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2017年4月30日 (日)

JAレジの777 4 ANAが導入した777-300

ANAが導入したBoeing 777、今回は-300です。後に登場した長距離タイプの-300ERは含まれません。

Ja751a_boeing_777381_28272_142_0105 2001/5/6 HND JA751A

Ja752a_boeing_777381_28274_160_9908 1999/8/13 HND JA752A

-200が400席タイプであったのに対して、-300は主翼前を5.33m(10フレーム)、主翼後を4.80m(9フレーム)の合計10.13m延長させた機体で、500座席のキャパシティを持つ機体となりました。
長い胴体長ゆえに後方下部にはテールスキッドを装備、さらにGMCS(グランド・マニューバ・カメラ・システム)が搭載され、主脚が誘導路からはみ出さないようにコックピットで監視できるようになりました。

Ja753a_boeing_777381_28273_132_9808 1998/8/16 JA753A

ローンチカスタマーはキャセイパシフィック航空で、ANAもJALも開発決定直後に発注を決定しました。

ANAの場合は747-100SRの後継機という位置づけで、1998年から導入されました。エンジンは3メーカー(P&W, GE,RR)から選択可能で、3社ともに-300用に推力増強型エンジンをラインナップしましたが、GE-90-92/94エンジンを選択した会社はなかったそうです。ANA,JALともにPW4090を選定しました、

Ja755a_boeing_777381_28275_104_1704 2017/4/15 HND JA755A

ANAの1号機JA751Aと2号機JA752Aは「」をイメージしたスペシャルマーキングで導入されました。

JA751Aは1998年7月3日に羽田に到着、7月10日の羽田~小松線、羽田~広島線でラインデビューしました。この時のキャビンはスーパシート18席、普通席459席、の477席仕様でした。

モノクラスで550席まで可能だそうですが、有償飛行での世界最多座席供給数はANAが国内線で運航していた525席が最大だそうです。747SR時代からの流れで、国内線でハイデンシティ運航が行われており、現在のANAの座席数は514席となっています。

Ja757a_boeing_777381_27040_442_1704 2017/4/29 HND JA757A

2006年7月キャセイパシフィック航空が受領した機体(B-HNQ)が最終生産機で、総生産機数は60機と少なく、ANA7機、JALも7機で、777シリーズの中では米国、欧州系のエアラインが唯一導入していたいモデルという特徴があります。

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2017年4月29日 (土)

JAレジの777 3 ANAが導入した777-200ER

日本の航空憲法(45/47体制:1970年(昭和45年)に閣議了解され、1972年(昭和47年)7月に発動された、航空会社の事業割当を決めた日本の産業保護政策)では、

日本航空……国内幹線、国際線 国際航空貨物輸送対策
全日空……国内幹線およびローカル線 近距離国際チャーターの充実
東亜国内航空……国内ローカル線、国内幹線

と仕分けられていました。その後、日本貨物航空の設立やフライングタイガー航空の進出などで、1985年にこの体制が見直されました。

Ja702a_boeing_777281_27033_75_17042 2017/4/22 HND JA702A

ANAはこういった体制下で1983年3月3日からL1011TriStarにより、成田~グアム線を運航開始、さらにBoeing 747-200Bを導入して、北米線を開設、さらに東南アジア、欧州、オセアニアにネットワークを拡大しました。
一方で昨日の記事のように1997年9月からJA702A~JA706Aの5機の777-281、推力増強型のPW4077エンジン装備の機体を国際線に投入し、東南アジア方面の路線を強化しました。
Ja707a_boeing_777281er_27037_247_01 2001/8/25 NRT JA707A

さらに18機確定発注した機体のうち、4機は長距離用の777-200ERに置き換え、1999年10月にその初号機JA707Aを受領し、先の5機と共に東南アジア路線に投入しました。-200ERタイプは-300と同じPW4090エンジンを装備し、航続距離1万キロを越える本格的な長距離用機材です。コンフィグはC56Y235でした。

Ja708a_boeing_777281er_28277_278_nr NRT JA708A

2号機のJA708Aから本格的長距離路線投入用にコンフィグもFCYの3クラスとなり、ファーストクラスにはフルフラットシート、ビジネスクラスはシートピッチが拡大されANA Super Style となりました。そしてETOPS180を取得し、2000年5月19日、双発機として初めて成田~シカゴ線に就航しました。3~4号機が就航し、1号機も同様に3クラス制に改修を受け、長距離国際線双発化の先駆けとして活躍しました。

Ja716a_boeing_777281er_33414_574_17 2017/4/22 HND JA716A

2006年5月からJA715A~JA717Aの3機が追加導入され、ライフラットシートを備えたNew Style CLUB ANAとプレミアムエコノミーサービスが実施され、コンフィグは上級クラスの多いものとなりました。2010年10月31日の羽田再国際線化では羽田~LAX用機材に投入され、787の運航停止中のピンチヒッターとして成田~FRA線にも投入されました。現在は3機とも羽田ベースで近距離国際線に投入されています。

Fleet_list_s

初期の国際線機材(JA707A~JA710A)も2クラス制に改修され、羽田~上海(虹橋)線、成田~バンコク線に投入されるようになりましたが、JA707Aは2014年12月に405席の国内線仕様になりました。今後,787-9の中距離仕様機が就航するとこれらの777-200ERの国内線コンバートが進むものと思われます。

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2017年4月28日 (金)

JAレジの777 2 ANAが導入した777-200

昨日に続き、トリプルセブンの話題、今回はANA-200タイプです。

1990年12月
、ANAは当時の主力機Boeing 747Boeing 767-300の中間サイズの機体で、トライスターに代わる400席クラスの国内線用フリートとして777-200を発注しました。

Ja8197 1996/5/4 HND JA8197

選定過程ではA330,A340,MD-11なども候補に挙がっていましたが、国際線用にはA340,国内線用には777が選ばれました。777が選ばれた理由は他の機体よりも開発開始時期が遅く、最新の技術が導入されていることと、777でBoeing社が採ったWorking Togetherのコンセプトでした。-200はユナイテド航空の36機確定、36機オプションでローンチされ、ANAは2番目の発注会社でしたが、91年3月にレントン・オフィスに777開発室が設置され、Boeing、ユナイテド、ANAの3社で開発段階から協議がなされました。

Ja8198 1997/10/11 HND JA8198

777の技術的に新しい点はフライバイワイヤーをBoeing社の機体で初めて導入した点で、Airbus社のように操縦輪を排して、サイドスティックにはせずに操縦輪がそのまま残されました。ANAの意見が開発に反映された点は標準仕様タイヤをラジアルタイヤにしたことや整備用ハッチが取り付けられたことだそうです。

Ja8199 1998/3/15 HND JA8199

初号機は1995年8月31日に初飛行、10月4日に引き渡されました。JA8197, JA8198, JA8199の3機は尾翼がANAではなく777でデリバーされたことも記憶に新しいです。エンジンはPW4000、GE90、RRトレント700の選択肢からPW4074が選ばれました。

Ja8967_boeing_77728127030_37_170415 2017/4/15 HND JA8967

1995年12月23日
、羽田~伊丹線でライン就航、スーパーシート設定の367席仕様で、普通席は3-3-3の配置で中央の座席は横幅を広くし、圧迫感を解消させました。

Ja702a_boeing_777281_27033_75_17042 2017/4/22 HND  JA702A

ANAが導入した777-200はAマーケット型と呼ばれる、航続距離7000km程度の中距離仕様で18機確定発注されました。1997年9月1日には8号機として受領した機体(JA702A)が成田~北京線に就航しました。ER型ではないタイプですが、エンジン推力と最大離陸重量をアップして対応しました。このタイプは5機受領(JA702AからJA706Aまで)、後にER型を受領してからは国内線用にコンバートされました。

Ja711a_boeing_777281_33406_482_1704 2017/4/15 HND JA711A
JA711AとJA712Aは-281の中で現行のスターアライアンスcs

国内線に移った5機はビジネスクラスのシートをスーパーシートとして使用しましたが、スーパーシートプレミアムの設定で405席(プレミアムクラス21席、普通席384席)になりました。アブレストは747在来型の退役でのシート減を減らすため、3-4-3の10席となりました。

Ja741a_boeing_777281er_40900_1005_1 2017/4/15 HND JA741A Boeing 777-281ER

2004年から2005年にかけて-200を4機(JA711A~JA714A)導入、さらに退役の始まった747-400Dの後継機として5機(JA741A~JA745A)が導入されました。この頃は-200の製造は既に終了していたので,-200ERのエンジンを減格したPW4074Dに置き換えたモデルとして導入しました。シートはプレミアムクラス130度リクライニングシートが導入されました。

Ja743a_boeing_777281er_40902_1090_1 2017/4/15 HND JA743A Star Wars C3PO-JET

2016年5月JA8199がラインオフ、続いて8月15日JA8197もラストフライトを迎えました。

Fleetlist_s

これから国際線機材の国内線用コンバートが進み、国内線機材の古手が退役し、2019年度に導入される787-10に置き換えられてゆくものと思われます。


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2017年4月27日 (木)

JAレジの777 1 JASが導入した7機のその後

ここのところこれまであまり触れなかった国内航空会社の旅客機について、週末の羽田スポッティングを契機に集中的に触れていますが、今回からは20世紀の終わりごろ、当時の3大航空会社が一斉に導入したBoeing 777、トリプルセブンについて触れようと思います。

