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2017年3月31日 (金)

大井川鐵道 蒸気機関車 C10形式 8号機

前回までの記事で大井川鐡道で現在活躍中の電車は登場しました。

続いては蒸気機関車について触れようと思います。今回の訪問で、千頭駅の「SL資料館」も訪問し、大井川鐡道のSL動態保存の歴史を学びましたが、これからの記事では今回の訪問で実際に目にした動態保存機C10 8, C11 190, C56 44について触れて行こうと思います。

Dsc09955 2017/3/12 千頭
このときのC108号機はラサ工業時代の連結器周辺トラ塗り塗装です。

まずはC10 8号機です。

C10形式は国内で保存されているのはこの8号機のみであり、私もこれまでの公園保存機観察の旅では出会っていない形式です。

第一次世界大戦終結後、世界恐慌の翌年の1930年、日本も大不況でさらに明治期に導入されたタンク機関車の能力不足が問題になっており、経済性、効率性を重視した機関車の開発が求められた頃でした。

川崎車輛が15両(C10 1~15)、汽車製造が8両(C10 16~23)を製造し、都市近郊旅客列車牽引用に1520mm径の大型動輪で高速運転用に配置されました。ただ、軸重が大きかったため、地方線区での使用に難があり、増備はC11形となり、製造量数は23両に留まりました。

Dsc09729 キャブ内の様子

基本設計は同時期に登場したC50形、C54形などと共通点が多く、それ以後のC55形式に至る過渡的なスタイルとなっています。デフレクターもC54形式から制式採用されており、C10形には装着されていません。

主要諸元
    全長:12650 mm
    全高:3885 mm     8号機 全高:3.940m 全幅:2.936m
    動輪直径:1520 mm
    総重量:69.7 t           空重量:55.51t
    燃料:3 t
    火室面積:1.60 m2

新製配置機関区 
配置局
東京    千葉 1 2 3 4 5 大宮 6 7 8 
大阪    梅小路 9 10 11 12 奈良 13 鷹取 14 奈良 15 16 鷹取 17
名古屋  18 19 20 21
門司    熊本 22 23

でしたが、これらの担当区間は比較的早く電化されたため、山田線、真岡線、姫新線、播但線などに転属、旅客・貨物列車に使用されましたが、気動車化で余剰となったC11に置き換えられ、1960年から1962年にかけて全車廃車となりました。

Dsc09719
そんな中で8号機は1962年3月31日に国鉄を除籍された後、宮古のラサ工業に引き取られました。

同機の履歴を沖田祐作氏のデータで見てみると

C108      川崎重工兵庫工場=1363           1930-07-00 S69.70t1C2t(1067)    車歴;1930-07-00製造→納入;国鉄;C108→配属;東京局→       1930-07-24竣工[大鉄局通乙1923]→配置;東京局→1930-08-02配属;大宮→       1932-09-01高崎→1932-10-10借入;新小岩→1932-10-28返却→       1933-02-02借入;田端→1933-03-16借入;水戸→1933-03-19返却→       1933-10-08借入;田端→返却→1934-09-00現在;高崎→1934-11-00現在;尾久→       1935-07-00現在;田端→1935-05-12増圧(14→15㎏/㎠);田端→1935-07-30大阪局→       1937-10-28仙台局→1941-00-00現在;仙台→1949-00-00現在;盛岡→       1955-08-01現在;会津若松→1962-03-31廃車[達137];会津若松→       1962-04-00譲渡;ラサ工業宮古;C108→廃車→ラサ工業での廃車後一時国鉄の仲介?により       建設中のアサヒビール福島工場に保存機(ビヤホール列車)として検討されたがアサヒ側担当者に       C10に関する知識なく「C12のように有名か?・客車はスハ32がいいがまだあるか?」等の諮問       からある程度形式について知識は持っていたらしい形跡はあったが変な筋からフィクサー気取りで       見当はずれなアドバイス(というより利権あさりの類い)をする者も現れて迷っている間に話が立       ち消えとなった(福島工場建設担当会社社長の部下であった一マニアとしてはいささか惜しかった       と思っている)国鉄の仲介と言っても話の印象では担当社長の学校系列による個人レベルの思いつ       きによる程度の候補としての話らしかった=その後動態保存されたのでミイラとしての保存よりは       現状でよかったと思っているが 公務でマニア活動が出来るチャンスをみすみす逃したのは一寸残       念だった→動態復活;宮古市;C108(動態保存)→       1994-04-24譲渡動態保存;大井川鉄道;C108→1997-10-14営業運転開始

とのことです。

Img_7637
Img_7662
Img_7667
2017/3/11 千頭  C5644号機と重連で千頭駅に到着

Dsc09731 このリベットを多用した外観がC10の最大の特徴です。

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2017年3月30日 (木)

大井川鐵道 元近鉄16000系

16000系は近鉄南大阪線・吉野線(狭軌1067mm)向けに設計された特急用車両で1965年3月18日から大阪阿部野橋~吉野間で営業運転が開始されました。

16000_7603 1976/3 大阪阿部野橋

東海道新幹線の開業でそれまでの名阪特急を代表とする特急構成から狭軌のため他の線区の車両の乗り入れができない南大阪・吉野線にも大阪線に準じた特急車両を走らせることになり、南大阪線用通勤車6900系用の主電動機に特急用制御器、台車を組み合わせた狭軌線用の特急車として1965年3月18日
モ16000形+ク16100形 の2形式からなる2両編成2本が近畿車両で竣工しました。その後、1977年12月22日竣工の第9編成までが製造されました。第8編成はモ16050形サ16150形を中間に挟んだ4両編成となりました。

16000_7603_2 1976/3 樫原神宮

車種・形式は
モ16000形
    大阪阿部野橋方制御電動車 (Mc) 。
  車内販売準備室を設置。定員64名。
ク16100形
    吉野方制御車 (Tc) 。電動発電機と空気圧縮機を搭載。
  洗面所・トイレを設置。定員64名。
モ16050形
    中間電動車 (M) 。定員76名。
サ16150形
    付随車 (T) 。電動発電機と空気圧縮機を搭載。
  洗面所・トイレを設置。定員72名。

このため、必要に応じて、2,4,6,8両の編成を組むことができました。

16102_170312 2017/3/12 新金谷 モ16002 

車体は南大阪・吉野線の車両限界に合わせて最大幅を2,740mmに縮小し、側窓幅を20mm拡大して1,620mmとし、屋根高さをやや低く変更したため窓高さも50mm縮小して700mmとし、さらに妻面貫通扉窓の上下寸法を拡大しました、全長20m級鋼製車体としました。

16002f_170312 22017/3/12 川根温泉笹間渡 ク16102

客用扉は当時の近鉄特急車の標準であった750mm幅の2枚折戸を備え、モ16000形とク16100形およびサ16150形の車端部客用扉の外に置かれた側窓1枚分のスペースは、モ16000形が車内販売準備室、ク16100形とサ16150形が洗面所・トイレにそれぞれ割り当てられました。サ16150形については吉野方客用扉に隣接したスペースに補助席が4名分設けられました。

Dsc00123
座席はシートピッチ935mmの回転クロスシートで、1977年竣工の第9編成のみは当時淘汰が始まっていた10100系新ビスタカー」からの廃車発生品が流用されました。

新造時には全車とも車端部にデッキは設置されておらず、直接客用扉から客室へ入る構成となっていました。

特急標識は逆三角形の大型(1977年竣工の第9編成のみはホームベース型)のものを備え、塗装はオレンジと紺の近鉄特急車標準色です。

冷房装置は、冷凍能力4,500kcal/hの東芝RPU-1103ユニットクーラーを各車6基ずつ屋根上に搭載しています。

Dsc00122

特急車であるものの、主電動機については前述のように通勤車6900系(のちの6000系)と同一のものを使用しており、歯数比も同一としました。走行性能はMT比1:1の6000系と同等であり、起動加速度2.3km/h/s、平坦線釣合速度は125km/h、33‰勾配時の釣合速度は71km/hです。

主電動機は設計当時狭軌用WNドライブ対応電動機として最強を称した三菱電機MB-3082-A(端子電圧340V時1時間定格出力135kW)を電動車に4基ずつ搭載しました。低回転・強トルク特性ながら、高回転時の電機子反作用を界磁に付加した補償巻線で打ち消すことで弱め界磁制御による安定した高速特性を実現しました。

主制御器は日立製作所MMC-HTB-10F電動カム軸式自動加速制御器を電動車に搭載しました。

台車は全て近畿車輛製のシュリーレン式空気ばね台車です。

1977年
より、特急標識が増解結時に支障を来さない小ぶりなホームベース型の電照標識に取り替えられました。さらに前面帯の下辺も一直線から12000系に合わせた形状となりました。第1編成が竣工から20年を経過した1985年以降、内装を中心とした車体更新工事が開始され、化粧板の交換や座席の一斉自動転換式リクライニングシートへの交換、デッキの新設が順次施工されました。

1997年に後継車となる16400系が製造された際に、第1・第2編成の2両編成4両が代替廃車となり、これらは大井川鐵道へ譲渡されました。2002年に第3編成が廃車され、第1・2編成同様大井川鐵道に譲渡されました。

Img_7954 2017/3/12 第一橋梁

大井川鐡道では近鉄時代「特急」表示のあった電照式表示器部分に「金谷-千頭」との行先を表示しており、ワンマン運転対応改造に伴う最前部1列の座席の撤去とトイレ・洗面所・車販準備室の封鎖を実施した以外は、塗色をはじめ内外装ともほぼ近鉄時代そのものの状態で運用されています。

第1・2編成はリクライニングしない回転式シート、第3編成は座席のリクライニング機構もそのまま残されました。譲渡当初は急行列車に積極的に使用され、2003年の急行廃止後は普通列車の主力として活躍しています。

Img_8097
2014年3月のダイヤ改正により普通列車が減便され、同年9月頃から第1編成が運用を離脱。新金谷車両区に留置された後、十和田観光電鉄から譲渡された7200系と代替になるため2015年1月に大代側線で解体されました。

Dsc00079 2017/3/12 新金谷 ク16103

Img_7840 2017/3/12 新金谷 モ16003

16103Fはクとモに分かれて、新金谷の車両基地にいました。

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2017年3月29日 (水)

一畑電車3000系

昨日の記事では大井川鐡道で活躍中の元南海21000系について触れました。この機会に一畑電車でこの1月まで活躍していた3000系についてもこの機会に触れておこうと思います。

3007_150804 2015/8/4 雲州平田 3007編成

南海電鉄からの導入は1996年で、譲渡にあたり、先頭車のみによる2連4本が同年12月27日にデハ3001形(M'c)-デハ3010形(Mc)(3005,3006、3007、3008編成)として竣工しました。

3000_150804 車両の由来の説明もありました。

デハ3001形は連結面側のパンタグラフが撤去され、ワンマン運転用として前面窓両側にサイドミラーが取り付けられました。前面・側面ともに行先方向幕がないため、前後の運転台の窓に行先表示板が掲出されました。

