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2019年12月11日 (水)

阪急電鉄 路線について その1 宝塚本線

今回からは阪急の路線についてです。

Dsc03592 2019/10/18 大阪梅田 ぶれた写真ですが、9本の線路が並ぶ大阪梅田駅、京都線ホームが1~3番線で番線表示の色はグリーン、宝塚線が4~6番線でオレンジ、神戸線が7~9番線でブルーであることがわかります。

Dsc03765 2019/10/18 宝塚 駅名標 

Photo_20191210183901
宝塚線路線図 (Wikipedia 阪急宝塚本線の地図から)


まずは阪急のルーツである宝塚本線、大阪梅田と兵庫県宝塚市を結ぶ24.5kmの路線です。

尼崎を起点に福知山・舞鶴方面への鉄道路線を営業していた阪鶴鉄道が国有化される際に事前から温めていた大阪乗り入れ計画を引き継いだ箕面有馬電気軌道1910年3月10日に梅田~宝塚間を一気に開業したのが同線の始まりです。路線は大阪梅田から川西能勢口までは北西に向かって進み、ここから尼崎から北上してきたJR福知山線とほぼ並行して宝塚に至ります。大阪梅田から豊中付近までは淀川・神崎川の沖積平野で、車窓には住宅、工場があふれ、豊中付近から右手に千里丘陵が近づき、川西能勢口からは北摂山地の南縁に取り付き、宝塚に至ります。開業当初は全線にわたり、細かなカーブの多い路線でした。

当初は宝塚からさらに西の有馬温泉を目指して路線を延長する計画がありましたが、電車が通じることで日帰りが可能となり、宿泊客が減少することを恐れた有馬温泉旅館業者の猛反対や、宝塚~有馬間は六甲山系の起伏のある地形で建設コストがかかることなどから1913年の時点で断念されました。
建設当初は沿線に大きな町が無く、畑の中をすすむような路線であったため「ミミズ電車」と皮肉られ、採算性にも疑問の声が上がりましたが、同社の専務、小林一三は沿線開発に力を入れ、住宅地や、娯楽施設を作り上げることで乗客獲得に成功し、日本の私鉄経営モデルの規範となりました。

Photo_20191212191701
駅名も結構難読な駅がおおく、十三も初めて見たときは「じゅうそう」とは読めませんし、蛍池は「ほたるがいけ」、売布神社は「めふじんじゃ」、清荒神「きよしこうじん」も読めません。

現在、駅数は起終点駅を含め19あり、大阪梅田から十三までは複々線(といっても東側複線は京都本線が使用、用地はかつて路面電車だった北野線の軌道跡)、十三~宝塚間が複線となっています。

太平洋戦争後、沿線の急激な人口増加と貧弱な設備のため、ラッシュ時の混雑が深刻な問題となりました。十三~川西能勢口間の主要区間における高架化、急カーブの緩和が進められ、2000年に三国駅に残っていた30km/h制限のカーブが廃止され、路線の営業最高速度が100km/hに達しました。ライバル福知山線もJRになってからサービスが飛躍的に改善され宝塚線にとって大きな脅威となり、阪急は線形では劣るため直通客よりも、中間駅の利便を重視するダイヤとなっています。

現行の列車種別は

Photo_20191210191001

といった形になっています。

6000-6000-191018_20191210191701

2019/10/18 大阪梅田 幕の地の色が黄色が急行 6000系

1000ii-1009-191018 2019/10/18 大阪梅田 地の色、黒が普通 ちなみに特急 日生エクスプレスは地の色が赤、準急は緑です。

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