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2021年3月31日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 99 上田電鉄1000系電車

昨日の記事では2008年から上田電鉄に投入された元東急1000系の中間車を改造した6000系を紹介しました。中間車からの改造だけあって、我々が東急1000系に対して持っているイメージからはかなりかけ離れたスタイルの車両でした。


1001-180902 2018/9/2 下之郷車両基地で休む1001F 東急時代の赤帯スタイル

それに対して今回紹介するのは東急1000系の先頭車両からの改造車で上田電鉄においても1000系を名乗る車両です。2両編成4本が導入され、種車は
デハ1315・クハ1015 1991年9月製造
デハ1318・クハ1018 1991年10月製造
デハ1314・クハ1014 1991年9月製造
デハ1316・クハ1016 1991年10月製造 です。

1102-180902 下之郷駅に進入する1002F 原田泰治デザインのラッピング電車「自然と友だち1号」白を基調としたデザイン

これらは元々、目蒲線用に投入された1000N'系と言われるグループで、
クハ1000+デハ1200+デハ1200+デハ1310 の4両編成でした。2008年に新7000系が投入されたことで1月までに1015F・1018F、7月に1014F・1016Fが運用から離脱し、中間の2両は廃車され、両先頭2両が東急テクノシステムで改造の上、譲渡されました。


1103-180902 下之郷 1003F 同じく原田デザインのラッピング電車「自然と友だち2号」黒を基調としたデザイン
1004Fは撮影していませんが、2015年3月28日より、7200系7253Fと同じ「まるまどりーむ号Mimaki」となりました。インクジェットプリンターメーカーのMimakiが協賛しています。

改造にあたって
・デハ1000形の運転台寄りにパンタグラフを増設、2基搭載・既設パンタのシングルアーム化
・客用扉外側に取っ手を追加
・連結面に転落防止幌を設置
・行先表示幕を上田電鉄仕様のものを追加で設置
・車内暖房の強化
・運転室への地方型ワンマン運転対応設備の追加
・運転室背面に液晶ディスプレイ式案内表示器(運賃表示器併用)・運賃箱・整理券発行機を新設
・種別表示幕に「ワンマン」表示を追加
・クハ1100形に車椅子スペースを新設
・優先席付近のつり革をオレンジ色から白色に変更
・ATS関連機器の交換      といった工事が施工されました。


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2021年3月30日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 98 上田電鉄6000系電車

2018年晩夏、信州保存車両巡りの旅、上田からは上田電鉄別所線に乗車、別所温泉まで往復しました。
別所線は先日の記事で紹介しましたが、別所温泉への湯治客を輸送するために上田温泉電軌が1921年に開通させた路線で、三好町(現在の城下)~上田原間が青木線、上田原~別所(現在の別所温泉)間が川西線でした。1924年に上田駅まで乗り入れました。

6001-180902
6001-180902_20210329144001
2018/9/2 上田駅

現在の上田~別所温泉間は営業キロ11.6km、軌間は1067mm、駅数15、全線単線、自動閉塞方式、交換可能駅は城下、上田原、下之郷の3駅です。2019年10月13日の台風19号で千曲川鉄橋が落下し、上田~城下間が不通になっていましたが、2021年3月28日に運行か再開されました。

6001-180902-3
2018年9月2日、上田駅で待っていたのは6000系デハ6001-クハ6101編成でした。

上田電鉄では750V時代にモハ5250形「丸窓電車」をはじめ買収国電の改造車、長野電鉄からの譲受車など雑多な車種が使用されており、電動車の制御方式が統一されておらず、合理的な保守が難しく、かつ経年車が多く、交換部品の入手も難しい状態でした。1986年10月1日、東急電鉄の助言を受け、架線電圧を1500Vに昇圧し、東急から譲渡された5000系 デハ5001 - 5004・クハ5051 - 5054・5200系デハ5201・クハ5251の営業運転を開始し、従来からの車両は全て廃車にしました。これらの車両が老朽化した1993年からは7200系モハ7251-クハ7551~モハ7255-クハ7555の10両を譲受し、長野県下初の冷房編成として走らせました。しかし、7200系の老朽化も進み、2008年から東急1000系への置き換えが進められ、2018年5月、すべての編成が引退となりました。

6001-180902_20210329144101
6001-180902_20210329144102
真田の六文銭をモチーフにしたデザイン

東急1000系は1988年12月26日に営業運転を開始した系列で9000系の設計を基本に18m級3扉車として7000系の後継として東横線から日比谷線乗り入れ車両、若しくは池上線の7200系の代替車両として、8連8本、4連4本(東横・目蒲線兼用)、3連11本の113両が製造されました。

6001-180902_20210329144301 車内の様子は東急時代とあまり変わらない

6101-1809026101-180902_20210329144401
顔は中間車からの改造のため、1000系とは大きく異なっています。左:上田駅 右:下之郷駅

上田電鉄には運転台付きの車両が1000系、中間車に運転台を取り付け改造した車両を6000系として譲渡されました。6000系は1005Fの中間車2両が改造種車で、1991年10月製造のデハ1305・デハ1255が2015年3月にデハ6001-クハ6101に改造されました。

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2021年3月29日 (月)

西武多摩湖線に9103Fが真っ赤な塗色でデビュー

西武多摩湖線には2020年10月9000系9108F・4連の投入以来、9105F9102Fと続々と4連化された9000系が投入されてきました。2月18日から22日にかけては101N系のラストランが行われ、そのきっかけとなった国分寺駅7番線ホームのホームドアも3月13日のダイヤ改正からまもなくして稼働を開始しました。

Dsc02698_20210328081801 2021/3/26 一橋学園~青梅街道 

一方で、9000系9103Fは池袋線での10連運用を2020年12月1日に終了し、横瀬基地に回送、4連化され武蔵ヶ丘検修場に入場、ワンマン対応化など多摩湖線での運用に向けた各種改造が行われてきました。Red Lucky Trainの塗色がどうなるのかも気になるところでしたが、3月24日武蔵ヶ丘を出場、試運転が行われ、入曽基地に回送、翌25日夕刻から早速、多摩湖線運用に投入されました。

Dsc02712 萩山~青梅街道

Dsc02730 萩山

注目の塗色はRed Lucky Trainの塗色から白色部分が除かれ、赤一色の塗色となりました。

Dsc02687 側面の行き先表示の列車種別表示部分の地色も車体塗色の赤に合わせてあります。

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2021年3月26日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 97 上田駅と上田電鉄

テクノさかき駅から軽井沢行きのしなの鉄道の電車に乗車、約8分で上田駅に到着します。

180902_20210325191001 2018/9/2

180902_20210325191101 観光情緒たっぷりのしなの鉄道上田駅入り口

上田駅はJR東日本北陸新幹線、しなの鉄道、上田電鉄別所線の3路線が乗り入れる駅ですが、1888年8月15日、官設鉄道が長野駅~当駅間を開通させた際に終着駅として開業しました。その後、官設鉄道は同年12月1日には軽井沢駅まで延伸しました。1909年10月12日国有鉄道線路名制定で高崎~新潟間は信越線と命名されました。1914年6月1日には同区間は信越本線と改称されました。

180902_20210325191201 こちらは上田電鉄の入り口 1998年3月29日の高架化でそれまでの共用改札方式から独立方式となりました。

一方、当駅を起点とする上田電鉄別所線は1916年9月17日に創立した丸子鉄道株式会社1920年1月5日に設立された株式会社上田温泉軌道1943年10月21日に合併し成立した会社で、1921年6月17日温電青木線(三好町~青木間)、川西線(上田原~信濃別所間)が開業、1924年8月千曲川鉄橋の完成で上田駅に乗り入れるようになりました。一方、丸子鉄道は1918年11月21日、大屋~丸子間、1925年8月1日には上田東~大屋間が開業していました。

