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2017年7月31日 (月)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 4 東武ワールドスクウェア駅

2005年8月24日、つくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道)「流山おおたかの森」駅との乗り換え駅として東武野田線(東武アーバンパークライン)に流山おおたかの森駅が開業して12年後の2017年7月22日、日光市鬼怒川温泉大原334-10を所在地として、「東武ワールドスクウェア」駅が開業しました。

170724 2017/7/24 東武ワールドスクウェア駅

170724_3 鬼怒川温泉方面

170724_4 小佐越方面

Youtubeに同駅が建設される前の小佐越~鬼怒川温泉までの前面展望風景の動画あります(下り上り

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駅の構造は、単線線路にプラットホームを併設したシンプルな構造です。

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列車も終日停車では無く、東武ワールドスクウェアの開園時間に合わせて停車となっています。

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東武ワールドスクウェアは「世界の遺跡と建築文化を守ろう」をテーマに制作年数5年、総工費170億円をかけて、世界の有名建築物を25分の1スケールで再現した屋外型テーマパークで1993年4月に開園しました。

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駅舎も世界の建築物が模られたスタイルとなっています。

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エントランスは線路に沿って走る国道121号線を渡ると目の前にあります。

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券売機は設置されておらず、改札はパスモ・スイカなどのタッチシステム、もしくは乗降駅証明書発行機で下車駅で精算するシステムになっています。

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停車時間はSL列車、特急列車(きぬがわを除いて)が停車するため、様々な列車種に対応した停車位置目標が設置されています。

6050_6174_170724
この辺りではローカル電車と言えばこの6050系が主流で、西武秩父線の4000系と似ていますね。

明日の記事ではSL大樹 C11207号機牽引試運転列車の様子を紹介致します。

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2017年7月30日 (日)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 3 Revaty500系に乗って

21日金曜日に会津から下って来た東武鬼怒川線を今度は下今市から北上します。乗車するのは4月21日のダイヤ改正で登場したRevaty500系です。

500_revarty_503f_170724 2017/7/24 下今市 503F
浅草を9:00にリバティ会津111号、リバティけごん11号として発車し、当駅で分割され、前3両が会津田島まで、後3両は東武日光まで行きます。ここから、会津田島までは乗車券のみで乗車できます。

Revatyは
 Variety:多様、さまざまな 併結分割機能を活かした多線区での運行
 Liberty:縦横無尽に東武路線を走り回る自由度の高さ の2単語からの造語で商標登録されています。

車体は軽量化アルミ合金ダブルスキン構造で、床面高さは100系より、60mm下げホームとの段差解消に務めています。先頭部は分割・併合可能なように貫通構造としながら風圧抵抗を抑制する流線形状ともなっています。

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Revatyけごん28号(右:506F)へ会津128号(左:501F)の併結シーン まず連結

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貫通扉が左右にオープン

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貫通幌が出てきます。

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幌の接続は手動で行われます。

外板塗色はシャンパンベージュをベースに窓周りにフォレストグリーンとフューチャーブルーを配しています。

    ←浅草・運河  東武日光・会津田島・館林・大宮→
号車    3         2          1
形式 モハ500-1   サハ500-2     モハ500-3
      Mc1        T         Mc2
   ATS・INV-4・B6 CP・SIV・B1・B5  ATS/TP・INV-4・B6
自重   40.5t       35.1t        40.4t
定員   112        136         112
B1:焼結式蓄電池100 V - 100 Ah、
B5:焼結式蓄電池15 V - 30 Ah 
B6:焼結式蓄電池15 V - 6 Ah

モハ500-1(Mc1)+サハ500-2(T)+モハ500-3(Mc2)の3両編成でIGBT素子VVVFインバータ(1C1M)制御で永久磁石同期電動機(PMSM:TM-16型190kW)4基をTD継手式中実軸平行カルダンTD-90で駆動します。歯車比は95:18(5.28)です。台車はモノリンク式ボルスタレス台車(新日鐵住金)SS182形(TRS-16形)です。ブレーキは回生ブレーキ併用全電気指令式空気ブレーキです。

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SIVはハイブリッドSiC使用のIGBT3レベル方式容量185kVA(AC440V/100V、DC100V/28V)、CPはオイルレスタイプのスクロール式の吐出量1360ℓ/minでサハに搭載されています。

先日の記事のように野岩鉄道、会津鉄道乗り入れ時の電力制限に対応出来るように使用電力のピークを下げる機能が搭載されています。

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現在、8編成が第一次車として川崎重工業で製造され活躍中ですが、増備の計画もあるそうです。

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500_revarty_508f_170724

500_revarty_503f_170724_4 2017/7/24 東武ワールドスクウェア

明日の記事では7月22日に12年ぶりの新駅として開業した東武ワールドスクウェア駅について紹介します。

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2017年7月29日 (土)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 2 下今市駅の SL関連施設

7月24日月曜日の東武鬼怒川線訪問、今回は2017年8月10日のSL運転開始に合わせて下今市駅につくられた施設の紹介です。

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SL関連施設へは跨線橋から続く通路を通って行きます。SL運転日と運転日以外で開館時間が違います。

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転車台広場におりる前にSL展示館が設けられています。

Sl_170724_3 2年前の2015年8月10日、50年ぶりのSL運転が決まってから、乗務員・検査員の養成、車両の調達、施設の整備など様子が時系列を追って紹介されています。

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プロジェクトのポスターも纏めて展示されています。
これら以外に、懐かしい車両の写真も展示されていますが、それらは撮影禁止となっていました。

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SL運転に必要な地上施設が終端駅における転車台です。
東武鉄道では運転開始に備えて、下今市駅には1958年6月国鉄長門市駅に設置され、1974年12月の定期運行終了まで使用された上路式転車台をJR西日本より譲渡され設置しました。鉄道産業文化遺産の保存・活用および東北復興支援の一助ということでの賛同があったそうです。
因みに、鬼怒川温泉駅に設置された転車台は旧三次駅の転車台だそうです。

拙Blogで1972年当時、東萩駅で撮影したD51の写真を紹介していますが、彼らが長門市駅で厄介になったであろう転車台が定期運行後、40数年の歳月を経て、こうして関東の地で復活したことには驚いていることでしょう。

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機関庫は2線式で、機関区の開設は2017年5月2日でした。引上線、洗浄線も設置されています。
到着したときはC11 207 SL大樹、ヨ8634、14系客車3両(スハフ14 5+オハ14 1+スハフ14 1)、DE101099は試運転で鬼怒川温泉に行っており、予備の14系客車1両(オハフ15 1)が残されていました。オロ12 5, 10の姿はありませんでした。ヨ8709は庫内にいたのではと思います。

昨日の記事にあるように、今市駅から歩いて、下今市駅に到着したのが10:24頃で、20分くらいで駅内の施設を見学し、浅草を9:00に出発し、下今市に10:42に到着し、前3両はリバティ会津111号、後3両はリバティけごん11号として、それぞれ会津田島、東武日光に向かう、500系前3両に乗車して、7月22日に開業した東武ワールドスクウェア駅に向かいました。

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2017年7月28日 (金)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 1 下今市駅まで

7月21日、金曜日の会津若松日帰りの旅の最終盤、下今市駅でSL運転開始のための設備を目にしたことと、7月22日土曜日東武ワールドスクウェア駅開業のニュースから、24日月曜日、つくばに戻る際に下今市を訪れてみようということで、以下のルートを選択しました。

新小平 7:44 むさしの号2621M 8:15 大宮 8:23 快速ラピッド3622E 9:27 宇都宮 9:32 835M 10:09 今市

205600_y10_170724 2017/7/24 今市 205系600番台 Y10編成

205600_y5_170724_2 今市で行き違ったのはY5編成でした。

新小平から大宮経由で今市まで接続待ち時間も少なく2時間強での到着となりました。

JR日光線に乗車するのも2013年7月以来ですが、205系600番台が定着したようです。驚いたことに月曜日の朝の日光行きの電車、乗客の半分以上が外国人観光客でした。車内でガイドブックを広げているのを覗いてみると、英語、ドイツ語、スペイン語などのガイドブックでした。

170724 JR今市駅 全景 駅舎、駅前の様子は2013年7月に訪問したときと殆ど変わりません。

JR今市駅と東武鉄道下今市駅とは600m程、離れています。駅前の通りを道なりに進み、国道119号線(日光杉並木街道)を渡り、少し進んだところを左に入ると駅前に出ます。

現在の東武鬼怒川線は今から100年ほど前は下野軌道株式会社、後に下野電気軌道株式会社が経営しており、1919年10月には省線今市(新今市)駅から大矢向今市、1920年1月1日には新今市~藤原間が開通しました。

170724_2 2017/7/24 下今市駅 全景

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駅名の看板もレトロ調になりました。

SL運転開始に備えて駅が大きくイメージチェンジした下今市駅 左手が日光・鬼怒川方面、右手が浅草方面

開業は東武日光線新鹿沼~下今市間が開通した1929年7月7日でした。東武日光まで延伸されたのは同年10月10日でした。

1929年、東武鉄道が下今市まで乗り入れると下野電気鉄道との連絡が図られ、新今市~下今市間は廃止されました。

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駅舎内の展示コーナーにあった駅俯瞰図

駅舎と新たに設けられた跨線橋が黒塗りで造られ2本のホームの先、SL展示館や転車台広場、機関庫につながっています。

111104 2011/11/4 下今市 当時の駅舎と跨線橋

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自動改札機や列車案内表示は最新のシステムに

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改札口の左手に展示コーナーがあり、昔の下今市駅の写真、列車、観光案内のポスターなどが展示されています。

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2017年春のダイヤ改正まで当駅で頻繁に行われていた6050系の編成分割・併合

ホームは大きく変わってはいませんが、500系Revatyの登場で、6050系の当駅での分割・併合はなくなりました。

100_101f_170724 100系 Spacia 101F

新跨線橋の後ろに旧跨線橋が見えます。

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2017年7月27日 (木)

18切符で会津若松日帰りの旅 その5 会津田島からの電化区間

AIZUマウントエクスプレス6号、会津田島では乗務員交代などもあり、停車時間は2分となっています。ここからは電化区間となりますが、この先、東武日光までの乗務区間、野岩鉄道や東武鉄道には気動車乗務員(甲種内燃車免許取得者)がいないため会津鉄道の運転士・車掌がそのまま、乗務するそうです。

170721 2017/7/21 会津田島 除雪用機械

また、会津高原尾瀬口までの電化区間では変電所の容量が電動車2両分しかないため、電化当初は同区間に1列車しか在線しないダイヤだったそうです。そのため編成4両でした。その後、東武鉄道のダイヤ改正で日中の直通列車が会津荒海駅ですれ違うダイヤとなったため、変電所の負担軽減のため、一部を除き2両編成となりました。

6050_61103_170721_2 中三依温泉 6050系 61103 (野岩鉄道所属車両)

会津田島を出発すると同列車は快速性を発揮し、野岩鉄道との接続駅、会津高原尾瀬口までは通過になります。この区間はトンネルも多く、わたしも朝早くからの鉄道乗車で自然と睡魔に襲われました。会津高原尾瀬口駅と男鹿高原駅間のトンネルで福島県から栃木県に入ります。平成の大合併でここから先はずーと日光市です。

170721_2 鬼怒川の支流男鹿川をせき止めたダム湖(五十里湖)の縁に設けられた駅です。

新藤原までの野岩鉄道は令制国名である下野の野と岩代の岩から命名されたそうです。路線敷設計画は1922年に今市~田島が敷設予定鉄道路線になったときからで、1966年5月25日、日本鉄道建設公団が着工、しかし1980年国鉄再建法(日本国有鉄道経営再建促進特別措置法)施行で工事は凍結されました。

1981年11月20日、野岩鉄道株式会社設立、12月23日、地方鉄道事業免許取得、1982年1月16日、工事は再開され、1985年4月26日、路線名を「会津鬼怒川線」と決定。1986年10月9日、開業、東武鬼怒川線と直通運転開始、1990年10月12日、会津鉄道会津線会津高原尾瀬口~会津田島駅間電化が完成し、直通運転開始となりました。

