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2019年8月21日 (水)

2016年10月仙台への旅 仙石線 その2 車両編 205系が導入される前の車両たち

1925年に宮城電気鉄道として開業した現在の仙石線は開業当初からDC1500Vで、最初こそ丸屋根、木造車でしたが、延伸の際の増備車は半鋼製となり、ウェスティングハウス・エレクトリック(WH)式のHL(間接非自動制御)でパンタグラフも仙台地下駅での架線高さの関係により、空気上昇・バネ降下式が採用されました。

形式は 
モハニ101形 1925年2月 蒲田車両製 101-103 並等荷物合造制御電動車 
モハニ201形・モハ220形 1925年2月 蒲田車両製 201・202 並等荷物合造制御電動車 当初はデハニ201形
クハ301形 1926年3月 日本車輛製造東京支店製 301-303 木造並等制御車 当初はサハ301形
クハ401形 1927年7月 汽車製造東京支店製 401・402 片運転台型半鋼製並等制御車 当初はテサハ401形
モハ501形 1928年3月 汽車製造東京支店製 501・502 両運転台型半鋼製並等制御電動車 当初はテデハ501形
モハ601形 1928年3月 汽車製造東京支店製 601・602 両運転台型半鋼製特等並等制御電動車 当初はテデロハ601形
クハニ701形 1928年3月 汽車製造東京支店製 701・702 片運転台型半鋼製並等荷物合造制御車 当初はテサハニ701形
モハ801形 1937年日本車輌製造東京支店製 当初はクハ801形 1937年日本鉄道自動車製 クハ881形
      1941年製 両運転台型半鋼製並等制御電動車
モハ810形 宮城電気鉄道が発注、国有化で国鉄が受領
モハ901形 1922年6月 汽車製造東京支店製 デハ33526 鉄道省から宮城電気鉄道へ

これらの車両は1950年代宮城電気鉄道で廃車後、弘南鉄道、高松琴平電気鉄道、大井川鉄道、新潟交通、日立電鉄等に譲渡されました。

国有化後、宮城電気鉄道からの引継ぎ車両を置き換える目的で首都圏などで余剰となった車体長17mの30系、31系、33系、50系、そして車体長20m級の40系が投入されました。その後、17m車の置き換えの過程でクモハ54、クハ68、モハ70などが一時的に活躍しました。これらは72系の投入で他線区へ転出、あるいは廃車となりました。

72系を仙石線で運用するにあたり、グローブ形通風機では冬期に雪の吹込み等の問題があるので、押込形通風器に交換する改造が1969年から1972年にかけて72系45両(モハ72形7両、クモハ73形20両、クハ79形15両、サハ78形3両)およびクモハ54形6両、モハ70形4両、クハ68形4両に施行されました。

1975

1975/3/31 時点での陸前原ノ町電車区配置表

1979

  1979/4/1時点の陸前原ノ町区編成表

1033000-53-020102
2002/1/2 拝島 足元を見ない限りは103系高運転台車と見間違う3000番台

1974年、老朽化した72系のアコモデーション改良車としてモハ72形970番台クハ79形600番台が72系新製車の改造で製作されました。車体は103系高運転台クハ車と同じで1979年に通常車が置き換えられた後も1985年まで残存し、川越線の電化で機器類を103系のものに交換し、103系3000番台に編入され、八高線・川越線に活躍の場を移しました。

1979年から72/73系置き換え目的で103系が投入され、当初はクモハ103を含む編成でした。

103-860806
1986/8/6 仙台駅地平ホームに入線したスカイブルー塗色の103系

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1986年11月改正時点での陸前原ノ町電車区編成表、72系アコモ改造車は全て転出済みで、それまでの103系先頭車はタブレット交換時にガラス破損を防ぐために戸袋窓を塞いでいましたが、薄青の先頭車は1984年にアコモ改造車の代わりに導入された先頭車で戸袋小窓が塞がれていない車両です。薄緑セルは両栓車です。

1987年にクモハ103-149を先頭とする4連が分割され、郡山工場にて
クモハ103-149 → クモハ105-101
モハ102-315 → クモハ105-601
サハ103-240 → クハ105-601
クハ103-599 → クハ105-105   
中間車に運転台が設置され、105系100番台、600番台に改造され2連2本となり、石巻~矢本間の区間列車運用に使用されました。1998年に103系高運転台編成の配置で書類上、廃車となり2008年まで八王子、横浜支社内で訓練車として活躍しました。

1997

1997年時点での103系編成表で1979年に導入されたグループは1993年に淘汰されています。オレンジ色のセルは新製時からのシールドビーム2灯車、他の先頭車はブタ鼻改造車です。

103-060820_20190820203601
2006/8/20 郡山 2002年から2004年にかけ、大方の103系が205系投入で淘汰された後、1編成だけ残されたRT235,236編成

仙石線の車両の配置区ですが、以下のような名称の変化の歴史を辿っています。
1956年 仙台鉄道管理局仙石線管理事務所として設立(仙セン)
1971年4月1日 陸前原ノ町電車区発足(仙リハ)
1987年4月1日 国鉄民営化
1991年 仙台~苦竹間の地下化工事で福田町付近に移転、宮城野電車区に(仙ミノ)
2003年 検修部門は仙台電車区宮城野派出所、運転士、車掌部門は宮城野運輸区(仙セン)
2004年 仙台車両センター宮城野派出所

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