2018年3月の関西旅行 JR西日本編 3 大阪環状線 201系 part2 延命工事・転属
1995年1月17日の阪神・淡路大震災で東海道・山陽緩行線は大阪~姫路間が不通となりましたが、復旧工事で姫路方面からは1月30日に神戸まで、2月20日には灘駅まで乗り入れが可能となりました。一方、大阪方からは芦屋まで復旧しました。ちょうどこの頃、ラッシュ時の輸送力確保のため、7両編成8本を4編成ずつ、2つのグループに分け、片方のグループからサハを1両抜き、6連とし、他方の7連に組み込み8連とする編成替えを行い、8連4本、6連4本としました。ラッシュ時には6連を2本併結し、12連で輸送力増強を図りました。4月1日には全線開通するので、変則編成は3月31日まで運用されました。実はこのときのサハ1両やり取りすることで 7+7=8+6 の編成替えが後の森ノ宮の8連と奈良の6連への分配に役立ってきます。
2003年以降は207系との格差を改善し、延命を図るためリニューアル工事が施工され、
車体は、雨どいと外板の一体化による屋根の張り上げか、戸袋窓の廃止・埋め込みが行われ、ドア間窓は下段固定、上段2分割上昇の3分割バス風逆T字冊子に交換されました。運転室回りも窓周囲をステンレスに前照灯はガラス内収納式となりました。
東海道・山陽緩行線への321系の投入で201系は明石支所から、大阪環状線、関西本線等に転属になりますが、転属先では7両編成の運用はないため、編成替えが発生しました。
また、鋼鉄製車体のため最近の電車のように転属に際してテープを貼り換えるというわけには行かず、スカイブルー(青22号)からオレンジバーミリオン(朱色1号)への塗色変更が間に合わずスカイブルーのままで大阪環状線で営業開始した編成もありました。
表 神ホシから大モリへの201系の編成替えと転属の様子 (2007年冬のJR電車編成表から)
この時点では明石支所に11編成残り、21編成が編成替えされました。森ノ宮区には7両編成にサハ1両を加えた編成が10本、サハの代わりにクハが2両中間に入っている編成(4+4編成)が5本、サハの代わりにモハが2両入っている編成が1本組成されました。あとバラが19両転属しました。
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B 767-281様今晩は。国鉄時代はほとんど検査に入るまでは元の線区の塗装で活躍していました。よく思い出すのは京浜東北線オール新性能化時点での三色混結編成、武蔵野線でも国鉄末期に見られました。JRになってから東日本は検査に無関係でも塗り替えていました。西日本は割と無頓着なようですね。それがかえって面白い結果になったと思っています。
投稿: 細井忠邦 | 2019年1月17日 (木) 21時05分
細井忠邦さま、おはようございます。
鋼製車体の頃は転属先の線区に合わせて塗装を替えるという作業がありました。それが間に合わないと混色編成が出来上がってしまいましたが、すこしでもそれを避けようとしてのことだったのでしょうね。
そういったことも段々過去のものとなろうとしているのですね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2019年1月18日 (金) 05時53分