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2016年9月30日 (金)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 9 10000系 6R車

東武10000系の話題、今回は6R車です。

10000_16601_150429 2015/4/29 小菅 11601F

10000系の6R車は9編成製造されました。竣工日とメーカーは以下のようになっています。
                                      リニューアル
第一次車 11601F 1984/1/14  東急車両             2008
       11602F 1984/1/26 東急車両             2008
第二次車 11603F 1984/7/31 東急車両                             2009
       11604F  1984/7/31 東急車両・富士重工             2008
第四次車 11605F  1986/8/5  東急車両・富士重工             2009
第五次車 11606F  1987/2/10  アルナ工機                         2009
       11607F  1987/2/23    アルナ工機                         2010
       11608F  1987/3/11   富士重上                             2010
       11609F  1987/3/26  東急車両                             2009

10000_16602_160312 2016/3/12 館林 11602F

10000_16603_150425 2015/4/25 11603F

10000_16604_151206_2 2015/2/6 越谷 11604F

10000_11605_160625 2016/6/25 五反野 11605F

編成の構成は

    クハ11600  モハ12600 モハ13600 サハ14600 モハ15600 クハ16600
      Tc1                M1              M2             T3              M3            Tc2
                             CON1/PT       MG/CP       MG/CP    CON2/PT
             29.0t              39.0t           39.0t          32.6t          37.5t           29.0t
               150              170              170            170             170            150

現在は9編成とも春日部区に配置され、本線の区間準急、区間急行、北千住ローカル、竹ノ塚ローカルなどに使用されています。

10000_11606_111104 2011/11/4 東武動物公園 11606F

10000_16607_160312 2016/3/12 館林 11607F

10000_16608_160206 2016/2/7 西新井 11608F

10000_16609_151206 2015/2/6 越谷 11609F

内装の更新を主眼にしたリニューアル工事も2007年1月19日に11601Fが津覇車両工業館林作業所に入場したのを皮切りに開始され、9編成すべての工事が終了しています。

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2016年9月29日 (木)

京成電鉄の車両たち 4  3700形

京成電鉄の車両シリーズ、今回は1991年3月19日のダイヤ改正で登場した3700形です。

3700_3721_151024 2015/10/24 京成津田沼 3728編成

このとき、京成は成田空港ターミナル直下への乗り入れ、北総開発鉄道2期線が開通しました。京成では新規製造車としては最初のVVVFインバータ制御通勤車両であり、都営地下鉄浅草線、京浜急行電鉄線、北総線への乗り入れに対応した車両となりました。

2002年3月までに8両固定編成、15本、6両固定編成2本の計132両が製造されました。設計のモットーは「メンテナンスの容易化」「省エネルギー化」「乗り心地の向上」「旅客サービスの向上」でした。

3700_3738_151031 2015/10/31 宗吾参道 3738編成

車体は18m3扉で、軽量ステンレス製、幕板腰板部はヘアライン仕上げ、吹き寄せ部はダルフィニッシュ仕上げとし、前頭部は普通鋼製、シルバーメタリック塗装となっています。

側窓は乗務員室次位を除き2連窓となっています。帯色はそれまでのファイアーオレンジからAE100形で採用されたヒューマンレッドとフューチャーブルーの2色となりました。

3700_3758_151031_0 201/10/31 公津の杜 3758編成

冷房装置は集約分散式18,000kcal/hで東芝製のRPU-6006形と三菱電機製CU-71形を各車に2機ずつ搭載する方式とし、600V直流電源で駆動されるインバータ方式となっています。

先頭車屋根上にはラジオ受信アンテナが搭載され、乗降促進用車外スピーカーも京成車として初めて装備されました。

車輌番号は3600形と同じ付番方式で、第一編成が3701~3708で末尾9と0は欠番とし、第二編成は3711~3718となり、浦賀より先頭車の番号を編成番号としました。8両編成は6M2T、6両編成(一位が4と5の車両が欠)は4M2T、先頭車は京急方式に合わせて制御電動車とし、一位が3と6の中間車が付随車となっています。

制御装置はAE100形に引き続き、東洋電機製造製のGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御で1台のVVVFで8台のモータを制御する1C8M方式です。

補助電源装置はGTO素子使用のDC-DCコンバータ、東芝製COVO19-CO形、容量150kWで、CPはレシプロ式交流電源駆動のC-2000LMを搭載しています。

パンタグラフは下枠交差式で一位2と7の車両に2台、5の車両に1台搭載しています。6次車からシングルアーム方式になっています。

3700_3778_151031_2 2015/10/31 京成高砂 3778編成

駆動装置はTD継ぎ手式平行カルダン方式WN平行カルダン方式の2種類があり、TDは東洋電機製造製の、WNは東芝製のモータを搭載しています。タイプは両者ともかご形三相誘導電動機で出力は130kW、京成内での制式呼称はKMM6170です。2次車までは編成内で半々になるように両方の駆動方式が搭載され、3次車以降は編成単位で駆動方式が統一されたそうです。

3791_160430 2016/4/30 京成曳舟 3798編成

起動加速度 3.5km/h/s
減速度 常用 4.0km/h/s 非常用 4.5km/h/s 
歯数比 85:14 (1:6.07)
限流値 73.3A

台車は電動台車が揺れ枕形ダイヤフラム空気バネ・SUミンデン式FS-547 付随台車がFS-047で基礎ブレーキは片押し式踏面ブレーキです。

編成形態・搭載機器

番号  3701  3702  3703  3704  3705  3706  3707  3708
            M2c      M1       T        M2       M1'       T        M1      M2c
            CP      VVVF   DDC     CP     VVVF    DDC   VVVF     CP

1次車 3701-3708    日本車輛
     3711-3718        〃
     3721-3728    東急車輛   1991年3月から4月にかけて落成

2次車 3731-3738 東急車輛
          3741-3748 日本車輛    1994年12月から1995年2月にかけて落成

一次車に対して正面へのスカートの設置、先頭車への車いすスペースの設置など変化があった。

3次車 3751-3758  東急車輛
     3761-3768  日本車輛
     3771-3778  東急車輛
          3781-3788  日本車輛   1995年12月から1996年3月に落成

4次車 3791-3798  東急車輛
     3801-3808  日本車輛   1997年5月と12月に落成

5次車 3811-3818  日本車輛   1998年11月

3828_160430 2016/4/30 京成高砂 3828編成 6連
前照灯の位置が変わっています。

番号   3821    3822    3823    3826   3827    3828
          M2c      M1      T         T       M1      M2c
          CP     VVVF    SIV     SIV    VVVF    CP

6次車 3821-3828 東急車輛
     3831-3838  日本車輛   2000年1月から2月にかけて落成 6両固定編成
   6連のため、千葉線や千原線への入線も可能になりました。

3800_3841_151031 2015/10/31 京成高砂 3841編成

番号  3841  3842  3843  3844  3845  3846  3847  3848
            M2c      M1       T        M2       M1'       T        M1      M2c
            CP      VVVF   SIV     CP     VVVF    SIV      VVVF     CP

7次車 3841-3848  東急車輛     2001年1月に落成

6次車以降の変化は電源がDDCからSIVに変わったこと、それに伴ってエアコンが三相交流440V電源による稼働率制御方式に変化したこと、CPも同様に変化しています。基礎ブレーキ方式もユニットブレーキとなり、付随車に滑走防止制御装置が新設されました。

8次車 3851-3858 日本車輛 2001年8月に落成

3800_3861_151024 2015/10/24 京成津田沼 3868編成

9次車 3861-3868 東急車輛 2002年3月落成

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2016年9月28日 (水)

西武線各駅探訪 7 東伏見駅

今回の西武線各駅探訪は新宿線の東伏見駅です。所在地は東京都西東京市東伏見二丁目5-1 です。

160917 2016/9/17

この駅は1972年から1983年までの南大泉時代の最寄り駅のひとつでした。大学学部から大学院にかけて、新宿線~高田馬場~地下鉄東西線~大手町~地下鉄千代田線~根津のコースで最寄り駅に自転車を置く場合に武蔵関より、東伏見の方が自転車置き場が便利であったので東伏見をよく利用しました。尤も、いちど自転車盗難にもあっていますが。

開業は川越鉄道の後身の西武鉄道1927年4月16日に村山線高田馬場(仮)駅~東村山駅間23.7kmを開業した際に上保谷駅として開業しました。

160918

ただ、当時の西武鉄道は線路の開通前に沿線予定地の不動産開発も手掛けており、1925年早稲田大学に対して上保谷に所有していた土地約2500坪の寄付を申し出ており、同大学の各体育部が利用する総合運動場として駅付近の土地が利用されるようになりました。

160918_2 今でも南口から青梅街道にかけての土地には早稲田大学の校地が広がります。かつて駅前には早稲田大学のプールがあり、私も高校2,3年の夏休みはこのプールに通って受験勉強に向けての体力づくりと気分転換に役立てました。

現在でも同駅は早稲田の体育会系の駅としてこういったイベントも開催されているようです。

次に西武鉄道がやったことは駅周辺の分譲地の開発、販売で一区画100坪から300坪で3年から10年の月賦払いとし、入居後1年間は鉄道の無料パスが進呈されたそうです。

160918_3 文部大臣 鳩山一郎による東伏見稲荷神社の石碑

そして、次に西武鉄道がやったのは伏見稲荷の勧請で、京都の伏見稲荷を分霊し、1929年に創建されました。実は未だにお参りしたことはないのですが、宇迦御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神が祭られているそうです。東伏見稲荷の設立で駅名も東伏見となりました。

501
開業以来、長らく島式ホーム2面3線の構造で、現在の田無駅や昔の花小金井駅と同じ構造でした。この時代、北口は無く、南口から構内踏切を渡って、上り側ホームに移動していました。

160917_2
また、現在ダイドードリンコアイスアリーナになっている場所は長らくテニスコートがあり、新宿線の電車からもテニスをする人々の姿が見えました。

1471_472_800601
その後、ゴルフの打ちっぱなし練習場となり、1983年3月24日に現在の橋上駅スタイルとなりました。ちょうど、私はこの年の4月に南大泉の実家から独立してつくばに移り住みました。この時代は野球では西武ライオンズの全盛時代で、1982年のシーズンは中日を破って初の日本一、1983年の日本シリーズでは巨人を破って二年連続日本一となり、広岡監督がこれでようやく全国区になったといった年でもありました。

