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2018年1月31日 (水)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 博多駅の「ななつ星in九州」 その3

二日間、西武鉄道の話題に飛んでいましたが、再び2017年10月の福岡旅行、博多駅での「ななつ星in九州」の話題に戻ります。

今回から客車の話題です。7両の客車で構成されており、

1号車 マイ77-7001
2号車 マシフ77-7002
3号車 マイネ77-7003
4号車 マイネ77-7004
5号車 マイネ77-7005
6号車 マイネ77-7006
7号車 マイネフ77-7007 となっています。

かつての一等車の「イ」と寝台車の「ネ」の組み合わせが登場したのは58年ぶりのことだそうです。

1~3号車がJR九州小倉総合車両センターで製造、4~7号車が日立製作所で製造されました。小倉総合車両センター製造分の車体構体も日立製作所で製造されています。

7両編成になったのはJR九州の山間部の路線を走る際に線路、駅設備の制約から機関車を含めて8両,全長160mが限界だったからだそうです。

車体は817系のアルミニウム合金ダブルスキン構造が採用されており、全長20,500mm、車体幅2,936mm、全高は客室内の天井の高さを最大限確保するため、車両限界に近い4,080mmとしました。

ブレーキは電気指令式空気ブレーキを採用しており、1号車と7号車にブレーキ読替え器を搭載して、機関車から客車へのブレーキ指令を送るブレーキ管の圧力変化を電気信号に読替えてから電気回路で各車にブレーキ指令を送りブレーキを作動させています。また、電気指令式空気ブレーキが使用できない場合には、各車にバックアップで搭載されたCL形自動空気ブレーキに切替えて運転を継続できるようになっています。

今回の記事では1、2号車について紹介します。

Dsc09897
号車番号は車体側面に大きく数字が描かれています。
展望室車端部に非常用扉が設置されていますが、通常の乗降用扉はありません。

Dsc09896 1号車 マイ77-7001

1号車は門司港よりに連結されていましたが、ラウンジカー「ブルームーン」で共用空間のラウンジと展望室が設けられています。バーカウンターとピアノも車内にあり、床下には発電用エンジン(SA6D140HE-2)が1基搭載され、交流発電機DM700K (定格容量440kVA)で440V,60Hzの交流電源をKE70ジャンパ連結器を介して1~4号車に給電する体制となっています。エアコンはAU700K(冷房能力21,000kcal/h、暖房能力8kW)を2基搭載しています。

Dsc09899

Dsc09898 2号車 ダイニングカー「ジュピター」

食堂車で、床下に発電用エンジン SA6D140HE-2で交流発電機DM700K (定格容量440kVA)を駆動し、三相交流440V、60Hzを出力しています。こちらは通常、5~7号車に給電しますが、静粛性を要求される場合はどちらか1基で対応することも可能となっています。エアコンは1号車と同様に AU700K(冷房能力21,000kcal/h、暖房能力8kW)を1両に2基搭載しています。

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2018年1月30日 (火)

西武多摩川線に行った赤電塗装の247F

昨日に続いて西武鉄道の話題ですが、1月24日水曜日から多摩川線で、赤電塗装の247Fが走り始めたとのことなので、29日月曜日、小平からつくばへの移動の行程で大きく寄り道して撮影して来ました。

Dsc03219 2018/1/29 武蔵境

武蔵境で折り返し9:06発の135レになる列車は253Fでした。この編成に乗車し、新小金井まで行くと

Dsc03223
交換したのは247Fでした。

Dsc03226
ここで下車して、連雀通りを超えた先の線路脇でまずは狙うことにしました。

Dsc03227 2018/1/29 新小金井~多磨

日中は3本の編成が往復していますが、3本目は245Fでした。

Dsc03229
Dsc03230 139レで是政に向かう247Fを撮影。

Dsc03244
新小金井駅まで戻り、次は141レで白糸台駅へ

Dsc03239
白糸台で是政から戻ってきた247Fと交換

Dsc03261
Dsc03263

駅南の踏切からホームに入線するシーンと出発するシーンを狙いました。

Dsc03247
西武多摩川線と京王線は白糸台のすぐ南で交差していますが、駅は直接つながっていません。それでも歩いてゆける距離なので、

Dsc03270
帰りは京王線武蔵野台駅から笹塚乗り換えで都営新宿線、岩本町、秋葉原経由でつくばに向かいました。

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2018年1月29日 (月)

西武多摩湖線にやって来た伊豆箱根塗装の249F

関東地方、とくに小平市内は先週22日月曜日午後から降りだし、20cm程積もった雪が、その後の連日の低温で溶けずに、道路に残っております。

そんな中、西武多摩湖線では昨年9月29日から12月31日までの予定で西武多摩川線にデビューした249F1月24日水曜日から多摩湖線を走り出しました。27日土曜日、撮影しようかと思ったら、

 ┌国分寺07120656遊園地─○
6010
 └国分寺07200741遊園地┐ 
6013
 ┌国分寺08010744遊園地┘ 
6018
 └国分寺08050821遊園地┐ 
6021
 ┌国分寺08410824遊園地┘ 
6026
 └国分寺08450852萩 山┐ 
6403
 ┌国分寺09120904萩 山┘ 
6408
 └国分寺09150923萩 山─△
6405
こういった運用で早朝は走っていましたが、9:25に萩山の電留線に入りお終いとのことで、28日日曜日に撮影することにしました。
101n_249f_180128
101n_249f_180128_2 2018/1/28 青梅街道~一橋学園間
┌萩 山05280521遊園地─○
6502
 └───────────┐
 ┌国分寺05590543遊園地┘ 
6002
 └国分寺06020618遊園地┐ 
6003
 ┌───────────┘ 
 └国分寺06500711遊園地┐ 
6009
 ┌───────────┘ 
 └国分寺07450801遊園地┐ 
6017
 ┌国分寺08210804遊園地┘ 
6022
 └国分寺09531000萩 山┐ 
6407
 ┌国分寺10121005萩 山┘ 
6410
 └国分寺10151023萩 山┐ 
6409
 ┌国分寺10321025萩 山┘ 
6412
 └国分寺10351043萩 山┐ 
6411
 ┌国分寺10521045萩 山┘ 
6414
 └国分寺10551103萩 山┐ 
6413
 ┌国分寺11121105萩 山┘ 
6416
 └国分寺11151123萩 山┐ 
6415
 ┌国分寺11321125萩 山┘ 
6418
 └国分寺11351143萩 山┐ 
6417
 ┌国分寺11521145萩 山┘ 
6420
 └国分寺11551203萩 山┐ 
6419
 ┌国分寺12121205萩 山┘ 
6422
 └国分寺12151223萩 山┐ 
6421
 ┌国分寺12321225萩 山┘ 
6424
 └国分寺12351243萩 山┐ 
6423
 ┌国分寺12531245萩 山┘ 
6426
 └国分寺13011309萩 山┐ 
6427
 ┌国分寺13231316萩 山┘ 
6430
 └国分寺13311339萩 山┐ 
6431
 ┌国分寺13531346萩 山┘ 
6434
 └国分寺14011409萩 山┐ 
6435
 ┌国分寺14231416萩 山┘ 
6438
 └国分寺14311439萩 山┐ 
6439
△─国分寺14521445萩 山┘ 
6442

101n_249f_180128_21
101n_249f_180128_23

2018/1/28 一橋学園~青梅街道
赤電塗装の247Fの時もそうでしたが、多摩湖線の色物電車、あまり西武遊園地までは行かず、国分寺~萩山間の往復が多いようです。
なお、心配された247F1月24日から多摩川線での運用に就いたようですね。

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2018年1月28日 (日)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 博多駅の「ななつ星in九州」 その2

博多駅での「ななつ星in九州」の観察、まずは牽引機関車のDF200-7000からです。

Dsc09916 2017/10/14

JR貨物が1992年から製作している電気式ディーゼル機関車をななつ星in九州用のアレンジしたもので、北海道などで活躍中のDF200同様、川崎重工業が2013年に製造しました。

主要諸元
軸配置          Bo-Bo-Bo
軌間          1,067 mm
全長          19,600 mm
全幅          2,805 mm
全高          4,078 mm
運転整備重量     96.0 t
軸重          16.0 t
動力伝達方式     電気式
機関           V型12気筒ディーゼル機関
機関出力      1,800PS/1,800rpm × 2基
発電機           東芝製FDM301形 × 2基
主電動機     FMT100形 × 6基
主電動機出力     320 kW
駆動方式     1段歯車減速吊り掛け式
制御方式     VVVFインバータ制御
最高運転速度     100 km/h
定格出力     1,920 kW (1時間)

Dsc09885

外装は、「古代漆」を基調とした光沢のあるロイヤルワインレッド塗色で、灯火類や誘導員用手摺の形状などが「ななつ星in九州」のスタイルに合わせて改められており、車体側面と前面に金色の列車のエンブレムが取り付けられています。

Dsc09878 中央のグリルはダミーです。

連結器は自動連結器から密着自動連結器に変更されています。連結器の緩衝器がダブルアクション式の緩衝器に改められ、列車引き出し時や制動時に客車に伝わる衝撃を緩和する機構が追加されています。

正面向かって連結器の左上スカート部分に、並形自動連結器と連結するとき連結器の可動範囲を上下左右方向から左右方向に制約する切替レバーが設けてあります。

Dsc09917
排気ファンやサイレンサーなどに客車への騒音や振動を低減させる機能を強化するとともに、騒音の抑制が必要な場合にはエンジン1台の運転も行えるように改良されています。

保安装置はJR九州管内で使用されているATS-DKを搭載していますが、現在はATS-DKのうちATS-SK機能のみ使用しています。そのため設計最高速度はJR貨物所属車と同じ110km/hであるが、ATS-DK使用開始まで最高速度が100km/hに抑えられています。

2013年7月12日より単機での試運転を開始し、8月15日より『ななつ星in九州』を牽引しての試運転が開始され、10月15日に『ななつ星in九州』の営業運転が開始されました。

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2018年1月27日 (土)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 博多駅の「ななつ星in九州」 その1

博多駅はこれまでに何度か登場しましたが、九州鉄道が開業した九州最古の駅のひとつです。

博多という地名は日本書紀、続日本紀、日本後紀、続日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録の六国史が成立した887年頃からある地名で、中国唐代には貿易港として大陸にも知られていたそうです。
博多は太宰府の外港として古代から栄えた町であり、福岡は江戸時代に黒田氏が封ぜられ福岡城を中心に栄えた武家の町であり、那珂川を挟んで別の都市と位置づけでした。九州鉄道がが開業した際は博多の南限にあたる承天寺の境内南端部を通り現在の「出来町公園」付近に駅を開業したため博多と名付けられたそうです。

