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2016年8月31日 (水)

京成電鉄の車両たち 3  3600形

京成電鉄で現在活躍中の車両を見て行くシリーズ、今回は3600形です。

3631_151031
3638_151031_0 2015/10/31 公津の杜
成田特急で活躍する8連化後の3638編成

輸送力増強と在来形式の210形、700形の置き換えを目的に1982年6月から1989年7月にかけて6両編成9本の54両が製造されました。外観は3500形に準じたスタイルとなりました。

3500形との細かな相違点は

・前面が切妻から3面折妻に
・前照灯と尾灯が横並びになり、急行灯を左右上部に配置
・前面貫通扉部分に種別表示器を設置
・客室側窓は1枚下降式に、ドア間、車端部2枚に

3600_3631_160730_9 2016/7/30 西馬込 3638編成の車内

京成電鉄の車両としては初の界磁チョッパ制御方式やワンハンドル式マスコン、MGに代わるSIV式補助電源装置、軽量ステンレス構造の車体が導入されたことが特徴でした。

←成田空港          上野・押上・西馬込→
クハ    モハ   モハ   モハ   モハ   クハ
3601    3602    3603    3606    3607    3608
     PT  SIV/CP PT  SIV/CP

6連の構成は4M2Tで両端が制御車、中間電動車4両でした。登場時の車両番号は上記の様に符番され、将来の8連化を考慮して、末尾4と5は飛ばされ、編成番号の末尾を揃えるため、9と0を欠番にして、第二編成は11から18までふられました。編成番号は第一編成の場合、3608編成と呼ばれます。

3641_160430 2015/10/31 京成高砂 3648編成 佐倉行き快速

メーカは3618、3638、3648、3688編成が日本車輌製造、それ以外は東急車輌製造でした。

主制御器は東洋電機製造製界磁チョッパ、ACRF-H8140-783Aで直列15段、並列8段、弱め界磁無段階、

主電動機は140kWと出力の高い補償巻線付複巻電動機、KMM8500
各編成のモハ末尾02と03は東洋製TDK-8500B、06と07は三菱電機製MB-3276-AC
端子電圧375V、定格電流415A、分巻界磁電流23A、最弱め界磁率15%、定格回転数1,450rpm
駆動装置はWNカルダン
SIVとCPは末尾03と07のモハに搭載、パンタグラフは下枠交差式で末尾02と06のモハに搭載
冷房装置は分散式でパンタ搭載の車両にCU-15C(10500kcal/h・12.2kW)を3台、それ以外の車両にCU-15B(8500kcal/h・9.88kW)を4台搭載しました。
台車はモハがFS-513、クハがFS-013

3651_151031 2015/10/31 京成高砂 3658編成 佐倉行き快速

京成電鉄では優等列車の8両編成化が進められ、1997年から3600形においても8両編成化が行われました。

西武の2000系のオリジナルタイプの8連化と同じように6両編成の中間電動車4両を2両ずつ、別の編成に組み込む方式で8連化を進めました。

8 8連化は1997年6月、1998年12月、1999年9月の3回に分けて行われ、上記のように3628、3668、3608編成がバラされました。この時点、6本の界磁チョッパ制御方式の8両編成が誕生しました。なお、バラされた編成のパンタはいずれも組み込み先で成田側のパンタが撤去されました。

3671_151031_2 2015/10/31 京成高砂 3678編成 上野行き特急

西武では2000系8連化の際に余剰となった先頭車はクモハを新製し、2連化されましたが、京成では

Vvvf
まず4両を電動車化し、さらに2両を中間付随車として組み込み6連を組成しました。

3668_151031
3661_151031_2 2015/10/31 京成高砂 余剰車の元クハ6両から組成されたVVVF6連 3668編成

東洋電機製造製GTO素子使用のVVVFインバータRG633-A-Mをモハ3628とモハ3668に搭載し、主電動機はTDK-6170-Aかご形三相誘導電動機(社内制式名称KMM6170,出力130kW)、を搭載しました。駆動装置はTDカルダン、台車はFS-562形とし、3700形と同じ電装となりました。

パンタグラフは8連化の際に撤去した余剰品を流用の上でモハ3628、モハ3668とサハ3608に搭載しましたが、設置スペースを捻出するために連結面側のクーラーを1台撤去し、残りの3台もCU-15BからCU-15Cに変更しました。

電動発電機と空気圧縮機は廃車になった3100形・3150形の流用品で、ともにモハ3621とモハ3661に搭載されました。電動発電機は容量75kVAタイプのCL-355-B1、空気圧縮機はAC-1000という組み合わせで、3200形・3300形と同じになりました。

サハ3601には3150形の廃車発生品のMGとCPが搭載されました。CPは在庫の関係上、直流電源のC-1000であったが、2000年6月に交流電源のAC-1000に交換された。台車は一部改造され、FS-013A形となりました。

8両編成は先頭車が制御車であることから都営浅草線押上 - 西馬込間は入線可能だが、京急線には入線できません。また、北総線や成田空港線(成田スカイアクセス)には対応しておらず、6両編成が最長である千葉線・千原線や、4両編成に限定される金町線にもそれぞれ入線できないなど、運用が限定されています。そのため、本線京成上野 - 成田空港間の快速特急・特急運用や西馬込 - 京成佐倉間の快速運用に充当されることが多いようです。

6両編成は新3000形とともに普通運用が主体ですが、先頭車が電動車であることから京急線乗り入れが可能で、運用は存在しないものの、西武の263Fのように東急車輛製造からの新車搬入の際には付随車を抜いた全電動車編成の牽引車としても使用され、金沢八景まで入線したことがあるそうです。

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2016年8月30日 (火)

通勤電車シリーズ E231系500番台 ミツA540編成

最近、西武線の撮影ばかり行っており、JRの車両はご無沙汰でした。今回は三鷹車両センターにコンバートされたE231系500番台元トウ540編成、改めA540編成の話題です。

E231500_a540_160829 2016/8/29 秋葉原

山手線にE235系の投入によるE231系500番台の捻出、1番手はA520編成でした。この編成が中央・総武緩行線に転入したときには、同線で活躍していたB20、B21、B22編成から常磐線快速用にマト118、マト119編成が組成されました。ちょうど上野東京ラインが開通する改正を前にして松戸センターの所要増をカバーするための転属となりました。

E231_20_120225_2 2012/12/25 秋葉原 在りし日のB20編成

E231_21_091004 2009/10/4 市川 在りし日のB21編成

E231_22_070102_3 2007/1/2 三鷹 在りし日のB22編成

B2022_118119s

置き換えが単純でなかったのは6扉車サハE230が5号車に組み込まれており、これを常磐線快速には転用できなかったためで、この転属でサハE230は廃車となり、B22編成から4,5,6号車を抜かれた7両が保留車となりました。

E231_118_150425 2015/4/25 北小金 常磐線で活躍するマト118編成

E231_119_150425_2 2015/4/25 北小金 常磐線で活躍するマト119編成

E235_1_160415_2 2016/4/15 目白

2015年11月30日E235系量産先行車のデビューは惨憺たる結果になり、次世代車両制御システムINTEROSのソフトウエア改修などを経て、2016年3月7日から営業運転を開始しました。その後、量産GOの決断がなされ、2016年5月23日からA540編成の営業運転開始となりました。

E231500_540_120804 2012/8/4 有楽町 在りし日のトウ540編成

E231500_a540_160829_5

E231500_a540_160829_6 2016/8/29 秋葉原

今後は続々とE231系500番台の中央・総武緩行線への転属が進むことになるのでしょう。ちなみに山手線編成10号車(サハE231-4600)に関しては47編成分がE231系から編入、2編成分が新製されるとのことです。

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2016年8月29日 (月)

通勤電車シリーズ 話題のE531系 その4 3000番台 K554編成

2015年12月22日の記事で常磐線に投入されたE531系3000番台K551、K552, K553編成について触れました。少し遅れて投入されたK554編成も先日、荒川沖~上野間で乗車する機会がありましたので、今回は鉄道ファン誌 2016年9月号 特別付録 「新車カタログ2016」の記事を参考に、E531系3000番台の従来タイプからの変更点について触れようと思います。

E5313000_k554_e5314004_160819_2 2016/8/19 上野 クハE531-4004 

製造の目的は415系1500番台の老朽化取り換え用で、番台変更の理由は従来タイプに較べて準耐寒耐雪仕様としているからだそうです。

E5313000_k554_160819_3
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主電動機冷却のための外気はM車車体側面戸袋上部4カ所に設けられた吸気口から取り込まれ、主電動機と車体側ダクトを結ぶたわみ風道で主電動機に導かれます。さらに客席座席下にフィルタが設けられ、それを隠すための脚台風の覆いが設けられました。

E5313000_k551_151219_2 2015/12/19 土浦 K551編成 クハE531-4001

先頭台車には雪かきが設けられ、ATS-P形車上子は台車装荷になりました。台車の軸箱部は一体形に、高さ調節弁にヒーターと保護棒が設けられ、床下機器箱はふたを二重パッキンとし、締結方法も変更されました。CPはオイルレス形となり、滑走防止弁は箱に収納され、汚物タンクは断熱剤入り二重構造に、排出部にはヒーター付きカバーが設置されました。空気笛にも防雪板が設置されました。

E5313000_k554_e5314004160819

E5313000_k554_160819_6 クハE531-5004

E5313000_k554_e5314004160819_2
E5313000_k554_e5314004160819_6
E5313000_k554_e5314004160819_5
車内と運転席の様子

以上です。

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2016年8月28日 (日)

