« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月31日 (火)

三岐鉄道 801系 851系

三岐鉄道三岐線で現在活躍する車両、電車はいずれもかつて西武鉄道で活躍した車両で元701系、元401系、元新101系を改造した801系、101系、851系、そして751系です。

まず、801系は801F, 803F, 805Fの3編成在籍します。また、台車が異なるため別系列となった851系が存在します。

803_170806 2017/8/6 大矢知 803F

801F1989年、それまで三岐線で活躍していた元西武501系編成の置き換えのため、廃車となった779F4連を3連化し、塗装変更まで所沢工場で行い譲渡となりました。3連化の手法はクハ1779の車体を乗務員室直後で切断、パンタの無い、モハ779の寄り妻部分に接合というものでした。クハの台車はモハ701形からのFS342(国鉄DT21相当)になり、、MGは種車の150KVA、CPはAK-3 2基となりました。MGは後に120VAに換装されました。
801F: クモハ801-モハ802-クハ1802

803_170806_2 2017/8/6 西藤原 803F

803F1992年771Fに同様の改造を施し、登場しました。

851f_1881_170804 2017/8/6 近鉄冨田 851Fの新たなクハ

851f_170804 2017/8/6 近鉄冨田 851Fのクモハ

851F1995年、冷房改造に際して6連化されていた789Fを種車に本川越より3両(モハ701-89・モハ701-90・クハ1790)のモハ701-89の妻面にクハ1789の前頭部を接合する改造が施されました。この編成は電動車を含めた全台車をFS372・FS072にしたため、別系列となりました。
851F: クモハ851-モハ881-クハ1851

2013年に脱線事故でクハ1851が廃車となり、部品確保用に購入してあった元新101系クハ1238を整備して、クハ1881として連結しました。当然、編成の前後で顔がおことなる編成が誕生しました。

1881_1802_170806 保々駅の冨田よりに車両基地があり、休息をとる車両が見えます。

805F1997年781Fに同様の改造を施し、登場しました。ただ、このときの改造では余剰の電動台車なかったため、クハの台車はFS072のままとなり、クハはクハ1852となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月30日 (月)

三岐鉄道三岐線の歴史

2017年8月の愛知・三重方面の旅行、三岐鉄道北勢線と四日市あすなろう鉄道と我が国に残る貴重なナローゲージ鉄道を見てきましたが、今回からは三岐鉄道三岐線について触れようと思います。こちらも小さい頃から慣れ親しんだ西武鉄道の車両が多く活躍する路線であり、訪問が楽しみな路線でした。

                    Sangi logomark.svg

三岐鉄道の社章 本社は四日市市富田三丁目22番83号

まずはこの路線の成り立ち、辿ってきた歴史について見てみようと思います。

三岐鉄道の社名は三重と岐阜(関ヶ原)を結ぶことを目的したことに由来するもので、鉄道事業は小野田セメント系の鉱山関係の企業であったため、三重県の鉄道が一時、近鉄の経営傘下に入った時代でも独立を保ちました。

1927年3月、当初は浅野セメントが藤原鉄道、小野田セメントが員弁鉄道として鉄道敷設免許を申請しましたが、11月に藤原鉄道として一本化されました。

0_140812 2014/8/12 富田 三岐線の0キロポスト

下付された免許の区間は(四日市市 - 不破郡関ケ原町間、四日市市 - 三重郡塩浜村間、員弁郡大長村 - 三重郡富田町間、三重郡三重村 - 同郡川島村間)でした。

会社は1928年9月20日に設立、社長は三重県の実業家伊藤伝七が就任し、取締役は浅野セメントや小野田セメント関係の重役が名前を連ねました。後に浅野セメント、小野田セメントは現在の太平洋セメントになります。

1931年7月23日に三岐線富田~東藤原間、12月23日には東藤原~西藤原間が開業しました。三岐線は26.5km 軌間は1067mm

170806 東藤原を過ぎると車窓はセメント工場一色に

1932年、小野田セメント藤原工場が操業を開始し、1933年1月より、セメントを出荷し始めました。

1935年6月26日、四日市起点1.1km-保々間及び連絡線の免許が失効
同年12月13日、起業廃止(許可)(四日市 - 四日市起点1.1km間、三重郡常磐村 - 同郡川島村間)

1937年、西藤原~関ヶ原間の免許は失効し、同区間の延伸は断念されました。

1952年12月1日、国鉄四日市駅まで旅客列車直通運転開始。

1954年3月29日、全線電化、貨物列車で電気機関車使用開始。

1956年12月25日、電車運転開始。

1970年6月25日に、近鉄連絡線、三岐朝明信号場~近鉄富田間、1.1kmが開業し、旅客列車は近鉄富田駅に乗り入れを開始しました。

Ctc_170806 2017/8/6 保々 CTCセンターと車両基地はこの駅に

1974年4月1日、富田・近鉄富田~東藤原間でCTC化。

170806_2 朝明信号所のポイント 左がJR富田方面、右は近鉄富田方面

当初、この連絡線の建設に国鉄富田駅前の商店街は反対したため、完成後も国鉄富田駅への旅客列車は継続されましたが、近鉄富田駅への利用者が圧倒的に多いことから、1985年に旅客列車の発着は近鉄富田駅に統一されました。

170806_2_2 2017/8/6 西藤原駅駅舎

2001年開業70周年を記念して、西藤原駅に蒸気機関車のテーマパーク「ウィステリア鉄道」をオープン。

2003年4月1日、以前の記事にあるように近畿日本鉄道から北勢線(西桑名~阿下喜)間を譲り受け営業を開始しました。北勢線は20.4km 軌間は762mm

Dsc07430
2003年9月15日、貨物鉄道博物館が丹生川駅に隣接して開設されました。

三岐線は全線単線、直流1500V電化の路線で、富田~東藤原間でセメントを中心とした貨物輸送が行われていますが、かつては西武鉄道、秩父鉄道、樽見鉄道でもセメント輸送が行われていましたが、西武鉄道が1996年、秩父鉄道・樽見鉄道が2006年に廃止したため、現在も継続中なのは三岐鉄道のみとなっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月29日 (日)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車の登場前から活躍している車両

昨日の記事の書き出しで触れましたが、内部・八王子線近代化で260系が登場する前から活躍しており、260系登場後も活躍している車両とは、
ク110形・サ130改造サ120形、そしてモニ220改造サ120形です。

114_170806 2017/8/6 四日市 
ク115引退後、残された1両として活躍を続けるク114

まず、ク110形・サ130改造のサ120形は1950年代初頭に三重交通に在籍していた種々雑多な木造客車の代替・陶太を目的として1954年サ360形半鋼製車体の付随車として製造されました(北勢線の記事で登場しました)。同形式は8両が製造されました。

114_170806_2 ク114の車内 編成はモ264-サ122-ク114

ナニワ工機が開発した車両で丸みが多い準張殻構造の軽量車体で、同社は当時、奈良電気鉄道デハボ1200・1350形、下津井電鉄モハ102・クハ22など、日本各地の地方私鉄に車両を供給しており、同じ関西の帝国車輌と協力体制を確立して納期等の調整を行っていたことが伺われます。

122_170806 サ122の外観 西日野

122_170806_2 サ122の車内

構体は全溶接構造の鋼製ですが、窓下にウィンド・シルと呼ばれる補強用の帯板があり、内装および床板は木製です。

設計段階で将来の制御車への改造を想定して2位より(内部・八王子より)に乗務員室が設けられ、標識灯が妻面車掌台側窓下に1灯埋め込み式で取り付けられていたそうです。

124_170806 内部駅構内に切り離されて留置されていたサ124

側窓は上段Hゴム支持固定窓、下段上昇式の所謂、バス窓でした。屋根は雨樋を高い位置に設けた張り上げ屋根構造で側扉上部には水切りと呼ばれる小型の雨樋が設けられました。

座席は全車、ロングシート仕様です。

124_170806_2
台車は住友金属工業の一体鋳鋼側枠装備の軸バネ式台車を履き、これは本来気動車用の台車で下津井電鉄クハ22・23でも同様の台車が採用されたそうです。

1965年の三重電気鉄道の近畿日本鉄道への吸収合併でこれら8両はサ130形131-138に改番されました。

近鉄内部・八王子線には3両、北勢線に5両という配置になりましたが、サ131・133は従来の乗務員室部分を撤去し、260形に準じた構造の運転台ユニットが取り付けられ、四日市より妻面には貫通路が設置されました。

内装も260系に準じてメラミン樹脂化粧板とアルミ型材による近代的な仕様に全交換、側面幕板部への車外スピーカーの設置、HG-583Mrb電動発電機とDH-25空気圧縮機を搭載、ブレーキを中継弁付きのACA-Rへ交換、台車も新製のKD-219Eへ交換されるなど、構体を流用しただけでほとんど新造に等しい大改造が実施され、塗装が特殊狭軌線新標準色に変更されたこともあり、かろうじて側面窓がバス窓のまま残されている以外は面目を完全に一新しました。

ク110形1152017年6月1日の営業運転をもって引退しました。

サ120形に関してはモニ220形から改造車とク110形への改造を漏れたサ132があり、同車はサ124に改造され編入されました。
この際の改造メニューは他形式に準じ、構体を残して総ばらしを行い、内装の軽合金製部品による不燃化、貫通路および車外スピーカーの設置、乗務員室撤去と乗務員扉部分の埋め込み、ブレーキのATA-R化などが実施されましたが、台車はオリジナルの住友金属工業製が残されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月28日 (土)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車 ク160形 サ180形

昨日のモ260形に続いて、今回は同時期に新製されたク160形、さらにモ260形とサ160形の中間車として従来のサ120形の置き換えのために新製されたサ180形を紹介します。

161_170806 2017/8/6 日永

161_170806_2 ク161の車内、ワンマン化に伴う運賃表示器の設置

昨日の記事で近鉄時代の1982年から1983年にかけてモ260形が5両、ク160形が3両新製されたと書きましたが、モとクの両数が異なるのは、この時点で在来車の完全な陶太は考えず、三重交通時代に造られた比較的経年の浅い車両は引き続き使用する方向を意味していました。

161_170806_3 ク161の車内

この時に1949年製のモニ220形を電装解除してサ120形1954年製サ130形(旧三重交通サ360形)に260系とおなじ運転台ブロックを取り付けてク110形、もしくはそのまま更新工事を実施してサ120形にし、自動ドア化などの改造を実施して引き続き使用しました。

161_170806_4
サ180形は四日市あすなろう鉄道移管後の2015年に新製されましたが、軽便鉄道の車両新製は下津井電鉄2000系の27年振りのことだそうです。2015年9月27日より、モ261ーサ181-ク161の3両編成で運転を開始しました。