1889年12月11日、出来町公園付近に最初の駅が開業した後、1890年9月28日、現在の地下鉄祇園駅付近に移転しました。1963年12月1日に二度目の移転で現在地に高架式の駅が完成しました。4面8線の構造で、さらに2面4線の増設が可能なように設計されていましたが、それは1975年3月の山陽新幹線の駅となりました。

Dsc09891 2017/10/14 博多駅5番線ホームから出発する「ななつ星in九州」の案内表示

Dsc09875 「ななつ星in九州」のエンブレム

クルーズトレイン「ななつ星in九州」は九州各地を巡り、自然・食・温泉・歴史等を楽しむことを目的とした観光寝台列車で、2013年10月15日に運行を開始しました。

10月14日土曜日、私が博多駅に到着した9:28の時点では既にホームに入線していましたが、

Dsc09894
竹下の方から編成と同色に塗装されたDE101753号機にエスコートされて77系客車7両編成と牽引機関車DF200-7000号機がホームに横付けされていました。

Img_5865
やがて発車時刻が近づくとDE10は編成から遠ざかり、

Img_5865_2
列車はゆっくりとホームを離れ、

Img_5886
鹿児島本線を下って行きました。

これから数回に分けて編成内容を紹介して行きます。

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2018年1月26日 (金)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 千早駅

鹿児島本線の駅、今回は香椎駅の博多寄りに新設された千早駅です。

開業は国鉄香椎操車場跡地の再開発プロジェクト、香椎副都心土地区画整理事業の一環として2003年7月7日でした。

100319 2010/3/19
門司港方面 2面4線の駅のため、線路は上下線とも門司港よりデ分岐しており、左方向のカーブを曲がり切った先が香椎駅です。

Ef81_405_100319_2 2010/3/19 EF81405牽引の貨物列車

100319_2 2010/3/19 
博多方面には千早操車場があり、北九州方面から福岡ターミナルに向かう列車はそのまま、分岐して臨港線に入りますが、福岡ターミナルから鍋島や八代方面に向かう貨物列車はここで機関車の前後付け替えを行います。

Ef81_451_100319_3 2010/3/19 EF81 451号機による機関車付け替えの様子

171014 2017/10/14
千早を出発して箱崎方面に向かう下り列車から、臨港線の分岐(右手の上って行く線路)
西鉄貝塚線の名島駅の真横あたり

813_r234_110127 2011/1/27 名島駅ホームから
千早操車場の横を通過するJR九州 813系

Ed76_1017_110126 2011/1/25 国道3号線 名島橋から
千早から臨港線を福岡ターミナル方面に向かうED76 1017牽引の貨物列車

4151500_1501_100319 2010/3/19
電車も数多くの種類が走っていますが、JR東日本からの415系1500番台トップナンバー編成もここで撮影していました。

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2018年1月25日 (木)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 香椎駅 その2

昨日に続いて香椎駅です。
香椎線は糟屋炭田から産出される石炭を西戸崎港に輸送するため、博多湾鉄道(後の博多湾鉄道汽船)により建設された鉄道路線です。

40_2037_051210 2005/12/10 
キハ40 2037とキハ47の併結列車
キハ40の2000番台は、北海道用100番台、東北用500番台に対して関東地方以西の暖地向け仕様として1979年に製造開始された番台区分です。

47_19_051206 2005/12/6
キハ47 18ほかのキハ47同志の併結列車

47_1076_051209 2005/12/9
キハ47 1079 ほかの併結列車

キハ47の1000番台は暖地向け、金属バネ台車装備のキハ47の0番台に対して、1978年から増備されたトイレ無しバージョンで1001~1134の134両が製造されました。

47_8072_100830 2010/8/30
キハ47 8072

47_9031_051209 2005/12/9
キハ47 9031他

キハ47の8000, 9000番台1999年から機関をコマツ製SA6D125H-1Aに、、2004年からは排気ガス対策を強化したSA6D125HE-1に換装したタイプです。

47_9031_110127 2010/8/29
上の写真の9031も後年はこの塗装に

47_71_110127 2011/1/27 キハ47 71

47_79_100830_2 2010/8/30 キハ47 78

47_aql_100830 2010/8/30

さらに前面をブルー一色で塗り、側面にAQUA LINERを大書した特別塗装車もいます。
Aqua LinerというとJR西日本の山陰本線米子~浜田、益田間で運行される快速列車の愛称にもありますが、こちらは1988年から1992年にかけて夏季限定でキハ58気動車を改造した「アクアエクスプレス」(博多~西戸崎)として運転されていた列車を引き継いで2008年4月から香椎線に導入された特別塗色のようです。

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2018年1月24日 (水)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 香椎駅 その1

地元、西武鉄道の話題を3日間続けた後に再び、2017年10月の福岡旅行の話題に戻ります。
171015 2017/10/15

今回は鹿児島本線と香椎線が交わる香椎駅です。この駅も中線、上り通過列車用の線路がある関係で編成全体を撮影しやすいことから、鹿児島本線のこの区間ではよく写真を撮影してきた駅であります。

051209 2005/12/5 門司港方面
左側の線路が鹿児島本線上り線、上り通過線、下り線、右側の線路が香椎線
香椎線はこの先の九産大前の先で鹿児島本線をオーバクロスし、海の中道の西戸崎方面に向かいます。奥正面の大きな建物は九州産業大学のビルで、学会等で行ったことがあります。

051209_2 2005/12/5 博多方面

この駅はJR九州の駅であると同時に、JR貨物が第一種事業者となっている鹿児島本線貨物支線(博多臨港線)の登記上の起点駅でもあります。

開業は九州鉄道により、博多~赤間間が開業した1890年9月28日1904年1月1日博多湾鉄道粕屋線西戸崎 - 須恵間が開業した際に同線の香椎駅も出来ました。同線は1905年6月1日に新原まで延伸、そして同年12月29日、宇美まで延伸し、全通となりました。

香椎線と言えば松本清張の小説「点と線」を思い出しますし、

051210
未だ、参詣はしてませんが、香椎宮の参拝下車駅でもあります。

100830
駅ホーム上にはこういったことを周知するそれらしきものが多く見受けられます。

香椎駅で撮影した鹿児島本線の列車から、

885_sm2_171015 2017/10/15 885系 SM2編成

885_sm2_051210 2005/12/10 885系 SM2編成
同じ編成ですが2005年当時は黄色でした。
もともと「白いかもめ」としてデビューした885系も「ソニック」として活躍するようになりました。

883_ao1_051209 2005/12/9 883系 AO1編成

883_ao7_051208 2005/12/8 883系 AO7編成

今は濃紺の883系も登場時はこんな塗色をしていました。

787_bm12_051208 2005/12/8
「つばめ」でデビューし、現在はいろいろな特急に使用される787系BM12編成

783_cm25_051210 2005/12/10
こちらもJR九州、特急車両元祖783系

Ef81_303_100319 2010/3/19 
今は風前の灯状態かもしれませんが関門の主だったEF81300番台

Eh50070_120605 2012/6/5
現在は福岡ターミナルまでですが、近い将来はさらに足を伸ばすかもしれない「関門の金太郎」こと門司機関区配属のEH500

Ed76_66_051208 2005/12/8 
編成が短縮され往年の輝きを失いかけていた最晩年の「はやぶさ

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2018年1月23日 (火)

西武三代目Lトレイン 20105Fも撮影

2018年1月22日、関東地方は太平洋岸を通る低気圧(南岸低気圧)と北からの寒気で大雪の予報が出ていましたが、つくばに戻る行程で、西武新宿線と西武池袋線の運用を見ると、

20105Fの目撃情報があり、

 ┌新 宿08320735本川越─○
2754
 └新 宿08370921新所沢─△
2805
と、一往復のみ走行
20104F
 ┌池 袋05550503飯 能─○
3102
 └池 袋06040700飯 能┐ 
4103
 ┌池 袋08060708飯 能┘ 
2506
 └池 袋08120853小手指┐ 
4211
△─池 袋09500902小手指┘ 
4212
と池袋線の運用に入っています。
ということで、東伏見で20105Fを狙うことにしました。
Dsc03193 2018/1/22 東伏見
20105Fが通過する数本前には30106Fの「秩父ラッピング」も来ました。
Dsc03179
Dsc03180
こちらも最近走り始めたラッピング車のようですね。
20000_20005_160723 2016/7/25 井荻
20105Fに関してはこれまでスペシャルマーキング、HM付きなどの写真はありませんでした。

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2018年1月22日 (月)

西武の話題 最近の40000系や101N系に関して

福岡旅行の話題はまだまだ続きますが、昨日に続いて西武鉄道の話題を・

1月15日月曜日、三代目Lトレインが運転開始ということで久しぶりに池袋線西所沢へ行きました。その際に昨日、写真を紹介した9000系9108Fを見たのですが、さらに40000系も2編成見かけました。

Dsc03054
Dsc03056 2018/1/15 西所沢

Dsc03370 40101Fは第11回キッズデザイン賞を40000系が受賞したのでその記念のHMを装着しています。この賞は「子どもが安全に暮らす」「子どもが感性や創造性豊かに育つ」「子どもを産み育てやすい社会をつくる」ための製品・空間・サービスであり、優れたものを選び、広く社会へ伝えることを目的としたもので、日用品から住宅、街づくり、ワークショップ、調査研究まで幅広い分野が対象となっており、子どもが使う製品のみならず、大人・一般向けに開発されたものです。鉄道車両でこの賞を受賞したのは初めてのケースであり、最優秀賞ももちろん初めてだそうです(情報)。

Dsc03052 2018/1/15

40101Fは急行飯能行でしたが、その一本前には40103Fが回送で通過して行きました。

既にアナウンスされ、各駅にもポスターが貼られていますが、春のダイヤ改正ではSトレイン「拝島ライナー」のデビューするようで。

一方、今週24日からは「赤電247F]が多摩川線、「伊豆箱根249F」が多摩湖線運用に入るそうですが、247Fに関しては週末の観察ではここ2週間くらい走っているのを全く目撃していません。

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2018年1月21日 (日)

西武三代目L トレイン登場

今年は埼玉西武ライオンズ、球団創設40周年のシーズンということでLトレインの三代目がデビューすることになりました。編成は一代目3000系、二代目9000系でしたが、三代目は20000系となり、しかも2編成登場とのことです(西武鉄道公式ニュース2018年1月12日)。