1984年8月10日東伏見アイスアリーナが開業しました。

701_810805

この写真以降、この場所は時間が止まったように同じ風景を保っており、車両のみが変化してゆくように感じます。

5000_800601
武蔵関よりの坂も変化が無く、かつては5000系レッドアロー「おくちちぶ」などもここで撮影しました。

20000_20006_160917 2016/9/17

望遠で同坂を通過する列車を狙うと結構、急坂に見えます。

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2016年9月27日 (火)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 26 Air Canada A319

San Diego Lindbergh空港でのSpotting、今回はAir CanadaA319です。

Cgapy_a319114_cn728_150115_san C-GAPY A319-114 cn 728 2015/1/15 SAN

カナダにはかつてCanadian(Canadien)航空Air Canadaという大きな会社が2社あり、両方とも日本に乗り入れていました。現在はAir CanadaがCanadianを吸収し、Canadaのフラッグキャリアーとなっており、定期便、チャーター便、旅客・貨物合わせて世界の182の都市を結んでいます。ちなみに世界6大陸(アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、大洋州)に路線を持っているのは
Air Canada
Air China
British Airways
Delta Airlines
Emirates
Etihad Airways
Korean Air
Quantas
Qatar Airways
Singapore Airlines
South African Airways
United Airlines だけだそうです。

機材の数では世界10位にランクされ、スターアライアンスの創立メンバーです。
ケベック州のモントリオールを拠点としています。

設立は1936年4月11日で、国営のカナディアン・ナショナル鉄道 (CNR)の子会社としてトランス・カナダ航空 (Trans-Canada Airlines, TCA) としての誕生でした。開設の目的は国の東海岸と西海岸の主要都市を結ぶためで1938年に2機のロッキードModel 10 ElectraBoeing Stearman を購入し、United AirlinesAmerican Airlinesの専門家を招いて大陸横断路線が開設されました。初の営業飛行は1937年9月1日にロッキードL10Aでバンクーバー~シアトル間で行われました。

1938年には客室乗務員が雇われ、1939年モントリオール~バンクーバー間の運航が開始、1940年には従業員数が500名を超えました。1942年にカナダ太平洋航空から合併の提案がありましたが、当時の首相がこれを拒否、1964年には社名をTCAからAir Canadaに変更しました。1970年、政府はAir Canadaの地位を安定化させるため、競合するカナダ太平洋航空や地方航空会社に対して様々な規制を行いました。1970年代後半にAir CanadaとCNRは国営企業を離脱し、民営化されました。1987年に公式にカナダの旅客航空市場がオープンとなりました。

Cgapy_a319114_cn728_150115_san2

機材的には1960年代から80年代までDC-8,1970年代から1980年代にかけて727,747、トライスターなどが主力機材で、Douglas DC-9シリーズも1967年から使われ、2000年代初期まで活躍しました。1990年代には767が主力に、その後A340も導入されましたが2008年に引退、777-300ERに置き換わりました。

1998年9月2日には初のストライキが実施され、2000年にはCanadian航空を買収しました。合併したCanadianからの引き継ぎ機材としてDC-10や737-200などは2000年代初期まで活躍しました。

A319-100は18機活躍中で、そのうちの15機は2019年から就航予定のBombardierCS300に置き換えられる予定です。3機はVIPチャーター機としてAir Canada Jetzが運航しています。

A319もすでに殆どが1997年から1998年にかけて就航した機体で、18年の機齢となっています。

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2016年9月26日 (月)

西武2000N系 4扉車を主流にした車両 7次車-1 4連 その1

西武2000N系、今回からは7次車です。

7次車は

東急車輛製の 4連 2509F~2529F 11編成、2連 2453F  46両
西武所沢車輛工場製の 6連 2053F, (2055改め)2045F、8連 2057F 20両 からなります。

まずは東急車輛製の4連から、落成年月日はそれぞれ

2509F         1988/5/26
2511F              〃
2513F    1988/6/2
2515F             〃
2517F    1988/6/9
2519F             〃
2521F         1988/10/20
2523F             〃
2525F         1988/11/10
2527F             〃
2529F         1988/11/24   

となっており、2509F~2519Fまでが1988年5月下旬から6月上旬にかけて2編成ずつ6編成、2521F~2529Fまでが5か月後の10月下旬から11月下旬にかけて2,2,1編成で5編成、落成しています。

2000n_4_2509f_160423 2016/4/23 小平 2509F

西武新宿よりクモハはベンチレータは撤去されていますが、パンタ台の周りはそのままです。

2000n_4_2610_160801 2016/8/1 井荻 2610 クハの屋根上はベンチレータ撤去されすっきりしています。
平日朝の下りに設定がある、「準急」田無行きです。

2000n_4_2511f_160613 2016/6/13 井荻 2511F

2000n_4_2612_060102_1 2006/1/2 小平 2612 まだベンチレータがあった頃

2000n_4_2612_160717 2016/7/17 井荻 2612 ベンチレータ撤去後の姿

2000n_4_2513_160703 2016/7/3 西武球場前 2513F
池袋線配置の2513F、単独で狭山線運用に入ったときのものですが、上から見ると引き通し線が残されているのが分かります。

2000n_4_2614_160703 2016/7/3 西所沢 2614

2000n_4_2515_160723 2016/7/23 井荻 2515
この車両は歩み板が撤去されています。

2000n_4_2616_160530 2016/5/30 井荻 2616 クハのベンチレータも撤去済みです。

2000n_4_2517f_160613 2016/6/13 井荻 2517F このクモハはパンタを撤去しただけの姿です。

2000n_4_2618_160730 2016/7/30 中井 2618

2000n_4_2519_130101_2 2013/1/1 小平 2519F まだベンチレータがあった頃

2000n_4_2519_160513 2016/5/13 沼袋 2519F

2000n_4_2620_130101_3 2013/1/1 小平 2620 ベンチレータがあった頃

2000n_4_2620_160606_21 2016/6/6 井荻 ベンチレータは撤去済み

7次車の4連、2509Fから2519Fまでは前面の貫通扉の窓が小さいタイプです。また側面の側窓、戸袋窓、側扉窓の関係も側扉窓と戸袋窓が角の丸い小型となっています。
2521Fから2529Fの写真は次回の記事で紹介します。

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2016年9月25日 (日)

電気機関車 EH500シリーズ 19号機

Eco Power金太郎」こと、EH500形電気機関車を1両ずつ紹介しているシリーズ、今回は19号機です。落成は2002年10月11日です。

Eh50019_030928 2003/9/28  五稜郭(現、函館貨物)

Eh50019_040131 2004/1/31 恵比寿

Eh50019_040522 2004/5/22 高久

Eh50019_060312 2006/3/12 野崎

Eh50019_060714 2006/7/14 東仙台

Eh50019_071223 2007/12/23 長町

Eh50019_080801 2008/8/1 金谷川

Eh50019_100731 2010/7/31 栗橋~古河

Eh50019_101024 2010/10/24 千刈踏切 (奥羽本線)

Eh50019_120721_2 2012/7/21 日和田

常磐線貨物列車

Eh50019_140517_1 2014/5/17 妙向寺踏切 荒川沖~ひたち野うしく間
安中貨物

Eh50019_140308 2014/3/8 馬橋

以上です。

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2016年9月24日 (土)

Frankfurt am Main Airportでのspotting 11 JAL Boeing 747-346 JA8179

1989年5月、冷戦時代の西ドイツ、フランクフルト・アム・マイン空港でのスポッティング、今回はJALBoeing 747です。

1989年5月頃は西ベルリンに留学して7ヶ月が過ぎようとしていた時期で、今みたいにインターネットがあるわけではなくヨーロッパでは極東の日本で起こっていたことなど殆どニュースとしては放映されない毎日でした。

Ja8179_b747346_cn_23640_668_jal_890 JA8179 Boeing 747-346 cn 23640 ln 668   1989/5/6 FRA

1988年10月中旬から西ベルリンでの生活が始まりましたが、ヨーロッパでは9月の秋分の日で夏時間から冬時間に時間が切り替えられると、あっというまに日が短くなり冬の気分になります。ちょうどこの頃は天皇陛下の膵臓癌の症状が悪化していた頃でしたが、日本では大量の出血、下血や輸血の様子が連日のように報道されていましたが、西ドイツの新聞ではそのような報道は殆どありませんでした。

Ja8179_b747346_cn_23640_668_jal_8_2
我々家族も11月に西ベルリンの日本領事館に着任届けを提出し、公用旅券の周辺訪問国追加申請をした際に置いてあった日本の新聞で天皇の最新の容態を知った次第でした。

Ja8179_b747346_cn_23640_668_jal_8_3
1989年1月7日の崩御は日本の実家からの国際電話による連絡で知りましたが、日本は土曜日の朝だったと思いますが、西ベルリンは金曜の夜でした。知らせを受けて、西ベルリンで受信できるどの放送局が一番先に報じるか見守っていたら、なんと東ドイツの国営放送が真っ先に報じました”Kaiser Hirohito gestorben"という字幕で生前の写真共に数秒間、速報で伝えたのを憶えています。

Ja8179_b747346_cn_23640_668_jal_8_4
そしてこの5月、ドイツにも遅い春が来て、週末、西ベルリンからデュッセルドルフ、フランクフルト訪問を企画したものでしたが、相変わらず日本のニュースは少なく、当時の竹下内閣の「消費税導入やリクルートスキャンダル」が時々特集的に放映される程度でした。

当時、JALはJA8101の747-146からJA8185の747-346までの国際線用機、JA8117の747-SR46からJA8187の747-300SRまでの国内線用機が導入されていました。ちなみに-446や-446Dが導入されたのは1990年からでした。わたしも本格的にJALの747の撮影を始めたのは1993年頃からで、その頃は初期のJA8101-8103の3機はリタイアしていました。

当日は午後3時頃でしたが、フランクフルトを出発して成田に戻るJAL機(確かN212JLだったと思います)と成田から飛来したJAL機がちょうど滑走路上ですれ違うシーンもあり、普段は成田で見慣れたJAL機が妙にいとおしく感じたものでした。

