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2017年12月31日 (日)

2017年10月の福岡旅行 1 筑肥線 303系

103系1500番台が活躍する筑肥線の下山門~筑前前原間の複線化が完成した2000年1月22日のダイヤ改正での列車増発に向けて登場した新形式が303系(6両編成)でした。

303_k03_171013 2017/10/13 筑前前原

国鉄における300番台の形式名は301系:アルミ合金製車体の通勤車両、381系:アルミ合金製車体の特急車両で300番台=アルミかと思っていましたが、JRになってからはアルミから軽量ステンレスの時代になり、
JR東海:普通鋼 371系  ステンレス 311系、313系、373系、383系
JR東日本:普通鋼 E351系 アルミニウム合金 E353系
JR西日本:ステンレス 321系 323系
JR九州:ステンレス 303系 アルミニウム合金 305系

と様々な材質の車体の形式が登場しています。

JR九州が開発した初の直流電車で近畿車輛が製造を担当し、2000年1月の時点で2編成(K01, K02)が登場し、2002年9月20日のダイヤ改正に向けて若干設計変更されたK03が登場しました。

デザインは水戸岡鋭治が担当し、構造面では同時期に製造された815系に準ずる部分が多いと言います。
  ←西唐津
                     <         >                                      <        >
  クハ303 モハ303-100 モハ302 モハ303 モハ302-100 クハ302
K01  1            101                 1            1             101              1
K02    2             102                2            2             102              2
K03    3             103                3            3             103              3
                     VVVF         SIV/CP     VVVF         SIV/CP

車体前頭部は普通鋼製でガラスで被われており、それ以外はツートーン工法によるビートレス軽量ステンレス製です。塗装はステンレス部分は無塗装、扉と前頭部はJR九州のコーポレートカラーである赤色に塗られています。前面は黒色に塗られています。

303_k03_171013_2 2017/10/13 筑前前原

台車は軽量ボルスタレス台車のDT405KとTR405K、電動車は2両1ユニットで4M2T構成、モハ302形にSIVとCPが搭載されています。K01とK02編成は2レベル制御の日立製作所製IGBT-VVVFインバータ、K03編成は東洋電機製造のVVVFインバータを搭載しています。パンタグラフはシングルアーム式をモハ303形とモハ302形の100番台車に各2基搭載しています。主電動機は813系に搭載されているMT401Kが搭載されています。

ブレーキは回生・発電ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキで、3両単位で遅れ込め制御を行っています。103系と違い回生ブレーキを装備していますが、列車本数の少ない筑前前原以西での運用では回生失効に備えて、回生負荷が無い場合、架線電圧の上昇を検知して、発電ブレーキが作動するようになっています。

303_k03_171013_3 2017/10/13 筑前前原

マスコンは815系に類似したワンハンドル式で保安装置はJR線内はATS-SK, 福岡市地下鉄内はATCとATO、誘導無線を搭載しています。

冷房装置は815系向けに開発された単相インバータ式、トイレは当初なしでデビューしましたが、2003年にJR小倉工場にてクハ303形に取り付けられました。

配置は唐津鉄道事業部唐津運輸センターですが、全般検査・重要部検査は福岡市交通局の姪浜車両基地で実施されています。

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2017年12月30日 (土)

2017年10月の福岡旅行 1 筑肥線 103系1500番台

昨日の記事にあるように1983年3月22日、筑肥線は大きな変化を遂げました。

・唐津 - 姪浜間が直流1500Vで電化されました。
・博多~姪浜間が廃止され、筑前簑島・筑前高宮・小笹・鳥飼・西新の各駅も廃止となりました(現在でも廃線跡は地図等で辿れるそうです)。
・姪浜で福岡市交通局の地下鉄(後に空港線と命名)と接続し、相互乗り入れが開始されました。
・唐津 - 虹ノ松原間 (5.1km) が開業し、東唐津(2代)・和多田の各駅が新設されました。
・姪浜 - 浜崎間の貨物営業が廃止されました。

1031500_850419 1985/4/19 姪浜 地下鉄線に入って行く103系1500番台

このときに国鉄側で投入されたのが103系1500番台でした。拙Blogでも「通勤電車シリーズ103系」においてこのタイプについては記事にしていますが、そのpart2として再びこのタイプに触れようと思います。

1983年3月の電化開業に合わせて6両編成(TcMM'MM'Tc)9本、54両が製造されました。既に地下鉄乗り入れ用として常磐緩行線に電機子チョッパ制御の203系が投入されていた時期でしたが、筑肥線の駅間距離や列車密度を考慮して、回生制動による省エネ効果があまり期待できないことから費用的に安価な103系の投入となりました。車両は唐津電車区に配置となりました。

1031500_1511_100825 2010/8/25 筑前前原

1031500_1512_100825 2010/8/25 唐津

元々は同じ編成だったE11とE12ですが、分割されました。クハ103-1511は連結されることが無いので電連がなく、クモハ102-1512は併結時のために電連が装備されています。

筑肥線は筑前前原を境に輸送量が大きく異なるため、1989年4本の6両編成を3両編成2本に分割する改造工事が小倉工場で施工されました。

←西唐津
E01+E02 から E09+E10 クハ103-1501から1510までの5本は6両のまま
E11,E13,E15,E17 クハ103-1511から1517までの奇数車は TcMM'c
E12,E14,E16,E18 クハ103-1512から1518までの偶数車は McM'Tc に分割されました。

小倉工場にて貫通タイプのクハ103-1500に似た運転台が取り付けられ、中間車のモハ102、モハ103をクモハにそれぞれ形式変更し、番号はそのまま踏襲されました。クモハ2形式の通路は併結時に通路となるため、幌枠、貫通幌を装備、福岡地下鉄空港線用ATCは装備しませんでした。従って、併結時クモハは決して先頭には出ず、クハが先頭になるように編成を組みました。

スカートは国鉄時代から装着を開始し、JR化後、全車に装着しました。

1031500_1511_100825_2 2010/8/25 唐津 
前面の強烈な赤に対して側面はドアのみが赤くなっています。顔は105系の顔ですが103と大書して103系であることをアピールしています。

2000年3月11日ダイヤ改正から西唐津~筑前前原間で車内で運賃を収受しない方式のワンマン運転が開始されるのに合わせ、小倉工場で車外スピーカー設置、ドア開閉時に駅ホーム設置のカメラ映像を確認可能な安全確認用液晶モニターの設置などの改造が行われました。

2002年度下期より、全編成の唐津向き先頭車(クハ103奇数、クモハ103)の車端部海側にトイレの設置改造が施行され、設置部の側窓、妻窓は埋め込まれ、車椅子スペースとしたレ向い側の側窓を1/4程度に縮小されました。

1031500_1504_100825 2010/8/25 西唐津

地下鉄区間では2004年までにホームドアが設置され、その開閉は自動列車運転装置(ATO)や電気指令式ブレーキによる定位置停止装置(TASC)との連動でおこなわれますが、103系1500番台はそれらの装置を搭載していないため、乗務員がマニュアルで対応していました。

1031500_e17_171013_3 クモハ102-1517

1031500_e17_171013 2017/10/13 筑前前原 E17編成車内

2010年以降には老朽化に伴い、特に夏季において碍子の絶縁破壊によるトラブル、リレーの不具合によるトラブルが頻発し、福岡市交通局からJR九州に対して早期の更新が要請される事態となりました。1999年には303系が3編成投入されていましたが、2015年3月14日のダイヤ改正で305系6編成出揃ったこともあり、103系1500番台の福岡市営地下鉄空港線乗り入れは終了し、筑前前原~西唐津間の運用となりました。

現時点で唐津車両センターに配置されているのは、E11,E13,E17のMc'MTc編成3本、E12,E14,E18のTcM'Mc編成3本の18両でE11は保留車となっています(情報はこちらから)。

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2017年12月29日 (金)

2017年10月の福岡旅行 1 筑肥線 非電化の時代

2017年10月の福岡旅行では福岡空港でのスポッティング、福岡市交通局地下鉄空港線~筑肥線、七隈線、西鉄大牟田線、福北ゆたか線のでんちゃ、福岡駅でのクルーズ・トレイン「ななつ星」、直方の石炭記念館、平成筑豊鉄道、博多南線、JR西日本博多総合車両所公開など数々の話題があります。これらをひとつずつ記事にして行こうと思います。

最初は筑肥線です。この線は私鉄の北九州鉄道が博多~伊万里間に敷設した路線を起源とし、1983年までは非電化のローカル線でした。

23 撮影年月日は不明ですが、博多駅で出発を待つ筑肥線気動車
キハ23、キハ35などから構成されています。

1923年12月5日北九州鉄道が福吉~浜崎間を開業し、福吉・鹿家・浜崎の各駅を新設したのが始まりでした。1925年には東は姪浜、西は東唐津(現在の駅とは異なり、松浦橋の近くに設置)まで延伸しました。1926年10月15日には博多駅へ、1929年4月1日には東唐津でスイッチバックする方式で山本まで延伸し、唐津線に接続しました。1935年3月1日、伊万里まで延伸しました。

100825_2 2010/8/25 東唐津

唐津方面、松浦川を越えて唐津へ
筑肥線に乗っていて、虹ノ松原から先、沿線の雰囲気が近代的になるのは1983年にこの区間路線の変更が行われたため

1937年10月1日、北九州鉄道は買収、国有化され、筑肥線(博多~伊万里間:86.1km)となりました。なお、1963年12月1日の博多駅移転で距離数は0.7km短縮されました。

1962年8月1日、博多~佐世保間に筑肥線、松浦線(平戸口)経由の準急列車「九十九島」が新設されました。同列車は1963年6月1日、大村線経由で長崎まで延長され、1966年3月5日には急行列車に昇格しています。また、同年3月25日には筑肥線・松浦線(有田)・佐世保線経由で佐世保まで運行される急行「からつ」が運行開始され、博多~伊万里間は九十九島と併結運転されました。しかし、1967年10月1日には「からつ」が廃止、1968年10月1日、「九十九島」は「平戸」に改称となりました。

