« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月30日 (日)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 番外編 11400系

近鉄特急の話題は、今回はやはり昔のアルバムから掘り出した写真で、11400系です。昨日の10100系ビスタカーII世」、もしくはそれに続く10400系エースカー」の後継、汎用特急 新「エースカー」として1963年に登場した車両です。

11400_750102 1975/1/2 名古屋

2017年9月7日の記事で一度登場していますが、同じときに撮影した別の写真がありました。

11400_750102_3 1975/1/2 名古屋
ク11500+モ11400(奇数)+モ11400(偶数) ク11520

最初、10400系の改良型としてMcMcTcの3連で10本が製造されました。需要に応じてTcを切り離し、2連での運用もか可能でした。その後、1965年に3連2本、2連3本が増備され、1969年には増結用Tc ク11520形が3両増備されました。
東海道新幹線開業後の名阪特急不振の時期、11400形2連が活躍したそうです。晩年は京都線・橿原線でも活躍し、1993年から1997年に廃車となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月29日 (土)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 番外編 10100/10400系

近鉄特急車両の話題、昨日の16000系で2018年3月の旅行で撮影した分は全部登場しました。今回からは昔のネガ、ポジフィルムなどをスキャンして見つかった近鉄特急車両をこの機会に載せておこうと思います。

最初は、2017年9月5日の記事で登場した10100系ビスタカーII世」です。
←上本町・名古屋                      山田→

A編成: 流線モ10101~105+サ10201~205+モ10301~305貫通
B編成: 貫通モ10106~110+サ10206~210+モ10306~310流線
C編成: 貫通モ10111~118+サ10211~218+モ10311~318貫通

10100_vista_car_750102
10100_vista_car_10207_750102

1975/1/2 近鉄名古屋 10207の番号が見えます。大阪難波よりが非貫通タイプのB編成

特徴的な非貫通タイプの先頭車と2階建て中間車の写真は以前の記事で載せました。

それに対して、このB編成の名古屋より先頭車、もしくはA編成の難波より先頭車、さらにはC編成の両端先頭車は

10100_7603 撮影場所(もしかしたら大和八木?)、時期 不明

このような顔だったようです。特徴的なのは貫通路を挟んで運転席側と反対側の前面窓のサイズが大きく異なることです。上の写真、上本町行き列車の先頭でホームが3番線、特急停車駅ということから大和八木駅ではないかと思います。

追記:1961年に登場した20m汎用特急車の10400系エースカー」も同じスタイルでした。こちらはMcMcTcTCの4両編成2本が製造され、大阪線、名古屋線に配置され、名阪乙特急などで活躍しました。

2~4両編成に対応し、ビスタカーの10100系とも併結可能なため、エースカーと呼ばれたそうです。1974年に車体更新が行われ、4両固定編成化、冷房の集約分散化が行われました。晩年には正面の窓のサイズが左右揃うように改造されました。1992年に廃車となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月28日 (金)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 16000系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は16000系です。以下に示すように近鉄南大阪・吉野線の歴史を知る特急車両です。

16000_7603 1976/3 大阪阿部野橋

16000_7603_2 1976/3 橿原神宮前 前面のちょっと危険な特急マークは1977年に現在のホームベース型電照タイプに代わったそうです。

近鉄は戦後まもない1947年に有料制特急の運行を開始し、名阪特急を基軸に整備して来ました。しかし、1964年10月1日の東海道新幹線開業ではそのスピードと輸送力には太刀打ちできず、大きな方針転換を強いられることになりました。

まず最初に1964年10月のダイヤ改正では上本町・近鉄名古屋と伊勢神宮の最寄り駅である宇治山田を結ぶ阪伊・名伊の特急の増発、京都~橿原神宮間を結ぶ京橿特急の新設で新幹線のフィーダーネットワークの整備と名阪甲特急の増発を行いました。

言うなれば新幹線の停車駅を基準にした新規路線の開拓と従来からの路線の強化の二方面作戦でしたが、京都~奈良、橿原神宮方面の特急は大きな人気を博したのに対して、名阪甲特急に関しては壊滅的と言える打撃を受けました。

一方、南大阪・吉野線に関しては1959年8月から一般車による快速「かもしか」が運転され、観光シーズンには不定期特急に格上げされるなど、大阪阿部野橋~吉野間に優等列車の運行が模索される状態が続いていました。

16000180324 2018/3/24 古市 旧塗装の編成は16007F 16009Fも既に新塗装に

当時の大阪線基幹特急車11400系新エースカー」の仕様を反映して南大阪線系統の特急として最初にデビューしたのが16000系でした。1965年3月18日のダイヤ改正でデビューが決まり、1965年2月に2両編成2本が竣工しました。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
起動加速度    2.3 km/h/s
減速度(常用)    4.0 km/h/s
編成定員    2両編成:128名
4両編成:256名
全長    20,500 mm
全幅    2,740 mm
全高    3,840mm(モ16000形)・3,795mm(ク16100形)
主電動機    三菱電機 MB-3082-A
主電動機出力    135kW
駆動方式    WNドライブ 歯車比    6.13
編成出力 2両編成:540kW   4両編成:1,080kW
制御装置 抵抗制御
制動装置 電磁直通ブレーキ (HSC-D) (抑速・発電制動付)
保安装置 近鉄型ATS、列車選別装置、列車無線装置

16000180324_4 2018/3/24 橿原神宮前 4連の16008,16051編成は既に新塗装に

モ16000形 ク16100形 の2形式による2両編成とさらに中間車としてサ16150形とモ16050形を加えた4両編成が増備され、1977年12月までに2両編成8本、4両編成1本の22両が製造されました。

モ16000 ク16100
  Mc    Tc
2両編成 第1~第7・第9編成

モ16000 サ16150 モ16050 ク16100
  Mc    T      M     Tc
4両編成 第8編成

座席は11400系と同じシートピッチ935mmの回転クロスシートを採用し、第9編成は当時、淘汰が始まっていた10100系「ビスタカー」からの廃車発生品を流用しました。

第一編成の竣工から20年以上経過した1986年3月に最初の更新工事が施工され、化粧板の交換、座席の一斉自動回転式リクライニングシート化、デッキの新設が行われました。

16000180324_2 2018/3/24 橿原神宮前 後継の16400系との並び

1997年に後継者となる16400系が製造された際に第1,2編成が廃車となり、大井川鐡道に譲渡されました。2002年には第3編成が廃車となり、同じく大井川鐡道に譲渡されました。

2005年1月には第4編成、2013年11月24日には第5,6編成も廃車となり、これらは近鉄内で解体されました。

現時点で2両編成2本(第7,9編成)、4両編成(第8編成,16008Fと16051F)が現存し、活躍中です。所属は古市検車区です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月27日 (木)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 16010系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は16010系です。 16010系という系列番号、どこかで聞いたことがあったと思ったら、元西武の初代レッドアロー5000系富山地方鉄道で名乗っている系列番号でした。

近鉄南大阪線用の特急車両16000系の最終増備車両として1981年に2両編成1本が製造されました。当時製造中だった標準軌線用の30000系12410系に準じて、前面貫通扉にカバーを装備し標識灯も同じデザインとしましたが、側面の行き先表示器は装備せず、前面の塗り分けも16000系と同じものとなっていました。

16010_180324 2018/3/24 古市

最大幅は16000系同じですが、屋根は高く設定され、エアコンのキセは30000系12410系と同じタイプとなっています。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
起動加速度    2.3 km/h/s
減速度(常用)    4.0 km/h/s
編成定員    128名(新製時)
全長    20,500 mm
全幅    2,740 mm
車体高    3,860 mm
台車    KD-89
主電動機    三菱電機 MB-3082-A 出力    135kW
駆動方式    WNドライブ 歯車比    6.13
編成出力    540kW
制御装置    抵抗制御 型式:MMC-HTB-10F
制動装置    電磁直通ブレーキ (HSC-D) (抑速・発電制動付)
保安装置    近鉄型ATS、列車選別装置、列車無線装置

最初の改造工事は1997年に施工されており、11400系の廃車発生品を流用したリクライニングシートに交換されました。2001年12月に車体更新が行われ、デッキの設置と車販準備室の撤去がなされ、定員が変化しました。2度目の更新(B)は2014年8月に施工され、ク16111の運転台後方に喫煙室が設置されました。

塗装変更も2016年9月に行われました。

配置は古市検車区です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月26日 (水)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 16400系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は16400系です。

16400180324_3
16400180324_4 2018/3/24 橿原神宮前

標準軌線の22000系に相当する車両で1996年に2両編成2本が製造されました。
モ16400形+ク16500形

車椅子対応設備は中間車がないため制御車に設置され、車椅子用の座席は1脚のみ設けられました。車内販売準備室も22000系ではありましたが、吉野特急では竣工時点で車販が行われていなかったので省略されました。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
編成定員    モ16400:64名、ク16500:47名
全幅    2,800 mm
台車    KD-310
主電動機    三菱電機 MB-5071A
主電動機出力    160 kW × 4
歯車比    6.31
制御方式    IGBT型VVVFインバータ制御
制御装置    MAP-148-15VD102A33 4500V/3000A/1C8M
制動装置    KEBS-2 電気指令式電磁直通空気ブレーキ
備考    電算記号:YS

