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2019年12月31日 (火)

阪神電気鉄道の旅 車両編 8 1000系

阪神電気鉄道の車両編、今回は1000系の話題です。
阪急同様、阪神でも系列番号は4桁方式を採っており、9000番台の後は1000番台に戻っていますが、阪神が以前、使った番号は1001形であり、1000系は初めての系列名となります。

1000-1203-180324 2018/3/24 布施 6連の奈良寄り先頭車は1200番台

1000-1207-181005 2018/10/5 鶴橋 2017年10月より、1207Fが「Go!Go!灘五郷!」ラッピング電車に

2009年3月20日に阪神なんば線、西九条~大阪難波間が延伸開業したことで近鉄との相互直通運転が開始されましたが、それに先駆け、近鉄線内乗り入れに対応した急行形車両として2006年から近畿車輛で96両製造され、2007年10月5日から営業を開始しました。6両編成と2両編成があり、近鉄の電算記号は6連HS(51-63)、2連HT(01-09)となっています。

1000系は9000系や9300系を基本としていますが、「ヨソイキ・モード」として、新たな沿線における阪神の顔となるべく、車内外のデザインが一新されました。従来、阪神の車両を製造してきた武庫川車両工業が2002年9月30日に解散し、阪神車両工業を含む61年の歴史に幕を閉じたため、1000系の発注は1936年1141形を田中車輌(1920年12月19日に創設、近畿車輛の前身)に発注して以来、70年ぶりの発注となりました。尤も、近畿車輛は8000系「タイプIV」の製造時に設計に参画しました。

1000-1254-181130 2018/11/30 生駒 6連の神戸寄り先頭車は1250番台

主要諸元
最高運転速度 阪神 106 km/h 山陽 110 km/h 近鉄 105 km/h
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 3.0 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 4.3 km/h/s
全長 18,980 mm(先頭車)18,880 mm(中間車)
全幅 2,800 mm
全高 4,085 mm(電動車)4,060 mm(付随車)
車体 ステンレス
台車 SS171M、SS171T
主電動機 東洋電機製造製TDK-6147-A かご形三相誘導電動機
主電動機出力 170 kW × 4
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 97:16 (6.06)
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置 三菱電機製MAV-174-15V 163(6両編成)
三菱電機製MAV-174-15V 162(2両編成)
制動装置 MBSA回生制動併用電気指令式電磁直通空気制動(付随車遅れ込め制御、直通予備ブレーキ付き)
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS、近鉄形ATS(旧・新併設)

1000-1605-180324 2018/3/24 布施 2連の奈良寄り先頭車は1600番台

6連は9300系同様に3両ユニットを背中合わせに繋いでいますが、主電動機の出力増強により、従来の4M2Tから3M3Tとなり、
大阪方 Tc1-M1-M2 T-M3-Tc2 神戸方となりました。
  ←大阪・奈良        神戸・姫路→             ←大阪・奈良
  1200  1001  1101  1301   1001  1201      1601      1501
      Tc1     M1      M2    T        M3      Tc2                   Tc            Mc
    1201  1001  1101  1301   1051   1251                1601      1501
自重 29.5  35.0   32.5   25.5    35.0    29.5t               29.5       37.5t
定員 123   133    133    133     133     123                  123        123
座席 44    50      50      50       50      44                     44          44
機器 CP VVVF   VVVF            VVVF    CP                     CP         VVVF
              SIV                        SIV                                            SIV

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2019年12月30日 (月)

阪神電気鉄道の旅 車両編 7 9300系

阪神電気鉄道の車両編、今回は9300系の話題です。

9300-9504-191018
2019/10/18 新開地 9300系 9503F

1998年2月15日のダイヤ改正では、神戸高速鉄道を介して山陽電鉄の車両が直通特急として阪神梅田に乗り入れを開始しました。山陽電鉄の特急には5000系5030系といったクロスシートの車両が使用され、さらにJRの新快速でも221系223系といったクロスシート車が使用されており、阪神の8000系9000系はロングシート車であったことからサービス面で見劣りをすることは否めませんでした。
阪神が直通特急にロングシート車を投入したのはかつて3011形を投入した際に輸送需要の増加に対応出来ず、ロングシート車に改造せざるを得なかった過去の経験やラッシュ時の輸送を配慮したせいですが、1998年2月のダイヤ改正で山陽電鉄のクロスシート車に対する不満は出ず、サービスが定着していることから201年3月のダイヤ改正において直通特急の増発で必要となる増備車にクロスシート車を導入することとしました。
同時に1983年9月7801形・7901形・3521形から界磁チョッパ制御車に改造された3000系、昨日の記事にあるように1995年1月の阪神淡路大震災では2編成を失い5編成が活躍していましたが、1998年2月の改正時に2編成が運用を離脱、2003年3月に全廃・形式消滅となりました。この3000系に代わって2001年から2002年に6両編成3本が製造されたのが9300系でした。

主要諸元
最高運転速度 阪神 106 km/h
山陽 110 km/h
設計最高速度 110 km/h(準備で120 km/h)
起動加速度 3.0 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 4.3 km/h/s
車両定員 先頭車 124人 中間車 131人
自重 9301・9401形 34.5 t 9501形 27.0 t
全長 先頭車 18,980 mm 中間車 18,880 mm
全幅 2,800 mm
全高 9401形 4,160 mm 9301・9501形 4,060 mm
車体 普通鋼
主電動機 かご形三相誘導電動機 東洋電機製造 TDK-6146-A
主電動機出力 130 kW
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 97:16 (6.06)
制御方式 IGBT式VVVFインバータ制御
制御装置 東芝 SVF047-A0
制動装置 MBSA 電気指令電磁直通空気制動 (回生制動、付随車遅れ込め制御、応荷重装置つき)
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS

←大阪           神戸・姫路→
 Tc1      M'     M      M      M'    Tc2
9501 9301 9401 9402 9302 9502

外観は8000系タイプIV、5500系 性能面、搭載機器は9000系をベースとしており、前面デザイン、塗色、座席は9300系から従来車とは大きく変化しました。ちなみに上部塗色「プレストオレンジ」下部塗色「シルキーベージュ」、さらに床下機器の黒色の組み合わせは読売巨人軍を想起させる塗色であり、「阪神タイガースの親会社がそんな電車を走らせて良いのか?」という物議も醸し出しましたが、8000系のリニューアルでも同様のカラーリングが採用されました。株主総会でもこの塗色に関する質問が出され、経営側は次期リニューアルで検討したいと回答し、以降に新造された1000系や近鉄乗り入れ対応で改造された9000系はブラック処理された前面に、やや黄色に近いオレンジの「ヴィヴァーチェオレンジ」というカラーリングと阪神タイガースの球団旗に近い塗色となりました。

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2019年12月29日 (日)

阪神電気鉄道の旅 車両編 6 9000系

阪神電気鉄道の車両編、今回は1995年1月17日の阪神淡路大震災により被災した車両の代替として1996年に登場した9000系の話題です。
8000系の記事で大震災での被災、代替新造について触れましたが、急行形では2000系、3000系にも被災車がでており、その状況は

20003000

2000系では2編成、3000系は6連1編成が廃車されており、8000系は3両代替新造されましたが、2編成分編成が減っていました。

9000-9201-181005 9000-9202-181005
2018/10/5 鶴橋 近鉄線内を6連で走る9000系 9201F

これらを補うために当時、ステンレス車の製造ラインに余裕があった川崎重工業が6両編成5本(30両)を製造したのが9000系でした。阪神電気鉄道のステンレス車は1959年登場の5201形5201-5202(ジェットシルバー)以来、37年ぶりとなりました。急行形赤胴車に分類されるべき車両ですが、実際の運用は近鉄との相互直通運転対応であり、阪神なんば線・近鉄難波線・近鉄奈良線で運転され、近鉄線内では普通としても運用されています。ちなみに近鉄の演算記号はHQとなっています。

主要諸元
最高運転速度 阪神: 106 km/h
山陽: 110 km/h
近鉄: 105 km/h
設計最高速度 110 km/h(準備で120 km/h)
起動加速度 3.0 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車両定員 先頭車 122人
中間車 132人
自重 9101形: 34.5 t
9001形: 32.5 t
9201形: 25.0 t
全長 先頭車: 18,980 mm
中間車: 18,880 mm
全幅 2,800 mm
全高 9001・9201形: 4,060 mm
9101形: 4,160 mm
車体 ステンレス (前頭部のみ普通鋼炭素鋼製)
台車 SS-144A、SS-044A ボルスタレス台車
主電動機 東洋電機製造製TDK-6146-A
主電動機出力 130 kW
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 97:16 (6.06)
制御方式 GTOサイリスタ素子VVVFインバータ制御
制御装置 三菱電機 MAP-118-15V59
制動装置 MBSA 回生制動併用全電気指令式電磁直通空気制動
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS、近鉄形ATS(旧・新併設)

JR東日本209系などと同じ2シート工法による軽量ステンレス車体での新製は新規ですが、内外装の多くが8000系タイプIVや5500系を踏襲しており、従来車の車両使用を継承しています。

9000-9207-180324
2018/3/24 今里 9207F

9000-9210-181130
2018/11/30 鶴橋 9209F

編成は 9200形(Tc)ー9001形(M1)ー9101形(M2)の3両ユニットを背中合わせに2組連結し、奇数番車が大阪方、偶数番車が神戸方ととなっており、従来車と同じです。

9000系としては震災復旧で急遽新造された1次分30両で製造が終了となりましたが、主電動機、台車などは2001年3月に導入された9300系に引き継がれました。

2009年の阪神なんば線開業で近鉄難波線、近鉄奈良線との直通運転開始に合わせ、1000系2連併結で10両編成運転を行うための改造、そして運転台を近鉄シリーズ21に合わせた横軸ツーハンドル式への交換、リニューアル工事が施工されました。連結器も従来のバンドン式密着式連結器から廻り子式密着連結器への換装も行われました。

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2019年12月28日 (土)

阪神電気鉄道の旅 車両編 5 5500系

阪神電気鉄道の車両編、今回は1995年から2000年にかけ、4連9本36両が投入された普通列車用(ジェットカー)5500系です。

5500-5515-191019
2019/10/19 御影 5515F 駅間の短い阪神本線

阪神初のVVVFインバータ制御車であり、後日紹介する9000系とともに1995年1月17日の阪神淡路大震災で被災した車両の代替として前倒しで製造開始された経緯があります。2010年にはマイナーチェンジ車として5550系が1編成4両製造されています。今回の旅行では5550系には遭遇出来ませんでした。

二代目5001形記事でも紹介しましたが、阪神の普通系車両は、特急や急行の優等列車に対して駅間の短さ、カーブの多い線形に対処するために高加減速性能が求められた結果、1958年に試作として初代5001形が登場し、ジェットカーと言われてきました。

Photo_20191227202101

初代5001形以降、普通列車用に製造されたジェットカーの形式(二代目5001形は除く)は年代順に上記のようになります。
5500系はこれらの形式の老朽化を見込んで開発がスタートしていましたが、1995年1月の大震災で普通用車両も8両(5151形2両、5261形4両、5331形2両)の被災廃車が発生し、代替新造が必要となり、まず2編成8両(1995年11月、1996年1月)が製造されました。阪神がVVVFインバータ制御を導入したことで日本の大手私鉄全社でVVVFインバータ制御方式が採用されました。

5500-5517-191019
2019/10/19 寝屋川

車体は普通鋼製19m3扉車で8000系のタイプIV後期製造車を踏襲しています。外部塗色は「震災を乗り越えて新たに出発する」と願いを込めて上部を「アレグロブルー」(空色)、下部を「シルキーグレイ」(淡灰)のパステル調の新塗装が採用されました。