1974年12月の時刻表から急行「平戸」の時刻をみてみると

1501D 
博多817姪浜833筑前前原849東唐津917/922山本931伊万里1001/1004浦ノ崎1017松浦1031/1032平戸口1052/1052江迎1104肥前吉井1118佐々1133佐世保1158/1204早岐1214/1216川棚1231大村1255諫早1306/1312浦上1334長崎1337

1502D
長崎1443諫早1507/1508大村1520川棚1544早岐1558/1600佐世保1611/1613佐々1643肥前吉井1652江迎1707平戸口1719/1723松浦1744/1745浦ノ崎1759伊万里1813/1821山本1850東唐津1858/1903筑前前原1932姪浜1946博多2000

上り下りとも5時間以上かけて走る急行だったことがわかります。

35_791218 1979/12/18 博多
こちらは首都圏色になった編成でキハ30、キハ47などで構成されています。

1983年3月22日、博多~姪浜間11.7kmは福岡市地下鉄との乗り入れで廃止になり、虹ノ松原~山本間も廃止され、新たに唐津~虹の松原間が新設され、唐津~姪浜間はDC1500Vで電化されました。

100825 2010/8/25 非電化の時代は筑肥線は通っていなかった唐津駅

起点は伊万里に変更され、伊万里~山本=唐津~姪浜になり、山本~唐津間は唐津線と二重戸籍区間となりました。

1987年の民営化の際にこの二重戸籍は線名表示を姪浜~唐津、山本~伊万里と表示することで解消しました。

このとき急行「平戸」は唐津~長崎間の運転に短縮され、1988年4月1日に廃止となりました。

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2017年12月28日 (木)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その5

昨日の新白河駅に続いて今回は白河駅です。

171216_2 2017/12/16 白河駅駅舎

明治20年(1887年)8月19日、日本で101年ぶりに皆既日食が起こるため、米国アマースト大学のデビッド・ペック・トッド博士を中心とする観測隊が来日し、白河の地で観測を行うことになりました。時の明治政府も国家事業として取り組み、観測隊の支援や観測機材、さらには一般の観望客の輸送のため、当時上野から黒磯までだった日本鉄道の路線を突貫工事で白河まで開通させたそうです。
ということで白河駅は1887年7月16日に開業しました。

日食の当日は臨時の汽車も通常の3倍運行され、往復の汽車賃は半額となり、白河は千人を超える見物客を迎え、おおいに盛り上がったそうです。しかし、観測所(当時は司天台と仮称)の観測隊にとっては曇天、雨天で皆既日食は写真でも肉眼でも観測できなかったそうです(122年前の白河日食のサイトより)。

1916年10月8日には白河駅を起点として白棚鉄道が磐城棚倉(現、水郡線の駅)まで開業しました。1920年10月10日、白坂~白河間が経路変更で移転となりました。1938年10月1日、白棚鉄道は国に借り上げられ、1941年5月1日、国有化されました。1944年12月11日、白棚線は不要不急路線に指定、営業が休止されました。

1959年7月1日、黒磯~白河間が交流電化されました。このときに交流電気機関車ED71形が登場しました。

白河の地は白河の関が設けられたように奥州地方への出入り口として要衝であり、江戸時代白河藩は奥州外様大名の抑えの役割を担っていました。

171216_2_2
駅からは阿武隈川と谷津田川の間に位置する小峰城が見えます。この城は鎌倉時代後期から南北朝時代の武将結城親朝により、1340年に築城され、白河結城氏から会津領での蒲生氏、上杉氏、蒲生氏、江戸時代には丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏、越前松平氏、久松松平氏、、阿部氏の時代を経て慶応4年、戊辰戦争白河口の戦いで焼失、落城しました。7家21代の城主交代があった城としてユニークな城だそうです。1873年の廃城令では存城となりましたが、城郭は曲輪・土塁・石垣・水堀を残すのみとなり、1991年に本丸跡に三重櫓(天守に相当)、1994年に前御門が当時の史料に基づいて復元されました。2006年4月6日、日本100名城(13番)に選定されました。

171216 今の季節、駅前からは雪を頂いた那須連山を見ることができます。

ちなみに1887年の皆既日食の際にアメリカ・アマースト大学の天文学者D・P・トッド博士らの一行は小峰城の西側城壁最上段に主力観測設備の40フィート水平カメラを据えたそうです。白河での観測は生憎の悪天候で失敗に終わりましたが、同じころ、内務省地理局測量課長兼中央気象台長・荒井郁之助の一行は新潟県で観測を行い、こちらは日本でただ一か所、専門家の観測地として観測に成功したそうです(こちらのサイトの情報より)。

E5313000_k551_171216_9 白河駅の電留線で夕刻まで休むE531系3000番台K551編成

白河駅横の線路はE531系の留置のみならず、

Eh50055_171216_2
東北本線下り貨物列車の退避にも使われています。

171216_3
通路にはこういった広告もありました。

171216_4
駅舎内部は広々としており、

171216_5

列車の運行情報などがリアルタイムで表示される装置もありました。

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2017年12月27日 (水)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その4

2017年10月14日のダイヤ改正で輸送体系が大きく変化した東北本線、黒磯~新白河間、今回は新白河駅の様子です。

171216 2017/12/16 5番線ホームの新白河駅駅名標

この駅は太平洋戦争中の1944年10月11日鉄道省東北本線の磐城西郷信号場として開設されました。

同年11月16日には三菱製紙白河工場への専用線が開設され、紙製品や工場燃料の石油、化学薬品などが輸送されるための車扱貨物の取り扱いが開始されました。

171216_2
新白河駅の横にJ日本中央競馬会(JRA)の場外勝馬投票券発売所 (WINS)ウインズ新白河があり、その手前に右手にカーブして入って行く線路がかつての三菱製紙白河工場への引き込み線です。

駅に昇格したのは1959年4月7日で磐城西郷(いわきにしごう)駅となりました。1982年6月23日、東北新幹線の開業で新幹線の停車駅となり、新白河駅と改称されました。

171216_5
車扱貨物時代の留置線は残されていますが、非電化で有効長も短いようで、E531系3000番台5連の留置不可能で、隣駅の白河駅の電留線を使っているようです。

駅は西郷村と白河市の境界部に位置し、新幹線の停車する駅としては唯一村に所在する駅となっています。

1994年12月3日、工場の減産等により、専用線の貨物の扱いが廃止されました。2001年4月1日からは管轄が東京支社から仙台支社に変更されました。

171216_3
郡山方向から黒磯方向へ

5番線に入線しているキハ110系は郡山から回送されてきた車両で、E531系に代わってこれから新白河~黒磯間の運用に入ります。中央の番線は車止めで北と南に分断されています。

Dsc02437 中線ホームは北側が7番線、南側が6番線となっています。

ホームは新幹線が2面2線(1~4番線、2,3番線は通過線)、在来線は2面3線で、中線の中央に現在の西武鉄道東村山駅のように車止めが設置され、黒磯からの折り返し列車と郡山方面からの折り返し列車が入線し、同一ホーム上で乗り換えるようになっています。

6_171216_3
南側6番線、こちらに黒磯からの列車が入線します。

171216_4
在来線ホームに寄り添うように新幹線ホームがありますが、高低差はかなりあります。

Eh50022_171216
寝台特急などが廃止されてしまい、ここを通過する定期の旅客列車はなく、貨物列車のみが通過してゆく状況です。

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2017年12月26日 (火)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その3

JR東日本の2017年10月14日のダイヤ改正で、これまで黒磯まで乗り入れていた東北地区配置の交直両用車両、交流専用車両は新白河までの乗り入れとなりました。

そこで、今回の記事では黒磯でかつて見ることが出来た北からの車両達の写真を集めてみました。

455_s33_030419_3 2003/4/19 黒磯 455系 S-33編成

455_s40_030215 2003/2/15 黒磯 455系 S-40編成

かつて急行電車として活躍した車両がローカル車両として活躍中の姿

417_k5_030211_3 2003/2/15 黒磯 417系 K-5編成

1978年、国鉄が設計・製造した交直流近郊形電車。晩年は阿武隈急行に譲渡され、A417系として活躍中でしたが、2016年5月に引退。

701100_f2103_081220 2008/12/20 黒磯
701系は現在も活躍中ですが、100番台、1000番台、1500番台などが顔を見せていました。

719_h9_030419_2 2003/4/19 黒磯 719系 H-9編成
こちらも廃車が進行中の719系

E721_p01_070520_2 2007/5/20 黒磯
在りし日のE721系 P-1編成 

E721_p19_070520_0 2007/5/20 黒磯
在りし日のE721系 P-19編成 

これらの編成は2011年3月11日、常磐線新地駅に停車中(P-1とP-19編成の4連にて運用)、東日本大震災の大津波で流され、大破し廃車となりました。同年4月14日から数日間に渡り、解体されたとのことです。

黒磯~高久間の交直接続のためのデッドセクション設置は現在進行中とのことですが、これらの車両は一足先に黒磯駅からは姿を消してしまいました。そして、未来永劫見ることはなくなりました。

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2017年12月25日 (月)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その2

東北本線、黒磯~新白河間の輸送体系の変化、2017年10月14日のダイヤ改正から新たに設定された黒磯~新白河間の折り返し運用

勝田車両センター配置のE531系3000番台の運用(こちらのサイトを参考にしました)と照らし合わせながら、宇都宮、黒磯、新白河、白河で撮影したE531系の写真を合わせてみました。E531系が早朝と夜の部を担当しているのに対して、昼は郡山センターのキハ110系が担当しています。

E531系3000番台限定の東北運用が設定されています。

東北1運用
勝田からは常磐線~水戸線運用736Mで小山まで
勝田7:26~友部7:51/7:52~小山9:06
小山(9:26発)から東北本線に入り、回4621Mで宇都宮へ、宇都宮でしばし休憩の後、

E5313000_k556_171216_2 2017/12/16 13:38頃 宇都宮
小山から黒磯への回送の途中、宇都宮で一旦、休憩するE531系3000番台K556編成