16400180324
16400180324_2 2018/3/24 古市

1996年3月に2編成が竣工し、同年6月1日より、営業が開始されました。車体更新は16401Fが2015年3月に,16402Fが同年9月に高安検修センターで施工されました。

塗装に関しては2018年4月1日時点では両編成とも旧塗装でした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月25日 (火)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 16600系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は16600系です。

16600系は標準軌の22600系の狭軌版というべき車両で、明日の記事で紹介する16400系(狭軌版の22000系)をリファインした汎用特急車です。実際の設計は21020系のコンセプトを大きく取り入れています。

2010年に2両編成2本が製造されました。

モ16600形-ク16700形   

窓配置は車椅子対応設備とトイレの設置が22600系のものとは変更されているため、異なっており、乗降扉もク16700形に2か所、モ16600形に1か所となりました。

16600_180324
16600_180324_3 2018/3/24 古市

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
設計最高速度    120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    4.0 km/h/s
編成定員    99人(2両)
車両定員    Mc:52人
Tc:43人
自重    Mc:47 t、Tc:43 t
編成長    41.3 m
全長    Mc:20,800 mm Tc:20,500 mm
全幅    2,800 mm
全高    Mc・M:4,150 mm Tc・T:4,135 mm
台車    積層ゴムブッシュ軸箱支持方式ボルスタレス台車 KD316 (Mc) KD316A (Tc)
主電動機    かご形三相交流誘導電動機
三菱電機 MB-5137A
主電動機出力    185 kW / 1,050 V
歯車比    6.31
編成出力    740 kW (2両)
制御方式    2レベルPWM制御IGBT型VVVFインバータ方式 1C2M方式
備考    電算記号:YT

標準軌線に較べるとそれ程、高速走行区間が多いわけでは無く、急勾配もないことから性能は敢えて低めに設定されました。

営業運転は2010年6月19日から開始されました。2編成とも塗装変更は完了しており、所属は古市検車区です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月24日 (月)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 26000系 さくらライナー

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回からは狭軌の南大阪線で活躍中の特急車両です。標準軌(近鉄では広軌)同様、系列数字の大きい方から行きます。

近鉄の車両系列番号の規則では1000の位は投入線区を意味しており、
1,2 大阪・名古屋線 (車両統一後は奈良・京都線も)
3   京都線(市営地下鉄直通用)
5   標準軌急行クロスシート車
6   南大阪線
7   けいはんな線
8,9 奈良・京都線 (車両統一後は大阪・名古屋線も)

といったように南大阪線に投入される車両は一般車両は6000番台、特急車両は16000、26000番台となっています。

26000_180324_3 2018/3/24 大阪阿部野橋

最初は26000系さくらライナー」です。
SLマーク
大阪阿倍野橋と吉野を結ぶ所謂、吉野特急は1965年に運転が開始され、1990年に25周年を迎えました。この機会に、高品質の輸送サービスを提供するために投入されたのが26000系でした。車体や内装は21000系アーバンライナー」のデザインを流用しており、それに飛鳥、吉野路を走行するのにフィットした観光要素を加え、1990年3月15日のダイヤ改正から営業運転が開始されました。

26000_180324_4

さくらライナーのさくらは勿論、吉野の桜を意味していますがそれ以外に、:さわやかデザイン、:くつろぎ車内、:らうんど展望のコンセプトが設計に反映されていることを意味しているそうです。近畿車輛により、4連(全電動車方式)2本が製造されました。

主要諸元

最高運転速度    110 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s
減速度(常用)    4.0 km/h/s
編成定員    226名
全長    先頭車 20,700 mm
中間車 20,500 mm
全幅    2,800 mm
全高    4,150 mm
車体    普通鋼
台車    シュリーレン式ダイレクトマウント空気ばね台車 KD-99
主電動機    三菱電機 MB-3308-A直流直巻電動機
主電動機出力    95 kW (340 V)
駆動方式    WNドライブ 歯車比    3.81
編成出力    1,520 kW
制御方式    抵抗制御
制御装置    日立製作所 MMC-HTB-20U
制動装置    電磁直通式HSC-D (発電・抑速・保安ブレーキ付)
保安装置    近鉄型ATS

1990年登場当時としては、2ハンドルディスク採用の運転台、ドア上のフリーパターンディスプレイ装置、肘掛け内蔵の座席テーブル、4灯式前照灯と以後の近鉄特急車両の標準装備がいち早く導入されたのに対して、抵抗制御方式、シュリーレン式台車、折り戸式客用扉、簡易リクライニングシート、和式トイレ等、この車両で最後となる装備も多数見られ過渡期の車両といった位置づけでした。

    ←大阪阿部野橋                       吉野→
号車       1                 2                  3                   4
形式   モ26400    モ26300    モ26200   モ26100
         Mc                M                 M                Mc
             SIV, CP, BT   <>, CON, <>    SIV, CP, BT   <>, CON, <>

自重     44.0             44.0               43.0            45.0   (t)
定員      56             56                56               56
                                 洗面・トイレ  洗面・トイレ
               公衆電話   車販準備室

客室は全車普通車
車体塗装は日本的美しさの表現をテーマに全体は白を基調とし、窓廻りはうすずみ色とし、雲海に煙る吉野山をイメージしました。車体裾にはもえぎ色のグラデーションのラインが引かれました。

26000_180324_11
26000_180324_10 リニューアル後ロゴもこういった吉野の桜をイメージしたものになりました。

登場後、21年が経過した2011年に2編成とも更新工事が行われ、外観は車体裾部のグラデーションが吉野の桜をイメージしたピンク色に変更されました。

26000_180324_8
車内は3号車がデラックスカーとなり、座席は「ゆりかご型リクライニングシート」に、通路を挟み1+2の席配置となり、独立式の回転シートとなりました。他の3両のレギュラーカーも回転機構は持たないものの「ゆりかご型リクライニングシート」が装備されました。車内は全車禁煙となったので、モ26100形の大阪阿倍野橋側デッキと客室の間に喫煙室が設置されました。1号車4号車の運転台後部にはデッキが増設され、フリーの展望スペースが設置されました。3号車の車販準備室は自動販売機コーナーに改造されました。トイレは全て洋式となりました。

配置は2本とも古市検車区です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月23日 (日)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 12200系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は12200系です。

12200180324
12200180324_31
12200180324_51 2018/3/24 3枚とも今里

1967年に2両編成10本が登場した12000系スナックカーの改良増備系列として1970年の大阪万博における「伊勢・志摩を万博第2会場に」のスローガンのもと、難波線・鳥羽線の建設、志摩線の改軌工事などによる、難波・名古屋対賢島間の直通特急の増加を見越して1976年までに大量増備されました。
なんと 2両編成 31本、4両編成 22本、6両編成 3本の計 168両が製造され、近鉄特急最大勢力となりました。

12200180324_2 2018/3/24 大和八木

2017年9月9日の記事でも紹介しているので、これ以上の重複は避けますが、その12200系も2000年から本格的な廃車が開始され、汎用特急としての主力の座は22000系に譲り、6両編成は消滅、一部は団体専用車両15200系あおぞらII」や15400系かぎろひ」に改造され、総両数も80両を切りました。

12200_180324 2018/3/24 橿原神宮前

現在活躍中の編成は
富吉車庫
4連 12251, 12252, 12256
2連 12255
明星車庫
4連 12233, 12234, 12235, 12236, 12237, 12238,, 12239, 12240, 12244, 12245, 12246, 12247, 12249, 12250
2連  12253, 12254     といった配置になっています。

昨日の記事にあるように現在進行中の塗装変更対象外と車両系列となっており、2020年春の新名阪特急登場の際の動向が気になる系列です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月22日 (土)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 12400系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は昨日の12410系、12600系と同じ標準車「サニーカー」に属する12400系です。

昨日の記事にあるように1977年12200系の改良増備形として登場、1978年に製造が開始された30000系ビスタカー(現VistaEX)の平屋根版としての位置付けでした。

編成は2M2Tの4連で、3本が製造されました。

12400180324_21 2018/3/24 今里

明日の記事で12400系の母体となった12200系に触れますが、本来は12200系の続番で製造されるところが30000系の構想を取り込んで、前頭部の塗り分けも変更されました。1978年鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞しました。

12200系は今回の塗装変更では変更対象外とされましたが、12400系は3本のうち、12402F以外が既に新塗装化されています。

所属は3編成とも明星車庫です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月21日 (金)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 12410/12600系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は12410系もしくは12600系です。近鉄特急の標準車”サニーカー”と言われる系列で、12400系1977年に、12410系1980年に、12600系1982年に登場しました。外観的には3系列の中で12400系は前面下部の標識灯の形態が異なっており、容易に識別可能なのですが、12410系は当初、2M1Tの3連で登場したものの、5本目の最終編成はT車を組み込んだ4連となり、それまでの4編成も4連化され、最初から4連で登場した12600系(4連2本)とは床下機器の配置でしか外観的区別はそう容易ではないようです。