西武線各駅探訪 6 八坂駅

今回の探訪駅は八坂駅です。

160911 追記 2016/9/11

現在、8月22日に関東地方を直撃した台風9号による大雨で西武遊園地発の上り電車(6044レ)が武蔵大和駅~西武遊園地駅間で午前11時29分、進行方向左側の架線柱が傾いているのに気付き列車を停止、その後確認すると線路脇の法面の土砂が線路内に流入し、一番後の車両が押し上げられ脱線いました。乗客は武蔵大和駅まで歩いて避難となり、運転士と乗客に怪我などはありませんでした。

このため多摩湖線は西武遊園地~萩山間が不通となり、運転再開までは1ヶ月程度要することになりました。

140720_2 2014/7/20 現在の駅入り口

八坂駅は萩山と武蔵大和間に位置し、所在地は東村山市栄町三丁目18番地1号です。西武多摩湖線と府中街道が交差する場所にあり、線路は盛り土の上に設置されており、府中街道とは立体交差です。

801_80812_2 1980/8/12 萩山駅から八坂駅方向を見る

101n_261f_150607_20 2015/6/7

最近の同じ場所の写真と見比べると、拝島線列車に影響を与えずに列車交換ができる複線部分が作られているのがわかります、

開業は1942年10月1日で、まさに太平洋戦争中ですが、この時期に駅が設置されたのは陸軍少年通信兵学校と陸軍兵器補給廠小平分廠が沿線に建設されることとなり、軍部から停留所の設置をもとめられたからだそうです。ちなみに萩山駅で触れたように、多摩湖線の萩山~村山貯水池(仮)間の開業は1930年1月23日でした。

160424_4 2016/4/24 開業から2000年の新駅舎開業まではこちら側に駅舎がありました。

私は3歳の頃(1959年)、父親の仕事の関係で西千葉から北多摩郡東村山町廻田2430の公務員宿舎に転居し、1964年12月に杉並区清水3丁目に転居するまでいましたが、八坂駅は幼稚園(萩山の暁星幼稚園)通園や新宿等に休日親とデパートに買い物に行く際、あるいは西武遊園地・多摩湖等に遊びに行く際によく利用しました。当時は現在と違って、線路の南側にホームがありました。

101n_247f_160424 2016/4/24  築堤上を行く247F

1996年に8両編成対応のため、ホームの延伸工事が行われ、2000年、府中街道の拡幅4車線化に合わせて橋の架け替え、新駅舎の建設が行われ、現在の形態になりました。

160911_2 2016/9/11 萩山方面

160911_3 2016/9/11 西武遊園地方面

府中街道を越える跨道橋も複線タイプになっており、萩山、武蔵大和間の複線化の用地は確保されているように見えます。

八坂駅から西へ200mの地点で西武国分寺線と立体交差があり、1.4kmの地点から有効長1.7kmの回田信号場があり、列車の交換(複線区間のように停車せずにすれ違う)が可能となっています。回田信号場の南側は現在、東村山中央公園となっていますが、ここはかつては通産省工業技術院機械技術研究所東村山分室で線路沿いの長大な土地は自動車のテストコースでした。父親に連れられて此処を歩いたのも憶えています。

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2016年8月27日 (土)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 25 United Airlines Boeing 737 part3

San Diego Lindbergh 国際空港でのスポッティング、United AirlinesBoeing 737の3回目は旧Continental航空のカスタマーコード(-24)で購入された-900です。-900に関しては全機、-924で、-922の機体はありません。

N39423_boeing737924er_cn32829_ln264 N39423 Boeing 737-924ER cn 32829 ln 2645 2015/1/15 SAN

いつものようにPlanespotters.netの情報によると、現在142機が運航中で1機が発注中、平均使用年数は4.8年となっています。

N37466_boeing_737924er_cn31644_ln43 N37466 Boeing 737-924ER cn 31644 ln 4326 2015/1/15 SAN

2010年10月1日から納入されており、最初の12機(cn 30118~30129) は通常タイプのウイングレット装備でしたが、その後納入された機体はすべてERタイプになりました。

N66825_boeing_737924er_cn42748_ln49 N66825 Boeing 737-924EER cn 42748 ln 4918 2015/1/15 SAN

Configrationは3タイプあり、 

C20W42Y117 タイプ 54機
C20W51Y96 タイプ 39機
C20Y153 タイプ 49機     となっています。

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2016年8月26日 (金)

西武2000N系 4扉車を主流にした車両 6次車-4 池袋線配置の4連について

このシリーズでは西武鉄道2000N系を製造年次、編成形態別に見ていますが、6次車の最初に紹介した4連について補足したく思います。

6次車の4連は2501Fから2507Fまで4編成が東急車両で製造されました。これらのうちの2501F、2503Fと7次車の2513Fが現在、小手指区に配置され、池袋線運用に就いています。

2503Fが池袋線に転属したのは2011年3月の改正から、2501Fはそれ以前から狭山線の線内運用のため、新宿線から転属したそうです(情報はこちら)。2503Fの転属は2011年3月の東日本大震災、原発事故後の節電による計画減便ダイヤで豊島園線に4連運用が出来たからだそうです(情報はこちら)。

そこで今回は池袋線配置の4連の仕事ぶりを写真で紹介しようと思います。

狭山線での単独運用

2501F

2000n_4_2501_160805_3 2016/8/5 西所沢

2000n_4_2501_160805 2016/8/5 西武球場前

2503F

2000n_4_2503_160723
2000n_4_2503_160723_3
2016/7/23 西所沢

2513F

2000n_4_2513_160703_21 2016/7/3 西武球場前

狭山線の車両が小手指基地に引き上げる際に、所沢まで本線を回送され、

2000n_4_2614_160710 2513F 回送表示で西所沢から所沢へ

2000n_4_2614_160710_21 2016/7/10 所沢~西所沢

なんと、所沢からは各停小手指行き(時刻表に無い?)となって戻って行きました。

余談ですが私自身、狭山線はこれまで殆ど乗り入れたことが無い路線でしたが西武遊園地からレオライナーを使うと意外と便利に飯能方面に行けるということでこの夏以降よく利用しています。ところが先日の台風9号の直撃で、多摩湖線武蔵大和~西武遊園地間でがけ崩れが発生し、復旧には1か月程度かかるとのことです。

本線での4連併結運用

  2000n_4_2604_160709
2016/7/9 秋津

秋津駅で撮影していたら<池袋方 2503F+2501F 所沢方>の4連併結編成が各停で上って行きました(13:17撮影)。

2000n_4_2501_160709_21
下りは回送で15:00に戻ってきました。

Yahooの質問箱に質問と回答があるように池袋線での4+4運用はかなりレアのようです。

小手指基地内にて

2000n_4_2602_160703_9 2501F 2016/7/3

2000n_4_2604_160703 2503F 2016/7/3

普段、あまり運用がなく基地内にいることが多いようで、2513Fは狭山線運用に入っていましたが、2501Fは構内で試運転?を,2503Fは昼寝をしていました。

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2016年8月25日 (木)

電気機関車 EH500シリーズ 18号機

Eco Power金太郎」こと、EH500形電気機関車を1両ずつ紹介しているシリーズ、今回は18号機です。落成は2002年9月1日です。

この機関車は新製後、間もない時期に農耕車と衝突する踏切事故を起こし、1エンド助手席側のワイパーが無かった時期があります。

Eh50018_030517 2003/5/17 白坂

Eh50018_041103 2004/11/3 新鶴見

1エンド側の助手席のワイパーが欠落しているのは上記の事故の後遺症と思われます。

Eh50018_050129 2005/1/28 北府中

Eh50018_050423 2005/4/23 熊久保踏切

この時点で事故の後遺症は修復されていました。

Eh50018_060711 2006/7/11 陸前山王

Eh50018_060714 2006/7/14 南仙台

Eh50018_070520 2007/5/20 黒磯

Eh50018_080329 2008/7/30 府中本町

Eh50018_080731 2008/7/31 長町

Eh50018_090823_2 2009/8/23 日和田

Eh50018_101024_2 2010/10/24 千刈踏切 津軽海峡線から青森信へ

常磐線関係

Eh50018_140111_1 2014/1/11 妙向寺踏切 荒川沖~ひたち野うしく間 安中貨物

Eh50018_140125 2014/6/7 二十三夜尊前踏切 ひたち野うしく~荒川沖

以上です。

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2016年8月24日 (水)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 10 Philippine航空 747-200B

1989年5月、冷戦下の西ドイツのゲートウエイ空港、フランクフルト・アム・マイン空港でのスポッティング、今回は成田でもおなじみだったフィリピン航空Boeing 747です。

フィリピン共和国は日本と同じ島国であり、7107の島から構成されています。そのため、フィリピン航空は国際線のみならず国内線においても重要な交通機関となっています。マニラ首都圏にある、ニノイ・アキノ国際空港がハブであり、近年は第2旅客ターミナルが同社の専用ターミナルとなっています。私も仕事の関係で数多くこの空港を利用しましたが、いつもJAL便であったので、第2や第3ターミナルを利用する機会はありませんでした。

1935年11月14日、フィリピン議会はルソン島を中心とした郵便、貨物、旅客輸送のために空のタクシー会社(PACTO:Philippine Aerial Taxi Company Incorporated)のフランチャイズ化を承認しました。同社はマニラ~バギオ、マニラ~パラカレ間で運航を行いましたが、すぐに営業休止状態となりました。