番号は20104Fと20105Fの2編成ですが、2018年1月20日、新宿線に投入された20104Fを撮影してきました。

 ┌新 宿06320533本川越─○
2604
 └新 宿06390736本川越┐ 
2607
 ┌新 宿08420742本川越┘ 
2624
 └新 宿08460937拝 島┐ 
2307
 ┌新 宿10380949拝 島┘ 
2316
 └新 宿10411129拝 島┐ 
2317
 ┌新 宿12281139拝 島┘ 
2326
 └新 宿12311332本川越┐ 
2655
 ┌新 宿14371337本川越┘ 
2670
 └新 宿14411529拝 島┐ 
2341
 ┌新 宿16281539拝 島┘ 
2350
 └新 宿16321733本川越┐ 
2679
 ┌新 宿18331737本川越┘ 
2696
 └新 宿18371934本川越┐ 
2701
 ┌新 宿20341938本川越┘ 
2712
 └新 宿20422140本川越┐ 
2723
 ┌新 宿22432147本川越┘ 
2728
 └新 宿22512353本川越─△
2739
20日は上記のような運用に入っており、
Dsc03150
Dsc03151 2018/1/20 小平
小平で 本川越発急行西武新宿行 2670列車 を撮影
Dsc03154
井荻にて西武新宿発急行拝島行 2341列車を撮影
Dsc03160
Dsc03161
Dsc03170
Dsc03171
最後は萩山で拝島発西武新宿行急行 2350列車を撮影しました。
20000_20004_120814_2 2012/8/14 小川
20104Fのこれまでの撮影記録をみてみると、2012年には「スタンプラリー2012
20000_20004_170901 2017/9/1 中井
昨年夏には西武新宿プリンスホテルPEPE40周年の大きなHMを付けて運行されていたことが分かりました。
20105Fに関してはまだ目撃情報が無いようです。

Dsc03059 2018/1/15 西所沢
2016年1月から運転している9000系9108Fに関しては2018年度末までの運行だそうです(情報

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2018年1月20日 (土)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 赤間駅

2017年10月の旅行、これまではこの方面の出張や旅行では博多、貝塚や小倉に宿泊することが多かったのですが、今回は初めてその中間の赤間に宿泊しました。

171014 2017/10/14

門司港起点、46.5kmになり、2面4線の構造の駅です。

開業は1890年9月28日、九州鉄道が博多駅~当駅間を開通させたときに開業となりました。1909年11月5日、城山トンネル開通で遠賀川~当駅間の勾配緩和ルートが開通し、新線に切り替わりました。

171014_2 北口側の駅舎

現在の駅舎は1982年に完成した3代目で、橋上駅舎となりました。

171014_3 始発列車を待っていると北九州方面から福岡、その先に向かう貨物列車が頻繁に通過して行きます。

同駅は石炭の積み出し駅でもありました。1948年1月に操業を開始し、1956年から1959年にかけて月産約3000トンを出炭した宗像郡玄海町池田の大和炭鉱からの石炭を運搬用ケーブルで運び、当駅から貨物列車に積み込んでいました。しかし、1960年以降、月産約500トンに減少、やがて閉山となりました。

171014_4
きらめき」といえば米原~金沢間の北陸特急を思い出しますが、現在は小倉~博多間の特急に使用されています。

未成線で終わった鉄道もありました。

赤間鉄道   当駅~吉武村~鞍手郡西川村
津屋崎鉄道 津屋崎~当駅~鞍手郡宮田村~大隈町
鞍宗鉄道   当駅~鞍手郡西川村~植木町
宗像地方鉄道 当駅~東郷町~田島村~神湊町 

171014_5
元々宗像氏が領有した土地で、宿場町赤間として栄えた町ですが、駅がある場所はかつての赤間宿の中心とは離れており、駅開業で旧宿場は衰退することになりました。

171014_6

811_p106_171014 2017/10/14 811系 P106+P10編成

現行ダイヤでは深夜から早朝にかけて当駅で811系編成が留置されるようで、早朝に留置中の編成をじっくり観察することができました。811系に関しては813系同様、別記事にて詳しく触れる予定です。

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2018年1月19日 (金)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 遠賀川駅

遠賀川駅は福岡県遠賀郡遠賀町遠賀川一丁目と、遠賀が3回も出てくる所在地名を持っています。

 

Dsc00185

 

 

2017/10/14

 

現在は単なる中間駅ですが、速報版でも書きましたが、1961年までは芦屋線が、1985年3月までは室木線が分岐していました。

 

駅は九州鉄道により、博多から赤間までの開通に続いて当駅まで1890年11月15日に開通した際に開業しました。1907年7月1日には九州鉄道が国有化され、帝国鉄道庁所管となりました。

 

1908年7月1日、遠賀川河川改修で現地点に駅は移転し、室木線遠賀川~室木間が開通しました。

 

室木線は沿線の中小炭鉱から産出される石炭を輸送するために敷設された鉄道で11.2kmで新延・八尋・室木の各駅が設けられました。1960年代以降は当初の使命を失い、通勤通学鉄道となり、1974年1月20日、SLの運転終了、1981年9月18日、第一次特定地方交通線として廃止が承認され、1985年4月1日に廃止、西日本鉄道のバス路線に転換されました。

 

100829

 

 

2010/8/29
駅から南東方向に金剛山(標高562m)を中心とする連山が、見えます。その左手が直方市、さらに南西の方向が室木です。

 

1972年から1974年にかけての山陽新幹線の建設時、室木駅構内の空地が資材置き場として使用されたり、室木駅から室木トンネルまで、資材運搬のための専用線が敷設されたり、八幡製鉄所で製造されたロングレールの輸送に貢献したそうです。

 

Dsc00129

 

 

2017/10/14 芦屋町高浜町児童公園にある、鉄道記念碑

 

芦屋線は太平洋戦争後の1947年3月2日、旧日本陸軍芦屋飛行場が進駐軍に接収され、アメリカ空軍芦屋基地となり、そこへの建築資材、燃料、ジープ、トラックなどの輸送のために建設された路線です。

実はこの芦屋線は遠賀川~西芦屋間を結び1915年に開業し、小さな蒸気機関車が客車1両、貨車1両を牽引して走っていた芦屋鉄道(軌間762mm,6.06km)、1932年に廃止の路線を再利用して開業したそうです。

 

米軍専用鉄道として開業し。1950年、大蔵省の所有路線となり、国鉄に委託する方式で運営されましたが、九州地方版時刻表には路線の存在が書かれていても全国版には載せられない謎の路線で結局1961年に米軍芦屋基地が返還されると同時に廃止されてしまいました。

 

Dsc00156

 

 

2017/10/14
かつて芦屋鉄道や国鉄芦屋線が結んでいた遠賀川駅~芦屋町中心部は現在こういったコミュニティバス、あるいは

 

Dsc00111

 

 


折尾駅からの北九州市営バスで結ばれています。

 

100829_3

 

 

2010/8/29 このときはレール運搬用のコキやスイッチャーの姿がありました。

 

第三の特徴は八幡製鉄所で製造されたレールを黒崎駅で貨車に積み込み、遠賀川駅にあったレールセンターで溶接し、長尺化して保線基地に積み出す作業が行われていたことです。

 

Dsc00189

 

 

2017/10/14
昨年10月に再訪した際には建物は残っていましたが、すでに廃止されていました。

 

883_ao18_100829

 

 

2010/8/29
883系AO-18編成
この駅は中線がある関係で、編成写真を写しやすく、以前からしばしば立ち寄っていました。

 

何と言ってもショッキングだったのは2017年8月30日午前8時ごろ、駅構内の鯛焼き店付近から出火し、駅舎が全焼する火事に見舞われたことでした。

 

Dsc00157

 

 


それまでの駅舎は閉じられ、

 

Dsc00183

 

 


博多よりに臨時改札口が設けられていました。昨年12月9日に仮駅舎が供用開始されたそうです。

 

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2018年1月18日 (木)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 黒崎駅 その2

JR黒崎駅のペデストリアンデッキの下から発着している筑豊電気鉄道1951年2月15日に設立された会社です。

3003_171014_4 2017/10/14 黒崎駅前 3000形連接車

現在の路線は黒崎駅前~熊西~筑豊直方の16.0kmで、中間付近までは筑豊本線と山陽新幹線に挟まれた地域の中間を行き、筑前垣生以南は遠賀川の東側を南下し、直方に至ります。

1956年3月21日に貞元(現在の熊西)~筑豊中間間が開業し、1959年9月18日には熊西~筑豊直方間が開通し、全通となりました。黒崎~熊西間は元々、西日本鉄道西九州線の一部で、筑豊電気鉄道が黒崎まで乗り入れる形態をとっていました。

開業当初は乗務員要請が間に合わなかったため、西鉄北九州線の乗務員が乗務していたそうです。

Dsc09780
車両基地は黒崎と楠橋にあり、検車機能は楠橋で、工場機能は黒崎で担当しています。停車しているのは2000形です。

営業キロ 16.0km
軌間 1435mm
駅数 21駅
全線複線
全線直流600V電化
自動閉塞方式

Dsc09784
運行形態は昼間の時間帯コの時刻表のように黒崎駅前~筑豊直方間の列車と筑豊中間止まりの列車が12分間隔で交互に運転されています。

3009_171014
車両は西鉄北九州線との相互乗り入れの経緯から、路面電車タイプの車両で、2000形、3000形、さらに2015年から導入された5000形が活躍しています。

ちなみに路線的には直接関係ありませんが、かつて筑豊電気鉄道が乗り入れていた西鉄北九州線北方線の魚町電停で写した写真がありますので、載せておきます。

339_791218 339号車 331形
1957年から1964年にかけて、北方線の1067mm軌間用に導入された連接車

567_791218 567号車 1948年から1951年に製造された561形

2枚とも1979/12/19に撮影したものです。

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2018年1月17日 (水)

2017年10月の福岡旅行 5 鹿児島本線 黒崎駅 その1

2017年10月の福岡旅行、筑豊シリーズから次は鹿児島本線シリーズです。このシリーズでは黒崎駅、筑豊電気鉄道、赤間駅、香椎駅、九州鉄道の建設した篠栗線(吉塚~篠栗間)などについて触れようと思います。

171014 2017/10/14
黒崎駅にはJR九州の最近のタイプの駅名標以外にこういったクラッシックなタイプの駅名標もあります。

今回の旅行では速報版でもお伝えしましたが、八幡と黒崎のほぼ中間にある桃山公園のD51244号機を訪ねるため、初めて黒崎駅で下車しました。

171014_2 2017/10/14 駅南口

この駅は1891年2月28日九州鉄道の駅として開業しました。このときは後に大蔵線と呼ばれる現在の路線よりも南側の内陸部の路線として門司港~黒崎間が同年4月1日に開通しました。これは海岸部に鉄道路線を建設した場合、艦砲射撃等により、線路が破壊されると当時の陸軍が危惧し、反対したためでした。

大蔵線:小倉~板櫃信号所~大蔵~黒崎

しかしその後、海岸経由の路線、戸畑線(小倉~戸畑~黒崎)が開通、1908年には複線化、本線に組み込み(人吉本線と呼ばれた)となり、さらに大蔵線と並行する形で西鉄北九州線も開業したため、1911年10月1日には廃線となりました。板櫃信号所からは小倉裏線も分岐していました。