しかし、12410系と12600系はトイレの配置が違うこと

12410系 ←大阪・京都              樫原神宮前・賢島→
         モ12410   サ12560  モ12460  ク12510
         CON, P                       P, CON     MG, CP
                       41.0           35.0          41.0          36.5  (t)
       定員     64            72             64            64
車内設備  洗面・トイレ         洗面・トイレ
                        車販準

と京都方クモハと橿原神宮前方から2両目のモに設置されているのに対して

12600系  ←大阪・京都              樫原神宮前・賢島→  
         モ12600   サ12750   モ12650  ク12700
          41.0           36.0          41.0          36.0  (t)
     定員            68             68            64             64
車内設備                   洗面・トイレ 洗面・トイレ
                        車販準                

とのことで、田原本駅を通過する列車の写真をよく見ると

12410_180324_2       
12410_180324_3 2018/3/24 京都行き特急 

京都側の先頭車モ12410形と3両目のモ12460形にトイレがあること(窓の配置と床下機器から判断して)、さらに2015年から12400系と12410系ではク12510形に喫煙室設置工事がなされており、4両目の運転席側からの窓が一つ無いのはそのためではないかと推察し、12410系と判断しました。

さらに2014年8月12日の名古屋線の旅、桑名で撮影した写真は12600系かも知れません。
追記:2編成の12600系は2018年4月1日時点では12601Fが旧塗装で、6月25日(イカロス出版の私鉄車両年鑑発売日)の時点では2編成とも新塗装になっているとのことです。

車両の所属は 12410系 5編成のうち、12411~12414が東花園車庫、12415が 富吉車庫 12600系 2編成は富吉車庫です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月20日 (木)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 21000系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は21000系アーバンライナーplusです。plusは2003年から2005年にかけて行われた更新改造後に与えられた愛称です。21020系同様に2017年8月の旅行で遭遇しており、9月11日の記事にあるので重複は避けます。今回の旅行では、大阪難波、今里、布施、大和八木で遭遇しました。

21000_21611_180324_1 2018/3/24 大阪難波 ラスト編成

編成は6連11本と増結ユニット2連3本で全部で72両です。当初は高安検車区に配置されていましたが、東花園検車区に異動する編成が現れ、現在は全車富吉検車区に配置となっています。

21000_180324_2 2018/3/24 今里

更新改造において、デラックスカ―は従来、2両(モ21500形とモ21600形)でしたが、更新後はモ21600形1両となりました。車内販売も芳しくないことから車販準備室は撤去されました。シートも従来は簡易リクライニングシートでしたが、リクライニングと連動して座面が沈み込むタイプの「ゆりかご型シート」に変更されました。これらは昨日の記事にある、21020系の開発時に実施したアンケート調査結果を反映したものでした。plusは「新世代機能とサービスの付加」を意味を込めてのものだそうです。

21000_180324 2018/3/24 布施

外観の変化は裾部をジェントルベージュに塗り替え、窓まわりのオレンジの細線が消えました。オレンジ帯は若干赤みが増し、コスメオレンジとなりました。折り戸部分にもオレンジ帯が通るようになりました。さらに扉上に雨樋が取り付けられ、一次車特有のふくらみがあった扉はフラット化されました。連結面には転落防止幌が設置され、一次車モ21200形の入れ換え用運転台は撤去されました。連続窓の構造も21020系と同様になり、窓柱の縦抑えゴムはなくなりました。主要機器は変化がありませんが、パンタグラフはモ21100形とモ21304形の間に高圧母線を引きとおし、それぞれ一基搭載としました。

21000_180324_21 2018/3/24 大和八木

リニューアルで車販準備室は撤去されましたが、2007年10月から車販が行われることになり、21600形の喫煙コーナーが転用改造されました。

今回は遭遇しませんでしたが、21102編成に昨日の21121編成と同様の70thラッピングが施されたそうです。

名阪特急の主役として登場以来活躍して来ましたが、近鉄では2020年度の営業運転開始を目指し、新型車両の投入を発表しており、編成は8連3本、6連8本と現在の車両数と同数になるそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月19日 (水)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 21020系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は21020系アーバンライナーnextです。既に2017年8月の旅行で撮影はしており、2017年9月12日の記事がありますので、重複は避けます。

21020_180323
21020_180323_21 2018/3/24 今里 21121編成 前面のマークは近鉄特急運転開始70周年記念で、2017年10月8日から掲出されているそうです。なお、2007年10月8日から2008年4月上旬までは近鉄特急運転開始60周年のマークが、さらに2009年12月12日から2010年3月までは21122Fに名阪特急直通運転開始50周年の記念ロゴが掲出されました。

21000系アーバンライナーが登場して15年が経過した2002年頃、バリアフリー対策や受動喫煙防止対策で更新工事が必要となり、その入場に伴う代替として2002年9月と10月に6連2本が近畿車輛で製造されました。

21020系の登場後、21000系は21020系をベースにしたリニューアルが行われ、アーバンライナーplusとなりました。

所属は2編成とも富吉検車区です。2008年10月天皇・皇后両陛下の奈良視察のため、近鉄としては2002年5月以来となるお召列車が運転され、21121Fがその役を務めました。一方で、21122Fは同年3月、下り線走行中の名古屋線津新町~南が丘間の踏切にて乗用車が2両目に衝突する事故に遭遇し、車体に激しい損傷を受け、五位堂検車区に入場となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月18日 (火)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 22000系

2018年3月の関西旅行、近鉄特急の話題、今回は22000系です。

22000180324_31 2018/3/24 今里 残り少なくなってきた旧塗装編成

22000180324 2018/3/24 今里 塗分け線の効果か、22000系特有の前面窓の違和感がなくなります。

この車両は2017年8月の旅行で冨田や鳥羽で遭遇しました(記事)。4連が15本、2連が13本の86両製造されていますが、昨日の22600系が4連は0番台、2連は50番台に分けて付番されているのに対して22000系の場合は、通し番号となっています。

4連 22101,22102, 22105-7, 22110-112, 22114-120  15本
2連  22103, 22104, 22108, 22109, 22113, 22121-22128   13本 のような構成となっています。

22000180324_2 2018/3/24 大阪難波

配置は

東花園 4連  22101, 22102, 22106
明星   4連   22105, 22107, 22111, 22115, 22117, 22119, 22120
            2連   22103, 22104, 22108
西大寺 4連   22110, 22112, 22114, 22116, 22118
            2連   22122, 22124, 22126, 22128
富吉   2連   22109, 22113, 22121, 22113, 22125, 22127

下線を付した編成が塗色変更済みです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月17日 (月)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 22600系

近鉄特急、2番目に紹介する系列は22600系です。前回の名古屋方面では遭遇していないので今回初めての登場です。

22600_180324
22600_180324_21
2018/3/24 今里 4連と2連の新塗装併結
22000系との区別は前面窓の形態や標識灯の位置で容易です。

標準軌用として1992年から1994年にかけて86両が製造された22000系(ACEエーシーイー)をリファインし、次世代の汎用特急車両として開発されました。22600系の愛称はAce(エース)です。

製造は2009年からでこれまでに4両編成が2本、2両編成が12本登場しています。

4連
モ22600  サ22700  モ22800  ク22900
  Mc            T               M             Tc
VVVF, >    CP, BT       VVVF, >   SIV, CP, BT
  47.0          39.0            44.0           43.0      (t)
    56            54               56             40
                洗面      車販     洗面
       トイレ     自販     トイレ
       車椅子            喫煙室

2連
       モ22600   ク22900
         Mc             Tc
               >, VVVF, >  SIV, CP, BT
                   47.0           43.0      (t)
                    56              40
                                 洗面
              トイレ     

主要諸元

最高運転速度    単独および22000系と併結時:130 km/h
HSCブレーキ車と併結時:120 km/h
起動加速度    2.5 km/h/s ※阪神線直通対応車両は3.0 km/h/s
減速度(常用)    4.0 km/h/s
編成定員    206人(4両)96人(2両)
車両定員    Mc・M:56人 T:54人、Tc:40人
自重    Mc:47 t、T:39 t M:44 t、Tc:43 t
全長    Mc:20,800 mm  M・Tc・T:20,500 mm
全幅    2,790 mm
全高    Mc・M:4,150 mm Tc・T:4,135 mm
台車    積層ゴムブッシュ軸箱支持方式ボルスタレス台車(ヨーダンパ付)
 KD314B(Mc・M) KD314C(Tc・T)
主電動機    三菱電機 MB-5097B × 4基
主電動機出力    230kW/160A/2,960rpm/100Hz(1,050V)
歯車比    17:84 (4.94)
編成出力    1,840 kW (4両)920 kW (2両)
制御方式    2レベルPWM制御IGBT型VVVFインバータ方式 純電気ブレーキ付
制御装置    三菱電機 MAP-234-15VD102A  3,300V/1,200A/1C2M
保安装置    近鉄型ATS/阪神型ATS
備考    電算記号:AT(2両) AF(4両)

22600_180324_2 2018/3/24 橿原神宮前 こちらは2連

走行系の制御機器はアーバンライナーnext21020系のシステムを継承したIGBT素子による三菱電機製VVVFインバータで、22000系のオール電動車編成からMT比1:1方式となり、1基の制御器で2台の主電動機を駆動する1C2M方式が採用されました。

