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2018年8月31日 (金)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その4 モ351形

1924年に製造された南海電3形1930年の称号改正でモ101形)は大型木造車両ながら主力として活躍していましたが、1960年代に入ると車体の老朽化が目立ち始め、これらを置き換え、淘汰するためにモ351形1962年に帝国車輛工業で2両、1963年にさらに3両製造されました。

351_101206 2010/12/6 我孫子道

基本設計はモ501形と共通で、車掌の視界確保のため、車掌台横の側窓が下降式から横引き式に変更された点が異なるのと、353以降の3両では折り返し時に乗務員が運転台への出入りを容易にするため座席を7名から6名に変更した点が異なります。

355_101206_2 モ355の空気バネ台車 TB-58

主電動機はモ101形から流用し、GE-247-Iを吊かけ式で装着しました。後に廃車となったモ301形の主電動機に交換されました。台車は空気バネ式KS-69(351、352)、TB-58(353-355)を履きました。制御器も東芝製PM-2A-2油圧多段カム軸式間接自動制御器が搭載されました。

354_101206 2010/12/6 住吉

因みにモ301形はモ151形やモ161形を多段式間接制御(PM-2A)に改造した際に形式変更(改番)された車両群で
     改番前               改番前
301    173         305     156
302         158         306     153
303         164         307     152
304         176                                                 といった構成でした。

355_101206 2010/12/6 神ノ木

1976年からワンマン化改造が行われ、1980年の分社化では保守管理の簡素化で他形式との共通のSM-3直通ブレーキに交換されました。1986年から冷房改造も行われ三菱電機CU77Nが搭載されましたが、重量増でブレーキ性能が低下したそうです。

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2018年8月30日 (木)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その3 モ501形

阪堺電車の路線を経営していた南海は1938年からモ101形などの大型木造車の鋼体化に取り組み、モ205形などが登場して来ました。しかし、戦後になり、これらの車両の老朽化も進み、置き換えを目的に1957年に帝国車輛工業で製造されたのがモ501~505の5両でした。当時の最先端の技術が盛り込まれた高性能車でした。
501_180324_2 2018/3/24 新今宮
The Electric Railway Presidents' Conference Committee(ERPCC)により、アメリカ合衆国で当時台頭しつつあったバスや自家用車に対抗できる路面電車として最初の100両のPCCカーが製造されたのは1936年のことでした。
529_150110_12th_imperial_tc4 2015/1/10 San Diego 12th & Imperial Tansit Center
529 PCC Car
501_180324_4 2018/3/24 新今宮
5501_130817 2013/8/17 おもいで広場 5501

日本では第二次世界大戦後の1950年代に路面電車の高速化の取り組みが行われ、PCCカーが注目され、都電5500形5501、東急デハ200形、大阪市電3000形・3001形、そして南海電気鉄道モ501形が製造されました。

503_180324 2018/3/24 新今宮

車体は全長13,000mm、幅2436mm、高さ3200mmの全金属製で座席はロングシート、制御器は自動加速制御機能を備えた多段電動カム軸式の三菱電機AB-44-6Mで主電動機は東洋電機製造TDK-830A、駆動装置は中空軸平行カルダン方式、アイドラーギアを介した2段減速方式で歯車比は84:37:13となっています。台車は一自由度系軸箱梁式台車の汽車製造KS-53台車で日本の路面電車初の量産空気バネ台車を履いています。ブレーキは電空併用非常直通ブレーキのSME-Dを搭載しましたが、1980年の分社化でSM-3に交換されました。

503_180324_2 2018/3/24 新今宮

1985年にモ501-504、1986年にモ505が三菱電機CU77冷房装置を搭載して冷房改造されました。

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2018年8月29日 (水)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その2 モ161形

2日程、別の記事の割り込みがありましたが、阪堺電車、車両編を進めます。

最初の阪堺鉄道との接点は1980年代天王寺で走行写真をスナップしたのが最初でした。

乗車は2010年12月のことで、天王寺から、一日フリー乗車券で住吉、浜寺公園、さらに恵美須町まで乗りました。その後しばらく撮影は遠ざかっており、今回の旅行で久しぶりに新今宮で撮影しました。保存車に関しては2016年9月の関西旅行で浜寺交通公園のモ121形を撮影しました。

161_101206 2010/12/6 天神の森

161_101206_2 2010/12/6 恵美須町 モ161
モ161 このときはこういった塗装でしたが、2011年に1965年当時の塗装に復元されワンマンカ―の表示は撤去、窓枠、ドアは茶色、車体はグリーン、屋根は鉛丹色になりました。

まずはモ161形からゆきましょう。南海鉄道時代の1928年から投入された車両で、御年90歳となります。161-170が川崎車輛(現、川崎重工業車両カンパニー)で製造され、171-1761931年に田中車両(現、近畿車輛)と大阪鉄工所(現、日立造船)で製造されました。

163_101206_2 2010/12/6 住吉 モ163
1928年 川崎車輛製ですが、既に廃車となっており、部品取りのため、保管されているそうです。

16両が製造されましたが、173、164、176が戦争で被災し、戦後、制御器を多段式間接制御器(PM-2A)に変更しモ301形301,303,304になり、モ151形の155,156が二代目174、二代目175となったため、15両体制となりました。

1976年からモ301形とともにワンマン運転対応改造が施工され、前面に方向幕設置、運転台側から向かって右側の扉が閉鎖され、2扉車に改造されました。161-168は車掌乗務も可能なように改造され、非ワンマンだった平野線にも使用されました。

165_101206 2010/12/6 神ノ木 モ165
1928年、川崎車輛製、既に廃車、車体は現存しているそうです。

低床路面電車として我が国で最初の連結総括運転車両でしたが、1961年5月以降、連結運転は終了し、連結器は撤去されました。

168_101206 2010/12/6 我孫子道車庫 モ168
1928年、川崎車輛製、既に廃車となっており、貝塚市のレストラン「森の小径」敷地内に保存されているとのことです。

空気ブレーキは当初、非常弁付き直通空気ブレーキ(SME)を装備していましたが、連結器撤去以来、保守管理の手間を減らすために1980年から単行運転用空気ブレーキ(SM-3)に交換されました。

169_830000_2 1983年12月 天王寺 モ169
1928年、川崎車輛製、既に廃車、解体済み

冷房化も検討されましたが、屋根構造が枕木方向の細い鋼製梁と木造キャンバス張りのため冷房装置の設置は不可能と判断され、断念しました。

2013年から2014年にかけてICカードリーダの設置、自動放送の更新が行われましたが、行先表示器はそのままで唯一の幕式となっています。

2018年3月時点で運用中なのは、161、162、164、166の4両です。

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2018年8月28日 (火)

「ぐでたまスマイルトレイン」新宿線で運行開始

今年3月4日玉川上水車両基地で開催された「拝島ライナーお披露目イベント」で登場し、池袋線を走っていた30000系8連、30805Fくでたまスマイルトレイン」ラッピング編成ですが、当初の予定通り、先週末池袋線から西武線運用に入ったようですね。

私も27日月曜日、つくばに向かう途上で、気が付き上石神井で撮影しました。

3000038105_180827_4 2018/8/27 上石神井
5015レ 上石神井止まりの運用に入っており、到着後折り返し運用には入らず、そのまま車庫に入庫となりました。

3000038105_180827_8_2

3000038805_180827_4
11月ごろまで新宿線で活躍するそうですから、いろいろな撮影ポイントで狙いたく思います。

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2018年8月27日 (月)

東京総合車両センター公開「夏休みフェア2018」

8月25日(土)は例年この時期に催される東京総合車両センター公開「夏休みフェア2018」に行ってきました。

Dsc06899

大井町駅に到着したのは開門時間後の10時20分でしたが、まだ門から連なる長蛇の列です。列の最後尾はどこなのかと歩いてみると、線路の反対側でした。列に並んで入場するまで30分かかりました。毎年、この行列が嫌で、来る時間を若干遅めにしているのですが、まだまだ甘かったようで。

Dsc06917 2018/8/25 東京総合車両センター

工場内の展示は毎年見ているので、TwitternなどでもスクープされていたEF58 61の展示がある、車両展示コーなを目指しましたが、こちらも写真撮影は人数ごとに制限入場されており、長蛇の列、それでも入場せずに写真を後から撮れるスペースもあるので、そちらから撮影することに。

展示された車両は 
EF81 81, EF58 61, EF64 1052, 209系500番台 C508編成 でした。
EF64 1052は最近、EF64 1001と入れ替わりにこの塗装になっており、今回初めて目にしました。

Img_9751

この機関車がなぜ今回展示されたのか、今後、本線に復帰することはあるのか、あるいは博物館に入るのか、解体されることはないと思いますが、今後が気になります。

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2018年8月26日 (日)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その1 概要

大阪と堺を結ぶ阪堺電気軌道は現在、恵美須町から浜寺駅前までの14.1kmの阪堺線と天王寺駅前から住吉までの4.4kmの上町線の2路線を運行しており、経営的には南海電気鉄道の完全子会社となっています。

ロゴマーク
南海電鉄と同じ形態の阪堺電軌のロゴ 
漢字で書くと全く別ですが、アルファベットではNankaiとHankai

2つの路線はこれまで異なった歴史を歩んで来ており、

101206

101206_2
2010/12/6に訪問した際の天王寺駅

180324 2018/3/24 軌道変更等で姿が変わった同駅周辺

上町線1897年5月26日に設立された大阪馬車鉄道株式会社が前身であり、1900年9月20日に天王寺南詰~阿倍野(現在の東天下茶屋)間1.7kmを、さらに同年11月29日には天下茶屋~上住吉間が、1902年12月27日には上住吉~下住吉間が延伸開業されました。