180902_20210325192701

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上田駅居酒屋も鉄道ファン向けのラッピング電車運行予定の公表も経営努力の一環です。

上田温泉軌道はその名の通り、当初は軌道法による会社でしたが1939年3月19日、地方鉄道法に準拠する鉄道に変更し、会社名も株式会社上田電鉄となりました。1943年の合併で上田丸子電鉄株式会社となり、バス路線の拡大も進めましたが、1958年11月4日、東急の系列会社となり、1969年5月31日には上田交通株式会社、2005年10月3日には鉄道部門が上田電鉄株式会社として独立しました。

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1997年10月1日の北陸新幹線長野開業で上田駅は高架化されましたが、上田電鉄の上田駅も1998年3月29日高架化され、丸窓電車にちなんでこんな窓が設置されました。


現有路線は上田~別所温泉間の別所線のみで、かつて存在した軌道線の青木線(上田~青木間)は1938年7月25日に廃止、下之郷と西丸子を結んでいた鉄道路線の西丸子線1963年11月1日に廃止、上田東駅から丸子町間を結んでいた鉄道路線丸子線1969年4月20日に廃止、上田駅の反対側の電鉄上田駅から真田駅、本原駅で分岐して傍陽(そえひ)駅を結んでいた鉄道路線の真田傍陽線は1972年2月20日に廃止されました。

180902_20210325193501

別所線も1970年代になると乗客減で廃止・バス代替案が提示されますが、沿線住民の反対運動と国・県・市からの補助金で廃止を何とか免れます、しかし1980年代にも経営危機が襲い、東急の肩入れ、7200系の導入やワンマン運転方式の導入、施設の改善で何とか持ちこたえました。2000年代以降も経営は苦しい状態が続きますが「別所線再生支援協議会」を中心とする存続支援及び利用促進運動が功を結び、自治体からの補助もあり、持ちこたえてきました。しかし、2019年10月13日に長野県地方を襲った令和元年東日本台風(台風19号)では千曲川橋梁が崩落し、別所線は全線運休となり、上田~城下間は長期不通に追い込まれました。鉄橋の組立工事、線路の敷設工事が完了し、運転再開は2021年3月28日となりました。

180902_20210325193601 乗車券はこういった「お得なきっぷ」を購入しました。

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2021年3月25日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 96 テクノさかき駅

2018年晩夏のしなの鉄道の旅、坂城のD51245号機を見学した後は一駅先のテクノさかき駅まで歩き、上田駅に向かいました。

180902_20210324183201 2018/9/2 しなの鉄道スタイルの駅名標

180902_20210324183401坂城駅方向から国道18号を歩いてくるとテクノさかき駅入り口の案内板が眼に入るので、そこを左折

180902_20210324183601

眼下に跨線橋と2面式相対ホームの駅が見えてきます。

この駅は国鉄、JR東日本信越本線時代にはなく、1998年7月2日に起工され、1999年4月1日、しなの鉄道として最初の新駅として開業した駅です。駅名もカタカナとひらがなからなり、ローマ字表記はTechnoではなくTekunoとなっている点もユニークです。

180902_20210324183602 工業団地に隣接する新駅らしくモダンなスタイルの駅舎です。

駅名から分かるように日精樹脂工業をはじめとする金井中之条工業団地の工場群が駅周辺に広がり、駅東側には坂城テクノセンターがあります。

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2021年3月24日 (水)

木更津駅で遭遇したもう一つの「E13*」形式

昨日の記事では2021年春のダイヤ改正でデビューしたE131系を紹介しましたが、木更津駅ではもう一つのE130番台を見ることができます。
それは2012年12月1日から営業運転を開始した久留里線用キハE130形100番台です。

Dsc02653_20210323192201 2021/3/22 木更津派出 木更津駅のホームから キハE130-101

Dsc02662 キハE130-107

Dsc02659 キハE130-109

Dsc02660キハE130-106

配置は木更津駅横の幕張車両センター木更津派出で新潟トランシス製の101~110の10両が投入されています。

同形式番台に関しては2014年1月2日に久留里線を訪問した際に乗車、撮影しており、郡山車両センター公開イベントでも撮影はしていますがBlog記事として木更津派出を含めて紹介していなかったので今回、記事にまとめました。

幕張車両センター木更津派出は国鉄時代は千葉機関区木更津支区、千葉の鉄道が気動車王国と言われた時代は千葉気動車区木更津支区でしたが、1975年3月10日の総武本線、成田線、鹿島線の電化完成で久留里線以外の線区が電化されると木更津支区は佐倉機関区に移管となりました。1987年4月1日の国鉄分割民営化でJR東日本に承継され、幕張電車区木更津支区に、2004年の組織名改称で千葉運転区木更津支区、2007年3月18日からは館山運転区も併合し、木更津運輸区が発足し、運転部門は木更津運輸区、検修部門が幕張車両センター木更津派出となりました。

De10-1752-dl100-120211 2012/2/11 木更津 DE10 1752号機

過去にはキハ30形、キハ37形、キハ38形が配置され、千葉支社管内で工臨が運転される際のために高崎車両センター高崎支所配置のDE10形が常駐しています。3月22日も内房線でDE10の単機運転に遭遇しました。

Img_2151 2012/2/11 木更津 C61 20 号機 千葉機関区の区名札と 運用行路が刺してあります

また千葉支所管内でSL等牽引の臨時列車が運転される際には同派出に留置されることが多くあります。2012年2月内房線100周年号としてC6120号機が運転された際には同派出が基地となっていました。

キハE130系は2007年1月19日、水郡線にそれまで活躍していたキハ110系の置き換えを目的に投入され、その後、100番台が久留里線、2017年12月2日からは500番台が八戸線に投入されました。0番台や500番台は両運転台、片運転台のキハE130、E131+E132形式でトイレ付(E131)、セミクロスシートであるのに対し、100番台は両運転台、ロングシート、トイレ無しのキハE130形のみとなっています。

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2021年3月23日 (火)

2021年3月ダイヤ改正、房総地区にデビューしたE131系

今回のダイヤ改正で本格的に運転を開始した車両にJR東日本が千葉内房、外房線、鹿島線に投入したE131系があります。

Dsc02665_20210322151601 2021/3/22 木更津駅 ダイヤ改正で新型車両の導入を告知するポスター

Dsc02655

Dsc02657
2021/3/22 木更津駅に到着、折り返すE131系R04編成

これまで同線には京浜東北線から引退し、4連もしくは6連に改造された209系2000番台、2100番台(両者の違いはドアエンジンで0番台1・2次車を種車とする空気式ドアエンジン装備車が2000番台、3次車以降の電気式ドアエンジン装備車が2100番台)が運用されていましたが、4両や6両では容量過多となる場合もあること、効率的なメンテナンスを行うため線路設備モニタリング装置や車両状態監視装置を搭載した新形式、新造車の導入すべきとの考えから、国鉄時代の113系以来51年ぶりの新型車両の投入となりました。

Dsc02669 乗務員室ドア上に設置された外部モ二ターカメラ 最近、E531系ワンマン運転対応車などにも設置されています。

2両編成で1M1T方式とし、運転席から乗客の乗降を確認できるワンマン対応機器を備え、スイッチングとダイオード部にカーボン珪素(SiC)を使用した省電力仕様となっているのが特徴です。

主要諸元
設計最高速度 110 km/h
最高速度 110 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度 4.2 km/h/s
編成定員 277名(0番台)267名(80番台)
編成重量 71.9 t(0番台)72.9 t(80番台)
全長 連結面間距離:20,000 mm
車体長 19,570 mm
車体幅 2,950 mm
車体高 3,620 mm (パンタグラフ折り畳み時:3,950 mm)
床面高さ 1,130 mm
車体 軽量ステンレス(sustina)
台車 動台車:DT80系、従台車:TR273系(車輪径:⌀860 mm)
主電動機 全閉型誘導電動機 MT83×4
主電動機出力 150 kw
歯車比 14:99=1:7.07
制御方式 SiC素子VVVFインバータ制御
回生ブレーキ・発電ブレーキ付き
保安装置 ATS-P ATS-Ps EB・TE装置

