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2019年3月11日 (月)

国鉄時代に関西に投入された205系0番台の活躍 3 京阪神緩行線への復帰:宮原区時代

関西地区に配置された205系0番台のヒストリー、今回は2011年3月から2013年3月まで宮原区に配置され、再び京阪神緩行線に7連で復帰した時代です。

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205_111227_3 2011/11/27 東淀川

205_111227_2

205_111227_3_2 2011/11/27 吹田

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205_111227_3_3 2011/11/27 塚本
京阪神緩行線に復帰はしたものの運用は平日の朝ラッシュ時限定で区間も限られており撮影に苦労したのを憶えています。

2011年3月12日の改正から朝ラッシュ時限定で京都・高槻~大阪・尼ヶ崎間の運用に投入されました。

←京都  クハ  モハ  モハ  サハ  モハ  モハ  クハ
       205     205      204      205      205     204      204
C1           35     103      103       69       104     104       35
C2         36     105      105       70       106     106       36
C3         37     107      107       71       108     108       37
C4         38     109      109       72       110     110       38

この転属で帯色は207系、321系に準じた濃紺オレンジになりました。

205_120915

2012/9/15 新大阪

(追記)この時期、落成から25年が経過しており、2011年度からC2編成を嚆矢に体質改善工事が施行されました。2年ほどかけて4編成全車完了しましたが、サハ205に関しては日根野再転属で余剰になることが分かっていたので工事個所は一部省略(*)されました。

内容は前面スカートの取替え、前面、側面の行先表示器のLED化(*)、運行番号表示器の撤去、側面客用扉下部の黄色着色、ベンチレータの撤去(*)、車外スピーカの新設などでした。
車内は化粧板、床敷物の取替え(*)、バリアフリー化、座席横の袖仕切り上部仕切り板新設(*)、座席端、ドア横手すりの黄色着色、ドア下部の滑り止め加工の変更、戸袋側への黄色マーキング、ドア上部のLED式車内案内表示器(千鳥配置)、ドアチャイム追加、ドアガラスUVカット複層ガラス化、吊皮大型化、増設、連結面貫通扉の交換(*)、側窓カーテン交換などが実施されました。

しかし、この運用も2年しか続かず、2013年3月16日の改正で京阪神緩行線での運用を終了し、まずC1編成がサハを抜かれて阪和線に復帰しました。サハは吹田本所に保留車として留置されました。以後、4編成とも阪和線運用に復帰しました。

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