1710142017/10/14 再掲ですが、鹿児島本線から福北ゆたか線への分岐

当駅の西には筑豊本線の歴史の記事でも触れた筑豊本線への短絡線、現在は福北ゆたか線の分岐、起点があり、この短絡線は1893年6月30日に開業しています。

171014_3
駅は入り口が2階のペデストリアンデッキ方式になっており、そごうデパート(1979年に開店)などとも接続しています。

ペデストリアンデッキ西側の下、一階に明日の記事で触れる筑豊電気鉄道や路線バスが発着しています。

Eh50050_171014 2017/10/14 EH500-50 牽引貨物列車

さらに、黒崎駅は今でも当駅を発着する貨物列車がありますが、1984年頃までは安川電機の工場の裏を通り、洞海湾、黒崎港に向かう貨物線があったそうです。恐らく、石炭輸送のための引き込み線だったそうですが、廃線跡探索に関してはこちらのサイトに詳しく書かれています。

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2018年1月16日 (火)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その4

筑豊地方における石炭の産出は公式の記録では福岡藩が元禄末期の1700年初頭に遠賀、鞍手、嘉麻、穂波の4郡における石炭の産出状況を調査したもので、当時は農民が農業の片手間として石炭を採掘していました。1736年(元文元年)、福岡藩は石炭の藩外持ち出しを許可しました。

Dsc09994 2017/10/14 川ひらたの展示

鉄道が開通する前の石炭の輸送は。もっぱら遠賀川を利用した川艜(かわひらた)という船によるものでした。これは石炭を積載する底の平たい船で、遠賀川は比較的水深の浅い川のため、石炭を載せた船を川に浮かべそれを両河岸で人間が引っ張って進む方式でした。

Dsc00010 筑豊の炭田は遠賀川に沿って集中しています。

当初は遠賀川の河口の芦屋港まで運んでいましたが、1621年(元和7年)に堀川の掘削工事がが開始され、183年の歳月をかけて1804年(文化元年)、工事の完成で中間付近で分岐し、吉田、折尾を経由し、洞海湾にいたる水上ルートを使った輸送になりました。折尾付近は川たいら従事者の休憩場所となったそうです。

100319 2010/3/19 折尾駅前の堀川
この河は遠賀川と洞海湾を結ぶ人工運河で、川沿いの店は川ひらたとともに発展しました。

1891年8月30日筑豊興業鉄道により、若松~直方間25kmが鉄道で結ばれると、石炭輸送は鉄道による時代となりました。

Dsc09993
やがて炭鉱は筑豊御三家と呼ばれる地方財閥が実権を握るようになりました。それらは「麻生家」「貝島家」「安川家」でした。さらに伊藤伝右衛門、堀三太郎を加えた5名が筑豊の炭鉱王と言われたそうです。それらが定期的に集まり会議を開いたのが、この石炭記念館の建物でした。

直方はそういった意味もあり、筑豊炭鉱の中心的な場所であり、水運時代から彦山川、犬鳴川が合流し、遠賀川となるポイントでもありました。

Dsc00029
鉄道の時代になって直方駅は石炭輸送貨物列車の牽引機関車の機関庫が置かれ、貨物列車を仕立てる多くの線路、3つの転車台などを誇る駅になりました。

171014
転車台のひとつは現在も筑豊本線に架かる跨線橋として記念館のそばにあります。

Dsc00031

ちょっと見苦しい写真で恐縮ですが、炭鉱全盛期にはそこから石炭を積み出すために多くの支線が存在しました。それがヤマの閉山とともに鉄道も廃線となってしまいました。

Dsc00018
以前、若松駅の記事で触れましたが、若松港が整備され、大型船が入港できるようになってからはこのように貨物列車から船に石炭が積み込まれて行きました。

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石炭輸送に関わった蒸機の形式は結構多いですが、やはり一番長く、多くの両数が活躍したのは9600形式だそうです。

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2018年1月15日 (月)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その3

人間は石炭をいつ、どういったきっかけから見いだしたか?

さまざまな伝説や古文書に記載が見受けられるものの、確かな文献は少ないようで、口碑伝承として、最も古いとされているものは、三池地方における以下の記述です。

――文明元年(一四六九)一月十五日、三池郡稲荷村(とうかむら。現在の大牟田口にあたる)の百姓伝治左衛門が近くの稲荷山にたきぎをとりにいき、枯葉を集めて火をつけると、突然地上に露出していた黒い岩が燃え出したのである。これが”燃える石”つまり石炭の発見である、と伝えられている。これ以後、この附近の村人たちは、燃料として従来の薪やすみのかわりに用いるようになった。(安政六年・一八五九。橋本屋富五郎発行『石炭由来記』外などから)

また文明十年(一四七八)三月、筑前遠賀郡香月村の畑部落の金剛山で土民が黒い悪臭を出しよく燃える石を掘り出して献納、城主の杉七郎太夫興利はこれをかがり火として利用している。同じ文明十年には、遠賀郡垣生村で五郎太という者が、焼肥(ちりとかほこりなどをむし焼きにした肥料)をしていた時、偶然わきにあった石に火が移り燃えだした。このことは後に石炭を運搬する小舟を彼の名をとって“五郎太夫”というようになったといわれる。

麻生百年史から、原文のまま)

地中に埋蔵される固体の石炭をどうやって掘るが、採掘方法は大きく分けてふたつあります。

ひとつは露天採掘法で地表近くの炭層までの表土を除去し、ショベルで掘り、トラックで運ぶという比較的単純な方法で、経費がかからないこと、大規模な展開が可能なことメリットですが、デメリットとして森林破壊が進み、生産が天候に左右されること、深い場所に存在する炭層に対して表土の剝土に経費が懸かることなどがあります。
アメリカのBlack Thunder炭鉱や中国の神華集団補連塔鉱などがこの方法で採掘されています。
Dsc00006 炭鉱の模型 炭層に合わせて坑道が掘られています。

もう一つは坑内採掘法で炭層まで坑道を掘り、そこから炭層に対して一定の面積で掘る方法ですが、ロングウォール採炭法のように100~300mの幅で採炭する方法とルームアンドピラー採炭法のように坑道を格子状に掘り採炭する方法です。前者が掘り残しが少ないのに対して、後者は掘り残しが多いのが特徴です。ただ、断層などで炭層が上下などに変化する場合、後者の法が有利になります(これらの工法に関してはこちらのページを参考にしました)。

Dsc00008 人力で採掘、搬出していた時代
坑道に一家で入り、仕事していたケースも多くありました。

採掘法が機械化される前の(明治時代)は一日中坑道で「とうちゃん」が掘り(先山)、「かあちゃん」が運び出し(後山)、子どもがそれを手伝うという炭鉱一家も多く存在したそうです。とうちゃんは褌一丁、かあちゃんも腰巻きだけが多かったようです。

Dsc09997
カナリアは人間よりも先に有毒ガスを検知して囀りをやめることから、炭鉱労働者は必ずカナリアの鳥かごを携行してヤマに入ったそうです。そのために炭鉱にはカナリヤに感謝の意を込めて「鳥塚」がありました。
現代では「炭鉱のカナリア」の話は金融市場で残っているそうですが、1995年、オウム真理教の上九一色村のサティアン捜査の際などにも捜査員がカナリア籠を携行しました。

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カナリア以外にも安全灯の炎の様子など有毒ガスの発生を検知する方法が経験的にありましたが、ドイツで光の屈折を利用したガス検知器が開発され、日本の炭鉱でも利用されたそうです。

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酸素ボンベを備えた有毒マスクで炭鉱内での爆発事故などで威力を発揮しました。
糸田町の豊国炭鉱で1907年(明治40年)に大規模なガス爆発事故が発生し、炭鉱事故の恐ろしさを知った筑豊石炭鉱業組合がドイツから3台購入したときの1台だそうです。
ドレーガー式とは吐き出された呼気から二酸化炭素を吸収し、残りの窒素、酸素を混ぜて装着者の口元に送る仕組みで一酸化炭素が充満した坑内でも1~2時間の作業を可能にしました。

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それでもこの表のように死者10名以上の重大災害が多く発生しています。

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館内には模擬採炭切羽もあります。

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ジブ・カッター(チェーン式コールカッター)といった坑内採掘機械の展示

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水力採炭機

など坑道で活躍した機械の展示でした。

次回は、筑豊地方における石炭の輸送について触れます。

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2018年1月14日 (日)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その2

直方石炭記念館の話題、今回からは建物内部の展示です。まずは石炭とは何か。

1
2 2017/10/14 入場すると配られるパンフレット

今でも製鉄などで使われており、北海道釧路沖に炭鉱はありますが、石炭が日本人の日常生活から消えて久しいです。
私が小学校の頃(1968年に卒業)は毎年12月頃から翌年3月頃にかけて教室に石炭ストーブが設置され、4年生以上でのクラスでは毎朝、日直が石炭ストーブの点火、そして午後3時過ぎから灰の清掃をしていました。ストーブの周りには弁当箱を温めるためのブリキ製の棚が置かれ、午前中の教室には独特の臭いがしたものでした。石炭ストーブの点火は紙を入れ、火を点け、続いて薪を加え、ある程度、釜が暖まってから石炭を徐々に加えて行くもので、蒸気機関車のボイラー点火~蒸気圧上昇の過程と似ているのではと思います。タイミングを誤って、石炭を早めにくべると悲惨なことになるのは言うまでもありません。

私たちの学年の数学年下からは石油ストーブに転換され、ボタンひとつで点火の時代になりました。

石炭は上のパンフレットにもあるようにメタセコイアのような植物が枯れて倒れ、堆積し、地層で圧縮されて生成するといわれていますが、その条件として植物の死骸が微生物などにより分解されずに、石炭化が進むことが重要といわれています。そういった場所として、湿原や湿地帯などの、水中に死骸が没し、酸素が少ない条件で微生物などによる分解が進まないこと挙げられます。

Dsc09969
こうして石炭化が開始され、堆積年代を経て、泥炭~褐炭~瀝青炭~無煙炭と植物に含まれていたセルロース、リグニンなどから酸素や水素が減り、炭素濃度が上がって行くとのことです。因みに日本列島は環太平洋造山帯に位置し、地殻変動が盛んなため、諸外国に較べ石炭化が進みやすいといわれています。

地球上の地域によって石炭の産出する地層が違っており、ヨーロッパや北米では石炭紀(2億8千万年前頃)の地層から石炭が産出されるのに対して、日本では7~2千万年前の新世紀第三紀の地層から石炭が産出されています。そしてこの地層から出る石炭のヨーロッパ、北米では石炭化初期の褐炭が主体なのに対して、日本では瀝青炭が産出するそうです。

近年の分子生物学研究から地球上で唯一、植物繊維リグニンを分解できる白色腐朽菌が登場したのが古生代石炭紀末期(2億9千万円前)とされており、石炭紀以降に急激に有機炭素貯蔵量が減少するのはこの菌の登場によるものと考えられています。