Dsc02674 車内の様子 E235系1000番台などと共通化が図られています。

製造は総合車両製作所新津事業所が担当し。12編成が投入されました。R01~R10編成が0番台、R11,R12編成が80番台となっています。80番台は線路モニタリング装置が搭載され、そのために床下に擬装できなかった機器が車内に搭載されました。
R01,R02編成は2020年7月16日に姿を現し、その後、2編成単位で関東地方に甲種回送され、2021年3月13日から運用に入りました。80番台のR11編成(2021/3/2),R12編成(2021/3/19)はそれぞれ単独で甲種回送されました。

同系列は今後、鶴見線や南部支線、相模線などへの投入が予想されます。

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2021年3月22日 (月)

西武山口線で活躍するレオライナー8500系

8500系というと東急8500系や長野電鉄8500系が有名ですが、西武鉄道にも8500系があります。8500という系列番号の由来は製造初年が1985年だからだそうです。

8500-8501-210312-2 2021/3/12 西武球場前駅に接近するV1編成 8501~8504

8500-8501-210314-3 2021/3/14 駅名変更された西武園ゆうえんち駅に停車中のV1編成

現在の西武鉄道の系列番号を見てみると、1000番台は赤電や101系・101N系の非電動車、2000系、3000系、4000系、5000系、6000系まできて、7000系は山口線を現在のAGTシステムに転換する際に導入する系列として界磁チョッパ方式、白基調の塗装、窓周りを黒、車体裾に赤系の帯を入れた車両を計画し、設計図や完成予想図まで準備されていたそうです。それを発注前にVVVFインバータ方式とした現行の系列に変更したために空き系列番号になったそうです。そして新たに付けた番号が8500であるため、8000番台は6000系(編成内の各形式が6000~6900を使用)のような付番の余裕がなくなり、次の系列は9000系となったそうです。

8511-170924-2 2017/9/24 山口信号所で交換するV2編成

8500-8511-210130 2021/1/30 遊園地西駅(当時)に接近するV2編成 同編成は2020年9月15日から持続可能な社会の実現に向けた取り組み「サスティナビリティアクション」の一環としてのSDGs×Lions GREEN UP!プロジェクトトレインとして写真のようなラッピングが施され,運行されています。

製造は新潟鐵工所が担当、8501,8511,8521の3編成(V1~V3)が製造されました。AGT車両としては日本国内初のインバータ制御方式で他のAGT路線では自動運転装置(ATO)方式による無人運転が多い中、山口線では手動運転方式を採用し、イニシャルコストを削減しました。

導入後の1993年4月から山口線および8500系に「レオライナー」という愛称が与えられ、先頭部のHMの下にロゴが追加されました。

主要諸元
編成 4両編成
軌間 1,700 mm
電気方式 直流750 V (第三軌条集電方式)
最高運転速度 50 km/h
設計最高速度 80 km/h
起動加速度 3.5 km/h/s
編成定員 222人
車両定員 先頭車 71人(座席28人)中間車 80人(座席32人)
自重 先頭車 11.0 t 中間車 10.5 t
全長 8,500 mm
全幅 2,430.8 mm
全高 3,290 mm
主電動機 三相交流かご形誘導電動機 HS36632-01RB 車体側に搭載
主電動機出力 95 kW × 1
駆動方式 直角カルダン方式(差動装置付)カーブでの内輪差を吸収
歯車比 6.833 (6:41)
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置 VF-HR105
制動装置 回生制動優先電気指令式電磁直通ブレーキ HRDA-1
保安装置 ATS(点制御による多情報変周式車上パターン式)
備考 各データは2002年4月現在

8500-8521-180204-4 2018/2/4 西武球場前

8501-181124-2 2018/11/24 車内の様子

2000年代に入ると制御装置及びSIVのGTO素子の劣化のため、素子をIGBTに交換する更新工事が施工されました。4両編成で中間車に1基ずつ主制御器が搭載される1C2M方式で,更新過程では同一編成内に更新済みと未更新ユニットが混在することもありました。CPは西武球場前方先頭車(Mc1)に、SIVは多摩湖方先頭車(Mc4)に搭載されています。

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2021年3月19日 (金)

2021年3月ダイヤ改正、西武山口線 遊園地西駅が西武園ゆうえんち駅に 

西武遊園地駅が多摩湖駅に変更されたのと同様に、遊園地西駅が西武園ゆうえんち駅となりました。

161024 2016/10/24 リニューアル前の西武園ゆうえんちのメインゲート

161024_20210318181601 振り向けば階段を降りたところに西武遊園地駅がありました。

これまで西武園ゆうえんちの入園口は現在の多摩湖駅そばにありましたが、階段を経由するためバリアフリーの観点から好ましくないため、昨年11月からのリニューアルでは遊園西駅がメインゲートへの最寄り駅となりました。そのために駅名を西武園ゆうえんち改定することにしたようです。

210130-2_20210318182001 2021/1/30 リニューアル工事中の新メインゲート 右手が西武園ゆうえんち駅 撮影時は遊園地西駅

私も幼少の頃、両親に連れられ西武園を訪れた際に1950年開業の多摩湖ホテル前駅とユネスコ村駅を結ぶ「おとぎ電車」に乗車したのを憶えています。当時はバッテリーで動く機関車がトロッコを連結して牽引していました(Youtube動画はこちら)。当時の家族アルバムに写真があったと思います。
この鉄道は軌間762mmの軽便鉄道規格でした。1972年、日本の鉄道100年を記念して蒸気機関車の運行が開始され、1976年には軌道強化も行われ蒸機の重連運転も始められました。しかし、1984年5月14日を以って一旦営業は終了し、大規模な改修工事が行われ、線形改良、起終点駅の変更の結果、1985年4月25日から現在の案内軌条式鉄道(AGT)として他の西武鉄道路線と一体の運賃方式による営業が開始されました。これは施設の更新と西武ライオンズ球場へのアクセスの改善、輸送力増強を兼ねたものと言われています。

210314_20210318184201 2021/3/14 西武園ゆうえんち駅から多摩湖駅方面

210314_20210318184301 2021/3/14 西武園ゆうえんち駅から西武球場前駅方面

210314_20210318184302 2021/3/14 メインゲート付近の様子

171009 2017/10/9

210130-6 2021/1/30

210314-3 2021/3/14

210130
駅舎の駅名表示はダイヤ改正後は

210314_20210318185501 こういった表示に今のところなっています。

次回の記事ではレオライナー8500系について触れます。

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2021年3月18日 (木)

2021年3月ダイヤ改正、西武多摩湖線の終点が多摩湖に戻った その2

昨日の記事に続き、今回のダイヤ改正における西武遊園地駅の多摩湖駅への駅名変更で何が変わったかをリポートします。

9000-4-9108-2103122021/3/12 国分寺~一橋学園 ダイヤ改正前日

9000-4-9008-210314 2021/3/14 一橋学園 ダイヤ改正当日は大雨でしたので、翌日の好天の日曜日に

8500-8501-210312-6 2021/3/12 西武球場前 

8500-8501-210314 2021/3/14 西武球場前

まずは多摩湖駅は多摩湖線の終点であり、山口線の起点であるので、それぞれの線を走る車両の行き先表示が変わりました。8500系にとっては山口線が現在の方式になったのは1985年ですから、多摩湖という表示は今回初めてになります。