補助電源は三相交流440V 60Hz出力のSIVで4連は容量140kVAのINV174-D0、2連は容量80kVAのINV174E0をク22900形に搭載しています。CPは1,000ml/minのものをク22900・サ22700形に各1台搭載しています。

4連は2本とも高安検車区   阪伊乙特急
2連は高安 51、52 西大寺 53~55 明星 56,57,62 富吉 58~61 名伊・名阪乙特急

外板塗装の変化はかなり進んでおり、2018年4月現在、旧塗装で残っているのは2連の22651編成のみとのことです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月16日 (日)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その3 特急車両 30000系 ビスタEX

2018年3月の関西旅行、今回からは車両編です。前回の名古屋線・鳥羽線同様に特急車両から行こうと思います。

今回は50000系「しまかぜ」、23000系「伊勢志摩ライナー」には遭遇していませんので、特別仕様特急車では30000系 (ビスタカーIII世・ビスタEX) が最も数字の大きい系列となります。

2017年9月6日の記事で登場しているので重複は避けますが、今回の撮影では今里、生駒、大和八木で遭遇しました。気になるのは塗装の変化で4両編成15本のうち、今年4月の時点では4編成が旧塗装で残っているとのことです。

30000_vistaex_180324_21 2018/3/24 今里 鳥羽行き特急

30000_vistaex_180324 2018/3/24 生駒 旧塗装で残る第3編成による奈良線特急

30000_vistaex_180324_2 2018/3/24 大和八木 かつて名阪甲特急にも使用されていましたが現在は伊勢方面特急の使用がメインになっています。

30000_vistaex_180324_21_2 2018/3/24 大和八木 上り特急、大阪難波ではなく上本町行きです。

大阪線特急車両として15編成全てが西大寺車庫所属です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月15日 (土)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 大阪阿部野橋

2018年3月24日の近鉄線乗り歩き、大阪難波から今里、布施、奈良線で生駒、生駒線で王寺、同じ近鉄ながら改札外の新王寺から田原本線で西田原本、さらに改札を出て、田原本、大和八木で大阪線を覗いてから、引き続き橿原線で橿原神宮前、ここから狭軌の南大阪線で尺土、古市で撮影をしながら大阪阿部野橋に戻りました。

180323 2018/3/24 布施駅で朝、撮影した天王寺のあべのハルカス

Dsc04899
現在、近鉄の本社は上本町駅側にありますが、1943年から1969年まではこの南のターミナル駅である阿部野橋に本社がありました。

180324
駅名に関しては昨日の記事にあるように大阪鉄道が1923年4月13日に布忍から当駅まで開通させた際の駅名は大阪天王寺でした。しかし、翌年1924年6月には現在の大阪阿部野橋に改称されました。

阿部野橋の由来は1889年に大阪鉄道(こちらは関西本線の方)が湊町~柏原駅間を開通させた際、上町台地の掘割部に架けられた阿倍野橋が駅名の由来で、現在の阪堺電軌の阿倍野駅が先に開業したことでの改称となったようです。

26000_180324_3 2018/3/24 26000系 さくらライナー

駅構造は頭端式櫛形6面5線の地上駅で北側から1番線となっており、6番線が特急専用ホームです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月14日 (金)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 尺土駅と古市駅

2018年3月の関西旅行、近鉄の旅は橿原神宮前で広軌の橿原線から、狭軌の南大阪線に乗り換え、大阪阿部野橋へ向かいます。

線路的には大阪阿部野橋から吉野までは一本で繋がっていますが、運行的には橿原神宮前が大きな結節点となっており、橿原神宮前までが南大阪線、そこから先が吉野線となっており、両線通して運転されるのは特急と急行のみのようです。急行は吉野線内は各駅に停まります。

今回の記事では大阪阿部野橋に向かう途中にある、尺土駅と古市駅を紹介いたします。

9) 尺土駅 御所線の分岐駅

180324 2018/3/24 駅名標 Pは御所線の路線記号

この駅は1929年3月29日、大阪鉄道が古市~久米寺(現、橿原神宮前)間を開業したときに開業しました。

ちなみに現在の南大阪線の歴史は1898年3月24日の河陽鉄道の道明寺~古市間開業からスタートしており、1899年5月11日に河南鉄道が路線を継承しました。その後、河南鉄道が大阪鉄道と名前を変え、1922年4月18日には布忍~道明寺間、1923年4月13日には大阪天王寺~布忍間が開業しました。

6432_6529_180324 尺土駅を出発し、御所線に入って行く区間列車

1930年12月9日には南和電気鉄道が当駅から南和御所町(現、近鉄御所)までを開通させ、乗換駅となりました。その後、会社の名称の変化、1944年4月1日には関西急行鉄道が南和電気鉄道を合併、などあり、現在のようになりました。

御所線は現在はツツジの名所である葛城山へのルートとなっていますが、建設当時はさらに南進して五条、橋本方面に至る計画もあったそうです。

10) 古市駅 長野線の分岐駅

180324_2 駅名標 Oは長野線の路線番号

この駅は近鉄の駅の中でも最古の駅で、上記のように1898年3月24日、河陽鉄道によって開業しましたが、このときは現在、道明寺から分岐している道明寺線の柏原~道明寺間も開通しました。地図で見ると分かりますが、南大阪線の線路が古市から柏原に向かってほぼ北北東に伸び、、大阪阿部野橋に向かっては大きく左にカーブしているのは、阿部野橋方面が後から建設された路線であることを示しています。

180324_3
一方、古市駅の南でも同じことが言え、1898年4月14日には古市から富田林駅まで路線が延伸されています。その約30年後に久米寺の方に分岐線が出来ているので、最初は高野山に通じる高野街道を目指した路線として現在の長野線がメインルートでした。ちなみに河内長野(南海高野線との接続駅)まで通じたのは1902年12月12日でした。

6020_6065_180324 大阪阿部野橋発河内長野行き準急電車

富田林といえば最近は現在も逃走中の脱走犯で有名ですが、日本三大不動のひとつである瀧谷不動明王寺やPL教団などがあり、大阪南河内エリアの主要通勤路線となっており、大阪阿部野橋から直接、長野線に向かう列車も多く設定されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月13日 (木)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 橿原神宮前駅

2018年3月の関西、近鉄沿線を巡る旅での各路線と駅の紹介記事、今回は

8) 橿原神宮前駅 広軌の橿原線と狭軌の南大阪線の接点  です。

橿原神宮は明治23年(1890年)3月に創建されており、この辺の神社としては比較的新しい方です。この地が選ばれた理由は古事記や日本書紀における記述で初代の神武天皇が「橿原の宮」で即位しとあり、橿原宮跡地は畝傍山東南の地と考えられることからこの地が選ばれたそうです。

180324_1 橿原線ホームの駅名標

この駅はもともとこの辺りにあった3つの駅を統合して、現在の位置に駅が出来たそうです。

最初は1923年3月21日に大阪電気軌道畝傍線(現在の橿原線)平端~橿原神宮間が延伸した際に旧橿原神宮前駅が開業しました。同年12月5日、吉野鉄道が旧橿原神宮前~吉野口間を開業し、大阪電気軌道の旧橿原神宮前駅に接続しました。

 

180324_2 南大阪線(路線記号F)のホームの駅名標

一方、現在の南大阪線を経営していた大阪鉄道(関西本線の大阪鉄道とは別の会社)は1923年4月に大阪天王寺(翌年、大阪阿部野橋と改称)まで乗り入れを果たし、1929年には久米寺駅(現在の橿原神宮前駅の狭軌線部分)まで路線を伸ばし、吉野鉄道との乗り入れも開始しました。このときに大和池尻と久米寺の間に橿原神宮駅が新たに設置されました。

その後、大阪電気軌道が吉野鉄道を吸収し、旧橿原神宮前から久米寺間を三線軌条として久米寺駅まで乗り入れるようになりました。

1939年3月には吉野線、7月には畝傍線の新線切り替えが行われ、久米寺駅が橿原神宮駅駅と駅という字が入る駅に改称されました。さらに8月には大阪鉄道の橿原神宮駅が廃止となりました。

1940年の皇紀2600年祭の際に橿原神宮周辺整備事業により、大阪鉄道の久米寺駅も橿原神宮駅駅と改称されました。

その後、近畿日本鉄道になるまでの会社名の変更があり、現在の橿原神宮前となったのは1970年3月1日のことでした。

6200_6302_180324 2018/3/24
広軌側ホームの構内踏切から吉野線方向を見る。
5組の線路のうち、左2組が吉野線から通じる狭軌線、右側3組が広軌線。

2061_180324 台車履き替え施設は4線路方式に

吉野線からの列車が0番ホームに入線し、広軌線の列車に乗り換えしやすいように、さらに狭軌線の車両が全般検査、重要部検査などで五位堂検修車庫に入庫する際に駅東側の台車交換施設で仮台車に履き替え、事業用車に挟まれ、台車は事業用車両に積載し、運ばれます。

8600_8109_180324
同じ構内踏切から撮影した橿原線・京都線の特急、各停用車両。

16400180324_4
こちらは南大阪線、吉野線の接続駅となっており、特急列車の交換も行われる。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月12日 (水)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 大和八木駅