宇都宮から回4643Mで黒磯へ

黒磯発16:22の4143Mから旅客運用に入り、新白河着16:46、折り返し4142M~4147M~4146M~4151M~4150M~4155Mで白河へ

夜間は白河で留置(東北1運用

E5313000_k551_171216 2017/12/16 黒磯 9:00頃
朝の最後の上り運用で黒磯に到着するE531系3000番台K551編成

E5313000_k551_171216_2 2017/12/16 9:32頃 新白河に到着したK551編成 すでに表示は回4131Mに
通常の折り返し運用の場合は7番線に入線しますが、この後、白河まで回送されるため8番線に入線

E5313000_k551_171216_11 2017/12/16 9:41頃、白河に向けて出発するK551編成

E5313000_k551_171216_3 2017/12/16 10:20頃 白河

白河に到着後、ホーム横の留置線で休むK551編成

翌朝(東北2運用
白河発5:20の4120M~4123M~4124M~4127M~4128M~4129Mで新白河到着後、白河まで回送(留置)、再び新白河まで戻り、22:26発の4154Mで黒磯へ

夜間は黒磯で留置(東北2運用

翌朝(東北3運用
黒磯発5:40の4121Mで新白河へ、4122M~4125M~4126Mで黒磯8:03到着

E5313000_k554_171216_2 2017/12/16 8:29頃 那須塩原~黒磯間
633Mの車内から東北本線運用を終えて回4626Mで小山に向かうE531系3000番台K554編成を撮影

黒磯から回4626Mで小山へ、741M小山発10:08~友部11:11/11:13~勝田11:45入庫
勝田17:12~566M~水戸17:21/17:35~573M~いわき19:10/19:55~580M~水戸21:35/22:14~勝田22:20(東北3運用

と3編成を使用した3日間の運用となっています。

一方、新白河9:54発の4130D~4133D~4132D~4135D~4134D~4137D~4136D~4139D~4138D~4141D~4140D~4145D~4144D~4149D~4148D~4153Dまでは1編成のキハ110系気動車2連でまかなわれていると思われます。

111102_171216_0 2017/12/16 9:37頃 新白河
4129Mの新白河到着と同じ頃、郡山から回送されてきたと思われるキハ111,112-102編成

通常の折り返し運用では手前の7番線が用いられますが、北から回送されてきて黒磯に向かうため、6番線に入線したものと思われます。

112102_171216_21
112102_171216_22 2017/12/16 10:50頃
4133Dとして新白河に到着するキハ111,112-102編成

この運用形態を見ていて、疑問に感じたのはなぜE531系単独では無く、キハ110系をも加えて運用しているのかということです。

白河での昼の留置や宇都宮での留置はなんのためか、E531系3000番台は7編成も製造されており、車両数の不足や切迫が理由とは思えません。あるいは車両ではなく、乗務員の頭数が不足しているのでしょうか。

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2017年12月24日 (日)

2017年12月23日、E353系 スーパーあずさ営業開始

今上天皇の退位スケジュールも決まり、12月23日が天皇誕生日であることも、今年と来年の2回となった2017年12月23日土曜日E351系の老朽化後継から次の世代の中央東線特急としてまずは「スーパーあずさ」下り1号、11号、23号、29号、上り4号、18号、22号、36号にE353系が投入されました。

Img_6328 2017/12/23 鳥沢~猿橋間 新桂川橋梁
下り一番列車は新桂川橋梁を通過するシーンを猿橋側から撮影しました。

E353系の量産先行車、基本編成(S101編成9両)と付属編成(S201編成3両)は総合車両製作所で製造され、2015年7月25日に出場しました。中央本線、篠ノ井線、大糸線、信越本線等で性能評価、技術検証試験が行われ、量産編成の製造が開始されました。

外観デザインは「伝統の継承」・「未来への躍動」をコンセプトとし、内外装ともにデザイン監修は奥山清行氏が担当しました。

Img_6339 基本編成はS102編成

車体

アルミニウム合金製の中空押出形材を用いたダブルスキン構造で、運転台は高運転台構造、先頭構体の屋根部と幌蓋部以外はFRPで構成されており、踏切事故対策のため、先頭構体と運転室出入り部がクラッシャブルゾーンとなっています。

E351系からの振り子機構はE353系では動揺防止制御装置(枕バネの空気バネに圧縮空気を出し入れして左右の空気バネの高さを変える方式)となりましたが、量産先行車では先頭車とグリーン車のみにフルアクティブ動揺防止装置が搭載され、それ以外の車両は車端、車体間ダンパーが搭載されいましたが、量産編成からは全車両にフルアクティブ動揺防止装置が取り付けられ車体間ダンパーは非搭載となりました。床は台枠上に粒状ゴム、アルミニウム板、ゴム床が構成された防音床構造とし、室内の静粛性が向上されており、グリーン車ではゴム床の代わりにカーペットが敷かれました。

車体塗色は「アルパインホワイト」(アルプスの雪)、「あずさバイオレット」の細帯、前面は「ストリームブラック」、側窓の周りは松本城の漆黒をイメージした「キャッスルグレー」となっています。

Img_6341 付属編成はS202編成でした。

電源・制御機器

三菱電機製IGBT素子によるPWM制御インバータ1基で2両8基の主電動機を制御するVVVFインバータSC108と1C4M制御のSC109を搭載しています。主電動機は自己通風式MT75B、補助電源はDC1500Vから三相交流440V 60Hz (定格容量260kVA)を発生するSC110を3基(基本編成)と定格容量(210kVA)のSC89Bを1基(付属編成)に搭載、CPはスクリュー式MH3130-C1600S2(定格容量1,600L/min)を2号車を除く全車に搭載し、車体傾斜装置使用による圧縮空気の消費に対応しています。空調装置は集中式AU738を1両当たり1基搭載しています。
車体を傾斜させたときにも車両限界に収まるように、車体寸法や空調装置のサイズも考慮されています。

台車

軸梁式軸箱支持装置を備えたボルスタレス台車で電動台車はDT81(動揺防止装置付き)、DT82(アンチローリング装置付き)、動揺防止装置及びアンチローリング装置を省略したDT81Aを採用しました。付随台車は動揺防止装置および駐車ブレーキを備えたTR265、TR265から駐車ブレーキを省略したTR265A、動揺防止装置及び駐車ブレーキを省略したTR265Bを採用しています。

3両の付属編成は形式上は全てが電動車となっていますが、クモハE352形とクモハE353形は運転台側の台車が付随台車、中間車側の台車が動力台車の「0.5M0.5T」の構成となっており、編成単位では2M1Tとなっています。

駆動装置はCFRP製のたわみ板を採用した、TD平行カルダン駆動方式 TD282C-H で、歯車は、はすば歯車を用いた一段減速式で歯車比は96:17=5.65です。

Img_6361 上り一番列車はS203+S103編成で鳥沢側から撮影しました。
E353系の場合、編成番号はE259系と同じ、貫通扉のように見える(クモハE353 とクハE352-0の場合は非貫通)扉の右下に表示されています。

←東京
           1                2                          3
付属編成 クモハE353-0 モハE353-1000 クモハE352-0
          CP                  VVVF             CP, SIV
                       4                  5                     6                     7                        8
基本編成 クハE353-0 モハE353-500 モハE352-500 モハE353-2000 サハE353-0
          CP         VVVF CP            CP SIV          VVVF CP             SIV CP   
       9                   10                  11                 12
サロE353-0  モハE353-0  モハE352-0 クハE352-0
   CP     VVVF CP    CP SIV      CP

Img_6365 後から4両目がグリーン車です。

車内

普通車は、2+2列配置の回転式リクライニングシートが960mmのピッチで設置され、インテリアデザインは「活動的で明るい寒色」のライトグレーを基に車内全体を構成しており、腰掛は座面を黒色とし、背もたれ部分にはブルー系を基本をとした光沢感のある「みなも」のパターンを盛り込んだ配色としており、梓川の清らかな「水面のきらめき」を表現しています。グリーン車は、2+2列配置の回転式リクライニングシートが1160mmのピッチで設置され、インテリアデザインは「より上質な寛ぎ感のある暖色のベージュ」を基に黒と赤の色を効果的に配色しており、腰掛は座面をグレーとし、背もたれ部分には黒地に赤色を配置して、見る角度によってその割合が変化する表地を採用しており、「ハイテク・モダン」・「高揚感」・「機能感」を表現しています。

室内照明は在来線特急車両として初のLEDによる間接照明が採用されており、窓側の座席の上部にある荷棚の下部には、各座席の風向きと風量の調整が可能な個別吹出し式の空調装置を採用されました。グリーン車と普通車の全座席には、電源コンセントとパソコンなどを置くことができるテーブルを設置しており、車内案内表示器は2段表示のフルカラーLEDを採用しました。

E351系の「基本編成8両+付属編成4両」に対し、本系列は「基本編成9両+付属編成3両」となり、12両編成あたりの定員は674名で、E351系よりも若干減っています。

S101,S201編成は量産編成に合わせた改造工事に入っており、完了次第運用に入るそうです。来年3月に予定されているダイヤ改正では現時点でE351系で運用されている残りのスーパーあずさの運用にもE353系が投入され、ゆくゆくはE257系ののあずさかいじもE353系になるとの情報もあります。

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2017年12月23日 (土)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その1

2017年10月14日、JR東日本のダイヤ改正では東北本線黒磯駅の交直切り替え設備廃止、直流一本化工事完了に先駆けて、旅客車両の運行形態を変更する改正が行われました。

2017年12月16日、ED75が現役の頃、そしてEH500がメインになってからも何度か訪問した黒磯駅と新たな輸送体制になった東北本線の黒磯~新白河~白河間を見るために青春18切符を利用して訪問しました。何回かのシリーズとして報告しようと思います。

171216 2017/12/16 黒磯駅に到着する列車内から

黒磯駅の歴史を見てみると、

1886年12月1日、日本鉄道の駅として開業、機関庫、保線区も開設
1906年11月1日、鉄道国有法により国有化
1909年10月12日、線路名称制定で東北本線の所属に
1921年4月11日、黒磯~白河間の路線変更、勾配緩和で補助機関車の運用廃止、黒磯機関庫は白河機関庫分庫に、11月14日、保線区は白河保線区に移転
1959年3月10日、東北本線電化工事で黒磯電力支区新設、3月16日、電化と交直接続に備えて、駅構内の線増、留置線新設工事完了、5月22日、宝積寺~黒磯間が直流電化、7月1日、黒磯~白河間が交流電化され、地上切り替え方式の交直流接続設備が設置

