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2020年7月31日 (金)

公園保存蒸機 大森山公園のD51 232号機

公園保存蒸機シリーズ、今回も2017年6月末から7月頭にかけ、秋田県を旅行した際に訪問した公園から、羽越線新屋駅が最寄り駅となる大森山公園に保存されているD51形232号機です。

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2017/7/1 大森山公園案内図

大森山公園は秋田市浜田にあり、秋田市が管理する公園です。公園内には秋田市大森山動物園、大森山遊園地、大森山展望台、グリーン広場などの市民向け施設のほか、県内のテレビ・FM放送局の親局送信所があります。アクセスは今回の旅行ではレンタカーを使いましたが、公共交通機関としては秋田駅前、新屋駅前から「新屋線/大森公園行」のバスで終点下車となります。

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Dsc05513 訪れた時はちょうど補修直後だったのか、写真のように非常に美しい状態で、ランボード横や手摺りが白く塗装されていました。
潤滑油バルブの形態は昨日のD51370号機と同じです。

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残念ながら炭水車側の灯火類は欠損していました。

Dsc05507 砂管のパターンは前2本が垂直、3本目がなだらかに後方に落ちるタイプです。強いて言えば、梅小路機関区に保存されているD511号機に似たタイプかといえます。逆転器モーションプレートの穴は小穴タイプです。

D51232号機は1938年12月8日、国鉄土崎工場で製番1として落成しました。同年12月12日に仙台局に配属となり、配置は青森から始まり。1948年1月21日に弘前、1967年3月11日、借入で秋田、同月15日正式に転属、1970年4月1日青森、1971年3月9日土崎工場に保管となり、1971年4月1日付けで青森で廃車となりました。1971年7月から当所に静態保存されています。

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Dsc05516 キャブ内も見学可能で、メーター、バルブもきちんと揃っていました。

Dsc05503 この機関車の保存、維持に関しては土崎工場製1号機であることや、終生奥羽本線北部で活躍したこともあるのか、秋田市が力を込めて維持していることが感じられました。

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2020年7月30日 (木)

公園保存蒸機 土崎街区公園のD51 370号機

全国の公園等に保存されている蒸気機関車を見学するシリーズ、今回は2017年6月末から7月頭にかけ、秋田県を旅行した際に訪問した公園から、最初は土崎駅そばの土崎街区公園に保存されているD51形370号機です。

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公園の開園は大正4年(1915年)とのことですから、訪問時に既に開園100年を過ぎていました。

Dsc05474 公園の奥の方にD51370号機は保存されていました。

土崎街区公園はJR奥羽本線土崎駅東口から南西方向に伸びる駅前通りを1ブロックほど進んだ左手にあり、土崎神明社や日影稲荷神社に隣接する公園です。

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形態的には標準スタイルのD51で、給水温め器の向かって右側のカバーやボイラー下のカバーが欠損していました。尾灯を掛けるフックもありません。

Dsc05455 7連の潤滑油のバルブは箱がランボード下、バルブがランボード上に出ており、線路方向に並んでいます。逆転器のリンクプレートは大穴タイプです。砂管のパターンは栗東市手原稲荷公園に保存されている403号機と同じです。

Dsc05457 キャブはこのように鉄製の網で閉鎖されています。後方の屋根が長く伸びているのが特徴です。期間助手席前のランボードにある潅水清浄器は搭載されていません。

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炭水車の台車は標準台車(鋳鋼と鋼板による組み立て式台車)です。灯火類は前照灯、尾灯ともにありません。

D51370号機は沖田祐作氏の機関車表データによると1940-5-18 日立製作所笠戸工場にて製番1249として落成、新潟局配属されますが当初配置は不明です。1948-7現在、酒田、1955-8-1現在、山形、1957-11現在、山形、1968-4現在、新庄、1972-3-31現在、秋田、1972に秋田で廃車となりました。

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2020年7月29日 (水)

新金谷駅SL広場に保存されているC12 164号機

拙Blogの過去の記事を見返してみると、保存車両に関する記事は2019年9月9日の元吉原小学校に保存されている東京都電7024号車の記事が最後となっています。これからしばらく、保存車両の話題で行きたく思います。


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2017/3/12 大井川鐡道新金谷駅


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最初は2017年3月に三島、吉原から岳南鉄道、吉原小学校、そして大井川鐡道を訪問した際に新金谷駅のSL広場で見学したC12形164号機です。


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この機関車は1937年9月に製番484で日本車輛名古屋工場で落成しました。当初の配置は不明ですが、1941年から1947年にかけて上諏訪に配置、1948年には岡山に転属、1955年には宇部支区、1962年には厚狭区、1973年には木曽福島区に所属となり、同年9月20日同区にて廃車となりました。


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これまでに各所でC12形を見てきましたが、C12287号機(小櫃公民館)のような炭庫の風穴はこの機関車にはありません。

同月24日、貸与され本川根町の大井川鐡道千頭駅で保存となり、1987年2月、日本ナショナルトラストが購入、同年5月14日解体整備が開始され、7月25日復元発車式を済ませ動態保存車となりました。2005年4月23日、ATSが未取り付けのため本線運転は終了し、2011年10月から写真のようにSL広場のターンテーブルにて静態保存となりました。2016年には大井川鐡道と日本ナショナルトラストの間で再び動態保存運転を目指す合意が交わされたそうです。


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C12形は1932年から1947年までに282両製造され、日本車輌製造110両、日立製作所55両、三菱造船所17両、川崎車輛56両、汽車製造44両を担当しました。製造期間における設計変更は38号機以降のアーチ管(ボイラー火室内に装備して伝熱面積を増大、蒸発量の増加のため)の装備、制輪子の変更(1933年製以降)、先輪、従輪のスポーク輪心からディスク輪心への変更(276号機以降)と少ないのが特徴です。2つの瘤は前が砂箱,後が蒸気溜です。

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2020年7月28日 (火)

首都圏の駅の変化 その4 飯田橋駅 後編

飯田橋駅、そもそもは前の記事にあるように駅間の近かった牛込駅と飯田町駅を統合することで大きくカーブする線路に沿ってホームを設置し、1928年11月15日に開設された駅でした。

200711 2020/7/11 旧ホーム最後の日

200711_20200727150601 車輛とプラットホームの隙間

現実にはこのように車両とホームの隙間が大きいため、これまでにこの隙間に転落する事故がしばしば発生していたそうです。

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190128-4 2019/1/28 牛込橋から

そういった問題を解決するために2016年8月から200mほど市ヶ谷寄りの直線部分にホームを新設する工事が開始されました。元々、この場所には飯田橋折り返しの電車が一旦引き上げる引き上げ線が存在し、上下線の線路間隔が広く設定されていました。

200711_20200727152101 2020/7/11 それまでは飯田橋駅の西側には古レールで組み上げた特徴的は階段が見えましたが、この工事の過程で仮設の跨線橋・階段に置き換えられたようです。

2020年7月12日に新ホームが供用開始となりました。

Dsc01616 新西口から仮設の跨線橋を見る。やがては撤去されるのでしょう。

Dsc01615 仮設の階段は7/27の時点では途中から上が残されていました。

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カーブ部分に残された旧ホームは両側が囲われ東口に続く長い通路となりました。

