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2019年2月28日 (木)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 車両編 その1 SKR200 SKR300 SKR310

今回からは信楽高原鐡道の車両です。

国鉄信楽線が1987年7月13日から第三セクター鉄道に転換されるのに備えて、最初に投入されたのが、SKR200形、富士重工業製レールバスLE-DCでした。このタイプは同社製のレールバスLE-Carをベースに車体の基本構造をバス車両工法から従来の鉄道車両工法に変更したタイプで、国鉄キハ32形と同様の車体断面構造で車体側面のリベットをなくしました。

32_2_141221_2 2014/12/21 八幡浜 JR四国で活躍中のキハ32 2 車体サイズの参考として

客用扉は折戸、側窓は上部固定下部横引き窓とし、250PS/1,900rpmの日産ディーゼル製PE6HT03Aディーゼルエンジンを装備し、33‰の勾配に対応するため、機関・排気・リターダの3種類の抑速ブレーキが装備されました。

主要諸元

車両定員 98名(座席48名)
自重    25.70 t
全長    15,500 mm
全幅    3,090 mm
全高    3,785 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU-34D 従台車:FU-34T
機関出力 250PS/1,900rpm(日産ディーゼルPE6HT03A)
搭載数    1基 / 両
駆動方式    液体式
制動装置    常用:SME3管式
抑速:踏面・機関・排気・リターダ
保安装置    ATS-SW

車内は登場時クロスシート、ドア付近はロングシートでしたが、後に全シートがロングシート化されました。1987年7月竣工の201~203、1988年7月竣工の204、1992年7月竣工の205の5両が製造されました。202と204は1991年5月衝突事故で廃車となっており、205はその代替として増備されました。

201は2001年11月に、203は2002年8月にそれぞれ老朽化で廃車となり、205は2017年2月4日に営業運転を終了し、紀州鉄道に譲渡され、KR205として同年4月15日から営業運転を開始しました。

Dsc06493 2018/10/6 信楽駅の一角にある列車衝突事故(1991/5/14)の教訓コーナーにあった安全車両(SKR300)製造の案内板

1995年11月、列車衝突事故を契機に作られた安全推進会議の提言を採りこんで製造されたのがSKR300形で301の1両が製造されました。正面下部に油圧バンパーを設置し、車内はバリアフリー化を行い、車いすスペースが設けられました。

2015年10月3日に営業運転を終了、紀州鉄道に無償譲渡されKR301として、2016年1月31日から営業運転に就きました。

主要諸元

編成定員    94名(座席44名)
自重    25.10 t
全長    15,500 mm
全幅    3,090 mm
全高    4,010 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU34D 従台車:FU34T
機関    PE6HT
機関出力    250PS
変速機    液体式
搭載数    1基 / 両
保安装置    ATS-SW

Skr311_skr312_181006 2018/10/6 信楽
私が訪問した日は311,312ともに庫内にいました。左の深緑の車体がSKR311、右の紫の車体がSKR312です。

SKR200形の置き換え用として2001年11月、2002年9月に登場したのがSKR310形でした。やはり富士重工業製でエンジンは出力アップされ、295馬力の日産ディーゼル製PE6HT03、保安ブレーキは二重化されました。

Skr312_181007 2018/10/7 貴生川
翌日、早朝草津線で柘植に向かう際に貴生川で見たのは紫色のSKR312でした。
2017年2月25日からJR草津線113系1編成と同様にSKR310形2両もSHINOBI-TRAINとしてラッピングが施されています。

主要諸元

編成定員    94名(座席44名)
自重    27.00 t
全長    15500 mm
全幅    3090 mm
全高    4010 mm
車体    普通鋼製
台車    動台車:FU34KD 従台車:FU34KT
機関    日産ディーゼル製PE6HT03
機関出力    295PS
変速機    液体式
搭載数    1基 / 両
制動装置    電磁直通
保安装置    ATS-SW

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2019年2月27日 (水)

2018年10月の関西旅行 信楽高原鐡道 路線編

2018年10月の関西旅行では近江八幡に滞在した関係で滋賀から、京都、奈良へ足を伸ばしましたが、今回からは信楽高原鐡道の話題です。

Dsc06440 2018/10/6 貴生川駅に接近する信楽高原鐡道の現有車両 SKR500形501とSKR400形401

路線は貴生川から信楽までの14.7km、両端駅を含めて6駅の非電化路線です。滋賀県内では唯一の非電化路線です。元は国鉄信楽線で、1933年5月8日に開業しました。駅は雲井と信楽でした。

Img_0929 2018/10/6 小野谷信号場~貴生川間の前面展望
この路線の駅配置は偏っており、貴生川~小野谷信号場~紫香楽宮跡間の駅間は9.6kmあり、貴生川を発車すると大きく右にカーブし、上の写真のような雄大な直線で坂を登って行きます。

しかし、1943年10月1日、日中戦争から太平洋戦争に向かう最中、政府の命令で不要不急路線に指定され、勅令第970号(改正陸運統制令)により、重要路線への資材転用、もしくは勅令第835号(金属類回収令)による武器生産に必要な金属供出のためレールが撤去され、休止となりました。

代替交通機関として省営自動車近城線(信楽~貴生川)が運輸営業を行いました。多くの路線が廃止になる中、1947年7月25日に営業が再開されました。1953年8月には第一大戸川橋梁が集中豪雨で流出しました。1954年に同橋梁は再建され、運行が再開されました。

1962年10月1日には旅客列車が気動車かされ、1963年6月1日には新駅として勅旨駅が開業しました。

Img_0928 2018/10/6 現在は使用停止中の小野谷信号場

1981年9月18日1982年度末までに廃止することとした特定地方交通線第一次廃止対象路線40線に選定されました。選定の基準は
1) 営業キロが30km以下の盲腸線、且つ旅客輸送密度が2000人/日未満(石炭輸送量が72万t以上の路線は除く)
2) 営業キロが50km以下かつ旅客輸送密度が500人/日未満

信楽線は沿線に宗教団体(神慈秀明会)の総本山が建設されることによる、乗客増加が見込まれたために、実質的に第2次廃止対象路線扱いとなりました。

1986年9月5日、第三セクター鉄道への転換が決定されました。1987年4月1日、国鉄民営化により、JR西日本に継承されましたが、同年7月13日、JR信楽線は廃止となり、信楽高原鐡道となりました。紫香楽宮跡駅・玉桂寺前駅が新たに開業し、運行体制も9往復から下り15本、上り16本に増発されました。

Img_0927 2018/10/6 小野谷信号所と雲井間では新名神高速道路がオーバクロスします。

1991年3月16日、貴生川駅 - 紫香楽宮跡駅間に小野谷信号場開設されました。ダイヤ改正で18往復に増発され、日中はほぼ1時間間隔運行になりました。

Dsc06456 2018/10/6 終点の信楽駅では信楽焼のタヌキがお出迎え

同年5月14日、貴生川~紫香楽宮跡駅間の小野谷信号場付近でJR西日本の臨時快速との衝突事故が発生し、42名が死亡し。全線運休になりました(信楽高原鐡道列車衝突事故)。この事故に関しては別記事で触れますが、横綱千代の富士の引退(5月場所3日目)と日にちが極めて近かったこともあり、鮮明に記憶しています。

