2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 43 須坂長野東インターそばのラーメン店に保存される2両の車掌車
レストラントレインギャラリーNAGANOにて長野電鉄2500系を見学した後は長野県下の都市公園で動物園も併設されている臥竜公園に向かいました。その前に立ち寄ったのが、村山駅からこちらに来る際に須坂長野東インターそばのラーメン店「蔵」の駐車場に保存されている2両の車掌車、ヨ5000形13581と13824でした。
2018/9/1 喜多方ラーメン店「蔵」の駐車場に保存される2両の車掌車
番号的にヨ5000形にこれらが属するのは不自然ですが、ヨ5000形式は、1959年に汐留~梅田間で高速貨物列車を運転するに当り、それまでの主力車掌車であったヨ3500形の軸箱支持装置を二段リンク化改造し、最高許容速度を75km/hから85km/hにしたのがヨ5000形式でした。
ヨ13581に関しては元々ヨ3500形として製造されたのではなく、最初は戦時設計の3軸無蓋貨車トキ900形として国鉄多度津工場にて製造されたものだそうです(情報はこちらから)、1951年にヨ3500形に改造されたそうです。トキ900形はヨ3500形以外にも暖房車マヌ34形、ヌ100形、有蓋車ワ10000形、ワム90000形、豚積車ウ300形、陶器車ポ300形、長物車チサ1600形、操重車ソ50形、雪かき車キ950形等に改造されています。
番台区分
5000番台 ヨ5000~ヨ5011
1959年、東海道線高速貨物列車用にヨ3500形から改造されたグループ。5005~5011はコンテナ特急「たから号」専用車両として車体が淡緑3号、台枠が赤3号に塗装されました。
5500番台 ヨ5500~ヨ5149
ヨ3500形式に代わる新しい車両者として1962年に東急車両製造と協三工業で100両新造された区分。車体が全溶接構造となり、リベットが無くなりました。
5800番台 ヨ5800~ヨ5828
北九州の石炭列車の緩急車として従来のセフ1の老朽代替として、5500番台29両を1977年から1979年にかけ若松工場で改造したもの。
13500番台
1967年以降にヨ3500形を二段リンク化改造した車両。元番号に10000を加え、ヨ5000形式に編入したもので本来は13500~14844となる筈ですが、未改造の車両も200両程度あり、欠番が存在します。
1986年の貨物列車緩急車連結廃止で大半が余剰となり、1987年の分割民営化で5両がJR東日本に継承されるものの、既に廃車となっています。
最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。
« 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 42 地方私鉄に譲渡された東急5000系初代 | トップページ | 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 44 臥竜公園内須坂市動物園に保存のD51401号機 »
「貨車・貨物列車」カテゴリの記事
- 2024年春の名古屋周辺旅行 遠州鉄道編 その2 遠州鉄道の車両 ED28形電機とホキ800形貨車(2025.02.10)
- 2024年度 新鶴見配置の2番機 EF210-364号機を八王子にて撮影(2025.01.28)
- 2024年度 吹田配置の1番機 EF210-365号機を撮影、新座でのEF210の競演(2025.01.27)
- 秩父鉄道の電車・貨物列車を久しぶりに撮影(2024.11.26)
- 2023年晩夏の関西旅行 JR貨物編 その3 彦根駅を通過する東海道線貨物列車(2024.11.14)
コメント
« 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 42 地方私鉄に譲渡された東急5000系初代 | トップページ | 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 44 臥竜公園内須坂市動物園に保存のD51401号機 »
B 767-281様お早う御座います。久しぶりに雨が降り乾燥が緩和されていい感じです。さてトキ900、所謂戦時設計の3軸貨車ですね。「陸蒸気からひかりまで」と言う優れたイラスト集で、確かこれまた戦時設計のD52に引かれている姿が描かれていた記憶があります。調べて見たら1959年には消滅した、とありました。単純な消滅ではなく、かなりの両数が改造されているのですね。初めて知りました。ありがとうございます。その時期の国鉄はかなりの事故車を廃車にせず復旧しています。今と違いモノを大切にしていたのだな、と思いました。
投稿: 細井忠邦 | 2020年11月25日 (水) 09時46分
細井忠邦さま、おはようございます。
3軸貨車私もトキ900ではありませんが、小学校の頃、国分寺駅などで見た覚えがあります。真ん中の軸が左右に動く自由度が確保されていなかったため、曲線での通貨抵抗がものすごく大きかったようですね。
そういった貨車の一部を利用して車掌車などに改造されていたことは今回私も初めて知った次第です。
「陸蒸気からひかりまで」、私も昔から鉄道ファン誌などの広告でよく見た覚えがあります。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2020年11月26日 (木) 04時11分