1906年頃から馬車鉄道から路面電車への動きがあり、内務大臣に申請が出され始め、1907年3月29日には社名を大阪電車鉄道株式会社に変更、さらに同年10月29日には浪速電車軌道株式会社に変更されました。

1909年12月南海鉄道株式会社と合併、大阪市電との連絡から上町連絡線と呼ばれ、1910年10月1日、天王寺~住吉神社前間の電化工事が完成、1913年7月2日には住吉神社前~住吉公園間が延伸開業し、住吉公園駅は南海線住吉公園駅に併設され、連絡駅となりました。

101206_5 2010/12/6 住吉大社

上町線も「住吉さん」への参詣鉄道としてつくられたものです。

1921年12月24日、天王寺~天王寺西門前間を大阪市へ譲渡し、現在の形になりました。上町線に関しては2016年1月31日、住吉~住吉公園間が廃止され、同年12月3日、天王寺駅前~阿倍野間の軌道が新線に変更されました。

101206_3 2010/12/6 終点、恵美須町に接近する車内から

101206_4 2010/12/6 近くには大阪名物「通天閣」もあります。この通天閣は二代目で1956年に建設されました。初代は1912年7月3日、パリの凱旋門にエッフェル塔の上半分を載せたような形態でつくられました。1943年、足下の映画館の火災で損傷し、戦争による鉄材の供出で解体されました。

この付近は新世界と呼ばれる繁華街で1903年の第5回内国勧業博覧会がきっかけで整備されたとのことです。コテコテの大阪の中心ですね。

一方、阪堺線1910年3月8日阪堺電気軌道株式会社が設立され、1911年12月1日、恵美須町~市之町(現在の大小路)間が開業しました。1912年3月5日、市之町~少林寺橋(現在の御陵前)、4月1日、少林寺橋~浜寺(現在の浜寺駅前)間が延伸開業しました。大浜支線、宿院~大浜水族館間が開業しました。1912年8月26日に、大浜支線 大浜水族館前~大浜海岸間、同年11月30日には浜寺~浜寺終点間が延伸開業しました。1914年4月26日には阪南電気鉄道株式会社の目指していた今池~平野間5.9kmが開業しました。

南海鉄道1915年6月21日、阪堺電気軌道株式会社の路線と電灯事業、電力事業を継承する形で同社を合併しました。平野支線は独立路線に昇格、大浜支線は従来通り、阪堺線の支線となりました。1917年3月15日、前年末から休止状態だった浜寺~浜寺終点間が廃止となり、阪堺線の路線が形成されました。

101206_6 2010/12/6 浜寺駅前終点にアプローチ

101206_7 2010/12/6 浜寺終点 昭和の風景が残る終点でした。

1944年6月、南海鉄道株式会社は戦時中の企業統合政策で関西急行鉄道株式会社と合併させられ近畿日本鉄道株式会社となり、上町線、阪堺線も同社の天王寺営業局所属となりました。1947年6月1日、近畿日本鉄道株式会社から旧南海鉄道株式会社に属していた鉄道・軌道ならびに付帯事業一切が高野山電気鉄道株式会社が名前を改めた南海電気鉄道株式会社に譲渡され、上町線、阪堺線、平野線、大浜支線は同社の軌道線となりました。

軌道線は1955年頃までは全盛時代でしたが、モータリゼーションの進展と道路交通の激化で利用者の減少、人件費の高騰、諸経費の高騰で損失が計上され、1980年7月7日には2代目阪堺電気鉄道株式会社が成立、11月28日には大阪市営地下鉄谷町線の延伸開業で平野線が廃止、さらに1949年から休止状態だった大浜支線も廃止となり、上町線、阪堺線の営業権が南海電気鉄道株式会社から阪堺電気軌道株式会社に譲渡され、分社独立なりました。

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2018年8月25日 (土)

EF81 139 牽引カシオペア紀行を撮影

この夏から秋にかけてJR東日本、クラブツーリズムでは2016年3月に定期運行を終えたE26系「カシオペア」客車による「カシオペア紀行」と題したツアー列車を多く運行しています。

先週金曜日、8月17日にも青森・湯沢方面のツアー列車が運行されました。ダイヤは16:20、上野13番地平ホーム発で、定期運行時と同じですが、今回は東十条で狙うことにしました。

1時間前に現地に到着するとすでに多くの3脚が並べられており、知らない人が見たら一体何が来るのかといった感じでした。

夏休み期間中で、好天と言うこともあり、かなりの愛好家が繰り出したという感じでした。

Img_9653 2018/8/17 東十条 E233系3000番台 U627編成 1571E

Img_9688 2018/8/17 東十条 E233系3000番台 U220編成 1570E

沿線にならぶカメラマンの多さに通過する列車の乗務員の方々も「一体、なんだあれは!」といった反応が見えました。

Img_9674
Img_9676 2018/8/17 東十条 E655系

通過の約30分前には山手貨物線を池袋方向にE655系が通過して行きました。

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Img_9709
Img_9713 2018/8/17  東十条

牽引機は2017年3月に秋田から田端に転属したEF81 139 でした。青森所属時代には「あけぼの」を牽引して上野まで来ていた機関車で双頭連結器装備ですが、カシオペア紀行で撮影するのは昨年7月の赤羽以来でした。

Ef81_139_090127 2009/1/27 鶯谷 EF81 139 「あけぼの」

Ef81_139_170722 2017/7/22 赤羽 EF81 139 「カシオペア紀行」

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2018年8月24日 (金)

2018年3月の関西旅行 水間鉄道編 その5 水間観音駅と水間寺

水間鉄道シリーズ、その1の記事でも触れましたが、この鉄道は水間観音駅から徒歩7分ほどの距離にある、水間寺参詣の足として開業したものでした。

Dsc04686 2018/3/23 水間観音駅周辺マップ

水間寺は天台宗(大乗仏教の宗派のひとつで妙法蓮華経を根本経典とし、最澄(伝教大師)によって日本に伝来)の別格本山の寺格を与えられた寺です。寺伝によると天平年間(729~749年)に聖武天皇の勅願により、行基が開創したそうです。

水間の由来は本堂の裏を流れる小川にあったとされる滝に竜神が現れ、行基に聖観音像を授けたそうで、小川は2つの川が合流していたので水間と名付けたそうです。

本堂は何度か焼失していますが、現在の本堂は1811年に再建されたものだそうです。新西国三十三箇所観音霊場第4番札所となっています。

Dsc04688 水間寺の本堂を模した駅舎 駅名は2009年まで水間でした。

1999年2月17日に登録有形文化財に登録されました。

因みに初詣の際に近畿・関西地方ではどういった神社や寺院に多くの人が訪れるのか、調べてみると

伏見稲荷大社(京都府京都市伏見区):約277万人
住吉大社(大阪府大阪市住吉区):約260万人
生田神社(兵庫県神戸市中央区):約155万人
八坂神社(京都府京都市東山区):約100万人
春日大社(奈良県奈良市):約95万人
湊川神社(兵庫県神戸市中央区):約90万人
橿原神宮 (奈良県橿原市):約76万人
伊勢神宮(三重県伊勢市):約62万人 
大阪天満宮(大阪府大阪市北区):約55万人
大鳥大社(大阪府堺市西区):約50万人
北野天満宮(京都府京都市東山区):約50万人
西宮神社(兵庫県西宮市):約50万人

日本全国で初詣客50万人を超える神社が32か所ある中で近畿・関西圏にあるものは12あります。

2012年度?のデータ(こちらのサイトを参考にしました)

Dsc04707 ホーム脇にはカフェ風の建物があり、待合室と表示されています。

さらにネットで関西地方の寺社参詣鉄道について調べると興味深い論文を見つけました。

関西には古くから有名な神社・仏閣が多く存在し、日本人の昔からの信仰心とレジャーのメインが参詣であったことから,参詣鉄道が明治から大正期に多く開設されたこと、さらに有名な参詣対象が深山にあったこともあり、鋼索鉄道(ケーブルカー)が多く開通しました。しかし、昭和期になるとレジャーが多様化し、モータリゼーションの発達でドライブウエイなども設けられ、廃止に追いこまれる鋼索鉄道も多くありました。さらに沿線の都市化が進み、当初とは違った方向で存在価値を見出している鉄道も多いということです。

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2018年8月23日 (木)

2018年3月の関西旅行 水間鉄道編 その4 保存車 クハ553

水間鉄道水間線の終点、水間観音駅横には1990年の架線昇圧まで活躍した元南海1201形クハ551形553が静態保存されています。後述するように蛍光灯の交流化の際に電装解除された車両で、南海ではモハ1240でした。

5531240_180323 2018/3/23 水間観音 クハ553

1201形は南海鉄道時代の1934年から1943年にかけて南海線の大型急行用車のモハ2001形を補完する中型の汎用車両モハ133形として、天下茶屋工場、日本車輛製造、汽車製造会社東京支店、川崎車両、木南車両によって新製されました。さらに戦後の戦災復旧名義で富士車両や川崎重工業泉州工場で新製され、総計72両が製造されました。

製造が長きに渡っており、メーカーも多いため主電動機、制御器、台車も非常に種類が豊富です。

主電動機
・ GE-244A / ゼネラル・エレクトリック(GE) 端子電圧675V時1時間定格出力85kW 国鉄MT4
・ WH-558-J6 / ウェスティングハウス・エレクトリック(WH) 端子電圧600V時1時間定格出力74.6kW
・ MB-146-SFR / 三菱電機 端子電圧750V時1時間定格出力93.3kW
・ K7-1253-AR / 川崎車両 MB-146-SFR同等品
・ MT40 / 国鉄制式品(三菱電機製) 端子電圧750V時1時間定格出力142kW