塗装は、元京王5000形2100系と同様にイエローを主体として側窓下がホワイト、側扉・前照灯周りがダークブルーで塗装され、前面窓下には同じくダークブルーで太帯が描かれました。

3000_150804_3
車内はロングシートですが、現3008編成は新製当初クロスシートでしたが、昨日の記事にあるように南海時代に改座されました。側扉付近に乗車整理券発行器、運転台後部に運賃表示器と自動両替機付き運賃箱が設置されました。

3006_150804 2015/8/4 松江しんじ湖温泉

1997年2月20日に2連4本が北松江線で運転開始し、1998年10月1日からは大社線でも使用されるようになりました。その後、特急「スーパーライナー」と急行「出雲大社号」を除いた全列車の運用に就きました。但し、連結器や走行装置の違いから2100系・5000系との併結運転はできず、臨時ダイヤ等における4両編成での運転は本系列を2編成併結しました。 非貫通のため、4両編成では前後の車両を行き来することはできませんでした。

3008編成が2015年2月3日に定期運用終了したのを皮切りに3005編成も2月6日に離脱、3月には両編成が解体、3007編成は2015年12月16日、故障し、運用離脱、2016年1月に解体、最後3006編成が2017年1月20日に営業運転終了、21日22日にさよなら運転を行い、2月に解体されました。

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2017年3月28日 (火)

大井川鐵道 元南海21000系

再び、大井川鐡道の現行の電車シリーズです。今回は元南海21000系電車です。

21000_7603_2

21000_7603 1976/3 新今宮駅に入線する高野線急行運用の21000系 パンタは2個

モハ21001-モハ21100-モハ21100-モハ21001の全電動車方式による4両編成で1958年から1964年にかけて帝国車輛工業で8編成32両が新製されました。

21003_1703112017/3/11 千頭 21003-21004

2扉17m、準張殻構造で車体裾にに丸みが付けられ「丸ズーム」との愛称が与えられました。

21000_2100321004_170312_5 2017/3/12 金谷 大井川鐡道で活躍中の車両は転換クロスシートです。網棚下に読書灯が設置されているのも南海の伝統だそうです。

21000_2100321004_170312_2 連結面~扉間はロングシートです。

1962年に新製された第3次車の第4編成までが扉間転換クロスシート、1963年~1964年に新製された4/5次車はオールロングシートに変更されました。さらに1974年に第3・4編成はオールロングシートに改造されました。
第1・2編成はセミクロスシートのまま残され、臨時「こうや」として運用もありました。

21000_21003_170312_2 2017/3/12 新金谷

南海では高野線山岳区間直通運転を大運転というそうで、山岳区間に介在する50‰の区間を自力走行するため歯車比は12:83 (6.92)の高ギア比が採用されました。一方、平坦線では高速走行のためモータのけん引力を低下させないため、補償巻線を装備し、電機子の反作用を打ち消すことで整流を安定化させました。これにより、弱め界磁率を25%まで引き上げることが可能となり、山岳区間では30km/h、平坦区間では100km/hの走行が可能となりました。起動加速度は3.1km/h/s(初期車は3.5km/h/s)、減速度は4.0km/h/sです。

主電動機は東洋電機製造製TDK-820-Bを装備し、駆動装置も同じく東洋電機が開発した中空軸平行カルダン駆動方式、制御器についても当初は東洋電機製ACD-10を採用しました。

21000_fs17_170311 2017/3/11 千頭

台車は第1・2編成が住友金属製鋳鋼ウィングバネ式台車のFS17、第3編成以降がこれにボルスタアンカーを追加して揺動の抑止を図ったFS17Aです。

21000_2100321004_170312_8_2 2017/3/12 金谷

1973年
、南海本線・高野線系統の架線電圧が直流600Vから1500Vに昇圧されることが決定したため、以後も全車が継続して使用される本形式については、冷房化工事と併せて実施されることとなり、1972年以降検査周期に合わせて近畿車輛で改造工事が実施されました。冷房装置は日立製作所製の集中式冷房装置であるFTUR-550-206Dが採用されました。

21002_170312 2017/3/12 新金谷車両基地
3/12、本線では21003-21004編成が活躍し、車庫には21001-21002編成がいました。

2002_101206 2010/12/6 浜寺公園

南海電鉄では1990年2000系が登場し、1993年から置き換えが開始され、4連から中間車を抜いた2両編成が登場し、1997年8月29日を最後に全車廃車となりました。

7017_101206 2010/12/6 浜寺公園

21000系も引退時はこのパターンの塗装となっており、21001-21002編成は50000系ラピート」の塗装比較試験に使用されていたそうですが、大井川鐡道の希望で登場時の塗装になって譲渡されたそうです。

大井川鐡道にはセミクロスシート車の第1・2編成の先頭車4両が譲渡され、第3・5~7編成の先頭車8両は一畑電気鉄道に譲渡され、3000系となりました。その3000系も今年1月22日のさよならイベントをもって運行が終了しました。

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2017年3月27日 (月)

2017年3月25日 西武鉄道ダイヤ改正の話題 その2

昨日に続いて西武鉄道ダイヤ改正の話題、もう一つは東村山駅のホーム使用変更の件です。
西武新宿線では野方駅~新井薬師駅周辺で連続地下化工事、東村山駅周辺で連続立体交差化工事が進行中であり、拙Blogでも過去に何回かその進捗状況をリポートしてきました。

25日土曜日、西所沢からの帰路、東村山の様子、ホーム使用の変化を観察しましたのでレポートします。

170325 2017/3/25 東村山

この写真が3月25日からのホーム使用の変化を一番良く表していると思いますが、
最西端の1番線は使用停止、2番線はそのまま使用、3番線は車止めで南北に線路が分断され、北側は西武園方面折り返し、南側は国分寺方面折り返しホームとなりました。そのための南北へのホームの延伸だったのですね。

2000n_2_2456_170325 3番線ホーム、南側に停車中の国分寺線編成 2000N系 2455F他

新ダイヤにおいても西武園競輪開催日には国分寺~西武園間の直通運転、また国分寺~本川越間の直通運転が設定されているので、直通運転列車のために2番線は残されているのでしょう。

3_170325_4
3_170325_5
3番線はかつては西武新宿方面からの本線と接続されていましたが、現在は国分寺線のみとの接続になりました。

3月25日の時点ではまだ1番線への線路は残っていました。いずれ撤去されるのでしょう。

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2017年3月26日 (日)

2017年3月25日 西武鉄道ダイヤ改正の話題 その1

拙Blogでは大井川鐵道の記事が続いていますが、2017年3月25日、土曜日西武鉄道はダイヤ改正を行い、有料座席指定列車S-TRAINをデビューさせました。わたしも早速、40000系で運行されるS-Tainを撮影しに西所沢まで足を伸ばしました。

No27
今回のダイヤ改正内容が収録されている第27号の西武時刻表
1979年でしたか、第1号の時刻表を購入し、その後は遠ざかっておりましたが昨年の26号から再び購入することにしました。

新造車両40000系によるS-TRAINは時刻表によると以下のスケジュールで運行されることになりました。

20170325_seibu_strain_time_table
平日は所沢発で有楽町線に乗り入れ、豊洲まで朝502レで豊洲に行った編成が小手指まで回送されるのでしょうか、午後から504レ~501レ~506レ~503レ~508レ~505レと3往復するようです。所要は1編成のようです。停車駅は池袋線内ではこれまで急行が停まらなかった保谷駅に停車するのが興味深いです。そして有楽町線の池袋駅は通過という点も面白いです。上りは保谷駅と石神井公園駅が乗車専用駅、飯田橋駅と有楽町駅が降車専用駅、下りは逆のパターンになっています。

土曜・休日は副都心線、東横線に乗り入れ、上りは池袋駅・横浜駅・みなとみらい駅が降車専用駅、下りはみなとみらい駅・横浜駅が乗車専用駅、池袋駅が降車専用駅となり、池袋駅は両方向で降車のみ客扱いを行うそうです。

編成運用的には前日か早朝に小手指から元町・中華街に送り込まれた車両が401レで西武秩父へそのまま横瀬辺りで留まるのか、小手指まで回送されるのか、夕刻、再び西武秩父発の404レ、そして元町・中華街発405レで所沢へ、一方、402レで飯能を出発した編成は夕刻403レで飯能へ戻るという、2編成を使っての運用の様です。

まずはこのダイヤで乗車率等を調べて、徐々に編成の増備などに合わせて増発されてゆくのでしょうか。

因みにS-TRAINとは
    通勤・通学と様々なシーン「Scene」に使える
    指定席による快適な座席「Seat」
    直通運転による乗り換え無し「Seamless」  などの意味からSが用いられたそうです。

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2017/3/25 西所沢  40102F
402列車の初列車 早朝、小手指駅で人身事故があり、一橋学園から西武遊園地経由で西所沢駅に到着した頃はダイヤが乱れておりましたが、この列車に関しては定刻に通過してゆきました。

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2017年3月25日 (土)

大井川鐵道 元東急7200系

3月10日から12日にかけて千頭、川根両国駅を中心に開催された「SLフェスタ」に参加するため、初めて大井川鐵道を訪れ、現地からのレポートに続き、井川線の乗車体験を記事にしてきました。
あと少し大井川鐵道関連の記事を続けたく思います。
今回の記事では最初に乗車した7200系について触れようと思います。

150214_30 2015/2/14 電車とバスの博物館 歴史展示

1967年から1972年にかけて53両が導入されました。もともと1962年から東急では東横線の輸送力増強、地下鉄日比谷線乗り入れ用に7000系を投入し、田園都市線溝の口~長津田間延伸用にも7000系を増備していました。7000系は地下鉄乗り入れ性能を満たすため全電動車方式であり、東横線では急行用としても使用されていましたが、田園都市線や目蒲線、池上線ではそこまでの性能は求められず、むしろ導入費や保守経費の高さが問題でした。7000系が134両導入された時点でMT比を1:1にしたモデルチェンジ車として設計・導入されたのが7200系でした。

わたしも1971年4月から1974年3月までの高校時代、渋谷から学芸大学まで東横線で通学しており、7000系に混じってたまに見かける「ダイヤモンドカット」と呼ばれる「く」の字形状18m3扉車の7200系を見かけていました。尤も、写真で記録まではしてませんでしたが。

抵抗制御方式、界磁調整器(東洋製)、もしくは界磁制御器(日立製)による回生ブレーキ搭載で、主電動機出力は110kW、歯車比は5.73でした。1M方式のため、電動車と付随車の組み合わせにより、編成組成の自由度は極めて高い車両でした。台車は電動車がTS-802形、付随車がPIII-707形パイオニア台車でした。

形式は
Mc デハ7200形 渋谷向き制御電動車 1967年から
    オールステンレス車 22両 (日立12両 7201-7212、東洋10両 7251-7260) 
    アルミ車 1両 (日立 7200)
M  デハ7300形 1969年から
    オールステンレス車 3両 (日立2両 7301-7302、東洋 1両 デハ7351)
   当初は4両編成の中間車として製造されたためMG/CPは非搭載でしたが、後に3両編成化を考慮し、1980~1981年にかけて全車MG/CPが搭載されました。