台車は阪神初のモノリンク式ボルスタレス台車、住友金属工業製SS-144を履き、車輪径は従来のジェットカーの762mmから急行系車両の860mmとなりました。主電動機は出力110kW、駆動方式はTDカルダン駆動方式となりました。

←大阪              神戸→
形式 5501形 5601形 5601形 5501形
    Mc1       M1         M2         Mc2
          5501     5601      5602      5502
自重    34.0t    35.0t      35.0t      34.0t
定員  122     132        132        122
          CP,SIV   VVVF     VVVF      CP,SIV

5500-5503-191019
2019/10/19 尼崎 すっかりイメージが変わったリニューアル編成

導入から20年以上経過した2016年度以降、リニューアル工事が開始され、リニューアルされた車両を阪神ではリノベーション車両と称しています。

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2019年12月27日 (金)

阪神電気鉄道の旅 車両編 4 8000系

阪神電気鉄道の車両編、今回は1984年から126両(+補充車3両)投入された優等列車用(急行用車両)8000系です。

阪神にとってみれば初めての6両固定貫通編成の系列であり、Tc8201形-M8001形-M'8101形の3両を2組連結した組成となっており、末尾の車両番号奇数が大阪方、大阪方3両番号に1を加えた偶数が神戸方となっています。また制御システムは阪神としては最初の回生・抑速ブレーキ付き界磁チョッパ制御となりました。そういった意味で非常にエポックメイキングな車両となりました。

Photo_20191226185701

3011形から始まる阪神電気鉄道の初期高性能車(急行形)

8000系が製造される背景には3011形から始まった初期高性能車(急行形)の老朽化の進行がありました。さらに武庫川線が1984年に武庫川団地前まで延伸されたことで、それまで3301形単行を7861・7961形に置き換えることとなり、この車両の捻出のための新車投入が必要となりました。

阪神の車両で○○形と名乗る車両はそれぞれどの形式とも併結運転が可能なタイプであり、それらから改造されて誕生した2000系、3000系、そして8000系はその系内でしか併結できないことを示しています。

8000-8229-081212
2008/12/12 垂水 リニューアル前の8229F タイプIII

阪神におけるチョッパ制御方式の導入は阪急や近鉄と同じで最初は電機子チョッパ方式、それも力行のみで回生ブレーキの無い方式が1971年から1972年にかけて行われた3601形の7601形への冷房改造の際に試験的に行われました。続いて回生ブレーキ付きの電機子チョッパ方式1980年から製造された普通系の5151形・5311形の改造で試され、1981年から1983年にかけて製造された5131形・5331形で本格的に装備されました。
一方、より経済的な界磁チョッパ方式1983年から1989年にかけて行われた7801形・7901形と3521形の3連を改造した3000系で試験的に装備されました。3000系では三菱電機製の制御装置が使われましたが、8000系では東芝製となり、ブレーキ装置は阪神では初めてとなる全電気指令式電空併用抑速付きのMBSAが採用されました。また補助電源装置も8000系で初めてSIVが使用されました。

8000系は1984年から1996年まで12年間に渡り製造され、途中3回のモデルチェンジが行われ形態が大きく変化しました。

8000-8502-191019
2019/10/19 西宮 8502 タイプIの元8201で、震災で被災し、8201Fから生き残った8102と8202、8223Fの8023と8123、そして補充新製の8523を合わせ、さらに8201を方向転換し、8202の番号に300を加えて8502としました。

8000-8523-191019
2019/10/19 上記の8502と編成の前後で顔が異なり、かつ3両ずつでサイズが異なる異色編成

タイプI   8201F   1編成 1984年        1次車    従来車と似た3面折妻、前照灯は窓上に

8000-8215-191019
2019/10/19 西灘 8215F タイプII 

タイプII 8211F-8215F 3編成 1984年~1990年   2-4次車   先頭部の窓廻りに縁取り

8000-8219-191019
2019/10/19 寝屋川 8219F タイプIII

タイプIII 8217F-8231F 8編成 1986年~1990年  5-12次車   空調方式が集約分散式に

8000-8234-191019
2019/10/19 神戸三宮 8233F タイプIV

タイプIV 8233F-8249F 9編成 1991年~1995年 13-21次車   内装デザインの一新と側窓の拡大、なお8249Fは震災後の登場

さらに1995年1月17日の阪神淡路大震災では6連20本+3両のうち、半数以上の11編成が被災し、その被災状況は

8000

この表のようになりました。15両が廃車となりました。

Photo_20191226195401

被災から復旧した車両を組み合わせて新たな編成を組成し、組成できないピースを3両補充製造するとこにしたため、最終的に2編成減の19編成ということになりました。なお、補充新造された車両はそれまでその位置にいた車両の番号に300を加えた番号となりました。

2002年、第1編成の竣工から20年近く経過するためリニューアル工事が開始され、電子部品と客室内装の更新、バリアフリー設備の設置、中間車4両への転換式クロスシートの設置が行われ、塗装は9300系と同様に上部にオレンジ色(プレストオレンジ)、下部に白(シルキーベージュ)を配した塗り分けとなりました。

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2019年12月26日 (木)

阪神電気鉄道の旅 車両編 3 3801・3901形、7890・7990形

阪神電気鉄道の車両編、今回は現在も武庫川線で活躍を続ける7890・7990形の基となった3801・3901形の話題です。

3801・3901形は二代目5001形の記事でも登場しましたが、1974年から1979年にかけて当時の西大阪線(現在の阪神なんば線、それ以前は伝法線)の難波駅延長計画を見越し、同線用に4両編成3本が製造されました。西九条から難波までの延伸区間には安治川橋梁と地下区間の間に40‰の急勾配が存在することとなるため、これに対応した急行用(赤胴)車を製造する必要が生じました。

7801形以降の急行車では発電ブレーキが省略され、7001形では力行専用の電機子チョッパ制御が採用されていたので、これをベースに抵抗制御とし、下り勾配に備え、抑速ブレーキを備え、主電動機の出力を増強した3801・3901形が製造されることになりました。

台車は阪神初のS型ミンデン台車、住友金属工業製FS-390(電動車),FS-090(付随車)を履き、乗り心地の向上が図られました。主電動機はそれまでの110kW/300Vから130kW/340Vに増強、歯車比は5.69から5.77(81:14)としました。抵抗制御方式に戻され、抑速ノッチが追加されました。電動カム軸式制御器と主抵抗器が3801形に搭載されました。

ブレーキは電空併用抑速ブレーキ付きHSC-D電磁直通ブレーキで、抑速ブレーキ対応のための発電ブレーキが復活しました。パンタは下枠交差式を3801形奇数車に2基、冷房装置は分散式をパンタ搭載車に6台、非搭載車に7台載せました。

1974年に4両編成2本、1977年に4両編成1本が武庫川車両工業で製造されました。

 Tc1  M   M'  Tc2
3901 3801 3802 3902
3903 3803 3804 3904
3905 3805 3806 3906

西大阪線の延長は沿線住民の反対や阪神本線の輸送需要の伸び悩みで進まず、やがて凍結されることに。そのうちに阪神の優等列車の編成が6両となると、同じ発電ブレーキ装備の3501形等を併結しましたが、1980年代に入り3501形、3561形、3061形の置き換えが具体化するにつれ併結対象の形式がなくなり、阪神本線で運用できなくなる状況が予想されました。さらに3901Fは製造以来、故障がちで原因不明の脱線事故もよく起こしており、1985年4月22日に山陽電気鉄道本線須磨寺~月見山間で発生した原因不明の脱線事故を機に運行停止となり、1986年3月13日付で廃車されました。

残りの8両に関して。1986年夏に組成変更が行われ、3903Fの梅田より3両、3905Fの元町より3両から本線用6連として8701・8801・8901形、武庫川線用2連として7890・7990形に形式変更されました。これにより、3801・3901形は形式消滅しました。

新形式 Tc8901 M8801 M'8701 M8801 M'8701 Tc8901
    8901  8801  8701  8802  8702  8902
旧型式 Tc3901 M3801 M'3801 M3801 M'3801 Tc3901
    3903   3803    3804      3805     3806      3906

78907990-191019-2 78907990-191019
2019/10/19 武庫川 駅の連絡線に留置されている7890・7990編成
       今回の旅行では武庫川線に乗車していないためこんな写真しか撮影できませんでした。機会があれば再訪したく思っています。

新形式 Tc7990 Mc7890
      7990     7890
旧型式 Tc3901 T3901 
      3905     3904

3904は電装化改造され、台車もFS390に履き替え、制御装置は1C4Mのものが搭載され、武庫川線の最高速度45km/hに合わせ、主電動機は4台永久直列となり、発電ブレーキは撤去されました。電動車が偶数向きとなったため、トップナンバーを形式名とする阪神の車両番号付番のルールにより阪神唯一の末尾0で始まる形式となりました。

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2019年12月25日 (水)

阪神電気鉄道の旅 車両編 2 7801・7901形、7861・7961形

阪神電気鉄道の車両編、今回は7801・7901形とさらに同規格で製造され、現在も武庫川線で活躍する7861・7961形です。

Dsc04264
2019/10/19 武庫川線で活躍中の7964F 現在、武庫川線には7864、7866,7868の3編成が在籍しています。

1963年2月のダイヤ改正で特急・急行用の赤胴車に関しては3301・3501形3601・3701形の増備で昼間時の特急・急行運用は大型車で対応可能になりましたが、朝夕のラッシュ時には車両が不足し、小型車が併用されていました。さらに1968年の神戸高速鉄道線開業や山陽電気鉄道との直通乗り入れ開始で架線電圧も600Vから1500Vへの昇圧が決まっていました。そういったことに対応し、輸送力を増強し、合理化を図るため、3601・3701形を基本に発電ブレーキを省略し、設計を大幅に簡素化して量産されたのが7801・7901形でした。電気ブレーキを省略したことから、続番の3801・3901とはせず、7000番台になりました。

1963年から1971年にかけて、
7801形 7801~7850 (7841・7843・7845・7847・7849は欠番) 制御電動車
7901形 7901~7921・7923~7950(7941・7943・7945・7947・7949は欠番) 付随車 
7922は3011形余剰車から改造編入 合計90両が在籍

5001-5018-7816 昨日の記事の写真の再掲ですが、奥の急行編成は7806Fです。

形態は3タイプと1編入車に分けられ
1.初期車 34編成 1963年から1968年まで製造 経済設計 切妻構造 片開き扉
  奇数車 ←梅田 Mc1 T1元町→ 7801 7901   7833 7933
  偶数車 ←梅田 T2 Mc2元町→ 7802 7902   7834 7934   7922は新製されず

2.3011形からの編入者 7922 3561・3061形に編入された際に余剰となった3021の改造編入車
      車体裾は丸みを持ち、車体長も7901形が18,800mmなのに対し、19,100mmと若干長い

3. 昇圧後の1969年から投入されたグループで、7835,7935の車両はラインデリア搭載の両開き扉車、側窓の構造が変化し、前面は3面折妻、車体裾部の丸みが復活 10両
  奇数車 ←梅田 Mc1 T1元町→ 7835 7935   7839 7939
  偶数車 ←梅田 T2 Mc2元町→ 7836 7936   7838 7938

4.1970年に投入された7840以降のグループで新製冷房車に
  偶数車 ←梅田 T2 Mc2元町→ 7840 7940   7850 7950

主電動機は定格出力110kWの直流直巻き整流子式電動機で7801形に4基搭載、駆動方式は中空軸並行カルダン方式で歯数比は5.69(74:13)、主制御器は三菱電機製のABFM-114-15-MA電動カム軸式抵抗制御器を7801形に、発電ブレーキは持たず、空気圧縮機 (CP) は7801形にDH-25-Dを搭載し、電動発電機 (MG) は7801形に12kVAのものを搭載しました。