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Dsc01606新ホームの西端から市ヶ谷方面

ここから中央快速線、緩行線の車両を撮影するのも良いかと思います。

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2020年7月27日 (月)

首都圏の駅の変化 その4 飯田橋駅 前編

首都圏の駅の変化シリーズ、今回は飯田橋駅です。

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2018/2/19

今回、飯田橋駅は曲線部にあった島式ホームを約200m市ヶ谷方面の直線部に移設し、車体とホームの間隔の広がりを無くしました。

190128 2019/1/28 飯田橋駅の西口側に線路、外堀を超す橋が牛込橋

その歴史を辿ってみると、1894年10月9日、甲武鉄道新宿~牛込間の市外線が開通した際に牛込駅として開業しました。場所は現在の飯田橋駅西口に接する牛込橋から少し四ッ谷寄りでした。1895年4月3日には飯田町まで延伸されました。1904年8月21日、飯田町~中野間が直流600Vで電化開業し、電車の運行が開始されました。1906年10月1日、甲武鉄道が国有化され、牛込、飯田町の両駅は官設鉄道の駅となりました。1909年10月12日、線路名制定で中央東線、1911年から中央本線となりました。1928年11月15日、関東大震災の復興と客貨分離を目的に新宿~飯田町間が複々線化、このときに牛込と飯田町は駅間が近いため統合され、飯田橋駅となりました。

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2019/1/28 地下鉄の飯田橋駅 東西線、有楽町線、南北線、大江戸線のマークが見えます。

その後、1964年12月23日には地下鉄東西線、1974年10月30日には地下鉄有楽町線、1996年3月26日には地下鉄南北線、2000年12月12日には地下鉄南北線の駅が開業とJRは中央・総武緩行線しか停まらない駅ですが、地下鉄4路線と交わる駅となりました。

101-820211 1982/2/11 かつて飯田橋駅の水道橋よりカーブからはこのような写真を撮影することが出来ました。

1983年の早春、大学院の博士課程を間もなく修了し、つくばに就職が決まっていた頃でしたが、ちょうど首都圏の国電のうち、中央・総武緩行線では中央快速線から103系の高運転台冷房編成や201系編成が緩行線に転属となり、オレンジ塗装のまま緩行線を走っていました。

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1983/2/5 ブタ鼻ライトと揶揄されたシールドビーム化改造ライトの103系

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豊田区から転属した戸袋窓のある非ATC高運転台103系

201-830205-edit 201系 量産形編成

4月から東京を離れるという思いもあり、それらの編成を記録しておこうと思い撮影したのが飯田橋駅の水道橋よりのカーブでした。しかし、その数年後、この場所からの撮影はできなくなりました。

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2020年7月24日 (金)

首都圏の駅の変化 その3 渋谷駅

このシリーズ、3回目は渋谷駅です。

Dsc01342 2020/7/18 埼京線ホームの駅名標

この駅は1885年3月1日、日本鉄道の駅として、赤羽~品川間の開業とともに開設されました。ただ、開業日に利用する人は誰も居なかったそうです。1906年11月1日、日本鉄道の国有化で官設鉄道の駅となりました。

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Dsc01327 新埼京線ホームの原宿側端からの眺め

現在渋谷駅にはJR東日本の山手線、埼京線、湘南新宿ライン、さらに山手貨物線を走行する成田エクスプレス、東海道本線のホームライナー、踊り子、サフィール踊り子、昨年11月から相互乗り入れを開始した相鉄線が停車し、京王井の頭線、東急東横線、東急田園都市線、東京メトロ銀座線、半蔵門線、副都心線が乗り入れています。

歴史的にはこれらの中で最初に渋谷駅に乗り入れたのは今は無き玉川電気鉄道玉川線で1907年8月11日のことでした。わたしも小学校の頃、大橋まで玉電で通っていたことがあり、現在も残る玉川口の先、JR線と同レベルのホームから玉電が発着していたのをよく憶えています。尤も、あのような乗り入れ形態となったのは1937年7月27日の玉川線と天現寺線の分離以降でそれまでは国電のガードを潜っていたはずです。

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この扇(東急のシンボルマーク)が残されているのはかつてこの場所に東横線ホームがあったことへのオマージュか?

1909年10月12日、線路名称制定で山手線の所属となりました。1923年3月29日、東京横浜電鉄東横線が開業し、島式ホーム1面2線の高架駅が併設されました。1933年8月1日、帝都電鉄渋谷線(現在の井の頭線)が開業し、同年11月1日には東横線渋谷駅に東横百貨店が開業しました。1938年12月20日、東京高速鉄道線(現在の東京メトロ銀座線)が開業。

戦後の1955年12月27日、都営トロリーバスが渋谷駅に乗り入れ、1957年には都電の渋谷駅前停留所が東口に集約され、ループ線上のターミナルとなりました。トロリーバスは1968年3月31日限りで廃止、同年9月29日には都電青山線も廃止されました。1969年5月10日、東急玉川線が廃止、同年10月26日には都電天現寺橋線も廃止され、渋谷から軌道線が消えました。

1977年4月7日、東急新玉川線が開業、1978年8月1日のは営団地下鉄半蔵門線が青山一丁目まで開通しました。2000年8月16日、に新玉川線は田園都市線に編入されました。

1980年10月1日、国鉄駅での貨物取扱が廃止され、1996年3月16日、埼京線ホームが山手貨物線の貨物ホーム跡地に新設されました。

2008年6月14日、東京メトロ副都心線の駅が開業、2013年3月16日、東横線の駅が地下化され、副都心線との相互直通運転が開始されました。

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これによって山手線渋谷駅に対して、それまでは南にずれていた埼京線、湘南新宿ラインのホームを併設するスペースが確保され、2020年6月1日に併設された新ホームの供用が開始されました。将来的には現在、内回り外廻りで別のホームとなっている山手線ホームを一本化するそうです。


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2020年7月23日 (木)

首都圏の駅の変化 その2 千駄ヶ谷駅

今回は昨日の原宿駅同様にそれまであったホームを常設化し、上下分離した千駄ヶ谷駅のケースです。所在地は渋谷区千駄ヶ谷一丁目で、渋谷区内の鉄道駅としては最も東に位置します。

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駅周辺にはかつて南側に青山練兵場(現在は神宮外苑)、北側には輜重大隊(現在の慶応病院)があり、それらのための軍用駅として1894年9月23日に新宿駅~青山軍用停車場間に線路が敷設され、同年10月9日には甲武鉄道市街線として新宿~牛込間が開業しました。

1904年8月21日で、甲武鉄道の駅として開業しました。1906年10月1日、甲武鉄道が国有化され、官設鉄道の駅となりました。1909年10月12日、線路名制定で中央東線(1911年から中央本線)の所属となりました。1945年5月の東京大空襲では駅舎が被災し、同年12月に木造バラック駅舎が建造されました。

1958年1月、アジア競技大会開催により改築され、1964年9月には東京オリンピックに合わせて線路の南側に臨時ホームが新設されました。1986年10月23日、16:30頃、国立競技場からの観客5000人が改札に殺到し将棋倒し事故が起こり、46名が負傷しました。