M  デハ7400形 1969年から
    オールステンレス車 4両 (日立2両 7401-7402、東洋2両 7451-7452)
   当初からMG/CPを搭載した中間電動車として製造されました。
Tc クハ7500形 桜木町向き制御車 
    オールステンレス車 22両 (日立12両 7501-7512、東洋10両 7551-7560) 
    アルミ車 1両 (日立 7500) 冷房化後に電源用のMGもしくはSIVを搭載しました。

7204_170311_2
7305_170311 2017/3/11 金谷駅に到着する7305+7204編成

これらのうち、デハ7211デハ7259が本来の運転台側の反対側に8000系スタイルの運転台取り付け改造を行い、両運転台車となり、モハ7204、モハ7305として2002年十和田観光鉄道に譲渡されました。
しかし、2012年3月31日に同線が廃線となり、しばらくの間車庫で保管されていましたが2014年6月、大井川鐵道に再譲渡されました。大井川鐵道では当初、2014年冬から運行予定でした、2ヶ月ほど遅れ、2015年2月23日から運行が開始されました。

7204_170311 7204

7204_170311_3 運転席

導入にあたり、大井川鐵道では車両費1000万円、輸送費900万円、改造費6100万円の合計8000万円がかかったそうです。それぞれ単車で運転することは可能ですが2両編成で運行されているようです。

7305_170312 2017/3/12 新金谷

この日は金谷~新金谷間の運用に入っていました。

7204_170311_3_2

7305_170311_4 2017/3/11 千頭

7204_170311_3_3
車内は大井川鐵道本線で活躍中の他の編成、元南海21000系元近鉄16000系と較べるとこの写真のようなロングシートであり、些か残念な感じもしますが、

7204_170311_2_2

7305_170311_copy
来年で50歳になる車両が少しも古さを感じさせずに活躍しているところは東急車輌のステンレス車体の優秀さを感じます。

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2017年3月24日 (金)

大井川鐡道井川線に乗って その5 駅や観光名所-5 奥大井湖上から井川まで

大井川鐡道井川線の旅、千頭駅から奥大井湖上駅までは約1時間ですが、そこから終点の井川駅までは40分ほどかかります。駅間は

奥大井湖上-(1.6km)-接阻峡温泉-(2.3km)-尾盛-(2.7km)-閑蔵-(5.0km)-井川

で、標高は接阻峡温泉496m、尾盛526m、閑蔵557m、井川686mと接阻峡温泉から井川間で90mも登っています。

170311_2 2017/3/11 接阻峡温泉駅からの眺め

大きな吊橋は接阻大橋

170311
それに連なる道がハイキングコースとなっており、いくつかのユニークな吊橋を通るようになっています。

170311_3
尾盛駅は周辺に民家はなく、駅に通じる公道もなく、南アルプス深南部の大無間山から前無間山、風不入(かぜいらず)などのピークを通り、尾栗峠を経由してこの駅に降りるルート以外に徒歩で到達することすら不可能な秘境駅として有名が駅だそうです。2009年から2010年にかけては駅周辺に熊が出没したため、下車禁止になったこともあったそうです。

170311_2_2
170311_4
170311_10
尾盛駅を出ると列車は閑蔵駅の手前で鉄道橋として谷底から71mも高さにかかる関の沢鉄橋を徐行しながら渡ります。ここも列車からの写真よりも鉄橋を行く列車を撮りたい場所です。
ちょうどこの谷あたりが、榛原郡川根本町と静岡市葵区の境界で、これより先は静岡市葵区に入ります。山の奥深くが静岡市の区であるというのもなかなか面白いですね。

170311_5
この辺では線路は斜面の一部を切り取った狭いスペースに敷かれています。

170311_6
やがて進行方向右手に見えてくるのが奥泉ダムです。奥泉駅とは随分離れていますが、ダムの名称は奥泉ダムです。

重力式コンクリートダム
堤高 44.5m
堤頂長 75.6m
堤体積 35千m3
流域面積 464.6km2
湛水面積 20ha
総貯水容量 3150千m3
有効貯水容量 600千m3
1952年着工 1955年竣工

そして井川駅の直前では
170311_7
山の稜線が何層にも重なり合う「山の十二単衣」と言われる景色が見えます。

170311_8 井川ダム

井川線はそもそもこのダムの建設のための資材輸送鉄道でした。

ダム型式     中空重力式コンクリートダム
堤高     103.6 m
堤頂長     243.0 m
堤体積     430,000 m³
流域面積     459.3 km²
湛水面積     422.0 ha
総貯水容量     150,000,000 m³
有効貯水容量     125,000,000 m³
利用目的     発電
事業主体     中部電力
電気事業者     中部電力
発電所名
(認可出力)     井川発電所
(62,000kW)
施工業者     間組
着工年/竣工年     1952年/1957年

朝鮮戦争後の特需景気で工業生産が活発になり電力需要が逼迫した時期に電源開発の一環として建設されたダムでコンクリートの価格も高かったため提体内部を空洞とした日本初の中空重力ダムとして建設されたそうです。

170311_11
川根両国の先から61個めのトンネルを抜けると終点井川駅です。列車はカーブした線路の方に入線します。

170311_9
170311_12
上の写真で分岐器の先、真っすぐの線路は先に続いているようですが1971年に廃止となった堂平駅に続いていた線路ではないかと思われます。

170311_13
井川駅の駅舎
接阻峡温泉から井川駅まで運転が2年半ぶりに再開された当日でしたので、大半の乗客は駅で折り返し最終の千頭行きを待っていました。

170311_14
井川ダムのダム湖を渡る渡船もあるようです。

170311_15
閑蔵駅までは鉄道と並行して走るバス路線もあるようです。

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2017年3月23日 (木)

大井川鐡道井川線に乗って その5 駅や観光名所-4 アプト区間から長島ダムのダム湖上へ

大井川鐡道井川線の旅、アプトいちしろ駅で後部にED90を連結し、制御客車クハ600からED90を制御する方式で、90‰の急坂を登って行きます。8分で長島ダム駅に到着します。井川線は大井川のダム、下流から大井川ダム、長島ダム、奥泉ダム、井川ダムに沿うように走りますが、長島ダムが最初の提体のはっきり見えるダムです。

170311_4
昨日のアプトいちしろ駅が海抜396mでしたので、この間で89m登ったことになります。

170311 2017/3/11
長島ダム駅に停車中の列車から見たアプト式区間

ここでも4分停車でED90形電機が解放されます。客車から眺めていると、解放されたED90は引き上げ線に入線し、上り列車の抑速運用に備えます。
引き上げ線へのポイントはアプト式の歯車が干渉しないように2段折れ式になっているそうですがその確認はできませんでした。

170311_3 長島ダムの提体 ダムの放水口の傍に架かる吊橋はしぶきを浴びる橋として、「しぶき橋」と呼ばれています。

重力式コンクリートダムで
堤高     109.0 m
堤頂長     308.0 m
堤体積     861,000 m³
流域面積     534.3 km²
湛水面積     230.0 ha
総貯水容量     78,000,000 m³
有効貯水容量     68,000,000 m³
1972年に着工し、2002年に竣工しました。

洪水調節・不特定利水、かんがい・上水道が目的で発電設備はありません。ダム湖は大井川上流の峡谷接阻峡にちなみ接岨湖と命名されました。

このダムの建設で井川線の一部が水没することとなり、建設省は1990年から補償工事の一環として井川線の付け替え工事を始めました。

アプトいちしろ-(1.5km)-長島ダム-(1.2km)-ひらんだ-(1.3km)-奥大井湖上

170311_5 レインボーブリッジを渡る列車

井川線に新たな名称「南アルプスあぷとライン」の与えたのはアプト式区間と接阻湖を渡る鉄橋(レインボーブリッジ)であり、橋の中間に奥大井湖上駅が設けられました。

170311_6
170311_2_2
列車は駅を出発すると再びレインボーブリッジを渡ります。エメラルド色に輝く湖面と赤い鉄橋、列車の色が見事なコントラストを作り出します。

170311_7
接阻湖の対岸には旧線の跡もみえます。

列車に乗っていては奥大井湖上駅に停車する雄大な写真は撮れないので、再度訪れる機会があれば湖の対岸から列車を狙った写真を撮りたいものです。

Photo
車内に常備されている「南アルプスあぷとラインの旅」というパンフレットの写真 客車5両の編成と客車3両の編成を合わせた多客期の列車でしょうか。

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2017年3月22日 (水)

大井川鐡道井川線に乗って その5 駅や観光名所-3 川根両国を出てアプトやましろ駅まで

大井川鐡道井川線の旅、川根両国駅を出発すると車掌が沿線の風景を観光ガイド風に紹介してくれます。

170311 2017/3/11 沢間
井川線の場合、多くの駅がこういったバス停風の待合室があるだけの停留所のような駅です。時刻表からも分かるように井川線の列車本数は1日5往復です(下り最終は接岨峡温泉まで、上り初発は接岨峡温泉発

川根両国からアプトいちしろまで駅と駅間は以下のようになっています。

川根両国-(1.3km)-沢間-(1.5km)-土本-(1.9km)-川根小山-(1.7km)-奥泉-(2.4km)-アプトいちしろ

奥泉駅の次の駅は旧線時代は川根市代駅間でしたが1990年10月2日にアプト式移行に伴い、アプトいちしろ駅が川根市代駅に代わって設置されました。

170311_2
川根茶の産地

車窓には美しい茶畑が広がります。この辺で産生される茶葉は川根茶と呼ばれ「静岡茶」のひとつのブランドです。

170311_3
各駅にはこういった一駅一話題のエピソード紹介の看板があり、川根小山駅では大井川の高低差を利用した水路式発電の紹介がありました。川根小山駅では上下列車の交換も行われます。

170311_4
寸又峡に通じる県道77号線の泉大橋と奥に見える山は七つ峠(標高:1522m)

170311_2_2
奥泉駅の手前で泉大橋をくぐります。

170311_7
千頭を出て40分でアプトいちしろ駅に到着します。千頭駅の標高が298mですから、ここまでで約100m登ってきたことになります。

170311_5
列車にトイレの設備はないので。この駅でED90形連結のための4分間の停車時間はトイレ休憩タイムにもなっています。ちなみに写真の左手の建物がトイレです。

白い大きな建物はED90形の検修庫かと思います。

170311_6
ここからのアプト区間のためにDD20の後ろ、下り側にED90が連結されますが、その誘導は列車の車掌が行います。

170311_8 この先、長島ダムまで90‰の上り勾配、アプト式区間となり、DD20のエンジンは切って、ED90の推進力だけで登坂となります。

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2017年3月21日 (火)