9000-4-9002-210314 2021/3/14 一橋学園駅に停車中の9102Fの車内表示

また、最近はドア上に行き先も表示されるのでそちらも変わりました。

車内放送も自動方式なので、システムのファイルを差し替えなければなりません。

210130-2 2021/1/30 西武山口線の駅名標

210314_20210317184801
2021/3/14 西武多摩湖線の駅名標

100102 2010/1/2 一橋学園駅の路線図

210314 2021/3/14 一橋学園駅の運賃表 部分拡大

駅関係では、駅名標はもちろんですが、ホームの行き先表示、路線図、運賃表なども変わっています。特に路線図や運賃表は西武線全駅、さらに相互乗り入れしている駅の分を考慮すると膨大な量の交換作業があったと思います。

210211_20210317183601
210211_20210317183602 2021/2/11 萩山駅のホーム案内表示と列車案内
3月に入って板が多摩湖バージョンに交換され、ダイヤ改正当日に剥がせば良いように紙が貼られるようになっていました。

210314_20210317184001


210314_20210317184002 2021/3/14 一橋学園駅のホーム案内表示と列車案内

と表面的に気がついた部分でも各駅大変な交換作業が発生したと思われます。このためにどれくらいの時間をかけて準備し、どれだけの予算が費やされたのか、コロナ禍で鉄道運賃収入が厳しい中、大変だったと思われます。

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2021年3月17日 (水)

2021年3月ダイヤ改正、西武多摩湖線の終点が多摩湖に戻った その1

西武多摩湖線は9000系4連の運用開始、101N系引退、国分寺駅のホームドア設置などで昨年秋から話題が豊富ですが、今回のダイヤ改正でも終点、西武遊園地の駅名が42年ぶりに多摩湖に戻されるなど大きな動きがありました。

210211 2021/2/11 萩山 西武園ゆうえんちのグランドオープンを案内するポスター

今回の駅名変更は現在、リニューアル工事中の「西武園ゆうえんち」のリニューアルと関係しているとのことです(情報源)。

多摩湖線は1928年4月6日に国分寺~萩山間4.4kmが開業、同年11月2日には萩山~本小平間1.0kmも開業しました。1930年1月23日には萩山から村山貯水池(仮)駅までの3.6kmが延伸開業しました。村山貯水池(仮)駅は現在の武蔵大和駅で都道128号線を越すガードの八坂よりにあったそうです。1936年12月30日に村山貯水池(仮)駅 - 村山貯水池駅間 (0.9km) が開業し、村山貯水池(仮)駅は武蔵大和駅となり、現在の場所に移設されました。1941年に村山貯水池駅は狭山公園前駅と改称され、1951年9月1日に、多摩湖駅に改称されました。1961年9月、路線の0.4km延長で西武園ゆうえんちに隣接する現在地に移転しました。これは多摩湖駅を8連、2編成入線対応にするためでした。この改良で武蔵大和駅の40mの交換設備は廃止され、その代わりに回田信号所が新設されました。

私も父親が通産省工業技術院機械試験所の村山分室(現在は東村山中央公園になっており、この線路沿いの広大な敷地には自動車のテストコースがありました)に勤務していた関係で1958年ごろから北多摩郡東村山町回田(現在の東村山市富士見町2丁目)に住むようになり、八坂駅が最寄り駅でした。1955年3月18日には小平~萩山間、1958年9月16日には萩山~多摩湖間が1500Vに昇圧され、萩山駅の配線も変更され、西武新宿から多摩湖までの直通運転が開始されました。

4111411ii 1975/4頃 武蔵関~東伏見 拝島・多摩湖行き 前の2両 クモハ411形+クハ1451形が拝島行き、後の2両 クハ1411形+クモハ451形が多摩湖行き

701-21975/4頃 武蔵関~東伏見 拝島・多摩湖行き 前の4両 701系が拝島行き、後の2両 クハ1411形+クモハ451形が多摩湖行き

1962年9月1日、萩山駅~小川駅間(1.6km)が開業し、西武新宿線の萩山での玉川上水方面、多摩湖方面の分割・併合運転が開始されました。下り電車は萩山駅で玉川上水方面が先に出発、上り電車は先に到着した多摩湖方面からの編成に後から玉川上水方面からやってきた編成が併結する方式でした。1968年5月15日に玉川上水~拝島間が開業し、小平~拝島間は拝島線となりました。

701-1755-80812 1980/8/12 萩山 西武遊園地から小平に向かう701系4連

いつ頃か忘れましたが、拝島線が西武新宿からの直通路線となる一方で小平~多摩湖間は同区間折り返し運転がメインとなりました。まだこの頃は国分寺~萩山折り返しがメインで多摩湖までの運転はなかったと記憶しております。多摩湖線は萩山を境に運用的には実質的に南北(西)に分断されていました。

351-80812 1980/8/12 萩山 国分寺~萩山間は351系3連や401系初代、二代目が投入されていました。

1979年3月25日、多摩湖駅は西武遊園地駅と改称されました。ちなみに西武鉄道時刻表の創刊号は1979年10月発刊ですので、多摩湖という駅名が掲載されるのは次号が初めてになるのですね。私も創刊号を購入した憶えがあるのですが実家の押し入れにあるはずで、今手元にはありません。ネットで古書価格を見たら10000円なんて表示されており、驚いた次第です。1985年4月25日のダイヤ改正で「おとぎ電車」から発展した西武山口線が案内軌条式鉄道で開通、野球やイベント開催時に国分寺~西武遊園地間に準急が設定されました。停車駅は国分寺・一橋学園・青梅街道・萩山・西武遊園地でした。この準急も1996年3月28日のダイヤ改正で廃止されました。

2013年3月16日のダイヤ改正で多摩湖線の運転形態は国分寺~西武遊園地間直通の現在の形態になりました。そして今回のダイヤ改正で西武遊園地駅から42年ぶりに多摩湖駅となりました。

駅名が変わるということは、単にその駅の駅名標が変わるだけではなく、路線図、ホームの行き先案内、列車の行き先表示、列車内の案内表示、運賃表示と実に多くのものを変えなくてはいけません。次回の記事ではその辺がどう変わったかをレポートします。

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2021年3月16日 (火)

2021年3月ダイヤ改正、おはよう新宿ライナー215系、185系から特急「湘南」E257系へ

今回のダイヤ改正では朝の東海道線通勤ライナーが廃止され、すべてE257系による特急「湘南」となりました。

ここ数週間、朝の原宿駅や恵比寿駅で湘南新宿ラインを新宿に向かう215系185系を撮影して来ましたが、3月15日からはこれらの列車は全てE257系になりました。

215-nl3-210301-2 2021/3/1 恵比寿 215系NL-3編成 8:25に通過

215-nl2-210308 2021/3/8 恵比寿 215系 NL-2編成 8:24に通過

215-nl3-210301-23 2021/3/1 恵比寿 上記の列車の折り返し回送列車は8:54頃、恵比寿を通過していました。

185-a8-210301-4 2021/3/1 恵比寿 185系A8編成による「おはようライナー」は8:54に恵比寿を通過していました。ちょうど215系の回送列車とすれ違うこともありました。まさに2021年3月改正で消える列車同士のすれ違いでした。

185-a7-210305 2021/3/5 原宿 185系A7編成

185-a6-210308 2021/3/8 恵比寿 185系A6編成

そしてダイヤ改正以降は
Dsc02598 2021/3/15 215系からE257系編成となった特急「湘南」 E257系2000番台NA-13編成(元M-116編成) 通過時間は同じ

Dsc02637 2021/3/15 恵比寿 E257系2000番台NA-06編成(元M-108編成) 改正前は185系編成だった列車 通過時間はほぼ同じ

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2021年3月15日 (月)