今でも炭鉱があり、石炭が採掘されているのは製鉄における還元反応(コークスと塊状鉄鉱石を高炉に積み上げ、下から空気を吹き込み、発生するCOで銑鉄を生成させる)に不可欠であること、燃料として安価であること、輸送・貯蔵のにおいて固体であるため安全性が高いこと、貯蔵量が豊富で地球上、多くの場所に埋蔵されていることなどが挙げられます。

一方で、エネルギー量の少なさ、固体のための採掘、運搬、貯蔵コストの問題、熱効率の低さ、中国などでPM2.5が社会問題となったようにその燃焼によって発生する大気汚染物質の問題などから、工業用利用は別として一般社会から石炭は過去のものになって行きました。

次回は炭鉱における石炭の採掘の様子について触れます。

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2018年1月13日 (土)

2017年10月の福岡旅行 4 直方市石炭記念館 その1

直方駅から筑豊本線に沿って南下し、多賀神社の南側にかつてこの地方の炭鉱主達が集まって会議を開いた建物が遺されており、現在は「直方市石炭記念館」となっています。

171014 2017/10/14 筑豊本線の線路越しに見える石炭記念館の建物と野外展示物

たまたま筑豊地方の公園保存蒸気機関車を調べていたところ、記念館にも蒸気機関車等が保存されているので訪問しようということがきっかけだったのですが、筑豊地方の採炭、輸送の歴史に加えて、炭鉱における安全対策から労働環境などあらゆることが的確に纏められている記念館だと感じました。今回から数回に分けてその内容を紹介しようと思います。

Dsc09963 2017/10/14
アクセスにはいろいろな方法があり、往路は駅の南側で線路を越える道で西から行きました。

同館のWEBサイトの記述によると筑豊炭田は明治の初めから昭和51年までの約100年間に8億トンの石炭を産出し、日本の産業発展、近代化に貢献してきました。筑豊の炭鉱が閉山により少なくなった昭和46年7月、「炭鉱の歴史」を後世に伝えるため、同記念館は誕生したそうです。

Dsc09964
上の写真の道を先で左に曲がると記念館に通じる坂道に出ます。

Dsc09965
坂道を登り切ると展示されている機関車などが見えて来ます。

Dsc09966
表札

Dsc09968 WEBサイトに書かれているこの場所の歴史などが記されています。

まずは外部展示物から、

Dsc09967
C11131号機
こちらはちょうど補修作業の最中でした。補修作業を行っておられたのは直方汽車倶楽部の皆さんとのことでした。同倶楽部の公式サイトにも記念館のC11131の修復作業の記事が載っています。

Dsc09970
説明板

Dsc09972 C11の後方には石炭車セム1が

Dsc09973 説明板

Dsc09974
コッペル32号機 貝島炭鉱専用線用に1925年ドイツから輸入した機関車で1976年の閉山まで52年間走り続けました。

Dsc09987
後部には石炭車 ロト22号

さらに炭鉱における落盤事故などを想定して、万が一事故が起きたときのための救護訓練用の施設も展示されています。

Dsc00014
救護訓練坑道とそこに入ろうとする圧搾空気式機関車

以上が外部に展示されていました。

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2018年1月12日 (金)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 817系

昨日の「灰色」の813系に続いて福北ゆたか線で活躍する817系の話題です。

817_v015_051206 2005/12/6 スペースワールド V015 現在は熊本に

817_v019_020315 2002/3/15 博多 V019 現在は鹿児島に

そもそも817系という系列は筑豊本線(折尾~桂川間)、篠栗線の電化(→福北ゆたか線)に備えて製造された車両でした。

1999年、豊肥本線熊本地区に登場した815系をベースとして、前面デザイン、車内接客設備を変更し、2001年10月6日から、福北ゆたか線や長崎本線・佐世保線で営業運転を開始しました。その後、南九州地区にも投入され、さらに鹿児島本線福岡地区にも投入されています。

817_v101_071218 2007/12/10 門司 V101 現在は鹿児島に

817_v103_100319 2010/3/13 小倉 V103 現在は鹿児島に

817_v106_051206 2005/12/8 スペースワールド V108

ワンマン運転にも対応しており、消費電力は415系の53%だそうです。2001年にグッドデザイン賞を受賞しています。

車体はアルミ合金を摩擦攪拌方式(FSW)により処理したダブルスキン構造です。片側3扉、扉間に1枚の固定式大窓が設置されています。日立製作所のA-trainシステム(AはAdvanced, Amenity, Ability, AluminiumのA)を採用した815系の基本設計を踏襲しています。行先表示器はLED方式となりました。

817_v101_171014_4 2017/10/14 折尾 V1101

817_v1103_081207_2_2 2008/12/7 門司 V1103 

0,1000,1100番台までは無塗装ヘアライン仕上げでしたが、2000,3000番台は白色を基調としたアルミ塗装となりました。無塗装車に関しては近年汚れが目立ってきたことにより、銀色塗装が施されています。

817_v2002_171014 2017/10/14 博多 V2002

817_v2005_171014 2017/10/14 天道

2000番台では窓下に筋が入り、顔つきがかなり変化しました。また車体が白く塗装されています。

制御方式はPWMコンバータ+IGBF素子のVVVFインバータ制御で交流回生ブレーキと全電気ブレーキが使用可能となっています。

台車は軽量ボルスタレス方式のDT404K、TR404Kで、高速運転する3000番台以外はヨーダンパは装備されていません。

車内は0,1000,1100番台は全席クロスシート、2000,3000番台はオールロングシートとなっています。

出入り口付近には吊皮が円形に配置されているのもこの系列からで、以降に製造された813系300番台などにも踏襲されています。

817_v3002_171015 2017/10/15 香椎 V3002
鹿児島本線では813系との併結運用もあります。

3000番台のみ3両編成 クハ817-モハ817-クハ816 で後の番台は全て2両編成クモハ817-クハ816

これまでの配置の歴史を見てみると2001年に直方と南福岡に0番台が配置され、2003年には1000番台が直方に追加配置され、玉突きで0番台が直方から鹿児島、大分に転属しました。2005年にも1000番台が直方に投入
2007年には1100番台が直方に配置、そして熊本、鹿児島に0番台が転属、2012年には2000番台が直方に投入され、1000番台が鹿児島、熊本に転属しています。南福岡と直方には新車が投入され、熊本、鹿児島は直方からの転属車という、首都圏でも見られるヒエラルヒーが存在するようです。

福北ゆたか線で運用される817系は南福岡と直方の配置車両で、2017年冬の編成表データでは

南福岡 VM3001~3011
直方 VG108~114 VG1101~1104 VG2001~2007となっています。

諸元

最高運転速度     120 km/h
設計最高速度     120 km/h
起動加速度     2.63 km/h/s (健全状態かつ定員乗車時)
編成定員     258人 - 419人
車両定員     130人 - 152人
自重     27.8t - 35.2t
編成重量     62.2t - 89.8t
全長     20,000 mm
車体長     19,500 mm
全幅     2,994 mm
車体幅     2,950 mm
全高     4,295 mm
車体高     3,680 mm
車体材質     アルミニウム合金製
台車     円錐積層ゴム式ボルスタレス台車
DT404K・TR404K
3000番台のみヨーダンパ付
主電動機     かご形三相誘導電動機
MT401KA形
主電動機出力     150 kW
駆動方式     TD継手式中実軸平行カルダン駆動方式
歯車比     6.50(14:91)
編成出力     150kW×4 = 600 kW
制御方式     IGBT素子VVVFインバータ制御
制動装置     回生ブレーキ(純電気式)併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置     ATS-SK、、ATS-DK、EB装置、防護無線

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2018年1月11日 (木)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 直方車両センターの813系

813系と言えば、鹿児島本線等で活躍する「赤黒銀の電車」と言うイメージがありますが、赤の部分を灰色にしたバージョンの編成が直方車両セターに配置されており、福北ゆたか線で活躍しています。

813_r014_171014_2 2017/10/14 博多R014

813_r015_171014_2 2017/10/14 筑前大分 R015

813_r016_171014_2 2017/10/14 篠栗 R016

813_r017_171014_2 2017/10/14 直方 R017

813系は国鉄時代に新製もしくは改造により配置された421系、423系、715系近郊型電車の取替えを目的に1994年から製造されました。九州北部向け交流専用近郊型電車としての811系に代わり、増備され、JR九州としては初めてのVVVFインバータ制御(東芝製GTOサイリスタ素子)となり、車両デザインも初めて水戸岡鋭治率いるドーンデザイン研究所が手掛けた近郊型車両となりました。

鹿児島本線における813系の歴史に関しては別記事で触れますが、今回は直方車両センター配置の「黒い」813系について触れます。

813_r228_171014 2017/10/14 直方車両センター R228

813系は製造開始から、年次を追うごとに番台が変化し、
     クモハ813- サハ813- クハ813
     0番台    400番台  0番台        400番台は後に3連化で組み込み
             500番台          ロングシート車として組み込まれました  
     100番台  100番台  100番台
     200番台  200番台  200番台
     300番台  300番台  300番台
    クハ813 - モハ813 - クハ813
    1000番台 1000番台 1000番台
    1100番台 1100番台 1100番台
    2100番台 2100番台 2100番台 1100番台のR1105、R1106が一時名乗っていたもの

となりました。クモハが途中からクハに代わっているのも、当初は2連でデビューし途中から3連になったからでしょう。

813_r1002_171014 2017/10/14 篠栗 R1002

現在、直方に配置されているのは

100番台 RG014-019 3・4次車として2連で登場した編成

200番台 RG228

1000番台 RG1002,1003 の計9編成 ちなみに南福岡所属編成の編成記号はRMです。

813_r1003_100830 2010/8/3 香椎 R1003
この編成に関しては南福岡配置の時代に撮影していました。

編成の構成が変化し、電動車の連結位置が違えばパンタグラフの位置が変わっていることがわかります。パンタの形状も1000番台からシングルアーム式になりました。

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2018年1月10日 (水)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 平成筑豊鉄道伊田線

筑豊地方にはかつてヤマで産出された石炭を積み出し港や消費地である八幡製鉄所などに輸送するため多くの路線が敷かれましたが、太平洋戦争後のエネルギー転換で石炭から石油・天然ガスの世の中になり、これらの鉄道の多くが廃線となりました。

400_404_171014
400_404_171014_2 2017/10/14 直方~ 南直方御殿口

平成筑豊鉄道伊田線はそういった石炭運搬のために直方~田川伊田間 (16.1km) に敷設された路線ですが、非電化ではあるものの全線複線です。

余談ですが、非電化の複線と言えば筑豊本線-若松線(若松~折尾間)がそうですが、関東でも関東鉄道常総線(取手~水海道間があります。

日本全体でも非電化の複線はそれ程、多くなく、これら以外は

函館本線 五稜郭~七飯 森~鷲ノ巣 山崎~黒岩 北豊津~長万部
室蘭本線 長万部~洞爺 有珠~長和 稀府~東室蘭 沼ノ端~三川 由仁~栗山
城北線 勝川~枇杷島
伊勢線 河原田~中瀬古

