« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年10月30日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 30 「しなの」と言う愛称を持った列車たち

今回は長野駅を発着する名古屋・大阪方面の特急「しなの」の歴史について振り返って見てみようと思います。尤も、拙Blogではキハ181系「しなの」381系「しなの」に関する記事を以前に上げております。

しなの」という愛称が列車名に登場したのは1953年11月11日のことで名古屋~長野間を結ぶ臨時準急列車としての運転開始でした。当時は機関車牽引の客車列車で、3年後の1956年11月に定期列車化されました。

1956年12月13日、同列車には当時、最新鋭のキハ55系が投入され、急行列車に格上げされました。キハ55系気動車はDMH17B 160PSエンジン2基とTC-2液体変速機搭載で高速性能を発揮しましたが、冷房装置を搭載するための電源用エンジンを搭載するスペースがなく160PSエンジン2基でも中央西線の勾配区間では非力でした。1966年に新高出力エンジンDML30HSA 500PSを1基装備したキハ91形が試作され、それが新特急型気動車キハ181系に発展して行きました。

181-750102-2b 1975/1/2 名古屋 2往復キハ181系で残された「しなの」

1968年10月1日、いわゆるヨンサントウのダイヤ改正でしなのは特急列車の愛称となり、キハ181系が全国に先駆けて投入されました。1971年4月26日、大阪~長野間の急行列車「ちくま」の昼行列車が「しなの」に統合され、大阪~長野間の「しなの」が運転開始、名古屋発着を合わせて3往復体制となりました。1973年7月10日、中央西線の電化でしなのの一部は電車化され、振り子式電車381系が初めて投入されました。この時点で「しなの」は8往復、うち2往復はキハ181系でした。1973年10月には自由席が設定されエル特急化されました。1975年3月10日のダイヤ改正で全列車381系となりました。

381-750102 1975/1/2 名古屋 新製間もない381系が投入された「しなの」まだHMは白地に文字

381-840504-2 1984/5/4 大糸線南小谷付近を通過する381系「しなの」 HMは絵入りに

1978年10月2日のダイヤ改正では1往復増発、1982年5月17日には塩尻駅が移転して、同駅でのスイッチバックが解消し、中央西線と篠ノ井線が直通化されました。1982年11月15日のダイヤ改正では「つがいけ」が特急列車化され、「しなの」に統合されて廃止。「しなの」は名古屋駅 - 白馬駅間の1往復が増発され、10往復になりました。1988年3月15日のダイヤ改正ではパノラマ型グリーン車が投入され、6往復の増発も行われました(このうち3往復は不定期列車)。

38111-140812 2014/8/12 リニア・鉄道館に保存される クロ381-11 パノラマグリーン車

1995年には制御付き自然振り子方式の383系が「しなの」にデビュー、1996年12月1日には長野発着の「しなの」定期列車は全て383系となりました。

383-a1-180831-3 2018/8/31 長野駅 6番線で出発を待つ383系A1編成 「しなの」

2016年3月26日のダイヤ改正に伴い、利用が低迷していた大阪駅発着の列車の名古屋以西が廃止されて全列車が名古屋駅 - 長野駅間の運転となりました。441.2kmを走破する当該列車の区間短縮により、2020年6月現在最長の営業距離を持つJR定期昼行特急は「にちりんシーガイア」(博多-宮崎空港間、413.1km)となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

 

2020年10月29日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 29 長野駅あれこれ

長野駅は1997年10月1日、北陸新幹線高崎~長野間の開業で東口広場、地下駐車場、東西自由通路が全面供用開始となり、大きく変化しました。さらに2015年3月14日、北陸新幹線金沢開業で信越本線、長野~妙高高原間が「北しなの線」としてしなの鉄道に移管され、在来線の駅はJR東日本としなの鉄道の共同使用駅となりました。

180831-2_20201027183601
2018/8/31 長野駅の現状を示している在来線駅名標

180831-edit_20201027184201 JR東日本、写真入り駅名標は善光寺 きたながのの上には「北しなの線」

長野駅の開業は1888年5月1日1886年8月15日に直江津~関山間を開業した官設鉄道が長野駅まで延伸開業した際に開設されたものでした。
信越本線の開業の歴史は
1885年10月15日 高崎~横川間
1886年8月15日 直江津~関川間
1888年5月1日 関川~長野間
1888年8月15日 長野~上田間
1888年12月1日 上田~軽井沢間
1893年4月1日 横川~軽井沢間 で高崎~直江津間が官設鉄道により全通

日本海沿いの直江津~新潟間は私鉄の北越鉄道により開業し、1907年に国有化されています。1909年10月12日の国有鉄道線路名制定では高崎~新潟間は信越線と命名されますが、1914年6月1日に信越本線と改称されました。

Jr-091231 太平洋戦争中の金属供出で台座から上が無くなった如是姫像は1948年10月1日に再建されました。如是姫像の由来はこちらに。

1936年3月10日、駅舎改築工事により仏閣型駅舎が完成し、如是姫像が善光寺境内から移動しました。しかし、戦時中の金属不足で1940年11月には銅葺き屋根が供出、1944年には如是姫像も台座を残して供出されています。仏閣型駅舎から今のタイプの駅舎に変わったのは1996年6月22日でした。

信越本線の電化は軽井沢~長野間が1963年6月21日に長野~直江津間は1966年8月24日に完成しました。

180831_20201027185101
在来線 改札口 自動改札機は導入されています。

180901 列車案内を見ると料金体系は別ですが篠ノ井線、しなの線、北しなの線、飯山線の列車がそのまま長野まで乗り入れていることが分かります。

在来線ホームは西側3面5線、新幹線ホームは東側2面4線で、在来線には2000年のダイヤ改正で廃止されて以来、1番線ホームがありません。3,4番線は現在の西武鉄道東村山駅のように線路が分断され、安茂里方が3番線、北長野方が4番線となっています。篠ノ井線、しなの鉄道線列車は2・3・5・6・7番線を使用、北しなの線は2・5・7番線を、飯山線は4番線を使用、特急しなのは全列車が6番線発着となっています。