台車は7801形は住友金属工業製FS-341軸ばね式金属ばね台車なのに対して、7901形は7922を含め、本形式で代替される小型車の851・861・881の各形式からボールドウィンタイプのBW-78-25-AA(ブレーキは両抱き式)を転用して装着しました。この辺は西武鉄道の601系や701系と共通性があります。2次車以降の7901形は、電動車に準じた形状の住友金属工業FS341Tを新製装着して竣工し、3次車では2次車と同じく住友金属工業FS341(7801形)およびFS341T(7901形)を装着するが、7001・7101形用と同様、台車枠が鋳鋼製ではなく鋼板プレス成形材を溶接したものに変更されました。

さらに派生形式として増結編成用にMc1Tc1 もしくはTc2Mc2の2連が1966年から1968年にかけて8編成製造されました。これが7861・7961形で奇数車は7861 7863の2連2本、偶数車は7962 7964 7966 7968 7970 7972の2連6本が製造されました。

また、7801・7901形に増結して3連化するための片運転台の車両3521形1966年から1969年にかけて12両製造されました。
  Mc1 ←梅田 3521からの奇数 3531まで
  Mc2 元町→ 3522からの偶数 3532まで  

阪神の昇圧は1967年11月12日で、1500V化でパンタ2基で登場した7801形1次車、3521形初期車はパンタを撤去となりましたが、7801形、7861形が運転台よりパンタを撤去したのに対して3521形は連結面よりのパンタを撤去しました。1968年より、初期車に対する体質改善工事が実施され7901形のボールドウィン台車はFS341 台車に交換され、1971年からの冷房化改造で運転台後部の座席の増設も行われました。

1977年から3521形も含めた1次車に行先表示器の取付改造を開始し、1979年には2次車に、1981年には7861形、1983年には3次車に取り付けることで全車に行先表示器が装備されました。

1983年から1989年にかけて、7801・7901形の7801 - 7901から7912 - 7812までの12ユニットが、3521形全車とともに3000系に改造されました。制御装置は回生ブレーキ付き界磁チョッパ制御となり、主電動機も複巻電動機となりました。

7861形のうち7870F・7872Fの2両編成2本について、7801・3521形の3000系への改造で生じた電装品を活用して制御車の電装改造を実施されました。車番は7970→7871, 7972→7873に改番され、7831 - 7931 + 7870, 7871 + 7932 - 7832, 7833 - 7933 + 7872, 7873 + 7934 - 7834の3両編成4本に再編された。この際、7871・7873は前から2つ目の冷房機を撤去して下枠交差式のパンタグラフを搭載しました。

3次車は、製造時期を同じくする7001・7101形とともに1990年秋から2000系への改造が開始されました。編成は6両固定となり、制御装置も界磁添加励磁制御となりました。

2000年10月の武庫川線ワンマン運転開始に伴い、7861・7961形の3編成6両(7864・7866・7868編成)がワンマン化改造されました。

現時点で7801・7901形は全廃されましたが7861形は武庫川線ワンマン運用車が健在です。

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2019年12月24日 (火)

阪神電気鉄道の旅 車両編 1 二代目5001形

今回から阪神電気鉄道の車両編です。

まずは1977年から1981年にかけて32両が導入された二代目5001形です。

5001-5018-7816
1981年頃 尼崎 まだ2連だった頃の5001形 5017-5018編成

阪神の車両の塗装は急行用が赤系統(赤胴車)で普通用が青系統(青胴車)に分けられています。これは阪神本線などの駅間が非常に短いことに由来し、加減速を頻繁に繰り返す普通列車と停車駅が少ない急行列車用の車両を区別して製造することが同社にとって極めて重要であったことを意味しています。

5001-5004-191019
2019/10/19 上り列車の車内から撮影した 5001編成

1950年代前半から、高加減速度車両の開発を車両関係部門、電機メーカーなどと進めており、近鉄の「ラビットカー6800系」に次ぐ高加減速車両として「ジェットカー初代5001形」を1958年に登場させました。初代5001形は先行試作車でしたが、その成果を踏まえ、5101形、5201形(1959-1960)、5231形(1961-1963)、5151形(1964)、5261形(1967-1968、1970)、5311形(1968-1969)などの形式が製造されました。これらの中で冷房車として製造されたのは1970年製造の5261形の5271-5274が最後で、以後は急行用車両の冷房化完了まで保留状態でした。そして初代5001形や5101形・5201形の32両に関しては冷房化改造はせず、新車の導入で置き換えることとなったため、新たに1977年から製造されたのが二代目5001形です。武庫川車両工業でMc1-Mc2固定ユニット16組32両が製造されました。

5001-5005-191019 住友金属工業製のFS-391A(S形ミンデン空気ばね台車)

5001-5005-191019-2 2019/10/19 西灘

車体の外観は1974年から1977年にかけて西大阪線の難波延長を見越して4両編成3本計12両製造された急行用3801・3901形と同一のスタイルです。住友金属工業製のFS-391A(S形ミンデン空気ばね台車)を履き、電動カム軸方式の抵抗制御、1台の制御器で2両分8個のモータを制御する1C8M方式、東芝製のPE-30-A1制御器が偶数車に搭載されています。主電動機は出力90kW、駆動装置は中空軸並行カルダン方式です。補助電源は出力70kVAのCLG-346形のMGを奇数車に、CPはDH-25-D形を奇数車に2基搭載しています。ブレーキは電気直通式HSC-Dで発電ブレーキ併用、抑速ブレーキ付きでしたが、阪神線内では使用機会が無いため後年、マスコンハンドルが抑速側に入れられない様にロックされました。

5001-5020-191019
2019/10/19 御影
1987年12月から普通列車の運用が終日4連化されたため、1988年4月から4両固定化工事が進められ、中間に連結される車両の運転台撤去、客室化が進められました。車番等に変更はありません。1994年から保全工事も進められ、車椅子スペースの設置、ドアエンジンの変更などが進められました。2009年の近鉄との相互乗り入れで2006年度から連結器をバンドン型連結器から廻り子式密着連結器に換装する作業も進められました。

5001-5005-191019-2 2019/10/29 甲子園

車番は ←大阪梅田 5001-5002-5003-5004 元町→ と1両ずつ番号が増えてゆく京浜急行などと同じ方式

5001形と同じ車体に東芝製の電機子チョッパ制御器を載せたのが5131形、三菱製の電機子チョッパ制御器を載せたのが5331形(10とお、30みつとして区別されたようです)、それぞれ14両、10両、1981年から1984年にかけて製造されましたが、2019年5月に全車廃車となりました。

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2019年12月23日 (月)

阪神電気鉄道の旅 その歴史

2019年10月18日から20日にかけて、近鉄のイベントに参加する主目的で関西を訪れ、阪急、阪神、京阪各線に乗車し、各会社の車両の記録、沿線見物等を行いましたが、今回からは阪神電気鉄道です。

Hanshin Electric Railway Linemap.svg
Wkipedia 阪神本線の路線地図から


1905年4月12日に大阪(出入橋)~神戸(三宮)間で大都市間鉄道として我が国初の高速運行の電車で営業が開始されました。
現在、その路線は
本線     大阪梅田~元町    32.1km
阪神なんば線 大阪難波~尼崎    10.1km 西九条~大阪難波間3.8kmは第二種鉄道事業者
武庫川線   武庫川~武庫川団地前 1.7km
神戸高速線  元町~西代      5.0km  元町~西代間は第二種鉄道事業者

最初の路線免許は1899年6月12日に当時の農商務大臣から大阪資本の坂神電気鉄道と神戸資本の摂津電気鉄道が合併して出来た旧摂津電気鉄道に下付されており、同年7月に社名が現在の阪神電気鉄道に変更されました。

191019
2019/10/19 大阪梅田駅に掲示されている 近鉄奈良線~阪神線(本線、なんば線)~山陽電鉄線の路線図

191019_20191222141701 191019_20191222141702
大阪梅田と神戸三宮の駅名標 これが阪神のスタイル

設立当時から広軌高速の電気鉄道を理想に掲げましたが、官設鉄道との競合もあり、普通鉄道としての免許が得られない可能性が高かったので、軌道条例による許可を基に、広軌化、専用軌道化、速度の変更の出願をして行く方針としました。1905年4月12日の三宮~出入橋間の開業後、1906年には梅田まで単線で開業、1914年に複線専用軌道化されました。同年には野田~天神橋筋間で北大阪線を開通させています。

1926年7月1日には甲子園線(上甲子園~中津浜)、1927年7月1日には国道線(野田~東神戸)と併用軌道(路面電車)の路線を開業しました。これらのうち国道線は別の会社が国道上に軌道を敷設するのを防ぐための予防措置で、1925年に子会社として阪神国道軌道を設立し、突貫工事で開業に結びつけ、1928年に子会社を吸収して本社直営にするというやり方を採りました。甲子園線は沿線の不動産開発に伴う輸送力の確保が目的でした。戦後の1950年代に最盛期を迎えましたが1960年代にはモータリゼーションの影響を受け、表定速度の低下、乗客源に悩まされ、尼崎市や西宮市から撤去を要請され、1975年5月、甲子園線、北大阪線、国道線は姿を消しました。

1933年に三宮~岩屋間の地下化工事が完成し、三宮駅は長さ125m・幅25mのホームが4本整備され、当時国内最大級の地下駅といわれました。これにより本線全線が専用軌道化さ、特急の運転が開始されました。1936年には三宮~元町間の地下線が開業、一方大阪中心部では1939年に出入橋~梅田間の地下線も開業しました。

阪神なんば線の前身の伝法線は当初、神戸~野田間を想定していましたが、1924年1月20日大物~伝法間、1928年12月28日尼崎~千鳥橋間が開業し、支線という位置づけになりました。また今津出屋敷線の一部として建設された尼崎海岸線1929年4月14日に出屋敷~東浜間で開業しました。尼崎臨海工業地帯の足として運行されましたが、1962年12月1日に出屋敷~高洲間が廃止され姿を消しました。

今回、乗車はしませんでしたが武庫川線は尼崎海岸線から大戦中に戦闘機を量産する川西航空機鳴尾工場を経て甲子園口駅に至る路線として計画されていましたが軍部の要求で1943年武庫川~川西航空機(洲先)間が開業、1944年には武庫大橋まで開業し、省線西宮から貨物列車の乗り入れが開始され、軌間の違いに対処するため三線軌条方式となりました。

戦後、1954年初めて大型高性能車3011形を嚆矢として普通用「ジェットカー」などの新車両が投入され、1966年までに小型旧形車両は姿をけしました。一方でモータリゼーションの発展により、併用軌道線は廃止に追い込まれ、バスに転換されました。

1995年1月17日早朝に発生した阪神淡路大震災では西灘~御影間で陸橋8カ所が落下、石屋川車庫の崩壊、営業中の2列車の脱線など甚大な被害を被り、鉄道被害は454億円、全社で481億円の被害となりましたが、全力で復興に取り組み6月26日には全線で運転を再開することができました。震災で41両の車両が廃車され、代替車両として初めてのVVVFインバータ制御車両5500系が投入され、カラーの36年ぶりに変更されました。1996年には急行用車両として19年ぶりのステンレス車9000系が投入されました。

1998年、阪神梅田~山陽姫路間を直通する特急の運行が開始、2001年にはクロスシートの9300系が投入されました。

10-191019
181005 2018/10/5 大阪難波駅の阪神線切符販売機

震災と前後して、西梅田開発(国鉄梅田貨物駅跡地開発)、西大阪線(1964年、千鳥橋から西九条まで延伸された際に伝法線から西大阪線に改称)の延伸という大きなプロジェクトが開始され、約40年の年月の経過後の2003年に工事が着工され、2009年3月20日に大阪難波まで開業、近鉄との相互乗り入れが開始されました。このとき、西大阪線は阪神なんば線に、近鉄難波駅は大阪難波駅と改称されました。