この4線のみのようです。

1893年2月11日、筑豊本線を開業した筑豊興業鉄道が石炭運搬のため、直方~金田間を開業したのが始まりで、1897年には九州鉄道に合併されるも、1899年豊州鉄道(現在の田川線)㋨伊田まで路線を延伸させました。

Dsc00054 2017/10/14 直方駅
かつては国鉄、JR九州でしたから、JR九州のホームと隣接した場所にホームはありますが、一見停留所のような無人駅です。

1911年には直方~伊田間全線が複線化され、さらに貨物輸送のため多くの支線を開設しましたが、筑豊の産炭の終焉とともに廃止されてゆきました。国鉄時代、第3次特定地方交通線に選定され、JR九州に継承後の1989年、糸田線、田川線とともに平成筑豊鉄道線に転換されました。

Dsc00057 2017/10/14 直方
列車は日中、毎時2本ずつ出ており、一本は糸田線から田川後藤寺、もう一本は田川線を経由して行橋まで行っています。

転換後も金田からの三井鉱山の専用鉄道からのセメント輸送のためJR貨物の貨物列車が直方~金田間に乗り入れていましたが、三井鉱山のセメント事業からの撤退で2004年3月末で貨物輸送は廃止されました。

400411_100829_2
400411_100829_3 2010/8/25 田川後藤寺

この鉄道に関しては2010年8月に久大本線~日田彦山線と旅した際に田川後藤寺駅でも撮影していました。

現在、活躍中の車両は400形気動車401~412の12両と基本構造は同じで内外装をレトロ調にした500形501,1両が活躍中です。400形は2007年から、500形は2008年から活躍しており、いずれも新潟トランシス製NDCです。

平成筑豊鉄道は福岡県でよく見る鉄道で、この伊田線・糸田線・田川線のみならず、門司港レトロ観光線のトロッコ列車も北九州市から委託されて運営しています。

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2018年1月 9日 (火)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 直方駅

2017年10月の旅行では、14日土曜日に博多駅でクルーズトレイン「ななつ星」を見送ったのち、福北ゆたか線に初めて乗車し、直方に行きました。直方訪問の目的は直方市立石炭記念館の訪問でしたが、まずは筑豊本線シリーズの一環として直方駅について触れておこうと思います。

Img_5906 2017/10/14 
博多方面から直方にアプローチすると最初に平成筑豊鉄道のホームや列車が目に入り、大きく左にカーブして直方駅に到着します。

171014 2017/10/14 駅舎

何度か出てきましたが、直方は飯塚、田川とともに筑豊三都市に挙げられ、地勢的には彦山川と犬鳴川が合流して遠賀川となる合流点にあり、鉄道が敷かれる以前から石炭水運の中心的都市として重要な役割を担ってきました。福岡県の2大都市である福岡市から北東に50km、北九州市から南西に30kmに位置し、現在はベッドタウンとしての機能も担っています。

171014_2
駅前には地元の英雄、大関魁皇の像もあります。

2001年に福北ゆたか線の電化完成と同時に魁皇にちなんだ特急「かいおう」が直方~博多間に運行されました。

駅は1890年8月30日に筑豊興業鉄道により、開設されました。1899年、筑豊地方の石炭の集約、積み出しの拠点駅として拡張工事が行われ、13本の仕分け線、2つの出
発信号機が設置され、石炭車は若松、西八幡、上戸畑方面に送り出されて行きました。筑豊炭田から産出された石炭の総量は明治初年から昭和51年までに100億トンになりました。

Dsc09950 駅ホーム横

1960年9月、気動車基地が完成。

Dsc09960
かつて石炭列車が煙を上げていた場所は現在、車両基地になっており、813系、817系、BEC810系、そしてキハ40系などが休んでいます。

1989年10月1日、伊田線がJR九州から平成筑豊鉄道に転換。

別記事で触れる予定ですが旧国鉄特定地方交通線の伊田線を承継した平成筑豊鉄道伊田線も乗り入れています。

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2018年1月 8日 (月)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 BEC819系

筑豊本線、若松線、若松~折尾間を語る上で忘れてはいけないのが、非電化区間と交流区間両用に投入されたBEC819系電車です。”Dual Energy Charge Train"からDENCHAという愛称が与えられました。

819_z001_171014 2017/10/14 筑前垣生 BEC819系Z1編成

2014年11月に投入が発表され、2016年4月に1編成2両が日立製作所で落成、試運転などの後、同年10月19日にと筑豊本線、直方~若松間での営業運転に投入されました。2017年2月には2日に分けて量産車3編ずつが下松から甲種回送され、3月4日からの新ダイヤで若松線を走る全列車がBEC819系に置き換えられました。さらに直方~桂川~篠栗線~博多間でも運用が開始され、817系との連結運用も存在します。

819_z002_171014_2 2017/10/14 折尾

車体はアルミ合金製で817系をベースに305系で採用されたスマートドア(押しボタン式半自動ドア)やマルチサポートビジョン(大型液晶ディスプレイ)も導入しました。最高速度は120km/hです。

←若松
クモハBEC819   クハBEC818
VVVF SIV CP   Bt
パンタ         WC 

制御方式は回生ブレーキ付き、PWMコンバータとVVVFインバータ搭載のVVVFインバータ方式で架線の交流20kV60Hzと主変圧器で降圧、PWMコンバータで直流1600Vに変換後、VVVFインバータで三相交流に変換して誘導電動機を駆動します。コンバータとインバータの間に主回路用蓄電池と補助電源装置が繋がり、直流電力がそれぞれ蓄電と補助電源発生に使われます。

主電動機は内部を外気から遮断した全閉形外扇方式の三相かご型誘導電動機MT404K (95kW/4個)が搭載されています。出力は817系に較べて低めに抑えてあります。

819_z003_171014_9 2017/10/14 Z003編成 折尾

主回路用電池はクハBEC819形にマンガン酸リチウムイオン二次電池CH75-6を72個直列に搭載したモヂュールを3個並列(3バンク構成)に搭載しています。定格電圧は1600V(最大1814V)、定格容量383.6kWです。それぞれのバンクに異常が発生した際は入力部の電磁接触器が開放され、運転が継続できるようになっています。

BEC819系の誕生にはJR九州と鉄道総研による817系を用いた蓄電池電車試作車の歴史がありました。
直方車両センター配置のV114編成に公称値1382V~83kWのリチウムイオン電池を搭載し、2013年に筑豊本線中間~桂川、日田彦山線城野~石原間で走行試験が実施されました。走行試験終了後は当該編成は元の状態に復帰しました。

819_z003_171014_23 2017/10/14 直方

817系での試験の経験を踏まえて、蓄電池の定格電圧、定格容量ともにアップされました。

架線走行モードでは屋根上の交流遮断機(VCB)が入りの状態で、蓄電池走行モードは同遮断機が切りの状態ですが、主回路用蓄電池は主回路に接続されています。減速時には回生ブレーキから発生した電力を主回路充電池に充電します。電化された駅に停車中、10分で90km区間走行用の電力を急速充電することも可能です。

SIVは出力80kVAで電化区間ではPWMコンバータからDC1600Vの電力を、非電化区間では主回路用電池からDC1600Vの電力を三相交流440Vに変換しています。

CPは吐出量約700l/minのオイルフリーコンプレッサが採用されています。

819_z003_171014_2
パンタは折り畳み高さを3980mmに抑えたシングルアーム式で非電化区間に存在する狭小断面トンネルに対応し、上部のスリ板を4枚にして急速充電中の大電流にも耐えられるようになっています。

台車は空気バネ式ブルスタレス台車のDT409K,TR409Kです。

819_z003_171014 2017/10/14 折尾 Z003編成 運転台

マスコンは左手操作のワンハンドル式、正面に12.1インチのワイド乗務員支援モニタが装備されており、車両の状態、サービス機器の状態、主回路蓄電池の温度、電圧などの監視が可能になっています。

非電化区間に誤ってパンタグラフを下げずに進入しないようにパンタグラフインタロッックシステムが装備されています。地上側にIDタグ(パンタ下げ)があり、切換点が近づくとモニターに注意喚起の知らせが表示され、力行禁止の指令が働き車両は停止します。パンタ下げの動作でこれらは解除されますが、万が一突入すると非常制動、強制パンタ下げが行われます。

819_z003_171014_3
車内は305系や後で登場予定の817系2000、3000番台と同様の造りとなっています。

819_z003_171014_4
車端部の機器室と壁面にはマルチサポートビジョンによる情報表示がなされます。

2017年6月から7月にかけての秋田旅行で観察したEV-E801系はこの電車のシステムをベースに耐寒耐雪対応にしたものです。

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2018年1月 7日 (日)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 折尾駅

折尾という地名の由来には少なくとも2つの説があり、この付近が山続きで、その光景が折り重なる尾根のように見えたことからという説と「尾」は峰や尾根を指し、尾から降りた場所であるため、降り尾が折尾になったという説があります。1444年には折尾郷という地名が登場するそうです。

筑豊本線と鹿児島本線が交差し、かつ先日登場した短絡線の鷹見口という一見、別の駅のようなホームがあるのが現在の折尾駅です。

171014 2017/10/14 1階1番線の駅名標

開業は九州鉄道により、1891年2月28日に、さらに筑豊興業鉄道により、同年8月30日に別々の場所に開業しました。しかし、乗り換えの利便性を改善するために現在地に2社共同の駅が1895年に完成しました。1階が筑豊興業鉄道、2階が九州鉄道と棲み分けられ日本初の立体交差駅となりました。

100319_3 2010/3/19 旧本駅舎
辰野金吾の設計といわれ、1916年に当時の駅舎の外形を保ちながらハーフティンバー様式の外壁で竣工、1986年に駅前再開発と連動してコロニアル様式に改修されました。しかし、駅高架化事業で2012年10月から解体工事が開始されました。

1914年6月25日に九州電気鉄道(後の西鉄北九州線)の折尾電停が開業し、木造2階建て駅舎が1916年11月5日に完成しました。

1927年4月19日
、水巻町と芦屋町にある日本炭鉱の炭鉱を結ぶ、日本炭礦専用鉄道が開業しました。1965年に運行は停止しました。

171014_3 2017/10/14 鷹見口の6,7番ホーム

171014_6 2017/10/14 鷹見口 駅舎
本駅舎とは150m程離れており、改札外連絡での乗り換えとなります。駅舎には折尾信号通信区があります。

1965年5月1日、貨物の取り扱いは新設の東折尾駅に集約され、廃止されました。この頃、貨物線を利用し、黒崎と中間方面を結ぶ旅客列車が走るようになりましたが、折尾駅は停車しないため、電車を停車させる運動が起こりました。短絡線上にホーム(6,7番線:鷹見口)が設置されたのは1988年3月13日のことでした。