新幹線ホームは11・12・13・14で下り全列車と長野始発東京方面列車が11・12番線から、13・14番線からは金沢方面からの上り列車が発着します。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月28日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 28 長野県立大学後町キャンパス内に保存されるD51 549号機

2018年晩夏、信州の旅、2日目は長野駅と善光寺を結ぶ中央通りのほぼ中間あたりから西方に入ったところに新たに設けられた県立大学後町キャンパス内に保管されているD51 549号機の見学からスタートです。ここはつい最近まで後町小学校理化教育センターでしたが、小学校が閉校となり、県立大学のキャンパスになったそうです。


Dsc07277 2018/9/1 長野県立大学後町キャンパス


Dsc07282 前照灯はケースのみのようです。

Dsc07276 デフレクター後方の潤滑油バルブはランボードの上に線路方向に並んでいます。

まずは機関車の履歴です。いつものように沖田祐作氏の機関車表のデータから
1940-10-29 国鉄長野工場 製番8
新潟局配属
1940-10-5?配置 長野
1941-11-6長岡
1944-8-31新津
1944-10-8広島
1950-7-21(7-13?)吹田
1954-3-17中津川
1956-8-6借入 稲沢
1956-8-11返却
1961-6-28借入 木曽福島
1961-6-30返却
1966-6-25借入 木曽福島
1966-7-5返却
1968-9-17集煙装置取付 長野工場
1968-9-24借入 木曽福島
1968-10-1返却
1970-2借入 長野
1970-2-22篠ノ井線さよなら列車6812レちくま2号長野~松本 D51824と重連で牽引
返却 1972-3-31現在 中津川
1973-7-9中央西線さよなら列車中津川~木曽福島 D51827と重連で牽引
1973-11-27廃車 中津川
1973-12 保存 長野市後町小学校理化教育センター
2016-7-20保存場所小移動 長野県立大学後町キャンパス

Dsc07278 砂管のパターンは同じ長野工場製の231号機と同様に前に本が垂直に落下、3本目が斜めのパターンです。逆転器リンクプレートは小穴です。

地元長野工場製のD51で、同工場製の機関車は
1938年度 (3両):D51 229 - 231(製造番号1 - 3)         231号機国立科学博物館
1939年度 (3両):D51 259・260・486(製造番号4 - 6)      260号機 現役時代
1940年度 (3両):D51 548 - 550(製造番号7 - 9) と僅か9両です。 549号機

Dsc07274 助手席キャブ前の潅水清浄装置は取りつけられていません。

Dsc07280 炭水車の前照灯はシールドビームタイプ、尾灯は吊り下げタイプです。

2016年の小移動後に整備されたのか美しい状態を保っていました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月27日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 27 リゾートビューふるさと HB-E300系

2018年晩夏の信州の旅、篠ノ井へは一旦、長野駅到着後、ホテルにチェックインし、再びJR信越線で向かったのですが、篠ノ井から長野に戻る際にJR東日本のハイブリッド気動車HB-E300系 リゾートビューふるさとに偶然、篠ノ井駅で遭遇しました。

Hbe301-hbe3012-180831 2018/8/31 篠ノ井

Hbe301-hbe3022-180831-edit

HB-E300系は2010年、長野地区に投入された「リゾートビューふるさと」を皮切りに、青森地区に「リゾートあすなろ」、秋田地区に「リゾートしらかみ青池」2016年には秋田地区に「リゾートしらかみ橅」2019年には新潟地区に「海里」が投入されています。

「リゾートビューふるさと」は長野県の県木である白樺の森の中を走り抜けるイメージで展望スペース部分に黄緑色、客室部分は下から上に向かって緑色と白色のグラデーションに彩色され、客室部分の裾に金色の帯を配しています。

機器制御系はエンジンで発電機を回転、得られた電力と蓄電池の電力を組み合わせ、インバータで矩形波を作りモーターをVVVF駆動する、シリーズハイブリッド方式です。制動時には回生ブレーキにより発電された電力をVVVF装置を介して蓄電池に充電するシステムとなっています。

編成構成は4両編成と2両編成があり、

Table 

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月26日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 26 篠ノ井駅あれこれ

今回は篠ノ井駅の紹介です。

現在この駅は建前上はJR東日本の信越本線と篠ノ井線の起点駅、さらにしなの鉄道線の軽井沢起点65.1kmキロ程の駅となっています。これは1997年10月1日の北陸新幹線長野部分開業による並行在来線分離によって軽井沢~篠ノ井間がしなの鉄道に移管されたためです。3線ともに当駅が起終点駅となっているものの、列車は信越~篠ノ井、信越~しなの鉄道と一体的に運用されているため当駅始終着の列車はごく僅かです。


Dsc05728 2018/8/31 駅東口

1888年8月15日、国有鉄道信越線の駅として開業しましたが、工事の関係で営業を開始したのは1ヶ月後の9月15日からでした。中央線として西条駅まで開通したのは前の記事に記述したように1900年11月1日のことでした。


Dsc05741
誰の書のなのかは不明ですが、達筆の表札が駅舎入り口にはかけられています。

1979年6月2日には165系8両編成の修学旅行線用電車と入れ換え作業中の貨車7両が衝突し、中学生と引率教師364人が負傷する事故(篠ノ井駅列車衝突脱線事故が起こっています。駅構内で入れ換え中だった貨車を機関車から突放する際に操車掛の待機を確認せずに突放が行われ貨車7両は構内を800m逸走、分岐器を割り出して篠ノ井線本線に進入、ちょうど進入中だった修学旅行電車に衝突した事故でした。この事故でクハ165-190が廃車となりました。