162_170806_2 2017/8/6 内部

従来車のモ260形・ク160形は車体の屋根・外板・床面・ドアエンジンなどの老朽化が著しい部分を全て新造交換して乗務員室寄りの側扉は乗務員扉のすぐ後ろへ移設しました。サ180形の客室扉は車端側に点対称配置の片側1扉としています。各車両の側窓はすべてUVカットガラスの固定窓とし、一部の窓を内折れ式の開閉窓としています。

163_170806 内部工場内にいたク163

サ180形はク160形と同等のペデスタル式軸箱支持装置を備えた金属バネ台車のKD-219H形を新製して装着しました。

181_170806
182_170806

2016年鉄道友の会ローレル賞に選定されています。

サ180を加えたリニューアル編成の諸データ

車両定員    
モ260:75名→62名
サ180:50名
ク160:75名→62名

自重     モ260:13.6t→18.8t
サ180:13.0t
ク160:12.0t→16.5t

車体長    
モ260:15600 mm
サ180:11,460 mm
ク160:15,600 mm

車体幅    
モ260・サ180・ク160:2,106 mm

車体高    
モ260:3,775 mm
サ180:3,160 mm
ク160:3,190 mm

車体材質    
モ260・サ180・ク160:普通鋼

台車
モ260:KD-219C
サ180:KD-219H
ク160:KD-219D

電算記号 U

モ261-サ181-ク161(2015年9月リニューアル)
モ262-サ182-ク162(2016年8月リニューアル)
モ263-サ183-ク165(2017年9月リニューアル、ク165は新製)

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月27日 (金)

四日市あすなろう鉄道 近鉄260系電車 モ260形

近鉄260系が導入されるまで内部・八王子線には現在の近鉄湯の山線を開業させた四日市鉄道1928年に導入した軽便鉄道用荷物合造のデ50形制御電動車が長らく動力車として使われていました。同形式はその後、デハニ50形を経てモニ210形になりました。先日触れたモハニ50形~モニ220形同様、直接制御式で、総括制御運転は出来ず終端駅での入換えを必要としました。

261_170806 2017/8/6 内部 内部駅を発車して四日市に向かうモ261先頭の編成

1982年、内部・八王子線の開業70周年にあたり、同線の近代化が進められ、近畿車輛で1982年から1983年にかけて四日市向き制御電動車モ260形(2代目)261-265の5両、内部・西日野向き制御付随車ク160形161-163の3両が製造されました。

車体は北勢線の270系を基本とする15m級全金属製車体で、客用扉は片開きとなりました。

261_170806_2 ハイバックタイプの座席になった261の車内

264_170806_2 264の車内は従来タイプのシートです。

車内は通路を挟み、各1列ずつ固定クロスシートが並びます。登場当初は近鉄一般車と同じマルーンにオレンジの警戒色が入ったスタイルでしたが、2004年からパステルカラーとなり、261はクリームとブルーに、

262_170806_2 2017/8/6 四日市駅

262はクリームとライトグリーンに263はグリーン一色に、

264_170806 2017/8/6 四日市

264はライトベージュ一色に、

265_170806_3 2017/8/6 内部車庫

265はオレンジ一色に塗り替えられました。

駆動装置は吊掛け駆動方式で主電動機は主電動機は三菱電機製MB-464AR(端子電圧750V時定格出力38kW)、制御器は16段の進段数を備えた1C4M制御の三菱電機ABF-54-75MA関節式抵抗制御となっています。

台車は近畿車輛製で、270系に採用されたKD-219・219Aの使用実績を基にさらなる軽量化を目的として設計された、ペデスタル式軸箱支持装置を備えた金属バネ式のKD-219系台車となりました。

ブレーキは新造当初、中継弁付きのA動作弁によるAMA-R自動空気ブレーキが採用されていました。

補機類のCPおよび補助電源装置は、、いずれも各車の重量平均化による最大軌道負担力の軽減を目的として、モ260形ではなくク160形に搭載され、直流100V(20Ah)のアルカリ蓄電池も搭載されました。

1989年に内部線および八王子線でワンマン運転が開始されるに伴い、ワンマン対応化され、近鉄では初のワンマン運転対応車両となりました。

新造時に使用されていた自動空気ブレーキの部品製造打ち切りに伴うA弁の保守困難などから、保安性向上を名目として1994年から1995年にかけてHSC電磁直通ブレーキへの換装工事が実施されました。

262_170806 262車内、天井の様子 沿線の写真も掲示されています。

製造当初はナローゲージ車両向けの冷房装置がなく非冷房で製造されましたが、四日市あすなろう鉄道移管後の車両リニューアル工事の際に冷房化工事も実施されました。車端部にCU47形床置冷房装置2台が設置されました。さらにラインデリアを配し、冷風を車内全体に行き渡らせるためにダクトが設置されました。電源はサ180形の床下に冷房用の補助電源装置であるNC-WBT55A形静止インバータ(出力55kVA)1基を搭載して、編成全車の冷房化を可能としました。これに伴い、リニューアル前にク160形に搭載されていた補助電源装置は撤去されました。

主電動機は絶縁強化を施した三菱電機MB-464AR3に変更、主回路配線も変更され、絶縁強化が図られました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月26日 (木)

四日市あすなろう鉄道になった内部・八王子線の歴史

ナローゲージ続きで、今回からは現在は近畿日本鉄道と四日市市が主要株主で四日市市が第三種鉄道事業者、四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者として運行している内部・八王子線について触れようと思います。

170806 2017/8/6 近鉄四日市駅高架下の空間にあるあすなろう四日市駅ホーム

いつものようにまずはその歴史から見てみます。

馬車鉄道やそれに準じる鉄道として公共の運輸を目的に道路に敷設する鉄道に適用される法律に軌道条例がありますが、これが制定されたのは1890年(明治23年)8月23日でした。1911年12月28日に設立された三重軌道1912年10月6日、軌道条例に基づいて南浜田駅 - 日永駅間を開業しました。1913年5月16日には諏訪前駅 - 南浜田駅間、1915年12月25日には四日市市駅 - 諏訪前駅間が開業しました。

170805 2017/8/6

1916年7月19日三重鉄道が新たに設立され、三重軌道が設置した上記の路線は廃止され、1910年4月21日に公布、8月3日から施行された軽便鉄道法1900年から施行された私設鉄道法が厳格すぎて敷設出願がほとんどなかったため、手続等を簡略化し、地方鉄道の建設を推進するためとされています)に基づいて同区間は軽便鉄道として開業しました。鉄道を敷設営業する際に、何を根拠に営業しているかが重要なようで、軌道から鉄道への乗り換えには設置法に基づいた組織替えが必要なことが分かります。

170806_2
1922年6月21日には鈴鹿支線として日永駅-内部駅間が開業、1928年1月29日には現在の近鉄名古屋線の前身である伊勢電気鉄道の桑名延伸(泗桑線)に際して、四日市市駅 - 諏訪駅間を廃止し、路線敷を伊勢電気鉄道に譲渡しました。

1944年2月11日、以前にも出てきましたが戦時統合で三重鉄道他6社が合併して三重交通が発足、湯の山線、八王子線を合わせて三重線となりました。内部線の名称が制定されたのは同年3月1日でした。

170806_3
1956年に四日市市内でカーブが連続していた名古屋線海山道駅 - 川原町駅間の経路を変更した折、内部線の起点が諏訪駅から近畿日本四日市駅(現在の近鉄四日市駅)に変更されました。この時、かつて伊勢電気鉄道に譲渡した区間は、三重鉄道の後身の三重交通に返還されずに廃止となりました。その後、1964年2月1日三重電気鉄道を経て1965年4月1日に近畿日本鉄道への吸収合併で同社の路線となりました。

170806_4 内部・西日野方面の線路

経営状態が芳しくないことから近鉄は2012年8月21日四日市市などに対してバス転換、BRT:bus rapid transit方式を提案しましたが、四日市市は鉄道による存続を望み、2013年9月27日、公有民営方式での存続で合意しました。

2015年4月1日から四日市市が第三種鉄道事業者として鉄道施設や車両を保有し、新会社四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者としてそれらを同市から借用して運営しています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月25日 (水)

三岐鉄道北勢線 北勢鉄道モハニ50形→モニ220形保存車モニ226

三岐鉄道北勢線の車両の話題、最後は阿下喜駅横の軽便鉄道博物館に復元展示されているモニ220形モニ226の話題です。

170806 2017/8/6 阿下喜

阿下喜駅の横に建つ軽便鉄道博物館 北勢線に乗った日はちょうど開館日でした。

1931年7月8日、北勢線の路線の六石~阿下喜間が延伸され、全線電化開業しました。これに合わせてモハニ50形モハニ50~55の6両と電気機関車20形20・21が名古屋の日本車輛製造本店で製造されました。

226_170806 モニ226号

1944年2月11日の三重交通への統合では、松坂電気鉄道からのモニ201形(旧デ31形)、四日市鉄道からのモニ211形(旧デハニ51形)に続くモニ221形モニ221-226が附番され、改番されました。

1949年3月に同型のモニ227-229の3両が追加製造され、227が北勢線、228・229が三重線に配置されました。

車体は11m級の半鋼製、内装は木製、座席はロングシートです。

三菱電機KR-8直接制御器に同じく三菱電機MB-216ARという当時の軽便電車用モーターとしては比較的大出力の主電動機を2基ずつ組み合わせて永久直列とし、これら2組を抵抗の挿抜を組み合わせた上で直並列制御する、路面電車並みの直接制御車です。電車と言えども総括制御ではなく、機関車のように付随客車を牽引し、両端駅で入換えを行う方式の運用形態が採られました。モーター出力の関係から付随車4両まで牽引することが可能でした。

Dsc07291
台車は日本車輌製造NKC-1が採用され、リンク支持の板バネによる枕バネを備える軸バネ式台車でした。

ブレーキはシンプルな非常弁付き直通空気ブレーキ(SMEブレーキ)が採用されました。

電化後の北勢鉄道の主力として活躍し、1934年以降の北勢電気鉄道、1944年以降の三重交通北勢線、1964年以降の三重電鉄北勢線、1965年以降の近畿日本鉄道北勢線時代も他線に移ることなく使用されました。近鉄時代に形式称号がモニ220形になりました。

昨日の記事にあるようにモ4400形(現200系)1971年に非電装化された際には牽引車として活躍しました。

Dsc07290
1977年270系が投入され北勢線の電動車に余剰が出るとモニ225-227の3両は内部・八王子線に転属となり、モニ221-224は221/223の電装を解除、荷物室を廃止し、西桑名より妻面に貫通路を設けて阿下喜向き片運転台式制御車ク220形ク221、223へ改造され、モニ222,224は荷物室を廃止、方向転換の上、阿下喜寄り妻面に貫通路を設置し、西桑名向きの片運転台式制御電動車とし、両形式を背中合わせに連結し、ク221+モ222、ク223+モ224の2両固定編成2本となりました。

