ロシアの飛び地 カリーニングラード
昨日に続き、今回もFIFA WC2018ロシア大会の話題です。
私も現役時代、ヨーロッパは何度も留学や出張、プライベート旅行で訪問する機会がありましたが、ソ連やロシアに関しては未だ訪問しておりません。
今回のロシア大会における開催都市を見てみると、首都モスクワ、最北がザンクトペテルブルク(旧レーニングラート)、最東がエカテリンブルク、最南がソチ、その他カザン、サマーラ、ニジニーノヴゴロド、サランスク、ヴォルコグラート、ロストフ・ナ・ドヌに加えて、バルト三国のリトアニアとポーランドに挟まれた飛び地のカリーニングラードでも開催されています。
カリーニングラードは1255年ドイツ騎士団による東方植民政策で開拓されハンザ同盟傘下の貿易都市としてプレーゲル川がバルト海に注ぐ河口につくられたもので、プロイセン時代はケーニッヒスベルク(王の山)と言われていました。第一次世界大戦後、ポーランドが独立した際もケーニッヒスベルクはドイツ領として残されドイツの飛び地となっていました。ヒットラーはこの飛び地解消を名目にポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発、同大戦末期の1945年1月末にソ連軍により包囲され、4月上旬に陥落しました。
ポツダム会談でケーニッヒスベルクはソ連邦に帰属となり、冷戦時代は軍事都市として立ち入りが禁止される閉鎖都市でした。ソ連としては貴重なバルト海の不凍港で造船業が発達し、琥珀の産出地としても有名でした。
ドイツの哲学者イマニュエル・カントはこの地の出身です。
同地のカリーニングラードスタジアムでは
グループB スペイン:モロッコ戦 6/25
グループD クロアチア:ナイジェリア戦 6/16
グループE セルビア:スイス戦 6/22
グループG イングランド:ベルギー線 6/28
が開催されています。
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