171014_2 2017/10/14 2番線から若松方面を見る
鹿児島本線の線路は高架化工事で掛け替えられていますがそれまで使っていた煉瓦造りの高架橋脚が残っていました。さらに上方に目をやると、架線がここまでで終わっているのが分かります。

171014_4 2017/10/14 直方方面

筑豊本線のホームから若松にかけては複線なのに、直方に向かう一部区間は単線になっています。先で、黒崎方面からの短絡線が左から合流しているのが分かります。

100319_2 2010/3/19 
かつて筑豊本線ホーム端にあった職員用福祉理髪所

この他、東筑軒の「かしわ飯」の駅弁販売等、折尾駅では懐かしいものを多く見ることが出来ました。

171014_2_2 2017/10/14 駅北側の工事の様子

現在、駅周辺の総合的再開発事業が進行中で、鹿児島本線(陣原~水巻)、筑豊本線(本城~東水巻、短絡線)を高架化し、鹿児島本線の線路を軸に3線を同一フロアで4面7線のホームに集約するそうです。完成は2020年3月を予定しています。

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2018年1月 6日 (土)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 若松駅

若松~折尾間は九州島に深く入り込んだ洞海湾の北側を鹿児島本線と並行に走っています。筑豊の炭田で採掘された石炭を若松の港から積み出すために1893年に飯塚から若松まで筑豊興業鉄道が線路を敷設しました。

最盛期の石炭取扱量は1000万トン/年で日量にして28000トン、13トンから17トンの石炭車に換算すると毎日1900両弱の石炭車がヤマとの間を往復していたことになります。

明治時代、石炭積み出し港としての役割を担った若松港でしたが、水深が3mと浅く、干潮時には1.5mほどの浅瀬となるため大型船が入港できず、外海に停泊する大型船まで積載量80トンの艀でピストン輸送する状態でした。

この問題を解決するために炭鉱主達は若松築港株式会社を立ち上げ、国から補助金を得て、港の整備のための資金を調達し、干潮時でも水深9mの港を完成させました。

121221 2012/12/21 若松駅 駅名標

121221_2 2012/12/21 操車場跡の碑

終端の若松駅には石炭車入換のための操車場が設けられ、その面積は35万平方メートルで機関区、客貨車区、鉄道工場、保線区も設置され、1500人の職員が働く職場となっていました。

この碑文の”42万平方キロメートルの鉄道用地に35万平方キロメートルの操車場”、日本の国土面積は37万8千平方キロメートルの筈ですが。

この碑の側の久岐の浜広場には9600形蒸機19633号が保存されています。 

121221_3
こちらの記述は35万平方メートルとなっています。

121221_2_2
駅前には完成時「東洋一の吊り橋」と言われた若戸大橋が見えます。
全長627m、最大支間長367m、1958年に着工し、1962年9月26日に開通しました。

121221_4
一方、洞海湾、直線距離400mを舟で渡る「若戸渡船」も残っています。

北九州市産業経済局渡船事業所によって運営されており、明治以前から運航されており、1889年に若松村により、1919年には若松氏と戸畑町の共同運航になりました。1930年4月2日には乗客179名のうち72名が死亡するという痛ましい沈没事故が起きています。

若戸大橋の開通時に貨物線は廃止され、旅客船も廃止の計画でしたが、市民の強い要望で存続となりました。運賃は大人100円、子ども50円です。

121221_6 2012/12/21 若松駅駅舎

121221_5 改札口

1000_121221_2
駅構内にはかつて石炭輸送に活躍したセム1000が保存されています。

40_8135_121221 2012/12/21 

この時は非電化の若松線にはキハ47などのキハ40系が活躍していましたが、2017年3月4日のダイヤ改正でBEC819系が投入され、全列車電車に置き換えられました。

ちなみに写真のキハ47 8000番台は車体の割にエンジン出力の低いキハ47の性能向上のため、1999年より、機関をコマツ製SA6D125H-1A,液体トルクコンバータを新潟コンバータ製TACN-22-1612Aに更新した番号区分です。

仕様
車両性能     最高速度: 95km/h
全長     21300mm
全幅     2903mm
全高     4055mm
台車     DT22D (動台車) TR51B (付随台車)
駆動機関     SA6D125H-1A (300PS)
液体変速機形式     TACN-22-1612A
冷房装置     AU600K
設計     JR九州

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2018年1月 5日 (金)

2017年10月の福岡旅行 3 筑豊本線 その歴史

2017年10月の福岡旅行、今回からは筑豊本線の話題です。

筑豊という名称は筑前国と豊前国の頭文字をとり、明治時代以降、石炭資源を背景に誕生した地域区分で、飯塚、直方、田川の3市はその中核都市なっていました。

筑豊と石炭に関する話題は後程、直方の石炭記念館の記事で触れる予定です。

筑豊本線は北九州の若松から筑紫野市の原田(はるだ)に至る路線ですが、鹿児島本線黒崎からの連絡線~折尾~桂川(けいせん)(篠栗線)博多間は電化され福北ゆたか線という愛称が与えられ、若松~折尾間は若松線、桂川~原田間は原田線といった愛称が与えられており、今は筑豊本線という呼び方をあまり聞かないのではと思います。

筑豊本線はいくつか日本一の特徴を持った路線でした。

・本線を名乗るJRの路線としてはその距離が66.1kmと最短の路線でした。しかし、2016年12月5日に留萌本線留萌~増毛間が廃止されたため、最短は留萌本線(50.1km)に譲りました。

・全線が大都市近郊区間(福岡近郊区間)に含まれる唯一の路線でしたが、2009年3月14日にJR東日本の総武本線成東~銚子間が東京近郊区間に含まれたため、総武本線も全線が大都市近郊区間に含まれる路線となりました。

開業は1891年8月30日、筑豊興業鉄道が若松~直方間を開業しました。1894年に社名が筑豊鉄道に変更され、九州鉄道を経て、1907年に国有化されました。原田まで開業したのは1929年12月7日のことで、それまでに飯塚から長尾線、漆生線、上山田線などの支線が開業、分化しています。

171014 2017/10/14 黒崎を発車した福北ゆたか線経由博多行きの電車の前面展望
ポイントで左に分岐すると短絡線に入ります。

171014_2 右側の複線は鹿児島本線で折尾駅高架ホームへ

171014_3
やがて鷹見口と呼ばれる折尾駅の短絡線ホームが見えてきます。

これらの光景も折尾駅の周辺連続立体交差工事が終わると見られなくなるはずです。

1893年6月30日には九州鉄道の黒崎駅と筑豊興業鉄道の中間駅を結ぶ短絡線が開通しました。

複線区間は若松~折尾、折尾~飯塚
折尾駅構内の若松方面との連絡線は一部単線
黒崎~東水巻間の短絡線は複線

2001年10月6日、折尾~桂川間は交流60Hzで電化されました。

筑豊本線で忘れてはいけないのが、本州~九州直通の昼行、夜行の特急や急行が短絡線を通り、折尾~原田間を走っていたことです。

急行「阿蘇」(1950-1961年)

急行「天草」(1961-1975年)
*209レ京都1956・-八幡709-直方732/743-新飯塚800-飯塚804/808-鳥栖851-・熊本1023
*210レ熊本1755・-鳥栖1932-飯塚2015/2020-新飯塚2030-直方2045/2049-八幡2114-・京都833

特急「みどり」(1965-1967年)
みどり」は「かもめ」の補完で1961年10月1日(実際は車両の落成の関係で同年12月15日)から大阪~博多間で走り出し、1964年10月1日から、新大阪~熊本・大分間に、1965年10月1日から、熊本発着編成が佐世保発着となり、筑豊本線経由となりました。1967年10月1日581系を使用した新大阪~大分間の電車特急となりました。

特急「いそかぜ」(1967-1968年)

いそかぜ」は1965年10月1日、大阪~宮崎間で運行開始され、1967年10月1日、「みどり」が電車特急に変更されたのに伴い、佐世保発着列車を引き継ぐ形となりました。しかし、1968年10月1日のヨンサントオ改正で「いそかぜ」の佐世保編成は「かもめ」に編入され、宮崎編成は「日向」となりました。

82_750305_4002d1975/3/5 小倉 再掲ですが、佐世保からの特急かもめ4002Dが小倉駅に到着

特急「かもめ」(1968-1975年)
*4001D 京都728・-小倉1548-直方1618/1620-飯塚1635/1636-鳥栖1714-・佐世保1850
*4002D 佐世保1050・-鳥栖1224-飯塚1303/1304-直方1321/1324-1354小倉-・京都2224

寝台特急「明星」(1975-1978年)
新幹線博多開業後、「あかつき」「きりしま」「月光」で運行されていた西鹿児島、熊本発着列車が「明星」に統合され、「かもめ」の廃止、急行「天草」の経路変更で筑豊本線経由の列車が無くなるので、下り6号、上り3号(14系)が筑豊本線経由とされました。

寝台特急「あかつき」(1978-1985年)
**4047レあかつき3号
新大阪2031・-黒崎541-直方603/607-飯塚625/629-鳥栖713/715-・佐世保912
**4046レあかつき2号
佐世保1832・-鳥栖2018/2020-飯塚2105/2106-直方2123/2125-黒崎2146-・大阪640

*1974年10月の時刻
**1981年10月の時刻

この「あかつき3号」は原田~肥前山口間で長崎編成に較べて30分遅れて通過することから、実際に誤乗する乗客がいたり、西村京太郎がサスペンスのトリックに用いたりとなかなか話題豊富な列車でした。

わたしが記憶している列車では関西~長崎・佐世保間の列車の佐世保編成が筑豊本線経由でした。

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2018年1月 4日 (木)

2017年10月の福岡旅行 2 福岡市交通局 3000系

2017年10月の福岡旅行では、空港線に続いて、天神にて下車し、七隈線も訪問しました。

3000_10_171013 2017/10/13 天神南

福岡市交通局によるルート番号では2号線が箱崎線(中洲川端~貝塚)で、七隈線(橋本~天神南)は3号線となります。2005年2月3日に現区間が開業しました。軌間は1435mmで、日本で4番目に開業した鉄輪式リニアモーターミニ地下鉄(リニアメトロ)です。

現在、日本の鉄輪式リニアモーター地下鉄とその開業年は
・大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線 1990年
・都営地下鉄大江戸線 1991年
・神戸市営地下鉄海岸線 2001年
・福岡市営地下鉄七隈線 2005年
・大阪市営地下鉄今里筋線 2006年
・横浜市営地下鉄グリーンライン 2008年
・仙台市地下鉄東西線 2015年