171216_2
進行方向の下り線には1968年のヨンサントウ改正に向けて設置されたデッドセクションが見えます。このセクション設置で車上切り替えで黒磯駅に停車せず通過する特急列車が増えました。また右手の線路群はかつての直流電機溜まりです。

Ef66_33_030517 2003/5/17 直流機溜まりで出番を待つ電機たち

Ed75_1010_030211 2003/2/11 交流機溜まりで出番を待つED75たち

171216_2_2 2017/12/17 交直切換断路器

030215 2003/2/15

交直流の切換指令を受けて下に箱形の機械が伝達棒を動かし、上にある切換機のナイフを90度動かして各線路の架線の交流・直流印加を切り替えるという非常にシンプルな方式です。ナイフが動いて電極に接触するとジーという音がします。

Ac_030215
出発信号機と入換信号機の間に設置されている信号機が地上切換の電源状態を示す信号機で縦に青色2灯の表示はDC印加状態です。

Dc_030215
AC印加状態になると赤色横2灯になります。

070520 2007/5/20

こういった運転切換要領が掲示されていました。

Ed75_90_060805_2 2006/8/5 重連で黒磯までの運用を終え、交流機溜に引き上げるED75

Eh50058_171216_2 2017/12/16 

Ef65_1059_030215_2 2003/2/15 交流機からバトンを受けて黒磯以南を牽引するEF651059

しかし、

①設備が老朽化してきたことや構内き電系統が複雑なため、2008年9月には作業員の感電死亡事故も発生したこと、
ED75の運用が終了し、EH500に統一されたこと、さらにEH500の青森以北の運用が無くなり、首都圏運用が拡大されたこと
等により、日本唯一の地上切換設備を廃止し、構内を直流化し、

171216_2_3 2017/12/16 黒磯発新白河行き列車からの前面展望

右手に見える交直切換セクションは5番線を通過する列車用に設けられたもの

新たに那珂川鉄橋の南側付近に新たなデッドセクションを設け、それ以南を直流、以北を交流化することにしました。

そういった工事が完了する前に、北側から黒磯駅に乗り入れていた交流車両(701系やE721系)は新白河駅止まりとし、黒磯~新白河間は勝田車両センター所属の常磐線に投入されているE531系の耐寒装備強化タイプの3000番台と郡山センターのキハ110系気動車が投入されることになりました。

12/28追記:黒磯駅構内の直流化、駅北方のデッドセクション設置工事は2018年1月1日から3日にかけて行われるそうで、この工事のため、早朝時間帯と深夜の時間帯に那須塩原~黒磯~新白河間の列車に運休等が発生するそうです。列車の運休時間帯にはバスによる代行輸送が行われるそうです(情報はこちらから)。

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2017年12月22日 (金)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 14 10080系 

これまで数回に渡り、東武10000系のモデルチェンジ車である10030系を編成タイプごとに見て参りました。10030系の歴史のなかで、忘れてはいけないのが1編成のみで、80番という番号、4R車として登場した10080系です。

10080_11480_161118 2016/11/18 小菅

この編成は東武電車へのVVVF制御方式導入のための試作車として、10030系と同時に1988年4月に製造されました。

10080_11480_170113 2017/1/13 北千住

日立製作所製造のGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ(1C4M方式2基 VF-HR228)でクハ11480、モハ12480は東急車輛製、モハ13480、クハ14480は日本車両、東急車輛製です。

車体は10030系の前期車と同一、主電動機はTM-88(170kW)、駆動装置は中実軸平行カルダン方式、歯数比は87:14=5.21、ブレーキ装置は回生ブレーキ併用全電気指令式電磁直通空気ブレーキHRDA、T車遅れ込め・応荷重・保安・抑圧・抑速ブレーキ付きです。CPはHS-20C、SIVはINV033-A0をモハ13480に搭載、パンタはPT-4815-A-M1をモハ12480に2基搭載していました。これらは10030系との併結を考慮して、極力同じものが搭載されていました。

14480_160312 2016/3/12 館林

1996年には編成両端の連結器を電連付き廻り子式CSD-90へ交換しました。2005年後半頃から、インバータ装置のトラブルにより、長期休車となっていましたが、50000系列で採用されたIGBT素子による1C8M方式のVFI-HR2820F制御装置と主電動機は165kWタイプのTM-03に換装し、歯数比は87:16=5.44とすることで2007年9月12日から営業運用への復帰が実現しました。2015年7月には10000系列4R車として初のリニューアル工事が施行されました。

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2017年12月21日 (木)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 2R車

東武10030系を編成別に見て参りましたが、残すところは2R車と、10080系と呼ばれるVVVF試作車です。

10030_12252_161118 2016/11/18 小菅

2R車は1992年以降に製造された10050番台で登場しました。

11256_151206_2 2015/12/6 南栗橋車両管区

一次車 11251F, 11252F (1992.7 東急車輛), 11253F, 11254F, 11255(1992.6 アルナ工機)
二次車 製造なし
三次車 11256F、11257F、11258F、11259F(1994.4 アルナ工機)
四次車 11260F、11261F、11262F(1994.12 アルナ工機)
五次車 11263F、11264F(1995.8 東急車輛)
六次車 11265F、11266F、11267F(1996.3 アルナ工機)、11268F(1996.1 富士重工)
といった具合に18編成製造されました。

10000_12260_160206_2 2016/2/6 西新井

モハ11230形-クハ12230形 の1M1T構成で、制御器はVMC-HTR-10A、主電動機はTM-84(140kW)、SIVはINV033-B1(75kVA)、CPはHS-20Cがクハ12230に搭載されています。パンタは下枠交差式PT4815-A-Mを2基モハ11230に搭載しています。

伊勢崎線、日光線、スカイツリーラインでは2連併結の場合は浅草方とは逆の方向に連結されるため、2連3組もしくは4組のブツ3、ブツ4運用でなければ前パン姿が見られません。

10030_12267_161118_21 2016/11/18 小菅

2R車中で特筆すべき編成は11267Fで現時点では唯一のシングルアームパンタ搭載車です。

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2017年12月20日 (水)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 10R車

東武10030系の話題、小菅の複々線とは関係ありませんが、東上線で主に活躍中の10R車は2編成しか製造されておらず、30番台車のみで、年次的には1989年度製造の四次車のみです。

11031_151212 2015/12/12 朝霞台
他編成との連結が想定されないため、電連では無くジャンパ栓が残されています。

10030_10031_170121 2017/1/21 朝霞台

4次車 11031(1989.8 アルナ工機)、11032(1989.9 アルナ工機)

構成は
←池袋方
クハ11030(Tc1)-モハ12030(M1)-モハ13030(M2)-サハ14030(T1)-モハ15030(M3)-サハ16030(T3)-サハ17030(T2)-モハ18030(M1)-モハ19030(M2)-クハ10030(Tc2)

11032_151212 2015/12/12 朝霞台

10032_150429 2015/4/29 朝霞台
一方、32編成の方は2013年8月のリニューアル化でVVVF化された際でしょうか、ジャンパ栓も撤去されています。

制御装置はM1にVMC-HTR-20A、M3にVMC-HTR-10Aを搭載し、5M5Tとなっています。パンタはM1、M3に2基搭載されています。

CPはM2とT3にHS-20Cが搭載されています。SIVはM2にINV033-A0(140kVA)、T3にINV033-B1(75kVA)が搭載されています。

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2017年12月19日 (火)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 6R車 50番台

東武10030系の6R車に関しても1992年度製造の車両からマイナーチェンジが行われ、番号は51からに飛びました。

11651_160206 2016/2/6 西新井

16655_160409 2016/4/9 曳舟

年次における形態的な変化は同時期に製造された4R車と同じです。

一次車 11651(1992.6 東急車輌), 11652 (1992.9 アルナ工機), 11653, 11654 (1992.10 アルナ工機),11655 (1992.10 富士重工), 11656 (1992.6 アルナ工機), 11657 (1992.9 アルナ工機)
二次車  11658 (1993.4 アルナ工機), 11659 (1993.9 アルナ工機), 11660 (1993.8 東急車輌)
三次車  製造なし
四次車   11661(1994.4 アルナ工機), 11662 (1994.6 東急車輌), 11663 (1994.10 アルナ工機), 11664 (1994.10 東急車輌)
五次車  11665 (1995.4 アルナ工機)
六次車   11666 (1996.2 アルナ工機), 11667, 11668 (1996.4 アルナ工機)

と言った具合に18編成製造されました。

16659_150425 2015/4/25 小菅

11662_120901_2 2012/9/1 五反野

クハ16659に関しては1999年春日部検修区構内での事故により、2000年に車体がアルナ工機で新製されました。

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2017年12月18日 (月)

西武多摩湖線に懐かしい赤電が復活 その1

12月7日付けの西武鉄道のNEWS RELEASEで発表されましたが、12月17日日曜日から多摩川線開業100周年イベントの一環として赤電塗装の101N系(247F)が走り始めました。

NEWS RELEASEにも書かれていますが、イベントのアンケートで赤電復活の意見が多く寄せられたことに応えた結果だそうです。12月17日から多摩湖線に、来年1月24日からは多摩川線で運転されるとのことです。一方、現在多摩川線で運転されている伊豆箱根鉄道創業100周年コラボレーション色電車来年1月24日から多摩湖線で運転されるそうです。

351_800518_8 1980/5/18 国分寺~一橋学園

週末は一橋学園駅から歩いて5分ほどの場所に居ますので、まず朝9時頃、既に走っているのか一橋学園~青梅街道間で見てみましたが、257F、259F、261F、251Fと4編成全て白でした。