この際にモ222,224は制御装置を総括制御方式のHL-8Sに交換、ブレーキは中継弁付きのAMA-RおよびACA-Rブレーキとし、ドアエンジン設置、サービス電源としてMGを搭載、台車はク220形はNKC-1Aとし、CPをク220形に搭載し、重量増加を抑止しました。

前照灯も従来のケーシング内で横並びとする方式でシールドビーム2灯化されました。しかし、内装の更新はなされなかったため、老朽化が目立ち、1992年8月に運用を終え、9月に廃車解体されました。

一方、内部・八王子線に転属したモニ225-227の3両は1982年の近代化で260系が入線するとモニ225,226は1983年に廃車、227-229はサ120形サ121-123への改造が進められました。

このときに廃車されたモニ226は2008年まで四日市スポーツランドに保存されておりましたが、後に三岐鉄道阿下喜駅に移送され、復元作業ののち、2011年11月より、一般公開されるようになりました。

2012年10月25日に最初の記事をupしてから、早いもので5年の歳月が流れました。これからも話題の続く限り、このBlogを続けて行くつもりです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月24日 (火)

三岐鉄道北勢線 三重交通モ4400形→200系

先日の記事で登場した垂直カルダン駆動の画期的な車両、モ4400形も後年、北勢線に転籍し、現在も北勢線で活躍中です。

202_170806 2017/8/5 在良

この車両は3車体連接車として新製され、4401(M-1)-4401(T-1 )-4401(M-2)となっています。各車体とも普通鋼製準張殻構造でノーシル・ノーヘッダーの10m級車体でした。。前面形状は1959年8月登場時の流行を反映して湘南型2枚窓となっています。前照灯は屋根中央に白熱灯が1灯、流線型のケーシングに納められて半埋め込み式で取り付けられ、標識灯は左右下部に振り分けて角形のものが各1灯ずつ取り付けられていました。

座席はロングシートで、運転台は半室式、室内灯は直流点灯による40W環状蛍光灯が各車4基ずつ取り付けられていました。当初の車体塗装は三重交通の標準色である、車体上半分がクリーム、下半分がグリーンの2色塗り分けであり、、この塗装は2013年10月29日より北勢線開業100周年記念の一事業として復活しています。

主電動機は1958年に志摩線向けとして製造されたモ5400形の仕様を踏襲し、駆動システムとして神鋼電機が開発した垂直カルダン方式を採用しました。このため、同社製TBY-23]を主電動機として4401(M-1)・4401(M-2)の運転台寄り台車に各2基ずつ軌道面に対し垂直に裝架しました。

この特徴的な駆動システムは狭い空間に無理をして収めてあった上、整備時には事実上完全分解を行う必要があるなど保守上難点が多く、カルダン駆動化によるメリットをそれらのデメリットが上回っており、本形式が製造からわずか12年で電装解除される原因となりました。

制御器は間接式多段自動加速制御器である日本車輌製造NCA電動カム軸式制御器が採用され、4401(M-1)に搭載されました。これにより、スムーズな加速と同線初の総括制御運転が実現し、折り返し時の編成入れ替え作業が不要となりました。

ブレーキは制御器による発電ブレーキとは別に、空気ブレーキとして非常弁付き直通空気ブレーキ(SMEブレーキ)に発電・抑速制動を付加した、SME-Dブレーキが採用されました。

277_170806 2017/8/5 在良 後部には同色に塗られた270系が併結されていました。

三重線では収容力の大きいことから看板電車として重用されました。1964年の改軌で北勢線に転籍し、1965年4月1日の三重電気鉄道、さらに近鉄合併でモ4400形4401(M-1)・4401(M-2)がモ200形201・202に、サ4400形4401(T-1)がサ100形101に改番され、塗装も近鉄一般車標準のマルーン1色塗りとなりました。

垂直カルダンのメンテナンス問題は解決しなかったため、1971年に電装解除されることとなり、モ200形201・202が運転台撤去され、サ200形201・202に改造されました。それ以降、直接制御式のモニ220形に牽引されて使用されていましたが、1977年からの北勢線近代化の際に新造のモ270形と総括制御の固定編成を組むことになり、サ202の運転台が復活、ク200形202に改番されました。この際に以下の改造がなされました。

・ク202の前面形状については、中央の行先表字幕を挟んで左右にシールドビーム式の前照灯を各1灯設置した他、電装解除後も残されていた標識灯も左右各2灯ずつの標準型に交換するなど、モ270形に準じたものに変更しました。
・サ201の旧運転台側に前面窓を閉鎖の上で貫通路を設置。(後に妻面に小窓が設けられました)。
・電動発電機のHG-583Mrbへの交換に伴ってサービス電源が交流化されたことから、直流点灯方式の環状蛍光灯からストレート型のカバー付き交流蛍光管各4灯に変更しました。
・ブレーキを従来のSMEからACA・ATA自動空気ブレーキへ変更しました。

2003年の北勢線の近鉄から三岐鉄道への移管に伴い、本形式も同社籍へ編入され、ワンマン化対応工事が施工され、運賃箱の設置、運転台背面仕切の改良が行われました。その後、黄色を基調とする新塗装への塗り替えおよびシートモケットの張替え(従来の赤色→青色基調へ)、床敷物の張替え(従来の赤色→灰色基調へ)が実施されました。現在では、北勢線各駅への自動券売機・自動出改札システム導入の進展により、運賃箱は撤去されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月23日 (月)

三岐鉄道北勢線 三重交通サ2000形→140形

先週、18日に旅先の福井で家内と旅行中だった義母が死去するという突発的な事件があり、わたくしも急遽、福井に向かい、簡単な葬儀を行い、小平に戻ったため、Blogに空きが出来てしまいました。福井へはHDDを持たずに向かったため、それ以降のアップが出来ませんでした。一方で、久しぶりの福井訪問で福井鉄道やえちぜん鉄道の写真を写す機会もあり、それらは後日、アップします。

170805 2017/8/5 近鉄四日市高架線から分岐する湯の山線

三岐鉄道北勢線の車両の話題を再開します。今回は三重交通がサ2000形として世に出した電車です。

現在、近鉄の路線になっている湯の山線(営業キロ数15.4km)は四日市鉄道1913年に軌間762mmのナローゲージの軽便鉄道として開業した路線でした。免許が交付されたのは1910年1913年6月1日に川島村(現在の伊勢川島)~湯の山(現在の湯の山温泉)間が開業、同年9月24日には諏訪~川島村間が開業、さらに1916年3月5日には四日市~諏訪間が開業しました。1919年に四日市駅は四日市市駅に改称されました。1921年11月1日、四日市市~湯の山間が電化されました。

1927年11月29日、四日市市~諏訪間が廃止され、伊勢電気鉄道に跡地が譲渡されました。1931年3月18日、四日市鉄道が三重鉄道に吸収合併され、三重鉄道となりました。1944年2月11日、三重鉄道ほか6社が合併して、三重交通が発足、内部・八王子線と合わせて三重線となりました。

1956年9月23日、名古屋線四日市付近の経路変更(後日、近鉄四日市駅の記事で触れる予定です)で諏訪~中川原間が廃止、、近畿日本四日市~中川原間の新線が開業しました。1959年、架線電圧をDC600Vから750Vへ昇圧。

141_170806 2017/8/6 阿下喜 ク141

1964年2月1日、三重交通が鉄道事業を三重電気鉄道に分離譲渡。3月1日、軌間を762mmから1435mmに改軌、架線電圧をDC1500Vに昇圧し、内部、八王子線との直通運転を廃止しました。1965年4月1日、近畿日本鉄道が三重電気鉄道を合併しました。

三重交通の時代の1959年に湯の山温泉の観光開発を目的として導入したのがモ4400形と呼ばれた新型電車で、当時最新の垂直カルダン駆動機構を装備していました。しかし、特異な駆動機構のため保守には難渋し、1編成で製造が終了してしまいました。

145_140812_3 2014/8/12 西桑名 ク145

当時の三重線系統には木造客車も多数残存しており、それらの代替は急務でした。そこでモ4400形の設計を流用した付随車を量産し、これらを置き換えることにしました。こうして1960年から1962年にかけて名古屋の日本車輛製造本店でサ2000形2001-2007の7両が製造され、1964年に上記のように湯の山線が改軌されると内部・八王子線には輸送力過剰であったので、全車北勢線に転籍し、近鉄合併後はサ130形に続いて、サ140形141-147に改番されました。

143_170806 2017/8/6 阿下喜 ク143

1977年からの北勢線近代化後は総括制御運転と編成の固定化が実施され、141-145は270形と同型の運転台が新設され、制御車ク140形41-145となりました。奇数番号141、143、145は西桑名側に運転台が新設されHG-583Mrb電動発電機とDH-25空気圧縮機が追加搭載されてモ270形と固定編成を組んだのに対し、偶数番号の142・144は阿下喜側に運転台が新設され、従来同様に1両単位での増結用車両として用いられました。

143_170806_2 2017/8/6 阿下喜 ク143 車内

143_170806_3 2017/8/6 阿下喜 ク143 運転席

全車についてブレーキ弁のSTEからACA-R・ATA-R自動空気ブレーキへの改造が施工されました。1991年よりA動作弁の補修部品が入手難となったことから、保安性向上も兼ねてHSC電磁直通ブレーキへ空気ブレーキを再改造、この際台車もブレーキ系が改造され、NT-7Kとなりました。

142_170806 2017/8/6 阿下喜 サ142 右隣の130形と比べて妻面が丸くないことが特徴

ク142・144は三岐鉄道移管後の2003年には運転台を撤去して再度付随車に改造されてサ140-1形142・144となり、3両編成の中間に追加挿入されて4両編成の中間車となっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月19日 (木)

三岐鉄道北勢線 三重交通サ360形→130形

現在、北勢線で活躍するクハ130形、サハ130形は三重交通時代の1954年にそれまで在籍していた種々雑多な木造客車を代替、淘汰する目的で製造されたサ360形をオリジンとしています。

134_170806 2017/8/6 楚原
西桑名を出発したときは良い天気でしたが、楚原を過ぎたあたりで突然の大雨が降りだしました。交換した編成の先頭車はクハ134でした。

準張殻構造、軽量車体設計を基本とする半鋼製車体で、4両ずつ2回に分けて発注され、ナニワ工機が361, 362, 365, 366を帝国車輛が363, 364, 367, 368を製造しました。