大井川鐡道井川線に乗って その5 駅や観光名所-2 川根両国駅

千頭駅を出発した列車はおよそ4分ほどで川根両国駅に到着します。この間に列車内では車掌がドアは手動で開けること、開けたドアは車掌が外から閉めて回ること、車内の機器にみだりに触れないこと、主な駅の到着予定時刻などをアナウンスします。

170311 2017/3/11

千頭-(1.1km)-川根両国

所在地は静岡県榛原郡川根本町千頭、開業は1959年8月1日です。
井川線のホームは車両が小さいため高さが低く。路面電車の停留場のような感じです。

170311_2
両国乗務区の建物
さらにその奥の赤い屋根や空色の屋根の建物がディーゼル機関車や客車の検修施設になっています。

線路の左手の道路に上がって、少し川の上流方向に行くと

170311_3
170311_2_2 大井川を渡る両国吊橋があります。

170311_4 井川線の線路を越えています。

170311_2_3
線路幅こそ1067mmですが、ダム工事のための資材輸送鉄道の面影が十分に残っています。

170311_5
対岸にはこんな案内板「やんばいコース」がありました。川に沿って千頭まで歩いて戻ると50分ほどかかるそうでした。

170311_6
一方、吊橋から下流を見ると先ほどの川根両国駅の乗務区や工場の全景が見えます。

170311_7 井川線の車窓からの両国吊橋の眺め

千頭駅から川根両国駅そばまで貨物専用線が井川線に平行して敷設されており、1960年代後半には遊休施設となっていました。これを活用して1970年から蒸気機関車の運行が開始されたのが、大井川鐡道の蒸気機関車動態保存のルーツだったそうです。しかし、千頭駅付近の道路拡張に支障するため、専用線は廃止されることになり、1989年11月26日を最後に運行は廃止されたそうです。

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2017年3月20日 (月)

大井川鐡道井川線に乗って その5 駅や観光名所-1 千頭駅

前回の記事までで大井川鐵道、井川線で活躍している車両を紹介しました。
今回からは井川線千頭~井川までの駅、風景を紹介したく思います。

170311 2017/3/11 

最初は千頭駅です。所在地は静岡県榛原郡川根本町千頭1216-5 です。海抜は299.8mです。開業は1931年12月1日でした。

170311_2

右手に見える頭端式ホームの大井川本線千頭駅と井川線千頭駅のホームはこの写真のような連絡改札口で段差なしに繋がっています。大井川本線が1~4番線、6番線を井川線が使っています。

170311_3
井川線のホームは列車の車両がミニサイズであることから、少し低めで、ホームの中間あたりには0キロポストがあります。

170311_4
千頭駅北方の踏切から構内を

井川方面から千頭駅に進入し、ポイントで線路は4本に分岐していますが、現在は2線に入線できるようです。

600_170311
井川線列車の発着線は1本で、あとは車庫になっています。

170311_5
2017/3/11 井川線全線の復旧を告知するポスター
開通式等の式典は3月18日に行われたようです。

170311_6
170311_2_2
先日の記事でスハフ1形スハフ7の保存で登場した道の駅「音戲(おとぎ)の里」は千頭駅のすぐ裏側にあります。名前の由来は見る・聴く・創る。音のまるごと体験ミュージアムからとのこと。聴診器を使い様々な音を聴いたり、体験工房で自分だけのオリジナル音具を作れ、万華鏡も作れるそうです。

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2017年3月19日 (日)

大井川鐡道井川線に乗って その4 貨車について

大井川鐵道井川線の車両に関する紹介、最後は貨車です。

170311 2017/3/11 千頭 会場マップとイベントスケジュール

貨車に関しては千頭駅と川根両国駅の間に何両か貨車が纏めて停まっているのが見えたのですが、動いている車内から撮影は難しく、上の写真のイベントマップにある「お絵かきかしゃ」でキャンバスの役割を果たしていたcワフ0形cワフ1,4の写真を撮ったに留まりました。

C1_4_170311
イベントの時間には白墨でしょうか、貨車の車体に思い思いの絵や字が描ける企画でした。

C1_4_170311_2
井川まで往復して帰ってきた時にはすっかり綺麗に消されていました。

このcワフ0は1953年12月に4両が日本車輌製造で製作されました。車体は半鋼製で自重5.0t、荷重は4.5tです。

全長     5850 mm
車体長     4950 mm
全幅     1950 mm
車体幅     1800 mm
全高     2600 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

最大の特徴は井川線用と大井川本線用の連結器を双方備え、両妻面に上下に並んで2つ装備していることです。これは本線では連結器の中心線がレール面から880mmなのに対して、井川線の車両は640mmとなっているためで、これらの貨車を間に挟むことで連結器変換アダプター(控車)の役割を兼ね備えています。

もちろんアプト式区間通過などのため、井川方のクハ600形から千頭方のDD20形を制御するための引き通し線も持っています。

連結器取り付け、特に上段の並形自動連結器の緩衝器と復心装置を内蔵する必要があったことから、床の両端部が一段持ち上げられていること、さらに車掌室の出入り口が片側面にしかなく、反対側は窓のみとなっていることも大きな特徴です。

現在は貨物輸送は行われていませんが、かつては材木等を積載したcトキ200形がcワフ0形を介して、E10形電機や本線用貨車に繋がり、新金谷駅まで直通運転されたそうです。貨物輸送終了後の今日も石炭ガラ輸送列車で同様の運転形態が採られているそうです。

cワフ2,3に関しては本線用連結器を取り外し、井川線専用として社用品輸送に用いられているそうです。

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2017年3月18日 (土)

大井川鐡道井川線に乗って その3 客車・制御客車について-3

大井川鐡道井川線の客車、今回は残るスハフ500形クハ600形について触れます。

スロフ300形の増備後も観光客の増加は止まらず、多客時にはcトキ200形などの貨車を連結し、そのまま乗客を乗せたそうです。
貨車にポールを立て、屋根シートをかぶせて対処したモノの、さすがにそれではまずいということで1972年に増備されたのが、スハフ500形でした。cトキ200形の改造で当初は無蓋車に屋根と外板を取り付けたものにベンチを外向きに並べただけで窓ガラスのない、吹きさらしの構造だったようです。

車両定員     64名 座席定員42名
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1710 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

501_1703112017/3/11 千頭
一番手前の客車がスハフ501、あとの4両はスロフ300形 窓の枚数がドアを挟んでそれぞれ6枚ずつなのが特徴

1976年に窓ガラスを取り付け、スロフ300形と同様の客車スタイルになりました。窓は2段窓が並び、車内はロングシートです。暖房は設置されていません。 スハフ501~503の3両が在籍していましたが、スハフ502はスロフ317へ更新改造されたため廃車となりました。

601_170311 2017/3/11 千頭
井川向き先頭に立つクハ600形 左からクハ601 602 603 601は右下に銘板がありませんが、602、603には日本車輌製造の銘板があります。

601_170311_2 川根小山での行き違い クハ601

1990年のアプトいちしろ~長島ダム間のアプト式運転開始で、DLは常に列車の千頭側に連結する方式とし、井川行きの列車は推進運転方式となりました。そのために必要となったのが、井川方の制御車クハ600形です。

全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

602_170311
602_170311_3 3/11 全線開通のHMを付けて井川に向かうクハ602先頭の編成

クハ601はスロフ310から改造され、602-604はcトキ200形の台車を流用し、日本車輌製造で新造されました。

603_170311 クハ603 車内はスロフ300形と同じ構成です。

運転台はDD20形とほぼ同一であり、DD20形用とED90形用の2基の主幹制御器が装備されています。またクハ600形の屋根は上の写真でも分かりますが、スロフ300形のような丸屋根ではなく、平面構成の屋根となっています。

連結器の斜め上に装備されている補助前照灯はカーブで台車の動きに合わせて首を振る仕組みとなっており、DD20形の補助前照灯を踏襲しているそうです。

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2017年3月17日 (金)

大井川鐡道井川線に乗って その3 客車・制御客車について-2

大井川鐡道井川線の客車、スロフ1形、スハフ1形、スロニ200形、スロフ300形、スハフ500形クハ600形のうち、スロニ200形とスロフ300形について触れます。

スロニ200形は中部電力の専用線から大井川鉄道井川線になってからの初めての増備車で、観光鉄道として急増する登山客に対応する目的で1961年に日本車輛製造でcトキ200形の台車などを利用して、2両が製造されました。

車両定員     42名 座席28名 荷物スペース荷重1.1t
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

車内はロングシート 窓はバス窓スタイル

301_170311 2017/3/11 千頭

301_170311_2
SLフェスタの様子を取材に来ていたテレビクルーが撮影する中、千頭駅を出発する井川線列車 スロフ301から304までは側窓がバス窓、妻窓は2段窓

スロフ300形はスロニ200形に続いて、1962年に日本車輛製造で製造されました。

301304_170311
川根小山における列車交換
こちらが乗車中の客車は301-304のバス窓タイプ、すれ違っている列車は1980年以降、川根両国で製造された一段下降窓タイプ。

車両定員     55名 301,302は37名
全長     11000 mm
車体長     10400 mm
全幅     1840 mm
全高     2690 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

316_170311
316_170311_2 スロフ316 上 川根両国 下 千頭

2001年にスロフ316が増備され、スタイルはそれまでの全室客室タイプから車両の半分が開放式展望デッキとなりました。

なお、客室の井川に向かって左側が1人掛け、右側が2人掛けとなりました。

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2017年3月16日 (木)

大井川鐡道井川線に乗って その3 客車・制御客車について-1

大井川鐡道井川線の話題、3回目は客車編です。

井川線の客車には登場順にスロフ1形、スハフ1形、スロニ200形、スロフ300形、スハフ500形、そしてアプト式区間が設定されたことでクハ600形が登場しました。

中部電力専用鉄道時代には7両の客車が活躍していました。今回はこの7両について触れます。

スロフ1形 (一等車扱い)
1953年
 帝国車輛工業製  スロフ1,2 来客輸送用 1990年廃車
 cスロフ1が新金谷のプラザロコ展示
 定員16名 
全長7300mm
全高2600mm
車体幅1830mm
自重6.5t

今回、新金谷駅そばのプラザロコは訪問しなかったので、次回は必ず訪問しようと思います。

170311
170311_2
4_170311
4_170311_3 2017/3/11 千頭 スハフ4

スハフ1形
1953年
 帝国車輛工業製   スハフ3~7 作業員輸送用
オープンデッキタイプで、車端デッキ部分では、乗降の際に頭をぶつけないように屋根がカーブで切られたスタイルとなっています。
定員40名
車両重量     8t
全長     10000 mm
車体長     9400 mm
全幅     1830 mm
全高     2600 mm
制動装置     自動空気ブレーキ

4_170311_2 2017/3/11 川根両国

スハフ4.6の2両はイベント用に用いられることが多いようで、今回のイベントにおいても千頭~川根両国間の体験列車に使用されていました。

4_170311_3_2 車内は西部劇に出てくるアメリカの列車と似た雰囲気があります。

7_170311
7_170311_7 2017/3/11 千頭・音戯の里

スハフ7は2012年10月に千頭駅そばの道の駅「音戯の郷」で保存されることになりました。

7_170311_6
7_170311_5
車内にはDB1形牽引「かわかぜ号」の写真(スハフ4・6号)や竣功図面などが展示されています。

7_170311_3 車内は板張りのロングシートでした。

スハフ3は1984年に廃車され、スハフ5は7とともに長らく千頭駅構内や川根両国車庫で放置されていましたが、2012年11月、解体されました。

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2017年3月15日 (水)

大井川鐡道井川線に乗って その2 アプト式区間で活躍するED90電機について

大井川鐡道井川線の乗車記録、2回目は長島ダムの建設で水没する旧線に代わって登場した新線アプト式区間と、その区間で列車の推進、抑速を担当するED90形電気機関車についてです。

170311_3 アプトいちしろ駅から眺めたアプト式線路

170311 ED90の側面に描かれたアプト式のシンボルマーク

170311_4 長島ダム駅から眺めたアプト式区間

アプト式区間はアプトいちしろ駅から長島ダム駅間1.5kmで標高差は89mです。全線のうち、この区間のみ直流1500Vで電化されています。碓氷峠の67‰を超える90‰の勾配のためと、早期に建設をするためにラック式鉄道のアプト式が採用されました。

25_170311 アプトいちしろ駅

2015年に設置された横断幕?