2018年3月の関西、近鉄沿線を巡る旅での各路線と駅の紹介記事、今回は

7) 大和八木駅 1階では橿原線、2階では大阪線です。

大和八木駅は東京でいえば秋葉原駅のように東西と南北に走る2線が直角に交わる駅で、東西の線が南北線をオーバクロス関係も同じです。秋葉原駅が最初、1890年11月1日に上野駅を起点とした日本鉄道の貨物取扱所として開業し、1925年11月1日に東北本線上野~東京間の高架線が開業、1932年7月1日に総武本線御茶ノ水~両国間の開業で2階式乗換駅になりました。

180324橿原線ホームの駅名標 隣の八木西口駅は同じ駅、別出口扱いですが番号では区別されています。

9200_9304_180324 橿原線 京都行き急行列車

大和八木駅の場合は1923年3月21日、大阪電気軌道畝傍線の平端~橿原神宮前間の開通時に八木駅として開業しました。このときのホームは現在の八木西口駅の位置でした。

1925年3月21日、大阪電気軌道八木線(現、大阪線)が高田駅から延伸して八木駅に乗り入れました。1929年1月5日、八木線は桜井に延伸とともに、桜井線と改称され、駅も東へ移転し、旧八木駅(1928年に大軌八木駅に)は八木西口として畝傍線単独の駅となりました。桜井線の西側の駅、真菅から八木西口間は連絡線となりました。

180324_2 後方展望画像、大和八木駅を出発して左から(進行方向右)連絡線が近づいてきます。

1941年3月15日、桜井線は大阪線と改称、大軌八木駅は大和八木駅となりました。1967年12月20日には北側の新ノ口~大阪線大和八木間の連絡線が完成し、現在の形態が完成しました。同駅の配線図はこちらを参照してください。なお、同駅の数100m南側をJR桜井線が走っており、畝傍駅が近くにあります。

新ノ口~大阪線大和八木間の連絡線は京都~伊勢を結ぶ特急や名古屋~天理・大和西大寺間の臨時特急、高安検修センター、五位堂検修車庫入出場の回送列車が使用しています。

180324_2_2 大阪線ホームの駅名標

21000_180324_21 大和八木駅に接近する大阪難波方面、アーバンライナー

大阪線乗り場は2面4線の島式ホームで待避が可能な構造(北側から1,2,3,4番線)、橿原線のホームは2面2線の相対式ホーム(東側から5,6番線)でこの関係は秋葉原とは違います。

南側の八木西口駅は当初からの名残で独立した駅ではなく、大和八木駅の別ホーム、別出口の扱いとなっています。定期店の場合、どちらの駅でも乗降が可能です。ただし、両駅相互間の乗車では入場券と同額の初乗り乗車券が必要となります。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月11日 (火)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 西田原本駅と田原本駅

新王寺駅から田原本線は両端駅も含め8駅ありますが、どの駅も関東の人間にとっては初めて聞く駅名です。地形的には奈良盆地の中央部を北から南へ走るのですが、自治体的には全て郡部であり、市は一つも通りません。

西田原本駅に到着する少し前に近鉄橿原線が寄り添って来ます。

180324 2018/3/24 西田原本駅から新王寺方向
分岐器を右に分岐すると近鉄橿原線に繋がる連絡線があります。車両の交換などはこの線路を使っています。

6) 西田原本駅、田原本駅 こちらも同じ

180324_2 西田原本駅ホームの南側で線路は終わっています。

180324_3 駅名標

180324_4
西田原本駅は1918年4月26日、大和鉄道が新王寺との間で開業した際に田原本駅として開業しました。このときは軌間が1067mmでした。

1922年9月3日、味間駅まで延伸し、中間駅となりました。

1923年5月2日、桜井まで延伸されました。

国鉄桜井駅まで大和鉄道の列車が乗り入れを開始しました。

>1944年1月10日、桜井~田原本間の営業が停止され、1958年12月27日に廃止されました。

1948年6月15日、新王寺~田原本間の電化が完成し、軌間も1435mmに改軌されました。
1961年10月1日、信貴生駒電鉄と合併、1964年10月1日、近鉄と合併し、近鉄田原本線となり、駅も西田原本となりました。

現在の西田原本駅は頭端式1面2線ホームの駅です。

180324_5 田原本駅の東口

一方、現在は同じ近鉄の近鉄橿原線田原本駅は西田原本駅の東側の駅前広場の先にあります。かつては田原本駅には東口しかなく、両駅間での乗り換えは踏切を渡り、かなりの距離を歩く必要がありました。1964年に信貴生駒電鉄が近鉄と合併した際に両駅を北側に移転させて統合する構想がありましたが、地元、駅周辺の商店街の反対などで立ち消えになったそうです。

180324_6 駅名標 Bは京都線、橿原線の路線記号

180324_7
2009年に乗り換えの不便さを解消するために設置された西口駅舎と雨にぬれずに西田原本駅に通じる通路

2009年に写真のような西口駅舎が造られ、京都方面のホームと西田原本駅との連絡はよくなりましたが、橿原線上下線ホーム間を結ぶ地下道はバリアフリーではないため、車椅子利用者は東口改札を利用せざるを得ないようです。

180324_3_2 橿原神宮前方面行きホームから見た西口駅舎

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月10日 (月)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 生駒駅・王寺駅・新王寺駅

昨日の記事に続いて、

4) 生駒駅 奈良線、生駒線、けいはんな線さらに生駒鋼索線

30000_vistaex_180324_4 2018/3/24 生駒を発車して難波に向かう30000系 VistaEX

180324 駅名標 奈良線

駅の開業は1914年4月30日大阪電気軌道が上本町~奈良(高天町)間を開業したときで、1927年4月1日には信貴生駒電鉄が乗り入れました。その後、大軌生駒(1928年)、関急生駒(1941年)、近畿日本生駒(1944年)と会社名の変更でたびたび改称され、1964年10月1日、信貴生駒電鉄を合併したことで生駒駅に改称されました。

信貴生駒電気鉄道は関西本線・大阪電気軌道奈良線沿線から信貴山朝護孫子寺への参詣客を運ぶことを目論み1919年に創立された会社ですが経営難から信貴生駒電鉄を新たに創設し、1926年に生駒~王寺間が開通しました。さらに1929年には私市~枚方東口間を開業しました。しかし昭和恐慌などで経営難に陥り、私市~枚方東口間は後に京阪の路線に、生駒~王寺間は後に近鉄の路線となりました。

1031_1033_180324_21 5,6番線ホームから出発する生駒線車両

180324_2 生駒線ホームの駅名標 生駒線の路線記号はG

東大阪線(現、けいはんな線)長田~生駒間の開業は1986年10月1日でした。2006年3月27日、生駒~学研奈良登美ヶ丘間が開通し、線名も東大阪線からけいはんな線になりました。

7020_7122_180324_2 第3軌条方式のけいはんな線7020系

180324_3
島式ホーム3面6線の橋上駅ですが、同じ近鉄でもけいはんな線ホームとの間には中間改札があります。

Img_8144 生駒駅そばの鳥居前駅から出発する生駒鋼索線

5) 王寺駅、新王寺駅 同じ近鉄でありながら別々の駅

生駒線の王寺駅と田原本線の新王寺駅はどちらも現在は近鉄の駅でJR西日本王寺駅の北側に隣接し、両者の距離は150mほどしか離れていませんが、改札は別で徒歩での連絡となっています。

Dsc04831 2018/3/24 王寺駅に到着した生駒線の車両

Dsc04827 生駒線 王寺駅 駅名標

180324_4 生駒線 王寺駅改札口

Dsc04834 JR西日本 王寺駅北口

Dsc04836 田原本線 西王寺駅改札口

Dsc04840 田原本線 新王寺駅 駅名標 田原本線の路線記号はI

Dsc04842 新王寺駅で発車を待つ田原本線の車両

3つの駅の改札口の位置関係はこちらの図でよく分かると思います。

この3駅の歴史は1890年12月27日の大阪鉄道(初代)の奈良~王寺間開業で王寺駅が開設されたときに始まります。1918年4月26日に大和鉄道が新王寺~田原本(現在の西田原本)間を開業した際に、新王寺駅が設置されました。1922年5月16日、信貴生駒電気鉄道が王寺~山下(現、信貴山下)間を開業し、王寺駅が設置されました。1925年11月5日に信貴生駒電鉄が路線と駅を譲受し、1961年10月1日、大和鉄道と信貴生駒電鉄が合併するも2つの駅の関係はそのままで、1964年10月1日、信貴生駒電鉄が近鉄と合併したのちも同じ状態で存置されました。

生駒線の王寺駅は頭端式ホーム1面2線、田原本線の新王寺駅は頭端式ホーム2面1線で北側ホームが乗車用、南側ホームが降車用となっています。

両駅間を乗り継いで乗車する場合は運賃は通しで計算されます。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 9日 (日)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その2 各線と駅 大阪難波駅・今里駅・布施駅