1986年2月14日には篠ノ井線から信越線に向かうため12系客車から切り離された機回し中の電機が逆走し、停車中の団体列車に衝突し、乗客39名が重軽傷を負う事故も発生しています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月23日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 25 長野市役所篠ノ井支所前に保存されるD51 921号機

1959年5月1日、それまでの篠ノ井町・塩崎村が合併し、長野県では16番目の市である篠ノ井市となりましたが、1966年10月16日、長野市・埴科郡松代町・更級郡川中島町・信更村・更北村・上水内郡七二会村・上高井郡若穂町と合併し、長野市の一部となり、篠ノ井市は廃止されました。かつての篠ノ井市役所は現在、長野市役所篠ノ井支所として機能しており、その敷地内にD51 921号機が静態保存されています。

Dsc05732 2018/8/31 駐車場の奥の場所に保存されておりました。煙突には集煙装置が装着。

Dsc05733
この機関車の履歴は沖田祐作氏の機関車表データによると
1943-11-8 川崎重工兵庫工場 製番2895
東京局配属
1943-11-15配置 高崎
1943-11-18使用開始
1946-12-21高崎第二
1952-3-31高崎第一
1952-11-16木曽福島
1960-2-2換気装置取付
1972-4-28廃車 木曽福島
1972-6保存 とのことです。

Dsc05734 デフレクター後ろの潤滑油バルブはランボード上に線路方向に整列、逆転器リンクプレートの穴は大穴タイプです。

川崎車輛製D51形式の年代別リストによると
1935年度(13両):D51 1 - 13(製造番号1643 - 1655)
1936年度(14両):D51 24 - 37(製造番号1738 - 1742・1783 - 1791)
1937年度(27両):D51 49 - 67・71 - 78(製造番号1807 - 1819・1824・1825・1828 - 1831・1890 - 1897)
1938年度(14両):D51 107 - 120(製造番号1932 - 1945)
1939年度(45両):D51 265 - 309(製造番号2143 - 2152・2168 - 2177・2191 - 2197・2200 - 2209・2212・2211・2210・2213 - 2217)
1940年度(17両):D51 564 - 580(製造番号2417 - 2433)
1942年度(20両):D51 748 - 767(製造番号2692 - 2701・2718・2719・2725 - 2728・2763 - 2766)
1943年度(40両):D51 768 - 772・843 - 845・918 - 949(製造番号2866 - 2873・2892 - 2901・2908 - 2917・2953 - 2964)
1944年度(31両):D51 1130 - 1160(製造番号3008 - 3011・3013 - 3024・3026 - 3028・3030 - 3042)
1号機が川崎車輛製であり、1941年度は内地向け製造がありませんが台湾総督府向けに12両
D51 7 - 18(製造番号2416・2463 - 2470・2591 - 2593) が製造されています。
また1949年には樺太向けに(7両):D51-8 - 14(製造番号3170 - 3176)が製造されています。

私が現役機もしくは保存機で遭遇・見学した機関車は
1号機 梅小路 2号機 津山 4号機 現役 53号機 現役 59号機 現役 60号機 現役 118号機 現役・小手指公園 272号機 世田谷公園 296号機 府中市 566号機 現役 577号機 現役 767号機 現役 943号機 入山瀬公園 946号機 湯本石炭化石館 となっています。

砂管のパターンは末広がりの下辺の幅が広いのが特徴のようです。

Dsc05735 助手席キャブ前の潅水清浄装置は装備されていません。

Dsc05737 炭水車の前照灯、尾灯は装備されていますが、前照灯はシールドビームタイプです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月22日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 24 篠ノ井線のスイッチバック

篠ノ井線のスイッチバック駅と言えば、テレビの鉄道番組などでもよく紹介される姨捨駅が有名ですが、同線にはいくつかのスイッチバックが残されています。
180831-sb3 2018/8/31 姨捨駅 生憎の雨で見苦しい写真ですが姨捨駅に進入するところです。

昨日の記事で紹介した明科~西条間の旧線にも1961年9月27日に開設された潮沢信号所がシーサスクロッシング1基と引き込み線2本からなるスイッチバック式信号所でした。
篠ノ井線は冠着(かむりき)駅がピークの標高676mでここから篠ノ井にかけて25‰の下り勾配となります。この勾配区間に設けられたのが冠着~姨捨間の羽尾信号所姨捨駅桑ノ原信号所でかつては3か所ともスイッチバックでした。

羽尾信号所は1966年3月27日に開設されたわが国では最後期のもので、開業時から無人ので姨捨駅から遠隔操作されていたシーサスクロッシング1基と引き込み線2本からなるスイッチバック式信号所でしたが、駅間距離が短かったことと、電車列車が中心となり、運転速度が上昇したこと、線区のスリム化で2009年3月14日を以って廃止され、現在は保線用車両留置の短い側線が乗越分岐器を通じて残されています。

180831-sb2 こちらは桑ノ原信号所

180831-sb3_20201021200601 見苦しい写真ですが383系特急「しなの」との行き違いが行われました。

桑ノ原信号所は1961年9月27日、潮沢信号所 と同じ日に開設されたやはりシーサスクロッシング1基と引き込み線2本からなるスイッチバック式信号所です。篠ノ井線松本~篠ノ井間は保安装置の変更でATS-SNからATS-P型に更新されましたが、信号場構内はATS-SN型のまま残置され、保安装置の「P」から「S」(またはその逆)への切り替えを示す標識が信号場手前の本線上や折り返し線に取り付けられています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月21日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 23 明科駅あれこれ

今回は明科駅とその周辺の紹介です。

180831-3_20201020183001 2018/8/31 駅名標も古風なものから

180831-2_20201020183101 標準的なタイプ

180831_20201020183101 さらに風景写真をバックにしたタイプとあります。

180831_20201020183501
安曇野の観光拠点だけあって、信州の蕎麦屋を彷彿させる駅舎です。

180831-2_20201020183801 この表札は開業時のものでしょうか?