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6050_6174_170721 6050系 6174 新藤原

野岩鉄道は約30分で抜け、新藤原からは東武鉄道鬼怒川線に入ります。下今市までの16.2kmの路線で、鬼怒立岩信号所~鬼怒川温泉駅間800mは複線ですが、他は単線でDC1500V電化です。

元々、大井川鉄道井川線などと同じく発電所工事用に敷設された軽便鉄道の軌道を改軌した路線であるため急曲線が続き、運転速度は低く、曲率の大きいカーブの連続する路線です。

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6050_61101_170721 2017年3月のダイヤ改正で浅草までは来なくなり、南栗橋以北限定になった6050系

新藤原から下今市まで、鬼怒川温泉でのスペーシアきぬがわ6号接続での8分停車などもあり、40分かかりました。

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100_108f_spacia6_170721 鬼怒川温泉 100系 Spacia 108F 新宿行きスペーシアきぬがわ6号 1086M

ここで乗り換えることも考えましたが、今回はそのまま下今市(15:36)まで乗車し、下今市(15:44)からは区間急行56で南栗橋(17:08)へ、南栗橋から新越谷へ、武蔵野線南越谷から新小平に向かいました。

6050_6162_170721_2 南栗橋 6050系 6162F 区間急行

なお、下今市では乗り換えのタイミングで8月10日から運転されるSL(C11207)「大樹」や新設の転車台、機関区の様子も見ました。さらに7月22日からは、東武ワールドスクエア駅の開業もありましたので、7月24日月曜日、小平からつくばへの移動の過程で、今市経由とし、それらを観察して来ました。それらに関しては明日以降の記事で。

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2017年7月26日 (水)

18切符で会津若松日帰りの旅 その4 会津若松から会津鉄道に乗車part2

昨日の記事のようにAIZUマウントエクスプレス6号は新潟トランシス製の2両の軽快気動車から構成されています。

At751_170721_2 2017/7/21 会津若松
木目調が落ち着いた雰囲気を醸し出し、会津・日光と大書された看板が専用車であることを示しているAT-751の車内

先頭はAT600/AT650形のトイレ無しAT-601号、後方はAT700/AT750形のトイレ付AT-751号です。内装はAT-601が白い壁を基調としているのに対して、AT-751は木目調となっています。

At601_170721 2017/7/21 会津若松
一方、AT-601の車内は白い壁と青いシートで清涼感あふれる車内となっています。

会津若松から6分ほどで西若松に到着します。地図を見るとわかりますが、会津若松周辺の線路は盆地の縁に沿って走っているせいか、只見線は会津若松を出発して、大きくUの字を描いて会津坂下まで北上し、そこから西、やがて南西に向かいます。一方、会津線はUの字の右側を真っ直ぐ下るように南下します。

170721
現在、水害による不通区間がありますが、小出につながる只見線線路

会津鉄道区間は会津高原尾瀬口駅までの57.4kmで、全線単線、西若松~会津田島間(42.0km)は非電化、会津田島~会津高原尾瀬口間(15.4km)はDC1500V電化区間です。

170721_2 芦ノ牧温泉駅

1987年7月16日の第三セクター会津鉄道の誕生で上三寄(かみみより)から改称されました。ここで最初の列車行き違いがあり、

At502_170721 芦ノ牧温泉 AT-502

At551_170721 AT-551

AT-502+AT-551の2連と思われるリレー111号2314Dと交換しました。この列車は浅草発9:00の「リバティ会津111号1111M(数日後の記事に登場予定)を会津田島で引き継ぎ、会津若松に13:41に到着する列車です。

また、駅の田島方には写真のように引き込み線のポイントが見えますが

At301_170721
AT-301、元国鉄キハ30 18改造のトロッコ車両で2009年11月に現役を引退して、ここに留置されています。土日は車内を休憩所として開放しているそうです(参考記事)。

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大川ダム公園

芦ノ牧温泉の次の駅は大川ダム公園でこちらも国鉄時代は舟子でしたが、会津鉄道になって改称されました。大川ダムは阿賀野川(福島県内では阿賀川)をせき止めており、ダム湖は若郷(わかさと)湖と呼ばれています。ここには、下郷発電所、大川発電所がありますが、

Solar_panel_170721
ダム湖と線路の間の土地がソーラー発電所になっていました。

湯野上温泉、塔のへつり、

At651_170721_5 AT-651

At701_170721_5 AT-701

会津下郷では2度目の列車行き違いで、AIZUマウントエクスプレス3号3158Dと交換しました。東武日光を11:43に出発して、会津和槓子に14:38に到着する列車です。

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ふるさと公園を過ぎ、

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車窓風景が長野県の様だから会津長野なのかは分かりませんが、美しい田園風景を楽しみながら、会津若松を出て70分で会津田島に到着です。

At652_170721
会津田島 AT-652 など

At552_170721
会津田島 AT-103 AT-552 など

ここには駅に併設された車両基地があり、多くの車両が休んでいました。そしてここから先は電化区間となり、浅草発の500系Revatyなどがここまでやってきています。

ここから先に関しては明日の記事で。

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2017年7月25日 (火)

18切符で会津若松日帰りの旅 その3 会津若松から会津鉄道に乗車

会津若松駅構内の郷土料理店「一會庵」で昼食を摂った後、12:52発の快速AIZUマウントエクスプレス6号3155D~3156D~3156~3157に乗車するため、入場しました。列車番号が多いのは、会津鉄道、野岩鉄道、東武鬼怒川線、東武日光線と線区毎に列車番号が変わるからです。

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駅構内には大きな「あかべぇ」の張りぼてがあります。

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会津地域のキャラクターたちもガラスケースに展示されていました。

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跨線橋からの眺め (南方向)
頭端式のホーム1,2番線は磐越西線、右手の3番線は磐越西線と只見線

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(北方向)
3番線には磐越西線の列車が入線中

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E1207_170721
3番線の列車、野沢行き231Dはキハ110-224+キハ120-7+キハ110-213の3連でした。

4番線には会津鉄道線AIZUマウントエクスプレス6号が入線中、5番線も会津鉄道線用、その先には電留線がありました。

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この列車は会津若松から西若松までJR只見線を走り、会津鉄道会津線に入り、会津田島からは電化区間を会津高原尾瀬口まで行きます。そこから野岩鉄道に入り、新藤原へ、そこから東武鬼怒川線に入り、下今市へ、下今市でスイッチバックして、東武日光に向かいます。東武日光着は15:54ですから、3時間2分走る列車です。

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Aizuexp6at601_170721_2

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Aizuexp6at751_170721_2 車両は新潟トランシス製軽快気動車AT-601、AT-751の2両編成です。AT600,AT650の同型、AT700, AT750の同型シリーズで601はトイレなし、751はトイレ付きの車両です。

現在、会津鉄道会津線となっている路線は当初、軽便鉄道法により計画され、国鉄会津線として1927年11月1日に西若松~上三寄(現在の芦ノ牧温泉)間で開業しました。1932年12月22日には湯野上まで、1934年12月27日、会津田島まで開業しました。1947年12月12日、荒海まで延伸、1953年11月8日、会津滝ノ原まで延伸、1986年10月9日に会津滝ノ原駅は会津高原に駅名が変更されました。同駅はさらに2006年3月18日に会津高原尾瀬口に改称されました。

国鉄民営化で西若松~会津高原間57.4kmはJR東日本に承継されますが、1987年7月16日、第一種鉄道事業は廃止となり、会津鉄道が第一種鉄道事業者となりました。

会津線は現在、只見線と呼ばれている路線が全通する前、会津若松~只見間も会津線と呼ばれており、むしろこちらが本線格でした。

1990年10月12日、会津田島~会津高原間はDC1500Vで電化され、東武鉄道・野岩鉄道と相互直通運転が開始されました。

AIZUマウントエクスプレスに関しては名鉄が特急「北アルプス」で使用していたキハ8500系を使用して2002年3月23日のダイヤ改正で会津若松~会津田島間で運行開始しました。

2003年10月4日には土休日、喜多方への延長運転を開始、2005年3月1日、東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅への乗り入れを開始しました。2005年12月20日AT600/AT650形の営業運転を開始。

2006年3月18日、快速「AIZU尾瀬エクスプレス」が運行開始、2010年5月30日、キハ8500系は引退し、AT-700/AT-750形に交替しました。2012年3月17日、東武日光駅まで乗り入れを開始しました。2013年3月16日のダイヤ改正で快速「AIZU尾瀬エクスプレス」は廃止されました。

本来、AT600/AT650形に対してAIZU尾瀬エクスプレス、8500系、AT-700/750形に対してAIZUマウントエクスプレスという愛称が与えられましたが、現在は列車の愛称となっています。

快速AIZUマウントエクスプレス6号の停車駅は

会津若松~会津田島間の各駅、会津高原尾瀬口、上三依塩原温泉口、中三依温泉~下今市の各駅、上今市、東武日光です。

明日の記事では車内の様子と、車窓風景を紹介します。

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2017年7月24日 (月)

18切符で会津若松日帰りの旅 その2 会津若松まで

昨日の記事に続いて今回は郡山から会津若松までです。

磐越西線はED77が活躍していた頃、郡山や沿線(磐梯熱海付近)で写真撮影をしたことがありますが、鉄道として乗車するのは初めてでした。

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719_h15_170721
郡山発10:44、3233Mで会津若松に向かいます。この列車、土日や祝日は719系700番台フルーティアふくしま」編成を連結した1号として運転されますが、金曜日は719系4連快速でした。

磐越西線は1898年7月26日に民間資本の岩越鉄道が郡山~中山宿(仮)間21.5kmを開業したのが始まりで、1899年7月15日には若松駅まで延伸開業しました。1904年1月20日には喜多方まで延伸開業し、1906年11月1日には郡山~喜多方間が国有化されました。1909年10月12日、国有鉄道線路名称が岩越線に決まりました。岩越線はその後、1913年8月1日には野沢駅まで延伸開業しました。

一方、新潟側からも1910年10月25日に信越本線の支線として新津~馬下駅間が開業、1913年6月1日に馬下~津川間が延伸開業、1914年6月1日、村上線の分離により、新津~津川間が信越本線になりました。

1914年11月1日、野沢~津川間が延伸開業し、全通となり、郡山~新津間を岩越線としました。磐越西線と改称されたのは1917年10月10日でした。そういう意味で、今年は磐越西線になって100周年なんですね。

719_h15_170721
719系H-15編成 車内 シートの配置は「集団見合い方式」です。

1980年代後半仙台支社管内では急行用車両の451、453、455、457系が普通列車に充当されていましたが、デッキ構造やクロスシートでラッシュ時に対応出来ないこと、編成が最低でも3両単位となり、柔軟な輸送力に対応しにくいこと、老朽化がかなり進んでいたことなど問題を多く抱えていました。これらを改善するために開発されたのが719系211系を基本にした半自動機能付き片側3扉ステンレス車体でクモハ719形+クハ718形の2連とし、最大8連まで組成可能としました。1989年から1991年にかけて、狭軌用の0番台は42編成84両が全車、東急車輌にて製造されました。

台車は急行形電車の廃車発生品DT32形・TR69形を再利用しました。パンタグラフもPS16系菱形パンタグラフを廃車された交直両用車から再利用しました。

電源・制御方式はサイリスタ連続位相制御を採用し、4台の直流電動機を直列に固定し、電機子回路と界磁回路を個別に制御する他励方式が採用されました。起動から力行の過程では特性的に直巻電動機方式が有利なため、界磁側を直巻電動機と同様に制御します。さらに制御用16ビットマイクロコンピュータにより、界磁を独立制御し、35%弱め界磁・回生ブレーキ・抑速ブレーキ制御も可能としました。

719_h10_120722 2008/12/20 郡山 H-10+H-15編成

上の写真のH-15編成とH-10編成は「あかべぇ」塗色ですが、H-10編成はH-13編成とともに2017年春、秋田車両センターに転属となりました。H-27編成は2014年に700番台『走るカフェ』レストラン列車『フルーティアふくしま」に改造されました。H-21・H-23・H-24・H-29・H-32・H-33編成はE721系1000番台への置き換えで2016年11月から2017年3月までに廃車となりました。

