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2021年2月24日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 91  横須賀色の電車達 その16 1975年の飯田線 豊橋駅 part3 クハ47形

 横須賀色の旧国シリーズ、今回も1975年3月、廃止直前の「高千穂・桜島」から撮影した豊橋機関区の飯田線車両で、クハ47形です。

47-68-ef10-750304edit 1975/3/5 豊橋 飯田線クハ47、クハ68とEF10

同形式は先だっての身延線シリーズでも登場しました。1975年当時、飯田線関係では
豊橋に114、中部天竜に151、伊那松島に009 011 069 070 074 076 102 104 108 116 153 155が配置されていました。

009のみがオリジナル、クハ47として製造されたもので、
011は先日の記事にあるように「1950年8月24日に身延線島尻トンネル内でモハ30173が全焼する事故が起こり、1952年にクハ47として復旧し、一旦は47023となりましたが、1959年12月の改番で47011となりました。名義上は復旧ですが、車体は新製されました。」でした。

069、070は1956年、サハ48015,010に運転台を取り付けたもの、074、076は1961年、高崎管理局向けにサハ48019,020に運転台を取り付けたもの

クハ47100番台偶数車は東海道本線京阪神地区向けに製造され、戦時改造から漏れ、戦災を受けなかったクハ58形9両を1953年6月の車両形式称号改正でクハ47形に編入したものでした。

47100 ← 58002
47102 ← 58003
47104 ← 58007
47106 ← 58008
47108 ← 58018
47110 ← 58020
47112 ← 58021
47114 ← 58014
47116 ← 58016

014、016が番号的に後回しになっているのは改番当時伊東線所属でトイレの設置が無かったためで、後年設置改造されました。改番当時は上り向きで本来、奇数番号になる筈でしたが、後年方向転換され下り向きになりました。

151は第一次流電用サハ48形036に1958年に025を運転台取り付け改造して誕生した025を1959年12月の番号整理で改番したもの
153、155は第3次流電用サロハ66形(66018,66019)を1952年に運転台取り付け改造で47021,47022となっていたものを1959年12月の番号整理で改番したもの。

まさにいろいろな出自のクハ47形が飯田線にて最後の活躍をしていました。
同じ写真に写っている電機はEF10で当時豊橋機関区には
EF10 12 14 16 20 21 22 23 24 30 31 32 41 が配置されていました。 EF10の車体は16号機までが庇付リベット組立、17~24号機が丸形溶接、25号機以降最終の41号機までが角形溶接車体でした。台車も17.20~24はHT57、30~33はHT58の一体鋳鋼台車でした。
写真からは庇の有無が分かりませんが、無いならば41号機、あれば12,14,16号機ということになりますか?

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