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2016年9月23日 (金)

函館市電で活躍中の車両 8000形 8004号

2015年12月の青森・函館旅行で函館市を訪問した際に撮影した函館市電のシリーズ、今回は8000形8004号です。

8004_151223_5 2015/12/23 駒場車庫前

8004号は801号の車体更新車で1993年1月に更新されています。

8004_151223_6 2015/12/23 駒場車庫前

現在は野又学園の広告車両となっています。この塗装は2009年9月からだそうです。

それまではJALの広告塗装(1999年、2003年)そして現行塗装に移行する前の無塗装時代(2009年8月)などの姿がネット上で見ることができます(こちら)。

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2016年9月22日 (木)

南入曽車両基地電車夏まつり2016 その1 KPP trainの活躍を振り返って

2016年8月20日、西武新宿線の車両基地、南入曽車両基地で行われた恒例の「電車夏祭り016」、最初はまもなくその雄姿が見られなくなるKPP trainとして沿線の話題をさらった9000系9101Fについて触れようと思います。

9000_9001_160820_12

9000_9001_160820_7 2018/8/20 南入曽車両基地

南入曽の公開では6000系6101F、20000系20154Fなどとともに展示され種別表示は「快速急行」「拝島快速」など現行のダイヤでは見ることのない表示も魅せてくれました。

池袋線における活躍

2016/6/4に池袋からきゃりーぱみゅぱみゅさんの出身地、西東京市の保谷電留線折り返しの臨時列車として往復し、デビューを飾りました(関連記事)。

9000_9101_kpptrain_160605
デビューの翌日、武蔵丘車両基地の公開で早速、展示されました。

9000_9001_kpptrain_160610 2016/6/10 東長崎 朝の準急小手指行き 

9000_9101_kpp_train_160709_21 2016/7/9 秋津 急行飯能行き

新宿線での活躍

最初は9月末まで池袋線で活躍するのだろうと思っていましたので、7月30日の朝、新宿線萩山を出たところで、ピンクの車体の10連とすれ違った際は驚きました。拝島行きにKPPが入っていると分かったので、小平で待ち受けることにしました(関連記事)。

その後は

9000_9001_kpp_train_160731 2016/7/31 沼袋

9000_9001_kpp_train_160731_2 2016/7/31 上石神井~上井草間

9000_9001_kpp_train_160801 2016/8/1 井荻 朝の通勤急行

9000_9001_kpp_train_160811_2 2016/8/11 沼袋

9000_9101f_kpp_train_160821 2016/8/21 中井

9000_9001_kpp_train_160821 2016/8/21 小平

9000_9001_kpptrain_160918 2016/9/18 東伏見

4か月という比較的短期間でありながら、稼働率が高かったのか、すれ違ったらすぐわかる編成カラーもあって狙いやすい電車でした。

またこういったインパクトの強い車両に会いたいものです。

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2016年9月21日 (水)

通勤電車シリーズ 103系 47 大阪環状線における活躍 part9

大阪環状線の103系シリーズ、今回は非冷房、ユニット式側窓、前照灯シールドビーム2灯で登場したクハ103-180から212までの一群の2回目です。

クハ103-197

103_103197_030327 2003/3/27 桜宮

103_103197_070310 2007/3/10 新今宮

1972/3/21 日本車両製造 明石区配置
1984/4/17 淀川区転属
1985/3/14  森ノ宮区転属
1985/7/18 鷹取工場冷房改造
1990/12/11 吹田工場ATS-P取り付け
1993/5/18  延命N工事
2002/4/30 前面整備工事
2007/8/21 奈良区転属

クハ103-198

103_103198_030327 2003/3/27 西九条

103_103198_070310_2 2007/3/10 桜宮

1972/3/21 日本車両製造 明石区配置
1984/4/17 淀川区転属
1985/3/14  森ノ宮区転属
1985/7/18 鷹取工場冷房改造
1990/12/11 吹田工場ATS-P取り付け ここまでー197と一緒です。
1993/5/8 延命N工事
2007/8/21 奈良区転属 -197と同時です。

クハ103-205

103_103205_030327 2003/3/27 桜宮

103_103205_050823 2005/8/23 千里丘

1972/3/3 川崎重工製造 明石区配置
1981/4/22 鷹取工場冷房改造
1986/9/18 日根野区転属
1990/10/5 吹田工場ATS-P取り付け
1995/3/10 延命N工事
2001/6/21 森ノ宮区転属
2003/12/2 前面整備
2006/3/14 奈良区転属
2007/4/1 日根野区転属
2011/3/25 廃車

2005年の東海道緩行線での活躍は同年4月に起きた福知山線尼崎事故で207系車両が不足した際の対応だったと思います。

クハ103-206

103_103206_050706 2005/7/6 西九条

103_103206_050823 2005/8/23 千里丘

1972/3/3 川崎重工製造 明石区配置
1981/4/22 鷹取工場冷房改造
1986/9/18 日根野区転属
1990/8/7 吹田工場ATS-P取り付け
1995/3/10 延命N工事
2001/6/21 森ノ宮区転属
2003/8/26 前面整備
2006/3/14 奈良区転属
2007/4/1 日根野区転属
2011/3/25 廃車

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2016年9月20日 (火)

勝田車両センターまつり その2 415系1500番台 part9 FM1512

2016年3月5日の勝田車両センターの公開の話題、公開で展示された415系1500番台の編成の写真の流れからJR九州で活躍中の同系列の写真を紹介しています。前回は1510編成と1511編成の写真を紹介しましたので、今回は1512編成です。

1512編成

4151500_1512_020315
2002/3/15 門司

門司を出発し、門司港方面に向かうシーンです。下関方面は手前の線路から関門トンネルに入ります。デッドセクションも通過します。

4151500_1512_041018 2004/10/18 下関方面から門司に到着 行き先の宇佐はローマ字ではUSA

4151500_1512_041018_2 2004/10/18 8連から4連となり、前4両がまず出発

4151500_1512_051210 2005/12/10 香椎

この頃、九州に出張した際、香椎駅でよく写真を撮りましたが、朝やってくる415系3編成併結の南福岡行き、このようにステンレス3併結もあれば、白・レトロ(ピンク)・ステンレスの3色団子もあったとか。

4151500_1512_081207 2008/12/7 下関

以上です。

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2016年9月19日 (月)

San Diego Trolley 4000形 part8

San Diego Trolley の話題、4000形の8回目です。

前回は4037まで紹介しましたので、今回は4038から参ります。

4038

4038_150110_12th_imperial_tc 2015/1/10 12th & Imperial TC

4039

4039_150113_santa_fe_depot 2015/1/13 Santa Fe Depot

4043

4043_4018_150113_santa_fe_depot 4018との並び 2015/1/13 Santa Fe Depot

4043_150113_santa_fe_depot2 2015/1/13 Santa Fe Depot

4044

4044_150113_santa_fe_depot 2015/1/13 Santa Fe Depot

4047

4047_150110_12th_imperial_tc 2015/1/10 12th & Imperial TC

以上です。

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2016年9月18日 (日)

広島・四国西南部旅行 広島編 その5 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)2 呉の歴史

大和ミュージアムの展示のテーマのひとつが「呉の歴史」です。今回の記事ではそこに焦点を当ててみようと思います。

1853年、ペリー率いるアメリカの艦隊が横須賀に来航したのをきっかけに200年以上続いた江戸幕府の鎖国政策は終わりを告げました。西欧列強の造船技術を目の当たりにした日本は危機感を抱き、西洋型の船の建造、運用技術を導入するため海軍を創り、その拠点として横須賀、舞鶴、呉、佐世保に鎮守府が設置されることになり、呉鎮守府は1889年に設置されました。全国各地から技術者、労働者が呉に集められ、呉の人口は1886年には1万7000人前後でしたが、1889年には2万4469人に増えました。呉の地の利は三方を山に囲まれて防御に優れており、艦艇の出入港や生産活動の拠点として適していたこと、また水に恵まれ水質も良いことでした。1890年には宮原浄水場が建設され、呉鎮守府水道による給水が開始されました。1918年には海軍の許可を得て平原浄水場が建設され、市民への給水も開始されました。

141219 戦艦「金剛」のヤーロー式ボイラー (三胴水管ボイラー 断面がAの字型をしており、上が蒸気ドラム、下に水ドラムがあり、蒸気ドラムと水ドラムは水管で結ばれています。

戦艦「金剛」は技術導入のため、イギリスに発注した最後の主力艦で1913年8月16日、ヴィッカース社において竣工しましたが、同艦にはこのタイプの重油、石炭混載式のボイラーが36基搭載されていました。1928年から1931年の横須賀海軍工廠での近代化改装で撤去され、戦前は東京目黒の海軍技術研究所、戦後は科学技術庁の金属材料研究所の建物の暖房用として1993年まで使用されていたそうです。

141219_2
141219_3
戦艦「金剛」1/100模型と説明

1884年、イギリス出身のE.C.キルビーの経営する神戸鉄工所が海軍省に引き継がれ、小野浜造船所となり、初期の鎮守府造船部の役割を担い、やがて1897年、呉海軍造船廠、造兵廠と発展拡大して行きました。この間、国産の兵器では海軍初の12センチ速射砲を初めとして、1901年には日本最初の15センチ甲鈑(呉式装甲鈑)の製造にも成功しています。

1903年、両者が合併し、呉海軍工廠が設立され、翌年勃発した日露戦争では船舶の改装や修理に追われました。

呉海軍造船廠時代に通報艦「宮古」を建造し、能力を高めて行きましたが、一等巡洋艦「筑波」「生駒」が最初の国産装甲艦となりました(1905年12月進水)。さらに1907年にはイギリスより、2隻の完成した潜水艦を購入すると共に、3隻分の材料と部品を調達し、呉海軍工廠で建造し、第10、11、12潜水艇として建造し、潜水艦の開発拠点化を目指しました。

当時の戦艦の動力源は蒸気式ボイラーであり、宮原式ボイラーなどの日本独自の開発を進める一方でイギリス、フランスなどとの技術提携も進め、海軍艦政本部式ボイラーを完成させました。イ号ボイラーからロ号ボイラーに発展し、太平洋戦争終結まで各種艦艇用ボイラーとして使用されました。