快速3233Mの停車駅と時刻

郡山      10:44
郡山富田   10:48/10:49
喜久田     10:53/10:53
磐梯熱海   11:00/11:01
猪苗代     11:19/11:20
磐梯町     11:36/11:36
会津若松   11:50 

郡山を出発し、磐梯熱海手前までは市街地から田園風景の中を走ります。その先、中山宿駅の手前では線路が左へ分岐し、かつてのスイッチバック駅が見えます。旧駅跡は鉄道遺産として見学用に整備されているそうです。中山峠を沼上トンネルで越えると会津地方に入ります。

170721
川桁~猪苗代間の前面展望 猪苗代湖の北側を回りながら、前方には磐梯山が見えます。

170721_2

翁島を過ぎると線路はカーブの連続となり、磐梯町との中間に更科信号場があり、E721系が待機していました。1962年12月20日に開業しました。

170721_3
それから約30分ほどで列車は会津若松駅に到着します。3233M 11:50到着

この駅は磐越西線の線路はスイッチバック構造になっており、喜多方・新津方面への列車は後方に向かって出発します。一方、只見線の列車は写真の右手の方の線路からそのまま奥へ出発します。方向的には南方に向かっており、左が東、右が西です。

719_h16_120722
頭端式ホームとしては珍しく中線がある会津若松駅 719系H-16編成

会津若松駅は1899年7月15日、岩越鉄道の若松駅として開業し、1917年5月21日に会津若松駅と改称されました。今年が100周年です。1996年3月16日に貨物列車の設定が廃止され、現在は駅前にオフレールステーションがあり、コンテナの姿が見えます。

170721_4
駅舎は城郭風ですが、これは2001年4月鶴ヶ城の修復に合わせ改装したそうです。

C57_170721
C57_170721_2
磐越西線に1999年4月29日からSLばんえつ物語号が運転され出したのを記念して、2000年からC57の動輪(機番不明)が展示されています。

170721_5 市内を周遊するバス

今回は会津若松滞在時間は1時間程度で、昼食時間に当ててしまい、周辺の観光は出来ませんでしたが、またの機会に訪問し、会津周辺に保存されている多くの鉄道車両なども見たく思っています。

明日はいよいよ会津鉄道「AIZUマウントエクスプレス6号」で会津から鬼怒川方面に南下します。

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2017年7月23日 (日)

18切符で会津若松日帰りの旅 その1 郡山まで

7月21日金曜日、恒例のつくばから小平へ移動の行程は「青春18切符」を利用しての大幅な大回り(荒川沖~いわき~郡山~会津若松~西若松~会津鉄道~野岩鉄道~東武鉄道~新越谷~南越谷~新小平)となりました。

以前から、東武鉄道が野岩鉄道、会津鉄道と連携したルートには興味があり、一度乗ってみたいと思っていたのですが、それを実現させることにしました。

<常磐線をいわきまで北上>

170721
まずは、荒川沖発6:08の常磐線321Mで水戸へ。
世間は平日の金曜日の朝なので、上りホームは5:27の320M、5:52の2322Mともに勤め人と思われる方々が乗って行かれます。

E531_k552_170721 2017/7/21 荒川沖 
5:27発 320Mは数年前のダイヤ改正から15連になりましたが、今朝の付属編成はE531系3000番台K552編成でした。

E531_k402_170721
上野発の1番列車として6:07に荒川沖に到着する321Mは10連で編成はK402編成でした。
土浦以北は土浦発5:48の527M、水戸以北は水戸発5:04の521Mがありますが、荒川沖ではこの電車が下りの一番電車です。

170721_2
6:58に水戸に到着。水戸にて水戸始発のいわき行き529Mに乗り換え。勝田で乗り換えることも出来ますが、水戸から乗車。既に車内は立ち客もいるほどの混雑ぶり。

E531_k456_170721
数年前まではE501系の5連が使用されていましたが、最近はE531系5連の運用になったようで、今朝はK456編成でした。

郡山まではここから水郡線7:28発327Dでも行けますが、到着は10:50で磐越東線経由のルートよりも30分遅くなります。今回は郡山から先の接続を考えて、磐越東線経由のルートを選択しました。

車内の様子を見ていると、日立や高萩の学校に通う学生や勤め人が多いようで、高萩を出発するとかなり空きが目立ってきます。

170721_3
定刻の8:36にいわきに到着。

いわき駅は1966年の大規模合併で誕生した「いわき市」の中心駅で、かつては平市であり、駅名も平でした。駅名がいわきになったのは1994年12月3日でした。
人口、面積ともに福島県内最大で、年間日照時間が東北地方では最長、平均気温も高く、豊富な観光資源に恵まれた街となっています。

<磐越東線で郡山へ>

111104_170721
いわきからは磐越東線(ゆうゆうあぶくまライン)8:41発731Dに乗車。
車両はキハ111-112の2連です。

いわき駅から郡山方面に向かう列車は1日8本で、
6:44 郡山
7:15 郡山
8:41 郡山
13:15 郡山
15:42 郡山
16:54 小川郷
17:50 小野新町
19:33 郡山 
なんといっても8:41の列車の後は13:15まで無いというのが驚きです。

磐越東線の起点はいわき、終点が郡山で営業キロは85.6kmです。全線単線、非電化で中間14駅あります。福島県の浜通りと中通りを結ぶ平郡線として計画され、1914年7月21日に郡山~三春間(11.9km)が、1915年7月10日に平~小川郷間(10.3km)が開業し、それぞれ平郡西線、東線と呼ばれ、1915年3月21日、三春~小野新町間延伸、1917年10月10日、小川郷~小野新町が開業し、全通となり、磐越東線と改称しました。

1968年10月1日のダイヤ改正でそれまで貨物列車と一部の旅客列車に使用されていたD60形蒸機DD51に置き換え無煙化。1991年に全列車がキハ110系気動車に置き換えられました。

いわきを出発して少しの間、常磐線と併走する様に南西に進み、大きく右へカーブして北上します。

かつては急行「いわき」(水戸~仙台:磐越東線経由2往復)や快速「あぶくま」といった列車も運行されていましたが、1995年の磐越自動車道路の開通、高速バスの営業開始で長距離客は殆どそちらに流れたようです。調べてみるといわき~郡山間は高速バスが1時間に1本の頻度で走っています。所要時間は90分と鉄道とかわりません。

170721_4
小川郷駅そばの線路際にある不思議な建物?

調べてみると軽量客車ナヤ11 2のなれの果てだそうで、現在はカラオケボックスとして使用されているようです(関連記事)。車歴的にはナハフ11 2060が交直流電車教習車に改造されナヤ11になったそうです。

170721_5
小川郷から先は峠越えの区間となり、多くのトンネル、橋梁を通過します。

112104_170721
キハ110系2連の車内風景

170721_6
小野新町まで来ると峠を越えたという感じです。
郡山からここまではいわきまでの頻度に較べると倍近くの列車が運行されています。

170721_7 1914年7月21日開業ですから、開業103年の日でした。ちなみに開業時の駅名の読みはもうきだったそうです。

船引からはSuica(仙台エリア)に含まれており、郡山に向かう乗客で列車はかなり混んで来ます。地形の関係からか、地図で見ると要田手前には大きく北に迂回する線形があり、要田、三春、舞木と南西に進みながら郡山に向かいます。舞木を出てから阿武隈川橋梁を渡り、新幹線の高架が見えてくると、東北本線、磐越西線と合流し、郡山駅構内に入ります。

Eh50064_170721 郡山駅では炎天下の中、EH500-64牽引貨物が待機していました。

郡山は1960年3月1日の東北本線白河~福島間電化後も郡山機関区は磐越東線で活躍するD60形蒸機14両の他、入れ換え用8620形5両、C58形、D51形(いずれも運用はなし)の基地でした。D60形は1951年から1956年にかけて5年間で78両、D50形から改造されました。

112104_170721_2
10:20 郡山駅に到着

ここから24分の待ち合わせで磐越西線快速で会津若松へ。続きは明日の記事にて。

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2017年7月22日 (土)

海外から飛来する787 4 LOT ポーランド航空

LOT Polish Airlinesはポーランドのフラッグキャリアであり、その創立は1929年、それまで存在した民間航空会社数社が合併して設立しました。LOTとはポーランド語でFlightを意味する言葉で、99.82%の株式が国有財産省の所有となっています。

Splrb_boeing_7878_37894_78_170529_nSP-LRB Boeing 787-8 cn37894 ln78 2017/5/29 NRT

1989年のベルリンの壁崩壊、それに続く東欧の民主化、ソ連の崩壊で、ポーランドも西側陣営に取り込まれ、1999年にNATOに、2004年5月1日にEUに加盟しました。

Splrb_boeing_7878_37894_78_170529_2
LOTの使用していた機体も冷戦時代はソ連製のTu-134などを西ドイツの空港で何度か見ましたが、現在は今回紹介するBoeing 787をヨーロッパの航空会社では最初に導入した会社になりました。

Splrb_boeing_7878_37894_78_170529_3
787-8に関しては8機目を先日受領したそうで(関連記事)、-9を3機導入の予定だそうです。787-8のコンフィグはビジネス18席、Pエコノミー21席、エコノミー213席の計252席仕様です。

それら以外のFleetは

737-400 3機
737-800 4機 発注中

737-8MAX 6機 発注中

DHC-8-400 Q400 10機

Embraer170 6機
Embraer175  12機
Embraer195 6機     となっており、45機が運用中、13機が発注中となっています。

成田への就航は定期便としては2016年1月14日からで、当初は週3便でしたが、7月から週4往復になっています。

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2017年7月21日 (金)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 12 20070系

北千住駅改良工事と草加~越谷間複々線化工事(完成)による輸送力増強用として、1997年3月25日から5扉を3扉に戻した20070系が運転を開始しました。5扉車はすでに必要数に達していたため、全車3扉車のマイナーチェンジ車として、20070系になりました。8両編成、3本が製造されました。

20000_28871_160708 2016/7/8 西新井 28871

側引戸袋に複層ガラスを使用し、扉とガラスの段差をなくして平面化することで戸袋への引き込み防止と断熱の向上を図りました。

戸閉め機をユニット方式に変更し、エアコンは集約分散形RPU-3049A(12500kcal/h)を各車3台搭載し、屋根上エアコンキセは独立タイプとしました。

20070_21872_170113_2 2017/1/13 西新井 21872

制御系、走行系は20050系と同じですが、SIVはIGBT式INV0095-F1(190kVA)をM2・M5車に搭載、CPはACモータのHS20-IをM2車に1基、M4車に2基としました。

パンタグラフは初めてシングルアーム方式が採用され、PT7112-AをM1・M3車に1基ずつ搭載しました。

20070_21873_170708 2017/7/8 中目黒 21873

←中目黒    南栗橋→
クハ21870 モハ22870 モハ23870 モハ24870 モハ25870 モハ26870 モハ27870 クハ28870
     Tc1            M1            M2    M3     M4     M3      M5    Tc2
         VVVF    SIV CP      VVVF       CP CP      VVVF          SIV

20071  1996.11 アルナ工機
20072  1997.1    東急車輛
20073  1997.2  アルナ工機

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2017年7月20日 (木)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 11 20050系

2017年3月7日記事で、東京メトロ日比谷線乗り入れ用20000系について触れましたが、今回は20000系の混雑対応、部分的5扉車として登場した20050系について触れようと思います。

20050_28851_160206_2 2016/2/6 西新井 28851

登場は1992年12月29日でした。、8両編成のうち、1,2,7,8号車が5扉車になり、主回路はGTOサイリスタ素子によるVVVF制御方式が採用されました。主電動機は三相交流誘導電動機TM-92(150kW)が搭載されました。

20050_21852_160312_2 2016/3/12 越谷 21852

駆動装置はTD撓み板継手中実軸平行カルダン(TD-88)で歯車比は6.21となりました。

20050_21853_161223 2016/12/23 北千住 21853

制動装置は回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ(HRD-2R)です。

20050_28854_160701 2016/7/1 南千住 28854

補助電源装置は東芝製GTO素子方式SIV(INV033-A0)で出力は140kVAです。

多扉構造のため冷房装置が強化され、集約分散型RPU-345(12500kcl/h)が各車3台搭載され、1両あたり6000kcal/hの容量がアップされています。停電時の換気対策として換気扇を各車2台設置してあります。、