最初は2002年10月まで独立して運航していたJAS(Japan Air System)が導入したBoeing 777-289の話題です。

Ja8550 1996/10/19 HND 旧国際線ターミナル JA8550

Ja8551 1996/8/16 HND 京浜島 JA8551

航空憲法の廃止(日本における航空自由化、デレギュレーション、45/47体制の崩壊)で日本エアシステムも国際チャーター便を運航開始したのが1988年7月1日のことでした。東南アジア、ホノルル、アメリカ本土路線も視野に入れ、1990年1月26日にはBoeing 747-400を確定4機、オプション4機、リース1機で95年から99年の間に導入する計画が発表されました。しかし、湾岸戦争の勃発などで航空不況になり、先に導入したDC-10-30、2機によるシンガポール線やホノルル線も大苦戦を強いられる状況となりました。

Ja8978 1997/8/25 HND

Ja89782

2000/7/16 HND 京浜島 JA8978

1993年3月24日、747-400の導入は延期し、その代わりにBoeing777、7機を確定発注するとの発表がなされました。これでBoeing 777はANA, JAL, JASの3社が共通に導入することになり、これはBoeing727以来のこととなりました。エンジンもP&W PW4000シリーズと同じものとなり、3社間で部品の共有や整備作業の連携協定が結ばれました。JASとしてはBoeing機の導入は1966年以来のことで、約30年ぶりに-89のカスタマーコードが復活しました。

JA8977 Boeing 777-289 27636  45
JA8978  Boeing 777-289  27637  79      
JA8979  Boeing 777-289  27638 107
JA007D Boeing 777-289  27639  134
JA008D Boeing 777-289  27640  146
JA009D Boeing 777-289  27641  159
JA010D Boeing 777-289  27642  213

1996年12月4日、初号機が引き渡され、マーキングはインターネットで公募し、42か国、1万364名の応募の中から選ばれた千歳市在住の中学2年生の作品に決定しました。愛称は「レインボーセブン」と決まり、1997年4月1日から、羽田~札幌、羽田~福岡線に投入されました。コンフィグはスーパーシート、レインボーシート、普通席の3クラス制となりました。普通席もJAL、ANAの777が横10列であるのに対して、JASの777は2-5-2の9列となり、各席に5インチのパーソナルTVが用意されました。

Ja008d_boeing_777289_27640_146_1704 2017/4/15  HND JA008D

Ja010d_boeing_777289_27642_213_1704 2017/4/15  HND JA010D

JALとの経営統合後、レインボーシートは「クラスJ」として引き継がれ、時刻表上でも7J2と表示されました。

2007年12月、JALのプレミアム戦略として国内線ファーストクラスの設定が開始され、最前部の14席が本革素材のオフホワイトシートになりました。9機に導入され、うち1機はJASが導入したJA8979でした。さらにJA008D,JA009Dを除いた4機も同様の改修が進められ、2012年12月にはJALのBoeing 777-200全機が3クラス制となりました。

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2017年4月26日 (水)

ANA Boeing 767-300 Special MarkingsやWinglet装着機について

今回はANABoeing767の歴史を振り返ってみようと思います。

Ja8354 1988/10/4 HND 旧国内線ターミナル
JA8354 Boeing 727-281Adv cn21456ln1318

Ja8479 1997/2/8 HND JA8479 Boeing 767-281 cn22785ln51-281の1号機

昨日も申しましたがANAの場合は1980年4月に当時の主力だったBoeing727-200Boeing737-200の後継機として-200タイプを25機発注しました。1983年6月1日に羽田~松山、伊丹~松山線にモノクラス234席で初就航し、エンジンはGE-CF6-80A装備でした。日本初のグラスコックピット機として注目されました。

Ja8515 1990/11/1 JA8515 Lockeed L-1011-385-1 TriStar1 193P-1119

その2年半後の1985年12月に胴体を延長した-300タイプの導入が決定、確定15機、オプション10機という内容でした。TriStarの後継機というい位置づけでした。TriStarが成田~グアム線などに就航し、ANA国際線創世期を支えたように、767-300も国際国内兼用の役割が期待され発注契約はERタイプに変更可能なものとされました。

Ja8256 1996/12/1 NGO(現NKM) JA8256 Boeing 767-381 cn23756ln176 -300タイプ初号機

767-300はモノクラス288席仕様、エンジンはCF6-80B2で初就航は1987年7月10日、羽田~熊本、伊丹~熊本線でした。9号機目のJA8275はビジネスクラスが設定され、成田~ソウル線に就航しました。

Ja8579 1994/12/25 JA8579 Boeing 767-381 cn25659ln520
マリンジャンボJr. Boeing社から、この塗装でデリバリーされ1993年12月12日から1995年5月22日までこの塗装で飛びました。JA8579は現在も現役です。

Ja8569 1998/8/16 HND京浜島 JA8569 Boeing 767-381 cn27050ln516

Ja8578 1999/8/13 HND JA8578 Boeing 767-381 cn25658ln515
初代ポケモンJetの2機

1989年6月、長距離用767-381ERの導入が開始され、機内はファーストクラス有の3クラス制に、前方貨物ドアも大型パレット搭載用のオプションが設定されました。エンジンも出力増強型のCF6-80C2B6となり、ETOPS120も取得しました。1998年9月11日にはETOPS180の承認も取得し、関西~ホノルルチャーター便にも就航しました。国内線用機材も34機の最大の勢力となりました。一方で、初期に導入された-200タイプの経年が進み2004年3月には完全退役となりました。

Ja8290 1999/8/21 HND JA8290 Boeing 767-381 cn24417ln290
2パターン目のスターアライアンスcs

Ja8357 1999/8/13 HND JA8357 Boeing 767-381 cn25293ln401

Ja8357usj JA8357はさらにUSJにも

Ja606a_boeing_767381er_32975_ln_883 2014/8/2 NRT JA606A Boeing 767-381ER cn32975ln883

Ja8286_boeing_767381erbcf_cn_24400_ 2014/8/2 NRT JA8286 Boeing 767-381ER(BCF) cn24400ln269

昨日のJALと同じく2002年5月の成田B滑走路の供用開始による、アジア・中国路線の増発に合わせて16機の-300ER(JA603A~JA618A)が追加発注されました。これらは777スタイルのキャビンとなり、全席にAVODエンターテインメントが導入されました。こういった新仕様の767の導入合わせて、旧仕様の767の貨物機コンバートが進み、Boeing Converted Freighter(BCF)計画に則って、JA8286を嚆矢に旧仕様の767-300ER7機は全てBCFに改修されました。

Ja620a_boeing_767381er_cn_40565_ln_ 2014/8/2 NRT JA620A Boeing 767-381ER cn 40565ln996

2004年Boeing787を50機導入することを決定しましたが、開発の遅れから、昨日のJAL同様に767を代替機として導入し、2010年9月、その1号機JA619Aを受領しました。このシリーズは内装的には787の機内のスタイルを先取りし、外観的にはウイングレットを装着し、5%程度の燃料節約に貢献しました。2012年3月JA627Aを受領し、29年間に及ぶBoeing767の導入は終了しました。

Ja8971_boeing_767381er_27942_651_17 2017/4/15 HND JA8971 Boeing 767-381ER cn27942ln651
かつての国際線仕様機が現在は国内線用に

787が導入されてから、767-300の退役が進み、787を国際線に導入し、767-300ERの国際線仕様機を国内線用にコンバートが進んでいます。

201704_ana_b767381_fleet_list 2017年4月時点でのANA Boeing 767-300 Fleet List

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2017年4月25日 (火)

JAL Boeing 767-300 Special MarkingsやWinglet装着機について

JALのBoeing767のフリートの歴史はそれまで国内線に投入されていたDC-8-61の後継機として1985年7月、8月、11月と3機の-246タイプ(JA8231、JA8232、JA8233)を導入したのが始まりでした。

ANAのように-281タイプを25機も導入することはなく-200タイプはこの3機のみでした。エンジンはそれまでP&WのJT-9DとGEのCF6の選択肢がありましたが、747DC-10-40での運航実績があったJT-9Dが選択されました。

Ja8232_961019_hnd 1996/10/19 HND JA8232 Boeing 767-246 cn23213 ln118
羽田空港旧国際線ターミナルからの撮影

その後、-300タイプのローンチカスタマーとして1986年9月にJA8234が導入され、2011年12月JA659Jまで60機が導入されました。

Ja8267_961013_hnd 1996/10/13 HND JA8267 Boeing 767-346 cn23962 ln193
予約の電話番号が機体に描かれたスペマーで747ではJA8183、JA8904、DC-10ではJA8540にも登場しました。

JALの767の歴史は日本の航空自由化、憲法の廃止によるJALのローカル線進出、成田空港B滑走路供用開始による中国路線の拡充、羽田の拡張における機材のダウンサイズ化と連動していることが良く分かります。

Ja8399_950116_hnd 1995/1/16 HND JA8399 Boeing 767-346 cn27313 ln554
思えば阪神淡路大震災の前日ですが、この日は翌日、長崎で会議あるため、前日から現地入りするために羽田から搭乗しました。

JA8234からの767-346は名古屋~福岡線を皮切りに路線を拡張して行き、名古屋や福岡発着のソウル線にも就航しました。そしてJA8264JA8266は国際線仕様機として導入され、DC-8-61に代わって成田~マニラ線などに就航しました。

