2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 若松駅
若松~折尾間は九州島に深く入り込んだ洞海湾の北側を鹿児島本線と並行に走っています。筑豊の炭田で採掘された石炭を若松の港から積み出すために1893年に飯塚から若松まで筑豊興業鉄道が線路を敷設しました。
最盛期の石炭取扱量は1000万トン/年で日量にして28000トン、13トンから17トンの石炭車に換算すると毎日1900両弱の石炭車がヤマとの間を往復していたことになります。
明治時代、石炭積み出し港としての役割を担った若松港でしたが、水深が3mと浅く、干潮時には1.5mほどの浅瀬となるため大型船が入港できず、外海に停泊する大型船まで積載量80トンの艀でピストン輸送する状態でした。
この問題を解決するために炭鉱主達は若松築港株式会社を立ち上げ、国から補助金を得て、港の整備のための資金を調達し、干潮時でも水深9mの港を完成させました。
終端の若松駅には石炭車入換のための操車場が設けられ、その面積は35万平方メートルで機関区、客貨車区、鉄道工場、保線区も設置され、1500人の職員が働く職場となっていました。
この碑文の”42万平方キロメートルの鉄道用地に35万平方キロメートルの操車場”、日本の国土面積は37万8千平方キロメートルの筈ですが。
この碑の側の久岐の浜広場には9600形蒸機19633号が保存されています。
駅前には完成時「東洋一の吊り橋」と言われた若戸大橋が見えます。
全長627m、最大支間長367m、1958年に着工し、1962年9月26日に開通しました。
一方、洞海湾、直線距離400mを舟で渡る「若戸渡船」も残っています。
北九州市産業経済局渡船事業所によって運営されており、明治以前から運航されており、1889年に若松村により、1919年には若松氏と戸畑町の共同運航になりました。1930年4月2日には乗客179名のうち72名が死亡するという痛ましい沈没事故が起きています。
若戸大橋の開通時に貨物線は廃止され、旅客船も廃止の計画でしたが、市民の強い要望で存続となりました。運賃は大人100円、子ども50円です。
駅構内にはかつて石炭輸送に活躍したセム1000が保存されています。
この時は非電化の若松線にはキハ47などのキハ40系が活躍していましたが、2017年3月4日のダイヤ改正でBEC819系が投入され、全列車電車に置き換えられました。
ちなみに写真のキハ47 8000番台は車体の割にエンジン出力の低いキハ47の性能向上のため、1999年より、機関をコマツ製SA6D125H-1A,液体トルクコンバータを新潟コンバータ製TACN-22-1612Aに更新した番号区分です。
仕様
車両性能 最高速度: 95km/h
全長 21300mm
全幅 2903mm
全高 4055mm
台車 DT22D (動台車) TR51B (付随台車)
駆動機関 SA6D125H-1A (300PS)
液体変速機形式 TACN-22-1612A
冷房装置 AU600K
設計 JR九州
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コメント
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B767-281様こんにちは。石炭は黒いダイアと言われて日本のエネルギーの大きな一翼を担っていましたね。小学校の社会科では、北海道や九州では採掘が盛ん、と習った覚えがあります。CO2問題がありますが、トイレなきマンション原発よりよっぽどいいと思えます。立民が原発廃止法案を出すようですが、安倍打倒の一つの切り札になるよう、野党はまとまって欲しいです。(ゆとうは除いて)前にもどこかでコメントしたと思いますが、キハ47が八高線に入ったとき乗りに行きましたが、アコモは素晴らしいですが、何とも非力な印象でした。
投稿: 細井忠邦 | 2018年1月 6日 (土) 13時54分
細井忠邦さま、おはようございます。
筑豊の石炭産出、若松などへの輸送、そして八幡での製鉄、まさに明治の富国強兵の時代の象徴として、日本の近代化に貢献した場所ですね。
エネルギーとしてはその後、石油に取って代わられましたが、原子力は人間がコントロール出来ない怖さと、核のゴミの問題があり、あれだけの事故を起こして、その収拾もままならない状況で再稼働を推進するというのは馬鹿としか言いようがないと思います。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2018年1月 7日 (日) 05時02分