20050_21855_160425 2016/4/25 東武動物公園 21855

またLED式行先表示器や液晶式車内案内表示器(シャープ製。5扉車の増設ドアを除く全ドアに配置)、ドアチャイムなどを装備されました。

5扉車の座席配置は出入り口間が3人掛け、車端部ア4人掛けです。側出入り口間の窓は戸袋窓となっており、開閉不能です。車端部は開閉可能です。戸袋窓は中央部に強度部材である側柱が貫通しており、柱の外側を黒く塗装して目立たないようになっています。

20050_28856_160708_2 2016/7/8 春日部 28856

8両編成8本(64両)が在籍し、先頭車の正面には5扉車であることを示す「5DOORS」マークが掲出されました。液晶表示器は維持費がかかり、液晶自体の劣化が進んだため、1999年9050系のものとともに撤去されました。

20050_21857_161202 2016/12/2 せんげん台 21857

2000年3月8日に中目黒駅構内で発生した脱線衝突事故により、21852Fの中間車2両(モハ23852・モハ24852)の車体が2001年4月に東急車輛製造において代替製造されました。これは修理扱いで事故による廃車とはしていないそうです。

20050_21858_170708 2017/7/8 中目黒 21858

編成構成

←中目黒                                                南栗橋→
クハ21850 モハ22850 モハ23850 モハ24850 モハ25850 モハ26850 モハ27850 クハ28850
    Tc3             M5             M2             M7            M3            M7           M6            Tc4
                     VVVF     SIV, CP        VVVF         CP, CP     VVVF        SIV

営団03系5扉車は第09編成で試作車が製造され、第28編成まで20編成製造されました。

21851 1992.11 東急車輛
21852 1992.12 東急車輛
21853 1993.1  アルナ工機
21854 1993.2  アルナ工機
21855 1993,6  アルナ工機
21856 1993,6  アルナ工機
21857 1993,6   東急車輛
21858 1994,7  アルナ工機

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2017年7月19日 (水)

日比谷線用13000系

昨日の記事で東武70000系について触れたので、東京地下鉄(東京メトロ)の13000系についても触れておこうと思います。

13000_13002_170715 2017/7/15 西新井 13102F

日比谷線の車両では3000系1961年から1994年)、03系1988年から)に続く3代目の車両となります。導入は2016年度から4年計画で行われるとのことで、44編成が製造される予定です。製造は東武70000系も含めて近畿車輛が一括受注となっています。

13000_13003_170505 2017/5/5 西新井 13103F

車体はアルミ合金ダブルスキン構造で側構体の接合にはレーザー・MIGハイブリッド溶接(レーザービームとアークが同時に溶融プールを作り出す溶接方法)を用い、高精度で歪の少ない構体を作り出しています。

13000_13005_170708_9 2017/7/8 中目黒 13105F

電源・制御機器は205kW/hの永久磁石同期電動機を採用し、従来のかご型電動機に較べ25%の消費電力の削減を達成しました。制御方式はIGBT素子によるVVVFインバータ装置で1C1M個別制御方式とし、編成全体でM1車(13200形6号車)、M1'車(13600形2号車)は4群、M3車(13400形4号車)は6群(7両編成、各台車1軸が駆動軸)構成で制御する方式となっています。

13000_13107_170708 2017/7/8 中目黒 13107F

補助電源装置は容量185kVAのSIVを2台搭載し、AC440V60Hzを出力し、CPはオイルフリースクロール方式コンプレッサー4台を2ユニット搭載しています。

2017年7月中旬の時点で7編成が活躍中です。

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2017年7月18日 (火)

日比谷線用東武70000系デビューしたものの?

2017年7月7日、なぜか7のつく日のこだわりで東京メトロ日比谷線乗り入れ車両として東武70000系がデビューしました(プレス発表記事)。

これまで日比谷線にはメトロ側は03系、東武側は20000系、20050系、20070系、東急は2013年3月16日の東横線と副都心線の相互直通運転開始まで1000系が乗り入れていました。

70000_1707152017/7/15 西新井 東武線各駅に見られる日比谷線乗り入れ新車導入の案内ポスター

70000系は東京メトロ全線でのホームドア設置計画なども考慮し、メトロの13000系と共通仕様とし、18m8両編成3扉車と5扉車が混在していたのを20m7両編成に統一したのが大きな特徴です。

日比谷線は半径200mを切るカーブが多数存在したため、これまで18m8連編成が導入されてきましたが、再計測を行った結果、トンネル躯体に手を加えることなく(一部の標識は移設)20m車体の車両が導入可能と言うことがわかり、今回は20m7連となったそうです。

(7/22追記):日比谷線はカーブがきついため、レールとフランジの接触により、「きしり音」が気になる区間がありますが、これを解消するためにカーブにさしかかると、台車における軸距を内側軌道側は狭め、外側軌道側は広げる片軸操舵台車が採用されました。

メトロの13000系は2017年3月25日から運行を開始し、7月16日現在で7編成(51F~57F)が導入されています。2020年までに44本(03系は42本)が導入予定だそうです。
東武70000系は取り敢えず2編成で営業運転を開始しました。今年度中に10編成、2019年度までに22編成導入予定だそうです。

 

71701_170708

2017/7/8 中目黒 

20000系はロイヤルマルーンがシンボルカラーでしたが、70000系は赤と黒をシンボルにしました。
主電動機は永久磁石同期モータ(PMSM)とすることで03系や20050系のVVVF車両と比較して25%の駆動系消費電力を削減しました。また冷房能力は03系48.8kW、20000系43.6kWに較べ58.0kWにアップしました。

 

71701_1707082

一本前に到着したのが03系第1編成でトップナンバー同士が並びました。

7両編成全てが電動車ですが、駆動軸は各台車1軸で3.5M+3.5Tとなっています。

 

71701_1707083 折り返し東武動物公園行きに

私も7月8日、中目黒駅でその姿を撮影しました。

ところが、導入して1週間も経たない7月12日、どうやら第2編成がドア故障を起こしたようで(関連情報)、ネットの目撃情報サイトにも70000系の運行情報が現れない日がここ数日続いています。
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メトロ日比谷線の新車運用情報(こちらのサイトのデータ) 7/13以降70000系の目撃データがありません。尚17日月曜日、01Fが,21Tで復帰したようです。

 

71701_1707084
一方、70000系の運行開始で気になるのが20000、20050、20070系の廃車情報ですが、2014年重要部検査以降春日部車両基地で眠っていた21809Fの5両(21809~25809)と20000系のラストナンバー201813Fの3両(26813~28813)7月5日から6日にかけて東武佐野線渡瀬駅側の北館林荷扱所(解体所)に廃車回送されたそうです(関連記事)。

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2017年7月17日 (月)

亀戸線・大師線用8500系に新たなレトロ試験塗装車登場

久しぶりに東武鉄道の話題でゆこうと思います。

8500_8575f_170714 2017/7/14 曳舟

亀戸線や大師線で活躍する8000系2R車(8500系)にまたも色物が登場しました。

拙blogでもこれまで、同系列の色物、オレンジ・イエローカラー8577Fグリーン・ホワイトカラー(緑亀)8568Fはレポートしてきましたが、7月10日、南栗橋工場から出場した8575Fは黄色地に赤の帯の試験塗装リバイバルカラーとなりました。

8500_8675_170714
7月13日から亀戸線で運用に入ったとのことなので、14日金曜日、つくばから小平の移動の行程で、曳舟で撮影。

さらに7月15日土曜日は、亀戸線から大師線への入れ換えが予想されたので、西新井へ。

8500_8577f_170715 2017/7/15 西新井
12:28 1206D としてそれまで運用に就いていた8577Fが2番線に到着

Img_4575 3番線に到着した51059F(クレヨンしんちゃん25周年:緑)1172T の発車後、

8500_8577f_170715_3
本線を春日部に向けて発車。

8500_8575f_170715
同時刻、北千住方向から亀戸線での運用を終えた8575Fが西新井駅手前の本線分岐にさしかかっています。

8500_8575f_170715_2
8500_8575f_170715_3
8575Fがそのまま2番線に入り、12:34発1207Dとして、大師線運用に入ります。

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2017年7月16日 (日)

秋田旅行 車両個別編 日本海縦貫線EF510牽引貨物列車

2017年6月末から7月初頭にかけての秋田旅行、秋田駅撮影した鉄道車両、最後はJR貨物の貨物列車です。

Ef510501_170701
2017/7/1 5:29頃 秋田貨物を出発して貨物通過線に入線してきたEF510-501号機牽引コンテナ貨物列車

Ef510501_170701_2
北斗星やカシオペアを牽引していた頃の、側面の星のマークはなく、日本海縦貫線走行による酷使で車体はかなり汚れていました。501号機は今年度16~20号機に次いで、広島で全般検査を受ける予定だそうで、その際にこの塗装が基本番台と同じ赤になるのか、そのまま残されるのかあるいは新しい塗装になるのか非常に興味があります。

長らく日本海縦貫線貨物を牽引してきた富山機関区のEF81EF510にバトンを渡したのが2016年3月のダイヤ改正、その後もEF510運用にEF81が代走で入ることがありましたが、2016年5月末719号機を最後にそれも終了し、完全にEF510オンリーになりました。

Ef510510_170701
2017/7/1 6:36頃、羽越線から秋田駅に入線してきたEF510-510号機牽引コンテナ貨物列車 500番台中、509、510号機はカシオペア塗装で銀色ベースでしたが、こちらも星のマークとが除去された状態での活躍となっています。

一方、EF510の方はJR貨物が新製配置した基本番台23両に加え、JR東日本が田端区の運用(北斗星・カシオペア・委託貨物)として新製した500番台15両が2016年度末までに全機富山区に移籍しており、38両体制となっています。

Ef5101_170702
2017/7/2 7:45に秋田貨物駅に向けて出発していったEF510-1号機牽引貨物列車 1号機は試作機なしで製造されたEF510基本番台において試作的要素の強い機関車で、側面にJRFのマークはありますがレッドサンダーのマークがないのが特徴となっています。

秋田駅の約3.6km青森方、福島起点で302.3kmの場所にJR貨物の秋田貨物駅があります。JR貨物の列車時刻表から、秋田駅を通過する大まかの時刻がわかります。2017年3月改正の現行のダイヤでは、日本海縦貫線北行き貨物が1日8本、南行きが1日7本秋田貨物駅に停車しています。

170630 2017/6/30 3番線ホームから北方向を見る
4本線路が見えますが、一番奥は1番線、切り欠きホーム、二番目は2番線、下り本線、三番目が貨物列車通過線、手前が3番線

秋田駅には貨物列車が通過しそうな線路が上り下り各1本ずつあります、下り(北方向)は2,3番線の間の線路、上り(南方向)は6,7番線の間です。観察した限りでは、北行き貨物も、南行き貨物も2,3番線の間の線路を通っていました。

Ef51021_170702 2017/7/2 10:27頃 羽越線から秋田駅に到着したEF510-21号機牽引コンテナ貨物列車

全ての列車が秋田駅で一旦、運転停車してから発車して行きました。

Ef510508_170702

2017/7/2 EF510-508号機牽引のコンテナ貨物

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2017/7/2 10:44頃、秋田貨物駅から秋田駅に進入するEF510-508号機牽引コンテナ貨物列車

2017年7月15日 (土)

秋田旅行 車両個別編 E751系 特急 「つがる」

秋田駅に出入りする在来線特急電車、2本目は青森特急「つがる」に使用されいるE751系です。

E751_a101_e7501 2017/6/30 E751系A-101編成 「つがる5号」として待機

E751_a101_e7501_3
E751_a101_e7501_4

1999年から2000年にかけて近畿車輛・東急車輌製造で6両編成3本が製造され、2000年3月11日のダイヤ改正で盛岡~青森間の特急「スーパーはつかり」で営業運転を開始しました。2002年12月1日、東北新幹線八戸延伸開業以降は主に特急「つがる」として八戸~青森~弘前間で使用されました。