170311_5 奥大井湖上駅付近でダム湖の対岸に見える旧線跡

1990年10月2日、アプトいちしろ - 接岨峡温泉間を新線に変更し、川根市代駅を移転してアプトいちしろ駅に、川根長島駅を接岨峡温泉駅に改称しました。長島ダム駅、ひらんだ駅、奥大井湖上駅が開業し、大加島仮乗降場、川根唐沢駅、犬間駅が廃止されました。

Ed90_2_170311 2017/3/11 アプトいちしろ
列車がアプトいちしろ駅に到着すると待機していたED90が後部に連結されます。アプト式区間ではDD20は無動力となり、ED90の推進・抑速だけで勾配を上下します。

ED90形は1989年に日立製作所で3両製造されました。

Dd903170311 台車の上に見える3個の電動機 両側の2個が走行用、真ん中がラック歯車用かと思われます。

走行用にHS-2228形電動機(53kW)を4基、、ラック歯車駆動用にHS-22337形(175kW)を2基搭載しています。

制御方式は抵抗制御で、制動装置は多重系統とし、発電ブレーキを常用し、自動空気ブレーキ、保安空気ブレーキ、ラックホイール用ばねブレーキ、非常短絡発電ブレーキなどが装備されています。また過速度検知装置 (OSR) も装備されており、降坂時は19km/hを超過すると非常ブレーキが作動する仕組みとなっています。

170311_2 ED90の車高がDD20などに較べていかに高いかがよくわかります。また、機関車の連結誘導は列車に乗務している車掌が行います。

ED90形の車体はDD20形ディーゼル機関車などと併結すると明らかなようにすごく縦長の形態をしていますが、これは狭小な車両限界において様様な機器を搭載するためと言われています。

3両のED90形が如何にしてアプトいちしろ駅まで運ばれたのか、途中のトンネルなどはどうやって通過できたのかは、こちらのサイトに写真があるように、車体と台車を切り離し、小径車輪を使用した仮台車に載せて回送されたとのことです。

車両基地はアプトいちしろ駅にあり、日常の検修はここで行われ、重要部検査、全般検査は車両区や外注先へ搬送して行われるそうです。

Ed90_1_3_170311 車両基地の1号機と3号機 屋根上のホイッスルの形態が違います。

金谷より1エンド側の警笛は3両それぞれに形態、音色が異なっているそうです。ED901はスイス連邦鉄道(スイス国鉄)のスイス国鉄Ae4/7形電気機関車に装備されていたものを譲り受け、(アプト式区間開業を祝って贈呈された)ものであり、ED902は名古屋鉄道の初代モ1010形に装備されていたドイツ製のものを使用、ED903は日本製(クラリオンAW2型)を使用しています。

ラックギアがレール上面から低い位置にあるため、ED90の走行する区間のポイントはギアとの干渉を避け、フログ部分だけでなくラックギアの位置と干渉するリード部分のレールも可動とした特殊な二段動作式のポイントを採用しているそうです。

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2017年3月14日 (火)

大井川鐡道井川線に乗って その1 ディーゼル機関車について

速報記事で報告の通り、3月11日、12日の2日間、千頭、川根両国を中心に開催された「SLフェスタin 千頭」に参加するため初めて大井川鐡道を訪問し、大井川本線、井川線に乗り、撮影し、無事帰還しました。

今回から数回に渡り、速報版では報告しきれなかった、井川線の様子を報告します。

井川線は、1935年3月20日に専用鉄道として開業し、千頭から井川までの25.5km、高低差400mを登っており、軌間は大井川本線との貨車の直通のため、762mmの軽便規格で建設されたものを1067mmに改軌したそうです。

Dd20_170311 井川線にDD20形が登場したときのポスター 井川

全線の1/3がトンネルと橋梁で閉められており、トンネル数は61あります。もともとダム建設資材輸送用の専用鉄道として建設されたため、車両限界はかなり小さく、最大幅1850mm、最大高さ2700mmとなっています。

Dd20_1_170311
Dsc09507 2017/3/11 千頭

現在の井川線、主力機関車 DD20 1号機 ”ロートホルン”

DD20形ディーゼル機関車は1982年から1986年までに大井川鉄道の自社発注で6両導入された機関車で日本車輛製造が製作し、アメリカ大手エンジンメーカー・カミンズ社設計のエンジンが採用されました。

Db1_dd100_170311 今回のフェスタで川根両国区に展示された手前DB1,真ん中DD100、奥はDD20 6号機 HIJIRI

元々、井川線は中部電力専用鉄道であり、1959年8月から井川線として営業が開始されました。観光路線のため、季節波動が大きく、閑散期は客車1両でも十分なのに対して、繁忙期は10両編成でも満員になる状態であり、当時の機関車DB1では客車2両の牽引が限界、DD100形では年間輸送量に対して過大でした。どちらも製造から20年以上が経過し、旧式エンジンで保守が困難、出力に余裕がなく、連続上り勾配でのオーバーヒート事故もよく発生していました。

Dd20_2_170311
DD20 2号機 IKAWA アプトいちしろ

Dd20_3_170311
DD20 3号機 ”ブリエンツ” 千頭

長島ダム建設で中部電力から井川線廃止の要望が出され、井川線存廃の方向性が決まらず、新しい機関車の新製もできない状況でしたが、1978年にダム建設で水没する井川線の路線付け替えが決定し、そのタイミングで新型機関車の使用が検討されることになりました。

Dd20_4_170311
DD20 4号機 SUMATA

当時、国鉄のディーゼル車のエンジン以外のエンジンの使用を検討した私鉄事業者はいませんでしたが、300馬力を超えるエンジンは欧米製の方が保守の上で有利との判断から、船舶用機関で導入例の多いカミンズ社のエンジンを導入することにしました。部品がヤード・ポンド法によるサイズの難点はありましたが、静岡県内の漁船の多数がカミンズ製のエンジンを使用していることから共同補修で対応することにしました。

全長 8.7m 液体式DL
重連総括制御可能
両側運転台の箱型タイプ
普通鋼製車体
NT-855L形エンジン 小松製作所でライセンス製造
ターボチャージャー付き 定格出力355ps・回転速度2100rpm
新潟鉄工所製2速トルクコンバータ付変速機TDCN-22-2001A
減速比 1速 12.575 2速 6.147
ブレーキ DL14B形空気ブレーキ
最高速度 40km/h

6両のDD20形の愛称は

1号機 ROT HORN
2号機 IKAWA
3号機 BRIENZ
4号機 SUMATA
5号機 AKAISHI
6号機 HIJIRI   となりました。

アプト式区間変更以前は機関車が上下列車とも先頭の編成形態でしたが、アプト式導入後からは機関車は千頭側に固定され、井川側先頭にはクハ600形が連結され、井川行き列車ではクハ600形から引き通し線を介してDD20 形を制御する方式となりました。

連結器の斜め上に装備された単灯の補助前照灯はカーブで台車の動きにリンクして首を振る仕組みとなっているそうです。

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2017年3月13日 (月)

速報版 大井川鐵道「SLフェスタ」 その3 新金谷基地見学と大井川第一橋梁での撮影

SLフェスタ」参加のために初めて訪れた大井川鐵道、2日目(3月12日、日曜日)は昨日と同じように金谷発7:48の3列車で新金谷まで乗車しました。

21003_170312
車両は南海ズームカーでした。

21000_170312
内部は高野線の特急時代のシートが残されており、行楽電車という雰囲気でした。

新金谷は大井川鐵道大井川本線の車両基地(新金谷車両区)があり、鉄道ファンとしては見逃してはいけない駅です。

170312_3
1面2線のホーム両側には客車の留置線があり、ここから千頭まで運行されるSL,ELに牽引される客車が留置されています。

170312 2017/3/12 新金谷 ホーム西側の留置線 E102号機とオレンジ色の旧形客車

170312_2 ホーム東側の留置線 

形式は国鉄のスハ43系ですが、台車のタイプがTR23、TR46などいろいろ観察できる楽しみもあります。

Sl_170312 大井川鐵道にとってSL列車はセールスポイントで、駅入り口前にはその日のSL列車の座席予約状況がこのように表示されます。

左へ進むと駐車場、バスの車庫を過ぎるとSL広場があり、

C12_164_170312
2011年10月7日に再設置された転車台上にはC12164号機が展示されています。

C5644_170312
C11190_170312
本日の運転に向けてC5644号機、C11190号機が準備に入っていました。

E34_170312
電車庫手前では西武から来たE34がなにやら整備中

続いて、代官町寄りの踏切を渡り、線路の東側を金谷方面に歩くとこちらにもSL広場があります。

E33_e32_170312 E33 E32 は電車庫の横に留置状態 その後は近鉄16103

21002_170312 電車庫には南海ズームカー 21001+21002編成

36170312 ホーム横 最東側の留置線には オハニ36 7 展望車 スイテ821 お座敷客車 (青帯車)が留置されていました。スイテ821は西武鉄道サハ1501形の改造車です。

車両区の脇から南東方向に分かれる側線は砂利採取線の跡で14系座席車が3両留置されていました。

14_170312
車体番号は スハフ14557 オハ14535 スハフ14502 でした。これらは「はまなす」で運行されていた客車で平成28年3月の北海道新幹線開通で「はまなす」が廃止されたため、JR北海道より購入し、大井川鐵道での機関車牽引列車に平成29年6月頃から使用されるとのことです(ニュース記事)。