今回の大阪、奈良を中心とした近鉄車両の撮影にあたり、選んだ場所は、

1) 大阪難波駅 難波線 阪神線との接続駅

180324_2 2018/3/24 駅名標

21000_21611_180324_1 出発待ちの21000系名阪特急 21611編成

難波駅は奈良線の大阪方ターミナル駅であり、島式ホーム1面(21000系の停まっているホーム)と単式ホーム(こちら側)の2面3線の地下駅です。近鉄と阪神の共同使用駅ですが、近鉄が管轄しており、近鉄駅長が配置されています。

駅の開業は昨日の記事にあるように1970年3月15日でした。阪神なんば線の開業は2009年3月20日、駅ナンバリングは阪神が2014年4月1日、近鉄が2015年8月20日でした。Aは難波線、奈良線の路線記号です。

奈良線の特急車両、各停車両と西宮方面からの阪神電車が乗り入れており、大阪線の各停車両はこの駅ではなく大阪上本町駅の地上ホームからの出発となっており、大阪線関係では唯一、一部の特急だけが難波発となっています。

2) 今里駅 大阪線と奈良線が併走する区間

8600_8110_180324_21 奈良線下りと大阪線下りの併走 2018/3/24 今里

180324 駅名標 Dは大阪線の路線記号です。

180324_3 布施方向 相対式ホームの間に島式ホームのある3面4線の駅です。1956年の複々線化までは2面の相対式ホームのみで奈良線の普通列車のみが停車していましたが、1975年以降
1番線 奈良線下り
2番線 大阪線 下り
3番線 奈良線 上り
4番線 大阪線 上り というホーム構成になりました。

鶴橋と布施の間にある駅で開業は1914年4月30日です。その時は片江駅でした。1922年には一旦、今里片江と改称され、1929年に今里駅に再度改称されました。

かつてここは架線電圧600Vの奈良線区間に架線電圧1500Vの大阪線車両が乗り入れる過密線区でした。さらに1500Vの車両が600Vの区間を走るため速度の低下が起こるため大阪線の車両は全列車停車せず通過する措置が採られていました。戦後、複々線化工事が行われ奈良線と大阪線が完全分離され、大阪線の全列車が停車可能になったそうです。

3) 布施駅 奈良線、大阪線の分岐駅

21000_180324 2018/3/24 布施を通過する21000系

180324_4 駅名標 奈良線ホームは4階、大阪線ホームは3階にあります。各階ともに島式ホーム1面2線でその両側に通過線があります。

180324_5 布施駅を発車した奈良線上り電車から見た大阪線上り車両

布施駅は書類上の奈良線の起点駅ですが、当駅で折り返す列車はありません。駅開業は1914年4月30日で深江駅として開業しました。その後、1922年には足代駅と改称、1924年に現在の大阪線にあたる八木線が開業した際に、連絡の便宜上200m東に移設されました。1925年9月に再度、現在の布施駅に改称されました。1956年12月8日に当駅~上本町駅間が線路別複々線化され、1500Vに昇圧されたことから当駅構内にあったデッドセクションが廃止されました。1974年から各線の高架化工事が開始され、1977年6月26日、完全高架化が完成しました。

通過線にもナンバーが振られているため
2番線 D大阪線 下り
3番線 D大阪線 上り
6番線 A奈良線 下り
7番線 A奈良線 上り となっています。

以下、明日以降 こういった順番で紹介して行きます。

4) 生駒駅 奈良線、生駒線、けいはんな線さらに生駒鋼索線

5) 王寺駅、新王寺駅 同じ近鉄でありながら別々の駅

6) 西田原本駅、田原本駅 こちらも同じ

7) 大和八木駅 1階では橿原線、2階では大阪線

8) 橿原神宮前駅 広軌の橿原線と狭軌の南大阪線の接点

9) 尺土駅 御所線の分岐駅

10) 古市駅 長野線の分岐駅

11) 大阪阿部野橋駅 南大阪線のターミナル駅 

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 8日 (土)

2018年3月の関西旅行 近畿日本鉄道編 その1 概要

2018年3月23日からの関西旅行、2日目の24日土曜日は大阪難波駅からの奈良線、生駒から生駒線、新王寺からの田原本線、田原本から橿原神宮前まで橿原線、ここまでは標準軌線(近鉄では広軌としています)、橿原神宮前から南大阪線で大阪阿部野橋まで狭軌の南大阪線の旅でした。

ロゴ   社章
     ロゴ             社章

2017年8月には近鉄四日市を拠点に名古屋線、山田線、鳥羽線を訪問し、いろいろな車両を撮影しましたが、今回はその第二弾として大阪・奈良編です。

180324 2018/3/24 大阪阿部野橋駅に掲示されている近鉄全線路線図

近畿日本鉄道(以降は近鉄と略しますが)は現在、総路線長508.1kmの日本最長の路線網を誇り、鉄道のみならず、デパート、ホテル、旅行会社、かつてはプロ野球球団を傘下に持つ大企業ですが、どのような歴史を経て今日に至ったかを見てみましょう。

180324_2 生駒駅の周辺地図
現在は生駒トンネルに並行して近鉄けいはんな線の新生駒トンネルが通っています。

1916年9月16日、大阪と奈良を結ぶ路線を敷設すべく設立されたのが奈良軌道でした。同社は同年10月には大阪電気軌道と改称し、標高642mの生駒山をトンネルで貫くルートを計画しました。

大阪~奈良間には片町線と関西本線のルートが既にありました。片町線(現在は学研都市線)は1895年8月22日浪速鉄道により、片町~四条畷間が開業し、1897年2月9日には関西鉄道に路線が譲渡され、1898年4月12日、長尾まで、同年6月4日、新木津まで、同年11月18日、加茂~新木津間が開業しました。こちらは生駒山の北側を迂回するルートでした。

一方、現在は大和路線という愛称が与えられている関西本線JR難波~加茂間は大阪鉄道により、1889年5月14日、湊町~柏原間が開業、1890年9月11日、柏原~亀瀬仮停車場間、同年12月27日、奈良~王寺間、1891年2月8日、王寺~稲葉山仮停車場間、1892年2月2日、亀瀬仮停車場~稲葉山仮停車場間が開業して全通しました。1900年6月6日には関西鉄道に路線が譲渡されています。こちらは生駒山の南側を迂回するルートです。いずれも非電化で蒸気機関車牽引の列車でした。

大阪電気軌道としては生駒山をトンネルで貫通し、電車で結ぶことで大量の乗客が誘致できると考え、トンネル掘削工事を行い、1914年に想定された工費570万円に対して820万円、工期も2年10ヶ月を費やし、生駒トンネルが貫通しました。全長3388mで当時、中央本線笹子トンネルに次ぐ長さのトンネルとなりました。

大阪電気鉄道として初の路線、奈良線(上本町~奈良)が開業しますが生駒トンネルの建設工事費用の膨張などでこの頃の会社の経営はかなり苦しかったようです。沿線に住宅は少なく、奈良への行楽客が乗客の大多数を占めていたからと言われています。

1927年には天理・橿原神宮方面への路線網を確立し、さらに伊勢を目指して参宮急行電鉄を設立し、1931年、宇治山田まで開通、大阪から伊勢神宮の日帰り参拝を可能にしました。さらに伊勢電気鉄道を合併、関西急行電鉄を設立し、1938年には名古屋へのルートも確立しました。

戦時中の陸上交通事業調整法により、周辺の鉄道会社を合併、大阪電気鉄道、参宮急行電鉄、関西急行電鉄が統合され、関西急行鉄道に再編されました。1943年には南大阪線を経営していた大阪鉄道とも合併し、現在の路線網の原型がつくられました。

1944年、国策により南海鉄道とも合併し、、資本金2億3147万円、総延長630kmの日本最大の民営鉄道会社、近畿日本鉄道が発足しますが、戦後の労働運動の盛り上がりもあり、1947年には旧南海の難波・天王寺局は高野山電軌鉄道から改称した南海電気鉄道に譲渡され、関西急行鉄道時代の路線にもどりました。

180324_3

同年10月、上本町~近鉄名古屋間に有料特急の運転を開始、1970年の大阪万博では来場者を伊勢志摩に誘致するため、志摩線を改良し、鳥羽線を建設し、直通化、さらに1947年の南海分離以来となる難波乗り入れも同年3月の難波線開業で実現しました。

2009年3月20日、阪神なんば線との相互直通運転により、奈良方面から西宮・神戸方面への乗り入れが開始されました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 7日 (金)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その8 保存車モ121形(モ130)

台風21号が大変な傷跡を残して去った後、9月6日木曜日午前3時8分頃には北海道胆振地方を震源とする震度6強(マグニチュード6.7)の地震があり、道内全ての火力発電所が停止し、道内全戸の295万戸が停電となりました。北海道電力泊原発も外部電源を喪失し、非常用ディーゼル発電機で使用済み核燃料を冷却している状態だと言います。地震で山肌が崩壊し、住宅が土砂にのみ込まれ生き埋めになった方々も多数いるとの情報が入っています。

昨日の関西の惨状に続き、今日は北海道と連日の大災害の発生にこんなことが連日起こっていいものかと思う次第です。

Dsc03497 Dsc03457
2016/9/3 浜寺交通遊園

阪堺電軌のモ121形は先日のモ701形の記事でも登場しましたが、1967年に南海電気鉄道が大阪市交通局から大阪市電1601形を譲受したものです。

Dsc03488

Dsc03462

1601形は大阪市電初の鋼製車両で1928年に藤永田造船所で75両、梅鉢鉄工所で25両、半鋼製車両として落成し、当時としては極めて先進的な車両でした。太平洋戦争中の大阪大空襲で天王寺車庫の被災で55両が廃車になりましたが、戦後残った45両が改修され、1958年から1961年にかけては外板の張替え工事も実施されました。

