« 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その3 7100形 | トップページ | 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その5 7300形 »

2020年4月15日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その4 7200形

岡山電気軌道の路面電車、今回は1982年に登場した7200形です。

7201-190802-2
2019/8/2 東山おかでんミュージアム

この車両は1900年5月10日に九州初の電気鉄道として開業、1927年別府大分電鉄株式会社となり、1945年の戦時統合で大分交通となり、1972年に別大国道の混雑が問題視され、県の要請で廃止された同社別大線の500型(501-507)7両のうち、504,505号を譲受した岡山電気軌道3500形、3501,3502が1982年に車体更新を受け(機器流用で)誕生した車両です。7201,7202の2両が在籍します。

7201-190802
7201 車内

これまで見てきたように、岡山電気軌道で活躍する車両は、東武日光線、呉市電、秋田市電、大分交通別大線などのために誕生し、それらの路線の廃止で岡山電気軌道に活躍の場を移した車両の心臓部を引き継ぎ、新しい車体で覆った車両たちであることが分かります。

大分交通別大線の歴史をよく見てみると、同線は京都電気鉄道、名古屋電気鉄道、大師電気鉄道、小田原電気鉄道に続いて日本で5番目の電気鉄道として豊洲電気鉄道によって建設されました。当初、開業したのは別府停留場から堀川停留場までの約10.8kmで、その後、南新地停留場まで延伸されました。同社は貨物輸送や電気事業にも手を広げましたが、経営は芳しくなく1906年1月30日に経営破綻し、豊後電気鉄道が事業を引き継ぐことになりました。新会社は電気事業などで収入を伸ばしましたが1916年3月、福岡・大分両県で積極的に電気事業を展開していた九州水力電気株式会社に合併されました。同社は積極的に路線の延伸を行い、1919年2月24日には大分駅前に乗り入れ、1922年11月25日には別府港桟橋まで延伸しました。電力会社として本業の電機部門は順調に収益を伸ばしていたものの,兼営である鉄道部門の経営は不振であり、1926年12月に電気事業以外の整理が決定しました。
阪神急行電鉄社長小林一三の仲介で大阪に本社があった中央別府温泉土地が別府大分電鉄線を引き受けることになり、1927年6月30日付で譲渡されました。路線の延伸はさらに進められ、さらに路線バス事業も進出、拡張されましたが、1940年大分県への進出を進める九州電気軌道(後の西日本鉄道)が同社の株式を取得したことで、九州電気軌道 の傘下に入りました。
1942年8月、鉄道省による企業統合の通達で県北、県南、日田の3ブロック内で合併がなされ、別府大分電鉄を存続会社に、耶馬渓鉄道、宇佐参宮鉄道、豊州鉄道、国東鉄道、宇佐参宮自動車、別杵自動車の7社が合わさり、大分交通株式会社が1945年4月20日成立しました。同線は大分交通別大線となりました。
戦後の1946年から1947年には輸送量のピークが訪れ、年間輸送人員は戦前の600万人から1500万人に増えましたが、モータリゼーションの発展で1969年度には1000万人を割り込み、赤字経営に転落しました。別大線が走る国道10号の渋滞も問題化し、県は軌道を撤去し、車線を倍加し渋滞を緩和する方針を打ち出し、大分交通に対し、路面軌道の撤去を要請、これを受け1972年4月4日、別大線は全線廃止となりました。

500型の最初の2両501,502は自重17.0t定員90名(座席38名)、東洋工業製TK-202 台車を履き、残りの5両(503-507)は自重17.2tで近畿車輛製KD-202台車を履いていました。車体は普通鋼製で連結運転が可能なようにトムリンソン式密着連結器を備えた総括制御車でした。廃止後、501号は大分市立西大分公園に保存されましたが2004年に解体、502号は別府市亀川浜田公園に保存されましたが1992年に解体、506号は大分市立佐野植物公園に保存されています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その3 7100形 | トップページ | 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その5 7300形 »

旅行・地域」カテゴリの記事

路面電車」カテゴリの記事

コメント

B767−281様 こんにちは。今まで職場にいると1日軽く10000歩は行っていましたが、今は1000もいかない日もある状態です。早くなんとかなってほしいものです。さて岡山電気鉄道興味深く拝見させていただきました。各地で廃止になった路線から車両を確保し、更新する。これはもったいないの思想の先取りですね。極めて合理的ですね。それにしても高齢化の進む日本社会で路面電車は人に優しい乗り物で、残した都市は先見の明ありだと思います。

細井忠邦さま、おはようございます。

後で登場する9200形は新車のようですが、それまでの7000番台の形式はまさに車体こそ新しいものの機器類はそれまでにどこかの路面電車で活躍し、岡山電気軌道に譲渡された車両のものを引きついているのですね。私も今回、岡山電気軌道の車両の勉強から、そういった今は亡き路面電車の存在を知ることができました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その3 7100形 | トップページ | 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 8 岡山電気軌道 車両編 その5 7300形 »

カテゴリー

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村