約6年後の1941年2月26日PAL(Philippine Air Lines)が設立されました。同年3月15日、最初はビーチクラフト・モデル18 NPC-54 1機でマニラ(ネルソン飛行場)とバギオを結びました。上記のPACTOも買収し、同年9月には国からの出資も受け、国営化されてゆきました。折しも太平洋戦争の開戦で機材は戦争に徴用されました。2機あった、モデル18は2機とも戦争中に失われました。

1946年2月15日DC-3 5機と108名の従業員によって、国内15の地点との運航が再開されました。1946年7月31日にはDC-4により、太平洋横断便を開設、アジア初の国際線となりました。さらに1947年5月にはかつての宗主国スペイン(1521年ポルトガル人航海者マガリャンイス(マゼラン)の率いるスペイン艦隊が到着し、1529年のサラゴザ条約でスペイン領有が決定されてから、1898年、米西戦争でアメリカがスペインからフィリピンを奪うまで)マドリード線を開設し、アジアの航空会社として初めてヨーロッパ乗り入れを開始しました。1948年までには他のフィリピン国内の航空会社、Far Eastern Air TransportCommercial Air Linesを買収しました。同時にネルソン飛行場からかつて米軍基地だったニコルス飛行場に本拠地を移しました(後のニノイ・アキノ国際空港)。1951年には日本航空にDC-3(金星号)をリースしています。

N743pr_b7472f6b_21834_425_philippin N743PR Boeing 747-2F6B cn 21834 ln 425 1989/5/6 FRA

1960年代、ジェット機時代となり、最初はBoeing 707を1機使用しましたが、直ぐにKLMからリースしたDC-8に置き換え、長距離路線に使いました。それまで使用していたDC-4は国内線に転換し、やがてBAC1-11に置き換えられてゆきました。1974年にはDC-10が導入され、1979年にDC-8が引退し、747-200B、727、AirbusA300B4などが導入されました。

1954年には国の政策で国際線が一時運航停止、1998年にもアジア通貨危機と労働争議で運航停止となりましたが、香港のキャセイ・パシフィック航空などの助けにより、2001年設立60周年を迎えています。

2010年3月30日には「安全確認の体制の問題」からEU乗り入れ禁止が決定され、2013年7月10日に解除となりました。
今年は設立75周年となります。

Table1 Table1 PALのBoeing747 

Planespotters.netの情報によればPALは通算で18機の747を運航していました。そのうち13機が-200B、5機が-400でした。-200Bは2000年4月に、-400は2014年9月1日に全機退役しています。

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2016年8月23日 (火)

函館市電で活躍中の車両 8000形 8003号

関東地方は昨日の台風9号の直撃で西武多摩湖線・武蔵大和~西武遊園地間での崖崩れ、脱線、山手線原宿駅での倒木などで鉄道関係にも大きな被害が出ています。幸い、けが人等は出ていないようですが公共交通機関であるが故、早い復旧が望まれるところです。

2015年12月の函館訪問の際に撮影した函館市交通局の車両、今回は8003号です。

8003_151223 2015/12/23 十字街

8003号は滞在中、一度しか出会う機会がなく、この写真1枚です。

8003号は1992年2月804号を更新して誕生しました。8001-8003号は8000形のプロトタイプ的存在で8004号以降とは側面の方向幕の有無、形状、警笛の種類、方向幕の内容等に関して仕様がことなるそうです。

函館市での車両の紹介をされているサイトの情報では、これまで
2001年6月 兼八
2004年12月 北海道国際航空 

などの広告塗装の時代もあったそうですが、2007年7月からは函館信用金庫の塗装になっているようです。

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2016年8月22日 (月)

南入曽車両基地電車夏まつり2016 プロローグ

2016年8月20日は台風接近で晴れたり、雨が降ったりの不思議な天気でしたが、西武新宿線南入曽車両基地の公開「電車夏まつり2016」に行って来ました。

1_160820 夏まつりらしく 団扇の形にされた会場案内 表

西武鉄道の車両基地公開は横瀬(2014年)、武蔵ヶ丘(2015年2016年)に次いで3カ所目ですが、新宿線の南入曽基地の公開は初めての参加でした。

南入曽基地は新所沢と入曽の間にあり、両駅から歩くと距離があるため、西武鉄道では新所沢から基地までの臨時列車を運行しており、

160820
WEBサイトや新所沢駅の時刻表に臨時列車の案内が貼ってありました。

160820_2
私は9:30頃、新所沢に到着する電車でしたが、すでにホームにはそれらしき人々が・・・

臨時列車は2005F, 2007Fの8両編成、2編成が使われたようで、9:53発の最初の電車は2005Fでした。

160820_3 臨時列車からの眺め 本線から側線へ

生憎の雨で窓ガラスに付いた水滴で外は良く写っていませんが、普段走らない線を走るのもイベントならではです。

160820_4
職員の皆様の歓迎を受けて車両基地に到着2000n_4_2535_160820

まだ準備中の2000N系編成2535Fの姿も見えました。その横には池袋線 から応援に来た9108F L trainの姿も。

簡易自動改札機を通過して基地内に

2_160820
団扇の裏側は会場内の案内図でした。

会場内の様子は

1)電車と綱引き 相手は2455F 2連でした。
2)電車床下と車内見学 2065F 8連でした。
3)方向幕で抽選会 2535F 4連でした。
4)休憩車両 9108F Ltrainでした。
5)展示車両 9101F  KPPtrain  6101F   21054F そして 2000系2連4本の並び 10000系

160820_5

2000_2_4_160820
などでした。
次回から写真付きで紹介致します。

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2016年8月21日 (日)

通勤電車シリーズ 103系 46 大阪環状線における活躍 part8

通勤電車103系シリーズ、最近はかつて大阪に出かけた際、大阪環状線で撮影した写真をクハの形態別に紹介しています。前回で0番台、500番台の白熱灯単灯タイプのクハは全部出尽くしました。

今回からは登場時は非冷房、ユニット式側窓、前照灯シールドビーム2灯で登場した

昭和46年度本予算        180-187
        第一次債務    188-212   で製造された車両です。

関東では松戸電車区に1両-188が配置され、あとはすべて明石電車区に配置されました。

これらの車両は上記の様な目立った外観の変化だけではなく、
・妻部腰掛けの形状変化、
・腰掛け高さを下げて、ひとり当たりの幅を拡大し、掛け心地の改善
・主制御器をRL33形限流限圧継電器採用のCS20Dにしたこと、
・高圧ツナギ箱にFRPを試用し、アークシュートの材質をAHlとしたこと、
・ブレーキに弛め補償装置を取り付けたこと
・制御減圧弁をC6からL1に変更し、配電盤を密封構造にした

といった変化がありました。

103_7603 1976/3 京都

103_7603_2 1976/3 大阪

登場して数年後、東海道緩行線で7連で活躍中の姿

クハ103-186

103_103186_030327 2003/3/27 桜宮

103_103186_050708 2005/7/8 桜宮

1972/1/27 川崎重工製造 明石電車区配置
1983/8/23  吹田工場冷房改造
1988/1/26  延命工事N
1992/4/15  ATS-P取り付け
1992/4/17  森の宮区転属
2002/11/11 前面整備工事
2006/1/28 奈良区転属

クハ103-187

103_103187_030327 2003/3/27 桜宮

103_103187_030327_2 2003/3/27 鶴橋

1972/1/27 川崎重工製造 明石電車区配置
1983/8/23  吹田工場冷房改造
1988/1/26  延命工事N
1992/4/15  ATS-P取り付け
1992/4/17  森の宮区転属
2006/1/28 奈良区転属


      

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2016年8月20日 (土)

勝田車両センターまつり その2 415系1500番台 part8 FM1510~FM1511

2016年3月5日の勝田車両センターの公開の話題、公開で展示された415系1500番台の編成の写真の流れからJR九州で活躍中の同系列の写真を紹介しています。前回はJR東日本から譲渡された1501編成と新製時から九州配置の1509編成を紹介しましたので、今回は1510編成からです。

1510編成

4151500_1510_100807
4151500_1510_100807_2
4151500_1510_100807_3
3枚とも 2010/8/7 門司

門司港発の列車です。

4151500_1510_121222 2012/12/22 西小倉

1511編成

4151500_1511_051210 2005/12/10 香椎

幕の下の段に書かれているのは 快速 博多ー小倉 です。

4151500_1511_071218_2 2007/12/18 門司

4151500_1511_110127
4151500_1511_110127_2
2枚とも 2011/1/27 多々良踏切

以上です。

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2016年8月19日 (金)

San Diego Trolley 4000形 part7

San Diego Trolley の話題、4000形の7回目です。

前回は4032まで紹介しましたので、今回は4033から参ります。

4033

4033_150110_santa_fe_depot 2015/1/10 Santa Fe Depot

4034

4034_150109_santa_fe_depot 2015/1/9 Santa Fe Depot

4036

4036_150110_12th_imp_tc 2015/1/10 12th & Imp Transit Center

上の写真の場所はGreen Lineの終点のそばですが、最右側の線路がSan Diego Trolleyの電化線で、左側4線はAmtrak Surflinerなどの車庫との連絡線、あるいは貨物線です。

以前、ご紹介したように手前の車両基地には機関車や貨車が留置されており、夜な夜なこの渡り線を渡り、トロリーの路線を使って貨物が運搬されるのかと思われます。

4037_150110_civic_center 2015/1/10 Civic Center

今回は以上です。

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2016年8月18日 (木)

広島・四国西南部旅行 広島編 その5 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)1 戦艦「大和」の1/10スケール模型

今回から2014年12月の旅行で訪問した呉市海事歴史科学館の展示について触れて行こうと思います。

やはり、最初に取り上げるべきは同館のシンボルとして有名な戦艦「大和」の1/10スケール模型です。
110141219_141219_132014/12/19  1/10scaleの戦艦大和 模型