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160418-2 2016/4/18 1964年に設置された臨時ホーム

170911 2017/9/11 臨時ホームの常設ホーム化工事

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原宿駅同様、2020年の東京オリンピック、パラリンピックの開幕にあわせ、2016年9月18日、駅ホーム、駅舎等の改良工事が発表され、2019年10月27日、新駅舎の供用が開始、2020年3月22日、緩行線西行きのホームが新ホームとなり、同年6月13日からはホームドアの使用が開始されました。

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2020年7月22日 (水)

首都圏の駅の変化 その1 原宿駅

2020年7月、8月にそれぞれ開幕する予定だった東京オリンピック、パラリンピックで海外から多くの人間が日本に来る予定であったため、首都圏のJR東日本のいくつかの駅では改良工事が進められました。その中から、今回は原宿駅の改良工事について触れようと思います。

原宿駅は渋谷区神宮前一丁目にあります。駅名の由来は開業当時、近隣にあった東京府豊多摩郡千駄ヶ谷村大字原宿に由来するそうです。開業は1906年10月6日日本鉄道の駅として開業しました。同年11月1日には日本鉄道は国有化され、国有鉄道の駅となりました。貨物営業も同時に開始されました。1909年10月12日、線路名称制定で山手線所属の駅となりました。所在地は現在の場所より、代々木よりにあったそうです。

開業当初は乗降客が少なかったようですが、1920年11月1日に明治神宮が完成し、乗降客がふえました。現在地に移動したのは1924年6月のことで、このときに鉄道省技師の長谷川馨の設計によるイギリス風木造駅舎が竣工しました。

141011-2 2014/10/11 原宿駅側部乗降場(宮廷ホーム)有効長217m、ホーム長171mで敷地内にはホームの他に信号扱い所、貴賓室、待合室があります。

1925年10月15日に大正天皇が日光、沼津、葉山の御用邸へ静養に出発する目的で原宿駅側部乗降場(宮廷ホーム)が完成しました。実際に大正天皇が利用されたのは1926年8月10日の葉山御用邸に向かわれるときことで、同年12月25日に葉山御用邸で崩御され、生前のご利用は1回限りでした。同27日、皇居に戻る際の霊柩列車が同ホームに到着したとのことです。

昭和時代は昭和天皇・香淳皇后が那須御用邸、須崎御用邸、全国植樹祭に向かわれる際に運行されるお召列車が年に数回発着していました。天皇がこのホームを利用される際には三権の長、国務大臣、国鉄総裁、東鉄管理局長が揃って「お見送り」するのが国鉄時代の慣わしでした。さらに1979年201系試作電車展示、1988年のパビリオン列車「アメリカントレイン」などの各種イベントにも用いられました。

平成時代になると天皇・皇后は東京駅を利用することが多く、お召列車の運行も稀となり、最後に皇室専用ホームを利用したのは2001年5月21日の第52回全国植樹祭からの帰途であり、それ以来皇族の皇室専用ホームの利用はありません。近年は埼京線の延伸、湘南新宿ラインの開通などで山手貨物線のダイヤが過密となり、お召列車の運行には不適切となっている事情もあるようです。

141011 2014/10/11 工事開始前の臨時ホーム

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一方、原宿駅には外回り線の反対側に明治神宮の参拝客で混雑する年始用の臨時ホームがありました。今回の駅改良工事では1924年6月に建てられた木造駅舎の解体、新駅舎建設、そして年始用臨時ホームの外回り用ホームとしての常設化がメインテーマでした。

工事は2016年6月8日に発表され、常設化されたホームにはエレベータ、エスカレータが設置され、トイレ、表参道改札口と通路の拡張がなされました。2020年3月21日から供用開始となりました。

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2020年7月21日 (火)

中央・総武緩行線のE231系0番台 現状

中央・総武緩行線は最初にE231系が投入された路線でした。
まず1998年10月に東急車両製造(1~5号車)とJR東日本新津車輛製作所(6~10号車)で製造された209系950番台が1編成投入されました。この編成は1992年901系(後の209系900・910・920番台)、209系E217系E501系などからなるVVVF制御、交流誘導電動機駆動の系列に次ぐ第二世代のVVVF制御車両の試作車として試験が行われ、2000年3月27日から営業運転に投入されました。10両編成においてMM'モハユニットが2組あり、一方は三菱電機製の3レベルインバータ(後に通勤タイプで採用)他方は日立製作所製の2レベルインバータ(後に近郊タイプで採用)の2種類が1ユニットずつ搭載されました。

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2007/1/3 市川 E231系901B 試作(量産先行)編成

試作編成の試験の結果は良好で、同線における103系、201系編成の置き換えが急務であったことから、2000年3月13日からは量産形0番台編成も投入され、同年6月にはE231系900番台に改番されました。

E231-1-091004 2009/10/4 市川 量産1号編成

量産形編成の1~3は東急車輛製造で製造されましたが、27・28編成を除く4~42編成はJR東日本新津で製造され、その後、0番台は常磐快速線・成田線用に投入され、その後301系の廃車代替で57編成(2002年12月改正)、2006年10月・11月の京浜東北線209系試作車編成の置き換えで209系500番台3編成の浦和転属補充で80~82編成が再び総武・中央緩行線に投入されました(これら4編成は東急車両製造製)。所属も初期の編成21本は習志野電車区所属でしたが、2003年12月209系500番台、E231系は三鷹電車区に統合されました。

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209系500番台 C501~C511、C515 ,C516の13編成

201604e231
E231系0番台 B1~B42,B57、B80~B82、B901編成の47編成

2016年4月時点での三鷹車両センタ―配置編成

2017年春から山手線にE235系が投入されることになり、それまで山手線で活躍中のE231系500番台11両編成からサハE231形4600番台を抜いた10両編成が中央・総武緩行線に投入されることとなり、0番台は209系500番台とともに武蔵野線、川越線、八高線に転属することになりましたが、山手線のE231系500番台は52編成しかなく、8編成分不足することになります。さらにE231系500番台は6M4T編成のため、0番台も性能を揃えるために6M4Tに組成を変更する必要があります。

E231
6M4T化されたE231系基本番台

E231-b26-200705 2020/7/5 秋葉原 6M4T化されパンタが3丁となったB26編成

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2020年7月20日 (月)

中央快速線E233系基本番台 12年3ヶ月ぶりの10両貫通編成製造

JR東日本の中央快速線用E233系基本番台編成は2020年4月1日の時点では10両貫通のT編成(T1~T42)と6+4分割のH編成(H43~H59)から構成されていました。最初に落成したのはH43編成で2006年9月22日でした。T1編成は2006年11月1日落成、最後に登場したのはT42編成で2008年2月29日に落成でした。

E233系基本番台としては青梅、五日市線用に6両、4両編成(青660~669)、(青460~467)編成も10両編成とは別に製造されており、これらは2007年11月から2008年3月にかけて製造されました。青661編成の東京寄り5両は踏切事故で廃車となり、同じ番号の車両が後日新製されました。また青670編成2016年11月に大宮総合車両センターに入場し、南武線用に改造され、ナハN36編成になりました。