すでに阪急の記事で触れていますが、阪神電気鉄道は2006年10月には阪急HDGと経営統合し、阪急阪神HD株式会社の完全子会社となりました。

鉄道部門の施策として、高架化工事、開かずの踏切の解消、駅の改良工事、利便性向上策の推進、そして将来的に減少が懸念される沿線人口問題に対し、沿線活性化プロジェクトを推進しています。 

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2019年12月22日 (日)

現在は阪急阪神HDの傘下となった神戸高速鉄道

かつて神戸市の中心部・市街地に神戸市電は走っていましたが、高速輸送を担う鉄道は国鉄以外になく、国鉄は専ら長距離輸送を主体としていました。そのため、神戸市は市街地輸送の高速化、大容量化目指し、神戸市外と中心部市街地を繋いでいた鉄道会社4社、京阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道、神戸電気鉄道を結ぶ、線路と駅のみで車両は一切保有しない第三セクターの神戸高速鉄道1958年10月2日に設立しました。

191018
2019/10/18 神戸高速鉄道と山陽電鉄の接続駅 西代駅の運賃表
西は山陽姫路、北は神戸電鉄、そして阪急全線、阪神は大阪梅田と大阪難波とまさに神戸高速鉄道によって結ばれた私鉄各社の運賃が一望に

191018_20191221113601 西代 駅名標 スタイルは山陽電鉄のもの 阪神電鉄の駅番号も掲示されています。

1968年4月7日に「東西線:西代~元町間5.0km、新開地~神戸三宮間2.8km」、「南北線:新開地~湊川間0.4km」が開業し、京阪神急行電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道が東西線への乗り入れを通じて相互直通運転を開始し、神戸電鉄が南北線に乗り入れを開始しました。

1987年4月1日、それまでの日本国有鉄道法、地方鉄道法、索道規則に代わり、日本の鉄道事業を一元的に規定する鉄道事業法が施行され、神戸高速鉄道は第3種鉄道事業者として
第1種鉄道事業者に譲渡する目的で鉄道施設を建設する事業及び第2種鉄道事業者に貸付ける目的で鉄道施設を建設・整備する事業。後者は、鉄道施設を建設後に第2種鉄道事業者に貸付けている鉄道施設を保守・整備して管理にあたる。 と規定され
(Wikipedia 鉄道事業法の図から)
第2種事業者の許可区間が重複する形態となりました。

191018_20191221113801 新開地駅の駅名標 こちらは阪神電鉄のスタイル

191018_20191221113802  新開地から阪急神戸線 大阪梅田方面列車案内

191018-2 こちらは阪神線 大阪梅田方面の列車案内

1998年2月15日の阪急のダイヤ改正で山陽電鉄が山陽姫路~阪神電鉄梅田間で直通特急を運転することになったため、阪急の山陽電鉄乗り入れは中止となり、新開地までとなりました。

2002年4月1日には北神急行電鉄から北神線の鉄道施設(新神戸~谷上間7.5km)を譲り受け、同線の第三種鉄道事業者となりました。

2009年4月1日、神戸市が保有株式の一部を阪急阪神HDに売却し、阪急電鉄、阪神電気鉄道とともにHD傘下の子会社になりました。

2010年10月1日、阪急電鉄の新開地~西代間、山陽電鉄の神戸高速線全線の第二種鉄道事業が廃止となりました。

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2019年12月21日 (土)

2019/12/16 小手指車両基地で見た40000系分断編成はLong Seat ver.の40050系だったのか?

2019年12月16日月曜日、前日のBlog記事S-Train拝島ライナーとして活躍中の西武40000系の新しいバージョンとして、これまでのLong/Cross可変バージョンからLong固定バージョンの40050系(20000系の場合も8連の20151Fを20050系と呼ぶ場合がありますが)が登場し、甲種回送されたとの記事を見かけたものですから、小平からつくばへの移動の際、小手指に偵察に行って来ました。

2019年5月14日付けのマイナビニュースによると、西武鉄道は2019年度、40000系 Long Seat Versionを2編成、LAVIEW 001系を5編成を増備する計画と報じられていました。

Photo_20191220173901
Yahoo!の地図 埼玉県所沢市小手指町 から 

まずは前回同様、池袋線を狭山ヶ丘まで乗車し、車内から小手指車両基地を眺めてから、狭山ヶ丘駅から小手指車両基地に向けて歩くことに、10分強で小手指車両基地の北西端に到着。

Dsc05913 2019/12/16 小手指車両基地の北西端から 40000系 40101Fと001系

Dsc05919 6000系 6110F

基地横を通過する車内からも見えましたが、基地奥の方の線路には40000系、6000系、001系などが駐泊していました。

Dsc05932 001系も増備が進み、基地内に3編成、本線を走る編成を2本見ました。

Dsc05930 Dsc05934
40102Fは2019年11月5日~2020年1月中旬迄の間、ラッピング列車「白猫トレイン」となっているようです。携帯電話向けゲーム「白猫プロジェクト」と西武との合同企画「西武鉄道で行く!白猫温泉物語~冒険の続きは秩父で~」の一環とのことです。

Dsc05943
一方、40103Fは2019年3月26日から「コウペンちゃん いつもいっしょなはなまるトレイン」となっており、新宿線に貸し出されていたこともありましたが、この日は池袋線で活躍していました。

さて、本題のLong Seat ver.の40050系40151Fと覚しき編成ですが、

Dsc05938
編成が分割され、15番電留線に停まっているのが見えました。これが何両目で分割されているのは分かりませんが。
いずれ近いうちに10両編成で活躍を開始するのが楽しみです。今年度は2編成の増備なので9000系が置き換えられるのでしょう。

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2019年12月20日 (金)

阪急電鉄 路線について その10 嵐山線

阪急電車の路線シリーズ、最後は嵐山線です。

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Dsc03646
2019/10/18 桂駅 駅名標

嵐山線の路線敷設免許は琵琶湖疎水の蹴上発電所からの電気を京都や福井に供給し、1914年からは京都府や福井県で鉄道事業を行うようになった京都電燈に対し1924年5月13日に下付されたもので、1927年10月23日、この権利が新京阪鉄道に譲渡され、1928年11月9日、桂~嵐山間4.1kmの開業に至りました。

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松尾大社で交換した6300系

Dsc03665 嵐山駅の足元乗車案内 2ドアの6300系以外に3ドア車が乗り入れる場合が考慮され、3ドア車用の位置表示があります。

Dsc03673  
ランプも洒落たスタイルのものが設置されています。

Dsc03667
ベンチのスタイルも独特です。

Dsc03671

当初は複線で、嵐山駅は6面5線構造でしたが、予想したほど需要は伸びず、開業2年後には複線設備を残したまま単線運行となり、戦局の悪化による金属供出令で不要不急線として単線化され今日に至っています。

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2019年12月19日 (木)

阪急電鉄 路線について その9 千里線

阪急電車の路線シリーズ、今回は千里線です。

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HK-87 柴島 は「くにじま」と読みます。柴はもともと「このき」(上下に分解して)と読み、此処の地名は平安時代からクニキ島とよばれ、クニキ=雑木、炭の原料で檞島や国木島、茎島などの表記もあり、柴の文字が当てられたそうです。関西の難読駅のひとつです。

Dsc03684 2019/10/18 千里線の起点駅である天神橋筋六丁目 駅名標 大阪メトロと阪急の共同使用駅ではありますが、駅名標のスタイルは大阪メトロのスタイルで駅番号もK12のみとなっています。

3300-3391-191018_20191218183301
同駅を発車し、天下茶屋に向かう阪急3300系

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淡路方面からやってきた列車が地下に潜る直前

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天神橋筋六丁目と柴島間で淀川鉄橋を渡ります。

Dsc03692 Dsc03693

柴島から先は京都線とほぼ平行に進み、淡路直前で合流します。左が大阪梅田方向

現在、淡路駅付近は平面クロス解消の連続立体交差化工事が進行中で、2024年度高架化切り替え、2027年度事業完了予定だそうです。

5300-5302-191018-2
大阪梅田駅で出発を待つ、千里線5300系

天神橋筋六丁目を起点とし、北千里までの13.6km、駅数11の路線です。阪急の支線の中で終日、本線と直通運転が行われ、大阪梅田駅まで乗り入れているのは千里線が唯一です。

昨日の記事で触れたように天神橋筋六丁目から千里山までの区間は戦前に開業した区間であり、さらに遡れば昨日の記事にもあるように1921年4月1日北大阪電気鉄道が十三~豊津間を開業したのが、千里線の始まりです。この会社はもともと不動産開発を手掛けていた北大阪土地が千里丘陵で宅地と霊園の開発を行うために設立した会社で、尼崎を起点に千里を目指したこともありましたが、却下されており、3度目の申請で1916年に免許が交付されました。

Dsc03711
淡路駅 駅名標

Dsc03695
淡路を出発 正面が北千里方面、右が京都河原町方面

免許は下りたものの予算的に苦しく、特に淀川の架橋が出来ず、吹田~大阪間で線路の付け替えを行っていた東海道本線廃線跡地の払い下げを受け、阪神急行電鉄の十三駅への乗り入れが可能となりました。会社設立は1928年11月24日、着工は1920年2月13日で、1921年4月1日に十三~豊津間、同年10月26日に豊津~千里山間が開業しました。1920年9月には千里丘陵に「千里山花壇」(後の千里山遊園)を開設しました。

京阪電気鉄道は淀川西岸を通って京都に通じる新しい路線の大阪方アクセスターミナルとして北大阪電気鉄道が所有していた天神橋~淡路間の免許に目を付け、同社の株式を取得、新京阪鉄道を設立し、北大阪電気鉄道は鉄道事業を新京阪鉄道に譲渡し、不動産事業だけを残し、京阪土地と改称しました。新京阪鉄道は1925年10月15日に天神橋~淡路間を開業、さらに昨日の記事のように今日の阪急京都本線を西院まで1928年11月1日に開業しました。1928年1月16日には千里線全線の架線電圧を600Vから1500Vに昇圧しました。1930年9月15日に、京阪電気鉄道が新京阪鉄道を吸収合併しました。

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北千里 到着直前の車内から

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北千里 駅名標

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北千里の行きどまり線路

この頃は、天神橋(現、天神橋筋六丁目)~淡路間が本線扱いで、十三~淡路間が十三線、淡路~千里山間は千里線でしたが、1943年に京阪と阪神急行が合併、さらに1949年に新京阪線が阪急に残され、1956年京都本線の特急がすべて梅田発着となると、十三線が本線格となり、1959年梅田~十三間に京都線専用の線路が増設されると、十三~淡路間が京都本線、天神橋~淡路間が千里山線と所属変更されました。

1961年12月、宝塚本線の混雑緩和を目的に千里山線と箕面線を連絡する千里山延長線(千里山~桜井間)の事業免許の取得、1963年8月には新千里山(現在の南千里)までの延長開業が行われましたが、大阪府からの要請で1967年3月1日、北千里への延長となり、路線名も千里線となりました。終着駅北千里には日本初の自動改札機が導入されました。桜井へ至る事業免許は1972年12月に破棄されました。

1969年には大阪市営地下鉄堺筋線との相互直通運転が開始され、天神橋駅は地下駅に移転し、天神橋筋六丁目と改称され、1970年3月からの日本万国博では会場までのアクセスルートとして万国博西口駅を設置し、北大阪急行を補佐しました。

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2019年12月18日 (水)