構体は全溶接構造の鋼製ですが、平滑なノーシル・ノーヘッダー構造とはならず、窓下にウィンドウ・シル(補強用帯板)が取り付けられ、内装および床板は木製です。

136_170806 2017/8/6 阿下喜 中間車に再改造された136
右端のルーバーは据え置きタイプのエアコンです。

台車は住友金属工業の一体鋳鋼側枠を持った軸バネ台車が装着されました。ブレーキは非常弁付き直通空気ブレーキ(STEブレーキ)が採用されました。

当初は三重線に投入されました。

1965年の三重電気鉄道の近畿日本鉄道への合併で、サ130形131-138に改番され、1977年の北勢線近代化では、編成の固定化が実施されました。このときにサ133は内部・八王子線に転属しました。

サ134・136は制御車に改造されク134・136になりました。ク136は1991年に再度、付随車に改造されました。

(身内に不幸があり、急遽、福井へ行かなくてはならなくなったため、明日から、数日アップが出来なくなります。戻り次第、再開します)。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月18日 (水)

三岐鉄道北勢線 近鉄270系電車

三岐鉄道北勢線には7編成24両の車両が在籍しており、日々の運用をこなしています。

全ての車両が高速化改造工事を受け、冷房化改造工事も進行中です。
現有形式は
270系
140系
200系
130系
 で、270系は、電動車それ以外の車両は付随車で、各編成は電動車1両と付随車から組成されます。

273_170806 2017/8/6 西桑名

阿下喜に向けて出発を待つ270系モ273。北勢線の編成は阿下喜寄りがモ、それ以外は付随車といった構成になっています。

273_170806_2 編成のうち、モ273には冷房が無いため、運転士氏は暑いと感じられる方は2両目以降にお乗りくださいとアナウンスされていました。

270系は近鉄が1977年に導入した車両です。

172_170806 2017/8/6 馬道

西桑名を出て次の馬道では272~172編成との交換がありました。線路幅の関係でATS機器は軌間外に設置されているため、車上子もそれに合わせて設置されています。

制御電動車モ270形として271~276の6両が、さらに制御車ク170形として171・172の2両が近畿車輛で製造されました。間接式制御器が搭載されたため、重連総括制御が可能になりました。編成は固定編成化されたため、両端駅での機回し作業も省略でき、北勢線の近代化に大きく貢献しました。

273_170806_3 軽便軌道ですから当然、車内も狭く感じます。

車体は機器を含めた軽量化を徹底させたため、762mm軌間の車両としては最長の15m級となり、全金属製の車体となりました。側窓は2段式ユニット窓として腰板の窓袋をなくし、客用扉はサイズこそ小さいものの両開き扉が採用されました。室内はロングシートで、冷房設置は見送られましたが、三菱電機製ラインフローファンが搭載されました。

台車は軽量化のため、プレス構造の側枠を採用し、揺れ枕を省略した軸ばね式台車、電動車KD-219、付随車219Aです。

主電動機は三菱電機MB-464AR(端子電圧750V時定格出力38kW)で、モ270形の各軸に吊かけ式で4基搭載されました。

273_170806_5 阿下喜に到着した273~173編成

制御器は三菱電機ABF電動カム軸式制御器です。ブレーキは新造当初中継弁付きのA動作弁によるAMA-R自動空気ブレーキが採用されていましたが、部品製造打ち切りに伴うA動作弁の保守困難などから、保安性向上を名目として1991年以降HSC電磁直通ブレーキへの換装工事が実施されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月17日 (火)

三岐鉄道北勢線の歴史

2017年8月の愛知・三重旅行の話題、前回は養老鉄道養老線について触れました。今回からは同じく近鉄傘下の時代を持つ三岐鉄道北勢線です。

同線は日本では数少なくなった762mm軌間のナローゲージの路線です。その歴史と現在、使用されている車両について形式ごとに触れて行こうと思います。

我が国では1909年(明治42年)に軽便鉄道法が公布され、全国で鉄道敷設の気運が高まりました。員弁川沿線の各町村においてもその気運が高まり、1912年には富田軽便鉄道と北勢鉄道が免許取得合戦を展開し、北勢鉄道が取得、1912年8月10日、会社が設立されました。

140812 2014/8/12 西桑名

路線データ

路線距離(営業キロ): 20.4km
軌間: 762mm
駅数: 13駅(起終点駅含む)
複線区間: なし
電化区間: 全線(直流750V)
閉塞方式: 自動閉塞式
運転最高速度: 45km/h

1914年4月5日に大山田(現・西桑名)~楚原間14.5kmが762mmの軽便軌道で開業し、1915年には桑名町(後の桑名京橋)~大山田間0.7km、1916年には楚原~阿下喜東(後の六石)間4.6kmが開業しました。17年後の1931年7月に六石~阿下喜間が開通し、全通となりました。このときに電化も完成しました。

170806_2

1934年6月に社名が北勢電機鉄道に改称、1940年の陸軍統制令の公布により、三重県下の自動車輸送事業、鉄・軌道運送事業の合併が推進され、1944年2月には三重交通が発足し、三重交通北勢線となりました。1964年2月に三重電気鉄道となり、1965年4月1日に近鉄との合併で近鉄北勢線となりました。

車両面では終戦直後、利用者増で電動車、付随車が多く投入され、近鉄時代には新造車が19両投入されました。

170806
しかし、利用減が続き、近鉄は沿線自治体、県と協議し、沿線自治体から三岐鉄道による運行依頼を近鉄が受け入れ、2003年4月から「三岐鉄道北勢線」となりました。

170806_3 2017/8/6 阿下喜

鉄道事業だけでなくこうした関連グッヅの販売も力を入れています。

員弁川を挟んで左岸・右岸にほぼ並行して北勢線と三岐線が走っていますが、この2線の輸送量、かつては北勢線の輸送量が三岐線の輸送量より圧倒的に多かったそうです。これは北勢線の沿線開発の進み具合、起点駅、桑名と冨田の規模の差と思われていました。しかし、1975年以降、北勢線の輸送量は減少を続け、三岐線の輸送量の6~7割程度になってしまいました。これは三岐線が近鉄冨田に乗り入れたこと、列車のスピードアップ、冷房化、パークアンドライドの充実が功を奏したものとされています。北勢線ではこういった利用者増の取り組みが行われて来ませんでした。

1977年から78年にかけて新車導入、信号自動化、ATS新設、西桑名駅移転などの大規模近代化工事が実施されても輸送量の低下は止まりませんでしたが、三岐鉄道移管後、列車のスピードアップ、車両の冷房化、パークアンドライド施設の拡充がなされ、輸送量は2005年度以降、上昇傾向にあるそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月16日 (月)

速報版 福岡県を旅行中 3日目

今回の福岡旅行、宿は2日目の行程と、いつも福岡や小倉に泊まるのでたまには違う土地に泊まってみるかと言うことで、折尾から最初の快速停車駅である、赤間駅側のホテルに泊まりました。

と言うことで3日目は赤間発5:34の初電でまず香椎まで行きました。香椎は過去に何度も駅撮りで鹿児島本線の列車を撮影したことのある駅で、中線があるため上りも下りも撮影しやすい構造の駅です。

Img_5924 2017/10/15 香椎
民営化されてJR貨物が関門用に増備したEF81 454号機も今は鹿児島まで運用されるように。

Img_5940 EH500-45号機 コキ26両1300t列車が福岡ターミナルまで来れたのはEH500のおかげで、45号機は関門用として門司機関区に最初に配属された機関車。
全般検査は大宮工場で施工されるため、山陽~東海道~北陸~上越~高崎経由で大宮へ

Img_5950 中線を通過する68号機牽引の上り列車 空コキが目立ちました。

早朝は福岡ターミナルに向かう貨物も数本写せるダイヤとなっています。また上り小倉方面の通過列車は中線を通過するところもユニークです。約2時間、ここで撮影してから博多へ向かいました。

Dsc00223 2017/10/15 博多
オレンジ塗装の783系:今年3月18日に登場した783系リニューアル車両、「そこはもうハウステンボス」をコンセプトにした水戸岡鋭治氏のデザインだそうです(情報)。

Dsc00230 どうせ回収されてしまう切符なので、購入直後に写真に収めておきました。

いよいよ博多から博多南まで新幹線車両による在来線扱いの列車に乗ります。片道の料金は300円で内訳は乗車券200円、特定特急券100円です。ICカードには対応していません。

Dsc00231 博多南行き列車の案内板
ホームが8両分しかないため、16両編成は入線できません。現在は500系や700系レールスター編成が対応しています。

Dsc00233
9:21発の列車でしたが入線してきたのは500系V3編成でした。

Dsc00257

思えば500系新幹線に乗るのも初めてした。

Dsc00270
博多総合車両所が開設されたのは博多開業の前年の1974年7月、沿線の宅地開発が進み、1990年4月1日に博多南線の開業で博多南駅もオープンしました。

この駅から車両所正門までは歩いて15分、シャトルバスも出るとのことでしたが、バスを待っていると30分以上かかるとのことなので歩くことに。

Dsc00468
確かに雨の降りしきる中でしたが歩いて15分ほどで正門前に到着、10時前でしたがすべに多くの人が入場待ちをしていました。

Dsc00477 2017/10/15 着発線に並ぶN700A系, 700系車両群
こういった並びを間近で見られるのはここだけでしょうか。

博多総合車両所は着発線(車両駐車場)と工場部からなっており、今回公開では本部の建物内部で模型や指令装置の展示、本部棟屋上からの眺望、そして工場部では0系先頭車、Win350先頭車、100系Gひかり2階建て食堂車内部公開、ドクターイエローT5編成の展示などがありました。詳細編では何回かに分けて紹介する予定です。

博多南駅12時47分発のRail Star編成で博多へ戻り、空港に向かいました。雨降りで屋根の無い展望デッキは辛いので手荷物検査もさっさと済ませ、搭乗口でスポッティングをして、15:55発のSFJ50便で羽田へ。

(10月16日にアップしたものに10月17日に写真を添え、アップデイトしました。)

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月15日 (日)

速報版 福岡県を旅行中 2日目

昨年の同じ時期、幡生の下関センターの公開に参加したときは一泊もせず、往復とも夜行高速バスの超ハードスケジュールの旅でしたが、今回は2泊するので、2日目は

1 クルーズトレイン「ななつ星in九州」を撮影する。
2 筑豊本線に導入されたデンチヤを記録する。
3 九州北部に保存されている車両に会いにゆく
をテーマにしました。

まず、クルーズトレイン「ななつ星in九州」ですが、JR九州のWEBサイトを調べるとその紹介のページに運行日、運行時刻が載っています。8月26日から、12月23日まで、そして来年1月6日から2月24日まで土日は1泊2日コースで長崎方面に向かい、9:58に博多を出発のスケジュールです。

Dsc09882
出発の約30分前に博多駅に到着すると既に発車予定の5番線ホームには光沢マルーン塗装に包まれたDF200-700077系7000番台客車7両、さらには黒色塗装のDE10 1753号機が待っていました。