180831-3_20201020184001 駅前ロータリー

180831_20201020184401犀川の東岸を篠ノ井線、西岸を大糸線が走っています。

篠ノ井線の明科駅は1902年6月15日、西条駅から松本駅までの篠ノ井線24.58kmが延伸された際に田沢駅、松本駅と同時に新設されました。標高は525.5mで近年は安曇野観光の拠点駅となっており、駅前からは押野、穂高方面やあづみ野周遊のバス路線の発着があります。

180831_20201020184701

180831-2_20201020185501

新線は篠ノ井方面に向かって駅を出るとトンネルに入りますが、旧線はできるだけトンネルを掘らずに西条に向かっていたようです。

明科から西条間は1988年9月10日に線路が付け替えられ、距離が0.7km短くなりました。旧線跡は線路が撤去され、ウオーキングコースとなっています(関連サイト)。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月20日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 22 明科駅そばの安曇野市龍門淵公園に保存されているC56 124号機

松本駅を出発し、約13分の乗車で2つ目の明科駅に到着します。

明科駅の西側、線路が走っている場所から少し下がったところを犀川が流れており、犀川の右岸に龍門淵公園、水産試験場などがあり、両者の中間位の場所、かつては安曇野市明科公民館があったばしょにポツンのC56形蒸機が1両残されています。

Dsc05682 2018/8/31 訪れた頃、塗りなおされたのか美しい状態を保っていました。

この機関車の履歴は沖田祐作氏の機関車表データによると
1938-3-5 三菱重工業神戸造船所 製番222
門司局配属 配置 麻里布
1941現在 備後十日市
1943現在 七尾
1972-3-31現在 七尾
1973-3-31現在 七尾
1974-3-31現在 七尾
1975-3-18廃車 木曽福島 とのことで、製造直後は九州に配置されましたが、戦中から七尾に転属し、廃車は木曽福島でした。

Dsc05683 現役時代、正面のナンバープレートは形式名入りだったそうですが、現在は緑地プレートが付いています。

Dsc05676 公民館の跡地と知らないで訪問するとなぜこんなところに蒸機がと思います。

Dsc05679 そのためなのかこうした説明板は設置されています。

Dsc05680
Dsc05689 バック運転で視界を確保するための炭水車の切り欠きはC56特異的なものです。

Dsc05677edit 近くの龍門渕公園には龍神宮の言われが書かれています。
龍門淵公園、あやめ公園は明科町のシンボルであり、6月中旬頃には花菖蒲が咲き誇り、あやめ祭りが開かれるそうです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月19日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 21 松本駅でみたED60牽引貨物列車

松本駅、今でもEF641000番台牽引の貨物列車等の通過はあるようですが、かつては大糸線の貨物列車を牽引するED60の姿もありました。

拙Blogでもかつて阪和線・紀勢本線関係でED60ED61の記事を纏めたことがあり、今回は写真は再掲になりますが、大糸線・松本駅関係で載せます。

Ed60-2-800503
1980/5/3 松本駅

ED60形電気機関車は1958年に3両、関西電力黒部川第四発電所の建設資材輸送の目的で大糸線に投入されました。電源開発が利用債を引き受け、
1号機 三菱電機・新三菱重工業
2号機 川崎電機製造・川崎車輛
3号機 東洋電機製造・汽車製造  という組み合わせで製造されました。
その後、1959年から1960年にかけ、東洋・汽車、東洋・川崎の組み合わせで4~8号機が製造され阪和・紀勢本線に投入されました。

Ed60-2-800503-2
使用した結果、軸重がそれまで使用していた旧形の中型機ED16,ED17,ED18,ED19等に較べ大きく軌道に与える負担が大きいこと、消費電力が大きく変遷所容量が不足すること等が問題点として判明し、製造は8両で終わりました。

Ed60-2-800503-3

1~3号機は甲府機関区に新製配置され中央本線で慣らし運転が行われ、北松本電車区・後の松本運転所北松本支所に配置となり、大糸線で活躍しました。4,5号機は仙山線作並機関区に配置されました。1号機はダム工事完了後も北松本を拠点に運用され、2,3号機はダム工事完了後、甲府機関区に戻り、1965年には八王子機関区に転属、さらに鳳機関区に転属し、阪和線で活躍、1972年には再度、北松本支所に戻され、1985年から1986年にかけて除籍されてゆきました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月16日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 20 松本駅でみたアルピコ交通の車両

JR松本駅には篠ノ井線、大糸線の他、アルピコ交通の上高地線が乗り入れています。

上高地線は松本市内の新島々駅までの14.4kmの路線で、新島々駅にはバスターミナルが設けられ、上高地・乗鞍方面へのバスが発着し、観光客、登山客の拠点となっています。

路線の開業は1921年で筑摩鉄道島々線として松本~新村間が開業しました。翌1922年には島々まで延伸、社名を筑摩電気鉄道に改めました。1932年には松本電気鉄道となり、長らく松本電気鉄道島々線と呼ばれました。線名は1955年に上高地線となりました。1966年、前述のバスターミナルが新島々駅に開業し、島々駅の利用客が減少したことで、島々~新島々間は1985年に廃止されました。

2007年12月、松本電気鉄道の親会社のアルピコグループが債務超過に陥り、2008年からの経営再建でグループ内の川中島バス、諏訪バスを合併し、鉄道・路線バスの事業が統合され、新たにアルピコ交通株式会社となりました。


