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2021年3月 3日 (水)

クハ79形のいろいろな顔 その2 63系からの制御車編入車

昨日に続き、クハ79形の進化シリーズ、今回はクハ79100以降、250までのモハ63形の制御車代用車(クモハ)、あるいは付随車代用車(サモハ)を整備の上、正式に制御車として改番編入したシリーズです。100番から246番まで偶数番が該当します。
さらに248,250は1953年6月1日の形式称号規程改正により、制御車代用車を改番したものでした。

79300ii-7603-edit 1976/3 片町線 放出駅 クハ79242か

79-edit
撮影年代不詳 青梅 

1975年4月1日時点の配置データによると
仙石線
陸前原ノ町 100 124 152 154 192 196 204 208 228 230 232 234 248 
両毛線
新前橋   172
横浜線
東神奈川  114 116 
鶴見線
弁天橋   130 134 156 162 164 178 190 202 224 246
青梅・五日市線
豊田    120 122 140 148 158 166 174 176 180 184 198 
南武線
中原    112 146 150 160 194 200 212 250
富山港線
城川原   220 240 244
東海道緩行線
高槻    110 136 216 222
片町線
淀川    242
阪和線
鳳     142 188 
広島
可部線・呉線 108 214 218

驚くのはその残存率の高さで75年3月末以前に廃車になっていたのは以下の車両たちです。

79102 1973.2.24 天王寺
79104 1974.10.1 天王寺
79106 1973. 1.23 大阪
79118 1973.2.24 天王寺
79126   1972.2.29   東京南
79132 1972.4.28 天王寺
79138 1975.3.22 東京南
79144 1973.4.24 天王寺
79168 1966.2.12 東京南
79170 1974.8.1 天王寺
79182 1973.2.17 東京西
79186 1974.12.12 東京西 クハ66001に改造
79206 1973.12.25 東京西
79210 1975.2.1 天王寺
79226 1973.2.17 東京西
79236 1974.8.22 東京南 クハ66000に改造
79238 1975.3.22 東京南

クハ79形は晩年、アコモ改善工事が施工されましたが、首都圏近郊路線配置の100番台、200番台車は72系として新製された300番台とは異なり、B工事(側面窓は3段窓のまま、内装は透明ラッカーによる仕上げ)でした。施工は大井工場、若しくは大船工場でした。またC工事と称して内装材の塗装換えや模様付きフィルムの貼り付けでとどまった車両もありました。

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電車_旧形国電」カテゴリの記事

コメント

B767−281様 こんばんは。79100番台は全て偶数向きだったので南武線で言えば付属編成にほぼ使われていました。最初は63から78、300番代に改造される車が多いはずだったのが、「せっかく運転台があるのだから奇数は73形、偶数は79」と決めたという話は広く知られています。桜木町事故でマイナス面が強調されてしまったのはある面仕方がないですが、よく考えると戦前の省電は長距離のスカ線以外は貫通幌がなかったですし、屋根が木製で、もし架線が落ちてきたら火災になったという点では63形だけが問題ではなかったと思います。最近になって数々の書籍が出て再評価されているのは私としては嬉しいです。何れにしても101系に続く通勤型の基本を作り、戦後の混乱期を乗り越えるのに力を発揮した系列だと思います。

細井忠邦さま、おはようございます。

確かに63系は桜木町事故で元凶のように言われましたが、戦中から戦後の復興期にかけて何もない中で通勤輸送を担った車両として評価してあげないといけませんね。
後世からみるとああいう時期もあった良くそれに耐えたということを。
逆に今の世の中、方針が変わると、あるいは10年程度でイメチェンのためにすぐ車両を廃車にするのもどうかと思います。

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