Dsc09894
配置は機関車・客車とも大分車両センターですが、博多出発の際は竹下から牽引されてくるために先頭には黒塗りのDE10 1753号機が牽引役を務め、既に切り離されていました。
各車両の写真も収めました。

Img_5873
Img_5886 2017/10/14 博多

定刻に汽笛一声を発してマルーンの列車が静々と出発して行きました。

Dsc09789 黒崎の桃園公園のD51244号機

Dsc09826 2017/10/14 黒崎 3009

黒崎では直方に至る筑豊電気鉄道が経営する路線でかつて西鉄北九州線との相互乗り入れも行っていたため、今でも路面電車スタイルの車両が走っています。

Dsc00093 筑前垣生のC11260号機

まるで全検を終えて出場してきた機関車のようにピカピカだったC11260号機
蒸機ドームは丸く、砂箱は角型の変形機、デフレクターは門鉄タイプ。

Dsc00165 遠賀川総合運動公園の78626号機
前照灯の欠落とナンバープレートがレプリカなのが残念

Dsc00116 遠賀川が日本海に注ぐ河口の街 芦屋高浜公園に保存されているD60 61号機
こちらも門鉄デフレクターが似合っています。

Dsc00046 直方市石炭記念館

直方駅から南方へ線路に沿って小高い丘の上に建つかつての石炭産業関係者が会議を持った建物を利用しており、筑豊の石炭採掘、若松までの輸送、八幡官営製鉄の歴史の勉強ができます。保存機は見えているコッペル32号機、そしてC11131号機が保存されており、石炭輸送用貨物車も保存されています。

Dsc00045 2017/10/14 直方 400形 404

手前の線路には筑豊本線、福北ゆたか線、平成筑豊鉄道が走っています。

そして「デンチャ」の話題です

Dsc00061 2017/10/14 直方 充電中?

正式にはBEC819系で近郊形交流用蓄電池駆動電車。「"D"UAL "EN"ERGY "CHA"RGE TRAIN」の頭文字をとった「DENCHA」の愛称が与えられています。烏山線のEV-E301系(DC版)に続き、交流版で初めて蓄電池走行を可能にした車両で、男鹿線のEV-E801系はこの車両で得られた技術をベースにしています。折尾から先の筑豊本線若松までは無架線区間をパンタを下げて走行します。

Dsc09761
折尾駅に停車中のBEC819系と817系、上方の架線はここで終わっています。
BEC819系は若松まで直通可能です。

最後は遠賀川駅です、ここはかつて日本陸軍芦屋飛行場を接収した進駐軍が建築資材、燃料、ジープ、トラックなどを輸送するために専用線を建設し、芦屋線と呼ばれました。米軍基地の返還とともに1961年に廃止されました。また石炭全盛時代、沿線の中小炭鉱から掘り出される石炭輸送のために室木線がありましたが、1985年バスに置き換えられ廃止されました。

Dsc00157 2017/10/14 改札口等はすべて閉鎖された遠賀川駅舎

そういった歴史のある遠賀川駅ですが今年8月30日、駅構内のたい焼き店付近から出火し、駅舎が全焼しました。

Dsc00183 海老津よりに設置された臨時改札口

(10月15日にアップしたものに10月16日に写真を添え、アップデイトしました。)

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月14日 (土)

速報版 福岡県を旅行中 1日目

今回は15日、日曜日に新幹線博多車両基地にて開催される基地公開に参加するために、福岡までやって来ました。

今回は往復とも飛行機です。

Dsc09589
往路は羽田10:20発スターフライヤー(SFJ)45便で羽田の搭乗口は701番のバス搭乗口でした。搭乗機(JA09MC:A320-214)はTerm2ビルからD滑走路に向かう途中にある駐機場のSpo1に駐機されていました。以前、北九州往復に利用したことがあり、今回で3回目です。

Dsc09595
かなり前にスケジュールを決め予約しておき、窓際席をアサインしてありましたが、天候は雨、RWYD-05から離陸、FL380上昇後はこんな景色で、福岡到着直前に志賀島が見え、九州大学貝塚キャンパスや福岡貨物ターミナル上空を通過し、RWY16に向かってアプローチするのが確認できました。

Dsc09598 2017/10/13 FUK JA02FJ Embraer ERJ-170-100 (ERJ-170STD) cn17000289

福岡空港到着後、1時間ほど、天気は良くありませんでしたがスポッティングをしました。
羽田空港や成田空港では見ることの無い機体にも遭遇しました。特にこのフジドリームエアラインズは静岡空港を拠点に北海道、九州、名古屋小牧から青森、花巻、山形、新潟、出雲、高知、北九州、などに路線を展開していますが、東京羽田、成田へは未就航なので収穫でした。

Img_5821 B-5176 Boeing 737-86N cn34258 ln2096 "Silver Peony" special colours Nov 2010
シャクヤク特別塗装ですか。

Dsc09628 2017/10/13 筑前前原 103系1500番台 E17編成

103系1500番台 国鉄時代にブルーのいでたちで交流電車の走る九州地区に唯一の直流国電6両編成9本が投入されたのが1982年のことで、JR九州になり、4本(E11~E18)が先頭車化改造後3両ずつに分割され、3両編成は筑前前原~西唐津間専用になりました。後述の305系の登場で地下鉄乗り入れ用103系1500番台はリタイアし、この区間用の3連のみが最後の奉公をしています。

Dsc09645 2017/10/13 筑前前原 303系 K03編成

下山門~筑前前原間が複線化された2000年1が22日のダイヤ改正で列車の増発に対応して303系が3編成新製投入されました。

Dsc09649 2017/10/13 筑前前原 305系 W1編成

Dsc09652 817系などにもみられる乗降口付近の円形の吊皮

2014年7月31日に老朽化した103系1500番台の置き換えのために305系の投入が発表され、2015年2月5日から営業運転が開始されました。同年3月14日のダイヤ改正から103系1500番台に代わって6編成が運転を始めました。817系などと同じ水戸岡鋭治のデザインで、内装はよく似ています。

Dsc09655
天神駅から天神南駅まで地下街の案内に従って歩きましたが、結構な距離がありました。

Dsc09661_2 福岡市地下鉄七隈線は 2006年に開業した鉄輪式リニアモーターミニ地下鉄で、1975年まで西鉄福岡市内線が走っていた城南線の地下を通っています。私も1974年秋に始めて一人で九州一周旅行した際には市内を走る路面電車を目撃しています。

Dsc09658
軌間は1435mm、DC1500Vです。今回は全線には乗らず、2駅先の薬院まで乗車しました。

薬院で西鉄大牟田線と接続するのでここで大牟田線に乗り換え、大牟田線の車両をウオッチしました。

Dsc09665

10月15日、日曜日は小倉工場、博多総合車両所などいろいろなイベントがあるようですね。

Dsc09671 2017/10/13 薬院

1時間くらい、日没直前までウオッチして、何種類かの形式の存在がわかりました。第一印象としてはこの5000形が結構多く走っています。他に3000形、6000形、9000形を見ました。カタログ的には7000形を見落としたようです。それは次回のお楽しみにしようと思います。各形式については詳細編で触れる予定です。

初日の目的はこれで達し、天神で夕食を済ませ、博多駅へ、そこからJRで赤間に向かいました。
(10月14日にアップしたものに10月16日に写真を添え、アップデイトしました。)

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月13日 (金)

JR東日本の10月ダイヤ改正 常磐線関係

2017年10月14日にJR東日本はダイヤ改正を実施し、上野~東京ラインを通じて品川に乗り入れる常磐線関係の列車本数が大幅に増えます。

Dsc09586
2017/10/12 荒川沖 ダイヤ改正のポスター

1600x440 図1 常磐線荒川沖駅上り発車時刻表 

2017年10月14日ダイヤ改正前後で本数と時刻はさほど変化がないものの品川行列車が増えていることが分かります。

具体的には荒川沖駅発の上り時刻表ベースでいうと、図1に示したように平日7:59発から15時台までだった品川行が、初電から21時台まで、ほぼ1本おきに続くことになります。
本数でいうと上り改正前、土浦~品川は17本、上野までは51本だったのが、改正後は品川まで35本、上野まで33本になります。一方、下りも改正前の品川発は17本、上野発51本だったのが、改正後は品川発31本、上野発31本となります。

E531_k412_170930 2017/9/30 田町
基本編成(K412)のみの10連で品川に向かう1182M

これまでは品川乗り入れの列車に10両編成の列車がありましたが、改正以降、土浦~品川間は全て15両編成になります。

            普通車 グリーン車  合計

定員 10両編成  1124人 180人    1304人
    15両編成  1804人 180人    1984人

E657系特急に関しても改正前の品川行は上下22本が、改正後は下り29本、上り31本となります。

E531_k425_170930 2017/9/30 田町
既に運用に入っているこの夏に新製されたK425編成

車両の方はE531系基本編成、K424,K425,K426編成3本がこの夏に増備されました。付属編成の方は3000番台が昨年度末までにK555, K556, K557編成の3本増備されています。

E531系は2005年3月に最初のロットが投入され、2007年3月までにグリーン車の組み込み、普通車の新製が完了しました。さらに2010年から2016年までに基本編成K423、付属編成K467~K475、さらに耐寒装備を充実させた3000番台K551~K554編成が増備されました。

そして今回の改正用に基本編成K424~K426が増備されました。グリーン車2両ユニットは総合車両製作所横浜事業所で製造され(2017年6月21日出場)、新津に回送後、

K424 2017年8月1日
K425 2017年8月15日
K426 2017年8月28日 

出場の8両編成に組み込まれました。

一方、3000番台付属編成は

K555 2017年3月6日
K556 2017年3月14日
K557 2017年3月28日 

に製造され、K551~K554は横浜でしたが、こちらは新津を出場しています。
最初のロットが登場して13年以上もほぼ同じスタイルで製造される系列もJRでは初めてではないかと思われます。

今回の改正では上野東京ラインを走る高崎、東北、東海道系のE231系1000番台、E233系3000番台の従来10両編成で運転されていた列車が15両編成化されるため、小山車両センター、国府津車両センター配置のE233系3000番台の増備も行われました。

E2333000_e74_170930 2017/9/30 田町
こちらも既に運用に入っている国府津車両センター配置のE-74編成

国府津センタ―配置の5両付属編成
E-73 2017年5月18日
E-74 2017年5月30日 2本とも横浜事業所

こちらもE233系3000番台が登場したときは湘南新宿ラインには入線せず、E231系との混結もありませんでしたが、2015年3月の改正からはE231+E233の混結編成が走り始め、湘南新宿ラインにE233系も入線するようになり、さらに最近はコツ(国府津)とヤマ(小山)の混結編成も見られます。

