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2021年9月20日 (月)

小名木川に沿って歩く その5 旧中川接続部から西へ 砂島橋まで

小名木川に沿って歩くシリーズ、いよいよ全長約4.6kmの小名木川に沿って東の旧中川接続部から、川沿いの遊歩道を西の隅田川接続部に向かって歩きます。

現在、この地域は東京都江東区ですが、1932年10月1日、南葛飾郡全域が東京市に編入された際に、亀戸町・大島町・砂町の区域が城東区(江戸城、皇居の東側にあることから)と命名されました。この名前になるまで亀戸区、小名木区などの案もありましたが、東京府会において城東区と決定されました。ちなみにこの頃、東京府東京市は35区の時代で周辺には深川区、本所区、向島区、江戸川区が隣接していました。
1943年7月1日、東京は東京都になり、東京府と東京市は廃止されました。35区の時代は現在のような行政区ではなく一定の自治が認められた存在でした。1947年3月15日、特別区に移行となり、深川区・城東区が合わさって江東区となりました。この時点では東京22区でした(練馬区は同年8月に板橋区から分区されて成立しました)。

Dsc05969_20210919102401 2021/8/31 平成橋から見た小名木川(左手)と旧中川接続部
右手に都営地下鉄東大島駅、茶色の建物が中川番所資料館

Dsc05971_20210919102801 最初の橋は「番所橋」 名前の由来は中川番所に近い場所に架かるからでしょう。
都道477号亀戸葛西橋線(通称、番所橋通り)が通過しています。北側は大島八丁目と九丁目の境界、南は東砂二丁目です。開通は1960年です。橋が出来る前は「草屋の渡し」があり、1946年に最初の橋が架けられ、1960年に現在の鋼製の橋に架け替えられました。

Dsc05972 川沿いの風景 両岸に遊歩道が整備され、ところどころに休憩用のベンチもあります。ちょうど百日紅(サルスベリ)が赤い花をつけていました。

Dsc05976 2番目の橋は「塩の道橋」 1径間鋼製箱桁の歩行者・自転車専用橋で2008年3月に供用を始めました。北側の大島八丁目、南側の北砂六丁目を結んでいます。橋の名称は大島南央小学校と第六砂町小学校の5,6年生から募集し決定したそうです。

Dsc05977 3番目の橋は「丸八橋」 5径間鋼製桁の橋で都道476号南砂町吾嬬町線(通称、丸八通り)が通っています。大島五丁目と北砂五丁目、六丁目の境界を結んでいます。1949年に最初の橋が架けられ、その後1960年、1972年に改築されました。

Dsc05978_20210919105601
4番目の橋は「砂島橋」 1径間鋼製箱桁の歩行者・自転車専用の橋で1979年に供用開始。大島五丁目と北砂五丁目を結んでいます。

この時点ではまだ気づいていませんでしたが、橋と橋の間隔、それと遊歩道の路面と架かる橋の位置関係、高さが旧城東区側と旧深川区側では大きく異なります。前者は橋の間隔が長く(架かる橋の数が少なく)、水面に対して高い位置に架かっており、後者は橋の間隔が短く、水面からの距離も少なくなっています。

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