阪急電鉄 路線について その8 京都本線

阪急電車の路線シリーズ、今回は京都本線です。

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阪急電鉄 京都線 路線図 Wikipedia 阪急京都本線のページの路線図から

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厳密には京都線の起点は十三駅からですが、運転されている列車は大阪梅田駅からなのでこちらもそれに合わせました。

Dsc03623 2019/10/18 大阪梅田 駅名標 京都線は中津駅にホームが無いため、大阪の次の停車駅は十三となります。路線カラーはグリーンです。

宝塚本線神戸本線箕面有馬電気軌道が開業しましたが、

京都本線は京阪電気鉄道が淀川東岸を走る京阪本線の活性化のため、淀川西岸に新たな路線(高速新線)を建設し、相乗効果を目論んだものでした(1918年に西岸支線として敷設特許申請)。

そのために1922年6月28日新京阪鉄道なる子会社を設立し、大阪側ターミナルも当初は桜ノ宮仮駅を起点とし、梅田まで開業する予定でしたが、当時の城東線(現在の大阪環状線)の輸送力を配慮し、計画が変更され、1921年に十三~豊津間を開業した北大阪電気鉄道が所有していた天神橋(現在の天神橋筋六丁目)~淡路間の免許に目を付け、十三~淡路間を1925年に開業、1928年に西院(開業時は地上駅)までを開業しました。免許もそれまでの軌道法から地方鉄道法に準拠したものに切り替えられました。1930年には京都地下線の建設の目途もたち、新京阪鉄道は1930年9月15日、京阪電気鉄道に吸収合併されました。

新京阪鉄道における車両は当時の最高水準を実現しており、1927年に登場したP-6(Passenger car 6)は全長19m、重量52t、出力800馬力で当時の日本最強の高速電車であり、天神橋~京阪京都(現、大宮)間を34分で結びました。東海道本線の超特急「」を並行区間で追い抜いたという逸話も残されています。

太平洋戦争の激化に伴い、国策により、1943年10月1日、京阪電気鉄道と阪神急行電鉄は合併し、京阪神急行電鉄となりました。戦後の1949年の役員会において、国鉄も加わった協議で京阪神地区の将来を見据え、新京阪線は神戸、宝塚へ延伸との考えから、阪急側に割譲されることとなり、阪急京都本線、阪急千里線、阪急嵐山線となりました。京阪電気鉄道側からすれば、元々京阪本線のスピードアップのために子会社を設立し、建設した路線を阪急に持っていかれた感がありますが、阪急側もその点は、十三~梅田間の線増、烏丸~河原町間、北浜~淀屋橋間、七条~四条間の地下工事、特急車両の設計新造、北浜駅、京橋駅、烏丸駅、河原町駅のリニューアル、くずはモール、HEPファイブの建設、快速特急の運転などで協力しあっており、阪急の車両においても神宝線に投入される車両と京都線に投入される車両では駆動方式や導入される機器のメーカーなどに慣例的な違いがあるのはこういった歴史的経緯を踏まえてことのようです。

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2019/10/18 十三を発車し、大阪梅田に向かう1300系京都線特急

1959年2月18日、宝塚線の記事でも触れましたが、同線の梅田~十三間が複々線化され、新設の東側の2線を京都線が使用することになりました。ただ同区間は宝塚線の車両も走るため架線電圧は600Vでした。十三の架線電圧切り替えのデッドセクションが無くなり、1500V化されたのは1969年8月24日でした。十三~淡路~京阪神京都(大宮)間が京都本線、天神橋~淡路間が千里山線になりました。
1963年4月24日、東海道新幹線の高架線が完成し、並行する京都本線の高架工事のための仮線として上牧~大山崎間を新幹線線路を借用することになり、同区間の駅も仮設ホームを建設して営業となりました。

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京都河原町駅の大阪梅田よりの構造は京阪の淀屋橋や中之島の駅の構造と似ていますが、これも新京阪の名残なんでしょうか?

1963年6月17日、京阪神京都~河原町間の地下線が開通し、念願の京都中心部への乗り入れが実現しました。このとき、京阪神京都は大宮と改称しました。
1969年12月6日、大阪市営地下鉄堺筋線との相互乗り入れ運転が開始されました。

列車種別
快速特急Aと快速特急

土休日に大阪梅田駅 - 京都河原町駅間で運転される京都への観光客向けの列車

快速特急A 6300系 京とれいんを使用する十三を通過する列車

快速特急 十三を通過する7000系改造の京とれいん雅洛で運転される列車

特急 平日、土休日に運転される乗車券だけで乗車可能な特急列車 最高速度は115km/h 所要時間42~45分 
途中停車駅は十三駅・淡路駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・烏丸駅

通勤特急 2001年から設定 平日の朝ラッシュ時と夕方以降に特急に代わり設定
途中停車駅は十三駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅 淡路駅は通過

快速急行 2001年に設定 朝夕ラッシュと夜間の時間帯に運行 途中停車駅は十三駅・淡路駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅 最高速度は110km/h

快速 2010年3月14日のダイヤ改正から定期列車として設定 平日のみに下りは早朝に3本 上りは夕ラッシュ時に7本運転 途中停車駅は十三駅・南方駅・淡路駅・上新庄駅・南茨木駅・茨木市駅・高槻市駅・長岡天神駅・桂駅・西院駅・大宮駅・烏丸駅

準急 2007年の急行廃止に伴い設定 ほぼ終日運行 大阪梅田駅 - 高槻市駅間で通過運転を行い、途中十三駅・南方駅・淡路駅・上新庄駅・南茨木駅・茨木市駅に停車し、高槻市駅 - 京都河原町駅間は各駅に停車

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2019/10/18 十三に到着する高槻行 京都線普通列車

普通 大阪梅田駅 - 高槻市駅・京都河原町駅間(昼間時間帯は高槻市駅発着で運転。高槻市駅 - 京都河原町駅間は準急が各駅に停車するため、準急が普通の役割を担う。

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2019年12月17日 (火)

阪急電鉄 路線について その7 甲陽線

阪急電車の路線シリーズ、今回は甲陽線です。

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2019/10/18 駅名標

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開業は1924年10月1日で2.2km、全線単線、最高速度70km/hの路線です。

6000-6121-191018-2 2019/10/18 夙川駅で出発を待つ甲陽線 6000系6021Fワンマン対応車

Dsc03854夙川に接近する車内から 右手の線路は神戸本線との連絡線 先で一旦、スイッチバックしてから神戸線に交流します。

本来、当時の阪神急行電鉄としては当初の建設計画には無かった路線でした。甲陽園というのは兵庫県西宮市にある高級住宅地、西宮七園(甲子園、昭和園、甲風園、甲東園、甲陽園、苦楽園、香櫨園)の一つで、1918年、箕面有馬電気軌道~阪神急行電鉄の十三線(現在の神戸本線)の敷設計画の進展で、本庄京三郎が「甲陽土地」という会社を設立し、上下水道・電気の完備した住宅街の開発を行ったことからそれまで山林地域だった場所に住宅が立ち並び、高級邸宅街となりました。

1922年、当時熾烈なライバル争いをしていた阪神電鉄が摂津電気自動車なる子会社を設立、香櫨園駅から苦楽園までトロリーバス免許を取得したために、阪神急行電鉄も負けてはいられないと同年12月、甲陽線の軌道敷設免許を申請、1924年に開業となりました。結局、阪神電鉄のトロリーバスは具体化せず、後に阪神バスが甲陽園まで乗り入れました。といったわけで、阪急の路線としては単線で開業し、今日も単線で営業を続ける路線となっています。後日、触れる予定の嵐山線は現在は単線ですが、開業時は複線で戦時中の資材供出で単線となりました。

Dsc03852 中間の苦楽園口駅 かつてはスプリングポイントだった交換用分岐器

長いこと日中15分ヘッドの運転でしたが、2007年JR西日本が「さくら夙川」駅を開業するにあたり、阪急は2006年10月のダイヤ改正で夙川駅に特急が停車するようになり、甲陽線のダイヤも神戸線の特急に合わせたものとなり、日中10分ヘッドに増発されました。また、中間の交換駅苦楽園口のポイントは長らくスプリングポイント方式で、閉塞方式も1956年まではタブレット閉塞方式でした。

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甲陽園駅に到着した6000系

Dsc03849 甲陽園駅 駅舎


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2019年12月16日 (月)

阪急電鉄 路線について その6 今津南線

阪急電車の路線シリーズ、昨日に引き続き今回は今津南線です。

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駅名リスト

現在の今津南線に相当する西宮北口~今津間が開業したのは昨日の記事にある様に1926年12月16日でした。西宮北口駅の高架後は全線高架線となっていますが、最初に高架化されたのは阪神国道~今津間で1995年12月16日にまず下り線と今津駅が高架になりました。1997年7月26日には同区間の上り線が高架化されました。そして西宮北口、今津南線ホーム(5号線)と同駅から阪神国道までが高架化されたのは2010年12月5日のことでした。

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阪急西宮北口駅配線図
西宮北口駅配線図 Wikipedia 西宮北口駅から同ページの配線図を使用 オリジナルは「鉄道ピクトリアル」誌2010年8月臨時増刊号から

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2019/10/18 西宮北口の今津南線 上方に見える高架線が5号線と今津方面、下の線路が神戸本線に繋がる8号連絡線

南線車両はワンマン化されていますが、ワンマン運転が始まったのは1998年10月1日のことでした。5号線は3両分の有効長しかなく、投入されている編成も6000系のワンマン化3連です。さらに、南線用車両の神戸本線との連絡用に8号線が敷設され、この線は地上線となっています。

6000-6110-191018 2019/10/18 5号線に入線中の6000系3連ワンマン対応車

6000-6020-191018
2019/10/18 阪神国道 2編成が投入されており、もう一方は6020Fでした。

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6000-6110-191018_20191215153401 2019/10/18 阪神本線との連絡駅 今津に到着した6010F

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2019年12月15日 (日)

阪急電鉄 路線について その5 今津北線

阪急電車の路線シリーズ、今回は今津北線です。

5000-5004-191018 2019/10/18 宝塚から西宮北口に到着した5000系

宝塚線を開業した箕面有馬電気軌道が、路線敷設免許を取得したときは門戸厄神東光寺より西に向かい、阪神本線香櫨園付近を終点とする計画でしたが、西宮北口を経て,西宮市街に至る様、変更され、その後の修正で阪神本線と共に今津駅を新設するようになりました。この結果、西宮北口駅で路線が直交する平面交差が誕生しました。1921年9月2日西宝線として宝塚~西宮北口間が開通、1922年4月1日には全線が複線化されました。西宮北口から今津まで延伸したのは1926年12月18日のことで、全通により、今津線に改称されました。

Photo_20191214200601

戦後の経済成長に伴う列車の増発・長編成化により、ダイヤ作成上、ダイヤモンドクロスの存在が最大のネックとなり、さらに今津線を高架で神戸線をオーバクロスすることも、仮線用地の問題などから難しく、今津線は南北に分断されることとなりました。

790324 1979/3/24 平面交差を横断する今津線の車両

790324-2 1979/3/24 当時の神戸線のホームは今津線を挟んで上下線が分離していました。

沿線には大正から昭和にかけて甲東園や甲風園といった住宅地が開発され、関西学院大学や神戸女学院大学が沿線に移転し、通学路線となりました。

現在の運行形態は
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といったように線内完結列車(日中は10分間隔だが平日朝ラッシュ時は4 - 7分間隔・平日夕方から夜間は6 - 8分間隔、土・休日夜間は12分間隔)の他、今津北線から神戸線に入る連絡線(9号線)を使った臨時急行、準急が運行されています。9号線にホームはないため、臨時急行や準急は西宮北口は客扱い停車しません(運転停車のみ)。

