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2020年8月20日 (木)

中央・総武緩行線 使用車両と運用番号の変遷

数年前、中央・総武緩行線は209系500番台13本、E231系量産先行試作編成1本、0番台編成46本が活躍していましたが、2015年3月に山手線にE235系0番台の新製投入(最終的に2019年12月17日までに50本投入)が開始され、それまで活躍していたE231系500番台11両編成52本からサハE231-4600番台を除いた10両編成が中央・総武緩行線に転属しました。それに伴い、209系500番台は武蔵野線、八高線・川越線に転属し、E231系0番台も多くが常磐快速線、武蔵野線、八高線、川越線(E231系3000番台)に転属しました。E231系500番台の転入だけでは不足する編成分はE231系0番台6本を4M6Tから6M4Tに組換え、従来から連結されていた6扉サハE230はその際に廃車となりました。なお、E231系500番台に連結されていたサハE231-4600番台のうち、4602、4604、4605、4606の4両は編成数が52本から50本に減ったことと、新製のタイミングの関係でトウ04、05編成にサハE235-501,502が組み込まれたことから、E235系への改造・組み込みが見送られ、現時点では車籍は有する者の余剰車となっています。

E231500-a506-200810-2 2020/8/10 飯田橋 ミツA506編成

E231系500番台編成に関してはトウ520が2014年10月28日にミツA520編成として三鷹に転入したのを皮切りに2020年3月3日のA506編成まで52編成がサハE231-4600番台を残して三鷹に転属しました。わたしもデジカメ時代以降は首都圏の通勤車両に関しては全編成を記録することを目標にしており、E231系500番台の中央・総武緩行線で活躍する姿を小平~つくば往復の行程で記録してきました。最初は運用などを気にせずに来た編成を片っ端から記録していましたが、ある時点からはその日の編成の運用状況をネットでモニタしながら撮り残した編成を効率的に追っかけるようにしました。その結果、最後に残った編成がA546編成でした。

201 東中野 201系 運用番号はB

205-21-940801-edit 西荻窪 205系 運用番号はこちらもB

103-790923 1979/9/23 新小岩 こちらの運用番号はC 

209500-501-090704-2
2009/7/4 東中野 209系500番台 C501編成

209500-c510-150124-2 2015/1/24 新小岩 検査入場などでC運用の編成がB運用に入ることもありました。

これらの編成の時代は上り下り時刻に関係なく運用番号は固定されていました。

中央・総武緩行線の現在の運用は1Bから99Bまでの(奇数+B)と1Cから11Cまでの(奇数+C)の計56運用あります。BとCの違いは2004年までは三鷹電車区、中野電車区所属車両(主に201系、205系)がB,習志野電車区所属車両(主に103系、209系、E231系)がCでしたが、2003年12月に全車両が三鷹電車区に移籍したため、2004年のダイヤ改正から6扉車を連結するE231系がB,209系500番台がCとなりました。

E231500-a502-200801
2020/8/1 E231系になってからは運行番号表示窓が4桁の数字+アルファベットとなり、数字の上2桁は発車駅の時刻14時、68Bは69B運用の上り偶数を意味するようになりました。

E231500-a505-200804
2020/8/4 荻窪 1307Cは始発駅を13時台に出発した07C運用(107B)の下り西行きです。

しかし、2019年3月のダイヤ改正からは209系500番台編成が転出したため、BとCの区別がなくなり、01~99がB, 101~111の分を01~11として末尾にCを加えたものとしました。

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コメント

B 767-281様お早うございます。運行番号の謎解けました。有難う御座います。それにしても全て三鷹所属なのですから伝統のAに統一しても良さそうな気もしますが。かつてのように電車区が沢山あって記号?も様々だった時代が懐かしいです。

細井忠邦さま、おはようございます。
コメントありがとうございます。

思えば今でも電車区はいっぱいあるのですが、なぜか書類上は統合される傾向のようですね。

総武線といえば、私は大阪・近畿圏以外に旅行する機会はほとんどありませんが、沿線の住民にとっては、中央線・三鷹まで乗り入れるもの(ここで触れている中央総武線)と、横須賀・久里浜まで結ぶ総武久里浜線(総武線は快速運転なので、別名総武快速と言われてる)がありますが、一番ポピュラーな中央総武線、長らく早朝と深夜はお茶の水乗り換えで、お茶の水からは東京駅からの中央快速線が夜間は各駅停車ということでというのが多かったですね。

今年春のダイヤの見直しで、その深夜・早朝のお茶の水乗り換えが廃止され、早朝・夜間の京葉間の通勤の利便性は高まって、区間的には東京駅乗り入れの京葉線(一部武蔵野線も)と競合するとはいえ、一本で行き来できる時間が広がったことは千葉都民にはプラスでしょうね

マァ君さま、こちらにもありがとうございます。

私も中央・総武緩行線といえば、小学校の頃は荻窪~国立間を通っていたこともあり、最初は中野まで、やがて荻窪まで延伸され、さらに三鷹までの変化を目の当たりに見たものでした。
一方で、秋葉原以東では快速線の開通などもあり、いまは余り変化がありませんが、今春のダイヤ改正における朝夕の御茶ノ水折り返しの廃止は大きな変化でしたね。

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