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2019年3月10日 (日)

国鉄時代に関西に投入された205系0番台の活躍  2 日根野区へ最初の転属

昨日の記事に続き、関西地区に投入された205系0番台のヒストリー、京阪神緩行線から最初の阪和線への転属です。2006年から2010年にかけて時代です。

 

阪和線では7両編成の運用は存在しないため、サハ205形を組み替え、6両と8両編成各2本としました。

←天王寺 クハ  モハ  モハ  サハ  サハ  モハ  モハ  クハ
       205     205      204      205      205      205     204      204
K801         36       105     105       69       70       106     106       36
K802         38       109     109       71       72       110     110       38

205_080226_2

2008/2/26 日根野 8両編成の快速運用

←天王寺 クハ  モハ  モハ  モハ  モハ  クハ  
                205     205      204     205      204     204
K601          35      103      103     104      104      35
K602          37      107      107     108      108      37

205_0812122008/12/12 鳳 6両編成の運用

(2025/11/21 追記:編成データですが、新美幸雄氏のコメントにあるように誌面などで公開されているデータに誤りがあり、正しくは2025/11/20のコメントにあるデータが正しいようです)。

日根野転属時に大阪環状線に転属した201系同様にスカートが強化され、スカートに書かれた車番も消去され、方向幕も交換されました。

2010年12月1日までに225系5000番台が日根野電車区に配置され、さらに2011年3月のダイヤ改正で直通快速が207系・321系に置き換えられることを見越し、205系0番台編成は7連に戻され、宮原総合運転所に転出しました。

 

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コメント

B767−281様こんばんは。一雨ごとに、とは言いますが、雨が多いですね。さて西日本の205系ですが、登場した時期もあって情勢に振り回されて転属が多かってですね。ここでも国鉄ならば、と思ってしまいます。よく「お古は南武線に武蔵野線」などと揶揄されていましたが、それなりに車を大切に最後まで使う意識があったと思います。本日は所用で新秋津まで参りましたが、武蔵野線、209や231が増えたと言う印象でした。

細井忠邦さま、おはようございます。

「春に3日の晴れ無し」とか菜種梅雨とか言われますが、2月後半から3月にかけて何年かに一度、こういった天候が続きますね。

私も土曜日、久しぶりに西武多摩川線を訪問し、今回は是政まで行き、是政から府中本町まで歩きました。帰りは武蔵野線で新小平まで戻りましたが乗車した電車はE231 M2編成で40周年HMが付いていました。

B767−281様はじめまして。阪和線沿線に住んでいる鉄道ファンです、幼い頃から103系が身近な通勤電車で懐かしさと興味深くブログを拝見しております。
恐縮ですが、地元利用者からの情報として日根野へ転属後の205系0番台編成表に誤りがあります。JRRのJR電車編成表などではK802がクハ205-38~、K602がクハ205-37~と記載されていますが、実際にはK802がクハ205-37~でK602はクハ205-38~です。

Tc37+M107+M'107+T71+T72+M108+M'108+T'c37
Tc38+M109+M'109+M110+M'110+T'c38

2008年1月にK601のクハ205-35~が検査入場した際、7連時代に編成を組んでいたサハ205-69も一緒に入場、出場後はK801がクハ205-35~、K601はクハ205-36~と入れ替わりました。

Tc35+M103+M'103+T71+T72+M104+M'104+T'c35
Tc36+M105+M'105+M106+M'106+T'c36

日根野区転入後の流れですが、2006年1月30日にクハ205-37~、1月31日にクハ205-38~、2月16日にクハ205-36~、2月17日にクハ205-35~いずれも6連で運用開始、3月21日クハ205-36~8連化、3月31日にクハ205-37~が8連化、2008年1月にクハ205-35~が検査出場して8連化、クハ205-36~6連化、となります。

日頃、阪和線を利用されていない方が205系0番台を目撃するとJR電車編成表などの資料と編成が異なるので、走行キロ調整で組み替えられていると勘違いされ、SNSや趣味誌に投稿されたこともありますが、実際に組み替えられたのは2006年3月の8連運用開始時と2008年1月の2回だけでした。

新美幸雄 さま、はじめまして。

阪和線205系に関する貴重な、しかも地元の方ならでは情報、ありがとうございます。
記事本文の方にも、後ほど、そういった訂正文を付け加えたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

B767−281様おはようございます。

返信、ありがとうございます。昨日のコメントでクハ205-35~の8連化後のサハのナンバーが間違っていました。すみません。

Tc35+M103+M'103+T71+T72+M104+M'104+T'c35→Tc35+M103+M'103+T69+T70+M104+M'104+T'c35

205系6連の運用開始日を鮮明に覚えているのは、当時朝の通勤で普通6連運用の日根野出庫スタートになるA22へ乗車していたので、SNSで明石から日根野へ転属回送されたことを知り、いつ運用に入るのか?気にしていたので(笑)103系よりも暖房が効いていたので、車内の乗客からも「この電車暖かい」という会話も聞かれました。

新美幸雄 さま、おはようございます。

サハの分の情報もありがとうございます。週末にでも記事の訂正文を加えようと思います。それにしてもこういった季節になると電車の暖房の効きも重要な要素に感じられてきますね。

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