ということで、一旦撤収し、午後1時半過ぎに再び一橋学園~青梅街道間に

1248_171217
1248_171217_5
1247_171217 2017/12/17 一橋学園~青梅街道間

色の感じは赤電なんですが、細かい点では側面の上部の赤い帯の位置が若干低く、ベージュの部分が広すぎるように感じました。

801 撮影年月日不明 武蔵関~東伏見間 クモハ451形と801系
801系の屋根横の赤い帯とベージュの部分の関係を参考に

1247_171217_21
Img_6269
1248_171217_21
国分寺~萩山間の折り返し運用に入っていたため、頻繁にやって来てくれました。

1248_171217_31
1247_171217_31
車体にかかる影の処理が難しいところでした。
多摩湖線の場合、国分寺駅のホーム長の関係で、最初の写真のような351系3連が赤電最後の活躍をしていた頃を思い出しますが、週末、間近でそういった光景を見ることが出来るのは大変嬉しいことです。

この機会にいろいろなポイントで247Fの走る姿を記録できればと思います。

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2017年12月17日 (日)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 6R車

東武10030系の話題、今回は6R車です。

10030_11631_170612 2017/6/12 柏

11632_100508 2010/5/8 館林 

現在、6R車の31,32編成は野田線アーバンパークラインで活躍中

←浅草・池袋方
クハ11630-モハ12630-モハ13630-サハ14630-モハ15630-クハ16630

11634_090124 2009/1/24 池袋

10030系の6R車は8000系の流れを引き継いで、3M3T構成です。主電動機は全モハともに直流複巻電動機補極補償巻線付TM-83 140kWx4です。

11635_171120 2017/11/20 柏

モハ12630・13630は2M方式で、制御装置はバーニヤ式電動カム軸他励界磁チョッパ制御応荷重回生ブレーキ付きVMC-HTR-20A、モハ15630は1M方式でVMC-HTR-10Aが搭載されています。

11640_160318 2016/3/18 川越

CPはモハ13630とサハ14630にHS-20C(2130l/min)が1基、SIVはモハ13630に直列分圧12相接続式多重インバータINV033-A0 140kVAが、サハ14630にINV033-B1 75kVAが搭載されています。

11644_160416 2016/4/16 朝霞台

台車
はボルスタレスS形ミンデン空気ばね式TRS-88T(SS-009)(付随車)TRS-881M(SS-110)(電動車)。制動装置は付随車は電気指令式空気ブレーキ装置保安・抑圧ブレーキ付きHRDA-2、電動車は界磁チョッパ(回生ブレーキ併用)電気指令式空気ブレーキ装置保安・抑圧ブレーキ付きHRDA-2 となっています。

製造年次は

一次車 4R車や10080系が製造されましたが6R車はなし。
二次車 11631、11632(1988.7アルナ工機)、11633(1988.7富士重工)
三次車 製造なし
四次車 製造なし
五次車 11634(1990.2アルナ工機)
六次車 11635(1990.6アルナ工機)、11636(1990.7アルナ工機)、11637(1990.7東急車輌)、11638(1990.11アルナ工機)、11639(1990.12アルナ工機)
七次車 11640(1991.9アルナ工機)、11641(1991.8東急車輌)、11642(1991.9東急車輌)、11643(1991.10アルナ工機)
八次車 11644(1992.3アルナ工機)  となっています。

11639Fは2014年3月のリニューアル時に16639の運転台を撤去し、TcからTになりました。そして同年6月にはVVVF化されました。

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2017年12月16日 (土)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 4R車 50番台

1992年6月落成車から10030系はマイナーチェンジが行われ、編成番号も50番台(51から)に飛びました。形式は10030系のままで、新たに2両固定編成も登場しました。

10000_11451_160819 2016/8/19 堀切

4R車は
一次車  11451 11452 (1992.6) 東急車輌
二次車 11453 (1993.9) 富士重工 11454 (1993.9) 東急車輌
三次車 2Rのみで4R車などは製造されず
四次車 11455 (1994.11) 11456 (1995.3) 富士重工
五次車 11457 (1995.4) 11458 (1995.8) 東急車輌
六次車 11459 (1996.1) 富士重工 11460 (1996.2) アルナ工機 11461 (1996.4) 東急車輌

のように11編成製造されました。

まず、最初に登場した一次車では車椅子スペースが新設されました。さらにスイープファン(補助送風機)の新設に伴う天井吹き出し口のレイアウトの変更、通風装置と冷房装置の一体化などの設計変更が行われました。

11454_150429 2015/4/29 小菅

1993年落成の二次車からはパンタ強制上昇装置が新設されました。

10030_14455_161010 2016/10/10 朝霞台

1994年落成の四次車からは自動解結装置を設置、連結器を廻り子式密着連結器(CSD-90)に変更しました。

10000_11457_160811 2016/8/11 鐘ヶ淵

14460_151206 2015/12/6 南栗橋

最終増備の1996年落成の六次車(11459Fを除く)からは屋根上の吸出式通風機を廃止氏、クーラーと一体化されたキセ側面の通気グリルが無くなりました。

1993年までの落成車は1993~1996年にかけて先頭車の連結器を電気連結器付き廻り子式密着連結器(CSD-90)に交換し、ジャンパ栓が撤去されました。さらに2001年より、連結面への転落防止のため幌の取り付け、および吊り手の増設が行われました。

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2017年12月15日 (金)

小菅の複々線を走る様々な列車達 東武の車両編 13 10030系 4R車

今年も残すところあと2週間とちょっととなりました。今年1年の拙Blogの記事タイトルを"Updates 2017"で概観してみると、1月までは2016年からの流れで一定の周期でタイトルが循環していましたが、2月からは同じシリーズの記事が連続する構成にかわりました。

そこで今回はしばらく遠ざかっていた東武の通勤車両に関する記事で行こうと思います。東武10000系に関しては1月25日記事で2Rから10Rまで編成別の記事は終わりました。

11431_160312_3 2016/3/12 館林

1988年4月に10000系のマイナーチェンジ版として10030系が伊勢崎線・日光線に登場しました。正面形状は1987年以降の8000系修繕者に似たデザインに変更され、10000系のコルゲート車体からビートプレス車体に、そしてステンレスの光沢を抑えたダルフニシュ仕上げとなりました。

11433_151206_2 2015/12/6 越谷

台車はボルスタレス式に補助電源装置はブラシレスMGからSIVに変更され、乗務員室には簡易モニタが設置されました。CPもHB-2000から低騒音のHS-20になりました。

10030_14438_170109 2017/1/9 朝霞台
東上線で活躍する車両は6+4編成が固定化されています。

1989年からは東上線にも登場し、2R(50番台から), 4R, 6R, 10R車が製造され活躍中です。

まず、今回は30番台の編成からゆきますので、2R車はなく、4R車からです。

14444_150429_3 2015/4/29 小菅

4R車30番台は11431Fから11448Fの18編成が製造されました。

一次車 11431(1988.2) 富士重工 11432(1988.3) 富士重工     
二次車 11433, 11434(1988.7) 東急車輛   
三次車 11435~11436(1989.3) アルナ工機  
四次車 11437(1989.3) アルナ工機
五次車 11438 (1990.2)  アルナ工機
六次車 11439(1990.8) 東急車輛 11440, 11441(1990.10) アルナ工機 11442, 11443 (1990.11) 東急車輛
七次車 11444(1991.8) 東急車輛 11445(1991.11) アルナ工機
八次車 11446, 11447(1992.3) アルナ工機 11448(1992.1) 富士重工

10030_11447_161118_21 2016/11/18 小菅

1989年製の3次車から側引き戸がステンレス製からアルミハニカム構造に変更され、ガラス押えアルミ枠の構造も変わりました。1990年製の6次車からラジオ受信装置が新設され、各車にFM放送用ロッドアンテナ、AMアンテナを吊手棒に併設しました。さらに七次車からは吊り手の形状が丸型から三角形に変更され、枕木方向にも増設されました。

東上線では10030系の4連と6連の固定連結、10連化がなされており、11443Fは11639Fと永久固定連結状態で、2014年3月のリニューアル時に11443、16639の運転台が撤去されT車となっています。さらに両編成のVVVF化も2014年6月に施工されています。

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2017年12月14日 (木)

京王井の頭線 二代目1000系の時代6 六次車-2 1730F~1734F

京王井の頭線の二代目1000系、最後は六次車の残り、1730Fから1734Fです。

1730_170507 2017/5/7 高井戸 1730F 2009/10/2 竣工

1780_171113 2017/11/13 高井戸

1000系一次・二次車に関しては登場から20年以上の歳月が過ぎ、2018年度までにリニューアルが進行中です。

1731_171113 2017/11/13 高井戸 1731F 2009/10/22 竣工

1781_171113 2017/11/13 高井戸

その内容は

〇VVVFインバータ制御装置の換装
〇主電動機を全閉内扇形の三相誘導電動機に換装
〇細井忠邦さまのコメントにもありましたが、編成中間の3号車を付随車から電動車に改造(サハ1500形→デハ1050形)
〇2号車デハ1000形と3号車デハ1050形のユニット化

1732_170507_21 2017/5/7 高井戸 1732F 2009/11/12 竣工

1782_171113 2017/11/13 高井戸

〇車外および車内放送用スピーカーの交換
〇自動放送装置の設置
〇ロングシートの袖仕切の大型化
〇スタンションポールの取り付け

1733_171113 2017/11/13 吉祥寺 1733F 2010/1/21 竣工

1783_170213 2017/2/13 高井戸

〇カーテン、床敷物、化粧板の交換
〇車内照明をLED照明に交換
〇各車両の車端部にフリースペースを増設

1734_170507 2017/5/7 高井戸 1734F 2010/2/12 竣工

1784_170213 2017/2/13 高井戸

〇液晶式2画面の車内案内表示器を設置
〇乗降扉をJR東日本のE233系に似た複層ガラスのものに交換

といったものです。

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2017年12月13日 (水)

京王井の頭線 二代目1000系の時代5 六次車-11726F~1729F

京王井の頭線、二代目1000系六次車に分類されるのは2009年4月から2010年2月までに製造された1726Fから1734Fまでですが、今回は写真の枚数の関係から2009年度上半期に製造された1729Fまでを紹介します。

