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2019年6月14日 (金)

初めての小田急ファミリー鉄道展2019 参加 その13 特急ロマンスカー写真による紹介 RSE 20000形

歴代ロマンスカーの写真による紹介、今回は20000形RSE(Resort Super Express) です。

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2019/5/25 海老名車両基地

第二次世界大戦中、東海道本線が爆撃を受けた際のバイパスとして松田~新松田間で小田急線と御殿場線を結ぶという案が出され、連絡線の用地確保、工事着手がなされました。しかし、ほどなく終戦となりました。戦後、大東急が策定した「鉄軌道復興3か年計画」では同様に小田急線と御殿場線を結び、新宿駅から沼津駅まで直通させる計画が含まれ、1948年に大東急から分離独立した小田急の車内でも検討がなされました。

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2009/10/10 千歳船橋

1952年小田急は国鉄に対して直通運転の申請を行い、そのための車両として20m級の車体にエンジン2基を搭載した気動車の開発を東急車輛製造とともに開始しました。1955年8月16日、直通運転が承認され、9月7日には直通運転に関する契約と協定が締結され、9月5日に完成したキハ5000形気動車による1日2往復の運転が10月1日のダイヤ改正からスタートしました。小田急線内は特急、御殿場線内は準急として運行されるため、列車種別は「特別準急」とされました。愛称は富士に関係する「銀嶺」「芙蓉」となりました。1959年7月の改正では4往復に増強され、愛称に「朝霧」「長尾」が加わりました。1956年6月10日からはシートピッチを拡大し、定員が94名から82名になったキハ5100形も加わりました。

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2009/10/10 代々木上原

1968年、御殿場線が電化されると気動車の運用は終了し、5連接車となったSSE3000形が充当されることになりました。愛称は4往復とも「あさぎり」に統一されました。1968年10月のヨンサントウ改正では準急が急行に統一されたため、「あさぎり」も急行となり、小田急線内は「連絡急行」となりました。1987年に車齢30年を迎えるまでSSE車は使用され続け、1988年7月小田急はJR東海に対してSSE車に代わる新特急車の投入を申し入れ、JR東海も御殿場線沿線から運転区間延長の要望が出されていることから、両社が相互直通運転をそれぞれが開発した神経車両、RSV2000形371系で行い、特急に格上げしたうえで運行区間を新宿~沼津間とすることで合意しました。

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RSE20000形は1991年3月16日から特急「あさぎり」で相互直通運転が開始されました。2編成が日本車輛製造、川崎重工業で1990年から1991年にかけて製造されました。

主要諸元

最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 140 km/h
最高速度 120 km/h
起動加速度 2.0 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
編成定員 402名
(普通席338名・特別席64名)
編成重量 291.4 t
編成長 142.3 m
全長 20,900 mm(1・7号車)20,000 mm(2・5・6号車)20,250 mm(3・4号車)
全幅 2,900 mm
全高 4,190 mm(1・2・6・7号車)4,040 mm(3・4号車)4,093 mm(5号車)
台車 住友金属工業 FS546[1](電動台車)住友金属工業 FS046(付随台車)
主電動機 東洋電機製造 TDK-8420-A 三菱電機 MB-3262-A
主電動機出力 140kW(直巻整流子電動機・端子電圧375V・420A・定格回転数1,920rpm)
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式 (中実軸撓み板継手方式)
歯車比 80:19=4.21
制御方式 電動カム軸式抵抗制御 力行…全界磁13段・弱め界磁4段 制動…全界磁16段
制御装置 東芝 MM-39-B
制動装置 発電制動併用全電気指令式電磁直通制動 (MBS-D)
保安装置 OM-ATS・ATS-ST

 

 

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RSE20000形の編成構成

景気が良い時代、駿東地域ののリゾート開発、富士山麓のゴルフ場への旅客、中伊豆・西伊豆への旅客輸送などで特急に接続するバスも設定されましたが、景気が低迷し、リゾート開発の頓挫、ゴルフ場への乗客の減少、マイカーへの移行が進み、2010年頃には乗車客は御殿場プレミアム・アウトレットに向かう買い物客という状況になりました。

2012年3月17日のダイヤ改正でRSE20000形と371系の運用からの離脱が発表、以降はMSE60000形6連による運用となり、2018年3月17日の改正で「あさぎり」から「ふじさん」に改称されました。

小田急で運用終了、廃車された20000形のうち第2編成の先頭車2両、中間車1両(デハ20302)が富士急行に譲渡され、同社8000系となりました。また371系も富士急行に譲渡され8500系となりました。

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