制御器
・ PC-14-A /GE
・ RPC-54/ 東芝
・ PR-200-N5 / 日立製作所
・ ALF-PC / 三菱電機
・ PCM-150-K / 川崎車両

台車
・ K-16 / 汽車製造会社
・ D-16 / 日本車輌製造
・ KN-16 / 木南車輌
・ N-16 / 南海鉄道天下茶屋工場
・ Brill 27MCB-2 / J.G.Brill
・ FS9 (F-19) / 扶桑金属工業
・ KS-8 (K-19) / 汽車製造会社
・ FS26 (S-19) / 住友金属工業   

5531240_180323_8
1973年の南海の昇圧で昇圧対応工事はせず、そのまま廃車が決定し、1971年より、地方私鉄への譲渡が決まりました。南海の中でも架線電圧が600Vのままとなった貴志川線はモハ1201形が大量に使用されることとなり、水間鉄道と京福電気鉄道福井支社に合計28両が譲渡されることになりました。

2003_7603 1976/3 福井 三国芦原線で活躍していた頃のモハ2001形2003

水間鉄道に譲渡された車両はモハ501形、サハ581形に改番され、車体塗装はクリーム色とマルーンに変更されました。その後、搭載されていた直流蛍光灯が生産中止となり、MGを搭載する必要が生じ、一部が電装解除され、クハ551形となりました。

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2018年8月22日 (水)

2018年3月の関西旅行 水間鉄道編 その3 1000形 

昨日の記事にあるように水間鉄道に譲渡された5編成の元東急7000系は約15年の活躍の後、会社の再生を機に更新を受けることになりました。

1000_1001_180323
1000_1002_180323_2 2018/3/23 1001F 貝塚

まず、元々先頭車だった7000形のうち、デハ7002-デハ7102編成は2006年12月16日から1001Fデハ1001-デハ1002となりました。 続いてデハ7001-デハ7101編成が2007年3月からデハ1003-デハ1004となりました。

そして、中間車から改造され非貫通型の顔だったデハ7051-デハ7151が2007年4月末からデハ1005-デハ1006に、デハ7052-デハ7152が6月23日からデハ1007-デハ1008に更新・改番され、営業運転に就きました。

昨日の記事で紹介した7003Fのみが更新を受けず、実質的に廃車となりました。

1000_1004_180323 2018/3/23 1003F 名越 唯一の交換可能な駅です。

1000_1006_180323 2018/3/23 1005F 水間観音

1000_1008_180323_3 2018/3/23 1007F 水間観音
台車は特徴的なPIII-701台車のままです。

7000形から1000形への更新に伴う変更点は

・前面、側面のカラー帯の追加で1001F 赤 1003F 青 1005F 緑 1007F オレンジでした。

・側面の社紋を四季をイメージしたデザインに変更しており、1001F コスモス 1003F 椿と水間寺の塔 1005F 桜と蝶 1007F 山と川とトンボになりました。

・前面行先表示のLED化

・排障器の設置

・南海7100系の廃車で発生したMGを流用し、非冷房車に集約分散式冷房装置を設置しました。

Dsc04721 1003Fの車内の様子 高校時代にお世話になった東急7000系を思い出します。

Dsc04723
弘前の弘南鉄道の7000系同様、吊皮は東急時代のままです。

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2018年8月21日 (火)

2018年3月の関西旅行 水間鉄道編 その2 7000系

昨日の記事にあるように水間鉄道では1970年代から長いこと、南海から譲渡された501形(元南海1201形)を使用して来ました。しかし、それも老朽化し、新たな600V車両の譲渡を打診しました。

同じ頃、東急7000系が車両更新で大量に不要になること、7000系の600V対応改造をして導入か、あるいは変電設備を1500Vに対応するか検討した結果、変電設備を1500V対応にする方が安くつくこと、さらに東急で不要になった変電設備も譲受できることになり、水間鉄道ではこのときに昇圧と車両の総取り換えが行われました。

  東急時代          水間入線時
                 ←貝塚方  水間方→
デハ7008 デハ7007 →  デハ7001 デハ7101 貫通先頭車
デハ7010 デハ7009 →  デハ7002 デハ7102 貫通先頭車
デハ7012 デハ7011 →  デハ7003 デハ7103 貫通先頭車
デハ7128 デハ7127 →  デハ7051 デハ7151 非貫通先頭車
デハ7110 デハ7109 →  デハ7052 デハ7152 非貫通先頭車

種車10両が東横車輛電設(現、東急テクノシステム、長津田工場)にてワンマン化改造が行われ、元中間車には切妻タイプの非貫通運転台が取り付けられ、1990年7月に水間鉄道に搬送されました。

さらに水間鉄道入線後、屋根上に集約分散式冷房機が新設されました。電源は東急8090系からの発生品を流用しました。

回生ブレークは残されていますが、水間鉄道では使用しません。ワンマン化改造はされていますが、早朝、深夜以外はツーマン運転となっています。

他の私鉄に譲渡された車両は加速性能が落とされるケースが多いですが、水間鉄道の場合は性能は変化していません。

7000_7103_180323 2018/3/23 7003F 水間観音
10両7000系の譲渡を受け、5編成の7000系として活躍して来ましたが、7003Fだけは更新を受け1,000形にはならず、廃車となり、このように車庫内に残されていました。

2005年からの会社更生手続きが完了したのに伴い、7000系の更新が開始され、7003Fを除く4編成が1000形となりました。

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2018年8月20日 (月)

2018年3月の関西旅行 水間鉄道編 その1 概要

南海本線の貝塚駅から内陸に向かい、水間観音(正式には水間寺)の参詣鉄道として1924年4月17日に会社が設立、翌1925年12月24日に開業したのが水間鉄道水間線です。

180323 2018/3/23 水間線改札口

路線データ

軌間 1067mm
全線単線
全線電化 DC1500V
閉塞方式 自動閉塞式

180323_3

貝塚~貝塚市役所前~近義の里(こぎのさと)~石才~清児(せちご)~名越(なごせ)~森~三ツ松~三ヶ山口(みけやまぐち)~水間観音

の10駅からなる営業キロ5.5kmの路線です。

180323_2

1925年開業時は貝塚南(後の海塚)~名越駅までで、同年12月28日に貝塚駅~貝塚南駅間の貨物線が開設され、1926年1月30日には名越~水間(後の水間観音)間が延伸開業し、全通となりました。

交換できる駅は名越駅のみで、貝塚駅より、0.2kmの地点に開業当時の起点駅である海塚駅がありましたが、1972年に廃止されています。0kmポストは今でもこの起点駅にあり、貝塚側は貝塚連絡線と位置づけられています。1972年5月1日には貨物営業が廃止となりました。

開業以来、小規模ながらも堅実な営業を続けて来ましたが、バブル期に不動産事業を積極的に展開したものの、その後の不動産不振が経営を圧迫、2005年4月30日に大阪地裁に会社更生法を申請する事態に陥りました。同年6月30日に外食チェーンのグルメ杵屋が支援することになり、それ以後、同社の完全子会社となっています。

Dsc04670 2018/3/23 貝塚

鉄道的には南海との結びつきが強く、かつての筆頭株主であり、1990年までは南海から譲渡された車両、例えば1201形、1251形を大量に使用していました。貝塚駅の自動改札機は南海で1980年代に使用していたものの転用だそうです。1990年8月2日に架線電圧が600Vから1500Vに昇圧され、それまでの南海の車両から、元東急7000系に置き換えられました。

かつては途中の清児駅から分岐し、和泉山脈を越え、和歌山県粉河町まで連絡する路線の計画があり、1955年6月に着工、和泉熊取駅の少し手前まで工事が進みましたが、資金不足で工事は中止、免許返納、計画は1996年に立ち消えとなりました。

清児駅 - 病院前駅 - 七山駅 - 紀泉熊取駅 - 朝代駅 - 土丸駅 - 大木駅 - 犬鳴不動駅 - 神通駅 - 紀泉池田駅 - 紀泉長田駅 - 紀泉粉河駅

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2018年8月19日 (日)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その29 天王寺支線

南海天王寺支線は天下茶屋から天王寺までの2.4kmを結んでいた路線で、

天下茶屋~曳舟~今池町~大門通~飛田本通~天王寺 の6駅からなる路線でした。

Img_7673 2018/3/23 天下茶屋駅のホームから見たアベノハルカス

1900年10月26日に南海鉄道が大阪鉄道(初代)との相互乗り入れを目的に開通させた路線でした。大阪鉄道は関西本線の湊町(現、JR難波)~奈良間、大阪環状線の天王寺~玉造~大阪間、和歌山線の王寺~髙田間、桜井線の髙田~桜井間を建設・運営していた会社ですが同年関西鉄道に合併され、1907年には国有化されました。

天王寺支線開業後は住吉駅(粉浜と住吉大社間にあった駅で1917年に廃止されました)から大阪駅間直通の旅客、貨物列車が運行されました。

1520_741006

再掲ですが、1974/10/6 天下茶屋

120317 2012/3/17 JR西日本 新今宮駅名標

180323 2018/3/23 南海 新今宮駅名標

戦後も国鉄との重要な接続路線で、複線電化されていましたが、1961年4月25日には大阪環状線が開業し、1964年3月22日には南海本線との交差部分に新今宮駅が設置、開業となり、1966年12月1日には南海の駅も開業しました。このために天王寺支線の利用者は激減し、貨物列車の中継線としての役割も1977年の貨物営業廃止で終了しました。尤も、深夜に通過する貨物列車の騒音は沿線住民を悩ませていたそうです。