E233系の特徴のひとつは編成の各形式の末尾2桁の番号を揃えていることでE231系の10連などでは10両編成中にTcが2両、MM'ユニットが2組もしくは3組、Tが2両、もしくは3両の場合、編成中で続き番で番号が進むため、末尾2桁の番号は揃いませんでしたが、E233系では3組のモハユニットを東京寄りから、0番台、200番台、400番台とすることで編成内で番号が進むのを抑え、サハ2両も5号車CP搭載を500番台、6号車CP不搭載を0番台とすることで編成内で別番号としました。もっとも6+4分割編成に関しては6,7号車のクハE232 、クハE233は500番台となり、H43から501の番号が振られ、4連のモハユニットも601から番号が振られることで、編成内下二桁番号の一致は崩れました。

E233-t71-200711
E233-t71-200711-6
2020/7/11 中野 E233系 T71編成

そしてグリーン車2両の挿入、トイレ設置の改造工事が始まり、入場に伴う車両不足に対処するため、常磐緩行線/東京メトロ千代田線乗り入れ用に活躍していた209系1000番台2編成(マト81、82)を中央快速線に転属させましたが、E233系を12年3ヶ月ぶりに新製することになり、2020年6月11日に新編成1編成がJ-TREC横浜で落成、T71 10連貫通編成となり、7月6日から営業運転に入りました。

Dsc01349

Dsc01350  22020/7/19 千駄ヶ谷

トイレ設置工事はされておらず、最大の特徴はこれまでの10連T編成では東京寄りクハE233と高尾よりクハE232の番号は揃っていましたが、クハE233は青670編成の続きで71番となったのに対し、高尾よりクハE232は青467編成の続きで68となっている点です。サハE233-500、-0に関してはT42の続番で543、43、モハE233-400 番台もT42の続番で443となりました。中央快速線10両貫通、6+4分割、青編成による複雑な事情を反映した結果、複雑怪奇な番号構成の編成となりました。

 

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2020年7月17日 (金)

2020年3月14日のダイヤ改正で登場した「サフィール踊り子」用E261系

昨日のE257系2000番台と共に251系スーパービュー踊り子」に代わって登場したE261系サフィール踊り子」の紹介です。

サフィール"Saphir"とはフランス語で宝石のサファイアのことで、伊豆の海と青い空をイメージし、上質・高級で優雅な旅を楽しんで貰いたいという願いから命名されたとのことです。似た発音でサヒール”Sakhir"   というアラビア語がありますが、こちらはバーレーンの砂漠地帯を意味しています。

E261

E261系の最大の特徴は8両編成、全てがグリーン車であり、その中でも1号車はJR東日本初のプレミアムグリーン車であることです(大昔の1等車のように”イ”が使われ”クイE260”で登場するのかと思いましたが、クロでした)。2,3号車はグリーン個室、4号車はカフェテリア(ヌードルバー)となっており、サシの形式が与えられています。JR東日本の在来線特急のグリーン車は255系以降、4列配置が基本でしたが、E261系ではグリーン車は3列配置、プレミアムグリーン車は2列配置となりました。トータルデザインはJR東日本の新幹線E6,E7,E8系、観光列車「とれいゆ」、E235系、E353系、その他ジョイフルトレインを手掛けている奥山清行が率いるKEN OKUYAMA DESIGNが担当しました。製造は1~3号車を川崎重工業、4~8号車を日立製作所が担当し、現在までに2編成(RS1,RS2)が落成しています。両編成共に日立分は2019年11月8日、川崎分は2019年11月7日。所属は大宮総合車両センターです。

E261-rs1-200614

E261-rs1-200614-2 2020/6/14 有楽町 東京駅を11:00に出発したサフィール踊り子1号 RS1編成

主要諸元
最高運転速度 120 km/h
編成定員 164名
※4号車を含めると180名
編成重量 311.3 t
全長 20,508 mm (先頭車:21,430 mm)
車体長 20,000 mm (先頭車:20,935 mm)
全幅 2,946 mm
全高 一般部:3,850 mm パンタ部:3,600 mm
車体 アルミニウム合金
台車 軸梁式ボルスタレス台車 DT88(電動台車)TR272A・TR272(付随台車)
主電動機 外扇式全密閉かご形三相誘導電動機 MT79
歯車比 1:5.65
制御方式 日立製作所製フルSiC(SiC-MOSFET)VVVFインバーター制御
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置 ATS-P・ATS-SN

E261-rs2-200627
E261-rs2-200627-2 2020/6/27 高輪ゲートウエイ 16:44頃高輪ゲートウエイを通過するサフィール踊り子2号


2020年3月14日のダイヤ改正から、東京・新宿~伊豆急下田間で運転を開始しました。
サフィール踊り子 
1号 東京→伊豆急下田 2号 伊豆急下田→東京 毎日運転

3号 東京→伊豆急下田 月水金運転 4号 伊豆急下田→東京 月水金土日と祝日運転 5号 新宿→伊豆急下田 土日祝日運転 

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2020年7月16日 (木)

伊豆方面特急に進出したE257系改造車

E257系はJR東日本が2001年から2005年にかけ、日立製作所笠戸事業所、近畿車輛、東急車輛製造に発注し、製造した系列で

E257-m101-131231-2
2013/12/31 甲府 M-101編成

E257-m201-070324 2007/3/24 塩尻 M-201編成

E2570

0番台は基本編成9両(5M4T)16本(M-101~M-116)、付属編成2両(1M1T)5本(M-201~M-205)が製造され、「あずさ」、「かいじ」、「中央ライナー」、「青梅ライナー」、松本~長野間の快速列車に使用されてきましたが、2019年3月16日のダイヤ改正で定期運用は終了しました。                        

Dsc06077 2020/1/11 西立川 定期運用終了後、JR東日本八王子支社による快速「成田山初詣青梅号」に使用されるM-105編成

定期運用終了後は基本編成3本(一時的に4本、M-102, M-105, M-107, M-111)が大宮総合車両センター東大宮センターに常駐し、関東地区の波動輸送に充当されるようです。

E257-n13-200420-2
2020/4/20 東京 NA-13編成による特急「踊り子7号」

E2572000

これら以外の編成は半室グリーン車サロハを全室タイプに改造、他の車両の機器更新、発電ブレーキの撤去、シート交換、コンセント新設等のリニューアルが行われ、2000番台に番号を改め、特急「踊り子」として運用されている185系・251系を置き換えて行く予定です。
転用改造は秋田と長野で進められており、これまでに
NA-09 (M-112), NA-03 (M-103), NA-10(M-113), NA-04(M-104), NA-06(M-108), NA-08(M-110), NA-07(M-109), NA-13(M-116), NA-05(M-106)が2000番台となっています。

E257系0番台の付属編成5本に関しては現在、運用に就く目途がなく、長野総合車両センターに留置されており、M-203編成は「譲渡車両の為、部品取り禁止」の張り紙があり、M-205編成は塗装試験なのか、黒色塗装され話題となっています。
(追記、2020/8/18 鉄道ダイヤ情報によるとM-201~205編成に関しては2020/6/15付で除籍となったそうです)。

