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2021年9月23日 (木)

小名木川に沿って歩く その8 小名木川橋、小松橋、そして扇橋閘門へ

小名木川を旧中川側から隅田川に向かって歩くシリーズ、横十間川の交差部を超えると旧深川区に入ります。

深川の名前の由来は慶長年間の初期(1596年から1614年)に摂津国の深川八郎右衛門が小名木川北岸一帯の開拓を始め、1627年には富岡八幡宮永代寺が創建され、将軍家光の時代からは富岡八幡宮の鳥居前町として栄え、明暦の大火の後、木場が置かれ、商業開港地域となり、岡場所も設置され花街となりました。深川は江戸から見て辰巳の方角にあることから深川芸者は辰巳芸者と呼ばれ、粋で気風が良いとされました。

江戸時代、どこまでが江戸でどこを境に江戸でないのかを明確にするために江戸の領域を定義したのが1818年に幕府が発行した江戸朱引図でした。これによると今の荒川以西が江戸と定義され、さらに町奉行の支配地として墨引も定義され、横十間川以西が墨引の内側でした。

木場が設置されたために材木商人として財を成した紀伊國屋文左衛門や奈良屋茂左衛門も深川に邸宅を構えました。1878年、郡区町村編制法が施行され東京15区が成立し、深川区が誕生、1889年の市制町村制施行で横十間川より西側の地域が深川区になりました。

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旧深川区に入って最初の橋は川の名前そのままの小名木川橋です。現在は都道465号、通称四ツ目通りが通っており、北は猿江2丁目、南は扇橋2丁目を結んでおり、1910年最初は木橋が架けられ、1929年、関東大震災の復興で3径間鋼製桁橋が架けられ、1988年に現在の3径間鋼製桁橋に架け替えられました。

ちなみにこの橋付近の地下を東京メトロ半蔵門線が通過してしています。水天宮駅~押上駅間が着工されたのが1993年12月6日、開業が2003年3月19日で営団地下鉄として最後の新規開業区間となりました。半蔵門線は首都高箱崎JCTそばの水天宮駅からしばらく福住ランプ方向に向かう線に沿って進み、隅田川の下を潜り、清澄公園の西をかすめ、清州橋通りを東に進み、四ツ目通り手前で北に進路を取り、小名木川橋を潜り、錦糸町駅を目指します。

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扇橋閘門のすぐ東側に架かる橋が小松橋です。猿江2丁目と扇橋1丁目を結んでおり、1981年6月に架けられた単径間鋼製トラス橋です。

次回の記事では扇橋閘門について触れます。

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コメント

B 767-281様こんにちは。毎回楽しみに読ませていただいております。前に出てきましたが、近くに汽車会社があったのですね。何かで63形から改造された73形がD51に牽引されて汽車会社から回送される写真を見たことがあります。蕨の日本車輌もとうの昔になくなって車輌メーカーはもう東京近辺では旧東急車輌くらいでしょうか?寂しいです。

細井忠邦さま、おはようございます。

かつて越中島貨物線を通って101系や103系、あるいは151系などが所属先に回送されていたなんて想像すると大変楽しいですね。
武蔵野台地の西の方に住んでいると意外とわからない魅力があの辺にはあるものだとつくづく感じています。

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