また、以前から言われていた黒磯の交直流地上切り替え施設の撤去、黒磯~新白河、新白河~郡山での折り返し運転方式の導入により、黒磯~新白河間ではE531系3000番台付属編成、キハ110系気動車が運転されるとのことです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月12日 (木)

西武New Red Arrow 10109F HTP編成を撮る

西武鉄道のNEWS RELEASE 第17-044号によると、

9月16日土曜から10月15日日曜までの1か月間、「ラブライブ!サンシャイン!!」西武線スタンプラリーを開催するそうです。これは9月29日金曜日、30日土曜日にメットライフドームでのラブライブ!サンシャイン!!『Aqours 2nd LoveLive! HAPPY PARTY TRAIN TOUR』」開催を記念し実施するもので、清瀬赤目氏描き下ろしの「Aqours」メンバーイラストのスタンプを集める注目のイベントだそうです。といってもアニメの実態を知らない、私には何のことかさっぱりわからないのですが・・・

「ラブライブ!サンシャイン!!」 とは

静岡県沼津市の海辺の町、内浦にある私立浦の星女学院。
駿河湾のかたすみにある小さな高校で
2年生の高海千歌を中心とした9人の少女たちが、大きな夢を抱いて立ち上がる。
それは、キラキラと輝く“スクールアイドル”になること!
諦めなければきっと夢は叶う――。
いまはただ輝きを目指して、がむしゃらに駆け抜けていこう!
ここから彼女たちの「みんなで叶える物語」が始まった!
『ラブライブ!サンシャイン!!』は、輝きに向かって羽ばたく9人の少女たちの青春学園ドラマを描いたメディアミックス作品
。TVアニメは、2016年7月から9月にかけTOKYO MXほかで放送され、本年10月7日(土)からは、2期の放送も決定しています。(News Releaseのサイトから)

当スタンプラリー期間に合わせてラッピング電車が走るとのことで、10月9日に秋津駅で撮影しました。

Dsc09487 2017/10/9 秋津

編成は10109Fで、当日は

 ┌池 袋06290550飯 能─○
62
むさし62号
 └池 袋06500815秩 父┐ 
3
ちちぶ3号
△─池 袋09480825秩 父┘ 
18
ちちぶ18号      のパターンで午前中は運用に就いていました。
Dsc09488
この列車の通過直前に2000N系の飯能行きが出発しており、ギリギリのところで被りを避けることが出来ました。
HPTはHappy Party Trainの略だそうです。
西武グループの伊豆箱根鉄道では沼津市に近いこともあり、昨年から「ラブライブ!サンシャイン!!」と様々なコラボ企画があり、車両全体をラッピングした電車が走っているそうです(情報)。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月11日 (水)

大宮に現美新幹線 E3系700番台 あらわる

2017年10月8日、日曜日は団体ツアーの一環でJR東日本のイベント新幹線列車”現美新幹線 E3系700番台”が大宮発で運行されるとのことで、撮影に出かけました(ツアーの紹介はこちら)。

171008 2017/10/8 大宮

大宮駅9:38発とのことで、どのホームに入線するか調べると16番線でした。

漢字を見れば現代美術の略かとわかりますが、聞いただけだとどんな新幹線かと思いますが、JR東日本が2016年4月29日から運行している”新幹線版”ジョイフルトレインです。

E3_r19_171008 入線

E3_r19_171008_11
E322702_171008

車両は秋田新幹線「こまち」用に2002年11月18日に新製されたE3系0番台R19編成を改造したもので、「とれいゆつばさ」がR18編成を改造したようにこちらも枝番は700番となりました。2016年1月4日に改番され、翌5日付けで秋田車両センターから新潟新幹線車両センターへ転属しました。

普段は土休日を中心に越後湯沢~新潟間各駅停車の「とき」の臨時列車として1日3往復運用、所要時間は約50分です。

外観デザインは先頭車が近づいてきたときは”イカ墨”のような濃紺の頭が印象的な編成ですが外観デザインは蜷川実花氏が担当し、長岡の花火を描いたそうです。

長岡の花火は日本三大花火大会(長岡市、大曲(大仙市)、土浦市)のひとつで毎年8月1日から3日にかけて行われる長岡まつりの一環として行われ、1945年8月1日の長岡大空襲の慰霊と千手町八幡様の祭りに長原などの遊廓関係者がお金を出し合って花火350発を打ち上げたのを始祖とするものだそうです。

6両編成で号車番号は11から16で、

11_171008
11_171008_2
11号車:「松本尚(絵画)」

12_171008_2

12_171008
12号車:「小牟田悠介(平面)」

Dsc09421
13_171008_2
13号車:カフェ・キッズスペース「古武家賢太郎(絵画)」と「paramodel(絵画・彫刻)」
カフェではツバメコーヒーによるコーヒーや十日町すこやかファクトリーによるスイーツ、アルコールメニューを楽しむことができます。

14_171008
14_171008_2
14号車:「石川直樹(写真)」

15_171008
15_171008_2
15号車:「荒神明香(立体)」

16_171008
E3_r19_171008_8
16号車:「ブライアン・アルフレッド(映像)」

こういった外装は以前、パリ北駅でみたThalisのスペシャルマーキングを思い出しましたが、日本にはこれまでなかった現代アートといった感じでした。

今年は2月3日に山形新幹線E3系700番台とれいゆ」も大宮駅で撮影しており、E6系の登場でイベント列車に改造されたE3系は2本とも撮影することが出来ました。

なお、大宮駅15,16番線に「現美新幹線」と「とれいゆつばさ」が入線し、見学できるイベントが11月13日月曜日11時から16時まで開催されるそうで、事前応募制で応募期間は10月11日から10月23日までだそうです(情報はこちら)。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月10日 (火)

養老鉄道 その車両たち 3 620系 625系

養老鉄道の車両たち、最終回の3回目は1992年に南大阪線6000系、6011F~6017Fを転属、改造した620系2001年に南大阪線6020系6037Fを改造した625系です。

523_090322_2 2009/3/22 大垣 623F

6000系は「ラビットカー」6800系の増備車として1963年から1968年に投入された車両で当初は6900系を名乗っていました。1967年に6000系にに改番されました。機器面で主電動機の出力が75kWから135kWにアップされたこともあり、McMcTcの3連で登場し、後にMcMTcTcやMcMTTcの4連が主流になり、中間に組まれたク6100形は運転台が撤去されサ6100形になり、さらにサ6150形が増備されました。

モ6001~6017 奇数Mc
モ6002~6018 偶数M
ク6101~6114 Tc
サ6101~6109 T
サ6151~6153 T

1983年から車体更新が行われ、1992年以降14両が養老線に転属となりました。それら以外の6000系は2002年までに全廃されました。

621F ク521(ク6106)-サ561(モ6012)-モ621(モ6011)
622F ク522(ク6107)-サ562(モ6014)-モ623(モ6013) 2004年廃車
623F ク523(ク6114)-サ563(モ6016)-モ623(モ6015)
824F ク524(ク6114)-サ564(モ6018)-モ624(モ6017)

524_120913 2012/9/13 大垣 624F

6020系は1968年に南大阪線に登場したラインデリア装備車でした。性能面では6000系と同じで大阪線2410系、名古屋線1810系とも同じですがラインデリア装備の関係で屋根が平らで低くなりました。

編成は吉野方から3連McMTc、4連McMTTcで旧性能車の代替をこの編成で進めた関係で1968年から1972年に99両が出揃い南大阪線最多のグループとなりました。1980年から冷房嚆矢、1987年から車体更新が行われ、1997年以降、2回目の車体更新が行われています。(私個人としては次回の関西遠征で撮影したおこうと思います)。

2001年に6037Fが養老線に転出し、625Fになりました。

625F ク525(ク6129)-サ565(モ6038)-モ625(モ6037)

620系、625系は600系や610系と異なり、大垣寄りがクとなっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 9日 (月)

養老鉄道 その車両たち 2 610系

610系600系の派生系列として名古屋線1800系1801F~1804F及び南大阪線6800系サ6100形を養老線用に改造し1993年に4編成(611F~614F)とク530形が2両登場しました。

613_160902 2016/9/2 大垣 613F

1800系は1600系に続く通勤車として1966年に名古屋線に投入された系列で、性能的には大阪線の2400系と同一でしたが、発電ブレーキは装備しない、平坦線用でした。

ク1900-モ1800の2連が基本で増結用のク1950を名古屋方に連結していました。主電動機が強力タイプの三菱MB-3110A 155kWタイプのため、1M2Tでの運用が可能になりました。

1979年から冷房化、1984年から更新が行われました。ラインデリア通風機を搭載した1810系がすぐに登場したため、モ1801~1804、ク1901~1904、ク1951、1952の少数派で終わりました。1984年の更新の際に増結用1950形2両はモ1650形とペアを組んで冷房化されました。

611F: モ611(モ1801)-サ571(サ6109)-ク511(ク1901)
612F: モ612(モ1802)-ク512(ク1902)
613F: モ613(モ1803)-ク513(ク1903)
614F: モ614(モ1804)-ク514(ク1904)

1800系時代モ1800形は2個パンタでしたが、養老線導入、狭軌化改造に際して運転台側のパンタは撤去されました。主電動機も三菱MB-3082A 135kWになりました。2001年南大阪線6020系6037Fを種車とする625系が投入されたことで増結用ク530形ク531とク532は廃車となりました。

台車     Mc車:KD-48/KD-101
T車:KD-61A
Tc車:KD-39
制御装置     抵抗制御
型式:MMC-HTB-10B

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 8日 (日)

養老鉄道 その車両たち 1 600系

養老鉄道で現在活躍中の車両はすべて、かつては近鉄線で働いていた車両で、系列は600系、610系、620系、625系の4系列からなります。

606_090322 2009/3/22 夕暮れの大垣駅に到着する606F

606Fは2009年9月より、ラビットカー復刻塗装(オレンジ色、白帯、側面にラビットマーク入り)になっているそうです。

近鉄各線で働いていた20m4扉車体の一般型車両のうち、車齢の高い旧型余剰車が養老線に集められ、狭軌仕様に統一され、運転速度の低い養老線に合わせて電動車比率の抑制、モーターを低出力タイプに変更がなされました。

製造所     近畿車輛
編成     2両・3両編成
軌間     1,067 mm
電気方式     直流1,500V
最高運転速度     65 km/h
車体長     20,720 mm
車体幅     2,709 mm・2,736 mm
全高     4,146 mm
車体高     4,037 mm
主電動機     MB-3082A
主電動機出力     135kW
駆動方式     WNドライブ
編成出力     540kW
制動装置     電磁直通ブレーキ
保安装置     近鉄型ATS
備考     電算記号:D