1990年代になると南西航空(現在のJTA)の路線にJA8253が夏季にウエットリースされたり、JA8267が通年で就航したりしました。さらに日本アジア航空の路線にもJA8264とJA8266が就航し、1994年8月には3機の-346(JA8397,JA8398,JA8399)にディズニーキャラクターを機体に描いたJALドリームエキスプレスが就航しました。なお、この3機からエンジンはJT9Dの製造終了により、CF6-80C2となりました。

Ja601j_boeing_767346er_32886_875_17 2017/4/22 HND JA601J cn32886 ln875

Ja608j_boeing_767346er_33497_919_17 2017/4/22 JA608J cn33497 ln919
ウイングレット付はJA606J~JA608J、JA616J~JA621Jの9機

Ja614j_boeing_767346er_33851_938_17 2017/4/22 HND JA614J cn33851 ln938 Japan Endless Discovery cs

Ja622j_boeing_767346er_37549_977_17 2017/4/15 HND JA622J cn37549 ln977 ドラえもんJet

2000年11月に成田空港B滑走路暫定使用開始により、長距離バージョンの-346ER導入が始まり、JA601J2002年5月に受領、777スタイルのキャビン、全席パーソナルモニターMAGICIII装備となりました。その後、MD-11とDC-10の後継機として購入が続き、2009年5月までに23機体制となりました。

Ja651j_boeing_767346er_40363_994_17 2017/4/22 HND JA651J cn40363 ln994 International

Ja656j_boeing_767346er_40368_1009_1 JA656J cn40368 ln1009 Domestic

787の開発が遅れていたためその代替機として9機を追加発注し、4機(JA651J~JA654J)はk国際線機材、5機(JA655J~JA659J)はJASとの統合でフリートに加わったA300-600Rのリタイアの代替機、国内線用機材となりました。

767のリタイアは2008年8月から始まり、20年を超えた機体からリタイアが開始されています。JT9D装備の機体はJA83652016年2月に退役したことで全滅したそうです。

Fleet_list_jal_767_201704 JALに在籍した60機のBoeing767

現時点では767の後継機がどうなるかは決っていないようで、まだ数年767の活躍は続くようです。

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2017年4月24日 (月)

2週連続の羽田、今度は国際線ターミナル part2 Star Wars編

羽田空港のターミナルでスポッティングをしていて、今一番注目を集めている旅客機、スペシャルマーキングといえばやはり、ANAのSTAR WARS PROJECTの4機のスペシャルマーキング機でしょう。

1機目が2015年10月18日、羽田~バンクーバー線NH116便で就航開始した”R2-D2"ANA JET Boeing 787-9 JA873A cn34530 ln 345 2015年9月に受領 (Airline誌2015年11月号)

2機目は2015年11月22日、伊丹~羽田NH14便でデビュー STAR WARS ANA JET Boeing 767-381ER cn32973 ln881 2002年6月受領(Airline誌2016年2月号)

3機目は2016年3月28日、伊丹~羽田NH22便でデビュー ”BB-8” ANA JET Boeing 777-381ER JA789A cn40687 ln878 2010年6月受領(Airline誌2016年6月号)

そして4機目は2017年3月21日、 羽田~鹿児島NH621便で就航開始した”C-3PO” ANA JET Boeing 777-281ER JA743A cn4090 ln1090 2013年5月受領(Airline誌2017年5月号)  

です。

生憎、STAR WARSの映画を全く見ていないもので、それぞれのキャラクターの意味合いは全く理解できていませんが、スペシャルマーキング機は大好きなものですから、是非4機を撮影したく思い始めたところです。

Ja743a_boeing_777281er_40902_1090_1 11:52 広島からのNH676便でRWY34L着陸

Ja743a_boeing_777281er_40902_1090_2 13:03 大阪行き NH25便 RWY23から離陸
2017/4/22 HND JA743A C3PO ANA JET

既に4月17日の記事で紹介しましたようにC3PO ANA JETは捕獲済みで、4月22日にも撮影しました。

Ja873a_boeing_787981_34530_345_1704
Ja873a_boeing_787981_34530_345_17_2
Ja873a_boeing_787981_34530_345_17_3
Ja873a_boeing_787981_34530_345_17_4 NH215便 HND-CDG
2017/4/22 R2-D2 ANA JET JA873A 

増設サテライトから出発し、離陸はD滑走路23からでした。

最初にデビューしたR2-D2 ANA JETも4月22日に国際線ターミナルから出発するところを撮影できました。

未撮影の2機に関しても、
国内線JA604Aの運航状況に関してはこちらのサイトの情報から羽田発着の予定がわかり、国際線JA789Aに関してもこちらのサイトから羽田行きの出発が掴めるので、これらの情報を利用して、羽田で撮影できるタイミングを考えたく思います。

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2017年4月23日 (日)

2週連続の羽田、今度は国際線ターミナル part1

4月22日土曜日は先週に続き、羽田空港に参りました。前回はTerminal2でのスポッティングでC-RWY(16L/34R)の離陸を眺めましたが、今回は2010年10月の開業以来、初めての国際線ターミナルでのスポッティングです。
国際線ターミナルといえば、成田が開港する前と成田開港後、政治的理由で中華航空だけが使用する国際線ターミナルの時代は何度が撮影しましたが、現在のターミナルになってからは初めてとなります。
特徴はなんと言っても展望デッキも含めて24時間オープンであることでしょう。

先週の分と含めて、いくつかのテーマについて触れて行くことにします。

Img_9628 2017/4/22 HND
RWY34エンドのJALハンガーの前に駐機していた政府専用機 手前が20-1101奥が20-1102 その後、1102がハンガー内に

まず、22日のトピックと言えば34エンド寄りのハンガーエリアに政府専用機747-400(20-1101、20-1102)が2機駐機していたことです。JAL、ANAが747の運航をしていないことから747-400の政府専用機の運航も2018年までで、それ以降は現在ボーイングエバレット工場で最終仕上げ段階の777-300ERに置き換えられる予定で、整備は全日空に委託されるとのことです。

Img_9696 JA802A Boeing787-881 cn34497 ln 24

ANAのBoeing787-8の初号機(JA801A)と2号機(JA802A)はこのカラースキームで導入され、JA801Aの方は2月28日に伊丹空港MRO Japanでのリペイント作業が終了し、通常塗装になり、このJA802Aも来月、リペイントされる予定ですが、22日は上海浦東からの便で早朝羽田に到着、羽田から10:11発台北松山空港行きの便で出発するところを撮影できました。

Img_9997 B-16332 Airbus A330-302X cn1268

こちらは2017年4月10日に羽田で披露されたEva航空の特別塗装機「ドリームジェット」で羽田/台北・松山線などに投入されるそうです。
11:14 台北松山空港からの便で到着、12:34 折り返し台北松山行きで出発して行きました。なお、22日は私が見た限りではRWYオペレーションは北風パターン、34Landing/Take off, 23-Take offでした。

Img_0496 B-KPB Boeing777-367ER cn35299 ln 670

さらに、こちらはキャセイパシフィック航空2013年12月9日に公開された「Spirit of Hong Kong」の第3弾で110人のシルエットが描かれているそうです。CX548便で13:55に到着しました。

あと、ANAのStar Wars R2-D2 ANA JET (JA873A)の出発シーンやJAL、JTA, SKY Markの特別塗装機も飛来しました、それらは明日以降の記事で。

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2017年4月22日 (土)

ANAが以前に導入したAirbus A321について JA106A,JA107A

ANAが以前に導入したAirbus A321のシリーズ、最後はJA106A、JA107Aとして登録された機体です。

JA106A cn1204
JA107A cn1227

大事なことを忘れていましたが、このA321の導入は1995年頃、導入が一度は決定されたA340のオーダーキャンセルの代替だったのですね。そして、エンジンをV2500シリーズに選定したことで、CFM56装備のA320との互換性がなくなり、一旦全機退役を2003年度末に設定されますが、2008年2月29日を以て運航終了となったのでした。

Ja106a_a321131_011028_hnd2 JA106A 2001/10/28 HND

Ja106a1
導入後、日本国内での所有権はJA102Aを除く他の機体同様、2002年9月末でリース会社に移転されています。

Ja106a_051210_fuk JA106A 2005/12/10 FUK

Ja106a2
アメリカに売却された後、すぐに-200タイプに改修されたのは他の機体と同様であり、2007年5月からカザフスタンのAir AstanaでP4-OASと登録されて活躍しています。元JA105AのPA-NASとは僚機です。

Ja107a_a321131_000716_hnd JA107A 2000/7/16 HND

Ja107a1
JA107Aの国内での所有権に関しても同様です。

Ja107a_020607_hnd JA107A 2002/6/7 HND

Ja107a2
こちらはANAのフリートを離れてから、韓国のAsiana AirlinesにHL7761のレジでリースされ、5年後に同じレジのまま、Air Busanにリースされ、今日まで活躍中です。Air Busanの機体として成田への飛来実績もかなりあるようです。

昨年秋から再び導入された4機のA321ceoタイプはCFM56装備でA320とは共通ですが、あくまでA321neoタイプまでの繋ぎとのこと、彼女らが日本での活躍を終えた後、どういった機生を送るかも興味があります。

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2017年4月21日 (金)

ANAが以前に導入したAirbus A321について JA103A~105A

今回も今ではA321ceo current engine optionと呼ばれる、従来型エンジン装備のANAが以前導入したAirbus A321-100型の話題です。