1726_170507_21 2017/5/7 高井戸 1726F 2009/4/27 竣工

1776_091010 2009/10/10 下北沢

1727_170507_21 2017/5/7 高井戸 1727F 2009/5/28 竣工

1777_170217 2017/2/17 新代田

1728_170217 2017/2/17 新代田 1728F 2009/6/29 竣工

1778_170217 2017/2/17 新代田

次の1729Fもレインボーカラーの規則に則って、当初はブルーグリーンでデビューしたようですが、2012年10月3日からはイメージカラーのレインボーカラーと沿線の名所や魅力、渋谷の忠犬ハチ公、井の頭公園、神田川、あじさい、さくらをあしらったステッカーを添付した特別ラッピング車両として運行されるようになりました。

1729_170217_21 2017/2/17 新代田 1729F 2009/8/27 竣工

1779_170217 2017/2/17 新代田 渋谷より先頭車は忠犬ハチ公のステッカーです。

1729_170218
1729_170218_2
1729_170218_3
1729_170218_4
1779_1702182017/2/18 高井戸
側帯色は写真のように5両編成に渡って徐々に変化してゆきます。

期間は1年間の予定でしたが、好評につき現在も継続中です。

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2017年12月12日 (火)

京王井の頭線 二代目1000系の時代4 五次車1721F~1725F

再び。京王井の頭線で活躍中の二代目1000系の話題に戻ります。
2004年に1715Fが竣工後、まる4年の歳月が過ぎ、2008年、モデルチェンジした新車が登場しました。製造はすべて東急車輛製造です。

1721_171113 2017/11/13 高井戸 1721F 2008/10/10竣工

1771_170213 2017/2/13 高井戸

番号は21に飛び、まず先頭の形状が種別・行先表示装置と運行番号表示装置が一体化され、大きくなって上部に埋め込まれました。また前面扉の枠が黒く塗装されました。

1722_170217 2017/2/17 新代田 1722F 2008/11/25竣工

1772_171113 2017/11/13 高井戸

側面は9000系30番台と同様、ビートレス外板が採用されました。レインボーカラーのうち、従来のベージュは明度が低いため、オレンジベージュとパーシモンベージュの組み合わせに変更されました。レインボーカラーの規則は番号が飛んでも維持されています。

1723_171113 2017/11/13 高井戸 1723F 2009/1/22 竣工

1773_171113 2017/11/13 高井戸

内装も9000系30番台に準じ、7人掛け座席を3人4人に区分する握り棒は湾曲した構造となり、側窓はUVカットガラスとなりました。カーテンは廃止されました。

1724_170218 2017/2/18 高井戸 1724F 2009/2/12 竣工

1774_171113_21 2017/11/13 高井戸 

正面と側面の表示装置はフルカラーLEDとなり、車内表示装置として17インチワイドタイプの液晶ディスプレイが扉上部に設けられました。

1725_170217_21 2017/2/17 新代田 1725F 2009/3/16 竣工

1775_170217_21 2017/2/17 新代田

主制御器9000系と同様の2レベルPWM制御IGBTが採用され、主電動機出力は160kWになりました。

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2017年12月11日 (月)

速報版 都営フェスタ2017 in 浅草線に参加

2017年12月9日土曜日、馬込車両検修場で開催されたイベント「都営フェスタ2017 in 浅草線」に参加しました。

Dsc02329 馬込車両検修場 
ここの線形の特徴は本線から直接入区するのでは無く、一旦スイッチバックして入区する構造となっていることでしょうか。

昨年11月19日には志村車両検修場で「都営フェスタ2016 in 三田線」が開催され、参加しましたが、都営地下鉄では2年おきに馬込と志村で車両基地公開イベントを行っております。ちなみに都営新宿線の車両基地は江東区大島に大島車両検修場がありますが、こちらは全地下形のため、イベントには向かないのでしょう。

イベントは車両撮影会(一般)(親子)、保守車両の展示、洗浄線試乗・運転台見学(事前申し込みが必要)、工場内見学、鉄道部品販売、鉄道各社・PRなどから構成されています。

Dsc02240 2017/12/9 馬込車両検修場
イベントの目玉はやはり、車両撮影会で相互乗り入れが行われている京成電鉄3027F、北総鉄道9201F、京浜急行1025Fの車両と共に現在の浅草線の主力5300形(右が5307F、左が5327F)そして、次世代の主力5500形、そして大江戸線12-000形(12-351F)、当研修場名物E5000形電機が展示されていました。

Dsc02237 2017/12/9 馬込車両検修場

2020年に開業60周年を迎える都営浅草線、来年春を目途に導入予定の新車がこの5500形で現在活躍中の5300形27編成が全て置き換えられます。その5500形がこのイベントで初めて展示されました。

Dsc02243

このイベントのもう一つの目玉は日本の地下鉄初の電気機関車であるE5000形の撮影かと思います。

Dsc02292
Dsc02293
都営地下鉄大江戸線を走る12-000形等はリニアモータ方式で推進・制動が行われており、かつ軌道は浅草線と同じ1435mm標準軌です。大江戸線内の清澄白河と光が丘に自線用の車両基地がありますが、通常の検査等は馬込車両検修場で行われています。

しかし浅草線内を自力で走行することは出来ないため、E5000形が大江戸線~当検修場間を牽引します。なお、浅草線と大江戸線の連絡は両線が接近する汐留連絡線(大江戸線汐留駅~浅草線大門-新橋間、約0.4km、2006年に開通)を介して行われています。

Dsc02313
馬込車両検修場内での車両の入れ換えを担当する車両も展示されていましたが、興味深かったのは自連、密着の双頭連結器に加えて、大江戸線車両用の連結器も装備されている点でした。

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2017年12月10日 (日)

京王井の頭線 二代目1000系の時代3 三・四次車1711F~1715F

井の頭線で活躍中の二代目1000系、三次車に分類されるのは2002年度製造、2003年1月24日に竣工した1711Fであり、

1711_170218 2017/2/18 高井戸 1711F

1761_171113 2017/11/13 高井戸

四次車は2003年度から2004年度に製造された1712Fから1715Fということになるのでしょうか。
1712F 2004/1/22
1713F 2004/2/26
1714F 2004/4/15
1715F 2004/5/20

これら5編成はいずれも東急車輌製造製です。
MT比は3M2Tに変更され、パンタグラフもシングルアーム式になりました。

9701_100103 2010/1/3 分倍河原 9000系第一編成
9000系は6000系の置き換えを目的に2000年に登場したVVVF制御車で5次車までは8連で登場しました。
1712_170217_21 2017/2/17 新代田

1762_170213 2017/2/13 高井戸

1713_170218 2017/2/18 高井戸 1713F

1763_171113 2017/11/13 高井戸

1714_171113_21 2017/11/13 高井戸 1714F

1764_171113 2017/11/13 高井戸

1715_170213 2017/2/13 永福町 1715F

1765_170213 2017/2/13 永福町

二代目1000系三・四次車では京王9000系の技術を取り入れ高性能化とコストダウンが図られました。制御方式はIGBTを用いたベクトル制御のVVVFインバータが導入され、1C4Mx1の一群制御と1C4Mx2の二群制御方式の両方が用いられ、サハ1500形に代わってデハ1050形が登場し、これまでデハ1000形に投入されていた補助電源装置はデハ1050形に移されました。
ブレーキは京王初の滑走制御装置が導入されました。

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2017年12月 9日 (土)

京王井の頭線 二代目1000系の時代2 二次車1706F~1710F

今回の記事から再び、平常運転に戻ります。

1706_170507_21 2017/5/7 高井戸 1706F 1997/12/3 日本車輌製造製

1756_170213 2017/2/13 高井戸
製造当初はベージュ色で登場したそうですが、明度不足とのことで1721F登場時からオレンジベージュに変更となり、1706Fも現在はオレンジベージュになっています。

京王井の頭線、二代目1000系の一・二次車グループは基本的に京王線8000系に準じた仕様で製造されました。

8701_100103 2010/1/3 高幡不動 8000系の第一編成 

1992年3月3日の竣工で日本車輌製造製です。
クハ8700-デハ8000-デハ8050-デハ8100-デハ8150-クハ8750-クハ8800-デハ8200-デハ8250-クハ8850 といった番号構成の10連でクハはのちにサハ化され8500と8550に改番されました。

1707_171113 2017/11/13 高井戸 1707F 1997/12/12 東急車輌製造製
二代目1000系の場合、HMやワッペン等が装着されると番号が隠れてしまうのが難点かと思います。

1757_170213 2017/2/13 明大前

具体的にはバケットシートやフットラインの採用、運転台のモニタ表示装置とLED式表示板の設置も8000系譲りといえます。

1708_170217 2017/2/17 新代田 1708F 1998/2/2 日本車輌製造製

1758_170213 2017/2/13 高井戸

つり革は1000系の中ではこの一次・二次車が唯一丸型となっていますが、増設分は三角型になりました。さらにドアチャイムが設置されました。

1709_171113 2017/11/13 高井戸 1709F 1998/2/19 東急車輌製造製

1759_170217 2017/2/17 新代田

1710_170507 2017/5/7 高井戸 1710F 1998/3/7 東急車輌製造製

1710_171113 2017/11/13 高井戸

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2017年12月 8日 (金)

左内頸動脈狭窄症で再び入院 その2

11月の外来診察の後、入院前の諸検査(血液検査、心電図等)、入院手続きを済ませました。
この時点では、取り敢えず2泊3日の予定で検査入院、検査結果によってその後の治療方針が決定とのことでした。12月1日金曜日にC病院から4日月曜日は13:00に来て欲しいとの連絡がありました。

4日13:00に病院に到着後、早速、病棟に案内され、担当医から説明を聞きました。3日間の入院中に行う予定の検査は、B大学病院で行ったのと同じ血管造影剤検査、MRI検査、脳シンチグラフィー検査でした。血管造影剤検査が翌日に行われるため、4日は入浴と夕刻からの生理食塩水による点滴が開始されました。

5日火曜日、血管造影剤検査のため、朝食は抜きとなります。検査開始は当初11:30の予定でしたが、繰り上がり11:00になりました。C病院の手術室は病棟3階にあり、看護師と共に歩いてゆきました。手術室内をじっくり見渡す余裕はありませんでしたが、血管造影検査を行う手術室内のイメージはB大学病院と同じような感じでした。

