初めての小田急ファミリー鉄道展2019 参加 その11 特急ロマンスカー写真による紹介 LSE 7000形
歴代ロマンスカーの写真による紹介、今回は7000形LSE:Luxury Super Express です。
この車両は耐用年数10年で設計された3000形SE車の老朽化、置き換えを当初の目的に1980年に登場したタイプで、NSE3100形のイメージを保ちつつ、斬新さを追求し、居住性、機能性の向上を図った車両でした。NSE車と同様の連接式、11両編成で1984年までに4編成が日本車輛製造、川崎重工業で製造されました。1981年には鉄道友の会からブルーリボン賞を授与されています。

2009/10/10 経堂 登場時の塗装に復元された7004x11編成
主要諸元
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 145 km/h
編成定員 456名→454名
車両定員 50名(1・11号車)44名(2・5・6・7・10号車)32名→30名(3号車)36名(4・8号車)32名(9号車)
編成重量 267.44 t
編成長 145.20 m
全長 16,390 mm(新宿方先頭車)16,310 mm(小田原方先頭車)12,500 mm(中間車)
全幅 2,900 mm
全高 4,060 mm(先頭車)4,015 mm(集電装置付中間車)3,835 mm (集電装置なし中間車)
台車 住友金属工業 FS508A(連接電動台車)住友金属工業 FS508B(先頭電動台車)住友金属工業 FS008(連接付随台車)
主電動機 東洋電機製造 TDK-8420-A 三菱電機 MB-3262-A
主電動機出力 140kW(直巻整流子電動機・端子電圧375V・定格回転数1,900rpm)
駆動方式 東洋電機製造 KD333-A-M TD平行カルダン駆動方式 (中実軸撓み板継手方式)
歯車比 80:19=4.21
制御方式 電動カム軸式抵抗制御
力行…全界磁13段・弱め界磁4段
制動…全界磁16段
制御装置 東京芝浦電気 MM-39-A
制動装置 発電制動併用全電気指令式電磁直通制動 (MBS-D)
保安装置 OM-ATS, D-ATS-P
NSE車と較べて変化している点は
・車体中央部が低床構造から平床構造にしたこと
・先頭車前面窓の傾斜角を60度から48度とし、前面の灯火類、愛称表示器を埋め込み式としたこと
・NSE車ではなかった連結部の貫通扉を設置したこと
・座席は2300形以来となるリクライニングシートを設置し、シートピッチを970mmとしたこと
・終端駅でのシートの方向転換はSWひとつで可能な回転式リクライニングシートを国内の鉄道で初めて採用したこと
LSE車の特記すべき点は当時の国鉄が新型特急電車の開発のために、ボギー車(183系)と連接車の比較試験を行いたいとの希望からSE車以来となる走行試験に7002x11編成が使用されることとなり、1982年12月10日から15日にかけて東海道本線大船~熱海間で最高速度130km/hの走行試験が行われたことです。試験の結果はボギー車と連接車では乗り心地の差はなし、同程度の性能」といったもので、結局国鉄は連接特急車両の開発は行いませんでした。
4次車7004x11編成の導入をもってLSE車の製造は終了し、1985年10月に小田急では初めて車内公衆電話が設置されました。

2009/10/4 千歳船橋 リニューアルを機会に10000形HiSE車と同じカラーリングになったLSE車
1996年から1998年にかけて日本車輛において全編成のリニューアルが実施され、外部カラーリングはHiSE10000形と同じホワイトベースに濃淡ワインレッドの帯が入るデザインとなりました。
2007年には小田急開業80周年・SE車登場30周年記念で7004x11編成が旧塗装に復元されました。

2015/4/1 豪徳寺 最晩年、オリジナル塗装のみとなったLSE車
2010年1月には7002x11編成が最初の廃車になり、解体、2012年2月7003x11が旧塗装に、7001x11は運行を終了しました。2018年6月には7003x11が廃車解体、7004x11も2018年10月のイベント列車で運行を終了、全車解体されました。7003x11の先頭車のみが保存され2021年開業予定のロマンスカーミュージアムで保存されることとなりました。
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私にとって、ロマンスカーと言えばNSEとLSEですね
大学生時代小田急電鉄でアルバイトをしていましたので親しみがあります
朝のラッシュ時にプラットフォームでお客様を車両に押し込むのが仕事でした
もう46年も昔の話です
当時、10両編成はありましたが、準急と急行だけで、各停は6両編成でした
主に2600系や5200系でした
私は世田谷代田駅で7時30分から9時まで働いていました
代田と下北の区間は小田急線で、最も混雑する区間でした
各停の発車が遅延すると、すぐ後ろに急行が迫ってきました
停車することも多々ありました
兎に角必死の思いでお客様を電車に押し込みました
9時に仕事を終えてから、大学の最寄り駅の向ヶ丘遊園へ向かいました
早起きでヘトヘトに疲れていましたから、講義では居眠りすることもありました
懐かしい想い出です
夕方も欠員が出た時には、17時から10時30分の最終急行まで、下北沢駅でも押し込みや改札もやりました
下北沢駅は井の頭線との乗換駅でしたので、お客様が多くて大変でした
当時は磁気でもICでもなく、紙の切符と定期券でした
改鋏ハサミで一人づ、切符に入鋏していました
定期券は瞬時に区間と日付を読み取らなければならず、目が非常に疲れました
新型車両、駅施設、複々線高架と現在とは本当に隔世の感があります
投稿: ロマンスカーはこね | 2025年11月19日 (水) 11時47分
ロマンスカーはこね さま
おはようございます。
1980年代初頭、オイルショックなどで日本の高度成長期の終焉した時代でしたが、相変わらず、通勤列車は大混雑に時代でしたね。
貴重な体験談、ありがとうございます。
私も大学、あるいは大学院への通学で押される立場でしたが、よく憶えています。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2025年11月20日 (木) 05時05分