030329 2003/3/29 新今宮から天王寺方向
関西本線線路(右の複線)の右側に天王寺支線の線路が残されており、南海天王寺駅のホームは現在、天王寺MiOとなっています。

1984年に大阪市営地下鉄堺筋線の天下茶屋駅延伸のための用地の確保、同駅の高架化の影響で天下茶屋~今池町間は廃止となり、さらに部分廃止により単線化され、新駅に飛田本通駅が設置されました。1993年に地下鉄工事の進展で全線廃止となりました。

廃線後も地図上では天王寺支線の跡は堺筋以東は道路で、堺筋以西は地下鉄堺筋線の路線で追うことが出来ます。

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2018年8月18日 (土)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その28 紀勢西線乗り入れ

南海の歴史の中で忘れてはならないのが、国鉄紀勢西線乗り入れの歴史です。

105_tc104551_180323_2 2018/3/23 和歌山市
紀勢本線の終点は和歌山市であり、和歌山では無いのですが、多くの列車が阪和線に乗り入れ天王寺に向かい、和歌山~和歌山市間はこういった105系2連のローカル列車が走っています。かつてはこの線を南海側からサハ4801やキハ5501・5551などが走っていました。

現在JRの路線である、当時の阪和電気鉄道が1933年11月4日に紀勢西線直通列車「黒潮号」の運転を開始しました。これは当時の鉄道省大阪鉄道局が鉄道省の客車を使用して、大阪から南紀の景勝地白浜までの直通列車を打診したもので、阪和電気鉄道は受諾し、南海は自社からの直通のみを希望し、難色を示した結果であり、阪和単独で週末運転の準急列車(阪和天王寺~紀伊田辺間)が実現しました。阪和線内は電車が客車を牽引し、紀勢西線内は蒸機8620形が牽引しました。列車名は公募によって選ばれ、戦前の日本において特急以外の列車に愛称が付いた唯一のケースでした。当初は、紀勢西線が紀伊田辺までだったので、白浜までは地元の明光自動車による連絡バスが連携しました。

1933年12月には紀勢西線が紀伊富田まで延伸され、黒潮号も白浜口まで運行されるようになりました。阪和線内はノンストップ超特急と同様の45分運転(当時、国内最速の電車でした)、紀勢西線内も東和歌山~白浜口間ノンストップで、天王寺から白浜口まで170km弱を3時間で結びました。

Ed38_1_100425 2010/4/25 三峰口
現在、秩父鉄道三峰口に保存されているED381号機、阪和電気鉄道のロコ1000で黒潮号の東和歌山での列車の併結作業等の入れ換えでも活躍したそうです。

南海も1934年11月17日から難波駅発の「黒潮号」を電車牽引で運転開始し、東和歌山駅で併結され、ともに白浜に向かうようになりました。ダイヤは土曜の午後に大阪を発ち、夕刻に白浜着、日曜夕刻に白浜を発って、夜に大阪に戻るもので週末の一泊温泉旅行に最適で関西の人々から大人気の列車となりました。

しかし、1937年7月の日中戦争の勃発でリゾート列車黒潮号は贅沢と見なされ廃止となり、阪和電気鉄道も1940年に南海に吸収合併され山手線となりました。1944年には国有化されました。

戦後の1951年4月、南海は紀勢西線乗り入れ列車を再開され、1952年6月からは専用客車サハ4801を投入しました。サハ4801は国鉄客車スハ43形に準じた設計で紀勢西線の国鉄客車列車に挟まれて運行されましたが、国鉄客車に較べて若干、屋根が低かったこと、南海らしい緑の塗装、さらに出入り台上部に「南海」との標識があったことから明瞭に国鉄客車と識別可能だったということです。

1959年7月には紀勢本線が全通し、この改正を機に南海はキハ5501・5551型を製作、気動車による乗り入れを開始しました。愛称は「きのくに」となりました。

キハ5551は国鉄には無い両運転台タイプのキハ55で、モデルはキハ55形4次車100番台でした。似たようなタイプに富士急行が独自に製造したキハ58003があります。増備が重ねられ、最終的にキハ5501は5両、5551は4両体制となりました。

きのくにや南紀の愛称で、5往復が運転されたのが最盛期で難波~和歌山市~白浜・新宮まで足を伸ばしました。新宮までの列車は夜行列車でサハ4801が使用されました。

難波駅改良工事の影響や2エンジン車であるがため冷房改造が出来なかったこと、さらに紀勢本線の電化で陳腐化したこともあり、客車は1972年3月改正で、気動車は1985年3月改正で全廃となりました。

関西の私鉄の多くが標準軌の中、南海は国鉄と同じ1067mmの狭軌であり、これが幸いして国鉄乗り入れが実現出来た訳ですが、近年は逆に大阪地下鉄との相互乗り入れが狭軌のためできないという結果も招いているようです。

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2018年8月17日 (金)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その27 和歌山港線

南海の支線シリーズ、今回は和歌山港線です。

180323_2
和歌山市 NK45   0.0km
和歌山港 NK45-1   2.8

180323 奥がなんば方向

和歌山市駅のホームですが、サザンなどの直通列車のホームと、区間折り返しのホームがあり、後者は6番線のホームと7番線のホームを線路を分断させて造っています。現時点での東村山駅の国分寺線、西武園線のホームとよく似ています。

180323

1956年、南海四国航路の開路に合わせて和歌山市~和歌山港(後の築港町)間が開業しました。1971年には県が計画した木材輸送のため水軒まで延伸されましたが、すでにその当時、木材輸送はトラックの時代となっており、一度も輸送が行われることなく、2002年に和歌山港~水軒間は廃止されました。廃止直前、和歌山港~水軒間の旅客輸送は1日、わずか2往復でした。

和歌山市~和歌山港間に現在は途中駅は存在しませんが、かつては久保町、築地橋、築港町が存在しました。これらの駅も2005年11月27日に廃止されました。

180323_3 2018/3/23 現在の和歌山港線の運行頻度、1時間に1本あるかないかです。

南海グループの南海フェリーが和歌山港と徳島港(小松島港)を結んでおり、1985年3月までは国鉄小松島線が徳島側のアクセス鉄道の役割を担っていました。今では明石海峡大橋の開通で利用客は激減しましたが、神戸淡路鳴門自動車道の通行料金の高さを考慮すると大型トラックや自家用車の利用客にとってこちらのルートは魅力的なようです。2007年2月までは南海淡路ライン(泉佐野港 - 津名港間)が存在しましたが、廃止後は南海グループ唯一の航路となりました。

180323_4 線路終端

180323_5 改札口

時刻表によると和歌山から徳島にフェリーは2便から9便まで運航されており、8:30発の4便以降は全てなんば発のサザンと接続しています。運賃は大人片道普通船席で2000円です。徳島から和歌山の場合は2便から8便までサザンが接続しています。

180323_6
明石~淡路島~鳴門経由のルートの開通で輸送人員的には押され気味ですが、四国から和歌山へ、あるいは大阪南部へのルートとして、あるいは災害時のバックアップルートとして現在も貴重な役割を果たしています。

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2018年8月16日 (木)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その26 加太線 part3

加太線の終点、加太駅から海岸までは直線で1km弱の距離です。

Dsc04598 2018/3/23 加太・友ヶ島観光ガイド
加太を先端部とする半島には北から観音崎、住吉崎、城ケ崎、田倉崎といった岬があり、観音崎は大阪府です。

加太は現在、和歌山市の一部ですが、

1889年4月1日  町村制施行で、海部(あま)郡加太浦、深山村、大川浦が合併して加太村が誕生
1896年3月26日 海部郡と名草郡が統合され、海草郡となる
1899年4月1日 町制施行で加太町に
1958年7月1日 市町村合併で和歌山市に編入 
といった歴史を辿っています。

紀伊半島の最西端は田倉崎で沖合には友ヶ島(地ノ島、神島、沖ノ島、虎島)が浮かびます。これらの島々が紀伊半島と淡路島東岸で囲まれる楕円形の大阪湾を囲み、紀淡海峡を3つ、東側から加太ノ瀬戸、中ノ瀬戸、由良瀬戸に分けています。

Dsc04595 加太港に係留される漁船群

加太は紀淡海峡に面した漁業の盛んな場所で、湾の南半分が漁港、北半分が海水浴場となっています。この辺りは神話の時代からの言い伝えがあり、神武天皇東征の際に紀国造氏の祖である天道根命が神鏡と日矛を奉じて加太浦に上陸、頓宮を造営したのが加太春日神社の始まりとされています。1596(慶長元)年建立の本殿は国指定、重要文化財です。

Dsc04599 淡嶋神社の大鳥居

一方、加太淡嶋神社は日本国内に1000社以上あるとされる淡嶋神社の総本社で、日本を創造した少彦名命と大己貴命の祠が加太の沖合の神島(淡島)に祀られていたのが始まりで、三韓出兵の帰途、海難に遭遇した神功皇后が船中で祈りを捧げ、無事友ヶ島に上陸でき、三韓渡来の宝物を奉納したそうです。

数年後に孫の仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来た際にそのことを知り,島では何かと不自由であろうということで対岸の加太に社を移したのが加太淡島神社のいわれとされています。現在は人形供養や針供養でも有名だそうです。