2013年4月1日、鉄道の運営方式が地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づき、信楽高原鐵道が信楽線の第二種鉄道事業者となり、線路や車両等の鉄道施設を譲渡された甲賀市が第三種鉄道事業者となる上下分離方式となりました。

同年9月15日、台風18号の襲来で杣川に架かる杣川橋梁の一部が流失し、全線運休となりました。2014年11月29日、運行が再開されました。

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2019年2月26日 (火)

西武多摩湖線 赤電ツーショット@一橋学園

2019年2月24日日曜日、2月も後半になると日の出はだいぶ早くなり、日差しも目に見えて強くなってきます。午前中、都内に出かける用事が合ったため、週末は午後行っていたWalkingを早めにと西武多摩湖線沿いを一橋学園から青梅街道方面に歩いていると、青梅街道方面からやって来たのが「赤電1259F」、そして一橋学園方面からやって来たのも「赤電1247F」でした。後の2本は白電1245Fと1257Fでした。1257Fはすぐに萩山の電留線に入ったので、一橋学園での赤電交換を撮影出来るチャンスと言うことで萩山まで歩き、すぐに電車で一橋学園に引き返しました。

Dsc08680 2019/2/24 一橋学園 1259F 6425レ

まずは国分寺から1259Fが6425レとして到着、こちらの到着は少し早めだったのか、萩山方面からやってくる6036レはまだ来ません。

Dsc08682
少し遅れ気味で1247F、6036レが到着。

Dsc08685
Dsc08686
Dsc08689
赤電、複数体制になって初めて一橋学園での赤電ツーショットを記録できました。

Dsc08693
実はこの後すぐに家に戻り、20分後くらいに外出のため一橋学園駅に来たら1261Fが入っており、メンバーが替わっておりました。

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2019年2月25日 (月)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その7 近江八幡駅

近江鉄道の駅シリーズ、最後は万葉あかね線の近江八幡駅です。

181006 2018/10/6 近江八幡駅駅名標

JRの駅は1889年7月1日の官設鉄道関ヶ原~馬場(現在の膳所)間の開通時で八幡駅として開業しました。1913年12月29日湖南鉄道の新八幡駅が開業し、1919年3月11日に駅名を近江八幡に改称しました。駅名改称の理由は福岡県の八幡駅との同名回避が理由でした。

その後、湖南鉄道は八日市駅の記事で触れたように、路線譲渡で琵琶湖鉄道汽船に、さらに会社合併で八日市鉄道、近江鉄道とかわりました。

140809 2014/8/9 2014年に訪問した際には開業100周年の看板が設置され、昨日の記事で触れた「びわこ京阪奈線」のPRもされていました。

ホームは島式で1面2線で側線が一本あります。

181006_3 2018/10/6 八日市方面 

181006_2 2018/10/6 線路終端

近江八幡市は豊臣秀吉の姉瑞龍院日秀の長男、豊臣家2代目の関白豊臣秀次が築いた八幡城の碁盤状の城下町と中山道六十九次の武佐宿を基礎とし、商業都市として発展した街で近江商人の発祥地と言われています。

181006_4 2018/10/6 近江八幡駅北口に立つ近江商人発祥の地の碑

181006_5 2018/10/6 近江八幡駅北口

市域は湖東の平坦地で鈴鹿山系を源とする諸河川により形成された湖東平野の一角に位置します。市の北東部には水郷地帯が広がっており、「安土八幡の水郷」として琵琶湖八景のひとつに数えられています。

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2019年2月24日 (日)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その6 貴生川駅

近江鉄道の駅シリーズ、今回は本線・水口・蒲生野線の終点、貴生川駅です。

Dsc06436 2018/10/6 貴生川駅 JR駅の駅名標

関西鉄道の草津~三雲間が開通し、三雲~柘植間が延伸開業した1890年2月19日の時点ではまだ開業しておらず、1900年12月29日、近江鉄道が貴生川まで開業した際に乗り換え駅として開業しました。1933年5月8日には国鉄信楽線が開通しました。

信楽高原鉄道に関しては後日触れますが、国鉄民営化後の1987年7月13日にJR信楽線は信楽高原鉄道に転換されました。地図で見ると、草津線に対して近江鉄道、紫香楽高原鉄道の配置はS字形を描くように西・東側から貴生川駅にアクセスしており、西武新宿線と西武池袋線が交わる所沢駅の線形に似ています。

181006 2018/10/6 近江鉄道貴生川駅のホームはJR・信楽高原鉄道駅と跨線橋で連絡しています。

駅の構造は地上駅でJR西日本と信楽高原鉄道の駅は2面3線、近江鉄道の駅は1面2線となっています。近江鉄道とJR間で線路の連絡はありません。

181006_2 貴生川駅は忍びの里、甲賀市の中心にあります。

近江鉄道は元来、北陸方面から関西鉄道(現、草津線)の短絡を目的に建設されましたが、昭和期になると伊勢神宮のある宇治山田、現、伊勢市への路線拡大を目論むようになりました。そのために伊賀電気鉄道の途中にいたるまでの区間を建設し、参宮急行電鉄に乗り入れ、米原~宇治山田間を3時間弱で結ぶ予定でした。尤も、軌間が異なるため、三線軌条での連絡を考えていたようですが。

免許は1928年10月11日に取得し、用地買収も開始されましたが、1929年の世界大恐慌に続く昭和恐慌で着工は断念せざるを得なかったようです。

101f_140809_13 近江鉄道の車両にもびわこ京阪奈線構想の紹介がありました。

こういった動きに代わって1989年7月に出てきたのがびわこ京阪奈線構想です。米原~貴生川間の近江鉄道、信楽高原鉄道を改良し、信楽~京田辺間に新線を建設し、湖東地域と京都府南部地域(関西文化学術研究都市)、及び大阪市中心部を直結させようという鉄道構想です。1989年7月に滋賀県の関連自治体によって「びわこ京阪奈線(仮称)鉄道建設期成同盟会」が結成され、路線距離91.8kmの鉄道が1990年、滋賀県総合鉄道ネットワーク構想に位置づけられ、需要予測調査、プロジェクト可能性調査が実施され、1994年から1995年にかけて鉄道採算生可能性調査も実施され、1995年には滋賀県地域交通計画に位置づけられ、事業化可能性調査も実施され、1996年には大阪湾臨海地域開発整備法に基づく滋賀県関連整備地域整備計画に位置づけられました。ここまでは順調だったようですが、2004年近畿地方交通審議会答申8号ではびわこ京阪奈線として検討対象とされたものの答申には盛り込まれませんでした。

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2019年2月23日 (土)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その5 日野駅

近江鉄道の駅シリーズ、今回は水口・蒲生野線(八日市~貴生川間)の日野駅です。

181006 2018/10/6 (3枚とも) 日野駅 駅名標

181006_2 駅周辺見どころ案内

地図で水口・蒲生野線の路線を辿ると八日市から京セラ前までは終点、貴生川方面に向かって進み、京セラ前から日野までは草津線とほぼ並行に南東に向かい、日野で南西に方向を変え、貴生川に向かって進みます。

