改竄されたりする問題が多く発生し、かなり手を焼いたようです。2008年度には京都総合運転所から113系4連9本も転入しました。そのため103系4連3本が廃車されました。

103_b10_040905 2004/9/5 瀬野
4連 B-10編成 金子みすず 生誕100周年HM付き

103_b14_040903 2004/9/3 広島
4連 B-14編成

この編成のクハは-180以降の豚鼻ライト(オリジナルシールドビーム)です。

2009年度、京都、日根野区から113系4連が各1本ずつ転入し、103系4連4本が廃車されました。この時点で8本が在籍していましたが、2本は岡山区貸し出し、4本は運用外となりました。

2010年3月のダイヤ改正で、4連全編成が廃車となり、高運転台車も消滅、運用されているのは3連3本のみとなりました。

2015年3月14日のダイヤ改正で、227系が投入されることとなり、103系の運用は終了しました。

次回のこのシリーズでは3連の103系の写真を紹介します。

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2016年6月 9日 (木)

西武電車フェスタ2016 in 武蔵丘車両検修場

2016年6月5日日曜日、昨年に引き続き、武蔵丘車両検修場の公開イベント「西武電車フェスタ 2016 in 武蔵丘検修場」に行ってきました。

160605_edit

アクセスの仕方は、高麗駅から徒歩、飯能駅からバス、検修場行き直通電車などがあります。昨年は高麗駅から歩きましたが、今回は飯能から直通電車を使いました。

飯能駅で9時20分ごろに待っていると、武蔵丘車両検修場行きの臨時電車到着の案内があり、やってきたのは9108F L trainでした

9000_9108_ltrain_160605_7 2016/6/5 飯能

臨時電車は東飯能は通過、武蔵丘信号所で検修場線に入り、9:40頃、会場に到着。

9000_9008_ltrain_160605 9000_9108_ltrain_160605_2
両エンドの顔を記録
撮影会に使用されるもう一組のKPPtrain編成 (9101F)はすでに到着済みでした。

検修場建物に入るとIC乗車券用の簡易改札機が設置されており、乗車駅からの運賃が精算されました。

Photo_2 パンフレット外側

Photo パンフレット内側

展示品の構成は昨年とほぼ同じですが、入場中の車両が異なるので、その関係部品の展示が違って来ます。

2000n_2_2461f160605
昨年は休憩スペース横のピット線には2000系N 8連の2085Fの一部が入っていましたが、今回は2連の2461Fが入場しており、車体の塗装も下塗り状態(まさにセイジクリーム色)でした。

NRE10000系は昨年は10106Fが入場中でしたが、今回は10103Fが、30000系は昨年は32102Fでしたが、今回は38107Fでした。

今年の展示で印象に残ったのは、来年度2017年度からデビュー予定の新型通勤車両40000系NREkこと10000系以来25年ぶりに導入予定の新型特急車両(50000系?)の説明でした。

40000_160605 40000系の写真

すでにニュース等でも公開されていますが、40000系は80両(10両編成8本?)導入される予定で、最大の特徴は東武東上線で活躍中のTJライナー50090系のようにロング・クロス転換シートを設けた車両になるそうです。

160605_4 系列名はまだ未定のようですが新型特急車両のイメージ

こちらは2018年度にデビューの予定でがデザインは妹島和世氏が担当され、8両編成7本の56両が日立製作所で製造されるとのことです。

160605 新座営業所管轄のバスが応援に来ていました。

160605_2 約2時間滞在して、飯能駅までのシャトルバスで帰りました。

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2016年6月 8日 (水)

公園保存蒸機 D51 264号機 郡山開成山公園

今回の訪問先は郡山市の開成山公園です。2014年9月6日郡山車両センター公開の際に一緒に訪問致しました。WEBサイトによると桜の名所でもあるそうです。

D51_264_140906_21 2014/9/6 郡山 開成山公園

D51 264号機は沖田祐作氏の機関車表のデータによると

D51264     国鉄郡山工場=[5]              1940-02-09 S77.60t1D1T(1067)
   車歴;1940-02-09 製造→ 納入;国鉄;D51264→ 配属;仙台局→1940-02-09 竣工→
      配置[仙鉄達198];仙台局→1941-03-31 現在;福島→1959-03-31 現在;福島一→
      1961-03-00 亀山→1967-03-31 現在;竜華→1968-03-31 現在;竜華→
      1970-03-16 会津若松(保存の為の移動)→1970-03-31 廃車;会津若松(恐らく郡山で抑止)→
      保存;福島県郡山市「開成山公園」;D51264