2010年12月4日の東北新幹線の新青森開業以降は特急「つがる」は青森~秋田間の運転となり、2010年12月3日から2011年4月22日までは運用を離脱していましたが、4両編成に編成を短縮し、運用復帰しました。

E751_a101_e7511 E653系が1000番台改造でワイパーの停止位置を雪国仕様で縦位置にしたのに対してこちらは依然として水平位置で停止しています。

車体はE653系をベースにしたアルミニウム合金の大形中空押出型材を用いたダブルスキン構造で構成されており、高運転台、前照灯は着雪を考慮して高い位置に設置されており、列車名を表示する愛称表示器も備わっています。

外部塗色は「北東北の秋の紅葉」の紅色、青い海の色のブルーの細帯、稲穂の黄金色の黄色が配されています。

グリーン車は先頭車クロハE750形として半室が用意されています。

E751_a101
電気・制御関係機器はIGBT素子を用いたVVVFインバータ制御方式、主電動機、電動車ユニット構成はE653系と共通の方式となっていますが、交流20kV50Hz専用となっており、直流関連の機器は省略されています。暖房機器等は寒冷地対策として隙間風対策、床下配管の保護などが強化されていますが、青函トンネル用ATC-Lは準備工事に留まり、青函トンネル走行は不能でした。

製造時は6連で
1号車 クハE751 盛岡・弘前方先頭車 普通車68席 CP装備
2号車 モハE750-100 普通車72席 共用洋式トイレ 男子小トイレ 洗面所
3号車 モハE751-100 普通車72席 業務用室 パンタ・主変換装置
4号車 モハE750 普通車72席 共用トイレ・男子用トイレ・洗面所
5号車 モハE751 普通車72席 公衆電話 自販機
6号車 クロハE750 青森方先頭車 半室グリーン車 普通22席 G16席 車椅子対応トイレ・男子小用トイレ・洗面所・車内販売準備室・多目的室

2006年末から2007年初頭にかけて郡山総合車両センターに入場し、スカートの形状変更、足回りの耐寒耐雪強化改造がなされました。

E751_a101_170702

2010年12月4日の改正で運用を離脱した後、「スーパー白鳥」用789系とグリーン車位置を統一するため、方向転換、号車番号の変更がおこなわれ、モハ基本番台ユニットを除いた4連となり、2011年4月23日に運用に復帰しました。

E751_a101_170702_2 2017/7/2 つがる1号として発車を待つA-101編成

モハ基本番台ユニット6両は保留車となっていましたが2015年11月30日付けで廃車となりました。

2016年3月26日のダイヤ改正で青森車両センターが盛岡車両センター青森派出所に改組され、E751系全車12両は秋田車両センターに転属となりました。

E751_a103_170702 2017/7/2 秋田駅に「つがる2号」として到着するA-103編成

現行ダイヤにおける特急「つがる」の時刻は
             秋田   青森                         青森   秋田
つがる1号 2041M  837   1117   2号 2042M   905        1143
    3号 2043M  1241     1529       4号  2044M    1242        1528
         5号 2045M   1933      2217    6号  2046M    1602       1842

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2017年7月14日 (金)

秋田旅行 車両個別編 E653系1000番台 特急「いなほ」

秋田駅で撮影した車両、今回は常磐線特急フレッシュひたちから白新線・羽越線特急「いなほ」にコンバートされたE653系1000番台です。

E6531000_u101_170702_2 2017/7/2 「いなほ8号」に充当されるために秋田車両センターから秋田駅3番線に入線するE653系1000番台U-101編成

E653_k301_100323 2010/3/23 佐貫~牛久間 K301編成
2枚の写真を較べると1000番台改造で、電連の撤去、スカートの形状の変化、ワイパーの停止位置の違い、正面の発光装置の使用などの違いが分かります。

特急「いなほ」の運転開始は1969年10月のダイヤ改正からで、それまで80系特急気動車で運転されていた奥羽本線特急「つばさ」に181系特急気動車が投入されることになり、80系がコンバートされたのがきっかけでした。1972年10月には日本海縦貫線が全線電化され、「いなほ」も485系で運用されるようになりました。これ以降の歴史は拙blogでも2013年7月19日、および2013年7月20日の記事で纏めてあります。

E653系は今でいえば「ときわ」に相当する停車駅の多い「ひたち」で運用されていた485系を置き換えるために1997年、1998年、2005年と3次に渡り、導入された交直両用特急電車で日立製作所、近畿車両、東急車輛製造が製造を分担し、7両基本編成8本、4両付属編成4本の72両が主に特急「フレッシュひたち」として活躍しました。

JR東日本は”2012年3月のダイヤ改正において常磐線特急車両をそれまでの651系、E653系からE657系に置き換え、いわき~仙台間に新設される特急にE653系は転用すること”を2010年12月に発表しました。しかし、2011年3月11日に東日本大震災が起こり、さらに東京電力福島第一原子力発電所事故で常磐線の同区間は長期に渡り不通となり、同計画は白紙に戻され、E657系による2012年3月時点での置き換えは一部のみとなり、2013年3月のダイヤ改正で完全置き換えとなりました。

E653系7両編成の新たな転用先は485系で長らく運用されていた特急「いなほ」と決まり、2012年9月に発表、2013年6月26日には新潟支社からもプレス発表されました。7両基本編成を改造した1000番台として投入するというものでした。

一方、4両付属編成に関しては2015年3月14日のダイヤ改正で新潟~直江津~上越妙高・新井間に特急「しらゆき」が新設されるため、この列車に1100番台として改造投入されることになりました。

G_170702
E6531000_u108_160305_10 2016/3/5 勝田車両センター公開 U-108編成
いなほ用1000番台編成中、改造にあたって唯一組み換えが行われたU-108編成 この勝田車両センターの公開で展示されていました。

E653系の基本編成はスカーレット・ブロッサム(K301, K305)、ブルーオーシャン(K302,K306)、イエロー・ジョンキル(K303,K307)、グリーン・レイク(K304, K308)、の8本がありましたが、1000番台改造にあたり、K301~K307まではそのまま1000番台化改造(U-101~107)を受けましたが、K308編成はモハE653+E652-15ユニットのみと付属編成のK354編成が8本目の1000番台編成U-108に改造され、K308編成の両先頭クハと-16ユニットは「しらゆき」用H-204編成に転用されました。

E6531000_u101_170702_10 クロE652となった秋田寄り先頭車

またE653系にはグリーン車がありませんでしたが、1000番台転用改造では酒田・秋田よりの先頭車クハE652がグリーン車に改造されクロE652となりました。

改造工事全般では耐寒・耐雪構造を強化しており、
・スカートの強化
・スノープラウ・着雪防止装置の装着
・ワイパー停止位置を縦位置に変更
・台車上部ふさぎ板・空気バネカバー・高さ調整棒保護材を装着
・台車軸箱を一体型へ変更
・電動車制輪子を焼結型へ変更
・主要機器へ防雪カバー設置
・車端部に着雪防止ふさぎ板設置
・客室暖房を強化  となりました。

付属編成の併結運転はしないため、電気連結器は撤去されました。

E6531000_u101_170702_4 太陽は両先頭車の側面のみに描かれています。

外部塗装は日本海に沈む夕日と稲穂をイメージしたものとしました。

2017年3月改正の、現行のダイヤにおける

特急「いなほ」の運転形態は
         新潟  酒田  秋田                秋田  酒田  新潟
1号 2001M  827   1037    1204     2号 2002M                528      731
3号 2003M  1058      1305        4号 2004M               646       851
5号 2005M  1233      1439    1604   6号  2006M               901   1104  
7号 2007M  1501      1711    1841   8号 2008M  915      1047     1257
9号 2009M  1717      1931       10号  2010M   1258     1426     1633
11号 2011M  1904      2111       12号   2012M              1557     1801
13号 2013M  2120      2329       14号   2014M   1635    1804     2007

となっており、7往復中、3往復が秋田まで来ます。

一方、E657系に主役の座を譲った651系に関しては別の記事で触れる予定ですが、185系に代わって高崎・上越・吾妻線の特急「あかぎ」に投入されたり、1編成は小田原から伊豆急下田に乗り入れる「伊豆クレイル」用に改造されたり、さらには2017年6月23日付のプレス発表では常磐線いわき~竜田間の普通列車に投入されるとのニュースもありました。

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2017年7月13日 (木)

秋田旅行 車両個別編 標準軌対応 701系 5000番台

秋田駅で見ることのできる701系、3回目は秋田新幹線開業による田沢湖線の標準軌化で登場した5000番台です。

7015000_n5001_030126 2003/1/26 盛岡 N5001編成

1996年から1997年にかけて2連10本(N5001~N5010)が製造されました。

室内はボックスタイプのクロスシートを1両に4か所千鳥状に配置し、側窓は両開き扉間の4枚のうち中間2枚が大型1段下降窓となっています。客用扉にステップは設置されていません。

7015000_n5002n5008_170702 2017/7/2 N5002+N5008編成
角型の尾灯が上部ブラックフェイス部分に設置されているのが特徴的です。

外観的には後部標識灯が窓上のブラックフェイス部分に角形のタイプが装備されました。パンタグラフはシングルアーム方式、台車は標準軌用DT63、TR248形、冷房装置はインバータ方式のAU723形を搭載しています。

7015000_n5007_030126_2 2003/1/26 盛岡 N5007編成

帯色は青紫とピンクです。

時刻表を調べると田沢湖線のローカル電車の秋田直通運用はなく、秋田センターからの出入りで一旦、秋田駅新幹線ホームに入線し、大曲まで回送の後、運用に入るようです。

大曲~秋田間で臨時列車として運用された実績はあるとのことです。

7015000_n5008_170702 2017/7/2 N5008+N5002編成
秋田駅新幹線ホームに入る定期列車はすべて回送表示でした。

検査は全般検査も含めて秋田車両センターで実施されますが、機器更新などがある場合は、狭軌用の仮台車に履き替え、甲種回送で秋田総合車両センター(旧土崎工場)に入場することがあるそうです。

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2017年7月12日 (水)

秋田旅行 車両個別編 高頻度輸送のための701系 100番台

秋田車両センターの701系、狭軌対応車両には基本番台の増備として1994年から1995年にかけて土崎工場で製造された100番台が配置されています。

701100_n101_170630
701100_n101_170630_2 2017/6/30

N101編成だけがサハ701形を挟んだ3両編成で製造され、N102~N106編成は2連で製造されました。

701_n3_n101_170630 N3とN101の並び 後部標識等の高さの違いがよく分かります。

外観から区別できる形態上の変化は後部標識灯が200mm上方に移設されたことです。室内では吊皮の位置を下げ、数を増やしました。軽量化のため、蓄電池を鉛蓄電池からアルカリ電池に換え、制御回路用の補助電源をSIVに変更しました。

701_n102_101024_4 2010/10/24 N102編成以降は2連

新製配置当初は全編成秋田に配置され、基本編成と共通運用されましたが、山形新幹線の新庄延伸で山形~新庄間が標準軌となると1999年に2両編成(N102 ~N106)が仙台に転属となり、F2-100台として常磐線北部(いわき~仙台)で限定運用されました。その後、仙台の他の1000番台、1500番台と共通に東北本線黒磯~一関間で運用されるようになりました。

701100_f2102_060714 2006/7/14 岩沼
常磐線北部で活躍中のF2-102(N102)編成

2007年にF2-102編成がN102編成として秋田に戻り、2010年10月にはF2-103~F2-105編成もN103~N105として秋田に戻りました。2013年3月、N105編成は再び仙台に異動となっており、秋田で活躍中なのはN101~N104編成となっています。

701100_f2104_080730 2008/7/30 郡山 東北本線でも活躍 F2-104(N104)編成

701_n104_130809_3 N104編成 2013/8/9 酒田

仙台時代と秋田時代の写真を見比べると降雪量の違いなのかスカートの形状が違うことが分かります。

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2017年7月11日 (火)

