東海道新幹線開業から50年 その37 保存されている新幹線車両 5 リニア鉄道館 part10 MLX01-1
2014年10月の東海道新幹線開業から50周年にちなんで続けているシリーズ、名古屋のリニア・鉄道館の新幹線関係では最後の展示物の紹介となります。
MLX01-1 と名付けられた車両で1996年、山梨リニア実験線用に導入された実験車両です。
2027年の品川~名古屋間285.6kmの開業を目指して、リニア中央新幹線(超電導磁気浮上式)の工事が各所でスタートしています。
開業時に使用される車両はL0系と言われていますが、それに至るまで、超電導リニア鉄道(Superconducting Magnetic Levitation Railway) では各種の実験車両がテストされてきました。
これまで研究を推進してきたのは主として鉄道総合技術研究所とJR東海でした。一方の流れとして、岡崎南公園に実験車両が保存されており、愛知高速交通東部丘陵線(愛称:リニモ)として実用化されているHSSTがあります。
国鉄におけるリニアモーターカーの研究は1962年に鉄道技術研究所で、次世代高速鉄道研究として開始され、最高速度500km/hで東京~大阪間を1時間で結ぶことが目標とされました。磁気浮上方式以外に、空気浮上、車輪支持のリニアモータ方式も検討されました。
LSM200
1972年3月、国分寺の鉄道技術研究所構内に200mの実験線を敷設し、超電導電磁石による浮上走行を行った際の実験車両、Linear Synchronous Motor と200mの実験線からこの名称が与えられたそうです。世界初の超電導電磁石による電磁誘導浮上走行でしたが、車両の案内はガイドレールにシューが当たる方式で完全に地面から離れてはいなかったそうです。
ML100
1972年10月14日の鉄道記念日に鉄道100周年記念で、同研究所構内に480mの実験線を敷設し、4人乗り展示車両として公開されたもので、Magnetic Levitation からML、100周年から100をとって命名されたそうです。いまでも同研究所の公開では展示されるそうです。60km/hの有人浮上走行に成功しました。
ML100A
ML100ではリニア誘導モータ方式でしたが、これをリニア同期モータ方式としたもので、1974年に完全非接触磁気浮上走行に成功しました。
国鉄鉄道総研での実験の成果を受けて、本格的な実験線を建設することとなり、様々な候補地が上がりましたが、開発推進者の京谷好泰氏の希望もあり、東京からできるだけ離れた宮崎の地が選ばれたそうです。宮崎の方々も実験線の建設から維持に渡って、非常に強力的であったとのことです。
ML500
1977年に開設された宮崎実験線での500km/h試験用に作られた試作車輛で逆T字型のガイドウエイに跨り、走行しました。1979年12月21日に当時の世界最高速度517km/hをマークしました。大阪弁天町の交通科学博物館に展示されていたそうですが、残念ながら私は写真に収めておりませんでした。同館が閉館後は国分寺の鉄道総研に保存されているそうです。
ML500R
コイルを超電導状態にするために液体ヘリウムが用いられて来ました。それまでは気化したヘリウムを回収していませんでしたが、実用化するためには冷却装置で再液化し、回収すべきであるため、ML500を改良して車載冷却装置を取り付けたタイプでRefrigerationのRを付けました。この装置のため、車重が重くなり、速度はML500より劣ったそうです。
宮崎の実験線は当初、逆T字形のガイドウエイを採用しており、車両もそれに跨る形でしたが、そうなると人が乗るスペースがなくなるため、ガイドウエイの形態がU字形に代わることになりました。
MLU001
1980年、宮崎実験線の軌道が従来の逆T字からU字に代わったことに対応して開発されたタイプです。強い磁力を発生させる超電導電磁石を搭載し、浮上と推進を同一コイルで行う方式となり、車両の小型化に成功しました。3両編成(定員最大32名)で、1982年9月に有人走行実験に成功しました。1986年、3両連結で352km/h、1987年、2両連結で405km/hを達成しました。
MLU002
実用化を睨んだ実験車両として1987年3月に導入され、台車に超電導電磁石を搭載する方式となりました。客室スペースとして44人分の座席も用意されました。1991年10月に補助支持車輪のパンクを再現する実験中に誤作動からロックが起こり、マグネシウムホイールから出火し、焼失しました。