141219_4 呉市電の模型

鎮守府を擁する呉の街も1902年宮原村、荘山田村、和庄町、二川町の4か町村が合併し、呉市となり、海軍工廠の設立で人口が増加し、学校、病院などが充実し、1909年には人口が10万人を突破しました。

1910年には岩国市新湊沖で第6潜水艇が潜航訓練中、通風筒から浸水し、16メートルの海底に沈没、佐久間艇長をはじめとする14名の乗組員全員が殉職するという痛ましい事故も起きました。この事故では事故発生時に記された遺書に沈没の状況、事故原因、今後の潜水艦技術への提言、乗組員遺族への救済まで書き遺されており、当時、全世界に深い感銘を与えたそうです。

第一次世界大戦による好景気や大正デモクラシーで呉の街は職工黄金時代といわれました。一方で労働運動も盛んになりました。

その後、軍縮の時代になり、艦艇の製造に制限がかかるようになり、技術の向上が叫ばれました。

続きは次回に

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2016年9月17日 (土)

公園保存蒸機 79642号機 八幡浜 王子の森公園

今回の公園保存蒸機は2014年12月の広島・四国西南部旅行で八幡浜市を訪問した際に立ち寄った王子の森公園で見学した79642号機です。

79642_141221_6 2014/12/21 王子の森公園

141221
訪問したときは上の写真のように平成29年度に開催される「えひめ国体」ソフトボール競技会場として同公園が使用されるため、9月から翌年3月までのバックスタンド建築工事のため、保存機関車にも足場が組まれていました。

79642_141221_7
前面の手すり、入れ換え作業が多かった北海道の機関車に見られる特徴でした。

79642_141221_8
どうやら機関車の横にプラットホームのようなものが設けられ、屋根も設置されるようでした。

この工事はスタンドの整備のため、保存機関車を10m程移動(前進)させるため、以前から設置されていた屋根、ホームも作り直したそうです(詳しくはこちらのサイトに)。

79642_141221_9
キャブサイドには鋭いタブレットキャッチャーが装備されています。

この機関車の履歴を沖田祐作氏の機関車表データで見てみると
79642      汽車製造大阪工場=792          1924-10-27 S59.80t1DT(1067)
   車歴;1924-10-27 製造→ 納入;国鉄;79642→1924-10-27 使用開始[名鉄達832];名古屋局→
      1933-06-30 現在;上諏訪→1955-01-01 現在;高山→1965-03-31 現在;高山→ 稲沢一→
      1969-06-16 名寄→1975-05-22 追分→1976-03-01 廃車;追分→
      保存;愛媛県八幡浜市「王子の森公園」;79642

製造は汽車製造大阪工場で、落成は1924年(大正13年)10月27日です。新製配置は名古屋局で、甲府庫に配置、1931年には上諏訪に異動しています。中央東線での活躍後、1936年に福井に異動、富山区を経て、1943年から高山区へ、1968年高山本線の無煙化で稲沢第一区に異動、1969年北海道に渡り、名寄、1976年3月の国鉄蒸気最後の時を追分機関区で迎えた機関車でした(詳細はこちらのデータから)。

王子の森公園の「子どもの広場」が1976年5月15日に完成した際に廃車となった同機がここに永住の地を見いだしたようです。ちなみに四国の蒸気機関車の歴史は1970年4月に絶えており、9600形式は四国には配置されなかった形式でした。

私が訪れたときはちょうどこのような状態でしたが、2016年2月の時点での写真はこちらのサイトに紹介されています。

テンダーの後端は名寄時代に虎塗りにされたようです。

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2016年9月16日 (金)

東海道新幹線開業から50年 その35 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part8 922系電気・軌道総合試験車

2016年の夏も終わり、秋らしくなってくると新幹線開業から50年とはという気分ですが、先日、訪問した京都鉄道博物館にも新幹線関連の展示がありますので、しばらくこのシリーズを続けます。

今回はリニア鉄道館に保存されていた922系電気・軌道総合試験車(ドクターイエロー)T3編成です。

92226_140812_3

92226_140812_2 2014/8/12 リニア・鉄道館 車体番号は922-26

新幹線の事業用車の歴史

東海道・山陽新幹線の場合、電気・軌道試験車は921形から始まりました。
編成ではなく、在来線の試験車のように単独のタイプで、開業前は試験編成1000形に、開業後は911形ディーゼル機関車に牽引され、登場時は4000形4001と呼ばれた921-1921-2の2両が存在しました。車体は丸みを帯びた箱型で前面は非貫通3枚窓で、測定機器の電源用にディーゼル発電機を搭載していました。921-1は1978年5月より、東北新幹線先行試験区間の小山試験線に投入され、各種試験・測定に使用され、1980年に廃車・解体されました。921-2は旧形客車マロネフ2911から改造され、測定項目は921-1より少なく、車長も若干短いものでした。1975年末に廃車となり、1976年、浜松工場の車体解体設備で解体されました。軌道検測車、921-11は後述の922形10番台(T2編成)に、921-21は922形20番台(T3編成)に組み込まれました。

92226_140812

941形は鴨宮モデル線区で運用されていた1000形A編成2両編成を1962年8月に電気試験車、さらに1964年に救援者に改造したものです。1号車は資材室に、2号車は救援要員用座席40席と工具棚がセットされていました(関連ブログ記事)。

922形0番台1000形B編成4両編成を電気・信号系の測定車に改造したもので、後にT1編成と呼ばれました。1975年に廃車解体されました(関連ブログ記事)。

92226_140812_4 7号車922-26は元来休憩室でした。

922形10番台1974年に0番台の老朽化と博多開業が迫る中、新製されました。T2編成と呼ばれ、922形11-16の6両に921-11を組み込んだ7両編成で測定を行いました。0系16次車との同時発注のため、側窓が大窓となっています。

922系20番台はT2編成の増備として1979年に新製されました。T3編成と呼ばれました。T2編成が検査、入場中に運行ダイヤに影響を及ぼすことなく測定・検測を行うため製造されました。0系27次車と同時発注のため、側窓は小窓となっています。2005年9月30日にT5編成に置き換えられ、廃車となりました。

92226_140812_5

    1号車:通信・信号・電気測定車
    2号車:データ処理・架線摩耗測定車
    3号車:電源車(観測ドームあり)
    4号車:倉庫
    5号車:軌道検測車(921形、3台車で短車体)
    6号車:救援車(観測ドームあり)
    7号車:休憩室

92226_140812_6

展示の922-26は廃車後も博多総合車両所に保管されており、リニア・鉄道館に保管されることになりました。

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2016年9月15日 (木)

紀勢本線 和歌山~和歌山市間 種々の和歌山周辺で活躍中の105系編成

以前、101系の廃車発生部品を再利用して登場した車両の紹介や常磐緩行線で活躍した103系1000番台の転用の話題、奈良線の103系の話題、広島地区で活躍した105系の話題でも登場しましたが、今回の訪問で撮影した車両の写真を加えて、再度、和歌山周辺で活躍中の105系について触れようと思います。

105_tc501_120317_3 2012/3/17 高田 SW001編成 クモハ105、クハ104ともに-501の編成

2009年11月29日から運行を開始した2編成目の「旅万葉」ラッピング車です。万葉集がテーマで藤原鎌足、柿本人麻呂、額田王、大伴家持、大伴旅人、山上憶良、の画と歌が描かれています。

105_w11_120317 2012/3/17 桜井 SW011編成 クモハ105-519とクハ105-9による編成

105519_080226

1059_080226 2008/2/26 和歌山 SW011編成のオリジナル塗色時代

105_sp002_180903 2016/9/3 和歌山 SP002編成 クモハ105、クハ104ともにー504の編成

105_sp002_160903
SP002編成のクモハ105-504はダブルパンタです。

2016/9/3 和歌山 SP002編成
ここまで登場した編成は103系時代のグローブタイプのベンチレータで冷房機はクモハの屋根上とクハの床下にバス用タイプの簡易冷房装置WAU202が搭載されています。

105_sw010180903 2016/9/3 和歌山 昨日の記事で取り上げたSW010編成

この編成の冷房装置はクモハは集中式、クハは分散式です。

105sw004_160903
105sw004_160903_2 2016/9/3 和歌山 クモハ105、クハ104とも-506のSW004編成です。

NHK大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地をアピールするために2016年3月1日から運行を開始したラッピング編成です。運転は12月までだそうです。

この編成の冷房装置は両方ともAU75です。

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2016年9月14日 (水)

紀勢本線 和歌山~和歌山市間 SW010編成について

昨日の記事で紹介した紀勢本線和歌山市~和歌山間、紀伊田辺~新宮間、和歌山線、桜井線などに投入されている105系の話題です。

所属は吹田総合車両所日根野支所新在家派出所で24編成、48両が所属しています。現在、同所には105系以外に117系4両編成も5本所属しています。場所は和歌山線の和歌山~田井ノ瀬間の線路の北側にあり、かつては和歌山機関区、新和歌山車両センターと言われ、C57形,C58形蒸気機関車や特急「くろしお」用キハ80系、キハ28/58系、キハ30系が所属していました。

Swsp

図1 103系1000番台から改造のクモハ、クハで構成される105系編成(SW010)以外

Sf 図2 新造105系で構成されるSF編成

105系に関しては以前、広島可部線の話題で紹介しましたが、こちらにはクモハ105-500番台クハ104-500番台、いずれも4扉のモハ103/102-1000番台から改造されたもので、クモハは新造車に準じた運転台の取り付け(32両)、クハは電装解除、台車は101系廃車発生品のDT21T台車に交換、運転台は新造車に準じたものが取り付けられた(10両)の編成と、クモハ105-500番台とクハ103-1000番台から改造されたクハ105-0番台(14両)の編成がいます。ただ、何度か紹介しましたが、クハ105-7の編成は桜井線の踏切事故でクハ105-7が廃車となり、モハ103-385を電装解除し、クハ105-7の運転台を切り継いで製造されたクハ104-551に置き換えられています。

105_104551160903 クハ104-551を先頭にした105系SW010編成
顔はすでに亡いクハ105-7由来、その後ろにモハ102-385の車体とといったクハです。