西武鉄道 狭山線に101N系,続々投入

3月13日土曜日、西武鉄道においてもダイヤ改正が行われました。今回は首都圏の多くの鉄道同様、終電の繰り上げ等、比較的地味な改正となり、例年発行されている西武鉄道時刻表も発行されませんでした。そんな中で「西武遊園地」駅が「多摩湖」駅に戻り、西武山口線(レオライナー)の「遊園地西」駅が「西武園ゆうえんち」駅になりました。これらの変化については後日、レポートしますが、今回はダイヤ改正の前日、3月12日の狭山線についてレポートします。

Dsc02426_20210314060001 2021/3/12 西所沢 

多摩湖線から101N系が引退し、狭山線で同系が活躍を始めたことは2月5日記事で触れました。その後、本来なら1月の車両交換で多摩川線から戻って来る予定だった1251Fが2月28日に甲種輸送され、3月2日には狭山線での運用が目撃されています(記事)。また2月15日、武蔵ヶ丘検修場に入場、3月11日に出場が目撃されていた1241F(記事)が12日には狭山線で活躍を開始しました。

Dsc02429_20210314060101 9:06発の6135レが1251F

Dsc02437 9:17発の6137レが1241Fでした。

Dsc02438_20210314060601 下山口では青系101N系同士の交換も

Dsc02456
Dsc02464_20210314060701西武球場前駅を出発する101N系編成

ちなみにこれまで池袋線小手指基地に配置され、主に狭山線で運用されていた2000N系4連、2513Fが新宿線南入曽基地に転属になったとのことです。

Dsc02574

私も3月14日に小平駅で2503Fを目撃しました。恐らく、2501Fも新宿線運用になっているのでは思います。

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2021年3月12日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 95 坂城町武道館裏のD51 245号機

このシリーズ、1月6日記事で坂城駅の169系編成について触れましたが、坂城駅で下車したのは坂城駅とテクノ坂城駅のほぼ中間の坂城町武道館裏のわんぱく広場公園に保存されているD51 245号機を見学するためでした。

Dsc07529 2018/9/2 車体全体的にはよく整備されているのですが、前照灯が欠けているのが残念です。

沖田祐作氏の「機関車表」によるとこの機関車は
1939-9-28 国鉄浜松工場 製番36
名古屋局配属
1939-10-4配置 浜松
1940-8-20金沢
1943-3-2敦賀
1957-10-1福井
1962-6-11上諏訪
1965-7-10(7-9?)稲沢第一
1966-1-23借入 奈良
1966-2-22返却
1966-7-1中津川
1973-7-20廃車 中津川
1973-10-27 坂城町文化センターに保存 といった経歴の持ち主です。

Dsc07527 山線での使用が多かったせいか大型の集煙装置が煙突に装着されています。

Dsc07522 重油併燃方式であったようで、ドームの後ろには重油タンクが載っています。

国鉄浜松工場製のD51は
1937年製 86 - 90(製造番号19 - 23)
1938年製 D51 199 - 206(製造番号24 - 31)
1939年製 D51 207 - 210・245 - 250・473 - 477(製造番号32 - 46)
1940年製 D51 518 - 530(製造番号47 - 59)
1941年製 D51 531 - 534・685(製造番号60 - 64)
1942年製 D51 686 - 689・819 - 826(製造番号65 - 76)この年から浜松工機部
1943年製 D51 827 - 830・848 - 852・861 - 863(製造番号77 - 88)

ちなみに製造番号1~18に該当する機関車は18900形(後のC51形)で1919年から18900 - 18917号機を製造しています。


潤滑油バルブは線路と同じ方向に砂管のパターンは前の一本がほぼ垂直、真ん中と後方が後ろに流れる感じで浜松工場製ではこれまで
89号機 豊橋動植物公園
200号機 梅小路機関区
688号機 岡崎南公園
824号機 上諏訪 を見ていますが、200号機、688号機、824号機の形態が似ています。

Dsc07532
逆転器リンクプレートの穴は小穴です。潅水清浄装置は助手席キャブ前のランボードに小型のものが載っています。

Dsc07540 この写真では分かりにくいですが、炭水車側の前照灯も欠損しています。

Dsc07519
信越本線で活躍したわけではありませんが、廃車を機にこの地に展示ということになったようです。

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2021年3月11日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 94 しなの鉄道 SR1系 ライナー編成

このシリーズ、1月26日の記事でしなの鉄道の横須賀色の115系に触れて以来、日本各地の横須賀色電車、クハ79形の形態変化とだいぶ横道にそれていましたが、再び2018年晩夏の旅に戻ります。

Sr1103-201228-2

Sr1103-201228-4 2020/12/28 S103+S101の併結で長野駅にアプローチするSR1系ライナー100番台編成

2020年夏、しなの鉄道では初の自社発注となる車両SR1系をデビューさせました。この車両はJR東日本が2014年12月6日に営業運転を開始したE233系をベースに仙台支社管内で運行されているE721系の短編成としての設備、さらに耐寒耐雪装備を纏った車両で新潟地区に向けた投入されたE129系のしなの鉄道版ともいえる車両で、総合車両製作所新津事業所で製造されたオールステンレスシリーズSustinaS23シリーズに属する車両です。

主要諸元(E129系のもの)
最高運転速度 110 km/h
(JR発表の資料では100 km/h)
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.0 km/h/s
減速度 3.6 km/h/s
編成定員 581名(4両編成)273名(2両編成)
車両定員 140名(クモハE129) 133名(クモハE128)154名(モハE129・モハE128)
全長 20,000 mm
車体長 19,500 mm
19,570 mm(先頭車両)
全幅 2,966 mm
車体幅 2,950 mm
車体高 3,620 mm
車体 軽量ステンレス(sustina)台車 軸梁式ボルスタレス台車
動力台車:DT71C, DT71D 付随台車:TR255D, TR255E
主電動機 かご形三相誘導電動機 (MT75B)
主電動機出力 140 kW
駆動方式 TD平行カルダン駆動方式
歯車比 97:16(6.06)
編成出力 2両編成:140kW×4 = 560kW 4両編成:140kW×8 = 1120kW
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置 東洋電機製造 SC102(1C2M)
制動装置 電気指令式(直通・発電・回生〔純電気式〕・抑速・耐雪ブレーキ付き)
保安装置 ATS-P・ATS-Ps 列車防護無線装置 EB・TE装置

しなの鉄道では老朽化した115系編成置換えのためにSR1系が導入され、2020年3月にライナー用編成2両編成3本が納入され、8月からデビューしました。さらに一般用編成200番台2021年3月13日のダイヤ改正でデビューする予定となっています。
昨年12月28日の長野日帰り旅行にて長野駅で撮影しました。

Sr1101-201228-5  S101編成

Sr1101103-201228 連結部
Sr1101-201228-8-edit しなの鉄道では多くの編成がしなの線、北しなの線、それぞれ長野駅で折り返す中、この編成はしなの線から北しなの線へ進んでゆきました。
3月13日デビュー予定の200番台一般車は赤を基調にした塗装になるそうです。

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2021年3月10日 (水)

クハ79形のいろいろな顔 その6 72系として新製されたグループ 全金属車920番台量産化に向けて

クハ79形の形態変化、最後は国鉄新性能電車モハ90形に繋がるクハ79形920番台です。

当時、国鉄では1947年63系の試作車として登場したジュラルミン電車6両 (63900 - 902, 78200 - 202) の車体腐食に伴う更新工事が進行していました。全金属車輛の登場にむけ、これら6両を仕様の比較検討用として、車内の掴み棒の形状、位置、蛍光灯の配置、色彩などが1両ごとに変えられ、

63900→72900
63901→73901
63902→72901
78200→79900
78201→79902
78202→78900  と車種の変更も行われました。(リンク先でクハ79900,902の姿を見ることができます。)