110141219_141219_7
翔鶴型航空母艦に次いで採用された球状艦首(バルバス・バウ)
こういった形にすることで、船体が水を押しのける際の波と球状艦首による波が干渉し、造波抵抗を減らします。速力27ノット時で8.2%の抵抗減効果があったそうです。

第一次世界大戦後の列強と言われた国々は海軍戦力を増強することで国際的地位を保とうとしました。しかし、こうした軍備の拡張はそれぞれの国の財政負担を招くことになり、1921年11月から1922年2月にかけてアメリカ合衆国大統領ウオレン・G・ハーディングの提案で戦勝5か国(米英日仏伊)の間で軍縮に関する話し合いが持たれるようになりました。これがワシントン軍縮会議で、その成果としてワシントン軍縮条約が締結されました。

110141219_141219_5 艦橋と特徴的な煙突

大和の艦橋上部には目標までの距離を測る測距儀が設置されており、当時、世界一の性能を有していました。2組の上下像合致式とステレオ式の3連装式で構成されていました。

この条約では加盟国が保有する主力艦の数と排水量の合計が制限され、計画中、もしくは建造中の新艦は廃棄され、戦艦の建造は条約締結後の10年間は凍結されることになりました。一方で、この条約では巡洋艦以下の補助艦艇に関しては制限がなく、各国とも可能な限り高性能な「条約型巡洋艦」を建造しました。

1927年ジュネーブ海軍軍縮会議で補助艦の制限について討議が行われましたが、イギリスの個艦規制主義とアメリカの比率主義が対立し、決裂に終わり、1930年1月から4月にかけてイギリス首相ラムゼイ・マクトナルドの提案で開催されたロンドン海軍軍縮会議で戦艦の建造中止措置の5年延長、既存艦の削減、1万トン以下の航空母艦を規定範囲に含める、巡洋艦(重巡洋艦、軽巡洋艦に分類し、規定する)、駆逐艦、潜水艦、その他(特務艦など)について細かく規定を設けることにしました。

110141219_141219_6 46センチ3連装主砲

主砲は重さ1.5トンの砲弾を約40秒ごとに一弾発射可能でした。砲塔は一基の重量が2779トンあり、これは駆逐艦1隻の重量に匹敵しました。

1935年12月には第二次ロンドン軍縮会議が開催されましたが、1934年の予備交渉の時点で日本(大日本帝国)は同会議の脱退を決意、「もはや軍縮の時代は終わったとして」、同時にそれまでの「陸奥」や「長門」に代わる排水量6万5千トン、速度34ノット、18インチ砲8門以上装備の新型高速戦艦の建造案が出され、1936年12月の帝国議会に新型戦艦「A140-F5」2隻分の予算案(9800万円/隻)が提出されました。

このとき、大和型戦艦の建造に対して、当時海軍航空本部長だった山本五十六や海軍省軍務局長だった豊田副武らは異を唱えたそうですが、帝国海軍は航空兵論を退け、大鑑巨砲主義に拘ったそうです。

主機械の変更から「A140-F6」に計画名は変更され、さらに1937年3月には「第一号艦」「第二号艦」に呼称が変更され、第一号艦「大和」は1937年11月4日、呉海軍工廠で起工、1941年12月16日に就役、第二号艦「武蔵」は1938年3月29日、三菱重工業長崎造船所で起工、1942年8月5日に就役しました。大和型戦艦はその後も第四次海軍軍備拡充計画で新たに2隻建造することとなり、3号艦「第一一○号艦」=「信濃」は1940年5月4日に横須賀海軍工廠で起工。建造途中で航空母艦に改装され、1944年11月19日に就役しましたが、わずか10日後に撃沈されました。4号艦「第一一一一号艦」は1940年11月7日に呉海軍工廠で起工しましたが、1942年に建造中止、解体されました。

110141219_141219_15
主砲発射の爆風で破壊されないように艦尾の航空兵装には格納庫が最初から設けられました。また艦載機発進のためのカタパルトも装備されました。

第一次大戦から第二次大戦にかけて、戦力の中心が戦艦の艦砲射撃による攻撃力と雷撃などに対する防御力から、機動力、汎用性、コストパフォーマンスにおいて優れた航空母艦と艦載機に移り、大和のような巨艦は存在意義を失いました。

それを実戦で示したのが日本海軍の真珠湾攻撃やマレー沖海戦でのイギリス海軍最新鋭艦「プリンス・オブ・ウエールズ」の撃沈でした。

歴史的に見れば、結果論的視点からみれば「大和」や「武蔵」などの超弩級戦艦は時代遅れの産物とみなされるかもしれませんが、戦闘を繰り広げていた当時の軍としてみればアメリカ軍も超大型戦艦を構想しており、如何にそういった戦艦を使い倒すかが勝負の分かれ目になったようです。

続きは次の記事で。

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2016年8月17日 (水)

公園保存蒸機 コッペル製宇和島鉄道1号機 ケ220 宇和島駅前 

このシリーズでは日本の各地の公園等に保存されている車両を見て回っていますが、今回は2014年12月の広島・四国西南部旅行で訪問した宇和島駅前に保存してある宇和島鉄道コッペル1号機です。但し、レプリカだそうですが。

1_141221_2 2014/12/21 宇和島駅前

宇和島鉄道は現在の予土線の前身となった軌間762㎜の軽便鉄道です。

1897年4月に宇和島鉄道株式会社が設立され、1911年に路線免許を取得、1914年に宇和島~近永までが開通し、1923年に吉野生まで延伸しました。当初は蒸気動力でしたが、1931年、ガソリン動力併用認可を受け、ガソリンカーが1両導入されました。1933年8月1日、国有化され宇和島線となり、1941年には全線を1067㎜に改軌、宇和島~高串間の旧線を廃止し、北宇和島~務田間の新線が開業し、北宇和島が起点となりました。1953年、吉野生~江川崎間が開業、昨日の世界の鉄道’75の記事にもありますように、1974年3月1日江川崎~若井間が開業し、全線開業となり、予土線と改称されました。

141221                                現在の近永駅の駅名標 2014/12/21

私も2014年12月の旅行で全線乗車しましたが、初期に開業した区間は軽便鉄道の面影を留めているのに対して、1974年に開業した区間はまさに近代的路線で両者の大きな違いが面白かったです。

コッペルは正式名称をオーレンシュタイン・ウント・コッペル (Orenstein & Koppel OHG) と言い、1876年4月1日、ベルリンにてベンノ・オーレンシュタインとアルトール・コッペルにより設立された鉄道、エスカレーター、重機等の製造会社(O&K)でした。

1_141221

創業当初は蒸気機関車をさかんに製造したため、折しも日本では1910年代に軽便鉄道開業ブームがおこり、同社製の蒸気機関車が大量に輸入されました(参照 コッペル製の蒸気機関車)。

1_141221_3
宇和島鉄道では1913年に3両(宇和島鉄道1~3号機、1922年に1両(5号機)、1924年に1両(6号機)の5両が導入され、1933年の国有化で鉄道省籍のケ220形(ケ220~224)が与えられました。

形態は車軸配置0-6-0型9.6トン級ウェルタンク機関車で固定軸距は1400mmです。炭庫はオリジナルでは運転台前方にありましたが、後に改造され運転台後方に移設されました。宇和島線の改軌後は佐世保鉄道を買収した松浦線に転属となり、世知原支区に配属となり、同線の改軌が完成する1944年6月まで働きました。その後、ケ224号機のみが廃車を免れ、1948年3月からは遠州鉄道を第三の職場として、1956年まで働きました。

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2016年8月16日 (火)

朝日新聞社刊 年鑑 世界の鉄道 ’75

8月12日から15日までお休みを致しました。本来、休むつもりはなかったのですが、つくばから小平に移動する際にいつも携行しているはずの写真を収納したHDDをなぜか忘れて来てしまい、世間もお盆休みなのでということで休みにいたしました。

朝日新聞社が発行していた「世界の鉄道」シリーズ、今回は1975年版です。

1975

1975年版は
特集・蒸気機関車C10, C11, C12
特集・日本のローカル私鉄(全16社)
特集・ヨーロッパの豪華列車
  の3特集構成でした。

カラーページでは

津山線、松浦線、高森線、会津線、長野原線でのC11,C12の活躍シーン

SNCF BB25200が「ミストラル」を牽引する姿 コートダジュール付近
SNCF CC6500 「ル・キャピトール」がグランド・コンフォートタイプの客車を牽く姿 オステルリッツ駅
DB E103が牽く「パルツィファル」の姿 ハンブルク・アルトナ駅
DB インターシティ形特急電車403形 ミュンヒェン近郊
スイス国鉄TEE電車 「シザルパン」 ローヌ湖畔
BB67400形牽引の「カタランタルゴ」 地中海岸スペイン国境付近
イタリアの客車列車 「リグ-レ」 ベンチミーア
セッテベロ」 フィレンツェ
オーストリア国鉄 「トランスアルペン」 インスブルック
スイス オランダ形ディーゼル列車TEE 「エーデルワイス」 メッツ
ドイツ ディーゼル列車 TEE 「メディオラヌム」 インスブルック
フランス ディーゼル列車 TEE  「モンスニ」 リヨン
イタリア ディーゼルカーTEE 「リグ-レ
**************************************************************