E257500-nb01-090815 2009/8/15 成東 NB-01編成

一方、房総方面特急用として5両編成(3M2T)19本(NB01~NB19)が日立製作所笠戸事業所、近畿車輛、東急車輛製造で製造された500番台2004年10月16日のダイヤ改正から「さざなみ」「わかしお」に投入、2005年12月10日のダイヤ改正からは「しおさい」「あやめ」に投入され、それまで運用されていた183系、189系特急を置き換えました。

E257500

しかし、2015年3月改正で横須賀線のライナー廃止、北総特急「あやめ」の廃止、房総・北総特急「わかしお」「さざなみ」「しおさい」の本数見直しが行われ、9本が余剰となりました。同改正で総武線ライナーへの投入、255系機器更新の予備編成としての活用もありましたが、2018年3月から豊田車両センターの189系が担っていた河口湖方面への波動輸送を受け持つことになり、

Dsc06060
20201/10 新宿 幕張に籍を置いたまま豊田に常駐となり、中央線内でよく見かけるようになったNJB-10編成

NB-10~NB-12編成が所属は幕張センターのまま、豊田車両センター常駐となりました。

さらにこちらも伊豆方面特急に投入されることが明らかとなり、NB-07編成が秋田で2500番台転用改造され、オオNC-32編成として大宮総合車両センターに転属しました。NB-06編成も同様も転用のためか、秋田に入場中です。

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2020年7月15日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 18 最後は新大阪駅でおおさか東線

2019年8月1日に東京を夜出発し、8月2日は岡山、倉敷、水島臨海鉄道、伯備線、井原鉄道、福塩線で府中まで、さらに福山から岡山に戻り、岡山電軌、津山線で津山に、8月3日は津山まなびの鉄道館見学、因美線で鳥取へ、若桜鉄道を訪問、8月4日は早朝、岡山駅で列車撮影、津山に戻り、柵原ふれあい鉱山公園の片上鉄道保存会の月に一度の公開イベントに参加、姫新線で姫路へ、8月5日は姫路城見学の後、播但線、加古川線に乗車し、予定では神戸電鉄で新開地方面に抜ける予定でしたが、時間が無くなり、加古川線で加古川へ、さらに新快速で大阪方面に向かいました。

Dsc03126 新規に開業したおおさか東線、路線記号はFでラインカラーはブルーグレー

最後に見ておきたかったのは3月16日のダイヤ改正で開通したおおさか東線でした。
おおさか東線は城東貨物線の施設や用地を活用し、旅客線化したもので大阪外環状鉄道(株)が事業主体となり、2008年3月に放出~久宝寺間9.2kmの南区間が開業、2019年3月に新大阪~放出間11.1kmが開業しました。

020621-3 2002/6/21 当時の新大阪駅 東側(右奥)にホーム一本分の空き地が用意され、手前の梅田貨物線の線路間にもホーム用地があります。

おおさか東線の開業で新大阪駅の在来線ホームは東海道新幹線開業以来の4面8線に対して東側に1本増設され5面10線となりました。
計画当初は東側のスペースにホームを増設し、そこに大阪外環状線(当時の名称)が乗り入れる予定だったようですが、2008年3月に南区間が開業した際に神崎川北方で東海道本線をオーバクロスし、梅田貨物線に合流する形で新大阪駅に乗り入れ、さらに梅田貨物線を使用し、2023年春に大阪駅(うめきた地下駅)に乗り入れるように計画変更されました。東側に増設されたホームにそれまで17/18番線発着の大阪・山陰方面特急、福知山線特急を移し、1年かけて空いたホームを改修し、そこに神戸線・宝塚線西行きを移しを繰り返し、従来の11/12番線ホームを空け、ここにおおさか東線を発着させ、番号も1/2と振り直しました。

Dsc03122_20200714182301



Dsc03123_20200714182101 2019/8/5

020621 2002/6/21 
従来、京都と関西空港、和歌山方面を結ぶ「はるか」「くろしお」などの特急は11番線を使用しており、単線扱いでしたが、

Dsc03130 3,4番線として複線扱いとなり、当駅での行き違いも可能となり、ダイヤ上のネックが解消されました。

Dsc03128

Dsc03129

おおさか東線の発着と同様に「はるか」のこういった発着風景も新鮮でした。

191020_20200714190501 2019/10/20

この旅行では新大阪駅で見るだけでしたが、2019年10月に関西を再訪した際に、放出まで乗車しました。

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2020年7月14日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 粟生からの神戸電鉄

昨日の北条鉄道に対して粟生駅には神戸電鉄粟生線の発着しています。

Dsc03110 2019/8/5 JR加古川線粟生駅ホームの乗り換え表示

播州鉄道が建設した路線に三木線(1916年11月22日開業)があり、国有化、さらに第三セクターかされ、三木鉄道三木線となり、厄神駅~三木駅間6.6kmを結んでいましたが2008年4月1日を限りに廃止されてしまいました。一方で三木町から神戸市方面を結ぶ鉄道として神戸有馬電気鉄道に対して、武庫郡山田村~美濃郡三木町間の鉄道敷設免許が1928年7月4日交付され、1936年6月29日三木電気鉄道が設立され、敷設権は神戸有馬電気鉄道から三木電気鉄道に譲渡され、同年12月28日、鈴蘭台駅~広野ゴルフ場前駅間が開業しました。本来は電気鉄道として電化路線で開業すべきでしたが、電化工事が遅れたため、芸備線からガソリンカーを借り受けての開業となりました。1937年4月15日には電化が完成し、電車による運転が開始されました。その後、粟生方面に向けた路線の延伸が進められ、粟生まで全通したのは1952年4月10日のことでした。戦争直後の1947年1月9日には神戸有馬電気鉄道が三木電気鉄道を合併し、神有三木電気鉄道に社名変更しています。さらに1949年4月30日には神戸電気鉄道に社名を改めました。

Dsc03094_20200713160901
6500系 2016年5月21日に営業運転を開始した神戸電鉄の最新タイプ Mc1-T-Mc2の3両編成 6編成在籍

Dsc03113_20200713160901 1100系 1965年から1991年にかけ106両製造されたタイプ 

1990年代初頭までは沿線のニュータウン開発が進んだ会計で輸送人員が伸びていましたが、1990年代後半になると路線バスとの競合が影響し、輸送人員は激減しました。さらに急勾配(50‰:鈴蘭台駅 - 木津駅間)最小曲線半径165mの急カーブが続く線形で運行コストがかかり、単線区間も多いという問題を抱える路線であり、沿線に集客量を期待できる観光スポットもなく、2000年代に入ると存続の危機が叫ばれるようになりました。山陽道の開通や、JRの新快速の充実で加古川線経由の方が早く到着可能という点も粟生線には不利に働きました。粟生線活性化協議会の発足や公的支援の拡充など、何とか路線を存続させる努力が続けられていますが、経営が厳しい状況な抜け出していないようです。

昨日の北条鉄道、そして今回の神戸電鉄ともに粟生駅での写真撮影のみで実際には乗車していません。近い将来、関西地方を再訪する機会があれば、是非今度はそれぞれの路線に乗車してみたく思います。