これらの試作結果をみて、量産先行試作車としてクハ79920~923が製造されました。

さらに1956年から1957年にかけ、事故休車だった車両を活用し、全金属車体の追加試作が実施され、

73174→73900(1957年3月に改番)
73400→73902
78144→79904  となりました。(リンク先でクハ79904の姿を見ることができます。)私は鉄道ピクトリアル誌のブドウ色塗装の姿しか見ていませんでしたが、中央西線のスカ色塗装の姿、カッコいいですね。

これらの結果を考慮し、量産車クハ79924~949、951、953、955が製造されました。
車体は10系客車の設計思想が取り入れられた軽量構造の全金属車体で、従来窓上下にあった補強帯を外板の内側に隠し、雨樋を高い位置に設置し幕板に埋め込みました。窓は3段窓からアルミサッシ2段窓とし、量産車では室内灯は蛍光灯が採用されました。

79920-edit 撮影年代不詳 尻手

79920-811125-edit 1981/11/25 富山

79920-7603-edit 1976/3 放出

79920-750102-edit 1975/1/2 名古屋 クハ79953

1975年4月1日時点でのクハ79900番台、920番台の配置データです。
陸前原ノ町 900 902 926 943
津田沼 932 945 949
東神奈川 941 944 946 951
豊田 942
中原 930 933 935 936 938 940 947
沼津 937 939
神領 904 924 953
城川原 928 934
高槻 931
明石 920 922
淀川 923 925 927 929 948 955 このグループで初めて淀川電車区に新製配置されました。

製造は920,921が日本車輛支店、他は近畿車輛でした。
1975年3月末以前の廃車は
クハ79921 1972.10.2 仙台 1972.8.18事故 仙石線踏切でのダンプカーとの衝突事故 でした。

1974年7月7日の七夕豪雨が横浜市久里浜周辺を襲い、小河川が氾濫し、横浜線から捻出され転用のため久里浜駅構内に疎開留置されていた東京南鉄道管理局東神奈川電車区(南ヒナ)所属のクモハ6両、モハ13両、サハ1両、クハ12両の計32両が冠水事故で廃車となりました。この事故でクハ79941、944、946の3両が犠牲になりました。除籍の日付は1975年7月25日でした(情報はこちら)。

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2021年3月 9日 (火)

クハ79形のいろいろな顔 その5 72系として新製されたグループ 1956年度製造

72系として新製されたクハ79のうち、1956年度は二次に渡り車両が製造されました。第一次の422~436偶数、389~419奇数車は前照灯が幕板上部に埋め込まれました。そして第二次の438~488偶数、421~467奇数車では、屋根が鋼板張りになり、曲率が若干下がりました。

79300iv-edit 撮影年代不詳 高尾 クハ79457

1975年4月1日時点での配置データでは
津田沼 393 397 399 401 407 413 422 424 429 436 450 461 480
東神奈川 405 426 428 432 447 470 472 488
三鷹 419 430 444 446 452 457 466 478
豊田 421 465 467
中原 391 403 409 411 417 427 431 437 441 448 449 455 459 476 486
沼津 389 425 
神領 433 434 442 443 445 468 484 
高槻 415 453 463
明石 395 458 460 464 
淀川 438 440 454 462 474

79300iv-3edit 撮影年代不詳 矢向

79300iv-edit_20210308135401 撮影年代不詳 川崎 このグループではモハ72形に狭小建築限界トンネル対応用として屋根の高さを3,514mm(通常は3,650mm)にしたモハ72形850番台が15両製造されており、中原電車区にはそのうちの1両モハ72861が配置されていました。上の写真の2両目はまさにその861と思われます。

1975年3月末以前にこのグループで廃車・改番となっていたのは

クハ79423 東京西 1974.8.22 クハ66301改造
クハ79435 天王寺 1975.1.17 クハ79601改造
クハ79439 東京西 1974.12.12 クハ66303改造
クハ79451 大阪 1973.3.13 クハ79605改造
クハ79456 天王寺 1975.2.27 クハ79604改造
クハ79482 広島 1972.3.15 クハ79501改造  と老朽廃車は0の状態でした。

79300iv-7603-edit1976/3 京橋

クハ79600番台は前回の3月5日の記事で紹介したアコモ改造車で、クハ79501は呉線・山陽本線広島地区転用に際してサハ78形4両、クハ79形6両にトイレを新設した際、これまでクハ55形などでは400番台に改番されていましたが、この10両に関して原番号のままでした。ところがクハ79482を幡生工場でトイレを設置した際にはアコモ改造も行われ、改番され501となりました。  

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2021年3月 8日 (月)

2021年3月、ダイヤ改正で定期運用を失う215系

新型コロナウイルスの蔓延に世界中が苦しめられた2020年度から2021年度へ向けてのダイヤ改正が3月13日に予定されていますが,今回の改正はどちらかというと新線の開通や新しい車両の登場ではなく首都圏では終電の繰り上げや、国鉄型特急車両185系の退役等の収縮型のダイヤ改正になるようです。

215-nl3-210305-4
2021/3/5 原宿 小田原709~国府津715~二宮720~平塚732~茅ヶ崎738~藤沢745~渋谷827~新宿833のスケジュールで走る「おはようライナー新宿24号」NL3編成

215-nl1-090704
2009/7/4 品川 NL1編成 
215-nl4-100919 2010/9/19 大船 NL4編成 走っているのはよく見かけるものの「回送」であることが多い215系

1992年から1993年にかけてJR東日本が東海道本線東京口の遠距離通勤者のために、着席サービスと並行貨物線を利用した速達サービスを目指し、通勤ライナーとしての運用のために登場したのが215系でした。211系の2階建てグリーン車をベースにトランスポーテーションデザイン機構 (TDO) の手銭正道氏と戸谷毅史氏が車体デザインを担当し、両先頭車ユニットを電動車とし、10両編成で両先頭車以外の8両をオール二階建てとし、1編成で座席定員を1010名としました。普通車の座席は253系の普通車で採用されたフランス・コンパン社製シートピッチ1460mmのボックス式クロスシートです。1992年にはグッドデザイン賞を受賞しました。

主要諸元
最高運転速度 100 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 1.7 km/h/s
編成定員 830人(普)+180人(グ)=1,010人
編成重量 368.5 t
全長 20,000 mm (クモハ、モハ、サハ) 20,500 mm (サロ)
全幅 2,900 mm
全高 4,070 mm
車体 ステンレス
主電動機 直流直巻電動機 MT61型
主電動機出力 120 kW
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 1:5.19
編成出力 120kW×16=1,920kW
制御方式 抵抗制御・直並列組合せ制御・弱め界磁制御・界磁添加励磁制御
制動装置 電気指令式ブレーキ 回生ブレーキ 抑速ブレーキ
保安装置 ATS-SN、ATS-P、ATC-5(使用停止)

台車にはヨーダンパーを装備し、補助電源装置はSIVとなっています。温暖地向け装備のため,耐寒耐雪構造ではないため中央本線の臨時列車運用も冬季には設定されていません。

215

両端に電動車ユニットを配置する我が国の電車編成では珍しい動力集中方式となっています。NL-2編成以降の2次車では東京地下駅への乗入を考慮してATCが装備され、3・8号車のサハ215形にATC用速度発電機が設置されて3号車が200番代、8号車が100番代に区分されました。NL-1編成にも後にATCが装備されました。パンタグラフは中央本線の狭小トンネル対応でPS24が装備されています。