製造は地元の郡山工場で1940年2月9日に落成しています。

1940年のこの頃、何が起きていたかを調べてみると

1月29日 西成線列車脱線火災事故 ガソリンカーキハ42000 3連で組成された下り1611列車が西九条から安治川口に向かって進入中の午前6時55分頃、駅構内の分岐器の操作を誤って、列車が分岐器を通過中に作動させてしまい脱線、構内の電柱にぶつかり転覆、さらに燃料のガソリンに引火、車体が炎上、死者189名、重軽傷者69名を出す大惨事が起きました。この事故でガソリン動車の危険性が認識され、ディーゼルカーの開発が進められました。もっとも戦争突入で燃料統制が強まり、ディーゼル動車の開発も中断しました。

皇紀2600年ということで2月11日には祝典が開かれています。

D51_264_140906_3

D51_264_140906_10

4月1日、所得税法施行規則改正で勤労所得の源泉徴収が開始されました。
4月8日、4新聞のニュース映画製作部門が統合され日本ニュース映画社が設立

海外ではナチスドイツがデンマーク、オランダ、ベルギーに侵攻、降伏させ、ノルウェー、フランスにも侵攻し、6月14日、パリに無血入城しています。まさに世界の出来事、特にヨーロッパでは第二次世界大戦の戦火が各所で展開されています。

D51_264_140906_7 逆転器下のモーションプレートは小穴タイプ、砂管の形状は上の写真のようです。

264号機のその後は仙台局配置で19年間東北で活躍し、1961年から1970年までの10年間は亀山、竜華で活躍し、最後に保存のため会津若松に戻され、生まれ故郷の郡山の地で第二の車生を送ることになりました。30年間の現役生活に対して、保存機としての生活は46年間を超えています。

D51_264_140906 昭和45年に作られた説明板も綺麗に整備されています。

D51_264_140906_4

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2016年6月 7日 (火)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part10 MT73

2015年8月22日の東京総合車両センター公開での直流電車の主電動機展示に沿ったこのシリーズ、今回は MT73形主電動機です。

MT71形というモータもあり、こちらは新潟地区で活躍中のE127系に搭載されています。

Mt73_150822_3 2015/8/22 東京総合車両センター

MT73形モータは三菱電機、東芝、東洋電機製造の3社で製造されているモータで一時間定格出力95kW、レブリミット(回転数の上限)5800rpmの三相誘導電動機です。前回の記事で登場したMT68形に較べ回転数の上限が5300rpmから5800rpmに引き上げられたため、歯車比7.07では最高速度が110km/hから120km/hに引き上げることが可能となりました。

Mt73_150822 カットモデル

使用した系列は
209系500番台 
武蔵野線用 MT71~73編成 

209500_m71_110108 武蔵野線 209系500番台 M71編成 2011/1/8 越谷レイクタウン

209500_34_150830_3 2015/8/30 南船橋
京葉線用 209系500番台 34編成

209系1000番台(常磐緩行線、地下鉄千代田線乗り入れ用)

2091000_81_130224 2013/2/24 南柏 209系1000番台 81編成

2091000_82_091010 2009/10/10 代々木上原 82編成

E231系
1) 209系950番台 改め E231系900番台

E231_901_120218 2012/2/18 市川

2) E231系0番台 中央総武緩行線
  E231系0番台 常磐快速線
3) E231系500番台 山手線
4) E231系800番台 地下鉄東西線乗り入れ用

E231800_k1_120515_2 2012/5/15 中野 K1編成

5) 近郊タイプ 小山車両センター 国府津車両センター

ちなみに武蔵野線の205系の電動車数を減らすためVVVF化改造で5000番台車となりましたが、この車両に搭載されたモータはMT74形という新設計のものになりました。

205m1_160527_2 2016/5/27 府中本町

武蔵野線 205系 M1編成に組み込まれたM/M' 5001ユニット

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2016年6月 6日 (月)