600系は1992年に以下のような出自の車両を組み合わせて系列化されました。

603_120913_2 2012/9/13 大垣 603F

603Fは600系の中で最後まで旧仕様の内装デザインで残された編成で、1966年に落成し、1993年11月に養老線に転属しましたが、B更新を受けることなく2016年引退が決定しました。50年以上の活躍でした。晩年は殆ど予備車扱いで、私もこの写真を撮ったときはそういった経緯の車両とは全く知りませんでした。

名古屋線用 1600系 モ1600、モ1650、ク1700、ク1750
名古屋線用 1800系 増結用 制御車ク1950
南大阪線用 ラビットカー6800系 モ6850
南大阪線用 6000系 サ6150形

編成 ()内は旧車体番号
3両編成
モ601(モ1656)-サ551(サ6152)-ク501(ク1751)
モ602(モ1657)-サ552(サ6153)-ク502(ク1752)
2両編成
モ603(モ1658)-ク503(ク1951)
モ604(モ1659)-ク504(ク1952)
モ605(モ1615)-ク505(ク1715)
モ606(モ6857)-ク506(モ6858)

制御装置 1C4M制御 VMC形
MG HG-634形(120kVA)
CP D-3-F形 McとTに装備
台車    
Mc車:KD-101/KD-48
T車:KD-61A
Tc車:KD-39C

1600系1959年、名古屋線に登場した高性能・4扉車で1966年までにモ1600形(1601~1615)、ク1700形(1701~1715)、増結用モ1650(1651~1659)、ク1750形(1751、1752)が新製投入され、1966年に大阪線1480系のク1581~1583をク1781~1783に改番して編入しました。
車体は大阪線6800形、1470形と同型の初期丸型車体で塗装はクリーム/青帯、制御器は我が国初のバーニア制御方式の日立VMC型でした。

501_170804
501_170804_2 2017/8/4 桑名 601F

2008年11月から2013年12月にかけて、現在運用中の車両の車体更新を実施
更新は奈良県香芝市狐井の近鉄車両工場五位堂検修車庫で実施
検修時には桑名駅側の東方台車振替場にて標準軌用の仮台車に履き替え、電動貨車モト90形に牽引されて検修車庫に向かいます。正台車はモト94・96の荷台に積まれます。

605Fが2001年6月、603Fは2016年4月に廃車され、現在は3連2本、2連2本が運用中となっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 7日 (土)

養老鉄道 今の会社とは同名異会社の複雑な歴史

2017年8月の愛知・三重旅行の話題、続いて岐阜県西部と三重県北部を走る養老鉄道について触れようと思います。

この鉄道の歴史は美濃国大垣藩藩士の次男で東京で弁護士となり、さらに実業家に転身した立川勇次郎1898年には大師電気鉄道、現、京浜急行電鉄の代表に就任)が出身地の大垣からの要請で、岐阜県西濃地区の発展のためと1913年7月31日に養老~大垣~池野間を蒸機運転で開業したのが始まりでした。

120913
140811 2012/9/13 大垣駅

大垣駅は東武野田線(アーバン・パークライン)柏駅と同じようにスイッチバック式の駅となっています。

1897年4月21日、仮免状が下付(関西鉄道桑名停車場-岐阜県脛永間)され、1911年3月28日には軽便鉄道に指定されています。立川は1911年7月19日に社長に就任しました。

160902 2016/9/2 大垣 JR線との連絡改札口、こちらは自動改札機が設置されているようです。

1919年4月27日には桑名~養老~揖斐間57.5kmが全通しました。立川は1912年に大垣を中心とした西濃地区の電力供給を目的として揖斐川電力(現、イビデン)を設立しており、1921年2月揖斐川電気に社名を変更、1922年6月養老鉄道を合併しました。1923年5月には直流1500Vによる電化が完了、立川が1925年12月14日に死去した後、1928年5月、鉄道事業は養老電気鉄道に譲渡、その後、1929年10月1日伊勢電気鉄道が養老電気鉄道を合併、しかし、昭和恐慌や五私鉄疑獄事件で伊勢電気鉄道は経営トラブルに陥り、1936年5月新たに設立された養老電鉄に営業権を譲渡、1940年8月参宮急行電鉄(参急)が養老電鉄を合併、さらに1941年3月15日、大阪電気軌道(大軌)、参急が合併し、関西急行鉄道が成立、1944年6月1日近畿日本鉄道が成立し、近鉄養老線となりました。

170804 2017/8/4 桑名駅

かつては同一会社でしたが、現在は経営分離されたため、近鉄ホームとの間にはゲートが存在します。5番線は欠番です。奥に見えるのはJR東海のホームです。

170804_2 2017/8/4 桑名駅 大垣方面行き発車時刻表

しかし、慢性的な赤字路線であったため、2006年に近鉄から沿線市町村に金銭的支援の可否について協議が持ちかけられました。その内容は

1.近鉄100%出資の子会社「養老鉄道株式会社」(本社:西大垣駅内)を設立し、その子会社が養老線の運行に当たる。
2.養老線の施設は従前通り近鉄が所有・管理し、「養老鉄道株式会社」は養老線の営業・運行のみを行う(広義の上下分離方式)。
3.新会社による養老線運営移管は、2007年10月1日となる。
4.各沿線市町は、2007年- 2010年にかけて、「養老鉄道株式会社」に対して下記の内容の支援を行なう。
  2007年については、沿線市町が養老線の固定資産税分(110,230千円)を支援する。
  2008年- 2010年にかけて、沿線市町は各年度の赤字額の半分を支援する。ただし、支援額は年間3億円を上限とする。
  沿線市町の負担割合は、均等割り50%、各沿線市町の養老線営業キロ割り20%、各沿線市町の養老線駅数割り20%、各沿線市町の人口割り10%を加味して決定する。

沿線市町村とその負担割合、駅数、営業キロは
桑名市 17.54%  5  10.3km
海津市 17.10%  5  15.4km
養老町 13.23%  3  9.0km
大垣市 20.39%  7  12.7km
神戸町 11.66%  3  5.2km
池田町 11.33%  3  4.1km
揖斐川町 8.75% 1  0.8km

近鉄から経営分離され、2007年10月1日養老鉄道(2代目)となりました。

路線データ

管轄(事業種別):養老鉄道(第二種鉄道事業者)・近畿日本鉄道(第三種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ):57.5km
軌間:1067mm
駅数:27駅(起終点駅含む。有人駅8駅・無人駅19駅)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線電化(直流1500V)
閉塞方式:自動閉塞式
運転最高速度:65km/h(表定速度:43.7km/h)
西大垣駅に運転区と車庫が併設

今年度2017年度から経営は公有分離方式(上下分離方式)で運行は養老鉄道が行い、線路などの保有、管理は沿線自治体などが出資する第三セクターか一般社団法人が受け持つことになるそうです。近鉄は新法人に鉄道施設、車両を無償譲渡し、鉄道用地を無償貸与します。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 6日 (金)

西武多摩川線の歴史

西武鉄道路線のなかでも多摩川線は新宿線や池袋線とはまったく接点が無く、離れ小島的路線です。しかも車両的にもいつの時代も多摩湖線と同様に最も古い車両が使われる路線であります。

1657 撮影年月日不明 武蔵境
赤電の末期、601系4連からモハユニットが抜かれ、701系とともに冷房改造された際に余ったクハが1657系となりました。
高架になる前の中央線下りホームの反対側が多摩川線ホームだった時代。

多摩川河原で採取した砂利を運搬する多摩鉄道1908年2月6日、帝国鉄道境~是政間の鉄道敷設免許を下付されました。しかし、この免許に基づいた鉄道敷設計画に対して、当時三鷹村大沢に移転する予定であった東京天文台は鉄道が側を通ると観測に大きな支障が出ると反対運動を起こしたそうですが、その訴えは認められなかったようです。
1909年2月には多磨村での約20年間の砂利採掘権を取得しました。1910年11月15日には軽便鉄道指定も受けています。

45121471_800710 1980/7/10 新小金井~北多磨 451系 2+2 4連
多摩川線に701系冷房改造車が入った頃、初めて沿線で写真を撮ったときのもの

1917年10月22日、境(現、武蔵境)~北多磨(現、白糸台)間が開業、1919年6月1日、北多磨~常久(現、競艇場前)間、1922年6月20日、常久~是政間が開業しました。

1927年8月30日、当時安比奈線で砂利輸送をしていた旧西武鉄道が新たな砂利輸送の活路を求めて多摩鉄道を吸収合併したと言われています。1929年には多磨霊園のそばに多磨墓地前(現、多磨)駅を開設し、ガソリンカーの運行を開始、第二次世界大戦中は中島飛行機工場(三鷹研究所エンジン工場や調布飛行場)への引き込み線を介しての貨物輸送も行われました。

571_800710_3 1980/7/10 新小金井~北多磨 571系
551系の6連を4連化した際に中間のMTに運転台を付けて2連化したのが最後の赤電571系でした。451系と似たスタイルで方向幕が埋め込み式でした。

1950年7月11日、武蔵境~北多磨間電化、同年11月1日、北多磨~是政間電化、1967年には貨物輸送が廃止されました。

701_800710 1980/7/10 新小金井~北多磨 701系
多摩川線に投入された黄色の701系冷房改造車
多摩川線では併結が無いため電連がなく、冷房改造車の特徴である黄色の電連カバーが見られないのが印象的でした。

小学校通学で荻窪から国立まで中央線で往復し始めたのは小学校4年12月(1965年)からで、この頃は武蔵境の中央線下りホームの反対側が西武多摩川線ホームで151系が活躍中でした。当時、151系は国分寺線から多摩川線に移り、西武鉄道での最後の活躍をしていた頃だと思います。

101_100102 2010/1/2 武蔵境
高架になった後の武蔵境駅に入線する101系

その後は、311形、1311形、351系、クハ1411形、451系、501系、551系と赤電時代の面々が活躍しました。写真こそ撮ってはいませんが、武蔵境駅のホームに停車中の車両を毎日見ていました。

245f_140927 2014/9/27 武蔵境 245F

現在、4編成が多摩川線配置、6編成が多摩湖線配置となっており、牽引車兼用の263F以外は定期的に新秋津の連絡線、武蔵野線、国立経由で甲種輸送されて検査時に車両交換が行われています。

101n4_245_170624_2 2017/6/7 萩山 245F

時々、多摩川線沿線の広告を付けた車両が多摩湖線を走っている姿も見かけます。

101N系の時代があとどれくらい続くのか分かりませんが、これからも無事故で頑張って欲しいものです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 5日 (木)