105_104551160903_2

今回の関西訪問ではそのクハ104-551を含む編成が和歌山~和歌山市間の運用に入っていました。以上がSW,SP編成で、桜井線、和歌山線、紀勢本線(和歌山市~和歌山間)の運用に入っています。

105_104551_160903 ワンマン化対応がなされている運転席周辺

紀勢本線(新宮~紀伊田辺)間の運用には新造3扉のクモハ105-0番台、クハ104-0番台のSF編成が活躍中です。

105_104551_160903_2
105_104551_160903_2_2 また、将来起こりうるとされている南海トラフ地震による津波対策の装備が車内に備え付けられているのも印象的でした。

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2016年9月13日 (火)

紀勢本線 和歌山~和歌山市間 路線の紹介

先の阪和線羽衣支線に続いて2016年9月2日から4日の関西旅行に関する記事です。

今回触れるのは紀勢本線和歌山から和歌山市までの区間です。

紀勢本線は三重県の亀山駅から新宮駅までがJR東海の管轄区間で非電化区間、新宮からはJR西日本の区間で直流電化されており、和歌山駅で阪和線に接続しています。関西地区と紀伊半島を地区を結ぶ特急も阪和線から紀勢本線に直通しています。

160903_4 和歌山駅ホーム 2016/9/3

一番奥が紀勢本線から阪和線方面、オレンジ色の駅名標が阪和線折り返しホーム、蒼い駅名標か阪和線から紀勢本線直通列車用ホーム
あと、ベンチの設置方法が関東では見られない枕木方向向きです。これは旅客のホームへの転落を防ぐためとのことです。

160903 2016/9/3 和歌山
阪和線を経由して天王寺方面に向かう列車と違って和歌山市行きの列車は最も東側の8番線から発車します。

一方、和歌山~紀和~和歌山市の区間は電化されていますが、単線で運転頻度も低く、しかも和歌山市駅構内から分界点まで約1.0kmは南海電鉄の所有であり、用地がJR西日本に貸与されています。そんなわけで、和歌山~和歌山市区間は紀勢本線の中でも”忘れられた区間”的存在かと思います。

160903_2 和歌山市方面 時刻表
和歌山線、粉河、橋本方面と同じ105系が投入されています。日中、9時台から15時台は1時間に一本です。

160903_3 運賃表

ワンマン運転で車内に運賃表がありますが、桜井線、和歌山線などと共通運用であることがわかります。

105_m82_160903 105系 M82編成
明日の記事で詳しく触れますが、この日和歌山~和歌山市間に投入されていた105系編成です。

8番線から出発した2両編成の105系は阪和線と併走し、高架橋をくぐるまでは和歌山線の線路と共用の線路を走ります。次第にカーブして、阪和線をくぐり、高架橋を上り、紀和駅に到着します。ここは1968年まで和歌山駅と称しており、現在の和歌山駅は東和歌山駅でした。

紀和駅を出ると高架線を下り、右手から南海線が合流し、分界点を通過して和歌山市駅に到着します。かつては南海線から南紀方面への列車が現在も非電化の渡り線を介して運転されていましたが、今は甲種回送でのみ使用されています。

Jr_160903 南海の南のターミナルの片隅に入線したという感じの和歌山市駅

160903_5 柵の向こうには南海加太線の電車

160903_6 本線 特急サザンの姿も

明日は車両の紹介です。

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2016年9月12日 (月)

玉川上水基地 偵察

8月22日に関東地方を襲った台風9号による大雨で西武多摩湖線武蔵大和~西武遊園地間で法面が崩壊し、1261Fが流出した土砂により脱線し、西武多摩湖線萩山~西武遊園地間は9月6日の初電から復旧するまで不通になっていました。

160901 2016/9/1 萩山駅に貼り出された9/6に復旧のお知らせ

被災編成は8月28日に現場から引っ張り出されるところがニュース等で放映されていましたが、こちらでも準急豊島園さまが、果たして武蔵ヶ丘で修理なのか、玉川上水基地で対応するのか疑問を投げかけておられました。

160911_4
9月11日日曜日午後から、散歩がてら玉川上水基地まで行って様子を見てきました。実は私自身、玉川上水基地を訪れるのは初めてだったのですが、

まずは線路の北側かわ見てみると、庫内に

1261_160911_2
ガラス越しですが、白塗りの新101系の姿が

1261_160911
さらに番号をみると1261と見えました。

現場から直接、玉川上水なのか一旦、武蔵ヶ丘に行ったのかは分かりませんが、2週間で本来の所属基地にいると言うことは直接こちらで修理だったのかも知れません。

北側からの眺めはあまりにも鉄道ファン的に寂しいので、今度は玉川上水緑道に沿って線路の南側から眺めてみることにしました。

160911_5
モノレールの下の自由通路を通り、南口に出て、緑道に沿って歩き出すと、如何にも電車区的風景が展開し始めます。30000系は30106編成、2000N系4連は2517Fと2511Fの8連、あと2419Fが休息中でした。

2000n_4_2612_160911 ドアが一斉に開けられたりして・・・

2000_2_2419_160911 平日の朝夕、8連に併結でされる2連の2000系、2000N系も休日は電車区でお休みのようで


20002000n_2_160911 東端には2連が5編成集結していました。

もちろん、これらの撮影は全て敷地外からのものです。

ここまで来ると東大和市駅も見えているので、東大和市まで歩きました。

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2016年9月11日 (日)

朝日新聞社刊 年鑑 世界の鉄道 ’76

朝日新聞社が発行していた「世界の鉄道」シリーズ、今回は1976年版です。

1976
蒸気機関車の特集はD51とC58、日本のローカル私鉄25社、西ドイツの国鉄が特集されています。

カラーページでは石北本線、釧網本線、山陰本線、志布志線、根室本線で活躍するD51とC58の勇姿がまず紹介されています。ただ、写真の解説の間違いがあり、訂正の紙片が挟まっていました。西ドイツ国鉄に関しては蒸機、011、012、044などの3シリンダー機の活躍シーン、216形DL、103形、110形EL、403形、420系電車、都市Sバーンの電車、流線型気動車、ミュンヒェンのガラス張り電車などがカラーで紹介されています。

特集 D51とC58

まずD51に関しては
肥薩線 矢岳越え30.3‰の力闘
伯備線の布原信号所付近を通過するD51三重連
山国のD51 信越本線 関西本線 加太越え(本務機+補機2両) 中央本線
都会のD51 山手貨物線 吹田機関区 田端機関区 新鶴見操車場
みちのくのD51 本務機C6120+前補機D511 沼宮内駅構内 奥中山の三重連
北海道のD51
D61 D51の従台車を2軸化し、軸重を軽減、6両試験的に改造され留萌本線に投入 結局その6両以降改造はされず、6両は全機留萌本線で生涯を全う
冬の函館本線のD51 圧倒的なC62人気の中で活躍を続けたD51
室蘭本線の石炭列車

亜幹線の主力 C58
石北本線 北見以遠は各停となるものの編成は急行「大雪」
釧網線
山田線 C58転落事故もあった。
陸羽東線
房総のC58 海水浴臨時列車
四国のC58
私鉄のC58 北海道の運炭鉄道の自社発注のC58 天塩鉄道のC58

特集 日本の地方私鉄 25社

76年版では地方大手私鉄、大都市圏小私鉄、産業鉄道を特集

三菱石炭鉱業 
かつては9600形や9200形を所有していたが、取材時点ではDLに代わり、北海道の数少ない旅客輸送も行う鉄道として生き延びる
DL55 オハ1 ナハ5 スハニ6 ダルマストーブ列車も健在

福島交通
福島と飯坂温泉を結ぶ
モハ5000 モハ5100 モハ5300
クハ5200 サハ3000
モハ1201

岩手開発鉄道
大船渡と国鉄釜石線を直結する目的で1939年に設立、1950年部分開業
キハ200 キハ41000 
DD53 DD38 DD43

同和鉱業 小坂鉄道
小坂鉱山の製品、資材運搬
キハ2100 
DC1 DD11 DD130

茨城交通
羽幌炭砿鉄道、留萌鉄道で活躍した気動車が残っている
キハ22 キハ1100 ケハ400 キハ1000 ケハ600 キハ41300 ハフ46
ケキ102

長野電鉄
モハ0 モハ1100
モハ2000 サハ2050 
モハ100 モハ200 モハ300 モハ400 モハ410
モハニ130 モハニ230 モハニ530 モハ600 モハ610 モハ1000
クハ450 クハ1050 クハ1060 クハ1550
ED5000  ED5100 

上信電鉄
クハニ10 クハ20
デハ10 デハ20 デハニ30 デハ200 
ED31 デキ1

秩父鉄道
デハ100 デハ300 モハ300 デハ500
クハ60 クハニ20 クハ600 サハ60 サハ350 
デキ1 デキ6 デキ100 デキ200 デキ300 デキ500 ED38

小湊鉄道
キハ200 キハ5800 キハ6100

箱根登山鉄道
モハ1 モハ2 モハ3
モニ1 ユ1

岳南鉄道
モハ1100 クハ2100
ED10 ED27 ED28 ED29 ED32 ED40 ED50 

伊豆箱根鉄道(本線)
モハ1000 クハ2000 サハ2000
モハ50 モハ60
クモハ500
クハ70 サハ70 サハ80
ED30

伊豆急行
クモハ100 クモハ110 モハ140 クハ150 サロ180 サハ170 サハ190
ED25

遠州鉄道
モハ20 モハ30 クハ60 クハ80 
ED21 ED28

富士急行
モハ3100 モハ3600 モハ3630 モハ5000 モハ7030 クハ3660 クハ7060
モニ100

静岡鉄道
クモハ100 クモハ300 クモハ350 クモハ1000
デワ1 20(庫内車)

三岐鉄道
モハ100 モハ120 モハ130 モハ140 モハ150 クハ200 クハ210
ED22 ED45

富山地方鉄道
モハ7530 モハ7540 モハ10020 モハ10040 モハ10055 モハ12510 モハ14710 
モハ14720 モハ14750 モハ14770 
クハ10 クハ120 クハ150 クハ160 クハ170 クハ180
デキ12020 デキ14730