朝日新聞社刊 年鑑 世界の鉄道 ’72

朝日新聞社が発行していた「世界の鉄道」シリーズ、今回は1972年版です。

1972

1972年版の特集は蒸機C56、日本の国電、世界の国電でした。

カラーページ

C56の姿として、
八ヶ岳をバックに小海線を行く, 雪の大渓谷(松原湖~海尻間)を行く混合列車、飯山線、晩秋の佐久平を行く大編成の貨物列車、吉松機関区にいこう姿などが掲載されています。
また世界の国電では
スイス連邦鉄道の特急列車、イタリア国鉄の601系、オーストリア連邦鉄道の「トランスアルパイン号」、スウェーデン国鉄急行用交流電車Yoa2、モスクワ近郊のソ連国鉄ER-1
日本の国電のカラー写真では
0系、471・473・475系、181系、711系、583系、401・403・415系、新潟ローカル、東海道線湘南カラーの80系、中央西線スカ色、福塩線、富山港線、仙石線、中央快速・緩行線、常磐線、地下鉄東西線乗り入れ、地下鉄千代田線乗り入れ、宇部線 のカラー写真が掲載されています。

特集・蒸気機関車 C56

軸重11t以下の国鉄簡易線向けに、1935年から5年間に160両製造されました。1/3の新製配置が北海道で、身軽さゆえ、戦時中に90両が南方に渡り、30年後の今日30両に満たない数が活躍中。

飯山線、小海線、七尾線、越後線、大糸線、木次線、三江北線、山野線・宮之城線 
さらに私鉄の雄別鉄道 での活躍シーンが収録されています。

特集・日本の国電

新幹線 0系 951形

新性能電車

直流特急用電車 181系 157系 クモハ591系
交直特急用電車 481 483 485系
交直寝台座席両用特急電車 581 583系
直流急行形 (含修学旅行用) 153 155 159 165 167 169系
交直両用急行形 451 453 455 457 471 473 475 系
 451 453系は常磐線(水カツ) 455 457系は 東北線(仙セン)
 471 473 475系 北陸線(金サワ) 471 475系 山陽・九州

711系が交流近郊形と位置づけられておらず単独扱い

直流近郊形も定義がなく 111 113 115系 といった括りに

交直流近郊形も 401 403 421 423 415系

新性能通勤形電車 101 103 301系

旧形直流電車は線区別に

仙石線
両毛線 日光線 吾妻線 高崎ローカル
総武線 房総線 常磐線
五日市線 青梅線 下河原線
南武線
横浜線
鶴見線
上越線ローカル電車
御殿場線
身延線
大糸線
中央東線
中央西線・名古屋ローカル
飯田線
東海道緩行線
阪和線
片町線
富山港線
可部線
東海道、山陽ローカル
宇野線 山陽線 岡山ローカル 赤穂線
福塩線
呉線
宇部線、小野田線

日本全国のこういった線区での旧形国電が現役で活躍している時代であり、私もこれらの情報を基に、吾妻線、青梅・五日市線、南武線、横浜線、上越線ローカル、御殿場線、身延線、大糸線、東海道緩行線、中央東西線、阪和線、富山港線、片町線、阪和線などの旧形車は撮影することが出来ました。ただ、旧形車の系列的理解に関しては教科書的情報がなかなか得られず、それに接することが出来たのは沢柳健一氏がCan Booksに書かれた「旧型国電50年Ⅰ、Ⅱ」が初めてでした。

荷物電車 郵便電車 事業用電車
 この項目では
クモニ13 
クモニ83 基本番台 800番台 
クモユニ74
クモユニ82 800番台
クモユ141

クエ28100 飯田線狭隘区間での使用のため正面に観音開き扉設置
サエ9320 ダブルルーフ木造省電の面影をもった伊那電鉄からの買収車
クモエ21
クエ9400
クル29+クモル24
クモヤ22 100番台
クモヤ22 203
クモヤ90
クモヤ91 制御車として交流区間も運転可能に
クモヤ93000 高速度架線試験車 狭軌世界最高速度175km/h 記録保持車
クモヤ440
クモヤ493系 交直流区間の高速度架線試験車
クモヤ495系 3電気方式対応の高速度架線試験車
クモヤ791  交流整流子電動機方式の試験電車
クモヤ740
新幹線 922系 電気試験車 元1000形B編成 256km/h速度記録保持車
      941系 救援車 元1000形A編成