線内完結列車及び、臨時急行、準急等に使用されている編成は
Photo_20191214200501

となっています。

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2019年12月14日 (土)

阪急電鉄 路線について その4 伊丹線

阪急電車の路線シリーズ、今回は伊丹線です。
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昨日の神戸本線の記事で触れましたが、神戸本線は当初、伊丹市内を通る予定でしたが、小林一三氏の意向で阪神間を短距離で結べる塚口、西宮北口経由となったため、伊丹へは塚口から分岐線で結ぶこととなり、神戸本線と同じ1920年7月16日に塚口~伊丹間(3.1km)が開業しました。

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2019/10/18 塚口到着直前の伊丹線車内から 構内は単線に

開業時は単線で、票券閉塞方式でしたが、1943年2月1日、戦時中の輸送力増強のため複線化されました。ただ、塚口駅構内は単線となっています。

Dsc03819 2019/10/18 伊丹駅到着直前の車内から 伊丹駅は駅ビルの3階に発着となります。

1995年1月17日の阪神淡路大震災では伊丹駅が倒壊し、全線不通になりました。私もニュースでの映像を憶えています。同年3月に400m南に仮駅を設置し、営業を再開しました。完全復旧となったのは1999年3月6日のことでした。

運行形態は塚口~伊丹折り返しのみで神戸本線との直通運転はありません。昼間は10分間隔、平日朝ラッシュ時は5~7分間隔、平日夕ラッシュ時は7~8分間隔、土休日夜間は12分間隔での運行となっています。

3000-3003-191018_201912132024012019/10/18 3000系の最後まで残った2編成が伊丹線で活躍中で、塚口側の先頭車が3054

6000-6008-191018
2019/10/18 新伊丹ですれ違った6008F

車両は
3000系 3054F
6000系 6004F,6008F, 6012F
7000系 7034F+7035F(2連併結) の5本が伊丹線専用編成として投入されています。これらの車両の検査時には5100系5118Fが代走することもあります。

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2019年12月13日 (金)

阪急電鉄 路線について その3 神戸本線

阪急電車の路線シリーズ、今回は神戸本線です。ラインカラーはブルーです。

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2019/10/18 大阪梅田 特急、もしくは通勤特急で到着し、回送で折り返す8000系

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2019/10/18 大阪梅田 5000系 普通電車

Photo_20191212191601 神戸本線の路線図 (Wikipedia 阪急神戸本線の地図から)

宝塚本線の開業から10年後の1920年7月16日に十三駅から神戸駅(後の上筒井駅、神戸市中央区坂口通2丁目)までが開業しました。大阪~神戸間には阪神電気鉄道、国鉄東海道本線(省電)が既に開通しており、沿線開発を考慮し、人家などが殆どなかった最も山よりのルート、しかも直線的なルートが選択されました。当初の予定では伊丹や門戸厄神東光寺を経由する北よりのルートで敷設が検討されましたが、灘循環電気軌道の買収などもあり、塚口、西宮北口を経由する現行ルートに落ち着きました。宝塚線同様、軌道法に基づいての敷設でしたが、高規格のため同法の最高速度よりも高い速度での運行が認可され、最終的には110km/hでの軌道法準拠でのスピードアップを行っています。

1000ii-1105-191018
2019/10/18 十三に停車中の1000系特急

十三~梅田間は当初、併用軌道の宝塚線に乗り入れていましたが、後に同区間が高架・専用軌道化された際に宝塚線と分離されました。1936年4月1日には高架線で三宮(開設当時、神戸、現在の神戸三宮)に乗り入れ、全線開通となりました。

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神戸本線の駅名リスト こちらは十三、夙川(しゅくがわ)が難読かと思います。

7000-7012-191018
2019/10/18 夙川を発車する7000系 普通電車

1968年に神戸高速鉄道が開通した後は山陽鉄道須磨浦公園駅まで直通運転を行っていました。また山陽鉄道の列車は阪急六甲駅まで乗り入れていました。

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1981/3 御影駅から六甲駅の電留線(折り返し線)に停車中の山陽電鉄の車両が見えます。

しかし。1998年2月に山陽電鉄が阪神電鉄梅田駅に直通特急を運行するようになり、阪急と山陽電鉄間での相互乗り入れは中止となりました。

3000-3066-801212-2 1981/3 阪神淡路大震災で倒壊してしまいましたが、神戸三宮駅のアーチ

現在、神戸三宮から先、新開地まで神戸高速鉄道東西線の第二種鉄道事業者として自社線扱いで直通運転が行われています。

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神戸線の現在の列車種別

大阪~神戸間は阪神、国鉄、阪急の熾烈な競争の世界で、特に国鉄が民営化されJRになってからは地域輸送に力が入り、阪急、阪神ともに乗客減となりましたが、2006年村上ファンドによる阪神株の買い集めから阪急・阪神の経営統合により「阪急阪神ホールディングズ」「阪急阪神東宝グループ」が誕生し、競争から協調への時代となりました。

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2019年12月12日 (木)

阪急電鉄 路線について その2 箕面線

阪急電車の路線シリーズ、今回は宝塚線と同時(1910年3月10日)に開業した箕面線です。

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2019/10/18 駅名標

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頭端式の石橋阪大前駅 5番線ホーム 4両編成の折り返し車両用のホームで箕面地区の観光散策地図が掲出されています。

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一方、こちらは4番線(奥)と3番線(手前)ホーム 大阪梅田方面直通列車用の8両編成分の長さがあります。 箕面方面
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大阪梅田方面、複線の線路がカーブの先で宝塚本線に合流します。

Photo_20191211192801石橋阪大前~牧落間は江戸時代の西国街道に並行し、桜井は宿場町・瀬川の最寄り駅です。

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2019/10/18 箕面駅 駅名標 箕面駅は箕面公園の入り口で正面の山には温泉ホテルがならび、阪急の駅では最も標高と高い駅です。

池田市の石橋阪大前駅(2019年10月1日から現駅名に、それまでは石橋駅)から箕面市の箕面駅までの4.0kmの路線で全線複線、駅数は起終点駅を含めて4駅です。

開業当時は梅田から石橋を経由し、箕面、箕面から石橋、宝塚を結ぶ運行形態をとっていたため、石橋駅はデルタ線、箕面駅はループ線の線路形態だったそうです。

また、阪急電鉄は宝塚線の混雑緩和のため、中間の桜井駅から分岐し、西国街道(現在の国道171号線、大阪外環状線、イナイチ)沿いに東進し、千里線千里山駅に至る路線の事業免許を1961年12月に取得し、新線建設計画(千里山延長線)を立てていましたが、大阪府からの要請で千里線が北千里方向に延長されたことと、宝塚線の輸送力増強などにより、この計画は消え、免許も1972年12月に破棄されました。

運行形態は平日の朝ラッシュ時に大阪梅田駅直通の普通列車がありますが、それ以外は10分間隔の線内折り返し運転となっています。

5100-5134-191018-2_20191211193501
この日が運用に入らず、箕面駅で休んでいた5134F

6000-6114-191018_20191211193901 2019/10/18 箕面駅に到着する6014F

車両は箕面線専用の4両編成が用意されており、
5100系 5132F 5134F
6000系 6014F 6024F
7000系 7031F
8000系 8040F+8041F(2連の併結)

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2019年12月11日 (水)

阪急電鉄 路線について その1 宝塚本線

今回からは阪急の路線についてです。

Dsc03592 2019/10/18 大阪梅田 ぶれた写真ですが、9本の線路が並ぶ大阪梅田駅、京都線ホームが1~3番線で番線表示の色はグリーン、宝塚線が4~6番線でオレンジ、神戸線が7~9番線でブルーであることがわかります。

Dsc03765 2019/10/18 宝塚 駅名標 

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宝塚線路線図 (Wikipedia 阪急宝塚本線の地図から)


まずは阪急のルーツである宝塚本線、大阪梅田と兵庫県宝塚市を結ぶ24.5kmの路線です。

尼崎を起点に福知山・舞鶴方面への鉄道路線を営業していた阪鶴鉄道が国有化される際に事前から温めていた大阪乗り入れ計画を引き継いだ箕面有馬電気軌道1910年3月10日に梅田~宝塚間を一気に開業したのが同線の始まりです。路線は大阪梅田から川西能勢口までは北西に向かって進み、ここから尼崎から北上してきたJR福知山線とほぼ並行して宝塚に至ります。大阪梅田から豊中付近までは淀川・神崎川の沖積平野で、車窓には住宅、工場があふれ、豊中付近から右手に千里丘陵が近づき、川西能勢口からは北摂山地の南縁に取り付き、宝塚に至ります。開業当初は全線にわたり、細かなカーブの多い路線でした。

当初は宝塚からさらに西の有馬温泉を目指して路線を延長する計画がありましたが、電車が通じることで日帰りが可能となり、宿泊客が減少することを恐れた有馬温泉旅館業者の猛反対や、宝塚~有馬間は六甲山系の起伏のある地形で建設コストがかかることなどから1913年の時点で断念されました。
建設当初は沿線に大きな町が無く、畑の中をすすむような路線であったため「ミミズ電車」と皮肉られ、採算性にも疑問の声が上がりましたが、同社の専務、小林一三は沿線開発に力を入れ、住宅地や、娯楽施設を作り上げることで乗客獲得に成功し、日本の私鉄経営モデルの規範となりました。

Photo_20191212191701
駅名も結構難読な駅がおおく、十三も初めて見たときは「じゅうそう」とは読めませんし、蛍池は「ほたるがいけ」、売布神社は「めふじんじゃ」、清荒神「きよしこうじん」も読めません。

現在、駅数は起終点駅を含め19あり、大阪梅田から十三までは複々線(といっても東側複線は京都本線が使用、用地はかつて路面電車だった北野線の軌道跡)、十三~宝塚間が複線となっています。

太平洋戦争後、沿線の急激な人口増加と貧弱な設備のため、ラッシュ時の混雑が深刻な問題となりました。十三~川西能勢口間の主要区間における高架化、急カーブの緩和が進められ、2000年に三国駅に残っていた30km/h制限のカーブが廃止され、路線の営業最高速度が100km/hに達しました。ライバル福知山線もJRになってからサービスが飛躍的に改善され宝塚線にとって大きな脅威となり、阪急は線形では劣るため直通客よりも、中間駅の利便を重視するダイヤとなっています。

現行の列車種別は

Photo_20191210191001

といった形になっています。

6000-6000-191018_20191210191701

2019/10/18 大阪梅田 幕の地の色が黄色が急行 6000系

1000ii-1009-191018 2019/10/18 大阪梅田 地の色、黒が普通 ちなみに特急 日生エクスプレスは地の色が赤、準急は緑です。

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2019年12月10日 (火)

阪急新性能車の系譜 VVVF制御方式 IGBT素子+永久磁石密封式電動機

1990年代になり、インバータ制御方式による車両がJR,大手民間私鉄で導入され、主電動機はかご型三相交流誘導電動機(Induction Motor:IM)となりました。IMは電磁石の固定子の内側に銅の棒が環状に配置された回転子を挿入した構造となっており、固定子に(位相が120度ずつずれた)三相交流を流すことにより、回転磁界が発生、回転子には回転磁界による誘導電流が発生し、磁界の動きに合わせて回転が起こります。三相交流の周波数と回転数が対応しているため、周波数を上げると回転速度は速くなります。交流誘導電動機の直流モータに対する優位性は、構造が簡単であること、ブラシを持たないため摩耗する部品がないこと、メンテナンス性に優れており、高速運転にも対応可能なことなどが挙げられます。