京福電気鉄道 叡山本線
デナ21 デナ120 デオ200 デオ300 デナ500
工事用1001

能勢電気鉄道
50 60 106 320 500 

岡山臨港鉄道
キハ1000 キハ5000 
101 102 103 DD1351

水島臨海鉄道
キハ303 キハ320 
ナハニフ150
DD50 DE70

水間鉄道
モハ500 サハ580

広島電鉄 宮島線
1030 1040 1050 1060 1070 2000 2500 

伊予鉄道
モハ100 モハ110 モハ120 モハ130130系 モハ300 モハ600 モハニ200 
クハ400 サハ500 サハ510 モニ30

特集 西ドイツの国鉄

ドイツの鉄道は1834年にニュルンベルクからフェルトまでの約7kmが開通したのが最初でした。日本より、38年前ですね。当時のドイツは小国の連合体でそれぞれが独自の道を歩んでいたので運営方式が小国ごとに異なっていました。しかし、料金や直通車両の規格統一などの組織化も行われ、1870年には運行距離が2万キロにもなっていました。ビスマルクの時代に統一国家が形成され、ドイツ国鉄が形成されたのは第一次世界大戦後のワイマール共和国の時代でした。
この時期には車両の規格が統一され蒸機では01、電機ではE19が登場し、世界最高水準に到達していました。
第二次世界大戦後、Deutsche Reichsbanhn(DR)は東ドイツが継承し、西ドイツはDeutsche Bundesbahn (DB)として発足しました。寝台、食堂などを運営する会社も1870年からMITROPAという会社が運営してきましたが、これも東ドイツが引き継ぎ、西側はDSG (Deutsche Schlafwagen und Speiswagen Gesellschaft)が行うことになりました。

電化は戦前から進められており、方式はAC 1.5kV, 50/3Hz 1976年時点では全長3万キロのうち1/3の1万キロが電化されていました。車両の形式番号は1968年のコンピュータ導入を機に3桁の数字で表すようになりました。

去りゆく蒸気機関車

001形 急行列車用2シリンダー機 2C1 動輪直径2000mm 最高速度130km/h
1925年より製造 統一国家の鉄道としての制式機関車第1号 1960年頃まで全土で活躍、ホフ機関区の1973年最後の1両が引退 動態を含み10両前後が保存

012形 急行列車用3シリンダー機 2C1 動輪直径2000mm 最高速度140km/h
当初0110形(10は肩に)流線形石炭炊き蒸機として製造、半数以上が重油専燃に改造され、012形に 流線形カバーも外されました。

023形 普通列車用2シリンダー機 1C1 動輪直径1750mm 最高速度110km/h
1950年より製造 デンター水槽が低く垂れ下がっており、後方視界が確保されている。

042形 急行貨物列車用2シリンダー機 1D1 動輪直径1600mm 最高速度90km/h
1936年より、製造 我が国のD51と同じ万能機 軸重変更で支線に乗り入れも可能

043/044形 重貨物列車用3シリンダー機 1E 動輪直径1400mm 最高速度80km/h 44形は1926年より製造

050形 貨物列車用2シリンダー機 1E 動輪直径1400mm 最高速度80km/h 1939年より製造

幹線輸送

人口100万程度の都市を結ぶInter City, D-Zug(急行列車), E-Zug(準急列車)
TEEはドイツ領内ではICの一部に 電機牽引の客車列車がメイン 主要幹線は殆ど電化されている。

電機 103形 110形 112形
特急用客車
急行用客車
403形 IC用電車

ローカル輸送

DL 212形 216形 221形
DC 624形 634形 798形レールバス

蓄電池車 515系 815付随車 1回の充電で250~400km走行 充電時間6時間 電圧360~440V 230両以上が稼働中

Sバーン 大都市近郊電車

*****************************************************************
新車

キハ66/67

国鉄485系 1500番台

国鉄189系

国鉄クヤ165

国鉄ヨ8000

国鉄キヤ191系

国鉄クモヤ443系

札幌交通局 6000系

東急8500系

京福電鉄 ホデハ280形

豊橋鉄道 モ1730 ク2730

名古屋鉄道 モ3790 ク2790 モ3880 ク2880 7000系増備車

黒部峡谷鉄道 EH101/102

南海電気鉄道 6201系

阪急電鉄 2200系 6300系

泉北高速鉄道 3000系

岡山電気軌道 3800

新線

名鉄・知多新線

営団地下鉄・有楽町線

京王・相模原線

山陽新幹線 岡山-博多間開業

廃線

静岡鉄道・清水市内線

庄内交通・湯野浜線

越後交通・栃尾線

阪神電鉄・国道線

*************************************************************

巻末には

昭和43年に落成したD51のこと 1/5模型製作記 三品勝暉氏

西ドイツ国鉄路線図

日本の私鉄車両諸元表

地方私鉄路線一覧

地方私鉄路線図

年誌・世界の鉄道

以上です。

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2016年9月10日 (土)

阪和線 羽衣支線 その3

今回の関西訪問で羽衣支線に乗車したのは、活躍期間が残り短くなった103系3連の姿を記録することと、速報版でも書いたように浜寺公園を訪問するためでした。

160903 2016/9/3 鳳駅駅名標

081212 2016/9/3 東羽衣駅 駅名標 

阪和線の駅はラインカラーがオレンジになっているので駅名標の下の部分のカラーはオレンジでしたが、羽衣支線には適用されていないようでJR西日本のブルーでした。

081212_2 鳳方面を見る

160903_4 東羽衣の終端部分

高架線が空中で切れるように線路は終わっており、すぐ先には南海本線が直角に交わるように通っています。そのため万が一、オーバーランしても電車が飛び出さないように頑丈な車止めが設置されていました。

160903_7 高架線レベルの半分くらいの高さにある駅改札口

自動改札機が設置され、窓口に駅員もいました。日中の運転頻度は1時間に3本です。

160903_5
JR東羽衣駅駅舎

160903_6 南海本線 羽衣駅

南海本線も現在高架化工事をしており、下り線が高架になっていました。

浜寺公園は1873年(明治6年)12月日本最古の公立公園として開園しました。公園周辺は大正から昭和初期にかけて別荘地となり、夏期は海水浴場として賑わったそうです。海水浴場は大阪毎日新聞と南海電鉄が開設したもので、それに便乗して阪和電気鉄道も鳳から支線を伸ばしたのでしょう。

160903

160903_2

太平洋戦争後、1945年から1958年にかけて同公園は米軍に接収され、解除後はわずか3年で泉北臨海工業地帯の埋め立て造成が開始されたため、海水浴場は姿を消してしまいました。浜寺公園に関する懐かしい写真はこちらに公開されています。

160903_2_2 浜寺水路

往事の面影を残すために浜寺水路が建設され、松林などが保存されました。一方、明治39年からの歴史を誇る浜寺水練学校は日本のシンクロナイズドスイミングの発展に大きく寄与しており、8月のリオデジャネイロオリンピックでの女子団体の銅メダルの獲得に貢献しています。

160903_3
南海本線には浜寺公園という駅もあり、羽衣駅のひとつ北に位置しますが、南北に長い浜寺公園に対しては北から1/3ぐらいの場所にあたります。

101206_2 2010/12/6 浜寺公園駅舎

101206 ホームの松も印象的でした。

こちらは辰野金吾の設計で1907年に建てられた私鉄最古の駅舎として有名でした。私も2010年に阪堺電車の旅で訪問しましたが、現在は高架化工事で閉鎖されているようです。高架化が完成した暁には駅前に再び姿を現すようです。

阪堺電車の終点もすぐそばにあります。

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2016年9月 9日 (金)

阪和線 羽衣支線 その2 生涯一緒の3連

昨日の記事では阪和線羽衣支線の歴史、旧国の後からの車両の歴史を見てきましたが、今回は現在の様子です。

103_1032503_160903 2016/9/3 鳳駅

まずは特徴的なクモハ103-2503です。以前に広島地区の103系の話題でも登場しました。

最初の改造、改番は1989年片町線の4+3連運転用に純正クモハ103-48に自動解結装置を取り付け、5001としましたが、所要は16両だったので、15両のモハ103に(最終形のタイプではなく、クハ103-180から268タイプの)運転台を取り付け、さらに自動解結装置を付けた5002~5016が誕生しました。後に2503になったのはモハ103-241からの改造車で当時はクモハ103-5004となりました。改造は吹田工場で1988年12月14日に出場しています。

5000番台時代、5004は改造、工事などを受けることはありませんでした。

二度目の改造、改番は1993年分割併合がなくなり、自動解結装置は外され、番号も5001は原番号に、5002からは2500番台になりました。

2503への改造も吹田工場で1995年3月2日に出場しています。ATS-P取り付け工事もこの改造の際に行われています。
その後、同年3月3日には淀川区から日根野区に転属し、2007年6月8日には吹田工場でワンマン化工事が行われています。

103_1032503_160903_3 クモハ103-2503運転室後部から 中央部の出っ張りは何なんでしょう?

103_1032503_160903_5 出っ張りの反対側の様子 ATS-P車内装置?

103_1032503_160903_6
ワンマン化対応で放送装置などが増設?