事業用車の中には試作電車などとしての技術開発の歴史を背負った車両があり、それが興味深かったのも記憶にあります。

各国の国電

ノルウェー
スウェーデン 3000形 Yoa2形 Yoa5形
デンマーク 
イギリス AM2系 AM10系
フランス Z 6300形 パリのターミナル巡りで登場
      Z 5300形 Z 5100形 Z6100形
西ドイツ 427系(旧 ET27系) 455形(旧 ET55系) 425形(旧 ET25形) 420系
オランダ 501形
ベルギー 
オーストリア 4010系 4030系 4030-200系 
スイス RAe1050形 RADe 12/12 1100形 RBe4/4 1400形
イタリア ALe840形 ETR220形 ALe803系 ALe660形 ALe601系 Le840形
ポルトガル 2000形 2050形
スペイン 
ユーゴスラビア
ソ連      ER-1形
アルゼンチン 
ブラジル
インド

新車

国鉄415系
札幌市交通局 1000形
京阪電気鉄道 3000系 5000系(5扉両開き車)
京阪神急行電鉄 5100系
近畿日本鉄道 2680系
泉北高速鉄道 100・500
京福電気鉄道嵐山線 モボ301形
阪神電気鉄道 5260系 冷房車
南海電気鉄道 6101系 冷房車
小田急電鉄 5000系 冷房車
東京急行電鉄 8000系 冷房車
相模鉄道 6000系 冷房車
京浜急行電鉄 600形 改造冷房車 1000形 冷房車
伊豆急行 サロ180
京王帝都電鉄 デハ3100 井の頭線5連化用
帝都高速度営団 3500 日比谷線8連化用 6連の2両プラス
東武鉄道 モハ2550、2650
(東急7000系は田園都市線から充当したため増備無し)
福島交通 モハ5300
新京成電鉄 800系 京成3200系と相似
横浜市営地下鉄 1000
茨城交通 キハ22 羽幌炭砿鉄道から
近江鉄道 モハ201 車体は小田急デハ1600形 台車・電気品は東急デハ3150形
大井川鉄道 モハ310・クハ510 元名鉄モ3800ク2800
豊橋鉄道豊橋市内線 モ3100 元名古屋市電1400形
岳南鉄道 モハ1601・クハ2601 元小田急デハ1600形
江ノ島鎌倉観光電鉄 600形 元東急玉川線 87~90
弘南鉄道 モハ1122、クハ1612 元西武鉄道 クモハ311、クハ1311形
弘南鉄道 モハ2026 元松尾鉱業鉄道
羽幌炭砿鉄道 DD1301  
十和田観光電鉄 クハ1208 モハ1207 元定山渓鉄道 クハ1210モハ1200

廃線

羽幌炭砿鉄道 築別~築別炭砿
羽後交通 横荘線
山形交通 尾花沢線
茨城交通 茨城線
頸城鉄道自動車
静岡鉄道 駿遠線
北陸鉄道 河南線
北丹鉄道
東濃鉄道 笠原線
井笠鉄道
東京都電 1971年3月17日 16,19,20,22, 36系統
横浜市電 1971年3月20日 3系統
神戸市電 
南海電鉄 和歌山軌道線
福島交通軌道線
山陽電気鉄道 (下関)

巻末には
C56形 蒸気機関車の思い出 白取 剛氏
国電の発達過程 沢柳健一氏

そして 日本国有鉄道電車諸元表 昭和46年4月現在
     国鉄電車形式別配置一覧表 旧形車は番号 新性能車は配置両数
     国鉄電車用主要ボギー台車一覧 電動付随台車
     国鉄電車主要電動機一覧
     国鉄電車主要制御器一覧

最後に 年誌・世界の鉄道

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2016年6月 5日 (日)

2016/6/4 KPP train 運行開始

最近の西武鉄道はいろいろなコラボを行って、様々な特別仕様の列車を運行しています。

先週末、5月28,29日には秩父鉄道とのコラボで西武秩父駅からのSL列車(SLパレオエクスプレス)の発車というイベントもありました。残念ながら西武秩父駅へは行けませんでしたが、今週はまず4日にkawaii文化の世界的アイコンとして日本を代表するアーティストのきゃりーぱみゅぱみゅとのコラボによる特別列車(KPP train)の運行開始イベントがあるとのことで、その送り込み、往路を撮影してきました。