中央に患者を載せる寝台があり、頭部付近に患者の首から頭部を撮影するための回転式のX線発生装置や感光板などがセットされています。さらに寝台の中央情報にカテーテルの位置などをモニターするためのディスプレイや患者の心電図、血圧などのモニター画面があります。

患者はベッドに寝かされ、全身を固定、さらに頭部を固定されます。私の場合は左腕に血圧計、さらに手術衣の隙間から心電図の電極が装着されます。左手には既に前夜からの点滴の針も刺さっています。

固定が終わると手首に麻酔注射が打たれます。何度か注射針が刺される痛みを感じます。麻酔が効いてくるとメスで手首が1mm程切開され、右手首の動脈が露出され、そこにカテーテルを挿入するための穴が開けられる筈です(ここは実際に見ていません)。動脈に穴が開けられ、カテーテルが挿入される際に、血液の凝固防止剤のヘパリンが注入されているようです。
1
カテーテルが右手首から挿入されるとその先端の噴射口は上の図の右鎖骨下動脈から大動脈弓に入ってきます。担当医はカテーテルの噴射口の位置をモニターで確認しながら造影剤の噴射を行います。造影剤はCTスキャンなどと同様のヨード造影剤が用いられます。

私は撮影担当医の指示に従い、「息を吸ってそのまま止める」を繰り返します。最初は左総頸動脈に噴射口が置かれ、噴射された際は顔面下、顎の斜め下からおでこにかけて暖かい液体が流れてゆくのを感じました。これは2014年4月のB大学病院での検査の時と同じでした。また、閉じた瞼の中で金色の流星群や花火を見ているように斜め下から光るものが移動する感触もありました。最初は同じ位置での噴射を造影剤の量を増しながら繰り返したのか(あくまで私の推測ですが)、最大両の造影剤が流された時は左脳に一瞬激痛を感じました。

その後、こちら側の感覚からは7通りくらいの噴射口の設定で造影剤が流され写真が撮られたのだと思います。B大学病院の検査でも聞きましたが、ハンマーで数回叩くような音がするのはなんなのでしょうか。まさかカテーテルの挿入、引きを行っている音とは想像しにくいのですが。

担当医によれば、この時点で「左内頸動脈が詰まって血流が無いにも拘わらず、私自身、脳梗塞の症状のない理由が分かった」とのことでした。

Dsc02186 2017/12/6朝6:00時点での写真 既に血は止まっており、傷口の大きさは2mm弱

手首の止血は写真のようなスポンジ付きのプラスティック板を手に巻き止血する方法が採られました。

検査は約1時間で終了し、帰りは車椅子で病室に戻りました。実は車椅子に乗るのも、B大学病院での検査以来ですが、車椅子に乗っての視点は映画「アマデウス」のラストシーンを思い出します。

その後、約1時間ベッドで安静、昼食となりました。

5日の検査はこれだけで、点滴は4日夜以来、24時間、生理食塩水500ml2本が投入されました。夕刻、主治医から血管造影検査で判明したことを聞きました。

○超音波エコー検査やMRIで予想されたように血管造影検査でも左内頸動脈はほぼ当初プラークが見つかった場所の直後で詰まっていることが明らかになった。
○血管の詰まりを除去するためにカテーテル等で血栓を除去することも可能ではあるが、その試みによって、万が一詰まったものが脳の方に流れて毛細血管につまると脳梗塞を起こす危険がある。だから、敢えて詰まった血管に手を加えることはしない方が安全。
○左内頸動脈は詰まっているが、右側からの血液の供給(バイパス)があるため、左脳の障害(梗塞)は起こっていないようだ(ウィリス動脈輪というネットワークの一部である前交通動脈により、左右の内頸動脈系の連絡があるため)。

6日に左内頸動脈の詰まり具合をMRIで再度確認、さらに脳血流シンチグラフィー99mTc-ECDによる脳血流SPECT)を行い、左脳が右脳と同程度に血液供給されているかの検査が行われました。こちらは病棟1階のアイソトープ使用の管理区域内の診察室に行き、MRI装置の小型版のような寝台セットに寝て、頭を固定、目隠しされて頭からトンネルに入れられます。そして半減期の短い99mTc-ECDを左腕に注射、その直後から撮影開始となります。約30分間、じっと目をつぶって、脳内での99mTc-ECDの分布をモニターするのだと思います。

これらの結果は今度19日の外来診察で聞かされると思います。

心配された入院延長、すぐに手術などはなく予定通り、2泊3日で退院となりました。

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2017年12月 7日 (木)

左内頸動脈狭窄症で再び入院 その1

2014年4月に拙Blogにおいて、人間ドッグ検査でA病院の代謝内科の患者となり、その診察の一環で左側の頸動脈分岐部にプラークが発見され、某大学病院Bに検査入院し、3泊4日での検査の様子をレポートしました(記事12)。

この時点では
○狭窄の度合いは62%(造影像からのNASCET法による測定)
○それ以外の頸部、頭蓋内に明らかな狭窄や動脈瘤の形成は認められない。
○頸部エコーのデータから血流の速度は179cm/secで基準値の200を下回っており、高度な狭窄ではない。
○脳血流の様子は左側も右側同様に認められ狭窄が血流低下を引き起こしてはいない。
○頸部MRIの画像から、狭窄部のプラークはかなり水分を多く含んだ柔らかい状態と判断された。
とのことでした。

その後、半年、あるいは1年に一度程度の頻度で超音波エコー法により、狭窄前後の血流をモニターして貰っていました。2017年春から主治医のB大学病院の教授が東京のC病院に転勤され、私もC病院でフォローアップ診察を受けることにしました。

1s 左は頭部を正面から見た脳の動脈の様子 右は左側から見た動脈の様子
私は矢印の部位に血管狭窄(プラーク)が見つかりました。

今年も11月中旬にC病院で超音波エコーの診断を受けました。その際に、技師の方が「右の手足が麻痺するとか痺れることありませんか」と妙なことを訊かれました。その後、主治医の外来診察に行くと「○○さん、(私のこと)の診察券が提出されて安心したよ、もうどこかに入院しているかも知れないと思っていたからね。」との第一声に驚かされました。

と言われても私自身は、脳梗塞を疑うような自覚症状は全くありません。

話を聞いてみると、先日の超音波エコーで、狭窄部から脳に至る血管の血流が殆ど無いことが示唆されたとのことでした。恐らく、狭窄部(プラーク)が爆発して、血球や細胞のかけらなどが血栓・アテロームとして脳に向かう血管に詰まったのではないかとの診察でした。

検査の後、私の携帯や自宅宛に電話をかけたのだが電話が通じなかったので、「既にどこかに入院しているのかもしかしたら生きていないのでは」と思われていたとのことでした。
外来での診察もそこそこにすぐにMRI検査を予約し、MRIで脳血管の血流を見ることになりました。
MRIの解析像では、血流のある血管は白い筋として像になりますが、上の左図で左右対称に脳に通じる血管のうち、左側のプラーク以降の血流が全く像として写っていないことが明らかになりました。

心臓から左脳に血液を送る脳動脈のメインルートが詰まってしまっているのに、脳梗塞等の自覚症状はない・・・ということは「右側の頸動脈から左側の脳に血液が行くバイパスルートで血流が行っているために脳梗塞の症状が出ていない」ことが考えられるということになります。
ということで、12月4日から6日まで2泊3日の予定でC病院に入院、血管造影剤検査MRI検査、脳シンチグラフィー検査(核医学検査)を行うことになりました。

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2017年12月 4日 (月)

京王井の頭線 二代目1000系の時代1 一次車1701F~1705F

井の頭線で活躍した3000系、引退後の活躍はアルピコ交通、北陸鉄道などでも見られますが、まだ撮影していないので、訪問する機会があれば続編を記事にします。

続いては、現在、井の頭線で活躍中の二代目1000系の話題です。

1701_091010 2009/10/10 下北沢 1701F

1751_171113_21 2017/11/13 高井戸

二代目1000系は3000系以来、33年ぶりの新車として1995年に製造が開始され、1996年1月9日から、営業運転が開始されました。井の頭線としては初の20m級4扉車体でVVVFインバータ制御車両となりました。「京王帝都電鉄」最後の新規形式であり、「京王電鉄」と社名変更後も増備が続けられました。現時点までに3000系とおなじ29編成が登場しており、製造は東急車輌製造と日本車輌製造です。

1702_170217_21 2017/2/17 新代田 1702F

1752_170213 2017/2/13 高井戸

主要諸元

編成     5両 (2M3T→3M2T) 1701Fから1710Fまでは2M3T,1711F以降は3M2T
最高運転速度     90 km/h
設計最高速度     110 km/h
起動加速度     2.6(1710Fまで) km/h/s
3.3(1711F以降) km/h/s
減速度(常用)     3.7km/h/s
減速度(非常)     4.0km/h/s
編成定員     748
車両定員     143(先頭車)・154(中間車)
全長     20,000mm
全幅     2,864mm
全高     4,100mm
主電動機     かご形三相誘導電動機
主電動機出力     180 kW(4次車まで)
160 kW(5次車)
駆動方式     WNドライブ
歯車比     99:14=7.07:1
制御装置     VVVFインバータ制御
制動装置     回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置     京王形ATS

1703_171113 2017/11/13 高井戸 1703F

1753_171113_2 2017/11/13 高井戸

←渋谷方 1701F~1710F
               <            <             <
クハ1750ーデハ1100-サハ1500-デハ1000-クハ1700
 Tc1          M             T             M'          Tc2
  CP        VVVF SIV               VVVF SIV    CP

VVVFインバータ制御装置の制御素子は1710Fまでの奇数編成は東洋電気製造製GTOサイリスタ、偶数編成は日立製作所製IGBTです。

←渋谷方 1711F~1715F、1721F~1734F
               <            <             <
クハ1750ーデハ1100-デハ1050-デハ1000-クハ1700
 Tc1             M           M1            M2        Tc2
  CP        VVVF SIV               VVVF SIV    CP