MLU002N
1993年に導入された実験車両で、ディスクブレーキ、空力ブレーキも追加され、MLU002の経験から難燃性も付加されました。1995年1月に有人走行最高速度411km/hを達成しました。
宮崎の実験線は全長7km程の単線で殆ど直線であり、曲線やトンネル、勾配がなく実用化に向けた試験、高速試験を行う上で、距離が長く、いろいろな実験条件を備えた実験線が求められるようになりました。
1987年12月、運輸大臣に石原慎太郎が就任し、宮崎を視察して、MLU002に試乗した後、「鶏小屋と豚小屋の間を走っている格調の低い実験線では十分なことはできない。昭和63年度予算では実用化のため、新実験線の立地調査費を計上したい」と発言(宮崎の人々には極めて失礼な暴言失言と思われますが)し、新実験線計画が動き出したそうです。山梨になったのは当時の自民党の実力者、金丸信の威力ともいわれます。
リニア実験線は1996年に山梨県に移りました。
宮崎の実験線は東北大学流体力学研究所によるエアロトレインの研究や大規模な太陽光発電に使用されています。
そして、リニア鉄道館に展示されている MLX01
1996年開設の山梨実験線用に投入された車両で、空気抵抗の効果確認のため、ダブルカスプ型(MLX01-1,MLX01-4)とエアロウェッジ型(MLX01-2,MLX01-3)が用意されました。さらに2002年にはトンネル突入時の空気振動低減、列車後端の空力特性改善を考慮した超ロングノーズ型(MLX01-901)も追加されました。
台車は連接台車方式で、客室と超電導磁石の距離を取るためでもあります。台車あたり、電磁石は2個搭載され、車体は空気バネによるサスペンションを介して載っています。
車体はアルミニウム合金を主体としたセミモノコック構造で空気抵抗を減らすため低床化もされています。座席は横4、17列構成で、荷棚が天井に設置されています。乗降口はMLX01-1では上下に開閉、MLX01-901では水平開閉方式となりました。
1995年にMLX01-1+MLX01-11+MLX01-2 による第1編成が登場 -1は、2005年の愛知万博で展示された後、リニア鉄道館に展示、-2は山梨県立リニア見学センターに展示され、中間車は2005年3月に廃車となりました。
1997年にMLX01-3+MLX01-21(長尺中間車)+MLX01-12(標準中間車)+MLX01-4による第2編成が登場しました。
さらに2002年、MLX01-901とMLX01-22(長尺中間車)が登場し、先頭部の長さを23mから15mに短縮する改造後、MLX01-901AとMLX01-22Aになりました。
2005年度以降は、1編成で実験が継続されており、
MLX01-901A+MLX01-22A+MLX01-12+MLX01-2 の4両編成となっています。
L0系
営業線仕様車で2010年10月26日に発表されました。日本車輛製造および三菱重工業が先頭車4両、中間車10両を製造し2015年4月21日の走行試験で603km/hの鉄道世界最高速度を記録しました。
我が国における超電導リニア鉄道の歴史を勉強して、大月のそばにある、山梨県立リニア見学センターを12月にでも訪問してみようと思い始めました。
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コメント
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B767-281様こんにちは。リニアの車輌自体には興味津々ですが、リニア中央新幹線については、疑問が沢山あります。先ずは電磁波が人に与える影響、そして中央構造線を貫くトンネル、残土処理の問題などなど。何よりこれから人口が減っていく日本でそんなに急ぐ必要があるのかどうか?建設してにしても、いずれ膨れ上がり、税金でなんてことになるのでは?と心配は絶えません。
投稿: 細井忠邦 | 2016年11月27日 (日) 13時28分
細井忠邦さま、こんばんは。
わたしもリニアの技術的発展の歴史は大いに賞賛されるべき事と思うのですが、東海道、そんなに急いでどうするんだと言う気がします。
仰る通り、環境アセスメントの問題、採算性の問題等、いろいろ抱えたまんまGOとなっていますからね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2016年11月27日 (日) 21時56分