1898年7月24日、彦根から進められてきた工事が八日市まで開通し、1900年9月10日には終点が当初の深川(現在の甲南)から貴生川に変更され、同年10月1日には日野まで開通しました。さらに同年12月28日には貴生川まで開通となりました。

開通当初は蒸気機関車牽引列車が走っていました。列車頻度を上げるために近江鉄道は当時普及し始めた蒸気動車の採用を考え、ハンガリーガンツ製蒸気動車を2両導入し、1908年12月31日から運転を開始しました。しかし、この蒸気動車は複雑精緻なつくりのため整備に苦労し、1910年には客車に改造されました。

800_1804_181006 水口・蒲生野線での車両行き違いは日野駅だけだったと記憶しています。

時代が過ぎてバスが鉄道の脅威となった昭和期、近江鉄道は電化に乗り出し、1928年4月18日、全線の電化が完成し、電車の運転が開始されました。しかし、八日市~貴生川間は輸送量が少なかったことから1986年4月1日からはLE-Carと呼ばれるレールバス(気動車)が導入され、ワンマン運転が開始されました。日野駅にはLE-Carのための車庫が設置され、給油、給水が行われました。後に220形が導入されると、LE-Carの運用は減少し、1996年9月30日に全廃となりました。

ホームの構造は単式ホームが千鳥配置となっており、スルーの中線があります。駅舎は貴生川方面の1番線にあり、八日市方面のホームとは構内踏切で結ばれています。駅舎は開業以来のものと思われていましたが、1916年に待避線増設の際に改修を受けていたことが判明しました。それでも南海電鉄浜寺公園駅駅舎同様に私鉄では最古参級であり、日野町長は駅舎の解体を近江鉄道から打診された際に保存の意志を示し、再生工事を経て、2017年3月から観光案内交流施設「なないろ」として供用が開始されました。

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2019年2月22日 (金)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その4 八日市駅

近江鉄道の駅シリーズ、今回は八日市駅です。

181006 2018/10/6 八日市駅駅名標

2013年3月16日以降、近江鉄道の路線は米原~彦根~高宮~多賀大社前間が彦根・多賀大社線(ラインカラー)、高宮~八日市間が湖東近江路線(ラインカラー)、八日市~近江八幡間が万葉あかね線(ラインカラー)、八日市~貴生川間が水口・蒲生野線(ラインカラー)と決められました。

100_102_181006

2018/10/6 愛知川 右側に見えるのは東海道新幹線の高架

高宮から八日市にかけての区間のうち、五箇荘までは東海道新幹線の高架の横を並走しています。

181006_21 2018/10/6 八日市に彦根方面から接近する車内から

何度も出てきましたが彦根~愛知川間が開業したのが1898年6月11日、愛知川から八日市まで伸長したのが同年7月24日でした。その後1899年9月12日には八日市から関西鉄道深川駅(現、甲南駅)を目指して着工されました。しかし、1900年9月10日には深川が貴生川に変更となり、同年10月1日には日野駅まで開業されました。

181006_2 2018/10/6 近江八幡方向から八日市駅に接近 右側の線路は貴生川方面に繋がる水口・蒲生野線

一方、八日市で分岐し、近江八幡方面の万葉あかね線は、1911年9月30日湖南鉄道に対して軽便鉄道免許が交付され、1912年4月に湖南鉄道が設立、1913年12月29日、新八幡(現在の近江八幡)~八日市口(現在の新八日市)間が開業となりました。湖南鉄道は1927年5月15日に琵琶湖鉄道汽船に合併となり、1929年4月1日、琵琶湖鉄道汽船は同区間を八日市鉄道に譲渡しました。1930年10月1日、八日市鉄道が新八日市~飛行場(後の御園)間を開業しました。1943年、近江鉄道(当時の社長は堤康次郎)と八日市鉄道の合併が決まり、1944年3月1日、路線は近江鉄道八日市線となりました。新八日市と八日市間が繋がったのは1946年1月1日のことでした。1948年8月1日、新八日市~御園間は休止となり、1964年9月25日、同区間は廃止となりました。

804f_140809_2 2014/8/9 八日市 3番線ホーム

八日市駅は写真のように、単式ホーム1面と島式ホーム2面の構造で、両ホーム間に中線があります。両ホーム間は跨線橋で結ばれ、駅舎は単式ホーム側にあり、近江鉄道の駅では最も大きい駅舎となっています。

2005年2月11日の合併で現在は東近江市となっていますが1954年8月15日からは八日市市が存在しました。元々、この地は御代参街道と八風街道が交わる交通の要衝で、戦前には八日市飛行場が所在し、八日市駅周辺は赤線延命新地として大津・彦根に次ぐ県下有数の歓楽街として栄えました。

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2019年2月21日 (木)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その3 高宮駅

近江鉄道の駅シリーズ、今回は高宮駅です。1898年6月11日の彦根~愛知川間開業の際に開業となりました。

181006_2

2018/10/6 高宮駅に接近 車内から

この駅は本線から多賀線が分岐する駅で、分岐は彦根方で行われるため、多賀大社方面に向かう線路は彦根側から見て大きく左にカーブしています。多賀線は多賀軽便鉄道1912年9月12日に免許を取得、1914年3月8日に近江鉄道がその免許を無償で譲り受け、高宮~多賀(現在の多賀大社前)間を開業しました。多賀大社の参詣路線として同社の業績向上に多大な寄与をしました。

ホームは彦根方面に向かう本線上り線用(1番線)の単式と本線下り線、多賀線(2・3番線)用の島式の2面3線となっています。1番線と2番線の間には中線もあります。1番線ホームと2・3番線ホーム間は構内踏切で結ばれています。

本線の列車は1,2番線に入線可能で、八日市方面から高宮止まりで到着した場合、2番線に入線し、多賀大社からの彦根方面行きに乗り換えが可能となっています。

800_1811_181006 2018/10/6 高宮 3番線ホームに進入する811F

3番線は急カーブしているため、以前は20m級車両の800/820系、700系の入線は不可でしたが2000年にカーブが緩和され入線が可能となりました。さらに2013年900形、100形が登場すると再びホームとの衝突が起こるためホームが削られました。

西武3000系記事で触れましたが、駅東側には電留線があり、彦根車庫に収容しきれない未使用の車両などが留置されています。

多賀線から住友セメント多賀工場やキリンビール滋賀工場への引き込み線が出ていた関係もあり、高宮駅にはその中継のための貨物ヤードがあったそうです。

かつては近江国犬山郡に中山道64番目の宿場として高宮宿があり、多賀大社最寄りの宿場として宿内家数835軒、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠23軒で宿内人口は3560人を数えたそうです(中山道宿村大概帳1843年)。特産品は麻織物で高宮布として近江商人により日本各地に流通し、彦根藩から将軍家にも献上されたそうです。

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2019年2月20日 (水)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その2 彦根駅