9000_9001_120428 2012/4/28 練馬高野台 
通常塗装時代の9101F

編成は9000系, 9101Fに特別塗装を施したもので、全身ショッキングピンクの編成でした。9000系は8編成ありますが、9103Fは京急とのコラボによる2014年7月19日から運行を開始したRED LUCKY TRAINとなっており、さらに2016年1月17日からは9108Fが引退した3015Fを次いで2代目 L-trainとして活躍中です。

9000_9001_kpptrain_160604 2016/6/4 秋津
KPP train 送り込み回送 カメラの時計では10:46に撮影となっていました。

9000_9101_kpp_train_160604 2016/6/4 練馬高野台 往路
各停列車の被りが気になりましたが、問題なく撮影できました。

9000_93019401_kpp_train_160604 9301~9401

9000_95019701_kpp_train_160604 9501~9701

9000_98019901_kpp_train_160604 9801~9901

WEBサイトの情報では11:57、池袋出発、13:16に池袋到着とのことでしたので、所属基地からの池袋への回送と往路を狙うことにしました。

9000_9001_kpp_train_160604 9001

9001側のライト周りにも帯は入っていますが、見逃しそうなコントラストです。

このスタイルでの運行は9月29日(木)までということです。9000系の場合、鋼鉄製の車体なので塗装ですので長持ちしそうとは思いますが、いろいろと貼り付けているものの耐久性なのでしょうか。
ちなみに、6月5日武蔵丘車両基地のイベントでは9101Fと9108Fのそろい踏みが見られるそうです。

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2016年6月 4日 (土)

東海道新幹線開業から50年 その32 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part4 700系試作車

全国に保存されている新幹線車両、今回も名古屋のリニア・鉄道館で車両は700系試作車両です。

700c11_140812_3 2014/8/12

車体番号は723-9001 Tcで便所、洗面所を備え、CP,セミアクティブサスペンションを搭載した車両です。

1997年秋の登場時はC0編成を名乗り、10月3日に報道陣に公開されました。10月27日から約1年半に渡り、走行試験が行われました。2,3,4,8,9,13,14,15の8両が欠の8両編成による走行試験、東海道区間での300km/h、山陽区間での310km/h の速度向上試験が行われた後、量産化改造を経てC1編成となり、1999年秋から営業運転に充当されました。

700c11_140812_2

量産車との形態的違いがいくつか存在します。
1) ノーズ部分の長さが、量産車では9.2mあるのに対して、8.5mと短い。
2) 連結器カバー付近に取っ手が付いています。
3) 雨樋の位置が上方に付いています。

量産化改造で消滅した差異として
1) 運転席のワイパーの停止位置が300系同様横位置で停止していました。
2) 乗務員室扉の形状が300系に似た長方形
3) 乗務員室扉脇の手すりは金属棒の埋め込み

などでした。

700c11_140812_5

2013年1月16日付けで廃車となり、JR東海浜松工場で保管され、リニア・鉄道館に2014年1月2日から展示されました。

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2016年6月 3日 (金)

パリの6つのターミナル駅巡り サン・ラザール駅 2 BB17000形

サン・ラザール駅はパリ8区、6つのターミナルの中では最も都心部にある駅です。今回はよく見かけBB17000形電気機関車の写真をアップします。

El_817016_090312_saint_lazare 2009/3/12

番号は817016 8は以前、記述しましたがSNCFの車両部門による番号区分で

  長距離旅客輸送部門(VFE):100,000番台
    中距離旅客輸送部門(CI):200,000番台
    地域旅客輸送部門(TER):500,000番台
    首都圏旅客輸送部門(Transilien):800,000番台
    貨物輸送部門(Fret):400,000番台
    インフラストラクチャ部門(RFF):600,000番台 