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2020年7月13日 (月)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 粟生からの北条鉄道

現在、加古川線の粟生駅からは北条鉄道北条線と神戸電鉄粟生線が出ています。

Dsc03107

Dsc03096
2019/8/5 粟生駅跨線橋の北条鉄道乗り場表示
Dsc03108
左が北条鉄道、右2線がJR西日本加古川線、さらに右後方に神戸鉄道粟生線のホームがあります。

国鉄北条線は加古川水系の舟運を代替する目的で播州鉄道が建設した路線で1915年3月3日に粟生~北条町(13.6km)が開業しました。前の記事で記述したように播州鉄道は1923年12月21日に全路線と播丹鉄道に譲渡、1943年6月1日に国有化され国鉄北条線となりました。国鉄時代には加古川から北条線に直通する列車も設定されていました。
1974年10月31日限りで貨物運用は廃止され、旅客輸送も廃止の一途を辿りました。1980年の国鉄再建法では第一次特定地方交通線に指定され、1981年9月18日に廃止が承認されました。

兵庫県や地元自治体は鉄道存続を検討し、1984年5月25日に第三セクターへの転換を決定し、同年10月18日北条鉄道株式会社が設立、1985年3月31日限りで国鉄北条線は廃止され、翌日から継承された北条鉄道北条線が開業しました。

Dsc03102

Dsc03100
Dsc03098_20200712112901

車両は開業に合わせ3両のフラワ1985形DC(1985-1~3)が導入されました。富士重工業製ローカル線向けDC LE-CarIIシリーズで2輪軸、ワンマン運転向けの車両でした。同じく播州鉄道が建設し、似たような歴史を辿った三木鉄道ミキ180形も基本構造・性能はほぼ同じでした。
フラワは加西市の兵庫県立フラワーセンターに由来しています。
2000年から後継車フラワ2000形が代替導入され、2009年までに形式消滅しました。

Dsc03099_20200712112901

フラワ2000形はボギー台車のLE-DCシリーズで、(2000-1~3)の3両が導入されました。2両は新製車ですが、-3は三木鉄道のミキ300-104を同鉄道線の廃止後譲渡されたものです。

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2020年7月10日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 西脇市まで往復 その3 125系

加古川線の車両、今回は125系です。

Dsc03073 2019/8/5 厄神 加古川から乗車してきたクモハ125-10

この系列は1990年松山地区の電化開業で登場したJR四国の7000系以来2例目となる営業用両運転台車両です。JR西日本では国鉄時代に製造された近郊型車両や荷電などを編成短縮改造し、管内の電化ローカル線に投入することで対処してきましたが、小浜線と加古川線の電化では地元自治体からの要望と財政的補助もあり、新車の投入となりました。アーバンネットワーク用車両の設計思想を基に省エネルギー、運用効率や快適性の向上を目指し新規に開発された車両です。川崎重工業車両カンパニーが製造を担当し、2002年から2008年にかけ18両が製造され、第一次車8両(1~8)が2003年3月15日から小浜線、第二次車4両(9~12)が2004年12月19日から加古川線、第三次車6両(13~18)が2006年10月21日から舞鶴線に投入されました。小浜線、舞鶴線の車両は敦賀地域鉄道部に所属、加古川線の車両は網干総合車両所に所属、加古川派出所に配置されています。なお、小浜線電化開業当初はDC電化は小浜線ホーム、留置線のみだったため、約3年半は福知山運転所電車センターに配置されていました。

Dsc03078
厄神駅の谷川寄りには車両基地、加古川派出所があり、ここに125系や103系が休んでいます。

Dsc03079_20200709192701
厄神折り返しの車両は一旦、車両基地に引き上げてから上り方面に入線します。

Dsc03103_20200709193001  粟生に到着する西脇市行きの車両

Dsc03081
製造銘板

主要諸元
編成 両運転台付単行車(0.5M)
電気方式 直流 1,500 V (架空電車線方式)
最高運転速度 小浜線・加古川線: 85 km/h 北陸本線: 120 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s 1.2 km/h/s (小浜線内)
減速度(常用) 3.7 km/h/s
車両定員 1+2列:31(座席)+86(立席)=117人 2+2列:46(座席)+67(立席)=113人
自重 40.5 t
全長 20,340 mm
全幅 2,950 mm
全高 3,630 mm
車体 ステンレス製
台車 軸梁式ボルスタレス台車 電動台車:WDT59A 付随台車:WTR243B
主電動機 かご形三相誘導電動機 WMT102B形
主電動機出力 220 kW × 2
駆動方式 WNドライブ
歯車比 1:6.53
定格出力 220×2 = 440 kW
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置 WPC14形(1C1M 2レベル)
制動装置 電気指令式ブレーキ(回生ブレーキ付)
保安装置 ATS-SW ATS-P(敦賀車のみ)
列車防護無線装置 EB・TE装置

125という形式はJR東日本の113系の形式としてサロ124形、サロ125形がありますが、こちらはクモハ125形のみで車両番号の重複は起こっていません。

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2020年7月 9日 (木)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 西脇市まで往復 その2 103系3550番台

加古川線の旅、今回は車両編、まずは2004年12月19日の電化にあわせて準備された103系の話題です。

Dsc03095
2019/8/5 粟生 クモハ103-3551
Dsc03090_20200708181201

2019/8/5 西脇市 クモハ102-3551

森ノ宮電車区や奈良電車区に配置され、体質改善40N工事施工済みだったモハ103/102形のMM'ユニットに運転台を取り付ける改造が吹田工場と下関車両センターで施工され、ワンマン運転対応の2両編成8本が準備されました。九州の唐津線、筑肥線・福岡市営地下鉄1号線(空港線)直通運転用の1500番台と似た貫通スタイルでの落成となりました。

谷川方制御電動車  モハ103-659・660・714・715・726・728・730・731→クモハ103-3551 - 3558
 3555・3556・3558は運転台側屋根上に冬期架線霜取用パンタグラフを増設

加古川方制御電動車 モハ102-815・816・870・871・882・884・886・887→クモハ102-3551 - 3558
 洋式車椅子非対応トイレを設置

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2020年7月 8日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 西脇市まで往復 その1

播但線を姫路~和田山間往復し、再び姫路に戻った後は山陽本線を東進し、加古川に向かい、加古川線に乗車しました。

Dsc03086 2019/8/5

Dsc03072
この線も加古川が作った平地に沿って山陽本線と福知山線谷川駅を結ぶ陰陽連絡線で播州鉄道1913年4月1日、加古川町駅~国包(現在の厄神駅)間7.56kmを開業させたのが始まりです。同年8月10日には野村駅(現在の西脇市)まで延伸しました。1915年5月14日、加古川町駅は国有鉄道加古川駅に統合されました。1923年12月21日、播州鉄道は路線を播丹鉄道に譲渡しました。1924年12月27日、野村~谷川間が延伸開業し、現在の加古川線が全通しました。

路線データ

管轄(事業種別):西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ):48.5km
軌間:1067mm
駅数:21(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流1500V)
閉塞方式:自動閉塞式(特殊)
運転指令所:大阪総合指令所加古川支所
最高速度:85km/h


