« 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 65 長野電鉄で短縮版小田急ロマンスカーHiSEに乗車 | トップページ | 2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その1 松本まで »

2020年12月28日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 66 しなの鉄道線に関して

2018年晩夏の信州の旅、往路は中央本線でしたが復路はしなの鉄道で軽井沢へ、碓氷峠はバスで下り、横川からはJR東日本を利用しました。

Photo_20201227093601

しなの鉄道株式会社 ロゴ

しなの鉄道は1997年10月1日北陸新幹線高崎~長野間の開業でJR東日本から経営移管された旧信越本線軽井沢~篠ノ井間(65.1km)を運営する会社(第三セクター鉄道 長野県73.64%、長野市3.88%、八十に銀行2.69%、上田市2.23%、千曲市1.98%)として設立されました。2015年3月14日には北陸新幹線長野~金沢間の延伸開業で長野~妙高高原間(37.3km)も経営移管されました。篠ノ井から長野に関しては引き続きJR東日本が経営し、しなの鉄道が乗り入れる方式となっています。

路線最大の運賃収入が見込まれる同区間については篠ノ井線の特急列車ダイヤ調節との理由からJR東日本は経営分離しないことから、しなの鉄道側は不満を訴えてきました。

長野県とJR東日本長野支社が2002年に実施した調査では同区間の年間運賃収入は約14億円であり、仮にしなの鉄道が同区間の経営を担当した場合、JRグループ各社との間で列車の運行調整を行うためには技術的経費的に困難であること、さらにしなの鉄道の当時の人件費・駅管理費等の維持コストを基に営業損益を試算すると年間10億円の損失が生じることがわかり、引き続き従来通り、しなの鉄道が乗り入れる方式となりました。

現有車両はJR東日本から譲渡された115系2020年から導入が進められているSR1系ですが、今回の記事では既に退役した169系について触れようと思います。

169-s53-091231
169-s53-091231-2
169-s53-091231-32009/12/31 篠ノ井 169系S53編成

169系に関しては拙Blogにおいても2013年7月16日記事で触れていますが、1963年10月1日の碓氷峠新線開業でEF63重連による推進・抑速運転方式となりましたが電車の編成両数は8両に制限されていました。1967年165系900番台としてEF63重連との協調運転可能な編成が試作され、1968年から1969年にかけ、協調運転可能な装置類を搭載した系列として誕生したのが169系でした。McM'Tc27組81両が新製、サロ165形を改造した19両、サハシ153形を改造した10両の計110両の所帯となりました。

169

しなの鉄道には3両編成4本(S51~S54)と部品供給用の車籍無しの3両が譲渡されました。全ての編成がJR時代は快速「みすず」で活躍していた4連のアコモ改良工事施工車でシートはD21もしくはD23リクライニングシートでした。譲渡にあたり、サハ165が抜かれ3連となりました。トイレは使用禁止で、保安装置はATS-SNのため、S54編成はATS-Pを撤去しました。サービス電源はS52以外はSIVに換装されました。塗装は移籍時は旧長野色でしたが、まもなくしなてつカラーに変更されました。S52編成に関しては2008年9月、信越本線軽井沢~関山間開業120周年を記念し、旧国鉄色となり、2009年3月にはしなの鉄道色に戻り、2010年9月18日、2回目の旧国鉄色となりました。

2013年3月15日を以て営業運転を終了、同年8月1日までに全車廃車となりました。坂城駅に保存されたS51編成については後日、触れます。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 65 長野電鉄で短縮版小田急ロマンスカーHiSEに乗車 | トップページ | 2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その1 松本まで »

旅行・地域」カテゴリの記事

電車165/169系」カテゴリの記事

三セク鉄道」カテゴリの記事

コメント

B 767-281様お早うございます。169系は妙高などで何回か乗車しています。高校当時、特急にはなかなか乗るのは高嶺の花。急行は便利な種別でした。周遊券で自由席に乗れたのも良かったです。晩年はミツの169系がむさしの号の運用に入り、これがお得意感があり何度か利用しました。振り返るとあっという間に引退した感じです。あとは西日本のクハ455が残るのみでしょうか?さてたまたま時間があって安倍晋三の国会での言い訳を見ましたが酷いものでした。2021年はまともな政治になって速やかに有効なコロナ対策をしてほしいものです。

細井忠邦さま、おはようございます。

国鉄の急行型車両、現役時代は特急型車両とは違い、一部を除いてHMなどが付けられることはなく、写真を撮っても列車名がわからないこともあり、よく乗車した割には、いまいち写す気持ちがわかなかった車両達だったようにおもいます。

それが急行列車の消滅ととにあれよという間に消え去ってしまい、何でもっと丁寧に記録しておかなかったかと思ったことがあります。

安倍晋三の言い訳、秘書が全てやりましたは、自分は最近まで全く知りませんでした。まるで子どもの言い訳で、またぞろ嘘をついていることが容易に推察できますね。なんであんな人間を度重なる国政選挙で勝たせていたのか、元を正せば政治に無関心な国民が悪いのかも知れませんが。

B767−281様 明けましておめでとうございます。最新の記事にコメント欄が見つからなかったのでこちらに記入させていただきます。この時代移動は大変ですが、早朝に出れば密を気にせずに行けるんのだな、と気づきました。さて信州方面もご無沙汰になって久しいと「まだ115系など走っているのでは」などと錯覚に陥ってしまいます。東日本の車両更新のスピードは早いですね。さてアルピコの旧3000系の塗装、小田急ロマンスカーに似ていますね。(笑い)2021年になりました。今年こそまともな政治を取り戻し、しっかりした頃なコロナ対策をとって欲しいものです。「緩んでいる」など国民のせいばかり言う政治はもうごめんです。

細井忠邦さま、おはようございます。
遅まきながら,明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

コロナ感染増大が続く中、不要不急の外出はできるだけするなと言われる世の中、しかも高齢者は危険と言われる中でしたが、早朝出発で片道6時間の各駅停車の旅を敢行してしまいました。
今年は総選挙もあり、政権交代があるべきだと思っています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 65 長野電鉄で短縮版小田急ロマンスカーHiSEに乗車 | トップページ | 2020年の御用納め、18切符で再び長野へ その1 松本まで »

カテゴリー

2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村