Dsc03402
運転室ばかりでなく、天井のエアコンも特徴的で、扇風機が残っていました。

103_1032503_160903_2
東羽衣駅に到着した3連

まず、進行左側のドアが開けられ、乗客が下りたところで閉められ、反対側のドアが開けられ乗車ホームから乗客が乗り込みます。
関西地区の103系に見られるように戸袋窓はすべて塞がれています。

これらの工事はモハ103-241時代

1970年1月7日 川崎重工で製造 明石区に新製配置
1983年8月10日 鷹取工場で冷房改造
1985年12月17日 吹田工場特別保全工事
1988年12月14日 吹田工場延命NA工事 クモハ103-5004に

に行われたようです。

103_1032503_160903_4
側窓の下方にこのようなミニ通風孔があるのもこの車の特徴でしょうか。105系にも見られますが。
追記:123さまのコメントにあるようにこれはワンマン運転用のスピーカーだそうです。

103_1032503_160903_7
103_102396_160903 相棒は誕生以来 モハ102-396です。

103_103162_160903
103_103162_160903_2
クハ103-162
1970年1月7日 川崎重工製、MM'と同日の落成です。明石区新製配置。
1983年8月10日 淀川区に転属、鷹取工場で冷房改造
1985年12月17日 吹田工場特別保全工事
1988年12月14日 吹田工場延命NA工事
1991年12月25日 吹田工場ATS-P取り付け
1995年3月4日 日根野区転属
2002年11月18日 吹田工場前面整備工事
2007年6月8日 吹田工場 ワンマン化対応工事

←京都
Tc  M M'  T   M  M' Tc
163 240 395 284 241 396 162       1979/4/1  明石区時代  

←片町
163 240 395 366 241 396 162      1986/11/1  淀川区時代

       Mc  M'   T'   T     M    M'  Tc
C4 5004 396  9  778  784 5013 162  1993/4/1 淀川区時代

            和歌山→
              Mc   M'   T'    Tc
J410     2503  396  9   162         1997/4/1  日根野区時代

とこれまでこのトリオは片時も離れない関係にあったことが分かります。

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2016年9月 8日 (木)

阪和線 羽衣支線 その1

2016年9月2日から4日にかけての関西訪問で阪和線鳳駅から出ている羽衣線を訪問しました。

103_801213 1980/12/13 鳳駅 
この頃は純正Mc-M'-T'cの3連が投入されていました。

同線は運行距離1.7km、所要時間3分とJR6社でも最も運転距離の短い営業区間です。

開業は京阪電気鉄道や大阪商船が出資した阪和電気鉄道が浜寺に存在した海水浴場への旅客輸送を目的に1929年(昭和4年)7月18日、阪和天王寺-和泉府中間(約20.92km)と同時に開業しました。東羽衣駅の開業時の駅名は阪和浜寺駅で、本線上では阪和天王寺駅(現在の天王寺駅)・南田辺停留場・臨南寺前駅(現在の長居駅)・杉本町停留場・仁徳御陵前停留場(現在の百舌鳥駅)・上野芝駅・鳳駅・信太山停留場・和泉府中駅が開業し、最初から全線複線電化でした。

103_850421 1985/4/21 鳳駅

1940年12月1日、阪和電気鉄道は南海鉄道に吸収合併され、同社の山手線となりました。阪和浜寺駅も山手羽衣駅に改称されました。1944年5月1日は国有化され阪和線となり、山手羽衣駅は東羽衣駅となりました。同年8月1日には同区間は単線化されました。戦時中の鉄の供出のためでしょう。1951年7月15日から8月19日にかけて天王寺駅から東羽衣駅まで海水浴臨時列車が運行されています。1974年8月31日、鳳駅から東羽衣駅にかけては現在のような高架となりました。これは途中の第二阪和国道(国道26号)の踏切をなくす為のものだったと思います。

103_081212 2008/12/12 鳳駅

1989年10月20日、同区間はワンマン運転区間となりました。2010年3月、同区間もATS-P化がなされました。

同線で活躍する車輛は旧国の引退後は103系の3連、123系+103系、そして103系の3連という歴史をたどっています。123系は手荷物・郵便輸送の廃止、縮小で余剰化した荷物電車を旅客化改造したもので、1986年から1988年にかけて投入され、羽衣支線でもクモニ143から改造のクモハ123-5,6が活躍しました。ラッシュ時にはクハ103-194を併結した3連という編成形態で運行されました。123系は1995年クモハ84形を置き換えるため、岡山電車区に転出し、再び103系3連に戻りました。

103_1032503_160903_4 2016/9/3 鳳駅

←鳳   東羽衣→
Mc    M'     T'c
   5    78    545
26   111    538
109  237    541      1979年4月1日時点

  5     78    541
  6     79    545
47   143    538      1984年4月1日時点   3連を併結して6連で本線でも運用

  5     78    541
  6     79    545   1986年11月1日時点 

Tc103   Mc123   Mc123
194         5          6        1993年4月1日時点

Mc    M'     T'c      1997年4月1日時点
23   105    26  L101    L101の検査時には本線用4連J402を3連にして充当

2503  396   162       2009年10月1日時点

阪和線時代は撮影していませんが、岡山に転属後の123系は倉敷で撮影していました。

1235_020329 クモハ123-5

1236_020329 クモハ123-6 二枚とも2002/3/29 倉敷駅

阪和線時代は運転台の妻面が黒く塗られていました。

続きは明日の記事にて。

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2016年9月 7日 (水)

パリの6つのターミナル駅巡り 北駅 2 TGV Réseau

これまでTGVに関してはリヨン駅からのSud-Est、モンパルナス駅からのAtlantiqueを紹介してきましたが、今回はAtlantiqueをベースに1992年から1996年にかけてAlstomで開発されたRéseau編成です。意味はネットワークです。

Tgv_rseau_4524_070603_saintdenis
Tgv_rseau_4524_070603_saintdenis2 2007/6/3 北駅から北へ延びる線路上にSanit-Denisの駅がありますが、そこを通過する4524 3電源対応編成 

両端が動力車、中間8両が客車の編成で、営業最高速度は320km/h、LGV北線の開業に合わせて登場し、さらにベルギーやイタリア方面への直通も考慮して、AC25kV、DC1.5kV、のみならずベルギー国鉄(SNCB)やイタリア国鉄(FS)の電化方式DC3kVにも対応した電源方式の編成もあります。

電装品、台車、ブレーキシステムはAtlantiqueと共通で、編成全体の出力はDC区間で3680kW, AC区間で8800kWです。ちなみに日本のシンカンセンN700系は16両編成、AC25kVで、17,080kWです。

客車8両は3両の一等車 (Première classe)、4両の二等車(Seconde classe)、1両の二等座席とバーの合造車からなります。Atlantique編成では高速でトンネルを通過した際に車内の気圧が変動して、耳ツン現象が問題となったので、Réseau編成からは気密構造となりました。

Tgv_reseau_4512_090308_montpellier3

2009/3/8 モンペリエ 本来は北の方で見るはずの4512編成を南フランスで見かけました。

電源対応編成は編成番号501・503-514、534-553の33本でパリ近郊のパンタンにある東ヨーロッパ車両基地に配置されています。一方、3電源対応の編成は4501-4506・4510-4529・4551の27本と別の記事で登場予定のThalysPBA編成9本が在籍し、4501-4506編成はリヨン駅そばの南東ヨーロッパ車両基地に、それら以外は北駅そばのランディ車両基地に配置されています。

Tgv_sudest_23_090313_gare_du_nord 2009/3/13 北駅 23編成

Tgv_sudest_96_090313_gare_du_nord2 2009/3/13 北駅 96編成

23編成や96編成はSud-Est編成ですが、北駅ではこれらも入線しているようです。

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2016年9月 6日 (火)

大宮鉄道ふれあいフェア2016 255系 Be01編成

2016年5月28日に開催された「大宮鉄道ふれあいフェア2016」にて255系Be03編成が入場中でした。この機会に、これまでに撮った255系編成の写真を紹介いたします。

Be01編成

255_be01_091004 2009/10/4 市川

255_be01_120211_2 2012/2/11 蘇我

255_be01_120901 2012/9/1 錦糸町

255_be01_121027 2012/10/27 千葉

255_be01_140104_3
255_be01_140104
2014/1/4 旭

以上です。

時間を追って写真を見比べてみると前面のスカートの形状が変化しているのがわかります。編成表のデータを調べると、クハ255-1は2010年3月16日、クハ254-1は2010年3月15日からだそうです。

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2016年9月 5日 (月)

速報 関西方面旅行中 3 貨物と新幹線

9月4日朝は再び、千里丘へ。

同じ場所で2日連続で撮影すると列車のパターンが頭に入っているので、京都、大阪ターミナルからの貨物列車、外側線を通過する特急列車がいつ頃やってくるかも分かってきます。

Ef2004_160904
Ef2004_160904_2
9/3は吹田区のEF66 A22運用、本来のEF66 30号機でしたが、9/4EF200-4の代走でした。2016年3月の改正で、EF200の正規の運用はA101~A104の4本となり、吹田~幡生間になりましたが、こうして代走で東京ターミナルまで来ていることが分かります。

Ef66_130ef510511ef65_2074_160904 6:01の単回1480レはEF66 130+EF510-511+EF65 2074でした。
ちなみにこの列車の牽引機は
EF66 130 本来EF200 A102 58レ
EF510-511 3094レ
EF65 2074   76レ であり、吹田、富山、新鶴見の機関車が手を取り合って三重連で走る光景は此処だけでしか見られないものでしょう。

Ef510502_160904 百済に向かう4070レはEF510-502号機の牽引でした。

Ef510514_160904 一方、ここで機回し、スイッチバックして大阪ターミナルに向かう4058レはEF510-514号機の牽引でした。

Ef210304_160904 EF210-304 3050レの折り返しで四国高松ターミナルに向かう73レは昨日千里丘で281系「はるか」に危うく被られそうになったので、東淀川で撮影しました。

電車の方では207系の7連貫通先行量産車編成F1に久しぶりに遭遇しました。

207_f1_160904
電連が装備されていない点が特徴的です。

160904
7:30頃 「サロンカーなにわ」の編成です。

昨日は新大阪駅でEF81 113に牽引されて京都方面に出発して行くのを偶然に目撃し、今日は早朝から岸辺の下り線ホームに撮影者がいっぱいいるのは気付いていましたが、その帰りだったのですね。

ホテルは10時がチェックアウトだったので、一旦ホテルに戻り、シャワーなどを浴びて、第二部は新大阪駅新幹線ホームへ お目当ては関東にも風の便り程度には聞こえて来ていますが、500系新幹線のラッピング編成EVAです。

700_e10_160904 まずは700系E10編成 Rail Star こだま739号や

N700_s1_160904 N700系 S1編成 さくら 553号 を撮影

そして2015年11月7日より運転を開始した山陽新幹線運行開始40周年ならびにテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」放送開始20周年記念のコラボレーション企画(エヴァンゲリオン・プロジェクト)による編成とのことで

500_v2_eva_160904 新大阪 11:14着のこだま730号が入線、折り返し博多行きこだま741号に

500_v2_eva_160904_2
20番線、到着時には向かい側のホームにいた多くの人がスマホのカメラなどで撮影していました、

500_v2_eva_160904_3 出発時間の頃には撮影する人も殆どいなくなり、ゆっくりと撮影できました。

帰路は往きと同じく、名古屋まで18切符の旅、名古屋から新幹線で帰りました。

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2016年9月 4日 (日)