秋田旅行 車両個別編 高頻度輸送のための701系 基本番台

秋田駅で撮影した車両シリーズ、今回は奥羽本線、羽越本線の旅客輸送を担う701系電車基本番台の話題です。

Ed75_786_7903 1979/3 鶴形~東能代

国鉄時代、奥羽本線や羽越本線のローカル列車には1920年代から1960年代にかけて製造された「雑客」と言われた旧形客車が使用されていました。これらの旧形客車は製造されて20年、40年が経過し、老朽化、陳腐化が進み、乗客の不評は顕在化し、さらに自動扉を持たないことから乗客や荷物の転落する危険性があり、保安上問題となっていました。

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動力近代化計画には矛盾するものの、機関車の余剰問題や、労働組合の反対(組合は余剰人員が発生するので電車化/気動車化には反対していました)などや、動力装置の不要から客車は低コストで製造可能なことで、1977年からは新系列客車として50系客車が製造され、従来の旧形客車を置き換えました。

しかし、客車列車は両端駅で機関車の付け替えを要すること運転上効率が悪く、またレ坊装置を搭載していないことも旅客サービス上の問題となっていました。

701_n1_151221_4 2015/12/21 千刈踏切 

701_n2_170702 2017/7/2
N1とN2編成はN-1,N-2とハイフン入りの編成標記となっています。

こういった客車列車の置き換えを目的として、2,3,4両編成を単位とし、JR東日本の交流区間の標準車両して1993年から2001年まで製造されたのが701系です。

701_n11 2015/12/22 蟹田 N11編成 川崎重工の特徴的な妻面 

<車体>
209系で採用された川崎重工業の2シート工法によるプレスを多用した軽量ステンレス構体を採用し、先頭部は貫通路付き切妻構造でFRP製の覆いが設けられています。客用扉は1300mm幅の扉を片側3か所に設置し、ステップを設けています。

701_n28_170702_7 2017/7/2 N28編成

側面窓は4連窓、中央2窓は2段上段下降式のユニットサッシ、窓寸法を極力大きくし、熱線吸収ガラスを使用してカーテンは省略しました。車端部は通常の1枚窓を設置しています。

701_n11_151222 2015/12/22 青森 N11編成車内の様子 トイレはクハに設置されています。

冷房装置は集中式AU710A形(冷凍能力38,000 kcal)を採用し、屋根上に1基搭載しました。

701_n28_170702_2

<電源・制御方式>
架線からの単相交流20 kVを主変圧器で降圧した上で、主変換装置で直流に整流、その後三相交流に変換して主電動機を制御するVVVFインバータ制御方式です。
主電動機は新開発のかご形三相誘導電動機MT65形 (125 kW) を搭載、209系のものを基本としましたが、小型軽量化され、耐雪構造となりました。主変換装置はパワートランジスタ (PTr) 素子 VVVF インバータを搭載し、GTO素子の209系と同様の制御方式です。補助電源装置には、0番台では電動発電機となっています。

運転室内には、各動力台車のON/OFFを個別に制御するためにNFBが設置されており、片方の電動動力台車に問題が起き、通常の運転が困難になった場合、問題のある方のスイッチを切り、1M方式を一時的に0.5M(片方の電動台車でのみ駆動)に切り替えることが可能となり、冗長性が向上しました。また、主変換装置も同じく個別制御できるように、NFBの設置が行われています。

パンタグラフは下枠交差式のPS104形、菱形式のPS105形、シングルアーム式のPS106形を搭載しています。

<ブレーキ装置>
電気指令式空気ブレーキを全車に標準装備しており、0番台の車両は抑速および発電ブレーキを装備し、屋根上に電力消費用の抵抗器を持っていました。秋田地区の一部車両は更新工事により、発電ブレーキで使用していた抵抗器が撤去され、1500・5500番台と同じ回生ブレーキ併用空気ブレーキ装置へ変更されました。

701_n14_101023_2 2010/10/23 弘前 N14編成

<台車>
209系で採用された軸梁式軽量ボルスタレス台車を基本に、床面高さを下げる(ステップとの段差を抑える)ため台車枠中心を下げた構造としたDT61A(電動車)と TR246A(付随車)を装備しています。

秋田地区には1993年3月から10月にかけて川崎重工業、およびJR東日本土崎工場で製造された

クモハ701+サハ701+クハ701の3両編成(N1~N13)13本 39両

クモハ701+クハ701の2両編成(N14~N38)24本 48両

が在籍しており、全車ロングシート仕様で製造されましたが、特急列車が消滅した奥羽本線新庄~大曲間のサービス向上のためN36~N38編成は千鳥配置のクロスシートに改造されました。

701_n38_170630_2 2017/6/30 N38編成

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2017年7月10日 (月)

秋田旅行 車両個別編 リゾートしらかみ HB-E300系気動車2代目「青池」編成他

昨日のHB-E300系リゾートしらかみ二代目「橅」に続いて、二代目「青池」編成などについても触れておこうと思います。

Hbe3021_170702 2017/7/2

この日は10:38発の快速リゾートしらかみ3号にHB-E300系二代目「青池」編成が使用されていました。この列車は弘前までの運転です。

Hbe3011_170702
この編成は2015年12月に青森・函館旅行した際に青森駅でも遭遇していました。

Hbe3021_151221_2 2015/12/21 青森

車体幅は2920mmで、腰部から下を絞った形状となっています。先頭車の前面は非貫通で、大きな一枚窓と、下部の左右にHID・ハロゲンシールドビーム各1灯ずつ計4灯の前照灯が配置されています。尾灯は赤色LEDで、窓上に角形のものが2灯配置されています。

Hbe3021_151221_3
Hbe3021_151221
Hbe3011_151221_3
側面は先頭車前位乗務員室扉の後方・展望スペース部分に1,800mm幅・HB-E300形100番台の半個室部分に1,200mm幅・それ以外の客室部分に950mm幅の窓が配置されています。いずれも固定窓で角にRが付けられています。

Hbe3011_151221_4
客用扉は3形式とも後位側に片側につき開口幅1,010mmの片開き扉が1か所あります。

Hbe3011_151221_2

初代「青池」編成は何度も登場していますが、1997年3月の秋田新幹線開業に伴い、1990年から五能線で運転されてきた50系客車による眺望列車「ノスタルジック・ビュートレイン」に代わるリゾート列車として登場しました。「青池」と命名されたのは2003年の「橅」編成の登場時でした。

170630 秋田駅の五能線コーナーに掲示されていた写真からDE10牽引のノスタルジック・ビュートレイン

141130_12 2014/11/30 常陸大子
クルージングトレイン化後

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在来のキハ48形「リゾートしらかみ 青池編成」のカラーイメージを踏襲し、日本海の水平線と青池をあらわす青色の濃淡と本系列の車両をイメージした銀色で彩色されています。

2017年7月 9日 (日)

秋田旅行 車両個別編 リゾートしらかみ HB-E300系気動車2代目「橅」編成他

秋田から青森に向かう「リゾートしらかみ」は6月から9月の週末、土日は3本運行されています。

 

Hbe300_170702_2

2017/7/2 リゾートしらかみ 1号 HB-E300系 橅編成

最初に出発する

快速リゾートしらかみ1号の停車駅と時刻は

秋田8:20発、追分8:32/8:33、八郎潟8:46/8:47,森岳9:01/9:02、東能代9:12/9:19、能代9:25/9:35、あきた白神9:57/9:58、岩館10:02/10:03、十二湖10:23/10:23、ウェスパ椿山10:35/10:35、深浦10:49/10:59、鰺ヶ沢11:45/11:47、陸奥森田11:58/11:59、木造12:04/12:04、五所川原12:11/12:12、陸奥鶴田12:19/12:19、板柳12:26/12:27、川部12:36/12:42、弘前12:49/12:53、新青森13:22/13:23、青森13:29

となっており、森岳駅は1/2号のみ停車、東能代でスイッチバック、能代と深浦で10分間停車、千畳敷駅は季節停車、北金ヶ沢は信号システムの関係で運転停車、川部駅、弘前駅でもスイッチバックのため、長時間停車となっています。

車両は7月2日の場合、1号がHB-E300系気動車「橅」編成、3号が同「青池」編成、5号がキハ48形「くまげら」編成でした。

Hbe3025_170702

 


Hbe3025_1707022HB-E302-5

HB-E300系気動車はJR東日本が開発した次世代型ハイブリッド気動車で最初に導入されたのは2010年に長野地区の「リゾートビューふるさと」、秋田地区のリゾートしらかみ二代目「青池」、二代目「」そして青森地区の「リゾートあすなろ」にも投入されました。

車体は台枠以外をステンレス材で構成した軽量ステンレス車体とし、先頭車の前頭部は普通鋼製としました。

 

Hbe3015_1707022「橅」編成は奥山清行氏がデザインを手がけ、白神山地のブナ木立が緑色のグラデーションによって表現されています。

機器・システムはDMF15HZB-G形直噴式直列6気筒横形ディーゼルエンジン(定格出力331kw(450PS)定格回転数2100rpm×1)でDM113形交流発電機(出力270KW×1)を回し、三相交流を発電、コンバータ(主変換装置C120形)で直流化し、動力用にはVVVFインバータで三相交流を作り出し、誘導電動機(MT78)を駆動します。一方、補助電源装置(SIV)と主回路用蓄電池(Liイオン電池MB1形15.2kWh/両)にもコンバータで得られた直流を利用しています。

従来車、キハ40形などとの併結を考慮して加速度は1.5km/h/sやキハ110形、キハE200形の2.3km/h/sを切り替えで対応可能となっています。

ハイブリッド方式とコモンレール式エンジンの採用で従来型キハ40形改造の「リゾートしらかみ」に較べ、燃費10%削減、窒素酸化物の排出量約60%削減、駐停車中の騒音20dBから30dB減となっています。

Hbe3015_1707023

台車は軸梁式軸箱支持装置を備えたボルスタレス台車で、1両あたり電動台車と付随台車を1台ずつ装備しており、HB-E301形・HB-E300形では前位に動力台車のDT75A形・後位に付随台車のTR260A形を装備している(HB-E302形では前後逆となっています)。

 

Hbe300_170702_3

        ←秋田・青森            東能代・弘前→
形式      HB-E301 HB-E300-100 HB-E300-0 HB-E302
自重       41.3t     41.5t     40.0t        40.3t
搭載機器   SIV,CP    SIV,CP    SIV,CP   SIV,CP

 

101023_2

201/10/23 弘前

 

101024

2010/10/24 千刈踏切

初代「橅」編成は2002年12月の東北新幹線八戸延伸に伴い展開された「北東北ディスティネーションキャンペーン」に合わせて登場しました。最初は3両で登場しましたが、2010年12月のダイヤ改正で旧「青池」の中間車キハ48 1543を改造の上、組み込み4連化されました。2016年7月15日をもって、二代目の登場により、引退しました。

 

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2017年7月 8日 (土)

秋田旅行 車両個別編 リゾートしらかみキハ48形「くまげら」編成

昨日の記事では秋田駅で見られる男鹿線用キハ40系気動車に触れました。今回からは、秋田~東能代(五能線)~川部~弘前~青森と運行されている観光列車「リゾートしらかみ」に使用される気動車、ハイブリッド気動車です。

最初は2006年3月18日のダイヤ改正でリゾートしらかみが3往復体制になるのに対応して第3編成として登場した「くまげら」編成です。

48_700_170702_18 2017/7/2 先頭からキハ48 704+1503+1521+703 後方から1~4号車
1号車 2号車 3号車 4号車                 
指定 ボックス 指定 指定

クマゲラ 熊啄木鳥 Drycopus martius はキツツキ目キツツキ科クマゲラ属に分類される鳥類です。我が国では東北地方のブナ林に生息し、アリ、昆虫、果実を主食にしています。

170630
48_700_170702_4
両先頭車はキハ40で、キハ40 515>キハ48 703、キハ40 520>キハ48 704と改造改番されており、後位側の運転台を撤去し、トイレ、洗面所、もしくは喫煙室を設置しました。中間車のキハ48 1521は元青池編成由来、さらに2010年12月のダイヤ改正でキハ48 1503を改造し、組み込み4連化されました。