JA103A cn 963
JA104A cn1008
JA105A  cn1042  でいずれも標準塗装で就航しました。

Ja103a_a321131_010515_hnd3 JA103A 2001/5/15 HND

Ja103a
JA103Aの国内での所有権は導入後、3年半後にリース会社に移転しています。

Ja103a_030711_fuk JA103A 2003/7/11 FUK

Ja103a2
JA103Aは売却後、直ちに-200型に改修され、トルコのInter Airlinesで活躍となります。2年後、同じトルコのOnur Airにリースされ、6年間活躍の後、昨年から同じトルコのAtlasGlobalにリースとなります。

Ja104a_a321131_011005_hnd JA104A 2001/10/5 HND

Ja104a
JA104Aの所有権も同じ時期に移転しています。

Ja104a_020922_kix_2 JA104A 2002/9/22 KIX

2ja104a
JA104Aは同じく、Inter Airlines Onur AirさらにSaudi Arabian Airlinesを経て、AtlasClobalで昨年から活躍中です。

Ja105a_a321131_011002_hnd JA105A 2001/2/10 HND

Ja105a
JA105Aに関しても同じです。

Ja105a_a321131_011028_hnd JA105A 2001/10/28
Ja105a2
JA105AのANAフリート離脱後の、再就職先は他の機体とは異なり、カザフスタンのair astanaでした。こちらの他の3機のA321とともに働いています。

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2017年4月20日 (木)

ANAが以前に導入したAirbus A321について JA102A

昨日に引き続き、ANAが1990年代末期に導入したA321の話題です。

今回はJA102Aと登録された製造番号811の機体です。

Ja102a_a321131_980502_hnd 1998/5/2 HND

この機体も導入から1年間位は上の写真のようなフィルムロール・スペシャルマーキングを纏っていました。ただ、ラッピングの劣化が著しかったとどこかで読んだ覚えがありますが、他のスペマー、例えば同じ時期に登場したBoeing777-381のJA751A,JA752Aのスペシャルマーキングなどに較べ、早くに通常塗装に塗り替えられました。

Ja102a_a321131_000716_hnd 2000/7/16 HND

日本で活躍中の所有権等に関しては

1
このように、導入後1週間からリース会社の所有となっています。10年マイナス1か月の活躍でアメリカに売却となりました。

2
この機体も日本を離れてからー200タイプに改修されています。活躍の場は、トルコの航空会社となりました。

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2017年4月19日 (水)

ANAが以前に導入したAirbus A321について JA101A

4月15日の羽田空港Terminal2でのスポッティングで2016年10月からANAが再導入したAirbusA321-200型4機を撮影しました。今回は1998年から2000年代初期にかけて、ANAで活躍したJA101A~JA107Aについて触れようと思います。

まずはJA101Aと登録された製造番号802の機体に関してです。

Ja101a_a321131_980502_hnd 1998/5/2 HND

Ja101a_a321131_98816_hnd2 1998/8/16 京浜島

登場時,JA101AとJA102Aはこのような日本各地の風景のスライドフィルムをボディに貼ったようなスペシャルマーキングでした。

Ja101a_a321131_011028_hnd 2001/10/28 HND

そのカラースキームも長くは続かず、1年ほどで通常塗装に塗り替えられました。

A321-131 というタイプで1993年12月17日に形式証明を得ており、エンジンはIAE Model V2530-A5です。

日本での所有登録は

1
このような状況でした。データはこちらからです。

Ja101a_a321131_020825_hnd 2002/8/25 HND

日本での活躍は9年間と半年で、

2
売却されますが、直ちに最大離陸重量を上げた-200タイプに改修されているのが特徴的です。

履歴的には韓国のAsiana航空、ギリシャのオリンピック航空(未使用)、ロシアのRed Wingsで活躍の予定です。

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2017年4月18日 (火)

久しぶりの羽田空港 Terminal 2 その3 Air Do 創立20周年記念 ベア・ドゥ北海道JET

ANAのC-3PO JETに続いては2016年7月29日に就航したAir Do設立20周年特別塗装機「ベア・ドゥ北海道JET」です。

Img_9057 2017/4/15 HND

最近、伊丹空港のMRO JAPANでの塗り替え作業が多いようでANA C-3PO JETもそうでした。
こちらはANAモヒカンJETとしても活躍したJA602A Boeing 767-381 cn 27944 ln 684 で1998年1月から就航していましたが、2016年7月抹消となり、Air Do所属となりました。

Img_9064

ANA抹消後はシンガポールで整備が行われ、白塗りとなり、2016年7月2日、那覇を経由して伊丹に到着、MROに入場、11日間の塗装作業が行われ、7月14日に出場、羽田にフェリーされたそうです。2016年7月29日に運航が開始されました。ただ、29日の初便は機体の不具合が発生し、出発が遅延したそうです。

Img_9069

ちなみに、エア・ドゥのベア・ドゥ特別塗装機はBoeing737-500に2機存在し、JA8196の「ベア・ドゥ号」、JA305Kの「ベア・ドゥドリーム号」があり、いずれも退役済みで、今回は3度目だそうです。

Img_9263
Img_9269 HND RWY 16L 11:33 離陸

2017/4/15のFlightの記録

HND 7:02 - CTS 8:15
CTS  9:07 - HND 10:27
この間にも札幌往復?
HND 16:11- CTS 17:27
CTS 18:13 - HND 19:29
HND 20:30 - CTS 21:51   データはこちらから

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2017年4月17日 (月)

久しぶりの羽田空港 Terminal 2 その2 ANA STAR WARS C-3PO ANA JET

4月15日の羽田でのスポッティング2弾目はスペシャルマーキング機の話題です。

私はスター・ウォーズに全く興味が無いため、さっぱり分かっていないのですが、2015年からANAではANA STAR WARSプロジェクトとして、R2-D2 ANA JET(787-9)、STAR WARS ANA JET(767-300ER)、BB-8 ANA JET (777-300ER)と3機の特別塗装機が就航し、その最終版として2017年3月21日に羽田発鹿児島行きANA621便で初就航したのがこのC-3PO ANA JETだそうです。

機材はBoeing 777-281(ER) JA743A cn 40902 ln 1090 C21Y384 2x PW4000 2013年3月受領です。

5月号の月刊エアライン誌の表紙にもなっており、存在は知っており、今回の羽田で見られるかなと思っていましたが、

Img_9196 2017/4/15 HND

この日は南風時のRWYオペレーションでRWY16R/Lが出発、RWY22 RWY23 が到着に使用されており、11:07頃、RWY22にアプローチする黄色い機体が見えました。

Img_9216
第一ターミナル前を通過し、34エンド側の誘導路からTerm2にやって来ました。

Dsc02102
12:40頃、pushback 開始

Img_9430
Img_9457
RWY16Lから離陸滑走開始

Img_9463
Img_9468
離陸してゆきました。

2017/4/15のフライトは

HND 8:02 - ITM 9:10
ITM  10:00 - HND 11:18
HND 12:36 - FUK 14:36
FUK 15:15 - HND 16:52
HND 18:01 - ITM 19:10
ITM 20:19 - HND 21:40      でした。 情報はこちらから。

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2017年4月16日 (日)

久しぶりの羽田空港 Terminal 2 その1 ANAのA321-200

4月15日土曜日、海の向こうの北朝鮮では故金日成主席の生誕105周年、それにちなむ大軍事パレードが行われ、もしかしたら核実験や弾道ミサイルが発射され、北朝鮮のこういった挑発行為に対抗する措置として、あらゆる手段を惜しまないと公言しているトランプ政権が西太平洋に出撃させている原子力空母からミサイルを発射するのではないかという緊張感もありました・・・かなり風が強く東京地方では雷雨の襲来があった場所もありましたが、私は久しぶりに羽田空港Terminal2に飛行機の写真撮影に出かけました。

最近は鉄道趣味がメインで空港にスポッティングに出かけるのは数年ぶりでしたが、羽田の様子をみて、JA8000番台の機体が依然として現役で活躍しているのに些か驚きました。

いくつかのまとまりで記事にしてゆこうと思いますが、まずは2016年10月に久しぶりにANAが導入したAirbus A321について触れようと思います。

ANAは1998年5月から2000年6月にかけてAirbus A321-100(V2500エンジン搭載)を7機(JA101~JA107)導入しました。当初はスーパーシート8席を含む191席、スーパーシート廃止後はY195のコンフィグで、私も東京~岡山間で搭乗しました。最初の2機は日本全国の観光地の風景をフィルム上に側面に描いたラッピング機でした。

しかし、エンジンがA320とは異なったこと等で、効率化が優先され

JA101A cn802    1998/5 ~ 2007/9
JA102A cn811    1998/4 ~ 2008/6
JA103A  cn963    1999/5 ~ 2006/5
JA104A  cn1008   1999/4 ~ 2006/6
JA105A  cn1042   1999/7 ~ 2006/9
JA106A  cn 1204  2000/4 ~ 2006/12
JA107A  cn 1227  2000/6 ~ 2007/5      

といったように比較的短期間でFleetから離脱し、Asiana Airlines、Sky Airlines、Inter Airlines, Air Astana などで第二の人生を歩み出しました。

同じタイプの機体を再導入というのも珍しいかとは思いますが、2015年1月にANAホールディングスはA321ceo(current engine option: 従来型CFM56を搭載)を4機、新型エンジン搭載のA321neo (new engine option) を3機発注しました。