西武多摩川線100周年 HM付き車両 

昨日の伊豆箱根鉄道1300系塗装の249Fに続いて、3色(青、茶、桃色)のHMシールを貼った車両の話題です。

101n_245f_171001_21 2017/10/1 新小金井~北多磨

101n_245f_171002_32 2017/10/2 新小金井~北多磨

まず、青色のHMは245F

101n_247f_171001_22 2017/10/1 新小金井~北多磨

101n_247f_171002_3 2017/10/2 新小金井~北多磨

黄色と茶色のHMは247Fでした。2日間とも245F,247F、249Fの3編成の運用だったので、白糸台駅横の車両基地にもう1編成、桃色HM編成がいる筈なので訪問してみました。

101n_241f_171002_4 2017/10/2 白糸台

桃色HMは241Fでした。

101n_247f_249f_241f171002 2017/10/2 白糸台

245F 1980/4/1 東急車輛
247F 1980/4/1 東急車輛
241F 1979/12/20 東急車輛

日中は3編成による12分間隔のダイヤで、新小金井と白糸台で行き違いが行われており、写真のような3編成そろい踏みのシーンも見ることが出来ます。

今回、こういった話題で久しぶりに多摩川線を訪問しましたが、赤電時代にも訪問しているのでその頃の写真も明日の記事では紹介しようと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 4日 (水)

西武多摩川線100周年 伊豆箱根塗装車

近鉄一般型車両の話題が一段落したところで、西武多摩川線「武蔵境~白糸台(旧北多摩)」間が開業100周年を迎えると言うことで様々なイベントが実施されるそうです。期間は9月29日から12月31日までで、同時期に伊豆箱根鉄道も創立100周年を迎えるのでコラボレーション企画が組まれています。

まずは、101N系249Fが伊豆箱根鉄道1300系と同塗色になり,走り出しました。。またそれ以外の3編成に3色のHMシールが付けられて運転されています。

ということで10月1日日曜日、2日月曜日に多摩川線沿線でこれらの編成の写真を撮って来ました。

101n_249f_171001_21 2017/10/1 新小金井~北多磨

101n_249f_171002_26 2017/10/2 新小金井~北多磨

まずは249Fの伊豆箱根鉄道1300系塗装です。249Fは1980年4月1日、東急車輛製です。

101n_249f_130101 2013/1/1 一橋学園

白塗りになったときは「夏」でした。

249f_140927_7 2014/9/27 白糸台

多摩川線車両は数年前から側面を広告スペースとして利用しています。

1301_120109_2 2012/1/9 三島田町 1301F

伊豆急では西武の4連と2連の101N系を組み合わせて、
クモハ1300形-モハ1400形-クハ2200形 3連2本が譲渡されています。

   1301    1401    2201
元  284          235         1235         

       1302        1402         2202
元  292         237          1237                  

元番号から分かるように4連は奇数側2両(パンタ装備で制御機器を搭載)、2連はパンタを搭載せず、補機類を装備した偶数側車両が種車となっており、1979年東急車輛製です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 3日 (火)

近鉄一般型車両 9000系 奈良線からの転属チョッパ車

近鉄奈良線は車両限界の関係でこの”近鉄一般型”シリーズ最初に紹介した800系などの小型車が投入されていましたが、沿線の都市化、宅地化で利用客が増加しました。1964年の建築限界拡幅工事、新生駒トンネル経由の新線切り替えなどにより、20m大型車の運転が可能になりました。

車両の方も奈良線初の20m級一般電車900系を基本に1964年7月には近鉄一の在籍両数になった8000系、ラインデリア装備と機器配分を見直した8400系、冷房装置つきで登場した8600系1980年に界磁位相制御方式の8800系が登場しました。一方、1979年には電機子チョッパ方式、新設計ステンレス車体の3000系が京都市営地下鉄烏丸線乗り入れを前提に試作車として登場しました。8800系と3000系との間で将来の省エネ方式のテストが行われた結果、製造、運用コスト面で8800系の方式が、大阪、名古屋、奈良線共通の一般車に適していると判断され、界磁チョッパ方式の採用が決まり、その結果、1981年から8810系1983年から9000系、さらに3両編成の9200系が登場しました。
(この辺の歴史は将来、関西訪問で奈良線、京都線で活躍する車両を撮影してから再度触れたく思います)。

これらのうち9000系は2003年10月から2006年12月にかけて8編成全編成が方向転換され、名古屋線に転属しました。

9103_170804 2017/8/4 近鉄富田 9003F

9000系
ク9100形 36.0t
モ9000形 39.5t

最高運転速度     奈良線所属車:105km/h
大阪線・名古屋線所属車:110 km/h
減速度(常用)     4.0 km/h/s
減速度(非常)     4.5 km/h/s
車体長     20,720 mm
車体幅     2,800 mm
全高     4,150 mm
車体高     4,055 mm
台車     Mc車・M車:KD-88
Tc車:KD-88A
主電動機     三菱電機複巻電動機
主電動機出力     160kW
駆動方式     WNドライブ
歯車比     4.72
制御装置     日立製作所製界磁チョッパ制御MMC-HTR-20H
制動装置     電磁直通ブレーキ
保安装置     近鉄型ATS

2001年から2003年にかけて全編成に車体更新が施工されました。2006年から2007年12月までに9007F・9008F・9005F・9001F・9002Fの順に運賃車内収受式ワンマン運転対応改造が施工されましたが、形式名の変更はありませんでした。

以上で2017年8月の愛知三重の旅における近鉄名古屋線・山田線で撮影した近鉄車両は全部登場しました。近鉄に関しては、大阪線、奈良線、京都線、そして狭軌に南大阪線もあるので、関西を訪れる際にはこれらの線で活躍中の車両も記録しようと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 2日 (月)

近鉄一般型車両 5800系 L/Cカー

昨日紹介した5200系は3扉転換クロスシート車として2600系などに較べると居住性は向上しましたが、3扉車のためラッシュ時の輸送に適さないという問題がありました。

そこで、近畿車輛では大量輸送と長距離着座輸送を1つの車両で実現出来るロング、クロスシートのコンバーティブルなデュアルシート車両の開発を進めて来ました。1996年1月には2610系2621FL/Cカー試作車として改造し、同年2月から大阪線、3月から名古屋線に走らせました。これらの運転テストが好評であったため、量産されたのが5800系です。

5812_170805 2017/8/5 津 名古屋線唯一のL/Cカー編成 5812F

1998年までに6連7本、4連1本が製造され、奈良線に6連5本、大阪線に6連2本、名古屋線は4連1本が投入されました。

モ5812-サ5712-モ5612-ク5312

最高運転速度     大阪線・名古屋線:110 km/h
奈良線・京都線:105 km/h
阪神線:106 km/h
減速度(常用)     4.0 km/h/s
減速度(非常)     4.5 km/h/s
全長     20,720 mm
全幅     2,800 mm
全高     4,150 mm
車体高     4,025 mm
車体材質     アルミニウム合金
台車     Mc車・M車:KD-306
Tc車・T車:KD-306A
主電動機     三菱電機製MB-5035B
主電動機出力     165 kW
駆動方式     WNドライブ
歯車比     5.73
編成出力     4両編成:1,320 kW
6両編成:1,980 kW
制御方式     GTO-VVVFインバータ制御
制御装置     三菱電機製MAP-174-15VD27
制動装置     電磁直通ブレーキ
(回生・保安ブレーキ付)
保安装置     近鉄型ATS、阪神型ATS(奈良線所属車両のみ)、列車選別装置、列車無線装置
電算記号:DH(奈良・京都線)DF(大阪線)DG(名古屋線)

5800系以降に登場した形式は車体デザインが変化し、シリーズ21と呼ばれ、VVVFインバータの素子もGTOからIGBTになりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年10月 1日 (日)

近鉄一般型車両 5200系 クロスシート車

近鉄の車両は特急用車両と一般型車両の2種に大きく分類されますが、一般型車両はさらにロングシートの通勤用車両と、クロスシートの長距離急行用に分けられます。

後者のグループは拙Blogでも登場した2600系、2680系、2610系などが活躍しており、対面式固定クロスシートの車両でした。ただこれらの車両はシートピッチが狭く、乗客の評判は芳しくありませんでした。

5157_170804 2017/8/4 近鉄富田 5207F

そこで1988年にVVVFインバータ制御方式の転換式クロスシート車として登場したのが5200系でした。登場の際のコンセプトは
・More Comfortable(より快適性を求めた車両とする)
・Multi Purpose(朝夕の通勤通学輸送、昼間の長距離急行輸送、団体運用のいずれにも適した車両とする)
・Modern technology(最新技術を導入し、保守の合理化と省エネ化を図る) でした。

近鉄の系列番号で5000番台は一般車でも標準軌急行用クロスシート車に振られる系列番号だそうです。

1993年までに 

ク5100  MG/CP/BT
モ5200  VVVF
モ5250  VVVF
ク5150  MG/CP/BT      の4連13本が製造されました。

車体は1986年から登場した3200系や6400系がアルミニウム合金製でしたが、こちらは強度確保の観点から普通鋼製となりました。

最高運転速度     110 km/h
減速度(常用)     4.0km/h/s
編成定員     512名(新造時)
車両定員     Tc車:124名(新造時)
M車:132名(新造時)
自重     5200系・5209系:36.0t(Tc車・新造時)・42.0t(M車・新造時)
5211系:35.0t(Tc車・新造時)・40.0t(M車・新造時)
編成重量     5200系・5209系:156.0 t (新造時)
5211系:150.0 t (新造時)
全長     82,880 mm
車体長     20,720 mm
車体幅     2,800 mm
全高     4,150 mm
車体高     4,022 mm
車体材質     普通鋼
台車     積層ゴムブッシュ+コイルばね式ダイレクトマウント空気ばね台車
型式:KD-301形(5200系・5209系)
積層ゴムブッシュ片側軸箱支持式ボルスタレス台車
型式:KD-306形(5211系)
主電動機     5201F - 5204F:三菱電機MB-5023-A
5205F - 5212F:三菱電機MB-5035-A
5213F:三菱電機MB-5035-B
主電動機出力     165kW
駆動方式     WNドライブ
歯車比     5201F - 5204F:6.31(16:101)
5205F - 5213F:5.73(15:86)
編成出力     1,320kW
制御装置     GTO-VVVFインバータ制御
型式:三菱電機MAP-174-15VD27
制動装置     回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ
保安装置     近鉄型ATS
備考     電算記号:VX

通勤用一般車と同様に派生系列が存在し、

5159_140812 2014/8/12 近鉄富田 5209F 派生系列 5209系

5209系 1991年 5209F・5210F
補助電源を静止形インバータに

5211系 1993年 5211F~5213F
台車をボルスタレス台車に

名古屋線では写真のように2両編成4扉車と連結した長距離急行運用をよく見かけました。

車体更新は2007年から2014年にかけて行われており、それとは別に種別灯、尾灯が交換された車両もあります。紹介した写真の5207Fは原型タイプ、5209Fはシリーズ21と同じ2灯式となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

カテゴリー

2023年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村