Dsc04602 紀淡海峡と友ヶ島

Img_7644 友ヶ島の向こうには淡路島が見えます。

大阪湾の防衛という意味でも重要な場所で大日本帝国陸軍が由良要塞を設置しました。由良要塞は、淡路島の由良に司令部がおかれ生石山砲台、成山砲台、高崎砲台、赤松山堡塁、伊張山堡塁、生石山堡塁からなりました。友ヶ島には沖ノ島と虎島に友ヶ島第一~第五砲台と虎島保塁が置かれました。そして加太・深山地区には深山第一、第二砲台、男良谷(深山第三)砲台、城ヶ崎探照灯台、大川山堡塁、高森山保塁が置かれ、南部の鉢巻山には加太砲台、田倉崎砲台、東部の佐瀬川保塁、西ノ庄保塁が置かれました。1903年5月には鳴門地区に置かれた鳴門要塞が編入されました。

大阪難波から和歌山市で電車を乗り継いで2時間弱で到着できる場所ですが、関東在住の人間としては人生初めての訪問地でありました。

ちょうど昼食の時間帯でしたので、ここでなければというものを食べようと思い

Dsc04606
ちょうど営業中だったゑびす屋さんで、すでにシラス定食は売り切れでしたので

Dsc04605
ハマチとイカの刺身定食を食べました。

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2018年8月15日 (水)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その26 加太線 part2

昨日の記事では加太線の開業、貨物線として松江線の開業、紀ノ川橋梁の倒壊などの歴史に触れました。

7191_180323_2再掲ですが、7171-7968編成の側面に貼ってあった加太線をアピールするステッカー

今回は2014年11月から「加太さかな線」の愛称のもとに各種広報、イベントが行われる、今の加太線の風景について触れてみようと思います。

7187_180323 2018/3/23 八幡前で交換したピンクのめでたい電車

訪れた時間帯は昼の閑散とした時間帯で和歌山市発は毎時26分と56分の2本、2編成が八幡前で交換するパターンでした。

180323_3

25分程度で終点加太に到着します。

180323 2018/3/23 加太駅には「めでたい電車」を紹介するボードも用意されています。

7100系の記事で紹介しましたが、加太線等で運用される7100系2連ワンマン運転対応編成の中で2編成、ピンクと空色の「めでたい電車」が運用されています。

180323_2 2018/3/23 加太駅の駅舎

加太駅は1912年6月16日、加太軽便鉄道開業時に設置された駅で、現在は2面2線の構成です。駅舎は開業時以来からのもので、ホーム上屋支柱には1911年製のレールが使われています。加太電気鉄道時代は木造の車庫も存在した拠点駅だったそうです。

明日の記事では加太駅から加太港まで歩いた際の記録です。

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2018年8月14日 (火)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その26 加太線 part1

2018年3月の関西旅行では、南海本線になんばから和歌山市まで乗車し、加太線と和歌山港線を初めて訪問しました。これまで、関西空港関係で南海を利用したことは何度かあり、泉佐野までは乗車経験がありましたが、泉佐野以南の南海本線に乗車するのも実は初めてでした。

南海本線には岸里玉出から分岐する高野線も一部である汐見橋線、羽衣から分岐する高師浜線、泉佐野から分岐する空港線、みさき公園から分岐する多奈川線、紀ノ川から分岐する加太線、和歌山市から伸びる和歌山港線といった支線が存在します。

和歌山市 NK45         2.6  km    
紀ノ川   NK44    0.0
梶取信号所               1.2
東松江  NK44-1      2.6
中松江  NK44-2     0.7
八幡前  NK44-3     1.1
西ノ庄  NK44-4      1.1
二里ケ浜 NK44-5    0.7
磯ノ浦  NK44-6     0.9
加太  NK44-7       2.5 全線9.6km

これらの中で加太線は加太軽便鉄道が1912年に和歌山口(後の北島)~加太間を開業した路線で1914年には紀ノ川橋梁が完成して和歌山口(2代目)~北島間が延伸され、南海鉄道とも接続するようになりました。1930年には全線電化され社名も加太電気鉄道になりました。1942年2月1日には南海鉄道と合併し、南海鉄道加太線となりました。

180323 2018/3/23 走行中の車内から撮影した現在の紀ノ川橋梁

南海鉄道が太平洋戦争のさなかの1944年6月1日、関西急行電鉄と合併し、近畿日本鉄道と言っていた頃、松江線紀ノ川~東松江間が開業し、貨物列車の運行が開始され、1984年2月まで住友金属和歌山製鉄所への資材・製品輸送の貨物列車が東松山駅経由で運行されていました。一方、旅客列車も従来の北島経由から紀ノ川で南海本線から分岐するルートに1950年から変更されました。貨物列車の新ルート設定は紀ノ川鉄橋が重さに耐えられないからであったと思います。

180323_2 2018/3/23 紀ノ川駅における加太線の分岐・合流

和歌山市~北島~東松江間の従来のルートは1950年9月のジェーン台風により、紀ノ川橋梁が倒壊し、休止となり、1966年に廃止となりました。尤も、この橋梁は鉄道橋から道路橋、二輪車と徒歩での通行が可能な河西橋として現存しています。

現在、和歌山市駅からワンマン車両、7100系2連もしくは2200,2230系で運行されており、なんば方面から加太に向かう場合、和歌山市まで乗車して加太線に乗車しても、和歌山市駅で下車しなければ和歌山市~紀ノ川間の重複乗車は認められています。

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2018年8月13日 (月)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その25 大阪府都市開発7020系

昨日の7000系100系の置き換えを目的に投入されたのに対して、今回の7020系3000系の置き換えを目的に2007年より投入されている車両です。

7772_180323 2018/3/23 天下茶屋 7020系 2連 7571F

製造は7000系に引き続き川崎重工業が担当し、7000系をベースに細かい設計変更がなされました。具体的には正面プラグドア式貫通外扉は廃止され、貫通扉と幌が剥き出しになりました。標識灯は7000系では前照灯と尾灯がライトケースに収められていましたが、7020系では単独の四角いタイプになりました。VVVFインバータ制御装置は7000系の3Lv-IGBTから、停止直前まで回生失効すること無く効果を発揮する純電気ブレーキ対応の2Lv-IGBTに変更されました。

主要諸元

最高運転速度    100 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(非常)    4.0 km/h/s
全長    20,825 mm
全幅    2,844 mm
全高    4,090 mm
車体    アルミニウム合金
台車    モノリンク式ボルスタレス台車 SS-173M・SS-173T・SS-173TC
主電動機    かご形三相誘導電動機
駆動方式    WNドライブ
制御装置    2レベルIGBT-VVVFインバータ
制動装置    回生ブレーキ(純電気式)併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置    ATS-N/ATS-PN

6両編成

クハ7520 モハ7020 モハ7120 サハ7620 モハ7220 クハ7520
  Tc1         M1            M2             T             M3             Tc2
   7521        7021         7121         7621         7221          7522         2007
   7523        7022         7122         7622         7222          7524         2008

4両編成

クハ7520 モハ7020 モハ7120 クハ7520
   Tc1          M1            M2     Tc2
  7525       7023         7123          7526                                        2008

2両編成

クハ7571  モハ7772
  Tc             Mc                                                                     2008
   7571          7772

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2018年8月12日 (日)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その24 大阪府都市開発7000系

昨日の5000系に続き大阪府都市開発が1996年から1998年にかけて投入したのが7000系でした。

7506_180323_2 2018/3/23 天下茶屋 7505F 4連同志の併結

老朽化した100系の置き換えを目的とし、制御装置はIGBT素子によるVVVFインバータ制御となり、台車はボルスタレス台車、パンタグラフはシングルアーム式となりました。

車体はアルミ合金製で製造は川崎重工製です。5000系は非貫通方式でしたがこちらは両開きプラグ式外扉を装備し、自動併結方式の貫通扉となっており、編成の組成が非常に柔軟になりました。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    3.7 km/h/s
減速度(非常)    4.0 km/h/s
全長    20,825 mm(先頭車)20,725 mm(中間車)
全幅    2,844 mm(中間車)
全高    4,050 mm
4,075mm(パンタグラフ折り畳み高さ)
車体    アルミニウム合金
台車    モノリンク式ボルスタレス台車 SS-147・SS-047
主電動機    かご形三相誘導電動機
駆動方式    WNドライブ
制御方式    3レベルIGBT-VVVFインバータ
制動装置    回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置    ATS-N/ATS-PN

7503_180323 2018/3/23 天下茶屋 7503F 4連同志の併結

6両編成

クハ7500 モハ7000 モハ7100 サハ7600 モハ7200 クハ7500
 Tc1            M1             M2            T              M3           Tc2

  7501         7001          7101         7601        7201         7502       1996

  7509         7005          7105         7602        7202         7510       1998
                                                 ex7106    ex7006

4両編成

クハ7500 モハ7000 モハ7100 クハ7500
    Tc1          M1            M2             Tc2

7503         7002           7102           7504     1996
7505         7003           7103           7506     1996
7507         7004           7104           7508     1996

2両編成

クハ7551 モハ7552
 7551          7752
ex7511     ex7512        1998  2004 改造

2005年に4両編成だった7511Fを改組し、先頭車は2両編成の増結車とし、7752は制御車から制御電動車になりました。中間車2両は7509Fに組み込まれ6連化されました。2連は3000系と同様に50番台となりました。

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2018年8月11日 (土)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その23 大阪府都市開発5000系

大阪府都市開発(現、泉北高速鉄道)はこれまで南海6100系をベースにした100系南海6200系をベースにした3000系が投入されてきましたが、1990年から初の独自設計、新技術を取り込んで登場したのが5000系です。

5501_180323 2018/3/23 なんば 5501F

特徴的な点は、初の8両固定編成であること、両端先頭車は非貫通構造で、尤も5,6号車に入る5600形は電気連結器・前照灯を装備しています。制御装置はGTO 素子によるVVVFインバータ制御方式でこれは南海2000系をベースにしたものでした。後に南海1000系をベースにした方式に換装されました。