登場から20年以上が経過し、かご型三相交流誘導電動機はVVVF制御との組み合わせにおいて成熟した技術となりました。これを今後如何に省エネルギー化・メンテナンスフリー化するかということで開発されたのが永久磁石同期電動機(Permanent Magnet Synchronous Motor:PMSM) です。PMSMにおいては回転子内部に永久磁石が埋め込まれています。IMでは回転子に電流が流れるため電気抵抗により発熱し、エネルギー損失が見込まれました。PMSMでは回転子が永久磁石であるため電流は流れずエネルギー損失が殆どないそうです。

電流が流れないことにより、モータの冷却は密閉した状態のみで空気を循環させることで可能となり、外枠に走行風を当てる冷却方式が可能となりました。IMで必須だった軸直結の冷却ファンは不要となり、風切り音による騒音も減少しました。

永久磁石はネオジム-鉄-ホウ素を組み合わせた希土類磁石で磁力が大変強く、完全密封構造になっているので内部にホコリなどは入らず、PMSMは製造されてから廃棄させるまでの間、分解せずに使用することが可能となりました。

PMSMは固定子の回転磁界の位置と回転子の位置が完全に一致しないと正常に回転できないため、1個の制御器で1台のモータを制御する必要があります。そのために制御器の台数が増えてしまうので制御器の冷却器を2台で1台とするなどの対策が取られています。また回転子が永久磁石であるため、惰行中は発電機となるため、ブレーキがかかってしまうので、モータのトルクが0になるように電流を流し続ける必要があります。高速走行時はモータの発電電圧がインバータの供給力を上回り、それ以上加速することができなくなるのを防止するため、回転子の磁力を打ち消す「弱め磁束制御」機能も備わっています。万が一、インバータトラブルが発生した際にモータから逆流した電気がインバータ素子を破壊しないようにモータとインバータの間に電気的に分離させるためのスイッチも挿入されています。

永久磁石故に複雑になる部分はあるものの、それを上回る省エネ、省メンテナンス効果が期待されているのがPMSMです。

1000and1300

阪急電車では2013年から営業を開始した1000系II(神宝線用)1300系II(京都線用)に190kW、定格回転数2,000 rpmの全閉自冷式永久磁石同期電動機(PMSM)が採用されました。

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2019年12月 9日 (月)

阪急新性能車の系譜 VVVF制御方式 IGBT素子による現行VVVF 

インバータ制御方式が鉄道車両に導入された1980年代中盤IGBT(Insulated ate Biopolar Transistor)素子は産業用インバータの主回路素子として既に存在していましたが、耐電圧特性が1400V以下で鉄道車両用の高電圧・大電流用としては容量的に不足していました。

GTO(Gate Turn Off Thyristor)素子は高耐圧、大容量で1990年代には耐圧4500V、可制御電流4000Aまで大容量化が進み、インバータ装置1台で主電動機8台まで制御することが可能になりましたが、動作速度の限界から高周波化が難しく、制御のために大きなドライブパワーが必要で、スイッチングでの駆動仕様が難しいことなど高度な技術力を必要とするものであり、インバータのスイッチング周波数に起因する制御装置、主電動機のうなり音の低減などが必要とされました。

インバータの大容量化と共に制御単位を小型分散化し、1台のインバータで1台ないし2台の主電動機を制御し、システムの冗長性を増す方式への対応が期待されていました。そこで注目されたのがIGBT素子によるインバータ制御装置ですが,当時の産業用IGBTは耐圧が1400Vでそれを2000Vまでアップさせたのが日立製作所により開発されたIGBT素子インバータでした。

特徴としては,駆動システムの騒音を低減し、主回路素子の絶縁構造を改造し,冷却にフロン系冷却を使用しないこと、制御の無接点化をはじめマイコンによる自己診断機能を充実され、保守作業を省力化し、複数のインバータを有機的に結合し,運行信頼性の高いシステムを構築することを目標としました。

9000and9300

阪急電車で最初にIGBT素子による純電気ブレーキ対応VVVFインバータ制御装置を搭載して登場したのが9300系でした。6300系に代わる京都線特急用車両として2003年から2010年にかけて88両(11編成)が日立製作所笠戸事業所で製造され、一部の艤装はアルナ車両が担当しました。

制御装置に関しては日立製作所のIGBTインバータ制御装置ではなく、京都線の慣例により、東洋電機製造製のIGBT素子VVVFインバータ制御装置がとうさいされました。9301Fからは理論上0.3km/hまで回生ブレーキが使用可能な純電気ブレーキ(電気停止ブレーキ)が採用されました。

一方、9000系2006年から2013年にかけて88両が製造され、神戸線、宝塚線に投入されました。すべて8両編成という編成形態でした。駆動方式は神宝線らしくWNドライブ方式がメインですが、一部TDドライブの車両も導入されました。

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2019年12月 8日 (日)

阪急新性能車の系譜 VVVF制御方式 GTO素子による初期VVVF 

1980年代中盤から1990年代中盤にかけて、チョッパ方式に代わる制御方式として登場したのがVVVFインバータ制御方式で架線からの直流電圧1500Vを一旦交流に変換し、さらに電圧と周波数を起動から一定速度に至るまでに交流誘導電動機に適切なトルクを発生させるように制御します。周波数と電圧を調整するスイッチング素子は初期の頃はてGTO(Gate Turn-Off thyristor)が主流でした。

1985年、2200系にVVVF試験車として2720、2721が追加された際は東芝製のGTOサイリスタ素子のVVVFインバータ(BS1425-A)が搭載され、主電動機はかご型三相誘導電動機(SEA310A)出力150kWでした。このVVVF試験車は1995年1月17日の阪神淡路大震災の際に今津北線宝塚南口駅付近を走行中で、脱線し、2721は復旧不可能な損傷を受け、廃車となりました。2720は後日、電装解除され、6762に改番され、6000系に組み込まれました。廃車となった2721の代替として6772が新造され、2200系は形式消滅しました。

2200系でのVVVF試験の結果は8000系、8300系にフィードバックされ、これらの系列において量産化されました。

8000and8300

8000系は1988年から1997年かけて98両が製造されました。インバータ制御装置は東芝(府中工場)製GTOサイリスタ素子(4500V/2500A)が搭載され、主電動機は定格出力が7000系の150kWから170kWに上げたものが搭載されました。定格回転数は1800rpm、最大回転数5000rpmで,2000系以来となる低速制御装置も装備されました。
8001Fに関しては2012年8月からGTO-VVVFインバータを取り外し、東芝製4in1 IGBT-VVVFインバータに換装、さらに主電動機も定格出力190kW,定格回転数2000rpmの永久磁石同期電動機(PMSM:Permanent Magnet Synchronous Motor)を搭載し、試験が行われ、従来の誘導電動機とGTOサイリスタ素子を用いたインバータと比較して、力行の消費電力量約10%削減、回生電力量約85%増加、トータルで約50%の消費電力量削減結果を得られることが実証されました。この結果は1000系IIや7000系更新車でのPMSMの本採用に繋がりました。

8300系は京都線版8000系と言われる車両で1989年から1995年にかけ、84両が製造されました。こちらは東芝製ではなく東洋電機製造製GTOサイリスタ素子インバータ装置が搭載されました。主電動機は定格出力170kWのTDK6125-Aが搭載されました。
2014年10月から8315F、8320F、8330F+8310Fにおいてインバータ制御装置と主電動機をセットで交換するASSY交換が行われ、IGBT素子のインバータに、主電動機は定格出力190kWのTDK6128-Aとなりました。

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2019年12月 7日 (土)

阪急新性能車の系譜 チョッパ制御方式 2200系における本格的試験から7000系、7300系にて量産化

チョッパ制御は営団地下鉄6000系で実用化された電機子チョッパ方式と、民鉄会社で広く採用された界磁チョッパ方式がありますが、阪急電車の場合、電機子チョッパ方式は東芝製の制御装置を搭載した2300系の2311ー2331においてAFEチョッパ制御(RG608)の試験が行われ、さらに5300系5863(1973年製造)において回生ブレーキ付きの電機子チョッパ制御装置の試験搭載が行われ、1975年に製造された2200系の2700, 2710において同様の試験が行われました。2200系においては1985年にVVVFの試験車両(2720)も追加製造されましたが、高速域からの減速時に発生電圧過大で回生失効が起きやすいこと、高価な大容量・高耐圧のスイッチング素子が必要で車両制作費が嵩むことから、量産化はごく限られた系列に限られ,阪急の場合も安価に回生ブレーキが使用可能な界磁チョッパ制御方式が量産化されました。

界磁チョッパ方式はまず2800系1969年3月に竣工した2847)において東洋電機製の試作品が搭載され、長期試験に供され、続いて2300系1978年から1981年に車両更新を受けた際に分巻界磁制御器を交換し、搭載されました。6300系では6330Fが界磁チョッパ制御方式で製造され、7000系、7300系が当初から界磁チョッパ制御方式で製造されました。

7000and7300

7000系6000系をベースに1980年から1988年までの長期間、神宝線に210両投入された系列で阪急では同一系列最大製造両数を誇る系列となりました。制御装置は2両ユニット分を1台の制御器で制御する1C8M方式で直並列切替を行うことで低速域まで回生ブレーキ効果が得られるようにしました。尤も,後年には増結車では1C4M方式の1M車も製造されました。7011F以降の電気指令式ブレーキ(HRD-1R)では付随車のブレーキも負担する遅れ込めブレーキが採用され、省エネ効率の向上が行われました。

車体に関しても当初は鋼製車体で製造されましたが、1984年製造の7011F ,7021F以降、アルミ合金車体を本格採用したのも7000系の特徴でした。
更新工事において制御装置が界磁チョッパからIGBT素子方式のVVVFインバータ制御に置き換えられ、主電動機も全閉自冷式永久磁石同期電動機(PMSM)が採用される例(7013F)などが出てきています。

7300系1982年から1989年にかけて83両が製造された7000系の京都線版と言える系列です。ただ7000系がWNドライブ駆動方式なのに対してこちらはTD平行カルダン駆動方式であったり、歯車比が7000系が5.31なのに対して5.25である点はこれまでの慣例が継承されているようです。7000系同様に1985年以降に製造された車両ではブレーキに遅れ込め制御が追加され、省エネ効率が上昇しました。さらに1986年製造の7310は東洋電機製造のGTOサイリスタ素子のVVVFインバータが試験搭載されましたが、2018年度のリニューアル工事の際に電装解除されました。車体は7302F以降、アルミ合金製となりました。リニューアル工事でIGBT素子のVVVFインバータ制御に改造が進行中です。

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2019年12月 6日 (金)

阪急新性能車の系譜 抵抗制御方式 その5 6000系、6300系

再び、阪急電車の話題です。阪急の6000番台の系列は最後の抵抗制御の系列となりました。
6000系は神宝線用として5100系の電装品と2200系の車体を組み合わせた系列で、宝塚線用には8連(4M4T)編成が準備され、神戸線にはホーム有効長が6連分しかない、山陽電鉄乗り入れを考慮して、6両の基本編成と2両の付属編成による6M2T編成が準備され、1976年から1980年までに126両、1985年に神戸線10連化用に付随車4両が製造されました。

6


宝塚線用編成 
←大阪 Mc   T      M'     T      T       M      T      M'c 宝塚→
   6000 6550 6500 6560 6570 6600 6560 6100
          PT     BATT    MG              BATT    PT                 MG
       Cont                CP                         CONT             CP
                            BATT                                           BATT
神戸線用編成
←大阪 Mc      M'c     Mc       M'       T        T        M        M'c    神戸→
   6000 6100 6000 6500 6550 6550 6600 6100

2200系から編入された車両も存在しました。

63

同じ6000番台系列でも京都線に投入された6300系2800系に代わる特急車両として6000系よりも1年早い1975年から製造され、1978年までに8両編成7本が製造され、1984年に追加で1本6330Fが製造されました。