これらの地下鉄は一般的な地下鉄とモノレール・バスの中間的人員輸送能力が期待されており、わが国独自のシステムでもあります。一般の地下鉄に較べて建設費が廉価な小断面トンネル、小型車体を採用し、浮上せず鉄車輪で走行する非粘着のリニアモーター駆動のため、再急勾配は60%(一般の鉄道では35%)、最小曲線半径は50m(一般の鉄道では160m)まで許容されています。

福岡市中心部と西南部を結ぶ路線であり、都心部は1975年に廃止された西鉄福岡市内線の地下を走っています。現在、博多駅までの延伸工事が行われていますが、新設工事中の2000年に続き、2014年、2016年に道路陥没事故が発生しています。特に2016年11月8日の事故は全国的にも大きく報道され、記憶に新しい事故でした。

その七隈線に開業時から投入されているのが3000系です。空港線、箱崎線とは建設規格、旅客数に違いがあることから1000系2000系とは大きく異なった車両となりました。

←橋本
3100-3200-3500-3600

日立製作所笠戸事業所製造の4両編成17本が橋本車両基地に配置されています。

車体はアルミニウム合金製、片側3扉、車長17m弱、幅2.5m弱の小型です。台車は全車電動車の4両編成で中央に中間車(電動車1ユニット)を増結し、6両編成での運用も可能です。ATOを装備し、全自動運転、無人運転が可能です。制御装置は全電気ブレーキ付IGBT素子によるVVVFインバータ制御です。ワンマン運転のため、車掌は乗務せず、後部になるときは使用しない運転席を二人掛け通常座席としています。

3000_10_171013_2
座席はロングシートですが、座布団と背もたれが1人分ずつ分割されており、しかも背もたれは高めにセットされ窓位置も高くなっています。

2006年に第46回ローレル賞が授与されています。

仕様
最高運転速度     70 km/h
起動加速度     3.2 km/h/s
減速度(常用)     4.0 km/h/s
減速度(非常)     4.5 km/h/s
編成定員     378人
車両定員     Mc(制御電動車)89人/M(中間電動車)100人
編成重量     105.1 t
全長     先頭車 16,750 mm
中間車 16,500 mm
全幅     2,490 mm
全高     3,145 mm
主電動機     三相リニア誘導電動機
主電動機出力     150 kW 相当
駆動方式     リニア駆動方式
制御方式     VVVFインバータ制御
制動装置     回生ブレーキ(全電気ブレーキ付)併用電気指令式電磁直通空気ブレーキ、応荷重装置付き
保安装置     ATC、ATO、SR

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2018年1月 3日 (水)

2017年10月の福岡旅行 2 福岡市交通局 2000系

福岡市交通局は1993年3月3日の空港線博多駅~福岡空港駅間の開業に備えて、1000系の増備車両という位置づけで2000系を導入し始めました。

2000_1_100825 2010/8/25 筑前前原

車体は骨組みも含めてステンレス製としたオールステンレス構造となりました。配色は1000系と同じ無塗装に青と白のストライプで、1994年以降の製造車両は青・白・青のストライプとなりました。先頭部は1000系に較べて丸みのある形状になり、前照灯、尾灯は角形横一列配置となりました。前頭部も普通鋼製ではなく、ステンレスで造形されています。

2000_1_100825_2 2010/8/25 筑前前原

台車はボルスタレス空気バネ、SUミンデン式軸箱支持方式の住友金属製SS-131、SS-031A,SS-031Bです。制御方式はGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御となりました。1998年製の第24編成からはIGBT素子のVVVFとなりました。

編成は1000系と同様に両先頭車がTc,中間車がすべて電動車の4M2T方式で
←姪浜
2500(奇数)-2000(奇数)-2100(奇数)-2000(偶数)-2100(偶数)-2500(偶数)

編成番号に対して車両番号下2桁は偶数車はx2、奇数車はx2-1となっています。

1000系同様ATOを備え、空港線・箱崎線でワンマン運転が実施されています。

1992年 19-21編成 近畿車輛
1994年 22編成 川崎重工
1997年 23編成 川崎重工
1998年 24編成 日本車輌製造

全車姪浜車両基地に配置

2015年末から2016年10月にかけて内装などを中心にリニューアル工事が施工されています。

仕様

最高運転速度     85 km/h
設計最高速度     110 km/h
起動加速度     3.5 km/h/s
減速度(常用)     3.5 km/h/s
減速度(非常)     4.0 km/h/s
編成定員     854人
車両定員     146人(先頭車135人)
編成重量     197 t
全長     20,000 mm
(先頭車 20,500 mm)
全幅     2,860 mm
全高     最高 4,135 mm
主電動機     かご形三相誘導電動機
主電動機出力     150 kW
駆動方式     中実軸平行カルダン方式
制御方式     VVVFインバータ制御
(19~23編成:GTOサイリスタ素子、24編成:IGBT素子)
制動装置     回生ブレーキ併用電気演算形電気指令式ブレーキ
保安装置     ATC・ATO(地下鉄線内)
ATS-SK(筑肥線内)

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2018年1月 2日 (火)

2017年10月の福岡旅行 2 福岡市交通局 1000系

筑肥線で活躍するJR九州の車両に続いて、今回は福岡市交通局の車両です。

1000_17_850419 1985/4/19 姪浜 
登場して間もない頃の第17編成、現在の姿と較べると全面非常口扉の窓が小さいことがわかります。更新の際に大型化されました。

空港線・箱崎線用に交通局が1981年に投入したのが1000系でした。空港線が開通したのは1981年7月26日のことで、天神駅~室見駅間がまず開業し、当時は1号線と呼ばれていました。1000系の仕様に関しては当時の国鉄の意向も取り入れられました。

筑肥線は海岸近くを走行するために1000系の車体は骨組みは普通鋼、外板はステンレスのセミステンレス製とし、車体側面はビートプレス加工され、玄界灘をイメージした白と青のストライプが配されました。

全長20m、4扉構造、窓は固定式で登場当初は一部の窓が開閉式でしたが、リニューアルの際に全固定式になりました。

台車は国鉄201系のDT46系台車と似た構造の車体直結空気バネ台車で、制御方式は落成時は電機子チョッパ方式でした。運転方式はATOが装備され、1984年1月20日から日本の地下鉄としては初のワンマン運転が開始されました。

編成は両先頭車がTc,中間車がすべて電動車の4M2T方式で
←姪浜
1500(奇数)-1000(奇数)-1100(奇数)-1000(偶数)-1100(偶数)-1500(偶数)
   Tc             M1               M'1               M2               M'2                T'c

編成番号に対して車両番号下2桁は偶数車はx2、奇数車はx2-1となっています。

1982年に鉄道友の会第22回ローレル賞が授与されました。

1981年 01-08編成 近畿車輛
1982年 09-15編成 川崎重工
1984年 16編成 日本車輌製造
1985年 17編成 東急車輌製造
1986年 18編成 日立製作所

1000_11_171013_3 2017/10/13 姪浜

1985年8月7日に筑肥線内で大型トレーラーとの衝突事故が起こり、1522が廃車、1986年に2代目が製造されました。

1997年から2004年にかけて機器の更新工事が施工され、電機子チョッパ方式は素子の老朽化が進み、主電動機のフラッシュオーバーも発生し始めたため、IGBT素子によるVVVF方式に変更されました。主回路構成は1C4Mx2群構成とし、2000系との互換性も考慮されました。VVVF化改造後は1000N系と福岡市交通局のサイトでは紹介されています。

1000_15_171013_2 2017/10/13 筑前前原

仕様

最高運転速度     85 km/h
設計最高速度     90 km/h
起動加速度     3.3 km/h/s
減速度(常用)     3.5 km/h/s
減速度(非常)     4.0 km/h/s
編成定員     854人
車両定員     146人(先頭車135人)
編成重量     224t(09編成 - 18編成は222.4t)
全長     20,000 mm (先頭車 20,500 mm)
全幅     2,860 mm
全高     最高 4,135 mm
主電動機     直流直巻電動機(登場当初)
かご形三相誘導電動機
主電動機出力     150 kW
駆動方式     中実軸平行カルダン駆動方式
制御方式     電機子チョッパ制御(登場当初)
IGBT素子VVVFインバータ制御
制動装置     回生ブレーキ併用電気演算形電気指令式ブレーキ
保安装置     ATC・ATO(地下鉄線内)、ATS-SK(筑肥線内)

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2018年1月 1日 (月)

2017年10月の福岡旅行 1 筑肥線 305系

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。

305_w1_171013 2017/10/13 筑前前原 W1編成

昨日の303系に続いて、JR九州が筑肥線直流区間、福岡市交通局空港線用に2015年から、103系1500番台置き換え用に投入したのが305系です。

投入に関する概要の発表は2014年7月31日、営業運転の開始は2015年2月5日でした。3月14日のダイヤ改正までに6両編成6本が投入されました。コンセプトは「人にやさしく、環境にやさしいスマートトレイン」でデザインは水戸岡鋭治、製造は日立製作所が担当しました。

←西唐津
クハ305 モハ305-0 モハ304-0 モハ305-100 モハ304-100 クハ304
  Tc            M              Mp             M1                  M1p            T'c
 ATO    VVVF   SIV,CP    VVVF      SIV,CP
 便所                  弱冷房車     

305_w1_171013_2_2
クハ305には南米産クルパウ材のフローリングが採用されています。

車体はアルミ合金押出形材を利用したダブルスキン構造が採用され、車体外板はN9.5と呼ばれる塗装色で塗られています。これにより外板の汚損や海風からの塩害から守っています。

電源・制御機器は東武70000系や東京メトロ17000系で見られた東芝製密閉式永久磁石同期電動機(PMSM)を使用した回転子の回転に同期した個別制御の1C1M制御方式でJRグループの量産車では初の採用です。誘導電動機に較べて損失が少なく、回生、力行で消費電力を103系1500番台の約57%、303系の85%に抑えています。モハ305に主変換装置、ブレーキ用抵抗器、モハ304にパンタグラフ、150kVASIV、CPを搭載しています。

ブレーキには、回生・発電ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用しており、回生ブレーキ作動時において、回生失効が起こることに備えて、ブレーキチョッパ装置・ブレーキチョッパリアクトル・ブレーキ抵抗器により構成されたブレーキチョッパシステムを搭載しています。

台車は川崎重工製の軽量ボルスタレス台車、DT408K、TR408Kです。

305_w1_171013_2
車内は白を基調としたインテリア、座席はロングシートです。つり革はナイロン製で、出入り口部分は817系などと同じく円形配置になっています。

305_w2_171013
背もたれはプライウッド製で一部にはヘッドレストが付いています。クハ305以外の床はQRコードを模した床模様となっています。

305_w2_171013_3 2017/10/13 筑前前原

保安装置は筑肥線、唐津線用にATS-SK、空港線用にATC、ATOが搭載されています。筑肥線筑前前原以西もワンマンではなく車掌が乗務します。

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