特集1 蒸気機関車 C10 C11 C12

86209600などの名機が誕生したのは大正時代でしたが、タンク機はこの時代明治期の輸入機とテンダー機の改造からまかなわれたため、本格的国産タンク機が登場したのは国鉄統合後の昭和5年、1930年でした。最初に登場したのが23両製造されたC10形で、1932年からその改良タイプとして登場したC11形は各地に伸びるローカル鉄道の立役者として全国に配備され、1946年まで増備され総勢381両が製造されました。簡易線(軸重11t未満)用にはC12形が同じく1932年から1947年までに293両が製造されました。戦時中、メートルゲージに改造され海外に渡った機関車も60両を越えました。

C10 1 形式写真

動輪直径はC50形よりやや小さめの1520mm 最高速度85km/h
石炭3t、水7tの重量を支えるために2軸の従台車
C53,C54の流れを組んだスタイル、サイドタンク等にはリベット
ボイラー圧力は15kg/㎤

C104 1931年 上野~大宮間でローカル快速列車を牽引 浦和駅

C10 23両は大都市近郊に配備され、その配置は
新小岩、大宮、名古屋 4両
湊町 3両
梅小路、福知山、岡山、熊本 2両 でした。まさに現代の通勤電車の役割を担っていました。
名古屋付近の電化は遅く、東海道本線の電化まではC11牽引の快速列車が見られ、名古屋駅では東海道本線のC62,関西本線C51とのショットも見られました。
関西の複々線区間でC53の牽く東海道本線特急とC11の牽く快速列車の競演も毎日のように見られたそうです。

C11 76 サイド写真

使用線区拡大を図り、軸重はC10よりも5%軽く
第2動輪と第3動輪のホイルベースを10cm短くして曲線通過を楽に
最初から除煙板装備

C11 276
戦時設計の角形ドーム機 五日市線

C11 349 写真 行橋機関区

C11141から軸重をC10と同じにし、水搭載量8.5tとした。サイドタンクの下の線とキャブ下の線が揃わなくなった。高速運転の際のサイドタンクの動揺を抑えるため、ボイラーを越えて両タンクを結ぶ鞍のような鉄製アングルで繋げられた。 

C12 74 サイド写真

動輪直径1400mm 最高速度 75km/h
石炭1.5t 水5.5t の重量を支えるため従台車は1軸
構造簡易化でピストン先端棒、除煙板は省略

現役で活躍中の写真

日高本線貨物列車 絵笛付近
瀬棚線 北住吉付近
石巻線
会津線 会津加納 
日中線

会津若松区のC11の活躍風景
足尾線のC12
大糸線のC12
長野原線のC12
能登線のC11
飯山線のC11
紀勢東線、西線のC11 
紀勢線は東西から線路が延長され尾鷲~木の本間が最後まで残りました。
山陰本線 倉吉~上灘間
大社線
津山線
可部線
宇品線 広島区は誕生間もないC11が配属され長らく活躍しました。
日南線
北九州のローカル線 貨物は9600、旅客はC11 という分担で門司、東小倉、行橋、後藤寺、直方、吉塚区のC11が活躍しました。
田川線
松浦線
三角線
佐世保線 特急「さくら」牽引
高森線
鹿児島区のC12 指宿線

私鉄で働く仲間たち

宮古 ラサ工業 C10
片上鉄道 C11
雄別炭砿鉄道
***********************************************************

特集2 日本のローカル私鉄 地方中堅路線15社22路線

弘南鉄道
 弘南線 ED30(301) ED33(333)
            モハ11 モハ20 クハニ1271 クハ1266 モハ2231 モハ2250 
 大鰐線 クハ200 モハ100 クハニ200 クハニ1281 モハ2250

蒲原鉄道
      ED1    
      モハ11 モハ21 モハ31 モハ41 モハ51 モハ61 モハ71 モハ81
      クハ10 
      ハ1 ハ2

上毛電気鉄道
     デハ80 デハ100 デハ170 デハ180 デハ220 デハ800 デハニ50
     クハ300 クハ500 クハ600 クハ700 クハ770 

日立電鉄
     モハ9 モハ11 モハ12 モハ13 モハ50 モハ1000 モハ1300 モハ2200 
     クハ2500 クハ5300 クハ6300 
     サハ1500 サハ2300

関東鉄道
 鉾田線 キハ71 キハ410 キハ431 キハ600 キハ650 キハ41300 キハ42200
      DD45 DD90
 筑波線 キハ461 キハ504 キハ511 キハ541 キハ760 キハ810 キハ41000
      DD50
 竜ヶ崎線 キハ520 キハ530 キハ41300 

 常総線 キハ500 キハ610 キハ703 キハ704 キハ700 キハ720 
      キハ750 キハ753 キハ755 キハ800 キハ813 キハ900 キハ41200 
      キクハ1 キクハ10 キサハ60 キサハ65 
      DD500 DD900 

総武流山電鉄
      モハ100 モハ1000 モハ1100 クハ50 

伊豆箱根鉄道 大雄山線
      モハ20 モハ30 モハ40 モハ150 クハ20 クハ180     

大井川鉄道
      モハ300 モハ3800 モハ6010 クハ500 クハ6050 クハ6060
      E10

豊橋鉄道
      モ1400 モ1600 モ1701 モ1710 モ1720 モ1770 モ1800 モ1850 
      ク2310 ク2400
      デキ200 デキ210 デキ350 デキ400 デキ451 デワ10

京福電気鉄道福井支社
      ホデハ11 ホデハ21 ホデハ221 ホデハ231 ホデハ241 ホデハ251 
      ホデハ261 ホデハ271 ホデハ300 ホデハ301 
      ホデハ1001 ホデハ2000 ホデハ2001 ホデハ3000 ホクハ31   
      デキ521 デキ7 デキ531 デキ20 デキ501 デキ100

近江鉄道
     モハ1 モハ9 モハ51 モハ131 モハ136 モハ201 モハ203 モハ500 モユニ10
     クハ1214 
     ED14 ED31 ED4000 ロコ1100

加悦鉄道
          キハ08 キハ100 キハ41000 サハ3100 ハ10 ハ20 
     DB20 DC35

紀州鉄道
    キハ41000
    DC25

別府鉄道
    キハ1 キハ100 ハフ1      
    DB201 DC301 DC302 DD1351

同和鉱業片上鉄道
    キハ300 キハ310 キハ700 ホハフ2000 ニフ15
    DD13 

高松琴平電気鉄道
    10 20 30 50 60 90 850 950 1000 1020 2000 3000 5000 6000 7000 
    8000 9000 10010 12000 
    1

**************************************************************

特集3 ヨーロッパの豪華列車

国別に豪華列車を紹介しています。

西ドイツ

ラインゴールド」号 
フック・ファン・ホランド/アムステルダム~ユトレヒト
                       ハノーファー~デュイスブルグ~バーゼル~
ジュネーブ/ミラノ/クール

ローランド」号 ブレーメン~チューリッヒ~クール/ミラノ

ラインプファイル」号 ハノーファー~デュイスブルグ~フランクフルト~ミュンヒェン

ドームカーの紹介
牽引機 
  西ドイツ内 E103 形 
  スイス Re4/4 I形
ヘルベチア」号 スイス Re4/4 II 1200形

ベルギー 160形 DC3000V オランダDC1500V フランスAC25000V50Hz ドイツ/スイス15000V 16 2/3Hz 
西ドイツ VTII 1957年から1972年までTEEで活躍した 7両編成

フランス

BB25200形牽引 「ミストラル」号 ステンレス製客車
CC6500形牽引 直流区間

バー車、理髪室、美容室、タイピストも乗車

エトワール・デュ・ノール」 パリからアムステルダム 

パリ、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字からPBA形客車
牽引機はCC40100形 4電気方式 ギヤ比を変化させて最高速度も160km/hと240km/hに

パリ~ブリュッセルを結ぶ「オワゾー・ブルー」 ベルギー国鉄150形が牽引 DC1500V、DC3000V、AC25000V 50Hzに対応 最高速度150km/h

パリ~ストラスブールを結ぶ「スタニスラス」 高速200km/h対応客車、牽引機はCC15000交流機 最高速度180km/h

パリ~マドリードを結ぶ「ブエルタ・デル・ソル」(青列車) BB9200形牽引 ワゴンリー客車

イタリア

E444形牽引 DC3000V B-B 最高速度200km/h 愛称は「スーパー亀」
フランス国境駅からフランス電機リギュールに

ETR300形 セッテベロ(7つの美) 食堂、バー、売店車完備 180km/h運転
ALe601系電車 

スペイン

カタランタルゴ 3000形ディーゼル車

スイス

ゴダルド RAe1051-1055 電車形TEE 4電源方式 6両固定編成

オランダ

エーデルワイス チューリッヒ~ブリュッセル~アムステルダム間 スイス・オランダ形ディーゼル機 RAm501, 502 牽引 最高速度140km/h

デンマーク

コペンハーゲン~フレデリクスハウン

オーストリア

ヨハン・シュトラウス ウィーン~フランクフルト 最高速度150km/h AC15000V 16 2/3Hz

イギリス

インターシティ列車

将来に向けて

フランスのガスタービン列車 ETG形
      ターボトレイン RTG形
      TCV001形
イタリア国鉄の振り子電車

***********************************************************
新車

新幹線用食堂車 1974年9月から営業開始

24系客車 オハネ25 2段ハネの登場

103系 ATC準備工事車

モハ113-700 湖西線用

モハ115-300 冷房装置装備

帝都高速度営団 7000系

阪神電気鉄道 3800系

近畿日本鉄道 モ8400系

神戸電気鉄道 3000形

神戸電機鉄道 1070形

EF81-300

京福電気鉄道 ニモ1001

三岐鉄道 ED457

加悦鉄道 DD352
*******************************************************************
新線開通

