« 2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その20 浜金谷港から久里浜港へ part2 | トップページ | 秩父鉄道の車両たち その17500系 »

2021年7月21日 (水)

2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その21 久里浜港から久里浜駅へ

久里浜港は北は追浜、深浦、長浦、本港、新港、平成、大津、馬堀、走水、鴨居、浦賀、久里浜、野比の13地区からなる横須賀港の港湾区域の一部となっています。港湾区域面積は55,294,655 平方メートル、バースは100あります。観音崎の南側に位置する浦賀地区と久里浜地区に出入港する船舶は浦賀水道航路を通らずに外海と行き来が出来ます。

1853年ペリー提督が率いる黒船が浦賀に来航し、上陸したのは久里浜でした。当時、浦賀に奉行所が置かれ、アメリカ側と協議した結果、大人数の陸戦隊が集結する場所として漁村だった久里浜の地が選ばれたそうです。毎年、6月から7月にかけてペリー一行の来航、上陸を記念したイベントがペリー公園などで開催されていましたが、近年は新型コロナウイルスの蔓延、さらに今年はオリンピック・パラリンピックの開催で警備体制の問題から開催が見送られています。

横須賀市の東部の地名として名を残しており、1888年に明治政府が推進した明治の大合併で誕生した三浦郡久里浜村、現在の久里浜行政センター管轄内、岩戸、内川、内川新田、久比里、久村、久里浜、久里浜台、佐原、神明町、長瀬、ハイランド、舟倉、若宮台の13地区から構成される地域となっています。

150524 2015/5/24 京急久里浜駅

鉄道の駅は1942年12月1日に当時の大東急こと東京急行電鉄が久里浜駅を開業、1944年4月1日、鉄道省横須賀線に軍事目的で久里浜駅が開業したため、東急の駅は湘南久里浜駅と改称されました。1948年6月1日、大東急は解体され、京浜急行電鉄の駅となり、1963年11月1日、野比駅まで延伸された際に京急久里浜駅となりました。

Dsc03337 2021/4/7 JR久里浜駅駅名標

Dsc03334
Dsc03336
JR久里浜駅の西側には電留線があり、11両編成最大9本の滞泊が可能です。車両の入換は久里浜駅からさらに先に伸びる引き上げ線を介して行われます。ここは元大船工場久里浜派出所で、思い出すのは1974年7月7日の三浦半島一帯を襲った七夕豪雨で横浜線から捻出された当時、東神奈川電車区所属のクモハ73形6両、モハ72形13両、サハ78形1両、クハ79形12両が冠水事故に遭い、廃車された事故でした(詳細はこちらに)。

Dsc03335
京浜東北線用だった209系モハ209/208-39を改造した横浜支社訓練センター用訓練機械が久里浜駅構内に留置されています。

Dsc03338 久里浜から逗子へ、逗子から湘南新宿ラインで帰路につきました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

« 2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その20 浜金谷港から久里浜港へ part2 | トップページ | 秩父鉄道の車両たち その17500系 »

旅行・地域」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

民鉄:京浜急行電鉄」カテゴリの記事

事業用車」カテゴリの記事

コメント

B767−281様 お早うございます。久里浜での72、73系の水没事故は衝撃的でした。横浜線の新性能化で余剰になった車両たちで仙石線に転用予定だったということです。その多くが全金の920番台で大変残念でした。もし何事もなく転用されていたら、のちの103系もどきの72971〜、79600番代は登場しなかったかもしれません。関西線での101系水没事故での首都圏からの転用も含め、予期せぬ出来事で車両の運命は変わっていくのだと今更ながら思います。さて夏休みになりましたが、研究会関係はすべてリモート、ついでの旅行も叶いそうもありません。東京は1000人越えの感染者が出ていますが、検査は一向に増えず、何も対策をしていないに等しいこと状況、怒りを通り越して呆れています。

昔も今も、横須賀線と京急線の競争区間では、京急線が運転本数や所要時間で昇格しているとも考えられます。
 OLYMPICの日が来ますが、五輪と鉄道の関係は、昔なら縁が深かったですね。
1964年は、東海道新幹線や東京MONORAILの開業の年でもありましたからね。
今度は、競技会場へ向かう事も制限され、TV等で観戦するしかないそうですね。

細井忠邦さま、おはようございます。

これだけ毎年、梅雨時や台風襲来時に水害がどこかで必ず起こる時代では久里浜、王寺、長野新幹線車両センターの事故のようなケースは避けられないかもしれませんね。
ハザードマップを活用して、危険な箇所には造らない、あるいはそれなりの予防策を講じるほかありませんね。
東京五輪もいよいよ始まりますが、水際対策も感染予防策も全く不徹底の中で開けばどうなることが分かっていて、やるという最大の愚行を今、政府や都は進めているのですね。

(株)上村工業さま、おはようございます。

以前、拙Blogでも京浜急行について触れたことがありますが、首都圏では数少ない路線並行区間であり、し烈な競争を長年にわたり繰り広げている感がありますね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その20 浜金谷港から久里浜港へ part2 | トップページ | 秩父鉄道の車両たち その17500系 »

カテゴリー

2022年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村