近江鉄道の駅シリーズ、今回は元々、近江鉄道が開業した際の起点駅だった彦根駅です。

181006 181006_2 2018/10/6 2種類の駅名標

開業は昨日の記事にあるように1898年6月11日です。JRの駅は1889年7月1日に当時の官設鉄道の駅として開業しています。線路名称が東海道線となったのは1895年4月1日のことでした。

140809 改札口 2014/8/9

現在はJR駅から分離されていますが、こうなったのは2001年3月3日のダイヤ改正からでそれまでは中間改札として利用されていたそうです。自動改札は導入されておらず、IC切符は使えません。以前の記事にあるように切符自販機には近江八幡や貴生川まで乗車する場合は1デイ・スマイルチケットの方が安いとの表示があります。

181006_3 島式一面ホームと列車案内 2018/10/6

ホームの発着は両線とも双方向可能です。

140809_2 2014/8/9 彦根車庫

手前の線路が米原方面に続く線路でホーム横から米原方にかけて多くの車両が停められており、観察が可能です。

140809_3 2014/8/9 近江鉄道ミュージアム 緑の屋根、茶色の壁の建物と手前の電機

そして昨年末閉館したミュージアムは「安全」と書かれた庫の裏側にありました。

140809_4 2014/8/9 高宮方面

ホーム横の留置車両群

貨物輸送も1960年11月10日から彦根~多賀間で住友セメントの原石輸送が開始され、1986年3月31日まで続けられました。また日本石油のタンカー輸送1986年6月10日から鳥居本~彦根間で1988年3月12日まで行われており、彦根駅の北側には貨物ヤードが存在しました。また国鉄、JRとの貨物受け渡しの線路が残されており、現在でも車両の受け渡しに使われています。

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2019年2月19日 (火)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part9 駅 その1 米原駅

近江鉄道の紹介今回からは駅シリーズです。まずは2018年10月の旅行では行きませんでしたが米原駅です。

050705 2005/7/5 米原駅駅名標

米原駅は東海道本線関ヶ原~馬場(現在の膳所)間と北陸本線の長浜~米原間が1889年7月1日に開業した際に両線の接続駅として設置され開業しました。それ以前は関ヶ原~長浜間に鉄道が通り、大津(初代、大津港)~長浜間が太湖汽船により鉄道連絡線で結ばれ、長浜駅がその任を担っていましたが、米原駅の開業で引き継がれました。1902年11月1日には長浜方面の支線は北陸線に編入され、1909年北陸本線に改称されました。

140809 2014/8/9 米原駅

近江鉄道の駅が開業したのは1931年3月15日でした。ちなみに近江鉄道の最初の開業区間は彦根~愛知川間で1898年6月11日でした。現在はJR駅の東口駅舎に隣接した場所にありますが、これは2007年6月8日以降、駅周辺の整備工事の結果、現在の場所に移転しました。さらに駅舎は2012年4月5日に新築され移転しました。

歴史的には彦根駅の方が古い駅ですが米原駅が近江鉄道本線の起点駅となっています。

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2019年2月18日 (月)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part8 高宮の西武3000系 譲渡車

近江鉄道の車両シリーズ、最後はまだ営業車両に改造されていない譲渡車両です。

181006_2 2018/10/6 高宮留置線に停まる3000系編成 車内から

2018年10月に近江鉄道に乗車した際、彦根から高宮へ向かうと駅到着直前、進行左手に電留線が見えて来ました。高宮駅留置線と呼ばれているようですが、ここには西武で活躍した3000系が留置されていました。

3000_3007_140720 2014/7/20 東村山 晩年6連化され国分寺線で活躍した3007F編成

3000_3010_140720 2014/7/20 所沢

西武3000系といえば、101N系(301系)の片側3扉車体2000系界磁チョッパ制御方式を合わせた車両で1983年から1987年にかけて8両編成9本、計72両が製造され、2014年12月まで活躍しました。9編成のうち、3007Fは2014年11月28日付け、3009Fは2014年12月26日付けで近江鉄道に譲渡されています。

3000_3009_181006
3000_3309_181006 2018/10/6 高宮の留置線に停まる3009F他

近江鉄道の車両、700系がまもなく終焉を迎え、800系、820系も車齢を考えれば50年以上となる今日、果たしてこれらの元3000系がどういった形で本線上に登場するのか楽しみでもあります。3000系が改造されるとすると初めての抵抗制御方式では無い、界磁チョッパ方式となります。

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2019年2月17日 (日)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part7 100形 105F

近江い鉄道100形の話題、今回は105Fです。

301_309f_120428_2 2012/4/28 練馬高野台 309F

309f_140809 2014/8/9 彦根車庫
西武を廃車となり、近江鉄道に譲渡され彦根に到着し、車庫内に留置された309F

105Fは西武301系309Fを種車として2018年10月に運用を開始しています。

100_105_181006 2018/10/6 彦根工場 105F
この時点ではまだ運用開始前だったのかも知れません。

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2019年2月16日 (土)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part7 100形 104F

近江鉄道100形は現在5編成が改造されており、101F、102F、103Fは昨日の記事のように101N系2連から改造されましたが、100形104F、105Fはなんと301系から改造されました。

301_100102_2 2010/1/2 所沢

西武301系は当初、冷房改造された701系と併結して運用可能な101N系として製造が計画されましたが、実際には101N系の1253Fから1261Fの4連が701系冷改車と連結可能なように改造されました(電連が黄色カバーに)。その後、301系は101N系の8連版となり、301Fから309Fの5本が製造されました。これらの編成も1980年12月から300番台として4連5本が製造され、309Fが登場した時点で301系と命名され、1982年からサハ1301を含む4両がそれぞれの編成に組み込まれて8連化されました。

301_303f_120506_2

2012/5/6 上石神井 303F

100_104_181006 2018/10/6 近江八幡 104F

100_104_181006_2 2018/10/6 市辺 104F

1303f_140809_5 2014/8/9 彦根工場
1303Fは2014年に近江鉄道ミュージアムを訪れた際に工場内に分割されて留置されていました。8連から2連になったわけですが、あとの6両は如何に?