Dsc05654 2018/8/31 大糸線ホームの反対側にある アルピコ交通のホーム

現在は京王井の頭線で活躍した3000系、2両編成4本が活躍中です。


10-800503-2 1980/5/3 松本電鉄時代のモハ10形

過去には東急5000系アオガエルや、モハ10形・クハ10形電車、ハニフ1形客車、電機ではED40形(1971年に岳南鉄道へ)、ED30形が活躍していました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月15日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 19 松本駅でみたE257系

再び、2018年晩夏の信州の旅です。塩尻駅から篠ノ井線に乗車するとおよそ20分弱で松本駅に到着します。


Dsc05650
2018/8/31

松本駅のすぐ横にはかつての松本電車区(長モト)、2004年4月1日から松本車輛センター、松本運輸区があります。現在の配置車輛はE257系、E353系、E127系です。

Dsc05656

Dsc05658

Dsc05660 中でも興味深かったのがE257系付属編成(M202)の構内入換運転でした。
普段はなかなか目にすることのない運転台を見ることが出来ました。
M200番台の付属編成もE257系が中央線特急を退いてからはお役御免となり、解体が進んでいます。

Dsc05652 大糸線ホームには211系3連、N315編成が入線していました。

81003-800503
81003-800503-2edit 40年の月日が流れていますが、1980年5月3日松本駅で撮影したポジフィルムには大糸線で運用に就いていたクモユニ81003や

55-800503edit 同じくスカイブルーに塗装された半流のクハ55、さらに183系「あずさ」の姿が

83-83-800503 新宿からやってきたローカル列車はクモニ83+115系スカ色編成でした。


にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月14日 (水)

2020年10月10日、9105Fが多摩湖線で運用開始

西武多摩湖線に9000系4連9108Fの運用が開始されたのが10月1日でしたが、早くも10月10日、土曜日からは2編成目の9105Fが運用を開始しました。

Dsc03074_20201013183901

Dsc03075_20201013183901
2020/10/11 青梅街道~一橋学園

Dsc03080
Dsc03083edit 2020/10/11 萩山~青梅街道

Dsc03098_202010131846012020/10/12 萩山 9000系同士の交換

私も準急豊島園さまのメッセージを拝見し、翌日曜日、沿線各所で撮影しました。12日月曜日、朝には萩山駅で9000系編成同士の交換も記録しました。

因みに今回の9000系投入は当面は多摩湖線のみで多摩川線は従来のまま,101N系が運用されるということらしいです。

9000系のこれまでの活躍に関しては別記事で纏めようと思いますが、既に

9106F 2017年10月30日 横瀬に回送、廃車
9107F 2018年3月15日 横瀬に回送、廃車
9101F 2018年3月27日 横瀬に回送、廃車  となっており、

9108Fは2019年5月8日にSIV装置の不具合で武蔵丘に入場、しばらく運用離脱し、同年10月11日に横瀬に回送となりました。
9105Fの横瀬回送は2020年6月9日、9102Fも池袋線での10連運用を終え、2020年8月18日、横瀬に回送されています。

1993年から1998年にかけ、2000N系に準じて新製された車体と101系の電装品、台車を組み合わせて登場した8編成ですが、現役の車両は10連2本、4連3本(改造途中の9102Fを含めて)最大で5編成となります。

多摩湖線・多摩川線用の101N系は牽引車兼用の263Fを入れて10編成、多摩川線には4編成が常時必要で、検査時の交換編成用に多摩湖線に1編成、牽引車に263Fが引き続き使用されるとすると、9000系4連が4編成、101N系TcMMTc編成が5編成と263Fという体制で当面推移するのでしょうか?

9000系の投入で101N系はどの編成が引退に追い込まれるか、現時点で列車無線のデジタル化がなされていない1249Fと1261Fがまずは引退となるのではと思います。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月13日 (火)

久々にみた2000N系10連 2+4+4編成

 西武池袋線や西武新宿線で活躍中の2000N系は通常は8+2、新宿線では6+4編成で10連となっていますが、稀に4+4+2などの組み合わせの編成が走ることがあります。8連編成の検査入場や予期せぬトラブルなどが原因なのかも知れません。

わたしも以前には新宿線でそういった編成が走っているのを目撃したことはありましたが、写真には記録できませんでした。

2000n-2624re-245325452535-201009 2020/10/9 井荻

2020年10月9日金曜日、井荻駅で38101FDoraemon Go編成を待っていた9時16分頃、上り急行で中線を通過していった編成はなんと2+4+4のぶつ切り編成でした。2連の2453Fを先頭に2545F、2535Fの10両編成でした。

2000n-263626462454-201009
2000n-263626462454-201009-2
2000n-263526452453-201009
引き続き運用に入るのか、編成の構成を確認する目的もあり、小平で待ってみると、折り返しは西武新宿から「回送」で南入曽車両基地に引き上げてゆきました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月12日 (月)

2020年10月8日、30000系38101F Doraemon-Go 運行開始

ドラえもんは今年、コミック連載開始から50周年を迎えました。そしてドラえもんのアニメーションを制作するシンエイ動画株式会社が田無にオフィスを構えている関係から、「DORAEMON-GO!」として30000系8連38101Fをドラえもんカラーのブルーにラッピングし、2020年10月8日木曜日お披露目、早速運行開始しました。


30000-38101-draemon-go-201009-2 2020/10/9 中吊り広告も登場

わたしも金曜日朝、つくばから小平への帰りに早速撮影しました。新宿線中心の運行ということで、平日は専ら、急行、準急運用に入らない各停運用、休日ダイヤでは急行や準急にも入ることが予想されます。

30000-38101-draemon-go-201009-2edit 2020/10/9 高田馬場 5112レ ホームドア工事中ですが、まずは正面から

30000-38101-draemon-go-201009 続いて中井駅にて 5617レ 田無行き 台風の接近で秋雨前線を刺激した雨模様の天気でイマイチの写真ですが。