215-nl2-030426 2003/4/26 新川崎 NL2編成 湘南新宿ラインの普通運用

1992年の落成直後は田町電車区に配置され平日朝晩の「湘南ライナー」1往復、日中の快速「アクティー」に、さらに休日は行楽用「ホリデー快速ビューやまなし」として中央本線でも運転されました。ただ、片側2扉で乗降に時間がかかることから遅延が目立ち、15両編成が多い東海道線では短い編成であることなど,快速「アクティー」から撤退、2001年12月からは湘南新宿ラインに活躍の場を移しました。しかし2004年には同線の使用車両がE231系に統一されることで運用から外れ、定期運用は「湘南ライナー」・「ホームライナー小田原」「おはようライナー新宿」に、土休日は「ホリデー快速ビューやまなし」で本来の新宿~小淵沢間以外に千葉、上諏訪などへの運行もありました。2013年3月のダイヤ改正では国府津車両センターに転属しました。

215-nl2-160813 2016/8/13 立川 NL2編成 「ホリデー快速ビューやまなし」運用

今回のダイヤ改正では「湘南ライーナー」が廃止され、特急「湘南」となり、車両はE257系2000番台/2500番台に統一されることから215系は定期運用を失うことになります。「ホリデー快速ビューやまなし」も現時点ではコロナウイルスの蔓延もあり、運行計画は発表されていません。

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2021年3月 5日 (金)

クハ79形のいろいろな顔 その4 72系として新製されたグループ 1954・1955年度製造

クハ79形の形態変化、今回は前面窓が傾斜した1954.1955年度製車輛の話題です。

1953年度製造の79350、79352から前面窓に傾斜(傾斜角5度)が取り入れられ、窓上部の段差に設けた通風孔は好成績を収めたことがきっかけとなり、1954年度製造車からは傾斜角度が10度となりました。

79300iii-7603-edit 1976/3 鳳 阪和線区間快速 配置データによれば364か382

この前面窓の傾斜デザインは電車に限らず、同年に登場した直流電気機関車EH10形の車体デザインにも取り入れられました。EH10の車体デザインは民間工業デザイナー萩原政男氏によるものだそうです。電車と電気機関車のデザインの共通性という点では80系の二次車(1950年)からの湘南スタイル2枚窓とEF5835号機以降(1952年)(1-31号機の新車体)の2枚窓スタイルにも同じことが言えるかもしれません。

79300iii-edit 撮影年代不詳 拝島 

バスの世界でも同様の前面傾斜窓スタイルが当時流行していました。
私が小学生時代、民生コンドル号という我が国、最初のリアエンジンバスでよく見たデザインでした。ネットで調べてみると、民生コンドル号のデザインは戦後、進駐軍が我が国に持ち込んだGeneral Motors社のバスのデザインを模倣したものであることが分かりました。あの当時の我が国の自動車のデザインはアメリカ車のデザインを取り込んで、日本サイズにコンパクトにしたものが多く、バスの車体のデザインもその流れだったんだなと感じました。

79300iii-2edit 撮影年代不詳 川崎 

車両番号では
1954年度製では クハ79354-390(偶数)、さらに奇数向きも製造されクハ79301-335(奇数)
1955年度製   クハ79392-420(偶数)、クハ79337-387(奇数)となりました。
1954年度製と1955年度製の相違点は1955年度製では車内に扇風機が設置されたことでした。

小学生当時、クハ79の前面構造と車両番号の関係は全く気にしていませんでしたが、もしも番号を気にしていたら300~352、388~420では奇数車と偶数者で全く顔が異なることは製造の経緯を理解していないと大きな疑問だったと思います。

1975年4月1日時点での同グループの配置状況です。
陸前原ノ町 369
津田沼 354 360 362 368 371 376 383 387 388 390 392 402 406 416 418 420
東神奈川 315 317 331 355 384 386 
弁天橋 356 358
豊田 357 366 372 394 398 404 
中原 303 345 353 359 367 375 377 380 381 385 408 
沼津 301 309 
神領 311 313 335 363 365 379 414 
高槻 361 400 
淀川 307 410 412 
鳳 364 382
広島 370 

同グループで1975年3月末までに廃車されていた車両は
79349 1975.2.27 天王寺 クハ79603改造
79374 1975.3.13 東京南 クハ79606改造
79378 1975.1.17 大阪 クハ79602改造
79396 1962.9.8 東京北 1962.5.3 事故  でした。これは三河島事故ですね。

クハ79600番台は1975年から1976年にかけて行われたアコモ改造で103系同等の車体を載せ替えた改造でした。
クハ79601 ← クハ79435
クハ79602 ← クハ79378
クハ79603 ← クハ79349
クハ79604 ← クハ79456
クハ79605 ← クハ79451
クハ79606 ← クハ79374
クハ79607 ← クハ79305
クハ79608 ← クハ79342
クハ79609 ← クハ79949
クハ79610 ← クハ79368

仙石線に投入されましたが、1984年には川越線電化で工場予備品の見直しで発生した103系の電装部品・台車を使用して、クハ103-3000番台に再改造されました。

クモハ102-3001 ← クハ79604
クモハ102-3002 ← クハ79606
クモハ102-3003 ← クハ79610
クモハ102-3004 ← クハ79608
クモハ102-3005 ← クハ79602

クハ103-3001 ← クハ79609
クハ103-3002 ← クハ79603
クハ103-3003 ← クハ79605
クハ103-3004 ← クハ79607
クハ103-3005 ← クハ79601

1033000-5155-030505 2003/5/5 八王子

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2021年3月 4日 (木)

クハ79形のいろいろな顔 その3 72系として新製されたグループ 1952・1953年度製造

クハ79形の進化、今回からは72系として新製されたグループ300番台です。

1951年4月24日、当時の京浜線桜木町駅構内で発生した列車火災事故(桜木町事故)は死者106人、負傷者92人を出す大惨事となりました。この事故は戦時中の資材不足で各部の設計を極度に簡略化した63系が原因の一端となった事故でもありました。事故の教訓と1949年に登場した80系電車の設計思想、100kmを超える長距離輸送を担える電車であること、先頭車をモータなしの制御車とし、電動車は運転台のない中間電動車とすることを取り込み、再設計された通勤型電車が72系新製車でした。このグループでは中間電動車のモハ72形(500番台以降)、制御車のクハ79形(300番台以降)のみが製造され、モハ73形やサハ78形は製造されませんでした。

1952年度にクハ79300-314偶数、1953年度にクハ79316-352偶数が製造されました。奇数車が製造されなかったのは投入される線区の奇数向きにはモハ73形(モハ63形から改造)が連結されるためでした。

1952年製と1953年製の違いは1952年製が前面窓が木枠なのに対して1953年製はHゴム支持となっていることでした。1953年度、日本車輛支店製の350,352の2両は前部窓が5度傾斜したスタイルとなりました。

例によってこれらの1975年4月1日時点での配置を見てみると

新前橋 340
津田沼 300 302 304 314 316 322 324 334 336 342 348
中原 310 332 344 346 
神領 318 320 338 
淀川 330
鳳 306
広島 308 312 326 328 

昨日同様に1975年3月末以前に廃車されていたのは
クハ79334 1971.8.7 千葉
クハ79350 1963.10.21 千葉 事故
クハ79352 1969.6.19 千葉 事故    の3両のみでした。

このグループの中での試作的車両が2両とも事故で廃車になっていたのは驚きでした。

350は1963年9月9日、午後2時5分頃、総武線千葉発中野行き電車が本八幡-市川間(本八幡駅から200メートル)の警報機のある踏切で日本通運の大型トラックと衝突し、横向きになって民家に突っ込んだそうです(詳細はこちらに)。352は1969年3月27日に房総西線楢葉(現、袖ヶ浦)~長浦間でダンプカーと衝突、脱線、廃車されたそうです(情報は同じサイトから)。

このグループに関してはは私は写真を撮っていません。形態的には昨日の100~と似た形態のようだったそうです。前面窓5度傾斜の350,352の写真もネットで探しましたが、両者とも事故で夭折しているため見つかりませんでした。352に関しては鉄道ピクトリアル誌に写真が載っていました。

