稀勢の里関、初優勝と横綱昇進おめでとう
既にご存知のように大相撲初場所で大関稀勢の里が14勝1敗で幕内最高優勝を飾り、昨年1年間の年間最多勝の安定性も考慮され、横綱に推挙され、1月25日の日本相撲協会理事会で第72代横綱昇進が決まりました。
私が最初にテレビで相撲をみたのが昭和35年名古屋場所だったのではと記憶しています。当時の番付を見てみると、横綱栃錦が夏場所限りで引退しており、若乃花、朝潮が横綱で、大関に若羽黒、琴ヶ濵、そして柏戸が関脇、大鵬は小結でした。その後の秋場所で柏戸がまず大関に、大鵬は36年初場所大関に昇進しました。それ以降、昭和46年夏場所の大鵬の横綱引退までよく見ておりました。
大鵬に引導を渡したのが新鋭花田改め、貴ノ花でした。その時代は北の富士、玉乃島、改め玉の海の時代でしたが、秋場所後、玉の海が盲腸の手術で急死したのはショックでした。
その後は輪島、北の湖時代、千代の富士時代と見続け、初めて相撲を実際に観たのは昭和61年初場所初日で両国国技館の椅子席からの観戦でした。この日の一番で最も印象的だったのが西横綱だった稀勢の里の亡き師匠隆の里の現役最後の一番で後に北勝海(現理事長)となる当時の関脇保志との対戦で土俵上に転がされる一番でした。この一番の後、引退が発表されました。
その後、同年秋場所で北尾改め双羽黒の横綱昇進、翌年には一度も優勝が無いまま廃業、1987年名古屋場所での北勝海、九州場所での大乃国の横綱昇進が続き、千代の富士の53連勝中は西ベルリンに留学中でした。平成2年秋場所では旭富士も横綱に昇進しますが、平成3年夏場所、確か信楽高原鉄道の事故と同じ5月14日に千代の富士が引退を発表し、その後、名古屋場所で大乃国、平成4年初場所で旭富士、春場所前に北勝海と相次いで引退発表がありました。その後、平成5年春場所で曙が横綱に昇進するまでは横綱空位の時代が続きました。
この頃から相撲からは遠ざかっており、若貴時代に少し復帰しましたが、彼らの引退とともに相撲への興味が離れてゆきました。白鵬が横綱になる平成19年名古屋場所までは殆ど相撲を見ていなかったかなと思います。その後、同年代の北の湖、千代の富士が相次いで亡くなってしまったのは大きなショックでした。
さて、新横綱稀勢の里関ですが、
誕生 1986年7月3日 兵庫県芦屋市 血液型B型
出身 茨城県牛久市 ちなみに牛久が市になったのは1986年6月1日でした。
土俵入り 雲竜型
稀勢の里の大関昇進3場所前からこれまでの戦績を纏めてみました。
私自身、稀勢の里の四股名を最初に聞いたのは、関脇時代の平成22年九州場所2日目に白鵬と対戦し、64連勝を阻んだときでした。その後も。平成23年初場所で白鵬の連勝を23で止め、さらに平成25年名古屋場所でも白鵬の連勝を43で止めています。かつて双葉山の連勝を69で止めた安藝ノ海が後に横綱に昇進しましたが、白鵬を止めた稀勢の里もついに横綱になりました。
小さいですが、大関31場所で緑で示したように優勝次点が11回、平成26年初場所14日目に怪我で千秋楽休場、負け越しが一回ありますが、「や」がつく休みは一度もなく、9勝6敗は6回、あとはすべて2ケタ勝利以上という安定した成績であることが分かります。
中日勝ち越しも6回あります。
対戦相手を見ると、かつては琴欧州、把瑠都といった欧州勢を苦手にしていましたが、ここ数場所では栃ノ心が嫌な相手かと思います。昨年九州場所でも3横綱撃破のあと、栃ノ心に敗れ、優勝から遠ざかりました。
他の3横綱では白鵬、日馬富士を如何に攻略するかが今後の優勝回数にも大きく影響すると思われますし、新鋭の御嶽海、正代などに苦手意識を植え付けることも大事でしょう。これには同部屋の弟弟子高安を早く大関に引き上げ援護射撃してもらうことも重要かと思います。
かつて北の湖に北天佑、千代の富士に保志といった弟弟子の躍進があり、本割では観られない兄弟弟子の優勝決定戦での相星対決などもありました。
1月25日の伝達式に続いて、部屋では綱打ち、27日には明治神宮で奉納土俵入り、28日には故郷牛久市で駅前から市役所までパレードが行われるそうです。
これまでも新横綱はいろいろスケジュールが立て込んで稽古が疎かになるとか言われていましたが、本業に影響する過密スケジュールはいけませんね。
まずは来る春場所、万全の態勢で新横綱として臨んで欲しいものです。
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