Dsc03472 車内には南海電車、阪堺線、そして各地の路面電車の写真が展示されています。

南海大阪軌道線には木造車モ101形淘汰のため10両が譲渡され、番号は以下のように整理されました。

阪堺  戦後  戦前
モ121←1602←1612
モ122←1607
モ123←1608←1637
モ124←1611←1661
モ125←1612←1662
モ126←1614←1664
モ127←1615←1665
モ128←1620←1670
モ129←1633←1683
モ130←1639←1694

Dsc03494 そばにはD51469号機が展示されています。

加速性能が良く、大型車体のため収容力があり、乗務員からも評判は良かったとのことでした。2000年に最後の一両モ130が廃車となり、形式消滅しました。廃車後、一部の車両から、制御装置、ブレーキ、営業用装置がモ601形に再利用されたのは昨日の記事で記した通りです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 6日 (木)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その7 モ601形

今回、関西地方を直撃した台風21号その被害の甚大さに驚いている次第です。

特にこの3月の旅行で訪れた南海本線沿線、尾崎駅の駅舎が券売機の発火で全焼したというニュースは驚きました。また関西空港の連絡橋にタンカーが激突し、機能停止に陥るという事故にも驚きました。

大阪地方は6月18日朝の大阪北部地震でも甚大な被害が出ており、その復興の最中の台風被害、今回の台風で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害からの迅速な復旧をお祈りする次第です。

601_101206 2010/12/6 天神の森

今回はモ601形です。この形式は1996年から1998年にかけて7両が東急車両製造で製造されました。車体、台車、電動機、CPなどは新造ですが、制御装置、ブレーキ、営業機器は旧大阪市電1600形から改造されたモ121形のものを流用し、再利用しています。なぜならモ121形が改造されたのは1967年で比較的新しかったからです。

602_101206 2010/12/6 住吉

604_101206 2010/12/6 神ノ木

性能最高速度は70km/hですが、モ701形同様,40km/hから50km/hを出すと左右の激しい揺れが発生するため性能が十分に発揮できていません。

605_101206_2 2010/12/6 神ノ木

阪堺電軌の車両としては2013年8月から運転が開始された堺トラムと呼ばれる1001形がありますが、まだ遭遇していません。いずれ沿線を訪問する機会があり、写真に納めたら記事にする予定です。
607_101206 2010/12/6 神ノ木
次回は浜寺交通遊園に保存されているモ121形です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 5日 (水)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その6 モ701形

1987年モ351形以来、24年ぶり、南海電鉄から大阪軌道線が分離した後、初めて登場したのがモ701形です。

701_101206 2010/12/6 我孫子道車庫

モ151形の置き換えを目的として、東急車輛製造にて1995年までに11両が製造されました。単行式路面電車の製造に関して東急車輛製造としては1964年製造のデハ150形以来のの新造車となりました。

150_150214

2015/2/14 電車とバスの博物館の模型展示

世田谷線で働いていた頃のモデルですが、渋谷~二子玉川園間が健在な頃、玉電最後の新車として何度が乗車しました。
702_101206 2010/12/6 天王寺駅前

当時、路面電車と言えばアルナ工機が製造していたのに東急車輛製造に発注されたのは南海電鉄の車両発注方式に倣ったからだそうです。

ブレーキは電気指令式に加え、1軸ツーハンドルマスコンを採用した高性能車でブレーキ力が強力なため追突防止のため前照灯横にブレーキランプが設置されました。

703_101206 2010/12/6 我孫子道

性能上60km/hまで速度を出せますが40km/hから50km/hで蛇行運動が発生するために性能を十分に発揮できていません。側面方向幕が装備された最初の形式でもあります。

最終増備車は最初から、それ以外の車両も途中から乗降口のステップが1段から2段に変更改造されました。

パンタグラフもこれまでの形式とは違いZ型パンタで登場しましたが、一部の車両でシングルアームタイプに換装され車両も登場しました。

709_101206_4 2010/12/6 帝塚山4丁目

主要諸元

定員:70名(座席38・立席32)
設計最高速度:60km/h
最大寸法(長さ×幅×高さ):13,710mm×2,470mm×3,700mm
自重:19.0t
台車:東急車両製造TS-331
制御方式:間接式抵抗制御
主電動機:MB3279-C(30kW)×4
駆動方式:WN駆動方式
ブレーキ方式:電気指令式空気ブレーキ

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 4日 (火)

2018年3月の関西旅行 阪堺電気軌道編 その5 モ251形

話題は再び、阪堺電車に戻ります。

256_101206 2010/12/6 我孫子道車庫

1978年から1979年にかけて当時の南海電気鉄道は大阪軌道線用に京都市電の路線廃止で全車廃車となった1800形(元々は800形をワンマン化改造したもの)を6両譲受したのがモ251形でした。

これは当時40両以上在籍し、ツーマンカーとして活躍していたモ205形が将来、平野線の地下鉄谷町線の延伸での廃止による廃車を考慮してのことでした。

京都市電時代に844号から、ワンマン化改造で1844になった1950年近畿車輛製をモ251に、866から870の連番で同じく1866から1870になった1953年愛知富士産業製の5両をモ252から256と改番しました。

譲受に際して、集電装置は京都市電の標準ピューゲルから菱形パンタへ交換、前照灯は前面上部の旧ワンマンカ―表示部に移設、シールドビーム1灯に変更、旧前照灯取付位置に尾灯を移設しました。室内等も蛍光灯に交換されました。

導入はしたものの、専用軌道上で高速運転をする阪堺線では車体が小さく、速度も出せないことから、朝のラッシュ時限定運用とされモ205形の代替目的にはそぐわないと判断され、結局正月3が日の初詣輸送時に使用される以外、ほとんど休車状態となり、モ701形などの増備で1995年には全車廃車となりました。

乗務員の間では「走らない電車」であること、京都由来であることから、舞妓さんに例えて「先斗町」などとあだ名されていたそうです。

モ256は現役時代の最晩年に京都市電塗装に戻され、我孫子道車庫に動態保存されており、毎年6月の「路面電車祭り」などでは公開されています。一方、モ255はアリゾナ州ツーソンのオールド・プエブロ・トローリーに譲渡され、京都市電の状態に復元され動態保存されているそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 3日 (月)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その3 

信州公園保存車両巡りの旅、最終日は長野から篠ノ井でしなの鉄道に入り、沿線の保存車両や上田から出ている上田電鉄線乗車を楽しみ、軽井沢まで、軽井沢から18号線碓氷バイパスを通る横川行きのJRバスで横川へ、、高崎、大宮、赤羽、新宿経由で帰りました。

Dsc07511

2018/9/2 坂城

長野発524の2612Mで坂城へ。駅北側の線路に169系の3連、クハ169-27とM'Mc-1が静態保存されています。

Dsc07495 ちなみに坂城駅の南側には油槽所があり、篠ノ井からここまでJR貨物のEH200, EF641000による貨物列車が入線しています。

続いては坂城と次のテクノ坂城のほぼ中間にD51245号機が保存されています。

Dsc07529

国道18号が線路に沿って走っており、スマホのマップを頼りに、ほぼ半分くらい来たところで逆木(さかさぎ)というT字路があり、ここかなと思って左に入り、しばらく坂道を上ると坂城町武道館があり、その裏手のわんぱく広場に保存されていました。ヘッドライトが欠なのが残念でした。

Dsc07545

Dsc07546
テクノさかき駅、聞き慣れない駅だなと思いましたが開業は1999年4月1日でしなの鉄道の最初の新駅として開業した駅なんですね。名前が示すとおり、工業団地に近い駅で金井中之条工業団地がそばにあり、工場群が広がっているそうです。

Dsc07550
1619Mとしてやって来た下り列車はS2編成で2018年12月まで走る「沿線キャラクター大集合ラッピング」編成でした。

続いて上田では長野までノンストップの快速が運行されており、

Dsc07559
編成は二代目長野色のS15編成でした。

Dsc07564
上田駅のしなの鉄道、上田電鉄の入口はまるで銭湯に入るようなこの暖簾が架かったスタイルです。ここで「軽井沢・別所温泉フリー切符\1850」を購入しました。上田電鉄線としなの鉄道(上田~軽井沢間)が1日フリー乗降区間になります。

Dsc07574
入線していたのは東急1000系の中間車改造のデハ6001-クハ6101でした。

Dsc07601
別所温泉線のほぼ中間の下之郷駅には車庫があり、かつてここからは西丸子線が出ていましたが、大雨の災害復旧が敵わず廃線となりました。

Dsc07598 下之郷の車庫で休む1001編成 

Dsc07608
さらにこの奥に元東急デハ5202ステンレスカー(上田電鉄デハ電装解除されクハ5251)が倉庫として使用されていますが、特徴的な前頭部にはカバーが架けられていました。