30000-38101-draemon-go-201009-2_20201011095201 井荻 田無で折り返した5116レ 井荻で急行の通過まち

30000-38101-draemon-go-201009-9
側扉は2枚目と4枚目が「どこでもドア」仕様、まさにドラえもんブルーが印象的なラッピングです。

30000-38801-draemon-go-201009-3

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 9日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 18 松本地区で活躍中のE127系100番台

昨日の211系に続き、今回は松本地区で活躍するE127系100番台の紹介です。

E1271000-a4-091231-2 2009/12/31 長野 A4編成

急行列車等の運用から外れた165系・169系によって運用されていた普通列車の運用を置き換えるため、1995年から新潟地区に基本番台(V1~V13編成)が投入され、松本地区には1998年12月8日から100番台(A1~A12編成)が投入されました。東北地区に投入された701系の直流版ともいえる系列です。製造は川崎重工業、東急車輛製造、東日本旅客鉄道土崎工場が担当しました。

E127100-a8-180831 2018/8/31 塩尻 A8編成

前面形状などは701系とそっくりで0番台とは大きく変化しました。パンタグラフはシングルアーム式PS34となり、行先表示器も幕式からLED式となりました。車内は東側がロングシート、西側(北アルプスなどが見える方)はクロスシートのセミクロスシートとなりました。

主要諸元
最高運転速度 110 km/h
起動加速度 2.0km/h/s
減速度(常用) 3.6km/h/s
編成定員 0番台2両:275名 100番台2両:271名
編成重量 2両:62.0 t
全長 20,000 mm
全幅 2,800 mm
全高 4,090 mm
車体 ステンレス
主電動機 かご形三相誘導電動機 MT71形
主電動機出力 120kW × 4
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 7.07
編成出力 480 kW
制御方式 VVVFインバータ制御
逆導通GTOサイリスタ素子(製造時)IGBT素子(機器更新後)
制御装置 SC51形(1C2M2群制御)→SC102A形
制動装置 回生・発電併用電気指令式空気ブレーキ 抑速ブレーキ
保安装置 ATS-P(えちごトキめき鉄道所属車を除く)ATS-Ps

運用は大糸線(松本~南小谷)、信越本線(長野~篠ノ井)、篠ノ井線、中央本線(塩尻~小淵沢、塩尻~辰野~岡谷)です。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 8日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 17 中央本線で活躍中の211系について

山ゲタと揶揄された72系の時代から、新性能車115系が投入され、115系ももはや老朽化し、今のJR東日本・中央線ローカル電車の主役は211系です。

その211系も新製投入されたものでは無く、東海道線東京口で活躍していた0,2000番台と東北線、高崎線で活躍した寒冷地仕様の
1000,3000番台(これらの編成の一部5連14本は幕張に転属した後、再転属)が2013年3月16日のダイヤ改正を前に長野車両センターに転属、中央本線、篠ノ井線、信越本線、飯田線での運用を開始しました。

211-n1-111001 2011/10/1 鶴見 東海道線東京口で活躍していた211系 N1編成
この編成からサハ211-1,2、サロ213/212が抜かれ、6連化されN601編成に
クハ211、モハ211/210の0番台は6編成分とも、N600番台6連として長ナノに転属しました(N601~N606)。

211-n51-110923 2011/9/23 鶴見 付属5連N51編成
2000番台は5連N51~N64と10連N21~N26,N31,N32に組み込まれていましたが、5連の方は廃車となり、10連からN600番台(N607~N614)が誕生しました。

2113000-401-090815 2009/8/15 成東 房総各線で活躍した211系3000番台 401編成は1個パンタ・グループ クモハ211-3035

2113000-501-091015-2 2009/10/15 成田 501編成 2個パンタ付きグループ クモハ211-3040

211-b1-070520-5 2007/5/20 黒磯 211系1000番台5連 B1編成 2両のサハが抜かれN317編成に

千マリの401,405~408=>N301~N305、501~509=>N331~N339 14編成と高タカから転属した3000番台(A,C編成グループ)、1000番台(B編成グループ)からサロ、サハが抜かれ、3連のN300番台39編成が組成されました。

211-n601-141206-3 2014/12/6 四方津 N601編成 0番台

211-n607-171223 2017/12/23 鳥沢鉄橋 N607編成 2000番台

211-n317-171218 2017/12/18 鳥沢 N317編成 1000番台

211-n315-180831 2018/8/31 松本 大糸線ホーム N315編成 3000番台

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 7日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 16 塩尻市役所に保存されているD51 155号機

2018年晩夏、信州の旅、塩尻駅で下車したのは、一つは昼食を摂るため、もう一つは駅から歩いて5分ほどの塩尻市役所内に保存されているD51形155号機を見学するためでした。

Dsc05631 2018/8/31 D51 155号機 屋根もない露天での保存ですが整備が行き届いており、非常に美しく保たれています。

この機関車は沖田祐作氏の機関車表データによると
1939-2 日本車輛名古屋工場 製番679
名古屋局配属
1939-2-10配置 米原 使用開始
1945-11-20大垣
1950-5-13上諏訪、1950-9-9借入 長野、1950-9-15返却
1957-10-8集煙装置取付 長野工場
1958-2-11重油併燃装置取付 1500㍑
1964-3-4長野
1966-3-10旋回窓取付
1970-1-15稲沢第一、1970-11-26中津川
1973-2-3廃車 中津川
1973-9保存 塩尻市役所前