近江鉄道100形104Fは303Fから改造され2017年10月21日から運用を開始しました。スカートは取り付けられていますが、もともと中間車だったモハにクハ1303、1304の運転台を接合しているため、乗務員室直後の小窓はありません。

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2019年2月15日 (金)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part7 100形 101F~103F

近江鉄道の車両シリーズ、今回からは900形同様に廃車になった西武101N系、301系を改造した100形です。一部は既に紹介済みですが、新たなメンバーも加わっているので再び紹介します。

昨日の900形同様にワンマン運転対応、行き先表示器のLED化、バリアフリー改造などが施工されました。900形はブレーキをHRD-1に改造しましたが、こちらはHSC電磁直通ブレーキのままとされました。

100_101_181006_2 2018/10/6 八日市 101F

100_101f_140809_62014/8/9 米原 101Fの車内

101Fは295Fを種車に改造され、2013年12月17日から運用されました。座席モケットは種車時代の茶色です。

100_102_1810062018/10/9 愛知川 102F

100_102_181006_22018/10/6 貴生川 102F

102Fは285Fを種車に改造され、2014年4月23日から運用されました。座席モケットは青色です。スカートは取り付けられていません。

100_103_181006_22018/10/6 彦根 103F

103Fは281Fを種車に改造され、2014年12月11日から運用されました。座席モケットは青色、スカートは取り付けられていません。

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2019年2月14日 (木)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part6 900形

近江鉄道の車両シリーズ、今回は既に紹介済みですが、当時と塗装が変わっているので再度紹介の900形です(「けい」は系でなく形です)。

901f_140809

2014/8/9 八日市 901F

900_901_181006_3
900_901_181006_4 2018/10/6 八日市

近江鉄道では2009年から西武鉄道で廃車になった新101系を導入しており、901Fは101N系2連版のトップナンバー(登場は12次車)の269Fを種車にワンマン対応化、行き先表示器のLED化、ドアチャイム新設、手すり、吊皮の黄色塗装、優先席のクロスシート化、バリアフリー化などの改造が施されました。機器的にはブレーキがHSC電磁直通ブレーキからHRD-1電気指令ブレーキになりました。

登場時は写真のようなダークブルー地にローズピンクの帯、側扉にはイルカのイラストが描かれ、車体色から淡海号という愛称が与えられていました。2013年6月14日から運用が開始されました。

900_901_181006
900_901_181006_2 2018/10/6 日野 901F

2018年7月16日から写真のHMのような滋賀県観光キャンペーン「虹色の旅へ。滋賀・びわ湖」のPR役を担って、「虹たび号」と命名され、塗装も白をベースに各色の玉を配したものとなりました。「滋賀ふるさと観光大使」は西川貴教が務めています。

追記:なんと今朝のニュースによると700系の引退に伴い、900形が後を継ぐことになり、その塗装も700系の塗装になって既に出場したとのことです。

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2019年2月13日 (水)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part5 820系 821F, 822F

近江鉄道の車両シリーズ、今回は800系と同じ401系を種車としているものの、コスト削減のため、改造過程を簡素化し、401系の姿・イメージを良く遺した820系です。

車体改造は裾角の切り欠き、ステンレス飾り板の撤去に留まりました。

820_821_181006 2018/10/6 彦根 821F

821Fは1997年8月の竣工で種車は429Fです。2011年の検査の際にドアが黄色に塗装されました。

820_822_140809 2014/8/9 彦根

822Fはなぜか821Fより先の1997年3月に竣工しました。種車は431Fでした。2012年4月6日からは滋賀県警・JA共済滋賀県本部の広告編成(パトカー電車)となっていました。

820_1822_181006
820_822_181006 2018/10/6 八日市

それが2016年6月16日から創業120周年記念で赤電塗装となりました。前面のサボ受けまで付けられ、まさに懐かしいスタイルとなりました。同じ頃、本家の西武鉄道では101N系4連1251Fが近江鉄道「湖風号」塗装になりました。

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2019年2月12日 (火)

西武多摩湖線 赤電ツーショット@萩山

2019年2月11日、月曜日、一橋学園8:18発6023レの西武遊園地行(1259F赤電)で萩山に到着すると3番線にはこの駅で交換する国分寺行(1247F)が待っています。

1月13日、日曜日にも萩山で1253Fと1259Fの交換を見たのですが、あの時は急いでおり、ゆっくり撮影が出来ませんでした。

そこで今回はなかなか見ることのできない赤電同士の交換風景なので、それぞれが国分寺、西武遊園地で折り返し、次に萩山で交換するシーンを狙うことにしました。

Dsc08622 2019/2/11 萩山 1259F
西武遊園地から1259Fの6028レが接近、8:42に萩山に到着

Dsc08624 2番線から 同時刻に国分寺からの6027レ1247Fが1番線に入線

Dsc08625 左1259Fと右1247Fの赤電同士のツーショット

Dsc08628 2019/2/11 萩山 1247F

6028レは直ちに出発して行きましたが、6027レは5分間の長時間停車の後、西武遊園地に向かいます。尚、この時間帯、あとの2本は263Fと1245Fでした。

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2019年2月11日 (月)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part4 800系 810F, 811F

近江鉄道の車両シリーズ、800系今回は810Fからです。

810f_130323 2013/3/23 米原 810F

810Fは2005年の登場で種車は427Fでした。427Fは401系改造が早かった編成のため、張り上げ屋根車体ではあるものの、側扉はHゴム支持タイプです。座席の肘掛けも旧タイプです。700系の記事にあるように本来は700系の第2編成702Fとして竣工予定でした。

2010年4月から2015年9月までは日本コカコーラ社の広告編成で上の写真のようなラッピングでした。

800_810_181006 2018/10/6 彦根 810F

2015年10月から特定健康診査・がん検診の受診を啓発する滋賀県のキャラクター「しがのハグ&クミ」をメインにした広告編成となっています。

800_1811_140809 2014/8/9 彦根 811F

811Fは2009年4月に登場し、種車は411F でした。車体は401系TypeIです。当初から客用扉は黄色に塗装され座席モケットも交換されていました。2012年10月には11月2日公開の沿線を舞台にした映画「のぼうの城」のキャンペーン電車となり、車内で写真展も行われました。

800_811_181006_5
800_1811_181006_2 2018/10/6 彦根 811F

2015年4月からは伊藤園の広告編成となり、811は黄緑、1811は濃緑となりました。ウグイス色の103系とクハ79をなんとなく思い起こさせる配色です。

140809 2014/8/9 彦根車庫

2014年8月に近江鉄道ミュージアムを見学した際に800系の前面妻板2枚がこのように置かれているのを目撃しました。一体、これは何だったのか?今から思えば、西武鉄道から401系を譲渡され1編成419Fだけは800系など改造されること無く解体されたそうですが、本来は419Fを改造して812Fにするために準備された妻板だったのかも知れません。

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2019年2月10日 (日)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part4 800系 807F-809F

近江鉄道800系の話題、今回は807Fからです。

800_1807_181006 2018/10/6 彦根 806F

登場は2002年で種車は413Fです。車体はTypeIの普通屋根に雨樋立管露出タイプです。近江鉄道における改造時に
・新型運賃箱が設置されました。投入金額が表示されるタイプです。
・乗務員室直後の座席が撤去され車椅子スペースの設置
・連結面転落防止外幌を設置  といった変化がありました。
この編成から改造時に車体全体の再塗装が行われるようになりました。またこの編成はビア電「キリン一番搾り号」などのイベント用に使用されるため、そのための装備、回路などが準備されています。座席モケットも交換されています。

808f_140809_2 2014/8/9 彦根 808F

800_808_181006
800_1808_181006 2018/10/6 八日市 808F

808Fは2002年登場で種車は433Fです。2006年から一番上の写真のようにフジテック(エレベータ製造会社)の広告編成となりましたが、2017年2月11日からは「豊郷あかね」(トミーテックの鉄道むすめシリーズの新キャラクターで豊郷駅と万葉あかね線から命名されたそうです)。