今回のA321ceo4機はA321-200でビジネス8席、エコノミー186席のコンフィグで、レジはJA111AからJA114Aとなりました。その初号機は2016年10月28日に受領、ハンブルグ~モスクワ~ノボシビルスク~インチョンと経由し、10月30日に羽田に到着したそうです。

今回、幸いにして4機ともお目にかかることが出来ました。

Ja111a_cn7346_airbus_a321200_170415 JA111A Airbus A321-200 cn 7346 2017/4/15 HND

Ja112a_airbus_a321200_cn7382_170415 JA112A Airbus A321-200 cn 7382 2017/4/15 HND

Ja113a_airbus_a321200_cn7430_170415 JA113A Airbus A321-200 cn 7430 2017/4/15 HND

Ja114a_airbus_a321200_cn_7493_20174 JA114A Airbus A321-200 cn 7493 2017/4/15 HND

前回のA321との形態的な大きな違いは翼端にシャークレット(ウイングレットとは言わないようで)が付いたことです。

このA321-200ceoも最終的に26機導入されるA321neoの引き渡しまでの繋ぎとして短期間運航される機種とのことです。

以前、導入されたA321の写真もスキャンして後日、掲載します。

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2017年4月15日 (土)

江ノ電を撮る 施設編 9 極楽寺トンネルを抜けて その3 長谷の大仏

長谷駅は江ノ電の駅の中でも鎌倉大仏や長谷観音の最寄り駅であるため、常に観光客で混雑している駅です。

161210 2016/12/10 長谷

駅の壁にもこういった地図式の名所案内が貼ってあります。

161210_2
駅前から線路に直角の道を北へ10分ほど歩くと大仏前の標識があり、

161210_3
大仏は高徳院(大異山高徳院清浄泉寺)という浄土宗の寺院の境内にあります。正確には国宝阿弥陀如来像です。
寺の開山、開基に関しては不明で、宗派も初期は真言宗、後に臨済宗、江戸時代以降に浄土宗に属したとのことで、国宝に指定されたのは2004年のことでした。

161210_4
関東地方の小学校卒業生なら、遠足で訪問したことがある、大仏さんです。
Dsc07283
大仏拝観料は200円、そして胎内見学は20円でした。

Dsc07293
胎内から首方向を眺める

Dsc07288
巨大な仏像を構築するために銅板をつなげる方法にも高度な技術が用いられているそうです。

1923年9月1日の関東大震災では基盤崩壊、仏像の滑り出などの被害があり、その経験から仏像と台座を切り離して、地震の際には仏像が台座の上を動きエネルギーを吸収する免振機構が導入されました。
発掘調査の結果、現在地から1mほど下に東西44m、南北42.5mの大仏殿の遺構も見つかりました。

161210_5 長谷寺 山門

161210_6
高さが9.18mある、木造の十一面観音立像(本尊)が有名です。長谷寺は1年を通じ「花の寺」として有名なので、境内に花が満ちる4月に再訪しました。その時の写真を含めて次回の記事で触れます。

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2017年4月14日 (金)

大井川鐵道 (元西武鉄道) 電気機関車 E31形 2 大井川鐡道譲渡後

昨日の西武で保存されたE31に続き、大井川鐡道に譲渡されたE32、E33、E34の現況です。

Img_7776
Img_7798
Dsc00075 2017/3/12 新金谷
E34 西武時代との違いはスノープラウが撤去されたことです。

西武鉄道としてはE31形電機を廃車後は貨物輸送を行う鉄道に譲渡する予定だったそうですが、2010年9月に3両は大井川鐡道に譲渡されました。

Img_7835 E33とE32 その後ろは元近鉄16103

実際の輸送は9月10日から13日にかけて、横瀬車両基地から新金谷車両区に陸送されたそうです。思えば5000系旧レッドアローも富山地方鉄道まで陸送されました。あのときは完全な車両ではなく、車体と一部の機器の譲渡でした。

Dsc00080 E32

大井川鐡道では老朽化が進む、E10形、ED500形電機の置き換えでSL急行の補助機関車としての役割が期待されているようですが、法令手続きや整備の関係で現在も運用開始には至っていません。
3両とも現在は新金谷車両区におかれています。

新金谷は初めての訪問でしたが、駅のホームや一般道から、こうして車両区に停めてある車両を撮影できる点が魅力的です。

E31シリーズが稼働開始する頃には客車も上から二枚目の写真でちらっと見えている14系座席車が投入されているのでしょうか。

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2017年4月13日 (木)

大井川鐵道 (元西武鉄道) 電気機関車 E31形 1 西武鉄道時代

西武線沿線の桜の話題から、再び大井川鐡道の電機の話題に戻ります。

E31_141108_2 2014/11/8 横瀬基地公開

最後に登場するのは西武鉄道から全機4両のうち、3両が譲渡されたE31形電気機関車です。

今回と次回の2回に渡り、西武時代と西武で保存されたE31、そして大井川鐡道に譲渡されたE32~E34の3両について触れます。

E31_161105_10

1986年から1987年にかけて、それまで活躍していた古典的輸入機関車の代替として西武所沢車輛工場で4両が製造されました。

B-Bタイプの小型直流電機で、諸元は

全長     10,950 mm
全幅     2,740 mm
全高     4,200 mm
機関車重量     40.7 t
台車     DT20A
動力伝達方式     1段歯車減速、吊り掛け式
主電動機     MB-146D形×4基
歯車比     19:64=1:3.41

です。

E31_161105_9

E31_161105_7
台車は飯田線で運用されていた80系電車の廃車発生品、主電動機は351系で使用されていたものを転用しています。釣り合い管引き通しにより、重連総括制御が可能です。

E31_161105_14 2016/11/5 横瀬基地
機関車なのに側面の明かり取の窓が大きいのが特徴で

E31_161105_11
電車用の台車を履いているために車高が低く、それを目立たせないために車体の下部を黒く塗ってカモフラージュしている点もユニークです。

E31という形式名は西武では2代目で、初代は1948年に31-33の3両が製造されましたが、後年伊豆箱根鉄道に譲渡されました。

西武時代の運用はもっぱら保線工事用列車の牽引で、終電終了後に保線基地からプッシュプル方式で保線車両・バラスト散布車などを間に挟んで、出発し、初電までに基地に戻る運用をこなしていましたが、2006年度に新宿線、2008年度に池袋線の工事列車が廃止となり、主たる役割が無くなりました。貨物列車が存在したころはE851形電機の代走も務めていましたが、2000年代後半からはJR武蔵野線連絡の新秋津駅からの甲種回送列車の牽引がメインとなりました。しかし、この業務も263F編成の登場で奪われ、2010年3月15日、E31形全機の運用終了が発表され、E31は西武鉄道で保存、E32~E34は大井川鐡道に譲渡されることとなりました。

私は生憎、この時代のE31形電機を見る機会がなく、引退後のE31を横瀬基地の公開で見たのが初めてでした。

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2017年4月12日 (水)

西武新宿線 桜の名所 その3 八坂~武蔵大和間

西武線沿線の桜の名所、第三弾は厳密には西武新宿線でなく、多摩湖線ですが、八坂~武蔵大和間の線路に沿った東村山中央公園の桜です。

Dsc01562
Dsc01558 2017/4/9

この場所はかつて、通産省工業技術院機械試験場村山分室で、広大な長細い土地は自動車のテストコースでした。以前にも何回か出てきましたが、父がこの試験所に勤めており、私も幼稚園に上がる前は休日にテストコースを歩かされたり、大きくなってからはテストコースを父の運転する車で周回した覚えがあります。その試験場も機械技術研究所となり、1970年代には井荻駅の北側にあった本所とともにつくばに移転し、跡地が経済産業省の研修施設や東村山中央公園になりました。
今、巷では大阪の国土交通省の土地が森友学園に超破格値で売り渡された件が問題となっていますが、つくば移転に伴うここの国有地の跡地問題も財務省のWEBサイトに紹介されています。

Img_8627 奥が八坂方面、手前が武蔵大和方面

八坂を出た多摩湖線は武蔵大和までの間、長大な複線区間に入ります。ここで上り下りの列車行き違いが行われており、中央公園前の跨線橋(歩道橋のような)で見ていると、下りがやって来て、直後に上りがやってくる感じです。

Img_8613 跨線橋の水道道路側から

まれにこのようなすれ違いシーンもあります。

Img_8617 跨線橋の反対側(公園側)から、武蔵大和方向眺めるとこのような感じで撮ることが出来、線路をオーバークロス道路は新青梅街道です。

通常、この区間を走っているのは、今では西武鉄道で最も古参の電車となった101N系4連で、なぜか白塗りがメインの中に1編成だけ,263FのオールM、黄色の4連牽引車編成も混じっています。

週末、西武球場で野球の試合がある場合などは西武新宿から西武遊園地直通電車が運行され、午前中は10時台に20分おきに3本の直通急行が運転されます。

4月9日も、直通急行運転日でしたので、ここで狙うことにしました。

Img_8631
最初の臨時電車は2000N系8連 2095Fでした。

Img_8648
西武遊園地到着後、直ぐに小平行きとして折り返します。

Img_8658
2本目は2000N系4連併結の8連でした。こうしてみると、同じ2000N系8連でもパンタの位置の違いあることが分かります。

Img_8688
こちらも小平行きとして、戻って行きます。

Img_8707
3本目は30000系8連 38108Fでした。

6_8_170408 2017/4/8 西武遊園地駅の停止位置目標

西武遊園地駅は最長8連までなので、この線に6000系、9000系、20000系10連、30000系10連は入線できません。

ここら辺で雨脚もかなり強くなりましたので撤収です。

Dsc01703
最後に西武国分寺線とのクロスポイントの少し西側で小平行き38108Fを撮影しました。

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2017年4月11日 (火)