16002f_170312 2017/3/12 近鉄16000系 

新金谷からは元近鉄16000系モ16002+ク16102 で、川根温泉笹間渡まで乗車し、近くの大井川第一橋梁を通過する列車の撮影を楽しみました。

E1023_170312
E1023_170312_2
EL E10 2 牽引 客車急行

C56_447e501_170312
C56_447e501_170312_2
C5644牽引 旧客7両 E501

C11_1905_170312
C11_1905_170312_2
C11 190 旧形客車5両

21003_170312_2
南海ズームカー

16000_170312
近鉄特急 16000系

9:30頃から13:00過ぎまで、数本の列車を撮影できたので、橋のインカーブ側からいろいろな角度で撮影を試みました。
川根温泉笹間渡発13:21の10列車(南海ズームカー編成)で金谷まで、金谷から18切符で小平まで戻りました。

またの機会に是非訪問し、次は沿線の別の場所で撮影をしてみたく思いました。

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2017年3月12日 (日)

速報版 大井川鐵道「SLフェスタ」 その2 大井川鐵道全線初乗車

大井川鐵道井川線は2014年9月2日、閑蔵駅付近で土砂崩れが発生し、接岨峡温泉駅~井川駅間(距離15.5キロ)が不通でしたが、2年半の復旧工事の目途が立ち、2017年3月11日の初列車から全線での運行が再開されました。「SLフェスタin千頭」もそれに合わせたものだそうです。

Sl_170311 2017/3/11 千頭駅

170311

私は大井川鐵道を訪問するのも、乗車するのも初めてでしたが、3月11日土曜日は以下の様な行程で大井川鐵道の旅を楽しみました。今回の記事ではその概説を致します。

1.金谷から千頭まで乗車
2.千頭から川根両国まで体験列車で往復
3.イベントに合わせて運転されたEL重連列車、SL重連列車を千頭駅にて撮影
4.井川線~南アルプスあぷとラインで井川まで往復
5.千頭から金谷へ、そして島田へ 

7305_170311
7204_170311_2 2017/3/11 金谷駅

金谷駅に入線してきたのは片側が東急8000系、反対側が7200系の顔を持つ両運転台車モハ7204とモハ7305の2連でした。この車両は東急から十和田観光電鉄に譲渡された際に両運転台化・ワンマン化されたものを同社線廃線後に大井川鐵道が譲渡を受けたものですね。往きの3列車、帰りの14列車はこの編成でした。

21003_170311 千頭  南海ズームカー 21003

21004_170311 南海ズームカー21004

大井川本線では昼間の時間帯、通常2編成が本線に出ており、行きも帰りも家山で行き違いがありました。出会った編成は元南海ズームカー21003+21004の編成でした。

21000_7603_2 1976/3 新今宮
南海高野線での現役時代

あの頃と変わらぬ姿、急行の看板の意匠も継承されているところが良いですね。

Dd204_170311 千頭~川根両国間の体験列車の編成

SLフェスタin千頭のイベントでは井川線体験乗車列車として、一駅先の車両区が併設されている川根両国駅まで往復するミニ列車が設定されていました。

ディーゼル機関車DD204に客車2両を繋げたミニ編成で、正規編成では井川行きは先頭にクハ+スロフ6両+DLでDLが押上、帰りは抑速する編成スタイルですがこちらは、川根両国までDLが先頭にたち、到着後は入れ替えをして、再びDL牽引で戻る方式でした。

170311_2
170311_2_2
170311_3
左からDB1、DD100形(DD107)、DD20形(DD206)

体験列車の折り返しの時間に近くの両国吊り橋を渡り、橋の上から両国区に展示されている歴代の井川線の機関車を眺めるという趣向でした。

E102e501_170311 2017/3/11 千頭
SLフェスタのイベントに合わせて運転されたEL重連牽引の臨時列車

Img_7628
E102号機とE501号機、どちらも電車のような雰囲気の機関車が旧形客車3両を牽引して11:13に千頭駅に到着

Img_7664
さらに11:52にはC108 (宮古市のラサ工業時代の塗色:連結器周辺)とC5644による重連が牽引する旧形客車7両の編成が到着

両列車とも到着後の機関車による入れ換えシーンも見応えがありました。

さらにこの後、井川線列車に乗り、千頭~井川間を往復しました。途中のアプト式区間もなかなか興味深かったです。井川線に関しては後日の記事で紹介いたします。

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2017年3月11日 (土)

速報版 大井川鐵道「SLフェスタ」 その1 島田までやって来ました。

3月11日土曜日、12日日曜日の2日間に渡って、大井川鐵道では千頭、川根両国の2カ所を中心に「SLフェスタ」が開催されます。それに合わせて、前日から現地入りということで、金谷のひとつ手前、島田に宿泊することにしました。

それにしても3月10日金曜日、大きなニュースがありました。

1)韓国憲法裁判所が韓国国会に弾劾訴追された朴槿恵大統領(65)に対し、罷免を宣告しました。朴氏が支援者のチェ・スンシル被告(60)に機密文書を流出させたことなどを違法行為と認定。「国民の信任を裏切り、憲法を守る観点から容認できない重大な法違反行為と見なければならない」とし、裁判官8人の全員一致で決定しました。

2)森友学園問題、大阪豊中の国有地が8億円も安く売却され、安部晋三首相夫人が名誉校長になっていた(既に辞任)「瑞穂の国記念小学校、当初は安部晋三記念小学校」の建設、認可の問題、国有地格安売却の謎は全く解明されていませんが、補助金申請における不正、大阪府の認可の問題などから、籠池理事長が申請の取り下げを行い、4月に予定されていた小学校の開校は不可能となりました。理事長の退任もニュースとして報道されています。

3)南スーダンに派遣中の自衛隊の部隊の撤収が政府から発表されました。国会でも稲田防衛相の憲法9条無視の派遣ありき答弁などが問題となっていましたが、政府は整備に一応の目処付いたための撤収と発表しています。

島田まで道中で出会ったもの、訪れた場所について今回の記事で概説しようと思います。

170310_4 2017/3/10 真鶴付近の海

東海道線の車窓風景において、この根府川を過ぎた当たりから左手の車窓に展開する相模湾の風景は昔から好きです。今回は18切符利用と言うこともあり、東京~熱海のJR東日本区間はグリーン車を利用しました。

373_170310
373_170310_2
373_f3f11_170310
熱海から沼津までの1417Mは373系の運用が入ることが決まっているようで、足下の乗車位置目標も373系乗車口8:47発と貼ってありました。編成はF3+F11の6連でした。

C58_322_170310 三島で途中下車し、駅前にある、市立の公園「楽寿園」を訪問、C58322保存機を見学しました。園内にある、郷土資料館も見学しました。

7002_170310
つづいて紙の町、吉原へ、岳南電車、以前にも改札手前までは来ていたのですが、今回は一日自由切符で全線乗りました。

170310 岳南富士岡駅の様子

富士山が見えて、構内に電機が4両駐機しており、さらに電車庫もある駅ですが、日中は無人駅扱いとなっています。

170310_2
岳南電車の沿線で最も活気があるのが、この吉原本町駅そばの岳南商店街一帯でしょうか。

Sl_170310
Sl_170310_2
吉原駅から線路沿いの南側の道を約1kmほど、東へ歩くと元吉原小学校が坂の上に見えだしてきます、この学校にはC5730号機都電7024号車が保存されており、以前から訪れて見学したく思っていましたが、なかなか学校が開校している平日に訪れる機会がなかったのですが、今回は金曜日ということで、メールで学校に見学のアポをとり、お許しを戴き見学することが出来ました。

C57_30_170310
7024_170310
そして富士市でも南海トラフ地震の発生に備えて、

170310_3
海岸に近い、海抜の低い地域ではこういったマップが作られており、

170310_5
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駅のすぐ南には津波避難タワーもつくられていました。
わたしも最上階まで登ってみました。

170310_7
田子の浦港や

170310_8
霊峰富士

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製紙工場の煙突

170310_10
さらには伊豆半島の最高峰 天城山系万三郎岳?を見ることができましたが、足下がよく見えるのであまり柵のそばには行きたくない気分でした。

最後は吉原から約1時間JR東海の211系で島田に向かいました。島田訪問は以前、中央小公園に保存されているD51101号機を見学しに来たとき以来(2014年1月2日)となりました。

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2017年3月10日 (金)

昭和61年初場所初日観戦の思い出 その1

大相撲初場所で大関稀勢の里が優勝、場所後の1月23日第72代横綱に推挙され、綱打ち、1月27日明治神宮での奉納土俵入り、さらに2月9日茨城県民栄誉賞贈呈2月18日には地元牛久市でのパレード、さらに3月4日には大阪住吉大社での4横綱揃っての奉納土俵入りなどがあり、いよいよ3月12日、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館の愛称が2015年9月1日からネーミングライツでこうなったそうです)で3月場所が幕を開けます。

860112 1986/1/12 両国国技館 蔵前国技館から両国新国技館に移って一年の頃でした。

私も今のところ一度だけですが、1986年(昭和61年)の初場所、初日(1月12日)を両国国技館で観戦しました。

860112_3 東前頭4枚目 逆鉾関(現、井筒親方)

860112_2 東前頭7枚目 寺尾関(現、錣山親方)

両国国技館に到着して、入口で待っていると続々と幕内力士が到着、入場して行きます。写真の逆鉾、寺尾は長兄鶴嶺山関と共に元鶴ヶ嶺の君ヶ濱部屋~井筒部屋の実子3兄弟として人気を博しました。元大関霧島(現、陸奥親方)も井筒部屋出身ですね。

860112_4 春日野理事長と横綱、大関以下三役力士による協会挨拶

観戦したのは2階の椅子席でした。

860112_5 初場所の初日で天覧相撲でもありました。
当時の春日野理事長(元横綱栃錦)が天皇陛下に付き添い説明をされていました。

860112_6 東幕内力士の天覧相撲での土俵入り 

860112_7 西幕内力士の天覧相撲での土俵入り 

通常の土俵上に丸く並ぶ方式だと天皇陛下にお尻を向けてしまうので、このようになるそうです。ひとりずつしこ名が呼ばれ立ち上がり、礼をして去って行く方式でした。

この場所の東西幕内力士(大関以下)は
         東               西

大関     北天佑            大乃国          
張出大関  北尾              朝潮 
張出大関  若嶋津
関脇     保志              旭富士     
小結     出羽の花           小錦
前頭1    琴ヶ梅            佐田の海
前頭2    巨砲                             闘竜
前頭3    陣岳             飛騨乃花
前頭4    逆鉾             三杉磯
前頭5    栃剣             多賀竜
前頭6    蔵間             大寿山    
前頭7    寺尾             玉龍
前頭8    麒麟児            隆三杉
前頭9    霧島             花乃湖
前頭10   前乃臻            大徹
前頭11   大錦             魁輝
前頭12   青葉城            高望山
前頭13   藤ノ川             板井
前頭14   益荒雄

860112_8
続いて東横綱 千代の富士の土俵入りです。土俵入りの型は雲龍型でした。

860112_9
そして西横綱 隆の里の土俵入りです。こちらは第53代横綱琴櫻以来の不知火型の土俵入りでした。前回の記事でも書きましたが、なんとこの土俵入りが現役場所での最後の土俵入りとなりました。