800_1809_140809 2014/8/9 彦根 809F

800_809_181006 2018/10/6 高宮 809F

809Fは2003年登場で、種車は435Fです。運賃箱は廃車になったLE10形12からの発生品を再利用していました。2009年4月から写真のように近江キャラ電「いしだみつにゃん&しまさこにゃん号」になり、オレンジ塗装をベースにキャラクターのラッピングが施されました。その際に運賃箱も807F以降のもの交換されました。

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2019年2月 9日 (土)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part4 800系 804F-806F

近江鉄道800系の話題、今回は804Fからですが、これらの編成は顔が変わっているためにイメージが違っていますが、西武時代の401系と基本的な部分は一緒です。

主電動機は西武時代は性能的に同等な日立製作所製HS-836-Frb・HS-836-Krb、もしくは東洋電機製造製TDK-8090-Aの3種が混用されていましたが、近江鉄道では日立製作所製HS-836-Frbに一本化されたようです。

804f_140809_2 2014/8/9 近江八幡 804-1804の連結面の切り欠き

制動装置はHSC電磁直通ブレーキがHRD-1電気指令式ブレーキになりました。車体ではワンマン運転対応工事が施工され、車外バックミラーの設置、料金表、運賃箱設置がなされ、連結面寄り裾角の切り欠きがなされました。

804f_140809 2014/8/9 近江八幡 804F

804f_140809_2_2 2014/8/9 高宮 804Fの車内の様子 401系後期タイプの座席肘掛けパイプ

804Fは1999年に竣工しており、種車は423Fです。屋根は普通屋根で雨樋の立管は埋め込みタイプです。401系改造時期の特徴として側扉の窓ガラス押さえが金属タイプとなっています。

800_805_181006 2018/10/6 彦根

805Fは2000年に竣工しており、種車は417Fです。こちらは401系への改造時期が早かった関係で側扉のガラス押さえはゴムのタイプです。現在、3代目ギャラリートレインになっています。

806f_090323
806f_090323_2 2009/3/23 米原

800_806_181006_3 2018/10/6 彦根 806Fの車内 シート肘掛けは旧タイプ

800_806_181006_2 2018/10/6 彦根 ワンマン対応装備と運転室後方の座席の撤去

800_806_hm_181006 2018/10/6 彦根 806Fは開業120周年のHMを付けていました。

806Fは2000年に竣工しており、種車は421Fです。形態的には805Fと同じです。2006年の定期検査で座席モケットが交換され、同時に乗務員室直後の座席が撤去され車椅子スペースとなりました。

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2019年2月 8日 (金)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part4 800系 801F-803F

近江鉄道の車両シリーズ、今回からの記事は西武401系を譲り受け改造した800系です。800系に関しては以前、西武401系の記事でも少し触れました。

西武鉄道では1990年9月の401F,403Fの淘汰を皮切りに1997年2月24日までに全編成(401Fから437Fの19編成)が廃車となりました。このうち、401F, 405F, 409Fは三岐鉄道へ、407Fは上信電鉄に譲渡されましたが、残りの15編成は近江鉄道に来ました。

そして437Fは昨日の記事で紹介した700系「あかね」号に、それ以外の編成は800系、820系に
801F 403F     806F 421F    811F 411F
802F 425F     807F 413F    821F 429F
803F 415F     808F 433F    822F 431F
804F 423F     809F 435F
805F 417F     810F 427F         

さらに419Fは未改造のまま、彦根工場に留置されていましたが、2010年10月頃、解体されました。

まずは801Fですが、この編成は西武で最初に廃車された403Fを種車に1993年に1801は電装解除し、1M1T(801-1801)、M車にパンタ2基のスタイルで竣工しました。塗装は220形と同様のライオンズカラーでした。しかし、八日市線(八日市~近江八幡)の車両限界に抵触することがわかり、改良工事完了までの6年間彦根工場内に放置されました。1999年に営業運転に入りました。このとき801のパンタグラフを1基撤去、1801を再度電装化しました。2009年には黄色一色になり、客用扉も黄色に塗装され、さらに2012年にはピンクを基調としたデザインになりました。

しかし、その後本線走行中に被雷し、制御器故障で走行不能に陥り、彦根工場に留置、2017年12月、部品取り用に同じく留置されていたクモハ291とともに解体されました。

800_1802_181006 2018/10/6 彦根口 802F
種車が元々張り上げ屋根スタイルのため、それを踏襲してます。

802Fは425Fを種車に1998年に竣工しました。2002年からダイドードリンコ広告編成となり、橙ベースの塗装の上に広告がラッピングされる方式で2003年、2006年、2010年にデザインが一新されています。

803f_140809 2014/8/9 彦根 803F 中央の車両

803Fは415Fを種車に1999年に竣工しました。雨樋の縦管が露出している初期タイプの車体で初代のギャラリートレインでした。2008年にシートモケットの交換、客用扉の着色が行われました。

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2019年2月 7日 (木)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part3 700系 あかね号

近江鉄道の車両シリーズ、今回は700系あかね」号です。

401_iii101n_810805_5 1981/8/5 新大久保 
101N系併結改造車(1253F)と連結し、「準急」拝島・西武遊園地行として高田馬場方面に向かうクモハ437-クモハ438編成   1253Fの方は多摩川線で赤電として活躍中です。

この車両は西武鉄道から譲渡された401系クモハ437-クモハ438編成を同社彦根工場においてイベント列車等にも対応できる車両というコンセプトで1年がかりで改造し、1998年5月12日に竣工しました。近江鉄道100周年と八日市駅新駅舎の開業に合わせてのデビューとなりました。

700_181006_2 2018/10/6 近江八幡

あかね号命名の由来は『万葉集』巻一(20)にある額田王の歌

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流

で、天智七年(668)五月五日、天智天皇の蒲生野行幸における歌とされています。

スタイルは種車の切妻スタイルから大きく変化しました。

700_1701_181006
700_1701_181006_2 2018/10/6 近江八幡 1701の車内の様子

私自身、西武401系427-428編成は現役時代によく乗車した憶えのある編成だけに廃車後、近江鉄道でこういった姿に改造され第二の車生を送っていることを知り、驚きました。

701f_140809 2014/8/9 八日市

700_800_804181006 2018/10/6 八日市

2015年に行先表示器が前面窓内に設置されたため、上の写真の彦根の表示があった表示器は「あかね」のHM表示となりました。

当初、700系は2編成が準備される予定で2004年401系クモハ427-クモハ428編成を種車とした第2編成が竣工する予定でしたが、こちらは700系ではなく800系810Fとなりました。

主要諸元

車両定員    118 名(座席46名)
自重    37.8 t
最大寸法 (長・幅・高)    20,000 × 2,937 × 4,150 mm
台車    FS-372 軸バネ空気バネ式
主電動機    直巻電動機HS-836-Frb
主電動機出力    120 kW / 個
搭載数    4基 / 両
駆動方式    中空軸平行カルダン
歯車比    15:86 = 1:5.60
編成出力    960kW
制御装置    抵抗制御MMC-HT-20A
制動装置    HRD電気指令ブレーキ

追記:2019年2月13日近江鉄道発表によると700形「あかね号」は5月6日で引退し、900形が後を継ぐそうです。すでに900形があかね号塗装になって出場しているそうです。