西武新宿線 桜の名所 その2 武蔵関~東伏見

昨日に続いて西武新宿線沿線の桜の名所、第二弾は武蔵関~東伏見間です。

私にとっては1972年から1983年まで南大泉に住んでいた関係で高校通学は武蔵関駅か、東伏見駅を利用しており、またあの頃から西武線の写真を撮り始めた関係でここはかつてのホームグラウンドです。

351

再掲ですが、その頃、桜の咲く時期に同区間で351系を撮影したのがこの写真です。正確な撮影年月日は憶えていませんが、おそらく1977年頃だったと記憶しています。

ただ、私の記憶に間違いが無ければこの区間の桜の木は上の写真を撮った数年後に病気にやられて一度伐採されたと思います。それが30数年の月日を経てまた見事に花を咲かせるようになったのだと思います。

あれから40年ぶりに同所で桜の季節に写真を撮ることが出来ました。

2000n_8_2084_170408 2017/4/8 

今回撮影したカットの中ではこの写真が一番似ていると思いました。ただ、この場所は通過電車は結構な速度で通過するため、車体が流れているのが残念です。

10000_10704_pratinum_express_170408 PlatinumExpress川越ver 10000系10104℉も通過しました。

これらの写真は線路の北側、東京女子学院の前の坂道から撮影しましたが、線路の南側を流れる石神井川の向こうから枝ぶりを入れた写真もトライしてみました。

170408_3
170408_6
目黒川とは違って片岸の桜ですが、見事な枝ぶりです。

30000_38815_170408 30000系 38815

2000n_8_2082_170408 2000N系 2082

これらの写真は連続シャッターで数枚切った内から。タイミングの良いものを選びました。

2000n_2_2451_170408
武蔵関の駅のホームからも撮影は可能です。

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2017年4月10日 (月)

西武新宿線 桜の名所 その1 中野通り踏切

昨日の記事に続き、新宿線沿線の桜の名所のレポートです。

170408 2017/4/8 線路北側 沼袋よりから

新井薬師前と沼袋のほぼ中間で中野通りが新宿線と交差します。中野通りに沿って桜並木があり、この時期見事な桜の名所となっています。電車に乗っていても一瞬、見事な桜並木が目に入ります。

170408_3 線路北側 新井薬師前よりから

この写真の奥に歩道橋が見えますが、この歩道橋から踏切方向を見て写真撮っている人が多いので私も試みてみました。

170408_9
桜の迫力に圧倒されています。

2000_8_2004_170408
6000_6101_170408
と言うことで車両も含めて踏切まで近寄った写真

30000_38101_170408
新井薬師前駅方向に半分くらい歩いたところから、踏切方向を見ると、建物の陰に桜が隠れますが、車両を中心に撮影が出来ます。

30000_38818_170408
新井薬師前駅方向を撮ると、線路際の黄色と紫の花が美しいコントラストを添えてくれます。

2000_8_2008_170408
2007F LAIMO号もやって来ました。

2000_8_2007_170408_21
生憎、後追い写真は上り電車に被られました。

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2017年4月 9日 (日)

西武新宿線 沼袋駅その後

2017年4月8日、土曜日 西武線沿線各地の桜は満開となりましたが、所謂、菜種梅雨 日本列島の南東に居座った高気圧が太りだし、その縁を回って南から湿った暖かい空気が流れ込み北方寒気団と日本列島上空で衝突し、あたかも梅雨のような天気が続いています。

それでも雨は降っていないので西武新宿線の桜の名所を何カ所か訪問してみました。まずはその途中で立ち寄った沼袋駅の様子です。

野方~新井薬師前間の連続立体交差化(地下化)工事で、沼袋駅の追い越し線一本化工事の様子はこれまでも何度かに渡ってレポートして参りました(関連記事123)。

170408 2017/4/8 沼袋
上りホームから下り野方方面をみる

170408_4
手前のポイントと渡り線の位置関係、踏切の位置を考慮して、まさに絶妙の位置に挿入されていることが分かります。

先週、新井薬師前の中野通りの踏切を訪れた際に4月2日から地下化工事の一環で下り線ホームが変わるとのアナウンスがありましたが、下り本線の上にホームが張り出し、下り通過線が本線となり、通過線は上下共用の1本になりました。

170408_2
緑のフェンスで被われた部分は張り出しがなかった下りホームの部分

旧下り本線のレールは既に撤去されています。下りホームの先頭2両分は新たに造られた渡り線との干渉を避け、停止位置が後方にずらされました。

170408_2_2
従来の下り本線と下り通過線の間にホーム板を敷くための支柱を立てておき、終電終了後にホーム板を並べて固定する作業をしたのでしょう。

170408_3_2
下りホーム 野方方の長さが減った分、新井薬師前方に延長されました。

20000_20055_170408
停車位置が後方にシフトした下り各停

30000_30101_170408
上り通過列車は従来通り、共用通過線を通過
30101Fは昨秋、SEIBU HALLOWEEN TRAINラッピングを施された編成ですが、3月の改正から新宿線配属になりました。

6000_6102_170408
下り通過電車は新下り本線を通過
そのためにホームの乗客に通過電車のアナウンスが行われるようになりました。

170408_3
新井薬師前方の踏切から

従来の下り本線と通過線の分岐ポイントはまだ残されていました。いずれ撤去されると思います。

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2017年4月 8日 (土)

大井川鐵道 電気機関車 ED501

昨日に引き続き大井川鐵道の電気機関車、ED500形です。

Ed501_170312_4 2017/3/12 新金谷

大阪窯業セメント~大阪セメント~住友大阪セメントが1956年、日立製作所に発注し、2両が製造されたもので、いぶき500形と言われました。車体にはいまでもそのときの名残が残っています。

Dsc00109 2017/3/12 新金谷

近江長岡駅から分岐した伊吹工場専用線で使用され、形式名の「いぶき」は伊吹山から取られました。1999年6月を限りに同線の輸送はトラックに切り替えられ、廃線となりました。そのとき、2両とも大井川鐵道に譲渡され、ED500形ED501,ED502となり、2000年3月18日から運転を開始しましたが、昨日の記事にあるように中部国際空港の埋め立て用土砂輸送で、急遽三岐鉄道で活躍することになり、ED501は貸し出し、ED502は売却となりました。

Dsc00110
三岐鉄道では2000年5月18日から運用を開始し、土砂輸送作業が終了すると共にED501は大井川鐵道に返却され、ED502は西藤原駅構内で静態保存となりました。その後、2015年5月、保々に移され、解体となりました。

主要諸元
    全長:12600mm
    全幅:2700mm
    全高:3830mm
    機関車運転整備重量:50.0t
    電気方式:直流1500V(架空電車線方式)
    軸配置:B-B
    台車方式:組立台枠
    主電動機:HS277-Br-16形×4基
    歯車比:16:76 (1:4.75)
    1時間定格出力:600kW
    1時間定格引張力:9000kg
    最大運転速度:65km/h
    1時間定格速度:23.8km/h
    動力伝達方式:1段歯車減速吊り掛け式
    制御方式:重連総括制御(三岐鉄道使用時)、抵抗制御、直並列2段組合せ制御
    制御装置:電磁空気単位スイッチ式
    ブレーキ装置:EL14A空気ブレーキ、手ブレーキ、発電ブレーキ

Dsc09665 2017/3/11 千頭

E102号機と重連でイベント臨時客車列車を牽引し、千頭に到着後の入れ換え風景

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2017年4月 7日 (金)

大井川鐵道 電気機関車 E10形 2号機

東京の桜の名所の話題から再び。大井川鐡道の話題に戻ります。
3月の訪問で観た蒸気機関車、現在稼働していないC12形164号機は保存機のシリーズに回し、今回からは電機について触れようと思います。

E10_2_170312_4 2017/3/12 新金谷

最初はE10形電機です。

1949年、大井川本線の電化にあたり、E10形が3両導入となりました。1,2号機は三菱重工、3号機が日立製作所の製造でした。

この時代の私鉄導入電機といえば世界の鉄道'69に登場したように凸型車体のタイプが多かったようですが、大井川鐡道では国鉄EF58形旧車体タイプやEF15形に類似のスタイルの電機を導入しました。

全長     12,800 mm
全幅     E101, E102 : 2,708 mm
E103 : 2,700 mm
全高     E101 : 4,135 mm
E102 : 4,200 mm
E103 : 4,040 mm
機関車重量     45.0t
台車     固定揺枕形鋼組立式

E102e501_1703112017/3/11 千頭 イベントでのEL重連牽引列車

登場当初は貨物列車牽引に使用されました。1976年SL急行が運転開始されてからはその補助機関車としての運用が主となり、貨物運用は1983年に廃止されました。2001年からがED500形と共通でSL急行の補機専用となっています。
イベント時の臨時客車列車の牽引や新金谷区での入れ換え作業にも従事しています。