Dsc05638
Dsc05637右デフレクター後部の潤滑油バルブはランボード上に線路方向に並んで配置されています。

Dsc05642 逆転器リンクプレートの穴は小穴タイプ、砂管のパターンは3本末広がりで、日本車輛名古屋工場製のD51を見てみると

1938年製 (39両):D51 134 - 172(製造番号594・595・660 - 696)
1939年製 (27両):D51 379 - 405(製造番号754 - 780)
1940年製 (45両):D51 406 - 441・613 - 621(製造番号781 - 816・891 - 899)
1941年製 (25両):D51 622 - 631・670 - 684(製造番号932 - 941・995 - 1000・1020 - 1028)
1942年製 (12両):D51 728 - 739(製造番号1130 - 1141)
1943年製 (33両):D51 740 - 747・846・847・916・917・1063 - 1083(製造番号1182 - 1187・1215 - 1220・1229 - 1249)
1944年製 (46両):D51 1084 - 1129(製造番号1272 - 1289・1291 - 1318)

とこのなかでこれまで保存機訪問、もしくは現役時代に遭遇している機を見てみると

140号機熊谷市荒川公園、146号機静岡城北公園→真岡鉄道、385号機鎌ヶ谷市制記念公園、401号機須坂動物園(後に登場)、403号機手原稲荷公園、405号機小金原 ユーカリ交通公園、408号機生田緑地、426号機鉄道博物館(前頭部のみ)、428号機東調布公園、684号機東村山運動公園(解体済み)、744号機現役時代、916号機前橋児童公園、1086号機現役時代、1118号機現役時代、1119号機現役時代、森の里若宮公園、1127号機現役時代

と日本車輛製の機関車は比較的多く遭遇していますが、砂管のパターンに関しては今回対照としてみた機関車館では大きく広がるタイプがメジャーであったのに対して115号機のパターンはマイナーであることが分かりました。

Dsc05635 潅水清浄装置に関しては比較的小ぶりのものが設置されています。

Dsc05634
炭水車の前照灯、尾灯はありません。

Dsc05624
説明版も用意されています。廃車年の昭和42年は48年の誤りです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 6日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 15 首都圏でもよく目撃した塩尻機関区篠ノ井派出のEF64

再び、2018年晩夏、信州の旅に戻ります。塩尻駅で見かけたEF64 0番台、今ではJR貨物からは全ていなくなりJR東日本の37号機が唯一の稼働機となっていますが、塩尻機関区篠ノ井派出の所属機は首都圏に定期運用をもっていた関係で新鶴見信号所や隅田川貨物駅でよく姿を目にしました。

現行のダイヤでは高崎機関区のEH200が担当する高崎A213、A214、A215、A216、A217、A218、A219、A220、A224、A225、A226、A227、A228、A229がほぼあの当時の仕業に相当するように思います。

Ef64-10-031228 2003/12/28 EF64 10号機1エンド 

Ef64-13-031009 2003/10/9 EF64 13号機 2エンド先頭

Ef64-18-040312 2004/3/12 EF64 18号機 2エンド先頭

つくばを常磐線の初発で出て、日暮里で下車、常磐貨物線田端~隅田川間で待っているとはるばる北長野からやってくる2458列車に出会います。田端操車場で列車番号が2359レに代わりますが、終着隅田川まではあと僅かです。篠ノ井派出のEF64 0番台には連結器上にエンドの表示があり、今日はどっち向きの機関車が来るのかも楽しみでした。現在は隅田川貨物駅に常磐線、南千住駅~北千住駅間で分岐して入線していますが、当時はこの連絡線が工事中で武蔵野線からの列車は東北貨物線、田端操車場、常磐貨物線経由で隅田川駅に入線、機関車は到着後、田端操車場に引き上げていました。

Ef64-50-050409 2005/4/9 亀有 EF64 50号機 1エンド先頭

Ef64-55-070415 2007/4/15 馬橋 EF64 55号機 2エンド先頭

Ef64-69-061203 2006/12/3 西浦和 EF64 69号機 2エンド先頭

Ef64-47-060211 2006/2/11 新座 EF64 47号機 1エンド先頭

Ef64-52-060422-2 2006/4/22 新座 EF64 52号機 1エンド先頭

Ef64-6247-070203 2007/2/3 新座 EF64 62+47号機 2エンド先頭

当時は篠ノ井への帰途は2459レとして田端操車場から常磐線、武蔵野線、中央本線のルートで帰って行きましたが、田端操発13:14、北長野着23:49の10時間以上の仕業でした。ときには重連になることもありました。

Ef64-60-050429
2005/4/29 立川 EF64 60号機 2エンド先頭 新鶴見に向かう、上り列車ダイヤの乱れなのか上りコンテナ列車が日中見られることはレアケースでした。

Ef64-19-040125 2004/1/25 EF64 19号機他 新鶴見信号場

次回の記事からは再び、2018年の旅に戻ります。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 5日 (月)

2020年10月1日、9000系4連9108F 西武多摩湖線で運用開始

9月から萩山駅などに掲出されたポスターでも予告されていましたが、2019年3月までライオンズカラーのL-train 2代目として活躍し、横瀬で4連化短縮改造された9108F(国分寺←9108ー9208ー9908ー9008→西武遊園地)が10月1日から多摩湖線にて営業運用に投入されました。

Dsc03016_20201004061501
萩山駅に掲出された9000系運用開始のポスター

 ┌国分寺1713←1706萩 山─○
6456
 └国分寺1717→1735遊園地┐ 
6079
 ┌国分寺1756←1740遊園地┘ 
6084
 └国分寺1800→1817遊園地┐ 
6087
 ┌国分寺1837←1820遊園地┘ 
6092
 └国分寺1840→1857遊園地┐ 
6095
 ┌国分寺1917←1900遊園地┘ 
6100
 └国分寺1920→1937遊園地┐ 
6103
 ┌国分寺1957←1940遊園地┘ 
6108
 └国分寺2000→2017遊園地┐ 
6111
 ┌国分寺2036←2020遊園地┘ 
6116
 └国分寺2040→2057遊園地┐ 
6119
 ┌国分寺2117←2100遊園地┘ 
6124
 └国分寺2120→2137遊園地┐ 
6127
 ┌国分寺2157←2140遊園地┘ 
6132
 └国分寺2200→2222遊園地┐ 
6135
 ┌国分寺2253←2228遊園地┘ 
6140
 └国分寺2258→2317遊園地┐ 
6143
 ┌国分寺2359←2337遊園地┘ 
6148
 └国分寺2410→2429遊園地─△
6149
 
初日(10/1)の運用 情報は西武新宿線運用情報のサイトから この日は夕刻からだったので、撮影には不向きであったと思います。

Dsc02789 2020/10/2 萩山駅で263Fを撮影していたら、視界に濃紺の車両が!