←大阪 Tc      M       M'       T       T       M       M'     T'c   京都→
   6350  6800  6900  6850  6860  6810  6910  6450

6330F
←大阪 Mc      M'       T         T       T       T       M       M'c   京都→
        6330   6930   6950   6960  6970  6980  6830  6430
6330Fでは制御方式が当時最新の界磁チョッパ方式となりました。

6351F~6353Fの3本は京都線特急運用を9300系に譲った後、2008年から2009年にかけて嵐山線用に転用され、
←大阪梅田 Tc      M       M'    T'c    嵐山→
     6351 6801 6901 6451

といった4連になり、内装も改められました。

6354Fは京とれいんに改造され
←大阪梅田 Tc      M       M'     M   M'  T'c    嵐山→
              6354   6804   6904    6814   6914   6454

といった6連になり、内装も改められ、2011年3月19日から、快速特急「京とれいん」運用に就きました。2019年1月19日のダイヤ改正で十三駅にホームドアが設置され、6354Fは適合しないため、十三駅を通過する快速特急Aに充当されることになりました。


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2019年12月 5日 (木)

相鉄・JR直通 羽沢横浜国大駅~西谷駅

昨日の記事に引き続き、羽沢横浜国大駅を出発した列車は4分ほどで西谷駅に到着します。この間がまさに今回、相鉄が建設した区間で、短距離の新線を整備し、近くを走る貨物船に乗り入れることで都心まで行けるようになったというストーリです。

Dsc05313_20191204202001
2019/12/2 駅名標

Dsc06155
2018/9/24 工事真っ盛りの西谷駅 線路の両側に新線トンネルの抗口が見えます。

西谷駅は1926年12月1日(大正天皇が崩御する3週間ちょっと前)、神中鉄道が星川(現在の上星川)~二俣川間を開通させた時に駅も開業しました。当初は下り方面単式の2面3線ホームでしたが、1966年 5月1日の橋上駅舎完成でホームは2面4線となりました。しかし、2010年3月15日、当駅から相鉄新横浜線の都市計画決定がなされ、2010年4月から下り1番線が使用停止、線路が撤去、そして2012年4月からは上り4番線も使用停止、線路撤去となりました。

Dsc05345 羽沢横浜国大方面への新線

Dsc05316

右の線路が羽沢横浜国大からの新線

1,4番線が直接新線に繋がる線路となりました。

Dsc05328

Dsc05329橋上駅の改札付近には横浜方向、JR線直通方面の列車時刻が表示されています。2年後に東急連絡線が開通したときにはもっと複雑になるはずです。

因みに 
羽沢横浜国大駅から 武蔵小杉駅まで距離は16.6kmで運賃は308円(IC乗車券)、一方 鶴見駅までは武蔵小杉まで行って、湘南新宿ラインあるいは横須賀線で横浜へ、さらに京浜東北線というルートを採って38.6km(乗り換え時間も含めずに37分)乗車し、なんと鶴見駅のそばを2回素通りしますが、運賃は168円です。武蔵小杉から南武線で川崎、そこから京浜東北だと27.6㎞、乗り換え時間を含めずに32分となります。

まさに今回のルートにおける珍現象と言えるかもしれません。

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2019年12月 4日 (水)

相鉄・JR直通 大崎駅~羽沢横浜国大駅

2019年11月30日土曜日に相鉄・JR直通運転が開始され、12月2日月曜日は初めての平日ダイヤでの運行となりました。私は、小平からつくばに戻る際に寄り道し、新宿から早速、直通線に乗車してみました。

Dsc05299
Dsc05296

Dsc05298
新宿へ向かう相鉄12000系
Dsc05306 海老名へ向かうJR E233系7000番台

2019/12/2 大崎

まずは大崎駅、JR埼京線のE233系7000番台が、定期列車として、ここから品鶴線を走る湘南新宿ラインに入るのは初めてですが、相鉄直通線は5番線に発着するようで、番線表示、さらに足元の表示にも相鉄線直通の表示があります。面白いのは湘南新宿ラインとは編成の号車番号が逆向きになっていることです。

大崎を出発し、武蔵小杉に停車、武蔵小杉を出発するとすぐに3086列車などが分岐する新鶴見信号所への分岐を渡ります。武蔵野南線からの線路と合流し、新川崎駅の横を通過します。このまま、先日の矢向第一陸橋を潜り、鶴見駅の南側を通過します。以前、武蔵野線からの「快速かまくら号」に乗車した際にはここで、東海道本線に合流しましたが、今回はそのまま進み、京浜急行生麦駅付近からトンネルに入ります。住宅地の地下を西方に進み、横浜線大口駅付近ではシェルターに覆われた高架を進み、東急東横線とは妙蓮寺付近、横浜市営地下鉄ブルーラインとは岸根公園駅付近で交差し、西南西に進路を取り、トンネル区間が終わり、東海道新幹線の南側に沿い、第三京浜国道を潜り、横浜羽沢貨物駅の前から、再びトンネルに潜り、羽沢横浜国大駅に到着します。この間、武蔵小杉から約17分間のノンストップ運転となります。

Dsc05311
Dsc05310_20191203192901
2019/12/2 羽沢横浜国大

羽沢横浜国大駅の線路、武蔵小杉よりは既に日吉方面に向かう東急連絡線のトンネルに線路が伸びており、JR方面との連絡列車はその線路の外側に分岐する形で羽沢貨物線と連絡しています。将来、東急連絡線が開通しても線路構成は変わらず、JR直通列車も東急直通列車も同一ホームから出発することになるのかと思われます。
東急東横線に直通するということは、あくまで妄想ですが、横浜中華街まで相互直通運転が行われている、東武東上線、西武池袋線、東京メトロ副都心線の車両がこの連絡線を走って、相鉄線内を走る日が来るのでしょうか?

羽沢横浜国大駅では乗務員交代などがあるためか、数分停車し、西谷駅に向けて出発します。

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2019年12月 3日 (火)

西武 101N系 1251F 8月にデジタル無線へ交換

西武101N 系4連はオール電動車の263Fを含む10編成が多摩湖線、西武園線、多摩川線で活躍中ですが、一部の車両で列車無線装置、列車運行情報表示装置などが新しいタイプに交換されつつあります。


101n-1251-190309


2019/3/9 競艇場前 1251の旧タイプ列車無線機器
101n-1251-190309-2
2019/3/9 競艇場前 1251の旧タイプの列車運行情報表示装置


1251Fは今年7月の車両交換で多摩川線から多摩湖線に転属し10月の車両交換では既に無線機等を昨年11月頃、交換した1245Fが多摩川線に異動しました。

Dsc03176


2019/8/16 萩山 新タイプの列車無線機

Dsc03175 2019/8/16 萩山 新タイプの列車運行情報表示装置

現在までに確認できている各編成の新旧タイプは以下の状態かと思います。

編成  配置   塗装    無線機
1241F 多摩湖線 伊豆箱根 旧タイプ
1245F 多摩川線 YB     新タイプ
1247F 多摩川線 赤電   新タイプ
1249F 多摩川線 YB          旧タイプ
1251F   多摩湖線 近江鉄道 新タイプ
1253F 多摩川線 赤電   新タイプ
1257F 多摩湖線 白    旧タイプ
1259F 多摩湖線 赤電   新タイプ
1261F 多摩湖線 伊豆箱根 旧タイプ
263F   多摩湖線 黄色   旧タイプ


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2019年12月 2日 (月)

西武鉄道 東村山駅 橋上駅舎を一旦閉鎖、地下改札口使用開始

西武鉄道では新宿線の連続立体交差事業を行っていますが、11月30日土曜日の初電から東村山駅の出入り口が変化しました。

Dsc05285
この案内板に示されているようにこれまでの橋上駅舎は閉鎖され、所沢寄りに新たに3本のホームを結ぶ地下通路と駅の東西入口を結ぶ自由通路が開通しました。

Dsc05284 閉鎖された2番ホーム(2番線、3番線、4番線)久米川より階段とエスカレーター

Dsc05286
新たに設けられた地下通路への階段

Dsc05287 階段を降りると1番ホームと2番ホームの中間辺りに改札口があり、自動改札機が並び、その横に駅事務室があります。

Dsc05289
橋上駅時代は駅中と駅外から入れる蕎麦屋やカフェがありましたが、今回は3番ホーム下辺りにTomoniの売店がオープンしていました。

Dsc05291
将来は高架駅になる予定なので、今回の地下駅は臨時でいずれは閉鎖されるのではと思います。

Dsc05294 2019/12/1 西武園線運用に就いている2515F

線路構成等には変化はありませんが、西武園線の運用は11月30日から午後も車両交換せずに終日,2000N系4連が担当しているようです。

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2019年12月 1日 (日)

2019年11月30日 JR・相模鉄道相互乗り入れ運転開業風景を矢向第一陸橋で撮影

これまで首都圏の私鉄で有りながら東京都心への乗り入れがなかった相模鉄道が、西谷駅から分岐して羽沢横浜国大駅に至る新線を開業し、JR東海道本線の貨物支線(羽沢線)と羽沢横浜国大駅を結ぶ線路を整備、これにより相模鉄道線とJR線の直通運転が可能となりました。実質、2km程度の新線を開業することで相鉄は、新宿、さらに埼京線を通って、大宮、川越まで乗り入れが可能になりました。


Dsc05276 2019/11/30 尻手駅、川崎駅方向に通じる県道140号が品鶴線、湘南新宿ライン、横須賀線をオーバクロスする陸橋が矢向第一陸橋

たまたま娘一家が横浜市鶴見区矢向に住んでおり、11月に第2子が誕生したこともあり、矢向の家を訪問する際に矢向第一陸橋から、これまでは殆ど貨物列車しか通過しなかった新鶴見信号所~鶴見間の複線区間を通過する相鉄の12000系、そして埼京線のE233系7000番台を撮影しました。


Dsc05274
相鉄 JR相互乗り入れ用12000系第2編成 143M

Dsc05275
陸橋の下辺りで140M 12000系第4編成とすれ違い

相鉄・JR直通線の現在のダイヤでは
大崎駅の時刻表で見ると
土曜・休日                 
海老名方面           
 7時 10 38 53        10 37 53
 8時 04 20 34 50      04 20 34 49
 9時07 41                               07   41  51
10時 07   25 34 47                05   25   47
11時 07   31   50                      07   31   50
12時 14   44                             14 44
13時 14   44                             14 44
14時 14 44                             15   44
15時 14 44                             14   44
16時 15 46                             15 46
17時 05 25 50                       05   25   50
18時 08 28 47                       08   28   47
19時 10 30 50                       10   30   49
20時 06 30 49                       06   29   50
21時 07 29 47                       07   29   47
22時 07 30 50                       07   30   50
23時 04 26                             03   26

赤字は特急
行き先は海老名

昼間の時間帯(12時台から16時台)は1時間に2本の頻度で、観察していると矢向第一陸橋付近で上り下りがすれ違うダイヤであることも分かりました。

Dsc05282
約30分後、今度はJR埼京線のE233系7000番台 130編成が通過
  Dsc05281
その直後、E233系7000番台125編成が通過

この相互乗り入れに関しては品鶴線から、(へ)の分岐(合流)は新鶴見信号所北部で行われています。したがって、新川崎駅は貨物線を通るため、武蔵野線のむさしの号が西浦和駅を通過するのと同じようにホームが無いため、停車することが出来ません。

相鉄は羽沢横浜国大駅から線路を東海道新幹線新横浜駅経由で東急東横線日吉まで延長し、全長10kmの相鉄・東急直通線の開業を2022年度下期に予定しています。そちらの開業も楽しみです。


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