Dsc09667
3両のうち。1号機は検査期限切れにより運用離脱し、西武からのE31形の導入でリタイアする予定でしたが、未だに車籍登録が済んでいない状況であるため、2013年から2014年にかけて全般検査を受けて、本線復帰したそうです。ただ、今回は姿を見ることが出来ませんでした。

E1023_170312 2017/3/12 第一橋梁

この機関車の警笛は電車の警笛を搭載しており、接近してくる際にまさに電車が来たのかと錯覚します。

3号機は製作所が違うこともあり、貨物の減少で1970年に岳南鉄道に譲渡され、ED103となりました。1984年、岳南鉄道の貨物運用減少と大井川鐡道の補機運用増加で返却となり、E103に戻りました。ED500形の参入で運用終了の予定でしたが、中部国際空港埋め立て土砂輸送のため、三岐鉄道に異動したため、延命され、2003年に土砂輸送が終了し、ED500形が大井川鐡道に入線、E103はお役御免となり、2016年6月27日に解体となりました。

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2017年4月 6日 (木)

東京の桜の名所 訪問 その3 六義園の枝垂れ桜

中目黒で目黒川の桜を堪能した後は、

中目黒~東横線・副都心線~新宿三丁目~丸の内線~四谷~南北線~駒込

で枝垂れ桜で有名な六義園を訪問しました。

170403 2017/4/3 駒込駅

六義園は駒込駅南口のすぐそばにありますが、駒込駅南口の桜も満開でした。

170403_2 六義園 染井門 の看板

染井門はかつてこの駒込一帯が染井村と呼ばれていたためで、駒込染井村には植木職人が多く住み、村全体が花園だったそうです。ソメイヨシノもこの地の植木職人の作り出した桜です。六義園の染井門、普段は閉門していますが、桜の季節や紅葉の季節には開門されるそうです。

170403_3 正門案内標識

六義園に入場するのは初めてだったので,350m南の正門から入場することにしました。

170403_4 正門 赤れんがは岩崎邸時代に建造されたそうです。

正門を入るとすぐ左手に料金所があり、一般入場料300円を支払って入場となります。

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六義園は徳川5代将軍綱吉の側用人だった川越藩主柳沢吉保が1702年に築園した回遊式庭園で中国の詩の分類、六義にならった古今集の序の六体に由来しているそうです。江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、明治になってからは三菱創業者の岩崎彌太郎の別邸となり、1938年に東京市に寄付され、1953年に国の特別名勝に指定されました。

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正門の内側にある内庭大門を入ると目の前に見えるのが有名な枝垂れ桜です。
千鳥ヶ淵、目黒川は日本人よりもアジア系の外国人観光客が多かったですが、六義園は日本人の高齢韓国客が多かったようです(巣鴨に近いせいか?)。

枝垂れ桜を堪能した後は回遊式庭園を時計回りに巡ることにしました。

170403_6 玉藻磯から妹山背山(左手)を眺める

170403_7 指南岡付近から白鷗橋、吹上茶屋を眺める

2_170403 尋芳径付近のもう一つの枝垂れ桜

170403_8 最高地点 藤代峠からの眺め

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Dsc01055
一周して再び内庭大門まで戻り、枝垂れ桜を裏側から撮影

というわけで都内3か所の桜の名所を堪能しました。

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2017年4月 5日 (水)

東京の桜の名所 訪問 その2 目黒川の桜

4月3日、千鳥ヶ淵に続いて訪れたのは中目黒駅直近の目黒川です。

ルートは九段下~半蔵門線~渋谷~東横線~中目黒です。

お花見スポットを案内しているサイトでは全国1位、東京都内1位のお花見スポットだそうです。

わたしも玉電が現役の頃の昭和40年代初め、小学生の頃でしたが、杉並の家から大橋まで塾通いしていたことがあり、大橋から目黒川沿いを歩き、東山公園あたりは憶えています。ただその頃はそんなに桜では有名でなかったように記憶しています。

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中目黒駅で降りるとこんなパンフレットが用意されています。
高校時代は中目黒を毎日のように通過していましたが、実は降りたことはなく、今回初めての下車でした。

5050_170403
電車とさくらのツーショットはこの一枚ですが、目黒川はまさにホームの下を流れています。

170403
千鳥ヶ淵は濠の水面とさくらの競演ですが、こちらは目黒川の川面との競演です。

170403_2 見物客の8割は外国人観光客でした。

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川に向かって垂れ下がるツタ草の緑とさくらのピンクが見事なコントラストでした。

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今回は中目黒駅周辺しか見ていませんが、目黒川に沿って大橋から東急目黒線の不動前駅あたりまで歩くのも楽しいかもしれません。

東京のさくら巡り、最後は駒込六義園の枝垂桜です。

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2017年4月 4日 (火)

東京の桜の名所 訪問 その1 千鳥ヶ淵

3月に初めて訪問した大井川鐡道の話題はまだ続くのですが、今週は都心の桜も満開となり、お花見シーズンなので、4月3日月曜日は私も小平~つくば移動の行程で東京の桜の名所を数か所、梯子して来ました。

最初は皇居北の丸公園横の千鳥ヶ淵です。

行程は一橋学園~高田馬場~九段下です。

170403 2017/4/3 九段下交差点

実は3月頃からウオーキングも兼ねて、皇居見物を何回か敢行しており、今年になって九段下に来るのも数回目です。

170403_2 通称「靖国通り」神保町方面を見る 
新宿大ガードから両国橋までの区間 関東大震災復興道路で当初は「大正通り」と呼ばれていました。

九段下は目白通り(都道8号線)と靖国通り(都道302号線)が交差するポイントですが目白通りの下には東京メトロ東西線、靖国通りの下には東京メトロは半蔵門線と都営新宿線が通っています。1964年12月23日に東西線が高田馬場~九段下間が開通して駅が開業しました。1980年3月16日に都営地下鉄新宿線新宿~岩本町間が開通しました。さらに1989年1月26日、半蔵門線半蔵門~三越前間が開業し、現在の体制となりました。2013年3月15日までは都営、メトロ間で同一ホームを壁で仕切っていましたが、壁の撤去で中間改札を通らずに乗り換えが可能になりました。もともと、九段下から神保町までのトンネル区間は東京都交通局が一括して建設し、ホームも同一ホームを使い非常口が両ホームを結んでいました。壁が存在した頃は両線の乗り換えは階段の上り下り、改札の通過を強いられていました。

九段下から靖国神社の方に向かって坂を登ると北の丸公園、日本武道館に通じる田安門があります。

170320 田安門は二重の門で北に向かって開く門が高麗門

170320_2 高麗門を潜り、西に向う門が渡櫓門 2枚とも 2017/3/20

こういった2つ門を持つ門を桝形門というそうです。

田安門の由来は田安門から南側の西側一帯を田安徳川家(8代将軍吉宗の次男宗武を祖とする)が所有していたからだそうで、門からは上州方面に通じる道が通じていたそうです。創建は1636年とされており、1961年に重要文化財に指定されました。

皇居・江戸城には多くの濠がありますが、田安門から東側の濠は牛ヶ淵、西側の濠が千鳥ヶ淵です。

4月3日日本武道館で法政大学の入学式が行われていたようで、田安門付近は多くの新入生親子連れがいました。私も1974年4月12日に日本武道館で大学の入学式が行われる予定だったのですが、当時の国鉄だったか私鉄だったかの交通ストで中止になりました。

170403_3 靖国神社・千鳥ヶ淵一帯の「千代田のさくらまつり」看板

千鳥ヶ淵に到着したのはまだ8時台でしたが、外国人観光客が非常に多かったのが印象的でした。

170403_4 田安門の堰堤付近

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九段坂上から千鳥ヶ淵の交差点まで続く千鳥ヶ淵緑道 右手にインド大使館、農水省三番庁舎などがあり、戦没者墓苑に続く

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千鳥ヶ淵は元々は局沢川という川を半蔵門と田安門の土提でせき止め造られた人工の濠だそうで、半蔵濠とも繋がっていましたが、1900年の道路建設で分離されたそうです。

170403_11
千鳥ヶ淵は内堀で唯一ボート遊びができる濠です。

170403_15
170403_19
江戸城の濠の中でも千鳥ヶ淵は最も水位が高く、最も低い日比谷濠との高低差は15mになるそうです。

170403_8
来た道を戻り、田安門の東側の牛ヶ淵の桜もこういった状態でした。

桜の名所めぐり、続いては「目黒川の桜」です。

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2017年4月 3日 (月)

大井川鐵道 蒸気機関車 C56形式 44号機

大井川鐵道で活躍中の蒸機、今回はC56形式44号機です。

C56_44_170311_37 2017/3/11 千頭 C108号機と重連で千頭に到着後の入れ換え風景

日本仕様で営業運転に入ってから前面ナンバープレートの形式入りになったそうです。

映画やテレビドラマなどで蒸気機関車の登場するシーンでお馴染みのC11227号機1976年のSL復活運転から走り続ける同社の看板機関車ですが、今回はお目にかかる機会がありませんでした。

ということでC5644号機ですが、私も「世界の鉄道’72」で若い頃、C56形蒸機について初めて勉強した時に、全製造機のうち、1-90の90両は軍部により、供出され、タイ・ビルマに送られたと知りました。

C56形式はC10形~C11形~C12形とタンク機関車が簡易線向けに開発される中でタンク機で航続距離が不安になる比較的長距離の線区向けにC12形から水槽と炭庫をはずし、テンダー式に設計しなおしたのがC56形式でした。これはドイツにおける64形タンク機と24形テンダー機の設計手法を参考にしたとも言われているそうです。