5504_180323_22 2018/3/23 新今宮 5503F 桃山学院教育大学他桃山学院大学、プール学院短期大学のラッピング

車体はアルミ合金製で白色塗装されており、これもこれまで見てきた南海の形式では無かったものです。製造は5501Fの和泉中央方4両と5509Fが東急車輌製造製、他は川崎重工製です。

Tc1   M1    M2    T         T     M2'   M1'   Tc2
5501 5001 5101 5601 + 5601 5101 5001 5502

主要諸元

全長    20,725 mm
全幅    2,744 mm(先頭車)2,740 mm(中間車)
全高    4,160 mm
車体    アルミニウム合金
駆動方式    WNドライブ
制御方式    GTO-VVVFインバータ
制動装置    回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
台車 ボルスタレス台車

5508_180323
5507_180323_2 2018/3/23 天下茶屋 5507F

1次車 1990  5501F
2次車 1992  5503F  中間車にクルマ椅子スペース設置
3次車 1993  5505F
4次車 1995  5507F 和泉中央延伸対応
5次車 1995  5509F 輸送力増強

補助電源は140kVASIV、CPはC-2000MLを搭載し、エアコンはスクロール圧縮機の24.4kWのユニットを2台搭載しインバータマイコン制御方式としました。パンタグラフはM1車に下枠交差タイプを2台搭載しています。

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2018年8月10日 (金)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その22 8300系

南海電鉄としては目下のところ最新の系列となっているのが8300系です。

8303_180323 2018/3/23 天下茶屋 8303F 

8353_180323_21 2018/3/23 天下茶屋 8353F 4連+2連の6連です。

8305_180323 2018/3/23 天下茶屋 

8405_180323_21 2018/3/23 天下茶屋    8305F 4連

南海の車両はこれまで東急車輛製造(現、総合車両製作所)で製造されたものを長いこと使用して来ましたが、この系列は1973年製の7100系以来となる近畿車輛の製造です。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
編成定員    588名
車両定員    先頭車141名 中間車153名
全長    先頭車20,765mm 中間車20,665 mm
全幅    2,830 mm
全高    先頭車4,140mm 中間車4,050 mm
車体    ステンレス
主電動機    全閉内扇式かご型誘導電動機 東洋電機製造製TDK6315-A
主電動機出力    190kW
駆動方式    TD平行カルダン駆動方式 歯車比    85:14 (6.07)
制御装置    IGBT素子VVVFインバータ制御
保安装置    南海型ATS

動力系の特徴は国内で初めて全閉内扇式かご型誘導電動機を使用し、騒音の低減を図ったことです。

現在までに4両編成9本、2両編成10本の計56両が製造されており、今後も引き続き製造される予定です。

形式は 4連 モハ8300 サハ8600 サハ8650 モハ8400
           Mc1           T1            T2            Mc2
             2連 クハ8700 モハ8350
           Tc1     Mc3

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2018年8月 9日 (木)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その21 8000系(2代)

2000系や1000系が1990年代、関西空港開業を前にした新型車両でデザインにも共通性が見られたのに対して、21世紀になってデビューしたのが2代目8000系です。

8007_180323
8107_180323 2018/3/23 天下茶屋 8007F

車体の腐食等で老朽化が顕著になってきた7000系を置き換える目的で、走行機器の基本設計や車内設備に関しては1000系を踏襲し、連結、協調運転も可能なように設計され、2007年から2014年にかけて東急車両製造にて4両編成13本が製造されました。系列番号は2001年6200系に編入されて空き番となっていた8000を使用しました。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    3.7 km/h/s
減速度(非常)    4.0 km/h/s
編成定員    588名
車両定員    先頭車142名 中間車152名
編成重量    127.0 t
全長    先頭車 20,765 mm 中間車 20,665 mm
全幅    2,820 mm
全高    先頭車 4,140 mm 中間車 4,050 mm
車体    ステンレス
台車    モノリンク式ボルスタレス台車
住友金属工業(現・新日鐵住金)製SS-177M形・SS-177T形
主電動機    かご形三相誘導電動機 三菱電機製MB-5091A2形
主電動機出力    180 kW
駆動方式    WNドライブ 歯車比    98:15 (6.53)
編成出力    1,440 kW
制御方式    IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置    日立製作所製VFI-HR-1420Q形
制動装置    三菱MBSA回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ、全電気ブレーキ
保安装置    南海型ATS

8009_1803232018/3/23 天下茶屋 8009F

        モハ8001(Mc1) サハ8801(T1) サハ8501(T2) モハ8101(Mc2)
            CONT,SIV           CP                SIV             CONT,CP

1次車 2007/10   8001F 8002F
2次車 2009/2  8003F 8004F
3次車 2010       8005F
4次車 2012      8006F 8007F
5次車  2013      8008F 8009F
6次車  2014      8010F 8011F 8012F 8013F

運用は4両単独の普通列車、1000系2連との6連 2編成併結の8連 12000系と併結のサザンの自由席車など幅広く運用されています。

7年の長期に渡って増備が続けられましたが、2015年以降は近畿車輛製の8300系に製造が移行されました。

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2018年8月 8日 (水)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その20 1000系(2代)

2000系が高野線大運転用のズームカーとして製造され、後には南海本線でも使用されるようになりましたが、今回の1000系(2代)は最初から南海本線、高野線共通仕様として製造された系列です。

1004_180323_21
1504_180323 2018/3/23 天下茶屋 1004F

1987年に特急「四国」などで活躍した湘南スタイルの初代1000系が全車廃車となっており、その系列番号が再利用され2代目1000系となりました。界磁チョッパ方式の9000系の後継として位置づけられ、2000系で導入されたVVVFインバータ制御方式等の新技術を採り入れながら、20m級軽量ステンレス車体で1994年に予定された関西空港アクセスという新たなCI戦略を考慮したハイグレード汎用通勤電車として1992年より東急車輛製造で76両が製造されました。

主要諸元

最高運転速度    南海線・空港線:110km/h 高野線:100 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    3.7 km/h/s
減速度(非常)    4.0 km/h/s
編成定員    588名
全幅    2744mm(1次車)、2850(1次車以外) mm
車体    ステンレス
主電動機    かご形三相誘導電動機 MB-5046-A MB-5091-A(50番台)
主電動機出力    180kW
駆動方式    WNドライブ 歯車比   99:14 (7.07)
制御装置    1C4MVVVFインバータ制御 GTOサイリスタ素子 VFG-HR1420F
2レベルIGBT素子(50番台)VFI-HR1240G
制動装置    回生制動併用電気指令式ブレーキ(遅れ込め制御)全電気ブレーキ(50番台)
集電装置  東洋電機製造PT-4826-A-M、東洋電機製造PT-7144-A(50番台)
台車 1.2次車 SS-127/027 3-5次車 SS-127A/027A 6次車 SS-159/059
制動装置 MBSA電気指令式電磁直通ブレーキ

全幅の変化は南海空港線開業に伴う車両限界の変更で裾絞りが入った大断面車体の採用によるものです。JR東日本の209系0番台から500番台への変化、2800mm車体から2950mm車体へと似ています。

1031_180323 2018/3/23 天下茶屋 1031F ブツ2編成

前頭部はFRP製の縁覆いを持ち、2000系では平面的でしたが、1000系では上部が曲面を描いて後退しており、スピード感を強調したデザインとなっています。塗色は従来の緑2色(ダークグリーンとライトグリーン)から現行のブルーとオレンジの2色になって初めて登場した系列です。

1次車 1992/2,3 6両編成 3本 2両編成 3本
Mc 1001 - T2 1801 - M2 1301 - T1 1601 - M1 1101 - Tc 1501
Mc 1001 - Tc2 1701

2次車 1993/11-1994/1 6両3本 2両2本
3次車 1995/4  6両1本 2両1本
4次車 1998/8  6両1本
5次車 1999/10 2000/4 6両2本
6次車 2001/11 4両編成 50番台 Mc1 1051 - T2 1851 - M1 1151 - Tc 1551

ステンレス車に塗装すると剥がせないのが難点で国鉄EF81301,302号機は常磐線配置時代にローズピンクに塗装されたため、門司機関区に復帰後もその塗装のままでしたが、南海1000系の1~5次車もグレーに塗装されたステンレス車として登場しました。6次車は無塗装に変更されました。

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2018年8月 7日 (火)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その19 2000系

東急8000系によく似た6200系シリーズ(8000系、8200系、9000系そして大阪府都市開発3000系、3000系)に続き、南海の一般車両として1990年、橋本以南の山岳線直通用に登場したのが2000系です。

2034_180323 2018/3/23 天下茶屋 2034F 高野線配置の2連

所謂、大運転用のズームカーで車体は17m2扉車で、21000系22000系さらに更新車の2200系の置き換え用として投入されました。南海初の日立製作所製GTO素子によるVVVFインバータ制御車でもあります。4両編成9本、2両編成14本の64両が1997年までに製造されました。

2038_180323 2018/3/23 天下茶屋 2038F 2+2+4編成

主要諸元

最高運転速度    南海線:110km/h
高野線平坦・準山岳区間:100 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    3.1 km/h/s
編成重量    2両編成:71.5t 4両編成:140.0t
全長    17,725 mm
全幅    2,744 mm
全高    4,130 mm
車体    軽量ステンレス
台車    緩衝ゴム式ダイレクトマウント空気ばね台車 FS-541
主電動機    かご形三相誘導電動機 TDK6310-A
駆動方式    TD平行カルダン駆動方式 歯車比 85:14
編成出力    2両編成:100kW×8=800kW 4両編成:100kW×16=1,600kW 
制御装置    GTO素子VVVFインバータ制御 VF-HR125 (1C8M)
制動装置    電磁直通空気ブレーキ(回生ブレーキ併用、応荷重装置付)
補助電源  GTOコンバータ・サイリスタトランジスタインバータ装置 75kVA
CP             C-1500LA
集電装置  PT-4826-A-M   Mc1 M1 下り方
冷房装置  13000kcal/h集約分散式 RPU-4011 各車3台

