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2019年5月 6日 (月)

横浜市電保存館を訪問 その4 保存車両 1100型 1104号

横浜市電保存館の保存展示車両、今回は1100型1104号です。

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2015/4/1 横浜市電保存館 1100型 1104号 

Dsc01503

1100型は1936年に新式中型ボギー車として5両製造されました。戦前までクロスシート(通路を挟んで片側、反対側はロングシート)が設置されていたため”ロマンスカー”といった愛称が付けられていたそうですが、戦時中に撤去され座席数は半減しました。吊革も鋼製振止式のものが採用されました。1967年にワンマン化改造され、市電全廃まで活躍しました。

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さすがにクロスシートの再現までには至っていませんが、路面電車にクロスシートと言うのも魅力的な車両です。

Dsc01507

マスコン等機器類はこれまでの形式に較べ少し複雑になっているように見えます。

1100型に関してのJL473様からのコメントです。

1100型は戦前生まれですが、中型2ドアボギー車だったことも幸いしてワンマン改造され、横浜市電最後の日まで活躍していました。近所の本牧線では、ワンマン化以前から割と見かける車両で、特にワンマン化後には、1500型の顔付きの電車が多数を占めた中で、この1100型だけが違う顔つきだったので、より印象に残っています。また、行き先表示窓の『間門』表示のイメージが強かったので、5系統に投入されることが多かったように思います。市電保存館に展示されている1104号の室内灯は、丸型のライトカバーが付いていますが、しかし実際に乗車した1100型の室内灯は、やや細長い六角形の亀甲型のようなカバーが付いている白熱灯照明でした。これは、当時の横浜市電の中では1100型だけのチャームポイントで、そこだけ和風と言うか、何だかひな祭りのランプみたいだと子供心に思っていたので、よく覚えています。なので、1100型と言えば亀甲型の室内灯の印象が強く、この1104号が、現役時代から丸型のライトカバーだったのかどうかは、今となっては判りません。
1100型の性能については、パワーがあって加速も良く、乗務員からとても気に入られていたと聞いたことがあります。総数たった5両と、横浜市電の中では超レアな存在だったにもかかわらず、営業運転で目にする機会が多かったと言う事は、稼働率が高かった証しで、最後まで活躍出来たのも、1100型の機能の良さが原因だったのではと思います。
1100型は戦前のデビュー時から、戦後にピューゲルに交換されるまでの間、トロリーポールで集電していた筈ですが、自分が生まれる前の事なので、残念ながらポール姿も旧塗装も見たことが有りません。これは余談ですが、私の父が旧制中学~大学卒業迄毎日市電で通学していたので、市電のポールに関しての話はよく聞きました。戦中から戦後にかけての一時期、男性乗務員が不足していたので女性乗務員が多く、特に車掌は10代半ば位の少女が多かったそうです。その当時の電車は、走行中にポールの滑車部分が架線から外れることが度々あり、その都度車掌がロープを引いて滑車を架線に戻すのですが、若い女性車掌では上手く出来ず、半ベソをかきながら操作をしている内に、よく電車が止まってしまったと聞きました。でも当時は大らかで、そんな時には男性の乗客が、代わりにロープを操作して、ポールの滑車を復線させてあげていたそうです。実は中学高校時代の父は、この操作の名手で、度々手を貸して電車の運転再開に貢献していたと言っていました。この1100型もそんな時代を過ごして来たとは、今では想像もできませんが。

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コメント

B767-281(クハ415-1901) 様、1100型についても、書かせて頂きます。

1100型は戦前生まれですが、中型2ドアボギー車だったことも幸いしてワンマン改造され、横浜市電最後の日まで活躍していました。近所の本牧線では、ワンマン化以前から割と見かける車両で、特にワンマン化後には、1500型の顔付きの電車が多数を占めた中で、この1100型だけが違う顔つきだったので、より印象に残っています。また、行き先表示窓の『間門』表示のイメージが強かったので、5系統に投入されることが多かったように思います。市電保存館に展示されている1104号の室内灯は、丸型のライトカバーが付いていますが、しかし実際に乗車した1100型の室内灯は、やや細長い六角形の亀甲型のようなカバーが付いている白熱灯照明でした。これは、当時の横浜市電の中では1100型だけのチャームポイントで、そこだけ和風と言うか、何だかひな祭りのランプみたいだと子供心に思っていたので、よく覚えています。なので、1100型と言えば亀甲型の室内灯の印象が強く、この1104号が、現役時代から丸型のライトカバーだったのかどうかは、今となっては判りません。
1100型の性能については、パワーがあって加速も良く、乗務員からとても気に入られていたと聞いたことがあります。総数たった5両と、横浜市電の中では超レアな存在だったにもかかわらず、営業運転で目にする機会が多かったと言う事は、稼働率が高かった証しで、最後まで活躍出来たのも、1100型の機能の良さが原因だったのではと思います。
1100型は戦前のデビュー時から、戦後にピューゲルに交換されるまでの間、トロリーポールで集電していた筈ですが、自分が生まれる前の事なので、残念ながらポール姿も旧塗装も見たことが有りません。これは余談ですが、私の父が旧制中学~大学卒業迄毎日市電で通学していたので、市電のポールに関しての話はよく聞きました。戦中から戦後にかけての一時期、男性乗務員が不足していたので女性乗務員が多く、特に車掌は10代半ば位の少女が多かったそうです。その当時の電車は、走行中にポールの滑車部分が架線から外れることが度々あり、その都度車掌がロープを引いて滑車を架線に戻すのですが、若い女性車掌では上手く出来ず、半ベソをかきながら操作をしている内に、よく電車が止まってしまったと聞きました。でも当時は大らかで、そんな時には男性の乗客が、代わりにロープを操作して、ポールの滑車を復線させてあげていたそうです。実は中学高校時代の父は、この操作の名手で、度々手を貸して電車の運転再開に貢献していたと言っていました。この1100型もそんな時代を過ごして来たとは、今では想像もできませんが。

JL473さま、おはようございます。

遅くなりましたが、コメントいただいた3型式について、各コメントを本文の末尾に転載いたしました。こうして実際に乗車された経験が語られると記事としての重みが増すように感じられます。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

B767-281(クハ415-1901) 様。
横浜市電の各車両に関しては、以前、市電の元運転士だった方(当時市営地下鉄の駅に勤務されていました)から聞いた話以外、個人的な思い出や印象を気ままに書いたレベルのものなので、ブログに乗せて頂いて大変恐縮です。

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