860112_10
昭和60年11月場所に優勝した横綱千代の富士による天皇賜杯の返還

860112_11
立て行司木村庄之助による二日目の取り組み披露
ちょうど隆の里 小錦の取り組みを示していますが、初日で隆の里が休場、引退となったためこの取り組みは小錦の不戦勝、幻の取り組みとなりました。

次回の記事に続く。

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2017年3月 9日 (木)

常磐線 水戸~平間開業120周年

3月3日金曜日、荒川沖から友部へ向かう際に中線にE657系K15編成が停車しておりました。

E657_k15_170303 2017/3/3

ダイヤ改正を翌日に控えた動きかなと思って車体をよく見ると

E657_k15_170303_e657_k15_170303_0
側面に大きな120と図案化されたステッカーが付いています。
常磐線開通120周年は既に昨年12月に終わったのではと思いましたが、よく見ると水戸~いわきとあります。

調べてみると水戸から北へ伸びた線路を磐城線と言い、1897年2月25日に水戸~平間が開業したのですね。
それに伴い、佐和駅、大甕駅、下孫駅(現在の常陸多賀駅)、助川駅(現在の日立駅)、川尻駅(現在の十王駅)、高萩駅、磯原駅、関本駅(現在の大津港駅)、勿来駅、植田駅、泉駅、湯本駅、綴駅(現在の内郷駅)、平駅(現在のいわき駅)開業が開業しています。

磐城線はその後、8月29日、平~久ノ浜が開業、これに伴い、草野駅、四ツ倉駅、久ノ浜駅が開業しました。
11月10日には北から中村~岩沼間が開業、それに伴い、中村駅(現在の相馬駅)、新地駅、坂元駅、吉田駅(現在の浜吉田駅)、亘理駅が開業しました。
一方、同年5月17日には土浦線亀有駅が開業しました。また12月27日には土浦線金町駅も開業しました。

まもなく2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所事故から6年を迎えますが、常磐線の復旧はかなり進みましたが、福島原発の廃炉に向けた作業は困難を極めた状態と想像されます。
それでもこの地震国で原発の再稼働はどんどん進み、海外にまで原発を輸出しようというまさに原発事故などなかったような動きが見られることが信じられません。

2016年12月10日時点で、常磐線の不通区間は竜田~小高間となっていますが、小高~浪江間は運転再開に向けた試運転が始まったそうです。さらに富岡~竜田間も今年中に再開との見通しが示されており、残すところはまさに福一の横を通る浪岡~富江間となります(参考記事)。

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2017年3月 8日 (水)

西武新宿線 沼袋と東村山 その後 

西武新宿線では東京都が定めた鉄道連続立体交差化工事の一環として中井~野方の連続立体交差化工事と東村山付近の連続立体交差化工事がたけなわです。

1.沼袋駅の状況

170304 2017/3/4 沼袋駅 野方方向の渡り線ポイント

中井~野方間では沼袋駅の工事の進捗状況をこれまで2016年12月18日時点2017年1月30日時点で報告して来ました。先週末の3月4日に観察したところでは、既に追い越し線一本化のために、下り側(野方側)の渡り線ポイントの接続も終了していました。

170304_2
さらに上の写真で見えますが、従来の枕木の間に長尺の枕木が挿入されており、現在の下り側通過線のレールが少し北寄り(上り線方向)にスライドするように思われます。

170304_3
さらに下りホームはレールとの位置関係から数スパン分、新井薬師前方向にスライド(延伸と短縮)するように思えます。
その後、現行の下り停車線路にホームの床板が被さるのかと思います。
いずれにせよ電車の運行が続いている状態で徐々にですが、今後、地上駅として仮設の状態の姿が見えてきたように思えます。

2.東村山駅の状況

140720_2 2014/7/20 東村山 久米川、小川方面

一連の工事が開始される前の状況

東村山駅も3,4番線ホームの所沢方向への移設が進んでおり、2016年12月18日時点では所沢方向のホーム延伸工事開始と小平方向の3番線ホーム使用停止でしたが、

170205 2017/2/5 東村山 久米川、小川方面

2月5日に観察した時点では西武園行き折り返しホーム発着線(3番線)の線路は写真のように2番線の線路との連絡が切られていました。

170304_4 所沢方面に延伸したホーム

3番線ホームだけが所沢方向に延伸され、すでに供用開始されていました。

23_170304
3番線に入線する西武園線折り返しの4連の停車位置は北側跨線橋の階段下あたりとなり、

Dsc09116
Rawie_170304_3
ドイツRAWIE社製の車止めが設置されていました。

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2017年3月 7日 (火)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 10 20000系

新形式70000系の登場で終焉を迎えようとしている20000系が登場したのは1988年1月でした。

2000_2411_151206_fs
20000系が登場するまでの東武側からの日比谷線乗り入れ車輌はこの写真(2015年の東武ファンフェスタで展示写真)の2000系でした。私も高校時代、東急東横線にお世話になっていたので何度か乗車経験がありました。
20000系の営業開始は1988年3月25日で、東武初の軽量ステンレス構体を持ち、AFE(自動界磁励磁制御、Automatic Field Excite Control)サイリスタチョッパ制御車として、1992年3月までに8両13編成が製造され、2000系は1992年8月の改正で引退しました。

←中目黒                                                                                                     南栗橋→
クハ21800 モハ22800 モハ23800 モハ24800 モハ25800 モハ26800 モハ27800 クハ28800
      Tc1            M1            M2           M1            M3              M1            M4
                     CHOP     SIV, CP      CHOP       CP, CP        CHOP         SIV 

20000_21801_151206 2015/2/6 越谷

21802_130113 2013/1/13 中目黒

日比谷線乗り入れ規格に準拠した18m3扉車体で扉間に2連一組の一段下降式ユニット窓が配置されました。

20000_28803_170113 2017/1/13 西新井

前面はボディと同色のFRP一体成形で運転士側の窓を大型化し、車体右端部に非常用開戸が設けられました。

20000_28804_160514 2016/5/14 中目黒

20000_21805_161118 2016/11/18 小菅

室内はオールホワイト、キャンバス模様の壁面、ブラウンの床、ミルキーホワイトの天井と9000系と同じ仕様とし、座席の色はグリーンにしました。

21806_150429_3 2015/4/29 小菅

冷房装置は集約分散型のRPU-4019(13,500kcal/h)を各車両3基搭載し、屋根上のFRP製キセは客室換気用吸い出し式通風機及びモーター冷却用風取り入れ用主電動機冷却押し込み通風機を収めて一体化されました。

28807_120901 2012/9/1 五反野

Tm83_151206_2 2015/12/6 東武ファンフェスタでの展示 TM-83電動機

主電動機は10000系と同じ直流複巻補極補償巻線付きTM-83(140kW)、駆動装置は撓み板を用いた中空軸平行カルダン方式TD-81、歯数比は87:16(=5.44)です。制御装置は1C8M方式の自動界磁式主回路チョッパ制御で東洋電機製AFE2をM1車に搭載しました。

20000_28808_160206_3 2016/2/6 西新井

SIV方式の補助電源装置を搭載し、サービス電源三相交流220V60Hzを提供します。さらに直流100Vに変換して制御装置、戸じめ機・ブレーキ装置などにも電源を供給します。CPはHS-20CをM2車に1基、M3車に2基搭載しました。パンタは下枠交差式PT-4815がM1車に搭載されました。

20000_28809_160708_3 2016/7/8 春日部検車区 21809Fは休車中 2014年2月の重要部検査以来とのことです。

台車は東武初のボルスタレスSUミンデン空気バネ台車TRS-87M (住友金属SS-107)・TRS-87T (同SS-007)を履きました。牽引装置は一本リンク方式、基礎ブレーキ装置は片押し式でブレーキ装置は回生ブレーキ付き全電気指令式空気ブレーキHRD-2です。東武線内ATS、日比谷線内ATCに対応すべく一体形ATS/C装置が搭載されました。

20000_21810_160708 2016/7/8 西新井

21811_160312_2 2016/3/12 西新井

年次変化は1990年以降(21809F以降)にラジオ受信装置が装備されたこと、1991年以降(21812F以降)つり革の形態が丸型からお結び型に変わったことがあげられます。

28812_150429 2015/4/29 北千住

20000_21813_150530 2015/5/30 小菅

改造工事

2003年10月から日比谷線の信号保安設備がWS-ATC(地上信号方式)からCS-ATC(車内信号方式)に切り換えられたため、対応工事が実施されました。

21801F 1988.1    東急車輌
21802F  1988.2    アルナ工機
21803F  1988.12  アルナ工機
21804F  1989.1    アルナ工機
21805F  1989.9    東急車輌
21806F  1989.10  東急車輌
21807F  1990.1    アルナ工機
21808F  1990.1    アルナ工機
21809F  1990.9    東急車輌
21810F  1991.2    アルナ工機
21811F  1991.3    アルナ工機
21812F  1991.7    東急車輌
21813F  1992.3    アルナ工機

以上、鉄道ピクトリアル誌2008年臨時増刊号 No799の記事を参考にしました。

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2017年3月 6日 (月)

富士急電車まつり2016 その3 クモハ169-27

2016年11月12日、好天の中、下吉田駅、富士山駅(電車修理工場)、河口湖駅の3会場で開催された「富士急電車まつり 2016」、トピックその3は下吉田駅横に展示されているクモハ169-27のカットボディです。

169_16927_161112 2016/11/12 下吉田

富士急行では先の記事で紹介したように165系改造のフジサン特急2000形を運転していた際に、部品取り用としてクモハ169形を1両、富士山駅に留置していました。2000形の引退でその必要が無くなり、カットボディとしたそうです。

169_16927_161112_2
JRで廃車になる前は三鷹区所属で富士急行に譲渡され保存されていた頃の写真はこちらで見ることが出来ます。

165系900番台としての試作、169系としての量産に関しては以前の記事で記述しました。

この車両の履歴を

04 イカロス出版 国鉄型車両の系譜シリーズ04 形式165系

で調べると169系量産車のラストナンバーとして
1969年6月20日 東急車輛で落成、長ナノに配置
169系の量産車の多くは1968年に落成しており、1969年に落成したのはクモハ・モハでは-26,-27、クハでは-25~-27でいずれも東急車輛製でした。
1986年度中に長モトに転属
1997年度中に八ミツに転属
2003年1月30日に廃車 となっています。

169_16927_161112_3
2003年にJRから形式消滅した後、1997年10月1日の長野新幹線開業で誕生したしなの鉄道(信越本線の一部、軽井沢~篠ノ井間が経営移管されたもの)に3両編成4本が移籍し、最初はしなの鉄道塗色で、後に往年の湘南色に塗られ活躍しましたが、2011年7月1日からは、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の改正で運転状況記録装置を設置していない車輛のJR線入線は不可能となり、JR線内への入線が不可能となりました。

