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2017年2月14日 (火)

広島・四国西南部旅行 広島編 その4 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)6 戦艦陸奥

2014年12月の旅行で呉市海事歴史科学館を訪問し、これまでに同館に展示されている戦艦大和の1/10スケールの模型呉の歴史呉海軍工廠で製造された艦艇広の第11海軍航空廠で製造された航空機マツダのオート三輪 などについて触れて来ました。

141219_3 2014/12/19 呉市海事歴史科学館 戦艦陸奥の図面

今回は長門型戦艦として八八艦隊計画二番艦として長門より1年遅れて1918年6月1日に横須賀海軍工廠で起工され、1920年5月31日に進水した戦艦陸奥について触れようと思います。

141219_1
141219_9 陸奥の砲身

横須賀で建造されたことから呉とは一見、無縁のように思えますが、説明にあるように戦艦として主要な部材である主砲身、副砲身、装甲版、主舵、スクリュープロペラなどは呉で製造されたそうです。

141219_10 スクリュープロペラ

長門・陸奥は大和・武蔵が建造される以前の世界最大の戦艦で
常備排水量 33,800トン
速力   公表 23ノット 実際は26.5ノット
主砲  16インチ砲 8門  

長門は1917年8月28日に呉海軍工廠で起工、1920年11月25日に竣工してましたが、陸奥は1918年6月1日、横須賀海軍工廠で起工しましたが、折しも軍縮の波で廃艦となるところを艤装を急ぎ、軍縮会議直前の1921年10月24日に完成となりました。

141219_11 主舵

英米は何とかして陸奥を廃艦リストに加えようと画策しましたが、日本海軍は陸奥が廃艦になると長門単独では艦隊が組めなくなるため、陸奥を残す方向で手立てを打ちました。

太平洋戦争の開戦後、陸奥は第一艦隊に属し、長門、陸奥、扶桑、山城の4戦艦でアメリカ艦隊との決戦に備え、ミッドウェー海戦などにも出撃しましたが、主力艦として温存されました。

Photo

しかし、1943年6月8日、柱島泊地で、火薬庫爆発事故が起き、呆気なく沈没してしまいました。爆沈事故は海軍のトップシークレットとして隠蔽され、戦後になって一般国民には知らされました。

吉村昭氏の著作「陸奥爆沈」によると1943年5月末にはアッツ島守備隊の突撃・玉砕があったものの、長門・陸奥等の艦隊は北太平洋のアメリカ海軍兵力を攻撃するための弾薬・燃料・食糧等を満載していたにも関わらず、出撃命令は無く、柱島泊地に待機していました。6月8日は長門が修理のため呉海軍工廠第4ドッグに入渠し、陸奥が柱島の旗艦ブイにつながれていました。

長門が修理を終え9時30分に呉を出港、13:00に柱島泊地に到着投錨とのことで、陸奥は旗艦ブイを離れ、二番ブイに移る準備を始めていました。

当日の乗員は1321名、それに艦務実習のため霞ケ浦海兵団の予科練習生と教官153名が乗っており、合計1474名が在艦していました。正午近く、昼食も始まった頃、大爆発が起き、艦はあっというまに沈没したとのことです。

爆沈当初は敵潜水艦による攻撃の可能性が考えられましたが、魚雷等が走った航跡は目撃されず、火薬庫の爆発の可能性が考えられました。

疑われたのが砲弾の自然発火で、最初に疑われたのは安定性に対する十分な検証がされずに当時搭載されつつあった三式弾(空中に発射された後、散弾のように広がり、航空機にダメージを与える弾)でしたが、この弾の自然発火の可能性はなくなりました。

海軍では潜水調査で沈没した艦体を調べることとなり、その結果、第4番砲塔付近で爆発が起こっていたことが明らかになりました。

日本海軍では陸奥以前にも戦艦などの火薬庫で爆発が起き、艦を喪失した事例がありました。

陸奥爆沈に関しても戦後の引き上げ作業で4番砲塔内から遺骨が発見されており、その際に艦内で起きた窃盗事件の犯人と同じ姓が刻まれた印鑑も見つかっていることから、窃盗犯と疑われた人物(吉村氏はQとした)が砲塔に忍び込んで着火したのではとの説が唱えられています。

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コメント

B767-281様今晩は。戦闘が「衝突事項」になってしまうなど言葉遊びで政治が進んでいく恐ろしい今日この頃ですが、改めて先の大戦を総括するのは大切だと思います。京都在住の知人に軽巡洋艦大淀の乗組員だったと言う90歳超えでも矍鑠としていらっしゃる方がおります。大和の最期などリアル過ぎて恐ろしい話を沢山伺っています。きな臭い今、歴史に向き合うことは必要ですね。トランプとの会談が成功ささた、が70パーセント!マスコミがいかに某所に制御されているか、はっきり分かり過ぎで更に怖いです。

細井忠邦さま、おはようございます。

仰るとおりですね。
先の首相訪米、トランプ大統領との首脳会談、その直後に行われたカナダの首相との会談と極めて対照的でしたが、日本のマスコミはただ浮かれるばかりですものね。
自衛隊のPKOでの戦闘を防衛大臣が国会で言い換えている問題もまさに太平洋戦争における言い換えと同じですね。
さらに、大阪豊中の国有地売却問題とマスコミがきちんと報じていれば以前なら政権転覆級の事件がどうなることやらですね。

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