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2018年3月30日 (金)

日本橋川に沿って歩く その5 宝田橋から一ツ橋

日本橋川に沿って歩くシリーズ、5回目は俎橋の下流からです。

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Dsc03584 2018/2/19

最初の橋は宝田橋で1958年竣工の単純鋼箱桁橋です。

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通っている道は竹平通りで写真のように千代田区役所本庁舎があります。
徳川家康の江戸開城以前に丸の内からこの辺りまでの村の名前が下平河宝田村だったそうでそれに由来する由緒ある名前だそうです。

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続いての橋は雉子(きじ)橋です。鋼アーチ橋で1925年竣工です。橋の名の由来は

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この案内板にあるように勅使として来日した唐人をもてなすために雉が集められ、その鳥小屋がそばにあったことからこの名が付いたそうです。この橋の上空は首都高速都心環状線C1から池袋線が分岐する竹橋Jctの北の端になります。川はこの辺では南西方向に流れています。

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ちょっとピントが甘い写真ですが、奥の方に皇居清水濠、大手濠に架かる竹橋の欄干が見えます。

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次の橋は上を白山通りが通る一ツ橋、1925年竣工、ラーメン橋台及び鋼鈑桁橋です。上の写真でもわかりますが、白山通りは一ツ橋を過ぎてすぐに平川橋の所で内堀通りに突き当たります。橋の北側には如水会館がありますが、かつては商科大学、後の一橋大学がありました。1624年ごろの寛永図にすでに一ツ橋の橋の名前が登場していますが、松平伊豆守の屋敷があったことから伊豆橋と言われたこともあったそうです。さらに八代将軍吉宗の第四子徳川宗尹が、御三卿の一人してその屋敷後に居を構え、橋の名から一ツ橋家と称したとか。

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橋の横には毎日新聞社が入る竹橋パレスサイドビルがあり、さらに首都高速の一ツ橋ランプの入路があります。

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コメント

B767-281様お早うございます。前回の神保町界隈や今回の竹橋は、大学以来馴染みの場所で大変懐かしいです。高速が邪魔をしていない頃はどの様な風景だったのか興味深いです。関西は奈良線に205が走り始めたのが新しいところです。まだ103系4連も元気です。また湖西線では113や117が力走しています。ただし塗装が例の緑一色なのは興醒めです。

細井忠邦さま、おはようございます。

確かにあの高速道路がなかったらどれだけ水辺と町の織り成す景観が魅力的になっていたかと思うと安念ですね。

関西からのレポートもありがとうございます。

わたしも先週の関西では奈良線や湖西線は見ていませんが、京都駅を通ったときは相変わらずウグイス色の103系の姿がありました。

おはようございます。

コメントを書いていましたら、地震を感じました!
最大震度4
311大震災の余震だったのでしょうか??


日本橋川の話題、靖国通りから毎日新聞付近にかけてですね。


千代田区役所本庁舎が九段会館と並んでいますね。

今は わかりませんが、以前はCBC 中部日本放送の東京支部がありました。

その前が公務員宿舎だったと記憶しています。


目白通りを竹橋へ向かう途中に
日産プリンス東京販売 九段営業所がありました。


この日産プリンス、今から35年くらい前ですから お話ができますが、
天皇陛下の専用車 日産プリンス ロイヤルの整備を担当していました。

スカイラインGTR PGC10、KPGC10、KPGC110も整備をしていて、
日産プリンス東京販売の整備工場で S20エンジン搭載のGTRを整備が出来るのは
鮫洲、九段、三鷹がメインでした。

もちろん スカイラインの設計は 荻窪の桃井で桜井さんが主査でした。


この日産プリンス九段には 当時、ドイツ人が研修で来ていました。
バイエルン州商工会議所からの出向で、本職はBMW AG勤務で 日本だと まだBMW Japanが設立される前で 日本の自動車販売のノウハウを参考にしたと話されていました。


日本での事務所は、高輪の泉岳寺 第一京浜沿いのBMW代理店 バルコムのショールーム2階に事務所があり、真夜中まで談笑しておりました。

懐かしいです(笑)!

すいません!また長文。

準急豊島園さま、おはようございます。

昨日の朝の地震、わたしはつくばの家におりましたが、結構大きかったですね。まだ、7年目前の地震の余震なんですかねえ。

今回も非常にマニアックで有益な情報ありがとうございます。今上天皇の退位も来年に決まり、それに伴う儀式の日程も続々決まってきていますね。

そういえば日産プリンスロイヤルという車があったなと思い出しました。プリンスが日産と合併する前を知っているのも今では60歳以上でしょうか。
確かにスカイラインは桜井眞一郎氏の設計ですが、桃井工場だったのですね。かつて杉並区清水3丁目に住んでいましたから、すぐ近くでしたね。
ちなみにうちは長らくとよたユーザーでしたが、長男が昨年からスカイラインに乗っています。
一方、BMWはその名の通り、ミュンヒェンが本拠地で、1972年のオリンピックスタジアムの側に特徴的な形をしたビルがありますが、その日本進出が九段に関係するわけですね。

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