速報 関西方面旅行中 2 貨物列車、環状線、阪和線他

9月3日は、まず千里丘で東京方面、九州方面から関西にやってくる貨物列車、さらに大阪ターミナルに向かう列車、回送機関車の単機重連を撮影しました。

Ef66_30_160903 EF66 30 1089レで東京ターミナルから吹貨東に到着後、機関車を東京方に付け替え発車待ち

Ef66_30_160903_2 6:05 大阪ターミナルに向けて出発

Ef210107ef66_30ef210135_160903 7:09にEF210-107、-135と単機三重連1482レで戻って来ました。

Ef5108_160903 6:21 百済に向かった4070レはEF510-8の牽引でした。

Ef510508_160903 6:56 新潟からの4058レが508号機の牽引で吹貨東に到着、

Ef510508_160903_2 機回しを行い、

Ef510508_160903_3 大阪ターミナルに向けて出発

これ以外に6:01には
Ef20019ef510515ef65_2093_160903 EF200-19+EF510-515+EF65 2093による単機三重連1480レも通過しました。

その他、EF210牽引の貨物が多く通過しましたが、中でも300番台牽引の貨物、この時間帯では3050レで大阪ターミナルに向かい、その折り返しの73レ

Ef210301_160903 EF210-301

以前は京都方面からの「はるか」と大阪ターミナルからの列車が同時にやってくることはありませんでしたが、線形の改良で危うく被られるところでした。

旅客の方は、321系、207系の各停、221系、223系、225系の新快速、683系、287系、683系改造の289系など多数撮影しました。最近、連結面に乗客が転落する事故を受けて、前面にミニ壁を設置した車両を見ますが、どうもデザイン的に?ですね。

千里丘の貨物列車の通過が一段落してから、環状線に場所をかえ、まずは福島駅で撮影を試みました。面白かったのは

Boeing_777281_ja8967_160903
通常は新大阪駅上空を通過するはずの伊丹空港アプローチ機ですが、九州に台風が接近する状態のため、大阪空港のRWYが滅多にない北側からの着陸方式となり、福島上空から、空港を右下に見て、山の手前で旋回するアプローチ方式を採っているため、撮影できたのかと思われます。

103_103848_160903 103系 クハ103-848 OSAKA POWER LOOP

103_103841_160903 103系 クハ103-841 OSAKA POWER LOOP

201_20090_160903 クハ200-90 USJ

201_20190_160903 クハ201-90 USJ  4枚とも福島

福島、野田、新今宮で撮影した後、阪和線へ、

103_103800_160903 クハ103-800

103_103261_160903 クハ103-261

さらに鳳からの羽衣支線では

103_1032503_160903
片町線木津電化で登場したクモハ103-2503が3連の先頭で頑張っていました。

東羽衣から歩いて数分の浜寺公園内にある交通遊園を訪問し、保存されている

D51_469_160903
D51 469号機と

121130_160903
阪堺 モ121型130号を見学

さらに和歌山まで足を伸ばし、和歌山~和歌山市間の運用に就いていた

104551_160903 105系の珍車 クハ104-551

105_104551_160903

これまで何度か話題にしてきたクハ105-7の事故廃車で急遽、同車の運転台と電装解除されたモハ102-385から改造された車両に逢うことができました。

105_m92_160903
さらにNHK大河ドラマ「真田丸」のラッピングを施した105系SW004編成とも遭遇しました。

予想外に古い車両に遭えたり、これまでどうしても遭えなかった車両に逢え、コンプリートで来たり、実に有意義な一日でした。

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2016年9月 3日 (土)

速報 関西方面旅行中 1 京都鉄道博物館他

9月2日から2泊3日の予定で、関西方面を旅行しています。

今回は4月にオープンした「京都鉄道博物館」、EF81が引退し、JR東日本田端からEF510-500番台全機が移籍した富山機関区EF510の活躍、103系、201系が最後の活躍をし、いよいよ323系が登場した大阪環状線や103系、205系が頑張っている阪和線の様子を記録しておこうとおもいます。

2日は、東京から名古屋まで新幹線、名古屋から大垣、米原と乗り継ぎ、草津線の手原駅そばに保存されているD51403号機を見学し、午後から京都鉄道博物館をゆっくりと見学しました。

7854006_160902_2
東京~名古屋間の新幹線は出たところ勝負で乗った「のぞみ5号」でしたが、今年4月に落成したJR西日本のN700A(large)F6編成でした。 名古屋駅 写真は全て2016/9/2撮影

311g1313j7_160902_2
名古屋から大垣まで乗車したJR東海の快速は311系G1編成313系J7編成の混成でした。 大垣駅

160902_6 いつも大垣での接続待ちで眺めるだけでまだ乗車していない養老鉄道

313_z2_160902_2
大垣から垂井経由の関ヶ原越えはZ2+Z14?編成の313系2連併結編成でした。 米原駅

113_l3_160902
草津線は今では他の会社では見ることが出来ない113系が草餅見たいな塗色で頑張っていました。 草津駅

D51_403_160902_2
草津で乗り換えたのは一駅先の手原駅そばの稲荷公園に保存されているD51403号機を見学するためで、前回2014年の訪問の際には台風の接近で断念した場所でした。

160902_7 JR西日本がこれまで大阪弁天町の交通科学博物館、梅小路蒸気機関車館、そして機関区などで保管していた車両を纏めて公開し、JR東日本の(大宮)鉄道博物館、JR東海のリニア・鉄道館と匹敵する鉄道博物館として開いただけあって、展示物の充実度は見事でした。展示物に関しては別の記事で紹介する予定です。

8630_sl_160902_2
梅小路蒸気機関車館としては1974年2014年に続いて3度目になりますが、前回は台風でSLスチーム号は運休中で、今回初めて動態保存機が動くところを見ることが出来ました。

D51200_160902 梅小路整備工場内で整備中のD51 200 蒸気ドームのカバーが外されています。

D51_200_160902 炭水車は建物の外に

新たに「SLやまぐち号」や「SL北びわこ号」牽引機に抜擢され、現在修復中のD51200号機のエンジン部は扇形庫横の建物内で整備中、炭水車は野外に出されていました。

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2016年9月 2日 (金)

江ノ電を撮る 施設編 6 峰ヶ原信号所

藤沢から鎌倉に向けて、江ノ電の駅などの施設を見ているシリーズ、今回は峰ヶ原信号所です。

150524 2015/5/24

鎌倉高校前と七里ヶ浜間に設置されている、行き違いのための交換施設で、開業は1953年8月20日だそうです。開設された際に現在の鎌倉高校前駅の駅名が日坂駅から改称されました。

305_151128_2 2015/11/28

1050_150524 2015/5/24

行き違い設備の両端のポイントは以前、NHKの「ブラタモリ」でも紹介されていましたが、スプリングポイント(左側の標識にSの字)となっています。

21_150524 2015/5/24

新旧様々の組み合わせの車両を撮影できること、さらに

1151_151128 2015/11/28

天気が良ければ富士山を背景に写真が撮れることもこの場所の魅力です。

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2016年9月 1日 (木)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 9 10000系 2R車

今年は台風の発生が遅く番号的には若い番号ですが、発生から異様な動きをした10号が東北地方の太平洋岸に上陸し、東北地方を斜めに縦断して行きました。一夜明けて、東北や北海道で甚大な被害が出ています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々一刻も早い平常生活への復帰をお祈りいたします。

さて、小菅の複々線を通過する車両のシリーズ、東武8000系をようやく終えて、今回から10000系です。8000系に関しては8111Fがセイジクリーム一色に塗色変更されたそうですが、まだ見ていないの、撮影出来たら触れる予定です。

12201_160312 2016/3/12 曳舟 

この車両は8000系の後継として、また7300系の代替を目的として、先に東上線に登場した地下鉄乗り入れ用9000系に次ぐステンレス車両として1983年に登場しました。東武としては初の5桁の系列となり、各桁の数字の意味も後に登場する5桁系列の最初の例として引き継がれて行きました。

1   10000系
1   浅草、池袋方から1両目
2   2両編成
01  編成番号(第一編成)

運用開始は12月22日からで、当初は東上線専用でしたが、1984年3月20日より、伊勢崎、日光線でも運用が始まりました。

10000_11202_160625 2016/6/25 小菅 ブツ3の6連のため前パンに

制御系は電動カム軸式バーニア界磁チョッパ制御で出力140kWの直流複巻電動機を駆動し、ギア比は16:87(5.44)となっています。ブレーキ装置は回生ブレーキ併用電気指令式で日光線新栃木以北にも対応し、抑速ブレーキ付きとなっています。
2R車のMc用、6RのM3用の主電動機は端子電圧750VのTM-84,その他は375VのTM-83です。

編成は2R, 6R, 8R車が製造されました。

1983年度製造車(第一次車)は2R車1編成、6R車2編成、8R車2編成でした。
1984年度製造車(第二次車)は2R車1編成、6R車2編成でした。
1985年度製造車(第三次車)は2R車2編成、8R車3編成でした。
1986年度製造車(第四次車)は6R車1編成、8R車1編成でした。
1986年度製造車(第五次車)は6R車4編成、8R車1編成が製造されました。
さらに
1989年度に8R車の10R化に中間増結者2両が4編成分製造されました。

12203_151206 2015/12/6 越谷

昨年12月の南栗橋車監でのファンフェスタの記事で一度触れていますが、まずは2R車から行こうと思います。

   モハ11200形    クハ12200形
       Mc         Tc3
    CONT2/PT     MG/CP
自重   39.0t        34.0t
定員   150         150

      モハ11201-クハ12201   1984年1月 アルナ工機
      モハ11202-クハ12202   1984年7月 アルナ工機
      モハ11203-クハ12203   1985年7月 アルナ工機
      モハ11204-クハ12204   1985年7月 東急車輛

10000_12204_160708 2016/7/8 春日部

東武本線の運用では、6連の場合、4R車が浅草方、2R車が伊勢崎、日光方に連結されるように決まっており、西武新宿線のように2連車が両方に連結されようなことはないようです。

リニューアルに関しては11202Fが2014年,11201Fが2015年に施行されました。

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