Dsc02790
7時25分、6411レとして萩山に到着した9108F、一旦電留線に引き上げ

Dsc02792
Dsc02795_20201004062901 7時35分、3番線に入線

Dsc02797
Dsc02805_20201004063201
わたしも10月2日、つくばから一橋学園に戻る際に萩山で目撃、乗車しました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 2日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 14 かつて塩尻駅でみた車両 その2 EF64 0番台重連貨物

国鉄型電機が民営化前に継承されずに消えてゆく中でEF64,0番台、1000番台は20世紀が終わり、21世紀が始まる頃には0番台79両、1000番台53両の計132両が全機健在で話題になったものでした。

民営化の時点では

JR東日本 高崎運転所 36-39 1001
     北長野運転所 41 42
     長岡運転区 1029-1032 1051-1053
JR東海  名古屋車両区 2 35 66
JR西日本 下関運転所 1 9
JR貨物  高崎機関区 3 8 1002-1028 1033-1047
     塩尻機関区 10 13-26 43-55 58-64 68-70
     稲沢機関区 4-7 11 12 27-34 56 57 65 67 71-79
     岡山機関区 40 1048-1050                 が継承、配置されました。
廃車が出たのは2003年度のことで、なんと最初の廃車は長期休車となっていた長岡運転区の1029号機でした。
それ以降、0番台は37号機を残すだけとなり、1000番台も10数両が鬼籍入りしました。

2007年3月のダイヤ改正時には
塩尻機関区篠ノ井派出にEF64 0番台24両
20 22 40 44-52 54 55 58-64 68-70
愛知機関区にはEF64 0番台21両
4 10 15 30 31 33 34 43 53 56 57 67 71-79
が配置されており、
前者は 篠ノ井~辰野~南松本、南松本~新鶴見、新鶴見~篠ノ井、篠ノ井~坂城、篠ノ井~北長野~隅田川~田端操~隅田川~北長野~篠ノ井、篠ノ井~坂城~篠ノ井~西上田~篠ノ井、篠ノ井~南松本~辰野~南松本、南松本~新鶴見、新鶴見~南松本 といった行程を繰り返し、

後者は 稲沢~南松本~稲沢 2行程、稲沢~北長野~篠ノ井、篠ノ井~北長野~稲沢、稲沢~南松本~稲沢6行程、稲沢~北長野~篠ノ井、篠ノ井~西上田~篠ノ井、篠ノ井~北長野~稲沢、稲沢~南松本~稲沢4行程 と篠ノ井線、信越線運用は両者で担当し、東京方面は篠ノ井派出、名古屋方面は稲沢が対応する役割分担でした。これらのうち、多くの運用が総括制御機能を発揮した重連運転でした。

Ef64-3075-070324 2007/3/24 塩尻駅を通過するEF64 30+75の重連貨物列車

Ef64-5743-070324

Ef64-5743-070324-3 2007/3/24 こちらは57+43号機の重連貨物列車

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年10月 1日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 13 かつて塩尻駅でみた車両 その1 123系

2018年の旅ではありませんが、塩尻駅は2007年3月の初訪問以来、18切符乗り継ぎの旅などでも何度か訪れています。

1231-070324 2007/3/24

1231-070324-12

そんな中で印象に残っている車両といえば、国鉄時代に(JR東海になってからも2両)荷電等から改造され、JR東日本、JR東海、JR西日本に継承された123系です。

1431-110608 2011/6/8 大宮にて クモヤ143-1

中央本線の塩嶺トンネルルートの開通で旧線となった塩尻~辰野間の輸送力適正化用としてクモニ143-1を種車に1986年に長野工場で改造されたのがクモハ123-1でした。

Img_7422
1231-070324-14
それまで旧形車から改造された車両が多かった荷物電車と新性能電車の併結による運用では高速化の妨げになることから、1977年に登場した首都圏ATC対応の事業用車(牽引車)クモヤ143形の1M方式(1C4M)を踏襲し、近畿車輛で1978年8月5日に1~5、1982年4月27日に6~8の計8両が製造されたのがクモニ143形でした。1~5が信越本線用として長野運転所に配置、6~8が伯備線用として岡山電車区に配置されました。長野配置車は1985年に1~3が大垣電車区へ、4,5は長岡運転所に転出しました。
1986年の荷物輸送廃止で用途を失い、4,5の2両はクモヤ143形50番台に、残りの6両はクモハ123形に改造されました。

1231-070324-26
1231-070324-27

クモハ123-1は松本運転所に配置され、1986年11月1日のダイヤ改正に合わせて使用開始されました。車両愛称は「ミニエコー」とされました。走行関係の機器は種車のものを流用し、主電動機はMT57、直並列制御を行いました。将来のワンマン運転を考慮し、側面両端部に幅1,000 mmの片開扉を設け、側面窓は幅674 mmのユニット窓とし、一部の窓は種車のものをそのまま流用しました。ワンマン運転設備は1990年に設置、冷房装置は1993年に集約分散式AU712形が2基搭載されました。

1231-070324-5

改造当初は白地(クリーム10号)に緑帯(緑14号)の塗装でしたが、その後ローズピンクと白色のツートーンカラーに変更されました。

2013年3月のダイヤ改正で運用を終了し、E127系に置き換えられて消滅しました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

カテゴリー

2020年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村