C56_44_170311_27
簡易線で終端駅に転車台が設置されていないためにバック運転になる場合も後方視界が確保出来るようにテンダーの炭庫側面が大きく欠き取られているのもC56形式の特徴でした。ただ実際は従輪がないため、逆機運転での走行特性はあまり良くなく、脱線も多発したので入れ換え時以外の逆機運転はあまり行われなかったそうです。

1935年から量産され、

    1935年:C56 1 - 24(24両)
    1936年:C56 25 - 87(63両)
    1937年:C56 88 - 121(34両)
    1938年:C56 122 - 154(33両)
    1939年:C56 155 - 160(5両) 

5次に渡り、量産されました。

製造は

川崎車輌   22両  (6-11, 49-58, 89,90, 155-160)
汽車製造 24両 (12-14, 23-26, 59-67, 112-119)
日立製作所 40両 (1, 2, 15, 16, 68-73, 91-95, 102-106, 127-146)
日本車輛製造 27両 (17-19, 27-37, 74-78, 96-98, 120-122) 
三菱重工業 47両  (3-5, 20-22, 38-48, 79-88, 99-101, 107-111, 123-126, 147-154)

と5社が担当しました。これら以外に樺太庁鉄道C52形として4両(1-4)が日本車輛製造で、雄別鉄道の発注による1両(1001)を三菱重工業が製造しました。

軍部による供出では

・車輪のタイヤを特殊形状のものと嵌め換え、軌間を1mへ変更
・空気ブレーキを真空ブレーキに変更
・除煙板を撤去
・薪を燃料とするため、焚口を拡大し、炭水車の炭庫上部を柵で囲う
・連結器を交換

などの改造が施されました。

タイへ送られた機関車は泰緬鉄道の主力機関車として運用されましたが、太平洋戦争の激化により、爆撃・銃撃をうけた車両も多く、線路状況が悪かったため、橋から脱線転落した車輛や撤退に際して置き去りにされたり、ボイラーに爆薬が詰められ機関車とともに自決の運命を辿ったケースもありました。

戦後、泰緬鉄道の復旧でタイ国鉄700形(701-746)として1980年代前半まで使用されました。現在でも713(C5615)、715(C5617) がトンブリ鉄道工場で動態保存されているそうです。

C56_170311 2017/3/11 千頭
駅構内に保存されている泰緬鉄道~タイ国鉄時代のC5644号機が履いていたメーターゲージ動輪(第一動輪) 第二・三動輪は大阪共栄産業((株))に保存されているそうです。

1979年725(C5631)735(C5644)が日本に里帰りすることになり、31号機は靖国神社の遊就館にて静態保存、44号機は大井川鐵道で動態保存されることになりました。1067mmの動輪はC1293のものが使われたそうです。

沖田祐作氏の機関車データから同機の履歴を見てみると
C5644      三菱重工業神戸造船所=179          1936-03-06 S37.60t1CT(1067)
  車歴;1936-03-06 製造→ 納入;国鉄;C5644→ 配属;札幌局→ 配置;苗穂→
      1941-12-18 廃車;苗穂→ 陸軍供出→ タイ国鉄;735→1979-06-00 日本帰還→
      1979-06-29 大井川鉄道;C5644→1980-01-29 営業運転開始→2003-00-00 ボイラ不良休車→
      2007-02-00 復旧工事施行(ボイラをC12208 号のものと交換)→
      2007-09-04 火入式挙行→2007-10-07 営業運転再開

1936年3月6日に竣工し、供出前は札幌局札幌(苗穂)機関区に新製配置でした。1936年10月5日、恵庭市で開催された陸軍大演習では恵庭~札幌間でお召し列車を牽引した実績もありました。1970年代半ばにタイ国鉄で廃車となり、チュンポン駅で放置されていましたが、日本人研究家により発見され、1979年6月25日に帰還となりました。

C5644_170312_2 2017/3/12 新金谷

大井川鐵道では1980年1月29日から営業運転が開始されました。2000年には老朽化が著しくなったため大修理が行われましたが、2003年にはC11190号機の入線もあり、12月17日より、休車扱いとなり、一時千頭駅に保管もされました。2006年9月に、再整備が開始され、ボイラーはC12208のものが流用され、2007年、日本とタイの修好120周年を記念してタイ国鉄時代の姿に復元され、10月7日に再び営業運転を再開しました。2010年の定期検査で日本仕様に戻され、2011年1月29日から営業運転に復帰しました。2015年、2016年夏には機関車トーマスシリーズのジェームス号として運転されました。

C56_447e501_170312

2017/3/12 第一橋梁

単独では客車3両が牽引許容だそうですが、後部にE10形電機がサポートに就いているので客車7両の牽引が許されているようです。

    全 長:14.325m
    全 幅:2.936m
    高 さ:3.900m
    重 量:37.63t(空重量34.27t)
    炭水車重量:27.90t(空重量12.90t)

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2017年4月 2日 (日)

西武2000系 2007F 台湾鉄路管理局協定締結記念電車

4月1日土曜日、東京地方は低気圧と北からの寒気の影響で前日から雨が残り、曇りの肌寒い一日でした。そんな中、午後から西武新宿線沿線の桜の様子を見てみましたが、新井薬師付近の中野通りの桜も、武蔵関~東伏見間の桜もまだ5分咲き程度でした。

5_170401 2017/4/1 中野通りの桜

2_170401 新井薬師前第2踏切

中野通りに沿った桜並木は新宿線の桜名所ですが、地下化工事が完成すると電車と桜の競演も見納めとなります。

新井薬師前に向かう行程で上石神井駅で偶然見かけたのが今回紹介する2000系2007Fのラッピング電車 <西武鉄道×台湾鉄路管理局 協定締結記念電車>でした。

こちらのサイトによれば西武鉄道X台湾鉄路管理局間の姉妹鉄道協定締結から2年を迎えるのを記念して、多くの乗客に「鉄道の旅」を楽しんでほしいとの想いや、日本と台湾の双方の旅行者の増加につなげたいという想いを込めて、両者の沿線観光地を紹介するデザインを描いたものだそうです。3月18日に本川越駅で出発式が行われたそうです。

2000_8_2007_laimo_170401_4 沼袋から新井薬師前に向かう2007F LAIMOコラボ電車

新宿線系で2019年12月末まで運行されるようです。

ネットで調べると2016年11月4日から2017年8月31日まで、台湾とアジアの女子に圧倒的人気を誇るキャラクターLAIMOと西武鉄道がコラボレーションを行っていることからLAIMOも車体に描かれています(関連記事)。

2000_8_2007_laimo_170401_6
2000_8_2007_laimo_170401_7 2017/4/1 新井薬師前

側面はこんな感じです。

LAIMOはマレーバクを模したキャラクターでブラックジョークを発言するツンデレ体質の持ち主だそうで、だらだらと寝そべって過ごすのが生きがいだそうです。

2000_8_2008_laimo_170401
2000_8_2008_laimo_170401_2 2017/4/1 東伏見

2000系と言えば、今年になって1/26に2005Fが8連最初の引退、3/23に2015Fも引退、さらに3/28には2019Fも廃車回送(関連記事)と櫛の歯が抜けるように悲しい話題が続いており、2007Fも先は長くないと思われますが、これが最後の花道として大いに注目されて欲しいものです。

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2017年4月 1日 (土)

大井川鐵道 蒸気機関車 C11形式 190号機

昨日の記事に続いて大井川鐵道で活躍する蒸気機関車C11形式190号機です。

C11190_170312

2017/3/12 新金谷車両基地

C11形はC10形の改良増備車として1932年から登場しました。形式でいうとC10形のあとに1931年C54形が登場し、その後、薄鋼板部品の接合に電気溶接を採用し、軽量化を図り、運転整備重量を66.05t、動軸重を13t以下の12.5tに抑えることができたのがC11形式ということになります。

C11_1905_170312 2017/3/12 第一橋梁

190号機は141号機から246号機までの3次形に属します。貨物列車牽引用に軸重を増やすため、水槽容量が増大されました。サイドタンクの下端が運転室床面より低くなり、背部炭庫の上辺が水平となったのが構造的特徴です。

沖田祐作氏の機関車表データによると

C11190     川崎重工兵庫工場=2361            1940-09-11 S66.1t1C2t(1067)
   車歴;1940-09-11 製造→ 納入;国鉄;C11190→ 配属;仙台局→1940-09-11 竣工→
      配置[仙鉄達754];仙台→1943-00-00 早岐→1945-08-00 現在;早岐→ 西鹿児島工場→
      1950-10-15 熊本→1970-05-10 全検→1974-04-25 休車→
      1974-06-12 廃車[工車203];熊本→ 保存;熊本県八代市個人;C11190→
      2001-00-00 譲渡;大井川鉄道;C11190→2001-06-23 フェリーにて御前崎港到着→
      2003-07-17 試乗運転開始→2003-07-19 営業運転開始

1940年9月11日に川崎重工兵庫工場で竣工、仙台局に配置、戦後は早岐へ転属、最後は熊本で1974年6月12日付けで廃車となっています。その後、八代市で個人が静態保存していましたが、2001年に大井川鐵道に譲渡され、2年間かけて整備され、2003年7月19日から営業運転が開始されました。

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