国鉄 予土線

国鉄 湖西線

小田急電鉄 多摩線

名古屋鉄道 知多線
******************************************************************
廃線

夕張鉄道・大夕張鉄道

土佐電気鉄道安芸線

姫路市営モノレール

名古屋市電

京都市電・烏丸線
******************************************************************
巻末には

昭和生まれのタンク機関車 C10,C11,C12    髙田隆雄氏
ヨーロッパの看板列車 山之内秀一郎氏
ヨーロッパ鉄道ひとり旅 鈴木重久氏

日本の私鉄車両諸元表

地方私鉄路線一覧 路線図

TEE列車一覧表 TEE列車タイプ一覧表

年誌・世界の鉄道

以上です。

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2016年8月11日 (木)

東海道新幹線開業から50年 その35 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part7 食堂車36形

リニア・鉄道館に保存されている新幹線車両、営業用車両としては、今回も中間車、食堂車36形(-84)を紹介します。

3684_140812 2014/8/12

以前の記事でも触れましたが、0系製造過程で食堂車が登場するのは1975年3月10日の博多開業に向けた17次車の製造時でした。27形と36形というユニットで登場し、H編成の7号車に27形、8号車に36形が組み込まれました。

食堂車ということから36形は屋根、床下に水タンクを搭載しているため、本来M'車に搭載するCPや主平滑リアクトルはこのユニットに限って、M車の27形に搭載されています。

その後の製造を追ってみると

0番台大窓車で96ユニット

17次  -1~-64       1974/4~8
18次    -65~-74      1974/8~12
19次    -75~-86      1975/1~3
20次  -87~-92     1975/6~7
21次  -93~-96     1976/6~7

1000番台小窓車3ユニット製造されています。

22次  -1001~-1003  1976/9~1977/3

17次車からはMGの容量が35kVAにアップされ、20次車からは食堂入口表示及び案内が取付けられ、21次車では料理室機器使用表示灯新設などの変化がありました。

3684_140812_5
山側に通路を設置し、室内は山側2列、海側1列、左右7テーブルが設置されました。下り方は仕切りで区切られました。上り方海側には厨房があり、冷蔵庫や大型電子レンジ、食器洗浄器などが設置されました。さらにその付近に機器搬入のための扉があります。

3684_140812_2

上り方連結面にある窓付きの扉は客用ではなく業務用でした。食堂定員は42名でした。当初は通路との仕切り壁に窓がありませんでしたが、風景が見られるよう、1979年 から窓が取り付けられました。

3684_140812_4 テーブル上にセットされた食事もなかなかリアルです。

1986年には3両が26形1900番台に改造されました。 JR西日本「ひかり」アコモ改善に伴い、36-1と56が食堂内を「グランドひかり」並に改造されました。しかし、0系「ひかり」減少の中、改造は2両に留ま り、この2両も改装後の活躍は短いものでした。1995年1月16日に食堂の営業は終了し、その後も編成中に連結され続けました、1999年に最後の1両が廃車と なりました。

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2016年8月10日 (水)

パリの6つのターミナル駅巡り 北駅 1 

パリの6つのターミナル駅を巡るシリーズも5番目の駅、北駅(Paris-Nord, Gare du Nord)にやって来ました。

090312 1865年完成の駅舎 2009/3/12
正面の女神像はパリの諸都市を象徴するもので23体あるそうです。

私は北駅が6つの駅の中では特急列車全盛の頃の上野駅のようで、最も愛着を感じています。

所在地はパリ10区で5角形の形をした10区のほぼ中心に、この後で紹介する東駅があり、その左上(北西)に北駅があります。

開業は1845年9月20日に銀行家ジェームズ・ロスチャイルドらによって設立され、ベルギー方向への延伸を計画した北部鉄道のターミナル駅として1846年6月14日に開業しました。現在の駅舎は1861年から建設が開始され、1865年に完成しました。

090312_2
SNCFの駅であると同時にこの案内表示のようにユーロスター、TGV、タリスなどの長距離列車、RER B,D,E線、メトロ4,5号線などが乗り入れています。

1981年にRER B線が開業した際に電化方式が北側は交流25kV,50Hz、南側は直流1500V電化となりました。デッドセクションも設けられているため、交直両用車両による、南北直通運転も行われています。

090312_2_2 歴史を感じさせる古い駅舎のすぐそばにこういったガラス張りの駅舎があるのもフランス的かも知れません。

1993年、LGV北線開業で北部方面へのTGV始発駅となり、1994年にはユーロスターも乗り入れました。私も2007年にモンペリエとノーリッチの研究所を訪問した際に、モンペリエからTGVでリヨン駅、RERで北駅に行き、ここからユーロスターに乗り、ドーバートンネルを通過しました。
090312_3 地平ホームの北側には屋根の無い部分があり、現在はセキュリティが厳しくなっているかも知れませんが、2009年当時はここで一日中スポッティングが楽しめました。

SNCF駅としての利用者数は年間約1億9千万人で、ヨーロッパの鉄道駅で最多だそうです。

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2016年8月 9日 (火)

大宮鉄道ふれあいフェア2016 入場中の255系Be03編成

2016年5月28日の大宮公開、今回はたまたま入場中だった255系特急電車の話題で行こうと思います。

255_be03_160525 255系 Be-03編成 2016/5/25 大宮車両センター公開

JR東日本の直流250番台の特急系列は
                    営業運転開始日
251系:「スーパービュー踊り子」 1990年4月28日
253系:成田エクスプレス     1991年3月19日
255系:Boso View Express   1993年7月2日   にそれぞれ活躍し始めており、

さらに交直両用の651系1989年3月11日に営業運転を開始しています。

255系は分割民営化後、それぞれの路線に適用させた特急車両が続々と登場する中、先行の651系、251系、253系で開発された要素の融合系として255系は開発されたそうです。

255_be03_160525_7

製造は東急車輌製造と近畿車輛が担当し、それまで内房線、外房線特急「さざなみ」「わかしお」に使用されていた183系を置き換えました。

253系までは界磁添加励磁制御方式でしたが、255系はJR東日本の特急車両としては最初のVVVFインバータ制御車となりました。走行システムについては209系910番台の設計を改良して採用しました。

導入当初は京葉線、内房線、外房線運用に限定されることからATCに関しては準備工事のみに留められました。そのため、品川から錦糸町までの地下区間への入線は出来ませんでしたが、同区間は2004年2月29日からATS-Pに切り替わったため、255系も入線可能となりました。

255_be03_160525_4 普段は目にしない中間連結器

初期車の製造から20年以上が経過したため、2015年からは機器更新も開始され、素子のGTOサイリスタはIGBTに変更されました。

255
Be-01からBe-05まで5編成製造されました。

形式は上記のように9両編成で7形式あります。

モハ255形 PS26Aパンタ搭載の中間電動車 取り付け部を低屋根構造にして、中央線狭小建築限界トンネル通過が可能 VVVF、CPを搭載

モハ254形 VVVFと冷房装置などの電源用SIVを搭載 トイレ・洗面所を設置

クハ255形 トイレ・洗面所設置 唯一の2デッキ構造車

クハ254形 デッキ付近に大形荷物置き場を設置

サロ255形 客室中間でのパーティション区分はかつて喫煙席、禁煙席区分の名残 車掌室、トイレ、洗面所、カード式公衆電話設置

サハ255形 車販準備室設置

サハ254形 車椅子対応座席、トイレ・洗面所、多目的室を設置

勝田公開で415系1500番台編成写真を紹介しているのと同じく、この機会に255系5編成の写真をこのシリーズで紹介する予定です。

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2016年8月 8日 (月)

長瀞で川下りを楽しむ

8月5日の金曜日、アメリカから帰国中の義妹家族と、日帰りで長瀞渓谷に川下りに行って来ました。

長瀞渓谷は荒川上流部の渓谷で、1924年12月9日に国から名勝・天然記念物に指定されており、埼玉県立長瀞玉淀自然公園になっており、川下りは6kmの長さを下ります。

往路は一橋学園から、西武遊園地、レオライナーで西武球場前、西所沢から飯能、飯能で西武秩父線に乗り換え、西武秩父へ、御花畑までの間の仲見世通りは複合型温泉計画リューアル工事とやらで工事中でしたが、

160805_2 2016/8/5 御花畑

C58363_160805 2016/8/5 御花畑

往路、お花畑に到着したらちょうど熊谷からC58363牽引のパレオエクスプレスの通る時間帯でした。

160805 レトロな雰囲気満載の秩父鉄道お花畑(芝桜)駅構内

160805_3 影森方面
左側の線路は西武秩父駅との連絡線

Adv_160805
2016/8/5 お花畑駅に掲出された秩父鉄道の長瀞ライン下りの広告

160805_11 長瀞駅に隣接するライン下り案内所

100hm_160805 長瀞ライン下りも昨年で創業100周年を迎え、その時にパレオエクスプレスに掲出されたHMは待合所に飾ってありました。

長瀞駅で下車すると、駅のすぐ前に川下りの切符売り場があり、コースは上長瀞・親鼻橋から、岩畳までの区間のAコース(3キロ)、岩畳から高砂橋までの下流区間のBコース(3キロ)、そしてA+Bの全区間(6キロ)の3つがあり、料金はA, Bがそれぞれ1600円/1名、Cは3000円/1名です。