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2019年2月 6日 (水)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part2 220形

2018年10月の関西旅行、近江鉄道編、最初はすでに2015年3月限りで定期運用から退き、現在は予備車を経て、一部を残して解体されつつある220形です。

220_221_181006 2018/10/6 彦根 221 1991年9月20日竣工 西武モハ742の部品が利用されています。ホキ10形等の貨車を牽引する牽引車として利用されていました。

220_222_181006 2018/10/6 彦根 222 1992年8月6日竣工 西武クハ1742の部品が流用されています。

この車両は1991年から1996年までに近江鉄道彦根工場で製造された自社製造車両で、近江鉄道では初の冷房車です。全部で6両製造されました。製造といってもいろいろな流用部品を利用し、車体を新造した車体更新車で廃車になった車籍を改造名義で流用しているので書類上は1914年のものもありました(224)。

223_140809 2014/8/9 彦根 223 1993年6月18日竣工 西武クハ1741の部品を利用しています。

220_224_140809_2 2014/8/9 彦根 224 1994年5月24日竣工 西武クハ1740の部品を利用 車籍上、1914年製造デロハ6138の更新となっています。

220_225_140809 2014/8/9 彦根 225 1995年2月16日竣工 西武クハ1739の部品を流用しています。

残念ながら226の写真は撮影しておりません。221から225は全車解体されることが発表され、既に一部は今年1月から奈良県の解体場に陸送されたそうです。

全長17m車体で両運転台、妻面は三面折妻、中央貫通扉付、側面には1300mmの両開き扉が3か所あります。

主要諸元

車両定員    102 名(座席34 名)
車両重量    38.0 t
最大寸法(長・幅・高)    16,620 × 2,740 × 4,151 mm
台車    FS40 空気バネ式台車
固定軸距    2,400 mm
台車中心間距離    10,400 mm
主電動機    MT15 ←戦前の鉄道省30系電車の電動機です
主電動機出力    104 kw
搭載数    4個/両
駆動方式    吊り掛け駆動方式
歯車比    2.52
制御方式    抵抗制御
制御装置    CS5 電空カム軸式自動加速制御器 ←昭和初期の電空カム軸式自動加速制御器
制動装置    HRD-1電気指令式空気ブレーキ 自動予備ブレーキ
保安装置    自動列車停止装置 列車無線 デッドマン装置

冷房装置は17m車で床下スペースが限られており電源を収納するスペースがないため架線電圧1500Vで駆動する冷房装置を開発し、搭載しています。

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2019年2月 5日 (火)

2018年10月の関西旅行 近江鉄道 part1 概要

2018年10月の旅は本来、米原駅そばの新幹線高速試験車保存場の公開に参加する予定でした。

181006 2018/10/6 駅名標

しかし、台風25号の接近が予想されたためイベントは中止となりました。近江八幡まで行って梯子を外された感もありましたが、10月6日土曜日は予定を変更し、近江鉄道の1デイ・スマイルチケットを利用し、近江鉄道各線に乗車しました。普通は1日乗車券は全線往復乗車に較べて同等か若干安い料金設定ですが、近江鉄道の場合は近江八幡~彦根の片道運賃より安い設定となっています。

181006_2
彦根駅の切符自販機には「近江八幡、貴生川へ行かれる場合にはワンデイ・スマイルチケットの方が安いです」との表示があります。

2014年8月にも近江鉄道を訪問し、あの時には彦根の近江鉄道ミュージアムも訪問しましたが、そのミュージアムも展示車両の老朽化などで昨年暮れに閉館となりました。実はあの時も近畿地方を直撃した台風11号により、八日市から貴生川までの水口・蒲生野線は乗ることが出来ませんでした。

そこで今回の行程は

近江八幡 8:13 34レ 高宮 9:01/9:04  36レ 9:12 彦根 9:36   47レ 10:11 八日市 10:19 51レ 11:04 貴生川  とし、、貴生川からはこちらも初乗車の信楽高原鉄道を体験しました。

乗車した車両は 
34レ 700形 あかね号 
36レ 800形 1811-811 おーいお茶
47レ 800形 806-1806
51レ 900形 901   でした。

明日からの記事では2014年の訪問と同様に車両形式別にレポートします。

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2019年2月 4日 (月)

西武10000系 「西武鉄道×カナヘイの小動物 ゆるっと小旅 西武鉄道で行く川越旅号」

西武鉄道の2019年3月16日のダイヤ改正ではいよいよ新しい特急車両001系Laviewがデビューします。

190202
2019/2/2 萩山 ダイヤ改正のポスター

これまでNew Red Arrowとして初代5000系の後を継いで1993年12月から運転されてきた10000系も終焉のときが近づいてきました。

10000_10112_190202 2019/2/2 小平~花小金井間 青梅街道踏切
本川越発 13:34 124レ

10000_10712_190202
10000_10112_190202_2
10000_10112_190202_2_2 2019/2/2 花小金井~小平間 
西武新宿発 14:40発 119レ

そんな10000系に2018年12月15日から登場したのが、「西武鉄道×カナヘイの小動物 ゆるっと小旅 西武鉄道で行く川越旅号」(10112F)です。
西武新宿線終点、本川越へ、小江戸号での旅を薦めるキャンペーンの一環として登場したラッビング車両です。WEBサイトで運行情報も提供されており、2月2日は写真のような列車に入ることがわかったので、小平~花小金井間の公立昭和病院横の踏切で狙いました。

ちなみにカナヘイさんは、1985年8月7日生まれの女性イラストレータ、漫画家で2003年に現役女子高生イラストレータとして、自作待受画像の配信からデビューされたそうです。

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2019年2月 3日 (日)

赤電復活1号 1247F が多摩湖線に戻って来た

2017年12月17日に赤電塗装になった1247F2018年1月初旬多摩湖線で運用され、1月下旬の編成交換で多摩川線に異動、同線約1年間活躍していましたが、2019年1月27日深夜、多摩川線を離れ、玉川上水基地に向けて甲種回送されました。

Dsc08509 2019/2/1 一橋学園 1247F

Dsc08508

2月1日金曜日、つくばからの帰途、萩山から乗車した編成がその1247Fでした。運用サイトのデータを調べると、1月30日水曜日から目撃されているようです。

101n_1247_190202_3 2019/2/2 萩山電留線
2月2日土曜日、1247Fは朝の運用が終了すると萩山の電留線へ

101n_1260_190202_3
101n_1260_190202_5 2019/2/2 萩山~八坂

ということで、電留線に滞留する1247Fと八坂に向かう1259Fの赤電ツーショット

今回の編成交換では3本目の赤電塗装となった1253Fが多摩川線に異動となっており、同編成の多摩川線での活躍も記録しておかなければと思います。

尚、1247Fの多摩川線での1年間の活躍は「西武赤電メモリー」さん(Twetter account @seibuakaden)が「西武多摩川線 新赤電物語」として写真集に纏められているようで出版が楽しみです。

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2019年2月 2日 (土)

2018年10月の関西旅行 JR西日本編6 関西本線(亀山~加茂)