48_700_170702_7
2~3号車の連結部分には運転台があります。下の青と緑のラインは「青池」や「橅」編成を意識したものだそうです。

48_700_170702_12
線形の関係で秋田を出発するときは最後尾、東能代から五能線に入ると先頭となるキハ48 703

48_700_170702_11
眺望を良くするために窓は上下が大きく取ってあります。(指定席)

48_700_170702_8
2号車のボックス席はコンパートメントスタイルとなっています。

101023
101023_2 2010/10/23 五所川原

以前に五所川原で遭遇したときはまだ3連でした。

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2017年7月 7日 (金)

秋田旅行 車両個別編 男鹿線用キハ40系気動車

昨日のEV-E801系の投入で、あと3年くらいで全廃が見えてきた男鹿線で活躍中のキハ40系の話題です。

170630

JR東日本は7月4日に八戸線用にキハE130系500番台、新潟、秋田地区(羽越、信越、米坂、磐越西、津軽、五能、奥羽)にGV-E400系電気式気動車2018年初(量産先行車)、新潟地区は2019年度、秋田地区は2020年度までに量産車を投入と発表しました(発表記事)。

40_547543_170630 2017/6/30 1番線ホームに入線中のキハ40 547+543

男鹿線で活躍中のキハ40系は秋田車両センターの所属で、同センターには緑の男鹿色、青の五能色、オレンジの首都圏色の車両が所属します。

キハ40 500, 1000, 2000

男鹿色 536, 541, 543, 544, 547, 569, 570, 575, 1006, 2018, 2019, 2088, 2089

キハ40形式は両運転台車で0番台は後にキハ08形に改番された旧形客車から改造されたキハ40形が存在したためで、北海道向け酷寒地向番台は101から始まりました。

40_547543_170630_2 キハ40 547+543

キハ40 500番台は東北地方向け、寒地仕様車で1977年末から製造が開始され、1982年までに94両が製造されました。デッキ付き、上段下降・下段上昇のユニット窓と空気バネ台車を装備しています。520までの初期車はDT44・TR227台車、521以降は窓配置が変更され台車はDT44A・TR227Aになりました。

40_2089_170702 キハ40 2089

キハ40 2000番台は関東以西の温暖地を対象に製造された一般仕様車で1979年から製造され、1982年までに148両が製造されました。側窓は二段上昇式ユニット窓で、デッキはありません。台車も金属バネのDT22D・TR51Cです。

キハ40 1000番台は烏山線用に国鉄時代の1986年11月末から1987年3月末の間に7両、1991年1995年に1両ずつJR東日本が改造したもので、トイレの撤去・吊り手、網棚の延長がなされました(関連記事)。同車に関しては、2016年3月以降、男鹿線運用からは外れ、五能線運用、さらには津軽線で運用されているそうです。塗装は首都圏色とのことです(こちらより)。

キハ48 500, 1500

男鹿色 507, 508, 517, 522, 537, 544, 1502,  1507, 1539

データはこちらから

40_569_48_522_40_570_170630
40_569_48_522_40_570_170630_4 2017/6/30 キハ40 569+キハ48 522+キハ40 570

キハ48 500番台はキハ40 500番台と同じ寒地仕様車で1979年から1982年まで製造され、デッキ付き、上段下降・下段上昇式ユニット窓と空気ばね台車を装備しています。便所付きが500番台(59両)、便所なしが1500番台(50両)です。

40_54754348_53740_2089_170702 2017/7/2 キハ40 547+543+キハ48 537+キハ40 2089

男鹿線の気動車は通勤時間帯などには結構混雑すると見え、こういった4連の編成も見かけました。

2017年3月の改正でEV-E801系(赤字)の投入で

列車番号 秋田発  男鹿着        列車番号  男鹿発   秋田着
                                                  1120D    515            612
                                                  1122D         611            709
1121D       539          634             1124D         653            758
1123D       646          742             1126D         751            850
1125D       742          839             1128D         851            947
1127M       843          940             1130M       1024          1122
1129D      1017       1113              1132D       1216          1313
1131D      1210       1305              1134D       1414          1512
1133M      1339       1438              1136M       1538         1639
1135D      1525       1627              1138D       1651         1750
1137D      1643       1739              1140D       1753         1852
1139D      1744       1842              1142D       1911         2009
1141D      1836       1935              1144D       2012         2109
1143D      1939       2035              1146D       2138         2234
1145D      2035       2131              1148D       2254         2350
1147D      2131       2227
1149D      2247       2343

13往復の運用になっています。

現在、EV-E801系は男鹿で到着後、44分と60分の折り返し時間(充電時間)が確保されていますが、DCの運用を置き換えた場合、現行のダイヤのまま置き換えると男鹿駅での折り返し時間が9分というケースがあり、ダイヤの見直しの必要があるかもしれません。
また、毎晩、男鹿駅に2編成逗留していることも分かります。

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2017年7月 6日 (木)

秋田旅行 車両個別編 EV-E801系

昨日の記事で2016年12月で男鹿線は全通100年を迎えたとことに触れましたが、その男鹿線、秋田駅関係で今もっともホットな話題は2017年3月のダイヤ改正で男鹿線に1編成投入された蓄電池電車EV-E801系ではないかと思います。

Eve801_170702_20 2017/7/2 2016年12月19日付けで秋田車両センターに配置されたG1編成

JR東日本は2014年3月15日のダイヤ改正において東北本線・烏山線(宇都宮~宝積寺~烏山間)に直流用EV-E301系量産先行編成1編成を投入し(関連記事)、3年間の試験を経て、2017年3月のダイヤ改正までに量産編成3編成が増備され、キハ40系気動車が置き換えられました(関連記事)。

男鹿線の場合は奥羽本線秋田~追分間は単相交流50Hz20kV電化であり、EV-E801系は、JR九州で開発されたBEC819系交流60Hz方式の蓄電池電車(Dual ENergy CHArge train からDENCHA)の50Hz版と耐寒・耐雪対応といったアレンジが施された車両と言った方が良いかと思います。

車体はアルミ合金製のダブルスキン構体で、アルミ型材を摩擦攪拌接合法で接合した一般構体部とアルミ型材と板材で構成された前頭構体部で構成されています。先頭車前面に貫通扉は設置されていますが、貫通幌はありません。

赤い車体は赤面(ジジナマハゲ)を意味し、青い車体は青面(ババナマハゲ)を意味しています。

Eve801_170702_21 正面妻面貫通扉上のマーク

Eve801_170702_22 客室扉の戸袋部分にはなまはげの顔のイラスト

Eve801_170702_23
連結側の車端部には三角形のシンボルマークとACCUMのロゴが表示されています。

制御方式は交流回生ブレーキ付きの主変換装置(PWMコンバータとVVVFインバータ)を採用し、主回路の構成はBEC819系と同じ仕様となっています。

Eve801_170702_9
床下にLiイオン電池72個直列のモジュールを3個並列に繋げた主回路用蓄電池が装荷され、総容量は定格電圧1598V、定格容量360kWhとなっています。クハの床下が蓄電池で占められるため、クモハに集電装置、主変換装置、交流遮断器、交流避雷器、主変圧器、補助電源装置、電動空気圧縮機が集約されています。

Eve801_170702_54
架線認識装置を搭載しており、急速充電中のパンタ上昇・下降制限、起動防止、非電化区間でのパンタ上昇防止、上昇のままの進入防止、架線の状態に合わせた集電電流値の制御も自動で行うようになっています。

補助電源装置はSIVで電化区間では主回路のPWMコンバータ―からのDC,非電化区間では蓄電池からのDCを利用して三相交流440kV73kVA、単相100V8kVA、DC100V8kWを出力しています。

主電動機は全密閉型三相かご型誘導電動機MT80形(出力95kWを4台)搭載しています。

台車は軸箱支持式円錐積層ゴム式空気バネ式ボルスタレス台車で動力台車はDT85形、付随台車はTR268形です。耐雪構造のため床を厚くしているため、車輪径は810mmとし、それぞれの前位台車には車輪の滑走防止用セラミック噴射装置が装備されています。

Eve801_170702
座席は10人掛けロングシートが4か所に配置され、ガラス製袖仕切り、

Eve801_170702_59
側窓は降下窓と固定窓の組み合わせとして、光線透過率の低いガラスを採用しています。

Eve801_170702_3
運転室はユニット構造の半室運転台となっており、側面に視認性向上のための小窓が用意されています。

現時点では1日当たり2往復となっており、

Eve801_170702_2
Eve801_170702_2_2
秋田車両センターを出発し、秋田駅3番線に入線する1127M(8:28頃)

Eve801_170702_4 3番線には8:43発の1127Mの乗車位置案内札が下がっています。

Eve801_170702_35 8:43に発車

追分までの18分間は交流電化区間を走行、追分9:01発で男鹿着9:40 非電化区間を走行 男鹿での折り返し時間に充電 44分
1130M 男鹿発10:24、追分 11:03着 非電化区間を走行 追分 11:05発 

Eve801_170702_51
11:22に秋田到着 

Eve801_170702_55
入線は切り欠きホームの1番線

Eve801_170702_64
充電中は転動防止のためか車止めがセットされていました。

13:39の1133M 男鹿着 14:38 15:38 男鹿発 1136M 秋田着 16:39 ともう一往復して、運用終了となるようでした。

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2017年7月 5日 (水)

秋田旅行 秋田駅のことなど その2 展示物

秋田駅に関する続編、構内の展示物に関してです。

2017年はJR東日本設立30周年及び同社の新幹線に関してはいろいろ記念すべき年て、

・1982年6月23日の東北新幹線大宮~盛岡間暫定開業から35周年
1982年11月15日の東北新幹線本格開業、上越新幹線大宮~新潟間開業から35周年
・1992年7月1日の山形新幹線福島~山形間開業から25周年
・1997年3月22日の秋田新幹線盛岡~秋田間開業から20周年、昨日の記事にあるように秋田駅の橋上駅化から20年、さらに1997年4月1日からは五能線経由の観光列車「リゾートしらかみ」も運転開始されました。
・2002年12月1日の盛岡~八戸間延伸開業から15周年

となります。

20_170630 2017/6/30 秋田新幹線20周年、リゾートしらかみ登場20周年、そして秋田駅橋上駅化20周年の電飾

また昨年2016年は軽便鉄道として1916年12月16日に船川軽便線が全通してから100周年でした。因みに同線は1922年9月2日に船川線と改称され、1968年4月1日、船川駅を男鹿駅と改称、線名も男鹿線となりました。さらに2004年9月17日には「男鹿なまはげライン」となりました。

100_170630 男鹿線全線開通100周年と蓄電池電車ACCUM EV-E801系導入の幟

100_170630_2 なまはげの姿が浮かび上がる電飾

170630 男鹿線のシンボル「なまはげ」のレプリカ

さらに新跨線橋には土崎工場(現 秋田総合車両センター)で製造された9両のD51の製番9号のD51554の煙室扉、ブレーキ弁、汽笛と1/5模型が展示されています。

D51_554_170630
D51_554_170630_3
D51_554_170630_2

さらに大館機関区設立52周年を記念して、1952年に製造されたD5152号機の1/10スケールの模型も展示されています。機関区の研修技術力のアピールの目的で製造されたミニSLで国鉄小型蒸気として東北各地を走ったそうです。

D51_52_170630_3 本物のD5152号機はナメクジスタイルですが、こちらは標準スタイルでした。

メトロポリタン口のそばには、「リゾートしらかみ」初代「青池」編成を模した五能線の風景を再現した鉄道模型のコーナーもありました。

170630_2 2017/6/30

141130 2014/11/30 常陸大子 キハ48 533+540 水郡線イベントにて クルージングトレインになった後

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2017年7月 4日 (火)

秋田旅行 秋田駅のことなど その1 駅の構造

1996年5月以来21年ぶりの秋田訪問、しかも今回は初めての秋田新幹線を利用しての訪問となりましたが、まずは新幹線による時間短縮効果を感じました。

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170630 2017/6/30 駅名標と駅名由来の説明
所在地は秋田市中通七丁目1-2