169_s53_091231 2009/12/31 篠ノ井 しなの鉄道の169系 S53編成

169_16927_161112_5
2013年3月16日の改正で定期運用が無くなりましたが、クモハ169-1、モハ168-1を含むS51編成は坂代駅に保存、S52編成のクモハ169-6は軽井沢駅構内の旧軽井沢駅舎記念館に保存されました。

メカ的にはEF63との碓氷峠での協調運転のため、
制御器がCS15からCS15Dに、
主抵抗器は抑速発電ブレーキに備えて、容量をアップしたMR52Cに、
協調力行運転時に直列弱め界磁制御を行うための界磁接触器SRB8の設置、
上野向き先頭車にEF63との協調用KE70ジャンパ連結器の設置などがクモハ165に付け加えられました。
また、本来碓氷峠では軽井沢方がクモハの向きですが、坂下に重量の重い電動車を持ってきた方が安全なので方向転換されています。1969年製のクモハ169-26,-27はそれまでの量産車が冷房準備工事で出場した中、これらは最初からAU13Eを5台搭載しての出場となりました。

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2017年3月 5日 (日)

西武線各駅探訪 11 本川越駅

前回のこのシリーズは西武秩父駅でした、今回は西武新宿線の終点、本川越駅です。

170121 2017/1/21駅名に「時の鐘と蔵のまち」が追加されたのは2012年10月20日からでした。

所在地は埼玉県川越市新富町一丁目22 です。1895年3月21日に、川越鉄道の川越駅として開業しました。川越市内の3駅では最も古くからある駅です。1940年7月22日に国鉄川越線が開業した際に名称を本川越に改めました。

元々、小川駅の記事でも記述しましたが川越鉄道はもともと甲武鉄道の子会社で川越からの蚕糸、織物、製茶、石灰などの貨物輸送(江戸時代は新河岸川を利用した舟運でした)をメインにしていましたが、1975年4月1日、専用線貨物取り扱いも廃止となりました。

601 1980年頃の601系と本川越駅

1990年、駅改良工事が完成し、ホームは従来の3面5線から1面2線になりました。

170205 2017/1/21

1998年、ホーム改修工事でコの字型のホーム(2面3線)となり、中線は特急専用ホームとなりました。

170121_2
ステーションビルは1991年9月5日にオープンしました。

170121_2
2016年2月20日に開設された西口
西口開設で東武東上線の川越市駅との距離が随分、縮まりました。

ここ20年ばかりですっかり近代的になった本川越駅ですが

170205_2
残されている未解決の問題点は西武新宿線唯一の単線区間の存在で写真のように南大塚駅方向に存在する脇田信号所からJR川越線、東武東上線のガードをくぐる区間が単線となっています。

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2017年3月 4日 (土)

烏山線キハ40形 お疲れ様でした。

2014年3月15日のダイヤ改正でJR東日本は烏山線に一般型直流用蓄電池駆動電車EV-E301系を1編成投入し、架線のある区間で充電し、宝積寺~烏山の非電化区間では蓄電池に蓄えられた電気で走行する方式での運行を行って来ました(関連記事)。

あれから3年弱、その間の2015年5月21日にはEV-E301系に対して鉄道友の会から「ローレル賞」も授けられ、導入の効果が認められたのでしょう。2017年3月4日のダイヤ改正では従来から走るキハ40形を完全に置き換えることになりました。

ということで、3月3日金曜日、キハ40形の最後の活躍を見るために、荒川沖から友部、水戸線経由で小山、宇都宮そして烏山まで行って来ました。

170303 2017/3/3 宇都宮
12:08発の331Dと15:10発の335Dには「引退記念のヘッドマークが装着」との情報も事前にあり、10番線ホームは平日にも拘わらず、結構な数の人出でした。

40_1003_170303
40_1004_170303
12:03頃、331Dが
キハ40 1003(国鉄色:朱色4号+クリーム4号)+キハ40 1008(クリーム色10号+緑14号)+キハ40 1004(国鉄首都圏色:朱色5号)の3両編成で入線

Hm_170303 烏山方のキハ40 1004に装着されたマーク

Hm_170303_2 宝積寺方のキハ40 1003に装着されたマーク

両端のHM、絵柄は同じでしたが、マークの形態は異なっていました。

170303_2 38年間の活躍だったのですね、

Mb_170303
メッセージボードも用意されていました。  烏山駅

170303_40
キハの車内には烏山線の時刻表も掲示されていますが、大金駅ですれ違った本来はEV-E301系の運用も今日は最終日のせいか、キハ40形2連で運転されていました。

40_1004_170303_2 キハ40 1004 運転席

401000_170303
烏山線で活躍したキハ40 1000番台は国鉄時代末期の1986年から1995年にかけて、2000番台(2011~2017, 2087, 2139)を種車に改造されたもので、最終的に9両が改造されました。

改造内容は・便所の撤去・吊り手、網棚の延長で、改造当初、水タンクはそのまま残されたそうです。定員96名(座席66名)、機関はDMF15HSA(220PS/1600rpm)、台車はDT22D・TR51Cで種車のままでした。1990年より、東北地区に転出した1006を除き、ワンマン化と座席のオールロングシート化がなされました。そして1995年に非冷房車の冷房改造もなされました(以上、こちらを参考に致しました)。

40_1002_170303
40_1002_170303_2
40_1005_170303
宇都宮に戻るとキハ40 1005+1002が留置線に

40_100310081004_170303
15:10過ぎ、長い汽笛と共にキハ40 1004+1008+1003の3色編成は335Dとして烏山に向かいました。

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2017年3月 3日 (金)

San Diego Lindbergh空港でのSpotting 30 United Express Bombardier CRJ-700

San Diego Lindbergh空港でのSpotting、今回はUnited Express (SKY West Airlines)Bombardier CRJ-700です。

SkyWest Airlines Logo.png

以前、Delta Connectionの話題でも登場しましたが、SkyWestAirlinesは様様な主要キャリアと結びついてフィーダーライン(ローカル線)を運航している航空会社です。

すなわち、アラスカ航空とはスカイウェスト航空で運航、ユナイテド航空とはユナイテド・エクスプレス、USエアウェイズとはUSエアウェイズ・エクスプレス、デルタ航空とはデルタ・コネクション、アメリカン航空とはアメリカン・イーグルのブランド名を用いて運航している、ユタ州セントジョージに本拠地を置く航空会社です。設立は1972年です。

United Expressとしては
O'Hare International Airport シカゴ
Denver International Airport 
George Bush Intercontinental Airport ヒューストン
Los Angeles International Airport
San Francisco International Airport  がハブ空港となっています。

Bombardier CRJ-700は前回の記事で登場したCRJ-200をベースに1995年当時活躍していたEmbraerE-Jet、Fokker F70/100シリーズ、BAe146/AVRO RJファミリーに対抗する機種を目指して開発した機種でした。開発の経緯や発展については以前のシカゴ、ニューアーク空港の記事で触れています。

N710sk_bombardier_crj700_cl6002c10_ N710SK cn 10170 Canadair CL-600-2C10 Regional Jet CRJ-701ER 2015/1/15 SAN

N710SK cn 10170 Canadair CL-600-2C10 Regional Jet CRJ-701ERは2004年10月21日にSkyWestAirlinesに納入され、United Expressブランドで就航しましたが、2016年10月7日、SkyWestAirlinesに戻り、同年11月3日からはAmerican Eagleブランドに変更になったようです。
エンジンはGE CF34-8C5B1の双発でコンフィグはUE時代はC6W16Y48でしたが、AEではC6Y64となっています。

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2017年3月 2日 (木)

南入曽車両基地電車夏まつり2016 その5 2065F 8連の床下見学

昨日の記事で2000N系8連の話題が出て来たので、2016年8月20日に南入曽車両基地で開催された「電車夏祭り2016」の最後のトピック、「2000N系8連の床下見学」の紹介をしようと思います。

2000n_8_2065_160820 2016/8/20 南入曽車両基地
2000n_8_2065_160820_6
入場していた編成は9次車として製造された2065F(1990/7/13、10/3所沢車輛工場製)でした。

2000n_8_2065_160820_3 係員が床下機器、台車等の足回りを点検するのと同じ目線で見学することが出来ました。

2000n_8_2065_160820_4 クハの台車は101系、5000系などからの住友金属FS072です。

2000n_8_2065_160820_15 モハの台車はFS372Aです。

2000n_8_2065_160820_5
2000n_8_2065_160820_16 クハの先頭台車を後方から眺めると床下も含めて機器は殆どなくガランとしているのがわかります(上)。一方、モハの場合はモータがあるため車軸付近も混み入っています(下)。

2000n_8_2065_160820_11 中間連結器は普段,解結が行われないのでこういったタイプのものが使われています。

2000n_8_2065_160820_17 架線からの電流がこちらに導かれる電源の入り口ですか。

2000n_8_2065_160820_43 主回路を保護するサーキットブレーカですね。

2000n_8_2065_160820_53
2000n_8_2065_160820_46
2000n_8_2065_160820_47
2000n_8_2065_160820_53_2
2000n_8_2065_160820_49 一連の制御器はモハ2100、2200、2300の奇数車に搭載されています。
界磁チョッパ制御装置は日立製作所のMMC-HTR-20D

2000n_8_2065_160820_56 補助電源はSIV、CPも右奥に
これらの機器は2100台,2300台の偶数車に搭載されており、

2000n_8_2065_160820_59 2200台の偶数車は搭載されていないため、床下はスカスカです。

2000n_8_2065_160820_61 最後は2066の運転台です。

160820 検修施設 ピット線

3層レベル、床下、車内、屋根上を検査できるようになっています。全長170m 8連に対応が4線あります。

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2017年3月 1日 (水)

西武2000N系 4扉車を主流にした車両 7次車-4 8連

2000N系7次車、これまで
4連 2509F~2529F
2連 2453F
6連 2053F 2055F改め2045Fが製造されました。

最後に登場したのが2057Fの8連でした。

2000n_8_2057f_120506 2012/5/6 小平 ベンチレータはありました。

8連は西武所沢車輛工場製ですが、4連として1989年3月31日に竣工し、1989年5月25日に2257,2357などの中間車4両が加わり、8連化されたようです。

2000n_8_2057f_120506_2 2012/5/6 田無

2000系の8連は2001Fから2007Fの6連に2031F,2033Fの中間車を組み込んで8連化して以来となりますが、今回からは編成順序が

←西武新宿
2057-2157-2158-2257-2258-2357-2358-2058  となり、2001Fなどとは中間車の組み込み順序が変わりました。

2000n_8_2058_160506_21 2016/5/6 沼袋 ベンチレータ撤去後

201/11/26 パンタグラフの数を減らす工事を施工
2003/2/20 CPを換装

2000n_8_2058_160508 2016/5/8 沼袋

屋根上、側面の様子 

2057Fの場合、1991年以降出場の2069F以降に見られるTc2車屋根上のラジオ受信装置は見られません。また客室側窓に対して戸袋窓は角の丸い小型となっています。

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