昨日の草津線に続き、関西本線です。

関西本線のうち、名古屋から亀山までの区間はJR東海、亀山以西がJR西日本で加茂からJR難波までの区間は大和路線と呼ばれています。さらに四日市から塩浜、平野から百済貨物ターミナル間はJR貨物です。今回の記事では閑散区間の亀山~加茂間について触れます。

111225 2011/12/25 亀山駅 駅名標
111225_2 2011/12/25 亀山駅 加茂方面

111225_2_2 2011/12/25 加茂駅 駅名標

私がこの区間に乗車したのは18切符で関西方面に向かう旅で、2011年12月が最初でした。思い返せば、いつも亀山や柘植から西へ向かう乗車ばかりで東向きには乗っていません。

12013_111225 2011/12/25 亀山 キハ120-13

120302_111225 2011/12/25 柘植 キハ120-302

12012_111225 2011/12/25 月ヶ瀬口 キハ120-12他

開業の歴史は草津線の記事にあるように関西鉄道が1890年2月19日に現在の草津線の三雲~柘植間が開通させたのが始まりで、同年12月25日、柘植~四日市間が開通しました。このときに四日市からは日本郵船の航路に接続しました。

1897年1月15日に柘植~上野(伊賀上野)、同年11月11日に上野~加茂間、1898年4月19日、加茂~大仏間が開業し、本線がこちらになりました。同年11月18日には加茂~新木津間が開業し、後に片町線となる網島方面と接続しました。1899年5月21日には大仏~奈良間が開業し、名古屋から奈良までが全通、1900年6月6日には既に湊町から奈良まで繋いでいた大阪鉄道が関西鉄道に路線を譲渡し、名古屋~湊町間が全通しました。

関西本線と聞けば東海道本線と並び称される幹線で米原周りの東海道に較べて、距離的にも短く、かつては名古屋から湊町まで準急「かすが」(キハ51、キハ55、キハ58、キハ65などを使用)、名古屋~京都間関西本線、草津線経由の準急「平安」、特急「あすか」(キハ82系くろしおの間合いで名古屋~東和歌山(現、和歌山)間を関西本線、阪和貨物線経由で運転)、夜行急行「大和」(東京~湊町、東和歌山)などが運転されていたこともありましたが、電化されず、単線のまま今日に至り、現在はワンマン運転のキハ120形気動車のみが1993年8月1日から運転されています。

12016_111225 2011/12/25 加茂 キハ120-16

キハ120形は新潟鐵工所製のNDCシリーズの16m級気動車で、製造時期によって番台が区分されており、
1次車
として最初に登場したのは200番台でした。1991年に8両が製造され、エンジンは250PS/2000rpmでした。車体は普通鋼製でした。座席はセミクロスシートでした。

2次車として1992年に0番台が登場、22両製造されました。車体はステンレス製、窓ガラスはユニットサッシから1枚ガラスにエンジンは330PS/2000rpmに強化されました。座席はロングシートになりました。

3次車1993年から1995年にかけて59両が製造され、300番台となりました。座席はセミクロスシートに戻されました。

関西本線で使用される車両は亀山鉄道部に所属し、0番台(7,8,11~16)の8両、300番台(301~306)の6両が配置されています。

Dsc06572 2018/10/7 柘植 キハ120-12 

Dsc06574 2018/10/7 伊賀上野 キハ120-12 山城列茶ラッピング

2019年11月までの予定で京都府の宇治茶の産地南山城村とタイアップしたラッピング車両だそうです。

沿線の特徴としては加太越(かぶとごえ)と呼ばれる加太駅~柘植駅間の25‰上り勾配のスイッチバック式の中在家信号所(1928年設置)ですが、かつては列車交換が行われ、発着線が2本、引上線が1本の構造でしたが、1998年以降、路線の実情に合わせて発着線1本引上線1本になり、現在は信号所としての機能もなくなった状態となっているようです。近畿地方には2018年3月に訪問した和歌山県の加太(かだ)もあり、いつも混乱します。

三重県が中心となって電化・複線化の要望が出されており、2004年の近畿地方交通審議会でも電化の答申は出されているそうです。

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2019年2月 1日 (金)

2018年10月の関西旅行 JR西日本編5 草津線

2018年3月、10月、11月と関西旅行しましたが、9月の旅行では近江八幡に泊り、JR草津線、JR関西本線、近江鉄道、信楽高原鉄道、JR奈良線、伊賀鉄道などにも乗車しました。今回からの記事ではこれらの鉄道について触れようと思います。

120315 2012/3/15 柘植駅駅名標と草津線113系

160902 2016/9/2 草津駅駅名標

草津線は三重県の柘植駅(関西本線)から滋賀県の草津駅(東海道本線)を結ぶ路線距離36.7km、駅数11(起終点駅を含む)の全線単線の電化路線(幹線)です。


関西鉄道の紋章

開業は1889年12月15日で大津と名古屋を結ぶ関西鉄道の最初の路線として草津~三雲間が開業しました。1890年2月19日には三雲~柘植間が開業し、全通しました。1898年4月19日、加茂~大仏間が開業し、こちらが本線となり、柘植~草津間は支線となりました。

D51_403_160902_6 2016/9/2 手原稲荷公園に保存されているD51403号機

1969年11月23日、東海道本線の複々線化に際して草津駅のアプローチに乗り越え交差が完成しました。1972年それまで活躍していたD51,C57,C58などの蒸気機関車が引退し、無煙化が完成しました。その後、DD51が投入され、気動車が走っていましたが、1980年3月3日に全線電化されました。電化以前は気動車以外に、蒸気機関車やディーゼル機関車牽引の客車列車が走っており、それらは東海道、関西本線に直通していました。

同線の優等列車は歴史を遡ると1953年3月に姫路~鳥羽間を1往復する快速列車が嚆矢となり、1955年には京都~鳥羽間の準急「鳥羽キハ55系も走り出し、1963年10月には「志摩」と改称、快速も「志摩」に統合され、1966年3月には急行に格上げされました。しかし、ライバル近鉄が1966年12月から京都~伊勢間の京伊特急を走らせ始めると、乗客は近鉄に流れ、国鉄としては有効な対策が打てず、1986年11月のダイヤ改正で「志摩」は廃止されました。

113700_740929 1974/9/29 京都
湖西線開通間もないころ、投入された113系700番台

113_l3_101207 2010/12/7 桂川 113系L3編成 カフェオレとカボチャの混色編成

113_l17_160902 2016/9/2 手原 113系L17編成

それ以来、草津線の列車は各駅停車のみとなり、車両は吹田総合車両所京都支所(かつての向日町)の113系、117系、221系、網干総合車両所本所の223系1000番台、2000番台、225系などが活躍しています。

湖西線開業、草津線電化時に投入された113系700番台、2700番台が依然として主力として活躍しています。塗色はカフェオレから上の写真のような地域一色になってきています。またL6編成は2017年2月からSHINOBI-TRAINとして忍者の里を意識したラッピング塗装となっています。私も9月の旅行で目撃しましたが、記録は出来ませんでした。

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