駅裏側の案内所からそれぞれの乗船ポイントまで約20名の乗船客と船頭さん2名がマイクロバスで運ばれるシステムとなっています。

我々は全区間を岩畳で乗り継いで乗船することにしました。

160805_4 乗船ポイントは秩父鉄道名物の見える好撮影地でもあります。下ではキャンプを楽しむ人々の姿も

7500_160805
まずはA区間 鉄橋の手前まで来るとタイミング良く上を秩父鉄道の電車が通過して行きました。

160805_5
ナウマン象の研究・報告で名高いドイツの地質学者ハインリッヒ・エドムント・ナウマン(1854~1927)が1878年にこの地を調査し、日本地質学発祥の地としても有名な場所となりましたが、渓谷の両側には数多くの特徴的な岩肌が見えます。

160805_6
160805_2_2
160805_7
中間地点の岩畳は三波川変成帯と呼ばれるジュラ紀から白亜紀に低温高圧型の変成作用を受けた結晶片岩からなり、プレートの沈み込みで地下15kmから30kmの深さに沈み込んで変成作用を受けた岩石が地上に露出したものだそうです。

160805_2_3 岩畳で一旦船を降り、別の船に

160805_3_2
岩畳の乗船場

160805_3_3
下流のBコースへ
岩肌にオレンジのマークが付けられており、それぞれの岩にはその形態から名前が付いているそうですが、その名前は万が一船が事故を起こした際に救助隊に場所を知らせる際に役立つそうです。

160805_8 この岩などはその形態から蛙岩といわれているそうです。

160805_10 高砂橋の下船ポイント到着後 船の横の透明のビニールは急流箇所を通過する際に水しぶきを防ぐためのものです。

160805_9
乗船客と船頭さんは下流の船着き場で待つマイクロバスで、長瀞駅に、一方、船は川底が浅いためエンジンが付けられないため、3隻ずつこのようにトラックに乗せて、上流の乗船場に運びます。

160805_12 長瀞駅窓口で購入した切符は珍しい硬券でした。

C58363_160805_2 寄居では復路のパレオエクスプレスと遭遇

111207_160805 寄居~高麗川間は八高線DCで

ライン下りの後、駅そばで遅い昼食を摂り、帰りは寄居~八高線~拝島~萩山~一橋学園のルートで帰りました。

朝突然思いついたように出かけた日帰り旅行でしたが、大いに楽しめた一日となりました。

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2016年8月 7日 (日)

江ノ電を撮る 施設編 5 鎌倉高校前

江ノ電の特徴的な駅を紹介しているシリーズ、今回は腰越駅から湘南海岸に並行に走る国道134号と併走する区間にある、鎌倉高校前駅です。

151128 2015/11/28 腰越駅方向 こちら側にも出入り口があります。

江ノ電の駅でホームから海が見え、西方には江ノ島も見える絶景スポットの駅です。所在地は鎌倉市腰越一丁目です。1997年にはホームから前面いっぱいに「湘南の海」が広がっていることで「関東の駅百選」に選ばれています。

141230 2014/12/30 鎌倉方向

開業は1903年6月20日で、当時の駅名は日坂駅でした。1953年8月20日に鎌倉高校前に改称されました。

151128_2 2015/11/28

冬の低い高度の太陽光線が南からさすと海面に反射してこのような写真になりました。

305_151128 2015/11/28

305 藤沢方面行きの進入

1251_150524
2015/5/24 江ノ島と1251

1502_141230_2 2014/12/30 夕日を浴びる1502

季節、天候によって光線状態が大きく異なるのもこの駅での写真の特徴かと思います。

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2016年8月 6日 (土)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 8 8000系 その12 

小菅の複々線を走る車両として東武8000系の色物電車を見て参りましたが、今回はその最終回で南栗橋車両管理区 春日部支所所属の亀戸線、大師線用8500系ワンマン車2016年3月23日から登場した8577編成のレトロ塗装です。

8677_160409 2016/4/9 亀戸

8577_160409_22 8677_160409_33
8577_160409_32 2016/4/9 東あずま

4月の桜の時期に撮影を試みましたが、既に桜の満開は過ぎ、葉桜状態でした。

8577_160409 2016/4/9 曳舟

この塗装は1958年7860型を新造した際に、標準色として採用された塗色だそうです。車体はインターナショナルオレンジにミディアムイエローの帯を巻いたカラーリングとなりました。しかし、日比谷線直通車両2000系が導入された際に、インターナショナルオレンジとロイヤルベージュのツートンカラーが主流となったため、1964年頃には姿を消したそうです。

2000_160805 2000系 この写真は東武ファンフェスタ2016で展示されていた写真です。

亀戸線が持つ「懐かしさ」と「下町情緒」を引き立てるために1編成にこの塗色を復活させたとのことです。

8577_160425
8677_160425_2 2016/4/25 西新井

西新井を通過した際、8577編成が大師線運用に入っているのを見かけたので、西新井まで戻って撮影しました。

7800_160805 7800系 この写真は東武ファンフェスタ2016で展示されていた写真です。

因みにこの塗装が導入された7860型とは7800系の中の日立製作所製造のグループです。

7800系は太平洋戦争後の混乱期に運輸省が各私鉄に割り当てた国鉄63系電車の東武鉄道による形式の7300系を基本に、東武が独自に設計した車両で1953年から1961年にかけて164両が製造されました。

20m級4扉車で、製造時期によって、7800、7890、7820、7860、7870の5タイプに分かれるそうです。このころの東武の形式はMcが7800に対してTやTcは800という形式名でした。

やがて、これら7800系一族は事故廃車の2両を除く、162両が1979年から1985年にかけて5000系に更新され、消滅しました。

5050_160805 5050系 この写真は東武ファンフェスタ2016で展示されていた写真です。

5070_160805 5070系 この写真は東武ファンフェスタ2016で展示されていた写真です。

この際の更新は車体を新製した上で、主要機器を流用する方式が採られたため、車体は8000系オリジナルとほぼ同一のものとなりました。5000系は非冷房車として落成した5000系、冷房装置を搭載した2・4両編成の5050系、6両固定編成のグループ5070系の3系列からなりました。

私も晩年の活躍を野田線で体験しましたが、首都圏最後の旅客用吊り掛け電車でした。

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2016年8月 5日 (金)

京成電鉄の車両たち 2  3500形

これまでの人生において京成電鉄は殆ど接点がなく、乗車経験もあまりないのですが、今回は3500形について触れようと思います。

3517_151024 3517 更新スタイル 2015/10/24 京成津田沼

1972年12月から1982年5月にかけて、輸送力増強と750形「青電」の置き換え用として4両編成24本、96両が製造されました。西武で言えば101系、新101系、オリジナル2000系が製造されていた頃ですね。

京成の通勤用車両としては初の冷房車でした。付番方式は東側から3501-3502-3503-3504の第1編成、第2編成は505-3506-3507-3508で、それぞれの編成は3504,3508,3512編成と呼ばれます。

3544_151024 3544 2015/10/24 京成津田沼

車体は普通鋼の骨組みにステンレス鋼の外板のセミステンレス構造です。これは3300形までの普通鋼車体の車両に冷房装置を搭載すると重量が荒川橋梁や江戸川橋梁の限界を超えてしまうため、冷房を搭載しても限界を超えない車体ということでセミステンレス構造になったそうです。

主回路制御方式は界磁チョッパ方式も検討されましたが、乗り入れ先の都営浅草線の規定から弱め界磁制御方式の抵抗制御となりました。1987年までは浅草線のトンネルや駅の空調設備が不完全であったため、押上以南は冷房を切り、扇風機のみ稼働で入線していました。

4両編成は

モハ3500 モハ3500 モハ3500 モハ3500
  M2     M1'    M1'    M2
   3504        3503        3502       3501
M2  :MGとCPを搭載
M1' :パンタグラフ、主制御器を搭載

M2M1' ユニットを背中合わせに繋いだ4連です。M2車は運転台よりの台車は主電動機を搭載しない0.5M車です。

3545_151024 3545 2015/10/24 千葉中央

MGは冷房装置の搭載で容量を従来車よりアップしたCLG-355B(定格出力75kVA)を搭載しました。CPは2段圧縮タイプのC-2000-Mを搭載しています。パンタグラフは菱形のものがM2車寄りに1基設置されています。

台車は住友金属工業製S形ミンデン方式台車で、電動台車はFS389、付随台車はFS089です。

駆動装置はWNカルダン方式で、主電動機は3509 - 3510・3513 - 3516・3529 - 3536が東洋電機製造製TDK-8530-A、3549 - 3556・3561 - 3564・3573 - 3578・3589 - 3594が東洋電機製造製TDK-8531-A、それ以外が3300形や更新後の3200形でも使用している三菱電機製MB-3097-C2と、それぞれユニット単位で異なっているが、いずれの機種も基本的に同一設計です。京成社内ではまとめてKMM-3097-C(端子電圧500V、電流225A、出力100kW、定格回転数1,650rpm)と呼んでいます。

3596_151024_2 3596 原形スタイル 2015/10/24 京成津田沼

主制御器は東洋電機製造製のACDF-H6100-575C(直列9段、並列6段、弱め界磁5段)です。

製造年次

3504~3516 1972年末から1973年初頭にかけて製造されたグループ。

3520~3556 1973年春期から1974年秋期にかけて製造されたグループ。

3560~3572 1976年末から1977年春期にかけて製造されたグループ。

3576~3592 1979年夏期から1980年春期にかけて製造されたグループ。

3596     1982年5月に製造された最終編成。

3500形の特徴は24編成のうち、14編成(3504~3556)は製造後20数年が経過した1996年から大榮車輌にて更新工事が開始され、前面形状が大きく変更されたことです。ちょうど東武8000系と同じように。