首都圏旅客輸送部門(Transilien)を意味していると思います。

1965年から1968年にかけて製造された交流機でパリ周辺でVB2N客車を牽引するために製造され、dancers (danseuses)の愛称を持っています。

塗装は、フランス国旗のトリコロールです。形態はリヨン駅に見かけたBB88500電機とよく似た形態をしています。ちなみにBB88500形も愛称は同じでした。

El_817016_090312_saint_lazare3

El_817016_090312_saint_lazare6 頭端式ホームに入線した近郊列車は機関車を付け替えること無く、推進で発車して行きました。

El_817050_090312_saint_lazare
こちらは817050号機

屋根にはなぜか落書きが

機関車の車高は決して高くないと思いますが、それよりも遙かに車高の低い客車もユニークです。

2007年11月には廃車も始まり、16機が解体されたそうです。

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2016年6月 2日 (木)

大宮鉄道ふれあいフェア2016 プロローグ

2016年5月28日の土曜日は2014年以来、2年ぶりに鉄道のまち大宮「鉄道ふれあいフェア」ことJR東日本大宮総合車両センターおよびJR貨物大宮工場の公開に行ってきました。このイベントに参加するのは今回で5回目となります。

160528_edit

展示車両は年ごとに変わりますが、建物や展示物の配置・場所は同じなので、今回はこういったものが展示されているのかといった感じで見学が出来ます。

160528

毎度おなじみの入場ゲート

試乗車両は東武100系スペーシア 106F 「日光詣」塗色でした。

機関車展示はEF81 81, EF65 2139(国鉄特急色復元)、EF65 1115、D51 498

さらに烏山線に導入されたACCUMの愛称を持つ EV-E301系第一編成が展示されていました。

JR貨物の大宮工場入場機関車はEF641010、EH200-18, EH500-9、HD300-9、EF65 2117、DE11 2003でEF64 1010号機の車体がクレーン吊り下げ実演を行っていました。

201605 パンフレットのパターンも定着しています。

Ef652139_160528 EF65 2139号機の全般検査の記録
1979年8月29日、川崎重工兵庫工場で落成した最後のEF65も間もなく37歳、おそらく最後の全検でしょうか。

JR貨物の機関車展示では2色更新色で入場し、国鉄特急色に戻され出場したEF652139号機の全般検査の模様を記録した記録写真の展示も興味深いものでした。

160528_2

これまでの大宮総合センター公開では見落としていたのかもしれませんが、直流直巻き式モータから交流誘導電動機にいたる主電動機の変遷の過程の展示も大変興味深いものでした。

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2016年6月 1日 (水)

江ノ電を撮る 施設編 2 鵠沼駅

江ノ電の駅シリーズ、2駅目は鵠沼駅です。

所在は神奈川県藤沢市鵠沼松が岡一丁目です。駅番号はEN04です。

141230 駅西口 2014/12/30

江ノ電を路面電車というかどうかは意見が分かれるところですが、路面電車スタイルの車両が走る駅として、鵠沼駅の構造はかなりユニークです。

島式ホーム1面2線の地上駅ですが、改札口等の駅舎部分は半地下に設置されています。駅出口付近に敷いてある敷石はかつて腰越~江ノ島間の併用軌道で使われていた石を再利用したものだそうです。

1151_141230 鵠沼を発車する藤沢行き 1151編成 2014/12/30

151128_2
駅の鎌倉方には境川に架かる橋梁があります。2015/11/28

橋梁上は上下線用の曲線軌道となっており、上下線ともホームまでの構内有効長が確保されているため、江ノ電の交換駅としては唯一、同時進入が許容された警戒信号が装備されています。

開業は1902年9月1日で藤沢~片瀬(現・江ノ島)間が開業した時にこの駅も開業しました。1982年4月23日、境川橋梁掛け替えと駅舎改良工事で、旧藤ヶ谷停車場跡地に仮駅を設置しました。1985年5月25日、現行の地下駅舎をもつ駅改良工事が完成し、復旧しました。

2014年4月8日、江ノ電駅としては唯一のエレベーター設置駅となり、エレベータに対応した改札口が設置されました。

藤沢~江ノ島(片瀬江ノ島)間は、小田急江ノ島線も走っており、小田急の駅、鵠沼海岸駅がそばにあります。

141230_2
両方の駅は住宅街の中を通って徒歩で行ける距離ですが、そのルートを示す案内図が鵠沼駅に用意されています。

141230_3 駅、南側の踏切から 2014/12/30

141230_4 駅入り口 2014/12/30

因みに鵠沼の地名の由来は 鵠(くぐい):白鳥の古名で白鳥が多く飛来する沼が多くあったためと言われています。

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