2035_180323_2 2018/3/23 天下茶屋 2035F ブツ4編成

大運転にとってズームカーは必須でもなんばへ向かう朝のラッシュ時に17m2扉車はさまざまな支障があり、2003年5月の高野線ダイヤ改正では朝のラッシュ時の急行運用からは撤退となり、橋本以北の区間急行、各駅停車列車も担当するようになりました。さらに2005年10月のダイヤ改正では橋本で系統分離され、大運転が大幅に削減されたため、2000系は余剰となりました。一時は半数近い編成が休車となりましたが、2007年8月の南海線ダイヤ改正で南海本線、空港線の運用に入るようになりました。この時点で、後から登場する1000系同様に南海線・高野線共通仕様と呼べる系列となりました。

1次車 1990/2 2001 2051 2101 2151
2001 Mc1 - 2051 M2 - 2101 M1 - 2151 Mc2 の全電動車構成1編成
2次車 1990/6  2002-2003 2052-2053 2102-2102 2152-2153
3次車 1992/11 2031-2032 2181-2182
  2001 Mc1 - 2151 Mc2 2両固定編成2本
4次車 1994/1,2 2033-2034 2183-2184 2両固定編成2本
5次車 1995/3,4 2035-2041 2040欠 2091, 2141 2186-2191 2190欠 2両固定5本 4両固定1本
6次車 1996/7,8 2040-2044 2041欠 2092-2094 2142-2144 2190-2194 2191欠
     2両固定1本 4両固定3本
7次車 1997/7 2021-2024 2045-2046 2095-2096 2145-2146 2171-2174 2195-2196
           2両固定4本 4両固定2本

2152_101206 2010/12/6 浜寺公園 2002F

2182_180323 2018/3/23 尾崎
こちらは南海本線仕様 2扉車と大書されているのが特徴的

2000

表 2000系の配置と編成表

22000系の更新で登場した2200系と当初併結運転をしていましたが協調運転に問題があることがわかり、2200系はワンマン運転対応改造され、支線用となり、2000系増備の過程で番号の行き詰まりが生じ、2020,2070番台の登場となりました。

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2018年8月 6日 (月)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その18 南海3000系

高野線用の南海6200系をベースに1975年から1990年にかけて製造された大阪府都市開発の3000系電車、2012年11月23日に実施されたダイヤ改正で後進の7000系や7020系の増備もあり、余剰車が出現する事態となりました。

3516_180323_2_2 3513_180323 2018/3/23 天下茶屋 空港急行運用に入った3513+3515 8連

3516_180323 2018/3/23 岸和田
上記運用の折り返しか回送で基地に戻る
左側おでこの跡は泉北高速のステッカーを除去した跡

具体的には4両編成の3513F, 3515F, 3517Fと2両編成の3555Fが余剰となり、2012年12月27日付けで除籍となりました。これらの編成は南海電気鉄道千代田検車区、羽倉崎検車区に回送され、千代田工場に入場し、全般検査と整備を受け、2013年秋に南海本線で営業に就きました。

3517F+3555Fは6連固定編成となり、3518と3555は中間封じ込め化されました。3517の貫通幌も撤去されました。3513F,3515Fもそれぞれ単独4連での運行は行われず、8連で運行されています。

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2018年8月 5日 (日)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その18 大阪府都市開発3000系

大阪府都市開発(現、泉北高速鉄道)が1975年から1990年までの16年の長きに渡って60両投入したのが、南海6200系をベースとした3000系でした。

3511_180323 2018/3/23 天下茶屋 3511F

基本設計は南海6200系ですが、初期車は製造コストを減らすためや、複数の製造メーカーの入札対応のため、外板はステンレス、内部構体は普通鋼製のセミステンレス構造となりました。

6200系とは異なり、高野線三日市以南の急勾配区間に乗り入れはしないため、抑速ブレーキ用の抵抗器増設はしていません。

1985年以降に製造された車両(4連3本)はオールステンレス構造となりました。60両全車が東急車輌製造で製造されました。

3521_180323 2018/3/23 なんば 3521F

3524_180323 2018/3/23 新今宮 3523F

主要諸元

最高運転速度    100 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
自重    27.0 t(3500形)
38.0 t(3000形)
全長    20,825 mm
全幅    2,740 mm
全高    4,160 mm
車体    ステンレス
駆動方式    歯車式平行可とう駆動式
制御方式    電動カム軸式抵抗制御
制動装置    発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ
保安装置    ATS-N/ATS-PN

3554_180323_22 2018/3/23 天下茶屋 3553F

6両と4両の固定編成、一時的に3517Fが8両であったこともありましたが、編成の自由度を増すため、1999年度に6両編成(3511F, 3513F, 3517F)の中間車2両を抜き取り、運転台を取り付けて2両編成としたのが、50番台でした。前照灯は泉北7000系と共通のコンビネーションランプ、運転台機器は100系の廃車発生品の一部が流用となりました。

3000
泉北高速鉄道3000系 編成表

2012年11月のダイヤ改正では3000系の運用に余剰が発生したため、12月には大阪府都市開発の車両として除籍になり、6200系との共通性から、なんと南海本線で第二の車生を送ることになりました。南海に転属した3000系に関しては明日の記事で触れます。

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2018年8月 4日 (土)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その17 9000系

南海9000系8200系で採用されたバーニア抵抗制御・界磁チョッパ制御方式を採用し、南海本線用車両として初のオールステンレス製車体とした20m級両開き4扉通勤車です。また回生ブレーキ付き車両としても南海本線では初でした。

9504_180323 2018/3/23 新今宮 9503F

特急「四国」などで長年使用された旧1000系の陶太を名目に1985年から1988年にかけて32両が東急車輌製造で製造されました。

9505_180323 2018/3/23 天下茶屋 9505F

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
設計最高速度    115 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    3.7 km/h/s
減速度(非常)    4.0 km/h/s
全幅    2744 mm
車体    ステンレス
主電動機出力    160kW MB-3280-BC
駆動方式    WNドライブ
歯車比    85:16 (5.31)
制御装置    バーニア抵抗制御・界磁チョッパ制御 VMC-HTB-20B
制動装置    回生制動併用電気指令式ブレーキ
台車 住友金属工業FS-392B/092

CP C-2000L (M2車) SIV BS-483K2(M2車)に搭載

9509_180323 2018/3/23 新今宮 9509F サザンの自由席編成

1次車 1985/3 9001-9006 9501-9506 4両固定編成3本
2次車 1986/10, 1987/5 9007-9012 9507-9512  1986/10に6両固定編成1本が竣功し、1987/5に竣功した車両で編成替えがなされ、最終的に4両編成3本に
3次車 1988/3 9013-9018 9513-9514 6両固定編成1本と、電動車1ユニットは2次車の6連化用に

9513_101206_2 2010/12/6 浜寺公園

9000系は高野線の8200系とよく似た額縁スタイルであり、誤乗防止のため、緑の帯が窓下に巻かれて登場しました。前面窓ガラスは屋根近くまで延長され、この系列から車両番号が前面に示されるようになりました。

4両編成はSIVが1基しか搭載していないため、トラブル発生時を考慮して、2編成併結の8連、もしくはサザン、サザンプレミアムの自由席車として12000系との併結で使用されることが多いようです。6両編成は、運用上の制限なくあらゆるタイプの列車に使用されています。

今年更新を迎えるようで、8200系同様界磁チョッパ制御の部品入手の問題があり、VVVFインバータに換装も考えられるとことです。

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2018年8月 3日 (金)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その16 6200系 part2

1980年代、省エネ電車の時流に乗って1975年に試作された8000系(初代)電機子チョッパ車の使用実績を考慮しつつ、もうひとつのチョッパ方式として複巻直流電動機を使用した界磁チョッパ方式を採用したのが8200系でした。

8706_101206 2010/12/6 帝塚山~住吉東 8705F

製造にかかるコスト、電力消費量、勾配線での電力回生効率、平坦線での高速走行特性などを電機子チョッパ方式と比較検討した結果、界磁チョッパ方式の方が優れているとの判断から、8200系は1982年、1984年、1985年に6両編成各1編成ずつ計3編成18両が東急車輛製造で製造されました。

Tc1 8701-M1 8201-M2 8201-M1 8201-M2 8201-Tc2 8701

主要諸元

設計最高速度    115km/h
起動加速度    2.5(乗車率200%まで一定)km/h/s
減速度(常用)    3.7(乗車率200%まで一定) km/h/s
減速度(非常)    4.0(乗車率200%まで一定) km/h/s
車両定員    160人(先頭車)170人(中間車)
車両重量    26t(先頭車)38t(中間車)
最大寸法
(長・幅・高)    20,825mm×2,740mm×4,000(先頭車)
20,725mm×2,740mm×4,130mm(集電装置付き中間車)
20,725mm×2,740mm×4,000mm(集電装置なし中間車)

主電動機   
複巻整流子電動機 MB-3280-AC
*かご形三相誘導電動機 TDK-6314-A(6200系50番台)
主電動機出力    160kW(8200系)200kW(6200系50番台)
駆動方式    WN式平行カルダン
歯車比    85/16=5.31
制御装置    界磁チョッパ制御 FCM-218-15MRDH
        *VVVFインバータ制御(IGBT素子・6200系50番台)
制動装置    回生・発電・抑速ブレーキ付電磁直通ブレーキ
保安装置    点制御速度照査式
*はVVVF改造後