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2021年3月 3日 (水)

クハ79形のいろいろな顔 その2 63系からの制御車編入車

昨日に続き、クハ79形の進化シリーズ、今回はクハ79100以降、250までのモハ63形の制御車代用車(クモハ)、あるいは付随車代用車(サモハ)を整備の上、正式に制御車として改番編入したシリーズです。100番から246番まで偶数番が該当します。
さらに248,250は1953年6月1日の形式称号規程改正により、制御車代用車を改番したものでした。

79300ii-7603-edit 1976/3 片町線 放出駅 クハ79242か

79-edit
撮影年代不詳 青梅 

1975年4月1日時点の配置データによると
仙石線
陸前原ノ町 100 124 152 154 192 196 204 208 228 230 232 234 248 
両毛線
新前橋   172
横浜線
東神奈川  114 116 
鶴見線
弁天橋   130 134 156 162 164 178 190 202 224 246
青梅・五日市線
豊田    120 122 140 148 158 166 174 176 180 184 198 
南武線
中原    112 146 150 160 194 200 212 250
富山港線
城川原   220 240 244
東海道緩行線
高槻    110 136 216 222
片町線
淀川    242
阪和線
鳳     142 188 
広島
可部線・呉線 108 214 218

驚くのはその残存率の高さで75年3月末以前に廃車になっていたのは以下の車両たちです。

79102 1973.2.24 天王寺
79104 1974.10.1 天王寺
79106 1973. 1.23 大阪
79118 1973.2.24 天王寺
79126   1972.2.29   東京南
79132 1972.4.28 天王寺
79138 1975.3.22 東京南
79144 1973.4.24 天王寺
79168 1966.2.12 東京南
79170 1974.8.1 天王寺
79182 1973.2.17 東京西
79186 1974.12.12 東京西 クハ66001に改造
79206 1973.12.25 東京西
79210 1975.2.1 天王寺
79226 1973.2.17 東京西
79236 1974.8.22 東京南 クハ66000に改造
79238 1975.3.22 東京南

クハ79形は晩年、アコモ改善工事が施工されましたが、首都圏近郊路線配置の100番台、200番台車は72系として新製された300番台とは異なり、B工事(側面窓は3段窓のまま、内装は透明ラッカーによる仕上げ)でした。施工は大井工場、若しくは大船工場でした。またC工事と称して内装材の塗装換えや模様付きフィルムの貼り付けでとどまった車両もありました。

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2021年3月 2日 (火)

クハ79形のいろいろな顔 その1 木製車の鋼体化、若しくは他形式からの編入車

しなの鉄道の115系横須賀色編成から端を発して、1975年頃に撮影した旧国の写真をいくつか挙げてきましたが、今回からはそのスピンアウトとしてクハ79形に着目してみようと思います。

クハ79形は1944年、木製車両の鋼体化名義で製造された戦時設計、片運転台、片側4扉、20m級車体、ロングシートの制御車に与えられた形式で63系グループに属します。

小学生の頃、首都圏の総武線や南武線などでよく見ていたクハ79形に対するイメージは101系の先祖のような食パンスタイル、あるいはクモハ73のパンタなしのスタイルでしたが、1976年3月、片町線で戦前型のクハ79を初めて見て、そのイメージが大きく変わったのを憶えています。

79054-7603-edit 1976/3 片町線京橋駅 クハ79054 扉の枚数が写真では良く分かりませんが4枚でした。
片町線の撮影で恐らく最初に見た編成でしたが、このオレンジ色の塗色と中央線などで走っていた荷物電車の顔をしたクハ79の存在に圧倒されました。同線には当時、唯一の半流タイプのクハ79055も在籍していました(写真はこちらのサイトに)。

1949年には32系42系に属する制御車が戦時改造で4扉化され、クハ85形となったものが編入されました。

これらには
1.クハ79002~025 グループ 002 004 005 009 012 016 024 025
1944年及び1945年に木造車の鋼体化名義で製造されたもので25両製造される予定でしたが8両のみの製造に留まりました。

2.クハ79031~055 グループ 42系として25両製造された下り向き制御車クハ58形1944年、扉を2か所増設して、13両がクハ85形に改造されました。
58001 → 85001 ST → 79031
58004 → 85004 ST → 79034
58005 → 85005 ST → 79035
58006 → 85006 ST → 79036
58009 → 85009 TT → 79039
58010 → 85010 TT → 79040
58015 → 85015 TT → 79045
58017 → 85017 TT → 79047
58019 → 85019 ST → 79049
58022 → 85022 TT → 79052
58023 → 85023 ST
58024 → 85024 TT → 79054
58025 → 85025 TT → 79055
55106 → 85026 → 79056 (試作的にクロハ59形から改造されたクハ55形の再改造も行われ、クハ85形に編入されました)

1949年4月22日80系の登場でクハ85を明け渡すために、改形式されクハ79形に編入されました。

3. クハ79060、066 32系一族のクハ47形もクハ85形への改造が計画されましたが、空襲の激化や資材・人手の不足により、終戦までに大井工機部で施工されたのは85030と85036の2両でした。

79060 ← 85030 ← 47004
79066 ← 85036 ← 47010

1949年4月22日、上記と同様の理由でクハ79形に編入されました。

1975年4月1日時点での配置表を見ると、クハ79形のこういったタイプは全国に
津田沼 025 
高槻 040
淀川 035 045 054 055 056
広島 004 
8両しか残っておらず、そのうちの5両が片町線関係であることが分かりました。

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2021年3月 1日 (月)

最後の9000系 9104Fが横瀬に廃車回送と国分寺駅ホームドア設置。

ここ数日、西武鉄道関係のニュースがいろいろありました。

【9104Fの10連での営業運転終了】

9000-9004-100102-2

2010/1/2 所沢 VVVF化後、エコマークステッカーを付けていた頃の9104F

Dsc01491_20210227200501
2021/1/31 小手指 最後に撮影した10連の9104F

2月24日、池袋線で最後まで残っていた9000系10連の9104Fが横瀬基地に回送されました(情報源)。
すぐに4連化され、9104ー9204-9904-9004は武蔵ヶ丘検修場に戻され、ワンマン化改造工事が施行され、多摩湖線に投入されるのでしょうか。

【西武国分寺線国分寺駅5番線へのホームドア設置】

210226-3
2021/2/26 国分寺

国分寺駅の国分寺線ホーム(5番線)のホームドアに関しては1月24日の終電後から1月25日の初電までに2053Fにより、西武球場前駅から,国分寺駅まで輸送され、一部を残して設置されました(情報源)。

210226
2021/2/26 夕刻 未設置だった恋ヶ窪より1両分の設置工事が行われていました。
こちらのホームドアは池袋駅、練馬駅、高田馬場駅と同じ従来タイプのホームドアで3月2日13時35分頃から,使用開始されるとのアナウンスがありました(情報源)。

【西武多摩湖線国分寺駅7番線へのホームドア設置】

210226_20210227202401

210226-4
2021/2/26 国分寺 7番線ホームのホームドア

同じく2月24日、国分寺駅7番線、多摩湖線ホームにホームドアが設置されました。22日101N系のラストラン終了からわずかでの設置でした。ホームドアは西武球場前駅から2000N系4連の2519Fに搭載され、深夜に多摩湖線で運ばれたとのことです(ホームドア臨時列車の動画)。

こちらのホームドアは西武鉄道では初となる軽量型ホームドアで可動部にパイプ状ドアパネルを用い戸袋もコンパクトで軽量構造にしたものだそうで3月中旬から稼働とのことです。

さらに2月27日1月23日に施工されるはずが大雪の予報で途中で中止となった,1245Fと1251Fの101N系の車両交換が実施されました(情報源)。

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