1943年6月1日、播丹鉄道が国有化さ、加古川線となり、1958年6月10日には全列車が気動車化、1972年3月15日、蒸機の全廃、1986年11月1日には貨物駅業が廃止されました。1990年4月1日、野村駅と鍛冶屋駅を結んでいた鍛冶屋線(延長13.2km)がこの日を以て廃止され、野村駅は西脇市駅と改称されました。加古川線にはこれ以外に厄神駅から三木駅までの三木線(後の三木鉄道2008年4月1日に廃止)、粟生駅から北条町駅までの北条線(後の北条鉄道)、加古川駅から高砂駅までの高砂線(1984年12月1日に廃止)がありました。これらは国鉄に買収される前はいずれも播丹鉄道の路線でした。

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鍛冶屋線の野村~西脇間は地勢的に西脇市の中心を通る路線で利用者が多く、加古川~野村~西脇~鍛冶屋や西脇~野村~谷川と直通運転される列車が設定され、実質的に「本線」と言われていました。
1995年1月の阪神淡路大震災では播但線同様に寸断された山陽本線の迂回路線としての役割が期待されましたが、単線非電化がネックとなりました。このため電化の必要性が叫ばれ、2004年12月9日全線が電化されました。総事業費60億円のうち、45億円はJR西日本と沿線自治体が負担し、残る15億円は沿線地域での募金で民間負担となりました。

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2020年5月1日現在、加古川~谷川間全線通しで運転される列車は1往復のみで、厄神、西脇市で運転系統は分かれています。全列車が全線でワンマン運転されています。加古川発で見ると、厄神行きと西脇市行きが交互に運転され、西脇市から先は交換設備がないため、1編成が走る運転となっており、1日9往復、土曜休日は8往復で、3時間ほど列車が無い時間帯もあります。

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2020年7月 7日 (火)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 優等列車の歴史

現在、大阪~香住、浜坂、鳥取間を結ぶ特急「はまかぜ」が播但線を走っていますが、播但線の優等列車の歴史は1952年に神戸と豊岡を結ぶ快速列車として「たじま」が運転されたのが始まりで、最初は蒸機牽引の客車編成でした。1960年の準急列車化で気動車化され、神戸~豊岡間を2時間台で結ぶようになりました。1953年3月15日には城崎温泉への観光客輸送列車として大阪~城崎間に快速列車「ゆあみ」が運転開始され、こちらは1958年に準急列車化されました。1961年10月1日に「たじま」は「但馬」となり、1965年10月1日、「ゆあみ」は「但馬」に統合されました。1966年3月5日、準急列車は制度変更で急行列車となりました。

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82-740929-3a-edit1975/3 大阪駅に発着するキハ82形特急「はまかぜ」

特急「はまかぜ」が登場したのは1972年3月15日、新幹線岡山開業のダイヤ改正で新大阪・大阪~鳥取・倉吉間に2往復設定されました。車両はキハ82形を先頭にした80系特急車両でした。播但線内は無停車だったため、同線内の需要は急行「但馬」が担いました。当初は
指定ーGー食堂ー指定ー指定ー指定ー指定 (ハロシハハハハ)と 指定ーGー指定ー指定ー自由ー自由 の2編成でした。
1975年3月10日の改正には特急「おき」との編成共通化で食堂車が無くなりました。

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大阪駅 
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新大阪駅 キハ181系化された「はまかぜ」

18145-060621 2006/6/21 元町

1982年7月1日、「やくも」の電車化で余剰化したキハ181系での運用が開始されました。
1986年11月1日の改正では「まつかぜ」の運転終了、但馬の特急格上げを兼ねて「はまかぜ」は3往復に、「但馬」は2往復に
1996年3月16日、「但馬」は廃止、阪神淡路大震災復興の間に2往復になっていた「はまかぜ」が3往復に
このときのダイヤ改正は急行列車を廃止し、大阪、京都から播但線、山陰本線、京都丹後鉄道で結ばれる城崎温泉、天橋立、東舞鶴方面をビックXネットワークとし、特急列車を充実させようというものでした。

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2019/8/5 香呂を通過する189系「はまかぜ」

2010年11月6日を以てキハ181系の運用が終了し、翌11月7日より、キハ189系による運転開始

登場した際には姫路、和田山以外の播但線内各駅には停車しなかった「はまかぜ」ですが、1998年3月14日に生野駅に停車するようになり、現在は福崎、寺前、生野、竹田(一部)駅に停車しています。

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2020年7月 6日 (月)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 非電化区間編

前回の記事に続き、今回は播但線の寺前以北の非電化区間編です。

Dsc03016 2019/8/5 寺前 キハ40 2046 と キハ41 2005の2両編成

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近畿地方の日本海側にはかつて113系の3800番台という旧国まがいの顔をした変顔電車がいましたが、キハ41キハ47の連結面に運転台を付けたかなりの変顔の持ち主です。

Dsc03028_20200705212501 和田山でキハ41は切り離され留置線に こちら側から見ると一見、キハ47が1両切り離された様にみえますが

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Dsc03033 サイドからみると窓のない部分が随分長いです。この部分は新造の切妻前面構体が接合されており、運転台の後にはトイレと水タンクが増設されています。

非電化区間を走る気動車は福知山電車区豊岡支所所属の車両でキハ40形2000番台3両、そして最大の注目車両キハ41形2000番台5両が旅客用に配置され、さらに除雪用(事業用気動車:ラッセル車)としきキヤ143形が2両配置されています。キハ47形0番台7両、1000番台4両は山陰本線のみですがキハ40、41は播但線、山陰本線で活躍しています。

キハ41形は1998年の播但線寺前電化の際に非電化区間の気動車単行運転用にキハ47形1000番台に運転台を増設して誕生した形式で5両
キハ47 1009・1010・1024・1039・1105 → キハ41 2001 - 2005
が鷹取工場で改造されました。

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2020年7月 3日 (金)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 16 播但線の旅 電化区間編

2019年8月1日に東京を出発し、岡山、広島、鳥取と旅し、最終日のメインは山陽本線と山陰本線をそれぞれ結ぶ、陰陽連絡線、播但線と加古川線の乗車です。

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2019/8/5 姫路 

播但線は地形的には市川、円山川が形成する谷に沿って陰陽連絡をしており、姫路~寺前までの平坦区間が1998年3月に電化されました。

線路にほぼ沿う形で国道312号、播但連絡道路が走っていますが、播但鉄道が線路を敷設するまでは生野銀山と姫路市の飾磨港を結ぶ生野銀山寮馬車道が存在していました。

路線データ
営業キロ 65.7km
駅数 18 両端駅を含む
全線単線
電化区間 姫路~寺前 DC1500V
閉塞方式 自動閉塞式(特殊)
交換可能駅 青倉駅以外の全駅
最高速度 姫路~福崎、寺前~和田山 95km/h 福崎~寺前 110km/h
運転指令所 福知山運輸指令所

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BH3とBH9編成はパンタグラフが2014年に2基となっています。