M1車に制御装置(電動カム軸式抵抗制御器とGTO素子による界磁チョッパ制御器のペアで構成)、集電装置2基をM2車にMG, CPを搭載しました。この編成から前面外側に「額縁」と言われるFRP製の飾り縁が設けられ、前面窓の下辺が引き下げられ大型化しました。そのスタイルは南海線に登場した9000系にも継承されました。

1次車 1982.3 8201-8204 8701-8702
2次車 1984.3 8205-8208 8703-8704
3次車 1985.8 8209-8212 8705-8706

抵抗制御の6200系のVVVF化改造

6200系4両編成は機器集約化のため、CPや補助電源を1台しか設置しないため、トラブル発生時に車両が走行不能になる可能性が高いという問題がありました。この問題を回避するため、他系列などと併結していましたが、輸送人数減少で、非ラッシュ時に4連での単独運用が増え、日中の運用が限定され運用効率の悪さが目立ってきました。

そこで2009年9月の6511Fを嚆矢に6507F、6505F、6509Fが8000系(2代)と同じIGBT素子によるVVVFインバータ制御方式への換装を兼ねた車体更新を行いCP,SIVを2台搭載し冗長性を持った二重系となりました。車両製造後35年以上経過した車両がVVVF化されるというのはかなりレアなことでもあります。

6505_1803232018/3/23 天下茶屋 6505F

そして、界磁チョッパ制御方式だった8200系も、界磁チョッパの更新部品の入手が困難になる中、2013年から6200系4連に続いて更新工事が始まり、IGBTインバータ制御方式(1C4M)制御方式に転換され、難波方から3両目のモハは電装解除され、サハ6850形となりました。また2両目の高野山方のパンタも撤去されました。

6561_180323 2018/3/23 天下茶屋 6551F

これらの更新改造で8200系3編成は6200系50番台に改番となり、系列消滅となりました。
これにより、6200系の総両数は76両となりました。

6553_180323 2018/3/23 天下茶屋 6553F

2015/10 8701F→6553F
2014/10 8705F→6552F
2013/11 8703F→6551F

6200
表 6200系の構成と編成表

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2018年8月 2日 (木)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その16 6200系 part1

6000系から続いた「カエル顔」シリーズの後、登場したのは東急8000系に似た「食パンスタイル」の6200系でした。

6503_180323

6504_180323 2018/3/23 天下茶屋 6503F 現時点で抵抗制御の編成

個人的に感じるのは6000系からのカエル顔から6200系の食パンスタイルに移行する仲立ちをしたのは昨日の記事で紹介した大阪府都市開発100系ではなかったかと思います。

6200系は架線電圧が1500Vに昇圧された後の1974年から1985年までの長期に渡り、全部で52両製造されました。車両性能を向上させ、イニシャルコストを減らし、機器は集約、保守の低減等を考慮したモデルチェンジでした。

主要諸元

設計最高速度    120km/h *130km/h
台車    S型ミンデン式ダイレクトマウント空気ばね台車 FS-392・392B・FS-092
主電動機    直流直巻電動機MB-3072-B-4 *かご形三相誘導電動機 TDK6313-A
主電動機出力  145kW  *200kW
制御装置   
抵抗制御 MMC-HTB-20N4、VMC-HTB-20FA(6521F) 多段制御
*日立製作所製IGBT素子VVVFインバータ制御
歯車比 85:16
制動装置    電磁直通ブレーキ
(発電ブレーキ併用、抑速ブレーキ付き)
*(回生ブレーキ(純電気式・遅れ込め)併用、抑速ブレーキ付き・更新車)

*はVVVF更新車のデータ(後述)

台車は6000系、6100系などのパイオニアIII台車から、最初から住友金属工業のS型ミンデン台車となりました。冷房装置も集約分散式(三菱電機製CU-191型10500kcal (12.21kW) ×4)に変更されました。パンタグラフはPT-4803-A-M、2基をM1車に搭載しました。MG,CPはいずれも4両分の容量を持った機器をM2車に搭載しました。

1次車 1974/11 6201-6208 6501-6504 6両固定2本
2次車 1977/6,7 6209-6216 6505-6512 4両固定4本
3次車 1980/3 6217-6218 6513-6516
4次車 1981/8  6219-6230 6517-6520
5次車 6231-6232

6518_180323 2018/3/23 天下茶屋 6517F 現時点で抵抗制御の編成

編成構成

6501F Tc 6501+M16201+M2 6202+M1 6203+M2 6204+Tc 6502

650F1, 6503F, 6513F~6519F は上記の4M2Tタイプの6連 6x6

6505F Tc 6505+M1 6209+M2 6210+Tc6506

6505F~6511Fは上記の2M2Tタイプの4連 4x4

電機子チョッパ方式試作車 8000系(初代)

1970年代から1980年代と言えば、電車の世界では省エネ化ということで従来の抵抗制御から、チョッパ方式への移行の時期でした。営団地下鉄と国鉄が電機子チョッパ方式を世に出しましたが、多くの民鉄は界磁チョッパ方式を採用しました。そんな中、南海は1975年に4両1編成8000系(初代)で電機子チョッパ方式の試作車を世に出していました。

装置は三菱電機製CAFM型自動可変界磁(AVF)式で高速域からの回生ブレーキが可能でした。車体は6200系と共通で、一見した様子では6200系と区別がつきにくい編成でした。1977年に高野線列車の長編成化に対応するため、2両中間車が増備され6連になりました。

本来は6000系と共通運用でしたが、他者との併結は不可能、さらに橋本まで20m車が入線可能となった後も抑速制動用の抵抗器を搭載するスペースがなかったため、運用に制限があり、電機子チョッパ制御車の新製コスト高の問題もあり、量産は界磁チョッパ方式の8200系となり、見送られました。

6522_180323 2018/3/23 新今宮 6521F
かつての8000系(初代)

1990年にチョッパ制御器の老朽化対策でゲート制御部の更新が行われましたが、経年劣化でエラーが頻発し、2001年に7100系1次車の廃車発生部品を流用し、なんと抵抗制御方式に改造され、6521Fとして6200系に編入されました。

8000系(初代)は系列消滅し、6200系の両数は58両となりました。

6200系のVVVFインバータ制御改造と界磁チョッパ方式の8200系については明日の記事で触れます。

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2018年8月 1日 (水)

2018年3月の関西旅行 南海電鉄編 その15 大阪府都市開発100系

所謂、南海「カエル顔」シリーズの最後は大阪府都市開発(現在の泉北高速鉄道)がその開業に備え1970年から1973年にかけて投入した100系です。

泉北高速鉄道が開業したのは1971年4月でした。会社設立は1965年12月24日、当時は大阪府都市開発株式会社、大阪府が出資する第三セクター会社で、トラックターミナルや倉庫業を営むグループ会社と合わせてOTKグループと言われました。

大阪府は泉北ニュータウンへの連絡路線建設のために、御堂筋線、四つ橋線、千日前線などの大阪市交通局によるルート、近鉄南大阪線によるルート、国鉄阪和線によるルート、南海によるルートを検討しました。その結果、輸送能力に余裕があり、営業エリア的にも問題がない南海高野線ルートで新路線を打診することにしました。

しかし、南海は1960年代後半に立て続けに大事故を起こしており、運輸省から厳重注意されていたこと、さらに架線電圧の昇圧を間近に控えていたことや難波駅の改良、高野線河内長野以南の複線化など懸案が山積みで新路線の建設までは手が回らないことから、大阪府は既存の第三セクターを活用してて鉄道運営に当たらせるようにしたそうです。

橋下府政下の2008年4月、大阪府都市開発に対して大阪府が保有する株の売却が検討され、外資のローンスターと南海が興味を示し、沿線自治体における様々な政治的判断の結果、2014年7月1日以降、南海がその株式の99.9%以上を取得し、南海グループの一員となっています。

101_741006_2 1974/10/6 岸ノ里

非冷房車6連でパンタが運転台上部にあった頃
南海6100系と似てはいるものの、造りが単純化されています。

南海高野線との相互直通運転のため、車両の仕様は当時、南海が高野線に導入を進めていた6100系に準じたものになりました。

4両編成5本、2両編成5本の計30両が東急車輛製造で製造されましたが、初期の16両は大阪製作所(旧、帝国車輛工業)にて製造され、これらは大阪製作所最後の鉄道車両となりました。

形式
          ←なんば・中百舌鳥    
4連 Mc 100形+T 500形+T 500形+Mc 100形
2連 Mc 100形+Tc 580形 

558_741006_2 1974/10/6 岸ノ里

現在はレールが分断されていますが、高野線は本来、汐見橋(左手、直進方向)が起点でした。難波方面は右手に分岐していました。1993年からの高架化工事で高野線と汐見橋線は分断されました。

南海6100系がオールステンレスなのに対してこちらは製造コスト軽減のためセミステンレス車体となりました。冷房装置は当初、搭載されず、1983年から1986年にかけて冷房装置が設置されました。集約分散方式の三菱電機製CU-191P形を4台、車内天井にローリーファン4台が設置されました。冷房化でパンタは下枠交差方式に交換され、難波・中百舌鳥より先頭車運転台上に設置されていたパンタが連結面よりに移設されました。また冷房化で電動車に搭載されていたMGが撤去され、制御車、和泉中央側の付随車にSIVが設置されました。

経年による老朽化で1995年から2000年にかけて廃車されました。

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