Dsc07633
終点の別所温泉、信州の鎌倉とも言われているようですが、駅には丸窓電車で有名なモハ5250が保管されておりました。以前、1990年代にも車で来た憶えがあります。

上田に引き返し、小諸へ

Dsc05895
115系S3の湘南色がいました。

懐古園もかつて1980年代に来ていますので今回はパスし、

Dsc05905
同園駐車場に保存されているC56144号機を見学。この機関車もライトが欠でした。

Dsc05934
続いて、御代田駅からあるいて5分ほどの場所に保存されているD51787号機を見学。
戦時設計の1000番台ではありませんが、カマボコ型のドームでした。なかなか手入れが行き届いた機関車で、

Dsc05928
公開日も決まっていました。

最後は軽井沢駅、ちょうど「ろくもん」の運転日のため旧軽井沢駅舎記念館は入場できませんでしたが、ホームにはEF632,EC401(10000)、モーターカーとマルタイが駐めてありました。

Dsc05983 クモハ169-6は森の小リスキッズステーション用に黄色に塗装されていました。

Dsc05991
軽井沢に鉄道で来たのも1980年代以来かも(通過は昨年10月にしましたが)知れませんが、以前は何も無かった駅の南側が大きく開発されアウトレットのようなものが出来ているのは初めて知りました。

流石に避暑地だけあり、このときは小雨が降る天気で寒く感じました。

Dsc05998
軽井沢から横川まではJRバス関東の路線バスで碓氷峠を下り、信州を後にしました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 2日 (日)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その2 

信州公園保存車両巡りの旅、2日目は北陸新幹線の金沢開通を機に三セク化されたしなの鉄道北しなの線、飯山線、そして長野電鉄の旅でした。

Dsc07276
まずは、ホテルのそばの長野県立大学後町キャンパスの構内?に展示してあるD51549号機を見学。もともとこの場所は小学校だったそうですが、2018年4月から大学のキャンパスになったそうです。

Dsc07287
長野駅から北しなの鉄道の115系で豊野へ参りました。ここ数年、しなの鉄道は湘南色、山スカ色、長野色など国鉄、JRの115系の色を復活させ編成にバラエティを出しているようですが、長野発6:24の315Mはコカコーララッピング(S11編成)でした。

Dsc07289
車内もコカコーラの広告だらけと思いきや、中吊りのみで少し寂しいコラボでした。

Dsc07322
豊野駅はかつての信越線、現在の北しなの線と飯山線の分岐駅ですが、駅東口は建造物的には立派なんですが店ひとつ無く閑散としていました。

Dsc07299
豊野駅から歩いて8分ほどの長野市豊野公民館に保存されている9646号機ですが、なぜか前後の連結器はバッファ付きのリンク連結器で、後は自連も付いています。これは1972年に制作された鉄道100年の映画の撮影に使われたときのなごりとのことです。

Dsc07338
豊野から千曲川沿いを走る飯山線のDCで飯山へ、飯山駅は北陸新幹線の開業で新幹線の駅に合わせて昔の駅から長野寄りに移動したそうです。手前は長野行き、奥が戸狩野沢温泉行き

飯山に来たのも、飯山線に乗車するのも初めてでした。新幹線の開業で駅は大きく変わったようですが、疑問に思うのは北陸新幹線のルートがなんで従来の信越本線に沿ったルートにならず豪雪地帯の飯山を経由したのか、豪雪地帯だからこそ、飯山でチョコッと顔を出しあとはトンネルにしたのか、トンネル工事も大変だったとは思うのですが。

Dsc07343
かつての飯山駅構内付近の鉄砲町児童公園に保存されているC56129号機を見学。

Dsc07368 飯山駅にポスターが貼ってあり、気付いたのですが飯山線では「おいこっと」というTOKYOの表記を逆から読んだおもてなし列車が走っており、9月1日は運転日でした。調べてみると飯山から長野に向かう列車とは豊野ですれ違うようで

Dsc07376
予想通りでした。

朝の豊野や飯山は結構、強く雨が降っており、長野電鉄でのスケジュールを予定通りすべきかどうか悩んだのですが、長野駅に到着することには雨も上がりました。

Dsc07391
まずは千曲川を渡った村山で下車
長野電鉄の多くの交換駅では右側通行方式で行き違いが行われます。線路の構成もそのようになっています。

ここから、かつて須坂から屋代まで通じていた屋代線の井上駅の西にあるトレインギャラリーNAGANO駐車場に保存されている元東急5000系、長野電鉄モハ2510+クハ2560、さらにラーメン店蔵の駐車場に保存されている緩急車を見学し、さらに5kmほど東の臥竜公園そばの須坂動物園内に保存されているD51401号機を見学し、須坂駅まで戻る計画です。全部歩きで15kmくらいになります。

雨が強く降っているときは断念するつもりでしたが村山駅を降りた時点では止んでましたので決行しました。

Dsc07404
たわわに実ったリンゴや袋かけされたブドウを眺めながら千曲川沿いに歩くこと40分でまずラーメン店蔵の駐車場に保存されている2台の形式ヨ5000 13581と13824を見学、そこから5分程、千曲川方向に進み

Dsc07414

Dsc07432
Dsc07426
トレインギャラリーにはレストランも併設されており、ここで早めの昼食

さらに40分ほど歩いて

Dsc07459
須坂動物園内に保存されているD51401号機を見学

Dsc05757
さらに30分程歩いて、須坂駅に
須坂駅は2009年の大晦日に東京から日帰りで訪問しており、ちょうど新村山橋開通の直後でした。駅もその頃と較べると構造がかなり変わっているようです。

Dsc05774
須坂から小布施へ、なかでん電車の広場には2000系D編成が保存されています。

そして、信州中野を経由して、長電の終点、湯田中へ。かつて大学時代の友人の結婚式で夜間瀬まで来たことはありましたが、電車で湯田中に足を伸ばしたのは初めてでした。

Dsc05859
電車が到着する度に演歌調の音楽がお出迎えというのも如何にもという感じがしました。古い駅舎は湯になっているのですね。

Dsc05868
帰りは特急料金100円を”奮発”して元小田急ロマンスカーHiSE10000系を譲受した1000系S1編成の最後部展望席で去りゆく風景を楽しみながら長野に戻りました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2018年9月 1日 (土)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その1 

8月も終わり、2018年のこの狂ったように暑い夏はどうなるのか、ここ数日はゲリラ豪雨が各地で発生し、ここ数年の気象状況の異常さを痛感しています。

さて、以前コメント欄でも書きましたが、31日金曜日から2泊3日の予定で中央線から信州へ、長野電鉄に乗り、帰りはしなの鉄道から軽井沢、碓氷峠、信越本線、高崎線と廻る旅をしています。

表題にもあるように今回は長野県内に保存してある車両を見て回るのがメインです。

Dsc07084 2018/8/31 茅野駅東口 C1267号機

初日は茅野駅東口のC1267号機を皮切りに

Dsc07132

Dsc07164 今年4回目の花火大会の準備で忙しい、諏訪湖畔のD51824号機
上諏訪駅から歩いて10分ほどでした。

Dsc07165
駅に戻るとE353系のS114編成の試運転に遭遇。早くも14編成目まで登場という感があります。

Dsc07196
続いて下諏訪駅から歩いて8分ほどの町役場横のあすなろ公園に保存されているC12171号機

次のターゲットまでは駅まで戻ること無く直接行った方が早そうなので歩くことに

Dsc07221

ここからが今日の長距離歩行の始まりで、諏訪湖岸の岡谷市民総合体育館側に保存されているD51349号機
北海道特有の切り詰めたデフレクターとギースルエジェクターが特徴の機関車でした。

Dsc07217

この辺りから左手に見えるのが上諏訪の方向、天気が良ければ富士山も見えるそうですが
因みに諏訪湖1周は16kmだそうです。

Dsc07241 釜口水門

さらにおよそ1.6km、諏訪湖から天龍川が流れ出す釜口水門まで歩き、

Dsc07250
水門建設工事でのトロッコ輸送に活躍したプリムスも記録

この辺りで雨がかなり降り出しましたが岡谷駅まで無事到着。
ここら辺は中央東線の単線区間なので1つの列車が遅れるとそれが上下列車に波及して行きます。

Dsc05631
塩尻駅から歩いて5分ほどの市役所構内に保存されているD51155号機を記録
この頃には天候も回復して夏の太陽が照りつけていました。駅の側で昼食後、篠ノ井線の松本行きに乗車

Dsc05659
E257系あずさ、かいじからの撤退が発表されており、松本でしか見られないこの姿も貴重な記録かと

Dsc05685
つづいて明科駅から歩いて8分ほどの安曇野市龍門淵公園に保存されているC56124号機

Dsc05709 桑原信号所で上りしなのの通過待ち

またぞろ、雨が激しくなり、姨捨、桑原信号所でのスイッチバック運転は大雨の中となりましたが、運転士が反対側の運転台に移動すること無く逆行運転するのは初めて見ました。

Dsc05732
最後はちょっと分かりづらい場所にあり、日没との競争で慌てましたが、篠ノ井支所(旧篠ノ井市役所構内)のD51921号機を撮影して、本日の予定は無事消化できました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

カテゴリー

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村