電化区間を走るのは103系3500番台(網干総合車両所配置)です。

3500番台はJR東日本でも八高線電化時の1996年3月TcMM'T'cの4連が1編成0番台から改造されて投入されましたが、こちらはMcM'クモハ103形2500番台(元は片町線用改造されたクモハ103形5000番台分割併合装置付きの車両で5001はクモハ103形0番台から、他はモハ103形に運転台を設置:クモハ103-48・モハ103-248・249・241・295・304・427・435・480・485・499・727・729・770・772・780→クモハ103-5001 - 5016)で片町線に207系が投入された1992年に-5001は現番号に復帰、-5002以降は-2501から-2515になり、大和路線などに転用されました。そして1997年から1998年にかけて播但線に投入されるため、クモハ103形3500番台+クモハ102形3500番台(運転台取り付け)に9編成改造されました。103系初の2両編成です。

クモハ103-2506・2508 - 2515→クモハ103-3501 - 3509
モハ102-583・636・641・655・883・885・2027・2029・2037→クモハ102-3501 - 3509

Dsc03068_20200702190301 3501のBH1編成は体質改善40N施工車で乗降ドアのガラスの支持方が205系と同様であり、ガラス周りに金属フチがない異端車で種車のクモハ103-5007時代の延命N40工事時に交換されたものがそのまま残されているからです。

1033506-111226-2 2011/12/26 姫路 かつてはこのような色物編成もありました。

Dsc03014 溝口での列車交換

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Dsc03067 電化区間の終点、寺前 非電化区間に向かい乗客に対して同じホームの反対側に気動車が入線します。

Dsc03009 車内の様子 

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2020年7月 2日 (木)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 15 姫路市内散策と姫路城 2

早朝の姫路市内散策、JR姫路駅、山陽姫路駅周辺を見学した後、市街地を北へ進み、姫路城へ向かいました。

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2019/8/5

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姫路城の築城は1336年(元弘3年)村上源氏の血を引き、播磨の地の守護・赤松則村(円心)が元弘の乱において後醍醐天皇の皇子・護良親王(大塔宮)の命で挙兵し、京に向かう途中、姫山(日女道丘)に砦を築いたのが発端だそうです。1346年(正平元年)には円心の次男・貞範により、姫山に本格的な城が築かれました。

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城主はかなり頻繁に交代しており、1441年(嘉吉元年)の嘉吉の乱では赤松満祐父子が足利六代将軍義教を暗殺し、自害したため山名持豊が姫路城主となりました。その後の1467年の応仁の乱では赤松政則が姫路城を陥落し、領国を回復、本丸、鶴見丸が築かれました。後に一族の小寺氏、重心の黒田氏が城を預かりました。

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1580年(天正8年)、羽柴秀吉の中国攻略のために黒田孝高が秀吉に城を献上、このとき3層の天守が建造されました。1600年(慶長5年)関ケ原の合戦後、池田輝政が城主となり、城郭は拡大し、今日のような形態になりました。

1600年~1617年 池田氏 輝政・利隆・光政
1617年~1639年 本多氏 忠政・政朝・正勝
1639年~1649年 松平氏 忠明・忠弘・直基・直矩
1649年~1667年 榊原氏 忠次・政房
1667年~1682年 松平氏 直矩
1682年~1704年 本多氏 忠国・忠孝
1704年~1741年 榊原氏 政邦・政祐・政岑・政永
1741年~1749年 松平氏 明矩・朝矩
1749年~1868年 酒井氏 忠恭・忠以・忠道・忠学・忠宝・忠顕・忠績・忠惇・忠邦

池田氏以降、親藩・譜代大名の城として、西国の外様大名の監視の拠点として、また天守閣を火災で失った江戸城の代わりとして姫路城は版籍奉還までの270年間6氏31代が城主を務めました。

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明治時代初期に百円で払い下げられましたが取り壊し費用が膨大のため取り壊されず、後に陸軍歩兵第10連隊の駐屯地となり、大小天守群・櫓群が国費で保存されました。
1931年、国宝に指定、1956年8年計画で昭和の大修理、1993年ユネスコ世界文化遺産に登録、2009年平成の大修理、2015年に平成の大修理が終了し、グランドオープンとなりました。

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2020年7月 1日 (水)

2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 15 姫路市内散策と姫路城

姫路で迎えた朝、ホテルは姫路駅に近かったので、まずはJR姫路駅、山陽電鉄姫路駅、そして国宝姫路城(白鷺城)を訪問することに致しました。


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2019/8/5 姫路駅 山陽本線(上)と播但線(下)の駅名標

JR姫路駅は兵庫県下では県庁所在地の神戸駅や三宮駅よりも大きな駅舎、駅ビルを持つ駅で駅長が配置された管理駅として姫路市内にある山陽本線のひめじ別所駅から網干駅までの各駅を管轄しています。山陽本線以外に、播但線、姫新線、そして山陽新幹線が乗り入れる駅でもあります。


Dsc02971 北口

Dsc02967 南口


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北口駅前広場



開業は1888年12月23日で、同年11月1日に兵庫~明石間が開業した山陽鉄道が、姫路まで延長開業したときでした。なお、兵庫~神戸間の開業は1889年9月1日でした。当時、姫路城内には陸軍歩兵第10連隊が設置されていたこともあり、山陽鉄道の駅は市街地の中心に設置されました。1889年には当駅で日本最初の駅弁が販売されたそうです。播但鉄道が乗り入れたのは1894年で同線は山陰地方とを連絡する陰陽連絡線としてのみならず生野銀山の銀を輸送する役割がありました。1903年6月1日には経営状態が苦しかった播但鉄道が路線を山陽鉄道に譲渡、さらに1906年12月1日には山陽鉄道が国有化されました。姫新線は昨日の記事にあるように1930年に開業しました。電化は1958年に明石から姫路まで電化されました。小学生の頃、母の故郷、萩まで東海道・山陽ルートで行った頃はここで電機から蒸機へ機関車交換が行われていたのを記憶しています。


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山陽電鉄 山陽姫路駅 山陽百貨店の2階に頭端式ホーム4面4線を有する

長距離の国鉄に対して近距離輸送を担う本格的都市間輸送を担う鉄道として1923年8月19日に明石~姫路間で開業したのが神戸姫路電気鉄道、現在の山陽電気鉄道です。並行する路線間では乗客を奪い合う熾烈な競争が繰り広げられ、山陽電鉄が1948年に日本における戦後初のロマンスカー車両820形を投入すると国鉄はC62を東灘信号所で転向させ神戸~姫路間で列車増発し、1972年の新幹線岡山開業以降は新快速に153系、165系、そして117系、221系と続々、高速フリークエントサービスを充実させてゆきました。

1995年1月の阪神・淡路大震災では震災で分断された山陽新幹線やJR神戸線の迂回ルートとして播但線が用いられた関係で乗り換え客で駅は大混雑しました。

在来線の連続立体交差事業は1989年から開始され、1995年8月6日から高架化工事も開始、2006年3月26日にJR神戸線・山陽本線のホームが、2008年12月22日には播但線・姫新線のホームが高架化されました。

Dsc02966 姫路駅周辺ではこういったカラーの神姫バスをよく見かけます。


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