これまでの秋田・能代の父の実家への訪問を思い出してみると

1963年夏 (小学校2年)上野から寝台夜行急行「鳥海」で秋田へ、秋田から能代へ
父親と急行鳥海の寝台車を利用しましたが、幅52cmの10系寝台車のベッドに二人はお互いに大変だったと思います。秋田駅で茶色のボディに黄色い線のDF50の姿が記憶に残っています。

1965年夏(小学校4年) 上野から臨時急行「みちのく」で仙台へ、仙台で七夕見物の後、盛岡、花輪線、大館経由で能代へ
常磐線経由ということで正規の「みちのく」より空いている臨時「みちのく」があるとのことで1時間前に出発する臨時に乗りましたが、平の先でC62牽引の「みちのく」が豪快に抜いていったのを憶えています。盛岡からの花輪線、十和田南と大館で二度方向がかわる多層建てDC急行の旅でした。

1969年夏(中学校2年) 行程、不明
1971年夏(高校1年) 上野から急行「おが」で秋田経由、帰路は福島飯坂温泉に宿泊、福島ではキハ81先頭の「つばさ」を目撃し、東北本線は上野までEF57牽引の急行でした。

1974年3月 記事 臨時特急「つばさ51号」 函館から連絡船、583系ゆうづる」で帰京

以後、1978年6月以来、現地でクルマがあった方が便利とのことで、東北道で盛岡、仙岩峠越え、秋田経由で能代へ、東北道の進展で鹿角経由、あるいは秋田道の開通で秋田経由に 春休み、夏休みに家族で訪問 1993年夏まで

往復クルマでなかったケースは

1975年夏 北海道旅行の帰りに、青森から能代訪問、20系寝台特急「あけぼの」で帰京
1989年12月 仙台の学会のあと、東北新幹線初乗車で盛岡へ、特急「たざわ」で東能代へ、「いなほ」+上越新幹線で帰京
1990年夏 往路はクルマ、能代で1歳になる直前の長女が嵌頓(かんとん)(鼠経ヘルニア発症)で急遽、飛行機で帰京
1996年5月 秋田空港経由で初めて空路で往復 レンタカー使用 でした。

宿泊はいつも能代だったため、秋田市に宿泊したのも今回が初めてでした。能代から日帰りで秋田市内は何回か訪問しました。

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秋田駅は1902年10月21日、官設鉄道奥羽北線、五城目~秋田間の開通で仮設駅扱いで開業したのが始まりで、1905年8月1日に本駅舎が完成、1961年9月1日に民衆駅として改築、秋田ステーションデパートも開業しました。
1997年3月16日、秋田新幹線開業(3/22)の直前に「光と風の駅」をコンセプトに橋上駅舎がオープン、さらに1999年7月29日に東西連絡自由通路「ぽぽろーど」、駅ビル「トピコ」がオープンしました。上の写真にも見える「日本海のうねり」や秋田の山並みをモチーフにした波形の屋根は、2002年に東北の駅百選に選ばれました。

ホームは4面10線 2015年のデータで乗車人員は10933人/日でした。
場所的には秋田新幹線で盛岡から127.3km(東京から662.6km)、奥羽本線で福島から298.7km、羽越本線で新津から271,7km

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2000年に東西自由通路「ぽぽろーど」は西口広場を跨いで西口の商業施設とつながりました。

170630_3 2017/6/30 中央改札口
右側のピンクの改札口が新幹線ホームへ、左側のグリーンの改札口が在来線ホームへ 構内でもそれぞれの連絡改札口があります。新幹線ボームは11/12番線、在来線ホームは1~8番線まであります。

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国鉄時代からの跨線橋(北跨線橋)につながる在来線ホーム1,7,8番線やステーションデパート口改札(現メトロポリタン口)への連絡とのため、跨線橋を繋ぐ連絡通路があり、男鹿線や五能線の紹介コーナーとなっています。

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旧ステーションデパート口(現メトロポリタン口)有人改札口

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在来線7/8番ホームと新幹線11/12番ホームは中央で区切られており、南側が標準軌、北側が狭軌となっており、奥羽北線方面から秋田に着いた乗客、あるいは新幹線で到着した乗客が7/8番線から発車する奥羽北線列車に乗り換える場合は同一レベルで改札を通り乗り換えることが出来るようになっています。

Northern_station_gate_open_20174_17
2017年3月25日、JR秋田支社ビルが完成、秋田新幹線開業20周年、4月1日に西口駐車場ビル開業、トピコの改装オープンを記念したキャンペーンのポスター(ポスターを見ただけでは何のことか意味不明ですが)。

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2017年7月 3日 (月)

秋田駅、他での鉄道撮影 概要版

2泊3日の秋田旅行から、無事戻りました。

鉄道撮影的な収穫は秋田駅でのスポッティング、初日の夕方、2日目の早朝、3日目の午前中で、いずれも入場券で2時間の制限時間内に、秋田駅に発着する数々の列車を撮影することができました。
一方、観光的には、レンタカーを利用して、男鹿半島、能代市、鳥海山の麓の象潟を訪問しました。

E6_z10_170702 2017/7/2 秋田駅に進入するE6系 Z10 7両編成

電車 新幹線 E6系

E751_a101_170702 2017/7/2 3番線で出発を待つE751系 「つがる1号」 A101 4両編成

E6531000_u101_170702 2017/7/2 「いなほ8号」使用のために3番線に入線するE653系1000番台U101 7両編成

電車 在来線 特急型 E653系1000 「いなほ」 E751系 「つがる」

701_n8_170702 2017/7/2 
奥羽南、北線、羽越線ローカルとして活躍する701系基本番台

7015000_n5008_170702 2017/7/2 改軌された田沢湖線でローカル運用に活躍する701系5000番台 N5008+N5007編成

電車 在来線 ローカル 701系 0番台 100番台 5000番台(標準軌)

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Dsc05616 2017/7/2 3月のダイヤ改正で男鹿線用に1編成投入されたACCUM リチウムイオン電車 EV-E801系 烏山線に本格投入されたEV-E301系の交流版

Dsc05255 2017/6/30 男鹿線用キハ40系DC キハ40形の2連、キハ48組み込みの3連、4連など各種の編成パターンがあります。

Dsc05566 2017/7/2 HB-E300系 「橅」編成

              
気動車   キハ40形 48形 (男鹿線)  リゾートしらかみ「くまげら」
       HB-E300系 リゾートしらかみ 「青池」「橅」

Dsc05442 2017/7/1 EF510-510

機関車 JR貨物 EF510 基本番台 500番台

保存車両 

D51 554 煙室扉 模型 秋田駅跨線橋
D51 370 土崎街区公園
D51 232 大森山公園

駅舎などの撮影

土崎駅 男鹿駅 能代駅  などでした。

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2017年7月 2日 (日)

速報版 秋田旅行 その2 E6系 秋田新幹線「こまち」

秋田旅行、東京~秋田間の往復はE6系秋田新幹線「こまち」号です。

Dsc05205 2017/6/30 東京

現行の2017年3月改正のダイヤでは、2013年3月16日から「スーパーこまち」として投入されたE6系7両編成(Z編成)が、東京~盛岡間の東北新幹線はE5系、H5系と併結で最高時速320kmで運行され、盛岡~秋田間<田沢湖線(盛岡~大曲)、奥羽本線(大曲~秋田)>は最高速度130kmにて運行されます。

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こまち13号の停車駅と営業キロ、時刻は
東京 0km    10:20
上野 3.5km   10:26
大宮 30.3km  10:46
仙台 351.8km 11:52/11:54
盛岡 535.3km 12:33/12:35
雫石 552.9km 12:49
田沢湖 579.4km 13:11
角館 600.0km 13:25
大曲 618.5km 13:37
秋田 670.2km 14:08   で、東京~秋田間の所要時間は3時間48分です。
かつて上野発、福島、板谷峠経由の特急「つばさ」の時代を思うと隔世の感があります。

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Z-8編成

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15号車の座席がアサインされましたが、新幹線といっても在来線特急規格のため、2+2の配置で、床や通路扉には稲穂が描かれていました。

東京を出発後、上野、大宮には停車しますが、その後仙台までノンストップ、そして盛岡とE5系「はやぶさ」との併結で快走します。

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盛岡で新函館北斗行き「はやぶさ13号」と分かれると、東北新幹線の高架を右手に見ながら、田沢湖線へと下って行きます。速度が落ち、単線区間に入ったと思うと

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大釜駅で運転停車、上り「こまち」号との列車交換待ちとなります。
1989年12月に新幹線になる前の田沢湖線で盛岡から東能代まで特急「たざわ」に乗車したことがありますが、まさにこの区間では新幹線車両が在来線特急になったという感じです。

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田沢湖の駅名標は前後で路線が分岐しているように見えますが、これは雫石、角館が「こまち」号の停車駅、赤渕、刺巻がローカル701系5000番台の停車駅となります。

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角館はちょっと凝った武家屋敷の街の駅の雰囲気が出ています。

Dsc05231 大曲では上り「こまち22号」と行き違い、こちらが後から到着して、先に発車

大曲は大仙市の駅となり、線形の関係で、進行方向が逆転します。車内の様子をみると、盛岡までほぼ満席だった乗客は1/3程度になっていますが、あと一駅で終点秋田ということでシートの向きをかえる乗客はなく、「みんなで逆向き」状態で秋田に向かいました。

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大曲から秋田までは新幹線標準軌と奥羽本線狭軌の単線併走という形になりますが

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併設されている軌道を見ると、3線区間もあります。これは神宮寺駅~峰吉川駅間で新幹線同士の交換のため、狭軌側を3線にしてあるとのことです。

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東京から3時間48分で秋田駅に到着致しました。1996年5月以来、21年振りの秋田駅になりますが、中央改札口や西口駅前のビルを結ぶ通路が出来ていたこと、道路では千秋公園の壕の下を抜け、東西の駅出口を繋ぐ自動車専用道路が出来ていたのが大きな変化でした。

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2017年7月 1日 (土)

速報版 秋田旅行 その1 「あずさ2号」で東京駅へ

6月30日から、7月2日までの予定で、秋田県に旅行に来ています。

今回の旅行は、家内と家内の母(87歳)の3人連れの旅行です。

初日は東京駅までの朝の中央線快速の混雑を考慮して、国分寺から立川まで一旦戻り、「あずさ2号」で東京へ、東京から「はやぶさ・こまち13号」(東京発10:20)で秋田へ(14:08着)、といった行程でした。

能代が私の父親の郷里であり、秋田へは1996年5月以来となりますが、これまでは秋田空港を利用しておりましたので、秋田新幹線を利用しての来秋は初めてとなりました。

初日は秋田駅でのレンタカーを借りだし、横手、湯沢方面へドライブと考えていたのですが、疲れもあり、ホテルへ直行、私は秋田駅にスポッティング、家内は先週公園散歩、義母はホテルで休息となりました。

<一橋学園から東京へ>

私ひとりの旅行だったら、中央線快速の混雑など気にせずに東京駅に向かうのですが、87歳の義母の体力を考慮しての行程、国分寺から一旦、立川に向かい、立川で8:41発の「あずさ2号」(5052M)で東京に向かうことにしました。この列車、松本を6:08に出発して、新宿に9:12、東京に9:26に到着する中央線の上り1番列車の長距離列車で、E257系9連に2連の付属編成を連結した11連で、

E257m112_2_170630
自由席は3,4,5号車でした。立川駅から乗車する人も結構あり、自由席は立川出発時点で満席、デッキにも立ち客がいるほどでした、家内と義母には追加料金を払い、2号車指定席に移って貰いました。

E257m112_2_170630_2_2
新宿駅でかなりの人が下車したので、新宿~東京間は私も着席することが出来ました。

E257m112_2_170630_2  
E257m112_2_170630_10
私も立川~東京間で特急車両に乗車するのは初めてで、さらにE257系も今回初めての乗車となりました。

中央快速線内で線路内に落としものがあり、その回収のために前を走る車両が遅延し、東京着は10分ほど遅れての到着となりましたが、まずは問題なく、東京駅新幹線ホームまで到着となりました。

E257_m103_160418 2016/4/18 千駄ヶ谷

東京駅に到着したE257系11連は、折り返し運用には入らず、三鷹あたりまで回送されるようです。

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