ところが2001年3月までに14本が更新されたところで、鉄材の腐食が予想以上に進んでいることが明らかとなり、更新するよりは新製車に置き換えた方が得策ということになり、3548編成の3546-3545ユニットが出場したところで、更新は打ち切りとなり、更新車と未更新車(原形車)が混在することになりました。

3500形の特徴は、4連を2本併結して、8連化したり、背中合わせのM2-M1'の2両ユニットを単位として6連、8連を組成できることで、編成替えは結構頻繁に行われたそうです。

2016年3月の時点で、更新車による8連は消滅し、

6連が
・3508~05+26-25
      ・3528-27+56~53
      ・3544~41+46-45
      ・3548-47+12~09 といった組成で

4連は
・3504~01
      ・3516~13
      ・3520~17
      ・3524~21
      ・3532~29
      ・3536~33
      ・3540~37(芝山鉄道)
      ・3552~49      とオリジナルの編成組成で残っています。

未更新車は3588Fのみが残っている状態です。

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2016年8月 4日 (木)

西武線各駅探訪 5 井荻駅

西武鉄道の思い出深い駅を巡るシリーズ、今回は井荻駅です。

160530 2016/5/30

小学校3年の1964年12月から高校2年の1972年まで杉並区清水3丁目の公務員住宅に住んでいた際に、西武新宿線の最寄り駅でした。

といっても中学は杉並区立神明中学校に通っており、井荻駅はさほど使ったことのない駅でした。ただ、父親の勤務先は井荻駅のすぐ北にあった当時の通商産業省工業技術院機械技術研究所(現在はつくば研究学園都市にあり、産業技術総合研究所の一部、井荻の跡地は井草森公園に)だったので井荻駅の横を通って、職場を訪問したことも何回がありました。

所在地は杉並区下井草5丁目23-15、開業は1927年4月16日沼袋駅で記事で触れたように川越鉄道の後身の西武鉄道(旧)が東村山~高田馬場(仮)駅間を開業した際でした。

開業以来、島式ホーム1面2線の構造だったそうですが、1963年10月21日から、島式ホームに単式ホームが下り線側に追加されて、電車の追い越しが可能になりました。

701_810804_2 1981/8/4 井荻駅
まだこの頃は北側に出入り口はなく、構内踏切がありました。列車は701系4連が中間に451系等の2連を挟んだ10連で朝の急行などの列車の回送列車と思われます。
手前の踏切が構内踏切、奥の踏切が環状8号線の踏切です。上り島式ホームの上井草よりが階段で構内踏切に通じ、南口にのみ改札口がある構造でした。今からちょうど35年前の写真です。

2000n_2_2457f_160613
さらに特徴的だったのは、「井荻スペシャル」とも言える追い抜きが下り線で行われていました。現在も線路構成は殆ど同じで、中線に下り列車用の信号機が付いていますが、下り列車が中線を使って追い越しは行いませんが、あの頃は下り列車の追い越しが行われていました。

160528 鷺宮方向 2016/5/28

井荻に停車する列車に対して、追い抜きを行う下り列車は鷺宮よりのポイントで中線に入り、2つ上の写真のポイントで下り本線に戻るルートで追い抜いていました。その際に上り列車は3つ上の写真の最北側の線路に退避するパターンをとっていました。鷺宮方向からの下り列車が上り本線に進入するので、井荻に接近する上り列車からの正面の眺めは迫力に富んだものでした。

160717_2 北口 2016/7/17

こういった特徴的な構造も1996年からの南口駅舎の解体、1997年5月13日の新駅舎使用開始、1998年3月14日の現在の相対式ホーム2面3線への変更、構内踏切廃止、跨線橋の設置、北口開設と大きく変化しました。

160717

160717_3 駅の上井草よりにかかる架道橋は環8の側道

一方、環状8号線(都道311号線)の踏切も開かずの踏切として社会問題化し、環8が延伸して交通量が増えるにしたがって大問題となり、1997年4月30日、北は南田中2丁目から南は清水3丁目までの井荻トンネルとして、西武新宿線、早稲田通り(東京都道・埼玉県道25号飯田橋石神井新座線)、新青梅街道(東京都道440号落合井草線)、千川通り(東京都道439号椎名町上石神井線)、旧早稲田通り(都道25号線)を地下で交差する大トンネルとなりました。

現在はかつて踏切だった環8のメインは井荻トンネル、側道は井荻架道橋、そして歩道はやはり地下道で西武新宿線を横切る構造となっています。

160717_3_2 井荻トンネル 南側出入り口

かつての清水3丁目から大きく変貌を遂げました。この辺はかつて沓掛町で、右手には都営バスの車庫があり、ここから「晴海埠頭行」のバスが出ていて、年末には母と築地の場外市場に買い物に行ったこともありました。

先日、久しぶりに井荻駅から荻窪駅まで清水3~2~1丁目、四面道、青梅街道と歩きましたが、青梅街道はあまり変わっていないものの、環八の変貌ぶりには驚きました。

余談になりますが、井荻駅はここの所よく電車撮影を行う駅でもあります。

9000_9001_kpp_train_160801 2016/8/1

この月曜日には新宿線で活躍し始めた9101F KPP trainの通勤急行も撮影しました。

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2016年8月 3日 (水)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 24 United Airlines Boeing 737 part2

このシリーズ、前回はSan Diego Lindbergh空港で見かけたUnited Airlines737Classicsについて触れました。

今回はUnitedと合併する前のContinental時代の737について触れようと思います。

N36272_boeing_737824_cn31590_ln987_ N362772 Boeing737-824 cn31590 ln 987 2002/1/17 SAN

Continental AirlinesのFleet List DataをPlanespotters.netのデータでみると737はなんと383機も運航していたことが分かります。これは同航空の全歴史的Fleet(但しA300, 727, 737, 747. 757, 767, 777, DC-10, DC-9, MD-80ですが)727機の半数を超える数です。

N33289_boeing_737824_cn_31607_ln154 N33289 Boeing 737-824 cn 31607 ln 1542 2008/1/18 SAN

そしてその内訳は

-100    17機 
:全て-130でLufthansaからの機体をPEOPLE Expressが購入し、Continentalが吸収合併したものです。

-200     30機
:-212、-214, -217, -219, -222, -247, -291, -2CO, -2H4 といったカスタマーコードの機体から構成されています。

-300     65機
-3Q8, -3TO ILFCとTexas Air Corpいずれもリース会社ですね。

-400はなく

-500    67機
ここで初めて自社発注の-524ばかりとなります。

-700  36機
すべて-724

-800  126機
すべて-824

-900    42機
ERタイプ 30機  -924 12機     となっています。

N78285_boeing_737824_cn_33452_ln154 N78285 Boeing 737-824 cn 33452 ln 1540 2008/1/18 SAN

N33203_boeing_737824_cn_30613_ln591 N33203 Boeing 737-824 cn 30613 ln 591 2008/1/18 SAN

N39297_boeing_737824_cn_34003_cn_17 N39297 Boeing 737-824 cn 34003 ln 1791 2009/1/16 SAN

San Diegoではご紹介した写真のように2002年から2009年までContinental塗装の737を撮影していますが、いずれも-800タイプでした。

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2016年8月 2日 (火)

西武2000N系 4扉車を主流にした車両 6次車-3 6連

西武新宿線の主力として活躍中の2000N系を製造年次、編成形態で追っかけていますが、今回は6次車の6連です。

2連同様に番号を50番台からとして、2051Fが1編成製造されました。東急車輌製で、前面貫通扉窓は小ぶりで、6連車の中で異彩を放っています。

2051 6連 1988年5月19日

2000n_6_2051f_070330_2 2007/3/30 国分寺

ベンチレータがあった頃

2000n_6_2051f_150926_7 2015/9/26 国分寺

2000n_6_2051_160424 2016/4/24 小川~鷹の台

ベンチレータ撤去後

6連単独運用として、2000系に混じって国分寺線で運用されているのをよく見かけます。

2000n_6_2051f_141101 2014/11/1 小川

休日は2連を併結して、8連で本線各停運用などにも入ります。

2000n_6_2052_160521 2016/5/21 小平

2000n_6_2052_160613 2016/6/13 井荻

4連と併結し10連となり、本線の急行運用などにも入ります。

表示に関しては種別、行き先ともに幕式の様です。

新宿線の場合、2連と併結で8連化、4連と併結で10連化において、編成の順序は決まっていないようです。

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2016年8月 1日 (月)

電気機関車 EH500シリーズ 17号機

Eco Power金太郎」こと、EH500形電気機関車を1両ずつ紹介しているシリーズ、今回は17号機です。落成は2002年7月2日でした。

Eh50017_021229 2002/12/29 田端操車場

Eh50017_030927

2003/9/27 五稜郭

Eh50017_031009 2003/10/9 隅田川駅到着後の機関車の単機重連回送

Eh50017_040821 2004/8/21 白坂

Eh50017_050423 2005/4/23 桜満開の豊原駅

Eh50017_050618 2005/6/18 西浦和

Eh50017_060326 2006/3/26 自治医大~石橋間

Eh50017_060422 2006/4/22 北府中

Eh50017_080731 2008/7/31 長町

Eh50017_080809 2008/8/9 郡山

Eh50017_110213 2011/2/13 栗橋~古河

Eh50017_120617_2 2012/6/17 府中本町

Eh50017_120720 2012/7/20 郡山 背後の煙は福島復興号で郡山機関区でSLが試運転

常磐線コンテナ貨物

Eh50017_140317 2014/3/17 ひたち野うしく~荒川沖 二十三夜尊前踏切

安中貨物

Eh50017_140412_1 2014/4/12 荒川沖~ひたち野うしく トキのみのショート編成

以上です。

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