1704_170213_21 2017/2/13 永福町 1704F

1754_170218 2017/2/18 高井戸

1711F~1715Fは東洋電気製造製IGBTでデハ1000形にはユニットを組むデハ1050形も制御するATR-H8180-RG682A-Mを、単独M車のデハ1100形はATR-H4180-RG683A-Mを搭載しています。1721F以降は日立製作所製IGBTでデハ1000形にVFI-HR2820Kを、デハ1100形にVFI-HR1420Tを搭載しています。

1705_170507_21 2017/5/7 高井戸 1705F

1755_170507 2017/5/7 高井戸

パンタグラフが3基搭載で、1710Fまではサハにも搭載されており、1710Fのデハ1010でシングルアームパンタが試験搭載された後、1711Fから新造時からシングルアーム式が搭載されました。

一次車は1995年度製造で、
1701F  1995/11/17  東急
1702F  1995/11/21 東急
1703F  1996/1/19  東急
1704F  1996/2/1     東急
1705F  1996/2/15   日車

本日から取り敢えず2泊3日で不在となりますので、その間updateは行えません。

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2017年12月 3日 (日)

京王井の頭線 その路線と3000系の時代 その6 伊予鉄道3000系

伊予鉄道株式会社は松山市に本社を置く、中予地方で鉄道、軌道、路線バス、貸切バス事業を展開する会社で、伊予鉄道会社として1887年に創立、民営鉄道としては日本で2番目の歴史を持つ老舗企業です。因みに最も古い民営鉄道会社は1885年設立の阪堺鉄道~南海電気鉄道です。

最初は松山の外港三津と松山を結ぶため、軌間762mmの軽便鉄道で1888年に開業しました。四国初の鉄道となりました。1892年には三津~高浜間延伸開業し、高浜線が全通しました。1893年には外側(現在の松山市)~平井河原が開業しました。その後、道後鉄道により、道後線、南予鉄道により、郡中線が開業、1900年にはこれらの会社を合併し、現在の路線体系が出来上がって行きました。

伊予鉄道路線データ
<高浜線>
路線距離(営業キロ):9.4km
軌間:1067mm
駅数:10駅(起終点駅含む)
複線区間:梅津寺 - 松山市間
単線区間:高浜 - 梅津寺間
電化区間:全線(直流600V)
松山市駅高浜方にあるき電区分所(直直セクション)から松山市駅構内の間は750V。
閉塞方式:自動閉塞式
最高速度:60km/h
車両基地:古町車両工場(最寄駅・古町駅)
最大連結車両数:4両
連結車両数(日中):2 - 3両
<郡中線>
路線距離(営業キロ):11.3km
軌間:1067mm
駅数:12駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流750V)
閉塞方式:自動閉塞式
最高速度:65km/h
車両基地:古町車両工場(最寄駅・高浜線古町駅)
最大連結車両数:3両
<横河原線>
路線距離(営業キロ):13.2km
軌間:1067mm
駅数:15駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流750V)
閉塞方式:自動閉塞式
最高速度:65km/h
車両基地:古町車両工場(最寄駅・高浜線古町駅)
最大連結車両数:4両

700_021222 2002/12/22 大手町 伊予鉄道700系

伊予鉄道がこれまでに多くの京王車両を譲受されています。古くはデハ1400形、デハ1800形、クハ1200形が1974年モハ130系として、1984年から1985年にかけて2010系が800系として、1987年から1994年にかけて初代5000系が700系として導入されてきました。そして2009年8月24日から3000系が800系や700系の一部を置き換えるために3000系として導入開始されました。改造は岳南電車と同じく京王重機整備にて主に下回りの改造が行われ導入されました。

Dsc03167 2014/12/20 大手町 3301F

種車は軽量車体で製造され、リニューアル工事を受けた第20-29編成のクハ3700形(Tc1)-デハ3000形(M1)-クハ3750形(Tc2)の3両ずつが、2009年度、2010年度に12両ずつ、2011年度に6両が導入され、上記の郊外線3線の車両のうち、6割が更新されました。

前面の普通鋼製のカラーマスクは全てアイボリーになりました。制御方式は界磁チョッパ制御からIGBT素子によるVVVFインバータ制御になり、軌道線ではモハ2100形がありますが、鉄道線では初となりました。

クハ3770-デハ3020-クハ3720 →クハ3301-モハ3101-クハ3501

        |                   |

クハ3779-デハ3029-クハ3729  クハ3310-モハ3110-クハ3510

3000141220 2014/12/20 大手町 3301Fと3303F

電気方式は直流600/750Vになっています。パンタグラフはクハ3300形に、車椅子スペースはクハ3500形に設置されています。

最高運転速度     65 km/h
設計最高速度     70km/h
起動加速度     2.4km/h/s
減速度(常用)     3.5km/h/s
減速度(非常)     4.0km/h/s
編成定員     395
車両定員     128(クハ3300)、138(モハ3100)、129(クハ3500)
車両重量     27.9t(クハ3300)、32.1t(モハ3100)、26.1t(クハ3500)
編成重量     86.1t
全長     18,500 mm
全幅     2,844 mm
全高     4,100 mm
台車     東急車輛製造製TS801B(モハ用)、TS821 (A?) (クハ用)
主電動機     かご形三相誘導電動機
東洋電機製造製TDK6333-A
主電動機出力     120kW
駆動方式     中空軸平行カルダン
歯車比     85/14=6.07
編成出力     120kW×4=480kW
制御装置     VVVFインバータ制御
東洋電機製造製RG6010-A-M
(IGBT素子)
制動装置     回生/発電ブレンディング併用HSC電磁直通ブレーキ
保安装置     ATS

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2017年12月 2日 (土)

京王井の頭線 その路線と3000系の時代 その5 岳南電車で活躍中の元京王3000系2 岳南8000形

昨日に続き、岳南電車(岳南鉄道)に譲渡された元京王3000系、今回は2連バージョンの8000形です。

Dsc09304 2017/3/10 岳南富士岡

7000形が1996年からの登場でしたが、その時には5000系は完全に淘汰されずに予備車として残っていました。その5000系を完全に置き換えるため、2002年11月16日から運転開始されました。

種車となったのはデハ3110+デハ3060の第10編成の一部で、元々は中間車に運転台を取り付けての導入となりました。ただ、7000形の時とは時期が異なり、運転台機器は京王6000系由来のものになったため、同鉄道としては初のワンハンドルマスコン方式となりました。

Dsc09308
運転台改造の工法も変更され、運転席後方の窓は連結面の小型窓を再利用しています。3060は1967年1月20日、3110は5連化に伴う追加で1972年11月15日竣工と製造時期が異なり、冷房機器なども2両で異なります。2002年という導入時期から、車椅子スペースも設けられ、バリアフリー対応が図られました。

Dsc09335 2017/3/10 岳南江尾

7000形との識別で緑の塗装、京王2700系などのグリーン車とは多少違う、になり、公募により、「がくちゃんかぐや富士」との愛称が与えられました。岳南線沿線は竹取物語発祥の地であることから、「かぐや」が入っています。

ちなみに日本各地に竹取物語発祥の地があり、
静岡県富士市
京都府向日市
奈良県広陵町
奈良県高取町
岡山県真備町(現、倉敷市)
京都府八幡市
京都府長岡京市
広島県竹原市
香川県長尾町(現、さぬき市)
鹿児島県宮之城町(現、さつま町)
滋賀県長浜氏木之本町   などがあります。

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2017年12月 1日 (金)

京王井の頭線 その路線と3000系の時代 その4 岳南電車で活躍中の元京王3000系1 岳南7000形

これまで3回の記事で京王井の頭線3000系の誕生から廃車までを見てきましたが、これからは各私鉄に譲渡された元3000系の様子です。
第一回は岳南電車に行った3000系のうち単行で活躍中の7000形です。

岳南電車はかつて岳南鉄道が鉄道事業を経営していましたが、2011年度の貨物輸送廃止などによる経営悪化により、2013年度から岳南電車が発足し、鉄道事業が移管されたものです。そういった経緯により、現在も存続する岳南鉄道のメインの業務は不動産業、物品販売事業、さらにグループ会社の表富士観光の運営するゴルフ場事業となっています。

岳南電車が運営する岳南線
路線距離:9.2km
軌間:1067mm
駅数:10(含む起終点駅)
複線区間:なし
電化区間:全線
閉塞方式:自動閉塞式 の路線です。

1936年8月5日
、日産重工業専用鉄道として使用開始され、1949年11月18日に岳南鉄道により、鈴川(現、吉原)~吉原本町間が開業、1953年1月20日に岳南江尾まで開通し、全線開通となりました。

7001_170310_3 2017/3/10 岳南江尾 終点で休む7001

7001_170310_6 吉原側の顔は前パンスタイルになるため、3000系としてみれば違和感があります。

1981年に導入されたアオガエル東急5000系を譲受した岳南5000系を置き換えるため、3000系の5連化で新製された1M方式のデハ3100形3103、3101、3102が京王重機整備で両端窓の撤去、3000系クハ3700,3750と同じタイプの橙色FRPカバー付き運転台を新設、運転台設備や尾灯は京王初代5000系のものを使用、冷房用SIVを設置しました。
7001以外の7002,7003はジャンパ線で総括制御が可能となっています。

Dsc09301 2017/3/10 岳南富士岡
7000形導入以来のオレンジ顔

1996年12月5日に7001、1997年9月22日に7002、7003が竣工しました。
7002,7003は3000系第1,2編成由来の車両ですが、デハ3100形のため、客用扉は片側両開き3扉で、車体長も18.5mと第3編成以降と同じとなっています。

Dsc09291 2017/3/10 岳南富士岡
7003は検修庫にいました。

2016年3月20日からは7001の塗装がブルーグリーンカラーに変更されました。

7002_120109_2 2012/1/9 吉原
もともとデハ3100の中間車に両運転台を付けた車両ですが、あたかも最初から両運転台で製造されたの如く違和感なく出来上がっています。

7002_170310 7002 運転室

7002_170310_2 7002 マスコン、ブレーキハンドル メーター類

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